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2011年2月24日木曜日

特許:【補正適否】【一致点・相違点】【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10193号審決取消請求事件))





目 次


特許:【補正適否】【一致点・相違点】【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10193号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第2部「塩月秀平コート」



H230228現在のコメント


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10193号審決取消請求事件))

事実認定に関する判決です。結論的には短くて読みやすいのですが,主張書面としては使いにくいでしょうか。

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縮小版なし・判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10193号審決取消請求事件))

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1 取消事由1(補正の適否の判断の誤り)について



(1) 審決は,本件補正によって請求項1に加えられた「それにより,」の「そ
れ」を,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアッ
プ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコー
ド手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,」を指すと解した
ものである。指示語である「それ」は,通常,当該指示語より先行して現れる
語句を指すものであるところ,審決は「それにより」の直前に位置する「前記
簡素化された第2のブートコード手順は,・・・実行させ,」を指すと解した
ものであり,補正された請求項1の特許請求の範囲の記載の体裁上,不合理又
は不自然な解釈をしたものでもない。そして,本件補正後の明細書の記載及び
図面からも,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及び
アップグレードされる」ことの原因となるべき事項を見出すことは困難である
から,上記「それにより,」が指す事項につき上記と異なる解釈をすべきもの
であるともいえない。したがって,審決の前記文理解釈に誤りがあるというこ
とはできない。

top (2) この点,原告は,本件補正により請求項1に加えられた事項のうち
「それにより,」は,「補正後の請求項1の構成全体により,」,特に「修正
ブートコードは,ハードドライブに格納されるという構成により,」という意
味に解すべきであり,新規に原因・結果の関係又は構成・効果の関係を追加す
るものではない等と主張する。

しかしながら,本件補正後の明細書の発明の詳細な説明欄や図面には,コン
ピュータのハードドライブの特定の記憶領域であるマスターブートレコード
(master boot record,MBR)に修正されたブートコード
(コンピュータを起動するために実行されるプログラムの一種)である「修正
ブートコード」を格納し,これがコンピュータの起動時にロードされて実行さ
れること(段落【0020】,【0021】,図4~6等)や,コンピュータ
のROM(読み出し専用メモリ)等に格納され,特別の目的に沿うように修正
又は特化されたBIOS(Basic Input Output System。
コンピュータシステム内の各種ハードウェアにアクセスするための実行手続の
プログラムを体系化した特別のソフトウェアの一種。乙1の4頁参照)を実行
(執行)すること(段落【0038】,【0039】,図12,13)は記載
されているものの,補正発明(本件補正後の請求項1の発明)の構成全体や
「修正ブートコード」自体ないし「第2のブートコード」自体の作用によっ
て,「修正ブートコード」ないし「第2のブートコード」が修正ないしアップ
グレードされることは記載されていない。また,「修正ブートコード」や「第
2のブートコード」が修正ないしアップグレードされるかどうかは,「修正ブー
トコード」等のプログラムの作用如何に係るもの,すなわち,「修正ブートコー
ド」等のプログラムが実行されるときに,「修正ブートコード」等自体を修正
ないしアップグレードするようプログラムされているかどうかに係るものであっ
て,「修正ブートコード」自体をコンピュータのハードドライブに格納したこ
とに基づくものでないことは明らかである。したがって,原告の上記主張は採
用することができない。

また,原告は,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスター
トアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブー
トコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させること」と,
「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレー
ドされる」こととの間には原因・結果の関係にはなく,審決のとおりに解する
と補正発明を正確に理解することができない等と主張する。

確かに,本件補正後の明細書及び図面には,「第2のブートコード手順」によっ
て,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグ
レードされる」ことを明示する記載は存しないが,だからといって「それによ
り,」が指示する語句が原告主張のとおりであると解しなければならないこと
になるものではない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3) 前記(1)のように解すると,本件補正により,請求項1には,「前記簡素化
された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブー
ト手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコー
ドセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及
び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という構成(審
決にいう事項(ア))が加えられたことになるが,「前記修正ブートコード及
び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という構成は当
初明細書及び図面中に記載されていない事項である。また,当初明細書の記載
及び図面をすべて参照しても,上記の構成が開示されているとも示唆されてい
るともいえず,補正発明(本願発明)の優先日当時の当業者にとって,当初明
細書の記載及び図面から自明な事項であるともいい難い。したがって,本件補
正は請求項1につき当初明細書及び図面中に記載された範囲内で補正するもの
ではないから,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例
によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項の規定に違反する
ものというべきである。

なお,原告自身が,平成21年11月16日付け回答書(甲12)で,「出願
人もまた,補正後の請求項1における『それにより,前記修正ブートコード及
び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる』という補正は,
出願当初の明細書にも図面にも記載されていないことを認めます。そして,そ
の記載を撤回するため,特許法第17条の2に規定する補正の機会を付与して
くださいますよう希望いたします。」(1頁)としていることは,上記結論を
裏付けるものである一方,本件補正の内容にかんがみれば,上記「それによ
り,・・・」が単なる誤記であるともいい難い。

(4) 結局,本件補正が当初明細書及び図面中に記載された範囲内で補正するも
のではなく許されないとした審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張
する取消事由1は理由がない。

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2 取消事由2(本願発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について



審決がした本願発明(本件補正前の請求項1の発明)と引用発明の一致点及び
相違点の認定の内容は前記第2の3のとおりであるところ,原告は,引用発明
の「オペレーティングシステムブートルーチン」はROMに格納されており,
その修正は不可能で,本願発明の従来技術に相当し,引用発明では,コンピュー
タシステムへ新たに加えられたコンポーネントに適用するという技術的課題を
有していないから,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」
は,本願発明の「修正ブートコード」と相違する等と主張する。

しかしながら,審決は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチ
ン」が「BIOS-ROM内に格納され」ていることを相違点として正しく認
定しているから,原告の上記主張は失当である。

加えて,確かに,引用発明の「オペーレティングシステムブートルーチン」は
コンピュータのBIOS-ROMに格納されるものであるが(引用文献の段落
【0018】等),コンピュータの特定のプログラムであるBIOSを格納す
る「BIOS-ROM」は,一般に,書込みが一回だけ可能で,書込み後は読
み出すことしかできない,いわゆる文字どおりのROM(読み出し専用メモ
リ)ではなく,書換えが可能なフラッシュメモリによって構成され(乙
1~3),「オペレーティングシステムブートルーチン」を
「BIOS-ROM」に格納したことの一事をもって直ちに「オペレーティン
グシステムブートルーチン」が修正不可能なものになるわけではない。また,
引用発明は,複数のオペレーティングシステムを起動させ得るコンピュータに
おいて,第1のオペレーティングシステムを起動させることなく,第2のオペー
レティングシステムを起動することを可能にし,第2のオペレーティングシス
テムの構成次第で,DVDドライブ等の装置のうち必要な装置のみを選択的に
動作可能にできるようにする構成を有しているから(引用文献の段落
【0004】~【0008】,【0021】,【0022】,【0038】
),引用発明が本願明細書(本件補正前の明細書)にいう従来技術に相当する
ものではないし,引用発明が,コンピュータシステムへ新たに加えられたコン
ポーネントに適用するという技術的課題を有していないものでもない。また,
前記1のとおり,本願発明の特許請求の範囲には,「修正ブートコード」が
「修正ブートコード」自体を修正する構成は開示されていないから,本願発明
がかかる構成を有することを前提とする原告の主張は失当である(なお,本願
明細書(本件補正前の明細書)の発明の詳細な説明欄にも,かかる構成は開示
されていない。)。

そして,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」が果たす機
能にかんがみると,これは本願発明の「修正ブートコード」に相当するという
ことができる。

結局,本願発明と引用発明の一致点及び相違点に係る審決の認定に誤りがある
とはいえず,原告が主張する取消事由2は理由がない。


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3 取消事由3(本願発明の容易想到性の判断の誤り)について



林周志著「改訂版プロフェッショナルBSDフォローアップ 第1回 ブートマ
ネージャ」(BSD Magazine 2002,No.11,2002年3
月14日株式会社アスキー発行)168,169頁(甲2)に照らせば,複数
のオペレーティングシステムの中から一つのオペレーティングシステム又はそ
のローダを起動させる機能(引用文献の段落【0025】等)を有する引用発
明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブ(磁気ディ
スク装置)の特定の記憶領域である先頭セクタに,また各オペレーティングシ
ステムのローダ(本願発明にいう「第1のブートコード」及び「第2のブート
コード」)を,それぞれハードドライブ上の異なるパーティション(区画され
た記憶領域)に格納するように構成することは,当業者であれば,適宜なし得
たことであって,そのように構成したことによる作用効果も,引用発明及び甲
第2号証に記載された周知技術に照らして当業者が予測できる範囲のものであ
るということができる。他方,本件全証拠を考慮しても,引用発明の「オペレー
ティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納することを阻害す
るような事情は存せず,引用発明に甲第2号証に記載された周知技術を適用し
て,「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納す
る構成を採用する動機付けに欠けるところはないというべきである。したがっ
て,本願発明と引用発明の相違点に係る構成は,引用発明及び本願発明の優先
日当時の周知技術に基づいて,上記優先日当時,当業者において容易に想到し
得たものであるということができる。

なお,前記2と同様に,本願発明の「修正ブートコード」が「修正ブートコー
ド」自体を修正する構成を有することを前提とする原告の主張は失当である。

結局,審決の本願発明の容易想到性に係る判断に誤りがあるとはいえず,原告
が主張する取消事由3は理由がない。

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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10193 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年02月24日 知的財産高等裁判所




平成23年2月24日判決言渡 同日判決原本領収 裁判所書記官平成22年(行ケ)第10193号 審決取消請求事件


口頭弁論終結日 平成23年2月15日

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判決





主文



原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
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事実及び理由



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第1 原告が求めた判決



特許庁が不服2007-26737号事件について平成22年2月2日にした審決を取り消す。


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第2 事案の概要



本件訴訟は,特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟である。争点は,補正の適否及び本願発明の進歩性(容易想到性)の有無である。

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1 特許庁における手続の経緯



原告は,平成17年3月31日,優先日を平成16年9月22日,優先権主張国を米国として,名称を「コンピュータの簡素化スタートアップシステム,その簡素化操作システム,その簡素化操作方法およびその効率的スタートアップシステム」とする発明の特許出願をしたが(特願2005-103899号),平成19年6月25日,特許庁から本件出願につき拒絶査定を受けたので,平成19年10月1日,不服審判請求をするとともに,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載の一部を改める旨の本件補正をした。

上記不服審判請求は,不服2007-26737号事件として係属したが,特許庁は,平成22年2月2日,「平成19年10月1日付けの手続補正を却下する。」との決定とともに「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,この謄本は平成22年2月16日に原告にオンライン送達された。

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2 本願発明の要旨



本願の発明は,コンピュータの起動時間を短縮するための簡素化スタートアップシステムに関する発明で,本件補正後の請求項の数は9であるが,そのうち本件補正の前及び後の請求項1の特許請求の範囲は以下のとおりである。

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【本件補正前の請求項1(平成19年5月28日付け手続補正書に記載のもの,本願発明)】

「コンピュータと,第1のボタンと,第2のボタンと,ロジック手段と,修正ブートコードと,第1のブートコードと,第2のブートコードとを備える,コンピュータの簡素化されたスタートアップ手順を行うシステムであって,

前記ロジック手段は,前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらかに反応して起動して,BIOSルーチンの実行を開始し,

前記修正ブートコードは,前記ロジック手段が前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらに反応して起動されたのかを前記コンピュータに判断させて,前記コンピュータに前記第1のブートコードまたは前記第2のブートコードを実行させ,ここにおいて,それらブートコードは,それぞれハードドライブ上の異なるパーティションに格納され,オペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順の実行内容を定義し,

前記第1のブートコードは,前記第1のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して,第1のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,ここにおいて,第1のブートコード手順は,第1のスタートアップ手順又は第1のブート手順であり,

前記第2のブートコードは,前記第2のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して前記第1のブートコード手順より簡素化された第2のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,

前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させる

ことを特徴とするコンピュータの簡素化スタートアップシステム。」

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【本件補正後の請求項1(平成19年10月1日手続補正書に記載のもので,下線を付した部分が補正された部分である。補正発明)】

「コンピュータと,第1のボタンと,第2のボタンと,ロジックと,修正ブートコードと,第1のブートコードと,第2のブートコードとを備える,コンピュータの簡素化されたスタートアップ手順を行うシステムであって,

前記ロジックは,前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらかに反応して起動して,BIOSルーチンの実行を開始し,ここにおいて,前記BIOSは,少なくとも1つのカスタム化された実行されるブートコードを備え,ROMに格納され,

前記修正ブートコードは,ハードドライブに格納され,前記ロジック手段が前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらに反応して起動されたのかを前記コンピュータに判断させて,前記コンピュータに前記第1のブートコードまたは前記第2のブートコードを実行させ,ここにおいて,それらブートコードは,それぞれハードドライブ上の異なるパーティションに格納され,オペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順の実行内容を定義し,

前記第1のブートコードは,ハードドライブに格納され,前記第1のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して,第1のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,ここにおいて,第1のブートコード手順は,第1のスタートアップ手順又は第1のブート手順であり,

前記第2のブートコードは,ハードドライブに格納され,前記第2のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して前記第1のブートコード手順より簡素化された第2のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,

前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされることを特徴とするコンピュータの簡素化スタートアップシステム。」

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3 審決の理由の要点



補正後の請求項1は,少なくとも,(ア)「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」との事項を含んでいるところ,願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)の記載からすると,「簡素化された第2のブートコード手順は,・・・前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ものではない。よって,(ア)に記載された事項は,当初明細書又は図面に記載されておらず,かつ,その記載から自明なものでもない。

したがって,本件補正は,当初明細書又は図面に記載された範囲内でされたものではないから,平成18年法律第55号附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項に反し,改正前の特許法159条1項において読み替えて準用される同法53条1項により却下すべきである。

また,本願発明(本件補正前の請求項1の発明)は,特開2000-20285号公報(甲1)に記載された引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明できたもので進歩性を欠く。

なお,審決が認定した引用発明,本願発明と引用発明の一致点及び相違点はそれぞれ下記のとおりであり,審決は,相違点に関する本願発明の構成は,当業者であれば適宜なし得たことであり,相違点は格別なものではないと判断した。

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【引用発明】

「CPUと,『PC1』の選択スイッチと,『CD』の選択スイッチと,電源コントローラと,オペレーティングシステムブートルーチンと,パーソナルコンピュータとして動作させるためのオペレーティングシステムをロードして起動するためのローダ(以下,簡単のため,『第1のローダ』と言う)と,CDプレーヤとして動作させるのに必要な最小限の機能をもつオペレーティングシステムをロードして起動するためのローダ(以下,簡単のため,『第2のローダ』と言う)とを備える,コンピュータの簡素化されたオペレーティングシステムの立ち上げを行うシステムであって,

前記電源コントローラは,前記『PC1』の選択スイッチ又は前記『CD』の選択スイッチのどちらかに反応して電源投入動作して,BIOS初期化ルーチンの実行を開始し,

前記オペレーティングシステムブートルーチンは,前記電源コントローラが前記『PC1』の選択スイッチまたは前記『CD』の選択スイッチのどちらに反応して電源投入動作されたのかを前記CPUに判断させて,前記CPUに前記第1のローダまたは前記第2のローダを実行させるカスタム化されたブートコードであって,ここにおいて,オペレーティングシステムブートルーチン,並びに第1のローダ及び第2のローダは,それぞれBIOS-ROMの記憶領域,並びに磁気ディスク装置上の異なる記憶領域に格納され,オペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順の実行内容を定義し,

前記第1のローダは,前記『PC1』の選択スイッチに反応した前記電源コントローラの電源投入動作に反応して,第1のローダに基づくロード処理を前記CPUに実行させ,ここにおいて,第1のローダに基づくロード処理は,パーソナルコンピュータとして動作させるためのオペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順であり,

前記第2のローダは,前記『CD』の選択スイッチに反応した前記電源コントローラの電源投入動作に反応して前記第1のローダに基づくロード処理より簡素化された第2のローダに基づくロード処理を前記CPUに実行させ,

前記簡素化された第2のローダに基づくロード処理は,CDプレーヤとして動作させるのに必要な最小限の機能をもつオペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順であり,前記CPUに前記第1のローダに基づくロード処理と異なるコードをロードまたは実行させる

ことを特徴とするコンピュータの簡素化スタートアップシステム。」

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【本願発明と引用発明の一致点】

「コンピュータと,第1のボタンと,第2のボタンと,ロジック手段と,修正ブートコードと,第1のブートコードと,第2のブートコードとを備える,コンピュータの簡素化されたスタートアップ手順を行うシステムであって, - 6 -

前記ロジック手段は,前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらかに反応して起動して,BIOSルーチンの実行を開始し,

前記修正ブートコードは,前記ロジック手段が前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらに反応して起動されたのかを前記コンピュータに判断させて,前記コンピュータに前記第1のブートコードまたは前記第2のブートコードを実行させ,ここにおいて,それらブートコードは,それぞれ異なる記憶領域に格納され,オペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順の実行内容を定義し,

前記第1のブートコードは,前記第1のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して,第1のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,ここにおいて,第1のブートコード手順は,第1のスタートアップ手順又は第1のブート手順であり,

前記第2のブートコードは,前記第2のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して前記第1のブートコード手順より簡素化された第2のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,

前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させる

ことを特徴とするコンピュータの簡素化スタートアップシステム。」

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【本願発明と引用発明の相違点】

「本願発明の修正ブートコード,第1のブートコード,及び第2のブートコードは,それぞれハードドライブ上の異なるパーティションに格納されているのに対し,引用発明のオペレーティングシステムブートルーチンは,BIOS-ROM内に格納され,第1のローダ及び第2のローダは,それぞれ磁気ディスク装置の異なる記憶領域に格納されている点」


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第3 原告主張の審決取消事由


1 補正の適否の判断の誤り(取消事由1)
(1) 補正発明は,従来技術とは異なって,「BIOSはROMに格納され」ているが,「修正ブートコードは,ハードドライブに格納され」ており,「それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」点に特徴があるところ,補正発明によって解決すべき技術的課題及び補正発明の上記特徴(構成及び効果)は,当初明細書(段落【0020】,【0023】,【0038】,【0039】等)及び図5に記載されているか,又は当初明細書及び図面に記載されている事項から当業者にとって自明である。
(2) 本件補正により追加された事項は,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことの一部である「それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という事項のみである。
このうち「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」点については,前記(1)のとおり当初明細書及び図面に記載されているか,当業者に自明な事項にすぎない。
他方,上記の「それにより,」は,「補正後の請求項1の構成全体により,」,特に「修正ブートコードは,ハードドライブに格納されるという構成により,」という意味に解すべきであり,上記の「それにより,」を加えることによって,新規に原因・結果の関係又は構成・効果の関係を追加するものではない。
しかるに,審決は,上記補正事項を正しく理解せず,上記の「それにより,」が,原因・結果の関係又は構成・効果の関係を示すもの,すなわち,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であ


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り,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ」ることと,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」こととが原因・結果の関係又は構成・効果の関係にあるものと誤認し,上記の「それにより,」が新規に原因・結果の関係又は構成・効果の関係を追加するものと誤って評価した。
その結果,審決は本件補正を却下したものであって,審決の補正却下の判断には誤りがある。
なお,平成21年11月16日付け回答書(甲12)における「出願当初の明細書にも図面にも記載されていないことを認めます。」との原告の表明は,補正の機会を得たいと切望するあまり,発明の構成要件と効果との対応関係について判断を誤った結果にすぎず,原告において自己に不利益な「事実」を自白したものではない。
(3) なお,指示語である「それ」が直前の句ではなく,直前の句よりも前方にある句を指すこともあるし,請求項全体を指す場合もある。特に,請求項の末尾において「それにより,○○である,」というように発明の効果を記述する場合には,その効果は請求項に係る発明の構成全体により得られるものと理解されることが多く,それが通常の実務的慣行である。「それ」が請求項のうちのどこの箇所を指すかということは請求項の技術的内容に照らして決定すべきものであって,機械的に直前の句を指すものと決めつけて解釈することは誤りである。
また,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させること」の結果として,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことになるものではない。前者は第2のブートコード手順のコードセグメントを実行させることを意味し,後者はハードドライブ中の修正ブートコード及び第2のブートコードを修正することを意味するにすぎず,両者は,原因・結果の関係にない。前記(2)のとおりに解することは,技術的に合理性を欠くもので,このように解すると


  • 9 -


補正発明を正確に理解することができない。
2 引用発明と本願発明との一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由2)
引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」はROMに格納されており(段落【0018】,図3),その修正は不可能で,本願発明の従来技術に相当する。また,引用発明には,コンピュータシステムへ新たに加えられたコンポーネントに適用するという技術的課題を有しておらず,「オペレーティングシステムブートルーチン」を修正する必要性がない。
一方,本願発明の「修正ブートコード」は,上記技術的課題を解決するために,ハードドライブに格納されており,文字どおりスタートアップ手順ないしブート手順を修正するものである。
したがって,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」は,本願発明の「修正ブートコード」と相違する。
しかるに,審決は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」が本願発明の「修正ブートコード」に相当するとして,本願発明と引用発明の一致点及び相違点を認定しているが,上記相違点を看過したものであり,この認定は誤りである。
3 本願発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
引用発明は「オペレーティングシステムブートルーチン」を修正することを予定しておらず,「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブへ格納する必要がない。したがって,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブへ格納する構成については,引用文献においても甲第2号証においても,開示も示唆もされておらず,かかる構成を採用する動機付けを欠く。むしろ「オペレーティングシステムブートルーチン」は固定的にそのままROM内に格納しておくべきものである。
また,甲第2号証の「ブートマネージャ」が「オペレーティングシステムブートルーチン」に相当する理由も不明である。 - 10 -
しかるに,審決は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納するように構成することは,当業者であれば適宜なし得たことであると判断するが,この判断は誤りである。

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第4 取消事由に関する被告の反論


1 取消事由1に対し
(1) 本件補正で請求項1の特許請求の範囲に「,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」との記載を加える点における「それ」は,直前の句を指すものと解するのが日本語として最も自然な解釈である。原告が主張するように,上記「それ」が隔たった句である「修正ブートコードは,ハードドライブに格納され」を指すと解することは,日本語として通常なされ得る解釈ではない。また,「修正ブートコード」が「ハードドライブに格納され」ることによって直ちに「前記修正ブートコード及び前記第2の修正ブートコードが修正及びアップグレードされる」という効果を奏するものではないから,かかる効果を奏することを根拠に,上記「それ」が「修正ブートコードは,ハードドライブに格納され」を指すと解することも相当でない。
(2) したがって,前記(1)の「それ」は,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させることにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことを指すというべきである。
ここで,当初明細書の段落【0023】の記載は,一般にハードディスクのマスターブートレコードに提供されるものとして周知の「マスタブートコード」を修正したものが本願発明(及び補正発明)にいう「修正ブートコード」であることを示すものであり,上記「修正ブートコード」自体が修正又はアップグレードされることは上記段落中に記載されていない。同様に,当初明細書の段落【0038】,【0


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039】,図5やその他の部分でも,上記「修正ブートコード」自体が修正又はアップグレードされることは記載されていない。
そうすると,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させることにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことは,当初明細書又は図面の記載を総合し,当業者の優先日当時の技術常識を参酌しても,当初明細書又は図面に記載された事項であるということはできないし,当初明細書又は図面に記載された事項から当業者において自明な事項であるということもできない。したがって,上記の「前記・・・により,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことは,本件補正において導入された新たな技術的事項であることが明らかである。
(3) 原告も,平成21年11月16日付け回答書(甲12)で,「出願人もまた,補正後の請求項1における『それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる』という補正は,出願当初の明細書にも図面にも記載されていないことを認めます。」(1頁下から8行~下から6行)としており,前記(2)の事項が新たな技術的事項に当たる点に異を唱えていない。
(4) だとすると,本件補正が当初明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてしたものではないとした審決の判断に誤りはない。したがって,審決が平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項の規定に違反するので,上記改正前の特許法159条1項において読み替えて準用する53条1項の規定により却下した点に何ら誤りはない。
2 取消事由2に対し
前記1と同様に,本件補正前の明細書(本願明細書)にも図面にも,本願発明にいう「修正ブートコード」が修正及びアップグレードされることは記載されていな


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いから,本願発明にいう「修正ブートコード」が修正されることを前提とする原告の主張は失当である。
また,「BIOS-ROM」は,一般に書換えが可能なフラッシュメモリによって構成されるものであって(乙1~3),「オペレーティングシステムブートルーチン」が「BIOS-ROM」に格納されたからといって,「オペレーティングシステムブートルーチン」が修正不可能なものになるわけではない。
したがって,本願発明にいう「修正ブートコード」が引用発明にいう「オペレーティングシステムブートルーチン」に相当するとした審決の評価に誤りはなく,本願発明と引用発明の一致点及び相違点に係る審決の認定に誤りはない。
3 取消事由3に対し
前記2と同様に,本願発明において「修正ブートコード」が修正及びアップグレードされることは記載されていないから,本願発明にいう「修正ブートコード」が修正されることを前提とする原告の主張は失当である。
引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」も,甲第2号証の「ブートマネージャ」も,1台の情報処理装置の磁気ディスク装置(ハードドライブ)に格納された複数のオペレーティングシステムを,起動時に必要に応じて切り替えることを実現するためのプログラムであるから,引用発明にいう「オペレーティングシステムブートルーチン」は甲第2号証にいう「ブートマネージャ」に相当する。
そして,甲第2号証の「ブートマネージャ」の例のように,1台の情報処理装置のハードディスク装置に格納された複数のオペレーティングシステムを,必要に応じて起動時に切り替えることを実現するプログラムを,磁気ディスク装置の先頭セクタすなわちマスターブートレコード(MBR)に格納することは,当業者にとって常識的・基礎的事項といえる事柄である。他方,引用発明において,「オペレーティングシステムブートルーチン」を磁気ディスク装置に格納することを阻害するような事情は存しない。
そうすると,引用発明における「オペレーティングシステムブートルーチン」を,


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BIOS-ROM内に格納することに替え,磁気ディスク装置の先頭セクタに格納するように構成することは,本願発明の優先日当時,当業者において容易に想到し得たものである。
したがって,この旨判断する審決の容易想到性の判断に誤りはない。

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第5 当裁判所の判断





1 取消事由1(補正の適否の判断の誤り)について



(1) 審決は,本件補正によって請求項1に加えられた「それにより,」の「それ」を,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,」を指すと解したものである。指示語である「それ」は,通常,当該指示語より先行して現れる語句を指すものであるところ,審決は「それにより」の直前に位置する「前記簡素化された第2のブートコード手順は,・・・実行させ,」を指すと解したものであり,補正された請求項1の特許請求の範囲の記載の体裁上,不合理又は不自然な解釈をしたものでもない。そして,本件補正後の明細書の記載及び図面からも,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことの原因となるべき事項を見出すことは困難であるから,上記「それにより,」が指す事項につき上記と異なる解釈をすべきものであるともいえない。したがって,審決の前記文理解釈に誤りがあるということはできない。

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(2) この点,原告は,本件補正により請求項1に加えられた事項のうち「それにより,」は,「補正後の請求項1の構成全体により,」,特に「修正ブートコードは,ハードドライブに格納されるという構成により,」という意味に解すべきであり,新規に原因・結果の関係又は構成・効果の関係を追加するものではない等と主張する。

しかしながら,本件補正後の明細書の発明の詳細な説明欄や図面には,コンピュータのハードドライブの特定の記憶領域であるマスターブートレコード(master boot record,MBR)に修正されたブートコード(コンピュータを起動するために実行されるプログラムの一種)である「修正ブートコード」を格納し,これがコンピュータの起動時にロードされて実行されること(段落【0020】,【0021】,図4~6等)や,コンピュータのROM(読み出し専用メモリ)等に格納され,特別の目的に沿うように修正又は特化されたBIOS(Basic Input Output System。コンピュータシステム内の各種ハードウェアにアクセスするための実行手続のプログラムを体系化した特別のソフトウェアの一種。乙1の4頁参照)を実行(執行)すること(段落【0038】,【0039】,図12,13)は記載されているものの,補正発明(本件補正後の請求項1の発明)の構成全体や「修正ブートコード」自体ないし「第2のブートコード」自体の作用によって,「修正ブートコード」ないし「第2のブートコード」が修正ないしアップグレードされることは記載されていない。また,「修正ブートコード」や「第2のブートコード」が修正ないしアップグレードされるかどうかは,「修正ブートコード」等のプログラムの作用如何に係るもの,すなわち,「修正ブートコード」等のプログラムが実行されるときに,「修正ブートコード」等自体を修正ないしアップグレードするようプログラムされているかどうかに係るものであって,「修正ブートコード」自体をコンピュータのハードドライブに格納したことに基づくものでないことは明らかである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

また,原告は,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させること」と,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」こととの間には原因・結果の関係にはなく,審決のとおりに解すると補正発明を正確に理解することができない等と主張する。

確かに,本件補正後の明細書及び図面には,「第2のブートコード手順」によって,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことを明示する記載は存しないが,だからといって「それにより,」が指示する語句が原告主張のとおりであると解しなければならないことになるものではない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3) 前記(1)のように解すると,本件補正により,請求項1には,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という構成(審決にいう事項(ア))が加えられたことになるが,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という構成は当初明細書及び図面中に記載されていない事項である。また,当初明細書の記載及び図面をすべて参照しても,上記の構成が開示されているとも示唆されているともいえず,補正発明(本願発明)の優先日当時の当業者にとって,当初明細書の記載及び図面から自明な事項であるともいい難い。したがって,本件補正は請求項1につき当初明細書及び図面中に記載された範囲内で補正するものではないから,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項の規定に違反するものというべきである。

なお,原告自身が,平成21年11月16日付け回答書(甲12)で,「出願 人もまた,補正後の請求項1における『それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる』という補正は,出願当初の明細書にも図面にも記載されていないことを認めます。そして,その記載を撤回するため,特許法第17条の2に規定する補正の機会を付与してくださいますよう希望いたします。」(1頁)としていることは,上記結論を裏付けるものである一方,本件補正の内容にかんがみれば,上記「それにより,・・・」が単なる誤記であるともいい難い。

(4) 結局,本件補正が当初明細書及び図面中に記載された範囲内で補正するものではなく許されないとした審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由1は理由がない。

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2 取消事由2(本願発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について



審決がした本願発明(本件補正前の請求項1の発明)と引用発明の一致点及び相違点の認定の内容は前記第2の3のとおりであるところ,原告は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」はROMに格納されており,その修正は不可能で,本願発明の従来技術に相当し,引用発明では,コンピュータシステムへ新たに加えられたコンポーネントに適用するという技術的課題を有していないから,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」
は,本願発明の「修正ブートコード」と相違する等と主張する。

しかしながら,審決は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」が「BIOS-ROM内に格納され」ていることを相違点として正しく認定しているから,原告の上記主張は失当である。

加えて,確かに,引用発明の「オペーレティングシステムブートルーチン」はコンピュータのBIOS-ROMに格納されるものであるが(引用文献の段落【0018】等),コンピュータの特定のプログラムであるBIOSを格納する「BIOS-ROM」は,一般に,書込みが一回だけ可能で,書込み後は読み出すことしかできない,いわゆる文字どおりのROM(読み出し専用メモリ)ではなく,書換えが可能なフラッシュメモリによって構成され(乙1~3),「オペレーティングシステムブートルーチン」を「BIOS-ROM」に格納したことの一事をもって直ちに「オペレーティングシステムブートルーチン」が修正不可能なものになるわけではない。また,引用発明は,複数のオペレーティングシステムを起動させ得るコンピュータにおいて,第1のオペレーティングシステムを起動させることなく,第2のオペーレティングシステムを起動することを可能にし,第2のオペレーティングシステムの構成次第で,DVDドライブ等の装置のうち必要な装置のみを選択的に動作可能にできるようにする構成を有しているから(引用文献の段落【0004】~【0008】,【0021】,【0022】,【0038】),引用発明が本願明細書(本件補正前の明細書)にいう従来技術に相当するものではないし,引用発明が,コンピュータシステムへ新たに加えられたコンポーネントに適用するという技術的課題を有していないものでもない。また,前記1のとおり,本願発明の特許請求の範囲には,「修正ブートコード」が「修正ブートコード」自体を修正する構成は開示されていないから,本願発明がかかる構成を有することを前提とする原告の主張は失当である(なお,本願 明細書(本件補正前の明細書)の発明の詳細な説明欄にも,かかる構成は開示
されていない。)。

そして,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」が果たす機能にかんがみると,これは本願発明の「修正ブートコード」に相当するということができる。結局,本願発明と引用発明の一致点及び相違点に係る審決の認定に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由2は理由がない。


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3 取消事由3(本願発明の容易想到性の判断の誤り)について



林周志著「改訂版プロフェッショナルBSDフォローアップ 第1回 ブートマネージャ」(BSD Magazine 2002,No.11,2002年3月14日株式会社アスキー発行)168,169頁(甲2)に照らせば,複数のオペレーティングシステムの中から一つのオペレーティングシステム又はそのローダを起動させる機能(引用文献の段落【0025】等)を有する引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブ(磁気ディスク装置)の特定の記憶領域である先頭セクタに,また各オペレーティングシステムのローダ(本願発明にいう「第1のブートコード」及び「第2のブートコード」)を,それぞれハードドライブ上の異なるパーティション(区画された記憶領域)に格納するように構成することは,当業者であれば,適宜なし得たことであって,そのように構成したことによる作用効果も,引用発明及び甲第2号証に記載された周知技術に照らして当業者が予測できる範囲のものであるということができる。他方,本件全証拠を考慮しても,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納することを阻害するような事情は存せず,引用発明に甲第2号証に記載された周知技術を適用して,「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納する構成を採用する動機付けに欠けるところはないというべきである。したがって,本願発明と引用発明の相違点に係る構成は,引用発明及び本願発明の優先日当時の周知技術に基づいて,上記優先日当時,当業者において容易に想到し得たものであるということができる。

なお,前記2と同様に,本願発明の「修正ブートコード」が「修正ブートコード」自体を修正する構成を有することを前提とする原告の主張は失当である。

結局,審決の本願発明の容易想到性に係る判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由3は理由がない。

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第6 結論



以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官塩 月 秀 平裁判官真 辺 朋 子 - 19 -- 20 -裁判官田 邉 実
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Last Update: 2011-02-28 17:59:25 JST

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……………………………………………………判決末尾top
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特許:【補正要件充足性】「解釈」(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10251号審決取消請求事件))






特許:【補正要件充足性】「解釈」(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10251号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」



H20228現在のコメント


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10251号審決取消請求事件))

補正要件充足性について判断した判決です。



縮小版【引用文献と補正要件充足性】「解釈」


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(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10251号審決取消請求事件))

「審査の過程において,引用文献と対比して判断することがあったとしても,補正により追加された事項が,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において,新たな技術事項と認められるか否かに関する判断に際しては,補正事項との関係において別途判断されるべきものであることはむしろ当然である。」「したがって,本件補正事項が,補正要件を充足しているか否かの判断に当たり,当初明細書において開示されている技術事項について判断した本件審決の手法に,誤りはない」(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10251号審決取消請求事件))

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判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10251号審決取消請求事件))
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第2 事案の概要



本件は, 原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,平成20年3月14日付け補正を却下した上,願書の特許請求の範囲を下記2の(1)から(2)へと補正する本件補正は,いわゆる新規事項を追加するものであるから,本件出願を拒絶すべき旨の査定は相当であって,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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1 取消事由1(本件審決の手続違反)について



(1) 本件補正について

本件拒絶査定は,本件補正について,本件補正事項は当初明細書に記載されたものではなく,また,自明に導かれるものということもできないと指摘した本件拒絶理由通知(甲3)を前提とするものである。

そこで,本件補正が補正要件を充足するものであったか否かについて,まず検討することとする。

ア本件補正発明においては,「脳波誘導の休止周期は,ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促すためのタイムラグとして呼吸周期以下を含み」との構成を有するところ,かかる構成によると,脳波誘導の休止周期は,呼吸周期以下を含むものであり,それは,「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促す」ためのタイムラグとされているものである。

また,同発明は,「脳波誘導の周波数の推移終点に対してレム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段,を備えた」との構成も有するところ,かかる構成によると,脳波誘導の周波数の推移終点に対して,「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段」を有するものと解される。
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以上からすると,上記各構成は,いずれもレム睡眠,ノンレム睡眠及びα波,β波,δ波に関する特定をその内容とするから,本件補正が補正要件を充足するか否かについては,当初明細書における,レム睡眠,ノンレム睡眠及びα波,β波,δ波に関する記載を検討する必要がある。

イ当初明細書(乙1)には,レム睡眠,ノンレム睡眠及びα波,β波,δ波に関し,以下の記載がある。

(ア) 特許請求の範囲

【請求項21】脳波誘導方式は,脳波刺激のためのγ波からα波に推移する周波数に対して, 休止間隔のための0.4Hzから0.1Hzの範囲内で推移する周波数を複合するとともに,前記周波数の推移は,50±20秒の時間経過を要したのちに反復するとともに,さらに,反復毎に周波数帯域は推移変化したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項22】脳波誘導方式は,脳波刺激のためのγ波からα波の周波数帯域に対して, 休止間隔のための0.9Hz-0.04Hzの範囲内の周波数帯域を複合するとともに,前記脳波刺激と前記休止間隔は,60±40秒の所要時間において推移変化し,さらに,反復するとともに,さらに,反復毎において,周波数帯域,又は,時間経過,は,推移変化したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項23】脳波を賦活するための複合波を用いた方式であって, 前記複合波は,脳波誘導のためのγ波高域からα波低域に推移する周波数Aと,休止間隔のための0.4Hzから0.1Hzに推移する周波数Bを用いるとともに,前記周波数ABの推移は,45秒±15秒の時間を要するとともに,反復し,さらに,反復毎においても変化を加味するための減算を用いたことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項24】睡眠時の脳波誘導を長時間実施するための複合波を用いた脳波誘導方式であって,前記複合波は,脳波誘導のためのα波からδ波(0.5Hz)に推移する周波数Aと,休止間隔のための0.5Hzから0.01Hzに推移する周波数Bを用いるとともに,前記周波数A-Bの推移は,1ステージで80±10分の所要時間を要するとともに,最大6回まで反復し,さらに,反復毎においてもステージに推移変化を加味したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項25】脳波を賦活するための複合波を用いた脳波誘導方式であって,前記複合波は,脳波誘導のためのβ波前後の周波数帯域Aと,休止間隔のための0.85±0.75Hzの周波数帯域Bを用いるとともに,前記複合波は,60±40秒の時間を要して推移変化するとともに,反復し,さらに,反復毎においても相違する変化を加味するための6±4%づつ推移変化したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項26】睡眠時に脳波誘導を長時間実施するための複合波を用いた脳波誘導方式であって,前記複合波は,脳波誘導のためのα波からδ波低域(0.5Hz)に推移する周波数Aと,休止間隔のための0.5Hzから0.01Hzに推移する周波数Bを用いるとともに, 前記周波数A-Bの推移は,1ステージで80±20分の所要時間で到達するとともに,最大6回まで反復し,さらに,反復毎においてもステージに推移変化を加味したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項27】睡眠時のための脳波誘導手段を備えた脳波治療装置であって,脳波誘導のためのα波からδ波低域(0.5Hz)に推移する周波数Aを,脳波誘導手段を用いて脳波誘導出力するとともに,前記脳波誘導出力は,0.5Hzから0.01Hzに推移する周波数Bを複合したことによる休止間隔を有するとともに,前記周波数A-Bの推移は,1回で80±20分の時間を要して最高6回まで反復し,前記周波数A-Bはさらに6±2%づつ反復毎に加算されることを特徴とした脳波治療装置

【請求項28】脳波治療装置は,脳波誘導手段,CPU本体とその内部プログラム,を備え,前記内部プログラムは,前記脳波誘導手段に対してγ-α波の脳波誘導のための周波数を脳波誘導出力するとともに,前記脳波誘導出力は,0.4Hz-0.1Hzの周波数を用いたことによる休止時間を有するとともに,前記休止時間と脳波誘導のための周波数は,50±30秒の時間経過と比例して推移するとともに,特定の範囲で反復し,さらに,前記特定の範囲は反復毎において,相違変化するため11の推移を加味したことを特徴とした脳波治療装置

【請求項30】脳波治療装置は,脳波誘導手段,CPU本体とその内部プログラム,を備え,前記内部プログラムは,前記脳波誘導手段に対してβ-δ波のパルス波を出力するとともに,前記パルス波は,前記脳波誘導のための周波数に対して,呼吸数以下の休止時間を用いるための0.5-0.011Hzの周波数帯域を複合したことによる複合波形であるとともに,前記休止時間と脳波誘導のための周波数は,80±20分のステージの所要時間において推移変化するとともに,前記推移変化は,最大で6回のステージのための反復を行うとともに,さらに,反復毎においても前記周波数帯域が推移変化したことを特徴とした脳波治療装置

【請求項31】脳波治療装置は,脳波誘導手段,CPU本体とその内部プログラム,を備え,前記内部プログラムは,前記脳波誘導手段に対してβ-δ波のパルス波を出力するとともに,前記パルス波は,前記脳波誘導のための周波数に対して,呼吸数以下の休止時間を用いるための0.5-0.01Hzの周波数帯域を複合したことによる複合波形であるとともに,前記休止時間と脳波誘導のための周波数は,80±20分のステージの所要時間において推移変化するとともに,前記推移変化は,最大で6回のステージのための反復を行うとともに,さらに,反復毎においても前記周波数帯域が推移変化するとともに,前記脳波誘導手段は,光刺激装置,ならびに音波刺激装置,ならびに電気刺激装置,とを複数接続できる出力端末を備え,前記パルス波を受けて,それぞれの刺激装置に適した波形に加工出力するための電圧電流の増幅回路を備えることを特徴とした脳波治療装置

【請求項37】請求項32-35のいずれかに記載のサブリミナル学習システムにおいて,前記第1段階と前記第2段階は,それぞれ2回行うとともに,前記脳波誘導のための周波数は,第1段階の1回目はθ波前後,その2回目はδ波前後,第2段階の1回目はβ波前後,その2回目はα波前後であることを特徴としたサブリミナル学習システム

(イ) 発明の詳細な説明
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a 脳波誘導のための周波数を決定する際においては,θ波を用いると眠くなることがある。そのため,δ波,又はα波低域を代わりに用いることも可能であるが,利用者が十分に睡眠を取っておけば,この問題を回避することもできる。また,表示端末の仕様によってはチラツキが生じる問題があるが,具体的には実施例6で解説する(【0022】)。

b 以下は睡眠時において脳波誘導を行う際の問題点と,脳波誘導方式について説明したものである。

入眠時から起床時までの睡眠中の脳波の状態は,深い眠りと浅い眠りを5回前後反復するステージがあり,さらに1回のステージは90分前後を要し,浅い眠りのためのレム睡眠と深い眠りのためのノンレム睡眠を約1:4の割合で構成されており,ステージ反復時に現れるレム睡眠の段階では,体内活動が急激に上昇し,脳波とともに呼吸数も高くなることが一般的に知られている。

そこで,脳波周波数に対して関係性を有する呼吸数の近似値以下の周波数を複合することで,脳波誘導の休止間隔を決定する。脳波誘導の実施時間は,脳波のための周波数が高くなるほど疲労しやすくなるため,実施間隔は前述の呼吸数以下という条件に加えて,連続的な刺激にならないように決定すべきである。また,睡眠中の呼吸数は,ノンレム睡眠時には約0.2Hz,レム睡眠時には約0.4Hzであるが,脳波誘導の実施時間と休止時間のそれぞれに適用することを考慮すれば,さらに1/2でも良い(実施例7参照)。

次に,ノンレム睡眠時の問題点を示す。

一般的に,レム睡眠とノンレム睡眠の平均的な割合は約1:4であるが,レム睡眠においてはノンレム睡眠の最も深い眠りの状態から突然始まるため,シミュレートされた脳波誘導においては,レム睡眠の誘発時間が実際には前後しなければならない。むしろ,ノンレム睡眠においては脳波誘導の効果量を最低値にして長めに取り,レム睡眠を自然誘発させることが望ましい。

また,レム睡眠の脳波誘導開始時においては,無造作なタイミングによる睡眠妨害になる可能性があるため,直前の脳波周波数の推移を,休止間隔,又は複合波にそのまま継承することによって,人間工学的に軽減することが可能である。つまり,レム睡眠直前の脳波が約0.5Hz(δ波低域)であるので,レム睡眠直後の複合波のための周波数は約0.5Hz,ないし,約0.25Hzから始まるのが好ましい。

よって,実質レム睡眠時の脳波誘導は前半のラグを想定して,1:7±2でも良いと考えることができる。

また,睡眠時間の経過に伴い,覚醒レベルは徐々に高くなるので,脳波周波数,呼吸周波数の推移は,全体的に上昇しなければならない。

図3は,実際に睡眠中の脳波を誘導するための優勢脳波と,休止間隔の推移であり,休止間隔の帯域は約0.01-0.3Hzが用いられている(【0024】,【0025】,【0030】~【0035】)。

c 次の表1と表2は,7日間で反復する場合において,1日目と7日目の各ステージにおける脳波始点周波数,脳波到達周波数,休止間隔始点周波数,休止間隔終点周波数,ステージ時間(レム睡眠時間)を示す(【0038】)。

d 光刺激の効果は,それに対する生体の反応が遅いため,β波のような高域の周波数になると実効率は著しく低下するものと思われる。

光刺激は,β波以上の高周波数は,点滅しているのが解らないため,効果が低い場合がある。また,低周波においては,光点灯時間が一定の場合には効果が殆ど消14えてしまうため,点灯時間は休止時間との比率から決定しなければならない。LEDを使用する場合は,有効電圧が4±2ボルト程度であるため,2ボルト程度のバイアス電圧を付加するか,あるいは波形の高さに最大出力時の1/3を付加する。脳波誘導の実効率は,β波以下であれば2番目に高い(【0042】,【0048】)。

e 起床直後の脳波は,まだ眠っている状態であり,適切な覚醒状態を促すために,α波より高い波長レベルによる最終的な誘導段階を設けるべきである。最終的な誘導段階では,γ波,β波,α波が満遍に刺激されるのが望ましい。

また,脳波誘導装置による脳波への連続的な刺激は,神経的な負担となり不快感を与えるため,あまりストレスにならないように呼吸動作の間隔と同調して休止時間を設けることにより,この問題を回避する必要がある。さらに厳密には,呼吸動作が予測できない状況であれば呼吸数以下の間隔を用いる。図6は,起床時において脳波誘導を万遍に行うことにより,脳波を賦活させるための実施間隔である。睡眠時においては,レム睡眠時とノンレム睡眠時には呼吸,心拍数ともに大きく変化することも考慮しなければならない。図7は実際にこの方法を用いて導いた脳波と休止間隔の推移である(【0055】,【0056】)。

f なお,【図1】ないし【図11】には,レム睡眠,ノンレム睡眠及びα波,β波,δ波に関する直接的な記載はない。

ウ前記イのとおり,当初明細書には,「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」及び「α波」,「β波」,「δ波」について,それぞれ記載されているが,いずれの記載も,脳波誘導,脳波刺激と「α波」,「β波」,「δ波」の関係に関する記載や,「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」に関する説明に係る記載にすぎない。

「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」と,「α波」,「β波」,「δ波」とを関連付けた記載としては,発明の詳細な説明【0033】に「レム睡眠直前の脳波が約0.5Hz(δ波低域)であるので,レム睡眠直後の複合波のための周波数は約0.5Hz,ないし,約0.25Hzから始まるのが好ましい。」との記載があるが,これは,レム睡眠直後の複合波のための周波数について,好ましい範囲を開示するものにすぎない。

したがって,本件明細書において,「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」及び「α波」,「β波」,「δ波」に関する個別の記載は存在するが,本件補正事項,すなわち,「脳波誘導の休止周期は,呼吸周期以下を含むものであり,それは「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促す」ためのタイムラグとしてのものであること」及び「脳波誘導の周波数の推移終点に対する「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段」を備えるものであること」についても開示し,あるいはこれらを示唆する記載は見当たらない。

エ以上からすると,当初明細書には,本件補正事項に関する記載はなく,また,これを示唆する記載もないから,本件補正は,当初明細書に記載した範囲内においてしたものではないといわざるを得ない。

したがって,本件補正が,法17条の2第3項の要件を満たしていないとした本件審決の判断には,誤りはない。

この点について,原告は,本件審決は,「「レム睡眠」あるいは「ノンレム睡眠」を「α波」,「β波」あるいは「δ波」と関連付けた記載」について検討しており,これは,本件拒絶査定の漠然とした判断とは異なり,具体的な事項を付加して判断しているから,新たな拒絶理由について判断したものであるなどと主張する。

しかしながら,本件拒絶査定も,本件補正事項は,当初明細書に記載されておらず,自明に導かれることでもないことを理由とする(甲3,乙3)のであるから,

本件審決と本件拒絶査定の判断とは,同一の理由に基づくものである。

本件審決は,本件補正事項が,いずれも「ノンレム睡眠」,「レム睡眠」と,「α波」,「β波」,「δ波」とを関連付けた技術思想を有することから,当初明細書において,上記各事項が開示されているかを検討する際,「ノンレム睡眠」,「レム睡眠」と,「α波」,「β波」,「δ波」とを関連付けた技術思想の有無を確認したものにすぎない。
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以上からすると,原告の主張は,その前提自体が誤りであって,採用できない。

(2) 小括

したがって,原告主張の取消事由1は,理由がない。

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2 取消事由2(本件補正に係る判断の誤り)について



(1) 「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」を新規事項とした誤りについて

本件補正事項は,本件補正発明の特許請求の範囲の記載について,追加された構成であるから,同発明の内容を特定する技術事項である。

そして,取消事由1において先に述べたとおり,本件補正事項は,当初明細書により開示されていた事項ということはできないから,「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」について,同発明の作用効果にすぎず,周知技術であるとする原告主張は,その前提自体が誤りである。

この点について,原告は,「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」は,当業者にとって周知事項(甲2)であるし,当初明細書の発明の詳細な説明【0025】の記載あるいは【0033】の「レム睡眠の直前の脳波が約0.5Hz(δ波低域)」などからすると,当業者がレム睡眠,ノンレム睡眠と,α波,β波,δ波とを関連付けて,本件補正事項について理解することは自明であるなどと主張する。

しかしながら,原告指摘の医学事典(甲2)には,「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」及び「脳波」についての解説が記載されているところ,同文献によると,睡眠時の脳波においてはδ波(0.5ないし3.5Hz)が支配的になるが,覚醒時はα波(8ないし13Hz),β波(14ないし25Hz)が現われるものであり,また, ノンレム睡眠時はθ波(4ないし7Hz),δ波が見られ,レム睡眠時は海馬にθ波が認められるということができるものの,本件補正事項,すなわち,「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促す」こと及び「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段」であることについての記載はないのであるから,同文献をもってしても,本件補正事項が,当初明細書に接した当業者にとって,自明な事項であるということはできない。
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また,上記【0025】には,睡眠中の脳波の状態は,浅い眠りのためのレム睡眠と深い眠りのためのノンレム睡眠を反復するステージがあり,ステージ反復時に現れるレム睡眠の段階では,脳波とともに呼吸数も高くなることが開示されているにすぎず,本件補正事項に関する記載とは認められない。

さらに,上記【0033】の記載は,取消事由1において先に指摘したとおり,レム睡眠直後の複合波のための周波数について好ましい範囲を開示するものにすぎず,本件補正事項に関する記載とは認められない。

原告の主張は採用できない。

(2) α波,β波,δ波について換算を行わなかった判断の誤りについて

本件補正発明において,本件補正事項に係る「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促す」こと及び「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段」であることについて,α波,β波,δ波の脳波の周波数を換算することにより,ノンレム睡眠,レム睡眠と何らかの関連を認めることができるとする原告主張を前提としても,既に述べたとおり,本件補正事項については,当初明細書に関連する記載が存在しないのであるから,同事項が新規事項に該当するとの判断を左右するものではない。

また,原告指摘の文献(甲2)においても, 本件補正事項が技術常識であるということができないことは,先に指摘したとおりである。

以上からすると,α波,β波,δ波について換算を行わなかった本件審決の判断に,誤りはない。

この点について,原告は,技術常識に基づいて,当初明細書の表1及び2の脳波始点周波数と脳波到達周波数とを換算して解釈すると,本件補正事項については,脳波到達周波数の0.50Hzないし0.74Hzはδ波(ノンレム睡眠),脳波始点周波数の9Hz,19Hzないし38Hzはα・β波(レム睡眠)との技術事項と合致しており,自明であるなどと主張する。

しかしながら,原告が睡眠治療装置に係るものと主張する同表1及び2の記載からすると,「脳波始点周波数」が,1日目に9ないし38Hz,7日目に9ないし34Hz,「脳波到達周波数」が,1日目に0.50ないし0.74Hz,7日目に0.49ないし0.73Hzであることが記載されているにすぎず,脳波始点周波数,脳波到達周波数がそれぞれどのような意味を有するのか自体,当初明細書からは不明である。

しかも,上記各表には,δ波(0.5ないし3.5Hz)未満の周波数や,β波(14ないし25Hz)以上の数値も記載されており,これらはいずれもα波,β波,δ波に属さないものである。

以上からすると,上記各表により,本件補正事項が開示されているものということはできない。

また,原告は,本願発明の審査過程において引用文献と対比して審理をしておきながら,事後的に,脳波の周波数と,α波,β波,δ波を適宜換算するという技術常識を否定することはできないとも主張する。

しかしながら,審査の過程において,引用文献と対比して判断することがあったとしても,補正により追加された事項が,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において,新たな技術事項と認められるか否かに関する判断に際しては,補正事項との関係において別途判断されるべきものであることはむしろ当然である。

したがって,本件補正事項が,補正要件を充足しているか否かの判断に当たり,当初明細書において開示されている技術事項について判断した本件審決の手法に,誤りはない。

原告の主張は採用できない。

(3) 小括

したがって,原告主張の取消事由2も,理由がない。

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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10251 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年02月24日 知的財産高等裁判所


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平成23年2月24日判決言渡同日原本領収裁判所書記官コート平成22年(行ケ)第10251号審決取消請求事件


口頭弁論終結日平成23年1月31日

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判 決


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主 文



原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

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事実及び理由



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第1 請求



特許庁が不服2008-6398号事件について平成22年6月14日にした審決を取り消す。

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第2 事案の概要



本件は, 原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,平成20年3月14日付け補正を却下した上,願書の特許請求の範囲を下記2の(1)から(2)へと補正する本件補正は,いわゆる新規事項を追加するものであるから,本件出願を拒絶すべき旨の査定は相当であって,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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1 特許庁における手続の経緯



2

(1) 出願手続(甲3,乙1,2,4)及び拒絶査定(乙3)

本件出願当初の発明の名称:睡眠治療装置と,その脳波誘導方法を用いた脳波賦活方式,及び,サブリミナル学習システム

平成19年6月14日付け補正後の発明の名称:脳波誘導睡眠治療装置

平成20年3月14日付け補正後の発明の名称:サブリミナル学習システム

出願番号:特願2006-113054号

出願日:平成18年4月17日

優先権主張日:平成17年11月7日

手続補正日:平成19年6月14日(乙2。以下,同日付け手続補正書を「本件補正書」,これによる補正を「本件補正」というほか,本件出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面(乙1)を「当初明細書」という。)拒絶査定:平成20年2月6日付け(以下「本件拒絶査定」という。)

(2) 審判手続及び本件審決

審判請求日:平成20年3月14日(不服2008-6398号)

審決日:平成22年6月14日

審決の結論:本件審判の請求は,成り立たない。

審決謄本送達日:平成22年7月16日

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2 本願発明の要旨


当初明細書及び本件補正書の各特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は,
それぞれ以下の(1)及び(2)のとおりである。以下,(1)の発明を「本願発明」,(2)
の発明を「本件補正発明」という。
(1) 当初明細書(乙1)
【請求項1】脳波誘導装置の実効率を高めるための脳波誘導方式であって,脳波誘
導のための周波数に対して,休止間隔を加味するための1秒から60秒の波長を有
する周波数帯域を複合したとともに,前記休止間隔と脳波誘導のための周波数は,
さらに,特定の周波数帯域において,経過時間に応じて比較的大きく推移するとと
3
もに,反復し,前記特定の周波数帯域は,さらに,反復毎においても比較的小さく
推移したことを特徴とした脳波誘導方式
(2) 本件補正書(乙2)
【請求項1】全睡眠ステージの脳波を矯正する脳波誘導睡眠治療装置であって,脳
波誘導の周波数は,δ-γ波帯域のいずれかにおいて推移して反復し,且つ,推移
経路を反復毎に相違すべくした前記脳波帯域の推移変化手段,脳波誘導の休止周期
は,ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促すためのタイム
ラグとして呼吸周期以下を含み,且つ,脳波誘導の周波数の推移終点に対してレム
睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段,を備え
たことを特徴とした脳波誘導睡眠治療装置

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3 本件審決の理由の要旨



本件審決の理由は,平成20年3月14日付け補正は,請求項の削除,特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明のいずれをも目的とするものではないから,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2(以下「法17条の2」という。)第4項各号のいずれの事項にも該当しないとして,これを却下した上で,本件補正は,いわゆる「新規事項」を追加するものであって,法17条の2第3項の要件を満たさないから,本件出願を拒絶すべき旨の査定は相当であり,原告の拒絶査定不服審判請求は成り立たない,としたものである。

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4 取消事由



(1) 本件審決の手続違反(取消事由1)

(2) 本件補正に係る判断の誤り(取消事由2)



第3 当事者の主張





1 取消事由1(本件審決の手続違反)について



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〔原告の主張〕


(1) 本件審決が新たな拒絶理由を前提としていることについて
本件拒絶査定は,本件補正について,「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用
4
者のレム睡眠誘発を促す」との補正箇所及び「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期
の推移始点は,近似して成された反復手段」との補正箇所(以下,総称して「本件
補正事項」という。)は,当初明細書に記載した事項の範囲のものではないと漠然
と認定している。
これに対し,本件審決は,本件補正が新規事項の追加に該当するか否かについて
判断する際,「「レム睡眠」あるいは「ノンレム睡眠」を「α波」,「β波」ある
いは「δ波」と関連付けた記載」」について検討しており,これは,本件拒絶査定
の漠然とした判断とは異なり,具体的な事項を付加して判断しているものである。
したがって,本件審決は,新たに取捨選択した具体的事項に基づいて本件補正の
要件を判断しているものというべきであるから,本件拒絶査定において指摘してい
なかった新たな拒絶理由について判断したものというべきである。
(2) 小括
以上からすると,本件審決には,新たな拒絶理由について原告に通知し,反論の
機会を与えるべきであったにもかかわらず,これを怠った手続上の重大な瑕疵が認
められるから,取消しを免れない。

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〔被告の主張〕


(1) 本件審決が新たな拒絶理由を前提としていることについて
本件補正事項は,レム睡眠とα波及びβ波とを関連付けた記載であることは明ら
かであって,本件審決は,当初明細書の記載に,ノンレム睡眠とδ波とを関連付け
た記載も,レム睡眠とα波及びβ波とを関連付けた記載もないことから,レム睡眠
及びノンレム睡眠と,α波,β波,δ波とを関連付けた記載である本件補正事項に
ついて,当初明細書に記載されておらず,また自明に導かれることでもないと判断
したものである。
したがって,平成19年8月31日付け拒絶理由通知(甲3。以下「本件拒絶理
由通知」という。)を前提とする本件拒絶査定及び本件審決は,いずれも,本件補
正事項について,当初明細書には記載されておらず,また自明に導かれることでも
5
ないことを指摘した上で,本件補正は,当初明細書に記載した事項の範囲内におい
てしたものでないとするものであって,本件拒絶査定の指摘は明白であり,漠然と
しているということはできないのみならず,本件審決が新たな拒絶理由を前提とす
るものでもないことは明らかである。
(2) 小括
以上からすると,本件審決には手続違反はない。

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2 取消事由2(本件補正に係る判断の誤り)について




〔原告の主張〕


(1) 「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」を新規事項とした誤りについて
ア本願発明において,「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」については,睡眠時
の脳波誘導が有する作用効果であり,本願発明を明確にする目的で記載したもので
あるから,かかる概念は,技術上,主要な意義を有するものではない。
仮に,「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」が,発明特定事項であったとしても,
上記各事項は,当業者にとって周知事項(甲2。枝番を含む。以下同じ。)である
し,当初明細書の発明の詳細な説明【0025】の記載から当該事項を把握し,さ
らに,δ波誘導の作用を「ノンレム睡眠」,α・β波誘導の作用を「レム睡眠」と,
一義的に構成と作用とを関連付けて理解することは当業者にとって自明である。
また,脳波の覚醒レベルに応じてノンレム睡眠かレム睡眠かを関連付けることも
技術常識にすぎず,当業者は,当初明細書の発明の詳細な説明【0033】の「レ
ム睡眠の直前の脳波が約0.5Hz(δ波低域)」との記載から,ノンレム睡眠とδ
波の関係を把握すれば,反復時の直後にレム睡眠の効果が得られると理解できる。
したがって,本件審決は,技術常識を考慮せず,本願発明の主要部ではない周知
事項について,新規事項であると誤った認定をしているものである。
イ以上からすると,「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」について,新規事項に
該当するとした本件審決の判断は誤りである。
(2) α波,β波,δ波について換算を行わなかった判断の誤りについて
6
ア本件審決は,本件補正についての判断に当たり,当初明細書における「ノン
レム睡眠」と「レム睡眠」に,下線を付加した上で引用している。
しかしながら,脳波の周波数を分かりやすく解釈するため,脳波の覚醒レベルに
応じてノンレム睡眠かレム睡眠かを関連付けること,すなわち,α波,β波,δ波
についてそれぞれ適宜換算することは技術常識(甲2)であるから,当初明細書の
α波,β波,δ波に関する記載についても,かかる技術常識に基づいて適宜換算し,
それぞれ「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」に関する記載として判断すべきである。
イ前記技術常識に基づいて,当初明細書図3を参考に,同表1及び2について,
脳波始点周波数及び脳波到達周波数を換算すると,脳波到達周波数の0.50Hzな
いし0.74Hzについてはδ波(ノンレム睡眠),脳波始点周波数の9Hz,19Hz
ないし38Hzについてはα・β波(レム睡眠)であることは明らかである。
なお,被告は,図3と表1及び2の記載は整合しないなどと主張するが,図3は,
「睡眠治療装置における脳波」と「複合波による休止間隔の推移図」であり,表1
及び2の記載とは,睡眠治療装置において整合する。被告の主張は誤りである。
ウ以上からすると,本件審決は,本願発明を特定するに当たり,当初明細書の
内容及び技術常識を考慮すべきであったにもかかわらず,α波,β波,δ波の換算
を怠り,本件補正について,新規事項の追加に該当するとしたものであって,誤り
である。
なお,本願発明の審査過程において,引用文献と対比して審査した後に,本件審
決において,事後的に脳波の周波数とα波,β波,δ波とを適宜換算するという技
術常識を否定することは,手続違反にも該当するものというべきである。
(3) 小括
したがって,本件審決の本件補正に係る判断は誤りであるから,本件審決は取消
しを免れない。

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〔被告の主張〕


(1) 「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」を新規事項とした誤りについて
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ア原告が指摘する当初明細書の発明の詳細な説明【0025】及び証拠(甲
2)には,ノンレム睡眠とδ波誘導との関係,レム睡眠とα・β波誘導との関係は
何ら記載されていない。
しかも,本件補正において,同補正発明の発明特定事項として,本件補正事項が
加えられているのであるから,同発明は,ノンレム睡眠とδ波誘導及びレム睡眠と
α・β波誘導とが,それぞれ何らかの関連を有するものとして記載されていると解
すべきであるところ,当初明細書には,「レム睡眠」あるいは「ノンレム睡眠」を
「α波」,「β波」あるいは「δ波」と関連付けた記載としては,レム睡眠直後の
複合波のための周波数はδ波低域である約0.5Hzないし約0.25Hzから始まる
のが好ましいことが記載されているにすぎない。
イしたがって,「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」は,本願発明の主要部では
ないとはいえないし,δ波誘導の作用を「ノンレム睡眠」と,α・β波誘導の作用
を「レム睡眠」と,一義的に構成と作用とを関連付けることが自明であるというこ
ともできない。
(2) α波,β波,δ波について換算を行わなかった判断の誤りについて
ア当初明細書の表1及び2には,左から2列目に脳波始点周波数としてのα・
β波(レム睡眠)の数値,3列目に脳波到達周波数としてのδ波(ノンレム睡眠)
の数値がそれぞれ記載されているにすぎず,原告主張の換算を裏付けることはでき
ない。
また,当初明細書に添付された図面のうち,図3については,当初明細書の発明
の詳細な説明【0035】において,「図3は,実際に睡眠中の脳波を誘導するた
めの優勢脳波と,休止間隔の推移であり,休止間隔の帯域は約0.01-0.3Hz
が用いられている」と説明されているところ,同図には,タイトルを脳波,縦軸を
0ないし50Hz及び0ないし1Hzの周波数,横軸を時間とするグラフと,タイトル
を複合波,縦軸及び横軸を時間とするグラフとが記載されているにすぎず,しかも,
当該グラフは,上記表1及び2の記載と整合するものでもない。
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したがって,図3の記載を参考にしつつ,技術常識に基づいて,当初明細書の表
1及び2の脳波始点周波数と脳波到達周波数とを換算しても,本件補正事項が明ら
かになるものではない。
イ以上からすると,仮に,α波,β波,δ波についてレム睡眠及びノンレム睡
眠に適宜換算することが技術常識であったとしても,原告の主張は誤りであること
は明らかである。
(3) 小括

したがって,本件審決の本件補正に係る判断に誤りはない。

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第4 当裁判所の判断




1 取消事由1(本件審決の手続違反)について



(1) 本件補正について

本件拒絶査定は,本件補正について,本件補正事項は当初明細書に記載されたものではなく,また,自明に導かれるものということもできないと指摘した本件拒絶理由通知(甲3)を前提とするものである。

そこで,本件補正が補正要件を充足するものであったか否かについて,まず検討することとする。

ア本件補正発明においては,「脳波誘導の休止周期は,ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促すためのタイムラグとして呼吸周期以下を含み」との構成を有するところ,かかる構成によると,脳波誘導の休止周期は,呼吸周期以下を含むものであり,それは,「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促す」ためのタイムラグとされているものである。

また,同発明は,「脳波誘導の周波数の推移終点に対してレム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段,を備えた」との構成も有するところ,かかる構成によると,脳波誘導の周波数の推移終点に対して,「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段」を有するものと解される。
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以上からすると,上記各構成は,いずれもレム睡眠,ノンレム睡眠及びα波,β波,δ波に関する特定をその内容とするから,本件補正が補正要件を充足するか否かについては,当初明細書における,レム睡眠,ノンレム睡眠及びα波,β波,δ波に関する記載を検討する必要がある。

イ当初明細書(乙1)には,レム睡眠,ノンレム睡眠及びα波,β波,δ波に関し,以下の記載がある。

(ア) 特許請求の範囲

【請求項21】脳波誘導方式は,脳波刺激のためのγ波からα波に推移する周波数に対して, 休止間隔のための0.4Hzから0.1Hzの範囲内で推移する周波数を複合するとともに,前記周波数の推移は,50±20秒の時間経過を要したのちに反復するとともに,さらに,反復毎に周波数帯域は推移変化したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項22】脳波誘導方式は,脳波刺激のためのγ波からα波の周波数帯域に対して, 休止間隔のための0.9Hz-0.04Hzの範囲内の周波数帯域を複合するとともに,前記脳波刺激と前記休止間隔は,60±40秒の所要時間において推移変化し,さらに,反復するとともに,さらに,反復毎において,周波数帯域,又は,時間経過,は,推移変化したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項23】脳波を賦活するための複合波を用いた方式であって, 前記複合波は,脳波誘導のためのγ波高域からα波低域に推移する周波数Aと,休止間隔のための0.4Hzから0.1Hzに推移する周波数Bを用いるとともに,前記周波数ABの推移は,45秒±15秒の時間を要するとともに,反復し,さらに,反復毎においても変化を加味するための減算を用いたことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項24】睡眠時の脳波誘導を長時間実施するための複合波を用いた脳波誘導方式であって,前記複合波は,脳波誘導のためのα波からδ波(0.5Hz)に推移する周波数Aと,休止間隔のための0.5Hzから0.01Hzに推移する周波数Bを用いるとともに,前記周波数A-Bの推移は,1ステージで80±10分の所要時間を要するとともに,最大6回まで反復し,さらに,反復毎においてもステージに推移変化を加味したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項25】脳波を賦活するための複合波を用いた脳波誘導方式であって,前記複合波は,脳波誘導のためのβ波前後の周波数帯域Aと,休止間隔のための0.85±0.75Hzの周波数帯域Bを用いるとともに,前記複合波は,60±40秒の時間を要して推移変化するとともに,反復し,さらに,反復毎においても相違する変化を加味するための6±4%づつ推移変化したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項26】睡眠時に脳波誘導を長時間実施するための複合波を用いた脳波誘導方式であって,前記複合波は,脳波誘導のためのα波からδ波低域(0.5Hz)に推移する周波数Aと,休止間隔のための0.5Hzから0.01Hzに推移する周波数Bを用いるとともに, 前記周波数A-Bの推移は,1ステージで80±20分の所要時間で到達するとともに,最大6回まで反復し,さらに,反復毎においてもステージに推移変化を加味したことを特徴とした脳波誘導方式

【請求項27】睡眠時のための脳波誘導手段を備えた脳波治療装置であって,脳波誘導のためのα波からδ波低域(0.5Hz)に推移する周波数Aを,脳波誘導手段を用いて脳波誘導出力するとともに,前記脳波誘導出力は,0.5Hzから0.01Hzに推移する周波数Bを複合したことによる休止間隔を有するとともに,前記周波数A-Bの推移は,1回で80±20分の時間を要して最高6回まで反復し,前記周波数A-Bはさらに6±2%づつ反復毎に加算されることを特徴とした脳波治療装置

【請求項28】脳波治療装置は,脳波誘導手段,CPU本体とその内部プログラム,を備え,前記内部プログラムは,前記脳波誘導手段に対してγ-α波の脳波誘導のための周波数を脳波誘導出力するとともに,前記脳波誘導出力は,0.4Hz-0.1Hzの周波数を用いたことによる休止時間を有するとともに,前記休止時間と脳波誘導のための周波数は,50±30秒の時間経過と比例して推移するとともに,特定の範囲で反復し,さらに,前記特定の範囲は反復毎において,相違変化するため11の推移を加味したことを特徴とした脳波治療装置

【請求項30】脳波治療装置は,脳波誘導手段,CPU本体とその内部プログラム,を備え,前記内部プログラムは,前記脳波誘導手段に対してβ-δ波のパルス波を出力するとともに,前記パルス波は,前記脳波誘導のための周波数に対して,呼吸数以下の休止時間を用いるための0.5-0.011Hzの周波数帯域を複合したことによる複合波形であるとともに,前記休止時間と脳波誘導のための周波数は,80±20分のステージの所要時間において推移変化するとともに,前記推移変化は,最大で6回のステージのための反復を行うとともに,さらに,反復毎においても前記周波数帯域が推移変化したことを特徴とした脳波治療装置

【請求項31】脳波治療装置は,脳波誘導手段,CPU本体とその内部プログラム,を備え,前記内部プログラムは,前記脳波誘導手段に対してβ-δ波のパルス波を出力するとともに,前記パルス波は,前記脳波誘導のための周波数に対して,呼吸数以下の休止時間を用いるための0.5-0.01Hzの周波数帯域を複合したことによる複合波形であるとともに,前記休止時間と脳波誘導のための周波数は,80±20分のステージの所要時間において推移変化するとともに,前記推移変化は,最大で6回のステージのための反復を行うとともに,さらに,反復毎においても前記周波数帯域が推移変化するとともに,前記脳波誘導手段は,光刺激装置,ならびに音波刺激装置,ならびに電気刺激装置,とを複数接続できる出力端末を備え,前記パルス波を受けて,それぞれの刺激装置に適した波形に加工出力するための電圧電流の増幅回路を備えることを特徴とした脳波治療装置

【請求項37】請求項32-35のいずれかに記載のサブリミナル学習システムにおいて,前記第1段階と前記第2段階は,それぞれ2回行うとともに,前記脳波誘導のための周波数は,第1段階の1回目はθ波前後,その2回目はδ波前後,第2段階の1回目はβ波前後,その2回目はα波前後であることを特徴としたサブリミナル学習システム

(イ) 発明の詳細な説明
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a 脳波誘導のための周波数を決定する際においては,θ波を用いると眠くなることがある。そのため,δ波,又はα波低域を代わりに用いることも可能であるが,利用者が十分に睡眠を取っておけば,この問題を回避することもできる。また,表示端末の仕様によってはチラツキが生じる問題があるが,具体的には実施例6で解説する(【0022】)。

b 以下は睡眠時において脳波誘導を行う際の問題点と,脳波誘導方式について説明したものである。

入眠時から起床時までの睡眠中の脳波の状態は,深い眠りと浅い眠りを5回前後反復するステージがあり,さらに1回のステージは90分前後を要し,浅い眠りのためのレム睡眠と深い眠りのためのノンレム睡眠を約1:4の割合で構成されており,ステージ反復時に現れるレム睡眠の段階では,体内活動が急激に上昇し,脳波とともに呼吸数も高くなることが一般的に知られている。

そこで,脳波周波数に対して関係性を有する呼吸数の近似値以下の周波数を複合することで,脳波誘導の休止間隔を決定する。脳波誘導の実施時間は,脳波のための周波数が高くなるほど疲労しやすくなるため,実施間隔は前述の呼吸数以下という条件に加えて,連続的な刺激にならないように決定すべきである。また,睡眠中の呼吸数は,ノンレム睡眠時には約0.2Hz,レム睡眠時には約0.4Hzであるが,脳波誘導の実施時間と休止時間のそれぞれに適用することを考慮すれば,さらに1/2でも良い(実施例7参照)。

次に,ノンレム睡眠時の問題点を示す。

一般的に,レム睡眠とノンレム睡眠の平均的な割合は約1:4であるが,レム睡眠においてはノンレム睡眠の最も深い眠りの状態から突然始まるため,シミュレートされた脳波誘導においては,レム睡眠の誘発時間が実際には前後しなければならない。むしろ,ノンレム睡眠においては脳波誘導の効果量を最低値にして長めに取り,レム睡眠を自然誘発させることが望ましい。

また,レム睡眠の脳波誘導開始時においては,無造作なタイミングによる睡眠妨害になる可能性があるため,直前の脳波周波数の推移を,休止間隔,又は複合波にそのまま継承することによって,人間工学的に軽減することが可能である。つまり,レム睡眠直前の脳波が約0.5Hz(δ波低域)であるので,レム睡眠直後の複合波のための周波数は約0.5Hz,ないし,約0.25Hzから始まるのが好ましい。

よって,実質レム睡眠時の脳波誘導は前半のラグを想定して,1:7±2でも良いと考えることができる。

また,睡眠時間の経過に伴い,覚醒レベルは徐々に高くなるので,脳波周波数,呼吸周波数の推移は,全体的に上昇しなければならない。

図3は,実際に睡眠中の脳波を誘導するための優勢脳波と,休止間隔の推移であり,休止間隔の帯域は約0.01-0.3Hzが用いられている(【0024】,【0025】,【0030】~【0035】)。

c 次の表1と表2は,7日間で反復する場合において,1日目と7日目の各ステージにおける脳波始点周波数,脳波到達周波数,休止間隔始点周波数,休止間隔終点周波数,ステージ時間(レム睡眠時間)を示す(【0038】)。

d 光刺激の効果は,それに対する生体の反応が遅いため,β波のような高域の周波数になると実効率は著しく低下するものと思われる。

光刺激は,β波以上の高周波数は,点滅しているのが解らないため,効果が低い場合がある。また,低周波においては,光点灯時間が一定の場合には効果が殆ど消14えてしまうため,点灯時間は休止時間との比率から決定しなければならない。LEDを使用する場合は,有効電圧が4±2ボルト程度であるため,2ボルト程度のバイアス電圧を付加するか,あるいは波形の高さに最大出力時の1/3を付加する。脳波誘導の実効率は,β波以下であれば2番目に高い(【0042】,【0048】)。

e 起床直後の脳波は,まだ眠っている状態であり,適切な覚醒状態を促すために,α波より高い波長レベルによる最終的な誘導段階を設けるべきである。最終的な誘導段階では,γ波,β波,α波が満遍に刺激されるのが望ましい。

また,脳波誘導装置による脳波への連続的な刺激は,神経的な負担となり不快感を与えるため,あまりストレスにならないように呼吸動作の間隔と同調して休止時間を設けることにより,この問題を回避する必要がある。さらに厳密には,呼吸動作が予測できない状況であれば呼吸数以下の間隔を用いる。図6は,起床時において脳波誘導を万遍に行うことにより,脳波を賦活させるための実施間隔である。睡眠時においては,レム睡眠時とノンレム睡眠時には呼吸,心拍数ともに大きく変化することも考慮しなければならない。図7は実際にこの方法を用いて導いた脳波と休止間隔の推移である(【0055】,【0056】)。

f なお,【図1】ないし【図11】には,レム睡眠,ノンレム睡眠及びα波,β波,δ波に関する直接的な記載はない。

ウ前記イのとおり,当初明細書には,「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」及び「α波」,「β波」,「δ波」について,それぞれ記載されているが,いずれの記載も,脳波誘導,脳波刺激と「α波」,「β波」,「δ波」の関係に関する記載や,「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」に関する説明に係る記載にすぎない。

「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」と,「α波」,「β波」,「δ波」とを関連付けた記載としては,発明の詳細な説明【0033】に「レム睡眠直前の脳波が約0.5Hz(δ波低域)であるので,レム睡眠直後の複合波のための周波数は約0.5Hz,ないし,約0.25Hzから始まるのが好ましい。」との記載があるが,これは,レム睡眠直後の複合波のための周波数について,好ましい範囲を開示するものにすぎない。

したがって,本件明細書において,「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」及び「α波」,「β波」,「δ波」に関する個別の記載は存在するが,本件補正事項,すなわち,「脳波誘導の休止周期は,呼吸周期以下を含むものであり,それは「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促す」ためのタイムラグとしてのものであること」及び「脳波誘導の周波数の推移終点に対する「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段」を備えるものであること」についても開示し,あるいはこれらを示唆する記載は見当たらない。

エ以上からすると,当初明細書には,本件補正事項に関する記載はなく,また,これを示唆する記載もないから,本件補正は,当初明細書に記載した範囲内においてしたものではないといわざるを得ない。

したがって,本件補正が,法17条の2第3項の要件を満たしていないとした本件審決の判断には,誤りはない。

この点について,原告は,本件審決は,「「レム睡眠」あるいは「ノンレム睡眠」を「α波」,「β波」あるいは「δ波」と関連付けた記載」について検討しており,これは,本件拒絶査定の漠然とした判断とは異なり,具体的な事項を付加して判断しているから,新たな拒絶理由について判断したものであるなどと主張する。

しかしながら,本件拒絶査定も,本件補正事項は,当初明細書に記載されておらず,自明に導かれることでもないことを理由とする(甲3,乙3)のであるから,

本件審決と本件拒絶査定の判断とは,同一の理由に基づくものである。

本件審決は,本件補正事項が,いずれも「ノンレム睡眠」,「レム睡眠」と,「α波」,「β波」,「δ波」とを関連付けた技術思想を有することから,当初明細書において,上記各事項が開示されているかを検討する際,「ノンレム睡眠」,「レム睡眠」と,「α波」,「β波」,「δ波」とを関連付けた技術思想の有無を確認したものにすぎない。
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以上からすると,原告の主張は,その前提自体が誤りであって,採用できない。

(2) 小括

したがって,原告主張の取消事由1は,理由がない。

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2 取消事由2(本件補正に係る判断の誤り)について



(1) 「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」を新規事項とした誤りについて

本件補正事項は,本件補正発明の特許請求の範囲の記載について,追加された構成であるから,同発明の内容を特定する技術事項である。

そして,取消事由1において先に述べたとおり,本件補正事項は,当初明細書により開示されていた事項ということはできないから,「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」について,同発明の作用効果にすぎず,周知技術であるとする原告主張は,その前提自体が誤りである。

この点について,原告は,「ノンレム睡眠」及び「レム睡眠」は,当業者にとって周知事項(甲2)であるし,当初明細書の発明の詳細な説明【0025】の記載あるいは【0033】の「レム睡眠の直前の脳波が約0.5Hz(δ波低域)」などからすると,当業者がレム睡眠,ノンレム睡眠と,α波,β波,δ波とを関連付けて,本件補正事項について理解することは自明であるなどと主張する。

しかしながら,原告指摘の医学事典(甲2)には,「レム睡眠」,「ノンレム睡眠」及び「脳波」についての解説が記載されているところ,同文献によると,睡眠時の脳波においてはδ波(0.5ないし3.5Hz)が支配的になるが,覚醒時はα波(8ないし13Hz),β波(14ないし25Hz)が現われるものであり,また, ノンレム睡眠時はθ波(4ないし7Hz),δ波が見られ,レム睡眠時は海馬にθ波が認められるということができるものの,本件補正事項,すなわち,「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促す」こと及び「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段」であることについての記載はないのであるから,同文献をもってしても,本件補正事項が,当初明細書に接した当業者にとって,自明な事項であるということはできない。
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また,上記【0025】には,睡眠中の脳波の状態は,浅い眠りのためのレム睡眠と深い眠りのためのノンレム睡眠を反復するステージがあり,ステージ反復時に現れるレム睡眠の段階では,脳波とともに呼吸数も高くなることが開示されているにすぎず,本件補正事項に関する記載とは認められない。

さらに,上記【0033】の記載は,取消事由1において先に指摘したとおり,レム睡眠直後の複合波のための周波数について好ましい範囲を開示するものにすぎず,本件補正事項に関する記載とは認められない。

原告の主張は採用できない。

(2) α波,β波,δ波について換算を行わなかった判断の誤りについて

本件補正発明において,本件補正事項に係る「ノンレム睡眠-δ波誘導時において使用者のレム睡眠誘発を促す」こと及び「レム睡眠-α・β波誘導の呼吸周期の推移始点は,近似して成された反復手段」であることについて,α波,β波,δ波の脳波の周波数を換算することにより,ノンレム睡眠,レム睡眠と何らかの関連を認めることができるとする原告主張を前提としても,既に述べたとおり,本件補正事項については,当初明細書に関連する記載が存在しないのであるから,同事項が新規事項に該当するとの判断を左右するものではない。

また,原告指摘の文献(甲2)においても, 本件補正事項が技術常識であるということができないことは,先に指摘したとおりである。

以上からすると,α波,β波,δ波について換算を行わなかった本件審決の判断に,誤りはない。

この点について,原告は,技術常識に基づいて,当初明細書の表1及び2の脳波始点周波数と脳波到達周波数とを換算して解釈すると,本件補正事項については,脳波到達周波数の0.50Hzないし0.74Hzはδ波(ノンレム睡眠),脳波始点周波数の9Hz,19Hzないし38Hzはα・β波(レム睡眠)との技術事項と合致しており,自明であるなどと主張する。

しかしながら,原告が睡眠治療装置に係るものと主張する同表1及び2の記載からすると,「脳波始点周波数」が,1日目に9ないし38Hz,7日目に9ないし34Hz,「脳波到達周波数」が,1日目に0.50ないし0.74Hz,7日目に0.49ないし0.73Hzであることが記載されているにすぎず,脳波始点周波数,脳波到達周波数がそれぞれどのような意味を有するのか自体,当初明細書からは不明である。

しかも,上記各表には,δ波(0.5ないし3.5Hz)未満の周波数や,β波(14ないし25Hz)以上の数値も記載されており,これらはいずれもα波,β波,δ波に属さないものである。

以上からすると,上記各表により,本件補正事項が開示されているものということはできない。

また,原告は,本願発明の審査過程において引用文献と対比して審理をしておきながら,事後的に,脳波の周波数と,α波,β波,δ波を適宜換算するという技術常識を否定することはできないとも主張する。

しかしながら,審査の過程において,引用文献と対比して判断することがあったとしても,補正により追加された事項が,当初明細書の全ての記載を総合することにより導かれる技術事項との関係において,新たな技術事項と認められるか否かに関する判断に際しては,補正事項との関係において別途判断されるべきものであることはむしろ当然である。

したがって,本件補正事項が,補正要件を充足しているか否かの判断に当たり,当初明細書において開示されている技術事項について判断した本件審決の手法に,誤りはない。

原告の主張は採用できない。

(3) 小括

したがって,原告主張の取消事由2も,理由がない。

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3 結論



以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
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知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣裁判官 本 多 知 成裁判官 荒 井 章 光
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Last Update: 2011-02-28 16:36:25 JST

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……………………………………………………判決末尾top
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2010年12月28日火曜日

特許:新規事項の追加(新規追加事項として認める),独立特許要件違反,進歩性(認めず):(知財高裁平成22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第10110号審決取消請求事件))

** 特許:新規事項の追加(新規追加事項として認める),独立特許要件違反,進歩性(認めず):知財高裁平成22年12月28日判決(平成22年(行ケ)第10110号審決取消請求事件)

*** 判決原文(引用)・・・知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」

3 審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,①本件補正は,新規事項の追加及び独立特許要件違反に当たり許されない,②本願発明は,実願昭55-24277号(実開昭56-128387号)のマイクロフィルム(以下「引用文献1」という。なお,引用文献1の第2図,第3図は,それぞれ別紙図面4,5のとおりである。)記載の発明及び特開昭54-104145号公報(以下「引用文献2」という。なお,引用文献2の第2図,第3図は,それぞれ別紙図面6,7のとおりである。)記載の技術に基づいて,容易に発明をすることができたものであるから,特許を受けることはできないとするものである。

(1) 審決は,上記結論①を導くに当たり,引用文献1記載の発明,同発明と本願補正発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

ア引用文献1記載の発明

実質的に円形の断面を有する複数のワイヤロープ6から成る一連のワイヤロープ6がつり合いおもり8および乗りかご7を懸垂し,溝11を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,高摩擦材13で被覆されたトラクションシーブ本体3であり,該トラクションシーブ本体3はトラクションマシン1によって駆動されて前記一連のワイヤロープ6を動かすエレベータにおいて,前記トラクションシーブ本体3は前記一連のワイヤロープ6と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段は,前記トラクションシーブ本体3の表面の高摩擦材13が失われた場合,該トラクションシーブ本体3が前記ワイヤロープ6によって溝11の接触部14で接触されこの部分で摩擦力を得ることにより該ワイヤロープ6を把持する安全確保手段であるエレベータ(以下「引用文献1記載の発明1」という。)。

イ本願補正発明と引用文献1記載の発明1の一致点実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して安全確保手段を形成し,該安全確保手段は,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合,該トラクションシーブが該巻上ロープを把持する安全確保手段であるエレベータ。

ウ本願補正発明と引用文献1記載の発明1の相違点

トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合の安全確保手段に関し,本願補正発明では,「少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアは」,「該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻上ロープを把持する材料の組み合わせである」のに対し,引用文献1記載の発明では,「前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)は前記一連のワイヤロープ6(巻上ロープ)と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段は」,「該トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)が前記ワイヤロープ6(巻上ロープ)によって溝11の接触部14で接触されこの部分で摩擦力を得ることにより該ワイヤロープ6(巻上ロープ)を把持する安全確保手段である点。

(2) また,審決は,上記結論②を導くに当たり,引用文献1記載の発明,同発明と本願発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

ア引用文献1記載の発明

実質的に円形の断面を有する複数のワイヤロープ6から成る一連のワイヤロープ6がつり合いおもり8および乗りかご7を懸垂し,溝11を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,高摩擦材13で被覆されたトラクションシーブ本体3であり,該トラクションシーブ本体3はトラクションマシン1によって駆動されて前記一連のワイヤロープ6を動かすエレベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブ本体3は前記一連のワイヤロープ6と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記トラクションシーブ本体3の表面の高摩擦材13が失われた後に,前記ワイヤロープ6は前記トラクションシーブ本体3に溝11の接触部14で接触されて溝11に直接入り込むエレベータ(以下「引用文献1記載の発明2」という。)。

イ本願発明と引用文献1記載の発明2の一致点

実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに入り込むエレベータ。

ウ本願発明と引用文献1記載の発明2の相違点

トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後の安全確保手段に関し,本願発明では,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアによって,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むのに対し,引用文献1記載の発明では,少なくとも前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)は前記一連のワイヤロープ6(巻上ロープ)と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記ワイヤロープ6(巻上ロープ)は前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)に溝11の接触部14で接触されて溝11に直接入り込む点。

第3 取消事由に関する原告の主張

第5 当裁判所の判断

 当裁判所は,本件補正の適否については,本件補正は明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであり,審決がこれを却下したことに誤りはないが,本願発明の容易想到性判断については,本願発明は引用文献1記載の発明2及び引用文献2記載の技術から容易に想到できたとはいえず,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)について

本件補正は,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)について,「該材料のペアによって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むことを特徴とするエレベータ」を「該材料のペアは,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合,該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻上ロープを把持する材料の組み合わせであることを特徴とするエレベータ。」とするものである。そこで,本件補正における付加変更された部分が,旧特許法17条の2第3項所定の「明細書又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であるか否かについて判断する。

(1) 当初明細書等には,以下の記載がある。

「本発明のエレベータでは,被覆材を設けたトラクションシーブまたは少なくともその外側リムは,トラクションシーブ表面の被覆材が失われた後にトラクションシーブに巻上ロープを食い込ませる材料で作られている。トラクションシーブは,トラクションシーブ材料にロープを効果的に食い込ませる材料で作られる。このように,巻上ロープがトラクションシーブ材料に食い込むため,トラクションシーブの被覆材が失われたり損傷を受けたりといった異常事態となっても,エレベータは必要な把持力を保持することができる。トラクションシーブおよび巻上ロープは,このように,トラクションシーブ表面の被覆材が失われたという事態となってもトラクションシーブとロープとの間に十分な把持力が得られるように選択された材料のペアを形成する。かかる材料のペアによれば,巻上ロープはトラクションシーブに食い込むため,巻上ロープとトラクションシーブとの間にはエレベータの運転に必要な把持力が生成される。巻上ロープの材料より柔軟で,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材料をトラクションシーブに使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られる。巻上ロープ自体が損傷を受けることはまずないため,巻上ロープはその特性を維持しながらトラクションシーブ材料に食い込む。本発明による方式では,巻上ロープは,トラクションシーブの材料に食い込む硬質な細いワイヤで作られていて,これにより巻上ロープとトラクションシーブとの間には十分な把持力が保持される。巻上ロープのワイヤは非常に硬質な材料,特に細いスーパーストロングロープで作られているため,例えば軟鋼,アルミニウム,鋳鉄,真鍮または他の材料など,トラクションシーブ材料として妥当なものを用いることによって,トラクションシーブ表面の被覆材が失われた後でも,巻上ロープとトラクションシーブとの間に十分な把持力を生成することが可能である。上述のように巻上ロープをトラクションシーブ自体に食い込み可能とさせるのと同様の方式で巻上ロープを食い込み可能とさせる挿入体を,トラクションシーブの被覆材の下に加えることによっても,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力を確保することが可能である。この場合は,トラクションシーブと巻上ロープとで,巻上ロープをトラクションシーブ材料に食い込ませる材料のペアを形成する必要はない。その代わりに,加えられた挿入体が,巻上ロープと共同して懸案の材料のペアを形成する。トラクションシーブ表面の摩擦係数を増大させる被覆材を喪失した場合における,トラクションシーブと巻上ロープとの間の十分な把持力は,トラクションシーブ材料中,綱溝の被覆材の下にざらざらした粗い領域を設けることによっても確保可能であり,この領域は巻上ロープと接触すると十分な把持力を生成する。本発明の目的は,トラクションシーブ表面の被覆材が失われ,あるいは損傷を受けるという問題の異常事態となっても本発明によるエレベータを最適な形で長時間運転させるということではなく,本発明による方式によって必要な期間だけエレベータを安全に動作させることである。これはエレベータの安全装置であり,上述の異常事態においてエレベータが確実に一時的に安全な動作を行うよう,設計されている。トラクションシーブの被覆材が失われ,あるいは損傷を受けた場合におけるトラクションシーブと巻上ロープとの間の把持力は,一時的に得られる特性である。つまり,被覆材が損傷を受けた後は,可能な限り早期にエレベータを保守点検する必要がある。本発明によるエレベータまたはトラクションシーブには,トラクションシーブの被覆材が失われ,あるいは損傷を受けたことを示す信号を生成する検出装置を設けてもよい。この検出装置によって,トラクションシーブの被覆材の損傷についての情報が得られる。」(甲3・【0006】)


(2) 「食い込む」及び「破損」の一般的な意味は,次のとおりである。すなわち,「食い込む」とは,「①深く内部に入り込む。②他の領域へ入りこんで侵す。侵入する。」ことを意味し(甲16。広辞苑第三版),他方,「破損」とは,「やぶれ損ずること。こわれること。」を意味する(乙1。広辞苑第四版)。


そして,上記(1)の「トラクションシーブは,トラクションシーブ材料にロープを効果的に食い込ませる材料で作られる。」,「巻上ロープの材料より柔軟で,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材料をトラクションシーブに使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られる。巻上ロープ自体が損傷を受けることはまずないため,巻上ロープはその特性を維持しながらトラクションシーブ材料に食い込む。」などの詳細な説明部分を前提とするならば,当初明細書等に記載された「前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込む」とは,せいぜい,巻上げロープがトラクションシーブの内部に,入り込むことを意味するものであって,トラクションシーブを欠損させたり,亀裂を入れたり,傷つけたりするなどの態様で変化させることを含む意味として,説明されていると理解することはできない。そうすると,本願補正において「該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して」と付加変更された部分は,巻上ロープがトラクションシーブを部分的にこわすことを意味し,トラクションシーブが欠損したり,亀裂が入ったり,こわれたりする状態に至ることを含むものと理解すべきであるから,本件補正は,本件補正前の明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものというべきである。


(3) これに対し,原告は,審査官は,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させるという意味で用いていたにもかかわらず,これを無視した審判手続きないし審決は妥当を欠くと主張する。しかし,審査官が,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させるという意味で用いていたとは認め難い(甲4,7参照)。また,拒絶査定不服審判において,補正の適否について判断する場合に,審判官が審査官の文言解釈に拘束されるべき理由もない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。また,原告は,本件補正が認められなければ,原文明細書等の「bite(s) into」を的確な表現に補正する機会が得られないことになり,国際出願日において原文明細書等に外国語で明確に記載された発明について審査を受けることができなくなると主張する。しかし,原告は,原文明細書等の「bite(s) into」について,旧特許法17条の2第2項に基づき,誤訳訂正を目的とする補正を行う機会がありながら,これを行わなかった以上,翻訳文が出願当初の明細書とみなされ(特許法184条の6第2項),補正は当該翻訳文の範囲内で行う必要があるから,原告の上記主張も採用することができない。


したがって,その余の点について判断するまでもなく,審決が,本件補正を却下したことに誤りはない。

2 取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)について

原告は,審決の引用文献2記載の技術の認定には誤りがあり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づいて容易に想到することができるものとはいえないと主張する。当裁判所は,原告の上記主張には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 当初明細書等の記載

当初明細書等(甲3)には,本願発明に関し,以下の事項が記載されている。すなわち,従来のトラクションシーブエレベータの運転は,巻上ロープであると同時に懸垂ロープでもあるスチールロープが金属製のトラクションシーブによって動かされる方式に基づいており,トラクションシーブから巻上ロープへ与えられる駆動力と,制動時におけるトラクションシーブを用いた制動力とは,トラクションシーブと巻上ロープとの摩擦によって伝達される(段落【0001】)。巻上ロープによって伝達される摩擦係数及び把持力は,トラクションシーブの綱溝の形状を加工するか,綱溝に被覆材を設けることにより増加させることができるが,火事などの異常事態において,トラクションシーブ表面の被覆材が燃えたり溶けたりして破壊されると,トラクションシーブと巻上ロープとの摩擦係数及び把持力は不十分なものとなり,エレベータ動作が制御不能となり,危険な事態が生ずる(段落【0002】)。このような問題に対応するため,トラクションシーブの被覆材の下に歯形を設けて,トラクションシーブと巻上ロープとの間に,被覆材が破壊された後も良好な把持力を確保する方式が公知であるが,かかる方式では,被覆材が消失すると巻上ロープが直接トラクションシーブに接触するため,負荷が大きいと,巻上ロープが損傷を受け,切断の危険がある上,切断を免れたとしても,トラクションシーブと巻上ロープの両方を交換する必要が生じ,相当なコストがかかる(段落【0003】)。本願発明は,上記問題を解決するため,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするという異常事態となった場合,エレベータを最適な形で長時間運転させるということではなく,必要な期間だけ安全に動作させることを目的として,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られるように選択された材料のペアを形成する(段落【0004】【0006】)。かかる材料のペアによれば,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするという異常事態においても,巻上ロープは,トラクションシーブに食い込むため,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られ,エレベータの機能及び信頼性が保証される上,トラクションシーブに使用する材料を巻上ロープの材料より柔軟にすると,巻上ロープ自体が損傷を受ける可能性が相当小さいため,多くの場合,トラクションシーブを交換すればよく,巻上ロープを交換する必要がないため,相当にコストが削減できるという効果を奏する(段落【0006】【0007】)。

(2) 引用文献1の記載

これに対し,引用文献1(甲1)には,引用文献1記載の発明2に関し,以下の事項が記載されている。すなわち,トラクションシーブ本体の溝にゴムなどによる柔軟性のある高摩擦材を取り付けたシーブでは,アンダーカット形トラクションシーブに比べてシーブやロープの摩耗が少なく,振動,騒音の減少を図れるものの,高摩擦材が疲労寿命,高負荷による破壊などのため欠落した場合,速度制御が不能となり,安全装置を作動させてしまうなどの危険があった(1頁13行~3頁9行)。引用文献1記載の発明2は,シーブ本体からゴム材等の高摩擦材が欠落してもエレベータ積載荷重を確保できるトラクションシーブを提供することを目的とする(3頁10~17行)。引用文献1記載の発明2は,何らかの原因によって高摩擦材が欠落した場合であっても,ワイヤロープがU字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることにより,エレベータ積載荷重を確保できるトラクションシーブである(5頁2行~6頁2行)。

(3) 引用文献2の記載

引用文献2(甲2)には,以下の事項が記載されている。すなわち,エレベータのシーブには,ロープがはまり込む溝をV溝あるいはアンダーカット溝にして,ロープが溝底と接触せず,溝の側面と接触させることにより,くさび効果を利用してロープとシーブとの接触面圧を高める方法がある。かかる方法では,くさび効果によりシーブとロープの摩擦力が大きくなるが,逆に摩耗を促進し,寿命が短くなるという欠点があった(1頁右下欄18行~ 2頁左上欄13行)。このシーブの溝部の硬度は,摩耗に対して極めて影響することが知られており,硬度が低いとシーブの摩耗が促進され,硬度が高いとロープの摩耗が促進され,やがてロープを構成している細い素線の断線事故に発展する(3頁左下欄6~15行)。実験により素線断線したロープを分析したところ,ロープを構成している外層線が,シーブとの繰返し接触により徐々に塑性変形し,その表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断線に至る,いわゆる塑性変形による粘性摩耗であることが判明した(4頁左上欄8~17行)。また,実験結果から,ロープの所定硬度に対し,シーブの硬度が一定以上になると,ロープの硬度がシーブの硬度に打ち負けて塑性変形し,やがて素線断線に至ることから,シーブの耐摩耗性を向上させるためシーブの硬度を高くするためには,同時にロープの素線硬度も高くする必要性があることが判明した(4頁左上欄18行~4頁右上欄20行)。そこで,引用文献2記載の技術においては,シーブの溝部の硬度をHB280㎏/㎟以上,ロープの外層線の硬度をHv400㎏/㎟以上とし,かつシーブの硬度をロープの外層線の硬度以下とすることにより,シーブとロープの摩耗寿命を大幅に向上させるとの効果を奏する(特許請求の範囲の請求項1, 4頁右下欄9行~5頁左上欄3行)。

(4) 判断

ア前記(1)によれば,本願発明は,トラクションシーブの表面の被覆材が破壊されたり,消失したりするような異常事態となっても,エレベータの運転に必要な把持力を一時的に確保するように,材料のペアを形成するものであり,被覆材が破壊ないし消失してトラクションシーブとロープが接触すると,巻上ロープに加わるエレベータとカウンタウェイトの応力により,即時にトラクションシーブが変形し,巻上ロープがその中に食い込むことにより,エレベータの落下事故などを防止することを解決課題とするものであって,その解決のために,第2の2(1)記載の構成を採用した。

他方,前記(2)によれば,引用文献1記載の発明2は,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に,巻上ロープがトラクションシーブに入り込んで把持力を確保し,トラクションシーブと巻上ロープが共同して安全確保手段を形成する点では,本願発明と一致しているものの,その構成は,U字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で,くさび効果により,ロープとの強い摩擦力を得ることにより,エレベータの落下事故などを防止するものであって,「材料のペア」及び「即時のトラクションシーブの変形」に関する技術思想の記載又は開示はない。また,前記(3)によれば,引用文献2記載の技術においては,トラクションシーブの表面に被覆材がなく,トラクションシーブの溝の側面のみが,常にロープと接触する溝形状としたエレベータにおいて,巻上ロープ外層線がシーブとの繰り返し接触により徐々に塑性変形し,表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断線に至ることを防止し,より耐摩耗性を高めることを解決課題として,シーブ及びロープの硬度を所定以上のものとする等の構成を採用したものである。

以上のとおり,本願発明は,異常事態が発生した場合に,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませ,シーブとロープとの間に十分な把持力が得られるようにして,エレベータの機能及び信頼性を保証させるものであり,異常事態が発生したときにおける,一時的な把持力の確保を図ることを解決課題とするものである。また,引用文献1記載の発明2も,本願発明と同様に,何らかの原因よって高摩擦材が欠落するような異常事態が生じた場合を想定し,その際,ワイヤロープがU字形またはV字形のトラクションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることによって,エレベータ積載荷重を確保させることを解決課題とする発明である。これに対して,引用文献2記載の技術は,上記のような異常事態が発生した場合における把持力の確保という解決課題を全く想定していない。そうすると,本願発明における引用文献1記載の発明2との相違点に関する構成に至るために,引用文献2記載の技術を適用することは,困難であると解すべきである。

イこれに対し,被告は,引用文献2には,「シーブ3の摩耗寿命は1.8~2.0倍に向上し」との記載があり,シーブの摩耗寿命が向上しているものの,なお摩耗寿命はあり,シーブが多少なりとも摩耗するものであること,また,引用文献2記載の技術においても,シーブにはロープから応力がかかることになり,硬度の高いロープが硬度の低いシーブの溝を摩耗させることにより,ロープがシーブの内部に入り込むことに照らすならば,食い込む状態になると主張する。


しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,本願発明は,「食い込み」が生じる場合について,「摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブ」を駆動装置に対して用いたエレベータにおいて,「被覆材が失われた後に」と特定しており,緊急事態に対応する場合であることが特定されているものと理解するのが合理的である。そうすると,長時間エレベータを使用した結果,経年変化によって摩耗が生じることと,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に巻上ロープがトラクションシーブに食い込むこととは,その前提において相違し,材料のペアを選択することによって確保しようとする目的においても相違するというべきであり,したがって,技術的な意義を異にすると解するのが合理的である。

なお,被告は,本願補正発明についてではあるが,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの最小応力にすら耐えられないような構成を想定することは困難である,当初明細書等には,綱溝形状によってロープが効果的に溝に食い込むことや,被覆材の下に設けた平行溝によってロープが確実に食い込むことが記載されているものの,トラクションシーブが最小応力にすら耐えられずに破損するのであれば,このような綱溝形状や平行溝を設ける意味はないなどとも主張する。しかし,トラクションシーブは,表面に被覆材を備える場合,ロープの応力を面として受け,その力がトラクショ+ンシーブにも面として伝えられるのに対し,被覆材が消失した場合,ロープの応力を線として受けることになるから,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの最小応力に耐えられないような場合を想定することは困難とはいえない。また,本願発明において,ロープを効果的に溝に食い込ませる形状の綱溝や被覆材の下に平行溝が設けられているとしても,なおトラクションシーブに巻上ロープが食い込むことにより把持力が高まるとの構成が排除されるわけではない。

したがって,被告の上記主張は採用することができない。

ウ以上のとおり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づき,容易に着想することができたとはいえない。

3 結論

以上によれば,原告の主張する取消事由1には理由がないが,取消事由2には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあることになる。
よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。

*** 縮小版(なし)・H220104現在の若干のコメント

・新規事項追加判断
とにかく明細書の記載と一般的な文言の「言葉の意味」が重要です。この「言葉の意味」を,「広辞苑」等極めて一般的辞書で立証するのは普通の方法です。最近の私の判決でもありました。
・進歩性判断
進歩性判断は,特許関係の中でもとても難しいです。ただ,いずれにしても,明細書の記載がまず第一の出発点となります。明細書の記載を,どれだけ,客観的に読めるかが,どちらが客観的にみているかが勝負となります。

「引用文献2記載の技術は,上記のような異常事態が発生した場合における把
持力の確保という解決課題を全く想定していない。そうすると,本願発明にお
ける引用文献1記載の発明2との相違点に関する構成に至るために,引用文献
2記載の技術を適用することは,困難であると解すべきである。」

今回の肝は,ここです。
*** 判決全文
平成22(行ケ)10110 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成22年12月28日 知的財産高等裁判所
1
平成22年12月28日判決言渡
平成22年(行ケ)第10110号審決取消請求事件
平成22年11月30日口頭弁論終結
判 決
原 告 コネコーポレイション
訴訟代理人弁理士 香 取 孝 雄
同 北 島 弘 崇
被 告特 許 庁 長 官
指定代理人柳 田 利 夫
同 伊 藤 元 人
同 八 板 直 人
同 紀 本 孝
同 小 林 和 男
主 文
1 特許庁が不服2007-29356号事件について平成21年11月
25日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
2
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「エレベータおよびエレベータのトラクションシーブ」
とする発明について,平成14年2月25日を国際出願日として特許出願(特
願2002-573347号。パリ条約による優先権主張の優先日平成13
年3月19日,優先権主張国フィンランド共和国。以下「本願」といい,国
際出願日における明細書,特許請求の範囲及び図面を「原文明細書等」と,平
成15年9月18日付けの明細書,特許請求の範囲及び図面の翻訳文(甲3)
を「当初明細書等」という。なお,当初明細書等の図1ないし3は,別紙図面
1ないし3のとおりである。)をし,平成18年10月18日付けで拒絶理由
通知を受けたので,平成19年4月24日付けで手続補正書を提出したが,
同年7月23日付けで拒絶査定を受けた。これに対し,原告は,平成19年1
0月29日,拒絶査定に対する審判の請求(不服2007-29356号)を
し,同年11月26日付けで明細書を補正する手続補正書を提出した(以下「本
件補正」という。)。
特許庁は,平成21年11月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし(附加期間90日。以下,単に「審決」という。),その謄本は,
同年12月8日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
(1) 平成19年4月24日付けの手続補正書(甲6)による補正後の本願の
特許請求の範囲(請求項の数11)の請求項1の記載は,次のとおりである(以
下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。
【請求項1】
実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープ
がカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上
の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたト
ラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動さ
3
れて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,少なくとも前記ト
ラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,
該材料のペアによって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた
後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むことを特徴とす
るエレベータ。
(2) 本件補正による特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである
(以下,本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明」という。なお,
下線部分が本件補正部分である。)。
【請求項1】
実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープ
がカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上
の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたト
ラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動さ
れて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,少なくとも前記ト
ラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,
該材料のペアは,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合,
該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損し
て該巻上ロープを把持する材料の組み合わせであることを特徴とするエレベ
ータ。
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,①本件
補正は,新規事項の追加及び独立特許要件違反に当たり許されない,②本願発
明は,実願昭55-24277号(実開昭56-128387号)のマイクロ
フィルム(以下「引用文献1」という。なお,引用文献1の第2図,第3図は,
それぞれ別紙図面4,5のとおりである。)記載の発明及び特開昭54-104
145号公報(以下「引用文献2」という。なお,引用文献2の第2図,第3
4
図は,それぞれ別紙図面6,7のとおりである。)記載の技術に基づいて,容易
に発明をすることができたものであるから,特許を受けることはできないとす
るものである。
(1) 審決は,上記結論①を導くに当たり,引用文献1記載の発明,同発明と
本願補正発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
ア引用文献1記載の発明
実質的に円形の断面を有する複数のワイヤロープ6から成る一連のワイ
ヤロープ6がつり合いおもり8および乗りかご7を懸垂し,溝11を備え
た1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,高摩擦材13で被覆されたト
ラクションシーブ本体3であり,該トラクションシーブ本体3はトラクシ
ョンマシン1によって駆動されて前記一連のワイヤロープ6を動かすエレ
ベータにおいて,前記トラクションシーブ本体3は前記一連のワイヤロー
プ6と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全
確保手段を形成し,該安全確保手段は,前記トラクションシーブ本体3の
表面の高摩擦材13が失われた場合,該トラクションシーブ本体3が前記
ワイヤロープ6によって溝11の接触部14で接触されこの部分で摩擦力
を得ることにより該ワイヤロープ6を把持する安全確保手段であるエレベ
ータ(以下「引用文献1記載の発明1」という。)。
イ本願補正発明と引用文献1記載の発明1の一致点
実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロー
プがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ
以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆さ
れたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によっ
て駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,前記ト
ラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して安全確保手段を形成
し,該安全確保手段は,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われ
5
た場合,該トラクションシーブが該巻上ロープを把持する安全確保手段で
あるエレベータ。
ウ本願補正発明と引用文献1記載の発明1の相違点
トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合の安全確保手段に関
し,本願補正発明では,「少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の
巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアは」,「該トラク
ションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻
上ロープを把持する材料の組み合わせである」のに対し,引用文献1記載
の発明では,「前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)は前
記一連のワイヤロープ6(巻上ロープ)と共同して溝11がV形溝を形成
し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段は」,
「該トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)が前記ワイヤロー
プ6(巻上ロープ)によって溝11の接触部14で接触されこの部分で摩
擦力を得ることにより該ワイヤロープ6(巻上ロープ)を把持する安全確
保手段である点。
(2) また,審決は,上記結論②を導くに当たり,引用文献1記載の発明,同
発明と本願発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
ア引用文献1記載の発明
実質的に円形の断面を有する複数のワイヤロープ6から成る一連のワイ
ヤロープ6がつり合いおもり8および乗りかご7を懸垂し,溝11を備え
た1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,高摩擦材13で被覆されたト
ラクションシーブ本体3であり,該トラクションシーブ本体3はトラクシ
ョンマシン1によって駆動されて前記一連のワイヤロープ6を動かすエレ
ベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブ本体3は前記一連の
ワイヤロープ6と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を
設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記トラクショ
6
ンシーブ本体3の表面の高摩擦材13が失われた後に,前記ワイヤロープ
6は前記トラクションシーブ本体3に溝11の接触部14で接触されて溝
11に直接入り込むエレベータ(以下「引用文献1記載の発明2」という。)。
イ本願発明と引用文献1記載の発明2の一致点
実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロー
プがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ
以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆さ
れたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によっ
て駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,少なく
とも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して安全確保
手段を形成し,該安全確保手段によって,前記トラクションシーブの表面
の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに入
り込むエレベータ。
ウ本願発明と引用文献1記載の発明2の相違点
トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後の安全確保手段に関し,
本願発明では,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロー
プと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアによって,前記巻上ロー
プは前記トラクションシーブに食い込むのに対し,引用文献1記載の発明
では,少なくとも前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)
は前記一連のワイヤロープ6(巻上ロープ)と共同して溝11がV形溝を
形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手
段によって,前記ワイヤロープ6(巻上ロープ)は前記トラクションシー
ブ本体3(トラクションシーブ)に溝11の接触部14で接触されて溝1
1に直接入り込む点。
第3 取消事由に関する原告の主張
審決には,本件補正の適否に係る判断の誤り(取消事由1),本願発明につい
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ての容易想到性判断の誤り(取消事由2)があるから,違法として取り消され
るべきである。
1 取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)
審決は,本件補正が新規事項の追加に当たる,また,本件補正の目的を特許
請求の範囲の減縮とした上で,本願補正発明について独立特許要件を充足しな
いと判断し,本件補正を却下したが,次のとおり誤りがある。
(1) 新規事項の追加について
当初明細書等においては,「巻上ロープはトラクションシーブに食い込む」
と記載されていたところ,「食い込む」とは,部分的に破損させることを意味
する。また,上記「食い込む」は,原文明細書等の「bite(s) into」を翻訳し
たものであるところ,「bite(s) into」とは,表面を食い破って中へ入るという
意味である。そうすると,本件補正は,明りょうでない記載の釈明を目的と
して,巻上ロープがトラクションシーブを傷つけて,すなわち部分的に破損
して,トラクションシーブの内部に入り込むことを,「食い込む」から「部分
的に破損して・・・把持する」と言い換えたものであって,新規事項の追加
には当たらない。
なお,審査官は,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させ
るという意味で用いていたにもかかわらず,審判官は,補正の不可能な段階
になって,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブの溝にはまり込むこ
とを意味すると解釈し,本件補正が新規事項の追加に当たると判断したので
あって,妥当を欠く。また,本件補正が認められなければ,原告は,「bite(s)
into」を的確な表現に補正する機会が与えられず,原文明細書等で明確に記
載された発明について審査を受けることができないこととなり,不測の不利
益を受けることになる。
(2) 独立特許要件について
ア本件補正は,前記(1)のとおり,特許請求の範囲に記載された発明の
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内容を変更することなく,本願発明と引用文献2記載の技術との相違点を
明らかにするためのものであり,明りょうでない記載の釈明を目的とする
ものであるから,独立特許要件を要しない。また,本件補正は,審判官を
して「食い込む」の意味を正確に特定させるために行ったものであり,拒
絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの(平成18年法
律第55号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)17条の2
第4項4号)に当たる。
イ仮に,本件補正の目的が,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであ
ったとしても,本願補正発明は引用文献1記載の発明1及び引用文献2記
載の技術から容易に想到することができるものではないから,独立特許要
件を充足する。すなわち,本願補正発明は,エレベータのトラクションシ
ーブについて,トラクションシーブの被覆材は,カウンタウェイトと最大
積載量による巻上ロープの応力(以下「最大応力」という。)に耐えられる
が,トラクションシーブ本体(トラクションシーブの被覆材以外の部分の
こと。以下同じ。)は,カウンタウェイと乗客1人による巻上ロープの応力
(以下「最小応力」という。)にも耐えられないように設計することにより,
被覆材が失われるか,損傷を受けた場合に,巻上ロープがトラクションシ
ーブ本体を部分的に破損させることで,巻上ロープを保護しつつ,巻上ロ
ープに対する適切な把持力を一時的に確保し,乗客を安全に避難させるこ
とができるものである。
これに対し,引用文献2は,トラクションシーブに被覆材の無いエレベ
ータに関する文献であり,トラクションシーブと巻上ロープの耐寿命性を
向上させるため,溝部の硬度がHB280㎏/㎟のトラクションシーブと
外層線の硬度がHv400㎏/㎟の巻上ロープを用いることが開示されて
いるが,エレベータのトラクションシーブが巻上ロープによって破損する
か否かは,トラクションシーブと巻上ロープの硬度の組み合わせのみによ
9
って決まるものではなく,トラクションシーブが巻上ロープによって加え
られる応力に耐えられるか否かにより決まる。この点,引用文献2におい
ては,トラクションシーブの硬度が最大応力に耐えられるように数値限定
されていることは明らかであり,トラクションシーブが巻上ロープによっ
て破損するようには設計されていない。
また,当業者は,トラクションシーブとロープの耐久性の向上に努める
べく研究開発を行うのが通常であるところ,トラクションシーブの本体の
一部を敢えて脆く設計し,非常事態において,トラクションシーブを犠牲
にすることによって乗客の安全を確保するという本願補正発明の構成は,
容易に着想することができない。
したがって,本願補正発明は,引用文献1記載の発明1及び引用文献2
記載の技術から容易に想到することができないものであり,独立特許要件
を充足する。
2 取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)
(1) 審決は,引用文献2記載の技術の認定において,「ロープ4が硬ければ
変形するのは当然柔らかいシーブ3の方である」と認定し,審査における理
解と異なり,「食い込む」を損傷させるという意味ではなく,凹ませるという
意味で用いており,原告に対する不意打ちに当たる。
また,審決は,引用文献2記載の技術の認定において,一方で,ロープが
シーブに確実に食い込むため,シーブの硬度をロープの硬度より低いものと
した技術が記載されていると認定しながら,他方で,くさび効果を利用して,
ロープがシーブに確実に摩擦力を得ていると認定している。しかし,くさび
効果は,ロープとシーブの接触面圧を高め,押付力を大きくすることで,摩
擦力を大きくするために利用されるものであり,ロープがシーブを凹ませる
と,ロープとシーブの接触面積が増すため,接触面圧が減少して押付力が小
さくなり,それと共に摩擦力も小さくなる。そうすると,くさび効果を利用
10
して確実に摩擦力を得るように構成することと,ロープがシーブを凹ませる
ように構成することとは,技術的に相容れないものであり,審決は,技術的
に矛盾した事項を認定している。
(2) 仮に,審決が,「食い込む」の意味を,摩耗させる又は損傷させるとの
意味で用いているとしても,引用文献2記載の技術は,ロープとシーブの材
料の組み合わせにより摩耗の起こりにくいロープとシーブを実現することを
目的としているのであって,ロープとシーブが摩耗することを前提とした材
料の組み合わせを開示しているのではない。また,引用文献2記載の技術に
おいて,ロープとシーブの耐寿命性を向上させるためには,ロープがシーブ
を破損させる材料の組み合わせであってはならないことは明らかである。
(3) なお,被覆材とトラクションシーブの接触面積は,ロープとトラクシ
ョンシーブの接触面積に比べて非常に大きいので,被覆材があればロープの
応力は,被覆材によって分散され,トラクションシーブが被覆材から受ける
圧力は,ロープから直接的に受ける圧力より著しく低くなる。したがって,
被覆材があれば破損せず,被覆材が無くなれば破損するトラクションシーブ
を実現することができる。また,トラクションシーブ本体の綱溝形状等は,
ロープがトラクションシーブに食い込みやすくするための実施例にすぎない。
(4) 以上のとおり,審決の引用文献2記載の技術の認定には誤りがあり,
本願発明は,引用文献1記載の発明2及び引用文献2記載の技術に基づいて
容易に想到することができるとはいえない。
第4 被告の反論
1 取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)に対し
(1) 新規事項の追加について
原告は,「食う」の意味を殊更取り上げて,「食い込む」が部分的に破損さ
せることを意味すると主張する。しかし,「食い込む」とは,①深く内部に入
り込む,②他の領域へ入り込んで侵す,侵入するとの意味であり,本願発明
11
における「巻上ロープがトラクションシーブに食い込む」とは,巻上ロープ
がトラクションシーブの内部に入り込むことを意味する。他方,「破損」とは,
こわれるとの意味であり,本願補正発明の「トラクションシーブが巻上ロー
プによって少なくとも部分的に破損して」とは,巻上ロープがトラクション
シーブを欠損させる,亀裂を与える,傷つける又は変形させることを意味す
る。そうすると,本件補正は,当初明細書等に記載された事項から導くこと
のできない新たな技術的事項を導入したものであり,新規事項の追加に当た
る。
なお,審査において,「食い込む」が損傷させるとの意味で用いられていた
こともなく,また,「食い込む」の新たな意味が持ち出されたものではない。
また,審決において,補正が適法か否かを判断するに当たり,審査官の解釈
や原文明細書等の記載を参酌すべき理由はない。さらに,原文明細書等にお
ける「bite(s) into」は,表面を食い破って中へ入り込むという意味ではない
し,仮にそのような意味であるとすれば,「食い込む」とは異なる意味である
から,誤訳として訂正することができたのであって,原告が本件補正を却下
されたことにより原文明細書等を的確な表現に補正する機会を奪われたとい
うことはできない。
(2) 独立特許要件について
ア明りょうでない記載の釈明を目的とする補正は,旧特許法17条の2第
4項4号により,審査官が拒絶理由中で特許請求の範囲が明りょうでない
旨を指摘した事項について,その記載を明りょうにする補正を行う場合に
限られている。この点,本件補正において,審査官が「食い込む」の意味
が明りょうでないとの指摘をしたことはなく,本件補正の目的は,明りょ
うでない記載の釈明に当たらない。
イ原告は,本願補正発明について,トラクションシーブの被覆材は,ロー
プの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの
12
最小応力に耐えられないように敢えて設計されていると主張するが,この
ような技術事項は当初明細書等に記載されていない上,その具体的構成を
想定することも困難であり,当初明細書等の記載から自明な事項であると
もいえない。
また,当初明細書等には,綱溝形状によってロープが効果的に溝に食い
込むことや,被覆材の下に設けた平行溝によってロープが確実に食い込む
ことが記載されているものの,トラクションシーブが最小応力に耐えられ
ずに破損するのであれば,このような綱溝形状や平行溝を設ける意味はな
く,このことからも,トラクションシーブ本体はロープの最小応力に耐え
られないように敢えて設計されていることが自明とはいえない。
さらに,引用文献2記載の技術は,シーブの硬度がロープの硬度以下で
ある材料の組み合わせによって,シーブの摩耗寿命が向上しているものの,
なお摩耗寿命はあり,シーブは多少なりとも摩耗により変形するのであっ
て,少なくとも部分的に破損するものといえる。そうすると,引用文献2
記載の技術は,本願補正発明における,トラクションシーブが巻上ロープ
によって少なくとも部分的に破損して巻上ロープを把持する材料の組み合
わせを備えるものといえる。
以上によれば,本願補正発明は,引用文献1記載の発明1及び引用文献
2記載の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもので
あり,独立特許要件を充足しない。
2 取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)に対し
(1) 審決は,引用文献2記載の技術の認定において,「食い込む」を凹ませ
るという意味では用いていない。また,審査官は,拒絶理由通知及び拒絶査
定において,「食い込む」を「損傷させる」という意味では用いておらず,審
査官と審決の「食い込む」の解釈が異なるということもない。
(2) 原告は,引用文献2記載の技術について,ロープがシーブを凹ませれ
13
ば,ロープとシーブの接触面積が増すため接触面圧が減少して押付力が低く
なり,それと共に摩擦力が低くなることは明らかであると主張するが,引用
文献2には,ロープがシーブを凹ませるとの記載はない。仮に,引用文献2
記載の技術において,ロープがシーブを凹ませたとしても,凹ませ具合によ
り,必ずしもロープとシーブの接触面積が増すとはいえない。また,仮に,
ロープとシーブの接触面積が増したとしても,シーブに対するロープ全体の
押付力が低くなるとはいえず,それと共に摩擦力が低くなるともいえない。
したがって,くさび効果を利用して確実に摩擦力を得るように構成するこ
とと,ロープがシーブを凹ませるよう構成することとは,技術的に矛盾する
との原告の主張は,前提に誤りがあり,失当である。
(3) 一般に,引用文献から技術又は発明を認定する際,必ずしも引用文献
に直接記載されている目的が本願発明のものと同じでなければならないとい
う訳ではない。この点に関し,審決は,引用文献2について,ロープとシー
ブの材料の組み合わせにより摩耗の起こりにくいロープとシーブを実現する
との目的が記載されていることを認識した上で,引用文献2記載の事項から
導き出される技術思想として,「少なくとも前記シーブ3は前記ロープ4と共
同して材料のペアを形成し,該材料のペアによって,前記ロープ4は前記シ
ーブ3に確実に食い込むことを前提として,該シーブ3の硬度が該ロープ4
の硬度より低いものとした技術」と認定したのであって,その認定に誤りは
ない。
(4) 引用文献2には,「シーブ3の摩耗寿命は1.8~2.0倍に向上し」
との記載があり,シーブの摩耗寿命が向上しているものの,なお摩耗寿命は
あり,シーブが多少なりとも摩耗するものであることは明らかである。また,
引用文献2記載の技術では,ロープが釣合いおもり及び乗りかごを懸垂し,
シーブは電動機及び減速機によって駆動されてロープを動かすので,シーブ
にはロープから応力がかかり,硬度の高いロープが硬度の低いシーブの溝を
14
摩耗させることにより,ロープがシーブの内部に入り込むこと,すなわち,
食い込むことになる。
(5) 以上によれば,審決における引用文献2記載の技術の認定判断に誤り
はなく,本願発明は,引用文献1記載の発明2及び引用文献2記載の技術に
基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,審決に誤り
はない。
第5 当裁判所の判断
当裁判所は,本件補正の適否については,本件補正は明細書又は図面の全て
の記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技
術的事項を導入するものであり,審決がこれを却下したことに誤りはないが,
本願発明の容易想到性判断については,本願発明は引用文献1記載の発明2及
び引用文献2記載の技術から容易に想到できたとはいえず,審決には,その結
論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。その理由は,以下のとおりであ
る。
1 取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)について
本件補正は,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)について,「該材料のペ
アによって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻
上ロープは前記トラクションシーブに食い込むことを特徴とするエレベータ」
を「該材料のペアは,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合,
該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して
該巻上ロープを把持する材料の組み合わせであることを特徴とするエレベー
タ。」とするものである。そこで,本件補正における付加変更された部分が,旧
特許法17条の2第3項所定の「明細書又は図面・・・に記載した事項の範囲
内」であるか否かについて判断する。
(1) 当初明細書等には,以下の記載がある。
「本発明のエレベータでは,被覆材を設けたトラクションシーブまたは少
15
なくともその外側リムは,トラクションシーブ表面の被覆材が失われた後に
トラクションシーブに巻上ロープを食い込ませる材料で作られている。トラ
クションシーブは,トラクションシーブ材料にロープを効果的に食い込ませ
る材料で作られる。このように,巻上ロープがトラクションシーブ材料に食
い込むため,トラクションシーブの被覆材が失われたり損傷を受けたりとい
った異常事態となっても,エレベータは必要な把持力を保持することができ
る。トラクションシーブおよび巻上ロープは,このように,トラクションシ
ーブ表面の被覆材が失われたという事態となってもトラクションシーブとロ
ープとの間に十分な把持力が得られるように選択された材料のペアを形成す
る。かかる材料のペアによれば,巻上ロープはトラクションシーブに食い込
むため,巻上ロープとトラクションシーブとの間にはエレベータの運転に必
要な把持力が生成される。巻上ロープの材料より柔軟で,巻上ロープをトラ
クションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材料をトラクションシーブに
使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られる。巻上ロープ自体が損傷
を受けることはまずないため,巻上ロープはその特性を維持しながらトラク
ションシーブ材料に食い込む。本発明による方式では,巻上ロープは,トラ
クションシーブの材料に食い込む硬質な細いワイヤで作られていて,これに
より巻上ロープとトラクションシーブとの間には十分な把持力が保持される。
巻上ロープのワイヤは非常に硬質な材料,特に細いスーパーストロングロー
プで作られているため,例えば軟鋼,アルミニウム,鋳鉄,真鍮または他の
材料など,トラクションシーブ材料として妥当なものを用いることによって,
トラクションシーブ表面の被覆材が失われた後でも,巻上ロープとトラクシ
ョンシーブとの間に十分な把持力を生成することが可能である。上述のよう
に巻上ロープをトラクションシーブ自体に食い込み可能とさせるのと同様の
方式で巻上ロープを食い込み可能とさせる挿入体を,トラクションシーブの
被覆材の下に加えることによっても,トラクションシーブと巻上ロープとの
16
間に十分な把持力を確保することが可能である。この場合は,トラクション
シーブと巻上ロープとで,巻上ロープをトラクションシーブ材料に食い込ま
せる材料のペアを形成する必要はない。その代わりに,加えられた挿入体が,
巻上ロープと共同して懸案の材料のペアを形成する。トラクションシーブ表
面の摩擦係数を増大させる被覆材を喪失した場合における,トラクションシ
ーブと巻上ロープとの間の十分な把持力は,トラクションシーブ材料中,綱
溝の被覆材の下にざらざらした粗い領域を設けることによっても確保可能で
あり,この領域は巻上ロープと接触すると十分な把持力を生成する。本発明
の目的は,トラクションシーブ表面の被覆材が失われ,あるいは損傷を受け
るという問題の異常事態となっても本発明によるエレベータを最適な形で長
時間運転させるということではなく,本発明による方式によって必要な期間
だけエレベータを安全に動作させることである。これはエレベータの安全装
置であり,上述の異常事態においてエレベータが確実に一時的に安全な動作
を行うよう,設計されている。トラクションシーブの被覆材が失われ,ある
いは損傷を受けた場合におけるトラクションシーブと巻上ロープとの間の把
持力は,一時的に得られる特性である。つまり,被覆材が損傷を受けた後は,
可能な限り早期にエレベータを保守点検する必要がある。本発明によるエレ
ベータまたはトラクションシーブには,トラクションシーブの被覆材が失わ
れ,あるいは損傷を受けたことを示す信号を生成する検出装置を設けてもよ
い。この検出装置によって,トラクションシーブの被覆材の損傷についての
情報が得られる。」(甲3・【0006】)
(2) 「食い込む」及び「破損」の一般的な意味は,次のとおりである。す
なわち,「食い込む」とは,「①深く内部に入り込む。②他の領域へ入りこん
で侵す。侵入する。」ことを意味し(甲16。広辞苑第三版),他方,「破損」
とは,「やぶれ損ずること。こわれること。」を意味する(乙1。広辞苑第四
版)。
17
そして,上記(1)の「トラクションシーブは,トラクションシーブ材料
にロープを効果的に食い込ませる材料で作られる。」,「巻上ロープの材料より
柔軟で,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材
料をトラクションシーブに使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られ
る。巻上ロープ自体が損傷を受けることはまずないため,巻上ロープはその
特性を維持しながらトラクションシーブ材料に食い込む。」などの詳細な説明
部分を前提とするならば,当初明細書等に記載された「前記巻上ロープは前
記トラクションシーブに食い込む」とは,せいぜい,巻上げロープがトラク
ションシーブの内部に,入り込むことを意味するものであって,トラクショ
ンシーブを欠損させたり,亀裂を入れたり,傷つけたりするなどの態様で変
化させることを含む意味として,説明されていると理解することはできない。
そうすると,本願補正において「該トラクションシーブが前記巻上ロープに
よって少なくとも部分的に破損して」と付加変更された部分は,巻上ロープ
がトラクションシーブを部分的にこわすことを意味し,トラクションシーブ
が欠損したり,亀裂が入ったり,こわれたりする状態に至ることを含むもの
と理解すべきであるから,本件補正は,本件補正前の明細書又は図面のすべ
ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新た
な技術的事項を導入したものというべきである。
(3) これに対し,原告は,審査官は,「食い込む」を,ロープがトラクショ
ンシーブを損傷させるという意味で用いていたにもかかわらず,これを無視
した審判手続きないし審決は妥当を欠くと主張する。しかし,審査官が,「食
い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させるという意味で用いて
いたとは認め難い(甲4,7参照)。また,拒絶査定不服審判において,補正
の適否について判断する場合に,審判官が審査官の文言解釈に拘束されるべ
き理由もない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,本件補正が認められなければ,原文明細書等の「bite(s) into」
18
を的確な表現に補正する機会が得られないことになり,国際出願日において
原文明細書等に外国語で明確に記載された発明について審査を受けることが
できなくなると主張する。しかし,原告は,原文明細書等の「bite(s) into」
について,旧特許法17条の2第2項に基づき,誤訳訂正を目的とする補正
を行う機会がありながら,これを行わなかった以上,翻訳文が出願当初の明
細書とみなされ(特許法184条の6第2項),補正は当該翻訳文の範囲内で
行う必要があるから,原告の上記主張も採用することができない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,審決が,本件補正
を却下したことに誤りはない。
2 取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)について
原告は,審決の引用文献2記載の技術の認定には誤りがあり,本願発明は,
引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づいて容易に想到するこ
とができるものとはいえないと主張する。当裁判所は,原告の上記主張には理
由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。そ
の理由は,以下のとおりである。
(1) 当初明細書等の記載
当初明細書等(甲3)には,本願発明に関し,以下の事項が記載されてい
る。すなわち,従来のトラクションシーブエレベータの運転は,巻上ロープ
であると同時に懸垂ロープでもあるスチールロープが金属製のトラクション
シーブによって動かされる方式に基づいており,トラクションシーブから巻
上ロープへ与えられる駆動力と,制動時におけるトラクションシーブを用い
た制動力とは,トラクションシーブと巻上ロープとの摩擦によって伝達され
る(段落【0001】)。巻上ロープによって伝達される摩擦係数及び把持
力は,トラクションシーブの綱溝の形状を加工するか,綱溝に被覆材を設け
ることにより増加させることができるが,火事などの異常事態において,ト
ラクションシーブ表面の被覆材が燃えたり溶けたりして破壊されると,トラ
19
クションシーブと巻上ロープとの摩擦係数及び把持力は不十分なものとなり,
エレベータ動作が制御不能となり,危険な事態が生ずる(段落【0002】)。
このような問題に対応するため,トラクションシーブの被覆材の下に歯形を
設けて,トラクションシーブと巻上ロープとの間に,被覆材が破壊された後
も良好な把持力を確保する方式が公知であるが,かかる方式では,被覆材が
消失すると巻上ロープが直接トラクションシーブに接触するため,負荷が大
きいと,巻上ロープが損傷を受け,切断の危険がある上,切断を免れたとし
ても,トラクションシーブと巻上ロープの両方を交換する必要が生じ,相当
なコストがかかる(段落【0003】)。本願発明は,上記問題を解決する
ため,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするとい
う異常事態となった場合,エレベータを最適な形で長時間運転させるという
ことではなく,必要な期間だけ安全に動作させることを目的として,トラク
ションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られるように選択され
た材料のペアを形成する(段落【0004】【0006】)。かかる材料の
ペアによれば,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたり
するという異常事態においても,巻上ロープは,トラクションシーブに食い
込むため,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られ,
エレベータの機能及び信頼性が保証される上,トラクションシーブに使用す
る材料を巻上ロープの材料より柔軟にすると,巻上ロープ自体が損傷を受け
る可能性が相当小さいため,多くの場合,トラクションシーブを交換すれば
よく,巻上ロープを交換する必要がないため,相当にコストが削減できると
いう効果を奏する(段落【0006】【0007】)。
(2) 引用文献1の記載
これに対し,引用文献1(甲1)には,引用文献1記載の発明2に関し,
以下の事項が記載されている。すなわち,トラクションシーブ本体の溝にゴ
ムなどによる柔軟性のある高摩擦材を取り付けたシーブでは,アンダーカッ
20
ト形トラクションシーブに比べてシーブやロープの摩耗が少なく,振動,騒
音の減少を図れるものの,高摩擦材が疲労寿命,高負荷による破壊などのた
め欠落した場合,速度制御が不能となり,安全装置を作動させてしまうなど
の危険があった(1頁13行~3頁9行)。引用文献1記載の発明2は,シ
ーブ本体からゴム材等の高摩擦材が欠落してもエレベータ積載荷重を確保で
きるトラクションシーブを提供することを目的とする(3頁10~17行)。
引用文献1記載の発明2は,何らかの原因によって高摩擦材が欠落した場合
であっても,ワイヤロープがU字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の
接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることにより,エレベータ積載荷重
を確保できるトラクションシーブである(5頁2行~6頁2行)。
(3) 引用文献2の記載
引用文献2(甲2)には,以下の事項が記載されている。すなわち,エレ
ベータのシーブには,ロープがはまり込む溝をV溝あるいはアンダーカット
溝にして,ロープが溝底と接触せず,溝の側面と接触させることにより,く
さび効果を利用してロープとシーブとの接触面圧を高める方法がある。かか
る方法では,くさび効果によりシーブとロープの摩擦力が大きくなるが,逆
に摩耗を促進し,寿命が短くなるという欠点があった(1頁右下欄18行~
2頁左上欄13行)。このシーブの溝部の硬度は,摩耗に対して極めて影響
することが知られており,硬度が低いとシーブの摩耗が促進され,硬度が高
いとロープの摩耗が促進され,やがてロープを構成している細い素線の断線
事故に発展する(3頁左下欄6~15行)。実験により素線断線したロープ
を分析したところ,ロープを構成している外層線が,シーブとの繰返し接触
により徐々に塑性変形し,その表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断
線に至る,いわゆる塑性変形による粘性摩耗であることが判明した(4頁左
上欄8~17行)。また,実験結果から,ロープの所定硬度に対し,シーブ
の硬度が一定以上になると,ロープの硬度がシーブの硬度に打ち負けて塑性
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変形し,やがて素線断線に至ることから,シーブの耐摩耗性を向上させるた
めシーブの硬度を高くするためには,同時にロープの素線硬度も高くする必
要性があることが判明した(4頁左上欄18行~4頁右上欄20行)。そこ
で,引用文献2記載の技術においては,シーブの溝部の硬度をHB280㎏
/㎟以上,ロープの外層線の硬度をHv400㎏/㎟以上とし,かつシーブ
の硬度をロープの外層線の硬度以下とすることにより,シーブとロープの摩
耗寿命を大幅に向上させるとの効果を奏する(特許請求の範囲の請求項1,
4頁右下欄9行~5頁左上欄3行)。
(4) 判断
ア前記(1)によれば,本願発明は,トラクションシーブの表面の被覆材
が破壊されたり,消失したりするような異常事態となっても,エレベータ
の運転に必要な把持力を一時的に確保するように,材料のペアを形成する
ものであり,被覆材が破壊ないし消失してトラクションシーブとロープが
接触すると,巻上ロープに加わるエレベータとカウンタウェイトの応力に
より,即時にトラクションシーブが変形し,巻上ロープがその中に食い込
むことにより,エレベータの落下事故などを防止することを解決課題とす
るものであって,その解決のために,第2の2(1)記載の構成を採用し
た。
他方,前記(2)によれば,引用文献1記載の発明2は,トラクション
シーブの表面の被覆材が失われた場合に,巻上ロープがトラクションシー
ブに入り込んで把持力を確保し,トラクションシーブと巻上ロープが共同
して安全確保手段を形成する点では,本願発明と一致しているものの,そ
の構成は,U字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で,くさ
び効果により,ロープとの強い摩擦力を得ることにより,エレベータの落
下事故などを防止するものであって,「材料のペア」及び「即時のトラクシ
ョンシーブの変形」に関する技術思想の記載又は開示はない。また,前記
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(3)によれば,引用文献2記載の技術においては,トラクションシーブ
の表面に被覆材がなく,トラクションシーブの溝の側面のみが,常にロー
プと接触する溝形状としたエレベータにおいて,巻上ロープ外層線がシー
ブとの繰り返し接触により徐々に塑性変形し,表面層が加工硬化してもろ
くなり,やがて断線に至ることを防止し,より耐摩耗性を高めることを解
決課題として,シーブ及びロープの硬度を所定以上のものとする等の構成
を採用したものである。
以上のとおり,本願発明は,異常事態が発生した場合に,巻上ロープを
トラクションシーブに食い込ませ,シーブとロープとの間に十分な把持力
が得られるようにして,エレベータの機能及び信頼性を保証させるもので
あり,異常事態が発生したときにおける,一時的な把持力の確保を図るこ
とを解決課題とするものである。また,引用文献1記載の発明2も,本願
発明と同様に,何らかの原因よって高摩擦材が欠落するような異常事態が
生じた場合を想定し,その際,ワイヤロープがU字形またはV字形のトラ
クションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることによっ
て,エレベータ積載荷重を確保させることを解決課題とする発明である。
これに対して,引用文献2記載の技術は,上記のような異常事態が発生
した場合における把持力の確保という解決課題を全く想定していない。そ
うすると,本願発明における引用文献1記載の発明2との相違点に関する
構成に至るために,引用文献2記載の技術を適用することは,困難である
と解すべきである。
イこれに対し,被告は,引用文献2には,「シーブ3の摩耗寿命は1.8~
2.0倍に向上し」との記載があり,シーブの摩耗寿命が向上しているも
のの,なお摩耗寿命はあり,シーブが多少なりとも摩耗するものであるこ
と,また,引用文献2記載の技術においても,シーブにはロープから応力
がかかることになり,硬度の高いロープが硬度の低いシーブの溝を摩耗さ
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せることにより,ロープがシーブの内部に入り込むことに照らすならば,
食い込む状態になると主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,本
願発明は,「食い込み」が生じる場合について,「摩擦係数を増大させる材
料で被覆されたトラクションシーブ」を駆動装置に対して用いたエレベー
タにおいて,「被覆材が失われた後に」と特定しており,緊急事態に対応す
る場合であることが特定されているものと理解するのが合理的である。そ
うすると,長時間エレベータを使用した結果,経年変化によって摩耗が生
じることと,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に巻上ロ
ープがトラクションシーブに食い込むこととは,その前提において相違し,
材料のペアを選択することによって確保しようとする目的においても相違
するというべきであり,したがって,技術的な意義を異にすると解するの
が合理的である。
なお,被告は,本願補正発明についてではあるが,トラクションシーブ
の被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ
本体は,ロープの最小応力にすら耐えられないような構成を想定すること
は困難である,当初明細書等には,綱溝形状によってロープが効果的に溝
に食い込むことや,被覆材の下に設けた平行溝によってロープが確実に食
い込むことが記載されているものの,トラクションシーブが最小応力にす
ら耐えられずに破損するのであれば,このような綱溝形状や平行溝を設け
る意味はないなどとも主張する。しかし,トラクションシーブは,表面に
被覆材を備える場合,ロープの応力を面として受け,その力がトラクショ
ンシーブにも面として伝えられるのに対し,被覆材が消失した場合,ロー
プの応力を線として受けることになるから,トラクションシーブの被覆材
は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,
ロープの最小応力に耐えられないような場合を想定することは困難とはい
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えない。また,本願発明において,ロープを効果的に溝に食い込ませる形
状の綱溝や被覆材の下に平行溝が設けられているとしても,なおトラクシ
ョンシーブに巻上ロープが食い込むことにより把持力が高まるとの構成が
排除されるわけではない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ以上のとおり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載
の技術に基づき,容易に着想することができたとはいえない。
3 結論
以上によれば,原告の主張する取消事由1には理由がないが,取消事由2に
は理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあることになる。
よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
中 平 健
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裁判官
知 野 明
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(別紙) 図面1 〔当初明細書等図1〕
図面2 〔当初明細書等図2〕
図面3 〔当初明細書等図3〕
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図面4 〔引用文献1 第2図〕
図面5 〔引用文献1 第3図〕
図面6 〔引用文献2 第2図〕 図面7 〔引用文献2 第3図〕