2011年1月11日火曜日

意匠:意匠法4条3項の例外証明書期間徒過に関する「解釈」: (知財高裁平成23年1月11日判決(平成22年(行コ)第10004号異議申立棄却決定取消請求控訴事件))

** 意匠:意匠法4条3項の例外証明書期間徒過に関する「解釈」:
(知財高裁平成23年1月11日判決(平成22年(行コ)第10004号異議申立棄却決定取消請求控訴事件))

知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


*** 縮小版(なし)・H230116現在のコメント
基本は,法定期間徒過には例外はありません。弁護士の世界では少ないですが,特許は行政ですのでかなり多いです。

手続の流れは,覚えておくべきでしょうか。
 手続却下処分
→異議申立て
→棄却決定
→棄却決定取消請求(裁判所へ)となります。


*** 判決原文(引用)
第2 事案の概要(略称は,原判決の略称に従う。)

1 本件は,原審において,控訴人が,意匠登録出願に関し,意匠法4条3項に
規定する新規性喪失の例外証明書を,同条項に規定する「意匠登録出願の日から3
0日以内」の最終日の翌日に提出したところ,特許庁長官から,同証明書が提出期
間の経過後に提出されたものであることを理由として,平成21年2月20日付け
で手続却下の処分(本件却下処分)を受けたので,これに対する異議申立てをした
が,同年8月28日付けで異議申立てを棄却する決定(本件棄却決定)を受けたた
め,本件却下処分の違法を主張して,本件棄却決定の取消しを求めた事案である。

2 原判決は,本件棄却決定の取消しを求める本件訴えにおいては,行政事件訴
訟法10条2項の規定により,本件棄却決定の違法事由として控訴人が主張し得る
のは,本件棄却決定の固有の違法事由(瑕疵)に限られるところ,控訴人は,本件
却下処分の違法を理由として本件棄却決定の取消しを求めるものであって,本件棄
却決定に取消しの理由となるべき違法事由があるとは認められないから,本件棄却
決定は適法であるとして,控訴人の請求を棄却した。

なお,原判決は,念のため,控訴人の主張する本件却下処分の違法についても検
討し,これを適法であるとした。

控訴人は,これを不服として控訴するとともに,当審において,原審における主
張を踏まえて,本件却下処分の取消しを求める請求を追加した。


第4 当裁判所の判断

1 争点1(本件棄却決定は取り消されるべきものか否か)について

この点に対する判断は,原判決12頁5行目から13頁19行目までに説示のと
おりであるから,これを引用する。

2 争点2(本件却下処分は取り消されるべきものか否か)について

この点に対する判断は,原判決16頁4行目の後に,改行して,以下のとおり加
えるほかは,原判決13頁24行目から16頁10行目までに説示のとおりである
から,これを引用する。

「この点について,控訴人は,当審において,旧規則41条は,例外証明書の提
出期間を出願時と定めたものであって,旧特許法,旧規則においても,例外証明書
の提出期間等が明文で定められていたものである,最高裁昭和45年判決は,「最
長想定出願期限」,「最長想定証明書提出期限」なる概念を前提としている,例外
証明書の提出期限が,旧特許法ではなく,旧規則により規定されているとの一事を
もって,最高裁昭和45年判決を無視し,意匠法4条に関し,杓子定規の文理解釈
をすると,意匠法4条改正による出願人の保護強化の趣旨を没却させるなどと主張
する。

しかしながら,旧規則41条は,例外証明書を願書に添付することを定めたのみ
で,その提出期限まで明文で定めていなかったからこそ,最高裁昭和45年判決が
指摘するとおり,出願自体が許される期間までであれば,上記証明書の追完を認め
る余地があるにすぎず,最高裁昭和45年判決は,意匠法4条のように,出願自体
に一定の期間を設けた上で,さらに出願時から一定期間について例外証明書の提出
期間を定めた場合において,出願が許される期間と例外証明書の提出期間とを通算
して,明文規定により許された期間を逸脱した「最長想定証明書提出期限」なる概
念を前提としたものということはできない。

また,意匠法4条は,6か月の出願期間に加え,出願から30日の例外証明書提
出期間を設けているところ,出願期間の範囲内において,出願人自らが出願日を任
意に選択し得るのであるから,その出願日から30日以内に例外証明書の提出を要
求したからといって,出願人の保護に欠けることはない。」

3 結論

以上の次第であるから,控訴人の原・当審における請求を棄却した第1審判決は
相当であって,本件控訴は棄却されるべきものであり,また,控訴人の当審におい
て追加した請求も,棄却されるべきものである。

*** 判決原文(全文)
平成22(行コ)10004 異議申立棄却決定取消請求控訴事件 意匠権 行政訴訟
平成23年01月11日 知的財産高等裁判所

- 1 -
平成23年1月11日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行コ)第10004号異議申立棄却決定取消請求控訴事件(原審・
東京地方裁判所平成22年(行ウ)第92号)
口頭弁論終結日平成22年12月22日
判 決
控 訴 人 X
同訴訟代理人弁護士 田 嶋 春 一
同補佐人弁理士 尾 崎 光 三
被控訴人 国
同代表者法務大臣
処分行政庁 特許庁長官
同指定代理人 川 勝 庸 史
千 葉 智 子
市 川 勉
大 江 摩弥子
天 道 正 和
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人の当審において追加した請求を棄却する。
3 当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 申立て
(控訴の趣旨)
1 原判決を取り消す。
2 意願2008-023307に関し,特許庁長官が平成21年2月20日付
けでした手続却下の処分に対して控訴人がした異議申立てについて,特許庁長官が
- 2 -
平成21年8月28日付けでした異議申立てを棄却する旨の決定を取り消す。
(当審において追加した請求の趣旨)
3 意願2008-023307に関し,特許庁長官が平成21年2月20日付
けでした手続却下の処分を取り消す。
(訴訟費用の負担)
4 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要(略称は,原判決の略称に従う。)
1 本件は,原審において,控訴人が,意匠登録出願に関し,意匠法4条3項に
規定する新規性喪失の例外証明書を,同条項に規定する「意匠登録出願の日から3
0日以内」の最終日の翌日に提出したところ,特許庁長官から,同証明書が提出期
間の経過後に提出されたものであることを理由として,平成21年2月20日付け
で手続却下の処分(本件却下処分)を受けたので,これに対する異議申立てをした
が,同年8月28日付けで異議申立てを棄却する決定(本件棄却決定)を受けたた
め,本件却下処分の違法を主張して,本件棄却決定の取消しを求めた事案である。
2 原判決は,本件棄却決定の取消しを求める本件訴えにおいては,行政事件訴
訟法10条2項の規定により,本件棄却決定の違法事由として控訴人が主張し得る
のは,本件棄却決定の固有の違法事由(瑕疵)に限られるところ,控訴人は,本件
却下処分の違法を理由として本件棄却決定の取消しを求めるものであって,本件棄
却決定に取消しの理由となるべき違法事由があるとは認められないから,本件棄却
決定は適法であるとして,控訴人の請求を棄却した。
なお,原判決は,念のため,控訴人の主張する本件却下処分の違法についても検
討し,これを適法であるとした。
控訴人は,これを不服として控訴するとともに,当審において,原審における主
張を踏まえて,本件却下処分の取消しを求める請求を追加した。
3 控訴人の本件各請求について判断する前提となる事実は,原判決2頁15行
目から4頁2行目までに摘示のとおりであるから,これを引用する。
- 3 -
4 本件訴訟の争点
(1) 本件棄却決定は取り消されるべきものか否か(争点1)
(2) 本件却下処分は取り消されるべきものか否か(争点2)
第3 当事者の主張
1 原審における主張
当事者の原審における主張は,原判決4頁4行目から12頁2行目までに摘示の
とおりであるから,これを引用する。
2 当審における主張
〔控訴人の主張〕
(1) 本件却下処分の違法事由について
原判決は,本件棄却決定の取消しを求めた控訴人の請求について,本件却下処分
の違法を理由として,本件棄却決定の取消しを求めることはできないから,控訴人
の主張は,主張自体失当であると判断した。
したがって,控訴人は,控訴審において,本件却下処分の取消しを求める請求を
追加するものであり,同処分の違法事由は,原審において主張したとおり,「最長
想定証明書提出期限」の範囲内であれば,意匠法4条3項の規定する「意匠登録出
願の日から30日以内」を超えて,本件証明書の追完が認められるべきであるとこ
ろ,これを却下した本件却下処分は,同条の解釈適用を誤ったのみならず,最高裁
昭和45年判決にも反するものであるから,取消しを免れないというものである。
(2) 最高裁昭和45年判決について
ア原判決は,最高裁昭和45年判決は,新規性喪失の例外証明書の提出に関し
て,提出期間等が法律により明文規定が置かれていなかった旧特許法,旧規則にお
ける事案であるので,提出期間等が意匠法4条3項により明文をもって定められて
いる本件の事案とは,その前提を異にするとする。
しかしながら,旧規則41条の「願書ニ添付スヘシ」との規定は,出願時に例外
証明書を提出すべきであることを定めたものと解されるから,旧特許法,旧規則に
- 4 -
おいても,例外証明書の提出期間等が明文をもって規定されていたものであって,
原判決の解釈は誤りである。
イ最高裁昭和45年判決は,旧規則41条が例外証明書を願書に添付すべきも
のとする点については,特許出願自体が当該事案で問題となった博覧会開会の日か
ら6か月以内は許されるのであるから,仮に出願時に必要書類の添付がないとして
も,6か月以内であれば,その追完を許すものと解すべきであるとするから,同判
決は,「最長想定出願期限」,「最長想定証明書提出期限」なる概念を前提とする
ものである。
ウ最高裁昭和45年判決によると,出願人は,旧規則41条における6か月以
内の法定期間の最終日を任意の出願日として選択し得るところ,意匠法4条2項,
3項では,例外証明書の提出期限について,30日の期間を加えることによって,
出願人保護の強化が図られているのであるから,同条3項における法定期間の30
日に関しても,同条2項における6か月の法定期間の最終日が出願日として選択さ
れた場合における,最長想定証明書提出期限までの期間が許容されると解すべきで
ある。
原判決は,例外証明書の提出期限が,旧特許法ではなく,旧規則により規定され
ているとの一事をもって,最高裁昭和45年判決を無視し,意匠法4条に関し,杓
子定規の文理解釈にとらわれ,旧特許法6条,旧規則41条における解釈との整合
性を犠牲にし,その結果として,意匠法4条改正による出願人の保護強化の趣旨を
没却させる点で,相当ではない。
(3) 小括
以上からすると,本件却下処分は取消しを免れないものである。
〔被控訴人の主張〕
(1) 本件却下処分の違法事由について
意匠法4条3項の定める「意匠登録出願の日から30日以内」という例外証明書
の提出期間の起算日は,その文言のとおり,「意匠登録出願の日」以外に解釈する
- 5 -
余地はなく,「最長想定証明書提出期限」まで,追完を認めるべき理由はない。
したがって,本件却下処分は相当である。
(2) 最高裁昭和45年判決について
ア旧規則41条は,旧特許法6条1項の適用を受けるための要件として,願書
に所定の書面等の添付を求める旨定めているところ,これを添付すべき時期につい
て明文で定めるものではなく,最高裁昭和45年判決も,旧規則41条において,
出願時に必要書類を提出することが定められていることを前提として,博覧会開会
の日から6か月以内の追完を許すと判断したものではない。
イ最高裁昭和45年判決は,旧規則41条に同条所定の書面等の提出期限が定
められていないことから,旧特許法6条1項所定の6か月以内の出願期間内におい
ては,上記書面等の追完が許される旨を判示したにすぎず,それ以上,博覧会開会
の日から6か月が経過しようとする日について,「最長」の「期限」であるなどと
いう格別の意味を見いだし,同日が想定される最長の出願期限であるとか,旧規則
41条所定の書面の最長提出期限であることを認めるかのような判断をしたわけで
はない。
ウ原判決は,例外証明書の提出期限等について,法令に明文規定がなかった旧
特許法,旧規則に係る最高裁昭和45年判決の事案と,意匠法4条3項という明文
規定が置かれている本件とは,前提となる事案が異なるとしたものであり,控訴人
が強調する,法律と規則のいずれにおいて規定が設けられているかを特に考慮して
いるわけではない。
以上からすると,原判決の判断に,何らの誤りはない。
(3) 小括
以上からすると,本件却下処分は,何ら違法ではなく,取り消されるべきもので
はない。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件棄却決定は取り消されるべきものか否か)について
- 6 -
この点に対する判断は,原判決12頁5行目から13頁19行目までに説示のと
おりであるから,これを引用する。
2 争点2(本件却下処分は取り消されるべきものか否か)について
この点に対する判断は,原判決16頁4行目の後に,改行して,以下のとおり加
えるほかは,原判決13頁24行目から16頁10行目までに説示のとおりである
から,これを引用する。
「この点について,控訴人は,当審において,旧規則41条は,例外証明書の提
出期間を出願時と定めたものであって,旧特許法,旧規則においても,例外証明書
の提出期間等が明文で定められていたものである,最高裁昭和45年判決は,「最
長想定出願期限」,「最長想定証明書提出期限」なる概念を前提としている,例外
証明書の提出期限が,旧特許法ではなく,旧規則により規定されているとの一事を
もって,最高裁昭和45年判決を無視し,意匠法4条に関し,杓子定規の文理解釈
をすると,意匠法4条改正による出願人の保護強化の趣旨を没却させるなどと主張
する。
しかしながら,旧規則41条は,例外証明書を願書に添付することを定めたのみ
で,その提出期限まで明文で定めていなかったからこそ,最高裁昭和45年判決が
指摘するとおり,出願自体が許される期間までであれば,上記証明書の追完を認め
る余地があるにすぎず,最高裁昭和45年判決は,意匠法4条のように,出願自体
に一定の期間を設けた上で,さらに出願時から一定期間について例外証明書の提出
期間を定めた場合において,出願が許される期間と例外証明書の提出期間とを通算
して,明文規定により許された期間を逸脱した「最長想定証明書提出期限」なる概
念を前提としたものということはできない。
また,意匠法4条は,6か月の出願期間に加え,出願から30日の例外証明書提
出期間を設けているところ,出願期間の範囲内において,出願人自らが出願日を任
意に選択し得るのであるから,その出願日から30日以内に例外証明書の提出を要
求したからといって,出願人の保護に欠けることはない。」
- 7 -
3 結論
以上の次第であるから,控訴人の原・当審における請求を棄却した第1審判決は
相当であって,本件控訴は棄却されるべきものであり,また,控訴人の当審におい
て追加した請求も,棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣
裁判官 本 多 知 成
裁判官 荒 井 章 光

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特許:容易想到性「事実認定」: (知財高裁23年1月11日判決(平成22年(行ケ)第10160号審決取消請求事件))

** 特許:容易想到性「事実認定」:
(知財高裁23年1月11日判決(平成22年(行ケ)第10160号審決取消請求事件))


知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」

*** 縮小版「事実認定」

「しかしながら,工程数を減らして製造過程を単純化することは,技術者
が常に念頭に置くべき周知の課題であるから,引用発明1において,「離
型処理工程」を省略しようと試みることそれ自体は当業者が普通に行うべ
き課題であるということができる。」(知財高裁23年1月11日判決
(平成22年(行ケ)第10160号審決取消請求事件))

と知財高裁が述べるように,工程数を減らすことは当業者が普通に行うべき課題である。

*** H230115現在のコメント
事実認定の一般化は難しいのですが,このようにという形で引用することは構いません。


*** 判決原文(引用)
第4 当裁判所の判断

1 引用発明2の認定の誤りについて

(1) 引用発明2の内容

ア引用例2によると,引用発明2は,半導体チップなどのチップ状ワークと電
極部材とを固着するための接着剤を,ダイシングする前にワーク(半導体ウェーハ
等)に付設した状態で,ワークをダイシングに供するために用いられるダイシング
・ダイボンドフィルムに係る発明であり(【0001】),ワークをダイシングす
る際の保持力と,ダイシングにより得られるチップ状ワークをそのダイ接着用接着
剤層と一体に剥離するピックアップ時の剥離性とのバランス特性に優れるダイシン
グ・ダイボンドフィルムを提供することなどを目的とするものであって(【000
9】),ダイシング・ダイボンドフィルムの一部を構成する粘着剤層のうち,ダイ
接着用接着剤層上のワーク貼付部分(3a)に位置的に対応する粘着剤層(2a)
は軽剥離が可能な粘着力が相対的に弱い部分とし,他方,ダイ接着用接着剤層上の
ワーク貼付部分以外の部分(3b)に位置的に対応する粘着剤層(2b)は接着剤
層とダイシング時やエキスパンド時に適度に接着して,粘着剤層と接着剤層とが剥
離しないようにした粘着力が相対的に強い部分としたものであって(【0014】
【0015】【0019】~【0022】【0027】【0029】),その粘着
剤層は,粘着剤層(2a)と粘着剤層(2b)とに粘着力の差を設けやすい放射線
硬化型粘着剤により形成されることが好ましく,ワーク貼り付け部(3a)に対応
する粘着剤層(2a)部分にのみ紫外線を照射することによって形成され(【00
23】【0035】【0081】【0084】【0087】),(メタ)アクリル
系ポリマーを主成分として含むものが考えられる(【0038】【0039】)と
の,ダイシング・ダイボンドフィルムの発明である。

イ以上によると,引用発明2は,ワーク貼付部分(3a)に位置的に対応する
粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と,ワーク貼付部分以外の部分(3b)に
位置的に対応する粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)とを設けるもので,粘着
力が異なる2種類の粘着部分(2a)と(2b)とは,互いに異なる領域に各別に
形成されているものであり,また,粘着部分(2b)はダイシング時やエキスパン
ト時の機能を有するものであるのに対し,粘着部分(2a)はチップ状ワークを粘
着剤層から剥離するピックアップ時の機能を有するものであって,この粘着剤層(2
a)が担う軽剥離が可能とするとの機能は,粘着剤層(2b)とは独立した機能の
併存によって達成されるものであるから,粘着剤層(2b)が存在することによっ
て影響を受けるものではなく,粘着剤層(2a)のみによって独自に発揮されるも
のということができる。

そうであるから,引用発明2の課題が,ワークをダイシングする際の保持力と,
ダイシングにより得られるチップ状ワークをピックアップする際の剥離性とのバラ
ンスを考慮したものであることを考慮しても,当業者は,引用発明2の構成に係る
粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)
とをそれぞれ別個の構成のものとして認識することができ,それぞれが有する技術
的意義も個別に認識することができるから,粘着剤層(2a)について,チップ状
ワークを粘着剤層から剥離する時の軽剥離性に着目し,この粘着力が相対的に弱い
ものとして,独立して抽出することができるものということができる。

(2) 小括

したがって,粘着剤層につき,放射線硬化型樹脂を含む材料を紫外線により硬化
させることにより形成されたフィルムであり,(メタ)アクリル系ポリマーを主成
分として含むものである引用発明2につき,粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)
部分に着目して,「半導体ウェーハをダイシングし,半導体チップを得,半導体チ
ップをダイボンドするのに用いられるダイシング・ダイボンドフィルムであって,
イミド系樹脂を含むダイ接着用接着剤層と,前記ダイ接着用接着剤層の一方の面に
貼付された粘着力が低下した粘着剤層とを有し,前記粘着力が低下した粘着剤層は,
放射線硬化型樹脂を含む材料を紫外線により硬化させることにより形成されたフィ
ルムであって,(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含む」発明と認定した
本件審決には誤りはなく,原告の主張は採用することができない。

2 引用発明1に引用発明2を適用できるとした判断の誤りについて

(1) 引用発明1の内容

引用例1によると,引用発明1は,大径の状態で製造された半導体ウェーハをI
Cチップに切断分離(ダイシング)された後に次の工程であるパッケージ用リード
フレームにICチップを載置するダイボンディング工程に移す際,半導体ウェーハ
があらかじめ粘着シートに貼着された状態で,ダイシング,洗浄,乾燥,エキスパ
ンド及びピックアップの各工程が加えられた後,次工程のダイボンディング工程に
移送されるもので(【0002】),このような半導体ウェーハのダイシング工程
からピックアップ工程に至る各工程で用いられる粘着シートとして,ダイシング工
程から乾燥工程まではウェーハチップに対して十分な接着力を有し,他方,ピック
アップ時にはウェーハチップに粘着剤が付着しない程度の接着力を有しているもの
が望まれるものであって(【0003】),前記第2の3(2)アのとおり,「シリコ
ンウェーハをダイシングし,ICチップを得,ICチップをリードフレームに接着
するのに用いられるテープ状のウェーハダイシング・接着用シートであって,ポリ
イミド系接着剤層と,前記ポリイミド系接着剤層の一方の面に貼付された,離型処
理を施されたポリイミド用工程フィルムとを有し,前記ポリイミド用工程フィルム
の側面が,感圧性接着剤層及び前記ポリイミド系接着剤層のうちのいずれによって
も覆われていない,ウェーハダイシング・接着用シート」との発明である。

(2) 剥離処理工程の省略

ところで,引用発明1において「ポリイミド用工程フィルム」に離型処理が施さ
れるのは,ポリイミド用工程フィルムの特性としては,ダイシング工程等において
は必要十分な接着力を有し,他方,ピックアップ工程においては必要十分な剥離性
を有するものであることが求められているからである。

しかしながら,工程数を減らして製造過程を単純化することは,技術者が常に念
頭に置くべき周知の課題であるから,引用発明1において,「離型処理工程」を省
略しようと試みることそれ自体は当業者が普通に行うべき課題であるということが
できる。

そして,引用例2の記載事項から粘着力が相対的に弱い部分を抜き出すことに問
題がないことは前記説示のとおりであるから,引用発明1の離型処理を施されたポ
リイミド用工程フィルムについて,その「離型処理」を省略しようと試みる当業者
が,引用発明1と同様のダイシング・ダイボンドフィルムに関する引用発明2に係
る引用例2に接した場合,前記(1)のとおりの粘着剤層(2a)が離型処理を行わな
くともピックアップ工程に必要十分な剥離性を有することに着目するのはごく自然
であって,このような引用発明2を引用発明1に適用することは容易に想到するこ
とができるものということができる。

(3) 原告の主張について

この点について,原告は,引用発明1では,もともと粘着力が非常に低く,離型
性に優れているポリエチレンナフタレート樹脂やポリエチレンテレフタレート樹脂
などからなるポリイミド用工程フィルムの離型性を更に向上するために,ポリイミ
ド用工程フィルムに離型処理を施して使用しているのであるから,引用発明1にお
いて,ポリイミド用工程フィルムの離型処理工程を省略するために,ポリイミド用
工程フィルムよりも粘着力が高い引用発明2の(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成
分として含む非粘着フィルムに置き換えようとすることは,技術的に矛盾した行為
であって,当業者として試みることがないものであると主張する。

しかしながら,仮に,引用発明2の(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成分して含
む非粘着フィルムの粘着力が,引用発明1におけるポリイミド用工程フィルムの粘
着力よりも高いものであるとしても,引用発明1においては,ピックアップ工程時,
ピックアップに必要十分な剥離性が確保されていればよいものであるところ,前記
1のとおり,引用発明2においては,紫外線によって硬化された粘着剤層(2a)
がピックアップ時の軽剥離が可能な粘着力が相対的に弱い部分であるとされている
のであるから,引用発明2に接した当業者であれば,引用発明1の離型処理工程に
代えて,引用発明2の粘着剤層(2a)を採用することも,容易に想到することが
できたものということができ,このように想到するに際して,引用発明1のポリイ
ミド用工程フィルムの粘着力と,引用発明2の(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成
分とする非粘着フィルムの粘着力とに差異があることが妨げとなるとは解されない
から,原告の主張は採用することができない。

(4) 小括

したがって,引用発明1と同様にダイシング・ダイボンディングフィルムに関す
る引用発明2に係る引用例2に接した当業者が,引用発明1のポリイミド用工程フ
ィルムに離型処理を施す代わりに,引用発明2を適用して,ダイボンディングフィ
ルムの一方の面に貼付されるフィルムを,光硬化性樹脂を光硬化させることにより
形成され,(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成分として含む非粘着フィルムとする
ことに格別の創意は必要とされないとし,当業者において,本件相違点が容易想到
であるとした本件審決の判断に誤りはない。

3 結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

*** 判決原文(全文)
平成22(行ケ)10160 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年01月11日 知的財産高等裁判所

- 1 -
平成23年1月11日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10160号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年12月22日
判 決
原 告 積水化学工業株式会社
同訴訟代理人弁理士 宮 崎 主 税
目 次 誠
中 山 和 俊
石 村 知 之
被 告 特許庁長官
同指定代理人 佐々木 一 浩
所 村 美 和
豊 原 邦 雄
紀 本 孝
豊 田 純 一
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2009-18170号事件について平成22年3月30日にした
審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件補正後の発明の要
旨を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同
請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記
- 2 -
3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案
である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件出願(甲6)及び拒絶査定
発明の名称:ダイシング・ダイボンディングテープ及び半導体チップの製造方法
国際出願番号:PCT/JP2008/50407
国内出願番号:特願2008-526309号(甲7)
国際出願日:平成20年1月16日
特許協力条約に基づく優先権主張日:平成19年4月19日及び同年7月19日
手続補正日:平成22年2月9日付け(甲8。以下「本件補正」という。)
拒絶査定:平成21年6月24日付け
(2) 審判手続及び本件審決
審判請求日:平成21年9月28日(不服2009-18170号)
審決日:平成22年3月30日
審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
審決謄本送達日:平成22年4月19日
2 本願発明の要旨
本件審決が判断の対象とした本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載され
た発明(以下「本願発明」という。)の要旨は,以下のとおりである。なお,「/」
は,原文における改行箇所である。
半導体ウェーハをダイシングし,半導体チップを得,半導体チップをダイボンデ
ィングするのに用いられるダイシング・ダイボンディングテープであって,/ダイ
ボンディングフィルムと,前記ダイボンディングフィルムの一方の面に貼付された
非粘着フィルムとを有し,/前記非粘着フィルムは,光硬化性樹脂又は熱硬化性樹
脂を含む材料を光硬化又は熱硬化させることにより形成された非粘着フィルムであ
って,(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成分として含み,/前記非粘着フィルムの
- 3 -
側面が,粘着性を有する粘着剤層及び前記ダイボンディングフィルムの内のいずれ
によっても覆われていないことを特徴とする,ダイシング・ダイボンディングテー

3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例1に記載された
発明(以下「引用発明1」という。)に下記イの引用例2に記載された発明(以下
「引用発明2」という。)を適用することにより,当業者が容易に発明をすること
ができたものであって,特許法29条2項の規定に該当するものであるから,特許
を受けることができない,というものである。
ア引用例1:特開平9-266183号公報(甲1)
イ引用例2:特開2004-134689号公報(甲2)
(2) 本件審決が認定した引用発明1並びに本願発明と引用発明1との一致点及
び相違点(以下「本件相違点」という。)は,次のとおりである。
ア引用発明1:シリコンウェーハをダイシングし,ICチップを得,ICチッ
プをリードフレームに接着するのに用いられるテープ状のウェーハダイシング・接
着用シートであって,ポリイミド系接着剤層と,前記ポリイミド系接着剤層の一方
の面に貼付された,離型処理を施されたポリイミド用工程フィルムとを有し,前記
ポリイミド用工程フィルムの側面が,感圧性接着剤層及び前記ポリイミド系接着剤
層のうちのいずれによっても覆われていない,ウェーハダイシング・接着用シート
イ一致点:半導体ウェーハをダイシングし,半導体チップを得,半導体チップ
をダイボンディングするのに用いられるダイシング・ダイボンディングテープであ
って,ダイボンディングフィルムと,前記ダイボンディングフィルムの一方の面に
貼付され,半導体ウェーハと共にダイシングされた後,ダイボンディングフィルム
から剥離されるフィルムとを有し,前記フィルムの側面が,粘着性を有する粘着剤
層及び前記ダイボンディングフィルムのうちのいずれによっても覆われていない,
ダイシング・ダイボンディングテープである点
- 4 -
ウ相違点:ダイボンディングフィルムの一方の面に貼付されるフィルムが,本
願発明では光硬化性樹脂又は熱硬化性樹脂を含む材料を光硬化又は熱硬化させるこ
とにより形成された非粘着フィルムであって,(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成
分として含むのに対し,引用発明1では離型処理を施されたポリイミド用工程フィ
ルムである点
(3) なお,「ダイシング」とは,半導体ウェーハを小さな方形あるいは立方体状
に切断加工することをいい(「マグローヒル科学技術用語大辞典第3版」株式会社
日刊工業新聞社発行),「ダイボンディング」とは,半導体チップ(ダイ)をリー
ドフレームやパッケージに固定することをいう(「半導体大事典」株式会社工業調
査会発行)。
4 取消事由
本件相違点についての判断の誤り
(1) 引用発明2の認定の誤り
(2) 引用発明1に引用発明2を適用できるとした判断の誤り
第3 当事者の主張
〔原告の主張〕
(1) 引用発明2の認定の誤りについて
ア本件審決は,引用例2には,「半導体ウェーハをダイシングし,半導体チッ
プを得,半導体チップをダイボンドするのに用いられるダイシング・ダイボンドフ
ィルムであって,イミド系樹脂を含むダイ接着用接着剤層と,前記ダイ接着用接着
剤層の一方の面に貼付された粘着力が低下した粘着剤層とを有し,前記粘着力が低
下した粘着剤層は,放射線硬化型樹脂を含む材料を紫外線により硬化させることに
より形成されたフィルムであって,(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含
むこと」が記載されているとした。
イしかしながら,引用例2(【0009】【0014】【0020】【002
3】【0038】【0039】【0101】)によると,引用発明2の技術的意義
- 5 -
は,ダイ接着用接着剤層のワーク貼り付け部分(3a)に対応して粘着力が相対的
に弱い部分(2a)と,ワーク貼り付け部分(3a)以外の部分(3b)に対応し
て粘着力が相対的に強い部分(2b)とを有し,粘着力が相対的に弱い部分(2a)
が(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含んでいる粘着剤層を採用し,ワー
クをダイシングする際の保持力と,ダイシングにより得られるチップ状ワークをそ
のダイ接着用接着剤層と一体に剥離する際の剥離性とのバランス特性を改善したこ
とにあるものであって,引用例2には,粘着剤層(2a)を粘着剤層(2b)から
切り離して単独で存在させることが記載も示唆もされていないことからしても,引
用発明2において,粘着力が相対的に弱い部分(2a)と,粘着力が相対的に強い
部分(2b)とは,独立して存在し得るものではなく,協働する一体不可分の要素
として存在するものである。
したがって,粘着剤層から,粘着力が相対的に弱い部分(2a)のみを意図的に
抽出し,引用発明2を認定した本件審決には誤りがある。
(2) 引用発明1 に引用発明2を適用できるとした判断の誤りについて
ア剥離処理工程の省略
(ア) 本件審決は,引用発明1のポリイミド用工程フィルムには離型処理が施さ
れており,このようなフィルムを用意するには離型処理工程を経る必要があるとこ
ろ,工程数を減らして製造過程を単純化することは技術者が常に念頭に置くべき周
知の課題であることから,ポリイミド用工程フィルムに求められるダイボンディン
グフィルムに対する剥離性を保ちながらポリイミド用工程フィルムの離型処理工程
を省略する方法を模索することは,当業者が当然に行うものであるとした上で,ダ
イシング・ダイボンディングテープに関する引用例2に接した当業者が,引用発明
1のポリイミド用工程フィルムに離型処理を施す代わりに,引用発明2を適用し,
ダイボンディングフィルムの一方の面に貼付されるフィルムを,光硬化性樹脂を光
硬化させることにより形成され,(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成分として含む
非粘着フィルムとすることには,格別の創意を必要とせず,引用発明2を引用発明
- 6 -
1に適用して,本件相違点に係る本願発明の構成とすることは容易に想到すること
ができるとした。
(イ) しかしながら,当業者が引用発明1におけるポリイミド用工程フィルムの
離型処理工程を省略しようとするのであれば,これを省略してもポリイミド用工程
フィルムに求められるダイボンディングフィルムに対する剥離性を保ち得ることが
必須となるから,ポリイミド用工程フィルムに離型処理を行った場合と同等又はそ
れ以上の離型性を有するフィルムをポリイミド用工程フィルムの代替品として用い
ようとするのは当然である。
ところで,引用例1に記載されているポリエチレンナフタレート樹脂やポリエチ
レンテレフタレート樹脂などからなるポリイミド用工程フィルムは,引用発明2の
(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含む非粘着フィルムよりも低い粘着力
を有しているにすぎない。
引用発明1では,そのように粘着力が非常に低く,離型性に優れているポリエチ
レンナフタレート樹脂やポリエチレンテレフタレート樹脂などからなるポリイミド
用工程フィルムの離型性を更に向上するために,ポリイミド用工程フィルムに離型
処理を施して使用しているのであるから,引用発明1におけるポリイミド用工程フ
ィルムの離型処理工程を省略するために,ポリイミド用工程フィルムよりも粘着力
が高い引用発明2の(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成分として含む非粘着フィル
ム(甲9)に置き換えようとすることは,技術的に矛盾した行為であり,当業者と
して試みることがないものであって,本件審決の判断には誤りがある。
イ引用例2の記載事項から粘着力が相対的に弱い部分を抜き出すこと
また,上記(1)のとおり,粘着剤層のうち,粘着力が相対的に弱い部分(2a)を
粘着剤層から抜き出すことは,引用発明2の技術的意義を損なうものであって,自
然な発想ということはできず,粘着剤層全体から意図的に抽出された粘着剤層(2
a)を本願発明の進歩性の判断の基礎とすることはできない。
(3) 小括
- 7 -
以上のとおり,①引用発明1のポリイミド用工程フィルムを,引用例1に記載さ
れてない他の材料からなるフィルムに置き換えること,②引用例2の粘着力が相対
的に弱い部分(2a)を粘着剤層から抜き出すことのいずれもが,技術的に不自然
な発想であり,かつ,引用例1及び2には,そのようにすることに対する動機付け
が何ら記載されていないものであるから,引用発明2の粘着力が相対的に弱い部分
(2a)を粘着剤層から抜き出し,引用発明1のポリイミド用工程フィルムを,そ
の粘着力が相対的に弱い部分(2a)に置き換えることには,当業者といえども容
易に想到することができないというべきである。
したがって,引用発明1の離型処理を施されたポリイミド用工程フィルムを,引
用発明2に基づいて,光硬化樹脂を光硬化させることにより形成され,(メタ)ア
クリル樹脂架橋体を主成分として含む非粘着フィルムと代替することに格別の創意
は必要とされないとした本件審決の判断は誤っている。
〔被告の主張〕
(1) 引用発明2の認定の誤りについて
ア引用例2(【0014】)によると,粘着剤層(2a)はワーク貼り付け部
分(3a)に対応し,粘着剤層(2b)はそれ以外の部分に対応し,それぞれ異な
る領域に形成されるものであり,また,粘着剤層(2a)はピックアップ時の剥離
性,粘着剤層(2b)はダイシング時やエキスパンド時の保持力という異なる機能
を有するものであって,粘着剤層としては別々のものとして認識することができる。
そして,引用発明1において,ポリイミド用工程フィルムに離型処理工程を施す
ことなく剥離が可能となる方法を模索する当業者が引用例2を見た場合,剥離性と
いう引用発明1が必要とする機能を有する粘着剤層(2a)に着目し,それを採用
しようと試みることは自然なことであるし,また,引用例2には,粘着剤層(2a)
の部分のみにダイ接着用接着剤層を設けてウェーハを貼り付けることが記載されて
いること(【0029】及び図3)からして,粘着剤層(2a)と粘着剤層(2b)
の両方がなければ,ウェーハを貼り付けることができないものでもない。
- 8 -
イしたがって,粘着剤層(2a)と粘着剤層(2b)とを常に一体不可分でし
か抽出できないとする原告の主張は理由がなく,引用例2には,粘着剤層(2a),
すなわち本件審決が認定した「粘着力が低下した粘着剤層」が記載されているもの
であって,本件審決に誤りはない。
(2) 引用発明1に引用発明2を適用できるとした判断の誤りについて
ア剥離処理工程の省略
(ア) 引用例1における「ポリイミド用工程フィルム」に求められる特性は,ダ
イシング工程等に必要十分な接着力を有し,かつ,ピックアップ工程に必要十分な
剥離性を有するものであり,本件審決が説示する「ポリイミド用工程フィルムに求
められるダイボンディングフィルムに対する剥離性」とは,上記のようなピックア
ップ工程に必要十分な剥離性を意味するものであって,原告が主張するような「ポ
リイミド用工程フィルムに離型処理を行った場合と同等又はそれ以上の離型性」の
みを意味するものではない。
そして,工程数を減らして製造過程を単純化することは,技術者が常に念頭に置
くべき周知の課題であって,離型処理工程を省略しようと試みることは当業者が普
通に行うべき課題である。
(イ) そうすると,仮に,引用発明1の剥離処理工程を施したポリイミド用工程
フィルムよりも,本願発明の(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成分として含む非粘
着フィルムの粘着力が高い場合があったとしても,引用発明1においては,ピック
アップ工程に必要十分な剥離性が確保されていればよいことになる。
そして,引用例2には,粘着剤層(2a)に離型処理を施すことについては何ら
記載されておらず,かつ,粘着剤層(2a)において,ピックアップ時の軽剥離が
可能であることが記載されているのである(【0014】)から,引用発明1及び
2に接した当業者であれば,離型処理工程を省略するために,ポリイミド用工程フ
ィルムに代えて,引用発明2の粘着剤層(2a)を採用することは,格別の創意を
要することなく容易に行うことができたものである。
- 9 -
イ引用例2の記載事項から粘着力が相対的に弱い部分を抜き出したこと
上記(1)のとおり,引用例2の記載事項のうちから粘着剤層(2a)のみを抽出す
ることができるものであり,引用発明1と引用発明2とは,いずれもダイシング・
ダイボンディングフィルムという同一の技術分野に属し,ピックアップ工程におい
て剥離を可能とするという共通の機能を有するものである。
また,引用発明1において,ポリイミド用工程フィルムは,ポリイミド系接着剤
と共に用いられるものであるが,引用例2の【0063】には,ダイ接着剤として
熱可塑性樹脂であるイミド系樹脂を用いることが記載されているように,引用例2
記載の粘着剤層(2a)もポリイミド系接着剤と共に用いることができるものであ
るから,引用発明1に引用発明2を適用できないとする特段の事情もない。
(3) 小括
以上によると,引用発明1及び2に接した当業者にとって,引用例1のポリイミ
ド用工程フィルムの剥離処理工程を省略するために,同一の技術分野に属し,かつ,
機能が共通する引用例2記載の粘着剤層(2a)を採用することは,各別の創意を
要することなく容易に想到し得たものであって,本件審決の判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
1 引用発明2の認定の誤りについて
(1) 引用発明2の内容
ア引用例2によると,引用発明2は,半導体チップなどのチップ状ワークと電
極部材とを固着するための接着剤を,ダイシングする前にワーク(半導体ウェーハ
等)に付設した状態で,ワークをダイシングに供するために用いられるダイシング
・ダイボンドフィルムに係る発明であり(【0001】),ワークをダイシングす
る際の保持力と,ダイシングにより得られるチップ状ワークをそのダイ接着用接着
剤層と一体に剥離するピックアップ時の剥離性とのバランス特性に優れるダイシン
グ・ダイボンドフィルムを提供することなどを目的とするものであって(【000
9】),ダイシング・ダイボンドフィルムの一部を構成する粘着剤層のうち,ダイ
- 10 -
接着用接着剤層上のワーク貼付部分(3a)に位置的に対応する粘着剤層(2a)
は軽剥離が可能な粘着力が相対的に弱い部分とし,他方,ダイ接着用接着剤層上の
ワーク貼付部分以外の部分(3b)に位置的に対応する粘着剤層(2b)は接着剤
層とダイシング時やエキスパンド時に適度に接着して,粘着剤層と接着剤層とが剥
離しないようにした粘着力が相対的に強い部分としたものであって(【0014】
【0015】【0019】~【0022】【0027】【0029】),その粘着
剤層は,粘着剤層(2a)と粘着剤層(2b)とに粘着力の差を設けやすい放射線
硬化型粘着剤により形成されることが好ましく,ワーク貼り付け部(3a)に対応
する粘着剤層(2a)部分にのみ紫外線を照射することによって形成され(【00
23】【0035】【0081】【0084】【0087】),(メタ)アクリル
系ポリマーを主成分として含むものが考えられる(【0038】【0039】)と
の,ダイシング・ダイボンドフィルムの発明である。
イ以上によると,引用発明2は,ワーク貼付部分(3a)に位置的に対応する
粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と,ワーク貼付部分以外の部分(3b)に
位置的に対応する粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)とを設けるもので,粘着
力が異なる2種類の粘着部分(2a)と(2b)とは,互いに異なる領域に各別に
形成されているものであり,また,粘着部分(2b)はダイシング時やエキスパン
ト時の機能を有するものであるのに対し,粘着部分(2a)はチップ状ワークを粘
着剤層から剥離するピックアップ時の機能を有するものであって,この粘着剤層(2
a)が担う軽剥離が可能とするとの機能は,粘着剤層(2b)とは独立した機能の
併存によって達成されるものであるから,粘着剤層(2b)が存在することによっ
て影響を受けるものではなく,粘着剤層(2a)のみによって独自に発揮されるも
のということができる。
そうであるから,引用発明2の課題が,ワークをダイシングする際の保持力と,
ダイシングにより得られるチップ状ワークをピックアップする際の剥離性とのバラ
ンスを考慮したものであることを考慮しても,当業者は,引用発明2の構成に係る
- 11 -
粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)と粘着力が相対的に強い粘着剤層(2b)
とをそれぞれ別個の構成のものとして認識することができ,それぞれが有する技術
的意義も個別に認識することができるから,粘着剤層(2a)について,チップ状
ワークを粘着剤層から剥離する時の軽剥離性に着目し,この粘着力が相対的に弱い
ものとして,独立して抽出することができるものということができる。
(2) 小括
したがって,粘着剤層につき,放射線硬化型樹脂を含む材料を紫外線により硬化
させることにより形成されたフィルムであり,(メタ)アクリル系ポリマーを主成
分として含むものである引用発明2につき,粘着力が相対的に弱い粘着剤層(2a)
部分に着目して,「半導体ウェーハをダイシングし,半導体チップを得,半導体チ
ップをダイボンドするのに用いられるダイシング・ダイボンドフィルムであって,
イミド系樹脂を含むダイ接着用接着剤層と,前記ダイ接着用接着剤層の一方の面に
貼付された粘着力が低下した粘着剤層とを有し,前記粘着力が低下した粘着剤層は,
放射線硬化型樹脂を含む材料を紫外線により硬化させることにより形成されたフィ
ルムであって,(メタ)アクリル系ポリマーを主成分として含む」発明と認定した
本件審決には誤りはなく,原告の主張は採用することができない。
2 引用発明1に引用発明2を適用できるとした判断の誤りについて
(1) 引用発明1の内容
引用例1によると,引用発明1は,大径の状態で製造された半導体ウェーハをI
Cチップに切断分離(ダイシング)された後に次の工程であるパッケージ用リード
フレームにICチップを載置するダイボンディング工程に移す際,半導体ウェーハ
があらかじめ粘着シートに貼着された状態で,ダイシング,洗浄,乾燥,エキスパ
ンド及びピックアップの各工程が加えられた後,次工程のダイボンディング工程に
移送されるもので(【0002】),このような半導体ウェーハのダイシング工程
からピックアップ工程に至る各工程で用いられる粘着シートとして,ダイシング工
程から乾燥工程まではウェーハチップに対して十分な接着力を有し,他方,ピック
- 12 -
アップ時にはウェーハチップに粘着剤が付着しない程度の接着力を有しているもの
が望まれるものであって(【0003】),前記第2の3(2)アのとおり,「シリコ
ンウェーハをダイシングし,ICチップを得,ICチップをリードフレームに接着
するのに用いられるテープ状のウェーハダイシング・接着用シートであって,ポリ
イミド系接着剤層と,前記ポリイミド系接着剤層の一方の面に貼付された,離型処
理を施されたポリイミド用工程フィルムとを有し,前記ポリイミド用工程フィルム
の側面が,感圧性接着剤層及び前記ポリイミド系接着剤層のうちのいずれによって
も覆われていない,ウェーハダイシング・接着用シート」との発明である。
(2) 剥離処理工程の省略
ところで,引用発明1において「ポリイミド用工程フィルム」に離型処理が施さ
れるのは,ポリイミド用工程フィルムの特性としては,ダイシング工程等において
は必要十分な接着力を有し,他方,ピックアップ工程においては必要十分な剥離性
を有するものであることが求められているからである。
しかしながら,工程数を減らして製造過程を単純化することは,技術者が常に念
頭に置くべき周知の課題であるから,引用発明1において,「離型処理工程」を省
略しようと試みることそれ自体は当業者が普通に行うべき課題であるということが
できる。
そして,引用例2の記載事項から粘着力が相対的に弱い部分を抜き出すことに問
題がないことは前記説示のとおりであるから,引用発明1の離型処理を施されたポ
リイミド用工程フィルムについて,その「離型処理」を省略しようと試みる当業者
が,引用発明1と同様のダイシング・ダイボンドフィルムに関する引用発明2に係
る引用例2に接した場合,前記(1)のとおりの粘着剤層(2a)が離型処理を行わな
くともピックアップ工程に必要十分な剥離性を有することに着目するのはごく自然
であって,このような引用発明2を引用発明1に適用することは容易に想到するこ
とができるものということができる。
(3) 原告の主張について
- 13 -
この点について,原告は,引用発明1では,もともと粘着力が非常に低く,離型
性に優れているポリエチレンナフタレート樹脂やポリエチレンテレフタレート樹脂
などからなるポリイミド用工程フィルムの離型性を更に向上するために,ポリイミ
ド用工程フィルムに離型処理を施して使用しているのであるから,引用発明1にお
いて,ポリイミド用工程フィルムの離型処理工程を省略するために,ポリイミド用
工程フィルムよりも粘着力が高い引用発明2の(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成
分として含む非粘着フィルムに置き換えようとすることは,技術的に矛盾した行為
であって,当業者として試みることがないものであると主張する。
しかしながら,仮に,引用発明2の(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成分して含
む非粘着フィルムの粘着力が,引用発明1におけるポリイミド用工程フィルムの粘
着力よりも高いものであるとしても,引用発明1においては,ピックアップ工程時,
ピックアップに必要十分な剥離性が確保されていればよいものであるところ,前記
1のとおり,引用発明2においては,紫外線によって硬化された粘着剤層(2a)
がピックアップ時の軽剥離が可能な粘着力が相対的に弱い部分であるとされている
のであるから,引用発明2に接した当業者であれば,引用発明1の離型処理工程に
代えて,引用発明2の粘着剤層(2a)を採用することも,容易に想到することが
できたものということができ,このように想到するに際して,引用発明1のポリイ
ミド用工程フィルムの粘着力と,引用発明2の(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成
分とする非粘着フィルムの粘着力とに差異があることが妨げとなるとは解されない
から,原告の主張は採用することができない。
(4) 小括
したがって,引用発明1と同様にダイシング・ダイボンディングフィルムに関す
る引用発明2に係る引用例2に接した当業者が,引用発明1のポリイミド用工程フ
ィルムに離型処理を施す代わりに,引用発明2を適用して,ダイボンディングフィ
ルムの一方の面に貼付されるフィルムを,光硬化性樹脂を光硬化させることにより
形成され,(メタ)アクリル樹脂架橋体を主成分として含む非粘着フィルムとする
- 14 -
ことに格別の創意は必要とされないとし,当業者において,本件相違点が容易想到
であるとした本件審決の判断に誤りはない。
3 結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣
裁判官 本 多 知 成
裁判官 荒 井 章 光

………………………………………………………………………………
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特許(無効審判):容易想到性「事実認定」: (知財高裁平成23年1月11日判決(平成22年(行ケ)第10058号審決取消請求事件))

** 特許(無効審判):容易想到性「事実認定」:
(知財高裁平成23年1月11日判決(平成22年(行ケ)第10058号審決取消請求事件))

知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」

*** 縮小版「事実認定」


**** イ引用発明1-1に甲2に記載された事項を適用することの可否

原告は,引用例1に記載された外皮材を封着するシャッタに,甲2に記載の周
知の位置調整機能を付加すれば,相違点イに係る本件発明1の構成を導くことが
できると主張する。

しかし,前記(1)のとおり,甲2に記載された事項は,制止用補正枠体と修正
用補正枠体との間に生地を位置決めし,生地の形を修正するものであって,包み
込み工程に適した外形に修正するものであるものの,位置を修正するものではな
い。

それに対し,本件発明1のシャッタによる位置調整の技術的意義は,外皮材の
縁が受け部材の開口部から落ち込まないように,外皮材の縁が開口部に残るよう
にすることであり,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程を踏まえて
行われるもので,後の工程と密接に関連したものということができ,単なる外形
の修正,整形とは本質的に異なるものであるから,単なる外形の修正技術である
甲2に記載された事項が知られているとしても,相違点イに係る本件発明1の構
成を導くことはできない。

**** ウ引用発明1-1に甲3に記載された事項を適用することの可否

原告は,引用例1に記載された外皮材を封着するシャッタに,甲3に記載の周
知の位置調整機能を付加すれば,相違点イに係る本件発明1の構成を導くことが
できると主張する。

なるほど,前記(2)のとおり,甲3に記載された事項は,展板のような処理体
に載置された,食品である生地の載置位置を基準位置に修正するものであり,技
術の近接性を勘案すれば,甲3に記載された事項を引用発明1-1における外皮
材の位置修正手段として採用することは,当業者にとって格別困難とはいえなく
もない。

しかし,甲3に記載された押送体は,上記(2)のとおり,専ら展板上での生地
の載置位置の修正を行うものであり,載置位置の修正専用のものといえるのであ
って,甲3には封着用のシャッタに適用することの示唆は特段認められない。
そして,引用例1にもシャッタにより位置修正を行うことの示唆はないから,
引用発明1-1において甲3に記載された事項を採用したとしても,さらに進ん
で,これをシャッタに適用することまでが容易ということはできない。



**** エシャッタによる外皮材の位置修正の容易想到性

結局,引用発明1-1において,シャッタにより外皮材の位置修正を行うこと
は容易とはいえない。

これに対し,本件発明1のシャッタによる「位置調整」とは,外皮材の縁が受
け部材の開口部から落ち込まないように,外皮材の縁が開口部に残るようにする
ことであり,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程を踏まえて行われ
るもので,後の工程と密接に関連したものといえ,単なる外形の修正,整形とは
本質的に異なるものである。

そして,前記1のとおり,本件発明1においては,このような「位置調整」を
行うことにより,従来の食品成形方法のように,外皮材が楕円形状であったり,
成形位置からずれた位置に外皮材が供給された場合,外皮材を封止できない,生
地片がカップ周縁に載置されないと以後の工程で生地片の縁部が落ち込んで封止
できなくなる,といったことがなく,外皮材を椀状形成する際に外皮材の縁部を
押え部材により保持することが可能になるので,外皮材がパン生地等の弾性に富
む食材であっても,外皮材の縁部周辺を伸ばしながら椀状に形成することができ,
外皮材を確実に椀状形成することができるものである。しかも,別途の補助シャ
ッタを設けることなく,シャッタにより「位置調整」を行っており,装置構成を
極めて簡素化することができるという格別の効果を奏するものである。

このような効果は,単なる外形の修正,成形手段である甲2に記載された事項
や,包み込み工程と関連しない位置修正手段である甲3に記載された事項を単に
適用しても,相違点イに係る本件発明1-1の構成に想到することが容易でない
ことを裏付けるものである。

*** H230115現在のコメント

事実認定の判決は,どこまで一般化できるかという問題がありますが,評価が入ってしまいますので,根幹となる理由付けだけを抜き出しておきます。

*** 判決原文(引用)
第4 当裁判所の判断

まず,本件発明について,その要旨,目的,効果,本件発明における位置調整,
本件発明の特徴を検討した上で,次に,原告主張の取消事由について順次検討し
ていくこととする。

1 本件発明について

(1) 本件発明の要旨

本件発明の要旨は,特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載された,前
記第2の2認定のとおりである。

(2) 本件発明の目的

本件明細書(甲9)の記載によれば,本件発明は,パン生地,饅頭生地等の外
皮材によって,餡,調理した肉・野菜等の内材を確実に包み込み成形することが
できる食品の包み込み成形方法とこれに用いる食品の包み込み成形装置に関する
ものである(【0001】)。

従来技術としては,内材を棒状にしてその外側に外皮材を筒状にしたものを連
続的に形成し,これをシャッタ機構の開閉動作により絞り込んで成形切断するこ
とが行われている。しかし,外皮材としてパン生地等の発酵性の生地を用いる場
合には,筒状形成するときに生地に過度な圧力や捻りなどが加わることから,成
形切断後に生地が十分膨らまなくなり,外皮材が弾力性に乏しい硬い食品になっ
てしまう難点がある(【0002】)。

外皮材の筒状形成を避けてシート状の外皮材から食品成形を行う方法も提案さ
れているが,シート状の外皮材から成形を行う場合,パン生地のような食材は,
柔軟性を有するために外皮材の形状が一定せず,一枚一枚微妙にばらついた楕円
形状になることが多く,また,粘着性を有することから,搬送途中で位置ずれが
生じたりして正確に成形位置に配置することができないために,外皮材を封止で
きないことが生じやすい(【0003】【0004】)。それを避けるために生
地片を大きくする場合には,生地片の量が多くなるため,封止ゲートを閉じた際
に,生地片が封止ゲートの上方にはみ出るおそれがあり,また,プラグにより外
皮材の突出防止を図る場合にも,プラグを雌型に配置するため工程が増えると共
に,外皮材を載置した雌型を移動させるなど工程が複雑化し,しかも,多数の雌
型を配置する必要から装置全体が大型化し,装置機構が複雑化する難点があった
(【0004】)。

そこで,本件発明は,従来の食品成形方法に上記のような難点があったことに
鑑みてされたもので,外皮材に形状のばらつきや位置ずれがあっても,封着時に
外皮材により確実に内材を包み込み成形することができる包み込み成形方法と構
成簡素な包み込み成形装置を提供することを目的とするものである(【000
5】)。

(3) 本件発明の効果
本件発明は,上記の目的のために,請求項1又は請求項2に記載された技術的
事項を採用したもので,それにより,以下のような効果を奏するものである(甲
9)。

アシャッタのシャッタ片を閉じる方向に動作させてその開口面積を縮小させ
れば,縮小した開口状態に合わせて外皮材をセットすることができ,外皮材が所
定位置に収まるように外皮材の位置調整を行うことができる。このことによって
外皮材の形状のばらつきや位置ずれが予め修正され,より確実な成形処理を行う
ことが可能となる(【0008】)。

イ外皮材を椀状形成する際に外皮材の縁部を押え部材により保持するので,
外皮材がパン生地等の弾性に富む食材であっても,外皮材の縁部周辺を伸ばしな
がら椀状に形成することができ,たとえ多少外皮材の形状・大きさがばらついて
いたり,位置ずれがあったとしても,外皮材を確実に椀状形成することができる。
このとき,外皮材を支持部材で支持するようにすれば,外皮材が必要以上に下方
へ伸びてしまうことを防ぐことができる(【0009】)。

ウ押し込み部材を通して内材を供給しているので,押し込み部材の上昇に伴
って外皮材が収縮するのを防ぐことができると共に,外皮材の形状形成と内材の
供給を短時間に効率良く行うことが可能となる。このとき,外皮材を支持部材で
支持しているので,内材の吐出による外皮材の必要以上の伸びを防ぐことができ,
内材を確実に外皮材の内側に配置することができる(【0010】)。

エシャッタの下方に設けた受け部材上に外皮材を供給しているので,より安
定的に外皮材を戴置することができると共に,受け部材と保持手段の押え部材と
により外皮材を確実に押え保持することができ,さらに受け部材の開口部に押し
込み部材を進入させることによって,受け部材の開口部を利用して外皮材を椀状
形成することも可能となる(【0011】)。

オシャッタの下方に設けた受け部材上に外皮材を供給しているので,シャッ
タの閉じ動作によって受け部材上の外皮材の位置調整を行うことができ,装置構
成を極めて簡素化することができる(【0012】)。
カ外皮材が供給された時点で,外皮材の封着を行うシャッタのシャッタ片を
閉じる方向に動作させてその開口面積を縮小させることにより,縮小した開口状
態に合わせて外皮材をセットすることができ,外皮材が所定位置に収まるように
外皮材の位置調整を行うことができる点で優れた効果を奏するものといえ,特に,
「第一参考例」のように別途の補助シャッタを設けることなく,封着用のシャッ
タにより達成している点で格別の効果を奏する(【0013】~【0036】,

【図1】~【図24】,【0056】,【0066】)。

(4) 本件発明における位置調整について

上記(3)のとおり,本件発明は,シャッタのシャッタ片を閉じる方向に動作さ
せてその開口面積を縮小させることにより,縮小した開口状態に合わせて外皮材
をセットすることができ,外皮材が所定位置に収まるように外皮材の位置調整を
行うことができるものである。

この「位置調整」については,パン生地のような食材は,柔軟性を有するため
に外皮材の形状が一定せず,一枚一枚微妙にばらついた楕円形状になることが多
く,また,粘着性を有することから,搬送途中で位置ずれが生じたりして正確に
成形位置に配置することができないことに考慮して,縮小したシャッタ片の開口
状態に合わせて外皮材をセットし,外皮材が所定位置に収まるように外皮材の
「位置調整」を行うもので,その結果,外皮材の形状のばらつきや位置ずれが予
め修正されるものである。

要するに,本件発明における「位置調整」とは,当該開口状態で規定されると
ころの所定位置(所定範囲内)に外皮材を収めることをいい,その技術的意義は,
外皮材の縁が受け部材の開口部から落ち込まないように,外皮材の縁が開口部に
残るようにすることであり,このような「位置調整」を行うことにより,従来の
食品成形方法のように,以後の工程で生地片の縁部が落ち込んで封止できなくな
るといった問題点がなく,外皮材を椀状形成する際に外皮材の縁部を押え部材に
より保持することが可能になるので,外皮材がパン生地等の弾性に富む食材であ
っても,外皮材の縁部周辺を伸ばしながら椀状に形成することができ,外皮材を
確実に椀状形成することができる(【0004】【0009】)のである。
したがって,本件発明における「位置調整」は,その後に続く椀状に形成する
工程や封着する工程を踏まえて行われるものであって,後の工程と密接に関連し
たものといわなければならず,単なる外形の修正や整形のために行われる位置調
整とは本質的に異なるものである。

(5) 本件発明の特徴

上記(2)ないし(4)に認定した本件発明の目的,効果及び「位置調整」の技術的
意義からすると,本件発明は,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程
との関連が強く,その後の椀状に形成する工程や封着する工程にとって重要な工
程である外皮材の位置調整を,既に備わる封着用のシャッタで行う点,別途の手
段を設けることなく簡素な構成でこのような重要な工程を達成している点に,そ
の特徴があるということができる。

2 取消事由1-1(引用発明1-1の認定の誤り)について

(1) 引用例1について

ア引用例1の記載(甲1)

引用例1に記載された発明は,パン生地,饅頭生地などの生地材を成形して餡
などの内材を包んで成形する,食品の生地成形方法及び生地成形機に関するもの
であるところ(【0001】),従来,円形状の生地片をカップ上に支持し,生
地片上に餡などの球状の内材を載せ,押し込み棒によって内材と生地材とをカッ
プ内に押し込むことで成形し,開いていたゲート(シャッタ)を閉じることで,
生地片に内材を包み込む包餡装置があったが(【0002】),従来の包餡装置
及びこの装置による食品の生地片の成形方法では,内材がペースト状(クリーム,
ジャム)あるいは不定形状の材料(料理したキンピラごぼう,野沢菜などの漬
物)である場合は押し込みによって成形するには,潰れたり,破れたりして極め
て不都合な結果となり,きれいな形状に内材を包み込めないという問題点があっ
た(【0003】)。引用発明1-1及び引用発明1-2は,これらの問題点を
解決して,平らな生地材の外周縁部を保持した状態で,少なくとも「空気室の上
部開口を塞ぐように平らな生地材を前記空気室の室壁上に載置し,前記生地材の
上面側からの空気の吹込みおよび下面側からの空気の吸引の少なくとも一方によ
り内材を入れるのに適した形状に前記生地材を成形すること」(【請求項1】)
により,きれいな形状に生地材によって内材が包み込めるようにした,食品の生
地成形方法及び生地成形機の提供を目的としており(【0003】),包合時に
生地材が固定されていないため,内材としては,餡だけでなくペースト状のジャ
ムやクリーム,あるいは,調理した肉と野菜,さらには野沢菜などの漬物類の不
定形な材料を用いたものであってもきれいな形状に内材を包合することができる
ものである(【0043】)。

イ引用発明1-1及び引用発明1-2の特徴

以上の記載によれば,引用例1に記載された発明(引用発明1-1及び引用発
明1-2)は,押し込み棒によって内材と生地材とをカップ内に押し込む方法の
問題点を踏まえ,生地材の上面側からの空気の吹込み及び下面側からの空気の吸
引の少なくとも一方により内材を入れるのに適した形状に前記生地材を成形する
ことを前提としたものであるということができ,空気室の上部開口を塞ぐように
平らな生地材を前記空気室の室壁上に載置し,前記生地材の上面側からの空気の
吹込み及び下面側からの空気の吸引の少なくとも一方により内材を入れるのに適
した形状に前記生地材を成形することに特徴がある発明と解される。

(2) 引用発明1-1のシャッタについて

ア原告は,引用発明1-1も「受け部材の上方に配設した複数のシャッタ片
からなるシャッタ」を有する旨主張する。

イ引用例1(甲1)には,餡を生地材の成形した部分内に入れた状態で,生
地抑え部材を生地材の外周縁部上から外し,シャッタを開位置から閉位置まで移
動させることで,餡を包合して成形すること(【0024】【0030】),そ
の後,閉じたシャッタを開位置に戻し,成形,包合を繰り返すこと(【002
5】【0030】)が記載されている。そして,【図4】の「(4)包合」及び
【図6】の「(4)包合」には,シャッタが閉じ,餡を包合して成形している様子
が看取でき,上記図面に示されるような位置がシャッタの閉位置であることが分
かるものの,「開位置」においてシャッタがどのような部位に位置するかは明ら
かではない。引用例1のシャッタに関するその余の記載(【0038】【004
0】)を参酌しても,シャッタが室壁上において開閉動作を繰り返すと解するこ
とも可能ではあるが,その余の構成を排除していないから,引用例1の記載から,
室壁上において開閉動作を繰り返すもののみを想定することはできない。

ウよって,本件審決が,シャッタに関し,引用発明1-1では,受け部材上
にシート状の外皮材を供給するときに複数のシャッタ片からなるシャッタがどこ
に存在するのか不明であり,シャッタが「受け部材の上方に配設」され,かつそ
の位置において「開口させた状態で」,受け部材上にシート状の外皮材を供給し
ているのか不明であると判断した点に誤りはない。

なお,本件審決は,相違点アについては,容易に想到できると判断したのであ
り,この判断については争いがないから,原告の主張は,本件審決の結論に影響
を及ぼすものではない。

(3) 小括

以上のとおり,取消事由1-1は,理由がない。

3 取消事由1-2(相違点イについての判断の誤り)について

(1) 甲2について

ア甲2は,生地形状の修正方法及びその装置に関し,更に詳しくは,偏平生
地の平面形状の修正方法及びその装置に関するものである(【0001】)。甲
2には,扁平化された生地は,ライン上で移動される際に,各々が一定の形を保
持することが重要であることに鑑み,生地の形状を一定のものに整えることがで
きる生地形状の修正方法及びその装置を提供することを目的としたものであるこ
と(【0005】【0006】),流れてくる生地を一旦停止させた状態で,補
正枠体を使って生地の周囲から押さえてやることにより,形状が修正できること
を見出し,この知見に基づいて発明を完成させたものであること(【000
7】),生地を載せて移動するベルトコンベヤ体と,該ベルトコンベヤ体上に配
置されかつ上下移動可能な制止用補正枠体と,生地を側面から押圧して修正を行
う修正用補正枠体とよりなる生地形状の修正装置(【0010】)等を採用する
ことにより,生地の形状が,効率よく修正されるという作用を奏するものである
こと(【0012】),より具体的には,「生地Dは,制止用補正枠体Aと修正
用補正枠体Bの間に位置決めされ,修正用補正枠体Bで生地Dの側面を押圧する
ことによりその形が修正される」こと(【0028】)等が記載されている。

イそうすると,甲2に記載された事項は,制止用補正枠体と修正用補正枠体
との間に生地を位置決めし,生地の形を修正するものであり,他方,位置決めさ
れる位置はその後の包み込み工程とは関係がなく,専ら包み込み工程に適した外
形に修正するものということができ,その後の包み込み工程の前段に設けられた
外形の修正のための工程であって,外形の修正専用に設けられた工程ということ
ができる。

(2) 甲3について

ア甲3は,食品工場等で食品を処理体に載置して処理する際,処理体に載置
された食品の載置位置を修正する食品の載置位置修正方法及び食品の載置位置修
正装置に関するものである(【0001】)。甲3には,予め丸型に成形した生
地を,処理体としての展板に移載し,この展板上において発酵,焼成を行うよう
にすること(【0002】),あんぱんのような製品では,生地をモールド部の
基準位置に置くことが重要であること(【0003】),食品に変形等の悪影響
を与えることを抑制しながら食品の載置位置を容易に修正できる食品の載置位置
修正方法及び食品の載置位置修正装置を提供することを目的とするもので(【0
004】),載置された食品に押送体を対峙させ,該押送体を上記食品の周囲に
回転させながら該押送体により上記食品を押圧して基準位置に位置決めする構成
としていること,複数の押送体による1回の回転押送動作だけで基準位置からラ
ンダムにずれている該食品の載置位置を修正することができること(【000
6】)等が記載されている。

イそうすると,甲3に記載された事項は,展板のような処理体に載置された,
食品である生地の載置位置を基準位置に修正するものということができ,具体的
には展板上において生地の発酵,焼成を行う場合の例が開示されている。なお,
甲3には,包み込み工程に関する事項は開示されていないが,食品としてあんぱ
んが例示されているから,包み込み工程に近接した技術であるということができ
る。

もっとも,甲3に記載された押送体は,専ら展板上での生地の載置位置の修正
を行うものであり,載置位置の修正専用のものということができる。

(3) 引用例2について

ア引用例2(甲4)には,生地抑えを取り除いた後で,外包材の外周縁部を
円周方向より中心方向に絞り込む包み込み前工程を行い,その後でシャッタによ
る包み込み工程を行うのも効果的である旨の記載がある(【0047】)。

イ上記記載は,生地抑えを取り除いた後で,シャッタによる包み工程を行う
前に,外包材の外周縁部を円周方向より中心方向に絞り込む包み込み前工程を行
うことにより,その直後に行われる包み込みがより効果的に行われるとの趣旨の
記載と理解され,シャッタによる包み込み前に,同一部材であるシャッタを利用
して包み込みの準備工程を行うもので,シャッタに本来の包み込み機能とは別の
機能を持たせることが読み取れる。

しかしながら,当該包み前工程はその直後の包み込み工程と一連の工程で,外
包材の外周縁部を円周方向より中心方向に絞り込む動作は包み込み動作と同様で
あるから,包み込み工程の一部ともいえるものの,異なる種類の工程又は単なる
準備工程であるとはいえず,引用例2の当該記載からは,シャッタに本来の機能
とは全く別の機能を持たせることまでは読み取ることはできない。

(4) 甲5,6について

甲5,6に記載された事項は,同一のシャッタ片により,括れの形成と切断と
を行うものであるといえるが,あくまでも,連続的に押し出される,2種以上の
材料から成る有芯棒状食品などの各種棒状食品が前提の技術であって,甲5,6
には,本件発明1や引用発明1-1のような成形方式に関する記載,示唆はなく,
芯材及び外皮材からなる食品の製造に関して普遍的,一般的な技術として理解す
ることも困難である。

また,シャッタ片の動作に着目しても,括れの形成と切断とで同様の動作をし
ており,全く別の機能を果たしているとまではいえない。

(5) 相違点イの容易想到性について

ア引用発明1-1における動機付けの有無

引用発明1-1は,外皮材が所定の位置からずれているか否かを感知する感知
手段を有している。したがって,外皮材が所定位置からずれている場合にこれを
修正しようとすることは,自然に着想するところということができ,外皮材の位
置修正の課題や,修正手段の採用の動機付けがあるということができる。

**** イ引用発明1-1に甲2に記載された事項を適用することの可否

原告は,引用例1に記載された外皮材を封着するシャッタに,甲2に記載の周
知の位置調整機能を付加すれば,相違点イに係る本件発明1の構成を導くことが
できると主張する。

しかし,前記(1)のとおり,甲2に記載された事項は,制止用補正枠体と修正
用補正枠体との間に生地を位置決めし,生地の形を修正するものであって,包み
込み工程に適した外形に修正するものであるものの,位置を修正するものではな
い。

それに対し,本件発明1のシャッタによる位置調整の技術的意義は,外皮材の
縁が受け部材の開口部から落ち込まないように,外皮材の縁が開口部に残るよう
にすることであり,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程を踏まえて
行われるもので,後の工程と密接に関連したものということができ,単なる外形
の修正,整形とは本質的に異なるものであるから,単なる外形の修正技術である
甲2に記載された事項が知られているとしても,相違点イに係る本件発明1の構
成を導くことはできない。

よって,甲2に記載された事項を引用発明1-1における外皮材の位置修正手
段として採用することは,当業者にとって容易とはいえない。

しかも,甲2に記載された事項は,上記(1)のとおり,その後の包み込み工程
の前段に設けられた外形の修正専用に設けられた工程といえるとともに,甲2に
は封着用のシャッタに適用することの示唆は特段認められない。

そして,引用例1にもシャッタにより位置修正を行うことの示唆はないから,
引用発明1-1において甲2に記載された事項を採用したとしても,さらに進ん
で,これをシャッタに適用することまでが容易とはいえない。

**** ウ引用発明1-1に甲3に記載された事項を適用することの可否

原告は,引用例1に記載された外皮材を封着するシャッタに,甲3に記載の周
知の位置調整機能を付加すれば,相違点イに係る本件発明1の構成を導くことが
できると主張する。

なるほど,前記(2)のとおり,甲3に記載された事項は,展板のような処理体
に載置された,食品である生地の載置位置を基準位置に修正するものであり,技
術の近接性を勘案すれば,甲3に記載された事項を引用発明1-1における外皮
材の位置修正手段として採用することは,当業者にとって格別困難とはいえなく
もない。

しかし,甲3に記載された押送体は,上記(2)のとおり,専ら展板上での生地
の載置位置の修正を行うものであり,載置位置の修正専用のものといえるのであ
って,甲3には封着用のシャッタに適用することの示唆は特段認められない。
そして,引用例1にもシャッタにより位置修正を行うことの示唆はないから,
引用発明1-1において甲3に記載された事項を採用したとしても,さらに進ん
で,これをシャッタに適用することまでが容易ということはできない。

**** エシャッタによる外皮材の位置修正の容易想到性

結局,引用発明1-1において,シャッタにより外皮材の位置修正を行うこと
は容易とはいえない。

これに対し,本件発明1のシャッタによる「位置調整」とは,外皮材の縁が受
け部材の開口部から落ち込まないように,外皮材の縁が開口部に残るようにする
ことであり,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程を踏まえて行われ
るもので,後の工程と密接に関連したものといえ,単なる外形の修正,整形とは
本質的に異なるものである。

そして,前記1のとおり,本件発明1においては,このような「位置調整」を
行うことにより,従来の食品成形方法のように,外皮材が楕円形状であったり,
成形位置からずれた位置に外皮材が供給された場合,外皮材を封止できない,生
地片がカップ周縁に載置されないと以後の工程で生地片の縁部が落ち込んで封止
できなくなる,といったことがなく,外皮材を椀状形成する際に外皮材の縁部を
押え部材により保持することが可能になるので,外皮材がパン生地等の弾性に富
む食材であっても,外皮材の縁部周辺を伸ばしながら椀状に形成することができ,
外皮材を確実に椀状形成することができるものである。しかも,別途の補助シャ
ッタを設けることなく,シャッタにより「位置調整」を行っており,装置構成を
極めて簡素化することができるという格別の効果を奏するものである。

このような効果は,単なる外形の修正,成形手段である甲2に記載された事項
や,包み込み工程と関連しない位置修正手段である甲3に記載された事項を単に
適用しても,相違点イに係る本件発明1-1の構成に想到することが容易でない
ことを裏付けるものである。

**** オ本件審決の当否

したがって,引用発明1-1において,シャッタにより外皮材の位置修正を行
うことは容易とはいえない。よって,本件審決の相違点イの判断に誤りはない。

(6) 原告の主張について

ア原告は,食品の包み込み成型方法において,包み込み工程を良好に行うた
めに,シャッタによる外皮材の封着の前に同一のシャッタを用いた準備工程を行
うことは,引用例2のとおり本件出願前に公知であると主張する。

上記(3)のとおり,引用例2に記載された当該包み前工程は,包み込み工程の
一部の工程ともいえるもので,異なる種類の工程又は単なる準備工程であるとは
いえず,引用例2の当該記載からは,シャッタに本来の機能とは全く別の機能を
持たせることまでは読み取ることはできない。甲2に記載された外形修正工程や
甲3に記載された位置修正工程は包み込み工程とは異なる種類の工程であるから,
上記のような引用例2に記載された事項が知られているとしても,引用発明1-
1のシャッタに甲2,3に記載された事項を適用することが容易とはいえない。
イ原告は,1つのシャッタにより,相異なる2つの機能を持たせることで装
置の簡素化を図ることは,甲5,6に記載のとおり周知の事項であると主張する。

しかし,上記(4)のとおり,甲5,6に記載された事項は,あくまでも,連続
的に押し出される,2種以上の材料から成る有芯棒状食品などの各種棒状食品が
前提の技術であって,芯材及び外皮材からなる食品の製造に関して普遍的,一般
的な技術として理解することは困難であるとともに,シャッタ片の動作も全く別
の機能を果たしているとまではいえないところ,引用発明1-1は,甲5,6に
記載された事項と成形方式が異なる上,甲2に記載された外形修正工程や甲3に
記載された位置修正工程は包み込み工程とは異なる種類の工程であるから,甲5,
6に記載された事項が知られているとしても,引用発明1-1のシャッタに甲2,
3に記載された事項を適用することが容易とはいえない。

(7) 小括

以上のとおり,取消事由1-2は,理由がない。

**** 4 取消事由1-3(相違点ウについての判断の誤り)について

(1) 相違点ウの容易想到性について

**** ア引用発明1-1に押し込み部材方式を採用する動機付けについて

前記2(1)のとおり,引用発明1-1は,押し込み棒によって内材と生地材と
をカップ内に押し込む方法の問題点を踏まえ,生地材の上面側からの空気の吹込
み及び下面側からの空気の吸引の少なくとも一方により内材を入れるのに適した
形状に前記生地材を成形することを前提としたものであるといえ,空気室の上部
開口を塞ぐように平らな生地材を前記空気室の室壁上に載置し,前記生地材の上
面側からの空気の吹込み及び下面側からの空気の吸引の少なくとも一方により内
材を入れるのに適した形状に前記生地材を成形することに特徴がある発明と解さ
れる。そうすると,引用発明1-1は,押し込み部材方式の問題点を踏まえた,
流体圧方式を前提とした発明と解されるから,押し込み部材方式を採用すること
の動機付けが十分とはいえない。

なお,引用例2(【0059】)には,雌型内面からの吸気及び雄型外面から
の噴気を省略し得ること,その場合雌型及び雄型は多数の通気小孔があるものを
用いなくてもよいことが記載されている。これらの記載は,押し込み部材方式の
採用を示唆しているとも解されるが,一般的に両方式が相互に置換されることを
示唆しているものではないし,仮に,技術的に置換が可能であるとしても,引用
発明1-1は流体圧方式を前提としているから,押し込み部材方式を採用するこ
との動機付けが十分とはいえない。

**** イ引用発明1-1に押し込み部材方式を採用することの容易性について

引用例1の記載によれば,生地成形装置の空気室は,基台と室壁とからなるも
ので,室壁は空気室の構成要素である(【0014】【0015】【図2】)。
そして,室壁の上端面は本件発明1の「受け部材」に相当する機能を有する部位
といえるものの,あくまでも室壁の一部であって,別途の受け部材として観念す
ることは困難であるとともに,独立した受け部材を示唆する記載もない。
そうすると,引用発明1-1は,空気室の上面でシャッタにより封着する発明
であり,空気室を利用することとその上面にシャッタを配置することとは不可分
の構成であって,当業者にとって,これを空気室の上方に設けられた受け部材の
上面でシャッタにより封着するもの,すなわち,成形方法を離れて受け部材の上
面でシャッタにより封着する発明として観念することは,困難である。

そうすると,仮に,引用発明1-1において,甲7,8に記載のような押し込
み部材方式を採用する場合には,シャッタの構成も含め成形手段全体を置換する
こととなり,もはや引用発明1-1が技術的に成り立たなくなるから,その意味
において,引用発明3-1又は甲7,8に記載された事項を採用することは,困
難といわざるを得ない。

ウ本件審決の当否

したがって,引用発明1-1において,押し込み部材方式を採用することは容
易とはいえない。よって,本件審決の相違点ウの判断に誤りはない。

**** (2) 原告の主張について

**** ア原告は,食品の包み込み成形手段という同一の技術分野において周知であ
る成形手段であるにもかかわらず,単に成形方式が相違するから,相互に置換で
きないというのは技術開発の常識に反する考え方であり,むしろ,両方式の長所
を組み合わせて更に発展させようとするのが技術開発の常識と思料されるから,
引用発明1-1の椀状形成手段と,引用発明3-1又は甲7,8に記載の椀状形
成手段を置換する動機付けは十分に存在すると主張する。

しかし,前記(1)のとおり,引用発明1-1は,押し込み部材方式の問題点を
踏まえた,流体圧方式を前提とした発明と解されるから,押し込み部材方式を採
用することの動機付けが十分に存在するとはいえない。

また,引用例2(【0059】)の記載は,流体圧方式と押し込み部材方式の
置換の一般性を示唆しているものではない。

**** イ原告は,本件発明1の「受け部材の上方に配設されたシャッタ」の構成は
引用発明1-1が備えており,引用発明3-1及び甲8に記載のシャッタを引用
発明1-1に置換する必要はないのであるから,シャッタと受け部材の上下の位
置関係が逆であることが置換を阻害する要因とはなり得ないと主張する。

しかし,引用発明1-1において,引用発明3-1及び甲7,8に記載の押し
込み部材方式を採用する場合には,シャッタの構成も含め成形手段全体を置換す
ることとなり,その場合,もはや引用発明1-1が技術的に成り立たなくなるこ
とは,上記(1)のとおりであるから,シャッタと受け部材の上下の位置関係が逆
である引用発明3-1又は甲7,8に記載された周知技術を採用することは困難
といわざるを得ない。

**** ウ原告は,本件発明1との対比においては,引用例3の第10図ないし第1
3図に着目して認定した発明が引用発明1-1に適用することが容易であるかを
検討すればよく,必要な事項以外の前処理の機構を取り上げ,相違点ウに係る本
件発明1の構成と関係のない相違点イに係る本件発明1の構成である位置調整を
する必要がないという理由で,動機付けがないというのは誤りであると主張する。

しかし,本件審決は,引用発明1-1の成形手段を甲7,8記載の成形手段に
置換することが容易ではないと判断した上で,さらに進めて,相違点イに係る位
置調整機能との関連で引用発明3-1又は甲7,8に記載された周知技術を適用
することの可否を検討したものと解される。

そして,引用発明3-1又は甲7,8に記載された周知技術は,位置調整機能
を備えていないから,位置調整機能に着目しても,引用発明3-1又は甲7,8
に記載された周知技術を引用発明1-1に適用する動機付けはないことは明らか
である。

(3) 小括

以上のとおり,取消事由1-3は,理由がない。

・・・

*** 判決原文(全文)
平成22(行ケ)10058 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年01月11日 知的財産高等裁判所 

- 1 -
平成23年1月11日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10058号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年12月22日
判 決
原 告 レオン自動機株式会社
同訴訟代理人弁護士 清 永 利 亮
同 弁理士 櫻 井 義 宏
豊 岡 静 男
被 告 株式会社コバード
同訴訟代理人弁護士 竹 田 稔
木 村 耕太郎
同 弁理士 根 本 恵 司
川 崎 好 昭
主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
特許庁が無効2009-800122号事件について平成22年1月8日にし
た審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に
係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立
たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとお
り)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事
案である。
- 2 -
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件特許(甲9)
被告は,平成20年8月6日,発明の名称を「食品の包み込み成形方法及びそ
の装置」とする特許出願(平成13年8月17日に出願した特願2001-24
8204号の一部を分割出願)をし,平成20年11月7日,設定の登録(特許
第4210779号)を受けた。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特
許に係る明細書(甲9)を「本件明細書」という。
(2) 原告は,平成21年6月5日,本件特許の請求項1及び2に係る発明
(以下,請求項1記載の発明を「本件発明1」,請求項2記載の発明を「本件発
明2」といい,これらを併せて「本件発明」という。)に係る特許について,特
許無効審判を請求し(甲10),無効2009-800122号事件として係属
した。
(3) 特許庁は,平成22年1月8日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」旨の本件審決をし,同月20日,その謄本が原告に送達された。
2 本件発明の要旨
本件発明の要旨は,特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次のとおり
のものである。
【請求項1】受け部材の上方に配設した複数のシャッタ片からなるシャッタを開
口させた状態で受け部材上にシート状の外皮材を供給し,シャッタ片を閉じる方
向に動作させてその開口面積を縮小して外皮材が所定位置に収まるように位置調
整し,押し込み部材とともに押え部材を下降させて押え部材を外皮材の縁部に押
し付けて外皮材を受け部材上に保持し,押し込み部材をさらに下降させることに
より受け部材の開口部に進入させて外皮材の中央部分を開口部に押し込み外皮材
を椀状に形成するとともに外皮材を支持部材で支持し,押し込み部材を通して内
材を供給して外皮材に内材を配置し,外皮材を支持部材で支持した状態でシャッ
タを閉じ動作させることにより外皮材の周縁部を内材を包むように集めて封着し,
- 3 -
支持部材を下降させて成形品を搬送することを特徴とする食品の包み込み成形方

【請求項2】中央部分に開口部が形成されるとともにシート状の外皮材が載置さ
れる受け部材と,受け部材の上方に配設されるとともに複数のシャッタ片を備え
たシャッタと,シャッタ片を閉じる方向に動作させてその開口面積を縮小して外
皮材が所定位置に収まるように位置調整するとともにシャッタを閉じ動作させる
ことにより外皮材の周縁部を内材を包むように集めて封着するシャッタ駆動手段
と,押し込み部材を下降させることにより受け部材の開口部に進入させて外皮材
の中央部分を開口部に押し込み外皮材を椀状に形成するとともに押し込み部材を
通して外皮材内に内材を供給する外皮材形成手段と,外皮材形成手段に設けられ
るとともに押え部材を外皮材の縁部に押し付けて外皮材を受け部材上に保持する
保持手段と,受け部材の下方に配設されるとともに支持部材を上昇させて椀状形
成された外皮材を支持し支持部材を下降させて成形品を搬送する支持手段とを備
えていることを特徴とする食品の包み込み成形装置
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明1及び2は,下記アないしウの
引用例1ないし3に記載された発明及び下記エないしクの周知例に記載された事
項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,
などとしたものである。
ア引用例1:特開平11-137231号公報(甲1)
イ引用例2:特開2000-50854号公報(甲4)
ウ引用例3:特開昭62-239970号公報(甲7)
エ周知例:特開平9-187215号公報(甲2)
オ周知例:特開2000-4766号公報(甲3)
カ周知例:特開平6-178679号公報(甲5)
キ周知例:特開平6-217675号公報(甲6)
- 4 -
ク周知例:特開昭62-262978号公報(甲8)
(2) 本件審決は,本件発明1に関する判断の前提として,引用例1に記載さ
れた本件発明1と対比すべき発明(以下「引用発明1-1」という。),本件発
明1と引用発明1-1との一致点及び相違点,引用例3に記載された本件発明1
と対比すべき発明(以下「引用発明3-1」という。)を以下のとおり認定した。
ア引用発明1-1:室壁3の上端面上に平らな円板状にしたパン生地,饅頭
生地のような生地材11を供給し,感知手段9により,室壁3の上端面上の生地
材が所定位置からずれているか否かを感知し,生地抑え部材10を下降させて生
地抑え部材10で生地材の外周縁部11aを抑えて生地材を室壁3の上端面上に
保持し,生地材の外周縁部11aより中心側の部分を成形型5内面に吸着させて,
中心側の部分を椀状に成形し,適宜の手段で内材12を供給して生地材に内材を
入れ,生地材を成形型5内面で支持した状態で室壁3の上端面の上方に配置した
複数のシャッター片を備えたシャッター13を開位置から閉位置まで移動させる
ことにより生地材の外周縁部を内材を包むように集めて封着し,最終成形品を取
り出す際に空気を送り込んで成形型から離脱させることを特徴とする内材を包み
込む食品の生地成形方法
イ一致点:受け部材上にシート状の外皮材を供給し,押え部材を下降させて
押え部材を外皮材の縁部に押し付けて外皮材を受け部材上に保持し,外皮材を椀
状に形成するとともに外皮材を支持部材で支持し,内材を供給して外皮材に内材
を配置し,外皮材を支持部材で支持した状態でシャッタを閉じ動作させることに
より外皮材の周縁部を内材を包むように集めて封着することを特徴とする食品の
包み込み成形方法
ウ相違点ア:本件発明1では,「受け部材の上方に配設した複数のシャッタ
片からなるシャッタを開ロさせた状態で受け部材上にシート状の外皮材を供給」
するのに対し,引用発明1-1では,受け部材上にシート状の外皮材を供給する
ときに複数のシャッタ片からなるシャッタがどこに存在するのか不明であり,シ
- 5 -
ャッタが「受け部材の上方に配設」され,かつその位置において「開口させた状
態で」,受け部材上にシート状の外皮材を供給しているのか不明である点
エ相違点イ:本件発明1に係るシャッタは,「シャッタ片を閉じる方向に動
作させてその開口面積を縮小して外皮材が所定位置に収まるように位置調整」す
るのに対し,引用発明1-1に係るシャッタは,このような外皮材の位置調整は
しない点
オ相違点ウ:本件発明1では,押し込み部材を備えており,押え部材ととも
に下降し,外皮材を椀状に形成するために押し込み部材をさらに下降させて受け
部材の開口部に進入させて外皮材の中央部分を開口部に押し込み,また,内材を
供給するために押し込み部材を通して供給しているのに対し,引用発明1-1で
は,押し込み部材を備えておらず,外皮材を椀状に形成するのに吸着作用を利用
しており,また,内材の供給手段を特定していない点
カ相違点エ:本件発明1に係る支持部材は,「支持部材を下降させて成形品
を搬送する」ものであるのに対し,引用発明1-1に係る支持部材は,椀状に形
成するための固定された成形型が兼ねているものであり,支持部材を下降するこ
ともなく,成形品の搬送は不明である点
キ引用発明3-1:抜盤8の下側に連設した多数の絞り羽根34からなる絞
り機構30を開口させた状態で抜盤8上に帯状の皮15を供給し,成形ノズル1
6とともにカッター25及び押え板14を降下させて押え板14を帯状の皮15
の側縁部に押し付けて皮15を抜盤8上に保持し,成形ノズル16を降下させる
ことにより抜盤8の透孔10に進入させて皮の中央部分を透孔10に押し込み皮
15を有底筒状に凹入成形し,さらに成形ノズル16及びカッター25を降下さ
せて皮15を打ち抜き,打ち抜いた皮26の周縁部をカッター25の下端面25
aと抜盤8の透孔縁内側下部の環状突条11で狭持し凹入成形するとともに皮2
6を受台31で支持し,成形ノズル16を通して具54を供給して皮26に具を
配置し,皮26を受台31で支持した状態で絞り機構の絞り羽根34を絞り動作
- 6 -
させることにより皮26の縁部を具を包むように集めて封着し,受台31を下降
させて成形された肉まんじゅうを搬送することを特徴とする肉まんじゅうの製造
方法
(3) 本件審決は,本件発明2に関する判断の前提として,引用例1に記載さ
れた本件発明2と対比すべき発明(以下「引用発明1-2」という。),本件発
明2と引用発明1-2との一致点及び相違点,引用例3に記載された本件発明2
と対比すべき発明(以下「引用発明3-2」という。)を以下のとおり認定した。
ア引用発明1-2:中央部分に開口4cが形成されるとともに平らな円板状
にしたパン生地,饅頭生地のような生地材11が載置される室壁3の上端面と,
室壁3の上端面の上方に配設されるとともに複数のシャッター片を備えたシャッ
ター13と,室壁3の上端面上の生地材が所定位置からずれているか否かを感知
する感知手段9及びシャッター片を開位置から閉位置まで移動させることにより
生地材の外周縁部11aを内材12を包むように集めて封着するシャッター駆動
手段と,生地材の外周縁部11aより中心側の部分を成形型5内面に吸着させて,
中心側の部分を椀状に成形する手段及び,内材12を供給する適宜の手段と,生
地抑え部材10で生地材の外周縁部11aを抑えて生地材を室壁3の上端面上に
保持する保持手段と,最終成形品を取り出す際に空気を送り込んで成形型から離
脱させる手段とを備えていることを特徴とする内材を包み込む食品の生地成形機
イ一致点:中央部分に開口部が形成されるとともにシート状の外皮材が載置
される受け部材と,受け部材の上方に配設されるとともに複数のシャッタ片を備
えたシャッタと,シャッタを閉じ動作させることにより外皮材の周縁部を内材を
包むように集めて封着するシャッタ駆動手段と,外皮材を椀状に形成する外皮材
形成手段と,押え部材を外皮材の縁部に押し付けて外皮材を受け部材上に保持す
る保持手段と,受け部材の下方に配設されるとともに椀状形成された外皮材を支
持する支持手段とを備えていることを特徴とする食品の包み込み成形装置
ウ相違点オ:シャッタ駆動手段が,本件発明2では,「シャッタ片を閉じる
- 7 -
方向に動作させてその開口面積を縮小して外皮材が所定位置に収まるように位置
調整する」のに対し,引用発明1-2では,このような外皮材の位置調整はしな
い点
エ相違点カ:本件発明2では,外皮材形成手段として押し込み部材を備えて
おり,外皮材を椀状に形成するために,「押し込み部材を下降させることにより
受け部材の開口部に進入させて外皮材の中央部分を開口部に押し込み」,また,
外皮材内に内材を供給するために「押し込み部材を通して供給する」のに対し,
引用発明1-2では,外皮形成手段として押し込み部材を備えておらず,外皮材
を椀状に形成するために吸着作用を用いており,また,内材の供給手段を特定し
ていない点
オ相違点キ:本件発明2では,保持手段が「外皮材形成手段に設けられる」
ものであるのに対し,引用発明1-2では,保持手段が「外皮材形成手段に設け
られる」ものではない点
カ相違点ク:本件発明2では,「受け部材の下方に配設されるとともに支持
部材を上昇させて椀状形成された外皮材を支持し支持部材を下降させて成形品を
搬送する支持手段」を備えているのに対し,引用発明1-2では,支持手段は,
椀状に形成するための固定された外皮材形成手段(成形型)が兼ねているもので
あり,上昇させて椀状形成された外皮材を支持し支持部材を下降させて成形品を
搬送するものではない点
キ引用発明3-2:中央部分に透孔10が形成されるとともに帯状の皮15
が載置される抜盤8と,抜盤8の下側に連設されるとともに多数の絞り羽根34
を設け,絞り羽根34の絞り動作により皮26の縁部を具を包むように集めて封
着する絞り機構30と,成形ノズル16を降下させることにより抜盤8の透孔1
0に進入させて皮の中央部分を透孔10に押し込み皮15,26を有底筒状に凹
入成形するとともに成形ノズル16を通して皮内に具54を供給する成形部1と,
成形部1に設けられるとともに押え板14を帯状の皮15の側縁部に押し付けて
- 8 -
皮15を抜盤8上に保持し,カッター25で打ち抜いた皮26の周縁部をカッタ
ー25の下端面25aと抜盤8の透孔縁内側下部の環状突条11で狭持し皮26
を抜盤上に保持する保持手段と,抜盤8の下側に連設されるとともに受台31を
上昇させて有底筒状に凹入成形された皮26を支持し受台31を下降させて成形
された肉まんじゅうを搬送する支持手段とを備えていることを特徴とする肉まん
じゅうの製造装置
4 取消事由
(1) 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り
ア引用発明1-1の認定の誤り(取消事由1-1)
イ相違点イについての判断の誤り(取消事由1-2)
ウ相違点ウについての判断の誤り(取消事由1-3)
エ相違点エについての判断の誤り(取消事由1-4)
(2) 本件発明2の容易想到性に係る判断の誤り
ア相違点オについての判断の誤り(取消事由2-1)
イ相違点カについての判断の誤り(取消事由2-2)
ウ相違点キの認定及び判断の誤り(取消事由2-3)
エ相違点クについての判断の誤り(取消事由2-4)
第3 当事者の主張
1 取消事由1-1(引用発明1-1の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,引用例1には「受け部材の上方に配設した複数のシャッタ
片からなるシャッタを開口させた状態で受け部材上にシート状の外皮材を供給」
する点が記載されていないと認定した。
(2) しかし,上記認定は,当業者の技術常識及び特許出願における作図の慣
行に反するものであり,誤りである。
すなわち,引用例1には「閉じたシャッター13は開位置に戻し,前述した成
- 9 -
形,包合を繰り返す。」と記載され(【0025】),【図4】の「(4)包合」
において閉じたシャッタは開位置に戻され,成形,包合を繰り返すのである。開
位置に戻される際,シャッタを他の場所に移動させる必要性は全くなく,成形,
包合の動作を繰り返すのであるから,効率等の見地からも室壁の上方において閉
じたシャッタを開位置に戻すと考えるのが常識である。
また,特許出願の図面においては,発明を分かりやすく説明するため,発明を
構成する全ての部材を全ての図面に記載することはせず,当該図において必要最
小限の要部の構成を図示することは広く行われている。引用例1の図面において
もその手法で,【図1】及び【図2】においては,特段シャッタを説明する必要
性がなかったことから図示せず,【図4】及び【図6】は,食品の生地成形方法
を行う動作説明図であるから,シャッタが動作する場合にのみ図示するのは,極
めて自然なことである。
〔被告の主張〕
引用例1の,室壁上に生地材を供給した状態を示す【図1】,及び生地材が成
形型内で成形された状態を示す【図2】のいずれにもシャッタは示されておらず,
また,第1,2実施形態に係る食品の生地成形方法を実行する動作を示す【図
4】,【図6】の「(4)包合」のときにシャッタが記載されているのみで,上記
各図の(1)ないし(3)のときにシャッタがどのような状態でどこに存在するのか明
らかでない。このほか,引用例1のどこにも,受け部材の上方にシャッタを配設
し,シャッタを開口させた状態で受け部材上にシート状の外皮材を供給すること
を示す記載はないから,「受け部材の上方に配設した複数のシャッタ片からなる
シャッタを開口させた状態で受け部材上にシート状の外皮材を供給」する点を相
違点アとして,一致点と認定しなかった本件審決の判断は正当である。
2 取消事由1-2(相違点イについての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,引用発明1-1において外皮材の位置ずれの感知に代えて
- 10 -
相違点イに係る構成とすることは,当業者といえども容易に想到し得たとするこ
とはできないと判断した。
(2) しかし,引用例1には,外皮材が所定位置からずれているか否かを感知
する感知手段が記載されており,本件発明のような食品の包み込み成形において,
外皮材の搬送途中によりずれが発生するため,そのずれを修正することは古くか
ら行われていた慣用手段であって,外皮材の位置ずれ感知と修正とは表裏一体の
関係にあり,位置ずれを感知しただけでこれを放置することなどおよそ考えられ
ないことであるから,引用発明1-1において,外皮材が所定位置からずれてい
る場合,これを修正しようとすることは当業者が自然に着想するところである。
(3) 甲2,3に,開口面積を縮小して外皮材の形や食品の位置を調整するた
めに専用の装置を設けることが記載されており,かつ,外皮材が所定位置に収ま
るように位置調整するものであるから,引用例1記載の外皮材を封着するシャッ
タに甲2,3記載の周知の位置調整機能を付加すれば,相違点イに係る本件発明
1の構成が導かれるものである。
また,本件発明1のような食品の包み込み成型方法において,包み込み工程を
良好に行うために,シャッタによる外皮材の封着の前に同一のシャッタを用いた
準備工程を行うことは,引用例2のとおり,本件出願前に公知である。
さらに,1つのシャッタにより,相異なる2つの機能を持たせることで装置の
簡素化を図ることは,本件発明1及び引用発明1-1と同じ芯材及び外皮材から
なる食品を製造する分野において,周知の事項である(甲5,6)。
(4) よって,引用例1記載の外皮材を封着するシャッタに甲2,3に記載の
周知の位置調整機能を付加することにより,相違点イに係る本件発明1の構成を
採用することは,当業者であれば容易に想到し得るものである。
〔被告の主張〕
(1) 原告は,引用発明1-1において,外皮材が所定位置からずれている場
合,これを修正しようとすることは当業者が自然に着想するところであると主張
- 11 -
する。
しかし,引用例1には,外皮材が所定位置からずれていると感知した場合,こ
れを修正しようとすることは一切記載されていない。また,感知した後どうする
かの示唆もない。また,ずれていると感知したとしても,例えば,外皮材の不存
在や位置ずれの警報を行うだけとも考えられるから,そもそも感知したからとい
って必ずしも(装置によって自動的に)修正するとは限らない。
(2) また,原告は,引用例1記載の外皮材を封着するシャッタに甲2,3記
載の周知の位置調整機能を付加すれば相違点イに係る本件発明1の構成が導かれ
ると主張する。
しかし,本件発明1の「所定位置」は,後の工程である内材の供給や,シャッ
タによる封着工程を確実に行うための受け部材上の所定位置であり,そのような
「所定位置」に調整することが「位置調整」である。
これに対し,甲2に記載された「位置決め」は,そもそも,生地を整った形状
に修正成形するためであって位置調整ではない。また,生地は成形後更に搬送さ
れるから,位置決めされた位置で後工程である内材の供給や,シャッタによる封
着工程を行うものでもないから,それは本件発明1でいう「所定位置に位置調
整」することではない。
さらに,甲3に記載された位置修正対象は,成形が完了した成形品であり,成
形前のシート状の外皮材ではなく,その位置調整は本件発明1でいう「所定位置
に位置調整」することではない。
したがって,甲2,3の記載から位置調整機能が周知であるとはいえず,引用
例1記載の外皮材を封着するシャッタに甲2,3に記載の位置調整機能を付加し
ても,相違点イに係る本件発明1の構成を導くことはできない。
(3) 原告は,食品の包み込み成型方法において,包み込み工程を良好に行う
ために,シャッタによる外皮材の封着の前に同一のシャッタを用いた準備工程を
行うことは,引用例2のとおり本件出願前に公知であると主張する。
- 12 -
しかし,引用例2に記載された「包み込み前工程」は,内材が供給された後の
工程であり,生地抑えを取り除いた後の工程であるから,抑え部材を外皮材の縁
部に押し付ける前に位置調整を行う本件発明1とは,そのプロセスが異なる。ま
た,それは封着のための一連の動作を便宜上前後に分けたときの前の動作であり,
封着動作の一部にすぎない。
したがって,引用例2の記載から原告がいう公知技術が存在したとはいえない。
(4) 原告は,1つのシャッタにより,相異なる2つの機能を持たせることで
装置の簡素化を図ることは,甲5,6のとおり周知の事項であると主張する。
しかし,本件発明1の特徴は,同じシャッタが位置調整機能と封着機能を兼ね
備えたことにあるところ,甲5,6から認定できる周知の事項は,芯材及び外皮
材からなる食品を所要形状に成形して切断するための一連の動作において,シャ
ッター片を所定量だけ閉じる段階,その後完全に閉じる段階の2段階にわたって
操作することであり,しかもそれは芯材及び外皮材からなる食品を,括れを有す
るダルマ型などの所定形状に成形し切断するための一連の動作に限定してのこと
である。
したがって,原告の主張は,甲5,6の記載を勝手に一般化・上位概念化して
周知とする独自の見解にすぎず,これを根拠に,引用例1記載の外皮材を封着す
るシャッタに甲2,3記載の位置調整機能を付加することにより,相違点イに係
る本件発明1の構成を採用することは当業者であれば容易に想到し得るとの主張
は,誤りである。
3 取消事由1-3(相違点ウについての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,相違点ウについて,引用発明1-1に引用発明3-1及び
甲8に記載の事項を適用することは,その動機付けがなく,当業者が容易に想到
し得ることではないと判断した。
しかし,多孔の成形型の室内を加圧又は減圧して生地材を成形型の内面に密着
- 13 -
させて椀状形成する成形手段(以下「流体圧方式」という。)及び押し込み部材
により外皮材の中央部分を押し込み椀状形成する成形手段(以下「押し込み部材
方式」という。)は,食品の包み込み成形手段において,共に周知である(甲7,
8)。
しかも,上記流体圧方式において,成形型の室内を加圧して生地材を成形型の
内面に密着させて椀状形成する場合も示されており(引用例1,2),この場合,
押し込み部材方式と同じく押圧により椀状形成するのであるから,流体圧方式と
押し込み部材方式とは,生地材を押圧する点では同じであり,押圧するものが相
違するだけであるから,成形方式が全く相違するという本件審決の認定は誤りで
ある。特に,引用例2の【0059】には,流体圧のみで椀状形成しても,押し
込みのみで椀状形成してもよいことが開示されている。
食品の包み込み成形手段という同一の技術分野において周知である成形手段で
あるにもかかわらず,単に成形方式が相違するから,相互に置換できないという
のは技術開発の常識に反する考え方であり,むしろ,両方式の長所を組み合わせ
て更に発展させようとするのが技術開発の常識と思料される。
したがって,引用例1記載の椀状形成手段と,引用発明3-1又は周知の椀状
形成手段(甲7,8)を置換する動機付けは十分に存在する。
(2) また,本件審決は,シャッタと受け部材の上下の位置関係が全く逆であ
ることを理由に,引用発明1-1に,引用発明3-1及び甲8に記載の事項を置
換することは容易なこととはいえないと判断した。
しかし,本件発明1の「受け部材の上方に配設されたシャッタ」の構成は引用
発明1-1が備えており,引用発明3-1及び甲8に記載のシャッタを引用発明
1-1に置換する必要はないのであるから,シャッタと受け部材の上下の位置関
係が逆であることが置換を阻害する要因とはなり得ない。
(3) さらに,本件審決は,引用例3は,本件発明1のように載置された外皮
材をシャッタの縮径により位置調整を行うことはあり得ないことを理由に,引用
- 14 -
発明1-1に引用発明3-1を適用することは,その動機付けがないと判断した。
しかし,引用例3は,帯状の皮をカッター25により所定の大きさに打ち抜き,
該打ち抜いた皮を外皮材として用いるところの前処理工程に続いて椀状形成工程
が示されているため,一見,本件発明1及び引用発明1-1と異なって感じられ
るだけのことである。本件発明1との対比においては,引用例3の記載において,
帯状の皮がカッターにより所定の大きさに打ち抜かれた工程から肉まんじゅうを
形成するまでの工程,すなわち,第10図ないし第13図に着目して認定した発
明が引用発明1-1に適用することが容易であるかを検討すればよいことである。
本件発明1との対比において必要な事項以外の前処理の機構を取り上げ,相違点
ウに係る本件発明1の構成と関係のない相違点イに係る本件発明1の構成である
位置調整をする必要がないという理由で,動機付けがないというのは明らかに誤
りである。
〔被告の主張〕
(1) 原告は,流体圧方式と押し込み部材方式は,共に周知であり,生地材を
押圧する点では同じであり,押圧するものが相違するだけであるとして,引用例
1の椀状形成手段と,引用発明3-1又は甲7,8に記載の椀状形成手段を置換
する動機付けは十分に存在すると主張する。
しかし,本件審決は,引用発明1-1と,引用発明3-1及び甲7,8に記載
された事項とは,単にその方式が流体圧方式か押し込み部材方式かという相違だ
けではなく,その装置全体の構成が全く異なっていることで相違していることを
認定しているのである。
また,原告の引用例2の【0059】についての主張は,その記載を誤認した
ものであり,誤りである。
したがって,動機付けが十分に存在するとの原告の上記主張も誤りである。
(2) 原告は,シャッタと受け部材の上下の位置関係が逆であることが置換を
阻害する要因とはなり得ないと主張する。
- 15 -
しかし,本件審決は,引用例1には本件発明1の「受け部材の上方に配設した
複数のシャッタ片からなるシャッタ」が開示されていないことを前提に,甲7,
8における受け部材とシャッタとの位置関係を検討しているものであり,その認
定には何の誤りもない。
仮に,引用例1には本件発明1の「受け部材の上方に配設した複数のシャッタ
片からなるシャッタ」が開示されているとしても,甲7,8に記載された成形装
置において,本件発明1の「押し込み部材」,「受け部材」又は「シャッタ」に
それぞれ相当する部材は,甲7,8に記載された成形装置の機能を果たすために
有機的・一体的に関連付けられているのである。したがって,このことを無視し
て,甲7,8に記載された成形装置の「押し込み部材」「受け部材」又は「シャ
ッタ」にそれぞれ相当する部材のうち,「押し込み部材」に相当する部材のみを
取り出して,引用発明1-1の「椀状形成手段」に置換する動機付けはない。
(3) 原告は,引用発明3-1が前処理の機構を備えているから,相違点ウに
係る本件発明1の構成と関係のない相違点イに係る本件発明1の構成である位置
調整をする必要がないという理由で,動機付けがないというのは誤りであるなど
と主張する。
しかしながら,本件審決は,引用発明3-1は,椀状形成開始後に外皮材を切
断して外皮材の位置調整を行うから,外皮材を切断する前に本件発明1のように
位置調整しても意味がなく,その点で,椀状形成開始前に生地の位置調整を行う
本件発明1と全く相違していると指摘したのである。
本件発明1の各構成要件は有機的・一体的に関連付けられているのであり,押
込み部材の下降は,位置調整工程によって位置決めされた生地の中心位置に向け
て下降させることを意味するものであるから,相違点ウに係る構成の置換容易性
の判断においても,位置調整は決して無関係な事項ではない。
なお,仮に,帯状の皮がカッターにより所定の大きさに打ち抜かれた工程から
肉まんじゅうを形成するまでの工程に着目して引用発明3-1を認定したところ
- 16 -
で,引用発明3-1では,本件発明1の意味での「位置調整」など行っていない
から,そのような発明から,押し込み部材の下降に相当する構成のみを取り出し
て引用発明1-1に適用する動機付けはない。
4 取消事由1-4(相違点エについての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,引用発明1-1において,引用発明3-1又は周知技術を
適用して相違点エに係る構成とすることに阻害要因があると判断した。
(2) しかしながら,相違点の検討においては,便宜的に複数の相違点に分離
して検討しているが,相違点エは相違点ウと密接に関連しており,本来,相違点
エは相違点ウと一緒に検討されるべきものである。すなわち,相違点ウに係る本
件発明1の構成である押し込み部材の押し込みにより外皮材を椀状に形成する手
段と,相違点エに係る本件発明1の構成である支持部材を下降させて成形品を搬
送する手段とは密接に関連した構成である。
相違点ウに係る本件発明1の構成が容易に想到できることは上記のとおりであ
り,その際には,当然に,引用発明1-1の成形型も含めて置換することが容易
か否か検討されるものである。相違点ウ及び相違点エに係る本件発明1の構成が,
周知なのであるから(甲7,8),引用発明1-1の成形型を周知の「支持部材
を下降させて成形品を搬送すること」とすることは,相違点ウに係る本件発明1
の構成と同様に,当業者が容易に想到できたものである。
本件審決の上記理由は,引用例1の成形型をそのまま残した状態で,この成形
型に支持部材を下降させて成形品を搬送する手段を適用させることしか検討して
おらず,誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 原告は,相違点ウ及び相違点エに係る本件発明1の構成が甲7,8に記
載され周知であるから,引用発明1-1の成形型を周知の「支持部材を下降させ
て成形品を搬送すること」とすることは,容易に想到できたものであると主張す
- 17 -
る。
しかしながら,甲7,8に記載された外皮材の成形方式は,引用例1に記載さ
れた外皮材の成形方式とは全く相違し,原告が主張する周知の技術も,それは甲
7,8の具体的な成形方式を前提として初めていえることである。
(2) 原告は,相違点エとウは本来一緒に検討されるべきものであると主張す
る。
しかしながら,審判請求事件において,相違点エとウを個別に主張したのは原
告であり,本件審決が原告の主張に沿って相違点エとウを個別に判断したのは当
然である。
なお,引用例1に記載された成形方式に代えて,これとは成形方式が全く相違
する甲7,8に記載された事項をあえて置換すべき動機付けはなく,また,甲7,
8に記載された事項を引用発明1-1の成形型も含め置換して適用しても,もは
や技術的に無意味な構成となる。また,そもそも引用発明1-1の成形型は本件
発明1の支持部材に相当するものであるから,「成形型も含め置換」することは
許されないのであり,仮に,相違点ウとエを一緒に検討したところで,本件審決
の判断が変わることはあり得ない。
5 取消事由2-1(相違点オについての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
相違点オの判断についても,前記2と同様の理由により誤りである。
〔被告の主張〕
前記2と同様である。
6 取消事由2-2(相違点カについての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
相違点カの判断についても,前記3と同様の理由により誤りである。
〔被告の主張〕
前記3と同様である。
- 18 -
7 取消事由2-3(相違点キの認定及び判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,引用発明1-2の「保持手段」である生地抑え部材は,
「外皮材形成手段」である成形型及びその周辺の吸引装置などに設けられてはい
ないとして,本件発明2では,保持手段が「外皮材形成手段に設けられる」もの
であるのに対し,引用発明1-2では,保持手段が「外皮材形成手段に設けられ
る」ものではない点を相違点と認定した。
しかし,引用例1(【0014】【0015】【0017】)には,生地成形
装置は,基台,室壁及び上部開口のある空気室等から構成されていること,空気
室内には成形型が収容されていること,生地成形装置に生地抑え部材を設けるこ
とが記載されており,本件発明2の外皮材形成手段に対応する生地成形装置に本
件発明2の保持手段に相当する生地抑え部材を設けることが明記されている。
したがって,本件審決のいう相違点キは一致点である。
(2) 仮に,本件発明2の外皮材形成手段が押し込み部材を備えていることを
理由に,本件審決のいう相違点キが存在するとしても,外皮材形成手段に押し込
み部材を備えることは,引用例3に記載されているから,引用発明1-2に引用
発明3-2を適用して容易に想到することができる。
〔被告の主張〕
(1) 原告は,相違点キは一致点であると主張する。
しかしながら,引用例1の【0014】の記載及び図1,図2から,引用発明
1-2の生地成形装置が,本件発明2の「外皮材形成手段」(押し込み部材及び
その昇降機構からなるもの)と全く異なる無関係な概念であることが明らかであ
る。
また,引用例1の【0017】の記載は,「生地成形機」が生地成形装置,感
知手段(センサー)及び生地抑え手段としての生地抑え部材を構成要素として備
えるという意味であり,生地成形装置に生地抑え部材を設ける意味ではない。こ
- 19 -
の記載を仮に原告が主張するように解すると,感知手段(センサー)も生地成形
装置に設けられているとの解釈になるはずであるが,この解釈は感知手段が「空
気室4の上方の所望箇所に固定され」との記載(【0017】)と明らかに矛盾
する。
また,生地抑え部材が「外皮材形成手段」である成形型及びその周辺の吸引装
置等に設けられていないことは,図5からも明らかである。
したがって,本件審決が,引用発明1-2の「保持手段」である生地抑え部材
は,「外皮材形成手段」である成形型及びその周辺の吸引装置などに設けられて
いないと認定したのは正当であり,相違点キは一致点であるとの主張は成り立た
ない。
(2) 原告は,相違点キが存在するとしても,外皮材形成手段に押し込み部材
を備えることは,引用例3に記載されているから,これを引用発明1-2に適用
して容易に想到することができると主張する。
しかし,この主張は,引用例3において保持手段が「外皮材形成手段に設けら
れる」構成が開示されていることを主張するものではなく,相違点キとは関係が
ない主張である。そもそも,引用発明1に引用発明3-2を適用することは容易
ではないから,この点からも原告の主張は誤りである。
8 取消事由2-4(相違点クについての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,引用発明1-2において,引用発明3-2又は周知技術を
適用して相違点クに係る構成とすることには阻害要因があると判断した。
(2) しかしながら,相違点の検討において,便宜的に複数の相違点に分離し
て検討しているが,相違点クは相違点カと密接に関連しており,本来,相違点ク
は相違点カと一緒に検討されるべきものである。すなわち,相違点カに係る本件
発明2の構成である押し込み部材の押し込みにより外皮材を椀状に形成する手段
と,相違点クに係る本件発明2の構成である「受け部材の下方に配置されるとと
- 20 -
もに支持部材を上昇させて椀状形成された外皮材を支持し支持部材を下降させて
成形品を搬送する支持手段」とは密接に関連した構成である。このことは,両者
の技術内容並びに甲7,8においても,押し込み部材の押し込みにより外皮材を
椀状に形成する手段と受け部材の下方に配置されるとともに支持部材を上昇させ
て椀状形成された外皮材を支持し支持部材を下降させて成形品を搬送する支持手
段とを併せ備えた発明が記載されていることからも明らかなことである。
(3) 相違点カに係る本件発明2の構成が容易に想到することができることは
上記のとおりであり,その際には,当然に,引用発明1-2の成形型も含めて置
換が容易か否か検討されるものである。相違点カ及び相違点クに係る本件発明2
の構成が甲7,8に記載され周知であるから,引用発明1-2の成形型を周知の
「受け部材の下方に配置されるとともに支持部材を上昇させて椀状形成された外
皮材を支持し支持部材を下降させて成形品を搬送する支持手段」とすることは,
相違点カに係る本件発明2の構成と同様に,当業者が容易に想到することができ
たものである。
本件審決は,引用例1の成形型をそのまま残した状態で,この成形型に支持部
材を下降させて成形品を搬送する手段を適用させることしか検討しておらず,誤
りである。
〔被告の主張〕
(1) 原告は,相違点クとカは本来一緒に検討されるべきものであると主張す
る。
しかしながら,審判請求事件において,相違点カとクを個別に主張したのは原
告であり,本件審決が原告の主張に沿って相違点カとクを個別に判断したのは当
然である。また,原告が本訴において突然そのような主張を行うことは許される
べきではない。
(2) なお,引用例1に記載された成形方式に代えて,これとは成形方式が全
く相違する甲7,8に記載された事項にあえて置換すべき動機付けはなく,また,
- 21 -
甲7,8に記載された事項を引用発明1-2の成形型も含めて置換して適用して
も,もはや技術的には無意味な構成となる。また,そもそも引用発明1-2の成
形型は本件発明2の支持部材に相当するものであるから,「成形型を含めて置
換」することは許されないのであり,本件審決が,引用例1の成形型をそのまま
残した状態で,この成形型に支持部材を下降させて成型品を搬送する手段を適用
させることしか検討していないのは,むしろ当然である。
したがって,仮に,相違点カとクを一緒に検討したところで,本件審決の判断
が変わることはあり得ない。
第4 当裁判所の判断
まず,本件発明について,その要旨,目的,効果,本件発明における位置調整,
本件発明の特徴を検討した上で,次に,原告主張の取消事由について順次検討し
ていくこととする。
1 本件発明について
(1) 本件発明の要旨
本件発明の要旨は,特許請求の範囲の請求項1及び請求項2に記載された,前
記第2の2認定のとおりである。
(2) 本件発明の目的
本件明細書(甲9)の記載によれば,本件発明は,パン生地,饅頭生地等の外
皮材によって,餡,調理した肉・野菜等の内材を確実に包み込み成形することが
できる食品の包み込み成形方法とこれに用いる食品の包み込み成形装置に関する
ものである(【0001】)。
従来技術としては,内材を棒状にしてその外側に外皮材を筒状にしたものを連
続的に形成し,これをシャッタ機構の開閉動作により絞り込んで成形切断するこ
とが行われている。しかし,外皮材としてパン生地等の発酵性の生地を用いる場
合には,筒状形成するときに生地に過度な圧力や捻りなどが加わることから,成
形切断後に生地が十分膨らまなくなり,外皮材が弾力性に乏しい硬い食品になっ
- 22 -
てしまう難点がある(【0002】)。
外皮材の筒状形成を避けてシート状の外皮材から食品成形を行う方法も提案さ
れているが,シート状の外皮材から成形を行う場合,パン生地のような食材は,
柔軟性を有するために外皮材の形状が一定せず,一枚一枚微妙にばらついた楕円
形状になることが多く,また,粘着性を有することから,搬送途中で位置ずれが
生じたりして正確に成形位置に配置することができないために,外皮材を封止で
きないことが生じやすい(【0003】【0004】)。それを避けるために生
地片を大きくする場合には,生地片の量が多くなるため,封止ゲートを閉じた際
に,生地片が封止ゲートの上方にはみ出るおそれがあり,また,プラグにより外
皮材の突出防止を図る場合にも,プラグを雌型に配置するため工程が増えると共
に,外皮材を載置した雌型を移動させるなど工程が複雑化し,しかも,多数の雌
型を配置する必要から装置全体が大型化し,装置機構が複雑化する難点があった
(【0004】)。
そこで,本件発明は,従来の食品成形方法に上記のような難点があったことに
鑑みてされたもので,外皮材に形状のばらつきや位置ずれがあっても,封着時に
外皮材により確実に内材を包み込み成形することができる包み込み成形方法と構
成簡素な包み込み成形装置を提供することを目的とするものである(【000
5】)。
(3) 本件発明の効果
本件発明は,上記の目的のために,請求項1又は請求項2に記載された技術的
事項を採用したもので,それにより,以下のような効果を奏するものである(甲
9)。
アシャッタのシャッタ片を閉じる方向に動作させてその開口面積を縮小させ
れば,縮小した開口状態に合わせて外皮材をセットすることができ,外皮材が所
定位置に収まるように外皮材の位置調整を行うことができる。このことによって
外皮材の形状のばらつきや位置ずれが予め修正され,より確実な成形処理を行う
- 23 -
ことが可能となる(【0008】)。
イ外皮材を椀状形成する際に外皮材の縁部を押え部材により保持するので,
外皮材がパン生地等の弾性に富む食材であっても,外皮材の縁部周辺を伸ばしな
がら椀状に形成することができ,たとえ多少外皮材の形状・大きさがばらついて
いたり,位置ずれがあったとしても,外皮材を確実に椀状形成することができる。
このとき,外皮材を支持部材で支持するようにすれば,外皮材が必要以上に下方
へ伸びてしまうことを防ぐことができる(【0009】)。
ウ押し込み部材を通して内材を供給しているので,押し込み部材の上昇に伴
って外皮材が収縮するのを防ぐことができると共に,外皮材の形状形成と内材の
供給を短時間に効率良く行うことが可能となる。このとき,外皮材を支持部材で
支持しているので,内材の吐出による外皮材の必要以上の伸びを防ぐことができ,
内材を確実に外皮材の内側に配置することができる(【0010】)。
エシャッタの下方に設けた受け部材上に外皮材を供給しているので,より安
定的に外皮材を戴置することができると共に,受け部材と保持手段の押え部材と
により外皮材を確実に押え保持することができ,さらに受け部材の開口部に押し
込み部材を進入させることによって,受け部材の開口部を利用して外皮材を椀状
形成することも可能となる(【0011】)。
オシャッタの下方に設けた受け部材上に外皮材を供給しているので,シャッ
タの閉じ動作によって受け部材上の外皮材の位置調整を行うことができ,装置構
成を極めて簡素化することができる(【0012】)。
カ外皮材が供給された時点で,外皮材の封着を行うシャッタのシャッタ片を
閉じる方向に動作させてその開口面積を縮小させることにより,縮小した開口状
態に合わせて外皮材をセットすることができ,外皮材が所定位置に収まるように
外皮材の位置調整を行うことができる点で優れた効果を奏するものといえ,特に,
「第一参考例」のように別途の補助シャッタを設けることなく,封着用のシャッ
タにより達成している点で格別の効果を奏する(【0013】~【0036】,
- 24 -
【図1】~【図24】,【0056】,【0066】)。
(4) 本件発明における位置調整について
上記(3)のとおり,本件発明は,シャッタのシャッタ片を閉じる方向に動作さ
せてその開口面積を縮小させることにより,縮小した開口状態に合わせて外皮材
をセットすることができ,外皮材が所定位置に収まるように外皮材の位置調整を
行うことができるものである。
この「位置調整」については,パン生地のような食材は,柔軟性を有するため
に外皮材の形状が一定せず,一枚一枚微妙にばらついた楕円形状になることが多
く,また,粘着性を有することから,搬送途中で位置ずれが生じたりして正確に
成形位置に配置することができないことに考慮して,縮小したシャッタ片の開口
状態に合わせて外皮材をセットし,外皮材が所定位置に収まるように外皮材の
「位置調整」を行うもので,その結果,外皮材の形状のばらつきや位置ずれが予
め修正されるものである。
要するに,本件発明における「位置調整」とは,当該開口状態で規定されると
ころの所定位置(所定範囲内)に外皮材を収めることをいい,その技術的意義は,
外皮材の縁が受け部材の開口部から落ち込まないように,外皮材の縁が開口部に
残るようにすることであり,このような「位置調整」を行うことにより,従来の
食品成形方法のように,以後の工程で生地片の縁部が落ち込んで封止できなくな
るといった問題点がなく,外皮材を椀状形成する際に外皮材の縁部を押え部材に
より保持することが可能になるので,外皮材がパン生地等の弾性に富む食材であ
っても,外皮材の縁部周辺を伸ばしながら椀状に形成することができ,外皮材を
確実に椀状形成することができる(【0004】【0009】)のである。
したがって,本件発明における「位置調整」は,その後に続く椀状に形成する
工程や封着する工程を踏まえて行われるものであって,後の工程と密接に関連し
たものといわなければならず,単なる外形の修正や整形のために行われる位置調
整とは本質的に異なるものである。
- 25 -
(5) 本件発明の特徴
上記(2)ないし(4)に認定した本件発明の目的,効果及び「位置調整」の技術的
意義からすると,本件発明は,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程
との関連が強く,その後の椀状に形成する工程や封着する工程にとって重要な工
程である外皮材の位置調整を,既に備わる封着用のシャッタで行う点,別途の手
段を設けることなく簡素な構成でこのような重要な工程を達成している点に,そ
の特徴があるということができる。
2 取消事由1-1(引用発明1-1の認定の誤り)について
(1) 引用例1について
ア引用例1の記載(甲1)
引用例1に記載された発明は,パン生地,饅頭生地などの生地材を成形して餡
などの内材を包んで成形する,食品の生地成形方法及び生地成形機に関するもの
であるところ(【0001】),従来,円形状の生地片をカップ上に支持し,生
地片上に餡などの球状の内材を載せ,押し込み棒によって内材と生地材とをカッ
プ内に押し込むことで成形し,開いていたゲート(シャッタ)を閉じることで,
生地片に内材を包み込む包餡装置があったが(【0002】),従来の包餡装置
及びこの装置による食品の生地片の成形方法では,内材がペースト状(クリーム,
ジャム)あるいは不定形状の材料(料理したキンピラごぼう,野沢菜などの漬
物)である場合は押し込みによって成形するには,潰れたり,破れたりして極め
て不都合な結果となり,きれいな形状に内材を包み込めないという問題点があっ
た(【0003】)。引用発明1-1及び引用発明1-2は,これらの問題点を
解決して,平らな生地材の外周縁部を保持した状態で,少なくとも「空気室の上
部開口を塞ぐように平らな生地材を前記空気室の室壁上に載置し,前記生地材の
上面側からの空気の吹込みおよび下面側からの空気の吸引の少なくとも一方によ
り内材を入れるのに適した形状に前記生地材を成形すること」(【請求項1】)
により,きれいな形状に生地材によって内材が包み込めるようにした,食品の生
- 26 -
地成形方法及び生地成形機の提供を目的としており(【0003】),包合時に
生地材が固定されていないため,内材としては,餡だけでなくペースト状のジャ
ムやクリーム,あるいは,調理した肉と野菜,さらには野沢菜などの漬物類の不
定形な材料を用いたものであってもきれいな形状に内材を包合することができる
ものである(【0043】)。
イ引用発明1-1及び引用発明1-2の特徴
以上の記載によれば,引用例1に記載された発明(引用発明1-1及び引用発
明1-2)は,押し込み棒によって内材と生地材とをカップ内に押し込む方法の
問題点を踏まえ,生地材の上面側からの空気の吹込み及び下面側からの空気の吸
引の少なくとも一方により内材を入れるのに適した形状に前記生地材を成形する
ことを前提としたものであるということができ,空気室の上部開口を塞ぐように
平らな生地材を前記空気室の室壁上に載置し,前記生地材の上面側からの空気の
吹込み及び下面側からの空気の吸引の少なくとも一方により内材を入れるのに適
した形状に前記生地材を成形することに特徴がある発明と解される。
(2) 引用発明1-1のシャッタについて
ア原告は,引用発明1-1も「受け部材の上方に配設した複数のシャッタ片
からなるシャッタ」を有する旨主張する。
イ引用例1(甲1)には,餡を生地材の成形した部分内に入れた状態で,生
地抑え部材を生地材の外周縁部上から外し,シャッタを開位置から閉位置まで移
動させることで,餡を包合して成形すること(【0024】【0030】),そ
の後,閉じたシャッタを開位置に戻し,成形,包合を繰り返すこと(【002
5】【0030】)が記載されている。そして,【図4】の「(4)包合」及び
【図6】の「(4)包合」には,シャッタが閉じ,餡を包合して成形している様子
が看取でき,上記図面に示されるような位置がシャッタの閉位置であることが分
かるものの,「開位置」においてシャッタがどのような部位に位置するかは明ら
かではない。引用例1のシャッタに関するその余の記載(【0038】【004
- 27 -
0】)を参酌しても,シャッタが室壁上において開閉動作を繰り返すと解するこ
とも可能ではあるが,その余の構成を排除していないから,引用例1の記載から,
室壁上において開閉動作を繰り返すもののみを想定することはできない。
ウよって,本件審決が,シャッタに関し,引用発明1-1では,受け部材上
にシート状の外皮材を供給するときに複数のシャッタ片からなるシャッタがどこ
に存在するのか不明であり,シャッタが「受け部材の上方に配設」され,かつそ
の位置において「開口させた状態で」,受け部材上にシート状の外皮材を供給し
ているのか不明であると判断した点に誤りはない。
なお,本件審決は,相違点アについては,容易に想到できると判断したのであ
り,この判断については争いがないから,原告の主張は,本件審決の結論に影響
を及ぼすものではない。
(3) 小括
以上のとおり,取消事由1-1は,理由がない。
3 取消事由1-2(相違点イについての判断の誤り)について
(1) 甲2について
ア甲2は,生地形状の修正方法及びその装置に関し,更に詳しくは,偏平生
地の平面形状の修正方法及びその装置に関するものである(【0001】)。甲
2には,扁平化された生地は,ライン上で移動される際に,各々が一定の形を保
持することが重要であることに鑑み,生地の形状を一定のものに整えることがで
きる生地形状の修正方法及びその装置を提供することを目的としたものであるこ
と(【0005】【0006】),流れてくる生地を一旦停止させた状態で,補
正枠体を使って生地の周囲から押さえてやることにより,形状が修正できること
を見出し,この知見に基づいて発明を完成させたものであること(【000
7】),生地を載せて移動するベルトコンベヤ体と,該ベルトコンベヤ体上に配
置されかつ上下移動可能な制止用補正枠体と,生地を側面から押圧して修正を行
う修正用補正枠体とよりなる生地形状の修正装置(【0010】)等を採用する
- 28 -
ことにより,生地の形状が,効率よく修正されるという作用を奏するものである
こと(【0012】),より具体的には,「生地Dは,制止用補正枠体Aと修正
用補正枠体Bの間に位置決めされ,修正用補正枠体Bで生地Dの側面を押圧する
ことによりその形が修正される」こと(【0028】)等が記載されている。
イそうすると,甲2に記載された事項は,制止用補正枠体と修正用補正枠体
との間に生地を位置決めし,生地の形を修正するものであり,他方,位置決めさ
れる位置はその後の包み込み工程とは関係がなく,専ら包み込み工程に適した外
形に修正するものということができ,その後の包み込み工程の前段に設けられた
外形の修正のための工程であって,外形の修正専用に設けられた工程ということ
ができる。
(2) 甲3について
ア甲3は,食品工場等で食品を処理体に載置して処理する際,処理体に載置
された食品の載置位置を修正する食品の載置位置修正方法及び食品の載置位置修
正装置に関するものである(【0001】)。甲3には,予め丸型に成形した生
地を,処理体としての展板に移載し,この展板上において発酵,焼成を行うよう
にすること(【0002】),あんぱんのような製品では,生地をモールド部の
基準位置に置くことが重要であること(【0003】),食品に変形等の悪影響
を与えることを抑制しながら食品の載置位置を容易に修正できる食品の載置位置
修正方法及び食品の載置位置修正装置を提供することを目的とするもので(【0
004】),載置された食品に押送体を対峙させ,該押送体を上記食品の周囲に
回転させながら該押送体により上記食品を押圧して基準位置に位置決めする構成
としていること,複数の押送体による1回の回転押送動作だけで基準位置からラ
ンダムにずれている該食品の載置位置を修正することができること(【000
6】)等が記載されている。
イそうすると,甲3に記載された事項は,展板のような処理体に載置された,
食品である生地の載置位置を基準位置に修正するものということができ,具体的
- 29 -
には展板上において生地の発酵,焼成を行う場合の例が開示されている。なお,
甲3には,包み込み工程に関する事項は開示されていないが,食品としてあんぱ
んが例示されているから,包み込み工程に近接した技術であるということができ
る。
もっとも,甲3に記載された押送体は,専ら展板上での生地の載置位置の修正
を行うものであり,載置位置の修正専用のものということができる。
(3) 引用例2について
ア引用例2(甲4)には,生地抑えを取り除いた後で,外包材の外周縁部を
円周方向より中心方向に絞り込む包み込み前工程を行い,その後でシャッタによ
る包み込み工程を行うのも効果的である旨の記載がある(【0047】)。
イ上記記載は,生地抑えを取り除いた後で,シャッタによる包み工程を行う
前に,外包材の外周縁部を円周方向より中心方向に絞り込む包み込み前工程を行
うことにより,その直後に行われる包み込みがより効果的に行われるとの趣旨の
記載と理解され,シャッタによる包み込み前に,同一部材であるシャッタを利用
して包み込みの準備工程を行うもので,シャッタに本来の包み込み機能とは別の
機能を持たせることが読み取れる。
しかしながら,当該包み前工程はその直後の包み込み工程と一連の工程で,外
包材の外周縁部を円周方向より中心方向に絞り込む動作は包み込み動作と同様で
あるから,包み込み工程の一部ともいえるものの,異なる種類の工程又は単なる
準備工程であるとはいえず,引用例2の当該記載からは,シャッタに本来の機能
とは全く別の機能を持たせることまでは読み取ることはできない。
(4) 甲5,6について
甲5,6に記載された事項は,同一のシャッタ片により,括れの形成と切断と
を行うものであるといえるが,あくまでも,連続的に押し出される,2種以上の
材料から成る有芯棒状食品などの各種棒状食品が前提の技術であって,甲5,6
には,本件発明1や引用発明1-1のような成形方式に関する記載,示唆はなく,
- 30 -
芯材及び外皮材からなる食品の製造に関して普遍的,一般的な技術として理解す
ることも困難である。
また,シャッタ片の動作に着目しても,括れの形成と切断とで同様の動作をし
ており,全く別の機能を果たしているとまではいえない。
(5) 相違点イの容易想到性について
ア引用発明1-1における動機付けの有無
引用発明1-1は,外皮材が所定の位置からずれているか否かを感知する感知
手段を有している。したがって,外皮材が所定位置からずれている場合にこれを
修正しようとすることは,自然に着想するところということができ,外皮材の位
置修正の課題や,修正手段の採用の動機付けがあるということができる。
イ引用発明1-1に甲2に記載された事項を適用することの可否
原告は,引用例1に記載された外皮材を封着するシャッタに,甲2に記載の周
知の位置調整機能を付加すれば,相違点イに係る本件発明1の構成を導くことが
できると主張する。
しかし,前記(1)のとおり,甲2に記載された事項は,制止用補正枠体と修正
用補正枠体との間に生地を位置決めし,生地の形を修正するものであって,包み
込み工程に適した外形に修正するものであるものの,位置を修正するものではな
い。
それに対し,本件発明1のシャッタによる位置調整の技術的意義は,外皮材の
縁が受け部材の開口部から落ち込まないように,外皮材の縁が開口部に残るよう
にすることであり,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程を踏まえて
行われるもので,後の工程と密接に関連したものということができ,単なる外形
の修正,整形とは本質的に異なるものであるから,単なる外形の修正技術である
甲2に記載された事項が知られているとしても,相違点イに係る本件発明1の構
成を導くことはできない。
よって,甲2に記載された事項を引用発明1-1における外皮材の位置修正手
- 31 -
段として採用することは,当業者にとって容易とはいえない。
しかも,甲2に記載された事項は,上記(1)のとおり,その後の包み込み工程
の前段に設けられた外形の修正専用に設けられた工程といえるとともに,甲2に
は封着用のシャッタに適用することの示唆は特段認められない。
そして,引用例1にもシャッタにより位置修正を行うことの示唆はないから,
引用発明1-1において甲2に記載された事項を採用したとしても,さらに進ん
で,これをシャッタに適用することまでが容易とはいえない。
ウ引用発明1-1に甲3に記載された事項を適用することの可否
原告は,引用例1に記載された外皮材を封着するシャッタに,甲3に記載の周
知の位置調整機能を付加すれば,相違点イに係る本件発明1の構成を導くことが
できると主張する。
なるほど,前記(2)のとおり,甲3に記載された事項は,展板のような処理体
に載置された,食品である生地の載置位置を基準位置に修正するものであり,技
術の近接性を勘案すれば,甲3に記載された事項を引用発明1-1における外皮
材の位置修正手段として採用することは,当業者にとって格別困難とはいえなく
もない。
しかし,甲3に記載された押送体は,上記(2)のとおり,専ら展板上での生地
の載置位置の修正を行うものであり,載置位置の修正専用のものといえるのであ
って,甲3には封着用のシャッタに適用することの示唆は特段認められない。
そして,引用例1にもシャッタにより位置修正を行うことの示唆はないから,
引用発明1-1において甲3に記載された事項を採用したとしても,さらに進ん
で,これをシャッタに適用することまでが容易ということはできない。
エシャッタによる外皮材の位置修正の容易想到性
結局,引用発明1-1において,シャッタにより外皮材の位置修正を行うこと
は容易とはいえない。
これに対し,本件発明1のシャッタによる「位置調整」とは,外皮材の縁が受
- 32 -
け部材の開口部から落ち込まないように,外皮材の縁が開口部に残るようにする
ことであり,その後に続く椀状に形成する工程や封着する工程を踏まえて行われ
るもので,後の工程と密接に関連したものといえ,単なる外形の修正,整形とは
本質的に異なるものである。
そして,前記1のとおり,本件発明1においては,このような「位置調整」を
行うことにより,従来の食品成形方法のように,外皮材が楕円形状であったり,
成形位置からずれた位置に外皮材が供給された場合,外皮材を封止できない,生
地片がカップ周縁に載置されないと以後の工程で生地片の縁部が落ち込んで封止
できなくなる,といったことがなく,外皮材を椀状形成する際に外皮材の縁部を
押え部材により保持することが可能になるので,外皮材がパン生地等の弾性に富
む食材であっても,外皮材の縁部周辺を伸ばしながら椀状に形成することができ,
外皮材を確実に椀状形成することができるものである。しかも,別途の補助シャ
ッタを設けることなく,シャッタにより「位置調整」を行っており,装置構成を
極めて簡素化することができるという格別の効果を奏するものである。
このような効果は,単なる外形の修正,成形手段である甲2に記載された事項
や,包み込み工程と関連しない位置修正手段である甲3に記載された事項を単に
適用しても,相違点イに係る本件発明1-1の構成に想到することが容易でない
ことを裏付けるものである。
オ本件審決の当否
したがって,引用発明1-1において,シャッタにより外皮材の位置修正を行
うことは容易とはいえない。よって,本件審決の相違点イの判断に誤りはない。
(6) 原告の主張について
ア原告は,食品の包み込み成型方法において,包み込み工程を良好に行うた
めに,シャッタによる外皮材の封着の前に同一のシャッタを用いた準備工程を行
うことは,引用例2のとおり本件出願前に公知であると主張する。
上記(3)のとおり,引用例2に記載された当該包み前工程は,包み込み工程の
- 33 -
一部の工程ともいえるもので,異なる種類の工程又は単なる準備工程であるとは
いえず,引用例2の当該記載からは,シャッタに本来の機能とは全く別の機能を
持たせることまでは読み取ることはできない。甲2に記載された外形修正工程や
甲3に記載された位置修正工程は包み込み工程とは異なる種類の工程であるから,
上記のような引用例2に記載された事項が知られているとしても,引用発明1-
1のシャッタに甲2,3に記載された事項を適用することが容易とはいえない。
イ原告は,1つのシャッタにより,相異なる2つの機能を持たせることで装
置の簡素化を図ることは,甲5,6に記載のとおり周知の事項であると主張する。
しかし,上記(4)のとおり,甲5,6に記載された事項は,あくまでも,連続
的に押し出される,2種以上の材料から成る有芯棒状食品などの各種棒状食品が
前提の技術であって,芯材及び外皮材からなる食品の製造に関して普遍的,一般
的な技術として理解することは困難であるとともに,シャッタ片の動作も全く別
の機能を果たしているとまではいえないところ,引用発明1-1は,甲5,6に
記載された事項と成形方式が異なる上,甲2に記載された外形修正工程や甲3に
記載された位置修正工程は包み込み工程とは異なる種類の工程であるから,甲5,
6に記載された事項が知られているとしても,引用発明1-1のシャッタに甲2,
3に記載された事項を適用することが容易とはいえない。
(7) 小括
以上のとおり,取消事由1-2は,理由がない。
4 取消事由1-3(相違点ウについての判断の誤り)について
(1) 相違点ウの容易想到性について
ア引用発明1-1に押し込み部材方式を採用する動機付けについて
前記2(1)のとおり,引用発明1-1は,押し込み棒によって内材と生地材と
をカップ内に押し込む方法の問題点を踏まえ,生地材の上面側からの空気の吹込
み及び下面側からの空気の吸引の少なくとも一方により内材を入れるのに適した
形状に前記生地材を成形することを前提としたものであるといえ,空気室の上部
- 34 -
開口を塞ぐように平らな生地材を前記空気室の室壁上に載置し,前記生地材の上
面側からの空気の吹込み及び下面側からの空気の吸引の少なくとも一方により内
材を入れるのに適した形状に前記生地材を成形することに特徴がある発明と解さ
れる。そうすると,引用発明1-1は,押し込み部材方式の問題点を踏まえた,
流体圧方式を前提とした発明と解されるから,押し込み部材方式を採用すること
の動機付けが十分とはいえない。
なお,引用例2(【0059】)には,雌型内面からの吸気及び雄型外面から
の噴気を省略し得ること,その場合雌型及び雄型は多数の通気小孔があるものを
用いなくてもよいことが記載されている。これらの記載は,押し込み部材方式の
採用を示唆しているとも解されるが,一般的に両方式が相互に置換されることを
示唆しているものではないし,仮に,技術的に置換が可能であるとしても,引用
発明1-1は流体圧方式を前提としているから,押し込み部材方式を採用するこ
との動機付けが十分とはいえない。
イ引用発明1-1に押し込み部材方式を採用することの容易性について
引用例1の記載によれば,生地成形装置の空気室は,基台と室壁とからなるも
ので,室壁は空気室の構成要素である(【0014】【0015】【図2】)。
そして,室壁の上端面は本件発明1の「受け部材」に相当する機能を有する部位
といえるものの,あくまでも室壁の一部であって,別途の受け部材として観念す
ることは困難であるとともに,独立した受け部材を示唆する記載もない。
そうすると,引用発明1-1は,空気室の上面でシャッタにより封着する発明
であり,空気室を利用することとその上面にシャッタを配置することとは不可分
の構成であって,当業者にとって,これを空気室の上方に設けられた受け部材の
上面でシャッタにより封着するもの,すなわち,成形方法を離れて受け部材の上
面でシャッタにより封着する発明として観念することは,困難である。
そうすると,仮に,引用発明1-1において,甲7,8に記載のような押し込
み部材方式を採用する場合には,シャッタの構成も含め成形手段全体を置換する
- 35 -
こととなり,もはや引用発明1-1が技術的に成り立たなくなるから,その意味
において,引用発明3-1又は甲7,8に記載された事項を採用することは,困
難といわざるを得ない。
ウ本件審決の当否
したがって,引用発明1-1において,押し込み部材方式を採用することは容
易とはいえない。よって,本件審決の相違点ウの判断に誤りはない。
(2) 原告の主張について
ア原告は,食品の包み込み成形手段という同一の技術分野において周知であ
る成形手段であるにもかかわらず,単に成形方式が相違するから,相互に置換で
きないというのは技術開発の常識に反する考え方であり,むしろ,両方式の長所
を組み合わせて更に発展させようとするのが技術開発の常識と思料されるから,
引用発明1-1の椀状形成手段と,引用発明3-1又は甲7,8に記載の椀状形
成手段を置換する動機付けは十分に存在すると主張する。
しかし,前記(1)のとおり,引用発明1-1は,押し込み部材方式の問題点を
踏まえた,流体圧方式を前提とした発明と解されるから,押し込み部材方式を採
用することの動機付けが十分に存在するとはいえない。
また,引用例2(【0059】)の記載は,流体圧方式と押し込み部材方式の
置換の一般性を示唆しているものではない。
イ原告は,本件発明1の「受け部材の上方に配設されたシャッタ」の構成は
引用発明1-1が備えており,引用発明3-1及び甲8に記載のシャッタを引用
発明1-1に置換する必要はないのであるから,シャッタと受け部材の上下の位
置関係が逆であることが置換を阻害する要因とはなり得ないと主張する。
しかし,引用発明1-1において,引用発明3-1及び甲7,8に記載の押し
込み部材方式を採用する場合には,シャッタの構成も含め成形手段全体を置換す
ることとなり,その場合,もはや引用発明1-1が技術的に成り立たなくなるこ
とは,上記(1)のとおりであるから,シャッタと受け部材の上下の位置関係が逆
- 36 -
である引用発明3-1又は甲7,8に記載された周知技術を採用することは困難
といわざるを得ない。
ウ原告は,本件発明1との対比においては,引用例3の第10図ないし第1
3図に着目して認定した発明が引用発明1-1に適用することが容易であるかを
検討すればよく,必要な事項以外の前処理の機構を取り上げ,相違点ウに係る本
件発明1の構成と関係のない相違点イに係る本件発明1の構成である位置調整を
する必要がないという理由で,動機付けがないというのは誤りであると主張する。
しかし,本件審決は,引用発明1-1の成形手段を甲7,8記載の成形手段に
置換することが容易ではないと判断した上で,さらに進めて,相違点イに係る位
置調整機能との関連で引用発明3-1又は甲7,8に記載された周知技術を適用
することの可否を検討したものと解される。
そして,引用発明3-1又は甲7,8に記載された周知技術は,位置調整機能
を備えていないから,位置調整機能に着目しても,引用発明3-1又は甲7,8
に記載された周知技術を引用発明1-1に適用する動機付けはないことは明らか
である。
(3) 小括
以上のとおり,取消事由1-3は,理由がない。
5 取消事由1-4(相違点エについての判断の誤り)について
(1) 相違点エの容易想到性について
ア引用発明1-1に引用発明3-1又は甲7,8に記載された事項を採用す
る動機付けについて
前記2(1)のとおり,引用発明1-1は,押し込み部材方式の問題点を踏まえ
た流体圧方式を前提とした発明と解され,引用例2(【0059】)の記載を参
酌しても,押し込み部材方式を採用することの動機付けが十分でない。
そうすると,相違点エに関し,押し込み部材方式を前提とした引用発明3-1
又は甲7,8に記載された事項を採用する動機付けは十分とはいえない。
- 37 -
イ本件審決の当否
したがって,引用発明1-1において,押し込み部材方式を採用することは容
易とはいえない。よって,本件審決の相違点エの判断に誤りはない。
(2) 原告の主張について
ア原告は,相違点エは相違点ウと密接に関連しており,本来,相違点エは相
違点ウと一緒に検討されるべきものであり,相違点ウに係る本件発明1の構成が
容易に想到できるから,引用発明1-1の成形型を周知の「支持部材を下降させ
て成形品を搬送すること」とすることは,相違点ウに係る本件発明1の構成と同
様に,当業者が容易に想到できたものであるなどと主張する。
しかし,相違点ウに関し容易想到とはいえないことは前記4のとおりであり,
これと密接に関連した相違点エに係る構成も含めて,容易想到とはいえないこと
は明らかである。
本件審決は,成形方法の違いも踏まえた上で相違点エを検討している上,そも
そも,相違点ウとエに関しては,原告が無効審判請求において個別に主張したも
のであるところ,上記の原告の主張に沿ってこれを個別に判断した本件審決に違
法はないから,原告の上記主張は採用できない。
イ原告は,本件審決は,引用発明1-1の成形型をそのまま残した状態で,
この成形型に支持部材を下降させて成形品を搬送する手段を適用させることしか
検討しておらず,誤りであると主張する。
しかし,引用発明1-1は成形型を利用する流体圧方式を前提とした発明と解
されるから,引用発明1-1の成形型をそのまま残した状態で,この成形型に支
持部材を下降させて成形品を搬送する手段を適用させることの可否を検討したこ
とに誤りはない。
(3) 小括
以上のとおり,取消事由1-4は,理由がない。
6 取消事由2-1(相違点オについての判断の誤り)について
- 38 -
前記3と同様の理由により,取消事由2-1は,理由がない。
7 取消事由2-2(相違点カについての判断の誤り)について
前記4と同様の理由により,取消事由2-2は,理由がない。
8 取消事由2-3(相違点キの認定及び判断の誤り)について
(1) 相違点キの認定について
引用例1(【0017】)の記載によれば,生地成形手段は,感知手段(セン
サー)と,図示しない昇降用シリンダのピストンロッドに連結されて昇降する生
地抑え部材とを設けて,食品の生地成形機を構成したものである。そして,【図
2】を参酌すると,ピストンロッドが生地成形手段の近傍に設けられていること
はうかがえるが,詳細は不明であって,生地抑え部材が生地成形手段に設けられ
ているか否かは明らかではない。
そして,前提構造である生地成形手段自体,外皮形成手段としての具体的構造
が本件発明1-2とは相違しているから,これを相違点とした本件審決の認定に
誤りはない。
(2) 相違点キの容易想到性について
前記4と同様の理由により,引用発明1-2に引用発明3-2を適用すること
は容易とはいえないから,相違点キは容易に想到することはできない。
(3) 小括
以上のとおり,取消事由2-3は,理由がない。
9 取消事由2-4(相違点クについての判断の誤り)について
(1) 相違点クの容易想到性について
ア引用発明1-2に引用発明3-2又は甲7,8に記載の事項を採用する動
機付けについて
前記2(1)のとおり,引用発明1-2は,押し込み部材方式の問題点を踏まえ
た,流体圧方式を前提とした発明と解される。引用例2(【0059】)の記載
を参酌しても,押し込み部材方式を採用することの動機付けが十分ではない。
- 39 -
そうすると,相違点クに関し,押し込み部材方式を前提とした引用発明3-2
又は甲7,8に記載された事項を採用する動機付けは十分とはいえない。
イ本件審決の当否
したがって,引用発明1-2において,押し込み部材方式を採用することは容
易とはいえない。よって,本件審決の相違点クの判断に誤りはない。
(2) 原告の主張について
ア原告は,相違点クは相違点カと密接に関連しており,本来,相違点クは相
違点カと一緒に検討されるべきものであり,相違点カに係る本件発明1の構成が
容易に想到できるから,引用発明1-2の成形型を周知の「受け部材の下方に配
置されるとともに支持部材を上昇させて椀状形成された外皮材を支持し支持部材
を下降させて成形品を搬送する支持手段」とすることは,相違点カに係る本件発
明2の構成と同様に,当業者が容易に想到できたものであるなどと主張する。
しかし,相違点カに関し容易想到とはいえないことは前記7のとおりであり,
これと密接に関連した相違点クに係る構成も含めて,容易想到とはいえないこと
は明らかである。
本件審決は,成形方法の違いも踏まえた上で相違点クを検討している上,そも
そも,相違点カとクに関しては,原告が無効審判請求において個別に主張したも
のであるところ,上記の原告の主張に沿ってこれを個別に判断した本件審決に違
法はないから,原告の上記主張は採用できない。
イ原告は,本件審決は,引用発明1-2の成形型をそのまま残した状態で,
この成形型に支持部材を下降させて成形品を搬送する手段を適用させることしか
検討しておらず,誤りであると主張する。
しかし,引用発明1-2は成形型を利用する流体圧方式を前提とした発明と解
されるから,引用発明1-2の成形型をそのまま残した状態で,この成形型に支
持部材を下降させて成形品を搬送する手段を適用させることの可否を検討したこ
とに誤りはない。
- 40 -
(3) 小括
以上のとおり,取消事由2-4は,理由がない。
10 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請
求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣
裁判官 高 部 眞規子
裁判官 井 上 泰 人

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