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2011年3月17日木曜日

特許権:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))






特許権:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10209 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月17日 知的財産高等裁判所

(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))

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【容易想到性】「事実認定」


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))




判示・縮小版なし


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第2 事案の概要


本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,本願発明の要旨を下記2のとおり認定した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。



第4 当裁判所の判断


取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)

本願発明について
本願発明の要旨は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,その技術的意義
等を明らかにするために本件明細書の発明の詳細な説明欄を参酌すると,同欄には
概要次の記載がある。

一般のコンピュータシステムにおいては,電源が印加されると,中央処理装
置(CPU)は,BIOS(BASIC INPUT OUTPUT SYSTEM)を利用してPOST
(POWER ON SELF TEST)過程等を行ってから(【0002】),メインメモリーにロ
ーディングされたHDD(HARD DISK DRIVE)の起動領域に保存された起動プログ
ラムを読み出してシステムを起動させる(【0003】)。しかし,BIOSがHD
Dの起動領域を読み出すためには,HDDのディスク駆動モーターが所定の回転速
度に達する必要があるが(【0004】),そのためには時間が長くかかるのに加え
て,BIOSがHDDの起動領域を読み出すのにも時間がかかるので,システムの
起動に長時間を要するという問題がある(【0005】)。

OSを始めとする全てのプログラムは,メインメモリーにローディングされ
なければCPUがこれを解読して実行することができないが(【0013】),本願
発明は,前記第2の2に記載の構成を採用し,HDDが所定の回転速度に達する前
に,起動プログラムを本体に転送することができる非揮発性メモリ(フラッシュメ
モリー)を設けることで,電源の印加後,HDDの駆動モーターが定常速度になる
時まで待つ必要がなく,HDDの起動時間を短縮することが可能なコンピュータシ
ステムを提供する目的を達成するものである(【0006】∼【0008】【001
0】【0011】【0027】)。
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本願発明のHDDは,HDDを全体的に制御する制御部として機能するマイ
コンを備えている(【0014】【0020】)。マイコンは,OS(オペレーティン
グシステム)をインストールする時に起動プログラムをディスクの起動領域に保存
してから,これをフラッシュメモリーに保存させ(【0020】【0024】【00
25】),システムが起動される時には,駆動モーターが定常速度になったか否かを
判断して,定常速度にならないと判断すると,フラッシュメモリーに保存された起
動プログラムをシステムバスを通じてシステム本体に伝送してメインメモリーにロ
ーディングさせる(【0021】【0026】【0027】)。そして,マイコンは,
駆動モーターが定常速度になれば,ディスクから必要なプログラム及びデータを読
み出してシステム本体に伝送する。このようにして,本願発明では,電源が印加さ
れてから起動プログラムを読み出すのにかかる時間を短縮することができる(【0
028】)。
(2)
引用発明について
他方,引用発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるが,引用例1には,
引用発明について概要次の記載がある。

従来の不揮発性記憶装置では,ハードディスクドライブなどの磁気記憶装置
を使うと速度が遅いなどの問題がある一方,フラッシュメモリーなどの不揮発性半
導体装置を使うと書換え回数に限度があるなどの問題があり,また,これらの各装
置が別々のドライブユニットとして実現されているので,別々のデータ管理が必要
となり,これらのドライブユニットにまたがって1つのソフトを記憶することが実
際上困難であった(【0011】)。なお,フラッシュメモリーでは,1つのメモリ
セルあたりの書換え可能な回数は,100万回程度である(【0005】)。また,
従来のコンピュータでは,不揮発性記憶装置として,フロッピーディスクドライブ,
ハードディスクドライブ及びフラッシュメモリードライブが用いられている(【0
006】【0007】【図9】)。

そこで,引用発明は,単一のドライブ番号で割り当てられる1つのドライブ
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ユニットの中にフラッシュメモリーなどの半導体ディスク装置と磁気ディスク装置
とを設け,両者に選択的にアクセスできるようにすることで,各装置の互いの欠点
を補えるようになると共に,1つのディスクドライブと同様に両者のデータ管理を
行うことが可能とするものである(【0013】∼【0015】)。例えば,あるプ
ログラムを構成するファイル群の中でそのプログラム起動時に使用されるファイル
が書き込み対象ファイルであれば,それを半導体ディスク装置に格納することで,
高速アクセスが可能となる(【0019】)。

引用発明の実施形態としては,ハードディスクとフラッシュメモリーが1つ
のドライブ番号が割り当てられた統合ドライブユニットとして実現され(【002
0】),フロッピーディスクドライブとは別に名付けられるが(【0021】【図
1】),例えば1つのソフトウェアをハードディスクドライブとフラッシュメモリー
とにまたがって格納する場合には,データ読み出し速度の早いフラッシュメモリー
にはそのプログラム起動時に使用されるファイルが格納され,それ以外のファイル
については記憶容量の大きいハードディスクドライブに格納される。これにより,
そのプログラムの起動を高速に行うことが可能となる(【0025】【0035】)。

引用発明のフラッシュメモリーコントローラは,フラッシュメモリーを制御
してそれを半導体ディスク装置として動作させるためのエミュレーションを行うも
のであり,ハイブリッドコントローラを介してCPUから受け取ったディスクアド
レスやディスクコマンドのアドレス変換やコマンド変換等を行う(【0029】)。
また,引用発明のハードディスクコントローラは,ハードディスクドライブに設け
られているディスク,モータ及びヘッドなどの機械的な機構を制御するためのもの
であり,通常,ハードディスクドライブの一部として設けられている(【003
0】)。そして,引用発明のハイブリッドコントローラは,CPUにより指定される
単一のドライブ番号に応答してハードディスクコントローラとフラッシュメモリー
コントローラの双方を統合制御するものであり,CPUから発行されるディスクア
ドレス及びディスクコマンドを選択的にハードディスクコントローラとフラッシュ
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メモリーコントローラに渡すほか,ハードディスクドライブとフラッシュメモリー
のそれぞれの記憶領域の管理や記憶領域間のファイルの移動などの機能が設けられ
ている(【0031】)。
(3)
一致点の認定について

本件審決が認定した本願発明と引用発明との一致点は,前記第2の3(2)イ
に記載のとおりであるところ,原告は,まず,引用発明の「不揮発性記憶装置」が
フロッピーディスクドライブも含んでいることから,これと本願発明の「ハードデ
ィスクドライブ」とが対応していない旨を主張する。
しかしながら,前記(2)に認定のとおり,引用発明は,単一のドライブ番号で割
り当てられる1つのドライブユニットの中に,いずれも不揮発性記憶装置である半
導体ディスク装置(フラッシュメモリー)と磁気ディスク装置(ハードディスク)
とを設け,両者に選択的にアクセスできるようにすることで,各装置の互いの欠点
を補えるようにするなどしたものであって,引用例1に記載の実施例において磁気
ディスク装置の一種であるフロッピーディスクドライブを統合ドライブユニットと
別に設けたからといって,フラッシュメモリー及びハードディスクが不揮発性記憶
装置ではなくなるというものではない。したがって,統合ドライブユニットを構成
するフラッシュメモリーとハードディスクの総体を「不揮発性記憶装置」と認定し,
これが,磁気記憶装置であるハードディスクと半導体記憶装置であるフラッシュメ
モリーとを備える本願発明の「ハードディスクドライブ」に対応するとした本件審
決の認定に誤りはない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。

原告は,プログラムとOSとは一致しないから,引用発明の「あるプログラ
ムを構成するファイル群」と本願発明の「OS」とが対応しておらず,また,保存
される対象を異にするから,引用発明の「フラッシュメモリ」と本願発明の「フラ
ッシュメモリー」とが対応していない旨を主張する。
しかしながら,前記(2)イに認定のとおり,引用例1には,あるプログラムを構
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成するファイル群の中でそのプログラム起動時に使用されるファイルが半導体ディ
スク装置に格納される旨の記載がある(【0019】)ことに照らすと,引用発明の
「あるプログラムを構成するファイル群」は,所定のプログラムを構成するファイ
ルの集合を意味する一方,前記(1)イに認定のとおり,本件明細書には,OSを始
めとする全てのプログラムは,メインメモリーにローディングされなければCPU
がこれを解読して実行することができない旨の記載がある(【0013】)ことに照
らすと,本願発明の「OS」もまた,プログラムであることが明らかである。また,
引用発明の「フラッシュメモリ」と本願発明の「フラッシュメモリー」とでは,そ
の格納する対象が,いずれも所定のプログラムを起動させるものであるという点で
機能が共通しているばかりか,本件審決は,相違点1において,本願発明において
格納されるプログラム(ソフトウェア)が「OS」である旨を別途認定しているか
ら,一致点の認定に当たって,上記機能の共通性に基づき,引用発明の「あるプロ
グラムを構成するファイル群」が本願発明の「OS」に,引用発明の「フラッシュ
メモリ」が本願発明の「フラッシュメモリー」に,それぞれ対応するとした本件審
決に誤りはない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。

原告は,引用発明の「ハードディスクコントローラ」,「フラッシュメモリコ
ントローラ」及び「ハイブリッドコントローラ」には本願発明の「制御部」のよう
な記載や示唆がないから,これらが本願発明の「制御部」に対応していない旨を主
張する。
しかしながら,前記(2)イ及びエに認定のとおり,引用発明の「ハードディスク
コントローラ」等は,いずれも,CPUにより単一のドライブ番号でハードディス
クドライブの記憶領域とフラッシュメモリーの記憶領域を選択的にアクセスするこ
とができるようにするものである一方,本願発明の特許請求の範囲に記載のとおり,
本願発明の「制御部」は,「前記駆動モーターが定常速度になる前は,前記フラッ
シュメモリーから前記OSの起動プログラムを読み出して前記メインメモリにロー
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ディングし,前記駆動モーターが定常速度になったか否かを判断し,前記駆動モー
ターが定常速度になった後は,前記ディスクから必要なプログラムを読み出して前
記メインメモリにローディングする」機能を備えたものであるから,両者は,いず
れもディスク及びフラッシュメモリーに記憶されたプログラムを読み出すための制
御に関するものであるという点で機能が共通しているばかりか,本件審決は,駆動
モーターが定常速度になる前はフラッシュメモリーからOSの起動プログラムを読
み出している点及び駆動モーターが定常速度になったか否かを判断し,駆動モータ
ーが定常速度になった後はディスクから必要なプログラムを読み出している点を,
それぞれ別途相違点2及び3として認定している。したがって,一致点の認定に当
たって,上記機能の共通性に基づき,引用発明の「ハードディスクコントローラ」
等が本願発明の「制御部」に対応するとした本件審決に誤りはない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。

取消事由2(相違点を看過した誤り)について
(1)
原告は,本願発明のディスクに保存される「OS」にはOSの起動プログ
ラムが含まれることが自明である一方,引用発明のフラッシュメモリーに保存され
るプログラム起動時に使用されるファイルがハードディスクには保存されず,この
点で本願発明と引用発明とが相違する旨を主張する。
(2)
そこで検討すると,本願発明の特許請求の範囲の記載には,ディスクに保
存される対象としては「OS」と記載されるにとどまり,OSのうちの起動プログ
ラムを積極的に排除する記載がないばかりか,前記1(1)ウに認定のとおり,本件
明細書には,本願発明のマイコンが,OS起動プログラムをディスクの起動領域に
保存してからこれをフラッシュメモリーに保存させる旨を記載している(【002
0】【0024】【0025】)ことに照らすと,本願発明の特許請求の範囲の記載
及び本件明細書の発明の詳細な説明欄は,いずれも,HDDのディスクに保存され
る「OS」にその起動プログラムが含まれる実施形態を開示しているということが
できる。
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(3)
しかしながら,原告は,本件の分割出願以来,本願発明の請求項の記載に
おいてフラッシュメモリーの保存対象としてコンピュータシステム又はOSの起動
プログラムを特定している一方,分割出願当時の本願発明の請求項の記載ではディ
スクの保存対象について特定をしていなかったところ(甲1【請求項3】),その後,
ディスクの保存対象を「コンピュータシステムのOS」と特定し(甲9【請求項
4】),更に「コンピュータシステムのOSと前記OSの起動プログラム」と特定し
直したものであって(甲12【請求項3】),以後,これを踏襲していたものである
が(甲15【請求項2】,甲18【請求項2】,甲22【請求項2】),拒絶理由通知
書において,起動プログラムが不揮発性保存部(フラッシュメモリー)に保存され
るのであれば技術常識から見れば起動プログラムをディスクに保存する必要はない
と考えられるし,本件明細書には「OSの起動プログラムを保存するディスク」と
の発明特定事項の必要性やその作用効果についての説明が見当たらない旨を指摘さ
れるや(甲23),本願発明の特許請求の範囲から,「OSの起動プログラムを保存
するディスク」との発明特定事項を自ら削除したものである(甲25【請求項2】)。
(4)
また,原告は,本件の原出願以来,本願発明の特許請求の範囲の記載にお
いて,駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディスクから読み出される対
象について何ら触れておらず,当初明細書の発明の詳細な説明欄では,「必要なプ
ログラム及びデータを読み出してシステム本体に伝送する」旨の記載があるにとど
まっていた(乙1【0027】)。そして,原告は,本件の分割出願後,本願発明の
特許請求の範囲の記載として,「前記駆動モーターが定常速度になった後に,前記
ディスクに保存された前記起動プログラムが前記メインメモリにローディングされ
るようにする」旨の付加したものの(甲12【請求項3】),拒絶理由通知書におい
て,明細書には上記の記載があるだけで当該付加部分に係る事項が記載されておら
ず,当該事項を読み出すことを導き出すことができないから,分割の要件を満たさ
ず,出願日の遡及を認めない旨の指摘を受けるや(甲16),当該付加部分のうち
「起動プログラム」との文言を「必要なプログラム」に自ら変更したものである
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(甲18【請求項2】)。なお,被告は,これを受けて,同年3月5日の拒絶査定の
備考欄において,出願日の遡及を認める旨を記載している(甲19)。
(5)
以上の手続経過に鑑みると,原告は,拒絶査定を避けるべく,本願発明の
特定に当たりディスクに保存される対象からOSの起動プログラムを排除した(前
記(3))ほか,分割出願の要件を満たして出願日を遡及させるべく,駆動モーター
が定常速度になった後に制御部がディスクから読み出す対象からOSの起動プログ
ラムを除外した(前記(4))ものと認められる。
そして,他に本願発明の特許請求の範囲の記載中にはディスクの保存対象として
OSの起動プログラムが含まれると解するに足りる記載が見当たらないことも併せ
考えると,本願発明の解釈に当たり,ディスクにOSの起動プログラムが保存され
ていないものと認定し,引用発明との関係で相違点を認定しなかった本件審決に誤
りがあるとまではいえない。
(6)
また,本願発明は,前記1(1)イに認定のとおり,OSの起動プログラムを
フラッシュメモリーに格納して読み出すことで,駆動モーターが定常速度になる時
まで待たずに,HDDの起動時間を短縮するものである(本件明細書【0006】
∼【0008】【0010】【0011】【0027】)一方,引用発明も,前記1
(2)ウに認定のとおり,データ読み出し速度の速いフラッシュメモリーにプログラ
ム起動時に使用されるファイルを格納することで,そのプログラムの起動を高速に
行うものである(引用例1【0025】【0035】)。したがって,本願発明及び
引用発明は,いずれもプログラム起動時に使用される実行ファイルがフラッシュメ
モリーに保存されていることで起動時間を短縮するという効果が得られる点で共通
するから,仮に本願発明においてOSの起動プログラムが,フラッシュメモリーの
ほか,ハードディスクに保存されていたからといって,このことが引用発明との相
違点となり,更には容易想到性の判断に影響するものではない。
したがって,原告の前記主張は,採用できない。
(7)
なお,原告は,本願発明の「マイコンは,フラッシュメモリーに起動プロ
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グラムが保存されたか否かを確認してフラッシュメモリーに起動プログラムが保存
されない場合,ディスクに保存された起動プログラムをフラッシュメモリーに保存
する」(本件明細書【0025】)ものであるのに,本件審決がこの点を相違点とし
て認定していない誤りがある旨も主張する。
しかしながら,この点は,本願発明の特許請求の範囲に記載されていないから,
原告の上記主張は,それ自体失当である。

取消事由3(相違点2及び3についての判断の誤り)について
(1)
原告は,本願発明ではフラッシュメモリーには消去・書き込み可能回数に
制限があることを前提として,駆動モーターが定常速度になればディスクに保存さ
れているOSの起動プログラムを「必要なプログラム」として読み出すことにより,
フラッシュメモリーの不具合に対応できるものであり,引用例1ないし5に記載の
発明とは全く異なるものであり,本件審決がこの点についての判断を誤っている旨
を主張する。
(2)
しかしながら,前記2(4)に認定のとおり,原告は,分割出願の要件を満た
して出願日を遡及させるべく,駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディ
スクから読み出される対象からOSの起動プログラムを除外したものであって,現
に,本件明細書にも,「必要なプログラム」にOSの起動プログラムが含まれると
認めるに足りる具体的な記述はない。
次に,前記1(2)アに認定のとおり,フラッシュメモリーの書換え可能な回数に
は制限があることが技術常識である(引用例1【0005】)としても,本件明細
書には,本願発明の作用効果としてこのようなフラッシュメモリーの不具合に対応
する旨に関する記載がない。
なお,原告は,本件明細書【0007】には,この点についての示唆がある旨を
主張するが,本件明細書の当該箇所は,本願発明(前記第2の2)の記載それ自体
を上回るものではなく,原告の主張するような示唆は,見当たらない。
したがって,原告の前記主張は,その前提を欠く。
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(3)
むしろ,引用例1は,前記1イ及びウに認定のとおり,データ読み出し速
度の速いフラッシュメモリーにあるプログラム起動時に使用されるファイルを格納
することで,当該プログラムの起動を高速化するものであるばかりか,引用例2は,
「データ記憶システム及び同システムに適用するキャッシュ制御方法」という名称
の発明に関する公開特許公報であるが,そこには,磁気ディスク装置(HDD)と
半導体ディスク装置(フラッシュメモリー)とからなるコンピュータシステムのデ
ータ記憶システムにおいて(【0001】),OSの起動に必要な起動情報を半導体
ディスク装置の恒久的保存領域に保存し(【0009】),OSの起動時に当該起動
情報にアクセスすることにより,OSの起動が高速化できることが開示されている。
そして,駆動モーターが定常速度になる前には,HDDからプログラムを読み出す
ことができないことは,技術常識であるから,引用例1及び2には,フラッシュメ
モリーにOSの起動プログラムを保存することで,駆動モーターが定常速度になる
前からその読み出しを行い,もってOSの起動を高速化することについて示唆があ
るといえる。
したがって,当業者は,引用発明に基づき,引用例2の記載を参照することで,
本願発明の相違点2に係る構成を採用することを容易に想到することができたもの
といえる。
(4)
また,引用例3は,「ディスク記憶装置の起動およびデータ読み書き方法」
という名称の発明に関する公開特許公報であるが,そこには,計算機の起動方法に
おいて,電源投入後,ディスク記憶装置は,ディスクの回転数が正規の値に整定し
たことを確かめ,ディスクに記憶された設定データを読み取った上で,計算機に準
備完了を報告し,計算機は,報告を受けた後,ディスク記憶装置にアクセスしてO
S等の基本プログラムを読み取ること(【0003】【0005】)及びディスク記
憶装置に不揮発性メモリを組み込み,そこに設定データをあらかじめ格納しておき
(【0012】【0019】),ディスクの起動完了を待つ動作と平行して設定データ
を読み込むことにより,計算機の起動時間を大幅に減少させること(【0012】
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【0021】【0022】)が記載されている。そして,引用例5は,「ディスク装
置」という名称の発明に関する公開特許公報であるが,そこには,ハードディスク
装置(HDD)において,電源が立ち上げられた後,HDDが記録再生可能な回転
速度に立ち上がったか否かを判断し,回転速度が定常の回転速度に立ち上がるのを
待ってデータの読み出しを開始すること(【0043】【0044】)が記載されて
いる。
このように,ディスクからのプログラム等の読み出しは,駆動モーターが定常速
度になった後でなければならないことは,技術常識であって,そのために駆動モー
ターの回転速度が定常速度になったか否かを判断することについては,複数の公開
特許公報に記載があるように,当業者の周知技術であるといえる。
したがって,当業者は,引用発明に基づき,引用例3及び5の記載を参照するこ
とで,本願発明の相違点3に係る構成を採用することを容易に想到することができ
たものといえる。
(5)
さらに,引用発明について本願発明の相違点2及び3に係る構成を採用し
たことによる効果が格別に顕著であると認めるに足りる証拠はない。
(6)
よって,相違点2及び3について当業者が容易に想到できるとした本件審
決の判断に誤りはない。

結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求
は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣



H230322現在のコメント


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))

「容易想到性」に関する事実認定判決です。
判断(事実認定の妥当性をいうのではない)自体は,オーソドックスな対応です。

相違点認定について分割経緯を重視しているとはいえます。


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Last Update: 2011-03-22 12:27:15 JST

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……………………………………………………判決末尾top
メインサイト(Sphinx利用)知財高裁のまとめMY facebook弁護士・弁理士 岩原義則知的財産法研究会ITと法律研究会弁護士・弁理士サービスのフェイスブック活用研究会

2011年3月10日木曜日

特許:【一致点・相違点】【容易想到性】【複数請求ある場合の審理】「解釈」(最高裁判決引用):(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))





目 次


特許:【一致点・相違点】【容易想到性】【複数請求ある場合の審理】「解釈」(最高裁判決引用):(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10121 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月10日 知的財産高等裁判所 

(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))


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【一致点・相違点】【容易想到性】【複数請求ある場合の審理】「解釈」(最高裁判決引用)


(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))





判示


(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))
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第2 事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,本願発明の要旨を下記2とする原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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3 本件審決の理由の要旨

(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明1は,下記の引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許を受けることができない,というものである。

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4 取消事由

(1) 本願発明の認定の誤り(取消事由1)

(2) 引用発明の認定の誤り(取消事由2)

(3) 本願発明の進歩性に係る判断の誤り(取消事由3)

(4) 審判における審理不尽(取消事由4)

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第4 当裁判所の判断

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1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)について



(1) 本願発明を一体的に認定しなかった誤りについて


ア 特許法36条は,特許出願をする者が提出すべき書類の記載事項等について定めるものであるところ,同条2項は,「願書には,明細書,特許請求の範囲,必要な図面及び要約書を添付しなければならない。」と規定し,さらに,同5項は,特許請求の範囲について,「各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定している。


したがって,各請求項には,特許出願人自身が自らの決定に基づいて選択した事項が当該出願により保護を求める発明を特定するための事項として記載されているものであって,各請求項に記載された発明は,それぞれ個別に特定された発明として,審査の対象となることが予定されているのである。

そうすると,特許要件の審査において,そのように各請求項ごとに個別に特定された発明を複数の請求項を一体とした発明として把握し,これを審査の対象とすることは,上記特許法36条の文理に反するものであって,もとより特許法にそのような審査を義務付ける規定もない。しかも,出願人において,そもそも複数の請求項を一体とした発明として審査の対象としたいのであれば,同条5項の規定に従い,複数の請求項に記載していた各構成を一体として,1つの請求項にまとめて記載すれば足りたものである。

以上からすると,本願発明1ないし4は,いずれも納豆製品に係る発明を特定したものであるが,原告が保護を求めようとする発明を「各請求項ごとに」特定したものであるから,技術的にみて相互に関係するものであったとしても,審査に当たり,これらを一体不可分のものとして取り扱うことは許されず,本願発明1について審査を行った手続に誤りはない。

イ なお,本件審決は,別紙審決書において,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の発明について「本願発明1」と,また,同請求項1ないし4の発明を総称して「本願発明」とそれぞれ略称しているが,かかる方法は,その判断内容を正確に伝達する方法として慣用されているところであって,「本願発明1」という用語自体が原告提出の出願書類に記載されていなかったからといって,そのような慣用が否定されるべき理由はない。

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(2) 補正指導を行わなかった点について

ア 特許出願においては,出願人が自らの決定に基づいて,特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項の全てを,各請求項ごとに記載しなければならないのであるから,自ら定めた請求項の記載が本来の意図と異なったとしても,それは,出願人の責任によるものというほかはない。

特許法50条は,審査官に対し,特許出願について拒絶理由があれば,出願人に通知し,意見を述べる機会を与えるように求めているから,特許出願について,特許性に係る不備,すなわち拒絶理由がある場合には,これを指摘する義務を負うものというべきであるが,出願人の本来の意図と,請求項の記載との間に齟齬がないことは予定されているものであって,仮に,その間に齟齬があったとしても,それは,前記のとおり,本来,出願人の自己責任において処置されるべき問題であるから,審査官がその間に齟齬があるか否かを調査し,齟齬がある場合に,そのような出願の不備・欠陥を指摘する義務まで負うものではない。

イ 本件出願について,審査官は,拒絶理由通知を発し,本願発明の特許性に係る不備については,これを指摘しているから,特許法により定められた義務を果たしているところ,原告は,その通知に対して意見を述べ,通知された拒絶理由や拒絶査定を解消するため,自らの自由意思及び責任により,補正を行う機会を有していたのである。しかも,本件出願の特許請求の範囲の請求項1ないし4の各記載それ自体は,いずれも特許法及び同法施行規則の定める形式的要件を充足するものであった。

以上からすると,本件出願について,審査官が適切な補正指導を行わなかったとして,その対応を非難する原告の主張は失当というほかない。

なお,原告は,本願明細書の各記載(【0002】【0006】【0010】【0011】【0017】)から,審査官は,発明者の意図と各請求項の記載が合致していないことが理解できたはずであると主張するが,【0002】は,現在の納豆の販売形態について,【0006】は,本願発明の課題解決手段について,【0010】は,本願発明の納豆は,包装形態や原料等に制約がないことについて,【0011】は,納豆と生麹の混ぜ方について,【0017】は,干し昆布の包装について,それぞれ記載したものにすぎず,上記各記載をもって,審査官が「発明者の意図」に気付いたはずであるという原告の主張それ自体が採用し得ないところであって,これをもって,審査官が補正指導を行うべきであったという余地はない。

(3) 小括

以上からすると,本件審決の本願発明の認定には誤りはなく,原告主張の取消事由1は,理由がない。

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2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について

(1) 新聞記事の一部を恣意的に引用している点について
特許法29条2項における進歩性に係る判断において,同条1項3号に定める特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」というためには,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それをもって足りる。

引用例には,4通りの新ショウガの食べ方が紹介されているところ,その中に,本件審決が認定した「栄養納豆」それ自体が記載されており,また,引用例には,納豆,塩昆布,甘酒コウジとその他の食材を混ぜ合わせることによって「栄養納豆」が完成することが開示されているのであるから,引用例の記載から,引用発明を認定した本件審決の判断に誤りはない。

この点について,原告は,引用例の新聞記事を執筆した記者の意図や,その他の記載を無視して恣意的な引用をすることは,読者に誤解を与えるおそれがあるなどと主張する。

しかしながら,引用発明の認定は,進歩性の有無という特許要件の審査を目的と して,特許発明等の内容との対比に必要な限度においてされるものであるから,原告指摘の執筆記者の意図(ショウガ料理の新しい作り方の紹介,新ショウガの消費拡大という願い)が,引用例により開示されている技術思想とは関係を有さない以上,これを考慮する必要はないし,本願発明とは無関係のショウガ料理に関する記載が存することをもって,引用発明を認定する障害とはならないことも明らかである。また,本件審決においては,進歩性の有無に関する判断に係る本願発明との対比において,引用例の記載から引用発明を認定しているのであるから,記事の一部を引用したことをもって「読者」に誤解を与える余地もない。

原告の主張は採用できない。

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(2) 引用発明は未完成であることについて


先に述べたとおり,進歩性の判断に係る引用発明については,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りるのである。


原告が指摘する最高裁判決は,旧特許法1条の定める工業的発明というためには,当業者が反覆実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければ,発明としては未完成であると判示するものであり,進歩性の判断に係る引用発明について,判示したものではない。また,「塩昆布」に各種商品が存在し,また,料理の味付けが作り手によって異なることは,引用例の記載から,「昆布」の一種である「塩昆布」をその構成に有する引用発明を認定する障害となるものでもない。

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(3) 発明に係る二重の基準を用いる誤りについて


進歩性の判断に係る引用発明における「発明」の認定が,特許出願当時の技術水準を基礎として,特許出願に係る発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りるというのに対し,特許性の判断における当該出願に係る「発明」の認定が,当業者が反復継続して目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要するというべきところ,両者における「発明」の認定について,同一の判断基準に拠っていないとしても,認定の目的及び対象が異なる以上,当然というべきであって,これを不合理であるということはできない。

したがって,被告が,同種事案について,特定の出願人に対して異なる基準を適用した場合に平等原則違反となることは格別,原告の主張をもって,被告が二重の基準に基づく不平等な取扱いをしているとはいえないことは明らかである。



(4) 小括


以上からすると,引用例から引用発明を認定した本件審決に,誤りはなく,原告主張の取消事由2は,理由がない。

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3 取消事由3(本願発明の進歩性に係る判断の誤り)について

(1) 一致点の認定の誤りについて

ア 引用例について

引用例(甲4)は,ショウガ料理を紹介する新聞記事であるところ,「栄養納豆」に関する記載を要約すると,以下のとおりである。

(ア) 栄養納豆は,ごはんが進む一品。千切りにした新ショウガとニンジンを甘酒コウジ,納豆,塩昆布と混ぜ合わせる。焼酎,薄口しょうゆ,みりん,白ゴマ,はちみつを加え,さらに混ぜる。一晩置いて,コウジが水分を吸って軟らかくなったら出来上がりである。


(イ) 栄養納豆の材料は,ショウガ60g,甘酒コウジ150g,納豆3パック, ニンジン(中)1本,焼酎1/2カップ,薄口しょうゆ1/2カップ,みりん1/2カップ,塩昆布1袋(120ないし150g),白ゴマ15g,はちみつ少々である。

(ウ) 以上の引用例の記載からすると,引用例には,ショウガ,甘酒コウジ,納豆,ニンジン,焼酎,薄口しょうゆ,みりん,塩昆布,白ゴマ,はちみつを混ぜ合わせることによって得られる栄養納豆に係る技術的知見(引用発明)が開示されているということができる。

イ 「生麹」と「甘酒コウジ」について

本願発明1は,「生麹」をその構成に含んでいるところ,引用発明においては,「甘酒コウジ」が用いられている。

もっとも,本願明細書【0004】において,麹は,米,麦,大豆等にコウジカビ等のカビを生やしたもので,そのカビの作り出す酵素がデンプン,タンパク質をそれぞれ糠やアミノ酸に分解するという特性を利用して,酒類,みそ,しょうゆ等の醸造や漬物,菓子等の製造に用いられるとされており,「生麹」と「甘酒コウジ」は,いずれも「麹」であることは明らか(甲19,乙2)であるから,「麹」を本願発明1と引用発明との一致点とした本件審決の認定に,誤りはない。

この点について,原告は,「生麹」と違い,「甘酒コウジ」は,製造工程の相違により表面が一面のカビ状態となるものであり,しかも,「袋詰めにされた生麹」と「袋詰めにされた甘酒コウジ」とでは,開封時における麹菌の周辺への飛散性という観点から大きく異なるものであるから,本件審決が,「生麹」と「甘酒コウジ」がともに麹の一種であることを一致点と認定したことは誤りであると主張する。しかしながら,本願発明1は,袋詰めにされた状態を構成に含むものではないから,袋詰め状態を前提とする飛散性に係る原告主張は,本願発明1の構成に基づかない主張であるし,本件審決は,本願発明1が「生麹」を,引用発明が「甘酒コウジ」を用いている点について,相違点2として認定しているのであるから,仮に,「生麹」と「甘酒コウジ」に,原告指摘の相違が存するとしても,上記結論を左右するものではない。原告の主張は採用できない。

ウ 「干し昆布」と「塩昆布」について

本願発明1は,「干し昆布」をその構成に含んでいるところ,引用発明においては,「塩昆布」が用いられている。

もっとも,昆布の原藻を素干しした製品を「干し昆布」と,マコンブの肉厚の部分を正方形又は短冊形に切り,しょうゆ,たまり,砂糖,みりんなどを合わせた調味液の中で長時間煮詰め,汁を切って乾燥機にかけ,グルタミン酸ナトリウム,リンゴ酸ナトリウム,食塩などを調合した粉末調味料をまぶしたものを「塩昆布」というところ(乙5),「干し昆布」と「塩昆布」とは,いずれも「昆布」からなるものであることは明らかであるから,「昆布」を本願発明1と引用発明との一致点とした本件審決の認定に,誤りはない。

この点について,原告は,塩昆布は「佃煮」商品であり,原材料状態の「干し昆布」と字面だけを取り上げて同一視することは許されない,塩昆布においては,加工により昆布に染み込ませた味や風味,外観,手触りなどが多種多様に存在することこそ,重視されなければならないなどと主張する。

しかしながら,塩昆布に多種多様な商品が存在し,塩昆布にとって,味や風味が 大切であるからといって,塩昆布が昆布を原料としている事実それ自体はこれに左右されるものではない。原告の主張は,昆布には,干して原材料状態とされた「干し昆布」や,佃煮としての「塩昆布」という複数の状態が存在することを強調するものにすぎず,そのことをもって一致点の認定が誤りということはできない。原告の主張は採用できない。

エ 納豆をベースとする納豆食品である点について

引用例は,ショウガに関する4通りの料理を紹介する新聞記事であるところ,同記事は,引用発明について,「栄養納豆」として紹介しており,本件審決が,「納豆をベースとする納豆食品」を一致点として認定したことに,誤りはない。


この点について,原告は,引用例は,新ショウガを紹介する記事であり,「栄養」とは,「塩昆布」を意味するものである,引用発明は,甘粕コウジ150g,納豆3パック132ないし168g,塩昆布120ないし150g の主材料に,ショウガ,ニンジンのほか,多量の調味料が加えられるのであるから,納豆ベースの料理と解することはできない,引用発明は,納豆に麹と塩昆布を混合させた一体不可分状態の「納豆に麹と昆布を混合させてある納豆食品」というべきであるところ,本願発明は,「袋詰めされた生麹」と「袋詰めされた干し昆布」を,「一つの包装容器である納豆パックに詰め合わせた状態」で,製造・販売する商品であるから,「混合」と「混在」とでは,その意味が全く異なるなどと主張する。

しかしながら,一致点の認定においては,引用例に開示された技術思想として,いかなる発明を認定できるかが重要であって,引用例が「ショウガ」を紹介する意図を有していることや,紹介されている料理の各材料の重量比を過度に重視することは相当ではないし,「栄養」が塩昆布を意味するとの主張の当否はともかくとして,かかる文言によって,一致点の認定が左右されるものではない。納豆の用量が,他の材料と比較して,極端に少ないなどの事情があるのであれば格別,引用発明においては,相当量の納豆が使用されているのであるから,「栄養納豆」との標題どおり,一致点を認定した本件審決の判断に誤りはない。

また,本願発明を,「一つの包装容器である納豆パックに詰め合わせた状態」の製品をいうとする原告の主張は,取消事由1において指摘したとおり,その前提自体が誤りである。原告の主張は採用できない。



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(2) 相違点2に係る判断の誤りについて


ア 本願発明1の「生麹」について

本願明細書(甲2)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

(ア) 本願発明は,納豆が従来から有する健康維持あるいは促進の効能を一層増強,向上させることができる納豆食品に係る発明である。納豆は,血流をさらさらとさせることが認証されており,優良なタンパク源としても知られている。


他方,麹は,米,麦,大豆等にコウジカビ等のカビを生やしたもので,そのカビの作り出す酵素がデンプン,タンパク質をそれぞれ糠やアミノ酸に分解する特性を利用して,酒類,みそ,しょうゆ等の醸造や漬物,菓子等の製造に用いられている。


本願発明は,納豆の有する健康維持あるいは促進の効能を一層増強,向上させ,納豆をさらに食べやすく,従来にない食感を出す付随効果を得ることができる。

(イ) 本願発明に係る納豆食品は,納豆をベースとし,その納豆に生麹と刻んだ干し昆布を混合させてあることを特徴とする。干し昆布は塩をまぶしたものとし,ほぼ5mm四方に刻んであり,混合の割合は,納豆1に対して生麹をほぼ重量%で3分の1,干し昆布は10枚前後とする。生麹と干し昆布は各々袋詰めされ,納豆パックに添付されており,使用時に開封し,納豆に混合させることを特徴としている。

(ウ) 本願発明に係る納豆食品は,納豆に混合される生麹が作用して,納豆に含有されるデンプン,タンパク質を分解して糖やアミノ酸も生成することになり,単なる納豆よりも吸収力が高められ,血行を増進するうえ,血圧降下にも良好な効果を得ることができる。また,単に生麹を混合するのみでは,生麹特有の臭いが強く,食に適さないが,干し昆布も同時に混合することで,臭いを消すことができるのみならず,独特の昆布の香りが得られ,しょうゆの吸収効果を有するほか,今までにない食感をも得ることができる。塩をまぶした干し昆布を使用すると,食感として非常に好ましい。

(エ) 本願発明に係る納豆食品は,従来の単体の納豆と比較して,一層血行を良好なものとし,その血行の良好性が肌の老化を抑え,美肌を得ることができ,加えて,高血圧の人に対して血圧降下の効果も発揮し,発明者自らは数値として10ないし15の血圧降下を得ることができた。生麹や刻んだ干し昆布は,現在市販されている納豆の包装に対して,ビニール等の袋に適量を詰め,添付した状態で販売されることが望ましく,使用に際しての至便性が向上することとなり,商品としての納豆に大きな付加価値がつけられることともなる。生麹や干し昆布の混合割合は記載した数値に限定されるものではなく,各自の好みに応じて採択でき,また,その他の一般的な刻みネギやシラス干し等の混合を同時に行なうことも可能である。

以上の(ア)ないし(エ)の本願明細書の記載からすると,本願発明1において,生麹は,納豆に含有されるデンプン,タンパク質を分解して糖やアミノ酸を生成することにより,単なる納豆よりも吸収力が高められ,血行を増進し,血圧降下にも良好な効果を及ぼす目的で添加されるものということができる。

イ 麹に関する知見について

また,麹に関する知見として,以下のようなものがある。

(ア) 昭和51年3月発行の総合食品事典第三版(乙2)には,麹の使用目的として,デンプン糖化や大豆のタンパク質分解があること,我が国で一般に用いられているのは黄麹であることが指摘されている。

(イ) 平成10年2月発行の雑誌「食品と開発」に掲載された紅麹の食品素材としての機能と利用と題する論文(乙3)には,紅麹ほどではないが,黄麹に血圧降下作用があることが指摘されている。

(ウ) 平成12年6月発行の雑誌「ニューフードインダストリー」に掲載された紅麹とその効用についてと題する論文(乙4)には,中国から伝来した紅麹には,我が国において,みそ,しょうゆ,清酒等の麹として使用されている黄麹と比較して,強い血圧降下作用が存することが指摘されている。

以上の(ア)ないし(ウ)の各文献の記載からすると,本件出願当時,麹が血圧降下作用を有することは,周知事項であったものということができる。

ウ 「甘酒コウジ」に代えて「生麹」を用いることについて

生麹と,甘酒コウジとは,原告の主張を前提とすると,乾燥状態であるか否かについて相違するにすぎず,原告は,生麹と甘酒コウジが,麹として有する血圧降下作用について,両者に差が存すると主張するものではない。

本件出願当時,麹が血圧降下作用を有することが周知事項であったことからすると,生麹を使用するか,甘酒コウジを使用するかについては,麹を使用する者の要望に応じて適宜選択できる事項にすぎず,引用発明の甘酒コウジを生麹に代えて適用することは,当業者にとって容易に想到し得るものというべきである。

この点について,原告は,カビが表面に目立たず,ぬめりけのない生麹に代えて,表面にカビが覆われている甘酒コウジを使用することはできない,当業者ではない一般消費者である発明者だからこそ,「納豆と麹は決して,一緒に取り扱ってはならない。」というタブーを破り,本願発明を想到することができたものである,本願発明と同様,納豆を主材料とする塩納豆が山形県に存在し,社会的にも認められており,本願発明のように,「1つの包装容器である発泡スチロールなどの納豆パック」に「袋詰めされた生麹」と「袋詰めされた干し昆布」を一緒に入れた商品は, 当業者が容易に想到し得るものではない,机上の空論によって,「誰でも容易に発明できる」などと批判することは容易であるが,本願発明まで,同様の商品は存在していなかったという事実は否定できないなどと主張する。しかしながら,本願明細書には,生麹が「初めからカビが表面に目立たない」状態であることについて記載されておらず,甘酒コウジの表面にカビが目立ち,生麹と比較して食用に適さないことを認めるに足りる証拠もない。また,麹に関する知見(乙2)によると,生麹の形態として「初めからカビが表面に目立たない」ものであることは,本願明細書の記載から自明の事項ということもできず,原告の主張は,本願明細書の記載に基づくものではない。

また,原告が提出したタブーに関する書証は,麹菌及び酵母菌を使用する日本酒の製造において,雑菌である納豆菌の混入を防止することが求められていること(甲30),納豆の製造において,納豆菌以外の菌は,麹菌を含めて雑菌として排除されるべきであること(甲31,32)が開示されているにすぎず,特定の発酵 食品の製造工程において,有用菌のみを取り入れ,他の菌は可能な限り雑菌として製造工程から除外するという,食品製造における当然の管理手法を示したものにすぎない。したがって,食品業界一般において,原告指摘のタブーが存在するわけではなく,実際,引用発明のほか,五斗納豆(粒納豆又はひきわり納豆を麹と食塩を加えて漬け込んだもの。乙11),塩納豆(納豆に米麹,塩,昆布などを加えて製造したもの。甲24∼26)など,納豆と麹とが一緒に取り扱われる例が他に存在するものである。

さらに,進歩性に係る判断においては,当業者が容易に発明をすることができたか否かが検討されるものであって,本願発明の発明者が当業者であるか否かは,進歩性の判断において考慮されるべき事項ではないから,発明者が一般消費者であることを強調し,本件審決の判断の当否を非難することは相当ではない。

なお,本願発明のような一体化した製品は存在しなかった旨の原告主張は,本願発明1の構成を前提としない主張であるし,塩納豆が社会的に認められていたからといって,本願発明1の進歩性を肯定する事情とすることはできない(塩納豆は,納豆に米麹,昆布などを加えて製造するものであるから,むしろ,引用発明と同様,本願発明1の進歩性を否定する事情として指摘されるべきものである。)。原告の主張は採用できない。

エ したがって,乾燥麹である甘酒コウジに代えて,生麹を適用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとした本件審決の判断に誤りはない。

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(3) 相違点3に係る判断の誤りについて


ア 本願発明1の「干し昆布」について

前記(2)アの本願明細書の各記載によると,本願発明1において,干し昆布は,生麹特有の臭いを消し,さらに,独特の昆布の香りと今までにない食感を得るために加えられるものということができる。

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イ 昆布に関する知見について

また,昆布に関する知見として,以下のようなものがある。

(ア) 平成4年1月発行の新・食品事典5 野菜・藻類(乙5)には,昆布には血圧降下物質であるラミニンが含まれるほか,アルギン酸,カリウム,ヨウ素,食物繊維などの様々な作用によって,血圧降下作用が発揮されることが記載されている。

(イ) 特開平11−276109号公報(乙6)は,昆布納豆の製造方法及び装置に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,昆布片を混合させた納豆は,いわゆる納豆臭が格段に減少すること,健康に良いことなどが指摘されている。

(ウ) 特開昭61−43977号公報(乙7)は,野菜ジュースの消臭方法に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,昆布を野菜ジュース中に浸漬させることにより,野菜ジュース特有の臭気を顕著に低下させるのみならず,昆布中に含まれる種々の成分が付加されることにより,栄養学的にも大きな効果が得られることができることなどが記載されている。


(エ) 特開昭61−43963号公報(乙8)は,酵素含有複合製剤の消臭方法に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,各種酵素及び水を含む液状の複合酵素製剤中に昆布を浸漬することにより,酵素含有複合製剤の臭気を顕著に低下させるのみならず,昆布中に含まれる種々の成分が付加されることにより,栄養学的にも大きな効果が得られることなどが記載されている。

(オ) 特開平10−165114号公報(乙9)は,フコイダンを添加した食品に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,褐藻類(昆布等)の藻体中に存在する特有の成分であるフコイダンには,芳香を損なうことなくいやな臭いを除去する特性や,食味向上活性を有することなどが記載されている。


以上の(ア)ないし(オ)の各文献の記載からすると,本件出願当時,昆布が消臭作用を有することは周知事項であったものということができる。

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ウ 「塩昆布」に代えて「干し昆布」を用いることについて

塩昆布と,干し昆布とは,原告の主張を前提とすると,原材料の状態であるか,佃煮等として加工された状態であるかについて相違する(乙5)にすぎず,原告は,塩昆布と干し昆布が昆布として有する消臭作用について,両者に差が存すると主張するものではない。

本件出願当時,昆布が消臭作用を有することが周知事項であったことからすると,干し昆布を使用するか,塩昆布を使用するかについては,昆布を使用する者の要望に応じて適宜選択できる事項にすぎず,引用発明の塩昆布を干し昆布に代えて適用することは,当業者にとって容易に想到し得るものというべきである。

この点について,原告は,「塩昆布」は,多種多様な商品が存在するものであるし,塩昆布は加工昆布であり,干し昆布は未加工の原材料であるから,干し昆布も塩昆布もともに昆布を主成分とするものであることを理由に,同列に扱う本件審決の判断は不当である,引用発明においては,塩昆布自体を食べることを目的として塩昆布が加えられているが,本願発明においては,干し昆布の有する消臭作用に期待して干し昆布が加えられたものであり,両者には価格差もあるから,かかる使用目的や価格の相違を考慮することなく,塩昆布を干し昆布に換えることが容易であるとすることはできないなどと主張する。

しかしながら,昆布それ自体の有する消臭効果を前提として,昆布の各種形態である塩昆布か干し昆布のいずれかを選択することが,当業者にとって容易である以上,塩昆布について多種多様な商品が存在することは,塩昆布を選択した場合の選択肢が多数存在することを意味するにすぎず,相違点3の構成が容易に想到し得るものであるとの判断を左右するものではない。

また,引用発明において,塩昆布自体を食べることを目的として加えられたものであるか否かは不明であるが,仮に原告主張のとおりであったとしても,引用発明の塩昆布に代えて,干し昆布を選択すること自体が阻害されるものということもできない。価格差についても同様である。原告の主張は採用できない。

エ したがって,塩昆布に代えて,干し昆布を適用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとした本件審決の判断に誤りはない。


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(4) 格別顕著な効果を要求した誤りについて

ア 本件審決は,相違点1は実質的な相違点とはならず,相違点2及び3についても,当業者が容易に想到し得るものということができるから,本願発明1の構成自体は,当業者が容易に想到し得るものであるとした上で,引き続き,本願発明1に,格別顕著な効果を認めることができるかについて検討しているものである。


したがって,本件審決は,本願発明1について,進歩性を肯定する要件として,その構成が容易に想到し得るものであるか否かに関わらず,格別顕著な効果を奏することを求めているものではない。

イ 本願明細書には,本願発明1の効果として,従来の単体の納豆と比較して,一層血行を良好なものとし,その血行の良好性が肌の老化を抑え,美肌を得ることができ,加えて,高血圧の人に対して血圧降下の効果も発揮し,発明者自らは数値として10ないし15の血圧降下を得ることができたなどと記載している。

もっとも,本願明細書には,血圧降下作用について,いかなる条件で測定し,効果を特定したかについて全く開示されておらず,その他の作用についても,抽象的な記載がされるのみで,それを裏付けるに足りる記載はない。発明者の陳述書(甲27)には,自宅において食事の内容を同一に設定し,さらに,生活リズム,生活荷重を極力近い環境にして,納豆を全く食べない場合,市販の納豆のみを食事に加えた場合,本願発明に係る納豆を加えた場合の血圧値測定を1年間実施した旨の記載があるが,かかる測定方法により,血圧降下作用が客観的に裏付けられるものではないことは明らかである。

しかも,本願明細書に記載されたその他の各作用については,納豆,麹,昆布自体,血圧降下作用,健康増進作用,血栓溶解作用や,血行促進作用に伴う美肌作用(甲24,26,乙2ないし13)を有するものであって,本願発明1が,それ以上の格別な相乗効果を奏していること等については,これを認めるに足りる証拠はない。したがって,本願明細書記載の本願発明1の効果をもって,本願発明1に格別顕著な効果が存在するものとして,進歩性を認めることもできない。

ウ なお,原告は,市販の商品(甲29)の血圧降下作用と比較して,本願発明の血圧降下作用はさらに優れたものであるなどとも主張するが,本願発明の血圧降下作用が実際に発現したことについて,本願明細書にこれを裏付ける記載がない以上,原告の主張は採用することができない。

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(5) 小括

以上からすると,本願発明1は,当業者が引用発明に基づいて容易に想到し得るものとした本件審決の判断に,誤りはなく,原告主張の取消事由3は,理由がない。

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4 取消事由4(審判における審理不尽)について


(1) 取消事由1において先に述べたとおり,本件出願の特許請求の範囲には4個の請求項が記載されており,これらの請求項1ないし4は,個別に記載されたものであるから,本件出願については,請求項1に係る発明の特許性の存否についてまず検討したことについて,本件審決に誤りはない。

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(2) 特許法は,1つの特許出願に対し,1つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて1つの特許が付与され,1つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。そして,このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)第318号同20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)ということができる。

本件においては,前記3のとおり,請求項1に係る本願発明1が特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである以上,特許庁がその余の請求項に係る発明について検討しなかったとしても,本件出願全体として拒絶を免れないものであったといわざるを得ないから,本件審決が,審判請求不成立の判断をした点に,結論に影響を及ぼすべき違法はない。

この点について,原告は,本願発明を一体的に把握せず,本願発明1のみを審理した本件審決は,少なくとも本願発明2ないし4について全く審理をしていない,特許出願する対象が大掛かりなものである場合,請求項の数字が大きくなるに従い,全体の実態が明確になる説明がされることが通常であるから,特許にすることができない請求項が1個でも存在するときは,その特許出願について拒絶査定をするという取扱いによると,あたかも新聞記事に掲載された土蔵の発明に基づいて姫路城を造る工法全体が拒絶されるという不当な結果となるなどと主張する。

しかしながら,取消事由1において先に述べたとおり,本願発明の請求項1ないし3は,請求項4と一体であるとする原告主張は,その前提自体が誤りである。

また,特許出願においては,出願人自らの責任と選択に基づいて,特許請求の範囲の請求項について記載することができ,また,特許出願の分割や補正等によって,出願全体を拒絶されることによる不利益を免れる手段を有しているのであるから,上記取扱いが,格別不当であるということもできない。

(3) 小括

以上からすると,本件審決が,本願発明2ないし4について審理をすることなく,審判請求不成立の判断をした点に,結論に影響を及ぼすべき違法はなく,原告主張の取消事由4も,理由がない。

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5 結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣



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(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

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【「複数の請求項を一体とした発明として把握し,これを審査の対象とすること」の可否】「解釈」


「特許法36条は,特許出願をする者が提出すべき書類の記載事項等について定めるものであるところ,同条2項は,「願書には,明細書,特許請求の範囲,必要な図面及び要約書を添付しなければならない。」と規定し,さらに,同5項は,特許請求の範囲について,「各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定している。

 したがって,各請求項には,特許出願人自身が自らの決定に基づいて選択した事項が当該出願により保護を求める発明を特定するための事項として記載されているものであって,各請求項に記載された発明は,それぞれ個別に特定された発明として,審査の対象となることが予定されているのである。

 そうすると,特許要件の審査において,そのように各請求項ごとに個別に特定された発明を複数の請求項を一体とした発明として把握し,これを審査の対象とすることは,上記特許法36条の文理に反するものであって,もとより特許法にそのような審査を義務付ける規定もない。しかも,出願人において,そもそも複数の請求項を一体とした発明として審査の対象としたいのであれば,同条5項の規定に従い,複数の請求項に記載していた各構成を一体として,1つの請求項にまとめて記載すれば足りたものである。」 (知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

【あてはめ】

以上からすると,本願発明1ないし4は,いずれも納豆製品に係る発明を特定したものであるが,原告が保護を求めようとする発明を「各請求項ごとに」特定したものであるから,技術的にみて相互に関係するものであったとしても,審査に当たり,これらを一体不可分のものとして取り扱うことは許されず,本願発明1について審査を行った手続に誤りはない。


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【審査官の補正指導の義務】「解釈」

「特許出願においては,出願人が自らの決定に基づいて,特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項の全てを,各請求項ごとに記載しなければならないのであるから,自ら定めた請求項の記載が本来の意図と異なったとしても,それは,出願人の責任によるものというほかはない。

 特許法50条は,審査官に対し,特許出願について拒絶理由があれば,出願人に通知し,意見を述べる機会を与えるように求めているから,特許出願について,特許性に係る不備,すなわち拒絶理由がある場合には,これを指摘する義務を負うものというべきであるが,出願人の本来の意図と,請求項の記載との間に齟齬がないことは予定されているものであって,仮に,その間に齟齬があったとしても,それは,前記のとおり,本来,出願人の自己責任において処置されるべき問題であるから,審査官がその間に齟齬があるか否かを調査し,齟齬がある場合に,そのような出願の不備・欠陥を指摘する義務まで負うものではない。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

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【「特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」」】「解釈」

「特許法29条2項における進歩性に係る判断において,同条1項3号に定める特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」というためには,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それをもって足りる。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

【あてはめ】

引用例には,4通りの新ショウガの食べ方が紹介されているところ,その中に,本件審決が認定した「栄養納豆」それ自体が記載されており,また,引用例には,納豆,塩昆布,甘酒コウジとその他の食材を混ぜ合わせることによって「栄養納豆」が完成することが開示されているのであるから,引用例の記載から,引用発明を認定した本件審決の判断に誤りはない。

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【進歩性判断にかかる引用発明の記載の程度】「解釈」

「進歩性の判断に係る引用発明については,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りるのである。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

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【「発明に係る二重の基準を用いる」ことの可否「解釈」

「進歩性の判断に係る引用発明における「発明」の認定が,特許出願当時の技術水準を基礎として,特許出願に係る発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りるというのに対し,特許性の判断における当該出願に係る「発明」の認定が,当業者が反復継続して目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要するというべきところ,両者における「発明」の認定について,同一の判断基準に拠っていないとしても,認定の目的及び対象が異なる以上,当然というべきであって,これを不合理であるということはできない。 」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

【あてはめ】

したがって,被告が,同種事案について,特定の出願人に対して異なる基準を適用した場合に平等原則違反となることは格別,原告の主張をもって,被告が二重の基準に基づく不平等な取扱いをしているとはいえないことは明らかである。

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【一致点の認定】「解釈」


「一致点の認定においては,引用例に開示された技術思想として,いかなる発明を認定できるかが重要」である(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))。


【あてはめ】
引用例が「ショウガ」を紹介する意図を有していることや,紹介されている料理の各材料の重量比を過度に重視することは相当ではない

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【「発明者が当業者であるか否か」の進歩性判断の影響「解釈」

「さらに,進歩性に係る判断においては,当業者が容易に発明をすることができたか否かが検討されるものであって,本願発明の発明者が当業者であるか否かは,進歩性の判断において考慮されるべき事項ではないから,発明者が一般消費者であることを強調し,本件審決の判断の当否を非難することは相当ではない。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

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【複数請求項あるばあいの審理】「解釈」(最高裁判決引用)


「特許法は,1つの特許出願に対し,1つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて1つの特許が付与され,1つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。そして,このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)第318号同20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)ということができる。」 (知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

「本件においては,前記3のとおり,請求項1に係る本願発明1が特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである以上,特許庁がその余の請求項に係る発明について検討しなかったとしても,本件出願全体として拒絶を免れないものであったといわざるを得ないから,本件審決が,審判請求不成立の判断をした点に,結論に影響を及ぼすべき違法はない。 」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

【あてはめ】

したがって,「本件出願の特許請求の範囲には4個の請求項が記載されており,これらの請求項1ないし4は,個別に記載されたものであるから,本件出願については,請求項1に係る発明の特許性の存否についてまず検討したことについて,本件審決に誤りはない。」とした前記知財高裁と同じく,その判断に何ら誤りはない。
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H230315現在のコメント


「容易想到性」に関して,かなり細かく基本の要件論,解釈を述べています。

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Last Update: 2011-03-15 10:04:55 JST

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2011年2月24日木曜日

特許:【容易想到性(容易推考性)】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件))






特許:【容易想到性(容易推考性)】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第2部「塩月秀平コート」



H230301現在のコメント


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件))

 容易想到性判断に関する事実認定判決です。「塩月コート」は,「容易推考性」という言葉を好んで使う印象です。

 一致点認定の誤り→容易想到性の判断の誤りという流れです。



縮小版なし・判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件))

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第2 事案の概要


本件は,被告の請求に基づいてされた原告らの特許を無効とする審決の取消訴訟であり,争点は,容易推考性の存否である。

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3 取消事由1について



(1) 原告らは,引用発明1には「急な曲面領域」は存在せず,これを境界とする中央部や周辺部も存在しないので,審決の引用発明1の認定は誤りであり,これに伴い,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとの一致点認定も誤りである旨主張する。

しかし,上記2で認定したとおり,引用発明1の皮革片は,周辺端面に近い部分において急カーブの曲線となっており,その部分を挟んで,中心部では比較的緩やかな曲線に,周辺端面に至る領域では緩やかな曲線あるいは直線となっているのであるから,審決が引用発明1について「急な曲面領域」を認定したことに誤りはなく,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとした一致点認定にも誤りはなく,この点に関する相違点の看過もない。

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(2) 原告らは,引用発明1の皮革片はカップ状の裾の部分しか接合しておらず,本件発明1の接合部とは異なっているので,「接合部」が設けられる点を一致点とした審決の認定に誤りがあると主張する。

上記1で認定したとおり,本件発明1は,皮革片の周縁部を折り曲げ,折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着するという構成をとるものである。このように,本件発明1における「接合部」は,接着するための部位であるから,一定の領域を有する「面接触」を要するものと解される。これに対し,上記2のとおり,引用発明1は,カップ状の皮革パネルの裾部分(周辺端面)のみを接触させたものであり,接触している部分は線接触であると認めるのが自然である。

そうすると,引用発明1における皮革片の接触部は,接着するための接合部とはいえず,本件発明1における接合部に相当するということはできないから,この点を一致点とした審決の認定は誤りである。そして,「接合部」の有無は,皮革パネルの接着に関する相違点2の前提となるものであって,この点の相違も含めて相違点2についての本件発明1の構成の容易想到性を判断すべきなのに,審決はこれを怠っている。したがって,取消事由1は,理由がある。

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4 取消事由2について



(1) 上記1で認定したとおり,本件発明1の「折り曲げ部」は,縫いボールと同様の飛距離,グリップ性等を得るために,皮革パネル間に,縫いボールと同様の深くて狭い溝を形成するために採用された構成である。

これに対し,上記2で認定した内容によれば,引用発明1は,手工業的に実現さあれたボール,すなわち縫いボールに近い外観を有することを目的とするものであり,そのために,とりわけ隆起に着目し,隆起部分を有するボールとするために,皮革片を椀型(カップ状)に成形するという構成を採用したものと認められる。

このように,本件発明1と引用発明1は,貼りボールに縫いボールの特徴を取り入れようとする点では共通するものの,技術的着眼点は,本件発明1が飛距離等であるのに対し,引用発明1では外観であって,異なっている。また,貼りボールの外観を縫いボールに近付けるための手法としては,甲3の1に従来技術として記載された「縁端を装飾した皮革片を,空気袋に直接貼り付ける」手法,本件発明1のように「折り曲げ部」を設ける手法等,種々の構成が考えられるところ,引用発明1においては,上記のとおり「隆起部分」に着目した構成を採用したものであり,甲3の1の記載によっても,本件発明1のような,縫いボールと同様の深く狭い溝を形成するという思想は窺われないのであって,そのことに伴い当然のことながら,引用発明1と本件発明1とでは,採用された構成も異なっている。

(2) 本件発明1の「折り曲げ部」の構成については,曲げる角度が90度よりも小さな角度になる場合も含まれると解されるが,縫いボールと同様の溝を形成するという発明の目的や,「折り曲げ」の語意を考慮すると,単に曲げられているだけでなく,相当程度大きな角度で曲げられるべきものと解される。そうすると,仮に,引用発明1の皮革片の周縁部分に「折り曲げ部」の構成を採用した場合,「折り曲げ部」において相当程度大きな角度で曲げられることになり,それよりも内側の部分は平坦に近い状態になってしまうから,大きな隆起を形成することができなくなり,引用発明1の「隆起部分」の形成という目的に反することになる。

(3) さらに,縫いボールにおいて,「折り曲げ」は,縫うことによって必然的に生じるものであり,両者は一体不可分の構成ということができる。したがって,折り曲げ部を有する縫いボールが周知であるとしても,このうち折り曲げる構成のみに着目し,これを縫いボールから分離することが従来から知られていたとは認められず,これが容易であったということもできない。

(4) 小括

以上の点を総合すると,引用発明1において,「曲げ部」を「折り曲げ部」とすることが,当業者にとって容易に想到し得たことであるということはできない。したがって,引用発明1について,本件発明1の相違点1に係る構成とすることが容易であるとした審決は誤りであり,取消事由2には理由がある。


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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10162 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年02月24日 知的財産高等裁判所



  • 1 -




平成23年2月24日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件


口頭弁論終結日平成23年2月15日

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判 決



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主 文




特許庁が無効2009-800025号事件について平成22年1月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

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事実及び理由





第1 原告らの求めた判決



主文同旨


  • 2 -



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第2 事案の概要



本件は,被告の請求に基づいてされた原告らの特許を無効とする審決の取消訴訟であり,争点は,容易推考性の存否である。

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1 特許庁における手続の経緯




原告らは,平成10年(1998年)5月22日(日本国)の優先権を主張して,平成11年5月20日,名称を「球技用ボール」とする発明について国際特許出願(PCT/JP1999/002667,日本国における出願番号は特願2000-550565号)をし,平成20年7月18日に,本件特許第4155708号として特許登録を受けた(請求項の数10)。

被告は,平成21年2月13日に,本件特許の請求項1~4,6~9に記載された発明について無効審判請求をした。特許庁は,この請求を無効2009-800025号事件として審理し,平成22年1月7日,「特許第4155708号の請求項1ないし4,6ないし9に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は平成22年1月19日に原告らに送達された。

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2 本件発明の要旨



本件特許の請求項1~4,6~9は次のとおりである。

【請求項1】

圧搾空気が封入された球形中空体の弾性チューブと,

該チューブ表面全面に形成された補強層と,

該補強層上に直接またはカバーゴム層を介して接着された複数枚の皮革パネルとを備えた球技用ボールにおいて,

前記皮革パネルは,その周縁部が前記弾性チューブ側に折り曲げられる折り曲げ部を有し,前記皮革パネルの折り曲げ部にて囲まれた前記皮革パネルの裏面に,厚さを調整する厚さ調整部材が接着せしめられ,

前記皮革パネルの折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着されてなる球技用貼りボール。

【請求項2】

前記皮革パネルの周縁部が内側へ略180度折り込まれてなる請求項1記載の球技用貼りボール。

【請求項3】

前記皮革パネルの周縁部が内側へ略90度折り曲げられてなる請求項1記載の球技用貼りボール。

【請求項4】

前記皮革パネルの折り込まれた部分に,切り込みが形成されてなる請求項2記載の球技用貼りボール。

【請求項5】

前記厚さ調整部材が織布よりなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。(請求項9が本請求項を引用しているので,ここに掲載しておく。)

【請求項6】

前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。

【請求項7】

前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。

【請求項8】

前記衝撃緩衝部材が発泡材,不織布,嵩高織物又はハニカム構造部材よりなる請求項6または7記載の球技用貼りボール。

【請求項9】

前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間に補強層が介在せしめられてなる請求項1,2,3,4,5,6,7または8記載の球技用貼りボール。

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3 審判における被告主張の無効理由及び提出証拠



本件発明1~4,6~9は,それぞれ,本件特許の出願前に頒布された次の文献に記載された発明及び周知技術(周知例として括弧内の文献)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反する。

(1) 無効理由1(本件発明1について)

ア甲3の1及び甲4の1

イ甲3の1及び周知技術(甲5~8)

(2) 無効理由2(本件発明2について)

ア甲3の1,甲4の1及び甲7

イ甲3の1,甲7及び周知技術(甲5,甲6及び甲8)

(3) 無効理由3(本件発明3について)

ア甲3の1,甲9の1及び甲4の1

イ甲3の1,甲9の1及び周知技術(甲5~8)

(4) 無効理由4(本件発明4について)

ア甲3の1,甲4の1,甲6及び甲7

イ甲3の1,甲6,甲7及び周知技術(甲5及び甲8)

(5) 無効理由5(本件発明6について)

ア甲3の1,甲4の1及び甲10

イ甲3の1,甲10及び周知技術(甲5~8)

(6) 無効理由6(本件発明7について)

ア甲3の1,甲4の1及び甲11

イ甲3の1,甲11及び周知技術(甲5~8)

(7) 無効理由7(本件発明8について)

ア甲3の1,甲4の1,甲10及び甲11

イ甲3の1,甲10,甲11及び周知技術(甲5~8)

(8) 無効理由8(本件発明9について)

ア甲3の1,甲4の1及び甲11

イ甲3の1,甲11及び周知技術(甲5~8)

(9) 提出証拠

甲3の1:仏国特許出願公開第2443850号明細書

甲4の1:独国特許出願公開第19619796号明細書

甲5:実公昭33-1619号公報

甲6:実公昭38-16729号公報

甲7:登録実用新案第55967号明細書

甲8:実願昭56-153703号(実開昭58-58098号)のマイクロフィルム

甲9の1:英国特許第1555634号明細書

甲10:実公昭30-10612号公報

甲11:実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCD-ROM


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4 審決の理由の要点



(1) 無効理由1について

ア本件発明1と仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)に記載された発明(引用発明1)との間には,次の一致点と相違点1,2がある。

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【一致点】圧搾空気が封入された球形中空体の弾性チューブと,該チューブ表面全面に形成された補強層と,

該補強層上に直接接着された複数枚の皮革パネルとを備えた球技用ボールにおいて,

前記皮革パネルは,その周縁部が前記弾性チューブ側に曲げられる曲げ部を有し,前記皮革パネルの曲げ部にて囲まれた前記皮革パネルの裏面に,厚さを調整する厚さ調整部材が接着せしめられ,

前記皮革パネルの曲げ部に接合部が設けられてなる球技用貼りボール。

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【相違点1】

本件発明1では,前記皮革パネルの周縁部が「折り曲げられ」たものであって,前記「曲げ部」が「折り曲げ部」であるのに対して,引用発明1では,前記皮革パネルの周縁部は「折り曲げられ」たものではなく,前記「曲げ部」は「折り曲げ部」ではない点。
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【相違点2】

本件発明1では,前記皮革パネルが前記接合部において,「隣接する皮革パネルと接着され」ているのに対して,引用発明1では,前記皮革パネルは,前記接合部において,隣接する皮革パネルと接着されていない点。

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イ相違点1について

その周縁部が内側(弾性チューブ側)に折り曲げられる折り曲げ部を有する皮革パネルからなる縫いボールは,本件特許の優先日前に周知である(以下,この技術を「周知技術1」という。)。

引用発明1の「球技用貼りボール」は,複数の切片を縫い合わせて形成された皮革製の外側ケーシングと,ケーシング内に収容される空気注入式のブラダーとによって構成される職人による縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものであるところ,引用発明1において,その周縁部が内側に折り曲げられる折り曲げ部を有する皮革パネルからなる周知の縫いボールと比べてより遜色のない表面を有するものとするために,引用発明1の「球技用貼りボール」において,「皮革パネル」の 「周縁部」を内側に折り曲げて「折り曲げ部」を形成し,周知技術1の縫いボールの皮革パネルの周縁部のような形状にすることは,当業者が周知技術1に基づいて容易に想到することができた程度のことである。

したがって,引用発明1において,上記相違点1に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が周知技術1に基づいて容易になし得た程度のことである。

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ウ相違点2について

複数の皮革パネルを下層に接着して皮革パネルで球体を構成して製造する球技用ボールであって,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する接合部において,隣接する皮革パネル同士も接着することは,本件特許の優先日前に周知である(以下,この技術を「周知技術2」という。)。

引用発明1の「球技用貼りボール」は,「補強層(カバー)」の表面全体を覆うように複数の「皮革パネル」を貼り付けたものであって,前記「皮革パネル」は,「曲げ部」を有し,前記「皮革パネル」の「曲げ部」に「接合部」が設けられてなるものであるから,複数の皮革パネルを下層に接着して皮革パネルで球体を構成して製造する球技用ボールであるといえ,その下層に相当する「補強層(カバー)」に複数の「皮革パネル」を貼り付ける際に,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接合部」において隣接する皮革パネル同士も接着することは,当業者が周知技術2に基づいて容易になし得た程度のことである。

したがって,引用発明1において,上記相違点2に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が周知技術2に基づいて容易になし得た程度のことである。

エ本件発明1が奏する効果は,引用発明1が奏する効果,周知技術1が奏する効果及び周知技術2が奏する効果から,当業者が予測できた程度のものである。

オしたがって,本件発明1は,甲3の1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,無効とすべきである。

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(2) 無効理由2について

本件発明2と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点3がある。

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【相違点3】

本件発明2では,前記皮革パネルの周縁部が内側へ略180度折り込まれてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。

相違点1,2については上記(1)のとおりである。

相違点3について,登録実用新案第55967号明細書(甲7)には,「周縁部を内側へ略180度折り曲げた折り曲げ部を有する皮革パネルからなる縫いボール」が記載されているものと認められる。

引用発明1の「球技用貼りボール」は,職人による縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものであるところ,引用発明1の「球技用貼りボール」を具体的にどの縫いボールに比べて遜色のない表面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項であるというべきである。しかるところ,引用発明1において,甲7記載の縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものとするために,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ部」を形成することは,当業者が甲7記載の事項に基づいて容易に想到することができた程度のことである。

したがって,引用発明1において,上記相違点3に係る本件発明2の構成とすることは,当業者が甲7記載の縫いボールに基づいて容易になし得た程度のことである。

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(3) 無効理由3について

本件発明3と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点4がある。

【相違点4】

本件発明3では,前記皮革パネルの周縁部が内側へ略90度折り曲げられてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。

相違点1,2については上記(1)のとおりである。相違点4について,独国特許出願公開第19619796号明細書(甲4の1)には,「パネル2及び3の個々の要素1の周縁部を内側(空気注入式のブラダー側)へ略90度折り曲げた折り曲げ部を有する縫いボール」が記載されているものと認められる。

上記(2)と同様に,引用発明1の「球技用貼りボール」を具体的にどの縫いボールに比べて遜色のない表面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項であるというべきである。しかるところ,引用発明1において,甲4の1記載の縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものとするために,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略90度折り曲げて「折り曲げ部」を形成することは,当業者が甲4の1記載の事項に基づいて容易に想到することができた程度のことである。

したがって,引用発明1において,上記相違点4に係る本件発明3の構成とすることは,当業者が甲4の1記載の縫いボールに基づいて容易になし得た程度のことである。

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(4) 無効理由4について

本件発明4と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2,上記(2)のとおりの相違点3があるほか,次の相違点5がある。

【相違点5】
本件発明4では,前記皮革パネルの折り込まれた部分に,切り込みが形成されてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。

相違点1,2については上記(1)のとおりであり,相違点3については上記(2)のとおりである。

相違点5について,外表面が凸で内側になる裏面が凹である球等の形状を構成すある素材の周縁部を内側へ略180度折り込む際に折り込む部分に切り込みを形成することは本件特許の優先日前において常套手段である。

引用発明1の「球技用貼りボール」において,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ部」を形成し,登録実用新案第55967号明細書(甲7)記載の縫いボールの皮革パネルの周縁部のような形状にする際に,上記の常套手段を採用し,前記皮革パネルの折り込まれる周縁部に切り込みを形成して,上記相違点5に係る本件発明4の構成とすることは,当業者が常套手段に基づいて容易になし得た程度のことである。


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(5) 無効理由5について

本件発明6と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,

「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものである」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1,2が相違している。

そして,相違点1,2については上記(1)のとおりである。

(6) 無効理由6について

本件発明7と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものである」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1及び2に加えて,次の相違点6の点でも相違している。

【相違点6】

本件発明7では,前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなるものであるのに対して,引用発明1では,前記厚さ調整部材が,衝撃緩衝部材を有してはいるが,織布は有していないから,織布と衝撃緩衝部材の積層構造とはなっていない点。

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相違点1,2については上記(1)のとおりである。



相違点6について,実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCDROM(甲11)には,「発泡層を皮革パネルのバッキング材料として使用したサッカーボールの皮革パネルにおいて,表皮層及び不織布が破れた場合,その下の層である発泡層が機械的に極めて弱いために,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を解決するために,外側から表皮層,不織布層,布層,発泡層,布層の積層構造よりなるものとし,表皮層及び不織布層が破れたとしても,その下層の布層が強靱であるために,これより下層に破れが拡がることはないサッカーボールの皮革パネル。」の発明(引用発明2)が記載されているものと認められる。

引用発明1の「皮革パネル」は,ブラダー側が凹になるように曲げられ,発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材で満たされた一種のカップを形成するような形状に形成され,そのくぼんだ面である裏面に前記素材が完全に接着しているものであるから,「発泡層を皮革パネルのバッキング材料として使用した球技用ボールの皮革パネル」であるといえ,その「発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材」が引用発明2の「発泡層」に相当する。

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そうすると,引用発明1の「皮革パネル」も,皮革パネルが破れた場合,その下の層である「発泡層(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材)」が機械的に極めて弱く,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を内在していることは,当業者が引用発明2に基づいて容易に想到することができるものであり,この問題を解決するために,引用発明1において,皮革パネルと発泡層との間に,強靱であるために下層に破れが拡がることはない布層を介在させた積層構造とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。ここで,「布層」及び「発泡層」が,それぞれ,本件発明7の「織布」及び「衝撃緩衝部材」に相当することは明らかである。

したがって,引用発明1において,皮革パネルと厚さ調整部材である衝撃緩衝部材との間に「織布」を介在させて,前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなるものとすること,すなわち上記相違点6に係る本件発明7の構成とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。

(7) 無効理由7について

本件発明8と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものであり,かつ該衝撃緩衝部材が発泡材よりなる」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1,2の点で相違している。

そして,相違点1,2については上記(1)のとおりである。

(8) 無効理由8について

本件発明9と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点7がある。

【相違点7】

本件発明9では,前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間に補強層が介在せしめられてなるものであるのに対して,引用発明1では,前記「厚さ調整部材(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材11)」が,皮革パネルの裏面に接着せしめられているから,前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間には何も介在せしめられていない点。

相違点1,2については上記(1)のとおりである。

相違点7について,実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCDROM(甲11)には,上記(6)の引用発明2が記載されているところ,引用発明2の「強靱である布層」は,「これより下層に破れが拡がることはない」ようにするための層であるから,「補強層」であるといえる。

引用発明1の「皮革パネル」も,皮革パネルが破れた場合,その下の層である「発泡層(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材)」が機械的に極めて弱く,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を内在していることは,当業者が引用発明2に基づいて容易に想到することができるものであり,この問題を解決するために,引用発明1において,皮革パネルと発泡層との間に,強靱であるために下層に破れが拡がることはない布層を介在させた積層構造とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。

ここで,「布層」及び「発泡層」が,それぞれ,本件発明9の「補強層」及び「厚さ調整部材」に相当するから,引用発明1において,皮革パネルと厚さ調整部材との間に「補強層」を介在させること,すなわち上記相違点7に係る本件発明9の構成とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。

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第3 原告ら主張の審決取消事由


1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り,これに伴う本件発明1との一致点認
定の誤り,相違点の看過)
(1) 審決では,引用発明1の皮革片は「中央部分では緩やかな曲面であり,周
辺端面に近い領域では急な曲面であり,この急な曲面領域から周辺端面に至る領域
では緩やかな曲面あるいは平面であって,ブラダー側が凹になるように曲げられ」
ると認定した上で,その「急な曲面領域」が本件発明1の「曲げ」の箇所に相当し,
引用発明1の「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」
に相当すると認定している。


  • 13 -


しかし,仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)には,皮革片
の形状について「カップ形状」と記載されているだけで,皮革片が複数の領域に分
けられる旨の記載はなく,「(周辺端面に近い)急な曲面領域」が存する説明もな
い。甲3の1のFig.4においても,皮革片は全体として丸みを帯びた円弧状の
曲面形状を有することが示されているだけである。
また,引用発明1は,貼りボールにおいてカップ状の浮き出し部を設けることを
目的としている。この目的を達成すべく,皮革片をカップ形状に成形し,さらにそ
のカップの高さを高く維持するために,皮革片をカバーに接着させる際に,金型で
直接カップを押し付ける方法(カップの頂上近辺が強く押圧される方法)ではなく,
わざわざ金型内に流体層を設け,流体層を介して皮革片を押し付ける方法(カップ
全体が等しく押圧される方法)を採っている。引用発明1において,急な曲面領域
を有すると仮定すると,浮き出し部が低くなるので,引用発明1の目的に鑑みても,
皮革片の周辺端面に近い部分に「急な曲面領域」を設けることはあり得ない。
以上のとおり,甲3の1には,「周辺端面に近い急な曲面領域」は記載されてお
らず,これを境界とする「中央部」と「周辺部」も記載されていないので,審決に
おける引用発明1の認定は誤っている。
これに伴い,引用発明1の「急な曲面領域」が本件発明1の「曲げ」の箇所に相
当し,引用発明1の「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲
げ部」に相当するとの一致点認定についても誤りであり,この点を相違点として看
過した誤りがある。そもそも,本件発明1の構成は「折り曲げ部」であり,本件発
明1が採用しておらず,かつ,技術的意義が不可解な「曲げ部」なる概念を作出し
て一致点とすることはできない。
(2) 審決は,引用発明1の「皮革パネル」は,「皮革パネルの曲げ部」に「接
合部」を有していると認定する(19頁5行~6行)。
しかし,本件発明1の「接合部」は折り曲げ部19に存し,折り曲げ部に存する
接合部で隣接する皮革パネルの折り曲げ部と接着することによって,「幅が小さく」


  • 14 -


かつ「深い」溝が形成できる。これに対し,引用発明1は皮革片8がカップ状であ
り,当該皮革片8が隙間なく球面のカバー10を覆うように貼り付けられているだ
けであるから,隣接するカップ状の皮革片同士は,外に広がるカップ形状の裾の部
分(底面と周縁部の境界線,周辺端面)で接触するだけである。したがって,引用
発明1の接合部は,カップ形状の裾(周辺端面)の部分のみに存する。
このように,本件発明1の「接合部」と引用発明1「接合部」は皮革パネル(皮
革片)における位置が異なり,本件発明1の接合部は,皮革片の周縁部に存在する
ことを前提とするから,カップ形状の裾の部分のみに接合部を有する引用発明1の
接合部は,本件発明1の接合部とは全く異なるものである。
したがって,引用発明1が接合部を有しており,これが本件発明1の接合部と同
一であるとする審決の認定は誤りである。
なお,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を設けるという課題を解決するため
に,柔軟で弾性的な素材で満たされた皮革パネルをカップ形状に成形し,このよう
に成形された皮革パネルをカバーに接着する際に,流体層を用いて押圧することに
よって,当該カップ形状を変形させずに浮き出し部を有する貼りボールを提供する
発明である。したがって,互いに隣接する皮革パネルの周縁部(ただし,周辺端面
以外の部分)が,金型等によって上から押圧されるなどして変形し,その周縁部同
士が接合することはない。
2 取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)
(1) 審決は,仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)の「発
明の目的の一つは,職人によるボールのような外見を有し,膨張収縮が可能で,保
存および出荷が容易であるボールを工業的に製造することである。」という記載に
基づいて,貼りボールにおいて,縫いボールの皮革パネルのような形状にすること
は容易であると判断している。
(2) しかし,甲3の1に記載の引用発明1は,皮革パネルをカップ状に成形し,
このように成形された皮革パネルをカバーに接着する際に,当該カップ形状が変形


  • 15 -


しないように流体層を用いることによって,カップ状の浮き出し部を有する貼りボ
ールを提供する発明である。したがって,甲3の1に記載された職人によるボール
のような外見とは,カップ状の浮き出し部を有する縫いボールのような外見の意味
であり,それ以外の外見を意味していない。このように,引用発明1の具体的な内
容を度外視して,周知技術との組合せを容易とすることは不当である。
(3) また,引用発明1は貼りボールについての発明であり,これに,縫いボー
ルの構成を適用することには,阻害事由がある。
ア縫いボールは,通常,職人の手縫いによって製造されるボールであり,
機械的な大量生産が不可能なボールである。これに対し,貼りボールは,製造の機
械化により大量生産が可能なボールである。このように,縫いボールと貼りボール
とは構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。したがって,職人による縫製作
業で形成できる縫いボールの構成の一部を,何らの技術的裏付けもないまま,甲3
の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することなどでき
ないというべきであり,引用発明1に周知技術1を適用することには阻害事由があ
るというべきである。
イ縫いボールでは,隣接する皮革パネルが縫い合わせられるから,皮革パ
ネルの周縁部は縫い合わせるために折り曲げられる必要性がある。これに対し,「貼
りボール」の皮革パネルは,ボールの球状を作り出すボール基体に張り付けられる
だけであって,そもそも皮革パネルを折り曲げる必要性が全くない。このように,
互いに縫い合わせるために皮革パネルの周縁部が折り曲げられる「縫いボール」の
発明における,「皮革パネルが折り曲げられ」かつ「皮革パネル同士が縫合されて
いる」という一体不可分の構成から,「皮革パネルが折り曲げられ」る構成だけを
切り出して,皮革パネルを折り曲げる必要のない甲3の1記載の「貼りボール」の
発明に適用することは当業者が容易に想到できることではない。
(4) 引用発明1の目的であるカップ状の浮き出し部を有する外見を得るため
には,皮革片は周縁部から中央部に向かって急な曲面領域を有さずに立ち上がって


  • 16 -


いる形状が有利であり,具体的には「おわん状の形状」が有利である。急な曲面領
域を有するカップ形状は,急な曲面領域を有さないカップ形状に比べてカップ形状
による浮き出し部が低くなってしまうので,引用発明1において,浮き出し部が低
くなる要因となる折り曲げ部を設けた皮革片を用いようと動機付けられることはな
い。
以上のとおり,相違点1に関する審決の判断は誤りである。
(5) 被告の主張に対する反論
被告は,当業者であれば,貼りボールの構成を縫いボールに近付けることを自然
と考慮し,その場合に,溝の形状に着目するのもごく自然であると主張する。しか
し,先行文献でもない本件明細書上の記載をもって,本件発明における「貼りボー
ルの品質を維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性,ボール,コントロール
性を併せもつボールを実現する」という目的が公知であったなどということはでき
ないし,被告が援用する実願昭58-76649号(実開昭60-25648号)
のマイクロフィルム(甲12)には,何ら縫いボールに関する記述はなく,甲12
記載の発明の発明者が貼りボールを縫いボールの性能に近付けることを課題として
いたかどうかそもそも不明である。さらに,上記(3)で主張したように縫いボールと
貼りボールとで生産方法が大きく異なることからすると,当業者が双方のボールに
関する知識を有しているからといって,これを適用することが自然であるとはいえ
ない。また,仮に,貼りボールを縫いボールの性能に近付けることを課題として認
識した当業者がいたとしても,その近付け方は千差万別であると考えられ,当業者
が「溝の形状」に着目することがごく自然であるなどと結論付けることはできない。
このことは,引用発明1の発明者が,カップ状の皮革片を用いることにより貼りボ
ールの外見を縫いボールに近付けようとしたことからも明らかである。
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)
(1) 審決は,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接合部」において
隣接する皮革パネル同士も接着することは,当業者が,実公昭33-1619号公


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報(甲5)や実公昭38-16729号公報(甲6)に記載の周知技術2に基づい
て容易になし得た程度のことであると判断している(23頁11行~31行)。
(2) しかし,甲5記載の発明は,バレーボールを被包する皮革片の裏面に接着
剤を塗布することの欠点を解消すべく,皮革片の周縁部のみに接着剤を塗布する発
明である。
他方,引用発明1の皮革片は,ブラダー1のカバー10の表面全体を覆うように
貼り付けられ,カバー10には,接着剤を塗布するか,あるいは加熱又は冷却する
ことによって皮革片8を接合することの出来る材料をあらかじめ塗布しておくこと
が想定されている。
このように,引用発明1では,皮革片の裏面に接着剤を塗布するのに対し,甲5
記載の発明では,皮革片の裏面に接着剤を塗布することにより生じる問題点を解消
するために,皮革片の周縁部のみに接着剤を塗布しているのであって,「皮革パネ
ル」を貼り付ける際に,相矛盾する方法を採用しているのであるから,当業者が,
両発明を組み合わせようと想到することはない。
(3) 甲6記載のボールは,皮革素子の連接部が凸凹構造を有し,この凸凹が互
いに組み合わされて接合する特殊な構造を有する発明であるから,このような特殊
な構造を有する発明を引用発明1と組み合わせることは容易に想到し得ない。また,
甲6記載の発明は,皮革素子の連接部の凸凹によって互いに組み合わされるという
特殊な構造において皮革素子間に接着剤を用いて接着する発明であるから,この文
献に基づいて,周知技術として,「隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接
合部」において隣接する皮革パネル同士を接着するという技術」を認定することは
できない。
(4) 引用発明1では,金型の内部に流体層を設けることによって,カップ形状
全体が流体層で一律に押圧されるから,皮革片の周縁部は流体層によって内側(皮
革片が潰される方向)に押圧される。そのように皮革片が内側に押圧されると,皮
革片の間が広がるから,そもそも,引用発明1に皮革片同士を接着する技術を適用


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することには阻害事由があるというべきである。
(5) 引用発明1においては,皮革片のカップ形状の裾が接合しているだけであ
るから,これを一定の領域で接触するように押し付けて,接着剤を用いることまで
想到することは容易ではない。
(6) したがって,相違点2に関する審決の判断は誤りである。
4 取消事由4(本件発明1の効果についての判断の誤り)
(1) 本件発明1は,皮革パネル間の接合部を接着させるとともに縫いボールと
同様の「幅が小さく」かつ「深い」溝を形成することによって,「貼りボールの品
質(重量,大きさ,真球性,耐久性,形状維持性,経時変化に対する強度向上)を
維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性,ボールコントロール性を併せ持つ
ボールを実現するものである。
これに対し,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を有する外見を得ることを目
的とした発明であり,甲3の1のFig.6からも明らかなように,皮革パネル間
の周縁部(裾以外の部分)同士は接合されておらず,また,「幅が小さく」かつ「深
い」溝を形成するものでないため,上記の効果を有しないことが明らかである。
また,上記2,3で主張したように,引用発明1に周知技術1及び2を適用する
ことには阻害事由があるから,引用発明1に周知技術2の効果を適用することもで
きない。さらに,周知技術2については,審決が挙げる文献から周知技術2を認定
すること自体が誤りである。
したがって,本件発明1の効果に関する審決の認定は誤りである。
(2) 本件発明1は,職人による縫製作業を経て製造される「縫いボール」での
み形成できた皮革パネル間の「幅が小さく」かつ「深い」溝を,工業的に大量生産
できる「貼りボール」で実現した発明である。
このような本件発明1の優れた効果は世界的に極めて高く評価され,世界最高峰
のサッカー大会であるワールドカップの公式試合球として採用された。
以上のとおり,本件発明1が甲3の1等に記載された発明から予測できた程度の


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ものであるという審決の認定は,誤っている。
5 取消事由5(本件発明2についての判断の誤り)
(1) 相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のと
おりである。
(2) 相違点3について
登録実用新案第55967号明細書(甲7)記載の発明は,縫いボールに関する
発明であって,皮革片が180度に折り曲げられているものである。
取消事由2で主張したのと同様に,縫いボールでは,縫合と折り曲げとは一体不
可分の関係にある。よって,甲7記載の縫いボールの発明から「皮革片が180度
折り曲げられること」だけを切り出して,貼りボールの発明である引用発明1に適
用することはできない。また,甲7記載の職人による縫製作業で製造される縫いボ
ールの構成を,甲3の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適
用することには阻害事由がある。さらに,皮革片が180度折り曲げられて用いら
れることは,引用発明1の目的(カップ状の浮き出し部)の達成の障害となるから,
浮き出し部が低くなる要因となる180度折り曲げられた皮革片を用いようとする
動機付けはない。
以上のとおりであるから,審決の相違点3に関する判断は誤っている。
6 取消事由6(本件発明3についての判断の誤り)
(1) 相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のと
おりである。
(2) 相違点4については,上記5(2)で主張したのと同様の理由から,審決の
判断は誤りである。
7 取消事由7(本件発明4についての判断の誤り)
(1) 相違点1~3についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3,5
のとおりである。
(2) 相違点5について


  • 20 -


ア引用発明1において,皮革片を折り曲げることは全く想定されていない。
したがって,引用発明1において皮革片が内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ
部」を形成することを前提とした,皮革パネルの折り込まれる周縁部に切り込みを
形成することは容易とする審決の判断は,その前提が誤っているから,その判断も
誤っている。
イ審決において,切り込み部分の開示があるとしている実公昭38-16
729号公報(甲6)及び180度の折り曲げ部が形成されているとする登録実用
新案第55967号明細書(甲7)はいずれも縫いボールの発明である。
縫いボールと貼りボールとは構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。した
がって,甲6と甲7における職人による縫製作業で形成できる縫いボールの構成を,
甲3の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することには
阻害事由がある。
以上のとおりであるから,審決の相違点5に関する判断は誤っている。
8 取消事由8(本件発明6についての判断の誤り)
相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりで
ある。したがって,本件発明6に関する審決の判断は誤りである。
9 取消事由9(本件発明7についての判断の誤り)
(1) 相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のと
おりである。
(2) 相違点6について
審決は,相違点6に係る本件発明7の構成とすることは,当業者が実願平3-5
9560号(実開平5-5157号)のCD-ROM(甲11)に記載された引用
発明2に基づいて容易になし得たと判断する。
しかし,引用発明2は,縫いボールの発明である。縫いボールと貼りボールとは
構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。したがって,甲11に記載された職
人による縫製作業で形成できる縫いボールの構成の一部を,甲3の1に記載された


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機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することには阻害事由がある。
以上のとおりであるから,審決の相違点6に関する判断は誤っている。
10 取消事由10(本件発明8についての判断の誤り)
相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりで
ある。したがって,本件発明8に関する審決の判断は誤りである。
11 取消事由11(本件発明9についての判断の誤り)
(1) 相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のと
おりである。
(2) 相違点7については,取消事由9(2)で主張したのと同様の理由から,審
決の判断は誤りである。

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第4 被告の反論


1 取消事由1に対し
(1)ア甲3の1のFig.4を見れば,引用発明1の皮革片が,「中央部」と
「周辺部」に区別される形状であることは明らかであり,両者の境界が「急な曲面
領域」となっていることにも疑いはない。
イ原告らは,引用発明1がカップ状の浮き出し部を設けることを目的とし
ており,急な曲面領域を有するカップ形状は,急な曲面領域を有しないカップ形状
に比べて浮き出し部が低くなってしまうので,引用発明1の目的に鑑みれば,「急
な曲面領域」が設けられることはあり得ないと主張している。
しかしながら,引用発明1の目的は,職人によるボール(すなわち,縫いボール)
のような外観を有するボールであって,保存及び出荷が容易なボールを工業的に製
造できるようにすることであり,カップ状に高く盛り上がった浮き出し部を設ける
ことを解決課題とするものではない。一般に,縫いボールは,表側同士を付け合わ
せた状態で縫い合わされた皮革片を裏返す製法を採用していることから,皮革片の
周辺部が裏側に折り曲げられた構成となっているので,皮革片の周辺部に急な落ち


  • 22 -


込みが必然的に存在する(溝が形成される)。したがって,「職人によるボールの
ような外見」とは,皮革片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を意味し
ているのであって,カップ状に高く盛り上がった浮き出し部を有するという外見を
意味するのではない。「カップ状」という表現は,柔軟で弾性を有する素材を充填
できるよう内側に凹部を有する形状にすることを意図したものにすぎない。
また,皮革片が急な曲面領域を有している場合には,周辺部の立ち上がり角度が
急になるだけであって,中央部の盛り上がり形状が変わるものではない。
ウ原告らは,「折り曲げ」と「曲げ」が異なる旨主張する。
しかし,本件発明1の構成が「折り曲げ」であるとしても,「折り曲げる」とは
「折って曲げる」ことであるので,本件発明1の皮革パネルと甲3の1に記載され
た皮革片とで,「曲げる」ことが一致する点に変わりはなく,審決の認定に誤りは
ない。
(2) 原告らは,引用発明1の皮革片の裾のみが接触する態様は接合部に当たら
ないと主張する。
しかし,本件発明1の構成によれば,接合部は,①折り曲げ部の少なくとも一部
であり,②折り曲げ部内のどの位置に設けられるかについて限定されておらず,③
折り曲げ部の折り曲げ角度が略90度に限定されないため,折り曲げ部の少なくと
も一部において隣接パネルと接触すればよいから,接合部が裾の部分のみに設けら
れる態様も含む。
なお,甲3の1のFig.6によれば,皮革片8は,その周縁部が隣の皮革片8
の周縁部に接触するように配設されている。また,甲3の1では,皮革片8は「互
いに突き当てられるように置かれ」とされている(被告作成の訳文である甲3の2
参照)。さらに,ブラダーに空気を入れるとボール全体が膨張するため,皮革片間
の隙間が広がって補強層(又はカバーゴム層)が見えやすくなる「貼り目開き」と
いう品質不良があり,これを避けるため,皮革片の大きさは金型内面のサイズと比
べて大きく設計されるのが,当業者にとっては周知の技術である。したがって,引


  • 23 -


用発明1の皮革片に「接合部」は存在する。
2 取消事由2に対し
(1) 上記1(1)イで主張したとおり,引用発明1の目的である「職人によるボ
ールのような外見」とは,皮革片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を
意味しているのであって,カップ状の浮き出し部を有するという外見を意味するの
ではない。
(2) 原告らは,貼りボールの発明である引用発明1に縫いボールの構成を適用
することに阻害事由が存在すると主張している。
しかし,本件発明1の目的は,「貼りボールの品質を維持しつつ,縫いボールの
飛距離,グリップ性,ボールコントロール性を併せもつボールを実現する」ことで
ある。このように,縫いボールと同等の性能を有する貼りボールを開発することを
課題とした当業者であれば,貼りボールの構成を縫いボールの構成に近付けること
を自然と考慮する。また,実願昭58-76649号(実開昭60-25648号)
のマイクロフィルム(甲12)の「従来技術」以下の記載を参酌すると,皮革片の
接合部に形成された凹溝が,ボールの飛距離向上,掴みやすさ等の感触性の改善に
必要なものであることが従来から知られていたことが窺われる。さらに,本件特許
の発明者も,縫いボールに関する特許出願をしており,当業者は,縫いボールと貼
りボールの双方に関する知識を有している。したがって,縫いボールの性能に近付
けることを課題とした当業者であれば,貼りボール及び縫いボールの溝の形状に着
目することはごく自然のことである。したがって,折り曲げと縫合が一体不可分と
しても,折り曲げの構成を切り出すことは自然である。
(3) 引用発明1の目的とされる「職人によるボールのような外見」とは,皮革
片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を意味しているのであって,カッ
プ状に高く盛り上がった浮き出し部を有するという外見を意味するのではない。し
たがって,原告ら主張の動機付けの問題はない。
3 取消事由3に対し


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本件特許優先日前において,皮革パネル間の接合部からの浸水を低減するという
課題は,独国特許出願公開第19619796号明細書(甲4の1)及び登録実用
新案第55967号明細書(甲7)に示されるように周知であり,また,浸水を防
止してボールの重量増加を抑制するという課題は,甲4の1及び英国特許第155
5634号明細書(甲9の1)に示されるように周知である。したがって,皮革パ
ネル同士の接合部を接着するという実公昭33-1619号公報(甲5),実公昭
38-16729号公報(甲6)の開示に基づいて,引用発明1の皮革パネル同士
を接着することは容易である。
また,原告らは,皮革片が流体層に押圧されることによって皮革片間が広がるこ
とを理由として,引用発明1に皮革片同士を接着する技術を適用することには阻害
事由があると主張する。
しかしながら,貼りボールにおいて,皮革パネルの周縁部において隣接パネルと
の接合部が無いものはあり得ないのであって,仮に,皮革片が流体層に押圧された
ときに皮革片の急な曲面領域間が広がるように変形することがあったとしても,各
皮革片の周縁部には,隣の皮革片と接触した部位(例えばブラダー側の部位)が必
ずあるため,その部分が接着されれば十分である。したがって,皮革片が流体層に
押圧されることによって皮革片間が広がる部分が存在するとしても,そのことが阻
害事由になるものではない。
4 取消事由4に対し
(1) 上記1で主張したとおり,引用発明1では,皮革片間の周縁部の一部同士
が接合しており,また,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を有する外見を得る
ことを目的としたものではなく,職人によるボール(すなわち,縫いボール)のよ
うな外観を有するボールを提供することを目的としているので,縫いボールと同様
の「幅が小さく」かつ「深い」溝を形成するものである。
(2) ワールドカップの公式試合球が仮に本件明細書の図7に示された貼りボ
ールだとしても,それは,皮革パネルの周縁部が90度に折り曲げられ(本件発明


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3),かつ厚さ調整部材が一様な厚みである,というように,溝の形状に影響を与
える要素について,本件発明1の構成をさらに限定した発明にすぎない。したがっ
て,本件発明1の貼りボールが世界的に高く評価されているとの原告らの主張には
疑問が残る。
5 取消事由5に対し(相違点3について)
上記2(2)で主張したとおり,本件発明の目的は,縫いボールと同等の性能を有す
る貼りボールを開発することであるため,このような目的を持った当業者であれば,
縫いボールにおいて「皮革片が折り曲げられること」と「皮革片同士が縫い合わさ
れること」が一体不可分の関係にあるとしても,「皮革パネルが折り曲げられ」た
構成を切り出して,「貼りボール」の発明である引用発明1に適用することは,ご
く自然に着想する。
また,引用発明1の目的は,職人によるボール(すなわち,縫いボール)のよう
な外観を有するボールであって,保存及び出荷が容易なボールを工業的に製造でき
るようにすることであり,高く盛り上がったカップ状の浮き出し部を設けることで
はない。「職人によるボールようの外見」とは,周辺部において急な落ち込みが存
在する外見を意味するのであって,具体的にどの縫いボールと比べて遜色のない表
面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項である。
6 取消事由6に対し
相違点4については,上記5で主張したのと同様の理由から,審決に誤りはない。
7 取消事由7に対し
原告らは,縫いボールの構成を貼りボールに適用することには阻害事由があると
主張する。
しかし,本件発明の目的は,縫いボールと同等の性能を有する貼りボールを開発
することであり,このような目的を持った当業者であれば,縫いボールの構成を貼
りボールの発明に適用することを自然に着想する。
8 取消事由9に対し


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上記7で主張したのと同様の理由から,実願平3-59560号(実開平5-5
157号)のCD-ROM(甲11)に記載された発明の構成を引用発明1に適用
することは,自然に着想する。

9 取消事由11に対し

上記7で主張したのと同様の理由から,甲11に記載された発明の構成を引用発明1に適用することは,自然に着想する。

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第5 当裁判所の判断



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1 本件発明1について



本件明細書(甲23)によれば,本件発明1は,次のような発明であると認められる。

本件発明1は,サッカーボール等の球技用ボールに関するものである(段落【0001】)。

従来,球技用ボールには,貼りボールと縫いボールの2種類があり,貼りボールは,ゴムチューブ等からなる中空体に皮革パネルを接着することにより製造されるため,製造が機械化できて安価であり,また真球性等に優れている一方,パネル接合部の溝の幅が広く(通常約8mm),かつ浅い(通常約1mm)ために,空気抵抗が減少せず,飛距離が伸びない,グリップ性に劣り掴みにくいという問題がある(段落【0002】~【0004】)。

これに対して縫いボールは,皮革パネルの端縁同士を内側に折り込んで,糸で縫い合わせて球状とした表皮層内に,チューブを収納したものであり,皮革パネルが内側へ折り込まれるので,この部分に形成される溝の幅は小さく(約2.5mm),かつ深い(約2mm)ため,空気抵抗が小さくなり,飛距離が大きくなり,またグリップ性等に優れるが,手縫いに頼らざるを得ず,生産性が悪く,品質も不安定で真球性にバラツキを生じやすい等の問題がある(段落【0005】,【0006】)。本件発明1の目的は,貼りボール構造における空力特性等を改善することであり,

皮革パネルの接合部に縫いボールと同様の溝を形成することにより,真球性等の貼りボールの品質を維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性等を併せもつボールを実現するものである(段落【0009】)
そのために,本件発明1のボールは,貼りボール構造において,皮革パネルの周a
縁部が内側へ折り込まれるとともに,折り込まれた部分にて囲まれた皮革パネルの裏面に,折り込みにより生じる段差を解消する厚さ調整部材が接着されてなる構成とされている。これにより,隣接する皮革パネルの接合部に縫いボールと同じ形状の溝ができることで,空気抵抗を減じ,グリップ性を向上させるとともに,厚さ調整部材の存在により,皮革パネル裏面は平坦面となり,折り込みにより生じる段差が皮革パネル表面に現れず滑らかなものとなる(段落【0010】)。また,折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着されてなる構成とすることで,皮革パネルの接合部からの水分の浸入を防止し,かつ,皮革パネルの剥離を防止することで,耐久性を向上させることができる(段落【0013】)。さらに,基本的に貼りボールであるから,真球性等において貼りボールと同等の品質が維持され,機械的な生産が可能である等の利点を有するものである(段落【0046】)。

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2 引用発明1について



甲3の1(訳文として被告作成の甲3の2と,原告ら作成の甲20が提出されており,ここでは,基本的に甲3の2に沿って認定した。)によれば,引用発明1は,次のような発明であると認められる。引用発明1は,サッカー等に用いるボールに関するものである(甲3の2の訳文2頁2行~3行)。

このようなボール(縫いボール)は,一般に,縫合された外側の皮革片と,その中に収容された膨張可能な空気袋からなるが,手工業的に手作業で製造されるため,高価である。そこで,縫い目に似せた隆起部分(ただし,甲20の訳文では「縫いボールのものに近い浮き出し部」となっている。)を付与しようとして,縁端が装飾された皮革片を空気袋の上に直接接着することで,工業的にボールを製造することが考案された。しかし,そのようなボールは,皮革片がはがれる危険性を回避するために,膨張不可能な空気袋を製造する必要があり,また,その外面には,縫合されたボールと比べて低い隆起しか有しないという問題があった(甲3の2の訳文2頁4行~13行)。

そこで,引用発明1のボールは,手工業的に実現されたボール(縫いボール)の外観を有することを目的の一つとするものであって,膨張可能な空気袋と,空気袋の表面に固着された皮革片からなる外被材を備えるタイプのものであり,皮革片は,空気袋の側を向くように定められた面において椀部を形成するように構成され,この椀部に,柔軟で弾性を有する材料が詰め込まれることを特徴としている(甲3の2の訳文2頁14行~19行)。

皮革片8は,柔軟で弾性を有する材料11で充填される一種の椀部9を形成するように構成され,各皮革片8は,空気袋1の被覆材10の全表面を覆い尽くすように,互いに突き当てられるように置かれ,成形型12から抜き出されたボールは,手工業的に実現されたボール(縫いボール)に極めて類似した表面を呈する(甲3の2の訳文3頁10行~11行,14行~15行,25行~27行)。

そして,甲3の1のFig.4には,皮革片8の椀部9がカップの形状をしており,皮革片8の中心部では比較的緩やかな曲線であり,周辺端面に近い領域ではより急カーブの曲線で,この急カーブの曲線となっている領域から周辺端面に至る領域では緩やかな曲線あるいは直線であって,空気袋1側が凹になるように曲がっている断面形状となっている様子が描かれている。また,Fig.6には,カップ形状の皮革片8が互いに隣り合って並べられ,周辺端面(裾の部分)のみが接している様子が描かれている。

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3 取消事由1について



(1) 原告らは,引用発明1には「急な曲面領域」は存在せず,これを境界とする中央部や周辺部も存在しないので,審決の引用発明1の認定は誤りであり,これに伴い,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとの一致点認定も誤りである旨主張する。

しかし,上記2で認定したとおり,引用発明1の皮革片は,周辺端面に近い部分において急カーブの曲線となっており,その部分を挟んで,中心部では比較的緩やかな曲線に,周辺端面に至る領域では緩やかな曲線あるいは直線となっているのであるから,審決が引用発明1について「急な曲面領域」を認定したことに誤りはなく,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとした一致点認定にも誤りはなく,この点に関する相違点の看過もない。

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(2) 原告らは,引用発明1の皮革片はカップ状の裾の部分しか接合しておらず,本件発明1の接合部とは異なっているので,「接合部」が設けられる点を一致点とした審決の認定に誤りがあると主張する。

上記1で認定したとおり,本件発明1は,皮革片の周縁部を折り曲げ,折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着するという構成をとるものである。このように,本件発明1における「接合部」は,接着するための部位であるから,一定の領域を有する「面接触」を要するものと解される。これに対し,上記2のとおり,引用発明1は,カップ状の皮革パネルの裾部分(周辺端面)のみを接触させたものであり,接触している部分は線接触であると認めるのが自然である。

そうすると,引用発明1における皮革片の接触部は,接着するための接合部とはいえず,本件発明1における接合部に相当するということはできないから,この点を一致点とした審決の認定は誤りである。そして,「接合部」の有無は,皮革パネルの接着に関する相違点2の前提となるものであって,この点の相違も含めて相違点2についての本件発明1の構成の容易想到性を判断すべきなのに,審決はこれを怠っている。したがって,取消事由1は,理由がある。

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4 取消事由2について



(1) 上記1で認定したとおり,本件発明1の「折り曲げ部」は,縫いボールと同様の飛距離,グリップ性等を得るために,皮革パネル間に,縫いボールと同様の深くて狭い溝を形成するために採用された構成である。

これに対し,上記2で認定した内容によれば,引用発明1は,手工業的に実現さあれたボール,すなわち縫いボールに近い外観を有することを目的とするものであり,そのために,とりわけ隆起に着目し,隆起部分を有するボールとするために,皮革片を椀型(カップ状)に成形するという構成を採用したものと認められる。

このように,本件発明1と引用発明1は,貼りボールに縫いボールの特徴を取り入れようとする点では共通するものの,技術的着眼点は,本件発明1が飛距離等であるのに対し,引用発明1では外観であって,異なっている。また,貼りボールの外観を縫いボールに近付けるための手法としては,甲3の1に従来技術として記載された「縁端を装飾した皮革片を,空気袋に直接貼り付ける」手法,本件発明1のように「折り曲げ部」を設ける手法等,種々の構成が考えられるところ,引用発明1においては,上記のとおり「隆起部分」に着目した構成を採用したものであり,甲3の1の記載によっても,本件発明1のような,縫いボールと同様の深く狭い溝を形成するという思想は窺われないのであって,そのことに伴い当然のことながら,引用発明1と本件発明1とでは,採用された構成も異なっている。

(2) 本件発明1の「折り曲げ部」の構成については,曲げる角度が90度よりも小さな角度になる場合も含まれると解されるが,縫いボールと同様の溝を形成するという発明の目的や,「折り曲げ」の語意を考慮すると,単に曲げられているだけでなく,相当程度大きな角度で曲げられるべきものと解される。そうすると,仮に,引用発明1の皮革片の周縁部分に「折り曲げ部」の構成を採用した場合,「折り曲げ部」において相当程度大きな角度で曲げられることになり,それよりも内側の部分は平坦に近い状態になってしまうから,大きな隆起を形成することができなくなり,引用発明1の「隆起部分」の形成という目的に反することになる。

(3) さらに,縫いボールにおいて,「折り曲げ」は,縫うことによって必然的に生じるものであり,両者は一体不可分の構成ということができる。したがって,折り曲げ部を有する縫いボールが周知であるとしても,このうち折り曲げる構成のみに着目し,これを縫いボールから分離することが従来から知られていたとは認められず,これが容易であったということもできない。

(4) 小括

以上の点を総合すると,引用発明1において,「曲げ部」を「折り曲げ部」とすることが,当業者にとって容易に想到し得たことであるということはできない。したがって,引用発明1について,本件発明1の相違点1に係る構成とすることが容易であるとした審決は誤りであり,取消事由2には理由がある。


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5 取消事由5~11について



上記4で説示したとおり,本件発明1に関する取消事由2には理由があるところ,本件発明2~4,6~9は,いずれも本件発明1の構成をすべて含むものであるから,取消事由2と同様の理由により,本件発明2~4,6~9に係る取消事由5~11はいずれも理由がある。

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第6 結論



以上のとおりであって,取消事由3,4について判断するまでもなく,本件発明1~4,6~9を無効とした審決は誤りであって,取り消されるべきものである。

よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官塩月秀平- 32 -裁判官清水節裁判官古谷健二郎
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Last Update: 2011-03-01 09:05:36 JST

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……………………………………………………判決末尾top
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特許: 【容易想到性(進歩性)】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10135号審決取消請求事件))





目 次


特許: 【容易想到性(進歩性)】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10135号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」



H230301の現在のコメント


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10135号審決取消請求事件))

「容易想到性」に関する事実認定判決です。判示の中に,「進歩性」の言葉を使用しています。



縮小版なし・判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10135号審決取消請求事件))



第2 事案の概要



本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の本件特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が,本件発明の要旨を下記2のとおり認定した上で,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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第4 当裁判所の判断





1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について



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(1) 本件発明の認定について


12

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ア本件明細書(甲1)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

(ア) 本発明は,土壌中の微生物を選択的に除菌してその活性化を図るようにした植栽用土壌の活性化方法に関するものである。

土壌中には,植物病原性微生物である糸状菌や,糸状菌を抑制して植物の病気感染を防ぐ放線菌及び窒素を固定して肥料とする細菌等の微生物が生息しているが,土壌処理に用いる除菌剤の殺菌力が弱いと,有害な菌を十分に除くことができず,また,強力な除菌剤では植栽に有効な菌までも除去してしまう欠点があった。その上,従来の各種除菌剤は刺激臭が強く,人畜にも有害なものがあり,ビニールシートで土壌を覆ってその間に使用しなければならない等,農作業上の面からも問題があった。

(イ) 本発明の目的は,植栽上有効な菌を十分に土壌中に残存せしめ,有害な菌を選択的に除去して土壌を活性化するとともに,臭気が少なく,人畜に無害な植栽用土壌の活性化方法を提供することである。これらの目的は,特定濃度範囲の二酸化塩素水溶液を有効成分とする土壌活性化除菌剤を撒布することにより達成できる。

(ウ) 二酸化塩素は,非常に水に溶けやすく,強力な酸化作用があるが,低濃度で使用すれば安全であるから,二酸化塩素水溶液を適当な濃度で土壌中に撒布することにより,細菌,放線菌等の菌は有効量残存させ,糸状菌等の植栽に有害な菌は著しく減少させることができる。


(エ) 本発明の実施例として,濃度6万ppmの二酸化塩素水溶液20ℓ を約2000ℓ の水により希釈し,作成した濃度約600ppmの二酸化塩素水溶液を土壌1反当り約2000ないし2500ℓ の割合で撒布した。撒布後,二酸化塩素がほぼ消失するまで約2週間放置し,土壌を乾燥させた後,施肥し,植物を栽培した。その結果,植栽に有効な細菌は,処理前が土壌1g当り,2200万個であったものが3万9000個に減少し,放線菌は430万個から2万4000個に減少しているが,この程度の残存数では植栽上有効であって大きな悪影響はないのに対し,有害な菌である糸状菌は処理前の10万個から60個に著しく減少し,十分に土壌の活性化が行われた。残存率は,細菌が約17.7%,放線菌が約55.8%,糸状菌が約6%であった。この土壌を1例として苗床に使用して野菜の栽培を行ったところ,極めて良好な結果が得られた。

これに対し,約500ppmの二酸化塩素水溶液で除菌処理した場合,土壌中の糸状菌の残存率が上記600ppmの場合の約2倍となり,十分な除菌効果が得られなかった。また,約700ppmの二酸化塩素水溶液の場合,植栽に有効な上記細菌や放線菌まで除菌されてしまい,活性化の目的を達成することができなかった。

(オ) 本発明は,濃度500ないし700ppmの二酸化塩素水溶液を土壌に撒布することにより,植栽に有効な細菌及び放線菌を比較的多量に土壌中に残存せしめるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少せしめて土壌の活性化を行い,作物の成育に極めて良好な結果を得ることができ,また二酸化塩素は水に非常に溶けやすく,本発明においてはその水溶液を使用したので,従来,土壌の殺菌に使用されているクロルピクリンのように,人体に悪影響を及ぼすガスの放散を防ぐために土壌の表面を覆うような手数が不要となり,手軽に撒布するだけで土壌中に容易に浸透して除菌することができる上,有害なガスの発生もなく安全に作業することができ,更に,選択的除菌のため,容易かつ正確にその濃度を調整できる等の優れた利点を有している。

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イ本件発明の技術内容

以上の本件明細書の記載によると,本件発明は,人体に悪影響を及ぼすガスに代わり,人畜無害な特定濃度の二酸化塩素水溶液を一定範囲の土壌に撒布するという簡易な方法によって,植栽に有効な細菌及び放線菌については,有効量,土壌中に残存させるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少させて,土壌を活性化することをその技術内容とするものである。

ウ「選択的に除菌」の意義について

上記イの本件発明の技術内容によると,特許請求の範囲における「土壌中の微生物を選択的に除菌」の技術的意義は,植栽に有効な細菌及び放線菌を有効量,土壌中に残存させるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少させることを意味するものと理解することができる。

この点について,原告は,本件発明の特許請求の範囲には,「細菌,放線菌等の菌は有効量残存させ,糸状菌等の植栽に有害な菌は著しく減少させる」旨の記載がない以上,特許請求の範囲に記載されている「選択的に除菌」について,本件明細書全体の記載を参酌して,本件審決のように限定的に解釈することはできず,むしろ,菌を死滅させる場合を含む広い意味において理解すべきであるなどと主張する。しかしながら,本件発明の特許請求の範囲には「選択的に除菌」と記載されてい るところ,本件審決は,本件発明について,その記載のとおり認定しているにすぎないのであって,本件発明と引用発明との対比の際,特許請求の範囲の文言の技術 的意義を明らかにするために,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された技術的事項を参照してそのように認定することに問題はない。とりわけ,本件発明が植栽用土壌の活性化方法であることに照らせば,「選択的に除菌」という構成の技術的意義を検討するに当たり,「選択」という用語自体から,植栽用の土壌を活性化させるため,有益な菌は残存させ,有害な菌については,これを選んで除菌する技術思想が示唆されているということができるから,本件審決は,その意義を明らかにするため,本件明細書の記載を参照しているにすぎないことが明らかである。


原告の主張は,本件発明の特許請求の範囲に記載されている「選択的に除菌」について,これを「菌を死滅させる場合を含む広い意味で」理解し得ることが一義的に明確であることを前提とするが,「選択的に除菌」の意味を全ての菌を死滅させる場合を含む概念と理解することは相当ではなく,原告の主張は,その前提において誤りがあるから,これを採用することができない。

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(2) 一致点及び相違点の認定について



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ア引用例2の認定について

引用例2(甲4)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

(ア) 引用発明2の特許請求の範囲は,以下のとおりである。

【請求項1】土壌表面を非通気性シートで覆い,シートと土壌との間に二酸化塩素ガス含有空気を吹き込むことを特徴とする土壌殺菌法

【請求項2】二酸化塩素ガス含有空気の二酸化塩素ガス濃度が10ppbないし100ppmであり,吹込量が㎡当たり20ないし300ℓ であることを特徴とする特許請求1項記載の土壌殺菌法

(イ) 本発明は,細菌に汚染された土壌,特に,ハウス内で使用した土壌の殺菌消毒法に関するものである。

ハウス内土壌は細菌が繁殖しやすく,減収の予防と作業者の健康対策のため,次の作付けに先立ち,土壌の殺菌を行う必要がある。

臭化メチルやクロルピクリン等の殺菌性薬剤による殺菌方法は,強い毒性を有する薬剤を用いるため,作業時における作業者及び付近住民並びに河川や地下水に対する薬害を防止する必要があるのみならず,残留薬品のガスを消散させる必要性や,繰り返し使用による耐性菌の出現などの課題がある。

(ウ) 本発明は,二酸化塩素ガスで土壌を処理することにより,短時間の作業で確実に殺菌を行うことができるものである。

二酸化塩素は,水溶液やこれを担持させた粉体を用いて,収穫農作物やハウス内作物の殺菌を行うことが知られているが,土壌を処理することについてはいまだ報告されていない。

二酸化塩素ガスを用いた場合,非常に速効性があり,殺菌後,分解して無害の塩化ナトリウムに変化するという特徴がある。

(エ) 土壌表面を覆うための非通気性シートは,通常,農業に使用するマルチングシートの孔のないものがよく,例えば,ポリエチレンシート,ポリ塩化ビニルシートなどを使用することができる。

二酸化塩素ガス含有空気の二酸化塩素ガス濃度は,10ppbないし100ppmが適当であるが,10ppbより低濃度では効果が低く,100ppmより濃いと無駄に消費される率が高くなり,不経済である。全吹込量としては,㎡当たり20ないし300ℓ 程度が適当である。

(オ) 本発明の土壌処理法は,処理に要する薬剤費用が低廉であるとともに,処理時間が短く,処理後のガス抜き作業が不要で,薬剤の悪影響もなく,極めて合理的である。また,同時に土壌中の有害虫類等も駆除できる。

(カ) 本発明の実施例として,二酸化塩素ガス含有空気において土壌殺菌した培地において4日間静地培養したが,菌コロニーの生成は認められなかった。同じ土質の畑地で,二酸化塩素ガス含有空気による土壌殺菌をしない培地において,同様の検定を行ったところ,4日間で107個/g(±)の菌が認められた。

参考実験例においても,二酸化塩素ガス含有空気を導入通過させたデシケーターにおいては,4日後,菌糸は実験前の10㎜から成長が認められなかったが,導入通過させなかったデシケーターにおいては,4日後,菌糸は43㎜まで成長した。

イ引用発明2の技術内容

以上の引用例2の記載によると,引用発明2は,細菌に汚染された土壌の殺菌について,臭化メチルやクロルピクリン等の強い毒性を有する薬剤を用いることによる薬害,残留薬品のガスを消散させる必要性,繰り返し使用による耐性菌の出現などの課題を解決するために,速効性があり,人畜無害な二酸化塩素ガス含有空気を,土壌を覆った非通気性シートと土壌との間に吹き込むことにより,土壌中の菌を殺菌することをその技術内容とするものである。

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ウ一致点の認定について

前記イのとおり,引用発明2も,植栽用の土壌中の細菌を除菌して活性化するという本件発明と同一の技術分野に属し,本件発明が二酸化塩素水溶液を用いるのに対し,引用発明2は,気体の状態の二酸化塩素を用いる点で異なるものの,二酸化塩素を含有する剤を土壌に撒布する点については共通するものである。

以上からすると,本件発明と引用発明2との一致点について,「二酸化塩素を含有する剤を土壌に撒布することにより土壌中の微生物を除菌し,当該土壌を植栽に使用することを特徴とする植栽用土壌の活性化方法」とした本件審決の判断には,何らの誤りはない。

この点について,原告は,本件発明の「選択的に除菌」の技術的意義は,菌の死滅をも含んだ広い概念であり,引用例2においても開示されていることを前提に,「選択的に除菌」についても,一致点として認定しなかった本件審決の判断は誤りであるなどと主張するが,その前提自体が誤りであることは,先に指摘したとおりである。

また,引用発明2は,土壌中の菌を殺菌することを技術内容とするものの,植栽に有効な細菌及び放線菌を有効量,土壌中に残存させるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少させることを実現する発明ではないから,引用例2において,「選択的に除菌」についての技術思想が開示されているものではない。いずれにしても,原告の主張は採用することができない。

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エ相違点の認定について

原告は,本件審決が,「選択的に除菌」を一致点として認定しなかったことが誤りであることを前提に,相違点3において,「選択的に除菌」についても相違点として認定したことを,誤りであると主張する。

しかしながら,その前提自体が誤りであることは,一致点の認定について先に指摘したとおりであって,本件審決には,相違点を看過した誤りはない。

したがって,原告の主張を採用することはできない。

(3) 小括

以上からすると,本件審決における本件発明の認定,本件発明と引用発明2との一致点及び相違点の認定については,何らの誤りは認められない。

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2 取消事由2(本件発明の進歩性に係る判断の誤り)について



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(1) 相違点1について

ア引用例における二酸化塩素に関する記載は,以下のとおりである。

(ア) 周知例1(甲5)は,赤腐れ菌又は青海苔の防除剤に関する発明についての文献であるところ,同文献には,海苔養殖において,赤腐れ菌又は青海苔を防除するために,二酸化塩素水溶液に海苔網を浸漬したり,液を網に撒布することが有効であること,同発明の防除剤を海苔葉体に使用すると,二酸化塩素が赤腐れ菌だけではなく,海苔葉体表面に付着する糸状菌などを防除することが開示されている。

(イ) 周知例2-1(甲6の1)は,二酸化塩素発生組成物及びその包装体に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は,消毒剤,殺菌剤等として広く使用されているが,取扱困難で不安定かつ危険物であることから,二酸化塩素含有組成物を製造する方法の研究がされていたこと,同組成物は,輸送又は貯蔵中の農産物,水産物及び畜産物の保護剤として有効で,効果的にバクテリアを殺滅し,かつ,菌類の成長を抑制することができること,現在使用されている二酸化塩素水溶液の濃度は5万ppmであるが,使用目的に応じて濃度を変化させる必要があることなどが開示されている。

(ウ) 周知例2-2(甲6の2)は,二酸化塩素のゲル化物及びその製造方法に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は常温において気体で,水に溶解しやすい性質を有しており,一般に漂白剤あるいは殺菌剤として広い用途を有していること,二酸化塩素を水溶液にして,安定化物質を混合したものはよく知られていることが開示されている。

(エ) 周知例2-3(甲6の3)は,安定化二酸化塩素の製造法及びこれによる消臭,殺菌剤に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は,パルプ等の漂白,殺菌剤,脱臭脱味剤としての用途があることが開示されている。

(オ) 周知例2-4(甲6の4)は,粉末状態の二酸化塩素組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化剤であり,消毒剤,殺藻剤,殺菌剤などとして使用されていることは周知であること,二酸化塩素は取扱困難で不安定かつ危険物であることから,必要に応じて容易かつ安全に使用できる二酸化塩素含有組成物として,二酸化塩素を含む安定な水溶液が開発されたが,植物又はその一部を菌類の侵食から保護する目的においては使用困難であり,高濃度の二酸化塩素が植物等に付着する危険性があることから,不適当であること,二酸化塩素ガスは,果実又は野菜に残留することなく効果的にバクテリアを殺滅し,かつ菌類の成長を抑制すること,実質的に乾燥状態の粉末個体組成物は,安定な二酸化塩素溶液等に塩基性吸着剤を十分に混合することにより製造できるところ,この混合操作は,溶解状態の二酸化塩素が例えば約100ないし6万ppm,好ましくは約5000ないし5万ppm吸着されるように実施されるべきであることが開示されている。

(カ) 周知例2-5(甲6の5)は,二酸化塩素ガスを緩慢に発生する組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,微量の二酸化塩素が脱臭剤,防腐剤,殺菌剤等として有効であることは周知であること,二酸化塩素ガスを使用する場合,目的に応じて適切な濃度に保つことが重要であること,二酸化塩素を含む水溶液がアルカリ領域で安定であること,酸性領域において活性化して二酸化塩素ガスを発生することが開示されている。

(キ) 周知例2-6(甲6の6)は,安定化二酸化塩素水溶液の製造法に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化能力により,殺菌作用,消臭作用,漂白作用などを有すること,発生させた二酸化塩素をアルカリ水溶液に吸収させて安定化することが行われており,かかる安定化二酸化塩素水溶液は,殺菌剤等として有用であること,実施例において,亜塩素酸ナトリウムを,その濃度が約2万ppmになるよう水溶液を調製し,次亜塩素酸ナトリウムを加える等して作成した製剤について,一般細菌及び大腸菌に対する殺菌効果を試験したところ,いずれも99.99%の除菌率であったことなどが開示されている。

(ク) 周知例2-7(甲6の7)は,二酸化塩素ガスの緩慢な発生方法に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化力を有しており,殺菌剤等として使用されていること,これらの用途のために,安定化二酸化塩素水溶液や二酸化塩素ガスを発生する粉末状若しくは粒状の組成物が業務用又は一般家庭用として市販されていることなどが開示されている。
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(ケ) 周知例2-8(甲6の8)は,二酸化塩素ガス発生組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化力を有しており,殺菌剤等として使用され,工業用には大規模装置が種々開発されていることが開示されている。

(コ) 周知例2-9(甲6の9)は,二酸化塩素ガス発生器及びそのガス発生速度調節方法に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化剤であり,優れた漂白力と殺菌力とを備え,パルプの漂白剤,工業用排水中のフェノール分の除去や排煙脱硝等の環境保全,公害防止の分野にも広く使用されるほか,上水道の殺菌剤としても使用されていること,水溶液である安定化二酸化塩素は,二酸化塩素ガスと同様の利点を有するものの,危険性を有さないので,消毒剤,殺菌剤等として広く利用されていることなどが開示されている。

(サ) 周知例2-10(甲6の10)は,二酸化塩素ガスの発生方法及びその装置に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は,その有する非常に強い酸化力を利用して,家庭用及び工業用の殺菌剤等として利用されていること,近年,家庭用の脱臭・消臭剤としての用途が着目され,二酸化塩素を安定して少量ずつ継続的に発生させるために,安定化二酸化塩素水溶液や二酸化塩素ガスを発生する粉末状や粒状の組成物が一般家庭用として開発されていることが開示されている。

(シ) 周知例2-11(甲6の11)は,消臭組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,近年,安定化二酸化塩素液等が消臭剤として使用され始めたこと,消臭効果の持続性の観点からは,1000ないし5万ppmの範囲内で用いることが好ましいことなどが開示されている。

(ス) 周知例2-12(甲6の12)は,二酸化塩素揮散性組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,近年,安定化二酸化塩素液が二酸化塩素の発生剤として,各種用途に用いられていることなどが開示されている。

(セ) 以上からすると,本件特許の出願当時,海苔養殖における赤腐れ菌又は青海苔の防除剤,消毒剤,殺菌剤,農産物・水産物・畜産物の保護剤,漂白剤として,二酸化塩素水溶液や二酸化塩素ガス含有空気を用いることができることは,周知技術であったということができる。

イ本件発明は,二酸化塩素水溶液を土壌に用いることにより,植栽に有効な細菌及び放線菌については,有効量,土壌中に残存させるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少させて,土壌を活性化することをその技術内容とするところ,上記周知例1及び2においては,二酸化塩素水溶液が防除剤,殺菌剤等として利用できることが開示されているものの,これを土壌の活性化という技術分野において利用することについて開示するものではない。

しかも,いずれも本件発明のように,植栽に有効な細菌等については有効量残存させ,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に減少させるという「選択的に除菌」するという技術思想を前提とするものではない。

したがって,当業者が,植栽用土壌の活性化のために「選択的に除菌」するという技術思想を前提としない引用発明2における「二酸化塩素ガス含有空気」を,同じく「選択的に除菌」という技術思想を前提としない周知技術1及び2に基づき,「二酸化塩素水溶液」に代えることは,容易に行い得ることであると認めることはできない。

この点について,原告は,引用例2及び周知例1には,「土壌中の微生物の除菌」について「二酸化塩素水溶液」が有効であることを示唆する記載がある,本件明細書記載の本件発明の効果は,いずれも引用発明2の「二酸化塩素ガス」を「二酸化塩素水溶液」に代えたことによる作用効果にすぎないことなどから,「二酸化塩素ガス」を「二酸化塩素水溶液」に代えることは,設計事項にすぎないなどと主張する。

しかしながら,引用例2は,二酸化塩素水溶液による土壌処理はいまだに報告されていないと指摘した上で,二酸化塩素ガス含有空気による土壌処理に関する発明を開示しているものであるから,むしろ二酸化塩素水溶液を土壌処理に利用することについては否定的であって,そのような利用は示唆されていないというべきである。

また,周知例1は,海苔養殖における赤腐れ菌又は青海苔の防除剤として,二酸化塩素水溶液に海苔網を浸漬したり,液を網に撒布したり,あるいは海苔葉体に使用することを前提としており,土壌の活性化という本件発明とは技術分野が大きく異なるものであるのみならず,有害な菌を防除することのみをその目的としているものであって,有益な菌を有効量残存させるという「選択的に除菌」という概念を前提としているものではない。

さらに,原告は,本件発明の効果が,二酸化塩素ガス含有空気を二酸化塩素水溶液に代えた作用効果にすぎないという理由については,拒絶査定(甲7)にその旨の記載がある点を指摘するほか,具体的に主張立証しないところ,本件明細書によると,本件発明の「選択的に除菌」という効果は,二酸化塩素水溶液を使用したことのみならず,本件発明で特定された濃度及び撒布割合に従って撒布することによって奏するものということができる。

原告の主張は,いずれも,これを採用することができない。

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(2) 相違点3について
ア引用例1について
引用例1(甲3)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

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(ア) 引用発明1の特許請求の範囲は,以下のとおりである。

土壌に,撒布直後のpHが9ないし13となるようアルカリ化剤を撒布して放置

期間を設けることを特徴とする土壌改良方法

(イ) 本発明は,土壌改良方法に関するもので,土壌中の生態系を整えることによって,土壌改良を行う方法に関するものである。従来,農地の土壌は,一般に中性から弱酸性であることが好ましいとされており,かかる観点から土壌の状態を適正に保つことが行われている。

また,土壌の良否は,土壌中の生態系によって大きな影響を受けると言われており,特に土壌中に生存する放線菌と糸状菌との割合が,ほぼ7:3であることがよい状態であるとされている。

しかしながら,土壌のpH値は適正であるにもかかわらず,生育不良や収穫量の減少を招くこともあり,また,土壌中の放線菌と糸状菌の生存割合は,具体的な調製手段がないため,ほとんど行われていないのが現状である。

土壌のpH値は適正であるにもかかわらず,よい結果とはならない原因は,放線菌と比較して糸状菌が異常に多くなっていることにあるようである

(ウ) 本発明は,土壌に,撒布直後のpHが9ないし13となるようアルカリ化剤を撒布して放置期間を設けることにより,放線菌と糸状菌との割合を適切に調整し,土壌を改良するものである。

アルカリ化剤(水酸化カルシウム,酸化カルシウム等)は,粉粒状のものでも,水溶液状のものでもよい。アルカリ化剤による土壌のアルカリ化は,糸状菌の繁殖抑制により放線菌の繁殖を助長するもので,この撒布直後の土壌のpH値が低すぎると,糸状菌の繁殖が十分抑制できず,放線菌の繁殖を効果的に促すことができない。逆に高くしすぎると,放線菌の繁殖をも抑制してしまいやすくなる。

アルカリ化剤を撒布後の放置期間は,5ないし10日,好ましくは7ないし10日である。この放置期間中に,土壌中で放線菌が繁殖して増大し,放線菌と糸状菌のバランスが適正に調整されるほか,高いpH値も,土中の二酸化炭素によって自然と中和されて徐々に低下し,作物の作付けに支障がない値になる。

(エ) 土壌を一時的に高いpH値とすることにより,放線菌と糸状菌とのバランスが回復される理由は必ずしも明らかではないが,放線菌は比較的アルカリに強い菌が多いのに対し,糸状菌は比較的アルカリに弱い菌が多いためであると推測される。

したがって,土壌がある程度高いpH値になると,糸状菌の一部は死滅し,一部は活動が抑制されることになり,それまで活発な糸状菌の繁殖により押さえられていた放線菌の繁殖が活発化され,両者のバランスが回復されるものと考えられる。

(オ) したがって,本発明によると,土壌中の放線菌と糸状菌との割合を適正な
バランスに調整することができ,生態系の乱れによる作物への悪影響を防止できる
ので,作物の収穫量の増大を図ることができるものである。

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イ引用発明1の技術内容

以上の引用例1の記載によると,引用発明1は,土壌中に生存する放線菌と糸状菌との割合を,作物の生育に適切な状態にするために,土壌に,撒布直後のpHが9ないし13となるようにアルカリ化剤を撒布して放置期間を設け,糸状菌の繁殖を押さえることにより,放線菌の繁殖が活発化され,放線菌と糸状菌との割合を適正なバランスに調整することを,その技術内容とするものである。

したがって,引用例1には,土壌を特定範囲のpH値となるようにアルカリ化剤を撒布することにより,植栽に有益な放線菌については土壌中に有効量残存させ,有害な糸状菌については除菌するという「選択的に除菌」する技術思想が開示されているものということができる。

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ウ組合せの容易性について

本件発明は,二酸化塩素水溶液を,特定の範囲の濃度で,特定の撒布割合において土壌に撒布することにより,「選択的に除菌」することを技術思想とするところ,引用例2には,二酸化塩素ガス含有空気がいかなる機序において殺菌作用を奏するかについて具体的な記載がないが,周知例2によると,二酸化塩素水溶液がアルカリ領域で安定であること,酸性領域において活性化して二酸化塩素ガスを発生すること,二酸化塩素は,強い酸化力を有することから,殺菌剤として利用されていることが周知であることからすると,引用発明2は,二酸化塩素の酸化力を利用して,土壌中の全ての菌を対象として殺菌を行うことをその技術思想とするものといえる。本件明細書にも,二酸化塩素が「強力な酸化力」を有する旨の記載があることからすると,本件発明も,二酸化塩素の酸化力により,除菌を行うものということができる。

これに対し,引用発明1は,通常であれば中性から弱酸性であることが好ましいとされる植栽用の土壌に対し,撒布後に特定範囲のpH値(アルカリ性)となるようにアルカリ化剤を撒布することにより,糸状菌を選択的に除菌することを技術思想とするものであって,本件発明及び引用発明2とは,植栽用の土壌の改良という技術分野は同一であるものの,その手法が異質であるのみならず,各発明が規定する要件も相当程度異なるものであって,その作用機序は著しく相違するといわなければならない。

したがって,当業者が,引用例1により,アルカリ化剤を用いて実現する「選択的に除菌」という技術思想に関する知見を得たとしても,これを二酸化塩素を含有する剤(二酸化塩素ガス含有空気,二酸化塩素水溶液)を用いる場合,いかなる具体的手段において「選択的に除菌」という技術思想を実現するかについては,不明であるというほかない。

以上からすると,二酸化塩素ガス含有空気の有する酸化力を用いて植栽用の土壌を殺菌する引用発明2において,引用例1により開示されたアルカリ化剤を用いることによる「選択的に除菌」という技術思想を組み合わせることにより,相違点3の構成に到ることは,当業者が容易に行い得ることであるものと認めることはできない。

この点について,原告は,「選択的に除菌」については,引用例1において開示されている,本件発明における二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合に関する特定は,当業者が適宜決定する事項にすぎないなどと主張する。

しかしながら,引用例1及び2並びに本件発明の有する技術思想の相違を前提とすると,引用例1において,土壌のアルカリ化による「選択的に除菌」なる技術思想が開示されていたとしても,引用例2に当該技術思想を組み合わせる動機付けが認め難いことは,先に指摘したとおりである。

また,本件発明における二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合に関する特定については,その前提として,相違点1の判断において先に指摘したとおり,引用発明2における二酸化塩素ガス含有空気に代えて,二酸化塩素水溶液を用いること自体,当業者が容易に行い得ることであるものとは認められず,また,選択的に除菌するという技術思想を組み合わせることも,当業者が容易に行い得ることであるものともいえない以上,二酸化塩素水溶液を用いて選択的に除菌を行うために,二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合に関する本件発明で特定された濃度及び撒布割合を設定することが,単なる設計事項であるとはいえないことも明らかである。実際,二酸化塩素水溶液又は二酸化塩素ガス含有空気等に関する発明である周知技術2においては,消臭効果の持続性の観点などから,一定の濃度などについて開示(周知例2-11等)がされているものの,「選択的に除菌」の観点から,一定の濃度範囲などについて開示されているものではない。引用例1において開示されている数値も,アルカリ化剤撒布直後の土壌のpH値にすぎず,本件発明における二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合に関する特定については,何らの示唆を与えるものではない。

したがって,原告の主張は採用できない。

(3) 小括

以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,引用発明2を主たる引用発明として引用発明1,周知技術1及び2を組み合わせても,本件発明は,当業者が容易に想到することができるものではなく,本件審決の判断は相当といわなければならない。

なお,原告は,本件特許の出願経過において,二酸化塩素水溶液を用いること及び二酸化塩素の最適濃度が設計事項にすぎないことについては,拒絶理由通知(甲16の2)及び拒絶査定(甲7)にて,それぞれ同様の指摘がされており,本件審決においても,同様の判断をすべきであったとも主張する。

しかしながら,審査段階における拒絶理由通知や拒絶査定における認定に,本件審決の判断が拘束される理由はなく,原告の主張は失当である。

しかも,原告が指摘する平成8年4月16日付け拒絶理由通知(甲16の2)は,本件発明の出願当初の特許請求の範囲(【請求項1】二酸化塩素水溶液を有効成分とする土壌活性化除菌剤,【請求項2】上記二酸化塩素水溶液の濃度は約500ないし700ppmである請求項1に記載の土壌活性化除菌剤)を前提として,二酸化塩素の濃度の最適範囲は,設計事項にすぎないと指摘したものであり,同年8月26日付け拒絶査定(甲7)は,同年6月17日付け補正(甲16の4)後の特許請求の範囲(【請求項1】二酸化塩素の濃度を500ないし700ppmとした二酸化塩素水溶液を土壌に撒布することを特徴とする植栽用土壌の活性化方法)を前提として,二酸化塩素の最適濃度の範囲は,その適用の方法などにより,当事者が適宜決定する事項にすぎないとするものであって,上記拒絶理由通知及び拒絶査定は,いずれも,「選択的に除菌」という技術思想を含む本件発明とは異なる特許請求の範囲を前提とするものである。

したがって,異なる特許請求の範囲を対象としてされた拒絶理由通知や拒絶査定を前提とする原告の主張は,この点において,失当というほかない。

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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10135 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年02月24日 知的財産高等裁判所


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平成23年2月24日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成22年(行ケ)第10135号審決取消請求事件


口頭弁論終結日平成23年2月3日

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判 決





主 文



原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

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第1 請求



特許庁が無効2009-800154号事件について平成22年3月19日にした審決を取り消す。

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第2 事案の概要



本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の本件特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が,本件発明の要旨を下記2のとおり認定した上で,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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1 特許庁における手続の経緯



(1) 本件特許(甲1,2)

発明の名称:植栽用土壌の活性化方法

出願日:平成5年12月21日

登録日:平成9年8月22日

特許番号:第2686591号

(2) 審判手続及び本件審決

審判請求日:平成21年7月14日(無効2009-800154号)

審決日:平成22年3月19日

審決の結論:本件審判の請求は,成り立たない。

審決謄本送達日:平成22年3月30日(原告に対する送達日)

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2 本件発明の要旨



本件審決が判断の対象とした本件発明は,特許請求の範囲(請求項1)に記載された発明(以下「本件発明」という。)であって,その要旨は,次のとおりである。濃度500ないし700ppmの二酸化塩素水溶液を1反当たり2000ないし2500ℓ の割合で土壌に撒布することにより土壌中の微生物を選択的に除菌し,該土壌を植栽に使用することを特徴とする植栽用土壌の活性化方法

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3 本件審決の理由の要旨



(1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明は,下記ア及びイの引用例1及び2に記載された発明(以下「引用発明1」及び「引用発明2」という。)並びに下記ウの周知例1に記載された周知技術(以下「周知技術1」という。)及びエないしソの周知例2-1ないし2-12(以下,総称して,「周知例2」という。)に記載された周知技術(以下,その順に従って,「周知技術2-1」ないし「周知技術2-12」といい,総称して,「周知技術2」という。)に基づいて,容易に発明をすることができたものということはできないから,本件発明に係る本件特許を無効にすることができない,というものである。

ア引用例1:特開昭63-146723号公報(甲3)

イ引用例2:特開平1-171425号公報(甲4)

ウ周知例1:特開昭60-184002号公報(甲5)

エ周知例2-1:特開昭57-22102号公報(甲6の1)

オ周知例2-2:特開昭59-223201号公報(甲6の2)

カ周知例2-3:特開昭60-180902号公報(甲6の3)

キ周知例2-4:特公昭48-32079号公報(甲6の4)

ク周知例2-5:特開昭58-161904号公報(甲6の5)

ケ周知例2-6:特開平1-319408号公報(甲6の6)

コ周知例2-7:特開昭61-48404号公報(甲6の7)

サ周知例2-8:特開昭64-34904号公報(甲6の8)

シ周知例2-9:特開平2-55201号公報(甲6の9)

ス周知例2-10:特開平2-164702号公報(甲6の10)

セ周知例2-11:特開昭57-59634号公報(甲6の11)

ソ周知例2-12:特開昭57-168977号公報(甲6の12)

(2) 原告は,本件審決の前記判断のうち,引用発明2を主たる引用発明として本件発明を容易に想到することができないとした判断についてのみ,その取消しを求めるものであるが,この点について,本件審決が認定した引用発明2並びに本件発明と引用発明2との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア引用発明2:土壌表面を非通気性シートで覆い,シートと土壌との間に二酸化塩素ガス濃度が10ppbないし100ppmの二酸化塩素ガス含有空気を,吹込量が㎡当たり20ないし300ℓ で吹き込むことにより殺菌し,当該土壌を作付けに使用する作付け用の土壌殺菌法

イ一致点:二酸化塩素を含有する剤を土壌に撒布することにより土壌中の微生物を除菌し,当該土壌を植栽に使用することを特徴とする植栽用土壌の活性化方法

ウ相違点1:二酸化塩素を含有する剤が,本件発明においては,「二酸化塩素水溶液」であるのに対し,引用発明2においては,「二酸化塩素ガス含有空気」である点

エ相違点2:引用発明2が,「土壌表面を非通気性シートで覆う」のに対し,本件発明はそのような特定はない点

オ相違点3:濃度及び撒布量について,本件発明においては,「濃度500ないし700ppmの二酸化塩素水溶液を1反当り2000ないし2500ℓ の割合とする」ことにより,土壌中の微生物を「選択的に除菌」するのに対し,引用発明2においては,「シートと土壌との間に二酸化塩素ガス濃度が10ppbないし100ppmの二酸化塩素ガス含有空気を,吹込量が㎡当たり20ないし300ℓ 」とし,選択的に除菌することについては特定がない点



4 取消事由



(1) 一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由1)

(2) 本件発明の進歩性に係る判断の誤り(取消事由2)

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第3 当事者の主張




1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について




〔原告の主張〕


(1) 本件発明の認定について
本件審決は,本件発明の特許請求の範囲における濃度500ないし700ppm
の二酸化塩素水溶液を1反当たり2000ないし2500ℓ の割合にするという濃
度及び撒布割合とは,本件明細書の記載を参酌すると,細菌,放線菌等の菌は有効
量残存させ,糸状菌等の植栽に有害な菌は著しく減少させることであるといえると
する。
しかしながら,本件発明の特許請求の範囲には,細菌,放線菌等の菌は有効量残
存させ,糸状菌等の植栽に有害な菌は著しく減少させる旨の記載はないから,本件
発明の「選択的に除菌」との記載について,本件明細書全体の記載を参酌して判断
し,本件審決のように限定的に認定することは許されない。
確かに,本件明細書【0005】には,「二酸化塩素水溶液を適当な濃度で土壌
中に撒布することにより,細菌,放線菌等の菌は有効量残存させ,糸状菌等の植栽
に有害な菌は著しく減少させることができる」との記載があるが,これは,本件発
明の作用に関する記載にすぎず,特許請求の範囲において具体的に明記されていな
い以上,本件明細書の記載を根拠に一致点及び相違点を認定することは許されない。
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本件発明における「選択的に除菌」の技術的意義について,本件審決が認定した
ように限定的に特定するのであれば,当然,特許請求の範囲においてそのように特
定された意味で「選択的に除菌」する旨が明記されるべきであるし,少なくとも,
本件明細書の発明の詳細な説明において,「選択的に除菌」について定義されるべ
きである。本件明細書においては,かかる記載自体,一切存在しない。
以上からすると,本件発明における「選択的に除菌」とは,本件審決のように限
定的に解釈することはできず,むしろ,菌を死滅させる場合を含む広い意味で理解
すべきであって,当業者の一般的理解である「土壌中の微生物を選択的に除菌す
る」全ての場合を広く意味するものであるというべきである。
(2) 一致点及び相違点の認定について
ア引用例2の認定について
引用例2にも,実施例1における「菌コロニーの生成は認められなかった。」
「107個/g(±)の菌が認められた。」との記載や,参考実験例における「菌
糸は依然10㎜で成長が認められなかった。」「菌糸は43㎜まで成長した。」と
の記載からすると,土壌の活性化方法の技術分野における「選択的に除菌」に該当
する技術思想が開示されているものということができる。
イ一致点の認定について
以上からすると,「選択的に除菌」についても,本件発明と引用発明2との一致
点として認定しなかった本件審決の判断は,誤りである。
ウ相違点の認定について
本件審決は,相違点3において,引用発明2には,「選択的に除菌」することに
ついては特定がないとするが,当該構成は,引用例2においても開示されている以
上,本件審決の相違点3の認定は誤りである。
したがって,相違点3については,「選択的に除菌することについては特定がな
い」という点を除くべきである(以下,当該部分を除いた相違点3について,「原
告主張相違点3」という。)。
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(3) 小括
以上からすると,本件審決は,本件発明の認定を誤った上,引用発明2との対比
において,一致点及び相違点3についての認定を誤ったのであるから,本件審決は
それ自体で取消しを免れない。

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〔被告の主張〕


(1) 本件発明の認定について
本件審決は,本件発明の特許請求の範囲における「土壌中の微生物を選択的に除
菌」の技術的意義を明らかにするに当たり,本件明細書の記載を参酌したものにす
ぎない。
また,本件審決は,本件発明の「選択的に除菌」とは,「土壌中の微生物を選択
的に除菌する」ことを広く意味するものであると判断しているものであるから,本
件審決の本件発明の認定については,何らの誤りはない。
(2) 一致点及び相違点の認定について
ア引用例2の認定について
引用発明2は,土壌殺菌法に関する発明であるところ,引用例2の実施例1は,
二酸化塩素ガス含有空気により処理した場合,土壌中の菌が全て死滅し,処理をし
ない場合,菌が死滅していないという相違が見られるものであって,選択的に除菌
を行っているものではない。本件審決も,同様の認定をしているものである。
また,原告が指摘する引用例2の参考実験例については,本件審決は直接言及し
ていないが,同実験例も,二酸化塩素ガス含有空気を導入した場合,菌糸の全てが
死滅しているが,通気処理をしない場合,菌糸が死滅していないという相違が見ら
れるものであって,何ら選択的に除菌が行われているものではない。
以上のとおり,引用例2には,二酸化塩素ガスによる処理を行ったか否かにより,
菌糸が死滅したか,残存したかについて開示するものであって,選択的な菌糸の除
菌(殺菌)について開示しているものではなく,また,これを示唆する記載もない。
したがって,引用例2においても,「選択的に除菌」に該当する技術思想が開示
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されているものということができるという原告の主張は誤りである。
イ一致点及び相違点の認定について
以上からすると,本件発明と引用発明2との一致点において,「選択的に除菌」
することを一致点として認定しなかった本件審決には,何らの誤りはない。
本件審決の相違点3の認定も,同様に何らの誤りはない。
(3) 小括
以上からすると,本件審決における本件発明の認定,一致点及び相違点3につい
ての認定は,いずれも相当であって,原告主張の取消事由1は誤りである。

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2 取消事由2(本件発明の進歩性に係る判断の誤り)について




〔原告の主張〕


(1) 相違点1について
ア二酸化塩素を含有する剤について,引用発明2の「二酸化塩素ガス」に代え
て,「二酸化塩素水溶液」を用いることは,二酸化塩素が水溶液として安定してお
り,殺菌剤等として種々の用途に用いられることが周知(周知例2)であることか
ら,当業者が容易に想到することである。しかも,気体状態で用いるか,水溶液の
状態で用いるかは,当業者が適宜選択する事項にすぎない。
周知例1には,微生物の除菌について,二酸化塩素を有効成分とする赤腐れ菌又
は青海苔の防除剤が開示されているのみならず,「本発明の防除剤の有効成分であ
る二酸化塩素は,水溶液として安定で,値段も安く,アメリカでは食品添加物とし
て認可され,安全性が認められている。」「二酸化塩素が赤腐れ菌だけでなく海苔
葉体表面に付着する糸状菌などを防除し」との記載は,「土壌中の微生物の除菌」
について,引用発明2の「二酸化塩素ガス」に代えて,「二酸化塩素水溶液」が有
効である点を示唆するものというべきである。
引用例2にも,二酸化塩素が水溶液の状態等において収穫農作物やハウス内作物
の除去,殺菌に用いられているが,土壌を処理することについてはいまだ報告され
ていないこと,二酸化塩素ガスを用いた場合,非常に速効性があり,殺菌後,ガス
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は分解して無害の塩化ナトリウムに変化する等の記載があることからすると,二酸
化塩素水溶液の適用について示唆的な記載があるものと認められる。
イ本件明細書によると,本件発明の効果は,従来のように,人体に悪影響を及
ぼすガスの放散を防ぐために土壌の表面を覆うような手数が不要となり,手軽に撒
布するだけで土壌中に容易に浸透して除菌することができる上,水溶液であるため
に有害なガスの発生もなく安全に作業することができ,更に,選択的除菌のため,
容易かつ正確にその濃度を調整できることなどとされているが,これらはいずれも
引用発明2の「二酸化塩素ガス」を「二酸化塩素水溶液」に代えたことによる作
用・効果にすぎない。
ウ以上からすると,相違点1の構成は,引用発明2に周知技術1及び2を組み
合わせることにより,当業者が容易に想到することができるものというべきである。
(2) 相違点2について
前記のとおり,引用例2並びに周知例1及び2により,二酸化塩素水溶液を土壌
における除菌に用いる技術思想が開示されていたものということができる以上,相
違点2についても,当事者が容易に想到することができるものというべきである。
(3) 相違点3について
ア「選択的に除菌」については,引用例2においても開示されており,本件発
明と引用発明2との一致点に含まれることは,取消事由1において先に主張したと
おりである。
また,引用例1には,殺菌剤(アルカリ化剤)を撒布することにより,土壌中の
糸状菌の繁殖を抑制し,放線菌の繁殖を助長すること,すなわち,糸状菌の一部は
死減し,一部は活動が抑制され,それまで活発な糸状菌の繁殖によって押さえられ
ていた放線菌の繁殖が活発化される旨が記載されているから,引用例1においては,
土壌中の微生物の一種である糸状菌が選択的に除菌されることが開示されている。
したがって,仮に,「選択的に除菌」について,本件審決と同様に限定的に理解
するとしても,いずれにせよ,かかる技術思想は引用例1において開示されている
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ものということができる。
イ「土壌中の微生物を選択的に除菌」することは,当業者にとって,常識的な
目的にすぎないところ,本件発明における二酸化水素水溶液の濃度と撒布割合は,
土壌中の微生物を選択的に除菌するための必須の要件ということができる。
また,本件明細書における「土壌中の微生物を選択的に除菌」とは,糸状菌の残
存率を意味するものである。
そして,当業者が,引用発明2における「二酸化塩素ガス」の使用による欠点を,
「二酸化水溶液による糸状菌の防除」に関する周知例1や2によって周知の「二酸
化塩素水溶液」を用いることにより得られる作用・効果の有用性に関する知見に接
し,これを適用するに当たり,二酸化塩素濃度の最適範囲を設定することは,当業
者が適宜決定する事項にすぎない。
また,二酸化塩素の水溶液の撒布割合は,その濃度と相関関係を有することは明
らかであり,撒布割合の最適範囲を設定することもまた,当業者が適宜決定する事
項にすぎない。
ウ以上からすると,原告主張相違点3の構成は,引用発明2に周知技術1及び
2を組み合わせることにより,当事者が容易に想到することができるものというべ
きである。
(4) 小括
以上からすると,引用発明2に,引用例1,周知例1及び2において開示された
知見を組み合わせて本件発明に到ることは,当業者にとって容易であり,本件発明
は,無効とされるべきである。
なお,本件特許の出願経過において,二酸化塩素の水溶液を用いること及び二酸
化塩素の最適濃度が設計事項にすぎないことについては,拒絶理由通知(甲16の
2)及び拒絶査定(甲7)にて,それぞれ同様の指摘がされていた。
したがって,本件審決においても,上記の出願経過を斟酌し,同様の判断をすべ
きであったというべきである。
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〔被告の主張〕


(1) 相違点1について
ア二酸化塩素は,二酸化塩素ガスとして用いられたり,二酸化塩素水溶液とし
て用いられたりすることがあるが,仮に,引用発明2の「二酸化塩素ガス」を「二
酸化塩素水溶液」に代えて用いたとしても,引用例2には「土壌中の微生物を選択
的に除菌する」という技術思想が,何ら開示も示唆もされていない。
イ本件明細書には,原告が主張するとおり,本件発明においては,土壌の表面
を覆うような手数が不要で,手軽に撒布するだけで有害なガスの発生もなく安全に
作業することができ,選択的除菌のため,容易かつ正確にその濃度を調整できる等
の優れた利点を有する等の記載がある。
これに対し,引用発明2は,ガス状の二酸化塩素を使用するものであるから,二
酸化塩素ガス処理を行う前に,土壌表面を非通気性シートで覆い,このシートと土
壌との間に二酸化塩素ガス含有空気を吹き込み,ガスが漏れないようにして土壌を
殺菌するものであり,かかる方法による場合,引用発明2の実施例のように,1.
5㎡程度の狭い畑地では容易に実施可能かもしれないが,本件発明が想定する何反
歩もの畑地などの広い土壌において実施することは,極めて煩雑で,膨大な作業量
を要し,吹込み量が全体として多くなることから,人体に対する危険性の増大をも
伴うものである。
以上のとおり,本件発明と引用発明2とにおいては,除菌に使用する二酸化塩素
について,単に,概念上,ガス状であるか,水溶液状であるかとの相違があるだけ
ではなく,植栽土壌の殺菌,活性化方法の分野において,格段の作用効果の相違が
存在するものというべきである。
したがって,相違点1の構成は,引用発明2に周知技術1及び2を組み合わせる
ことにより,当業者が容易に想到することができるということはできない。
(2) 相違点3について
ア二酸化塩素ガス又は二酸化塩素水溶液によって土壌中の微生物を選択的に除
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菌するという技術思想は,引用例1,周知例1及び2にも何ら開示されていない。
二酸化塩素により,土壌中の微生物を選択的に除菌するという概念が開示されて
いない技術水準において,「選択的に除菌」することを前提とした上で,「二酸化
塩素水溶液による土壌中の微生物を選択的に除菌」することを可能とする「二酸化
塩素水溶液の濃度」及び「撒布割合」について,当業者が容易に想到することがで
きるものということはできないし,まして,二酸化塩素水溶液の500ないし70
0ppmという具体的濃度及び1反当り2000ないし2500ℓ の割合で土壌に
撒布するという具体的撒布割合について,当業者が容易に想到することができるも
のということはできないことも明らかである。
イ引用例1には,土壌中の微生物である糸状菌が選択的に除菌される点が記載
されているが,引用発明1は,「水酸化カルシウム」「酸化カルシウム」などのア
ルカリ化剤を撒布する方法を用いるものであり,本件発明とは除菌の手段が全く異
なるものである。
そして,アルカリ化剤についての撒布濃度,撒布量などは,撒布直後の土壌のp
Hを規制することによって行うものであるところ,引用発明1は,当該規制により
選択的に除菌を行うものであるから,二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合を特定
範囲とすることにより選択的に除菌を行う本件発明とは,その課題解決手段が全く
異なるものである。
以上からすると,引用例1が,本件発明における二酸化塩素水溶液の濃度及び撒
布割合に関する特定を何ら示唆するものではないことも明らかである。
(3) 小括
したがって,本件発明について,引用発明及び周知技術に基づいて容易に発明を
することができたものということはできないとした本件審決の判断に誤りはない。

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第4 当裁判所の判断





1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について



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(1) 本件発明の認定について


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ア本件明細書(甲1)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

(ア) 本発明は,土壌中の微生物を選択的に除菌してその活性化を図るようにした植栽用土壌の活性化方法に関するものである。

土壌中には,植物病原性微生物である糸状菌や,糸状菌を抑制して植物の病気感染を防ぐ放線菌及び窒素を固定して肥料とする細菌等の微生物が生息しているが,土壌処理に用いる除菌剤の殺菌力が弱いと,有害な菌を十分に除くことができず,また,強力な除菌剤では植栽に有効な菌までも除去してしまう欠点があった。その上,従来の各種除菌剤は刺激臭が強く,人畜にも有害なものがあり,ビニールシートで土壌を覆ってその間に使用しなければならない等,農作業上の面からも問題があった。

(イ) 本発明の目的は,植栽上有効な菌を十分に土壌中に残存せしめ,有害な菌を選択的に除去して土壌を活性化するとともに,臭気が少なく,人畜に無害な植栽用土壌の活性化方法を提供することである。これらの目的は,特定濃度範囲の二酸化塩素水溶液を有効成分とする土壌活性化除菌剤を撒布することにより達成できる。

(ウ) 二酸化塩素は,非常に水に溶けやすく,強力な酸化作用があるが,低濃度で使用すれば安全であるから,二酸化塩素水溶液を適当な濃度で土壌中に撒布することにより,細菌,放線菌等の菌は有効量残存させ,糸状菌等の植栽に有害な菌は著しく減少させることができる。


(エ) 本発明の実施例として,濃度6万ppmの二酸化塩素水溶液20ℓ を約2000ℓ の水により希釈し,作成した濃度約600ppmの二酸化塩素水溶液を土壌1反当り約2000ないし2500ℓ の割合で撒布した。撒布後,二酸化塩素がほぼ消失するまで約2週間放置し,土壌を乾燥させた後,施肥し,植物を栽培した。その結果,植栽に有効な細菌は,処理前が土壌1g当り,2200万個であったものが3万9000個に減少し,放線菌は430万個から2万4000個に減少しているが,この程度の残存数では植栽上有効であって大きな悪影響はないのに対し,有害な菌である糸状菌は処理前の10万個から60個に著しく減少し,十分に土壌の活性化が行われた。残存率は,細菌が約17.7%,放線菌が約55.8%,糸状菌が約6%であった。この土壌を1例として苗床に使用して野菜の栽培を行ったところ,極めて良好な結果が得られた。

これに対し,約500ppmの二酸化塩素水溶液で除菌処理した場合,土壌中の糸状菌の残存率が上記600ppmの場合の約2倍となり,十分な除菌効果が得られなかった。また,約700ppmの二酸化塩素水溶液の場合,植栽に有効な上記細菌や放線菌まで除菌されてしまい,活性化の目的を達成することができなかった。

(オ) 本発明は,濃度500ないし700ppmの二酸化塩素水溶液を土壌に撒布することにより,植栽に有効な細菌及び放線菌を比較的多量に土壌中に残存せしめるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少せしめて土壌の活性化を行い,作物の成育に極めて良好な結果を得ることができ,また二酸化塩素は水に非常に溶けやすく,本発明においてはその水溶液を使用したので,従来,土壌の殺菌に使用されているクロルピクリンのように,人体に悪影響を及ぼすガスの放散を防ぐために土壌の表面を覆うような手数が不要となり,手軽に撒布するだけで土壌中に容易に浸透して除菌することができる上,有害なガスの発生もなく安全に作業することができ,更に,選択的除菌のため,容易かつ正確にその濃度を調整できる等の優れた利点を有している。

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イ本件発明の技術内容

以上の本件明細書の記載によると,本件発明は,人体に悪影響を及ぼすガスに代わり,人畜無害な特定濃度の二酸化塩素水溶液を一定範囲の土壌に撒布するという簡易な方法によって,植栽に有効な細菌及び放線菌については,有効量,土壌中に残存させるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少させて,土壌を活性化することをその技術内容とするものである。

ウ「選択的に除菌」の意義について

上記イの本件発明の技術内容によると,特許請求の範囲における「土壌中の微生物を選択的に除菌」の技術的意義は,植栽に有効な細菌及び放線菌を有効量,土壌中に残存させるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少させることを意味するものと理解することができる。

この点について,原告は,本件発明の特許請求の範囲には,「細菌,放線菌等の菌は有効量残存させ,糸状菌等の植栽に有害な菌は著しく減少させる」旨の記載がない以上,特許請求の範囲に記載されている「選択的に除菌」について,本件明細書全体の記載を参酌して,本件審決のように限定的に解釈することはできず,むしろ,菌を死滅させる場合を含む広い意味において理解すべきであるなどと主張する。しかしながら,本件発明の特許請求の範囲には「選択的に除菌」と記載されてい るところ,本件審決は,本件発明について,その記載のとおり認定しているにすぎないのであって,本件発明と引用発明との対比の際,特許請求の範囲の文言の技術 的意義を明らかにするために,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された技術的事項を参照してそのように認定することに問題はない。とりわけ,本件発明が植栽用土壌の活性化方法であることに照らせば,「選択的に除菌」という構成の技術的意義を検討するに当たり,「選択」という用語自体から,植栽用の土壌を活性化させるため,有益な菌は残存させ,有害な菌については,これを選んで除菌する技術思想が示唆されているということができるから,本件審決は,その意義を明らかにするため,本件明細書の記載を参照しているにすぎないことが明らかである。


原告の主張は,本件発明の特許請求の範囲に記載されている「選択的に除菌」について,これを「菌を死滅させる場合を含む広い意味で」理解し得ることが一義的に明確であることを前提とするが,「選択的に除菌」の意味を全ての菌を死滅させる場合を含む概念と理解することは相当ではなく,原告の主張は,その前提において誤りがあるから,これを採用することができない。

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(2) 一致点及び相違点の認定について



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ア引用例2の認定について

引用例2(甲4)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

(ア) 引用発明2の特許請求の範囲は,以下のとおりである。

【請求項1】土壌表面を非通気性シートで覆い,シートと土壌との間に二酸化塩素ガス含有空気を吹き込むことを特徴とする土壌殺菌法

【請求項2】二酸化塩素ガス含有空気の二酸化塩素ガス濃度が10ppbないし100ppmであり,吹込量が㎡当たり20ないし300ℓ であることを特徴とする特許請求1項記載の土壌殺菌法

(イ) 本発明は,細菌に汚染された土壌,特に,ハウス内で使用した土壌の殺菌消毒法に関するものである。

ハウス内土壌は細菌が繁殖しやすく,減収の予防と作業者の健康対策のため,次の作付けに先立ち,土壌の殺菌を行う必要がある。

臭化メチルやクロルピクリン等の殺菌性薬剤による殺菌方法は,強い毒性を有する薬剤を用いるため,作業時における作業者及び付近住民並びに河川や地下水に対する薬害を防止する必要があるのみならず,残留薬品のガスを消散させる必要性や,繰り返し使用による耐性菌の出現などの課題がある。

(ウ) 本発明は,二酸化塩素ガスで土壌を処理することにより,短時間の作業で確実に殺菌を行うことができるものである。

二酸化塩素は,水溶液やこれを担持させた粉体を用いて,収穫農作物やハウス内作物の殺菌を行うことが知られているが,土壌を処理することについてはいまだ報告されていない。

二酸化塩素ガスを用いた場合,非常に速効性があり,殺菌後,分解して無害の塩化ナトリウムに変化するという特徴がある。

(エ) 土壌表面を覆うための非通気性シートは,通常,農業に使用するマルチングシートの孔のないものがよく,例えば,ポリエチレンシート,ポリ塩化ビニルシートなどを使用することができる。

二酸化塩素ガス含有空気の二酸化塩素ガス濃度は,10ppbないし100ppmが適当であるが,10ppbより低濃度では効果が低く,100ppmより濃いと無駄に消費される率が高くなり,不経済である。全吹込量としては,㎡当たり20ないし300ℓ 程度が適当である。

(オ) 本発明の土壌処理法は,処理に要する薬剤費用が低廉であるとともに,処理時間が短く,処理後のガス抜き作業が不要で,薬剤の悪影響もなく,極めて合理的である。また,同時に土壌中の有害虫類等も駆除できる。

(カ) 本発明の実施例として,二酸化塩素ガス含有空気において土壌殺菌した培地において4日間静地培養したが,菌コロニーの生成は認められなかった。同じ土質の畑地で,二酸化塩素ガス含有空気による土壌殺菌をしない培地において,同様の検定を行ったところ,4日間で107個/g(±)の菌が認められた。

参考実験例においても,二酸化塩素ガス含有空気を導入通過させたデシケーターにおいては,4日後,菌糸は実験前の10㎜から成長が認められなかったが,導入通過させなかったデシケーターにおいては,4日後,菌糸は43㎜まで成長した。

イ引用発明2の技術内容

以上の引用例2の記載によると,引用発明2は,細菌に汚染された土壌の殺菌について,臭化メチルやクロルピクリン等の強い毒性を有する薬剤を用いることによる薬害,残留薬品のガスを消散させる必要性,繰り返し使用による耐性菌の出現などの課題を解決するために,速効性があり,人畜無害な二酸化塩素ガス含有空気を,土壌を覆った非通気性シートと土壌との間に吹き込むことにより,土壌中の菌を殺菌することをその技術内容とするものである。

top
ウ一致点の認定について

前記イのとおり,引用発明2も,植栽用の土壌中の細菌を除菌して活性化するという本件発明と同一の技術分野に属し,本件発明が二酸化塩素水溶液を用いるのに対し,引用発明2は,気体の状態の二酸化塩素を用いる点で異なるものの,二酸化塩素を含有する剤を土壌に撒布する点については共通するものである。

以上からすると,本件発明と引用発明2との一致点について,「二酸化塩素を含有する剤を土壌に撒布することにより土壌中の微生物を除菌し,当該土壌を植栽に使用することを特徴とする植栽用土壌の活性化方法」とした本件審決の判断には,何らの誤りはない。

この点について,原告は,本件発明の「選択的に除菌」の技術的意義は,菌の死滅をも含んだ広い概念であり,引用例2においても開示されていることを前提に,「選択的に除菌」についても,一致点として認定しなかった本件審決の判断は誤りであるなどと主張するが,その前提自体が誤りであることは,先に指摘したとおりである。

また,引用発明2は,土壌中の菌を殺菌することを技術内容とするものの,植栽に有効な細菌及び放線菌を有効量,土壌中に残存させるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少させることを実現する発明ではないから,引用例2において,「選択的に除菌」についての技術思想が開示されているものではない。いずれにしても,原告の主張は採用することができない。

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エ相違点の認定について

原告は,本件審決が,「選択的に除菌」を一致点として認定しなかったことが誤りであることを前提に,相違点3において,「選択的に除菌」についても相違点として認定したことを,誤りであると主張する。

しかしながら,その前提自体が誤りであることは,一致点の認定について先に指摘したとおりであって,本件審決には,相違点を看過した誤りはない。

したがって,原告の主張を採用することはできない。

(3) 小括

以上からすると,本件審決における本件発明の認定,本件発明と引用発明2との一致点及び相違点の認定については,何らの誤りは認められない。

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2 取消事由2(本件発明の進歩性に係る判断の誤り)について



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(1) 相違点1について

ア引用例における二酸化塩素に関する記載は,以下のとおりである。

(ア) 周知例1(甲5)は,赤腐れ菌又は青海苔の防除剤に関する発明についての文献であるところ,同文献には,海苔養殖において,赤腐れ菌又は青海苔を防除するために,二酸化塩素水溶液に海苔網を浸漬したり,液を網に撒布することが有効であること,同発明の防除剤を海苔葉体に使用すると,二酸化塩素が赤腐れ菌だけではなく,海苔葉体表面に付着する糸状菌などを防除することが開示されている。

(イ) 周知例2-1(甲6の1)は,二酸化塩素発生組成物及びその包装体に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は,消毒剤,殺菌剤等として広く使用されているが,取扱困難で不安定かつ危険物であることから,二酸化塩素含有組成物を製造する方法の研究がされていたこと,同組成物は,輸送又は貯蔵中の農産物,水産物及び畜産物の保護剤として有効で,効果的にバクテリアを殺滅し,かつ,菌類の成長を抑制することができること,現在使用されている二酸化塩素水溶液の濃度は5万ppmであるが,使用目的に応じて濃度を変化させる必要があることなどが開示されている。

(ウ) 周知例2-2(甲6の2)は,二酸化塩素のゲル化物及びその製造方法に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は常温において気体で,水に溶解しやすい性質を有しており,一般に漂白剤あるいは殺菌剤として広い用途を有していること,二酸化塩素を水溶液にして,安定化物質を混合したものはよく知られていることが開示されている。

(エ) 周知例2-3(甲6の3)は,安定化二酸化塩素の製造法及びこれによる消臭,殺菌剤に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は,パルプ等の漂白,殺菌剤,脱臭脱味剤としての用途があることが開示されている。

(オ) 周知例2-4(甲6の4)は,粉末状態の二酸化塩素組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化剤であり,消毒剤,殺藻剤,殺菌剤などとして使用されていることは周知であること,二酸化塩素は取扱困難で不安定かつ危険物であることから,必要に応じて容易かつ安全に使用できる二酸化塩素含有組成物として,二酸化塩素を含む安定な水溶液が開発されたが,植物又はその一部を菌類の侵食から保護する目的においては使用困難であり,高濃度の二酸化塩素が植物等に付着する危険性があることから,不適当であること,二酸化塩素ガスは,果実又は野菜に残留することなく効果的にバクテリアを殺滅し,かつ菌類の成長を抑制すること,実質的に乾燥状態の粉末個体組成物は,安定な二酸化塩素溶液等に塩基性吸着剤を十分に混合することにより製造できるところ,この混合操作は,溶解状態の二酸化塩素が例えば約100ないし6万ppm,好ましくは約5000ないし5万ppm吸着されるように実施されるべきであることが開示されている。

(カ) 周知例2-5(甲6の5)は,二酸化塩素ガスを緩慢に発生する組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,微量の二酸化塩素が脱臭剤,防腐剤,殺菌剤等として有効であることは周知であること,二酸化塩素ガスを使用する場合,目的に応じて適切な濃度に保つことが重要であること,二酸化塩素を含む水溶液がアルカリ領域で安定であること,酸性領域において活性化して二酸化塩素ガスを発生することが開示されている。

(キ) 周知例2-6(甲6の6)は,安定化二酸化塩素水溶液の製造法に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化能力により,殺菌作用,消臭作用,漂白作用などを有すること,発生させた二酸化塩素をアルカリ水溶液に吸収させて安定化することが行われており,かかる安定化二酸化塩素水溶液は,殺菌剤等として有用であること,実施例において,亜塩素酸ナトリウムを,その濃度が約2万ppmになるよう水溶液を調製し,次亜塩素酸ナトリウムを加える等して作成した製剤について,一般細菌及び大腸菌に対する殺菌効果を試験したところ,いずれも99.99%の除菌率であったことなどが開示されている。

(ク) 周知例2-7(甲6の7)は,二酸化塩素ガスの緩慢な発生方法に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化力を有しており,殺菌剤等として使用されていること,これらの用途のために,安定化二酸化塩素水溶液や二酸化塩素ガスを発生する粉末状若しくは粒状の組成物が業務用又は一般家庭用として市販されていることなどが開示されている。
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(ケ) 周知例2-8(甲6の8)は,二酸化塩素ガス発生組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化力を有しており,殺菌剤等として使用され,工業用には大規模装置が種々開発されていることが開示されている。

(コ) 周知例2-9(甲6の9)は,二酸化塩素ガス発生器及びそのガス発生速度調節方法に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は強い酸化剤であり,優れた漂白力と殺菌力とを備え,パルプの漂白剤,工業用排水中のフェノール分の除去や排煙脱硝等の環境保全,公害防止の分野にも広く使用されるほか,上水道の殺菌剤としても使用されていること,水溶液である安定化二酸化塩素は,二酸化塩素ガスと同様の利点を有するものの,危険性を有さないので,消毒剤,殺菌剤等として広く利用されていることなどが開示されている。

(サ) 周知例2-10(甲6の10)は,二酸化塩素ガスの発生方法及びその装置に関する発明についての文献であるところ,同文献には,二酸化塩素は,その有する非常に強い酸化力を利用して,家庭用及び工業用の殺菌剤等として利用されていること,近年,家庭用の脱臭・消臭剤としての用途が着目され,二酸化塩素を安定して少量ずつ継続的に発生させるために,安定化二酸化塩素水溶液や二酸化塩素ガスを発生する粉末状や粒状の組成物が一般家庭用として開発されていることが開示されている。

(シ) 周知例2-11(甲6の11)は,消臭組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,近年,安定化二酸化塩素液等が消臭剤として使用され始めたこと,消臭効果の持続性の観点からは,1000ないし5万ppmの範囲内で用いることが好ましいことなどが開示されている。

(ス) 周知例2-12(甲6の12)は,二酸化塩素揮散性組成物に関する発明についての文献であるところ,同文献には,近年,安定化二酸化塩素液が二酸化塩素の発生剤として,各種用途に用いられていることなどが開示されている。

(セ) 以上からすると,本件特許の出願当時,海苔養殖における赤腐れ菌又は青海苔の防除剤,消毒剤,殺菌剤,農産物・水産物・畜産物の保護剤,漂白剤として,二酸化塩素水溶液や二酸化塩素ガス含有空気を用いることができることは,周知技術であったということができる。

イ本件発明は,二酸化塩素水溶液を土壌に用いることにより,植栽に有効な細菌及び放線菌については,有効量,土壌中に残存させるとともに,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に著しく減少させて,土壌を活性化することをその技術内容とするところ,上記周知例1及び2においては,二酸化塩素水溶液が防除剤,殺菌剤等として利用できることが開示されているものの,これを土壌の活性化という技術分野において利用することについて開示するものではない。

しかも,いずれも本件発明のように,植栽に有効な細菌等については有効量残存させ,植栽に有害な糸状菌だけを選択的に減少させるという「選択的に除菌」するという技術思想を前提とするものではない。

したがって,当業者が,植栽用土壌の活性化のために「選択的に除菌」するという技術思想を前提としない引用発明2における「二酸化塩素ガス含有空気」を,同じく「選択的に除菌」という技術思想を前提としない周知技術1及び2に基づき,「二酸化塩素水溶液」に代えることは,容易に行い得ることであると認めることはできない。

この点について,原告は,引用例2及び周知例1には,「土壌中の微生物の除菌」について「二酸化塩素水溶液」が有効であることを示唆する記載がある,本件明細書記載の本件発明の効果は,いずれも引用発明2の「二酸化塩素ガス」を「二酸化塩素水溶液」に代えたことによる作用効果にすぎないことなどから,「二酸化塩素ガス」を「二酸化塩素水溶液」に代えることは,設計事項にすぎないなどと主張する。

しかしながら,引用例2は,二酸化塩素水溶液による土壌処理はいまだに報告されていないと指摘した上で,二酸化塩素ガス含有空気による土壌処理に関する発明を開示しているものであるから,むしろ二酸化塩素水溶液を土壌処理に利用することについては否定的であって,そのような利用は示唆されていないというべきである。

また,周知例1は,海苔養殖における赤腐れ菌又は青海苔の防除剤として,二酸化塩素水溶液に海苔網を浸漬したり,液を網に撒布したり,あるいは海苔葉体に使用することを前提としており,土壌の活性化という本件発明とは技術分野が大きく異なるものであるのみならず,有害な菌を防除することのみをその目的としているものであって,有益な菌を有効量残存させるという「選択的に除菌」という概念を前提としているものではない。

さらに,原告は,本件発明の効果が,二酸化塩素ガス含有空気を二酸化塩素水溶液に代えた作用効果にすぎないという理由については,拒絶査定(甲7)にその旨の記載がある点を指摘するほか,具体的に主張立証しないところ,本件明細書によると,本件発明の「選択的に除菌」という効果は,二酸化塩素水溶液を使用したことのみならず,本件発明で特定された濃度及び撒布割合に従って撒布することによって奏するものということができる。

原告の主張は,いずれも,これを採用することができない。

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(2) 相違点3について
ア引用例1について
引用例1(甲3)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

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(ア) 引用発明1の特許請求の範囲は,以下のとおりである。

土壌に,撒布直後のpHが9ないし13となるようアルカリ化剤を撒布して放置

期間を設けることを特徴とする土壌改良方法

(イ) 本発明は,土壌改良方法に関するもので,土壌中の生態系を整えることによって,土壌改良を行う方法に関するものである。従来,農地の土壌は,一般に中性から弱酸性であることが好ましいとされており,かかる観点から土壌の状態を適正に保つことが行われている。

また,土壌の良否は,土壌中の生態系によって大きな影響を受けると言われており,特に土壌中に生存する放線菌と糸状菌との割合が,ほぼ7:3であることがよい状態であるとされている。

しかしながら,土壌のpH値は適正であるにもかかわらず,生育不良や収穫量の減少を招くこともあり,また,土壌中の放線菌と糸状菌の生存割合は,具体的な調製手段がないため,ほとんど行われていないのが現状である。

土壌のpH値は適正であるにもかかわらず,よい結果とはならない原因は,放線菌と比較して糸状菌が異常に多くなっていることにあるようである

(ウ) 本発明は,土壌に,撒布直後のpHが9ないし13となるようアルカリ化剤を撒布して放置期間を設けることにより,放線菌と糸状菌との割合を適切に調整し,土壌を改良するものである。

アルカリ化剤(水酸化カルシウム,酸化カルシウム等)は,粉粒状のものでも,水溶液状のものでもよい。アルカリ化剤による土壌のアルカリ化は,糸状菌の繁殖抑制により放線菌の繁殖を助長するもので,この撒布直後の土壌のpH値が低すぎると,糸状菌の繁殖が十分抑制できず,放線菌の繁殖を効果的に促すことができない。逆に高くしすぎると,放線菌の繁殖をも抑制してしまいやすくなる。

アルカリ化剤を撒布後の放置期間は,5ないし10日,好ましくは7ないし10日である。この放置期間中に,土壌中で放線菌が繁殖して増大し,放線菌と糸状菌のバランスが適正に調整されるほか,高いpH値も,土中の二酸化炭素によって自然と中和されて徐々に低下し,作物の作付けに支障がない値になる。

(エ) 土壌を一時的に高いpH値とすることにより,放線菌と糸状菌とのバランスが回復される理由は必ずしも明らかではないが,放線菌は比較的アルカリに強い菌が多いのに対し,糸状菌は比較的アルカリに弱い菌が多いためであると推測される。

したがって,土壌がある程度高いpH値になると,糸状菌の一部は死滅し,一部は活動が抑制されることになり,それまで活発な糸状菌の繁殖により押さえられていた放線菌の繁殖が活発化され,両者のバランスが回復されるものと考えられる。

(オ) したがって,本発明によると,土壌中の放線菌と糸状菌との割合を適正な
バランスに調整することができ,生態系の乱れによる作物への悪影響を防止できる
ので,作物の収穫量の増大を図ることができるものである。

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イ引用発明1の技術内容

以上の引用例1の記載によると,引用発明1は,土壌中に生存する放線菌と糸状菌との割合を,作物の生育に適切な状態にするために,土壌に,撒布直後のpHが9ないし13となるようにアルカリ化剤を撒布して放置期間を設け,糸状菌の繁殖を押さえることにより,放線菌の繁殖が活発化され,放線菌と糸状菌との割合を適正なバランスに調整することを,その技術内容とするものである。

したがって,引用例1には,土壌を特定範囲のpH値となるようにアルカリ化剤を撒布することにより,植栽に有益な放線菌については土壌中に有効量残存させ,有害な糸状菌については除菌するという「選択的に除菌」する技術思想が開示されているものということができる。

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ウ組合せの容易性について

本件発明は,二酸化塩素水溶液を,特定の範囲の濃度で,特定の撒布割合において土壌に撒布することにより,「選択的に除菌」することを技術思想とするところ,引用例2には,二酸化塩素ガス含有空気がいかなる機序において殺菌作用を奏するかについて具体的な記載がないが,周知例2によると,二酸化塩素水溶液がアルカリ領域で安定であること,酸性領域において活性化して二酸化塩素ガスを発生すること,二酸化塩素は,強い酸化力を有することから,殺菌剤として利用されていることが周知であることからすると,引用発明2は,二酸化塩素の酸化力を利用して,土壌中の全ての菌を対象として殺菌を行うことをその技術思想とするものといえる。本件明細書にも,二酸化塩素が「強力な酸化力」を有する旨の記載があることからすると,本件発明も,二酸化塩素の酸化力により,除菌を行うものということができる。

これに対し,引用発明1は,通常であれば中性から弱酸性であることが好ましいとされる植栽用の土壌に対し,撒布後に特定範囲のpH値(アルカリ性)となるようにアルカリ化剤を撒布することにより,糸状菌を選択的に除菌することを技術思想とするものであって,本件発明及び引用発明2とは,植栽用の土壌の改良という技術分野は同一であるものの,その手法が異質であるのみならず,各発明が規定する要件も相当程度異なるものであって,その作用機序は著しく相違するといわなければならない。

したがって,当業者が,引用例1により,アルカリ化剤を用いて実現する「選択的に除菌」という技術思想に関する知見を得たとしても,これを二酸化塩素を含有する剤(二酸化塩素ガス含有空気,二酸化塩素水溶液)を用いる場合,いかなる具体的手段において「選択的に除菌」という技術思想を実現するかについては,不明であるというほかない。

以上からすると,二酸化塩素ガス含有空気の有する酸化力を用いて植栽用の土壌を殺菌する引用発明2において,引用例1により開示されたアルカリ化剤を用いることによる「選択的に除菌」という技術思想を組み合わせることにより,相違点3の構成に到ることは,当業者が容易に行い得ることであるものと認めることはできない。

この点について,原告は,「選択的に除菌」については,引用例1において開示されている,本件発明における二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合に関する特定は,当業者が適宜決定する事項にすぎないなどと主張する。

しかしながら,引用例1及び2並びに本件発明の有する技術思想の相違を前提とすると,引用例1において,土壌のアルカリ化による「選択的に除菌」なる技術思想が開示されていたとしても,引用例2に当該技術思想を組み合わせる動機付けが認め難いことは,先に指摘したとおりである。

また,本件発明における二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合に関する特定については,その前提として,相違点1の判断において先に指摘したとおり,引用発明2における二酸化塩素ガス含有空気に代えて,二酸化塩素水溶液を用いること自体,当業者が容易に行い得ることであるものとは認められず,また,選択的に除菌するという技術思想を組み合わせることも,当業者が容易に行い得ることであるものともいえない以上,二酸化塩素水溶液を用いて選択的に除菌を行うために,二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合に関する本件発明で特定された濃度及び撒布割合を設定することが,単なる設計事項であるとはいえないことも明らかである。実際,二酸化塩素水溶液又は二酸化塩素ガス含有空気等に関する発明である周知技術2においては,消臭効果の持続性の観点などから,一定の濃度などについて開示(周知例2-11等)がされているものの,「選択的に除菌」の観点から,一定の濃度範囲などについて開示されているものではない。引用例1において開示されている数値も,アルカリ化剤撒布直後の土壌のpH値にすぎず,本件発明における二酸化塩素水溶液の濃度及び撒布割合に関する特定については,何らの示唆を与えるものではない。

したがって,原告の主張は採用できない。

(3) 小括

以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,引用発明2を主たる引用発明として引用発明1,周知技術1及び2を組み合わせても,本件発明は,当業者が容易に想到することができるものではなく,本件審決の判断は相当といわなければならない。

なお,原告は,本件特許の出願経過において,二酸化塩素水溶液を用いること及び二酸化塩素の最適濃度が設計事項にすぎないことについては,拒絶理由通知(甲16の2)及び拒絶査定(甲7)にて,それぞれ同様の指摘がされており,本件審決においても,同様の判断をすべきであったとも主張する。

しかしながら,審査段階における拒絶理由通知や拒絶査定における認定に,本件審決の判断が拘束される理由はなく,原告の主張は失当である。

しかも,原告が指摘する平成8年4月16日付け拒絶理由通知(甲16の2)は,本件発明の出願当初の特許請求の範囲(【請求項1】二酸化塩素水溶液を有効成分とする土壌活性化除菌剤,【請求項2】上記二酸化塩素水溶液の濃度は約500ないし700ppmである請求項1に記載の土壌活性化除菌剤)を前提として,二酸化塩素の濃度の最適範囲は,設計事項にすぎないと指摘したものであり,同年8月26日付け拒絶査定(甲7)は,同年6月17日付け補正(甲16の4)後の特許請求の範囲(【請求項1】二酸化塩素の濃度を500ないし700ppmとした二酸化塩素水溶液を土壌に撒布することを特徴とする植栽用土壌の活性化方法)を前提として,二酸化塩素の最適濃度の範囲は,その適用の方法などにより,当事者が適宜決定する事項にすぎないとするものであって,上記拒絶理由通知及び拒絶査定は,いずれも,「選択的に除菌」という技術思想を含む本件発明とは異なる特許請求の範囲を前提とするものである。

したがって,異なる特許請求の範囲を対象としてされた拒絶理由通知や拒絶査定を前提とする原告の主張は,この点において,失当というほかない。

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3 結論



以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣裁判官 本 多 知 成裁判官 荒 井 章 光
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Last Update: 2011-03-01 00:53:13 JST

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