2011年1月31日月曜日

特許:【出願当時の周知技術を立証するための補強資料と,新たな引用例に基づいた主張を根拠づけようとする資料】「判断方法」「解釈」:(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10145号審決取消請求事件))






特許:【出願当時の周知技術を立証するための補強資料と,新たな引用例に基づいた主張を根拠づけようとする資料】「判断方法」「解釈」:(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10145号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」

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【出願当時の周知技術を立証するための補強資料と,新たな引用例に基づいた主張を根拠づけようとする資料】「判断方法」「解釈」



容易想到性を立証するための先行技術として,無効審判において提出された資料と相違がある場合,

「単に出願当時の周知技術を立証するための補強資料にすぎないとはいえず,新たな引用例に基づいた主張を根拠づけようとする資料というべきである。したがって,本訴において,甲35に基づいて審決の適否を判断することはできないというべきである。」(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10145号審決取消請求事件))

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H230201現在のコメント


(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10145号審決取消請求事件))

【出願当時の周知技術を立証するための補強資料と,新たな引用例に基づいた主張を根拠づけようとする資料】「判断方法」「解釈」における解釈です。一般的には,何でも引例はダメだが,周知技術立証するための補強資料ならばいいという観念がありますが,そうではありません。結構影響大きいですねえ。



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判決原文(引用)




【出願当時の周知技術を立証するための補強資料と,新たな引用例に基づいた主張を根拠づけようとする資料】「判断方法」「解釈」



(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10145号審決取消請求事件))


(2) 本件発明が,「甲1発明に甲2,3記載の構成を組み合わせたもの」に,甲35記載の周知技術を適用することにより容易に想到し得るかについて甲35は,審判手続には提出されていない証拠である。この点,原告は,甲35は,「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示する」という技術が周知であることを示す証拠であるから,本訴において提出することは許されると主張する。

原告の主張によれば,甲35記載の技術内容は,①画素ヒストグラムがカラーマップに重なって描写されている,②当該カラーマップが,画素ヒストグラム及び当該カラーマップ上の2本の横線を用いて範囲選択可能である,③範囲選択をした場合,画素ヒストグラムは従前の表示のままに,2本の横線の範囲内に当該カラーマップが対応的に伸縮して表示される,というものである。原告の主張を前提とすると,本件発明の相違点5に係る容易想到性を立証する先行技術として,無効審判において提出された甲2ないし4記載の技術とは,少なくとも,上記③の点において相違する。そうすると,甲35は,無効審判手続において原告が主張した無効理由について,単に出願当時の周知技術を立証するための補強資料にすぎないとはいえず,新たな引用例に基づいた主張を根拠づけようとする資料というべきである。したがって,本訴において,甲35に基づいて審決の適否を判断することはできないというべきである。





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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10145 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年01月31日 知的財産高等裁判所



  • 1 -


平成23年1月31日判決言渡平成22年(行ケ)第10145号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年12月14日



判 決




主 文



1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由



第1 請求



特許庁が無効2009-800215号事件について平成22年3月30日にした審決を取り消す。





第2 当事者間に争いのない事実


1 特許庁における手続の経緯等
被告は,発明の名称を「分析装置」とする特許第3293717号(平成6
年9月29日出願,請求項1に係る発明について平成14年4月5日設定登録。
以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成18年3月16日付けで訂正審判の請求をし,同年5月10日
に訂正することを認めるとの審決が確定し,被告は,平成19年6月26日付
けで訂正審判の請求をし,同年8月31日に訂正を認めるとの審判が確定した。
原告は,平成21年10月13日,本件特許の無効審判請求(無効2009
-800215号事件)をし,被告は,平成22年1月12日付けで訂正請求
をし(以下「本件訂正」という。),特許庁は,同年3月30日,「訂正を認
める。本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)
をして,その謄本は,同年4月9日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件訂正後の本件特許の明細書(甲30)における特許請求の範囲の請求項
1の記載は,次のとおりである(以下「本件発明」という。)。
【請求項1】
物質表面の原子配列や表面形状の測定結果として分析手段側から得られる画
像データの任意の輝度分割数に分割された輝度分布を求める手段と,前記輝度
分布に対して,前記輝度分割数と実質的に1対1で対応させることができる任
意のカラー分割数に分割されたカラーテーブルの割り当て範囲を,輝度分布表
示に対して移動可能な表示画面上のレンジ・バーを用いて指定して色付けを行
う輝度分布の範囲を設定する手段と,前記カラーテーブルの割り当てに従って
画像データを表示用画像データに変換する手段と,前記表示用画像データを記
憶する手段と,前記輝度分布,カラーテーブル,レンジ・バー,及び表示用画
像データを表示するとともに,前記カラーテーブルを前記設定された輝度分布



の範囲の上限・下限と対応する範囲内に表示する手段とを備えた分析装置であ
って,
前記設定された輝度分布の範囲の上限以上,また,下限以下についてはそれ
ぞれカラーテーブルの上限また下限と同一の色付けを行うことを特徴とする分
析装置。



3 審決の理由


(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件訂正は,特許法134条
の2第1項に掲げる事項を目的とし,同条5項で読み替えて準用する同法1
26条3項及び4項に適合するから認めるとした上で,本件発明は,甲1
(米国特許第5333244号特許公報)に記載された発明(以下「甲1発
明」という。)との相違点5(後記(2)ウ(オ))について,甲1発明及び甲2
(MACWORLD Photoshop2.5大全),甲3(PHOTO
SHOP BIBLE For Adobe Photoshop 2.5
J),甲4(特開平5-282422号公報)などに記載された事項から当
業者が容易に発明することができたものではないので,特許法29条2項の
規定により特許を受けることができないとはいえないとした。
(2) 上記判断に際し,審決が認定した甲1発明の内容,本件発明と甲1発明と
の一致点及び相違点は以下のとおりである。
ア甲1発明の内容
ある形状を持った表示対象物の形状情報と,該表示対象物上のサンプリ
ング点における工学や物理学,化学,医学等の分野での計測機器による測
定データ等のスカラ量の大きさとに基づきカラーマップを表示するマップ
表示手段と,上記スカラ量の大きさに基づきあらかじめ設定済みの分割数
で等分割されたヒストグラムを表示するグラフ表示手段と,該グラフ表示
手段と該マップ表示手段とを制御し,上記ヒストグラムに対応するカラー
マップを表示させる制御手段とを備え,該ヒストグラムの任意の区間をマ



ウスカーソルを用いて指定する区間指定手段を有して,制御手段は,該区
間指定手段により指定された区間についてのみのヒストグラムを表示させ
るため,グラフ表示手段を制御する機能を有し,カラーマップ表示手段と
グラフ表示手段とにより,同一画面上にカラーマップのカラーバーとヒス
トグラムとを対応付けて,並列的に配置して,同時に表示し,さらにヒス
トグラムの各区間を,対応するカラーバーの色と同色で表示するとともに,
指定された区間に対応するスカラ量分布をカラーマップ表示するスカラ量
分布表示装置。
イ一致点
測定結果として分析手段側から得られる画像データの複数の輝度分割数
に分割された輝度分布を求める手段と,前記輝度分布に対して,前記輝度
分割数と実質的に1対1で対応させることができる複数のカラー分割数に
分割されたカラーテーブルの割り当て範囲を,範囲指定手段により指定し
て色付けを行なう輝度分布の範囲を設定する手段と,前記カラーテーブル
の割り当てに従って画像データを表示用画像データに変換する手段と,前
記表示用画像データを記憶する手段と,輝度分布,カラーテーブル,及び
表示用画像データを表示する手段とを備えた分析装置。
ウ相違点
(ア) 相違点1
「複数の輝度分割数」及び「複数のカラー分割数」が,本件発明では
「任意」の数値であるのに対し,甲1発明では「あらかじめ設定済み
の」数値である点。
(イ) 相違点2
「範囲指定手段」が,本件発明では,「輝度分布表示に対して移動可
能な表示画面上のレンジ・バーを用いたもの」であるのに対して,甲1
発明では,「マウスカーソルを用いて指定するもの」である点。



(ウ) 相違点3
本件発明では,「前記設定された輝度分布の範囲の上限以上,また,
下限以下についてはそれぞれカラーテーブルの上限また下限と同一の色
付けを行う」のに対して,甲1発明では,そのような構成かどうか明ら
かでない点。
(エ) 相違点4
「測定結果」が,本件発明では,「物質表面の原子配列や表面形状の
測定結果」であるのに対して,甲1発明では,「工学や物理学,化学,
医学等の分野での計測機器のよる測定」の結果である点。
(オ) 相違点5
表示される「輝度分布」が,本件発明では「前記輝度分布」であるの
に対して,甲1発明では,「区間指定手段により指定された区間につい
てのみのヒストグラム」であり,「輝度分布,カラーテーブル,及び表
示用画像データを表示する手段」が本件発明では,「前記カラーテーブ
ルを前記設定された輝度分布の範囲の上限・下限と対応する範囲内に表
示する」ものであるのに対して,甲1発明では,そのような構成である
かどうか明らかでない点。



第3 当事者の主張


1 取消事由に係る原告の主張
審決には,(1) 周知技術(甲4,35)を看過して,相違点5に係る構成を
容易想到ではないと判断した誤り(取消事由1),(2) 甲1発明と甲4記載の
技術(以下「甲4技術」という場合がある。)の組合せの認定を誤り,相違点
5に係る構成を容易想到ではないと判断した誤り(取消事由2)があり,審決
は取り消されるべきである。すなわち,
(1) 周知技術(甲4,35)を看過して,相違点5に係る構成を容易想到では
ないと判断した誤り(取消事由1)



審決は,甲2について,「色付けを行う輝度分布の範囲を設定する前に作
成された輝度分布と,設定後のカラーテーブルの割り当てに従って画像デー
タから変換された表示用画像データと,カラーテーブルを表示することが記
載されている」が,「カラーテーブルを,表示された『色付けを行なう輝度
分布の範囲を設定する前に作成された輝度分布』上における設定された輝度
分布の範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に表示することは記載され
ていない」とし,甲3についても,甲2と同じく,「カラーテーブルを,表
示された『色付けを行なう輝度分布の範囲を設定する前に作成された輝度分
布』上における設定された輝度分布の範囲の上限下限と対応する範囲内の位
置に表示することが記載されていない」として,「甲1発明に甲2又は甲3
に記載された構成を適用しても,相違点5における本件発明の構成を得るこ
とはできない。」と判断した。
しかし,審決の判断には誤りがある。
本件発明と「甲1発明に甲2,3記載の技術を組み合わせたもの」との相
違点は,本件発明が「表示画面上でカラーテーブルを伸縮させることにより
設定範囲の上限・下限と『対応する位置』に表示している」のに対して,
「甲1発明に甲2,3記載の技術の組合せたもの」は,「表示画面上ではカ
ラーテーブルの幅を維持したまま,“△”及び“▲”というスライダの『対
応関係によって』設定範囲の上限・下限との対応を表示している」という点
のみにあるといえる。
そして,本件発明の「甲1発明に甲2,3記載の技術を組み合わせたも
の」との相違点に係る構成は,次のとおり,甲4及び甲35記載の周知技術
である「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラ
ーテーブルを表示すること」との技術を適用することにより当業者にとって
容易に達成することができる。
ア甲4について



審決は,甲4には,「カラーテーブルの割り当て範囲を指定する範囲指
定手段として,画像とともに表示されるカラーテーブルをマウスを用いて
指示すると,・・・変更前のカラーテーブル,変更後のカラーテーブル及
び移動可能なレンジ・バーが表示され,当該レンジ・バーを用いて範囲を
指定するものであって,変更前のカラーテーブル上における設定された範
囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に変更後のカラーテーブルを表示
する構成が記載されている」と認定する。甲4によれば,「ある設定され
た範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示」
する技術が開示され,同技術は,周知技術であるといえる。
イ甲35について
甲35は,一般的な学術雑誌に掲載された論文であり,「画素ヒストグ
ラムがカラーマップに重なって描写されている」,「当該カラーマップが,
画素ヒストグラム及び当該カラーマップ上の2本の横線を用いて範囲選択
可能である」,「範囲選択をした場合,画素ヒストグラムは従前の表示の
ままに,2本の横線の範囲内に当該カラーマップが対応的に伸縮して表示
される」という技術が記載されている。同記載によれば,「ある設定され
た範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示」
する技術が,周知であるといえる。
ウ以上を総合すれば,本件発明の相違点5に係る構成は,「甲1発明に甲
2又は甲3に記載されたもの」に周知技術(甲4,35)を適用すること
によって,容易に想到できたといえる。
(2) 甲1発明と甲4技術の組合せの認定を誤り,相違点5に係る構成を容易想
到ではないと判断した誤り(取消事由2)
審決は,甲1発明に甲4技術の構成を採用したとしても,「画像や輝度分
布とは独立した表示部であるメニュー中に,変更前のカラーテーブル,変更
後のカラーテーブル及びレンジ・バーが表示される構成が得られるだけであ



って,「カラーテーブル」を,表示された「前記輝度分布」上における「前
記設定された輝度分布の範囲の上限・下限」と対応する範囲内の位置に表示
する構成を得ることはできない。」と判断した。
しかし,審決の判断は誤りである。
甲1発明は,カラーマップ(表示用画像データ)の表示と同時に,スカラ
量の分布(輝度分布)をグラフで表示することにより,特異点を容易に認識
し,色付け範囲から外すことで特異点以外の任意の区間を詳細に表示するこ
とを可能としたところに改良点がある(甲1・1頁Abstract)。すなわち,
甲1発明は,「輝度分布を確認しながら色付け範囲を設定する」ところにそ
の技術思想が存するのであって,輝度分布を除いたカラーバー(カラーテー
ブル)のみにより色付け範囲を設定することは想定されていない。このこと
は,甲1において,ヒストグラム(輝度分布),カラーバー(カラーテーブ
ル)及びカラーマップ(表示用画像データ)を同時に表示することが開示さ
れていることからも明らかである(甲1・第7欄29~43行)。
また,ヒストグラムとカラーバー(カラーテーブル)を並列的に記載する
ことは,ヒストグラムを参照しながらコントラストや色調を調整する目的を
達成するためであり,これは,当技術分野における周知慣用技術たる画像表
示装置の表示方法である(甲1~3,5,16,18,35)。
そうすると,甲1発明に甲4技術の構成を組み合わせる場合,上記目的の
ために,カラーテーブルの表示の際,(たとえ,それが画像や輝度分布とは
独立した表示部であるメニュー中に表示される場合であっても)輝度分布と
組み合わせた形で表示されると考えるのが自然であるから,メニュー中に表
示されるのは「変更前のカラーテーブル,前記輝度分布,変更後のカラーテ
ーブル,及びレンジ・バー」となる。そして,甲4発明における,変更後の
カラーテーブルが,変更前のカラーテーブルの設定された範囲の上限・下限
と対応する位置に表示される(甲4・図32)ことから,甲1発明と甲4技



術の組み合わせにおいても,変更後のカラーテーブルが前記設定された輝度
分布の範囲の上限・下限と対応する位置に表示され,本件発明の相違点5に
係る構成となる。
以上によれば,甲1発明に甲4技術を適用することによって,本件発明の
相違点5に係る構成を容易に想到できたといえる。
2 被告の反論
以下のとおりの理由により,審決には,取り消されるべき判断の誤りはない。
(1) 取消事由1(周知技術〔甲4,35〕を看過して,相違点5に係る構成を
容易想到ではないと判断した誤り)に対し
甲35は,次のとおり,「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範
囲内の位置に,カラーテーブルを表示する」という周知の技術を開示するも
のとはいえない。したがって,上記の技術を開示する文献は甲4のみであり,
甲4のみによっては周知の技術とはいえないから,本件発明の相違点5に係
る構成を容易に想到することができたということはできない。
ア甲35のルックアップテーブルは逐一作り直されていること
本件発明において,表示される「カラーテーブル」は,常に,輝度分割
数と実質的に1対1の対応関係が維持された状態の元のカラーテーブルで
あり,カラーテーブルの分布の内容は作り直されない。これに対して,甲
35のルックアップテーブルは,矢印の操作の度毎に作り直される(甲3
5の77頁左欄1~3行,78頁左欄14~16行,18,19行,図5,
8~14)。したがって,本件発明の「カラーテーブル」と甲35のルッ
クアップテーブルとは,カラーテーブルの分布の内容は作り直されるか否
かの点において相違する。
イ甲35のルックアップテーブルは伸縮するものではなく,本件発明の作
用効果を奏しないものであること
本件発明は,常に元のカラーテーブルが表示され,設定された範囲にお



いて表示される色数は減少せずフルカラーレンジと同じであって,「当初
の全輝度範囲に対応して表示されたカラーテーブルから変動させるものと
して,輝度分布(ヒストグラム)を見ながら,この輝度分布の特定部分に
特定の配色を行うなどという操作が可能になる」(甲30の段落【002
4】,乙1の26頁9行目以下)という作用効果を有する。これに対して,
甲35のルックアップテーブルは,矢印の操作に従って伸縮するものでは
なく,また,矢印によって「設定された輝度分布の範囲」においては,該
設定された範囲に対応する,当初よりも限定された大きさのマトリックス
の行数と同じ色数まで表示の色数が減少し,設定の範囲を狭めるほどに色
数が減少する(甲35の図7~14など)。したがって,本件発明の「カ
ラーテーブル」と甲35のルックアップテーブルとは,上記の点において,
相違する。
ウ以上のとおり,「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の
位置に,カラーテーブルを表示すること」は,周知技術とはいえない。し
たがって,「甲1発明と甲2又は甲3に記載された技術を組み合わせたも
の」に甲35,甲4を適用することもできないから,本件発明の相違点5
に係る構成を想到することが容易でないとした審決の判断に誤りはない。
(2) 取消事由2(甲1発明と甲4技術の組合せの認定を誤り,相違点5に係る
構成を容易想到ではないと判断した誤り)に対し
以下のとおり,甲1発明と甲4技術を組み合わせて,本件発明の相違点5
に係る構成を想到することは容易でないとした審決の判断に誤りはない。
ア甲1発明に甲4技術を適用する動機付けがないこと
甲1発明に甲4技術を適用するに当たっては,当該発明の特徴点を的確
に把握するとともに,先行技術の内容の検討に当たっては,当該発明の特
徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは不十
分であり,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであろうとの示唆



等が存在することが必要である。
甲1発明には,本件発明の特徴点である「『分析手段側から得られる画
像データに基づいて,色付けを行なう輝度分布の範囲を設定する前に作成
された輝度分布』を表示するとともに,表示された『前記輝度分布』にお
ける『前記設定された輝度分布の範囲の上限・下限と対応する範囲内』の
位置に,カラーテーブルを表示すること」は開示されていない。そして,
甲4技術には,本件発明の特徴点である「表示された『前記輝度分布』に
おける『前記設定された輝度分布の範囲の上限・下限と対応する範囲内』
の位置に,カラーテーブルを表示する」ことに到達するためにしたはずで
あるとの示唆等は存在しない。
したがって,甲1発明において,画像や輝度分布とは独立した表示部で
あるメニュー中ではなく,画像や輝度分布と同じ表示部中に直接表示する
ために,甲4技術の開示する「画像とは独立した表示部であるメニュー中
に,変更前のカラーテーブル,変更後のカラーテーブル及び移動可能なレ
ンジ・バーが表示され,当該レンジ・バーを用いて範囲を指定するもので
あって,変更前のカラーテーブル上における設定された範囲の上限・下限
と対応する範囲内の位置に変更後のカラーテーブルを表示する構成」を組
み合わせる動機付けはないというべきである。
イ甲1発明に甲4技術を組み合わせる阻害要因が存在すること
甲1発明は,特異値を取り除く前後のヒストグラムを同時表示すること
によって,各々の比較を可能にし,特異値の取り除きを視覚的に確認する
ことができるとする発明である。仮に,「表示された「前記輝度分布」に
おける「前記設定された輝度分布の範囲の上限・下限と対応する範囲内」
の位置に,カラーテーブルを表示する」との構成を採用すると,複数のヒ
ストグラムを表示する甲1発明の目的を達成することができなくなる。
仮に,甲1発明の技術的特徴が,ヒストグラムが書き換えられることに


  • 12 -


より,カラーテーブルを縮小表示することなく,ヒストグラムとカラーテ
ーブル上の色合いとの対応関係を明瞭に表示できることにあるとするなら
ば,甲1発明に,甲4技術を組み合わせることにより,カラーテーブルを
縮小表示することは,甲1発明の技術的特徴を失わせることになる。
したがって,甲1発明に甲4技術を組み合わせることについて,阻害要
因があるといえる。



第4 当裁判所の判断



当裁判所は,以下のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。


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1 取消事由1(周知技術〔甲4,35〕を看過して,相違点5に係る構成を容易想到ではないと判断した誤り)について



原告は,本件発明と「甲1発明に甲2,3記載の技術を組み合わせたもの」との相違点は,本件発明が表示画面上でカラーテーブルを伸縮させることにより設定範囲の上限・下限と「対応する位置」に表示しているのに対して,「甲1発明に甲2,3記載の技術の組合せたもの」は,「表示画面上ではカラーテーブルの幅を維持したまま,“△”及び“▲”というスライダの『対応関係によって』設定範囲の上限・下限との対応を表示している」という点のみにあることを前提とし,その上で,本件発明は,「甲1発明に甲2,3記載の技術を組み合わせたもの」に甲4,35記載の「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示すること」との周知技術を適用することにより当業者にとって容易に達成することができる,と主張する。


しかし,原告の主張は,以下のとおり,その前提において,失当である。


(1) 本件発明が,「甲1発明に甲2,3記載の構成を組み合わせたもの」に,甲4等記載の周知技術を適用することにより容易に想到し得るかについて前記のとおり,審決によれば,本件発明と甲1発明との相違点5は,表示される「輝度分布」が,本件発明では「前記輝度分布」であるのに対して,

甲1発明では,「区間指定手段により指定された区間についてのみのヒストグラム」であること,また「輝度分布,カラーテーブル,及び表示用画像データを表示する手段」が,本件発明では,「前記カラーテーブルを前記設定された輝度分布の範囲の上限・下限と対応する範囲内に表示する」ものであるのに対して,甲1発明では,そのような構成であるかどうか明らかでない点である。すなわち,相違点5は,輝度分布とカラーテーブルの表示の態様の両者を捉えて,相違するとしたものである。

そして,本件発明においては,「前記カラーテーブルを前記設定された輝度分布の範囲の上限・下限と対応する範囲内に表示する」ことから,「輝度分布」の「範囲」が設定されたことによって定まる「前記設定された輝度分布の範囲の上限・下限と対応する範囲内」に「カラーテーブル」を表示することを特定しているのに対して,甲1発明においては「指定された区間についてのみのヒストグラム」も「あらかじめ設定済みの分割数で等分割された」ものとして表示され,これと対応づけられるように「カラーバー」である「カラーテーブル」を表示するから,区間が指定されたことによって定まる範囲内に「カラーテーブル」を表示することは,特定されない。そうすると,本件発明が輝度分布上の範囲が設定されたことによって定まる位置にカラーテーブルを表示する態様を示すものであるのに対して,甲1発明はそのような態様により表示するものとはいえない点において相違するものであり,相違点5は,そのような技術的な観点を含んだ相違点であるといえる。


審決(審決44頁18行ないし31行)が認定するとおり,本件発明の特徴たる作用効果は,色付けを行う輝度分布の範囲の設定と画像表示とを繰り返し,色付けを行う輝度分布の範囲の設定がなされるたびに,少なくとも設定された後のタイミングで設定された輝度分布範囲の上限・下限と対応する範囲内にカラーテーブルが表示されることといえる。そして,本件発明は,相違点5に係る構成を採用したことにより,いったん色付けを行う輝度分布の範囲を設定して画像表示した後に,さらに輝度分布範囲を変更調整して設定する場合,表示用画像に対応したカラーテーブルの「前記輝度分布」に割り当てをする対応関係,すなわち,輝度分布のどの辺りの位置にどのような色が割り当てられているかを表示画面上で確認することを可能とし,さらに,設定された輝度分布の範囲外の輝度分布も視認しながら,輝度分布範囲の変更調整を行うことを可能とし,例えばいったん輝度分布範囲を縮めて設定した後に,当該範囲を少し広げるように調整して再設定する場合等の操作性を向上させることを可能とするものである。


他方,甲2及び甲3は,輝度分布における範囲の指定に用いるスライダ(「入力レベル」スライダ)とは別のスライダ(「出力レベル」スライダ)により「カラーテーブル」の割り当て範囲を指定する技術が記載されているのであって,輝度分布上の範囲が設定されたことによって定まる位置にカラーテーブルを示すという態様によって表示するという本件発明の技術上の特徴たる構成を備えていない。


また,甲4では,「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示すること」が記載されているものの,輝度分布を表示する技術が開示されていないため,輝度分布上の範囲を設定することによって定まる位置にカラーテーブルを示すという態様によって表示するという本件発明の技術上の特徴たる構成を備えていない。してみると,「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示すること」(甲4)との技術が周知であるか否かにかかわらず,「甲1発明に甲2,3記載の構成を組み合わせた技術」を基礎として,さらに上記甲4の技術を適用したとしても,相違点5において摘示された本件発明の相違点5に係る構成に想到し得ないものである。

なお,原告は,「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示する」という技術が周知であることを示す証拠として,審判手続には提出されていない甲36,37も提出するが,上記と同様,これらに基づいて原告の主張を認めることはできない。

よって,原告の主張は,その前提を欠くものであって,採用の限りでない。


(2) 本件発明が,「甲1発明に甲2,3記載の構成を組み合わせたもの」に,甲35記載の周知技術を適用することにより容易に想到し得るかについて甲35は,審判手続には提出されていない証拠である。この点,原告は,甲35は,「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示する」という技術が周知であることを示す証拠であるから,本訴において提出することは許されると主張する。

原告の主張によれば,甲35記載の技術内容は,①画素ヒストグラムがカラーマップに重なって描写されている,②当該カラーマップが,画素ヒストグラム及び当該カラーマップ上の2本の横線を用いて範囲選択可能である,③範囲選択をした場合,画素ヒストグラムは従前の表示のままに,2本の横線の範囲内に当該カラーマップが対応的に伸縮して表示される,というものである。原告の主張を前提とすると,本件発明の相違点5に係る容易想到性を立証する先行技術として,無効審判において提出された甲2ないし4記載の技術とは,少なくとも,上記③の点において相違する。そうすると,甲35は,無効審判手続において原告が主張した無効理由について,単に出願当時の周知技術を立証するための補強資料にすぎないとはいえず,新たな引用例に基づいた主張を根拠づけようとする資料というべきである。したがって,本訴において,甲35に基づいて審決の適否を判断することはできないというべきである。




(3) 小括



以上によれば,「甲1発明に甲2,3記載の構成を組み合わせたもの」と,本件発明の構成との相違点は,甲4及び甲35記載の周知技術,すなわち,「ある設定された範囲の上限・下限と対応する範囲内の位置に,カラーテーブルを表示する」との技術を適用することにより当業者にとって容易に達成されるとする原告の主張は,原告の主張を前提としたとしても,失当である。

2 取消事由2(甲1発明と甲4技術の組合せの認定を誤り,相違点5に係る構成を容易想到でないと判断した誤り)について

当裁判所は,甲1発明に甲4技術を組み合わせる動機付けが存しないとして,両者を組み合わせることにより,相違点5に係る構成に至ることは容易とはいえないとした審決の判断に誤りはないと解する。その理由は,以下のとおりである。





(1) 事実認定


ア甲1発明
甲1発明は,前記第2,3,(2) 記載のとおりである(争いはない)。
また,甲1のAbstract (訳文)によれば,「ある形状を持った表示対象物
の形状情報と,当該表示対象物上のサンプリング点におけるスカラ量の大
きさとを用いて,等高線および/またはカラーマップにより当該表示対象
物上のスカラ量分布を表示するスカラ量分布表示方法において,改良点は,
前記等高線および/またはカラーマップによる表示と同時に,前記スカラ
量の分布をグラフで表示することからなる。スカラ量分布が同時に表示さ
れるため,スカラ量のいかなる特異点その他を容易に認識可能である。」,
「本発明の目的は,特異値以外の部分でさえも詳細に表示することができ,
また表示色による絶対的な比較ができる等,データの解析が容易なスカラ
量分布表示方法及びシステムを提供することにある。本発明は上記目的を
達成するためになされたもので,・・・ある形状を持った表示対象物の形
状情報と,該表示対象物上のサンプリング点におけるスカラ量の大きさと
を用いて,等高線および/またはカラーマップにより該表示対象物上にお
けるスカラ量の大きさの分布を表示するスカラ量分布表示方法において,
上記等高線および/またはカラーマップによる表示と,同時にまたは前に,


  • 17 -


スカラ量の大きさ分布をグラフで表示することを特徴とするスカラ量分布
表示方法が提供される。この場合,上記グラフは,全サンプリング点での
スカラ量の大きさを含む範囲についてのヒストグラムであることが好まし
い。」と記載されている。

イ甲4技術
甲4には,以下の記載がある。
「【0005】また,医療画像処理においては,原画像のピクセル値に対
応して色表示をすることが行われるが,使用するカラーマップはフルカラ
ーであることが要求されることが多い。色表示を種々変更して原画像の検
討をする場合,フルカラーそのままで種々変更して表示する場合には,少
なからず時間がかかっていた。
【0006】【発明が解決しようとする課題】本発明は,これらの不都合
を解消するために,以下の目的を達成できる画像処理装置を提供するもの
である。・・・
【0012】(6)医療画像の表示における色表示の検討操作の効率を上
げること。
【0013】【課題を解決するための手段】かかる目的を達成するために,
本発明は,ファイルに格納された複数の原画像データの中から所望の原画
像データを選択し,選択された原画像データを前記ファイルからメモリー
に読み込んで処理し,2次元または3次元画像を作成し,これを表示する
画像処理装置において,前記原画像データに対応するアイデンティファイ
アを表示する手段と,原画像データを前記メモリーに実際に読み込む前に,
前記アイデンティファイアを選択することによって,表示に関するスクロ
ール範囲および処理に関する適用範囲を設定する設定手段と,該設定手段
によって設定された原画像データのみを前記ファイルから読み出す手段と
を具備することを特徴とする。・・・


  • 18 -


【0019】さらに,医療画像処理において,擬似カラーとフルカラーの ルックアップテーブルを切替えて画像の色付を変更し,その変化をリアルタイム表示することによって,効率的な画像の色付け変更を可能にする。・・・

【0076】実施例5

一般に,医療画像は1ピクセル当たり16ビット程度の情報を持つ。医療画像表示装置はこのデータの値に応じて適当な色付けを行い表示する。この時,表示のコントラストを調整し,診断などがしやすい表示を得ることが重要である。このため,複数の医療画像を同一の画面上に同時に表示する場合には,それぞれの医療画像の特性に従った,別々のカラールックアップテーブルを用意する必要がある。任意個の画像を表示することを考えると,ハードウェア的なカラールックアップテーブルを用いてこれを実現することは困難である。」





(2) 容易想到性の判断



甲1発明は,「指定された区間についてのみのヒストグラム」を「あらかじめ設定済みの分割数で等分割された」ものとして表示し,これと対応づけて「カラーバー」である「カラーテーブル」を表示するとともに「表示対象物の形状情報」である「表示用画像データ」と「ヒストグラム」である「輝度分布」につきカラーマップ表示を行うものである。すなわち,範囲の設定の後にその範囲についての輝度分布を再構成して,再構成された輝度分布とカラーテーブルとを対応付け,この対応付けに即した輝度分布と表示用画像データのカラーマップ表示を行うものである。したがって,特異点を色付け範囲から外すべく,範囲設定を行うに当たり確認される輝度分布は,この範囲設定による再構成される前のものであると解される。

そうすると,甲1発明において,範囲の設定の際確認される輝度分布は,その範囲の設定よりも前のものであり,その際確認される表示用画像データも範囲設定よりも前のカラーテーブルにより色付けされたものであるといえる。

これに対して,甲4技術は,医療画像の特性に合わせて,診断などがしやすい医療画像表示を行うに当たり,医療画像の色データの置き換えを行うためのカラールックアップテーブル(カラーテーブル)を医療画像の横に表示するとともに,コントラスト調整を行う際に,最適な表示が得られるまでの間表示されるコントラスト調整用メニューの画面上で,このメニュー内のupper ,lower 位置を示す横線を上下に移動させてカラーテーブルを書き換え,このカラーテーブルの書き換えと画像の再転送を繰り返すことによって,コントラスト調整を行うものである。そして,この横線の移動による範囲の設定の結果となる書き換え後のカラーテーブルによる色付けがされた画像を確認しない限り,医療画像の表示が最適であると判断することはできないから,甲4記載事項における範囲の設定は,設定に伴って書き換えられた,カラーテーブルによる書き換え後の表示用画像データを確認しながら行われることを前提とするものである。

そうすると,甲1発明は,特異値を取り除いてデータの解析が容易なスカラ量分布表示方法及びシステムを提供しようとするものであって,範囲設定前の表示用画像データ及び輝度分布を確認しながら範囲を設定するものであるのに対して,甲4技術は,医療画像の表示における色表示の検討操作の効率を上げようとするものであって,範囲設定後の表示用画像データを確認しながら範囲の設定が行われることを前提としたものであるから,甲1発明に甲4技術を組み合わせる動機付けはない。

したがって,甲1発明に甲4技術を組み合わせることにより,本件発明の相違点5に係る構成に至ることが容易であるとはいえない。

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3 小括



以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも採用の限りではない。したがって,審決には取り消すべき違法が認められないというべきである。

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第5 結論



よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。


知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官飯 村 敏 明裁判官齊 木 教 朗裁判官武 宮 英 子

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Last Update: 2011-02-01 01:22:19 JST

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……………………………………………………判決末尾top
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特許:「容易想到性」,「数値限定的な記載についてのサポート要件」等「事実認定」:(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10015号審決取消請求事件))





目 次


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特許:「容易想到性」,「数値限定的な記載についてのサポート要件」等「事実認定」:(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10015号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」


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縮小版なし・判決原文(引用)


(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10015号審決取消請求事件))


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【容易想到性】「事実認定」(記載ないし示唆なし)


原告は,甲18記載の発明において,センサ全体の重心位置が左側に偏心しており,おもり5の重心も左側にあるといえる上,本件発明のようなセンサ全体の重心位置及び可動重り(平衡重り)の重心位置に係る構成については,甲19に開示されており,設計的事項又は周知技術にすぎないと主張する。


しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,前記(4)エのとおり,甲18には,スイッチの確実な動作を実現するための構成として,可動重りの重心をセンサ全体の重心と同じ側方に配する構成が記載ないし示唆されているとは認められず,甲19にも可動重りの重心をセンサ全体の重心と同じ側方に配す43るとの構成が記載ないし示唆されているとは認められない。また,本件発明のようなセンサ全体の重心位置及び可動重り(平衡重り)の重心位置が設計的事項又は周知技術にすぎないともいえない。

したがって,原告の上記主張は採用することができず,相違点Iは,甲18記載の発明を基礎として,これに甲19記載の構成及び周知技術を適用することにより,容易に想到することができたとはいえない。



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【重量比に関するサポート要件違反の認定・判断】「事実認定」(解釈)




原告は,本件発明において,平衡重りとセンサの全重量の重量比が少なくとも30%であることは,本件発明の課題解決のための技術的意義を有しておらず,その数値限定に臨界的意義がないところ,上記重量比に係る数値限定を構成要素とする特許請求の範囲の記載は,旧特許法36条5項1号(いわゆるサポート要件)に違反すると主張する。


しかし,原告のこの点の主張は,以下のとおり,採用の限りでない。すなわち,前記2(4)ウのとおり,本件明細書の段落【0010】,【0011】,【0012】,【0014】,【0016】によれば,本件発明における「平衡重り」のセンサに対する30%以上との重量比は,センサ全体の重心が前記垂直線に対し平衡重りの重心と同じ側方にあることとあいまって,センサ本体を水位レベルの上昇に伴って速やかに一定方向に傾かせるとともに,センサ本体が傾き始め,水平位置に到達した後,水位レベルがセンサ本体より上昇してもなお,センサ本体が水平位置を取るようにするため,安定性の程度を調節するという意味において,技術的意義があると理解することができるから,特許請求の範囲(請求項1)において,平衡重りのセンサ全体に対する重量比について,30%以上との限定を付した点に,旧特許法36条5項1号の規定の違反があると解することはできない。



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【記載要件】「事実認定」(主張立証)


原告は,本件特許に係る特許請求の範囲の記載について,「センサの中空本体の外形の中心」,「センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」,「前記平衡重り(9)は,前記センサが空気に囲まれて主垂直位置を取っている時に該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線の側方に重心(10)があり」,「前記センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心と同じ側方にあり」と記載されているが,これらの記載は,旧特許法36条5項1号,同条同項2号及び同条4項に違反すると主張する。


また,原告は,審決が,本件明細書の図1(別紙図面1)の一点鎖線のうち「センサの中空本体の外形部分にかかる線分」の部分だけに言及して,それが「鉛直方向を向いた状態」とするなどの解釈をしている上,被告の主張とも齟齬していると主張する。この点,本件明細書の図1(別紙図面1)の一点鎖線は,電気ケーブル2や水密入口3からセンサの中空本体の外形の中心にかけて一直線に伸びているように見えるものの,前記1(3)と同様に,本件明細書の記載及び本件発明の要旨に照らすと,空気に囲まれている時,中空本体は,ほぼ垂直な位置となっているが,完全に直立しているとまでは認められないから,被告の主張と齟齬しているか否かはさておき,審決の認定・判断に誤りはない。




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H230131現在のコメント


(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10015号審決取消請求事件))


「容易想到性」判断



「容易想到性」判断は,知財高裁,特に飯村コートの示した規範を前提にしています。

 参考URL:

  特許:進歩性の判断において,出願の後に補充した実験結果等を参酌することの可否「判断基準」


  特許:併用効果の場合の顕著な効果の記載はあるか?,特に知財高裁平成22年7月15日判決(平成21年(行ケ)第10238号審決取消請求事件)との関係について「解釈基準」


関係判例として,

知財高裁平成22年7月15日判決(平成21年(行ケ)第10238号審決取消請求事件)

(「飯村コート」)

知財高裁平成17年11月8日判決(平成17年(行ケ)第10389号審決取消請求事件)

(「塚原コート」)

知財高裁平成22年5月26日判決(平成21年(行ケ)第10319号審決取消請求事件)

(「滝澤コート」)

があります。これらは重要判決ですので,後日UPします。



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「重量比に関するサポート要件違反」


「安定性の程度を調節するという意味において,技術的意義があると理解することができる」

→ある意味これも数値限定ですが,数値(●●以上)という記載の意味を,このように解しています(当業者に解せると同義)。



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「記載要件」の主張立証



「被告の主張と齟齬しているか否かはさておき,審決の認定・判断に誤りはない。」

明細書の記載についての主張を,要件事実的にどのように位置づけるかは,明確ではありません。


明細書の記載は,全て包括的に主張している
→少しぐらい主張に齟齬があっても,善解して解釈すれば・・・

明細書の記載は,そもそも間接事実であり,当事者の主張は不要である。
→少しぐらい主張に齟齬があっても,問題ない・・・


従来の伝統的な理論からすれば,前者に解することができるでしょうか。


ただし,齟齬の程度が,ものすごくあった場合にも,前者のようにいえるかは,また今後問題となるともいえます。







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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10015 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年01月31日 知的財産高等裁判所



1
平成23年1月31日判決言渡
平成22年(行ケ)第10015号審決取消請求事件
平成22年11月30日口頭弁論終結



判 決





主 文


1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由



第1 請求


特許庁が無効2009-800054号事件について平成21年12月11日にした審決を取り消す。



第2 当事者間に争いのない事実




1 特許庁における手続の経緯



被告は,特許第3117169号(発明の名称を「レベル・センサ」。以下「本件特許」という。)の特許権者である。

本件特許は,平成5年4月27日,出願されたが(特願平5-101428号。パリ条約による優先権主張平成4年4月28日,スウェーデン国。以下,出願当初の明細書を図面とともに「当初明細書」という。甲6の1。なお,当初明細書の図1ないし3は,別紙図面1ないし3のとおりである。),平成10年6月25日付けで拒絶査定がされた。これに対し,被告は,平成10年10月5日付け(同月6日受付)で審判請求をし,平成12年8月3日付け手続補正書(甲6の14)によって,特許請求の範囲(請求項1),発明の詳細な説明の【0010】を補正した(以下「本件補正」といい,本件補正後の明細書を図面とともに「本件明細書」という。なお,本件明細書の図1ないし3は,当初明細書の図1ないし3(別紙図面1ないし3)と同一である。)。特許庁は,平成12年8月22日,「原査定を取り消す。本願の発明は,特許すべきものとする。」との審決をし,同年10月6日に本件特許の設定登録がされた(請求項の数5)。


原告は,平成21年3月5日付けで,特許庁に対し,本件特許の特許請求の範囲(請求項1)記載の発明(以下「本件発明」という。)についての特許を無効とすることを求めて無効審判を請求した(無効2009-800054号)。特許庁は,平成21年12月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同月23日,原告に送達された。



2 特許請求の範囲の記載



(1) 当初明細書(甲6の1)によれば,当初出願に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,以下のとおりである。

【請求項1】

ポンプ媒体のレベルに応じて電気的駆動ポンプ中のモータを始動/停止するような電気機能の接続/切離し用のレベル・センサにおいて,中空本体内に配置した電気スイッチ,マイクロスイッチ(15)に接続した電気ケーブル(2)に取付け懸架している中空本体(1)を含み,前記スイッチは本体内に配置した可動重りの助けにより接続/切離し位置へ作動され,平衡重り(9)として設計された重りは中空本体内で支持され,2つの異なる終端位置の間で回転可能であり,平衡重りの表面の一方がマイクロスイッチ(15)を直接的に又は間接的に作動させるよう配置され,空気中に囲まれている時にセンサの全重量の少くとも30%の重量である平衡重り(9)はセンサが空気に囲まれて主垂直位置を取っている時にセンサを通る垂直線の横に重心(10)がある,電気機能の接続/切離し用のレベル・センサ。(2) 本件明細書(甲1)によれば,本件補正後の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,以下のとおりである。

【請求項1】

ポンプ媒体のレベルに応じて電気的駆動ポンプ中のモータを始動/停止するような電気機能の接続/切離し用のレベル・センサにおいて,中空本体内に配置したマイクロスイッチ(15)に接続された電気ケーブル(2)に自由懸垂状態に取付けられた中空本体を含み,前記スイッチは前期(判決注:「前記」の誤記。)中空本体内に配置した可動重りの助けにより接続/切離位置へ作動され,平衡重り(9)として設計された当該可動重りは中空本体内に2つの異なる終端位置の間で該平衡重りを通る軸線を中心として回転可能に支持され,前記平衡重りの表面の一つがマイクロスイッチ(15)を直接的に又は間接的に作動するように配置され,前記平衡重りの重量は,前記中空本体(1),前記マイクロスイッチ(15),平衡重り(9),及び平衡重りを中空本体内に回転可能に支持する手段(5,6,7,8)から成るセンサが空気によって囲まれている時該センサの全重量の少なくとも30%であり,前記平衡重り(9)は,前記センサが空気に囲まれて主垂直位置を取っている時に該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線の側方に重心(10)があり,かつ前記センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心と同じ側方にあり,液体中に浸漬されているときセンサは垂直位置から傾きなお電気ケーブル(2)から自由懸垂状態にあることを特徴とするレベル・センサ。


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3 審決の理由




審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,①本件補正
には,補正要件違反はなく,出願日の繰り下げに基づく新規性及び進歩性の欠如はない,②本件発明は,甲16(実公昭52-42767号公報)記載の発明を基礎として,これに甲18(スウェーデン特願8405668-8号明細書),甲19(実公昭42-10534号公報)記載の発明及び周知技術を組み合わせることによって,当業者が容易に発明をすることができたとはいえず,また,甲18記載の発明を基礎として,これに甲16,17(フィンランド特許第42382号公報),19記載の発明及び周知技術を組み合わせることによって,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない,③本件発明には,平成6年改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)36条5項1号,同条同項2号,同条4項の規定に反しないから,

本件特許を無効とすることはできないとするものである。


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審決は,上記結論②を導くに当たり,甲16,甲18記載の発明及びこれらと本件発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(


  1. 甲16記載の発明


タンク内の液面に応じて水中ポンプを起動するようなポンプの自動制御用の液面
検出スイッチにおいて,フロートA内に配置したリミットスイッチ4に接続された
可撓性ケーブル8に垂れ下がっている状態に取付けられたフロートAを含み,前記
リミットスイッチ4は前記フロートA内に配置した重錘5の助けにより接続/切離
位置へ作動され,リミットスイッチ4の底部に重錘5を固定し,リミットスイッチ
4の作用片6側の作用片6と反対の端部附近を軸7によりフロートAに枢着して,
リミットスイッチ4の作用片6の作動はスイッチ自身の回動によるものであり,液
面下にあるとき液面検出スイッチは垂直位置から傾き本体1が上になり,キャップ
2が下になる状態にある液面検出スイッチ。
(2) 本件発明と甲16記載の発明の一致点
ポンプ媒体のレベルに応じて電気的駆動ポンプ中のモータを始動/停止するよう
な電気機能の接続/切離し用のレベル・センサにおいて,中空本体内に配置したス
イッチに接続された電気ケーブルに自由懸垂状態に取付けられた中空本体を含み,
前記スイッチは前記中空本体内に配置した重りの助けにより接続/切離位置へ作動
され,液体中に浸漬されているときセンサは垂直位置から傾くレベル・センサ。
(3) 本件発明と甲16記載の発明の相違点
A スイッチについて,本件発明は「マイクロスイッチ」であるのに対して,甲
16記載の発明は「リミットスイッチ」である点。
B 重りの動作について,本件発明は「平衡重りとして設計された当該可動重り
は中空本体内に2つの異なる終端位置の間で該平衡重りを通る軸線を中心として回
転可能に支持され,前記平衡重りの表面の1つがマイクロスイッチを直接的に又は
間接的に作動するように配置され」ているのに対して,甲16記載の発明は「リミ
ットスイッチ4の底部に重錘5を固定し,リミットスイッチ4の作用片6側の作用
片6と反対の端部附近を軸7によりフロートAに枢着して,リミットスイッチ4の
6
作用片6の作動はスイッチ自身の回動によるもの」としている点。
C 重りの重量について,本件発明は「前記平衡重りの重量は,前記中空本体,
前記マイクロスイッチ,平衡重り,及び平衡重りを中空本体内に回転可能に支持す
る手段から成るセンサが空気によって囲まれている時該センサの全重量の少なくと
も30%」であるのに対して,甲16記載の発明はその重量について不明である点。
D 重心について,本件発明は「前記平衡重りは,前記センサが空気に囲まれて
主垂直位置を取っている時に該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線の側方
に重心があり,かつ前記センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心
と同じ側方にあり」としているのに対して,甲16記載の発明は重りの重心位置も
センサ全体の重心位置も不明である点。
E 液体中に浸漬されているときのセンサの状態について,本件発明は「液体中
に浸漬されているときセンサは垂直位置から傾きなお電気ケーブルから自由懸垂状
態にある」のに対して,甲16記載の発明は「液面下にあるとき液面検出スイッチ
は垂直位置から傾く」ものの,「なお電気ケーブルから自由懸垂状態」かどうか不明
である点。
(4) 甲18記載の発明
液体の液位に応じて電気ポンプを作動・停止するような電気回路を閉じる又は遮
断するための液位センサーにおいて,中空体1内に配置したスイッチ装置3に接続
された電気ケーブル2に垂れ下がった状態に取付けられた中空体1を含み,前記ス
イッチ装置3は前記中空体1内に配置したおもり5の助けにより閉じる又は遮断す
る位置へ作動され,おもり5は中空体1内に2つの異なる終端位置の間で移動可能
に配置され,前記おもり5の表面の1つがスイッチ装置3を直接的に作動するよう
に配置され,液体中に沈んでいるとき液位センサーは鉛直線に対して著しく傾いて
いる液位センサー。
(5) 本件発明と甲18記載の発明の一致点
ポンプ媒体のレベルに応じて電気的駆動ポンプ中のモータを始動/停止するよう
7
な電気機能の接続/切離し用のレベル・センサにおいて,中空本体内に配置したス
イッチに接続された電気ケーブルに自由懸垂状態に取付けられた中空本体を含み,
前記スイッチは前記中空本体内に配置した可動重りの助けにより接続/切離位置へ
作動され,可動重りは中空本体内に2つの異なる終端位置の間で移動可能に配置さ
れ,前記可動重りの表面の1つがスイッチを直接的に作動するように配置され,液
体中に浸漬されているときセンサは垂直位置から傾きなお電気ケーブルから自由懸
垂状態にあるレベル・センサ。
(6) 本件発明と甲18記載の発明の相違点
F スイッチについて,本件発明は「マイクロスイッチ」であるのに対して,甲
18記載の発明はスイッチを具体的に特定していない点。
G 重りの動作について,本件発明は「平衡重りとして設計された当該可動重り
は中空本体内に2つの異なる終端位置の間で該平衡重りを通る軸線を中心として回
転可能に支持され,」としているのに対して,甲18記載の発明は「おもり5は中空
体1内に2つの異なる終端位置の間で移動可能に配置され」としている点。
H 重りの重量について,本件発明は「前記平衡重りの重量は,前記中空本体,
前記マイクロスイッチ,平衡重り,及び平衡重りを中空本体内に回転可能に支持す
る手段から成るセンサが空気によって囲まれている時該センサの全重量の少なくと
も30%」であるのに対して,甲18記載の発明はその重量について不明である点。
I 重心について,本件発明は「前記平衡重りは,前記センサが空気に囲まれて
主垂直位置を取っている時に該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線の側方
に重心があり,かつ前記センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心
と同じ側方にあり」としているのに対して,甲18記載の発明は重りの重心位置も
センサ全体の重心位置も不明である点。

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第3 取消事由に関する原告の主張


審決には,補正要件違反による出願日繰下げに基づく新規性及び進歩性の認定・
判断の誤り(取消事由1),出願日繰下げがないとした場合,容易想到性の認定・判
8
断の誤り(取消事由2),重量比に関するサポート要件違反の認定・判断の誤り(取
消事由3),その他の記載要件違反に係る認定・判断の誤り(取消事由4)があるか
ら,違法として取り消されるべきである。

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1 取消事由1(補正要件違反による出願日繰下げに基づく新規性及び進歩性の認定・判断の誤り)


審決は,本件補正が発明の要旨変更に当たらないとして,本件発明につき,出願
日の繰下げに基づく新規性及び進歩性の欠如は認められないとするが,かかる審決
の認定・判断は,以下のとおり,誤りである。すなわち
(1) 補正が明細書の要旨を変更した場合とは,当該補正がされたことにより,特
許請求の範囲に記載された技術的事項が,原明細書等に記載された事項,又は少な
くとも出願時において当業者が原明細書等に記載された技術内容に照らし現実に記
載があると認識し得る程度に自明な事項を超えるような場合を指すと解すべきであ
る。また,当初明細書に現実に記載があると認識し得る程度に自明な事項であると
いうためには,現実には記載がなくとも,現実に記載されたものに接した当業者で
あれば,だれもがその事項がそこに記載されているのと同然であると理解するよう
な事項でなければならず,その事項について説明を受ければ簡単に分かるという程
度のものでは,自明ということはできないというべきである。さらに,当業者が,
ある周知技術を前提として,当初明細書の記載から当該事項を容易に理解認識する
ことができるというだけでは足りず,周知技術であっても,明細書又は図面の記載
を,当該技術と結び付けて理解しようとするための契機(示唆)が必要であるとい
うべきである。
(2) この点,本件補正は,当初明細書の特許請求の範囲(請求項1)の「センサ
を通る垂直線」を「該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」に変更し,同
垂直線を基準線とする構成要件を新たに追加したものである。
しかし,「センサを通る垂直線」は,具体的に特定されておらず,当初明細書の発
明の詳細な説明及び図面を参酌しても,せいぜい無数に存在する鉛直線のうちの一
9
本としか理解することができず,「センサを通る垂直線」が本件補正に係る「該セン
サの中空本体の外形の中心を通る垂直線」と同一のものであると理解することはで
きない。当初明細書には,センサ全体の重心位置に関する記載はなく,「センサを通
る垂直線」は,平衡重りの重心位置を定める基準線として規定されたものであって,
センサ全体の重心位置の基準線として特定されていたものではない。また,当初明
細書の図1は,センサの中空本体が空気中で吊り下げられた状態を図示しており,
同図面において,センサは直立の状態で吊り下げられているところ,物体が吊り下
げられた場合,当該物体の重心は吊下線の延長線上に位置するのが物理学及び力学
の常識であるから,同図面に接した当業者は,センサ全体の重心は一点鎖線上にあ
ると理解するのが自然であり,同一点鎖線が,センサ全体の重心が「側方」に位置
することの基準線として記載されたものでないことは明らかである。さらに,当初
明細書には,鉛直線の位置を決める「外形の中心」について全く記載がなく,図1,
2記載の一点鎖線は,センサの傾斜の変化を示す線として記載されたものと解する
のが自然である。
なお,被告は,審判手続きにおいて,「センサの中空本体の外形の中心を通る垂直
線」は,センサの中空本体の外形を回転体として捉えた場合の回転軸であると主張
していたのに対し,審決は,水平に対する鉛直方向の線であって,当初明細書の図
1の一点鎖線のうち,センサの中空本体の外形部分に係る線分が鉛直方向を向いた
状態のものをいうとしており,その解釈・特定が齟齬している。審決は,当初明細
書の図1の一点鎖線のうちセンサの中空本体の外形部分にかかる線分は,空気中に
おいて,傾いて位置することを前提としており,図1の一点鎖線において,鉛直方
向を向いている部分は存在しないこととなる。
(3) また,本件補正は,当初明細書の特許請求の範囲(請求項1)に「かつ前記
センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心と同じ側方にあり」との
構成を追加するものであるが,前記(2)のとおり,当初明細書の特許請求の範囲(請
求項1)の「センサを通る垂直線」は,平衡重りの重心位置の基準線として定めら
10
れていたところ,平衡重りの重心位置でセンサの傾斜方向が決まるものではないか
ら,平衡重りの重心位置を「浮心」や「浮心を通る線」を基準として特定する必然
性はなく,当初明細書の図1の一点鎖線が「センサを通る垂直線」であると解する
ことはできない。そうすると,「センサを通る垂直線」が平衡重りの重心位置の基準
線としてどのように特定されるか不明であるにもかかわらず,「中空本体全体の重心
が中空本体の中心(浮心)からずれている」とすることは,新たな技術的事項を導
入するものであり,当初明細書の記載から理解することはできない。
(4) したがって,本件補正は,当初明細書の要旨を変更したものに当たるから,
出願日の繰下げに基づく新規性及び進歩性の欠如は認められないとした審決の認
定・判断には誤りがある。
2 取消事由2(出願日繰下げを前提としない容易想到性の認定・判断の誤り)
仮に,本件補正が,当初明細書の要旨を変更したものに当たらないとしても,本
件発明は,以下のとおり,無効理由がある。

(1) 主位的主張
本件発明は,以下のとおり,甲16記載の発明に,甲18,19記載の発明及び
周知技術を組み合わせることにより容易に想到することができる。すなわち
ア本件発明と甲16の相違点Bの認定の誤り
甲16記載の発明は,リミットスイッチ4と重錘5が一体となって可動重りを構
成しており,リミットスイッチ4と重錘5が,その自重によって,フロートA内に
2つの異なる終端位置の間でリミットスイッチ4を通る軸7を中心として回転可能
に支持される可動重りであるとの構成を備えている。また,甲16記載の発明は,
リミットスイッチ4と重錘5の表面の一部(実際にはリミットスイッチ4の表面の
一部)がスイッチを作動するように配置されている。そうすると,本件発明と甲1
6記載の発明は,可動重りは中空本体内に2つの異なる終端位置の間で可動重りを
通る軸線を中心として回転可能に支持され,可動重りの表面の一つがスイッチを間
接的に作動するように配置されるという点でも一致しており,相違点は,本件発明
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は「平衡重りとして設計された当該可動重りが該平衡重りを通る軸線を中心として
回転可能に支持されている」のに対し,甲16記載の発明は「可動重りであるリミ
ットスイッチ4及び重錘5が,当該可動重りを通る軸線を中心として回転可能に支
持されている」点にすぎない。仮に,リミットスイッチ4と重錘5が一体とはいえ
ないとしても,本件発明と甲16記載の発明は,可動重りは中空本体内に2つの異
なる終端位置の間で回転可能に支持され,可動重りの表面の一つがスイッチを間接
的に作動するように配置されるとの点でも一致しており,相違点は,本件発明は「平
衡重りとして設計された当該可動重りが該平衡重りを通る軸線を中心として回転可
能に支持されている」のに対し,甲16記載の発明は「可動重りである重錘5が,
リミットスイッチ4の底部に固定され,リミットスイッチ4を通る軸線を中心とし
て回転可能に支持されている」点にすぎない。
したがって,相違点Bを本件発明と甲16記載の発明との相違点とした審決の認
定は誤りである。
イ相違点Bに係る容易想到性判断の誤りについて
レベル・センサの技術分野においては,液中で自由懸垂状態とする構成自体は,
甲18,19等にも記載されているとおり,本件特許出願当時,周知であったとこ
ろ,その構成として,可動重りの重量を調整して,これを平衡重りとして設計する
ことは,当業者であれば容易になし得る設計的事項にすぎない。また,前記アのと
おり,甲16記載の発明は,リミットスイッチ4と重錘5が一体となって可動重り
を形成しており,該可動重りを通る軸線を中心として回転可能に支持される構成を
具備しているところ,甲16記載の発明に,相当な大きさを有する唯一のおもりで
ある,可動なおもり5の作用で,力のつりあいを保ち,水中において自由懸垂状態
とする甲18記載の技術事項を適用することにより,平衡重りとして設計された可
動重りの表面の1つがマイクロスイッチを直接的に又は間接的に作動するように配
置することは,容易に想到することができる。
なお,発泡合成樹脂は,5メートル程度の水深には耐えるものであることからす
12
れば,甲16記載の発明は,液面浮遊タイプのセンサではなく,液中において,自
由懸垂状態となるタイプのセンサである。また,甲20及び22記載の発明のよう
に,液面浮遊タイプのセンサにおいても,センサ全体が液面で,どの程度傾いたと
きにスイッチを動作させる構成とするかは,その設計上,当然に考慮される事項で
あり,その傾き方向を規定する上で,センサ全体の重心を偏心させて,センサを所
定方向に傾けることは,スイッチの確実な動作を実現する上で,十分な技術的意義
がある。さらに,水中において自由懸垂状態となるタイプのセンサであっても,完
全に水中に没した後にセンサの傾斜角度が変わることはなく,液面においてスイッ
チが動作するという点では,液面浮遊タイプのセンサと異なるところはない。そし
て,本件発明において,平衡重り単体の重心位置と平衡重りを除くセンサ全体の重
心位置が中心からみて逆方向にある構成では,平衡重り単体の重心位置が中心から
ずれていることが,センサ全体の重心位置を中心から平衡重りの重心位置と同方向
にずらすように寄与するとは限らない。
以上によれば,相違点Bは,甲16記載の発明に甲18記載の発明及び周知技術
を適用することにより,容易に想到することができる。
ウ相違点Cに係る容易想到性判断の誤りについて
相違点Cのうち,重量比30%には,臨界的意義ないし技術的意義はなく,甲1
6及び甲18に照らしても,当業者が,レベル・センサの設計上,相応の重量を持
つ重りを用いることで,十分に達する数値にすぎず,かかる重量比は,液体密度と
センサの容積・形状によって決定される浮力とその作用点である浮心の位置,セン
サ全体の重心位置との相関関係の中で,当業者において当然に適宜選択される設計
事項にすぎない。
エ相違点Dに係る容易想到性判断の誤りについて
レベル・センサという技術分野において,センサ全体の重心を偏心させることの
技術的意義は,センサを所定方向に倒すことで,スイッチの確実な作動を実現する
点にあり,このことは液中において自由懸垂状態となるタイプか否かで変わらない。
13
この点に関して,甲18,19には,液中において自由懸垂状態となるタイプのレ
ベル・センサにおいて,センサ全体の重心を偏心させる構成ないしセンサが液中に
浸漬した時に傾く方向を一定化する構成が示唆されている。また,甲20(スペイ
ン特許第295330号公報),甲22(実開昭62-28339号公報)及び甲2
8(特公昭30-9491号公報)には,センサが液体に浸漬した際に,傾く方向
を一定化することで,スイッチをON/OFFする可動重りの動きを適正に規制し,
スイッチの確実な作動を実現するための構成が示唆されている。以上によれば,レ
ベル・センサにおいて,センサ全体の重心を偏心させる構成は,本件特許出願前か
ら,周知であったといえる。
なお,審決は,本件発明における平衡重りの重心位置は,可動重りとして機能す
る方向にセンサを傾かせるために特定されたものであると認定する。しかし,審決
の認定した上記事項に格別の技術的意義はない。すなわち,センサの傾きを規律す
る重心は,センサ全体の重心と同じ位置にあり,平衡重りは,その重心位置をベア
リングの直下に位置するように回転しようとするから,その重心がベアリングと同
じ位置にない限りどこに位置しようとも可動重りとして機能する。したがって,平
衡重りの重心が「中空本体の外形の中心を通る垂直線」を基準として側方にあり,
かつセンサ全体の重心が同垂直線を基準として同じ側方にあることに,何らかの技
術的意義はない。レベル・センサの可動重りが機能するように,その重心位置を決
めることは,設計的事項にすぎない。
したがって,相違点Dは,甲16記載の発明に甲19記載の発明又は周知技術を
適用することで,容易に想到することができる。
オ以上によれば,本件発明は,甲16記載の発明に,甲18,19記載の発明
及び周知技術を組み合わせることにより容易に想到することができる。
(2) 予備的主張
仮に,前記(1)の主位的主張が認められないとしても,本件発明は,以下のとおり,
甲18記載の発明に,甲16,17,19記載の発明及び周知技術を組み合わせる
14
ことにより容易に想到することができる。すなわち
ア本件発明と甲18の相違点Gの認定の誤り
甲18記載の発明は,本件発明と同じく,センサが液体に浸漬された際に自由懸
垂状態となるタイプのレベル・センサであって,かつ重りとしては可動重りである
おもり5のみが単体で存在する構成を備えている。また,重りは,重量調整を本来
の役割とするところ,甲18では,おもり5が中空体内の相当の部分を占める部材
として図示されており,おもり5による重量調整によって力のつりあいを保ち,セ
ンサが液体に浸漬された際に自由懸垂状態となる構成を実現しているものと理解す
ることができる。そうすると,甲18記載のおもり5は,平衡重り又は平衡重りと
して設計された可動重りに該当するから,本件発明と甲18記載の発明は,「平衡重
りとして設計された可動重りは中空本体内に2つの異なる終端位置の間で移動可能
に配置され,前記平衡重りの表面の一つがスイッチを直接的に作動するように配置
され」る点でも一致しており,相違点は,本件発明は「平衡重りとして設計された
当該可動重りが該平衡重りを通る軸線を中心として回転可能に支持されている」の
に対し,甲18記載の発明は「平衡重りとして設計された当該可動重りであるおも
り5が中空体1内に2つの異なる終端位置の間で移動可能に配置され」るとしてい
る点にすぎない。
したがって,相違点Gを本件発明と甲18記載の発明との相違点とした審決の認
定は誤りである。
イ相違点Gに係る容易想到性判断の誤りについて
前記アのとおり,甲18記載の発明は,「平衡重りとして設計された当該可動重り」
との構成を備えている。また,本件特許出願前の技術水準に照らせば,レベル・セ
ンサの技術分野において,水中において自由懸垂状態とするための構成として,可
動重りの重量を調整して,これを平衡重りとして設計することは,当業者であれば
容易になし得る設計的事項にすぎない。
これに対し,審決は,甲18記載の発明の重りは,あくまで可動重りであって平
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衡重りとして設計されたものではないし,中空本体全体の重量をもって平衡機能を
発揮する甲18記載の発明において,可動重りを平衡重りとすることについてまで
設計的な事項であるとはいえないとした上で,甲16記載の重錘5は可動重りでは
なく,錘を通る軸線を中心として回転可能に支持されるものではない,甲17記載
の重り5は平衡重りとして設計されていないし,重りを通る軸線を中心として回転
可能に支持されていない,甲19の作動錘3は平衡重りとして設計されていないし,
重りを通る軸線を中心として回転可能に支持されるものではないとし,甲18記載
の発明に,上記刊行物に記載された構成を適用することで,相違点Gに係る構成と
することはできないと判断している。
しかし,前記のとおり,甲18記載のおもり5は,センサを水中において自由懸
垂状態とするための平衡重りとして設計されたものであり,おおよその旋回中心で
あるおもり5の下面の左縁部で軸支し,回転可能に支持することは,当業者が適宜
なし得る設計的事項である。また,甲16のリミットスイッチ4と重錘5は一体と
なって可動重りを形成しており,リミットスイッチ4を通る軸7を中心に回動可能
に支持されている。さらに,甲17の重り5及び甲19の作動錘3が平衡重りであ
るか否かはさておき,これによって,重りが回転可能に軸支される構成が開示され
ている。
以上からすれば,相違点Gは,甲18記載の発明に,甲16,17及び19に記
載された構成を適用することで,容易に想到することができる。
ウ相違点Hに係る容易想到性判断の誤りについて
前記(1)ウのとおり,30%という重量比を表す数値には,臨界的意義も技術的意
義もない上,甲18記載の発明においても,おもり5は図面上相当の大きさを占め
ており,当業者であれば,おもり5の重量がセンサ全体の重量の30%以上に達し
ていることを容易に認識することができる。相違点Hの30%という数値は,液体
密度とセンサの容積・形状によって決定される浮力とその作用点である浮心の位置,
センサ全体の重心位置との相関関係を考慮して,当業者において当然に適宜選択さ
16
れる設計的事項にすぎない。
エ相違点Iに係る容易想到性判断の誤りについて
甲18の図面では,中間板7の左端に中空体1の内壁に接し,おもり5の左下側
部を受け止める部材が設けられ,また中空体1の頂部におもり5の上面右端部を停
止する部材が設けられ,更に電気ケーブル2が中空体1の右側を通ってスイッチ装
置3に連結されており,甲18記載の発明において,センサ全体の重心位置が左側
に偏心しており,おもり5が液面下において左方向に傾くことが予定されているこ
とが開示又は示唆されている。また,甲18の図面では,スイッチ装置3その他の
部材が右側に設けられているにもかかわらず,センサ全体の重心が左側に偏心して
いることからすれば,おもり5の重心も左側にあるといえる。さらに,本件発明の
センサ全体の重心位置及び可動重り(平衡重り)の重心位置は,いずれもレベル・
センサの技術分野においては設計的事項又は周知技術にすぎず,甲19にはそのい
ずれの構成も開示されている。
したがって,相違点Iは,甲18記載の発明に甲19記載の発明及び周知技術を
適用することで,容易に想到することができる。
オ以上によれば,本件発明は,甲18記載の発明に,甲16,17,19記載
の発明及び周知技術を組み合わせることにより容易に想到することができる。
3 取消事由3(重量比に関するサポート要件違反の認定・判断の誤り)
本件特許の特許請求の範囲(請求項1)のうち「前記平衡重りの重量は,・・・セ
ンサが空気によって囲まれている時該センサの全重量の少なくとも30%であ
り,・・・」との記載は,以下のとおり,サポート要件(旧特許法36条5項1号)
に違反する。すなわち,
(1) 本件発明は,平衡重りが,平衡重りとしても可動重りとしてもその機能を発
揮していない段階,すなわちセンサが空気に囲まれている状態において,センサの
全重量の30%以上と規定しているにすぎず,かかる記載の技術的意義が,平衡重
りとして機能し,かつ可動重りとしても機能するための重量を規定したものと一義
17
的に理解することはできない。また,本件明細書の段落【0016】には,マイク
ロスイッチを確実に停止させるために,平衡重りがレベル・センサの全重量のかな
りの部分を構成するとの記載があるものの,重量比の下限については「受入れ可能
な安全性を得る最小値は全重量の30%である」と記載しているにすぎず,30%
が平衡重りとして機能し,かつ可動重りとして機能するための最小値である旨は記
載されていない。さらに,本件明細書の発明の詳細な説明には,重量比の最小値を
30%と規定した旨が単に形式的に開示されているのみで,重量比を30%以上と
することにより実現される具体的な効果,30%という臨界を選択した科学的根拠,
かかる数値限定を設けるための前提条件の有無・内容,本件特許の具体的課題であ
るマイクロスイッチの確実な停止と重量比30%との関係についての記載がなく,
上記数値がどのような技術的な意味をもつか当業者であっても理解できない。
(2) 本件発明は,液位レベルの変化に伴い回転軸を中心として平衡重りが回転す
ることにより,マイクロスイッチが接続/切離位置へ移動する構成であるところ,
その作動を確実にするためには,中空本体の主水平位置における具体的な傾斜角度,
中空本体の移動時点,平衡重りの移動に伴うセンサの重心位置の移動等の具体的構
成の決定が不可欠であり,具体的構成と関わりなく,平衡重りとセンサ全体の重量
比を30パーセント以上と定めたところで,レベル・センサの動作を確実にすると
の効果との関係で,技術的な意味はない。
(3) センサの全体重量に相当する重力は,センサ全体の重心に作用するのである
から,センサに作用する力の大きさ及び作用点は,平衡重りのセンサ全体に対する
重量比の値によって決まるものではない。また,液中におけるセンサの傾きの姿勢
は,吊点,重力及び重心の位置・浮力及び浮心の位置によって決定される。そうす
ると,平衡重りの重量は,センサ全体の重力の一部を構成するものにすぎないので
あって,平衡重りのセンサ全体に対する重量比は,センサに働く力のつり合いにつ
いて,何ら技術的意義を有するものではない。また,平衡重りのセンサ全体に対す
る重量比は,モーメントのつり合いにおいても,何ら技術的意義を有するものでは
18
ない。
(4) これに対し,被告は,重量比30%の技術的意義について縷々主張している。
しかし,本件発明は,平衡重りとして設計された可動重りが,中空本体の傾斜に伴
い,平衡重りを通る軸線を中心に回動してスイッチングする構成を採用しているの
であって,可動重りの回動方向(スイッチングの方向)と直交する方向の回転は,
本件発明の課題とは関連性がない上,センサが水流によって回転することも想定で
きない(流体の流れが大きい場合には,センサは流れの方向に並進運動し,流れに
逆らって循環することはない。)。また,平衡重りのセンサ全体に対する重量比と,
回転軸を中心として回転運動した時に元へ戻る力との間に物理的関連性はない。
(5) 以上のとおり,本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)のうち平衡重り
のセンサ全体に対する重量比30%との記載は,本件発明の課題解決のための技術
的意義を有しておらず,サポート要件(旧特許法36条5項1号)に違反する。
4 取消事由4(その他の記載要件違反に係る審決の認定・判断の誤り)
(1) 審決は,本件特許の特許請求の範囲(請求項1)の「センサの中空本体の外
形の中心」につき,図面に記載された一点鎖線によって,「センサの中空本体の外形
の中心」が明示されていると認定する。
しかし,一点鎖「線」をもって,「センサの中空本体の外形の中心」(点)が明示
されているとはいえない。本件明細書の発明の詳細な説明には,「センサの中空本体
の外形の中心」についての記載はなく,図面における一点鎖線の記載のみでは,「セ
ンサの中空本体の外形の中心」の意義が明らかであるとはいえない。そうすると,
上記「センサの中空本体の外形の中心」の記載は,発明の詳細な説明に記載がなく,
その意議が不明確であり,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない
事項が記載されておらず,また,当業者が容易にその実施をするだけの記載を欠く
ものであるから,旧特許法36条5項1号,同条同項2号及び同条4項の要件を充
足していない。
(2) 審決は,本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)の「センサの中空本体
19
の外形の中心を通る垂直線」について,図1の一点鎖線のうちセンサの中空本体の
外形部分にかかる線分が鉛直方向を向いた状態のように,水平に対する鉛直方向の
線が,センサの中空本体の外形の中心を通る状態の垂直線であることが明示されて
いると認定する。
しかし,審決の上記認定は,本件明細書の図1の一点鎖線のうち「センサの中空
本体の外形部分にかかる線分」の部分だけを取り上げて,それが「鉛直方向を向い
た状態」であるとするものであって,十分な根拠が示されているとはいえない。
したがって,本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)の「センサの中空本体
の外形の中心を通る垂直線」の記載は,旧特許法36条5項1号,同条同項2号及
び同条4項の要件を充足しない。
(3) 審決は,本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)の「前記平衡重り(9)
は,前記センサが空気に囲まれて主垂直位置を取っている時に該センサの中空本体
の外形の中心を通る垂直線の側方に重心(10)があり」及び「前記センサ全体の
重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心と同じ側方にあり」との記載について,
平衡重りが下となる水平姿勢となるように傾かせるためには,センサ全体の重心を
平衡重りの重心のある側にずらさなければならず,どの程度同じ側にするかについ
ては,厳密な同一側を含むことはもちろん,マイクロスイッチが作動するように傾
く範囲内であればよいことは自明であると認定する。
しかし,立体において,「線」の「側方」,「線」に対して「同じ側方」がいかなる
意義を有するのか不明であるから,上記特許請求の範囲の記載は,旧特許法36条
5項1号,同条同項2号及び同条4項の要件を充足しない。



第4 被告の反論


1 取消事由1(補正要件違反による出願日繰下げに基づく新規性及び進歩性の
認定・判断の誤り)に対し
本件補正における「センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」は,当初明細
書の図1において一点鎖線で示されたものであり,本件補正は,願書に最初に添付
20
した明細書又は図面に記載した事項の範囲内でなされたものであるから,要旨変更
に当たらない。また,審決は,「センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」とは,
当初明細書の図1の一点鎖線のうちセンサの中空本体の外形部分にかかる線分が鉛
直方向を向いた状態のものであると認定しているところ,これは,上記一点鎖線の
うち,可撓性の電気ケーブル2を通るために鉛直方向を向いていない部分を除いた
ものである。さらに,被告と審決はともに,「センサの中空本体の外形の中心を通る
垂直線」を,当初明細書の図1に示される一点鎖線であると特定しており,その解
釈にも齟齬はない。
したがって,本件補正には補正要件違反はなく,原告の出願日繰り下げに基づく
新規性及び進歩性欠如の主張には理由がない。

2 取消事由2(出願日繰下げを前提としない容易想到性の認定・判断の誤り)
に対し
(1) 主位的主張に対し
本件発明は,以下のとおり,甲16記載の発明に,甲18,19記載の発明及び
周知技術を組み合わせることにより容易想到であるとはいえない。すなわち
ア相違点Bの認定の誤りに対し
甲16記載の発明は,フロートに発泡合成樹脂を用いているところ,発泡合成樹
脂を水中に完全に沈めると,水圧により発泡合成樹脂の気泡が不可逆的に潰れてハ
ウジングが変形しかねず,発泡性の合成樹脂を採用した意味がなくなるから,液中
において,自由懸垂状態となるセンサではない。
イ相違点Cに係る容易想到性判断の誤りに対し
本件明細書の段落【0016】には,マイクロスイッチを確実に機能させるため
に平衡重りの重量を相対的に重くすべきとして,具体的な数値を挙げており,重り
の重量比の技術的効果が明確に記載されている。また,中心からずれた位置に重心
がある平衡重りとセンサ全体の重量比は,センサ全体の重心位置に影響を与える要
素となり,センサの液中での安定的な平衡作用の実現,マイクロスイッチの確実な
21
作動に関して,技術的意義を有する。
これに対し,甲16記載の発明は,本件発明のように液中に完全に沈んだ状態に
おいて自由懸垂状態となるセンサではなく,液中には完全に浸漬せずに液面に浮遊
するフロート型のセンサであり,本件発明のように液中に浸漬した状態で安定的な
平衡作用を実現する必要性が全くなく,センサが液中に浸漬した状態で安定的な平
衡作用を実現するために重りの重量比を大きくしようという動機が当業者に生じる
ことはない。また,仮に,甲16記載の発明において,重錘5の重量比を大きくし
たとしても,重錘5の重心位置をセンサの中空本体の外形の中心を通る垂直線から
ずらすことが記載も示唆もされていないから,何ら効果が生じない。そうすると,
甲16記載の発明において,センサ全体の重量との関係で重錘5の重量比が設計的
事項であるとはいえない。
ウ相違点Dに係る容易想到性判断の誤りに対し
センサを構成する部品の相対的な重心位置及び重量比が,センサ全体の重心位置
に影響を与えることは技術常識であるから,センサを構成する部品の中で相当の重
量比を備える平衡重りの重心位置が,センサ全体の重心位置を調整するために重要
な意義を有する。また,平衡重り単体の重心位置が中心からずれていることが,セ
ンサ全体の重心位置についても,中心から平衡重りの重心位置と同方向にずらすよ
うに寄与することも技術常識である。
これに対し,甲16記載の発明は,液面に浮遊するタイプのセンサであり,セン
サの上下が180°回転したときにスイッチを動作させる構成であるため,センサ
全体の重心位置を中心からずらしてセンサが水面に着水したときに一定の方向に傾
く構成を採用する必要性,合理性がなく,明細書には,センサが着水したときに傾
く方向やセンサ全体の重心位置について,記載も示唆もない。
なお,甲28記載の発明は,水銀スイッチを使用しており,センサの安定性を確
保するため液中に浸漬する必要があったが,より安定度の高いマイクロスイッチを
採用した場合には,センサを液中に浸漬させる必要がない。また,甲28記載の発
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明は,動作体を「吊下管」の下端に「可撓性接続手段」によって接続して吊り下げ
る位置固定型のセンサであり,ポンプからの強い流れによりセンサが大変荒く扱わ
れるという技術課題がない。したがって,甲28記載の発明は,回転軸を中心とし
た回転方向の力に対するスイッチングの誤作動を防止するといった本件発明の課題
について,何ら示唆を与えるものではない。
エ以上によれば,本件発明は,甲16記載の発明に,甲18,19記載の発明
及び周知技術を組み合わせることにより容易想到であるとはいえない。
(2) 予備的主張に対し
本件発明は,以下のとおり,甲18記載の発明に,甲16,17,19記載の発
明及び周知技術を組み合わせることにより容易想到であるとはいえない。すなわち
ア相違点Gに係る容易想到性判断等の誤りに対し
甲18記載の発明においては,中間板7により区切られた上部のスペースにおも
り5が配置され,中央に配置されるプランジャー4をおもり5により押込むことで,
スイッチ装置3を動作させているところ,センサが着水したときに,センサ本体が
どのような方向に傾いてもプランジャー4が押し上げられるよう構成されており,
おもり5が360°あらゆる方向に傾くことが予定されている(なお,甲18の「ふ
たつの異なる位置を取れるようにしてあり」とは,プランジャー4を押し下げた位
置と,プランジャー4が押し上げられた位置という,機能面からみた2つの異なる
位置のことであり,幾何学的にはおもり5は,センサ内部であらゆる方向に移動す
る。)。そうすると,甲18記載の発明において,おもり5を通る軸線を中心として
回転可能に支持した場合,おもり5が特定の一方向にしか移動できなくなってしま
い,発明の特徴に反することとなる。
イ相違点Hに係る容易想到性判断の誤りに対し
前記(1)イのとおり,本件発明において,平衡重りとセンサ全体の重量比は,技術
的意義を有しているのに対し,甲18記載の発明においては,センサ全体の重心位
置を調整して常に一定の方向に傾くようにする必要性が無く,むしろセンサ全体の
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重心を中心に位置させることを志向するものである。そうすると,甲18記載の発
明においては,おもりの重量比という技術的思想を導入する必然性がない。さらに,
甲18記載の発明においては,本件発明とは異なり,おもり5単体の重心位置がお
おむねセンサの中心にあるので,おもり5の重量比を大きくしたとしても,本件発
明のように,センサ全体の重心位置を中心からずらす方向に作用させて,所定の方
向に傾けるという技術的意義を持つこともない。
ウ相違点Iに係る容易想到性判断の誤りに対し
甲18記載の発明におけるセンサ全体の重心位置は,センサの中心線上にあり,
また,そのような重心位置であることによりセンサとして正しく動作するから,仮
にセンサ全体の重心位置を中心からずらして所定の方向に傾くようにするという技
術が公知ないし周知であったとしても,これを甲18記載の発明に適用する合理性,
必然性はない。
エ以上によれば,本件発明は,甲18記載の発明に,甲16,17,19記載
の発明及び周知技術を組み合わせることにより容易に想到することができるとはい
えない。
3 取消事由3(重量比に関するサポート要件違反の認定・判断の誤り)に対し
本件明細書の段落【0016】には,重量比を最低でも30%と規定することに
関して明確な記載がある。
そして,レベル・センサにおいて,水中で安定的につり合うとは,①レベル・セ
ンサに働く力の合力がゼロであり,②各力の任意の点の周りのモーメントの和がゼ
ロであることとの条件を満たし,かつ,③水流等の外力を受けてレベル・センサが
傾いても容易に元の姿勢に戻ろうとすることであり,平衡重りとセンサ全体の重量
比は,上記③の安定性に影響する。この点に関し,原告は,レベル・センサが,水
流によって,その回転軸を中心に回転することやこれにより誤作動を生じることは,
通常は想定し得ないと主張する。しかし,水を含めた流体には,粘性があり,粘性
を有する流体に流れが生じている状態においては,一般に流体の回転作用の大きさ,
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すなわち流体中の物体を回転させる力の大きさを表わす循環はゼロにならない。ま
た,レベル・センサは,下水溝などで利用され,汚水を排水するモータが作動して,
汚水に強い流れが生じたり,水流による外力が常に働く状況もあり,回転させられ
る危険性がある。そうすると,当業者であれば,レベル・センサである本件発明が,
液中における安定性の確保という解決課題を目的としていることは,明細書に記載
がなくても当然に理解することができる。
さらに,本件明細書に,平衡重りのレベル・センサ全体に対する重量比がレベル・
センサの外力に対する姿勢の安定に寄与することの理論的な説明が記載されていな
くても,重量比30%以上でセンサの安定性が得られるとの趣旨の記載があれば,
センサ全体に対する平衡重りの重量比を一定以上に大きくすることで,センサの回
転中心とセンサ全体の重心との間の距離も大きくなり,その結果,復原モーメント
も大きくなって,センサの安定性が大きくなるという関係があるということは,物
理上の常識として理解される。
なお,本件発明では,平衡重りのセンサ全体に対する重量比は,レベル・センサ
の安定性に寄与しているものの,それはセンサ全体の重心がセンサの中心からずれ
ているという構成,すなわち,センサが外力に対する安定性(復原モーメント)を
有することを前提として,その復原力の大きさ,すなわち安定性の程度を調整する
ための1つの要素として機能しているのであり,30%という具体的な数値そのも
のが技術課題を直接達成する関係にある必要はない。したがって,課題解決のため
に組み合わせた構成から,センサ全体に対する平衡重りの重量比を少なくとも3
0%とするとの要件のみを切り離して,これが課題解決のために不可欠な構成であ
るか否かを判断するのは誤りである。
以上によれば,当業者からすれば,平衡重りとセンサ全体の重量比を一定比率以
上とすることが,レベル・センサを液中においておおむね主水平位置に安定的に維
持するという効果に寄与することは,明細書の記載と技術常識に基づいて容易に理
解することができ,サポート要件に違反しない。
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4 取消事由4(その他の記載要件違反に係る審決の認定・判断の誤り)に対し
本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)における「センサの中空本体の外形
の中心を通る垂直線」とは,本件明細書によれば,図1における一点鎖線を意味し
ていることは当業者であれば容易に理解することができる。そうすると,本件特許
に係る特許請求の範囲(請求項1)の「平衡重り(9)は,前記センサが・・・該
センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線の側方に重心(10)があり」,「前記
センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心と同じ側方にあり」との
記載は明確であり,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項に
ついて適切に記載されており,当業者は容易に理解し,実施することが可能である。
したがって,本件特許は,旧特許法36条5項1号,同条同項2号及び同条4項に
違反しない。


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第5 当裁判所の判断






1 取消事由1(補正要件違反による出願日繰下げに基づく新規性及び進歩性の認定・判断の誤り)について




原告は,①当初明細書の特許請求の範囲(請求項1)の「センサを通る垂直線」は,平衡重りの重心位置を定める基準線として規定されていたものであるが,具体的に特定されておらず,本件補正後の「中空本体の外形の中心を通る垂直線」と同一のものであると理解することはできない,②当初明細書の図1において,センサは直立の状態で吊り下げられているところ,センサ全体の重心は一点鎖線上にあると理解するのが自然であり,同一点鎖線が,センサ全体の重心が「側方」に位置することの基準線として記載されたものと理解することはできない,③本件補正後の「中空本体の外形の中心を通る垂直線」について,被告と審決とは,解釈・特定について相違している,④当初明細書の特許請求の範囲(請求項1)の「センサを通る垂直線」は,平衡重りの重心位置の基準線として定められていたところ,平衡重りの重心位置でセンサの傾斜方向が決まるものではないから,平衡重りの重心位置を「浮心」や「浮心を通る線」を基準として特定する必然性はなく,当初明細書の図1の一点鎖線が「センサを通る垂直線」であると解することはできないとして,本件補正は,当初明細書に記載がなく,また,当初明細書から自明な事項でもないから,要旨の変更に当たると主張する。


しかし,原告の上記主張は,次のとおり,採用することができない。以下,理由を述べる。


(1) 当初明細書の記載


当初明細書の記載は,次のとおりである(甲6の1)。


「【特許請求の範囲】


【請求項1】ポンプ媒体のレベルに応じて電気的駆動のポンプ中のモーターを始動/停止するような電気機能の接続/切離し用のレベル・センサにおいて,中空本体内に配置した電気スイッチ,マイクロスイッチ(15)に接続した電気ケーブル

(2)に取付け懸架している中空本体(1)を含み,前記スイッチは本体内に配置した可動重りの助けにより接続/切離し位置へ作動され,平衡重り(9)として設計された重りは中空本体内で支持され,2つの異なる終端位置の間で回転可能であり,平衡重りの表面の一方がマイクロスイッチ(15)を直接的に又は間接的に作動させるよう配置され,空気中に囲まれている時にセンサの全重量の少なくとも30%の重量である平衡重り(9)はセンサが空気に囲まれて主垂直位置を取っている時にセンサを通る垂直線の横に重心(10)がある,電気機能の接続/切離し用のレベル・センサ。

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「【発明の詳細な説明】


【0001】【産業上の利用分野】本発明は液体タンク中のレベルを測定し,各種機能を制御する装置へ信号を発生する電気レベル・センサに関係する。本発明は特にポンプを始動/停止し,警報等を開始する下水ポンプ部に用いられる。」


「【0002】【従来技術】この目的のレベル・センサは従来から公知で,液体又は空気のどちらに囲まれているかに応じて垂直線に対して異なる角度を本体がとるような重量配置を有する自由懸垂型の中空水密体として設計されている。本体内の水銀スイッチが高さに応じて電気回路を接続/切断する。」

「【0008】【発明が解決しようとする課題】従って本発明は,環境に危険な材料を含まず,動作環境下で重大な歪みにさらされても誤りのない機能を果たすよう設計されたレベル・センサを得ることを目的とする。」

「【0010】【実施例】図面において,1は中空本体を,2は水密入口3と入口解放部4を有する電気ケーブルを表わす。5は接続円板を表わし,取っ手6,7は接続ネジを表わし,8は軸を,9は平衡重りを,10はその重心を表わす。11,12,13,14は平衡重り9の表面を表わし,15はマイクロスイッチを,弾性作動ヨーク16を表わし,最後に17は電気ケーブルの導体を表わす。」


「【0011】前述したように,中空本体の重量と容積は,液体に囲まれている時に垂直線に対して本体が強く傾た位置を取るように管理される液体の密度に適合されている。本体が反対に空気中に囲まれている時,これは主に垂直位置を取る。」

「【0012】第1図(判決注:別紙図面1)に示す位置で,本体は完全に又は殆んど完全に空気により囲まれている。従って平衡重り9の重心10はベアリング6,8の左側に位置して,平衡重りはそのベアリングのまわりに反時計回りに回転しようとする。回転運動は表面の一方が円板5の左側縁と接触すると停止する。平衡重りがこの位置に到達する直前に,その表面13は円板5に取付けたマイクロスイッチ15上の弾性ヨーク16を作動させ,マイクロスイッチの電子回路を接続又は切離す。」


「【0013】レベル・センサが主に空気に取囲まれている限り,下水部の水位レベルがセンサより下にある限り,センサは直立位置を保持し,マイクロスイッチはその接続又は切離し位置を保持する。」


「【0014】水位レベルが上昇し始めると,レベルセンサは次第に傾き始め,最後に第2回(判決注:第2図(別紙図面2)の誤り。)の主水平位置へ到達する。容積と重量の適切な選択により,水位レベルがセンサより上にいかに上昇するかとは独立にセンサはこの水平位置を取る。」

「【0015】センサがその水平位置に近い所から開始すると,平衡重り9はその重心10をベアリング6,8の下右側へ移し,そのまわりを時計回りに回転する。この回転は中空本体1の内面と接触する平衡重り9の一方の表面により制限される。この移動の間,平衡重りの表面13は円板15と弾性ヨーク16との接触を失う。次いでマイクロスイッチはその他方位置へ作動され,これはスイッチが接続される又は切離されることを意味する。」


「【0016】マイクロスイッチとの異なる止め部を固定するため,平衡重り9は相対的に重く,レベル・センサの全重量の相当部分を構成する。しなしながら同時に,センサは製造上の理由から重すぎてはならない。受入れ可能な安全性を得る最小値は全重量の30%であるが,適当な値は50から80%の間である。加えて,センサの全重量/容積比は管理すべき液体の密度と関連して選択すべきであり,液体に囲まれている時にレベル・センサが主水平位置を取るよう選択すべきである。」


(2) 前記当初明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】,【発明の詳細な説明】の段落【0010】ないし【0016】の記載及び図1,2(別紙図面1,2)によれば,当初明細書記載の発明においては,レベル・センサの中空本体が,空気中では,別紙図面1のように電気ケーブルに吊られて垂れ下がっている状態となるが,液体中に浸漬され,水位レベルが上昇し始めると,センサ本体は傾き始め,最後には別紙図面2のとおり水平位置に到達し,容積と重量の適切な選択により,水位レベルがセンサ本体より上にいかに上昇するかに関係なく,水平位置を取るように構成されていること,センサ本体内に2つの異なる終端位置の間で重りを通る軸線を中心として回転可能に支持された平衡重り(可動重り)は,レベル・センサが液体中に浸漬されて,センサ本体が水平位置をとると,水平位置で平衡させる作用を有するとともに,自身の回転によりスイッチング作用を行うこと,平衡重りの安全性を得る最小値は全重量の30%であり,より適当な値は50から80%である上,センサの全重量/容積比は管理すべき液体の密度と関連して,液体に囲まれている時にレベル・センサが主水平位置を取るように選択されることが認められる。これによれば,当初明細書記載の発明においては,レベル・センサを機能させるため,センサ本体を水位レベルの上昇に伴って速やかに一定方向に傾かせるための重量配置がされていること,すなわち,平衡重りと中空本体全体の重心は,共に,センサの中空本体の外形の中心の同じ側方にあるものと理解することができる。そうすると,当初明細書の特許請求の範囲(請求項1)の「センサを通る垂直線」について,明確な説明はされていないものの,平衡重り及び中空本体全体の重心の基準となる線であり,当初明細書の図1(別紙図面1)の一点鎖線のうちセンサの中空本体の外形部分にかかる線分が鉛直方向を向いた状態のもの(ただし,重心位置が偏ったレベル・センサを空気に囲まれた状態で吊り下げた場合,センサの中空本体が厳密には直立しないことは明らかであるから,センサの中空本体の外形部分にかかる線分は,厳密な意味での鉛直線ではない。)であると理解することができ,本件補正後の「該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」と同義であるといえる。


(3) これに対し,原告は,当初明細書の図1(別紙図面1)において,中空本体が完全に直立しているように図示されていることをもって,センサ全体の重心が一点鎖線上にあると主張する。



しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,当初明細書には,センサ全体の重心が一点鎖線上にあるとの記載はない上,センサ全体の重心が一点鎖線上にあるとすると,センサ全体を水位レベルの上昇に伴って速やかに一定方向に傾けることができず,レベル・センサとして機能しなくなる。そうすると,当初明細書において,図1(別紙図面1)の中空本体は,図面上はほぼ垂直な位置となっているものの,完全に直立しているものではなく,センサ全体の重心が一点鎖線上にあるということはできない。


また,原告は,本件補正に係る「センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」について,被告は,審判手続において,センサの中空本体の外形を回転体として捉えた場合の回転軸であると主張していたのであって,審決と異なる解釈,特定をしていると主張する。

しかし,この点における原告の主張も,採用できない。すなわち,本件補正に係る「センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」は,前記(2)のとおり,水平に対する鉛直方向の線であって,当初明細書の図1の一点鎖線のうち,センサの中空本体の外形部分に係る線分が鉛直方向を向いた状態のものをいうと解され,審決の認定に誤りはないから,被告が審判手続において異なる主張をしていたからといって,審決に誤りがあるということはできない。なお,本件発明のレベル・センサは,水位レベルの上昇に伴い,センサ本体が速やかに一定方向に傾き,水平位置をとるように構成されており,その際,センサ全体の重心と平衡重りの両重心が下方となって安定する方向に働くところ,被告と審決は,平衡重りとセンサ全体の重心が「垂直線」に対して同じ側方にあることに関し,別の表現で表わしたものにすぎず,両者が異なる解釈,特定をしていたとまでは認め難い。



さらに,原告は,当初明細書の特許請求の範囲(請求項1)の「センサを通る垂直線」は,平衡重りの重心位置の基準線として定められていたところ,平衡重りの重心位置でセンサの傾斜方向が決まるものではないから,平衡重りの重心位置を「浮心」や「浮心を通る線」を基準として特定する必然性はなく,当初明細書の図1の一点鎖線が「センサを通る垂直線」であるとすべき動機もないと主張する。




しかし,この点における原告の主張も,採用できない。すなわち,当初明細書記載の発明は,前記(2)のとおり,レベル・センサを機能させるため,センサ本体を水位レベルの上昇に伴って速やかに一定方向に傾かせるための重量配置がなされており,平衡重りと中空本体全体の重心は,共に,センサの中空本体の外形の中心の同じ側方にあるものと理解することができるから,原告の上記主張は採用することができない。

(4) 以上によれば,本件補正は,要旨の変更に当たるものではなく,審決の判断に誤りはないから,原告の補正要件違反による出願日繰下げに基づく新規性及び進歩性の主張には理由がない。

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2 取消事由2(出願日繰下げを前提としない容易想到性の認定・判断の誤り)について




原告は,甲16又は甲18に,その他の公知発明ないし周知技術を適用することにより,本件発明は容易想到であると主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。その理由は,以下のとおりである。


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(1) 本件明細書の記載


本件明細書の記載は,次のとおりである(甲1)。


「【特許請求の範囲】



【請求項1】ポンプ媒体のレベルに応じて電気的駆動ポンプ中のモータを始動/停止するような電気機能の接続/切離し用のレベル・センサにおいて,中空本体内に配置したマイクロスイッチ(15)に接続された電気ケーブル(2)に自由懸垂状態に取付けられた中空本体を含み,前記スイッチは前期(判決注:「前記」の誤記。)中空本体内に配置した可動重りの助けにより接続/切離位置へ作動され,平衡重り(9)として設計された当該可動重りは中空本体内に2つの異なる終端位置の間で該平衡重りを通る軸線を中心として回転可能に支持され,前記平衡重りの表面の一つがマイクロスイッチ(15)を直接的に又は間接的に作動するように配置され,前記平衡重りの重量は,前記中空本体(1),前記マイクロスイッチ(15),平衡重り(9),及び平衡重りを中空本体内に回転可能に支持する手段(5,6,7,8)から成るセンサが空気によって囲まれている時該センサの全重量の少なくとも30%であり,前記平衡重り(9)は,前記センサが空気に囲まれて主垂直位置を取っている時に該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線の側方に重心(10)があり,かつ前記センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心と同じ側方にあり,液体中に浸漬されているときセンサは垂直位置から傾きなお電気ケーブル(2)から自由懸垂状態にあることを特徴とするレベル・センサ。」


「【発明の詳細な説明】


【0010】


【実施例】図面において,1は中空本体を,2は水密入口3と入口解放部4を有32する電気ケーブルを,5は突出部6をもった接続円板を,7は接続ネジを,8は軸を,9は平衡重りを,10は重心を,11,12,13および14は平衡重り9の表面を,15は弾性作動ヨーク16をもったマイクロスイッチを,最後に17は電気ケーブルの導体を表わす。上記部品は中空本体1内に組立てられてレベル・センサを構成し,後述するように平衡重り9は,レベル・センサが液中に浸漬されると,センサをその浮力の中心の周りに回転させ,センサを水平位置で平衡させる作用を有すると共に,自身の回転によりスイッチング作用を行う。」


「【0011】前述したように,中空本体の重量と容積は,中空本体が液体に囲まれているとき垂直線に対して強く傾斜した位置をとるように,管理される液体の密度に適合される。他方,中空本体は空気に囲まれているとき主として垂直位置をとる。」


「【0012】図1(判決注:別紙図面1)に示す位置において,本体は完全に又は殆んど完全に空気により囲まれている。そのとき平衡重り9の重心10はベアリング6,8の左側に位置し,かくして平衡重り9はそのベアリングのまわりに反時計方向に回転しようとする。回転運動は表面の一つが接続円板5の左側縁と接触するとき停止する。平衡重りがこの位置に到達する直前に,その表面13は接続円板5に取付けたマイクロスイッチ15上の弾性ヨーク16を作動し,マイクロスイッチの電子回路を接続又は切離す。」


「【0013】レベル・センサが主に空気に取囲まれている限り,下水部の水位レベルがセンサより下にある限り,センサは直立位置を保持し,マイクロスイッチはその接続又は切離し位置を保持する。」


「【0014】水位レベルが上昇し始めると,レベルセンサは遂には傾き始め,最後に図2(判決注:別紙図面2)に示す主水平位置に到達する。容積と重量の適切な選択により,水位レベルがセンサより上に如何に上昇するかに関係なく,センサはこの水平位置を取る。」


「【0015】センサがその水平位置近くからスタートすると,そのとき重心10がベアリング6,8の下で且つ右にある平衡重り9はベアリング6,8のまわりを時計方向に回転する。この回転は平衡重り9の表面の一つが中空本体1の内面と接触することによって制限される。このように移動している間,平衡重りの表面13は接続円板5および弾性ヨーク16との接触を失っている。それからマイクロスイッチはスイッチが接続されるか又は切離されることを意味する他の位置をとるように作動される。」


「【0016】マイクロスイッチを確実に停止させるため,平衡重り9は相対的に重く,レベル・センサの全重量の可成りの部分を構成する。しなしながら同時に,センサは製造上の理由のために重過ぎてはならない。受入れ可能な安全性を得る最小値は全重量の30%であるが,適切な値は50から80%の間である。加えて,センサの全重量/容積関係は,レベル・センサが液体で囲まれているとき主水平位置を取ることを確保するように,管理される液体の密度と関連して選択されるであろう。」

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(2) 甲16の記載


甲16には,次のとおり記載されている(なお,甲16の第1図は,別紙図面4のとおりである。)。


「実用新案登録請求の範囲


可撓性ケーブルを取付けたフロート内の空間に作用片と重錘を有するスイッチを揺動自在に枢着し,該空間の内面一部にはフロートが浮上してフロート内の前記スイッチが一方に回動したとき該スイッチの作用片に接触してこれを押し込む受部を設けたことを特徴とする液面検出スイッチ。」(1頁1欄15~21行)


「考案の詳細な説明


本考案はポンプの自動制御及液面制御するための液面検出スイッチに関するものである。」(1頁1欄22行~23行)



「図において,Aはフロートで,発砲合成樹脂の如く軽量で気密性のある材料から成る本体1と,同材料から成るキャップ2とから成り,両者はねじ込み又は嵌め込み或は融着等にて結合し,且つ内部の空間3に水が侵入しないように完全な液密構造とする。



4は普通のリミットスイッチで,その底部に重錘5を固定し,該重錘5の取付側と反対の側の端部に作用片6を有している。このスイッチ4を該空間3内に遊嵌し,該スイッチ4の作用片6側の作用片6と反対の端部附近を軸7によりフロートAに枢着して,スイッチ4の作用片6を有する側がキャップ2の方へ向くようにする。


前記キャップ2には水中ポンプの制御回路等に接続される可撓性ケーブル8が挿通され,このケーブル8とキャップ2とを熱融着又は接着剤等に固定すると共にケーブル挿通部を液密とし,該ケーブル8の内端を前記リミットスイッチ4に接続して,水中ポンプの場合,該スイッチ4の作用片6が押し込まれるとポンプが起動し,作用片6の押圧が解けるとポンプが停止するように回路を構成する。

又,前記キャップ2の空間3に臨む部分には突出状の受部9を設け,フロートAの本体1側が上になってスイッチ4がキャップ側へ回動したとき該スイッチ4の作用片6が該受部9に押付けられて押し込まれるようにする。


本考案は上記の構成であり,水中ポンプの制御用として用いる場合,本考案スイッチを水中ポンプを装着した貯水タンク中に可撓性ケーブル8により浮上,沈下自在に取付ける。しかしてタンク内の液面が低くポンプの作動不可のときはフロートAが液面上にあって本体1を下に垂れ下がっているときはスイッチ4は自重により,第1図の鎖線のように本体1の底部の方へ回動して作用片6は受部9から離れているから,ポンプは回らない。


次に液面が次第に上昇してフロートAが液面下となり,その本体1が上になり,キャップ2が下になると,スイッチ4が自重でキャップ2側へ回動して作用片6が受部9に接触して押込まれるので,スイッチ4によりポンプが起動する。


本考案スイッチは上記のように液面がフロートAの下にあるか上にあるかによってスイッチ4を開閉し,水中ポンプ等を作用させるもので水銀スイッチを用いないので公害のおそれが全くないと共にスイッチ4は市販の普通のものを用いることができ,且つスイッチ4の作用片6の作動はスイッチ自身の回動によるもので,フロートA内にはスイッチ4以外に可動部がないので作動が確実で故障のおそれが少ない等の効果を有するものである。」(1頁1欄33行~2頁3欄9行)


(3) 甲18の記載


甲18(訳文)には,次のとおり記載されている(なお,甲18の図は,別紙図面5のとおりである。)。


「中空体1は,導入口が防液性の電気ケーブル2に吊り下がっており,同ケーブルは,中空体1内の中間板7に取り付けられたスイッチ装置3に連結している。この装置3には,装置の電気回路開閉切り替え作動を行うプランジャー4が設けられている。


中間板7より上部のスペースには,ある程度可動なおもり5を設けているが,鉛直線に対する中空体の傾き具合に応じて,ふたつの異なる位置を取れるようにしてあり,このおもりが両位置の一方を取った際に,プランジャー4を作動させる仕組みになっている。」(2頁19行~24行)


「前に述べたように,中空体の重量と体積は,監視される液体の濃度に合わせ,中空体が液体で囲まれたときに鉛直線に対して著しく傾くように調節する。逆に空気に囲まれると,中空体は鉛直に垂れ下がる。

図面に示した状態において,中空体は液体に沈んでいるが,これは言い換えると,鉛直線に対し,左に傾いているということである。この位置に置かれると,おもり5の上部が中空体の壁に接触し,それと同時に中間板7からわずかに離れる。この作動により,スイッチ装置に設置されているプランジャー4はその制御部分を離れて上がり,スイッチ3内の電気回路が閉じることになる。これによって,液位が液位センサーと同じ高さか,センサーより高い状態にあることを示す。


それに対し,中空体1が空気中にある場合,中空体は垂直位置を取り,おもり5の全重量が中間板7にかかることになる。これにより,おもりがプランジャー4を押し入れ,同プランジャー4はブレーカー3内の電気回路を遮断する。これによって,液位が液位センサーより下にあることを示される。」(2頁25行~36行)


「観察される液体の粘性に比例した液位センサーの重量と体積を適切に調節したり,おもり5ならびにその制御突部6を適切に形成することにより,センサーがふたつのはっきりと異なる位置を取ることが可能となり,液位を明確に示すことになる。こうして得られる信号は,例えば電動ポンプの作動・停止などに適用可能である。」(3頁1行~4行)


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(4) 主位的主張について




ア本件発明と甲16記載の発明の相違点Bの認定の誤りについて


原告は,甲16記載の発明において,リミットスイッチ4と重錘5が一体となって,回転可能に支持される可動重りとしての構成を備えるとともに,スイッチを作動するように配置されているから,本件発明と甲16記載の発明は,可動重りは中空本体内に2つの異なる終端位置の間で可動重りを通る軸線を中心として回転可能に支持され,可動重りの表面の1つがスイッチを間接的に作動するように配置されるという点において一致しており,審決の相違点Bの認定には誤りがあると主張する。

しかし,原告の上記主張は,採用の限りでない。すなわち,本件発明において,平衡重りとして設計された可動重りは,単体として機能しているのに対し,甲16記載の発明においては,リミットスイッチ4と重錘5は,単体の平衡重りとして機能していない。そうすると,審決が,相違点Bとして,重りの動作について,本件発明は「平衡重りとして設計された当該可動重り」が,中空本体内において回転可能に支持され,その表面の1つがマイクロスイッチを直接的に又は間接的に作動するように配置されているのに対して,甲16記載の発明は「リミットスイッチ4の底部に重錘5を固定し」たものが,フロートAに枢着して,リミットスイッチ4の作用片6の作動はスイッチ自身の回動によるものとした点に誤りはない。

したがって,原告の上記主張は採用することができない。


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イ相違点Bに係る容易想到性判断の誤りについて



原告は,相違点Bについて,液中において自由懸垂状態とするための構成として,可動重りの重量を調整して,これを平衡重りとすることは,当業者であれば容易になし得る設計的事項にすぎない,甲16記載の発明は,リミットスイッチ4と重錘5が一体となって可動重りを形成しており,該可動重りを通る軸線を中心として回転可能に支持される構成を具備しているところ,これに,甲18記載の技術事項を適用することにより,平衡重りの表面の1つがマイクロスイッチを直接的に又は間接的に作動するように配置することは容易想到であると主張する。




しかし,原告の上記主張は,採用の限りでない。前記本件明細書の【発明の詳細な説明】の段落【0010】,【0014】,【0016】の記載によれば,本件発明の平衡重りは,水位レベルがセンサより上昇しても,センサは水平位置を維持できるようにした重りであり,液体中で水平位置を取るために,センサの全重量と容積の関係は,レベル・センサが液体で囲まれているとき主水平位置を取ることを確保するように,管理される液体の密度と関連して選択されるものである。


これに対し,甲16には,前記(2)のとおり,「次に液面が次第に上昇してフロートAが液面下となり,その本体1が上になり,キャップ2が下になると」と記載され,また,甲18には,前記(3)のとおり,「中空体の重量と体積は,監視される液体の濃度に合わせ,中空体が液体で囲まれたときに鉛直線に対して著しく傾くように調整する。逆に空気に囲まれると,中空体は鉛直に垂れ下がる。」と記載されているとおり,いずれも液体中においてセンサ本体を水平に保つ構成とすることについての示唆はない。すなわち,甲18,19によれば,本件特許出願時において,液中において自由懸垂状態となるレベル・センサが公知であることが認められるものの,自由懸垂状態となるレベル・センサにおいて,可動重りの重量を調整することによって,これを平衡重りとすることついての示唆がなく,相違点Bに係る構成を採用することが容易であるとすることはできない。


これに対し,原告は,液面浮遊タイプのセンサにおいても,センサ全体の重心を偏心させて,センサを所定方向に傾けることは,スイッチの確実な動作を実現する上で,十分な技術的意義があり,水中において自由懸垂状態となるタイプのセンサであっても,完全に水中に没した後にセンサの傾斜角度が変わることはなく,液面においてスイッチが動作するという点では,液面浮遊タイプのセンサと異なるところはないなどと主張する。しかし,原告の上記主張は,液体中において自由懸垂状態となるレベル・センサにおいて,可動重りの重量を調整して,これを平衡重りとして設計することについての示唆があることについて何ら具体的な論拠を挙げていない以上,採用することはできない。


なお,甲19(甲19の第1図,第2図は,別紙図面6,7のとおりである。)には,「漸次槽内液面が上昇し,浮揚体9が液中に没すると,該浮揚体は第2図に示すごとく横倒した状態にて浮遊する。」(甲19・1頁1欄27行~2欄2行)と記載されており,浮揚体9が液体中において横倒状態で浮遊することは認められるものの,同浮揚体9において,可動重りたる作動錘3が平衡重りとして機能するとの記載はなく,むしろ主として平衡重りとして機能しているのは釣合錘11であると認められる上,上記重りはいずれも重りを通る軸線を中心として回転可能に支持されておらず,甲16記載の発明に甲19の構成を適用することにより本件発明に容易に着想するとはいえない。また,甲28には,「下方動作体4”は,液体中に全く浸漬されて傾斜した位置を採る。」(甲28・1頁2欄24行~26行)と記載されていることからして,本件発明のセンサのように,平衡重りによって,水位レベルがセンサより上にいかに上昇するかに関係なく,センサは常に液体中において水平位置を取るものであるとは認められないから,甲16記載の発明に甲28の構成を適用することにより本件発明に容易に着想するともいえない。さらに,力のつり合いとモーメントのつり合いを取ることは当業者が当然に行うことであるとしても,平衡重りにより,水位レベルがセンサより上にいかに上昇するかに関係なく,センサが常に液体中において水平位置を取ることまで,当業者が当然に行う設計事項であるということはできない。なお,本件発明においては,前記1(2),(3)のとおり,平衡重りと中空本体全体の重心は,共に,センサの中空本体の外形の中心の同じ側方にあるものと理解することができる。



したがって,原告の上記主張は採用することができず,相違点Bは,甲16記載の発明に甲18記載の構成ないし周知技術を適用することにより,容易に想到することができたとはいえない。

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ウ相違点Cに係る容易想到性判断の誤りについて



原告は,本件発明において,平衡重りの重量は,中空本体,マイクロスイッチ,平衡重り及び平衡重りを中空本体内に回転可能に支持する手段から成るセンサが,空気によって囲まれている時,該センサの全重量の少なくとも30%である点について,臨界的意義や技術的意義はなく,設計的事項であると主張する。


しかし,原告の主張は,以下のとおり,採用の限りでない。すなわち,前記本件明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】,【発明の詳細な説明】の段落【0010】,【0011】,【0012】,【0014】,【0016】の記載及び図1,2(別紙図面1,2)によれば,本件発明において,空気に囲まれているとき主として垂直位置をとるレベル・センサが,液体中に浸漬され,水位レベルが上昇し始めると,センサ本体は遂に傾き始め,最後には別紙図面2のとおり水平位置に到達するが,容積と重量の適切な選択により,水位レベルがセンサ本体より上にいかに上昇するかに関係なく,水平位置を取るように構成されているところ,センサ本体内に2つの異なる終端位置の間で重りを通る軸線を中心として回転可能に支持された平衡重り(可動重り)は,レベル・センサが液体中に浸漬されると,センサをその浮力の中心の周りに回転させ,センサを水平位置で平衡させる作用を有するとともに,自身の回転によりスイッチング作用を行うことが記載されている。したがって,本件発明における「平衡重り」のセンサに対する30%以上との重量比は,センサ全体の重心が前記垂直線に対し平衡重りの重心と同じ側方にあることとあいまって,センサ本体を水位レベルの上昇に伴って速やかに一定方向に傾かせるとともに,センサ本体が傾き始め,水平位置に到達した後,水位レベルがセンサ本体より上昇してもなお,センサ本体が水平位置を取るようにするため,安定性の程度を調節するという意味において,技術的意義を認めることができる。これに対して,甲16記載の発明は,本件発明のように液中に完全に沈んだ状態において自由懸垂状態となるセンサではなく,液中には完全に浸漬せずに液面に浮遊するフロート型のセンサであり,本件発明のように液中に浸漬した状態で安定的な平衡作用を実現する必要がないものであるから,甲16記載の発明から,「平衡重り」のセンサに対する重量比を特定することによって,センサ本体が水平位置を取るようにするため,安定性の程度を調節する必要性は生じない。したがって,甲16記載の発明を基礎として,相違点Cに係る構成に至ることが容易であるとはいえない。


エ相違点Dに係る容易想到性判断の誤りについて原告は,甲18,19には,液中において自由懸垂状態となるタイプのレベル・センサにおいて,センサ全体の重心を偏心させる構成ないしセンサが液体中に浸漬した時に傾く方向を一定化する構成が示唆されていると主張する。


しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件発明において,平衡重りの重心位置を限定した相違点Dに係る構成は,可動重りとして機能する方向にセンサを傾かせ,これによりスイッチの確実な動作を実現する目的で,採用したものである。これに対して,甲18記載の発明は,中空体の重量と体積が,液体で囲まれたときに鉛直線に対して著しく傾くように調節され,空気に囲まれたときに鉛直に垂れ下がるものの,おもり5が可動する方向に規制がなく,スイッチの確実な動作を実現するための構成として,可動重りの重心をセンサ全体の重心と同じ側方に配する構成が記載ないし示唆されているとは認められない。また,甲19記載の発明においては,可動重りとして機能する作動錘3と,平衡重りとして機能する釣合錘11が別体であり,可動重りの重心をセンサ全体の重心と同じ側方に配するとの構成が記載ないし示唆されているとは認められない。さらに,甲20,22,28記載の発明は,いずれも液体中において水平状態を保つレベル・センサではなく,これをもって,液体中において水平状態を保つレベル・センサにおいて,センサ全体の重心を偏心させる構成が,本件特許出願前から周知のものであったということもできない。


したがって,相違点Dは,甲16記載の発明に甲18,19記載の構成及び周知技術を適用することにより,容易に着想することができたとはいえない。原告の上記主張は採用することができない。


オ以上によれば,本件発明の相違点に係る各構成は,甲16記載の発明を基礎として,これに甲18,19記載の構成及び周知技術を適用することによって,容易に想到し得たとはいえないから,本件発明が容易想到であるとはいえない。



(5) 予備的主張について




ア本件発明と甲18の相違点Gの認定の誤りについて


原告は,甲18記載の発明のおもり5は,平衡重り又は平衡重りとして設計された可動重りに該当するから,本件発明と甲18記載の発明の相違点は,本件発明は「平衡重りとして設計された当該可動重りが該平衡重りを通る軸線を中心として回転可能に支持されている」のに対し,甲18記載の発明は「平衡重りとして設計された当該可動重りであるおもり5が中空本体1内に2つの異なる終端位置の間で移動可能に配置され」るとしている点にすぎないと主張する。

しかし,前記(3)の記載によれば,甲18記載の発明は,液体中において水平状態を保つレベル・センサではなく,おもり5は,本件発明におけるような平衡重りとして設計されているとは認められない。


したがって,原告の上記主張は採用することができず,審決の相違点Gの認定に誤りはない。




イ相違点Gに係る容易想到性判断の誤りについて




原告は,相違点Gに関し,甲18記載の発明の可動重りについて,傾く軌道に即した軸支を行い回動可能に支持することは,設計的事項にすぎないと主張する。


しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,前記(3)の記載によれば,甲18記載の発明において,おもり5は,中空体の傾き具合に応じて,プランジャー4を押し込む位置と押し込まない位置という2つの異なる位置をとるほか,傾く方向に制限がないものである。甲18において,軸支して,傾く軌道を限定することについて,何らの示唆等がないから,甲18を基礎として,相違点Gに係る構成を想到することが容易であるとはいえない。また,甲16記載の重錘については,前記(4)イのとおり,「平衡重りとして設計された当該可動重り」及び「該平衡重りを通る軸線を中心として回転可能に支持され」るとの構成を有していない。



そして,甲17記載のセンサは,水中において自由懸垂状態ではなく,その重り5も平衡重りとして設計されておらず,甲19記載の作動錘3も,「平衡重りとして設計された当該可動重り」及び「該平衡重りを通る軸線を中心として回転可能に支持され」るとの構成を有していない。


したがって,原告の上記主張は採用することができず,相違点Gは,甲18記載の発明を基礎として,これに甲16,17,19記載の構成及び周知技術を適用することにより,容易に着想することができたとはいえない。



ウ相違点Hについて前記(4)ウと同様,本件発明において,平衡重りの重量が,センサの全重量の少なくとも30%である点について,技術的意義を認めることができる。そして,甲18記載の発明を基礎として,相違点Cに係る構成に至ることが容易であるとはいえない。

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エ相違点Iについて


原告は,甲18記載の発明において,センサ全体の重心位置が左側に偏心しており,おもり5の重心も左側にあるといえる上,本件発明のようなセンサ全体の重心位置及び可動重り(平衡重り)の重心位置に係る構成については,甲19に開示されており,設計的事項又は周知技術にすぎないと主張する。


しかし,原告の上記主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,前記(4)エのとおり,甲18には,スイッチの確実な動作を実現するための構成として,可動重りの重心をセンサ全体の重心と同じ側方に配する構成が記載ないし示唆されているとは認められず,甲19にも可動重りの重心をセンサ全体の重心と同じ側方に配す43るとの構成が記載ないし示唆されているとは認められない。また,本件発明のようなセンサ全体の重心位置及び可動重り(平衡重り)の重心位置が設計的事項又は周知技術にすぎないともいえない。

したがって,原告の上記主張は採用することができず,相違点Iは,甲18記載の発明を基礎として,これに甲19記載の構成及び周知技術を適用することにより,容易に想到することができたとはいえない。


(6) 小括

以上によれば,原告の主位的主張及び予備的主張はいずれも採用することができず,審決の出願日繰下げを前提としない容易想到性の認定・判断に誤りはない。

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3 取消事由3(重量比に関するサポート要件違反の認定・判断の誤り)について




原告は,本件発明において,平衡重りとセンサの全重量の重量比が少なくとも30%であることは,本件発明の課題解決のための技術的意義を有しておらず,その数値限定に臨界的意義がないところ,上記重量比に係る数値限定を構成要素とする特許請求の範囲の記載は,旧特許法36条5項1号(いわゆるサポート要件)に違反すると主張する。


しかし,原告のこの点の主張は,以下のとおり,採用の限りでない。すなわち,前記2(4)ウのとおり,本件明細書の段落【0010】,【0011】,【0012】,【0014】,【0016】によれば,本件発明における「平衡重り」のセンサに対する30%以上との重量比は,センサ全体の重心が前記垂直線に対し平衡重りの重心と同じ側方にあることとあいまって,センサ本体を水位レベルの上昇に伴って速やかに一定方向に傾かせるとともに,センサ本体が傾き始め,水平位置に到達した後,水位レベルがセンサ本体より上昇してもなお,センサ本体が水平位置を取るようにするため,安定性の程度を調節するという意味において,技術的意義があると理解することができるから,特許請求の範囲(請求項1)において,平衡重りのセンサ全体に対する重量比について,30%以上との限定を付した点に,旧特許法36条5項1号の規定の違反があると解することはできない。


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4 取消事由4(その他の記載要件違反に係る審決の認定・判断の誤り)について



原告は,本件特許に係る特許請求の範囲の記載について,「センサの中空本体の外形の中心」,「センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」,「前記平衡重り(9)は,前記センサが空気に囲まれて主垂直位置を取っている時に該センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線の側方に重心(10)があり」,「前記センサ全体の重心は前記垂直線に対し前記平衡重りの重心と同じ側方にあり」と記載されているが,これらの記載は,旧特許法36条5項1号,同条同項2号及び同条4項に違反すると主張する。


しかし,原告の上記主張は,次のとおり,採用することができない。すなわち,


(1) 本件明細書の【特許請求の範囲】の【請求項1】,【発明の詳細な説明】の段落【0010】ないし【0016】の記載及び図1,2(別紙図面1,2)によれば,本件発明においては,レベル・センサを構成する中空本体は,空気中では,別紙図面1のように電気ケーブルに吊られて垂れ下がっている状態となるが,液体中に浸漬され,水位レベルが上昇し始めると,センサ本体は傾き始め,最後には別紙図面2のとおり水平位置に到達し,容積と重量の適切な選択により,水位レベルがセンサ本体より上にいかに上昇するかに関係なく,水平位置をとるように構成されていること,センサ本体内に2つの異なる終端位置の間で重りを通る軸線を中心として回転可能に支持された平衡重り(可動重り)は,レベル・センサが液体中に浸漬されて,センサ本体が水平位置をとると,これを水平位置で平衡させる作用を有するとともに,自身の回転によりスイッチング作用を行うこと,平衡重りの最小値は全重量の30%であり,より適当な値は50から80%であること,センサの全重量/容積比は管理すべき液体の密度と関連して,液体に囲まれている時にレベル・センサが主水平位置を取るように選択されることが認められる。これによれば,本件発明においては,レベル・センサを機能させるため,センサ本体を水位レベル45の上昇にともなって速やかに一定方向に傾かせるための重量配置がなされていること,すなわち,平衡重りと中空本体全体の重心は,共に,センサの中空本体の外形の中心の同じ側方にあるものと理解することができる。

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また,本件明細書には,特許請求の範囲(請求項1)の「センサの中空本体の外形の中心を通る垂直線」について,明確な説明はされていないものの,平衡重り及び中空本体全体の重心の基準となる線であり,本件明細書の図1(別紙図面1)の一点鎖線のうちセンサの中空本体の外形部分にかかる線分が鉛直方向を向いた状態のもの(ただし,重心位置が偏ったレベル・センサを空気に囲まれた状態で吊り下げた場合,センサの中空本体が厳密には直立しないことは明らかであるから,センサの中空本体の外形部分にかかる線分は,厳密な意味での鉛直線ではない。)であると理解することができる。

(2) これに対し,原告は,本件明細書の記載のみでは,「センサの中空本体の外形の中心」の意義が明らかでないと主張する。しかし,前記(1)のとおり,本件明細書の記載に照らすと,「センサの中空本体の外形の中心」とは,平衡重り及び中空本体全体の重心の基準となる線であるものと理解することができる。


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また,原告は,審決が,本件明細書の図1(別紙図面1)の一点鎖線のうち「センサの中空本体の外形部分にかかる線分」の部分だけに言及して,それが「鉛直方向を向いた状態」とするなどの解釈をしている上,被告の主張とも齟齬していると主張する。この点,本件明細書の図1(別紙図面1)の一点鎖線は,電気ケーブル2や水密入口3からセンサの中空本体の外形の中心にかけて一直線に伸びているように見えるものの,前記1(3)と同様に,本件明細書の記載及び本件発明の要旨に照らすと,空気に囲まれている時,中空本体は,ほぼ垂直な位置となっているが,完全に直立しているとまでは認められないから,被告の主張と齟齬しているか否かはさておき,審決の認定・判断に誤りはない。

さらに,原告は,立体において,「線」の「側方」,「線」に対して「同じ側方」がいかなる意義を有するか明らかでなく,これらの要件が権利範囲の外延をいかに画するのかも不明であると主張する。しかし,前記(1)のとおり,本件発明においては,レベル・センサを機能させるため,センサ本体を水位レベルの上昇にともなって速やかに一定方向に傾かせるための重量配置がなされており,平衡重りと中空本体全体の重心は,共に,センサの中空本体の外形の中心の同じ側方にあるものと理解することができ,「同じ側方」とは,センサが,その重心を下にして傾く状態において,平衡重りが回動してマイクロスイッチを作動できる範囲となるように,平衡重りの重心も,センサの重心とほぼ同じ側になっている状態を表現しているものと理解することができる。

したがって,上記原告の主張は採用することができない。

(3) 以上によれば,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,旧特許法36条5項1号,同条同項2号及び同条4項に違反しない。

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5 結論



以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。


よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官飯 村 敏 明裁判官中 平 健47裁判官知 野 明

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(別紙)図面1 〔当初明細書及び本件明細書の図1〕
図面2〔当初明細書及び本件明細書の図2〕
図面3〔当初明細書及び本件明細書の図3〕
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図面4〔甲16の第1図〕
図面5〔甲18の図〕
図面6,7〔甲19の第1図,第2図〕

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Last Update: 2011-01-31 23:45:21 JST

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……………………………………………………判決末尾top
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特許:発明の技術的意義,一致点・相違点認定の容易想到性判断に対する影響「事実認定」:(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10233号審決取消請求事件))






特許:発明の技術的意義,一致点・相違点認定の容易想到性判断に対する影響「事実認定」:(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10233号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」



縮小版なし


(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10233号審決取消請求事件))



H230201現在のコメント


(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10233号審決取消請求事件))

事実認定判判決は,結構適当です。どうせ使うときは,原文全文をみる必要がありますし,何が使えるか予想がつきにくいからともいえます。

技術の要旨認定,一致点・相違点の認定が,容易想到性判断に決定的な影響を与えるという典型例です。




判決原文(引用)「事実認定ですので参考」


(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10233号審決取消請求事件))

b 本件発明の技術的意義の参酌訂正明細書の請求項1及び発明の詳細な説明の記載(前記(ア))によれば,本件発明は,マニュアル運転コースを実行する場合に,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることのない洗濯機を提供するとの課題を解決するために,マニュアル運転コースが設定されたときに,洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定するマニュアル運転制御手段を設けたところに特徴を有し,それにより,マニュアル運転コースが設定されたときにも洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定し,水位が不適正となることをなくして,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることをなくすという効果を奏するものである。


そして,本件発明は,使用者の意思を尊重するために,マニュアル運転コースを設定して,水位設定スイッチによる水位の設定がされたときには,マニュアル設定水位を優先するようにした。そして,マニュアル設定水位を優先する場合を,水位設定スイッチによる水位の設定がある場合に限ることとし,それ以外では,水位が自動決定されるようにすることにより,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることをなくすという効果を奏するようにしたものと認められる。すなわち,水位設定スイッチによる水位の設定がある場合は,その水位が,自動設定される水位と同じとは限らず,洗濯物に対して水位が高すぎるときはスプラッシュが発生し,水位が低すぎるときは布傷みが発生したりすることもあり得るが,本件発明は,マニュアル設定水位を優先する場合を,上記のとおり,水位設定スイッチによる水位の設定がある場合に限り,それ以外の場合には,水位が自動決定されるようにすることによって,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることをなくすという効果を奏するようにしたものと解される。そして,水位設定スイッチによって水位が設定された場合には,設定された水位によって洗濯機が作動するから,使用者の意思を尊重しているということができる。

そうすると,訂正明細書の記載に基づいて認められる本件発明の技術的意義に照らしても,本件発明のマニュアル運転コースにおいて設定する水位が,自動運転コースで利用できる水位でなければならないとする根拠はない。

c マニュアル運転コースで設定する水位と自動運転コースで利用できる水位の関係本件発明のマニュアル運転コースにおいて設定する水位が,自動運転コースで利用できる水位でなければならないとの原告らの主張は,特許請求の範囲に基づかない主張であり(前記a),訂正明細書の記載に基づいて認められる本件発明の技術的意義を参酌しても根拠がなく(前記b),採用することができない。したがって,上記の主張を前提とするその余の原告らの主張も,理由がない。




判決原文(全文)




平成22(行ケ)10233 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年01月31日 知的財産高等裁判所


(知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)第10233号審決取消請求事件))


  • 1 -




平成23年1月31日判決言渡平成22年(行ケ)第10233号審決取消請求事件


平成22年11月30日口頭弁論終結
判 決
原 告 株式会社東芝
原 告 東芝コンシューマエレクトロニクス・
ホールディングス株式会社
原 告 東芝ホームアプライアンス株式会社
原告ら訴訟代理人弁護士 高 橋 雄一郎
原告ら訴訟代理人弁理士 堀 口 浩
同 小 川 泰 典
被 告 三菱電機株式会社
訴訟代理人弁理士 高 橋 省 吾
同 稲 葉 忠 彦
同 湯 山 崇 之
同 井 上 みさと
同 萩 原 亨
主 文


  • 2 -


1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2009-800233号事件について平成22年6月14日
にした審決を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告らは,特許第2778841号(発明の名称「洗濯機」,平成2年12月
28日出願・特願平2-417371号,平成4年8月31日公開・特開平4
-242695号,平成10年5月8日設定登録,設定登録時の請求項の数2。
以下,設定登録時の明細書を「本件明細書」という。甲14)の特許権者であ
る。
被告は,平成21年11月11日,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1
記載の発明に係る特許を無効とすることを求めて無効審判を請求した(無効2
009-800233号,甲15)。
原告らは,平成22年2月15日,本件明細書の特許請求の範囲の請求項1
を変更する訂正請求をした(同訂正後の明細書を,以下「訂正明細書」という。
甲16)。
特許庁は,平成22年6月14日,「訂正を認める。特許第2778841号
の請求項1に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし,そ
の謄本は,同月24日,原告らに送達された。
2 特許請求の範囲
訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(以下,
訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「本件発明」という。)。
槽内に設けられた撹拌体を正逆回転させるための洗濯機モータと,洗濯物の


  • 3 -


量を検出する洗濯物量検出手段と,運転時間を設定する運転時間設定スイッチ
と,水位を設定する水位設定スイッチとを備え,運転コースとして自動運転コ
ースの他に,前記運転時間設定スイッチにより運転時間と前記水位設定スイッ
チにより水位とをそれぞれ設定できるマニュアル運転コースを備えたものにお
いて,
前記自動運転コースと前記マニュアル運転コースとを択一設定する運転コー
ス選択スイッチを有し,マニュアル運転コースが設定されて運転がスタートさ
れると,前記水位設定スイッチによる水位の設定が無い場合には,前記洗濯物
量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定し,マニュアル運転コース
が設定されて運転がスタートされると,前記水位設定スイッチによる水位の設
定が有る場合には,この設定された水位とするマニュアル運転制御手段を設け
たことを特徴とする洗濯機。
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明は,甲7(「取扱説
明書日立全自動洗濯機KW-70R1形」)記載の発明(以下「甲7発明」
という。)及び甲10(「東芝全自動電気洗濯機取扱説明書AW-SX96
0」)又は甲11(「東芝全自動電気洗濯機取扱説明書AW-50G1,A
W-50E1」)に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けること
ができなかったものであり,本件発明に係る特許は,同項の規定に違反して
なされたものであるから,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきで
あるとするものである。
(2) 審決が,本件発明に進歩性がないとの結論を導く過程において認定した甲
7発明の内容,本件発明と甲7発明の一致点,相違点は,次のとおりである。
ア甲7発明の内容
洗濯槽の内部に設けられた正逆回転するからまん棒と,洗濯物の量と質


  • 4 -


を感知するセンサーと,運転時間を設定する「洗い」,「すすぎ」,「脱水」
の各ボタンと,水位を設定する「水位」ボタンとを備え,運転コースとし
て全自動コースの他に,前記「洗い」,「すすぎ」,「脱水」の各ボタンによ
り運転時間と前記「水位」ボタンにより水位とをそれぞれ設定できるお好
みでのお洗濯を備えたものにおいて,
前記全自動コースを選ぶ「コースセレクト」ボタンと前記お好みでのお
洗濯を選ぶ「水位」,「洗い」,「すすぎ」,「脱水」の各ボタンを有し,お好
みでのお洗濯が設定されて運転がスタートされると,前記「水位」ボタン
を押さない場合には,前記センサーが洗濯物の量により水位を設定し,お
好みでのお洗濯が設定されて運転がスタートされると,前記「水位」ボタ
ンを極少水位に設定した場合には,水位を極少水位に設定するお好みでの
お洗濯の制御を行う制御手段を有する洗濯機。
イ一致点
槽内に設けられた撹拌体を正逆回転させるための洗濯機モータと,洗濯
物の量を検出する洗濯物量検出手段と,運転時間を設定する運転時間設定
スイッチと,水位を設定する水位設定スイッチとを備え,運転コースとし
て自動運転コースの他に,前記運転時間設定スイッチにより運転時間と前
記水位設定スイッチにより水位とをそれぞれ設定できるマニュアル運転コ
ースを備えたものにおいて,
マニュアル運転コースが設定されて運転がスタートされると,前記水位
設定スイッチによる水位の設定が無い場合には,前記洗濯物量検出手段に
よる検出結果に応じて水位を自動決定し,マニュアル運転コースが設定さ
れて運転がスタートされると,前記水位設定スイッチによる水位の設定が
有る場合には,この設定された水位とするマニュアル運転制御手段を設け
た洗濯機。
ウ相違点


  • 5 -


本件発明では「自動運転コースとマニュアル運転コースとを択一設定す
る運転コース選択スイッチを有」するものであるのに対して,甲7発明で
は「前記全自動運転コースを選ぶ『コースセレクト』ボタンと前記お好み
でのお洗濯を選ぶ『水位』,『洗い』,『すすぎ』,『脱水』の各ボタンを有」
するものである点。
第3 取消事由に関する原告らの主張
審決は,甲7発明の認定の誤り(取消事由1),本件発明と甲7発明の一致点
の認定の誤り(取消事由2),容易想到性の判断の誤り(取消事由3)があるか
ら,違法として取り消されるべきである。
1 甲7発明の認定の誤り(取消事由1)
審決による甲7発明の認定には,次のとおり誤りがある。
(1) 「お好みでのお洗濯」に関する認定について
審決は,甲7発明の「お好みでのお洗濯」について,「前記『洗い』,『すす
ぎ』,『脱水』の各ボタンにより運転時間と前記『水位』ボタンにより水位と
をそれぞれ設定できるお好みでのお洗濯を備えたものにおいて」,「お好みで
のお洗濯が設定されて運転がスタートされると,前記『水位』ボタンを極少
水位に設定した場合には,水位を極少水位に設定するお好みでのお洗濯の制
御を行う」と認定した。しかし,甲7発明の「お好みでのお洗濯」では,水
位について,極少水位しか設定できないから,そのように認定すべきであり,
審決による甲7発明の上記認定は誤りである。
すなわち,甲7の10頁には,「お好みでのお洗濯」について記載されてお
り,「水位ボタンを使うとき」の欄には,「水を足したいとき」との項目と,
「極少水位を使うとき」との項目があり,「水を足したいとき」との項目の注
意書きには,「『洗い』の前に水位ボタンを押さないでください。布の量に関
係ない水位で洗濯を行い,布を傷めるおそれがあります。」と記載されている。
このような記載によれば,「お好みでのお洗濯」では,極少水位を使うとき以


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外は,洗いのスタート前に水位ボタンを使用することが禁止されており,使
用者は,高水位や低水位を希望しても設定することはできず,極少水位のみ
しか設定できない。
そのため,審決による甲7発明の認定のうち,「前記『洗い』,『すすぎ』,
『脱水』の各ボタンにより運転時間と前記『水位』ボタンにより水位とをそ
れぞれ設定できるお好みでのお洗濯を備えたものにおいて」との部分は誤り
であり,「前記『洗い』,『すすぎ』,『脱水』の各ボタンにより運転時間と前記
『水位』ボタンにより唯一セット可能な極少水位をそれぞれ設定できるお好
みでのお洗濯を備えたものにおいて」と認定すべきである。また,審決によ
る甲7発明の認定のうち,「お好みでのお洗濯が設定されて運転がスタートさ
れると,前記『水位』ボタンを極少水位に設定した場合には,水位を極少水
位に設定するお好みでのお洗濯の制御を行う」との部分は誤りであり,「お好
みでのお洗濯が設定されて運転がスタートされると,前記『水位』ボタンは
極少水位以外の水位の設定を禁止しており,前記『水位』ボタンで唯一セッ
ト可能な極少水位に設定した場合には,水位を極少水位に設定するお好みで
のお洗濯の制御を行う」と認定すべきである。
(2) 洗濯物の量により水位を設定するとの認定について
審決が,甲7発明につき,「前記センサーが洗濯物の量により水位を設定し」
とした認定は誤りである。
すなわち,甲7の10頁の「ボタン操作(電源スイッチを「入」にしてか
ら)」の欄には,「洗濯物の量と質により,『水位』,『水流』をセンサーが自動
的に決めます。」との記載があるから,甲7発明は,「お好みでのお洗濯」で
洗濯をするときには,布量センサーと布質センサーの両センサーの検出結果
により,水位が自動的に決められるものと推測することができる。しかし,
布量センサーと布質センサーの検知結果がどのように水位に反映されるかは
不明であり,布質センサーに対する依存度が大きく,実質的に布量センサー


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の検知結果は水位に反映されていないことがあるため,甲7発明につき,「前
記センサーが洗濯物の量により水位を設定し」とした審決の認定は誤りであ
る。
2 本件発明と甲7発明の一致点の認定の誤り(取消事由2)
(1) マニュアル運転コースを備えたとの一致点の認定について
審決が,本件発明と甲7発明の一致点につき,「・・・前記水位設定スイッ
チにより水位・・・を・・・設定できるマニュアル運転コースを備えたもの
において」とした認定は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
ア本件発明のマニュアル運転コースで設定する水位と自動運転コースで利
用できる水位について
本件発明のマニュアル運転コースで設定する水位は,自動運転コースで
利用できる水位でなければならない。
(ア) すなわち,訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1には,「前記運転
時間設定スイッチにより運転時間と前記水位設定スイッチにより水位と
をそれぞれ設定できる」と記載されており,発明の詳細な説明には,「・・・
マニュアル運転コースは,水位・・・等各設定項目について,使用者が
所望値を設定し,そして各設定内容に沿って運転を実行する。・・・」(【0
004】),「・・・マニュアル運転がスタートされる前には,・・・同水
位設定スイッチ,・・・・が操作されて各種設定がなされる。」(【001
9】),及び「・・・水位についてマニュアル設定が有る場合には,その
マニュアル設定水位と,・・・・により洗濯運転を実行する(ステップS
2)。」(【0020】)との記載がある。
これらの記載によれば,本件発明のマニュアル運転コースは,水位に
ついて,水位設定スイッチにより,使用者が所望する水位の値を設定(選
択)し,その設定水位により洗濯を実行するものである。
(イ) また,訂正明細書には「・・・いかなるタイプの洗濯機においても,


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スプラッシュおよび布傷みを常に防止することを目標として製作されて
いるが,しかしながら,上述のものにおいては,マニュアル運転コース
にて運転を実行する場合,上記スプラッシュおよび布傷みが発生するお
それがある。」(【0005】),「請求項1の洗濯機においては,マニュア
ル運転コースが設定されたときには前記洗濯物量検出手段による検出結
果に応じて水位を自動決定するから,マニュアル運転コースであっても
洗濯物量に合った適正水位が決定され,もってスプラッシュおよび布傷
みの発生をなくし得る。」(【0012】),及び「・・・水位についてマニ
ュアル設定が有る場合に限りマニュアル設定水位を優先するようにし
た・・・」(【0024】)との記載がある。
これらの記載によれば,本件発明は,自動運転コースでは問題がない
がマニュアル運転コースになるとスプラッシュや布傷みが発生すること
を課題とし,マニュアル運転コースが選択された場合には自動設定の水
位ではなくマニュアル設定水位を優先させることで使用者の意思を尊重
させることができるものである。そのため,マニュアル運転コースにて
設定する水位は,自動運転コースにおいても利用できる水位であること
が前提となっている。
イ甲7発明の「お好みでのお洗濯」における設定水位について
甲7発明の「お好みでのお洗濯」において設定可能な水位は極少水位の
みであり,これは甲7発明の全自動コースにおいて利用できないものであ
る。
すなわち,甲7発明の「お好みでのお洗濯」において設定が可能な水位
は,極少水位のみであり,他の水位の設定は禁止されている。そして,極
少水位では水位が低いため,本件発明の課題である「槽外へのスプラッシ
ュ」は発生し得ない。
また,甲7の8ないし9頁には「全自動コースでのお洗濯」についての


  • 9 -


記載があり,「衣類の量→水位<自動設定>」との欄には,水位に,高水位・
中水位・低水位・少水位があり,洗濯物の量により水位をセンサーが自動
的に決める旨記載されているが,それとともに,「・極少水位には自動設定
されません」と記載されているから,甲7発明の全自動コースにおいて,
極少水位は,使用することができない。このように,甲7発明において,
「お好みでのお洗濯」において唯一設定可能な極少水位は,全自動コース
において利用できない水位であり,自動の水位設定に対して優先して設定
された水位でもないから,甲7発明の「お好みでのお洗濯」は,本件発明
のマニュアル運転コースにより奏される効果,すなわち,使用者の意思を
尊重することができるという本件発明の効果を奏し得ないものである。
ウ本件発明のマニュアル運転コースと甲7発明の「お好みでのお洗濯」に
ついて
そうすると,甲7発明の「お好みでのお洗濯」は,本件発明のマニュア
ル運転コースとは,水位の設定について構成が異なるから,審決が,本件
発明と甲7発明の一致点につき,マニュアル運転コースを備えたとした認
定は誤りである。
(2) マニュアル運転コースにおいて「水位設定スイッチによる水位の設定が有
る」との一致点の認定について
審決が,本件発明と甲7発明の一致点につき,「マニュアル運転コースが設
定されて運転がスタートされると,前記水位設定スイッチによる水位の設定
が有る場合には,この設定された水位とするマニュアル運転制御手段を設け
た」とした認定は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
すなわち,甲7発明の「お好みでのお洗濯」において,水位は極少水位に
しか設定できないから,「極少水位に設定した場合」は,本件発明の「水位の
設定がある場合」とは,その目的とする課題及び作用効果を異にする。また,
「お好みでのお洗濯」では,極少水位以外の高水位や低水位等の使用が禁止


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されているから,極少水位は,自動の水位設定に対して優先して設定された
水位ではなく,甲7発明における極少水位の設定は,「水位について設定があ
った場合には設定された水位が優先されるので,使用者の意思を尊重するこ
とができる」という本件発明の課題に対応しているものではない。
(3) 「洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定」するとの一
致点の認定について
前記1(2)のとおり,甲7発明では,実質的に布量センサーの検知結果が水
位に反映されていないことがあるため,甲7には,「洗濯物量検出手段による
検出結果に応じて水位を自動決定」する構成が開示されていない。したがっ
て,審決が,本件発明と甲7発明の一致点につき,「洗濯物量検出手段による
検出結果に応じて水位を自動決定」するとした認定は誤りである。
3 容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
審決が,自動運転コースとマニュアル運転コースとを択一設定する運転コー
ス選択スイッチを設けて相違点に係る本件発明の構成とすることは,甲7発明
に甲10又は甲11に記載された事項を適用することにより当業者が容易にな
し得たことであるとした判断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
(1) 甲10,11のメモリーコースと本件発明のマニュアル運転コースについ

甲10,11のメモリーコースは,水位の設定を行うものではなく,本件
発明のマニュアル運転コースに対応しないから,甲7発明に,甲10,11
に記載された事項を適用しても,自動運転コースとマニュアル運転コースと
を択一設定する運転コース選択スイッチを設けることを容易に想到し得たと
はいえない。
すなわち,本件発明のマニュアル運転コースは,「前記運転時間設定スイッ
チにより運転時間と前記水位設定スイッチにより水位とをそれぞれ設定でき
る」ものであるから,水位の設定を行うものでなければならない。そして,


  • 11 -


水位を設定するとの本件発明の構成は,「水位について設定があった場合には
設定された水位が優先されるので,使用者の意思を尊重することができる」
という本件発明の効果の前提となる技術的事項である。
これに対し,甲10の13頁の「メモリー(記憶)するとき,およびメモ
リーを変えたいとき」との欄には,水位の設定についての記載はなく,甲1
0に記載されたメモリーコースは,使用者が水位の設定をすることができな
いものである。また,甲11の13頁の「メモリーコースを使うとき」との
欄にも,水位の設定についての記載はなく,甲11に記載されたメモリーコ
ースも,使用者が水位の設定をすることができないものである。
そのため,甲10,11のメモリーコースは,本件発明のマニュアル運転
コースの構成を欠くものであって,本件発明のマニュアル運転コースに相当
せず,甲7発明に,甲10,11に記載された事項を適用しても,自動運転
コースとマニュアル運転コースとを択一設定する運転コース選択スイッチを
設けることを容易に想到し得たとはいえない。
(2) 阻害要因について
甲7発明は,同発明に基づいて本件発明を想到するにつき阻害要因を有し
ているから,甲7発明に,甲10,11に記載された事項を適用しても,自
動運転コースとマニュアル運転コースとを択一設定する運転コース選択スイ
ッチを設けることを容易に想到し得たとはいえない。
すなわち,本件発明は,マニュアル運転コースにおいて,自動運転コース
においても使用できる水位のうちから,使用者が所望する水位を設定し,こ
の設定された水位が,自動設定される水位に対して優先して適用されること
で,使用者の意思を尊重することができるという技術的思想を有するもので
ある。
これに対し,甲7に記載された「お好みでのお洗濯」は,全自動コースで
は使用できない極少水位のみしか設定できず,全自動コースにおいて使用す


  • 12 -


る高水位や低水位等の水位の使用が禁止されている。そのため,甲7の「お
好みでのお洗濯」は,本件発明のマニュアル運転コースに相当せず,甲7は,
本件発明の技術的思想が開示されていないばかりか,使用者が所望する水位
(例えば,高水位や低水位)の使用を積極的に禁止していることから,使用
者の意思の尊重という本件発明の目的・効果に反しており,甲7発明は,同
発明に基づいて本件発明を想到するにつき阻害要因を有している。
(3) 甲7,10,11に基づく容易想到性について
甲7に甲10,11を組み合わせても,本件発明を容易に想到し得たとは
いえない。
すなわち,前記(1),(2)のとおり,甲7及び甲10,11には,本件発明
のマニュアル運転コースに相当するものは開示されていない。
また,本件発明の特徴点は,マニュアル運転コースにおいて,自動運転コ
ースにおいても使用できる水位のうちから,使用者が所望する水位を設定す
ることにより,使用者の意思を尊重できるという点にあるが,このような本
件発明の特徴点は,甲7,10,11には何ら開示されていないし,甲10
及び甲11に記載されたメモリーコースによる作用は,発明の特徴点に想到
するための示唆に当たらない。甲10及び甲11には,「メモリー(コース)」
を選択するという操作が存在するが,甲7に記載された「お好みでのお洗濯」
は,「洗い」,「すすぎ」,「脱水」ボタンを操作して各運転時間を設定し,「こ
れっきりボタン」を押して運転を開始させる行程によって運転操作が完結し
ており,これに,甲10及び甲11に記載された「メモリー(コース)」を選
択するという操作をあえて組み合わせる動機付けは,甲7,10,11のい
ずれにも示唆されていない。
さらに,本件発明は,マニュアル運転コースにおいて,自動運転コースに
おいても使用できる水位のうちから使用者が所望する水位を設定すると,こ
の設定された水位が,自動設定される水位に対して優先して設定されること


  • 13 -


で,使用者の意思を尊重することができるという格別な作用効果を奏するも
のであるが,この作用効果は,甲7,10,11から想起することはできな
い。
第4 被告の反論
審決の認定,判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由は,いずれも理由が
ない。
1 甲7発明の認定の誤り(取消事由1)に対し
審決による甲7発明の認定に誤りはない。
(1) 「お好みでのお洗濯」に関する認定について
引用文献に記載された発明の認定は,本件発明との対比が可能な範囲内で
行えば足りるのであって,対比と関係のない事項を含めて認定する必要はな
い。したがって,本件発明の「前記水位設定スイッチによる水位の設定が有
る場合には,この設定された水位とする」との構成と対比するためには,審
決の認定のとおり,甲7発明を「前記『水位』ボタンを極少水位に設定した
場合には,水位を極少水位に設定する」と認定すれば足り,「高水位」,「低水
位」等の余分な事項を付け加えて認定する必要はない。
(2) 洗濯物の量により水位を設定するとの認定について
甲7の10頁の「お好みでのお洗濯」の「ボタン操作(電源スイッチを「入」
にしてから)」の欄には,「洗濯物の量と質により,『水位』,『水流』をセンサ
ーが自動的に決めます。」と記載されているから,甲7発明の「お好みでのお
洗濯」のときに,洗濯物の量(布量センサー)を用いて水位が自動設定され
ていることは明らかである。また,甲7には,布量センサーの検知結果が水
位に反映されていないことを窺わせる記載はない。
2 本件発明と甲7発明の一致点の認定の誤り(取消事由2)に対し
審決による本件発明と甲7発明の一致点の認定に誤りはない。
(1) マニュアル運転コースを備えたとの一致点の認定について


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訂正明細書の特許請求の範囲の「運転コースとして自動運転コースの他に,
前記運転時間設定スイッチにより運転時間と前記水位設定スイッチにより水
位とをそれぞれ設定できるマニュアル運転コースを備えたものにおいて,」と
の記載に基づいて認定できる本件発明のマニュアル運転コースは,運転時間
と水位を設定できる運転コースであれば足り,マニュアル運転コースで設定
する水位が,自動運転コースで利用できる水位に限られる,と解する根拠は
ない。そして,甲7発明の「お好みでのお洗濯」では,極少水位を設定可能
であり,運転時間と水位とをそれぞれ設定できるから,甲7発明はマニュア
ル運転コースを備えているといえる。
(2) マニュアル運転コースにおいて「水位設定スイッチによる水位の設定が有
る」との一致点の認定について
前記(1)のとおり,本件発明では,マニュアル運転コースにおいて水位を設
定することが可能であれば足り,マニュアル運転コースで設定する水位は,
自動運転コースで利用できる水位などには限定されていない。他方,甲7発
明の「お好みでのお洗濯」では,極少水位を設定することが可能である。し
たがって,「水位設定スイッチによる水位の設定が有る」との一致点の認定に
誤りはない。
(3) 「洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定」するとの一
致点の認定について
前記1(2)のとおり,甲7発明の「お好みのお洗濯」のときに,洗濯物の量
(布量センサー)を用いて水位が自動設定されていることは明らかであり,
また,甲7には,布量センサーの検知結果が水位に反映されていないことを
窺わせる記載はない。
3 容易想到性の判断の誤り(取消事由3)に対し
当業者において,「自動運転コースとマニュアル運転コースとを択一設定する
運転コース選択スイッチを」有するという本件発明の相違点に係る構成を想到


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することは,甲7発明に甲10又は甲11に記載された事項を適用することに
より容易であるとした審決の判断に,誤りはない。
(1) 甲10,11のメモリーコースと本件発明のマニュアル運転コースについ

甲10,11のメモリーコースは,使用者が,運転行程・時間・回数及び
水流の設定を行うものであり,他方,本件発明のマニュアル運転コースは,
使用者が,運転時間及び水位を設定するものであって,いずれも使用者が運
転時間等を設定できるという点において共通するから,審決は,甲10,1
1のメモリーコースが本件発明のマニュアル運転コースに相当すると判断し
たものであり,その判断に誤りはない。
(2) 阻害要因について
前記2(1)のとおり,訂正明細書の特許請求の範囲の記載によれば,本件発
明において,マニュアル運転コースで設定する水位が,自動運転コースで利
用できる水位に限られる,と解する根拠はない。そして,甲7発明は,「お好
みでのお洗濯」のときに水位を極少水位に設定することができるから,甲7
発明は,本件発明のマニュアル運転コースの構成を備えるものである。
本件発明において,マニュアル運転コースで設定する水位が,自動運転コ
ースで利用できる水位に限られるとの原告らの主張,及びその主張を前提と
するその余の主張は,いずれも採用することができない。
(3) 甲7,10,11に基づく容易想到性について
前記(2)のとおり,本件発明において,マニュアル運転コースで設定する水
位が,自動運転コースで利用できる水位に限られるとの原告らの主張,及び
その主張を前提とするその余の主張は,いずれも採用することができない。
甲10,11には,自動運転コースと,使用者が運転時間等を設定するメ
モリーコースとを切り替えるスイッチが記載されている。他方,甲7発明の
「お好みでのお洗濯」と甲10,11のメモリーコースは,使用者が運転時


  • 16 -


間等を設定できるという点において共通し,使用者の利便性の観点から,自
動運転コースとメモリーコースを切り替えるスイッチを設けることについて
動機付けがあるから,甲7発明に甲10,11を適用して当業者が本件発明
をすることは容易であった。

top



第5 当裁判所の判断


当裁判所は,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決の認定,判断に誤りはないと判断する。



1 甲7発明の認定の誤り(取消事由1)について


(1) 「お好みでのお洗濯」に関する認定について
審決が,甲7発明の「お好みでのお洗濯」について,「前記『洗い』,『すす
ぎ』,『脱水』の各ボタンにより運転時間と前記『水位』ボタンにより水位と
をそれぞれ設定できるお好みでのお洗濯を備えたものにおいて」,「お好みで
のお洗濯が設定されて運転がスタートされると,前記『水位』ボタンを極少
水位に設定した場合には,水位を極少水位に設定するお好みでのお洗濯の制
御を行う」とした認定に誤りはない。その理由は,以下のとおりである。
ア運転時間の設定について
(ア) 甲7の記載
甲7の10ないし11頁には,「お好みでのお洗濯」について記載され
ている。
甲7の10頁の左上には,水位,洗い,すすぎ,脱水のボタンを指し
て「1 選ぶ」と記載されている。
甲7の10ないし11頁の上段には,「お好みボタンの使いかた」の欄
があり,「洗い」の項目には,洗いボタンにより設定できる洗いの時間と
それぞれの時間が設定される場合について,「20分」(ひどい汚れ),「1
6分」(普通のよごれ),「12分」及び「7分」(デリケートな衣類,軽
い汚れ),「洗いなし」を設定できることが記載されている。また,「すす


  • 17 -


ぎ」の項目には,すすぎボタンにより設定できるすすぎの方法・回数に
ついて,「注水すすぎ2回」,「ためすすぎ2回」,「ためすすぎ1回」,「注
水すすぎ1回」,「すすぎなし」を設定できることが記載されており,「脱
水」の項目には,脱水ボタンにより設定できる脱水の時間とそれぞれの
時間が設定される場合について,「7分」及び「5分」(普通の衣類,厚
物の衣類),「2分」(デリケートな衣類),「脱水なし」を設定できること
が記載されている。
(イ) 甲7の記載に基づく認定
前記(ア)の甲7の記載によれば,洗い,脱水の各ボタンは,洗い及び脱
水の各時間を設定するものであると認められる。また,すすぎのボタン
は,すすぎの方法・回数を設定するものであるが,すすぎの回数を1回
にするか2回にするか,又はすすぎなしにするかによって,すすぎに要
する時間が変わると解するのが合理的であるから,すすぎの時間を設定
するものであると理解できる。そうすると,洗い,すすぎ及び脱水の各
ボタンは,「お好みでのお洗濯」において,洗い,すすぎ及び脱水の各運
転時間を設定するものであるといえる。
したがって,審決が,「前記『洗い』,『すすぎ』,『脱水』の各ボタンに
より運転時間・・・を・・・設定できるお好みでのお洗濯を備えたもの
において」とした認定に誤りはない。
イ水位の設定について
(ア) 甲7の記載
前記ア(ア)のとおり,甲7の10ないし11頁には,「お好みでのお洗
濯」について記載されており,10頁の左上には,水位,洗い,すすぎ,
脱水のボタンを指して「1 選ぶ」と記載されている。
甲7の10頁の上段中央には,「水位ボタンを使うとき」の欄があり,
その中に,「水を足したいとき」との項目と,「極少水位を使うとき」と


  • 18 -


の項目がある。「水を足したいとき」との項目には,「水位」ボタンが示
され,その説明として,「洗いやすすぎ中に水を足したいときは,このボ
タンを押します。押している間,給水します。」と記載されており,「ご
注意」として,「『洗い』の前に水位ボタンを押さないでください。布の
量に関係ない水位で洗濯を行い,布を傷めるおそれがあります。」と記載
されている。また,「極少水位を使うとき」との項目には,「水位を『少』
にセットし,さらに1回押すと,表示の線が『(略)』から『(略)』に変
わり極少水位にセットされます。」,「・ソックス洗いや粉石けんを溶かす
ときにご利用ください。」と記載されている。
(イ) 甲7の記載に基づく認定
前記(ア)の甲7の記載によれば,「お好みでのお洗濯」において,水位
ボタンにより,水位を極少水位に設定して洗濯等を実施することができ,
極少水位は,水位ボタンによって設定した上で「お好みでのお洗濯」を
実施し得る水位に該当するものと認められる。
したがって,審決が,甲7発明について,「・・・前記『水位』ボタン
により水位・・・を・・・設定できるお好みでのお洗濯を備えたものに
おいて」,「お好みでのお洗濯が設定されて運転がスタートされると,前
記『水位』ボタンを極少水位に設定した場合には,水位を極少水位に設
定するお好みでのお洗濯の制御を行う」とした認定に誤りはない。
ウ原告らの主張に対し
原告らは,水位の設定に関し,「お好みでのお洗濯」では,極少水位を使
うとき以外は,洗いのスタート前に水位ボタンを使用することが禁止され
ており,使用者は,高水位や低水位を希望しても設定することはできず,
極少水位のみしかセットできないことを理由として,審決の認定が誤って
いる旨主張する。しかし,原告らの主張は,以下の理由により,採用する
ことができない。


  • 19 -


すなわち,極少水位は,「お好みでのお洗濯」において水位ボタンにより
設定し得る水位に該当するから,審決の認定に誤りはない。
後記2(1)イのとおり,本件発明において,マニュアル運転コースにお
いて設定し得る水位は,自動運転コースにおいて設定し得る水位である必
要はなく,自動運転コースにおいて設定できず,マニュアル運転コースに
おいてのみ設定し得る水位であってもよいと解される。そのため,本件発
明と対比する前提として甲7発明を認定するに当たり,甲7の「お好みで
のお洗濯」において設定し得る水位が,全自動コースにおいて設定される
高水位,中水位,低水位ではなく,「お好みでのお洗濯」においてのみ設定
することができ,全自動コースにおいて設定できない極少水位であったと
しても,その極少水位をもって,水位ボタンにより設定される水位と認定
することに誤りはない。
さらに,前記イ(ア)のとおり,「水位ボタンを使うとき」の欄の「水を足
したいとき」との項目に,「ご注意」として,「『洗い』の前に水位ボタンを
押さないでください。布の量に関係ない水位で洗濯を行い,布を傷めるお
それがあります。」との記載がある。上記記載のとおり,「お好みでのお洗
濯」において,極少水位以外の水位の設定をしないようにとの使用者に対
する注意喚起がされ,仮に極少水位以外の水位設定をした場合には,布を
傷めるおそれがあるとの注意がされていることにかんがみれば,少なくと
も,洗濯機の備える働きとしては,「お好みでのお洗濯」において,極少水
位以外の水位を設定して洗濯機を作動させることが不可能であると理解す
べきではなく,むしろ,使用者が,あえて設定しさえすれば,「お好みでの
お洗濯」において,極少水位以外の水位を設定して洗濯機を作動させるこ
とが可能であると理解するのが自然である。
したがって,「お好みでのお洗濯」において,極少水位を使うとき以外は,
洗いのスタート前に水位ボタンを使用しないよう,使用者に対する注意喚


  • 20 -


起がされており,その記載に従う限りにおいて,高水位や低水位を設定し
ないことが好ましいといえても,審決による甲7発明の認定には誤りはな
く,原告らの主張は,採用することができない。
(2) 洗濯物の量により水位を設定するとの認定について
審決が,甲7発明につき,「前記センサーが洗濯物の量により水位を設定し」
とした認定に誤りはない。その理由は,以下のとおりである。
ア甲7の記載
甲7の8ないし9頁には,「全自動コースでのお洗濯」について記載され
ている。甲7の8頁の右下方には,「センサーの働き」の欄があり,その中
に,「衣類の量→水位〈自動設定〉」との項目がある。そこには,衣類の量
(重さ)と水位の関係を示した表が掲載されており,「約5.5kg~7.
0kg」のとき「高水位」,「約3.5kg~5.5kg」のとき「中水位」,
「約2.0kg~3.5kg」のとき「低水位」,「約0~2.0kg」の
とき「少水位」とされることが示されており,「・洗濯物の量により,『水
位』をセンサーが自動的に決めます。水位ボタンを押す必要はありません。」
と記載されている。
また,前記イ(ア)のとおり,甲7の10頁の「水位ボタンを使うとき」の
欄の「水を足したいとき」との項目には,「ご注意」として,「『洗い』の前
に水位ボタンを押さないでください。布の量に関係ない水位で洗濯を行い,
布を傷めるおそれがあります。」と記載されている。
イ甲7の記載に基づく認定
前記アの甲7の記載によれば,甲7発明において,洗濯機は洗濯物の量
により水位を設定するものと認められる。
したがって,審決が,甲7発明につき,「前記センサーが洗濯物の量によ
り水位を設定し」とした認定に誤りはない。
ウ原告らの主張に対し


  • 21 -


原告らは,甲7の10頁の「ボタン操作(電源スイッチを「入」にして
から)」の欄に,「洗濯物の量と質により,『水位』,『水流』をセンサーが自
動的に決めます。」との記載があることから,甲7発明は,「お好みでのお
洗濯」で洗濯をするときには,布量センサーと布質センサーの両センサー
の検出結果により,水位が自動的に決められるものと推測することができ
るが,布量センサーと布質センサーの検知結果がどのように水位に反映さ
れるかは不明であり,布質センサーに対する依存度が大きく,実質的に布
量センサーの検知結果は水位に反映されていないことがあるため,甲7発
明につき,「前記センサーが洗濯物の量により水位を設定し」とした審決の
認定は誤りであると主張する。しかし,原告らの主張は,以下の理由によ
り,採用することができない。
甲7の10頁の「ボタン操作(電源スイッチを「入」にしてから)」の欄
には,原告ら主張のとおり,「洗濯物の量と質により,『水位』,『水流』を
センサーが自動的に決めます。」と記載されている。
他方,甲7の8頁の「センサーの働き」の欄の「衣類の量→水位〈自動
設定〉」との項目には,前記アのとおり,衣類の量(重さ)と水位の関係を
示した表が掲載されており,さらに,「・洗濯物の量により,『水位』をセ
ンサーが自動的に決めます。水位ボタンを押す必要はありません。」,「・布
の種類によって水位が異なることがあります。」と記載されている。また,
「衣類の質→水流〈自動設定〉」との項目には,衣類の質と水流の関係を示
した表が掲載されており,「大物,ごわごわ衣類」のとき「大物水流」,「木
綿多めの組み合わせ」のとき「標準①水流」,「化せん多めの組み合わせ」
のとき「標準②水流」,「化せん類(ランジェリーなど)」のとき「弱水流」
とされることが示されている。
上記の甲7の8頁,10頁の記載によれば,センサーの働きは,基本的
に,衣類の量によって水位を設定し,衣類の質によって水流を設定してい


  • 22 -


るものと認められ,それに付加して,衣類の量に加えて衣類の質も加味し
て水位が設定される場合もあると推認される。しかし,甲7の記載によっ
ても,原告ら主張のように,布質センサーに対する依存度が大きく,実質
的に布量センサーの検知結果が水位に反映されていないことがあるとは認
められないし,他に,そのようなことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。
2 本件発明と甲7発明の一致点の認定の誤り(取消事由2)について
(1) マニュアル運転コースを備えたとの一致点,マニュアル運転コースにおい
て「水位設定スイッチによる水位の設定が有る」との一致点の認定の誤りに
ついて
アマニュアル運転コース,水位の設定等についての一致点の認定
審決が,本件発明と甲7発明の一致点を,「・・・前記『水位』スイッチ
により水位・・・を・・・設定できるマニュアル運転コースを備えたもの
において」,「マニュアル運転コースが設定されて運転がスタートされると,
前記水位設定スイッチによる水位の設定が有る場合には,この設定された
水位とするマニュアル運転制御手段を設けた」とした認定に誤りはない。
その理由は,以下のとおりである。
すなわち,本件発明は,「前記運転時間設定スイッチにより運転時間と前
記水位設定スイッチにより水位とをそれぞれ設定できるマニュアル運転コ
ースを備えたもの」であり,マニュアル運転コースは,運転時間設定スイ
ッチにより運転時間を設定することができ,水位設定スイッチにより水位
を設定することができるものである。
他方,前記1(1)のとおり,審決が,甲7発明の「お好みでのお洗濯」に
ついて,「前記『洗い』,『すすぎ』,『脱水』の各ボタンにより運転時間と前
記『水位』ボタンにより水位とをそれぞれ設定できるお好みでのお洗濯を
備えたものにおいて」,「お好みでのお洗濯が設定されて運転がスタートさ


  • 23 -


れると,前記『水位』ボタンを極少水位に設定した場合には,水位を極少
水位に設定するお好みでのお洗濯の制御を行う」とした認定に誤りはなく,
甲7発明の「お好みでのお洗濯」は,洗い,すすぎ,脱水の各ボタンによ
り運転時間を設定することができ,水位ボタンにより水位を設定できるも
のである。
そうすると,甲7発明の洗い,すすぎ,脱水の各ボタンは,本件発明の
「運転時間設定スイッチ」に該当し,甲7発明の水位ボタンは,本件発明
の「水位設定スイッチ」に該当し,甲7発明の「お好みでのお洗濯」は,
本件発明のマニュアル運転コースに該当する。
したがって,審決が,本件発明と甲7発明の一致点を,「・・・前記『水
位』スイッチにより水位・・・を・・・設定できるマニュアル運転コース
を備えたものにおいて」,「マニュアル運転コースが設定されて運転がスタ
ートされると,前記水位設定スイッチによる水位の設定が有る場合には,
この設定された水位とするマニュアル運転制御手段を設けた」とした認定
に誤りはない。



イ原告らの主張に対し



原告らは,本件発明のマニュアル運転コースで設定する水位は,自動運転コースで利用できる水位でなければならないとの主張(前記第3,2(1)ア)を前提として,甲7発明の「お好みでのお洗濯」において設定可能な水位は極少水位のみであり,これは甲7発明の全自動コースにおいて利用できないものであるから(前記第3,2(1)イ),甲7発明の「お好みでのお洗濯」は,本件発明のマニュアル運転コースとは,水位の設定について構成が異なり,審決が,本件発明と甲7発明の一致点につき,「マニュアル運転コースを備えた」とした認定は誤りであると主張する。しかし,原告らの主張は,以下のとおり,訂正明細書の特許請求の範囲や発明の詳細な説明の記載に照らし,理由がない。


  • 24 -




(ア) 訂正明細書の記載


訂正明細書には,次のとおりの記載がある。
a 請求項1
「【請求項1】槽内に設けられた撹拌体を正逆回転させるための洗濯
機モータと,洗濯物の量を検出する洗濯物量検出手段と,運転時間を
設定する運転時間設定スイッチと,水位を設定する水位設定スイッチ
とを備え,運転コースとして自動運転コースの他に,前記運転時間設
定スイッチにより運転時間と前記水位設定スイッチにより水位とをそ
れぞれ設定できるマニュアル運転コースを備えたものにおいて,前記
自動運転コースと前記マニュアル運転コースとを択一設定する運転コ
ース選択スイッチを有し,マニュアル運転コースが設定されて運転が
スタートされると,前記水位設定スイッチによる水位の設定が無い場
合には,前記洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決
定し,マニュアル運転コースが設定されて運転がスタートされると,
前記水位設定スイッチによる水位の設定が有る場合には,この設定さ
れた水位とするマニュアル運転制御手段を設けたことを特徴とする洗
濯機。」
b 従来技術
「【0003】
【従来の技術】従来より,洗濯機においては洗い運転を自動運転コー
スで実行し得るようにすると共に,マニュアル運転コースでも実行し
得るようにしたものが供されている。すなわち,この種洗濯機では,
洗濯物量検出手段および水位センサを備えており,自動運転コースが
選択設定されると,洗濯物の量を検出して,水位を自動的に設定する
と共に,運転時間も自動設定する。そして各設定内容に沿って運転を
実行する。


  • 25 -


【0004】一方,マニュアル運転コースは,水位,運転時間,水流
の強弱(撹拌体の正逆回転の時限)等各設定項目について,使用者が
所望値を設定し,そして各設定内容に沿って運転を実行する。なお,
各設定項目のうち使用者によって設定されなかった項目については,
自動運転コースにて用いられる標準的な値が一律に自動設定される。」
c 発明が解決しようとする課題
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】ところで,洗濯機においては,いか
なるタイプの洗濯機においても,スプラッシュおよび布傷みを常に防
止することを目標として製作されているが,しかしながら,上述のも
のにおいては,マニュアル運転コースにて運転を実行する場合,上記
スプラッシュおよび布傷みが発生するおそれがある。
【0006】例えば,運転時間および水流の強弱について使用者が設
定した上で,運転を開始すると,水位は上記標準的な値が一律に自動
設定されることから,洗濯物の量によってはその洗濯物量の適正水位
に対して水位が高すぎたり,低すぎたりすることがある。すなわち,
洗濯物の量が少ないような場合では,適正水位としては低いものであ
っても,実際にはこれより高い上記標準的な水位が設定されるから,
結果的に多量の水に少ない洗濯物が浮く状態になり,撹拌体の正逆回
転によって水跳ね(スプラッシュ)が生じて槽外に水が飛び出るおそ
れがある。逆に洗濯物が多い場合には,この量に対する適正水位に対
して上記標準的な水位が低く,この場合には布傷みが発生する。
【0007】また,マニュアル運転コースにおいて,運転時間および
水位について使用者が設定した上で,運転を開始すると,水流の強弱
については上記標準的な値が一律に自動設定されることから,その標
準的な水流では,洗濯物量が少なくて水位が高いような場合にスプラ


  • 26 -


ッシュが発生したり布傷みが発生したりする。
【0008】本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり,その目
的は,マニュアル運転コースを実行する場合に,スプラッシュが発生
したり布傷みが発生したりすることのない洗濯機を提供するにある。」
d 課題を解決するための手段
「【0010】
【課題を解決するための手段】本発明の洗濯機は,槽内に設けられた
撹拌体を正逆回転させるための洗濯機モータと,洗濯物の量を検出す
る洗濯物量検出手段とを備え,運転コースとして自動運転コースの他
にマニュアル運転コースを備えたものにおいて,マニュアル運転コー
スが設定されたときには前記洗濯物量検出手段による検出結果に応じ
て水位を自動決定するマニュアル運転制御手段を設けたところに特徴
を有する(請求項1の発明)。」
e 作用
「【0012】
【作用】請求項1の洗濯機においては,マニュアル運転コースが設定
されたときには前記洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を
自動決定するから,マニュアル運転コースであっても洗濯物量に合っ
た適正水位が決定され,もってスプラッシュおよび布傷みの発生をな
くし得る。」
f 実施例1
「【0019】さて,上記構成の作用を制御回路11の制御内容と共
に説明する。いま,マニュアル運転コースが設定されて運転がスター
トされた場合について述べる。このマニュアル運転がスタートされる
前には,必要に応じて,マニュアル運転のための各種スイッチ(運転
時間設定スイッチ,同水位設定スイッチ,同水流設定スイッチ)が操


  • 27 -


作されて各種設定がなされる。
【0020】マニュアル運転がスタートされると,図3に示すように,
水位についてマニュアル設定がなされたか否かを判断し(ステップS
1),水位についてマニュアル設定が有る場合には,そのマニュアル設
定水位と,これまでに設定された運転時間および水流により洗濯運転
を実行する(ステップS2)。水位についてマニュアル設定が無い場合
には,洗濯物量を検出する(ステップS3)。・・・
【0022】この洗濯物量検出結果に応じて水位を決定する(ステッ
プS4)。・・・この後,自動決定した上記水位と,これまでに設定さ
れた運転時間および水流により洗濯運転を実行する(ステップS5)。
【0023】この結果,本実施例によれば,マニュアル運転コースが
設定された場合,洗濯物量を検出し,この検出結果に応じて水位を自
動決定するから,その洗濯物量に対して水位が相対的に適正に決定さ
れる。従って,従来とは違って,洗濯物量が少ない場合でもスプラッ
シュが発生することはなく,また,洗濯物が多い場合でも布傷みが発
生することはない。

【0024】なお,水位についてマニュアル設定が有る場合に限りマニュアル設定水位を優先するようにした理由は,使用者の意思をなるべく尊重しようとするところにある。」

g 発明の効果

「【0032】

【発明の効果】請求項1の洗濯機によれば,マニュアル運転コースが設定されたときには洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定するから,水位が不適正となることをなくし得て,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることをなくし得るという効果を奏する。」



(イ) マニュアル運転コースにおいて設定し得る水位について

top



a 特許請求の範囲の記載に基づく認定



請求項1の記載(前記(ア)a)によれば,水位に関して,①本件発明に係る洗濯機は,水位を設定する水位設定スイッチを備えること,②運転コースとして,運転時間設定スイッチによる運転時間と水位設定スイッチにより水位とをそれぞれ設定できるマニュアル運転コースを備えること,③マニュアル運転コースが設定されて運転がスタートされると,水位設定スイッチによる水位の設定がない場合には,洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定し,マニュアル運転コースが設定されて運転がスタートされると,水位設定スイッチによる水位の設定がある場合には,この設定された水位とするマニュアル運転制御手段を設けたことが認められる。しかし,請求項1には,マニュアル運転コースにおいて設定する水位が,自動運転コースで利用できる水位でなければならないこと,複数の水位の中から選択されるものでなければならないこと,スプラッシュが発生し得るような高い水位であることなどは,記載されていないし,そのように解する根拠はない。

したがって,本件発明のマニュアル運転コースにおいて設定する水位が,自動運転コースで利用できる水位でなければならないとの原告らの主張は,特許請求の範囲に基づかない主張であり,採用することができないし,本件発明のマニュアル運転コースにおいて設定する水位が,複数の水位の中から選択されるものでなければならない,又はスプラッシュが発生し得るようなものでなければならないと解する根拠もない。

b 本件発明の技術的意義の参酌訂正明細書の請求項1及び発明の詳細な説明の記載(前記(ア))によれば,本件発明は,マニュアル運転コースを実行する場合に,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることのない洗濯機を提供するとの課題を解決するために,マニュアル運転コースが設定されたときに,洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定するマニュアル運転制御手段を設けたところに特徴を有し,それにより,マニュアル運転コースが設定されたときにも洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定し,水位が不適正となることをなくして,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることをなくすという効果を奏するものである。


そして,本件発明は,使用者の意思を尊重するために,マニュアル運転コースを設定して,水位設定スイッチによる水位の設定がされたときには,マニュアル設定水位を優先するようにした。そして,マニュアル設定水位を優先する場合を,水位設定スイッチによる水位の設定がある場合に限ることとし,それ以外では,水位が自動決定されるようにすることにより,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることをなくすという効果を奏するようにしたものと認められる。すなわち,水位設定スイッチによる水位の設定がある場合は,その水位が,自動設定される水位と同じとは限らず,洗濯物に対して水位が高すぎるときはスプラッシュが発生し,水位が低すぎるときは布傷みが発生したりすることもあり得るが,本件発明は,マニュアル設定水位を優先する場合を,上記のとおり,水位設定スイッチによる水位の設定がある場合に限り,それ以外の場合には,水位が自動決定されるようにすることによって,スプラッシュが発生したり布傷みが発生したりすることをなくすという効果を奏するようにしたものと解される。そして,水位設定スイッチによって水位が設定された場合には,設定された水位によって洗濯機が作動するから,使用者の意思を尊重しているということができる。

そうすると,訂正明細書の記載に基づいて認められる本件発明の技術的意義に照らしても,本件発明のマニュアル運転コースにおいて設定する水位が,自動運転コースで利用できる水位でなければならないとする根拠はない。

c マニュアル運転コースで設定する水位と自動運転コースで利用できる水位の関係本件発明のマニュアル運転コースにおいて設定する水位が,自動運転コースで利用できる水位でなければならないとの原告らの主張は,特許請求の範囲に基づかない主張であり(前記a),訂正明細書の記載に基づいて認められる本件発明の技術的意義を参酌しても根拠がなく(前記b),採用することができない。したがって,上記の主張を前提とするその余の原告らの主張も,理由がない。



(2) 「洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定」するとの一致点の認定の誤りについて



ア洗濯物量による水位の自動決定について

審決が,本件発明と甲7発明の一致点を,「洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定」するとした認定に誤りはない。その理由は,以下のとおりである。

すなわち,本件発明は,「洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定」するものである。

他方,前記1(2)のとおり,審決が,甲7発明につき,「前記センサーが洗濯物の量により水位を設定し」とした認定に誤りはなく,甲7発明のセンサーは,本件発明の「洗濯物量検出手段」に該当し,甲7発明は,センサーが洗濯物の量を検出してその結果に応じて水位を自動的に決定するものであるといえる。

したがって,審決が,本件発明と甲7発明の一致点を,「洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定」するとした認定に誤りはない。



イ原告らの主張に対し



原告らは,甲7発明では,実質的に布量センサーの検知結果が水位に反映されていないことがあるため,甲7には,「洗濯物量検出手段による検出結果に応じて水位を自動決定」する構成が開示されていないと主張する。しかし,前記1(2)ウのとおり,甲7の記載によっても,原告ら主張のように,甲7発明について,布質センサーに対する依存度が大きく,実質的に布量センサーの検知結果が水位に反映されていないことがあるとは認められないし,他に,そのようなことを認めるに足りる証拠はない。


したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。


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3 容易想到性の判断の誤り(取消事由3)について



自動運転コースとマニュアル運転コースとを択一設定する運転コース選択スイッチを設けて相違点に係る本件発明の構成とすることは,甲7発明に甲10又は甲11に記載された事項を適用することにより当業者が容易になし得たことであるとした審決の判断に誤りはない。その理由は,以下のとおりである。

(1) 甲10,11記載の技術事項

ア甲10,甲11の記載

(ア) 甲10の記載

甲10の2頁には,「各部のなまえ」が記載されており,洗濯機の斜視図が記載されており,洗濯機の上面に「前面パネル部」を備えていることが図示されている。

甲10の3ないし4頁には,「パネルのなまえとはたらき」が記載されており,4頁右下の「コース切換ボタン」の欄には,「洗濯物に適したコースが選べます。」,「・オートコースの場合,容量センサーが洗濯物の量をチェックし,水位と洗濯行程を自動設定します。」との記載があり,どのようなときに各コースを選択すべきかを示した表が掲載されており,メモリーコースについては,「記憶した内容で洗濯するとき(13ページ参照)」と記載されている。

top

甲10の13頁の左側には,「メモリーの使いかた」が記載されており,その中に,「メモリー(記憶)するとき,およびメモリーを変えたいとき」,「メモリー(記憶)したプログラムでお使いになるとき」,「ご注意」との項目がある。「メモリー(記憶)するとき,およびメモリーを変えたいとき」との項目のもとには,メモリー(記憶)するとき及びメモリーを変えたいときの手順が示されており,「1.電源スイッチを『入』にします。」,「2.『コース切換』を押して『メモリー』を選びます。」,「3.運転する工程・時間・回数及び水流を選びます。」との記載がある。「メモリー(記憶)したプログラムでお使いになるとき」との項目には,「1.『コース切換』を押して『メモリー』を選びます。・メモリー内容を点灯表示します。」,「2.『スタート/一時停止』ボタンを押します。・メモリーされた行程で運転をはじめます。」との記載がある。「注意」との項目には,「・最初は,標準的なコースがメモリーされています。・電源スイッチを『切』にしてもメモリーは消えません。」と記載されている。

top
(イ) 甲11の記載


甲11の2頁には,「各部のなまえ」が記載されており,洗濯機の斜視図が記載されており,洗濯機の上面に「操作パネル部」を備えていることが図示されている。

甲11の3ないし4頁には,「操作パネル部のなまえとはたらき」が記載されており,3頁右下の「コース切換ボタン」の欄には,「洗濯物に合った7つのコースが選べます。」との記載があり,その上部に,「予洗い」,「スピード」,「標準(オート)」,「手洗い」,「つけ置き(バイオ)」,「大物洗い」,「メモリー」の7つのボタンが「コース切換ボタン」であるこ とが示されている。

甲11の5ないし6頁には,「お洗濯の手順」,「標準(オート)コースで運転するとき」が記載されており,5頁の「電源を入れる」の欄には,「標準(オート)コースに自動的にセットされます。」との記載があり,6頁の「洗濯を始める」の欄には,「『スタート/一時停止』ボタンを押してスタートします。・洗濯物の量を容量センサーが検知して水位・水流・行程を自動設定します。」と記載されている。

甲11の9ないし10頁には「ボタン操作とお洗濯の進行表(2)」が記載されており,「お好み運転をするとき」の手順として,「電源スイッチを押す(後面パネル)」→「1お好みの内容をセット」→「2スタートボタンを押す」と記載されている。そして,お好み運転の行程として,「洗いのみ」,「洗い~すすぎ」,「すすぎのみ」,「すすぎ~脱水」,「排水のみ」,「排水~脱水」を挙げ,それぞれについて,ボタン操作,水位,行程,どのようなときに利用するかを示した表が掲載されている。

甲11の13頁には,「いろいろなお洗濯(2)」が記載されており,「メモリーコースを使うとき」との欄の「メモリー(記憶)するとき」との項目には,「1電源スイッチを『入』にします。」,「2運転する行程の時間及び回数と水流を選びます。(9ページをごらんになって,お好みの運転をセットします。)」,「3コース切換ボタン『メモリー』を押すと『ピーッ』と音がしてメモリー完了です。」との記載があり,「メモリー(記憶)した行程を使うとき」との項目には,「1電源スイッチを『入』にします。」,「2コース切換ボタン『メモリー』を押します。(この時メモリー内容が表示されます。)」,「3『スタート/一時停止』ボタンを押してスタートします。』」との記載がある。



イ甲10,11記載の技術事項



前記アの甲10,11の記載によれば,甲10,11には,容量センサーが洗濯物の量をチェックし,水位と洗濯行程,その他洗濯機を制御するために設定の必要な事項を自動設定するオートコースと,洗濯機を制御するために設定が必要な事項のうち運転行程・時間・回数及び水流を選んで設定するメモリーコースと,オートコースとメモリーコースを択一的に選択するコース切換ボタンが記載されているものと認められる。




(2) 容易想到性について




前記1(1)アのとおり,甲7発明の「お好みでのお洗濯」の内容は,水位,洗い,すすぎ,脱水のボタンを押すことにより設定されるが,「お好みでのお洗濯」を行う都度,これらのボタンを押してその内容を設定しなければならず,使用者にとって,手間がかかり,利便性を欠く。一方,甲10,11には,洗濯機の運転を制御するために必要な事項である運転行程・回数及び水流をあらかじめ設定して運転を行うメモリーコースに係る技術事項が開示されている。そうすると,使用者の利便性を向上させようと図る当業者において,甲7発明に,甲10,11に記載された技術事項を適用することによって,「お好みでのお洗濯」の内容をあらかじめ記憶しておき,それに従って洗濯を実施するメモリーコースを設けることに困難はないというべきである。

そして,甲10,11のオートコースは,洗濯機を制御するために必要な事項を自動設定するから,甲7発明の全自動運転コースに相当するものと認められ,また,甲10,11には,オートコースとメモリーコースを択一的に選択するコース切換ボタンが記載されているから,甲7発明に,甲10,11記載の技術事項を組み合わせる場合には,全自動運転コースとメモリーコースを択一的に選択するコース切換ボタンを設けることも,容易に想到し得るものと解される。


したがって,自動運転コースとマニュアル運転コースとを択一設定する運転コース選択スイッチを設けて相違点に係る本件発明の構成とすることは,甲7発明に甲10,11に記載された技術事項を適用することにより当業者が容易に想到し得たことであると認められる。

(3) 原告らの主張に対し

ア甲10,11のメモリーコースと本件発明のマニュアル運転コースについて

原告らは,「甲10,11のメモリーコースは,水位の設定を行うものではなく,本件発明のマニュアル運転コースに対応しないから,甲7発明に,甲10,11に記載された事項を適用しても,自動運転コースとマニュアル運転コースとを択一設定する運転コース選択スイッチを設けることを容易に想到し得たとはいえない」と主張する。しかし,原告らの主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,甲7発明の「お好みでのお洗濯」は,運転時間と水位の設定を行うものであるのに対し(前記1(1)),甲10,11のメモリーコースは,運転行程・時間・回数及び水流の設定を行うものであり(前記(1)イ),設定する事項には異なる点がある。しかし,甲7発明の「お好みでのお洗濯」も,甲10,11のメモリーコースも,洗濯機の運転を制御するために必要な事項を個別に設定して運転を行う点で共通するから,甲7発明に甲10,11に記載された技術事項を適用するならば,本件発明のように,自動運転コースと,運転時間及び水位を設定できるマニュアル運転コースとを択一設定する運転コース選択スイッチを設けることを,容易に想到し得るといえる。



イ阻害要因について



原告らは,「本件発明は,マニュアル運転コースにおいて,自動運転コースにおいても使用できる水位のうちから,使用者が所望する水位を設定し,この設定された水位が自動設定される水位に対して優先して適用されるこ とで,使用者の意思を尊重することができるという技術的思想を有するものである」との主張を前提として,「甲7発明は,同発明に基づいて本件発明を想到するにつき阻害要因を有しているから,甲7発明に,甲10,11に記載された事項を適用しても,自動運転コースとマニュアル運転コースとを択一設定する運転コース選択スイッチを設けることを容易に想到し得たとはいえない」と主張する。

しかし,前記2(1)イ(イ)のとおり,本件発明は,マニュアル運転コースで設定できる水位が,自動運転コースで設定される水位に限られるものではないから,原告らの上記主張は,その前提において,採用することができない。



ウ甲7,10,11に基づく容易想到性について



原告らは,「本件発明の特徴点は,マニュアル運転コースにおいて,自動運転コースにおいても使用できる水位のうちから,使用者が所望する水位を設定することにより,使用者の意思を尊重できるという点にある」との主張を前提として,甲7及び甲10,11には,本件発明のマニュアル運転コースに相当するものは開示されておらず,甲7に甲10,11を組み合わせても,本件発明を容易に想到し得たとはいえないと主張する。

しかし,前記2(1)イ(イ)のとおり,本件発明は,マニュアル運転コースで設定できる水位が,自動運転コースで設定される水位に限られるものではないから,原告らの上記主張は,その前提において,採用することができない。



4 結論



以上のとおり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。原告らは,その他縷々主張するが,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。

よって,原告らの本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官飯 村 敏 明裁判官中 平 健裁判官知 野 明
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Last Update: 2011-02-01 01:43:26 JST

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