2010年12月28日火曜日
特許:補正発明についての特許法29条2項所定の要件具備判断方法,特許法29条2項への該当性肯定の条件「基準」:(知財高裁平成22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第10187号審決取消請求事件))
知財高裁平成22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第10187号審決取消請求事件)
知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」
*** 縮小版「基準」
・補正発明についての特許法29条2項所定の要件具備判断方法
「本願補正発明が,特許法29条2項所定の要件を備えているか否
かを判断するに当たっては,本願補正発明とこれに最も近い特定の
引用発明とを対比し,本願補正発明の相違点に係る構成(技術的事
項)について,当業者の出願時の技術常識等に照らして,引用発明
から出発して容易に到達できたか否かを検討することによって判断
される。ところで,以下のとおり,引用発明には,本願補正発明が
目的としている技術的事項(「解決課題」及び「課題を達成するた
めの手段」)についての記載は全く存在しないから,引用発明を基
礎として,本件補正発明に至ることはないというべきである。」
(知財高裁平成22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第
10187号審決取消請求事件))
・特許法29条2項への該当性肯定のための記載
「特許法29条2項への該当性を肯定するためには,先行技術から
出発して当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであ
ろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の相違
点に係る構成に到達するためにしたはずであるという程度の示唆等
の存在していたことが必要であるというべきところ,刊行物1の段
落【0040】の記載は,刊行物2に記載された技術を適用するこ
とについて,「相違点に係る構成に到達したはずであるという程度
の示唆等」を含む記載ということはできない。」(知財高裁平成
22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第10187号審決取
消請求事件)
*** 最縮小版
・特許法29条2項への該当性肯定のための記載
特許法29条2項への該当性を肯定するためには,刊行物に記載さ
れた技術を適用することについて,
「「相違点に係る構成に到達したはずであるという程度の示唆等」
を含む記載」(知財高裁平成22年12月28日判決(平成22年
(行ケ)第10187号審決取消請求事件)を要すると解すべきであ
る。
*** H230115現在のコメント
結構重要なことをサラッといっています。
*** 判決原文(引用)
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。審決の判断の概要は,以下
のとおりである。
(1) 本件補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりな
お従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項2
号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たる。
(2) しかし,本願補正発明は,次のとおり,特許出願の際独立して特許を
受けることができない(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によ
りなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5
項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。)から,本件
補正を却下する。
ア本願補正発明と,特開平8-121665号公報(以下「刊行物1」と
いう。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)の内容,本願
発明と引用発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
(エ) まとめ
したがって,本願補正発明は,刊行物1及び2記載の発明,前記各周
知の課題並びに前記周知の技術に基いて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものであり,特許法29条2項の規定により特許出願の際独
立して特許を受けることができないものである。
ウ以上のとおり,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項
によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2
第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するので,同法1
59条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下
する。
(3) 本願発明
本願発明の発明特定事項をすべて含み,審判請求時の手続補正によって更
に構成を限定的に減縮した本願補正発明が,刊行物1及び2記載の発明,前
記各周知の課題並びに前記周知技術に基いて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものである以上,本願発明も,同様の理由により,刊行物1及び
2記載の発明,前記各周知の課題並びに前記周知技術に基づいて,当業者が
容易に発明をすることができたものである。
第3 当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張
審決には,以下のとおり,(1)本願補正発明の認定の誤り及び相違点の看過
(取消事由1),(2)相違点1に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2),(3)
相違点2に係る容易想到性判断の誤り(取消事由3),(4)本願補正発明の作
用効果に係る認定の誤り(取消事由4),(5)本件補正前の本願発明の認定の
誤り(取消事由5)がある。
第4 当裁判所の判断
事案にかんがみ,取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)から先
に判断する。
1 取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)について
当裁判所は,引用発明における,ボス12(取付片)の内側に配設した係合
部材であるナット15に代えて,刊行物2記載の発明における低強度の締結ナ
ット26Aを採用することにより,本願補正発明の相違点2に係る構成に想到
することは,当業者において容易であったとはいえないから,これを容易であ
ったとした審決の判断は,誤りであると判断する。
本願補正発明が,特許法29条2項所定の要件を備えているか否かを判断す
るに当たっては,本願補正発明とこれに最も近い特定の引用発明とを対比し,
本願補正発明の相違点に係る構成(技術的事項)について,当業者の出願時の
技術常識等に照らして,引用発明から出発して容易に到達できたか否かを検討
することによって判断される。ところで,以下のとおり,引用発明には,本願
補正発明が目的としている技術的事項(「解決課題」及び「課題を達成するた
めの手段」)についての記載は全く存在しないから,引用発明を基礎として,
本件補正発明に至ることはないというべきである。
(1) 事実認定
ア引用発明の技術内容
刊行物1(甲1)には,次の記載がある。すなわち,
(2) 相違点2に係る容易想到性の判断
上記事実認定を基礎にして,取付片の内側に配設した係合部材について,
引用発明の(通常の)「ナット15」に代えて,引用例2記載の低強度の「ナ
ット26A」を適用することにより,「前記流体輸送管に対して圧縮方向に,
かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作用したとき前記ナットのネジ
部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収する」との本願補正発明の係
合部材に係る構成(相違点2に係る構成)に想到することが当業者において
容易であったかについて検討する。
ア引用発明は,
以上のとおり,本願補正発明は,引用発明と異なり,タイロッドに脆弱部
を設けた上,脆弱部について,補強状態から補強解除状態への切換操作を
可能とするとの構成を前提としていない。
イ引用発明においては,補強状態から補強解除状態への切換操作が可能で
あるとの特徴的構成を有し,配管施工後の補強解除状態において,異常荷
重によってタイロッド自体を破壊させることによって,配管の相対移動を
確保させている。これに対し,本願補正発明においては,タイロッドを補
強する手段を設けることの記載はなく,運搬時及び配管施工後において,
異常荷重を受けた場合には,取付片内側の低強度ナットの外力吸収機能を
用いることによって,タイロッド自体の破損等は防止され,その維持され
たタイロッド自体の外力吸収機能によって,更なる異常荷重を受けた場合
であっても,伸縮可撓管又は配管自体の損傷を防止させることを目的とし
ている。このように,引用発明と本願補正発明とは,発明の技術的思想,
すなわち発明における解決課題及び課題解決手段を異にする。
そうすると,たとえ地中に埋設する流体輸送管や管継手等には地震や地
盤沈下などによって変形や破損を引き起こすような大きな圧縮力に対する
対応を図ることが課題として周知であり,かつ,低強度ナットに係る技術
的事項が周知の技術であったとしても,引用例(刊行物1)に,審決が引
用した先行技術である引用発明から出発して相違点2に係る本願補正発明
の構成に到達するためにしたはずであるという示唆等が記載されていたと
解することはできない。
(3) 被告の主張について
ア被告は,刊行物1には,「筒状体どうしを相対移動させようとする外力
で破壊可能な脆弱部は,阻止手段を構成する部材の一部を他の部材よりも
強度的に弱い材料で製作して構成しても良い。」(【0040】)と記載
部分があり,また「前記阻止手段Bは,ケーシング管3各々の外周側に複
数個(実施例では4個)のボス12を等間隔で環状に配置して一体形成す
るとともに,二個のケーシング管3のボス12どうしに亘って,これらの
ケーシング管3どうしを連結する連結部材としての雄ねじ14が形成され
ている鋼製ロッド13を挿通し,ボス12の各々とロッド13とを二個の
ナット15で締め付け固定して構成されている。」【0027】との記載
があることに照らすならば,上記【0040】の記載部分は,阻止手段を
構成する上記3種の部材,すなわち「ボス12」,「鋼製ロッド13」及
び「二個のナット15」のうちのいずれかを脆弱部とすることを示唆する
ものであって,このうち「二個のナット15」の更に内側のナット1つを
脆弱部とすることを直接示唆するものではないとしても,刊行物2に記載
された脆弱部の構成を適用することについての阻害要因にはならないと主
張する。
しかし,被告の上記主張は,採用の限りでない。
すなわち,引用発明は,補強状態から補強解除状態への切換操作が可能
であるという第1の特徴的構成を有することを前提として,配管施工後に
おいては,衝撃力を受けただけでタイロッド自体を破壊させることによっ
て,配管の相互移動を自由にさせる発明であるのに対して,本願発明は,
補強状態の切換操作の構成を有さず,タイロッド自体が一定範囲内の異常
荷重を受けても破損しないようにすることを解決課題とするものであって,
両者は,発明の解決課題の設定及び解決手段において,技術思想を異にす
ることにする。刊行物1の実施例には,切欠部16が示されているように,
ロッド13自体を容易に破壊させるようにして,配管どうしが自由に相対
移動できるようにさせるという課題を解決する発明のみが開示されている
ことに照らすならば,ロッド自体を破壊させる技術的思想と相反する目的
で脆弱部を設ける技術的事項の開示はないと解するのが合理的である。し
たがって,被告の主張に係る段落【0040】の記載は,上記の解決課題
及び解決手段の範囲における「ロッドに切欠部16を設ける代わりに,阻
止手段を構成するロッドの一部を強度的に弱い材料とすることで脆弱部の
部分を構成しても良い。」という技術を示しているに止まり,刊行物1に
開示された全体の趣旨と離れて,ロッド以外の部分に脆弱部を設ける技術
を示唆しているものではない。
特許法29条2項への該当性を肯定するためには,先行技術から出発し
て当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであろうという推
測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の相違点に係る構成に到達
するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在していたことが必要
であるというべきところ,刊行物1の段落【0040】の記載は,刊行物
2に記載された技術を適用することについて,「相違点に係る構成に到達
したはずであるという程度の示唆等」を含む記載ということはできない。
イまた,被告は,脆弱部の補強手段については,移動規制装置に異常荷重
として引っ張り力や圧縮力が作用するという課題に加えて,運搬途中や配
管施工中等に不測の相対移動が発生することを防止する課題がある場合に
設けるものであるから,当該脆弱部が低強度ナットである場合には,運搬
途中や配管施工中等に不測の相対移動が発生することを防止する必要があ
れば低強度ナットをナット一般の補強手段又は保護手段で一時的に補強し,
その必要がなければ補強手段を省く程度のことは当業者が適宜推考できる
と主張する。
しかし,この点の被告の主張も採用の限りでない。すなわち,仮に上記
補強手段の省略が当業者において容易であったとしても,引用発明が配管
施工後のタイロッドの破壊を前提としているのに対し,本願補正発明は,
配管施工後も一定範囲内の異常荷重である限りタイロッド自体が破損等し
ないことを目的としているという点で,その技術的思想を異にするもので
ある以上,補強手段を省略することが容易であるとの上記主張は,結論に
影響する反論とはいえない。
2 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の
誤り)は理由がある。その他,被告が縷々主張するが,いずれも採用の限りで
ない。よって,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決を取り消
すこととし,主文のとおり判決する。
*** 判決原文(全文)
平成22(行ケ)10187 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成22年12月28日 知的財産高等裁判所
1
平成22年12月28日判決言渡
平成22年(行ケ)第10187号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年11月16日
判 決
原告 コスモ工機株式会社
訴訟代理人弁理士 重信和男
同 清水英雄
同 中野佳直
同 溝渕良一
同 秋庭英樹
同 堅田多恵子
被告 特許庁長官
指定代理人 川上溢喜
同 川本真裕
同 紀本孝
同 小林和男
主 文
1 特許庁が不服2009-5363号事件について平成22年4月28
日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
2
主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成15年4月24日,発明の名称を「伸縮可撓管の移動規制装置」
とする発明について,特許出願(特願2003-120332号,特開200
4-324769号。甲12)をしたが,平成21年2月10日に拒絶査定が
され,これに対し,同年3月12日,不服の審判(不服2009-5363号
事件)を請求した。
特許庁は,平成22年4月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年5月11日,原告に送
達された。
2 本件補正後の特許請求の範囲
本件出願に係る平成21年4月8日付け手続補正書(甲19)による補正(以
下「本件補正」という。)後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおり
である(以下,本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明」という。
別紙「本願補正明細書参考図【図2】(a)及び(b)」参照)。
「【請求項1】流体輸送管の途中に接続される一対の可撓継手部から成る伸縮
可撓管の移動規制装置において,
前記一対の継手部はそれぞれの外周に設けられた取付片を有し,互いに摺動
且つ密封可能に支持され,前記両継手部間にはタイロッドが周方向に前記取付
片を介して複数架橋され,両取付片のそれぞれ内外に配設した一対の係合部材
により前記タイロッドが取付片間に固定されるものであって,
前記取付片の外側に配設した一方の係合部材は前記タイロッド端部のネジ部
に螺着され,六角ナットと共に重ねて設けられる球面ナットから成るダブルナ
ットで構成され,前記球面ナットと前記取付片との間に球面座金を介在させ,
互いの凹凸球面部で摺動させると共に,前記取付片の内側に配設した他方の係
3
合部材は前記タイロッド端部のネジ部に螺挿されるナットで構成され,前記流
体輸送管に対して圧縮方向に,かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作
用したとき前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収す
ることを特徴とする伸縮可撓管の移動規制装置。」
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。審決の判断の概要は,以下
のとおりである。
(1) 本件補正は,平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりな
お従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項2
号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに当たる。
(2) しかし,本願補正発明は,次のとおり,特許出願の際独立して特許を
受けることができない(平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によ
りなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5
項において準用する同法第126条第5項の規定に適合しない。)から,本件
補正を却下する。
ア本願補正発明と,特開平8-121665号公報(以下「刊行物1」と
いう。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)の内容,本願
発明と引用発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
(ア) 引用発明の内容(別紙「刊行物1参考図【図1】」,「刊行物1配管
施工前参考図【図2】及び同施工後参考図【図3】」参照)
「スリーブ2と二個のケーシング管3とが球面リング材1を介して伸
縮可能,かつ,相対揺動可能に連結されている水道用の伸縮可撓管継手
Aの二個のケーシング管3どうしの相対移動を阻止する阻止手段Bにお
いて,
ケーシング管3各々の外周側に複数個のボス12を等間隔で環状に配
置して一体形成しており,球面リング材1とスリーブ2との間及び球面
4
リング材1とケーシング管3との間の各々にゴム製のシールリング8,
9が嵌め込まれており,二個のケーシング管3のボス12どうしに亘っ
て,これらのケーシング管3どうしを連結する連結部材としての雄ねじ
14が形成されている鋼製ロッド13を挿通し,ボス12の各々とロッ
ド13とを二個のナット15で締め付け固定して構成されている伸縮可
撓管継手Aの二個のケーシング管3どうしの相対移動を阻止する阻止手
段B」(審決書4頁14行~24行)
(イ) 一致点
「流体輸送管の途中に接続される一対の可撓継手部から成る伸縮可撓
管の移動規制装置において,
前記一対の継手部はそれぞれの外周に設けられた取付片を有し,互い
に摺動且つ密封可能に支持され,前記両継手部間にはタイロッドが周方
向に前記取付片を介して複数架橋され,両取付片のそれぞれ内外に配設
した一対の係合部材により前記タイロッドが取付片間に固定されるもの
であって,
前記取付片の外側に配設した一方の係合部材は前記タイロッド端部の
ネジ部に螺着されると共に,前記取付片の内側に配設した他方の係合部
材は前記タイロッド端部のネジ部に螺挿されるナットで構成される伸縮
可撓管の移動規制装置。」(審決書7頁5行~14行)
(ウ) 相違点
「[相違点1]
取付片の外側に配設した一方の係合部材が,本願補正発明では,『六角
ナットと共に重ねて設けられる球面ナットから成るダブルナットで構成
され,前記球面ナットと前記取付片との間に球面座金を介在させ,互い
の凹凸球面部で摺動させる』ものであるのに対して,引用発明では,(単
一の)『ナット15』である点。
5
[相違点2]
取付片の内側に配設した他方の係合部材が,本願補正発明では,『前記
流体輸送管に対して圧縮方向に,かつ前記タイロッドを変形させる異常
荷重が作用したとき前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異
常荷重を吸収する』ものであるのに対して,引用発明では,(通常の)『ナ
ット15』である点。」(審決書7頁16行~27行)
イ相違点に関する容易想到性を以下のとおり判断した。
(ア) 相違点1について
伸縮可撓管等の管継手の技術分野において,タイロッドにその軸方向
とは異なる方向から力や捻り力が作用する問題のあることは周知の課題
である。また,種々の技術分野において,ナットを,一般的なナットで
ある六角ナットと共に重ねて設けられる球面ナットから成るダブルナッ
トで構成することや,球面ナットと被取付部材との間に球面座金を介在
させ,互いの凹凸球面部で摺動させることは周知の技術である。そして,
引用発明の鋼製ロッド13(タイロッド)にその軸方向から異なる方向
から力や捻り力が作用する問題のあることは予測されるから,引用発明
において,ボス12(取付片)の外側に配設した一方の係合部材である
(単一の)ナット15に代えて,上記周知の技術を適用することによっ
て,上記相違点1に係る本願補正発明と同様の構成のものとすることは,
当業者が容易に想到し得たものである。
(イ) 相違点2について
特開平11-166678号公報(以下「刊行物2」という。甲2)
には,「地盤の変動に伴って両配管51,51に及ぼされる引離力Fが設
定レベルを超えると,合成樹脂製の締結ナット26Aが破壊されること
に伴って,衝撃的な引離力Fが減衰されると共に,両配管51,51は,
地盤の動きに追従した変位を許容される」との技術事項を含む発明が記
6
載されており,「引離力F」が本願補正発明の「異常荷重」とは,その作
用する方向が引っ張り力か圧縮力かという相違はあるものの,本願補正
発明の構成のうちの「前記流体輸送管に対して異常荷重が作用したとき
前記ナットのネジ部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収する」
ことに実質的に相当する。
「そして,流体輸送管等の管の技術分野において,管に圧縮力が作用
する問題があることは周知の課題であり(例えば,特開平11-139
65号公報の段落【0005】,特開平11-153277号公報の段落
【0003】,特開平9-72470号公報の段落【0001】,特開平
11-294658号公報の段落【0007】,特開昭64-30993
号公報の第2ページ左下欄第12~17行,第3ページ左上欄第2~7
行を参照),当該圧縮力に関する問題を解決するために,従来から管継手
部に種々の手段が施されてきたところである。そうすると,引用発明の
伸縮可撓管継手Aに圧縮力が作用し,その圧縮力が鋼製ロッド13(タ
イロッド)を変形させるような異常荷重として作用する問題があること
は予測されるところであり,また,上記刊行物1の記載事項(イ)に,
『筒状体どうしを相対移動させようとする外力で破壊可能な脆弱部は,
阻止手段を構成する部材の一部を他の部材よりも強度的に弱い材料で製
作して構成しても良い。』と記載されていることを考慮すれば,引用発明
における,ボス12(取付片)の内側に配設した他方の係合部材である
(通常の)ナット15に代えて,上記刊行物2記載の合成樹脂製の締結
ナット26Aを適用することによって,上記相違点2に係る本願補正発
明と同様の構成のものとすることは,当業者が容易に想到し得たことで
ある。」(審決書8頁末行~9頁17行)
(ウ) 作用効果について
本願補正発明が奏する作用効果は,いずれも刊行物1及び2記載の発
7
明,前記各周知の課題並びに前記周知の技術から当業者が予測できる程
度のものである。
(エ) まとめ
したがって,本願補正発明は,刊行物1及び2記載の発明,前記各周
知の課題並びに前記周知の技術に基いて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものであり,特許法29条2項の規定により特許出願の際独
立して特許を受けることができないものである。
ウ以上のとおり,本件補正は,平成18年法律第55号改正附則3条1項
によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2
第5項において準用する同法126条5項の規定に違反するので,同法1
59条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下
する。
(3) 本願発明
本願発明の発明特定事項をすべて含み,審判請求時の手続補正によって更
に構成を限定的に減縮した本願補正発明が,刊行物1及び2記載の発明,前
記各周知の課題並びに前記周知技術に基いて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものである以上,本願発明も,同様の理由により,刊行物1及び
2記載の発明,前記各周知の課題並びに前記周知技術に基づいて,当業者が
容易に発明をすることができたものである。
第3 当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張
審決には,以下のとおり,(1)本願補正発明の認定の誤り及び相違点の看過
(取消事由1),(2)相違点1に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2),(3)
相違点2に係る容易想到性判断の誤り(取消事由3),(4)本願補正発明の作
用効果に係る認定の誤り(取消事由4),(5)本件補正前の本願発明の認定の
誤り(取消事由5)がある。
8
(1) 取消事由1(本願補正発明の認定の誤り及び相違点の看過)
本願補正発明は,両取付片のそれぞれ内外に配設した,タイロッドを固定
する一対の係合部材とタイロッドとを組み合わせる構成を採用することによ
り,タイロッドを変形させる圧縮方向への異常荷重(偏心を伴う圧縮も含む。)
が作用したときに内側のナットのネジ部に対して変形又は破壊を生じさせて
その異常荷重を吸収し,タイロッドと伸縮継手1とを破損させることなく(タ
イロッド破壊防止機能),タイロッドの両取付片10a,10bからの抜け落
ちを防止するとともに,その後に発生する引っ張り力(想定内の不平均力)
に対しては両取付片10a,10bと外側のダブルナットによる伸縮継手1の
移動距離維持機能が保たれ続ける点にその特徴がある。この本願補正発明の
特徴点は,両取付片のそれぞれ内外に配設した,タイロッドを固定する一対
の係合部材とタイロッドとを組み合わせる構成によるものであるから,これ
らを一体的なものと認定して,それと引用発明とを対比して,相違点を認定
すべきである。
そうであるのに,審決は,単に,一対の係合部材の外側の相違点と,一対
の係合部材の内側の相違点を別々に認定し,本願補正発明における一対の係
合材の一体的な組合せに基づく上記特徴点を看過してその認定を誤り,引用
発明との相違点をも看過したから,取り消されるべきである。
なお,被告は,タイロッドに引っ張り力と圧縮力が同時に作用することは
ないから,一対の係合部材の外側の相違点と,一対の係合部材の内側の相違
点を一体として認定する必要はないと主張する。しかし,取付片の外側係合
部材は凹凸球面部を摺動させて追従すると同時に,内側係合部材であるナッ
トが変形又は破損し,各係合部材が相互に機能することがあるから,一対の
係合部材の内側と外側の係合部材に係る相違点を一体として認定し,一体的
に作用する相互機能をも考慮して容易想到性の判断をすべきである。
(2) 取消事由2(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)
9
審決は,相違点1について,「伸縮可撓管等の管継手の技術分野において,
タイロッドに軸方向に異なる方向から力や捻り力が作用する問題があること
は周知の課題であるし(例えば,実願昭60-201345号(実開昭62
-108688号)のマイクロフィルムの明細書第3ページ第1~4行,実
願昭59-136216号(実開昭61-50887号)のマイクロフィル
ムの明細書第3ページ第15行~第4ページ第1行を参照),また,種々の技
術分野において,ナットを,一般的なナットである六角ナットと共に重ねて
設けられる球面ナットから成るダブルナットで構成することや,球面ナット
と被取付部材との間に球面座金を介在させ,互いの凹凸球面部で摺動させる
ことは周知の技術である(例えば,特開平6-127615号公報の図1の
『球面ナット14』及び『通常のナット15』,特開平10-318240号
公報の図5(a)の『凸球面ナット20』及び『凹球面ワッシャ21』,『凹
球面ワッシャ22』及び『凸球面ナット23』を参照)。そして,引用発明の
鋼製ロッド13(タイロッド)に軸方向に対し異なる方向から力や捻り力が
作用する問題があることは予測されるところであるから,そのような問題を
解決するための手段として,引用発明における,ボス12(取付片)の外側
に配設した一方の係合部材である(単一の)ナット15に代えて,上記周知
の技術を適用することによって,上記相違点1に係る本願補正発明と同様の
構成のものとすることは,当業者が容易に想到し得たことである。」(審決書
7頁下から3行~8頁17行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は,次のとおり誤りである。
まず,①引用発明から,本願補正発明の相違点1に係る構成に到達するに
は,上記周知の課題(甲3,4)を考慮した上で,引用発明の外側のナット
に,上記ダブルナットで構成する点(甲5)を適用し,さらに,その適用後
のダブルナットの球面ナットの部分について,それに対応するような上記「凹
球面ワッシャ21」(甲6)を組み合わせなければならないが,このように周
10
知技術を数段階にわたり重ねて適用することは,当該本願補正発明の「解決
手段」ないし「解決結果」を知っていることから生じる後知恵的な論理であ
るといえる。すなわち,上記周知文献は,タイロッドに軸方向に対し異なる
方向から力や捻り力が作用する問題があるという課題を示しているとしても,
タイロッド自体が変形又は破損して伸縮可撓管を突き破ることを防止すると
いう本願補正発明の課題を示すものではないから,それらの周知技術を適用
することは容易ではない。
また,②本願補正発明のように,異常な圧縮力が加わったときに,内側の
ナット30が変形・破壊されることにより圧縮力が吸収され,内側のナット3
0が変形破壊された後においても,両取付片10a,10bの両外側から,
六角ナット20と共に重ねてタイロッド22端部のネジ部に螺着される球面
ナット24と球面座金25とが互いの凹凸球面部で摺動するように介在し,
タイロッド22が球面座金25と球面ナット24を介して追従変位すること
ができるために,タイロッド22が両取付片10a,10bから抜け落ちる
ことがなく,タイロッド22又は伸縮継手1の破損を防ぐとともに,引き続
きタイロッド22及び両取付片10a,10bのそれぞれ外側に配設した係
合部材により,伸縮継手1の一対の可撓継手部2,4と連結管18をそのま
ま使用し続けることができるという点は,前記周知文献において開示も示唆
もされていない。
よって,引用発明に,上記周知の技術を適用することによって,上記相違
点1に係る本願補正発明と同様の構成のものとすることは,当業者が容易に
想到し得たことではなく,これを容易想到であるとした審決の判断は誤りで
ある。
(3) 取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)
審決は,相違点2について,「そして,流体輸送管等の管の技術分野におい
て,管に圧縮力が作用する問題があることは周知の課題であり(例えば,特
11
開平11-13965号公報の段落【0005】,特開平11-153277
号公報の段落【0003】,特開平9-72470号公報の段落【0001】,
特開平11-294658号公報の段落【0007】,特開昭64-3099
3号公報の第2ページ左下欄第12~17行,第3ページ左上欄第2~7行
を参照),当該圧縮力に関する問題を解決するために,従来から管継手部に
種々の手段が施されてきたところである。そうすると,引用発明の伸縮可撓
管継手Aに圧縮力が作用し,その圧縮力が鋼製ロッド13(タイロッド)を
変形させるような異常荷重として作用する問題があることは予測されるとこ
ろであり,また,上記刊行物1の記載事項(イ)に,『筒状体どうしを相対移
動させようとする外力で破壊可能な脆弱部は,阻止手段を構成する部材の一
部を他の部材よりも強度的に弱い材料で製作して構成しても良い。』と記載さ
れていることを考慮すれば,引用発明における,ボス12(取付片)の内側
に配設した他方の係合部材である(通常の)ナット15に代えて,上記刊行
物2記載の合成樹脂製の締結ナット26Aを適用することによって,上記相
違点2に係る本願補正発明と同様の構成のものとすることは,当業者が容易
に想到し得たことである。」(審決書8頁末行~9頁17行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は,次のとおり誤りである。すなわち,
ア刊行物1においては,脆弱部C(切欠部16)の破壊は,阻止手段Bの
ロッド13の破壊を意味しており,もともとは,地震や地盤沈下等の異常
な外力が作用したときに,配管部材の相対移動を阻止している阻止手段B
のロッド13に作用する外力で,阻止手段Bに設けた脆弱部Cの切欠部1
6を破壊して阻止手段Bのロッド13を破壊することにより,外力を吸収
するとともに,阻止手段Bのロッド13による相対移動の阻止状態を解除
するものである。したがって,引用発明においては,本件補正後の明細書(以
下「本願補正明細書」という。甲12,14,19)において従来技術として
提示されていた特開2000-161559号公報(甲23)や,特開2
12
000-161560号公報(甲24)に示されるロッドによる阻止手段
と同様に,地震や地盤沈下等の異常な外力が作用したときには,ロッド自
体が破壊され,それにより伸縮可撓管が突き破られるおそれがあるという
課題をそのまま有するものであって,本願補正発明のように伸縮可撓管の
突破れ防止の課題を解決するものではない。よって,そのような引用発明
に基づいて本願補正発明を容易に発明することができたとはいえない。
なお,刊行物1においても脆弱部の破壊により「配管部材」の損傷が防
止されることが開示されているが(甲1,段落【0001】,【0002】),
その「配管部材」は,「管継手」の上流,下流に取り付けられる輸送管等を
意味するから,本願補正発明における「伸縮可撓管」の突破れ防止を開示
したものではない。
イまた,刊行物1における脆弱部Cは,ロッド13に設けられた切欠部1
6の部分であり,この部分が破壊されやすいがためにその補強手段Dが必
要になることを考えれば,阻止手段を構成する部材の一部としてロッド以
外のナット15の部分まで脆弱部とすることが示唆されているとはいえな
いし,そのことが容易想到であるともいえない。
すなわち,刊行物1においては,切欠部16が示されているように,ロ
ッドの周面を一部切り欠くことで脆弱部を構成することが開示されている
だけで,それ以外の脆弱部に関する特別な技術的事項の開示はない。この
点を考慮すれば,刊行物1の段落【0040】の「筒状体どうしを相対移
動させようとする外力で破壊可能な脆弱部は,阻止手段を構成する部材の
一部を他の部材よりも強度的に弱い材料で製作して構成しても良い。」とい
う審決指摘の記載は,「ロッドに切欠部16を設ける代わりに,阻止手段を
構成するロッドの一部を強度的に弱い材料とすることで脆弱部の部分を構
成しても良い。」との内容を示しているに止まり,刊行物1に開示された内
容を越えて,ロッド以外の部分を脆弱部として設けても良いことを示唆し
13
ているものではない。
また,刊行物1における脆弱部は,外力が加わったときには,引張力・
圧縮力の両方向の外力に対して破壊されると記載されているのであるから,
仮に,ロッド以外のナットを脆弱部として破壊するのであれば,引張力・
圧縮力に対しても破壊されるよう,取付部の内側と外側の両方のナットを
脆弱部としなければならず,本願補正発明のように内側のナットのみを脆
弱部とする構成を導くことができることにはならない。
さらに,刊行物1では,脆弱部を補強する補強手段を備えることを特徴
とし,補強手段としては,第1実施例として,段落【0029】において
六角ナット17が記載され,第2実施例として段落【0033】において
六角ナット20が記載され,第3実施例として段落【0038】において
六角ナット24が記載されているように,これらナットはロッドの脆弱部
を補強するためにしか説明されていないのであるから,脆弱部をナットと
することはそもそも想定されていない。仮に脆弱部をナットとした場合に
ついて検討しても,この脆弱なナットの更なる補強手段がどのような構造
になるのかについては何ら記載されておらず,また何らこの点についての
解決手法が開示されていないのであるから,刊行物1では脆弱部をナット
とすることは想定されていない。
ウまた,本来タイロッドは,両継手部間に架橋されるものであり,①伸縮
可撓管継手の運搬時及び設置時において伸縮可撓管継手の形状を安定させ
ておく形状安定機能を有し,②設置後において流体輸送管内の水圧等によ
り発生する不平均力,土圧の変化又は小規模地震による管のズレなどによ
り発生する伸縮力に対しては,図2に示されるS とS‘との距離,R とR’
との距離を維持させておき,本格的な大地震に備える移動距離維持機能を
有し,③本格的な大地震が発生して異常荷重が作用したときにはタイロッ
ドが破壊されることにより,伸縮可撓管継手自体の破壊が防止機能を有す
14
る。
これに対し,本願補正発明は,上記①ないし③の機能のほかに,内外の
ナットの強度をそれぞれ異ならせることにより,本格的な大地震とまでは
いえない程度の異常荷重が作用した場合に,タイロッド内側ナットの変形
破壊によってタイロッド自体の破壊を防止し,伸縮可撓管の突破れを防止
する機能を最大限に発揮することができるようにした発明であるから,審
決の「そうすると,引用発明の伸縮可撓管継手Aに圧縮力が作用し,その
圧縮力が鋼製ロッド13(タイロッド)を変形させるような異常荷重とし
て作用する問題があることは予測されるところである」との理由のみをも
って,引用発明における内側のナット15に,刊行物2記載の発明の締結
ナット26Aを適用することが当業者において容易に想到し得たものであ
るとはいえない。
エ本願補正発明におけるタイロッドは,伸縮可撓管継手の運搬時及び設置
時において伸縮可撓管継手の形状を安定させておく形状安定機能に加えて,
設置後において流体輸送管内の水圧等により発生する不平均力(引張力)
に耐えて,強い地震時における伸縮可撓管継手の移動シロを確保しておく
伸縮可撓管継手の移動距離維持機能をも備えるものであり,このような水
圧が原因で発生する不平均力による引張力では破壊されない強度を備える
タイロッド構造を前提としており,このために上述したような課題が新た
に生じたものである。これに対し,刊行物1に記載されている伸縮可撓管
継手は,運搬時においてロッドにより伸縮可撓管継手の形状を安定させ,
設置後においてそのロッドの耐久性を弱めることを主目的としており,設
置後に発生する不平均力に耐え得るようなタイロッドの使用形態を前提と
しているものではないので,本願補正発明とはその前提を異にする。よっ
て,そのように前提の異なる引用発明に甲2記載の周知技術を適用して本
願補正発明の相違点2に係る構成に想到することが容易であったとはいえ
15
ない。
オまた,刊行物2の締結ボルト25は,最終的破壊を前提とした両継手部
間に架橋される本来のタイロッドではなく,2つの連結された管の分離防
止のための締結ボルト25に対して単に引っ張り力で破壊されるだけの締
結ナット26Aが示されているのみであるから,引用発明における本来の
タイロッドである鋼製ロッド13(タイロッド)の内側にあるナット15
に,刊行物2記載の締結ナット26Aを適用することは,当業者が容易に
想到し得たものではない。
カよって,刊行物1における,ボス12(取付片)の内側に配設した他方
の係合部材である(通常の)ナット15に代えて,刊行物2に記載されて
いる合成樹脂製の締結ナット26Aを適用することは,当業者が容易に想
到し得たことではない。本願補正発明の相違点2に係る構成に想到するこ
とが容易であるとした審決の判断は,誤りである。
(4) 取消事由4(本願補正発明の作用効果に係る認定の誤り)
審決は,「本願補正発明が奏する作用効果は,いずれも刊行物1及び2記載
の発明,上記各周知の課題並びに上記周知の技術から当業者が予測できる程
度のものである。」(審決書9頁19行~21行)と判断した。
しかし,審決の上記判断は誤りである。すなわち,本願補正発明は,本願
補正明細書の段落【0027】ないし【0031】に記載されているような
作用効果を奏するものであり,刊行物1,刊行物2及び従来周知の技術的事
項(甲3ないし11)には示唆すらされていない効果を奏するものであって,
当業者が予測し得たものではないから,審決の上記判断は誤りである。
(5) 取消事由5(本件補正前の本願発明の認定の誤り)
上記取消事由1ないし4の主張によれば,本願補正発明が独立特許要件を
欠くと判断して本件補正を却下した審決は誤りであり,本願に係る発明は,
本件補正(甲19)によって補正されたものとなるから,本件補正前の本願
16
発明について特許法29条2項に該当して特許を受けることができないこと
を理由に拒絶不服審判請求を不成立とした審決の判断は,誤りである。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(本願補正発明の認定の誤り及び相違点の看過)に対し
本願補正発明の固着手段は,低強度ナットで固着した側に「固着を解除す
る方向」の異常荷重が作用したときにナットが変形又は破壊されるとするも
のであって,当該異常荷重が圧縮力であるか引っ張り力であるかとは無関係
に,上記固着を解除する方向に依存してその機能を発揮させる点においては,
引用発明と実質的に同じものである。圧縮力と引っ張り力が同時に作用して
新たな固有の機能を発揮することがない以上,本願補正発明の各係合部材の
構成に係る相違点1及び2を一体のものとして引用発明と対比認定する必要
はない。以上のとおり,審決に,本願補正発明の認定の誤り及び相違点の看
過はなく,取消事由1に関する原告の主張は理由がない。
(2) 取消事由2(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)に対し
当業者は,①ボルトに偏荷重などの軸方向以外から力が加わる場合には,
「球面ナットとともに用いる球面座金」の中から,球面座金と球面ナットの
組合せか,ナットとともに用いられる球面座金とその球面に整合する球面座
金の組合せを選択して用い,また,②ナットに緩み止めが必要な場合には,
ナットを単に一つ追加してダブルナットとする。当業者は,①ボルトに偏荷
重などの軸方向以外からの力が加わるか否か,②更にナットに緩み止めが必
要か否かを判断して,周知の固着手段を適宜選択するのであり,原告が主張
するように,ダブルナットの1つを球面ナットに入れ替えて用いるものでは
ない。
実際の組み付け作業が段階的に行われるとしても,原告が主張するような
周知技術を数段階にわたり重ねて適用するものとはいえないから,本願補正
17
発明の相違点1に係る構成は容易想到でないとする取消事由2に係る原告の
主張は,理由がない。
(3) 取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)に対し
ア地中に埋設する流体輸送管や管継手等には,地震や地盤沈下などによっ
て変形や破壊を引き起こすような大きな圧縮力が作用するとの課題があっ
たことは,特開平11-13965号公報(甲7,段落【0005】),
特開平11-153277号公報(甲8,段落【0003】),特開平9
-72470公報(甲9,段落【0001】),特開平11-29465
8号公報(甲10,段落【0007】),及び特開昭64-030993
号公報(甲11,2頁左下欄12行~17行,3頁左上欄2行~7行)に
記載されているように周知である。
刊行物1記載の実施例は,従来の移動規制装置に対して地震や地盤沈下
等に起因して大きな力が作用した場合に脆弱部が破壊されて配管部材の損
傷を防止するようにした伸縮可撓管の一種である管継手において,運搬途
中や配管施工中等に不測の相対移動が発生するおそれがあることに着目し
ているという解決課題の相違はあるとはいえ,これに接した当業者であれ
ば,上記管継手が設置される現場の環境や設置の条件に応じて,取付片の
間隔が狭くなる方向の力,すなわち圧縮力を受けることがあることは,設
計をする際に十分に認識することができるから,引用発明において,圧縮
力が作用することに着目することは単なる設計事項であるということがで
きる。そして,高価な部品や交換をすることが困難な部品に過大な荷重が
付加されたときに当該部品の損傷や破損の被害を軽減するための1つの手
段として,低強度ナットを用いて当該固着手段の強度を相対的に低くして
おくことは周知の技術であるから,上記圧縮力に対する課題の解決手段と
して刊行物2に記載された低強度ナットの一種である合成樹脂製の締結ナ
18
ット26Aを用いることは当業者が困難を要することではない。そして,
本願補正発明は,刊行物2に記載されているのみならず周知の固着手段で
もある低強度ナットを,圧縮力が作用する側にそのまま用いたものであり,
伸縮可撓管の移動規制装置に特化してナットの構成やナットとタイロッド
との関連構成を工夫したものでもないから,その適用に当業者が困難を要
する事情もない。
以上のとおり,引用発明において,上記周知の技術を適用する動機付け
があったということができるから,引用発明の2個のナット15のうち圧
縮力が作用する側の通常のナットに代えて,刊行物2に記載された合成樹
脂製の締結ナット26Aを適用することは,当業者が容易に想到し得たこ
とである。
イこれに対し,原告は,刊行物1に記載された上記実施例は「ロッド自体
が破壊して,伸縮可撓管を突き破るおそれがあるという課題をそのまま有
するものであるから,その課題を解決する本願補正発明の相違点2に係る
構成に想到することは容易ではない。」旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,上記実施例の脆弱部はロッド13に設けた
切欠部16以外にはないことを前提としたものであり,理由がない。すな
わち,上記低強度ナットは,異常荷重が作用したときに変形又は破壊され
ることを前提に用いるものであり,タイロッドに圧縮方向の力が作用する
か,引張方向の力が作用するかにかかわりなく,低強度ナットが変形又は
破壊される方向の異常荷重が作用したときはタイロッド自体の破壊を防止
する機能を有するものであるから,タイロッドが破壊して伸縮可撓管を突
き破るようなことがないことは,低強度ナットそのものの機能として,当
業者が低強度ナットを使用するに当たって認識できることである。
ウまた,原告は,阻止手段を構成する部材の一部としてロッド以外のナッ
19
ト15の部分に及んでその部分を脆弱部にすることまでは示唆されていな
いと主張する。
しかし,上記阻止手段とは,刊行物1の段落【0027】によれば,①
ケーシング管3各々の外周側に複数個(実施例では4個)の(A)「ボス
12」を等間隔で環状に配置して一体形成するとともに,②2個のケーシ
ング管3のボス12どうしに亘って,これらのケーシング管3どうしを連
結する連結部材としての(B)「雄ねじ14が形成されている鋼製ロッド
13」を挿通し,③ボス12の各々とロッド13とを(C)「二個のナッ
ト15」で締め付け固定して構成されるものであるから,上記段落【00
40】の記載は,阻止手段を構成する上記(A)ないし(C)の3種の部
材のうちのいずれかを脆弱部とすることを示唆するものであって,上記
(C)のナットの1つを脆弱部とすることを直接示唆するものではないと
しても,刊行物2に記載された脆弱部の構成を適用することを阻害したり
否定するものではない。
エさらに,原告は,刊行物1に記載された上記脆弱部が「破壊しやすいた
めに補強手段Dが必要になること」は上記適用に当たって阻害要因に当た
るかのように主張する。
しかし,脆弱部の補強手段は,上記移動規制装置に異常荷重として引っ
張り力や圧縮力が作用するという課題に加えて,さらに運搬途中や配管施
工中等に不測の相対移動が発生することを防止する課題がある場合に設け
るものであるから,当該脆弱部が低強度ナットである場合には,運搬途中
や配管施工中等に不測の相対移動が発生することを防止する必要があれば
低強度ナットをナット一般の補強手段又は保護手段で一時的に補強し,そ
の必要がなければ補強手段を省く程度のことは当業者が適宜推考できるこ
とである。よって,仮に,引用発明の阻止手段が上記脆弱部の構成を内在
20
するものであるとしても,当該脆弱部の構成を上記実施例に記載された脆
弱部C(切欠部16)に限る理由がない以上,上記(C)の2個のナット
のうち圧縮力が作用する側を刊行物2に記載された脆弱部の構成とするこ
とを妨げる事情はない。
オまた,原告は,刊行物2には2つの連結された管の分離防止のための締
結ボルト25に対して単に引っ張り力で破壊されるだけの締結ナット26
Aが示されているのみであるから,引用発明に適用することは容易想到で
はないと主張する。
しかし,上記締結ナット26A,すなわち低強度ナットは,引張方向の
力が作用する場合にのみ用いる固着手段ではなく,圧縮方向の力が作用す
るか,引張方向の力が作用するかにかかわりなく,異常荷重が作用したと
きに変形又は破壊されることを前提に用いるものであるから,刊行物2に
記載された低強度ナットの利用形態が引張方向の異常荷重に対応するもの
であるとしても,これと逆の圧縮方向の異常荷重が作用する固着手段とし
て用いることは,当業者にとって容易に想到し得たことである。
(4) 取消事由4(本願補正発明の作用効果に係る認定の誤り)に対し
本願補正発明が奏する効果は,周知の固着手段又は刊行物2に記載された
固着手段が有する機能から派生するものであって,いずれも当業者が予測で
きるものである。特に,本願補正明細書の段落【0027】及び【0029】
に記載された受け口筒状体8a,8bに直接影響が及ばないなどの効果は,
刊行物2に記載されたような周知の低強度ナットをタイロッドの両側にある
上記取付片の間隔が狭くなる方向へ異常荷重が作用する伸縮可撓管の固着手
段に用いることによって直ちに得ることができるものであり,同段落【00
28】及び【0031】に記載された局部的な応力が作用することを防げる
などの効果は,周知の固着手段(球面ナットとともに用いる球面座金)が有
21
する機能そのものであり,同段落【0030】に記載されたあらゆる方向か
らの荷重に対してもバランスのとれた力の吸収が可能であるなどの効果は,
引用発明に上記固着手段を適用して得られる自明の効果にすぎない。
また,周知の固着手段及び刊行物2に記載された固着手段は,用いられる
製品・装置などの形状又は構造に応じて,当該製品・装置などに固有の作用
又は機能に差異が生じるものであるところ,本願補正発明は,一般に実施さ
れている固着の手段と同様に,上記取付片とタイロッドを固着する手段が伸
縮可撓管の両側において同一であり,その具体的構成は形状や構造に特段の
工夫をすることなく上記周知の固着手段をそのまま適用したものである以上,
原告が主張する本願補正発明が奏する効果は,上記周知の固着手段又は刊行
物2に記載された固着手段を引用発明に用いたことから派生した作用又は機
能にすぎず,当業者が予測できないものではない。
(5) 取消事由5(本件補正前の本願発明の認定の誤り)に対し
前記によれば,本願補正発明について独立特許要件を欠くとして本件補正
を却下した審決に誤りはないから,審決の本願に係る請求項1,2記載の発
明の認定にも誤りはない。
第4 当裁判所の判断
事案にかんがみ,取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)から先
に判断する。
1 取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の誤り)について
当裁判所は,引用発明における,ボス12(取付片)の内側に配設した係合
部材であるナット15に代えて,刊行物2記載の発明における低強度の締結ナ
ット26Aを採用することにより,本願補正発明の相違点2に係る構成に想到
することは,当業者において容易であったとはいえないから,これを容易であ
ったとした審決の判断は,誤りであると判断する。
22
本願補正発明が,特許法29条2項所定の要件を備えているか否かを判断す
るに当たっては,本願補正発明とこれに最も近い特定の引用発明とを対比し,
本願補正発明の相違点に係る構成(技術的事項)について,当業者の出願時の
技術常識等に照らして,引用発明から出発して容易に到達できたか否かを検討
することによって判断される。ところで,以下のとおり,引用発明には,本願
補正発明が目的としている技術的事項(「解決課題」及び「課題を達成するた
めの手段」)についての記載は全く存在しないから,引用発明を基礎として,
本件補正発明に至ることはないというべきである。
(1) 事実認定
ア引用発明の技術内容
刊行物1(甲1)には,次の記載がある。すなわち,
引用発明は,相対移動可能に連結されている筒状体どうしの相対移動を
阻止する阻止手段が設けられ,前記阻止手段に,前記筒状体どうしを相対
移動させようとする外力で破壊可能な脆弱部が設けられ,前記脆弱部の破
壊によって,前記阻止手段による相対移動の阻止状態が解除される管継手
に関する発明である(段落【0001】)。従来技術においては,脆弱部
の強度をあまり弱く設定しておくと,運搬途中や配管施工中等において,
例えば,ボルトに他物が衝突したり,ボルトにワイヤー等が引っ掛かった
りして,又は管継手自体にわずかな衝撃力が加わっただけでも脆弱部が不
当に破壊されて,阻止手段による相対移動の阻止状態が解除されてしまう
おそれがあることから,脆弱部の強度をあまり弱く設定しておくことがで
きず,そのため,脆弱部を破壊するに必要な外力の大きさを,その管継手
が設置される場所の地盤強度等の特性に応じた大きさに適切に設定するこ
とが容易ではなく,管継手に接続した配管部材の損傷を効果的に防止でき
ないおそれがあるとの課題を抱えていた(段落【0002】,【0003】)。
23
引用発明は,相対移動可能に連結されている筒状体どうしの相対移動を
阻止する阻止手段Bが設けられ,前記阻止手段Bに前記筒状体どうしを相
対移動させようとする外力で破壊可能な脆弱部Cが設けられ,前記脆弱部
Cの破壊により,前記阻止手段Bによる相対移動の阻止状態が解除される
管継手であって,前記脆弱部Cを補強する補強手段Dが,当該脆弱部Cを
補強している補強状態から,当該脆弱部Cの補強を解除する補強解除状態
に切換操作可能に設けられている管継手とする構成を採用することにより
(【請求項1】),脆弱部が破壊される外力の大きさを比較的小さく設定
しても,運搬途中や配管施工中等において,その脆弱部を補強する補強手
段を補強状態に保持しておくことにより,当該脆弱部の不測の破壊を防止
することができると同時に(段落【0012】),当該脆弱部を破壊する
のに必要な外力の大きさを,その管継手の設置場所の状況に応じた大きさ
に適切に設定することができ,管継手に接続した配管部材の損傷を効果的
に防止することができるものとした。引用発明の構成を採用した第1の特
徴は,前記脆弱部を補強する補強手段が,当該脆弱部を補強している補強
状態から,当該脆弱部の補強を解除する補強解除状態に切換操作可能に設
けられているという点にある(段落【0006】)。
刊行物1記載の実施例(別紙「刊行物1参考図【図1】」,「刊行物1配
管施工前参考図【図2】」及び「刊行物1配管施工後参考図【図3】」参照)
によれば,前記阻止手段Bは,ケーシング管3各々の外周側に複数個(実
施例では4個)のボス12を等間隔で環状に配置して一体形成するととも
に,2個のケーシング管3のボス12どうしに亘って,これらのケーシン
グ管3どうしを連結する連結部材としての雄ねじ14が形成されている鋼
製ロッド13を挿通し,ボス12の各々とロッド13とを2個のナット1
5で締め付け固定して構成され(段落【0027】),前記ロッド13各々
24
のケーシング管3どうしの中間位置に切欠部16を環状に形成して,ケー
シング管3どうしを相対移動させようとする外力で破壊可能な脆弱部Cが
設けられ,この脆弱部Cの破壊で,阻止手段Bによる2個のケーシング管
3どうしの相対移動の阻止状態が解除されるように構成され(段落【00
28】),前記脆弱部Cを補強する補強手段Dが,脆弱部Cを補強する補
強部材としての長い鋼製六角ナット17をロッド13に螺進操作可能に螺
着して構成され,この補強手段Dは,操作部材として兼用されるこの六角
ナット17の螺進操作で,図2(別紙「刊行物1配管施工前参考図【図2】
参照)に示す,当該六角ナット17が脆弱部Cを跨ぐ状態でロッド13に
螺着されて当該脆弱部Cを補強している補強状態から,図3(別紙「刊行物
1配管施工後参考図【図3】参照)に示す,脆弱部Cを挟む一方のロッド
13部分に螺着されて当該脆弱部Cの補強を解除する補強解除状態に切換
操作可能に設けられるものである(段落【0029】)。なお,「筒状体
どうしを相対移動させようとする外力で破壊可能な脆弱部は,阻止手段を
構成する部材の一部を他の部材よりも強度的に弱い材料で製作して構成し
ても良い。」(段落【0040】)旨が記載されている。
イ本願補正発明の解決課題及び解決手段等
本願補正発明に係る発明の詳細な説明欄には,以下の記載がある。
本願補正発明は,水道管,ガス管,プラント用配管などの流体輸送管の途
中に接続される一対の継手部から成る伸縮可撓管の移動規制装置に係る発
明である(甲12,段落【0001】)。
従来のタイロッド式の移動規制装置においては,地震や地盤沈下等の異
常な外力が作用した場合に,引っ張り力に対しては外側のナットが抜出防
止作用を有するものの,圧縮力に対してはその外力を吸収する部分がない
ことから,タイロッド自体が変形し又は破損してしまい,その結果,変形
25
又は破損したタイロッドが伸縮可撓管を突き破るおそれもあるという課題
があった(甲12,段落【0005】)。
そこで,本願補正発明は,上記の破損等したタイロッドによる伸縮可撓
管の突破れ防止の課題を解決するために,流体輸送管に作用する異常荷重
が引っ張り力である場合のみならず圧縮力である場合にも,移動規制装置
として構成されたタイロッドに過大な負荷がかからないように対応するこ
とのできる伸縮可撓管の移動規制装置を提供することを目的とするもので
あって(甲14,段落【0006】),そのための手段として,前記第2,
2の請求項1記載の構成を採用した。同構成により,圧縮方向の異常荷重
が流体輸送管に作用する場合においても,その異常荷重が一定範囲内のも
のである限り,取付片の内側に配した係合部材のみの変形又は破壊により
異常荷重を吸収させることにより,タイロッド自体には影響が及ばないよ
うにすることができるとするものである(甲19,【請求項1】,甲14,
段落【0007】)。
本願補正発明の実施例(別紙「本願補正明細書参考【図2】(a)及び(b)」
参照)によれば,配管施工後においては,例えば地盤沈下や地震等の異常
な荷重が発生することにより伸縮継手1に対して軸方向の荷重や捻りトル
クが作用した場合,その引っ張り力に対してはタイロッド22の伸びによ
りエネルギーを吸収できるとともに,両継手部2,4間に架橋された複数
本のタイロッド22に対してその軸方向に沿って作用する圧縮力に対して
は,その圧縮力がナット30に作用してナット30のネジ部を変形させる
か,破損させることによりタイロッド22又は両可撓継手部2,4の受け
口筒状体8a,8bに直接影響が及ばないようにするものである(甲14,
段落【0027】)。また,タイロッド22に対してその軸方向とは異なる
方向から力や捻り力が作用した場合においては,球面ナット24の球面座
金25が互いに接触する球面部で摺動することにより,タイロッド22に
26
局部的な応力が作用することを防止することができる(甲12,段落【0
028】)。したがって,上記のように構成された伸縮継手の伸縮移動規制
装置によれば,連結管18の両端に摺動かつ密封可能に支持される両可撓
継手部2,4が,それらの取付片10a,10b間にタイロッド22が周
方向に複数架橋され,タイロッド22の両端に形成されるネジ部に螺合さ
れて両取付片10a,10bのそれぞれ内外に配設した一対の六角ナット
20と球面ナット24から成るダブルナットとナット30によりタイロッ
ド22が両取付片10a,10b間に固定された構成となっているので,
圧縮方向の異常荷重が流体輸送管に作用しても,その異常荷重が一定範囲
内のものである限り,ナット30のネジ部の変形又は破損により圧縮荷重
を吸収させることにより,タイロッド22又は両可撓継手部2,4の受け
口筒状体8a,8bには直接影響が及ばないようにすることができる(甲
14,段落【0029】)。さらに,両取付片10a,10bの外側には,
六角ナット20と共に重ねてタイロッド22端部のネジ部に螺着される球
面ナット24と,球面座金25とが互いの凹凸球面部で摺動するように介
在しているので,偏心力が作用してもタイロッド22が球面座金25と球
面ナット24を介して追従変位することができ,タイロッド22の破損を
防ぐことができると記載されている(甲12,段落【0031】)。
(2) 相違点2に係る容易想到性の判断
上記事実認定を基礎にして,取付片の内側に配設した係合部材について,
引用発明の(通常の)「ナット15」に代えて,引用例2記載の低強度の「ナ
ット26A」を適用することにより,「前記流体輸送管に対して圧縮方向に,
かつ前記タイロッドを変形させる異常荷重が作用したとき前記ナットのネジ
部の変形または破壊により前記異常荷重を吸収する」との本願補正発明の係
合部材に係る構成(相違点2に係る構成)に想到することが当業者において
27
容易であったかについて検討する。
ア引用発明は,その脆弱部を補強する補強手段が,当該脆弱部を補強して
いる補強状態から,当該脆弱部の補強を解除する補強解除状態へ切換操作
可能に設けられている点を特徴的な構成としている。すなわち,運搬中や
配管施工中においては,補強状態とすることによって,配管相互の相対移
動を阻止することができ,施工後においては,補強解除状態へ切り換える
ことによって,わずかな衝撃力を受けただけでもその脆弱部(実施例の場
合には切欠部16を有するロッド13)が破壊させることにより,外力を
吸収させることを目的としている。引用発明は,実施例に示すとおり,配
管施工後に補強状態を解除した場合には,切欠部16を有するロッド13
自体が容易に破壊されるようにして,ケーシング管(以下「配管」と記載
する場合がある。)が自由に相対移動できるようにした発明であるといえ
る(段落【0028】,別紙「刊行物1配管施工前参考図【図2】」及び「刊
行物1配管施工後参考図【図3】」参照)。以上のとおり,引用発明では,
ロッド13の破損を防止するという点,及び,ロッド13の破壊によって
配管が突き破られることを防止するという点は,解決課題としていない。
これに対して,本願補正発明は,取付片の内側に配設される係合部材(タ
イロッド端部のネジ部に螺挿されるナット30)が圧縮方向の異常荷重を
受けたときに,内側の係合部材のみを変形又は破損させることによってそ
の異常荷重を吸収して,タイロッド自体が変形又は破損しないようにする
ことを目的とする発明である。すなわち,本願補正発明は,配管施工後に
おいて,異常荷重を受けた場合であっても,伸縮可撓管又は配管の損傷を
防止するというタイロッド本来の機能を維持させようとするものである。
以上のとおり,本願補正発明は,引用発明と異なり,タイロッドに脆弱部
を設けた上,脆弱部について,補強状態から補強解除状態への切換操作を
28
可能とするとの構成を前提としていない。
イ引用発明においては,補強状態から補強解除状態への切換操作が可能で
あるとの特徴的構成を有し,配管施工後の補強解除状態において,異常荷
重によってタイロッド自体を破壊させることによって,配管の相対移動を
確保させている。これに対し,本願補正発明においては,タイロッドを補
強する手段を設けることの記載はなく,運搬時及び配管施工後において,
異常荷重を受けた場合には,取付片内側の低強度ナットの外力吸収機能を
用いることによって,タイロッド自体の破損等は防止され,その維持され
たタイロッド自体の外力吸収機能によって,更なる異常荷重を受けた場合
であっても,伸縮可撓管又は配管自体の損傷を防止させることを目的とし
ている。このように,引用発明と本願補正発明とは,発明の技術的思想,
すなわち発明における解決課題及び課題解決手段を異にする。
そうすると,たとえ地中に埋設する流体輸送管や管継手等には地震や地
盤沈下などによって変形や破損を引き起こすような大きな圧縮力に対する
対応を図ることが課題として周知であり,かつ,低強度ナットに係る技術
的事項が周知の技術であったとしても,引用例(刊行物1)に,審決が引
用した先行技術である引用発明から出発して相違点2に係る本願補正発明
の構成に到達するためにしたはずであるという示唆等が記載されていたと
解することはできない。
(3) 被告の主張について
ア被告は,刊行物1には,「筒状体どうしを相対移動させようとする外力
で破壊可能な脆弱部は,阻止手段を構成する部材の一部を他の部材よりも
強度的に弱い材料で製作して構成しても良い。」(【0040】)と記載
部分があり,また「前記阻止手段Bは,ケーシング管3各々の外周側に複
数個(実施例では4個)のボス12を等間隔で環状に配置して一体形成す
29
るとともに,二個のケーシング管3のボス12どうしに亘って,これらの
ケーシング管3どうしを連結する連結部材としての雄ねじ14が形成され
ている鋼製ロッド13を挿通し,ボス12の各々とロッド13とを二個の
ナット15で締め付け固定して構成されている。」【0027】との記載
があることに照らすならば,上記【0040】の記載部分は,阻止手段を
構成する上記3種の部材,すなわち「ボス12」,「鋼製ロッド13」及
び「二個のナット15」のうちのいずれかを脆弱部とすることを示唆する
ものであって,このうち「二個のナット15」の更に内側のナット1つを
脆弱部とすることを直接示唆するものではないとしても,刊行物2に記載
された脆弱部の構成を適用することについての阻害要因にはならないと主
張する。
しかし,被告の上記主張は,採用の限りでない。
すなわち,引用発明は,補強状態から補強解除状態への切換操作が可能
であるという第1の特徴的構成を有することを前提として,配管施工後に
おいては,衝撃力を受けただけでタイロッド自体を破壊させることによっ
て,配管の相互移動を自由にさせる発明であるのに対して,本願発明は,
補強状態の切換操作の構成を有さず,タイロッド自体が一定範囲内の異常
荷重を受けても破損しないようにすることを解決課題とするものであって,
両者は,発明の解決課題の設定及び解決手段において,技術思想を異にす
ることにする。刊行物1の実施例には,切欠部16が示されているように,
ロッド13自体を容易に破壊させるようにして,配管どうしが自由に相対
移動できるようにさせるという課題を解決する発明のみが開示されている
ことに照らすならば,ロッド自体を破壊させる技術的思想と相反する目的
で脆弱部を設ける技術的事項の開示はないと解するのが合理的である。し
たがって,被告の主張に係る段落【0040】の記載は,上記の解決課題
30
及び解決手段の範囲における「ロッドに切欠部16を設ける代わりに,阻
止手段を構成するロッドの一部を強度的に弱い材料とすることで脆弱部の
部分を構成しても良い。」という技術を示しているに止まり,刊行物1に
開示された全体の趣旨と離れて,ロッド以外の部分に脆弱部を設ける技術
を示唆しているものではない。
特許法29条2項への該当性を肯定するためには,先行技術から出発し
て当該発明の相違点に係る構成に到達できる試みをしたであろうという推
測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の相違点に係る構成に到達
するためにしたはずであるという程度の示唆等の存在していたことが必要
であるというべきところ,刊行物1の段落【0040】の記載は,刊行物
2に記載された技術を適用することについて,「相違点に係る構成に到達
したはずであるという程度の示唆等」を含む記載ということはできない。
イまた,被告は,脆弱部の補強手段については,移動規制装置に異常荷重
として引っ張り力や圧縮力が作用するという課題に加えて,運搬途中や配
管施工中等に不測の相対移動が発生することを防止する課題がある場合に
設けるものであるから,当該脆弱部が低強度ナットである場合には,運搬
途中や配管施工中等に不測の相対移動が発生することを防止する必要があ
れば低強度ナットをナット一般の補強手段又は保護手段で一時的に補強し,
その必要がなければ補強手段を省く程度のことは当業者が適宜推考できる
と主張する。
しかし,この点の被告の主張も採用の限りでない。すなわち,仮に上記
補強手段の省略が当業者において容易であったとしても,引用発明が配管
施工後のタイロッドの破壊を前提としているのに対し,本願補正発明は,
配管施工後も一定範囲内の異常荷重である限りタイロッド自体が破損等し
ないことを目的としているという点で,その技術的思想を異にするもので
31
ある以上,補強手段を省略することが容易であるとの上記主張は,結論に
影響する反論とはいえない。
2 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由3(相違点2に係る容易想到性判断の
誤り)は理由がある。その他,被告が縷々主張するが,いずれも採用の限りで
ない。よって,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決を取り消
すこととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
齊 木 教 朗
裁判官
武 宮 英 子
32
(別紙)
「本願補正明細書参考図【図2】(a)」「本願補正明細書参考図【図2】(b)」
「刊行物1参考図【図1】」(甲1)
「刊行物1配管施工前
参考図【図2】」
「刊行物1配管施工後
参考図【図3】」
……………………………………………………
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2010年11月30日火曜日
特許:特許法29条2項所定の要件の判断方法「基準」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))
目 次
- 特許:特許法29条2項所定の要件の判断方法「基準」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))
-
- 縮小版
- H221221現在のコメント
- 判決原文(引用)
- 判決原文(全文)
- 平成22(行ケ)10096等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成22年11月30日 知的財産高等裁判所
- 判 決
- 主 文
- 事実及び理由
- 第1 請求
- 第2 事案の概要
- 1 特許庁における手続の経緯
- 2 本件特許の一部譲渡
- 3 特許請求の範囲の記載
- 4 審決の理由
- 第3 取消事由に関する原告の主張
- 1 取消事由1
- 2 取消事由2
- (1) 構成要件Cに関する示唆の有無について
- (2) 構成要件Eに関する示唆の有無について
- (3) 構成要件Fに関する示唆の有無について
- (4) したがって,本件発明の構成要件C,E,Fを兼ね備えた構成に着想することは容易であった。
- 第4 被告及び参加人の反論
- 1 取消事由1に対し
- 2 取消事由2に対し
- 第5 当裁判所の判断
- 1 はじめに
- 2 取消事由2について
- 3 取消事由1について
- 4 結論
-
特許:特許法29条2項所定の要件の判断方法「基準」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))
縮小版
特許法29条2項所定の要件の判断方法
「特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。」(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))
H221221現在のコメント
特許法29条2項所定の要件判断方法について判示しています。原則論をいいながら,これにしたがっていないからといって必ずしも違法でないことを判示しました。
ただ,審決を救ったものといえますから,これに従うべきだ!という強い意思がある判決です。
判決原文(引用)
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「ショーツ,水着等の衣料」とする発明について,平成11年5月26日,国際特許出願(特願2000-620828号)をし,平成15年1月17日,特許権の設定登録を受けた(特許第3389573号。甲15。以下「本件特許」といい,同特許に係る発明を「本件発明」という。)。原告は,平成21年6月23日,本件特許について特許無効審判を請求し(甲14。無効2009-800134号),審判手続中に証拠として甲1ないし8を提出した。特許庁は,平成22年2月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同年3月5日原告に送達された。
2 本件特許の一部譲渡
共同訴訟参加人(以下「参加人」という。)は,被告から本件特許の一部を譲り受けたとして,平成22年3月31日付けで,特許庁に対し,移転登録申請を行い登録がされた(乙1,丙1)。参加人は,平成22年5月15日,本訴について,適法に参加の申立てをした。
3 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(なお,構成要件の各分説及びその符号は,審判におけるものである。また,本件特許に係る願書に添付された図面1,2,5は,順に別紙図面1ないし3のとおりである。)
以下,略
4 審決の理由
本件発明は,以下のとおり,登録実用新案第3022949号公報(甲1),特開昭62-141101号公報(甲2),特開昭50-83153号公報(甲3),特開平9-316708号公報(甲4)及び特公平4-40441号公報(甲5)に記載された発明によって,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件特許を無効とすることはできない。以下,略
(2) 一方,構成要件C,E及びFを兼ね備えることは,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていない。甲2の第6図(判決注・別紙図面4),及び甲5の第4図(判決注・別紙図面5)は,縫合線が後部ウエスト部を通るものではないから構成要件Fと異なるし,また,後身頃が下方窄まりの形状であるから構成要件Cとも異なる。さらに,甲4の図6(判決注・別紙図面6)に示されたもので,布辺部1A1,1A2,1B1,1 B2を縫合したものが,後身頃に相当すると解した場合には,構成要件E及びFを兼ね備えたということができるが,構成要件Cは備えていない。と,判断した(別
紙審決書写し参照)。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,原告が主張する取消事由には,理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 はじめに
(1)特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。
(2)ところで,審決は,前記第2の4のとおり,本件発明と先行技術とを対比し,相違点を認定することなく,「1」本件明細書に基づいて,本件発明の技術的意義について検討し,同意義を,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点にあるとした上で,「2」構成要件C,E及びFを兼ね備えた技術は,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていないと判断して,本件発明は,原告の主張に係る各引用発明から容易に想到することができないとの結論を導いている。この点,特許法29条2項所定の容易想到性の有無を判断するに当たり,特定の引用発明と対比して,相違点を認定することをせずに,先に,当該発明の技術的意義なるものを設定した上で,各引用発明に当該発明の技術的意義が記載されているか否かを判断する手法は,判断の客観性を担保する観点に照らし疑問が残るといえる。
しかし,本件においては,原告(無効審判請求人)は,無効審判手続において,甲1の図1,2には構成要件AないしEが記載又は示唆され,甲1の図4(A)には構成要件Fが示唆され,甲2には構成要件Fが示唆され,甲4の図2には構成要件D及び構成要件Bが示唆され,甲5には構成要件Fが示唆されているなどとの主張はするものの,特定の先行技術を主たる引用発明として挙げた上で,本件発明との相違点に係る構成を明らかにし,従たる引用発明等を組み合わせることによって,本件発明に至ることが容易であるとする論理的な主張を明確にしているわけではない。このような無効審判手続における原告の無効主張の内容に照らすならば,本件における審決の判断手法が,直ちに違法であるとまではいえない(なお,このような場合であっても,審判体としては,「1」原告に対して釈明を求めて,本件発明が容易想到であるとの原告の主張(論理)を明確にさせた上で判断するか,あるいは,「2」原告に対する釈明を求めることなく,原告の挙げた引用発明を前提として,それらの引用発明との相違点を認定した上で,本件発明の相違点に係る構成が容易想到であるか否かを,個別具体的に判断するか,いずれかの審理を採用するのが望ましいといえる。)。
2 取消事由2について
先に,取消事由2について,判断する。
(1)原告は,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,縫合線が後部ウエスト部からヒップ頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成(構成要件F)が示唆されていると主張する。
・・・略・・・
以上のとおり,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,構成要件Fが示唆されているとはいえない。したがって,上記各証拠に構成要件Fが示唆されているとする原告の上記主張は採用することができない。そして,本件全証拠によるも,前記刊行物に記載された技術及びその他の技術を組み合わせることによって,構成要件F(縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成)を備えることが容易であると判断するに足りる証拠はない。
(2)なお,原告は,本件審判手続中に,大手衣料メーカーのショーツの実測結果であるとして甲6ないし8を提出する。しかし,上記各証拠には,本件特許出願日前に存在したショーツの実測結果が記載されているか否かは明らかでなく,上記各証拠をもって本件発明の容易想到性を判断することはできない。また,原告は,本訴において,審判手続において提出されていなかった甲9ないし13を提出し,これに基づき,構成要件Cを備えることが,容易である旨主張する。しかし,上記各証拠は,本件特許出願日当時における技術常識の内容及びその存在を立証するための証拠を追加するものとは認められず,新たな無効理由を主張するものであるから,上記各証拠に基づく原告の主張は許されない。
以上のとおりであり,原告の取消事由2に係る主張は,失当である。
3 取消事由1について
次いで,取消事由1について判断する。
原告は,審決には,本件発明の技術的意義の認定に当たり,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがあると主張する。
しかし,原告の主張は,第3の1で注記したとおり,採用の限りでない。
まず,審決は,本件発明の技術的意義との概念を使用して,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fを同時に併せ持つものであるとした上で,甲号各証には,同構成要件を同時に併せ持つものを記載ないし示唆したものは存在しないとの判断をしている。これに対して,原告が,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fに加えて,構成要件Aをも併せ持つものと認定すべきであると主張することは,審決の論理を前提とする限り,より多くの技術的要素を同時に備えていることが必須であると主張することとなり,原告にとっては,むしろ不利益な主張であって,審決の判断に影響を与えるものとはいえない。原告の主張を前提としても,審決が,本件発明の容易想到性を判断するに当たり,構成要件C,E,Fを取り上げて判断したことに誤りがあるとの結論を導くこともできず,原告の上記主張は採用することができない。
判決原文(全文)
平成22(行ケ)10096等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成22年11月30日 知的財産高等裁判所
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2009-800134号事件について平成22年2月23日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「ショーツ,水着等の衣料」とする発明について,平成11年5月26日,国際特許出願(特願2000-620828号)をし,平成15年1月17日,特許権の設定登録を受けた(特許第3389573号。甲15。以下「本件特許」といい,同特許に係る発明を「本件発明」という。)。原告は,平成21年6月23日,本件特許について特許無効審判を請求し(甲14。無効2009-800134号),審判手続中に証拠として甲1ないし8を提出した。特許庁は,平成22年2月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同年3月5日原告に送達された。
2 本件特許の一部譲渡
共同訴訟参加人(以下「参加人」という。)は,被告から本件特許の一部を譲り受けたとして,平成22年3月31日付けで,特許庁に対し,移転登録申請を行い登録がされた(乙1,丙1)。参加人は,平成22年5月15日,本訴について,適法に参加の申立てをした。
3 特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(なお,構成要件の各分説及びその符号は,審判におけるものである。また,本件特許に係る願書に添付された図面1,2,5は,順に別紙図面1ないし3のとおりである。)
【請求項1】
A 下方開放状の足口(15)を左右対称に形成した伸縮性を有する前身頃(11)の左右端縁(16,16)の各下端部を,左右の足口内周のヒップ裾ライン(15a,15a)の下端部と交差させ,かつ,前記左右端縁(16,16)の各上下方向中間部から下端部までの間の部分を外方へ凸型の曲縁(16a)でつなぐ形に裁断し,
B 該曲縁(16a)の上下方向中間部より下方部(16b)は直線または曲線状に形成してあり,
C 伸縮性を有する後身頃(12)はこれの左右端縁(19,19)の各上下方向中間部から下端部までの間の部分(19a)が下方拡がりの形に裁断してあり,
D しかも,後身頃(12)の左右端縁(19,19)の下端部間の幅(P)は上記前身頃(11)の左右端縁(16,16)の下端部間の幅(H)に対して0.6倍以上で6倍以下に設定され,
E これら後身頃(12)の左右端縁(19,19)と前身頃(11)の左右端縁(16,16)とは縫合され,
F この縫合線(L)が後部ウエスト部(24,25)からヒップの頂部(T)より外側に迂回してヒップ裾ライン(15a)に至るように形成していることを特徴とするショーツ,水着等の衣料。
4 審決の理由
本件発明は,以下のとおり,登録実用新案第3022949号公報(甲1),特開昭62-141101号公報(甲2),特開昭50-83153号公報(甲3),特開平9-316708号公報(甲4)及び特公平4-40441号公報(甲5)に記載された発明によって,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件特許を無効とすることはできない。すなわち,
(1) 本件発明は,前記構成要件AないしFを備えることにより,着用時には激しく腰を曲げるなどして動いてもヒップ裾ラインのずり上がりを防止でき,直立姿勢時にヒップ下部,臀溝部に「弛みじわ」,及び「だぶつき」が発生することが殆ど無く美しいヒップ裾ラインを出すことができ,座り姿勢でも縫合線による違和感がほとんど無く,またタイトな薄い外衣を着用したときにもその縫合線に沿ったラインが外衣に目立ちにくくなるという作用効果を奏するものである。そして,本件明細書の記載を総合すると,本件発明においては,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点に技術的意義があるといえる。
(2) 一方,構成要件C,E及びFを兼ね備えることは,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていない。甲2の第6図(判決注・別紙図面4),及び甲5の第4図(判決注・別紙図面5)は,縫合線が後部ウエスト部を通るものではないから構成要件Fと異なるし,また,後身頃が下方窄まりの形状であるから構成要件Cとも異なる。さらに,甲4の図6(判決注・別紙図面6)に示されたもので,布辺部1A1,1A2,1B1,1B2を縫合したものが,後身頃に相当すると解した場合には,構成要件E及びFを兼ね備えたということができるが,構成要件Cは備えていない。と,判断した(別紙審決書写し参照)。
第3 取消事由に関する原告の主張
1 取消事由1
審決は,本件発明においては,構成要件C,E,Fを兼ね備える点に技術的意義があると認定している。しかし,本件発明は,共に限定された形状をもって裁断される前身頃(構成要件A)及び後身頃(構成要件C)の縫合線がヒップ頂部より外側に迂回すること(構成要件E,F)が兼ね備わることに技術的意義があり,共に限定形状の前身頃と後身頃を縫合させないと縫合線をヒップ頂部より外側に迂回させることができない。
審決は,本件発明の技術的意義の認定において,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがある。
(判決注当裁判所は,原告の取消事由に係る主張は,自己に不利な主張であり,その主張自体失当であると解するが,その点はさておいて,原告の主張するとおり,摘示した。)
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2 取消事由2
構成要件C,E,Fを兼ね備えることは,次のとおり,刊行物に示唆されている。
(1) 構成要件Cに関する示唆の有無について
甲1には,図1(別紙図面7),図2(別紙図面8)に示す実施例について,「1は下方拡がりの形状の後身頃片(半折して図示)」,「図1の記号1と下方拡がりの端縁(6a)」との記載があり,後身頃が下方拡がりの形に裁断してあること(構成要件C)が記載ないし示唆されている。また,甲9ないし13にも,上記構成要件Cに近似した構成が示されている。
(2) 構成要件Eに関する示唆の有無について
甲1には,図1(別紙図面7)に示す実施例について,「2は左右後身頃片に縫合される側部片(左右一対),3は側部片と縫合されて前身頃を構成する前身頃片(半折して図示)」と記載され,甲4には,図2(別紙図面9)において,前身頃に当たる布片(1A),(1B)の端縁と下方拡がりの後身頃片が縫合されている実施例が示されており,前身頃と後身頃が縫合されること(構成要件E)が示唆されている。
(3) 構成要件Fに関する示唆の有無について
甲1には,図4(A)(別紙図面10)において,立体ショーツの後身頃と前身頃の左右対称の縫合線が,臀部の頂部より外側に迂回する構成が示されている。また,甲2には,第6図(別紙図面4)に示す実施例について,「そうして臀部充当片aの臀部縫合辺2は臀部のトップ付近またはその外寄りを通過する」と記載されている。さらに,甲4には,図6(別紙図面6)に示す実施例について,「図6は本発明に係るヒップ体形をシェープアップする衣類として適用したパンティ型のショートガードルの他の実施の形態を示す背面図であり,この場合は,上記左右二枚の布片1A,1Bのうち,上記裏面側縫合線3Bの両側のウエストライン部5から左右の臀部の外周を通って上記股布4の上端縁4eよりも上部位置の裏面側縫合線3Bに至るほぼ円弧状縫合線8A,8Bを形成して,・・・」と記載されている。上記刊行物においては,縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至るように形成していること(構成要件F)が示唆されている。
第4 被告及び参加人の反論
以下のとおり,原告の主張には理由がなく,審決に誤りはない。
1 取消事由1に対し
審決は,構成要件C,E,Fを兼ね備えることの容易想到性について検討し,それに想到することが容易ではないから,構成要件Aについて検討するまでもなく,本件発明の容易想到性を否定しているのであって,構成要件Aに技術的特徴があることを看過したものではない。
また,原告の主張は,構成要件C,E,Fの相互関係を断ち切り,それらを別々に把握した上,個々の構成要件が,別個の文献又は同一文献でも別個の箇所に別個の技術的思想として記載されていることを指摘するものにすぎず,本件発明が容易想到であるとする根拠を示していない。
さらに,甲9ないし13は,審判段階で提出されておらず,本訴において追加したものであり,審理の対象とすることは許されない。
2 取消事由2に対し
甲1には,図4(A)(別紙図面10)に示す実施例の縫合線がヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されているとは記載されていない。仮にこれが認められるとしても,甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例の後身頃は,下方窄まりの形状であるから,構成要件Cを備えていない。甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例が,本件発明の構成要件C,E,Fを兼ね備えているとはいえない。
以上のとおり,取消事由2に関する原告の主張は,失当である。
1 はじめに
(1)特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。
(2)ところで,審決は,前記第2の4のとおり,本件発明と先行技術とを対比し,相違点を認定することなく,①本件明細書に基づいて,本件発明の技術的意義について検討し,同意義を,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点にあるとした上で,②構成要件C,E及びFを兼ね備えた技術は,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていないと判断して,本件発明は,原告の主張に係る各引用発明から容易に想到することができないとの結論を導いている。この点,特許法29条2項所定の容易想到性の有無を判断するに当たり,特定の引用発明と対比して,相違点を認定することをせずに,先に,当該発明の技術的意義なるものを設定した上で,各引用発明に当該発明の技術的意義が記載されているか否かを判断する手法は,判断の客観性を担保する観点
に照らし疑問が残るといえる。
しかし,本件においては,原告(無効審判請求人)は,無効審判手続において,甲1の図1,2には構成要件AないしEが記載又は示唆され,甲1の図4(A)には構成要件Fが示唆され,甲2には構成要件Fが示唆され,甲4の図2には構成要件D及び構成要件Bが示唆され,甲5には構成要件Fが示唆されているなどとの主張はするものの,特定の先行技術を主たる引用発明として挙げた上で,本件発明との相違点に係る構成を明らかにし,従たる引用発明等を組み合わせることによって,本件発明に至ることが容易であるとする論理的な主張を明確にしているわけではない。このような無効審判手続における原告の無効主張の内容に照らすならば,本件における審決の判断手法が,直ちに違法であるとまではいえない(なお,このような場合であっても,審判体としては,①原告に対して釈明を求めて,本件発明が容易想到であるとの原告の主張(論理)を明確にさせた上で判断するか,あるいは,②原告に対する釈明を求めることなく,原告の挙げた引用発明を前提として,それらの引用発明との相違点を認定した上で,本件発明の相違点に係る構成が容易想到であるか否かを,個別具体的に判断するか,いずれかの審理を採用するのが望ましいといえる。)。
2 取消事由2について
先に,取消事由2について,判断する。
(1)原告は,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,縫合線が後部ウエスト部からヒップ頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成(構成要件F)が示唆されていると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,採用の限りでない。すなわち,甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例においては,縫合線が,後部ウエスト部から形成されていない上,ヒップの頂部より外側を迂回しているか否かも判然としない(なお,後身頃が下方拡がりの形に裁断されておらず,構成要件Cも有していない。)。
また,甲2には,第6図(別紙図面4)に示す実施例について,「臀部充当片aの臀部縫合辺2は臀部のトップ付近またはその外寄りを通過する・・・」(3頁右上欄13~14行)との記載があるが,縫合線(縫合辺)が後部ウエスト部から出発していない上,ロングガードルに関する発明であって,縫合線(縫合辺)が裾ぐり辺16にまで達しており,ヒップ裾ラインに至るように形成されていない(なお,後身頃が下方拡がりの形に裁断されておらず,構成要件Cも有していない。)。
さらに,甲4には,図6(別紙図面6)に示す実施例について,「・・・左右二枚の布片1A,1Bのうち,上記裏面側縫合線3Bの両側のウエストライン部5から左右の臀部の外周部を通って上記股布4の上端縁4eよりも上部位置の裏面側縫合線3Bに至るほぼ円弧状縫合線8A,8Bを形成して,・・・」(4欄44~48行)との記載があるところ,布片部1A1,1A2,1B1及び1B2の各縫合線(縫合辺)は,後部ウエスト部からヒップ裾ラインに至るように形成されていない(仮に,甲4の図6(別紙図面6)の布片部1A1,1A2,1B1及び1B2を縫合したものが本件発明の後身頃に相当するものだとしても,これが下方拡がりの形に裁断されているとは認められず,構成要件Cを有していない。)。
以上のとおり,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,構成要件Fが示唆されているとはいえない。したがって,上記各証拠に構成要件Fが示唆されているとする原告の上記主張は採用することができない。そして,本件全証拠によるも,前記刊行物に記載された技術及びその他の技術を組み合わせることによって,構成要件F(縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成)を備えることが容易であると判断するに足りる証拠はない。
(2)なお,原告は,本件審判手続中に,大手衣料メーカーのショーツの実測結果であるとして甲6ないし8を提出する。しかし,上記各証拠には,本件特許出願日前に存在したショーツの実測結果が記載されているか否かは明らかでなく,上記各証拠をもって本件発明の容易想到性を判断することはできない。また,原告は,本訴において,審判手続において提出されていなかった甲9ないし13を提出し,これに基づき,構成要件Cを備えることが,容易である旨主張する。しかし,上記各証拠は,本件特許出願日当時における技術常識の内容及びその存在を立証するための証拠を追加するものとは認められず,新たな無効理由を主張するものであるから,上記各証拠に基づく原告の主張は許されない。
以上のとおりであり,原告の取消事由2に係る主張は,失当である。
3 取消事由1について
次いで,取消事由1について判断する。
原告は,審決には,本件発明の技術的意義の認定に当たり,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがあると主張する。
しかし,原告の主張は,第3の1で注記したとおり,採用の限りでない。まず,審決は,本件発明の技術的意義との概念を使用して,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fを同時に併せ持つものであるとした上で,甲号各証には,同構成要件を同時に併せ持つものを記載ないし示唆したものは存在しないとの判断をしている。これに対して,原告が,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fに加えて,構成要件Aをも併せ持つものと認定すべきであると主張することは,審決の論理を前提とする限り,より多くの技術的要素を同時に備えていることが必須であると主張することとなり,原告にとっては,むしろ不利益な主張であって,審決の判断に影響を与えるものとはいえない。原告の主張を前提としても,審決が,本件発明の容易想到性を判断するに当たり,構成要件C,E,Fを取り上げて判断したことに誤りがあるとの結論を導くこともできず,原告の上記主張は採用することができない。
4 結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
中 平 健
裁判官
知 野 明
(別紙)図面1 図面2
図面3 図面4
図面5 図面6
13
図面7 図面8
図面9 図面10
Last Update: 2011-01-20 20:42:19 JST
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特許:特許法29条2項の解釈,効果の顕著性立証「解釈」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件))
知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」
*** 縮小版「解釈」
**** 特許法29条2項の解釈
「特許法29条2項は,特許を受けることができないための要件として,当業者が,出願
前に公知の技術に基づいて容易に想到することができたことを規定するが,出願前に周知
の技術に基づいて容易に想到することができたことを規定するものではない。」(知財高
裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件))
したがって,相違点に係る技術事項が,「発明を適用することによって,容易に想到し得
たかのみが争点であって,」「それに加えて,」開示された発明の内容が,技術常識ない
し技術的一般知識に至っていたか否かは,争点であると解されない場合」は,仮に,審決
に技術常識と記載されていても結論には影響を与えない((知財高裁平成22年11月
30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件)同旨)
**** 効果の顕著性立証
効果の顕著性については,たとえば,「異なる製法間の低温特性を比較するためには,繊
維径や電池活物質,電解液組成,充放電レートなどにおける同一条件の下での対比が必要
となる」が,具体的な立証がなければ効果の顕著性は認められない(知財高裁平成22年
11月30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件))
*** H221221現在のコメント
容易想到性の認定基準を事実認定の中で示したものです。参考例として挙げました。
*** 判決原文(引用)
**** 第4 当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はない
ものと判断する。その理由は以下のとおりである。
**** 1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り)について
略
**** 2 取消事由2(刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り)について
原告は,審決が,刊行物2,特開昭51-60773号公報(甲3)の記載から,「蓄電
池用セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸法(エレクトロスピニン
グ法,つまり,電荷誘導紡糸法と同じ意)で作製した繊維を用いる手法は,本願出願前に
おいて周知である。」とした認定には誤りがあると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。
特許法29条2項は,特許を受けることができないための要件として,当業者が,出願前
に公知の技術に基づいて容易に想到することができたことを規定するが,出願前に周知の
技術に基づいて容易に想到することができたことを規定するものではない。
本件においては,当業者が,本願発明における刊行物1発明との相違点に係る技術事項,
すなわち「電荷誘導紡糸法によって製造された」との相違点に係る技術事項が,甲2,甲
3に開示された発明を適用することによって,容易に想到し得たかのみが争点であって,
それに加えて,甲2,甲3に開示された発明の内容が,技術常識ないし技術的一般知識に
至っていたか否かは,争点であると解されない場合であるといえる。確かに,審決の「理
由」では,「本願出願時において周知であった静電紡糸法(エレクトロスピニング法,つ
まり,電荷誘導紡糸法)を適用することは,当業者にとって何ら困難なことではない。」
と述べられているが,本願出願前公知の電荷誘導紡糸法が周知であった点の認定の当否
が,審決の結論に影響を与えるものではない。したがって,この点を審決の認定の誤りと
する原告の主張は,審決の結論を左右するものではない。
略
以上のとおりであり,蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡
糸法で作製した繊維を用いる手法が,本願出願前において周知であるとした審決の認定に
誤りがあるとする原告の主張は採用できない。
**** 3 取消事由3(容易想到性判断の誤り)について
略
(2) 原告は,刊行物2及び甲3に記載される水系二次電池用のセパレータに関する知見を
非水系二次電池(リチウムイオン電池)用のセパレータに適用することには阻害要因があ
ると主張する。
略
・・・阻害要因はない。
この点の原告の主張は失当である。
(3) 原告は,本願発明は,刊行物1発明と対比すると,「低温特性」及び「サイクル特性」
の向上効果が顕著であると主張する。
しかし,原告は,本願発明における上記各特性の優位性について,具体的な立証をしてい
ない以上,原告の主張を採用することはできない。すなわち,異なる製法間の低温特性を
比較するためには,繊維径や電池活物質,電解液組成,充放電レートなどにおける同一条
件の下での対比が必要となるが,原告が本願発明との効果の比較対象としている本願明細
書の実施例5と刊行物1の実施例4は,条件の同一性が確認できず,本願発明と刊行物1
発明の製法上の相違による低温特性の優劣を客観的に比較することはできない。サイクル
特性についても,原告が主張の根拠とする数値は,本願明細書の図3の充放電特性のグラ
フに基づいているが,同グラフから具体的数値を正確に読み取ることは困難であり,本願
発明について,100サイクル目の電気容量と1サイクル目の電気容量の比を約96%~
約108%と算定することには疑問がある。したがって,本願発明の効果が,刊行物1発
明に比べて格別に顕著であるとは認められない以上,この点の原告の主張は採用できない。
*** 判決原文(全文)
平成22(行ケ)10033 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成22年11月30日 知的財産高等裁判所
1
平成22年11月30日判決言渡
平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件
平成22年10月26日口頭弁論終結
判 決
原 告 コリアインスティテュート
オブサイエンスアンド
テクノロジー
訴訟代理人弁理士 津 国 肇
同 齋 藤 房 幸
同 伊 藤 佐保子
同 安 藤 雅 俊
被 告 特許庁長官
指定代理人 植 前 充 司
同 吉 水 純 子
同 唐 木 以知良
同 小 林 和 男
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
2
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2007-31809号事件について平成21年9月7日にし
た審決を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年5月19日,発明の名称を「超極細繊維状の多孔性高分
子セパレータフィルムを含むリチウム二次電池及びその製造方法」とする発明
について,特許出願(特願2001-585344。同日を国際出願日とする
国際出願。以下「本願」という。)をし,平成19年1月30日付けで拒絶理
由通知を受け,同年7月6日付けで手続補正書(甲7)を提出したが,同年8
月16日付けで拒絶査定を受け,同年11月26日,これに対する不服の審判
(不服2007-31809号事件)を請求した。
特許庁は,平成21年9月7日,「本件審判の請求は成り立たない。」との
審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月29日に原告代理人に
送達された。
2 特許請求の範囲
平成19年7月6日付け手続補正により補正された特許請求の範囲(請求項
1)の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。また,
同補正後の明細書を「本願明細書」という。)。(甲5,7)
「【請求項1】正極活物質,負極活物質,多孔性高分子セパレータフィルム
及びリチウム塩が溶解した有機電解液を含むリチウム二次電池であって,
前記多孔性高分子セパレータフィルムが,電荷誘導紡糸法によって製造さ
れた,1~3000nmの直径を有する超極細繊維状の高分子で構成されて
いるものであり,
前記多孔性高分子セパレータフィルムを形成する高分子が,セルロース,
3
セルロースアセテート,セルロースアセテートブチレート,セルロースアセ
テートプロピオネート,ポリビニルピロリドンビニルアセテート,ポリ〔ビ
ス(2-(2-メトキシエトキシエトキシ))ホスファゲン〕,ポリエチレ
ンイミド,ポリエチレンオキシド,ポリエチレンスクシネート,ポリエチレ
ンスルフィド,ポリ(オキシメチレンオリゴオキシエチレン),ポリプロピ
レンオキシド,ポリビニルアセテート,ポリアクリロニトリル,ポリ(アク
リロニトリルコメチルアクリレート),ポリメチルメタクリレート,ポリ
(メチルメタクリレートコエチルアクリレート),ポリビニルクロリド,ポ
リ(ビニリデンクロリドコアクリロニトリル),ポリビニリデンフルオリド,
ポリ(ビニリデンフルオリドコヘキサフルオロプロピレン)及びこれらの混
合物からなる群から選択されることを特徴とするリチウム二次電池。」
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平8-25
0100号公報(甲1。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以
下「刊行物1発明」という。)及び特開平3-220305号公報(甲2。
以下「刊行物2」という。)に記載された周知技術(以下「刊行物2技術」
という。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるか
ら,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないと判断し
た。
(2) 上記判断に際し,審決が認定した刊行物1発明の内容並びに本願発明と刊
行物1発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア刊行物1発明の内容(審決書5頁12~17行)
正極活物質,負極活物質,ポリマーからなる不織布セパレータ及びリチ
ウム塩が溶解した有機溶媒を含む非水電解質二次電池であって,
前記不織布セパレータが,20~5000nmの径を有する超極細繊維
のポリマーで構成されているものであり,
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前記不織布セパレータを形成するポリマーがポリアクリロニトリルから
なる非水電解質二次電池。
イ一致点(審決書5頁29~34行)
正極活物質,負極活物質,多孔性高分子セパレータフィルム及びリチウ
ム塩が溶解した有機電解液を含むリチウム二次電池であって,
前記多孔性高分子セパレータフィルムが,超極細繊維状の高分子で構成
されているものであり,
前記多孔性高分子セパレータフィルムを形成する高分子が,ポリアクリ
ロニトリルであることを特徴とするリチウム二次電池。
ウ相違点(審決書6頁2~7行)
本願発明では,多孔性高分子セパレータフィルムが,「電磁誘導紡糸法
(判決注電荷誘導紡糸法の誤記と認められる。)によって製造された,
1~3000nmの直径を有する超極細繊維状の高分子で構成されてい
る」のに対し,刊行物1発明では,多孔性高分子セパレータフィルムを構
成する超極細繊維状のポリマーの直径が「20~5000nm」であるも
のの,その製造方法の特定はなされていない点。
第3 当事者の主張
1 審決の取消事由に係る原告の主張
審決は,(1) 刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り(取
消事由1),(2) 刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り(取消事由2),
(3) 容易想到性の判断の誤り(取消事由3)がある。
審決のした,一致点,相違点の認定に誤りがないことは認める。
(1) 刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り(取消事由1)
審決は,「刊行物1発明において,布(不織布セパレータ)の製造方法は
限定されるものではないのであるから,刊行物1発明において不織布セパレ
ータを作製するにあたり,本願出願時において周知であった静電紡糸法(エ
5
レクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法)を適用することは,当業
者にとって何ら困難なことではない。」と判断する。
しかし,審決の上記判断は,刊行物1発明の認定の誤りに基づくものであ
り,誤りである。
審決は,刊行物1発明のセパレータは厚さ100μm以下の布であり,こ
のような布を作るためには極細繊維を用いることが好ましいこと,0.01
μm程度の超極細繊維が開発されこれを用いると好ましいこと,これらの超
極細繊維の製造法は公知であり,産業用繊維材料ハンドブック(繊維学会編,
日刊工業新聞社刊,1994年)(甲12)などに記載されていると判断し
た。しかし,当業者の技術常識を示すものである甲12は,超極細繊維の製
法に関し,本願発明のようにフィルム状に直接製造できる「電荷誘導紡糸
法」とは異なる方法である分割法(一度太デニールの繊維を製造してから分
割する工程を含む繊維の製造方法)についての記載はあるが,「電荷誘導紡
糸法」(静電紡糸法)によって製造された超極細繊維状の高分子で構成され
るセパレータについての記載はない。また,甲12は,紡糸と同時にフィル
ム状に形成できる紡糸直結型不織布の製造方法として,メルトブロープロセ
スを挙げ,電池セパレータをこの製法の用途例として紹介するが,メルトブ
ロープロセスで製造する不織布には他の不織布よりも強度が劣るという問題
があることを示唆する。さらに,甲12の索引には,「電荷誘導紡糸」,
「静電紡糸」,「エレクトロスピニング」などの用語は掲載されていない。
そうすると,甲12には,本願発明の特徴である「電荷誘導紡糸法」が繊維
材料の製造方法として記載されているとはいえず,「電荷誘導紡糸法」が技
術常識であったとは認められない。
そうすると,審決は,刊行物1発明の内容について,「布(不織布セパレ
ータ)」の限定されない製造方法として,周知の「電荷誘導紡糸法(静電紡
糸法)」が含まれると解釈した上で認定したことになり,これを前提として,
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刊行物1発明に静電紡糸法を適用することに困難はないとした判断にも,誤
りがあるといえる。
(2) 刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り(取消事由2)
審決は,刊行物2,特開昭51-60773号公報(甲3)の記載から,
「蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸法
(エレクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法と同じ意)で作製した
繊維を用いる手法は,本願出願前において周知である。」と認定,判断する。
しかし,審決の認定,判断は,以下のとおり,誤りである。
刊行物2に記載される静電紡糸法を用いて製造された繊維は非水系電池の
例ではない。また,繊維の直径及び水系二次電池用のセパレータの孔径,厚
みに対する一般的な要求からしても,刊行物2に記載される繊維から,非水
系二次電池であるリチウムイオン電池に用いられるセパレータを想定するこ
とはできない。
また,本願出願日以前に公開された文献において,静電紡糸法で製造され
る繊維状フィルムを二次電池(蓄電池)のセパレータに適用する可能性につ
いて記載するものは,刊行物2,甲3,及び,SU646924(甲13)
であるが,甲13はソビエト連邦にのみ特許出願され,発明者は甲3記載の
発明者と同一であること,刊行物2と甲3の記載は酷似し,それらの発明の
出願人は同一の企業グループに属することから,実質的には甲3のみである。
そして,甲3は,実施例として多孔性シート状製品の「電解電池用隔膜」と
しての用途に関する記載はあるが,「蓄電池用セパレータ」の用途の具体的
態様の記載はない。そうすると,本願出願時において,「蓄電池用セパレー
タに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸法で作製した繊維を用い
る手法」は,周知技術であったとはいえない。
したがって,刊行物2技術について,「蓄電池用セパレータに関し,セパ
レータの作製原料として,静電紡糸法で作製した繊維を用いる手法」である
7
とし,この技術が本願出願前において周知であるとした審決の認定及びこれ
に基づく容易想到性の判断には誤りがある。
(3) 容易想到性判断の誤り(取消事由3)
ア以下のとおり,刊行物1発明には,不織布の製造方法として「電荷誘導
紡糸法(静電紡糸法)」を採用する示唆等はない。
すなわち,刊行物1には,本願発明で規定する繊維径の最大値に該当す
る3μmのポリエチレン合糸を用いサーマルボンド法(低融点の繊維どう
しを熱で溶着させることによる不織布の製造方法)で作った不織布に関す
る記載はあるが(段落【0046】),原料である低融点の繊維の製造
(紡糸)工程の記載はない。また,刊行物1が公知の文献として引用する
産業用繊維材料ハンドブック(甲12)には,静電防止法の記載はなく,
「電池セパレータ」に適用することができる不織布の製造方法として記載
されるメルトブロー法では,製造された不織布に問題があることが示唆さ
れており,刊行物1にも,甲12にもメルトブロー法の問題点を解決する
方法についての記載及び示唆はない。そうすると,刊行物1でいう超極細
繊維の公知の製造方法として,本願発明の電荷誘導紡糸法によるセパレー
タの製造方法を想定することはできない。
以上のとおり,刊行物1発明に,本願発明の特徴部分である「電荷誘導
紡糸法(静電紡糸法)」を不織布用の超極細繊維の製造方法として採用す
ることの示唆はない。
イ上記(2) のとおり,刊行物2及び甲3の記載から,蓄電池用セパレータ
の作製原料として,静電紡糸法により得られる繊維状物質を用いる手法が
周知とはいえない。
すなわち,静電紡糸法により作製した繊維状物質を「蓄電池用セパレー
タ」に使用する可能性に言及する文献は,刊行物2及び甲3の2つのみで
ある。甲3が開示されてから,刊行物2が開示されるまで,10年以上に
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もわたって静電紡糸法により作製した繊維状物質を「蓄電池用セパレー
タ」に使用することを記載する文献が存在しなかったことは,蓄電池用セ
パレータの技術分野において「静電紡糸法で製造される繊維状物質を二次
電池(蓄電池)のセパレータに使用する可能性」の技術的思想が当業者に
広がっていなかったことを裏付けるものである。
したがって,静電紡糸法により作製した繊維を「蓄電池用セパレータ」
に用いる手法が,当業者に周知であったとはいえない。
なお,被告は,本件訴訟において,新たに乙1及び乙2を提出し,静電
紡糸法により,超極細繊維のポリマーで構成される布状物(マット・ウェ
ブ・不織布状物)が得られることは,特開平3-161502号公報(乙
1),特開昭59-204957号公報(乙2)からも,本願優先権主張
日前において周知の事項であると主張する。刊行物2及び甲3からは,静
電紡糸法により製造された繊維を「蓄電池セパレータ」に用いる手法が周
知とはいえないから,乙1及び乙2は周知技術を補強したことになり得ず,
被告の上記主張は,乙1及び乙2に基づく新たな理由の追加に該当し,認
められるべきでない。
ウ以下のとおり,刊行物1発明と,刊行物2技術及び甲3の記載に基づい
て,本願発明を容易に想到することはできない。すなわち,
(ア) 刊行物1には,セパレータとして用いられる布の製造において超極細
繊維が好ましいことの記載はあるが,「超極細繊維」及び「不織布」の
製造方法についての記載は乏しく,繊維をフィルム状に直接製造するこ
とができる本願発明の電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)を解決すべき課題
として認識・把握することはできない。
刊行物1において「不織布の製造方法は限定されるものではない」と
記載されていても,同記載が「電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」を示唆
するものとはいえない。
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(イ) 刊行物2及び甲3には,静電紡糸法により得られる多孔質シート状製
品の用途として,「蓄電池用セパレータ」と記載されているが,具体的
に実施可能なように示されていない。また,刊行物2及び甲3が対象と
する「蓄電池用セパレータ(水系二次電池用のセパレータ)」は,「非
水系リチウム二次電池用のセパレータ」とは,要求される特性(セパレ
ータの厚さ,孔径など)が異なるから,水系二次電池用のセパレータに
関する知見を非水系二次電池(リチウムイオン電池)用のセパレータに
適用することはできない。
したがって,刊行物2及び甲3記載の技術と,非水系リチウム二次電
池が記載された刊行物1発明とを組み合わせることは困難であるし,組
み合わせたとしても,本願発明の構成に容易に想到するとはいえない。
(ウ) 本願発明は,製造工程を簡略化することのみを課題とするのではなく,
良好な電極との接合性,機械的強度,低温及び高温特性,リチウム二次
電池用の有機電解液との融和性などの電池性能の向上を達成することを
も課題とするものであるが,これらの課題は,刊行物1,刊行物2及び
甲3のいずれにも記載がない。
したがって,当業者にとって,製造工程と電池性能の向上を同時達成
するという課題を解決するために,刊行物1と,刊行物2及び甲3の記
載を結びつけて,本願発明の構成に想到することは容易ではない。
エ本願発明には,刊行物1発明と比較して「低温特性」及び「サイクル特
性」の向上との点において顕著な効果がある。
(ア) 「低温特性」について
本願明細書に,「50μmの厚さを有する多孔性高分子セパレータフ
ィルム」を用いた実施例5のリチウム二次電池の低温及び高温特性がテ
ストされており,容量に対する放電電圧の関係は,25℃における2.
7Vでの容量を100%とした場合に,本願発明のリチウム二次電池は,
10
特に,-10℃でも91%程度の優れた特性を有することが示されてい
る(甲5の段落【0052】,図4a)。
他方,刊行物1の実施例4では,厚さ35μmの不織布セパレータS
-2を使用した電池D-2,厚さ60μmの不織布セパレータS-10
を用いた電池D-10,厚さ90μmのセパレータS-11を用いた電
池D-11について,25℃に対する0℃の放電容量が,それぞれ6
3%(D-2),42%(D-10),25%(D-11)であること
が記載されている(甲1の段落【0050】)。
これらによれば,刊行物1においてセパレータの厚みが小さくなれば
放電容量が大きくなるが,本願明細書の実施例5に記載されたセパレー
タの厚さ(50μm)よりも薄い厚さ35μmの不織布セパレータS-
2を用いた電池でも,放電容量は63%であり,本願発明の電荷誘導紡
糸法により製造された多孔性高分子セパレータフィルムを用いたリチウ
ム二次電池は,刊行物1の不織布をセパレータとして用いた非水二次電
池に対して,顕著な低温特性の向上効果を奏することが示される。
(イ) 「サイクル特性」について
本願明細書の実施例9において,実施例1~8のリチウム二次電池を
使用して充放電特性を測定されており,サイクル数と電気容量の関係は,
1サイクルにおける放電容量が約120~125(mAhg-1)であり,
100サイクルにおける放電容量が約120~130(mAhg-1)で
あることから,100サイクル目の電気容量と1サイクル目の電気容量
の比は,約96%(120÷125)~約108%(130÷120)
であることが示されている(甲5の段落【0051】,図3)。
他方,刊行物1には,直径3μmのポリエチレン合糸を用いた厚さ3
5μmの不織布をセパレータS-2として用いた電池D-2について,
100サイクル目の電気容量と第1回目の電気容量の比が89%である
11
ことが示されている(甲1の段落【0048】)。
これらによれば,刊行物1に記載された不織布セパレータを用いたリ
チウム二次電池の効果と比較して,本願発明のリチウム二次電池はサイ
クル特性が顕著に優れていることが示される。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り)
に対し
原告は,審決には,甲12の記載からは「電荷誘導紡糸法(静電紡糸
法)」が超極細繊維の周知の製造法とはいえないにもかかわらず,刊行物1
に記載された「布(不織布セパレータ)」の限定されない製造方法として,
周知の「電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」が含まれると認定したものである
から,刊行物1発明の認定には誤りがあり,したがって,静電紡糸法を適用
することに困難はないとした判断にも誤りがある旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
審決は,刊行物1発明について,「多孔性高分子セパレータフィルムを構
成する超極細繊維のポリマーの直径が「20~5000nm」であるものの,
その製造方法の特定はなされていない」と認定しているが,超極細繊維状の
高分子を「電荷誘導紡糸法により製造する」ものとの認定はしていない。
原告の主張は,刊行物1発明の内容に係る審決の認定を正確に理解しない
ことに基づく主張であって,その主張自体失当である。容易想到性判断の誤
りに関する原告の主張に対する主張は,取消事由3に対する反論欄記載のと
おりである。
(2) 取消事由2(刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り)に対し
原告は,刊行物2技術が周知であるとした審決の認定には誤りがあると主
張するが,同主張は,以下のとおり失当である。
ア原告は,刊行物2の記載から,リチウムイオン電池に用いられる非水系
12
二次電池用セパレータを想定することはできないから,審決の認定は誤り
であると主張する。
しかし,原告の主張は,審決の認定判断を正確に理解しないことに基づ
く主張であって,その主張自体失当である。
すなわち,審決は,相違点についての検討において,「刊行物2の摘示
(2a)~(2c),特開昭51-60773号公報(特許請求の範囲,
公報第1頁右下欄第2~4行を参照)に記載されているように,蓄電池用
セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸法(エレクト
ロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法と同じ意)で作製した繊維を用
いる手法は,本願出願前において周知である。」とした上で,刊行物2,
甲3の記載から,「蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料と
して,静電紡糸法(エレクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法と
同じ意)で作製した繊維を用いる」ことが導かれることを認定,判断した
が,「刊行物2に記載された繊維からリチウムイオン電池として用いられ
るセパレータを想定し得る」ことは,認定,判断していない。
したがって,この点の原告の主張は,主張自体失当である。
イまた,原告は,本願出願日以前に公開された文献において静電紡糸法で
製造する繊維状フィルムを,二次電池(蓄電池)のセパレータに適用する
可能性について記載するものが少数であり,同技術は周知ではないと主張
する。
しかし,刊行物2,甲3は,いずれも公知である。2つの文献は,10
年以上も時期を違えて公開されているから,10年以上にわたり,当業者
に対して,静電紡糸法で製造される繊維状フィルムを二次電池(蓄電池)
のセパレータに適用する可能性を示唆しているといえる。本願出願前,1
0年以上も時期を違えて,静電紡糸法で製造される繊維状フィルムを二次
電池のセパレータに適用することの可能性を示唆する2つの文献があるか
13
ら,蓄電池用セパレータの作製原料として静電紡糸法で作製した繊維を用
いる手法は,本願出願前において周知であるとした審決の認定に誤りはな
い。
(3) 取消事由3(容易想到性判断の誤り)に対し
ア原告は,刊行物1発明には,不織布の製造方法として「電荷誘導紡糸法
(静電紡糸法)」を採用する示唆等はないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
すなわち,刊行物1発明は,非水電解質二次電池(リチウムイオン電池,
非水系二次電池)の不織布セパレータが,「20~5000nmの径を有
する超極細繊維のポリマーで構成されている」のであって,その製造法は
限定されない。他方,「静電紡糸法」により,超極細繊維のポリマーで構
成される布状物(マット・ウェブ・不織布状物)が得られることは,刊行
物2,甲3のほか,特開平3-161502号公報(乙1),特開昭59
-204957号公報(乙2)に記載されており,本願出願前において周
知の事項である。また,蓄電池用セパレータとして,静電紡糸法で作製し
た繊維ポリマーから構成される多孔性シート状製品(この「多孔性シート
状製品」が「不織布状物」であることは,刊行物2,甲3,乙1の記載か
ら明らかである。)を用い得ることも,本願出願前において周知である
(上記(2) )。そうすると,刊行物1発明において,不織布セパレータを
作製するに当たり,超極細繊維のポリマーで構成される不織布状物の作製
方法として周知の静電紡糸法を採用することは,刊行物1における不織布
の製造方法に関する示唆の有無にかかわらず,当業者であれば,容易に採
用し得る。
したがって,原告の主張は失当である。
イまた,原告は,刊行物2及び甲3の記載から,蓄電池用セパレータの作
製原料として,静電紡糸法により得られる繊維状物質を用いる手法が周知
14
とはいえないと主張する。
しかし,原告の同主張も,以下のとおり理由がない。
刊行物2,甲3には,静電紡糸法で製造される繊維状フィルムを二次電
池のセパレータに適用する可能性が記載されており(上記(2) ),両文献
は,本願出願前において,10年以上も時期を違えて公開されているもの
であるから,その間,当業者に対して,静電防止法で製造される繊維状フ
ィルムを二次電池(蓄電池)のセパレータに適用する可能性は示唆されて
いる。
また,静電紡糸法により,超極細繊維のポリマーで構成される布状物
(マット・ウェブ・不織布状物)が得られることは,刊行物2,甲3に記
載されるほか,乙1,2からも,本願出願前において周知の事項である。
したがって,原告の主張は失当である。
ウ原告は,刊行物1発明と刊行物2技術に基づいて,本願発明を容易に想
到することはできないと主張する。
しかし,原告の主張は失当である。すなわち,
(ア) 本願発明は,「良好な電極との接合性,機械的強度,低温及び高温特
性,リチウム二次電池用の有機電解液との融和性を有するリチウム二次
電池を提供すること」を解決すべき課題とし(本願明細書の段落【00
12】,【0013】),その課題の達成は,「超極細繊維状で形成さ
れた多孔性高分子セパレータフィルムを提供する」ことによりなされ
(段落【0014】),「本発明の多孔性高分子セパレータフィルムの
高い空隙率により,含浸された電解液の量が高く,イオン伝導度も高く,
また大きな表面積により,高い空隙率にもかかわらず電解液との接触面
積を増加させることができ,電解液の漏出を最小にすることができる」
との効果を奏する(段落【0016】)から,本願発明は,「リチウム
二次電池用の有機電解液との融和性を有するリチウム二次電池を提供す
15
ること」という課題に対して,セパレータを「超極細繊維状で形成され
た多孔性高分子セパレータフィルム」とするものといえる。
一方,刊行物1発明について,その解決課題は,「前記不織布セパレ
ータが,20~5000nmの径を有する超極細繊維のポリマーで構成
されている」ことにより解決されることが示されている。
したがって,本願発明の主たる課題は,刊行物1発明の課題と共通し,
その解決手段も共通する。そして,刊行物1発明は,超極細繊維で構成
される不織布セパレータの製造方法について何ら特定していないから,
刊行物1発明の超極細繊維で構成される不織布セパレータの製造方法と
して,刊行物2,甲3,乙1,乙2に記載され周知である電荷誘導紡糸
法を採用することに阻害要因はない。
この点,原告は,本願発明の解決課題は,紡糸とフィルム化とを同時
又は連続的に行うという「製造工程の簡略化」であって,「電荷誘導紡
糸法」の採用により上記の課題が解決されるとするが,「製造工程の簡
略化」は,物品の製造における普通の課題であり,「リチウム二次電池
用の有機電解液との融和性を有するリチウム二次電池を提供すること」
という課題と必ずしも関連しない。そして,電荷誘導紡糸法が超極細繊
維の紡糸とフィルム化とを同時に又は連続的に行い得る紡糸方法である
ことは周知の事項である(甲2,3,乙1,2)から,刊行物1発明に
おける超極細繊維のポリマーで構成される不織布セパレータの製造にお
いて,「製造工程の簡略化」という課題に照らして,周知の電荷誘導紡
糸法を採用することは容易である。
(イ) 原告は,「刊行物2及び甲3に記載される水系二次電池用のセパレー
タに関する知見を非水系二次電池(リチウムイオン電池)用のセパレー
タに適用することには阻害要因があると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
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電池に用いるセパレータを超極細繊維のポリマーで構成することを検
討している当業者にとって,刊行物2及び甲3の記載により,静電紡糸
法の「蓄電池用セパレータ」への適用可能性が示唆されるから,静電紡
糸法を採用することは,超極細繊維のポリマーで構成されるセパレータ
を得るための契機となる。
仮に,刊行物2記載の「蓄電池用セパレータ」は「水系二次電池」用
のセパレータであると理解したとしても,刊行物2記載の電荷誘導紡糸
法により作製される多孔性シート状製品を非水系二次電池用のセパレー
タに適用することに,阻害要因はない。「水系二次電池」と「非水系二
次電池」とでは,電解液がそれぞれ「水系」,「非水系」と異なるから,
電解液とのマッチングにおける要求は異なるものの(甲10),セパレ
ータに求められる基本機能のうち,電気絶縁性や,機械的,熱的な物理
的耐久性,薄膜化において共通する。そして,電池用セパレータは,電
池の系が異なっても適用可能なものであり,あるいは,電池系を異にす
るものに対して適用可能か検討することが行われているから,水系二次
電池用のセパレータに関する知見を非水系二次電池(リチウムイオン電
池)用のセパレータに適用することに阻害要因はない(乙3の段落【0
001】,【0102】,乙4の段落【0001】,【0039】,乙
5の段落【0001】,【0073】,乙6の段落【0001】,【0
009】)。
(ウ) 原告は,本願発明の製造工程と電池性能の向上を達成する課題は,刊
行物1,刊行物2及び甲3のいずれにも記載がないと主張する。
しかし,刊行物1発明は,本願発明と同じく,リチウム二次電池のセ
パレータとして,超極細繊維状のポリマーで構成された不織布を用いる
ことが記載されていると認められ,かつ,刊行物1発明は,公知の製造
法により製造できるから(甲1の段落【0006】),刊行物1発明を
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具体化するに当たり,電池系が異なっていても,刊行物2及び甲3に記
載される超極細繊維のポリマーからなる多孔性シート状物(不織布状
物)の作製方法を適用することは,当業者が容易になし得る。
エ原告は,本願発明には,刊行物1発明と比較して「低温特性」及び「サ
イクル特性」の向上との点において顕著な効果があると主張する。
しかし,原告の主張は理由がない。すなわち,
(ア) 「低温特性」について
製法上の効果を比較するに当たっては,繊維径や電池活物質,電解液
組成などの諸条件が同じであって,製法が異なるものを対比しなければ
その効果を把握することはできない。本願明細書の実施例5と刊行物1
の実施例4については,刊行物1の実施例4はセパレータの繊維径が本
願発明の「1~3000nm」の上限である3μmであるのに対して,
本願明細書の実施例5は繊維径を特定していないから1~3000nm
(3μm)のいずれかである。また,電池活物質や電解液組成について
も諸条件が異なる。これらの活物質や電解液組成等は,電池の低温特性
に影響するから,刊行物1の実施例4と本願明細書の実施例5の記載を
基に,本願発明の製法上の効果と刊行物1発明の製法上の効果を比較す
ることはできない。
(イ) 「サイクル特性」について
本願明細書には,図3に示されている実施例1ないし8について,そ
の電気容量の具体的な記載はなく,「100サイクル目の電気容量と第
1サイクル目の電気容量の比」(以下「電気容量比」という。)につい
ても具体的な記載はない。また,図3を見ても,特定の実施例と対応し
て,個々の電気容量を読み取ることも困難であるから,本願発明の電気
容量比が,約96%~約108%と算出できたのか,その具体的な根拠
は不明である。仮に,原告主張の電気容量比であるとしても,本願明細
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書の実施例1~8と刊行物1記載の電池D-2とは,本願発明の製法上
の効果と刊行物1発明の製法上の効果を比較するものではなく,不適切
な比較対象を基にする原告の主張には根拠がない。
そして,刊行物1発明の非水電解質二次電池の不織布セパレータは,
繊維径が「20~5000nmの径」と,本願発明の繊維径と重複する
径を有する繊維で構成されるから,刊行物1発明においても本願発明と
同じ効果を奏するものといえる。
第4 当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべ
き違法はないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り)に
ついて
原告は,審決は,甲12の記載からは「電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」が
超極細繊維の周知の製造法とはいえないにもかかわらず,刊行物1に記載され
た「布(不織布セパレータ)」の限定されない製造方法として,周知の「電荷
誘導紡糸法(静電紡糸法)」が含まれると認定したものであるから,刊行物1
発明の認定には誤りがあり,したがって,静電紡糸法を適用することに困難は
ないとした判断にも誤りがある旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
審決では,刊行物1発明について,「多孔性高分子セパレータフィルムを構
成する超極細繊維のポリマーの直径が「20~5000nm」であるものの,
その製造方法の特定はなされていない」と認定されているが,超極細繊維状の
高分子を「電荷誘導紡糸法により製造する」との認定はされていない。そうす
ると,審決が,刊行物1発明について,「布(不織布セパレータ)」の製造方
法として「電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」が含まれると認定したことになる
として,これを前提とする原告の上記主張は,その主張自体失当である(なお,
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刊行物1発明について,不織布セパレータを作製するに当たり,本願出願時に
周知であった静電紡糸法を適用することが,当業者にとって容易と解すべき点
については,後記3のとおりである。)。
したがって,原告の主張は採用できない。
2 取消事由2(刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り)について
原告は,審決が,刊行物2,特開昭51-60773号公報(甲3)の記載
から,「蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸
法(エレクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法と同じ意)で作製した
繊維を用いる手法は,本願出願前において周知である。」とした認定には誤り
があると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。
特許法29条2項は,特許を受けることができないための要件として,当業
者が,出願前に公知の技術に基づいて容易に想到することができたことを規定
するが,出願前に周知の技術に基づいて容易に想到することができたことを規
定するものではない。
本件においては,当業者が,本願発明における刊行物1発明との相違点に係
る技術事項,すなわち「電荷誘導紡糸法によって製造された」との相違点に係
る技術事項が,甲2,甲3に開示された発明を適用することによって,容易に
想到し得たかのみが争点であって,それに加えて,甲2,甲3に開示された発
明の内容が,技術常識ないし技術的一般知識に至っていたか否かは,争点であ
ると解されない場合であるといえる。確かに,審決の「理由」では,「本願出
願時において周知であった静電紡糸法(エレクトロスピニング法,つまり,電
荷誘導紡糸法)を適用することは,当業者にとって何ら困難なことではな
い。」と述べられているが,本願出願前公知の電荷誘導紡糸法が周知であった
点の認定の当否が,審決の結論に影響を与えるものではない。したがって,こ
の点を審決の認定の誤りとする原告の主張は,審決の結論を左右するものでは
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ない。
のみならず,審決の「理由」において,周知技術であると述べた点に,原告
主張に係る誤りはない。
すなわち,甲2(刊行物2)は,本願出願日の約9年前に公開された公開特
許公報であり,静電紡糸法による,直径が0.5μm未満の繊維状物質の製造
方法に関する技術を開示し,多孔性シート状製品が応用できる例として蓄電池
用セパレータを挙げていること,甲3は,本願出願日の20年以上前に公開さ
れた公開特許公報であり,静電紡糸法による多孔性シート製品の製法に関する
技術を開示し,多孔性シートが用いられる代表的な用途として蓄電池用セパレ
ータを挙げていることに照らすならば,蓄電池用セパレータとの技術分野にお
いて,セパレータの作製原料として,静電紡糸法で作製した繊維を用いる方法
は,周知技術であるといって差し支えない。
以上のとおりであり,蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料と
して,静電紡糸法で作製した繊維を用いる手法が,本願出願前において周知で
あるとした審決の認定に誤りがあるとする原告の主張は採用できない。
3 取消事由3(容易想到性判断の誤り)について
(1) 原告は,刊行物1発明には,不織布の製造方法として「電荷誘導紡糸法
(静電紡糸法)」を採用するという示唆等がないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。
刊行物1(甲1)は,その解決課題について「薄膜で電解液の浸透性の高
いセパレーターを開発し,高容量かつ製造のし易い非水二次電池を得るこ
と」であり(段落【0005】),その解決手段について,「セパレーター
が厚さ50μm以下の布であることを特徴とする非水電解質二次電池」によ
り達成することができ,その布(不織布を含む。)は,「好ましくは3μm
以上で100μm以下の厚みを持つもので,より好ましくは5μm以上で6
0μm以下の厚みの布」であり,好ましくは60μm以下の布を作るために,
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原料となる糸は超極細繊維を用いることが好ましく,「糸の径は好ましくは
0.01μmから10μm,より好ましくは0.02μmから7μm,特に
好ましくは0,02μmから5μm」である(段落【0006】,【000
7】)ことが記載されている。なお,刊行物1は,超極細繊維で構成される
不織布セパレータの製造方法については公知であると記載し,その製造方法
の特定はしていない(段落【0007】)。
他方,甲2,甲3によれば,蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作
製原料として,静電紡糸法(エレクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡
糸法と同じ意)で作製した繊維を用いる手法が,本願出願前に周知であった
ことが認められる(上記2のとおり)。そして,刊行物2(甲2)は,①静
電紡糸法による,直径が0.5μm未満の繊維状物質の製造方法に関する技
術であること,②その解決課題として,不織布材料に極めて適した直径0.
5μm未満の,クロップ(直径1μm以上の粒子)を含まない繊維状物質の,
安定した,より安易な製造方法を提供することを目的としていること,③応
用例の1つとして多孔性シート状製品を蓄電池用セパレータに使用すること
が記載されている。また,甲3は,①多孔性シート製品の製法に関する技術
であること,②重合体を含む紡糸液を静電紡糸条件に付することよりなる不
活性重合体材料製品の製造法を提供するものであること,③このような製品
の代表例の1つが蓄電池用セパレータであること,④静電紡糸法で作られる
繊維は細く,通常は直径0.1~25μmのオーダー,好ましくは0.5~
10μm,さらに好ましくは1~5μmであり,この方法は大きく経験則に
基づき,繊維直径により用うべき広範なコントロールを可能にすることが記
載されている。
以上を総合すれば,当業者が,刊行物1発明において,刊行物2記載の技
術である「不織布の製造方法として電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」を採用
して本願発明とすることに,困難な点はないというべきである。
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(2) 原告は,刊行物2及び甲3に記載される水系二次電池用のセパレータに関
する知見を非水系二次電池(リチウムイオン電池)用のセパレータに適用す
ることには阻害要因があると主張する。
しかし,刊行物2及び甲3には,静電紡糸法による「蓄電池用セパレー
タ」への適用可能性が示唆されている以上,当業者にとって,静電紡糸法の
採用が困難であるとはいえない。「水系二次電池」と「非水系二次電池」と
では,電解液とセパレータとのマッチングのための要求性能において相違す
るが(甲10),電池用セパレータにおいて,電池の系が異なっても,その
適用に,何らの困難性はなく(乙3ないし6),同事実に照らすならば,静
電紡糸法により作製される水系二次電池用の多孔性シート状製品(セパレー
タ)を,非水系二次電池用(リチウムイオン電池)のセパレータに適用する
ことに阻害要因はない。この点の原告の主張は失当である。
(3) 原告は,本願発明は,刊行物1発明と対比すると,「低温特性」及び「サ
イクル特性」の向上効果が顕著であると主張する。
しかし,原告は,本願発明における上記各特性の優位性について,具体的
な立証をしていない以上,原告の主張を採用することはできない。すなわち,
異なる製法間の低温特性を比較するためには,繊維径や電池活物質,電解液
組成,充放電レートなどにおける同一条件の下での対比が必要となるが,原
告が本願発明との効果の比較対象としている本願明細書の実施例5と刊行物
1の実施例4は,条件の同一性が確認できず,本願発明と刊行物1発明の製
法上の相違による低温特性の優劣を客観的に比較することはできない。サイ
クル特性についても,原告が主張の根拠とする数値は,本願明細書の図3の
充放電特性のグラフに基づいているが,同グラフから具体的数値を正確に読
み取ることは困難であり,本願発明について,100サイクル目の電気容量
と1サイクル目の電気容量の比を約96%~約108%と算定することには
疑問がある。したがって,本願発明の効果が,刊行物1発明に比べて格別に
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顕著であるとは認められない以上,この点の原告の主張は採用できない。
4 小括
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消す
べき違法は認められない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも採用の限
りでない。
第5 結論
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判
決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
齊 木 教 朗
裁判官
武 宮 英 子
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