2011年2月24日木曜日

特許:【容易想到性(容易推考性)】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件))






特許:【容易想到性(容易推考性)】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第2部「塩月秀平コート」



H230301現在のコメント


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件))

 容易想到性判断に関する事実認定判決です。「塩月コート」は,「容易推考性」という言葉を好んで使う印象です。

 一致点認定の誤り→容易想到性の判断の誤りという流れです。



縮小版なし・判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件))

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第2 事案の概要


本件は,被告の請求に基づいてされた原告らの特許を無効とする審決の取消訴訟であり,争点は,容易推考性の存否である。

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3 取消事由1について



(1) 原告らは,引用発明1には「急な曲面領域」は存在せず,これを境界とする中央部や周辺部も存在しないので,審決の引用発明1の認定は誤りであり,これに伴い,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとの一致点認定も誤りである旨主張する。

しかし,上記2で認定したとおり,引用発明1の皮革片は,周辺端面に近い部分において急カーブの曲線となっており,その部分を挟んで,中心部では比較的緩やかな曲線に,周辺端面に至る領域では緩やかな曲線あるいは直線となっているのであるから,審決が引用発明1について「急な曲面領域」を認定したことに誤りはなく,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとした一致点認定にも誤りはなく,この点に関する相違点の看過もない。

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(2) 原告らは,引用発明1の皮革片はカップ状の裾の部分しか接合しておらず,本件発明1の接合部とは異なっているので,「接合部」が設けられる点を一致点とした審決の認定に誤りがあると主張する。

上記1で認定したとおり,本件発明1は,皮革片の周縁部を折り曲げ,折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着するという構成をとるものである。このように,本件発明1における「接合部」は,接着するための部位であるから,一定の領域を有する「面接触」を要するものと解される。これに対し,上記2のとおり,引用発明1は,カップ状の皮革パネルの裾部分(周辺端面)のみを接触させたものであり,接触している部分は線接触であると認めるのが自然である。

そうすると,引用発明1における皮革片の接触部は,接着するための接合部とはいえず,本件発明1における接合部に相当するということはできないから,この点を一致点とした審決の認定は誤りである。そして,「接合部」の有無は,皮革パネルの接着に関する相違点2の前提となるものであって,この点の相違も含めて相違点2についての本件発明1の構成の容易想到性を判断すべきなのに,審決はこれを怠っている。したがって,取消事由1は,理由がある。

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4 取消事由2について



(1) 上記1で認定したとおり,本件発明1の「折り曲げ部」は,縫いボールと同様の飛距離,グリップ性等を得るために,皮革パネル間に,縫いボールと同様の深くて狭い溝を形成するために採用された構成である。

これに対し,上記2で認定した内容によれば,引用発明1は,手工業的に実現さあれたボール,すなわち縫いボールに近い外観を有することを目的とするものであり,そのために,とりわけ隆起に着目し,隆起部分を有するボールとするために,皮革片を椀型(カップ状)に成形するという構成を採用したものと認められる。

このように,本件発明1と引用発明1は,貼りボールに縫いボールの特徴を取り入れようとする点では共通するものの,技術的着眼点は,本件発明1が飛距離等であるのに対し,引用発明1では外観であって,異なっている。また,貼りボールの外観を縫いボールに近付けるための手法としては,甲3の1に従来技術として記載された「縁端を装飾した皮革片を,空気袋に直接貼り付ける」手法,本件発明1のように「折り曲げ部」を設ける手法等,種々の構成が考えられるところ,引用発明1においては,上記のとおり「隆起部分」に着目した構成を採用したものであり,甲3の1の記載によっても,本件発明1のような,縫いボールと同様の深く狭い溝を形成するという思想は窺われないのであって,そのことに伴い当然のことながら,引用発明1と本件発明1とでは,採用された構成も異なっている。

(2) 本件発明1の「折り曲げ部」の構成については,曲げる角度が90度よりも小さな角度になる場合も含まれると解されるが,縫いボールと同様の溝を形成するという発明の目的や,「折り曲げ」の語意を考慮すると,単に曲げられているだけでなく,相当程度大きな角度で曲げられるべきものと解される。そうすると,仮に,引用発明1の皮革片の周縁部分に「折り曲げ部」の構成を採用した場合,「折り曲げ部」において相当程度大きな角度で曲げられることになり,それよりも内側の部分は平坦に近い状態になってしまうから,大きな隆起を形成することができなくなり,引用発明1の「隆起部分」の形成という目的に反することになる。

(3) さらに,縫いボールにおいて,「折り曲げ」は,縫うことによって必然的に生じるものであり,両者は一体不可分の構成ということができる。したがって,折り曲げ部を有する縫いボールが周知であるとしても,このうち折り曲げる構成のみに着目し,これを縫いボールから分離することが従来から知られていたとは認められず,これが容易であったということもできない。

(4) 小括

以上の点を総合すると,引用発明1において,「曲げ部」を「折り曲げ部」とすることが,当業者にとって容易に想到し得たことであるということはできない。したがって,引用発明1について,本件発明1の相違点1に係る構成とすることが容易であるとした審決は誤りであり,取消事由2には理由がある。


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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10162 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年02月24日 知的財産高等裁判所



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平成23年2月24日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成22年(行ケ)第10162号審決取消請求事件


口頭弁論終結日平成23年2月15日

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判 決



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主 文




特許庁が無効2009-800025号事件について平成22年1月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

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事実及び理由





第1 原告らの求めた判決



主文同旨


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第2 事案の概要



本件は,被告の請求に基づいてされた原告らの特許を無効とする審決の取消訴訟であり,争点は,容易推考性の存否である。

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1 特許庁における手続の経緯




原告らは,平成10年(1998年)5月22日(日本国)の優先権を主張して,平成11年5月20日,名称を「球技用ボール」とする発明について国際特許出願(PCT/JP1999/002667,日本国における出願番号は特願2000-550565号)をし,平成20年7月18日に,本件特許第4155708号として特許登録を受けた(請求項の数10)。

被告は,平成21年2月13日に,本件特許の請求項1~4,6~9に記載された発明について無効審判請求をした。特許庁は,この請求を無効2009-800025号事件として審理し,平成22年1月7日,「特許第4155708号の請求項1ないし4,6ないし9に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は平成22年1月19日に原告らに送達された。

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2 本件発明の要旨



本件特許の請求項1~4,6~9は次のとおりである。

【請求項1】

圧搾空気が封入された球形中空体の弾性チューブと,

該チューブ表面全面に形成された補強層と,

該補強層上に直接またはカバーゴム層を介して接着された複数枚の皮革パネルとを備えた球技用ボールにおいて,

前記皮革パネルは,その周縁部が前記弾性チューブ側に折り曲げられる折り曲げ部を有し,前記皮革パネルの折り曲げ部にて囲まれた前記皮革パネルの裏面に,厚さを調整する厚さ調整部材が接着せしめられ,

前記皮革パネルの折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着されてなる球技用貼りボール。

【請求項2】

前記皮革パネルの周縁部が内側へ略180度折り込まれてなる請求項1記載の球技用貼りボール。

【請求項3】

前記皮革パネルの周縁部が内側へ略90度折り曲げられてなる請求項1記載の球技用貼りボール。

【請求項4】

前記皮革パネルの折り込まれた部分に,切り込みが形成されてなる請求項2記載の球技用貼りボール。

【請求項5】

前記厚さ調整部材が織布よりなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。(請求項9が本請求項を引用しているので,ここに掲載しておく。)

【請求項6】

前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。

【請求項7】

前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなる請求項1,2,3または4記載の球技用貼りボール。

【請求項8】

前記衝撃緩衝部材が発泡材,不織布,嵩高織物又はハニカム構造部材よりなる請求項6または7記載の球技用貼りボール。

【請求項9】

前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間に補強層が介在せしめられてなる請求項1,2,3,4,5,6,7または8記載の球技用貼りボール。

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3 審判における被告主張の無効理由及び提出証拠



本件発明1~4,6~9は,それぞれ,本件特許の出願前に頒布された次の文献に記載された発明及び周知技術(周知例として括弧内の文献)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反する。

(1) 無効理由1(本件発明1について)

ア甲3の1及び甲4の1

イ甲3の1及び周知技術(甲5~8)

(2) 無効理由2(本件発明2について)

ア甲3の1,甲4の1及び甲7

イ甲3の1,甲7及び周知技術(甲5,甲6及び甲8)

(3) 無効理由3(本件発明3について)

ア甲3の1,甲9の1及び甲4の1

イ甲3の1,甲9の1及び周知技術(甲5~8)

(4) 無効理由4(本件発明4について)

ア甲3の1,甲4の1,甲6及び甲7

イ甲3の1,甲6,甲7及び周知技術(甲5及び甲8)

(5) 無効理由5(本件発明6について)

ア甲3の1,甲4の1及び甲10

イ甲3の1,甲10及び周知技術(甲5~8)

(6) 無効理由6(本件発明7について)

ア甲3の1,甲4の1及び甲11

イ甲3の1,甲11及び周知技術(甲5~8)

(7) 無効理由7(本件発明8について)

ア甲3の1,甲4の1,甲10及び甲11

イ甲3の1,甲10,甲11及び周知技術(甲5~8)

(8) 無効理由8(本件発明9について)

ア甲3の1,甲4の1及び甲11

イ甲3の1,甲11及び周知技術(甲5~8)

(9) 提出証拠

甲3の1:仏国特許出願公開第2443850号明細書

甲4の1:独国特許出願公開第19619796号明細書

甲5:実公昭33-1619号公報

甲6:実公昭38-16729号公報

甲7:登録実用新案第55967号明細書

甲8:実願昭56-153703号(実開昭58-58098号)のマイクロフィルム

甲9の1:英国特許第1555634号明細書

甲10:実公昭30-10612号公報

甲11:実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCD-ROM


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4 審決の理由の要点



(1) 無効理由1について

ア本件発明1と仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)に記載された発明(引用発明1)との間には,次の一致点と相違点1,2がある。

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【一致点】圧搾空気が封入された球形中空体の弾性チューブと,該チューブ表面全面に形成された補強層と,

該補強層上に直接接着された複数枚の皮革パネルとを備えた球技用ボールにおいて,

前記皮革パネルは,その周縁部が前記弾性チューブ側に曲げられる曲げ部を有し,前記皮革パネルの曲げ部にて囲まれた前記皮革パネルの裏面に,厚さを調整する厚さ調整部材が接着せしめられ,

前記皮革パネルの曲げ部に接合部が設けられてなる球技用貼りボール。

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【相違点1】

本件発明1では,前記皮革パネルの周縁部が「折り曲げられ」たものであって,前記「曲げ部」が「折り曲げ部」であるのに対して,引用発明1では,前記皮革パネルの周縁部は「折り曲げられ」たものではなく,前記「曲げ部」は「折り曲げ部」ではない点。
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【相違点2】

本件発明1では,前記皮革パネルが前記接合部において,「隣接する皮革パネルと接着され」ているのに対して,引用発明1では,前記皮革パネルは,前記接合部において,隣接する皮革パネルと接着されていない点。

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イ相違点1について

その周縁部が内側(弾性チューブ側)に折り曲げられる折り曲げ部を有する皮革パネルからなる縫いボールは,本件特許の優先日前に周知である(以下,この技術を「周知技術1」という。)。

引用発明1の「球技用貼りボール」は,複数の切片を縫い合わせて形成された皮革製の外側ケーシングと,ケーシング内に収容される空気注入式のブラダーとによって構成される職人による縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものであるところ,引用発明1において,その周縁部が内側に折り曲げられる折り曲げ部を有する皮革パネルからなる周知の縫いボールと比べてより遜色のない表面を有するものとするために,引用発明1の「球技用貼りボール」において,「皮革パネル」の 「周縁部」を内側に折り曲げて「折り曲げ部」を形成し,周知技術1の縫いボールの皮革パネルの周縁部のような形状にすることは,当業者が周知技術1に基づいて容易に想到することができた程度のことである。

したがって,引用発明1において,上記相違点1に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が周知技術1に基づいて容易になし得た程度のことである。

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ウ相違点2について

複数の皮革パネルを下層に接着して皮革パネルで球体を構成して製造する球技用ボールであって,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する接合部において,隣接する皮革パネル同士も接着することは,本件特許の優先日前に周知である(以下,この技術を「周知技術2」という。)。

引用発明1の「球技用貼りボール」は,「補強層(カバー)」の表面全体を覆うように複数の「皮革パネル」を貼り付けたものであって,前記「皮革パネル」は,「曲げ部」を有し,前記「皮革パネル」の「曲げ部」に「接合部」が設けられてなるものであるから,複数の皮革パネルを下層に接着して皮革パネルで球体を構成して製造する球技用ボールであるといえ,その下層に相当する「補強層(カバー)」に複数の「皮革パネル」を貼り付ける際に,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接合部」において隣接する皮革パネル同士も接着することは,当業者が周知技術2に基づいて容易になし得た程度のことである。

したがって,引用発明1において,上記相違点2に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が周知技術2に基づいて容易になし得た程度のことである。

エ本件発明1が奏する効果は,引用発明1が奏する効果,周知技術1が奏する効果及び周知技術2が奏する効果から,当業者が予測できた程度のものである。

オしたがって,本件発明1は,甲3の1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,無効とすべきである。

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(2) 無効理由2について

本件発明2と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点3がある。

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【相違点3】

本件発明2では,前記皮革パネルの周縁部が内側へ略180度折り込まれてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。

相違点1,2については上記(1)のとおりである。

相違点3について,登録実用新案第55967号明細書(甲7)には,「周縁部を内側へ略180度折り曲げた折り曲げ部を有する皮革パネルからなる縫いボール」が記載されているものと認められる。

引用発明1の「球技用貼りボール」は,職人による縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものであるところ,引用発明1の「球技用貼りボール」を具体的にどの縫いボールに比べて遜色のない表面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項であるというべきである。しかるところ,引用発明1において,甲7記載の縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものとするために,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ部」を形成することは,当業者が甲7記載の事項に基づいて容易に想到することができた程度のことである。

したがって,引用発明1において,上記相違点3に係る本件発明2の構成とすることは,当業者が甲7記載の縫いボールに基づいて容易になし得た程度のことである。

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(3) 無効理由3について

本件発明3と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点4がある。

【相違点4】

本件発明3では,前記皮革パネルの周縁部が内側へ略90度折り曲げられてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。

相違点1,2については上記(1)のとおりである。相違点4について,独国特許出願公開第19619796号明細書(甲4の1)には,「パネル2及び3の個々の要素1の周縁部を内側(空気注入式のブラダー側)へ略90度折り曲げた折り曲げ部を有する縫いボール」が記載されているものと認められる。

上記(2)と同様に,引用発明1の「球技用貼りボール」を具体的にどの縫いボールに比べて遜色のない表面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項であるというべきである。しかるところ,引用発明1において,甲4の1記載の縫いボールと比べて遜色のない表面を有するものとするために,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略90度折り曲げて「折り曲げ部」を形成することは,当業者が甲4の1記載の事項に基づいて容易に想到することができた程度のことである。

したがって,引用発明1において,上記相違点4に係る本件発明3の構成とすることは,当業者が甲4の1記載の縫いボールに基づいて容易になし得た程度のことである。

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(4) 無効理由4について

本件発明4と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2,上記(2)のとおりの相違点3があるほか,次の相違点5がある。

【相違点5】
本件発明4では,前記皮革パネルの折り込まれた部分に,切り込みが形成されてなるものであるのに対して,引用発明1ではそのようになっていない点。

相違点1,2については上記(1)のとおりであり,相違点3については上記(2)のとおりである。

相違点5について,外表面が凸で内側になる裏面が凹である球等の形状を構成すある素材の周縁部を内側へ略180度折り込む際に折り込む部分に切り込みを形成することは本件特許の優先日前において常套手段である。

引用発明1の「球技用貼りボール」において,「皮革パネル」の「周縁部」を内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ部」を形成し,登録実用新案第55967号明細書(甲7)記載の縫いボールの皮革パネルの周縁部のような形状にする際に,上記の常套手段を採用し,前記皮革パネルの折り込まれる周縁部に切り込みを形成して,上記相違点5に係る本件発明4の構成とすることは,当業者が常套手段に基づいて容易になし得た程度のことである。


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(5) 無効理由5について

本件発明6と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,

「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものである」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1,2が相違している。

そして,相違点1,2については上記(1)のとおりである。

(6) 無効理由6について

本件発明7と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものである」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1及び2に加えて,次の相違点6の点でも相違している。

【相違点6】

本件発明7では,前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなるものであるのに対して,引用発明1では,前記厚さ調整部材が,衝撃緩衝部材を有してはいるが,織布は有していないから,織布と衝撃緩衝部材の積層構造とはなっていない点。

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相違点1,2については上記(1)のとおりである。



相違点6について,実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCDROM(甲11)には,「発泡層を皮革パネルのバッキング材料として使用したサッカーボールの皮革パネルにおいて,表皮層及び不織布が破れた場合,その下の層である発泡層が機械的に極めて弱いために,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を解決するために,外側から表皮層,不織布層,布層,発泡層,布層の積層構造よりなるものとし,表皮層及び不織布層が破れたとしても,その下層の布層が強靱であるために,これより下層に破れが拡がることはないサッカーボールの皮革パネル。」の発明(引用発明2)が記載されているものと認められる。

引用発明1の「皮革パネル」は,ブラダー側が凹になるように曲げられ,発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材で満たされた一種のカップを形成するような形状に形成され,そのくぼんだ面である裏面に前記素材が完全に接着しているものであるから,「発泡層を皮革パネルのバッキング材料として使用した球技用ボールの皮革パネル」であるといえ,その「発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材」が引用発明2の「発泡層」に相当する。

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そうすると,引用発明1の「皮革パネル」も,皮革パネルが破れた場合,その下の層である「発泡層(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材)」が機械的に極めて弱く,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を内在していることは,当業者が引用発明2に基づいて容易に想到することができるものであり,この問題を解決するために,引用発明1において,皮革パネルと発泡層との間に,強靱であるために下層に破れが拡がることはない布層を介在させた積層構造とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。ここで,「布層」及び「発泡層」が,それぞれ,本件発明7の「織布」及び「衝撃緩衝部材」に相当することは明らかである。

したがって,引用発明1において,皮革パネルと厚さ調整部材である衝撃緩衝部材との間に「織布」を介在させて,前記厚さ調整部材が,織布と衝撃緩衝部材の積層構造からなるものとすること,すなわち上記相違点6に係る本件発明7の構成とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。

(7) 無効理由7について

本件発明8と引用発明1とを対比すると,上記(1)のとおりの一致点に加えて,「前記厚さ調整部材が衝撃緩衝部材よりなるものであり,かつ該衝撃緩衝部材が発泡材よりなる」点でも一致し,上記(1)のとおりの相違点1,2の点で相違している。

そして,相違点1,2については上記(1)のとおりである。

(8) 無効理由8について

本件発明9と引用発明1との間には,上記(1)のとおりの一致点と相違点1,2があるほか,次の相違点7がある。

【相違点7】

本件発明9では,前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間に補強層が介在せしめられてなるものであるのに対して,引用発明1では,前記「厚さ調整部材(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材11)」が,皮革パネルの裏面に接着せしめられているから,前記皮革パネルと前記厚さ調整部材の間には何も介在せしめられていない点。

相違点1,2については上記(1)のとおりである。

相違点7について,実願平3-59560号(実開平5-5157号)のCDROM(甲11)には,上記(6)の引用発明2が記載されているところ,引用発明2の「強靱である布層」は,「これより下層に破れが拡がることはない」ようにするための層であるから,「補強層」であるといえる。

引用発明1の「皮革パネル」も,皮革パネルが破れた場合,その下の層である「発泡層(発泡PVC等からなる柔軟で弾性的な素材)」が機械的に極めて弱く,この破れが簡単に拡大していき,ボールの寿命を短くしてしまうという問題を内在していることは,当業者が引用発明2に基づいて容易に想到することができるものであり,この問題を解決するために,引用発明1において,皮革パネルと発泡層との間に,強靱であるために下層に破れが拡がることはない布層を介在させた積層構造とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。

ここで,「布層」及び「発泡層」が,それぞれ,本件発明9の「補強層」及び「厚さ調整部材」に相当するから,引用発明1において,皮革パネルと厚さ調整部材との間に「補強層」を介在させること,すなわち上記相違点7に係る本件発明9の構成とすることは,当業者が引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。

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第3 原告ら主張の審決取消事由


1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り,これに伴う本件発明1との一致点認
定の誤り,相違点の看過)
(1) 審決では,引用発明1の皮革片は「中央部分では緩やかな曲面であり,周
辺端面に近い領域では急な曲面であり,この急な曲面領域から周辺端面に至る領域
では緩やかな曲面あるいは平面であって,ブラダー側が凹になるように曲げられ」
ると認定した上で,その「急な曲面領域」が本件発明1の「曲げ」の箇所に相当し,
引用発明1の「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」
に相当すると認定している。


  • 13 -


しかし,仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)には,皮革片
の形状について「カップ形状」と記載されているだけで,皮革片が複数の領域に分
けられる旨の記載はなく,「(周辺端面に近い)急な曲面領域」が存する説明もな
い。甲3の1のFig.4においても,皮革片は全体として丸みを帯びた円弧状の
曲面形状を有することが示されているだけである。
また,引用発明1は,貼りボールにおいてカップ状の浮き出し部を設けることを
目的としている。この目的を達成すべく,皮革片をカップ形状に成形し,さらにそ
のカップの高さを高く維持するために,皮革片をカバーに接着させる際に,金型で
直接カップを押し付ける方法(カップの頂上近辺が強く押圧される方法)ではなく,
わざわざ金型内に流体層を設け,流体層を介して皮革片を押し付ける方法(カップ
全体が等しく押圧される方法)を採っている。引用発明1において,急な曲面領域
を有すると仮定すると,浮き出し部が低くなるので,引用発明1の目的に鑑みても,
皮革片の周辺端面に近い部分に「急な曲面領域」を設けることはあり得ない。
以上のとおり,甲3の1には,「周辺端面に近い急な曲面領域」は記載されてお
らず,これを境界とする「中央部」と「周辺部」も記載されていないので,審決に
おける引用発明1の認定は誤っている。
これに伴い,引用発明1の「急な曲面領域」が本件発明1の「曲げ」の箇所に相
当し,引用発明1の「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲
げ部」に相当するとの一致点認定についても誤りであり,この点を相違点として看
過した誤りがある。そもそも,本件発明1の構成は「折り曲げ部」であり,本件発
明1が採用しておらず,かつ,技術的意義が不可解な「曲げ部」なる概念を作出し
て一致点とすることはできない。
(2) 審決は,引用発明1の「皮革パネル」は,「皮革パネルの曲げ部」に「接
合部」を有していると認定する(19頁5行~6行)。
しかし,本件発明1の「接合部」は折り曲げ部19に存し,折り曲げ部に存する
接合部で隣接する皮革パネルの折り曲げ部と接着することによって,「幅が小さく」


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かつ「深い」溝が形成できる。これに対し,引用発明1は皮革片8がカップ状であ
り,当該皮革片8が隙間なく球面のカバー10を覆うように貼り付けられているだ
けであるから,隣接するカップ状の皮革片同士は,外に広がるカップ形状の裾の部
分(底面と周縁部の境界線,周辺端面)で接触するだけである。したがって,引用
発明1の接合部は,カップ形状の裾(周辺端面)の部分のみに存する。
このように,本件発明1の「接合部」と引用発明1「接合部」は皮革パネル(皮
革片)における位置が異なり,本件発明1の接合部は,皮革片の周縁部に存在する
ことを前提とするから,カップ形状の裾の部分のみに接合部を有する引用発明1の
接合部は,本件発明1の接合部とは全く異なるものである。
したがって,引用発明1が接合部を有しており,これが本件発明1の接合部と同
一であるとする審決の認定は誤りである。
なお,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を設けるという課題を解決するため
に,柔軟で弾性的な素材で満たされた皮革パネルをカップ形状に成形し,このよう
に成形された皮革パネルをカバーに接着する際に,流体層を用いて押圧することに
よって,当該カップ形状を変形させずに浮き出し部を有する貼りボールを提供する
発明である。したがって,互いに隣接する皮革パネルの周縁部(ただし,周辺端面
以外の部分)が,金型等によって上から押圧されるなどして変形し,その周縁部同
士が接合することはない。
2 取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)
(1) 審決は,仏国特許出願公開第2443850号明細書(甲3の1)の「発
明の目的の一つは,職人によるボールのような外見を有し,膨張収縮が可能で,保
存および出荷が容易であるボールを工業的に製造することである。」という記載に
基づいて,貼りボールにおいて,縫いボールの皮革パネルのような形状にすること
は容易であると判断している。
(2) しかし,甲3の1に記載の引用発明1は,皮革パネルをカップ状に成形し,
このように成形された皮革パネルをカバーに接着する際に,当該カップ形状が変形


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しないように流体層を用いることによって,カップ状の浮き出し部を有する貼りボ
ールを提供する発明である。したがって,甲3の1に記載された職人によるボール
のような外見とは,カップ状の浮き出し部を有する縫いボールのような外見の意味
であり,それ以外の外見を意味していない。このように,引用発明1の具体的な内
容を度外視して,周知技術との組合せを容易とすることは不当である。
(3) また,引用発明1は貼りボールについての発明であり,これに,縫いボー
ルの構成を適用することには,阻害事由がある。
ア縫いボールは,通常,職人の手縫いによって製造されるボールであり,
機械的な大量生産が不可能なボールである。これに対し,貼りボールは,製造の機
械化により大量生産が可能なボールである。このように,縫いボールと貼りボール
とは構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。したがって,職人による縫製作
業で形成できる縫いボールの構成の一部を,何らの技術的裏付けもないまま,甲3
の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することなどでき
ないというべきであり,引用発明1に周知技術1を適用することには阻害事由があ
るというべきである。
イ縫いボールでは,隣接する皮革パネルが縫い合わせられるから,皮革パ
ネルの周縁部は縫い合わせるために折り曲げられる必要性がある。これに対し,「貼
りボール」の皮革パネルは,ボールの球状を作り出すボール基体に張り付けられる
だけであって,そもそも皮革パネルを折り曲げる必要性が全くない。このように,
互いに縫い合わせるために皮革パネルの周縁部が折り曲げられる「縫いボール」の
発明における,「皮革パネルが折り曲げられ」かつ「皮革パネル同士が縫合されて
いる」という一体不可分の構成から,「皮革パネルが折り曲げられ」る構成だけを
切り出して,皮革パネルを折り曲げる必要のない甲3の1記載の「貼りボール」の
発明に適用することは当業者が容易に想到できることではない。
(4) 引用発明1の目的であるカップ状の浮き出し部を有する外見を得るため
には,皮革片は周縁部から中央部に向かって急な曲面領域を有さずに立ち上がって


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いる形状が有利であり,具体的には「おわん状の形状」が有利である。急な曲面領
域を有するカップ形状は,急な曲面領域を有さないカップ形状に比べてカップ形状
による浮き出し部が低くなってしまうので,引用発明1において,浮き出し部が低
くなる要因となる折り曲げ部を設けた皮革片を用いようと動機付けられることはな
い。
以上のとおり,相違点1に関する審決の判断は誤りである。
(5) 被告の主張に対する反論
被告は,当業者であれば,貼りボールの構成を縫いボールに近付けることを自然
と考慮し,その場合に,溝の形状に着目するのもごく自然であると主張する。しか
し,先行文献でもない本件明細書上の記載をもって,本件発明における「貼りボー
ルの品質を維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性,ボール,コントロール
性を併せもつボールを実現する」という目的が公知であったなどということはでき
ないし,被告が援用する実願昭58-76649号(実開昭60-25648号)
のマイクロフィルム(甲12)には,何ら縫いボールに関する記述はなく,甲12
記載の発明の発明者が貼りボールを縫いボールの性能に近付けることを課題として
いたかどうかそもそも不明である。さらに,上記(3)で主張したように縫いボールと
貼りボールとで生産方法が大きく異なることからすると,当業者が双方のボールに
関する知識を有しているからといって,これを適用することが自然であるとはいえ
ない。また,仮に,貼りボールを縫いボールの性能に近付けることを課題として認
識した当業者がいたとしても,その近付け方は千差万別であると考えられ,当業者
が「溝の形状」に着目することがごく自然であるなどと結論付けることはできない。
このことは,引用発明1の発明者が,カップ状の皮革片を用いることにより貼りボ
ールの外見を縫いボールに近付けようとしたことからも明らかである。
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)
(1) 審決は,隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接合部」において
隣接する皮革パネル同士も接着することは,当業者が,実公昭33-1619号公


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報(甲5)や実公昭38-16729号公報(甲6)に記載の周知技術2に基づい
て容易になし得た程度のことであると判断している(23頁11行~31行)。
(2) しかし,甲5記載の発明は,バレーボールを被包する皮革片の裏面に接着
剤を塗布することの欠点を解消すべく,皮革片の周縁部のみに接着剤を塗布する発
明である。
他方,引用発明1の皮革片は,ブラダー1のカバー10の表面全体を覆うように
貼り付けられ,カバー10には,接着剤を塗布するか,あるいは加熱又は冷却する
ことによって皮革片8を接合することの出来る材料をあらかじめ塗布しておくこと
が想定されている。
このように,引用発明1では,皮革片の裏面に接着剤を塗布するのに対し,甲5
記載の発明では,皮革片の裏面に接着剤を塗布することにより生じる問題点を解消
するために,皮革片の周縁部のみに接着剤を塗布しているのであって,「皮革パネ
ル」を貼り付ける際に,相矛盾する方法を採用しているのであるから,当業者が,
両発明を組み合わせようと想到することはない。
(3) 甲6記載のボールは,皮革素子の連接部が凸凹構造を有し,この凸凹が互
いに組み合わされて接合する特殊な構造を有する発明であるから,このような特殊
な構造を有する発明を引用発明1と組み合わせることは容易に想到し得ない。また,
甲6記載の発明は,皮革素子の連接部の凸凹によって互いに組み合わされるという
特殊な構造において皮革素子間に接着剤を用いて接着する発明であるから,この文
献に基づいて,周知技術として,「隣接する皮革パネルの周縁部同士が接合する「接
合部」において隣接する皮革パネル同士を接着するという技術」を認定することは
できない。
(4) 引用発明1では,金型の内部に流体層を設けることによって,カップ形状
全体が流体層で一律に押圧されるから,皮革片の周縁部は流体層によって内側(皮
革片が潰される方向)に押圧される。そのように皮革片が内側に押圧されると,皮
革片の間が広がるから,そもそも,引用発明1に皮革片同士を接着する技術を適用


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することには阻害事由があるというべきである。
(5) 引用発明1においては,皮革片のカップ形状の裾が接合しているだけであ
るから,これを一定の領域で接触するように押し付けて,接着剤を用いることまで
想到することは容易ではない。
(6) したがって,相違点2に関する審決の判断は誤りである。
4 取消事由4(本件発明1の効果についての判断の誤り)
(1) 本件発明1は,皮革パネル間の接合部を接着させるとともに縫いボールと
同様の「幅が小さく」かつ「深い」溝を形成することによって,「貼りボールの品
質(重量,大きさ,真球性,耐久性,形状維持性,経時変化に対する強度向上)を
維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性,ボールコントロール性を併せ持つ
ボールを実現するものである。
これに対し,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を有する外見を得ることを目
的とした発明であり,甲3の1のFig.6からも明らかなように,皮革パネル間
の周縁部(裾以外の部分)同士は接合されておらず,また,「幅が小さく」かつ「深
い」溝を形成するものでないため,上記の効果を有しないことが明らかである。
また,上記2,3で主張したように,引用発明1に周知技術1及び2を適用する
ことには阻害事由があるから,引用発明1に周知技術2の効果を適用することもで
きない。さらに,周知技術2については,審決が挙げる文献から周知技術2を認定
すること自体が誤りである。
したがって,本件発明1の効果に関する審決の認定は誤りである。
(2) 本件発明1は,職人による縫製作業を経て製造される「縫いボール」での
み形成できた皮革パネル間の「幅が小さく」かつ「深い」溝を,工業的に大量生産
できる「貼りボール」で実現した発明である。
このような本件発明1の優れた効果は世界的に極めて高く評価され,世界最高峰
のサッカー大会であるワールドカップの公式試合球として採用された。
以上のとおり,本件発明1が甲3の1等に記載された発明から予測できた程度の


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ものであるという審決の認定は,誤っている。
5 取消事由5(本件発明2についての判断の誤り)
(1) 相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のと
おりである。
(2) 相違点3について
登録実用新案第55967号明細書(甲7)記載の発明は,縫いボールに関する
発明であって,皮革片が180度に折り曲げられているものである。
取消事由2で主張したのと同様に,縫いボールでは,縫合と折り曲げとは一体不
可分の関係にある。よって,甲7記載の縫いボールの発明から「皮革片が180度
折り曲げられること」だけを切り出して,貼りボールの発明である引用発明1に適
用することはできない。また,甲7記載の職人による縫製作業で製造される縫いボ
ールの構成を,甲3の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適
用することには阻害事由がある。さらに,皮革片が180度折り曲げられて用いら
れることは,引用発明1の目的(カップ状の浮き出し部)の達成の障害となるから,
浮き出し部が低くなる要因となる180度折り曲げられた皮革片を用いようとする
動機付けはない。
以上のとおりであるから,審決の相違点3に関する判断は誤っている。
6 取消事由6(本件発明3についての判断の誤り)
(1) 相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のと
おりである。
(2) 相違点4については,上記5(2)で主張したのと同様の理由から,審決の
判断は誤りである。
7 取消事由7(本件発明4についての判断の誤り)
(1) 相違点1~3についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3,5
のとおりである。
(2) 相違点5について


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ア引用発明1において,皮革片を折り曲げることは全く想定されていない。
したがって,引用発明1において皮革片が内側へ略180度折り曲げて「折り曲げ
部」を形成することを前提とした,皮革パネルの折り込まれる周縁部に切り込みを
形成することは容易とする審決の判断は,その前提が誤っているから,その判断も
誤っている。
イ審決において,切り込み部分の開示があるとしている実公昭38-16
729号公報(甲6)及び180度の折り曲げ部が形成されているとする登録実用
新案第55967号明細書(甲7)はいずれも縫いボールの発明である。
縫いボールと貼りボールとは構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。した
がって,甲6と甲7における職人による縫製作業で形成できる縫いボールの構成を,
甲3の1に記載された機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することには
阻害事由がある。
以上のとおりであるから,審決の相違点5に関する判断は誤っている。
8 取消事由8(本件発明6についての判断の誤り)
相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりで
ある。したがって,本件発明6に関する審決の判断は誤りである。
9 取消事由9(本件発明7についての判断の誤り)
(1) 相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のと
おりである。
(2) 相違点6について
審決は,相違点6に係る本件発明7の構成とすることは,当業者が実願平3-5
9560号(実開平5-5157号)のCD-ROM(甲11)に記載された引用
発明2に基づいて容易になし得たと判断する。
しかし,引用発明2は,縫いボールの発明である。縫いボールと貼りボールとは
構造だけでなく生産方法も互いに全く異なる。したがって,甲11に記載された職
人による縫製作業で形成できる縫いボールの構成の一部を,甲3の1に記載された


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機械的な大量生産用の貼りボールの発明に適用することには阻害事由がある。
以上のとおりであるから,審決の相違点6に関する判断は誤っている。
10 取消事由10(本件発明8についての判断の誤り)
相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のとおりで
ある。したがって,本件発明8に関する審決の判断は誤りである。
11 取消事由11(本件発明9についての判断の誤り)
(1) 相違点1,2についての審決の判断が誤っていることは,上記2,3のと
おりである。
(2) 相違点7については,取消事由9(2)で主張したのと同様の理由から,審
決の判断は誤りである。

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第4 被告の反論


1 取消事由1に対し
(1)ア甲3の1のFig.4を見れば,引用発明1の皮革片が,「中央部」と
「周辺部」に区別される形状であることは明らかであり,両者の境界が「急な曲面
領域」となっていることにも疑いはない。
イ原告らは,引用発明1がカップ状の浮き出し部を設けることを目的とし
ており,急な曲面領域を有するカップ形状は,急な曲面領域を有しないカップ形状
に比べて浮き出し部が低くなってしまうので,引用発明1の目的に鑑みれば,「急
な曲面領域」が設けられることはあり得ないと主張している。
しかしながら,引用発明1の目的は,職人によるボール(すなわち,縫いボール)
のような外観を有するボールであって,保存及び出荷が容易なボールを工業的に製
造できるようにすることであり,カップ状に高く盛り上がった浮き出し部を設ける
ことを解決課題とするものではない。一般に,縫いボールは,表側同士を付け合わ
せた状態で縫い合わされた皮革片を裏返す製法を採用していることから,皮革片の
周辺部が裏側に折り曲げられた構成となっているので,皮革片の周辺部に急な落ち


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込みが必然的に存在する(溝が形成される)。したがって,「職人によるボールの
ような外見」とは,皮革片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を意味し
ているのであって,カップ状に高く盛り上がった浮き出し部を有するという外見を
意味するのではない。「カップ状」という表現は,柔軟で弾性を有する素材を充填
できるよう内側に凹部を有する形状にすることを意図したものにすぎない。
また,皮革片が急な曲面領域を有している場合には,周辺部の立ち上がり角度が
急になるだけであって,中央部の盛り上がり形状が変わるものではない。
ウ原告らは,「折り曲げ」と「曲げ」が異なる旨主張する。
しかし,本件発明1の構成が「折り曲げ」であるとしても,「折り曲げる」とは
「折って曲げる」ことであるので,本件発明1の皮革パネルと甲3の1に記載され
た皮革片とで,「曲げる」ことが一致する点に変わりはなく,審決の認定に誤りは
ない。
(2) 原告らは,引用発明1の皮革片の裾のみが接触する態様は接合部に当たら
ないと主張する。
しかし,本件発明1の構成によれば,接合部は,①折り曲げ部の少なくとも一部
であり,②折り曲げ部内のどの位置に設けられるかについて限定されておらず,③
折り曲げ部の折り曲げ角度が略90度に限定されないため,折り曲げ部の少なくと
も一部において隣接パネルと接触すればよいから,接合部が裾の部分のみに設けら
れる態様も含む。
なお,甲3の1のFig.6によれば,皮革片8は,その周縁部が隣の皮革片8
の周縁部に接触するように配設されている。また,甲3の1では,皮革片8は「互
いに突き当てられるように置かれ」とされている(被告作成の訳文である甲3の2
参照)。さらに,ブラダーに空気を入れるとボール全体が膨張するため,皮革片間
の隙間が広がって補強層(又はカバーゴム層)が見えやすくなる「貼り目開き」と
いう品質不良があり,これを避けるため,皮革片の大きさは金型内面のサイズと比
べて大きく設計されるのが,当業者にとっては周知の技術である。したがって,引


  • 23 -


用発明1の皮革片に「接合部」は存在する。
2 取消事由2に対し
(1) 上記1(1)イで主張したとおり,引用発明1の目的である「職人によるボ
ールのような外見」とは,皮革片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を
意味しているのであって,カップ状の浮き出し部を有するという外見を意味するの
ではない。
(2) 原告らは,貼りボールの発明である引用発明1に縫いボールの構成を適用
することに阻害事由が存在すると主張している。
しかし,本件発明1の目的は,「貼りボールの品質を維持しつつ,縫いボールの
飛距離,グリップ性,ボールコントロール性を併せもつボールを実現する」ことで
ある。このように,縫いボールと同等の性能を有する貼りボールを開発することを
課題とした当業者であれば,貼りボールの構成を縫いボールの構成に近付けること
を自然と考慮する。また,実願昭58-76649号(実開昭60-25648号)
のマイクロフィルム(甲12)の「従来技術」以下の記載を参酌すると,皮革片の
接合部に形成された凹溝が,ボールの飛距離向上,掴みやすさ等の感触性の改善に
必要なものであることが従来から知られていたことが窺われる。さらに,本件特許
の発明者も,縫いボールに関する特許出願をしており,当業者は,縫いボールと貼
りボールの双方に関する知識を有している。したがって,縫いボールの性能に近付
けることを課題とした当業者であれば,貼りボール及び縫いボールの溝の形状に着
目することはごく自然のことである。したがって,折り曲げと縫合が一体不可分と
しても,折り曲げの構成を切り出すことは自然である。
(3) 引用発明1の目的とされる「職人によるボールのような外見」とは,皮革
片の周辺部に急な落ち込みが存在するような外見を意味しているのであって,カッ
プ状に高く盛り上がった浮き出し部を有するという外見を意味するのではない。し
たがって,原告ら主張の動機付けの問題はない。
3 取消事由3に対し


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本件特許優先日前において,皮革パネル間の接合部からの浸水を低減するという
課題は,独国特許出願公開第19619796号明細書(甲4の1)及び登録実用
新案第55967号明細書(甲7)に示されるように周知であり,また,浸水を防
止してボールの重量増加を抑制するという課題は,甲4の1及び英国特許第155
5634号明細書(甲9の1)に示されるように周知である。したがって,皮革パ
ネル同士の接合部を接着するという実公昭33-1619号公報(甲5),実公昭
38-16729号公報(甲6)の開示に基づいて,引用発明1の皮革パネル同士
を接着することは容易である。
また,原告らは,皮革片が流体層に押圧されることによって皮革片間が広がるこ
とを理由として,引用発明1に皮革片同士を接着する技術を適用することには阻害
事由があると主張する。
しかしながら,貼りボールにおいて,皮革パネルの周縁部において隣接パネルと
の接合部が無いものはあり得ないのであって,仮に,皮革片が流体層に押圧された
ときに皮革片の急な曲面領域間が広がるように変形することがあったとしても,各
皮革片の周縁部には,隣の皮革片と接触した部位(例えばブラダー側の部位)が必
ずあるため,その部分が接着されれば十分である。したがって,皮革片が流体層に
押圧されることによって皮革片間が広がる部分が存在するとしても,そのことが阻
害事由になるものではない。
4 取消事由4に対し
(1) 上記1で主張したとおり,引用発明1では,皮革片間の周縁部の一部同士
が接合しており,また,引用発明1は,カップ状の浮き出し部を有する外見を得る
ことを目的としたものではなく,職人によるボール(すなわち,縫いボール)のよ
うな外観を有するボールを提供することを目的としているので,縫いボールと同様
の「幅が小さく」かつ「深い」溝を形成するものである。
(2) ワールドカップの公式試合球が仮に本件明細書の図7に示された貼りボ
ールだとしても,それは,皮革パネルの周縁部が90度に折り曲げられ(本件発明


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3),かつ厚さ調整部材が一様な厚みである,というように,溝の形状に影響を与
える要素について,本件発明1の構成をさらに限定した発明にすぎない。したがっ
て,本件発明1の貼りボールが世界的に高く評価されているとの原告らの主張には
疑問が残る。
5 取消事由5に対し(相違点3について)
上記2(2)で主張したとおり,本件発明の目的は,縫いボールと同等の性能を有す
る貼りボールを開発することであるため,このような目的を持った当業者であれば,
縫いボールにおいて「皮革片が折り曲げられること」と「皮革片同士が縫い合わさ
れること」が一体不可分の関係にあるとしても,「皮革パネルが折り曲げられ」た
構成を切り出して,「貼りボール」の発明である引用発明1に適用することは,ご
く自然に着想する。
また,引用発明1の目的は,職人によるボール(すなわち,縫いボール)のよう
な外観を有するボールであって,保存及び出荷が容易なボールを工業的に製造でき
るようにすることであり,高く盛り上がったカップ状の浮き出し部を設けることで
はない。「職人によるボールようの外見」とは,周辺部において急な落ち込みが存
在する外見を意味するのであって,具体的にどの縫いボールと比べて遜色のない表
面とするかは当業者が適宜決定すべき設計上の事項である。
6 取消事由6に対し
相違点4については,上記5で主張したのと同様の理由から,審決に誤りはない。
7 取消事由7に対し
原告らは,縫いボールの構成を貼りボールに適用することには阻害事由があると
主張する。
しかし,本件発明の目的は,縫いボールと同等の性能を有する貼りボールを開発
することであり,このような目的を持った当業者であれば,縫いボールの構成を貼
りボールの発明に適用することを自然に着想する。
8 取消事由9に対し


  • 26 -


上記7で主張したのと同様の理由から,実願平3-59560号(実開平5-5
157号)のCD-ROM(甲11)に記載された発明の構成を引用発明1に適用
することは,自然に着想する。

9 取消事由11に対し

上記7で主張したのと同様の理由から,甲11に記載された発明の構成を引用発明1に適用することは,自然に着想する。

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第5 当裁判所の判断



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1 本件発明1について



本件明細書(甲23)によれば,本件発明1は,次のような発明であると認められる。

本件発明1は,サッカーボール等の球技用ボールに関するものである(段落【0001】)。

従来,球技用ボールには,貼りボールと縫いボールの2種類があり,貼りボールは,ゴムチューブ等からなる中空体に皮革パネルを接着することにより製造されるため,製造が機械化できて安価であり,また真球性等に優れている一方,パネル接合部の溝の幅が広く(通常約8mm),かつ浅い(通常約1mm)ために,空気抵抗が減少せず,飛距離が伸びない,グリップ性に劣り掴みにくいという問題がある(段落【0002】~【0004】)。

これに対して縫いボールは,皮革パネルの端縁同士を内側に折り込んで,糸で縫い合わせて球状とした表皮層内に,チューブを収納したものであり,皮革パネルが内側へ折り込まれるので,この部分に形成される溝の幅は小さく(約2.5mm),かつ深い(約2mm)ため,空気抵抗が小さくなり,飛距離が大きくなり,またグリップ性等に優れるが,手縫いに頼らざるを得ず,生産性が悪く,品質も不安定で真球性にバラツキを生じやすい等の問題がある(段落【0005】,【0006】)。本件発明1の目的は,貼りボール構造における空力特性等を改善することであり,

皮革パネルの接合部に縫いボールと同様の溝を形成することにより,真球性等の貼りボールの品質を維持しつつ,縫いボールの飛距離,グリップ性等を併せもつボールを実現するものである(段落【0009】)
そのために,本件発明1のボールは,貼りボール構造において,皮革パネルの周a
縁部が内側へ折り込まれるとともに,折り込まれた部分にて囲まれた皮革パネルの裏面に,折り込みにより生じる段差を解消する厚さ調整部材が接着されてなる構成とされている。これにより,隣接する皮革パネルの接合部に縫いボールと同じ形状の溝ができることで,空気抵抗を減じ,グリップ性を向上させるとともに,厚さ調整部材の存在により,皮革パネル裏面は平坦面となり,折り込みにより生じる段差が皮革パネル表面に現れず滑らかなものとなる(段落【0010】)。また,折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着されてなる構成とすることで,皮革パネルの接合部からの水分の浸入を防止し,かつ,皮革パネルの剥離を防止することで,耐久性を向上させることができる(段落【0013】)。さらに,基本的に貼りボールであるから,真球性等において貼りボールと同等の品質が維持され,機械的な生産が可能である等の利点を有するものである(段落【0046】)。

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2 引用発明1について



甲3の1(訳文として被告作成の甲3の2と,原告ら作成の甲20が提出されており,ここでは,基本的に甲3の2に沿って認定した。)によれば,引用発明1は,次のような発明であると認められる。引用発明1は,サッカー等に用いるボールに関するものである(甲3の2の訳文2頁2行~3行)。

このようなボール(縫いボール)は,一般に,縫合された外側の皮革片と,その中に収容された膨張可能な空気袋からなるが,手工業的に手作業で製造されるため,高価である。そこで,縫い目に似せた隆起部分(ただし,甲20の訳文では「縫いボールのものに近い浮き出し部」となっている。)を付与しようとして,縁端が装飾された皮革片を空気袋の上に直接接着することで,工業的にボールを製造することが考案された。しかし,そのようなボールは,皮革片がはがれる危険性を回避するために,膨張不可能な空気袋を製造する必要があり,また,その外面には,縫合されたボールと比べて低い隆起しか有しないという問題があった(甲3の2の訳文2頁4行~13行)。

そこで,引用発明1のボールは,手工業的に実現されたボール(縫いボール)の外観を有することを目的の一つとするものであって,膨張可能な空気袋と,空気袋の表面に固着された皮革片からなる外被材を備えるタイプのものであり,皮革片は,空気袋の側を向くように定められた面において椀部を形成するように構成され,この椀部に,柔軟で弾性を有する材料が詰め込まれることを特徴としている(甲3の2の訳文2頁14行~19行)。

皮革片8は,柔軟で弾性を有する材料11で充填される一種の椀部9を形成するように構成され,各皮革片8は,空気袋1の被覆材10の全表面を覆い尽くすように,互いに突き当てられるように置かれ,成形型12から抜き出されたボールは,手工業的に実現されたボール(縫いボール)に極めて類似した表面を呈する(甲3の2の訳文3頁10行~11行,14行~15行,25行~27行)。

そして,甲3の1のFig.4には,皮革片8の椀部9がカップの形状をしており,皮革片8の中心部では比較的緩やかな曲線であり,周辺端面に近い領域ではより急カーブの曲線で,この急カーブの曲線となっている領域から周辺端面に至る領域では緩やかな曲線あるいは直線であって,空気袋1側が凹になるように曲がっている断面形状となっている様子が描かれている。また,Fig.6には,カップ形状の皮革片8が互いに隣り合って並べられ,周辺端面(裾の部分)のみが接している様子が描かれている。

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3 取消事由1について



(1) 原告らは,引用発明1には「急な曲面領域」は存在せず,これを境界とする中央部や周辺部も存在しないので,審決の引用発明1の認定は誤りであり,これに伴い,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとの一致点認定も誤りである旨主張する。

しかし,上記2で認定したとおり,引用発明1の皮革片は,周辺端面に近い部分において急カーブの曲線となっており,その部分を挟んで,中心部では比較的緩やかな曲線に,周辺端面に至る領域では緩やかな曲線あるいは直線となっているのであるから,審決が引用発明1について「急な曲面領域」を認定したことに誤りはなく,「急な曲面領域から周辺端面に至る領域」が本件発明1の「曲げ部」に相当するとした一致点認定にも誤りはなく,この点に関する相違点の看過もない。

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(2) 原告らは,引用発明1の皮革片はカップ状の裾の部分しか接合しておらず,本件発明1の接合部とは異なっているので,「接合部」が設けられる点を一致点とした審決の認定に誤りがあると主張する。

上記1で認定したとおり,本件発明1は,皮革片の周縁部を折り曲げ,折り曲げ部に設けられる接合部において,隣接する皮革パネルと接着するという構成をとるものである。このように,本件発明1における「接合部」は,接着するための部位であるから,一定の領域を有する「面接触」を要するものと解される。これに対し,上記2のとおり,引用発明1は,カップ状の皮革パネルの裾部分(周辺端面)のみを接触させたものであり,接触している部分は線接触であると認めるのが自然である。

そうすると,引用発明1における皮革片の接触部は,接着するための接合部とはいえず,本件発明1における接合部に相当するということはできないから,この点を一致点とした審決の認定は誤りである。そして,「接合部」の有無は,皮革パネルの接着に関する相違点2の前提となるものであって,この点の相違も含めて相違点2についての本件発明1の構成の容易想到性を判断すべきなのに,審決はこれを怠っている。したがって,取消事由1は,理由がある。

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4 取消事由2について



(1) 上記1で認定したとおり,本件発明1の「折り曲げ部」は,縫いボールと同様の飛距離,グリップ性等を得るために,皮革パネル間に,縫いボールと同様の深くて狭い溝を形成するために採用された構成である。

これに対し,上記2で認定した内容によれば,引用発明1は,手工業的に実現さあれたボール,すなわち縫いボールに近い外観を有することを目的とするものであり,そのために,とりわけ隆起に着目し,隆起部分を有するボールとするために,皮革片を椀型(カップ状)に成形するという構成を採用したものと認められる。

このように,本件発明1と引用発明1は,貼りボールに縫いボールの特徴を取り入れようとする点では共通するものの,技術的着眼点は,本件発明1が飛距離等であるのに対し,引用発明1では外観であって,異なっている。また,貼りボールの外観を縫いボールに近付けるための手法としては,甲3の1に従来技術として記載された「縁端を装飾した皮革片を,空気袋に直接貼り付ける」手法,本件発明1のように「折り曲げ部」を設ける手法等,種々の構成が考えられるところ,引用発明1においては,上記のとおり「隆起部分」に着目した構成を採用したものであり,甲3の1の記載によっても,本件発明1のような,縫いボールと同様の深く狭い溝を形成するという思想は窺われないのであって,そのことに伴い当然のことながら,引用発明1と本件発明1とでは,採用された構成も異なっている。

(2) 本件発明1の「折り曲げ部」の構成については,曲げる角度が90度よりも小さな角度になる場合も含まれると解されるが,縫いボールと同様の溝を形成するという発明の目的や,「折り曲げ」の語意を考慮すると,単に曲げられているだけでなく,相当程度大きな角度で曲げられるべきものと解される。そうすると,仮に,引用発明1の皮革片の周縁部分に「折り曲げ部」の構成を採用した場合,「折り曲げ部」において相当程度大きな角度で曲げられることになり,それよりも内側の部分は平坦に近い状態になってしまうから,大きな隆起を形成することができなくなり,引用発明1の「隆起部分」の形成という目的に反することになる。

(3) さらに,縫いボールにおいて,「折り曲げ」は,縫うことによって必然的に生じるものであり,両者は一体不可分の構成ということができる。したがって,折り曲げ部を有する縫いボールが周知であるとしても,このうち折り曲げる構成のみに着目し,これを縫いボールから分離することが従来から知られていたとは認められず,これが容易であったということもできない。

(4) 小括

以上の点を総合すると,引用発明1において,「曲げ部」を「折り曲げ部」とすることが,当業者にとって容易に想到し得たことであるということはできない。したがって,引用発明1について,本件発明1の相違点1に係る構成とすることが容易であるとした審決は誤りであり,取消事由2には理由がある。


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5 取消事由5~11について



上記4で説示したとおり,本件発明1に関する取消事由2には理由があるところ,本件発明2~4,6~9は,いずれも本件発明1の構成をすべて含むものであるから,取消事由2と同様の理由により,本件発明2~4,6~9に係る取消事由5~11はいずれも理由がある。

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第6 結論



以上のとおりであって,取消事由3,4について判断するまでもなく,本件発明1~4,6~9を無効とした審決は誤りであって,取り消されるべきものである。

よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官塩月秀平- 32 -裁判官清水節裁判官古谷健二郎
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Last Update: 2011-03-01 09:05:36 JST

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特許:【容易想到性】「事実認定」,【不競法2条1項14号に基づく損害賠償責任の有無】「基準」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(ネ)第10074号特許権差止請求権不存在確認等請求本訴,損害賠償等請求反訴控訴事件))





目 次


特許:【容易想到性】「事実認定」,【不競法2条1項14号に基づく損害賠償責任の有無】「基準」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(ネ)第10074号特許権差止請求権不存在確認等請求本訴,損害賠償等請求反訴控訴事件))




知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」



H230301現在のコメント


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(ネ)第10074号特許権差止請求権不存在確認等請求本訴,損害賠償等請求反訴控訴事件))

結果的に特許が無効になった場合における損害賠償の可否判断基準を示しました。
【不競法2条1項14号に基づく損害賠償責任の有無】「あてはめ」例の中に,「新規性欠如といった明確なものではなかったこと」が否定事由として挙げられています。



縮小版【不競法2条1項14号に基づく損害賠償責任の有無】「基準」


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(ネ)第10074号特許権差止請求権不存在確認等請求本訴,損害賠償等請求反訴控訴事件))

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「基準」


「本件特許権の侵害である旨の告知をしたことについては,特許権者の権利行使というべきものであるところ,本件訴訟において,本件特許の有効性が争われ,結果的に本件特許が無効にされるべきものとして権利行使が許されないとされるため,1審原告の営業上の信用を害する結果となる場合であっても,このような場合における1審被告の1審原告に対する不競法2条1項14号による損害賠償責任の有無を検討するに当たっては,特許権者の権利行使を不必要に萎縮させるおそれの有無や,営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮した上で,違法性や故意過失の有無を判断すべきものと解される。」(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(ネ)第10074号特許権差止請求権不存在確認等請求本訴,損害賠償等請求反訴控訴事件))

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「あてはめ」例



しかるところ,前記認定のとおり,本件特許の無効理由については,本件告知行為の時点において明らかなものではなく,新規性欠如といった明確なものではなかったことに照らすと,前記認定の無効理由について1審被告が十分な検討をしなかったという注意義務違反を認めることはできない。そして,結果的に,旭化成建材の取引のルートが1審原告から1審被告に変更されたとしても,本件告知行為は,その時点においてみれば,内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず,本件特許権に基づく権利行使の範囲を逸脱するものとまではいうこともできない。


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判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(ネ)第10074号特許権差止請求権不存在確認等請求本訴,損害賠償等請求反訴控訴事件))

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第2 事案の概要(略称は,原判決に従う。)



1 本訴事件は,1審原告が,1審被告に対し,①原告製品の販売が本件特許権の侵害に当たらないと主張して,1審被告が,本件特許権に基づき,1審原告に対して原告製品を販売することの差止請求権を有しないことの確認を求めるとともに,②1審被告が1審原告の取引先に対して1審原告の販売する原告製品が本件特許権を侵害する旨告知したこと(本件告知行為)が不競法2条1項14号所定の不正競争に該当すると主張して,同法4条及び民法709条に基づき,損害賠償金3397万4752円及び内金1392万3540円に対する訴状送達の日の翌日である平成20年7月12日から,内金2005万1212円に対する請求の趣旨拡張の申立書送達の日の翌日である平成22年2月10日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

反訴事件は,1審被告が,1審原告に対し,③原告製品の販売が本件特許権の侵害に当たると主張して,特許法65条1項後段に基づく補償金88万3327円及び特許権侵害の不法行為(民法709条,特許法102条2項)に基づく損害賠償金164万6140円の合計252万9467円及びこれに対する支払催告における支払期限の翌日で不法行為の後である平成20年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 原判決は,本件特許発明2は,引用発明,甲18の2刊行物及び甲19の2刊行物の記載に基づき容易に発明することができたものであり,その上位概念の発明である本件特許発明1も容易に発明することができたと判断した。その上で,①本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,1審被告は,本件特許権を1審原告に対して行使することができず,1審原告に対し,本件特許権に基づいて原告製品の販売の差止めを求めることはできないとして,差止請求権不存在確認請求を認容し,②1審被告の本件告知行為は,不競法2条1項14号に該当するとして,損害賠償請求の一部を認容し,その余を棄却し,③反訴に係る補償金請求及び損害賠償請求を棄却した。

1審原告及び1審被告は,それぞれ,これを不服として控訴した。

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第4 当裁判所の判断



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1 争点(2)ア(進歩性欠如)について



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(3) 本件特許発明2と引用発明との対比



ア本件特許発明2と引用発明とを対比すると,引用発明の「軸部」,「頭部」,「頂面が側面視で平らで,軸部側が逆六角錐台形状」とされた頭部の形状は,本件特許発明2の「軸部」,「頭部」,「皿形の頭部の形状」にそれぞれ相当する。また,引用発明の「8ポイントリセス(ねじ穴)」は四角ビットをはめて,ステンレスパワーねじを駆動回転させるために使用されるものであるから,本件特許発明2の「駆動穴(recess)」に相当する。さらに,引用発明は,ねじ頭部がパワーボード内に沈み込むものであるから,被締め付け部材内に沈み込む沈頭タイプであると認められる。

イしたがって,本件特許発明2と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

(ア) 一致点:軸部と,この軸部の後端部に設けられていて前記軸部より径方向に突出し,かつ外周が多角形状とされている皿形の頭部であって,締め付け後に前記頭部が被締め付け部材内に沈み込む沈頭タイプの頭部と,この頭部に設けられた駆動穴とを有してなる,雄ねじ部品であり,前記頭部の外周が六角形状とされている雄ねじ部品である点

(イ) 相違点1:本件特許発明2では,駆動穴として,第1の駆動穴と,この第1の駆動穴の底部からさらに陥没するようにして頭部に設けられた第2の駆動穴とを有しており,前記第2の駆動穴に外接する円の半径は前記第1の駆動穴に内接する円の半径より小さくされているのに対して,引用発明においては,駆動穴として8ポイントリセスを有するのみである点

(ウ) 相違点2:本件特許発明2では,第1の駆動穴の外周が頭部の外周の近くまでに及んでおり,両外周が互いにほぼ平行とされているのに対して,引用発明においては,8ポイントリセスを有するのみであって,当該8ポイントリセスの外周が頭部の外周とほぼ平行とされているとはいえない点

ウなお,1審被告は,引用発明のねじは,旧来のトリミングを行う方法により作製されていて,ねじ頭部を圧造(塑性加工)のみにより形成することが前提とされている本件特許発明とは異なり,本件特許発明のコスト低減,軽量化という作用効果が異なる旨主張する。

しかしながら,甲22刊行物には作成方法は記載されておらず,写真からはその作成方法は明らかではない。仮に,トリミングを行ったとしても,その程度は定かではなく,形状に照らして,わずかな部分のトリミングで十分であるとも考えられ,そうだとすると,必ずしも頭部を加工する際の材料の移動量が多くなるとはいえない。また,1審被告の主張は,本件特許発明がねじ頭部を圧造(塑性加工)のみにより形成するものであることを前提としているところ,本件特許発明の特許請求の範囲は,製造方法に関し特定されていないから,上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものである。そして,コスト低減,軽量化という作用は,圧造(塑性加工)する場合の効果であって(【0022】),本件明細書(甲2)の効果欄(【0040】)には記載されていないことからしても,本件特許発明の特有の効果とはいえない。よって,引用発明と本件特許発明とが作用効果において異なっているとはいえず,1審被告の上記主張は理由がない。

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(4) 相違点1について



ア甲18の2刊行物の記載

(ア) 甲18の2刊行物には,レンチ係合部を,六角穴と,当該六角穴の下面に凹設した第2係合部とから構成し,六角穴と第2係合部とを同時にレンチに嵌合させて締緩を行うことで,レンチの回転トルクに対するレンチ係合部の耐トルク強度を高めることが開示されている。また,甲18の2(第2図,第3図)において,正六角柱状に凹設された第2係合部の上端部が,当該第2係合部に外接する円状に面取りされており,第2係合部に外接する円の半径が六角穴に内接する円の半径より小さいことが認められ,第2係合部に外接する円の半径を六角穴に内接する円の半径より小さくした構成が開示されているということができる。そして,甲18の2刊行物に記載された発明は,ボルトの頭部に六角穴と第2係合部を設け,レンチの回転トルクを双方にかけるように構成することで,係合する部分が従来のものに比べ第2係合部の分だけ増加することになり,その結果,耐トルク強度を高めた,頭部に六角穴を有するボルトである。

(イ) 1審原告は,甲18の2刊行物の上記記載から,通常の六角柱レンチが第2係合部に係合すること,第2係合部を単独で使用することが読み取れる旨主張する。しかし,上記記載からそのように理解することは困難であり,基本的には,第4図に示されるようなレンチを用い,六角穴と第2係合部を同時に駆動するものである。また,レンチ係合部が破壊されるおそれがないとき,強く締め付ける必要がないとき等は,従来のレンチを六角穴のみに嵌挿して使用できる旨記載されているから,少なくとも,六角穴のみによる駆動を許容しているということができる。

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イ相違点1の容易想到性

(ア) 甲18の2刊行物における角穴を有するボルトとは,六角穴付きボルトや六角穴付き止めビス等を想定しているから,引用発明とは近接する技術である。また,耐トルク強度を高めることは通常想定され得る課題であって,引用発明においても内在している課題ということができる。

よって,引用発明に甲18の2刊行物に記載された発明を適用することは,当業者にとって格別困難とはいえない。したがって,引用発明に甲18の2刊行物記載の発明を適用し,2つの駆動穴を設けることは,当業者が容易に想到することができる。

(イ) そして,その場合に,甲18の2刊行物に記載されたように,第2係合部の形状として,六角穴と相似形をなす正六角柱状であって,外接する円の半径が六角穴に内接する円の半径より小さい形状を選択することは,甲18の2刊行物に接した当業者にとって自然な発想である。そうすると,引用発明において,六角穴と第2係合部とから構成される駆動穴を採用する際に,第2係合部に外接する円の半径が六角穴に内接する円の半径より小さい構成とすることは,当業者が容易になし得たものということができる。

(ウ) 1審被告は,甲18の2刊行物に記載されているのは,一つの駆動穴に2か所の係合部を備え,2か所の係合部を同時に使用して駆動するタイプであって,2か所の係合部を同時に使用しない例外的な使用法として,当該係合部が破壊されるおそれのない限定された状況での六角穴のみの使用を開示しているが,他方が損傷したときの補完を想定した使用法は開示されていないのに対し,本件特許発明では,一方の駆動穴が損傷しても他方の駆動穴を使用できるネジを得るという点に主たる目的があるとして,甲18の2刊行物記載の発明と本件特許発明とは,技術思想の主眼,目的が異なる旨主張する。

しかし,甲18の2刊行物には,少なくとも六角穴の単独使用に関する記載があるから,単独使用を十分に示唆しているところ,係合部が破壊されるおそれがなく,強く締める必要がない場合には,六角穴に合うレンチを嵌挿して六角穴を単独使用するだけでなく,第2係合部に合うレンチを嵌挿入して第2係合部を単独使用することも許容されることは,甲18の2刊行物の記載からそこまで読み取ることはできないとしても,六角穴に合うレンチを用いるか,第2係合部に合うレンチを用いるかの違いにすぎず,前者は可能であるが,後者は不可能ということはないから,当業者であれば容易に理解することができることといわなければならない。そして,2以上の駆動方式を組み合わせて,いずれかが駆動不可能な場合に他方で駆動することは,本件明細書にも記載されているように,従来から知られているところであるから,各駆動穴の単独使用を考慮することも,格別困難な事項とは考えられない。しかも,本件特許発明は,特許請求の範囲の記載上,単独使用が規定されておらず,上記アのとおり,同時駆動も想定しているものである。

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(5) 相違点2について



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ア相違点2の容易想到性

引用発明の頭部外形が六角形であることに鑑みれば,相違点1に関し,引用発明に甲18の2刊行物に記載された発明を適用し,大径の六角穴を設ける場合に,第1の駆動穴の外周と頭部の外周とが平行になるようにすることは,自然な発想である。これをずらした場合には,六角穴の角部の肉厚が極端に薄くなり適切でないことは,技術的に明らかである。

そして,引用発明において,六角穴をより広くすることにより,ビットと係合する部分がより増加する反面,外周に近くなるほど壁の部分の強度が低下することが容易に理解できるところ,どの程度外形に近づけるか,すなわち,どの程度の広さの六角穴を設けるかは,両者の兼ね合いで当業者が適宜に決定できる事項である。そうすると,引用発明において,ねじ頭部に形成する駆動穴として,第1の駆動穴の外周が頭部の外周の近くまでに及んでおり,両外周が互いにほぼ平行とされる構成を採用することは,当業者にとって格別困難なことではなく,当業者は,相違点2に係る本件特許発明2の構成を容易に想到できたものと認められる。

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イ1審被告の主張について

1審被告は,六角穴付き皿ボルトに関するJIS規格において,多角形状の駆動穴を広くすることを禁じられているから,外周の近くまで及ぶようにすることは容易でない旨主張する。しかし,必要性がある限り,JIS規格に合致しない規格のものを試みることがあり得ないとはいえないし,形状や材質,加工方法等に応じ,頭部の強度を調整することができ,駆動トルクとのバランスにおいて適宜の穴を設け得ることは技術的に明らかであるから,必要な強度を確保しつつ,外周近くまで広がる六角穴とすることは,当業者にとって格別困難とはいえない。

なお,1審被告は,甲19の2刊行物に本件特許発明の技術思想に関わる記載がない旨主張する。しかし,前記アのとおり,相違点2については,甲19の2刊行物を適用するまでもなく,当業者が容易に想到できるものであり,甲19の2刊行物の記載については,上記判断を左右しない。

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(6) 小括



以上によれば,本件特許発明2は,引用発明及び甲18の2刊行物記載の発明から容易に発明することができたものであって進歩性を欠き,また,その上位概念である本件特許発明1も,同様に進歩性を欠くといわざるを得ない。

よって,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,1審被告は,1審原告に対し本件特許権を行使することができない。

したがって,1審原告の本訴請求のうち,差止請求権不存在確認請求は理由がある。

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2 争点(3)(不正競争の成否)について



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(1) 認定事実



証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

ア1審被告は,平成14年4月10日,本件特許出願をした(甲1)。

本件特許の審査過程において,平成19年4月24日付けで,請求項1に係る発明と甲18の2刊行物等に記載された発明との間に明確な構成上の差異がないこと,請求項2に係る発明は甲18の2刊行物等に記載の発明及び甲19の2刊行物に記載された周知技術を適用することに格別の困難性はないことを理由に,拒絶理由が通知された(乙5)。1審被告は,平成19年6月2日付けで,代理人弁理士による意見書を提出するとともに,手続補正書を提出し,請求項1及び2に係る特許請求の範囲及び明細書の記載を補正して,引用された発明との相違を主張した(乙6,7)。

1審被告は,平成19年8月17日,本件特許の設定登録を受けた(甲1)。


イ1審被告は,ミヤガワ金属販売に対し,平成19年8月20日付けの書面(甲3)を送付した。上記書面には,同社が1審原告に販売しているパワーねじ(原告製品)が1審被告の本件特許権を侵害していることが明白であること,原告- 26 -製品の製造,販売の中止,在庫品の廃棄及び損害賠償を請求する可能性があること,最終消費者の迷惑を考慮してなるべく穏便な方法を採用したいので,早急に会談の場を設けて善後策を探りたいこと,担当者に連絡してほしいことが記載されている。ウ1審被告の代理人である對崎俊一弁護士は,ミヤガワ及びミヤガワ金属販売に対し,平成19年9月18日付けの警告書(甲4)を送付した。上記警告書には,ミヤガワが製造し,ミヤガワ金属販売が販売しているパワーねじ(原告製品)が本件特許発明の技術的範囲に属するもので,1審被告の本件特許権を侵害するものであること,原告製品の製造,販売を直ちに停止し,今後の製造販売について1審被告の指示に従うべきこと,両社が本件特許権を尊重する方向を維持する限り,市場が混乱しないよう,友好的な関係を構築して対処したいことが記載されている。エ平成19年9月19日ころ,ミヤガワ金属販売(代表者B),1審被告(代表者C及び関東支社長D)及び株式会社シスコ(A。同年7月20日1審原告を退職)が,1審被告の関東支社において集まり,善後策を協議した。その席上,上記3社間で,本件特許権を確認し,1審被告が弁護士を介して1審原告に対し抗議を行うこと,そのことにより旭化成建材には迷惑をかけないこと,ミヤガワの意向は1審被告又はシスコのいずれか又は両者が窓口になること,旭化成建材が納入窓口をいかようにするかは同社の指示に従うことを合意し,Aが旭化成建材に対し,文書で上記事項を報告した(甲7,42,44の1・6,乙1)。

オ1審被告の代理人である對崎俊一弁護士は,同年9月28日,1審原告に対し,警告書を送付した(甲5)。上記警告書には,原告製品の販売が本件特許権を侵害する行為であること,原告製品の販売を停止すべきこと,誠意ある対応をとるのであれば,在庫分の廃棄を求めず,別途の解決を考慮する余地があるので連絡してほしいことが記載されている。カ1審原告は,旭化成建材から呼び出しを受け,協議したが,平成19年10月22日,同社から,同月1日に遡って1審被告から購入するとの通告を受け(甲42),同年10月以降,本件特許発明の実施品であるねじは,ミヤガワが製造し,ミヤガワ金属販売,1審被告,西村鋼業を経由して,旭化成建材へ販売されるようになった(弁論の全趣旨)。

キ本件特許について特許無効審判は請求されておらず,第1審において,1審原告は,本訴につき,当初,本件特許発明が職務発明であり通常実施権を有する,甲6の存在を根拠に新規性がない等と主張していたが,その後,上記各主張を撤回した。そして,1審原告が,引用発明(甲22刊行物に記載された発明)からの進歩性を初めて主張したのは,本訴提起から5か月以上経過した平成20年12月17日付け準備書面(2)においてである。

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(2) 不競法2条1項14号に基づく損害賠償責任の有無



ア前記1で認定したとおり,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するものであったとしても,結論として,原告製品の製造販売行為が特許権侵害に当たるとはいえず,本件告知の内容は,結果的にみて,虚偽であったことになる。

イしかしながら,1審被告が有する本件特許権は,特許庁における審査を経て拒絶理由を発見しないとして特許査定に至ったものであり(特許法51条),無効審決がされたわけでもなく,他方,原告製品が本件特許発明の技術的範囲に属することは,明らかであり,当事者間に争いがない。そして,ミヤガワ及びミヤガワ金属販売は,原告製品を製造販売する者であるから,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるなどの抗弁事由が認められない場合であれば,本件特許権の直接侵害者に相当する立場にある者である。よって,本件特許権を有する1審被告は,原告製品の製造販売行為を行うミヤガワらに対して,特許権者として,ミヤガワらの行為が本件特許権を侵害することを告知したものと解される。なお,1審被告は,最終ユーザで大手の旭化成建材には直接告知しておらず,1審原告の「1審被告は,1審原告の元代表者Aを通じて,旭化成建材に対し,取引先を1審原告から1審被告に変更するように働きかけて,旭化成建材の取引先を,平成19年10月1日から1審被告に変更させた」との主張は,本件全証拠によっても,これを認めるに足りない。

ウそして,本件告知行為の内容は,前記(1)認定のとおりであって,原告製品の製造販売元であって直接侵害者の立場にあるミヤガワらに対する登録された権利の行使として,内容及び態様において社会的に不相当とまではいえないものである。エその後,1審被告は,ミヤガワらとの打合せを行い,1審原告にも同様の通知をした。その上で,1審被告は,反訴としてではあるが,1審原告に対して特許権侵害に基づく損害賠償請求訴訟を提起したものである。

オ加えて,1審原告は当初,職務発明による通常実施権や甲6による新規性欠如といった主張をしていたが,これを撤回したもので,引用発明に基づく進歩性欠如の主張は,提訴から5か月以上経過した後に初めて主張されたものである。しかも,本件特許の無効理由は,前記1のとおりの進歩性欠如であり,引用発明及び甲18の2刊行物の記載に基づき容易に発明することができたというものであって,引用発明とされた甲22刊行物記載の発明と本件特許発明とは,同一の構成のものではなく,前記1(3)のとおりの相違点がある。また,甲18の2刊行物は,特許庁段階で拒絶理由通知に記載されたが,手続補正の結果これをもって拒絶理由を発見しないとされたものである。

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カ以上のように,特許権者である1審被告が,特許発明を実施するミヤガワらに対し,本件特許権の侵害である旨の告知をしたことについては,特許権者の権利行使というべきものであるところ,本件訴訟において,本件特許の有効性が争われ,結果的に本件特許が無効にされるべきものとして権利行使が許されないとされるため,1審原告の営業上の信用を害する結果となる場合であっても,このような場合における1審被告の1審原告に対する不競法2条1項14号による損害賠償責任の有無を検討するに当たっては,特許権者の権利行使を不必要に萎縮させるおそれの有無や,営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮した上で,違法性や故意過失の有無を判断すべきものと解される。

しかるところ,前記認定のとおり,本件特許の無効理由については,本件告知行為の時点において明らかなものではなく,新規性欠如といった明確なものではなかったことに照らすと,前記認定の無効理由について1審被告が十分な検討をしなかったという注意義務違反を認めることはできない。そして,結果的に,旭化成建材の取引のルートが1審原告から1審被告に変更されたとしても,本件告知行為は,その時点においてみれば,内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず,本件特許権に基づく権利行使の範囲を逸脱するものとまではいうこともできない。

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(3) 小括



以上によれば,1審被告のミヤガワ及びミヤガワ金属販売に対する告知は,少なくとも故意過失がないというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,1審原告の本訴請求のうち,不競法に基づく請求は理由がないといわなければならない。

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3 争点(4)(補償金支払請求の可否及び特許権侵害の不法行為の成否)について



前記1のとおり,本件特許は無効にされるべきであるから,本件特許権侵害を理由とする補償金請求及び特許権侵害による損害賠償請求は,いずれも理由がない。

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判決原文(全文)




平成22(ネ)10074 特許権差止請求権不存在確認等請求本訴,損害賠償等請求反訴控訴事件 不正競争 民事訴訟平成23年02月24日 知的財産高等裁判所



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平成23年2月24日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成22年(ネ)第10074号特許権差止請求権不存在確認等請求本訴,損害賠償等請求反訴控訴事件(原審・東京地方裁判所平成20年(ワ)第18769号,平成21年(ワ)第22773号)


口頭弁論終結日平成23年2月3日



判 決





主 文



1 1審被告の控訴に基づき,原判決中,1審原告の本訴金銭請求に関する部分を次のとおり変更する。

1審原告の請求を棄却する。

2 1審被告のその余の控訴及び1審原告の控訴をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は,第1,2審とも,本訴,反訴を通じてこれを2分し,その1を1審被告の負担とし,その余は1審原告の負担とする。



事実及び理由



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第1 控訴の趣旨



1 1審原告

原判決第2項を次のとおり変更する。

1審被告は,1審原告に対し,3397万4752円及び内金1392万3540円に対する平成20年7月12日から,内金2005万1212円に対する平成22年2月10日から,いずれも支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 1審被告

原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。

(1) 1審原告の本訴請求中,上記部分を棄却する。

(2) 1審原告は,1審被告に対し,252万9467円及びこれに対する平成20年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

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第2 事案の概要(略称は,原判決に従う。)



1 本訴事件は,1審原告が,1審被告に対し,①原告製品の販売が本件特許権の侵害に当たらないと主張して,1審被告が,本件特許権に基づき,1審原告に対して原告製品を販売することの差止請求権を有しないことの確認を求めるとともに,②1審被告が1審原告の取引先に対して1審原告の販売する原告製品が本件特許権を侵害する旨告知したこと(本件告知行為)が不競法2条1項14号所定の不正競争に該当すると主張して,同法4条及び民法709条に基づき,損害賠償金3397万4752円及び内金1392万3540円に対する訴状送達の日の翌日である平成20年7月12日から,内金2005万1212円に対する請求の趣旨拡張の申立書送達の日の翌日である平成22年2月10日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

反訴事件は,1審被告が,1審原告に対し,③原告製品の販売が本件特許権の侵害に当たると主張して,特許法65条1項後段に基づく補償金88万3327円及び特許権侵害の不法行為(民法709条,特許法102条2項)に基づく損害賠償金164万6140円の合計252万9467円及びこれに対する支払催告における支払期限の翌日で不法行為の後である平成20年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2 原判決は,本件特許発明2は,引用発明,甲18の2刊行物及び甲19の2刊行物の記載に基づき容易に発明することができたものであり,その上位概念の発明である本件特許発明1も容易に発明することができたと判断した。その上で,①本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,1審被告は,本件特許権を1審原告に対して行使することができず,1審原告に対し,本件特許権に基づいて原告製品の販売の差止めを求めることはできないとして,差止請求権不存在確認請求を認容し,②1審被告の本件告知行為は,不競法2条1項14号に該当するとして,損害賠償請求の一部を認容し,その余を棄却し,③反訴に係る補償金請求及び損害賠償請求を棄却した。

1審原告及び1審被告は,それぞれ,これを不服として控訴した。

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3 前提となる事実(証拠等を掲記した事実を除き,当事者間に争いがない。)



(1) 当事者

ア1審原告は,ねじ及びねじ付き部品の開発及び販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。

イ1審被告は,電気製品,機械,車両等に用いる鋲螺釘を含む工業材料,工具,測定具等の販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。

(2) 1審被告の特許権

1審被告は,以下の本件特許の特許権者である。

ア特許番号 特許第3999997号

イ発明の名称 雄ねじ部品

ウ出願日 平成14年4月10日

エ公開日 平成15年10月24日

オ登録日 平成19年8月17日

カ特許請求の範囲(なお,文中の「/」は,原文の改行部分を示す。)

【請求項1】軸部と,この軸部の後端部に設けられていて前記軸部より径方向に突出し,かつ外周が多角形状とされている皿形の頭部と,この頭部に設けられた第1の駆動穴と,この第1の駆動穴の底部からさらに陥没するようにして前記頭部に設けられた第2の駆動穴とを有してなり,/締め付け後に前記頭部が被締め付け部材内に沈み込む沈頭タイプとされており,/前記第2の駆動穴に外接する円の半径は前記第1の駆動穴に内接する円の半径より小さくされており,/前記第1の駆動穴の外周が前記頭部の外周の近くまでに及んでおり,両外周が互いにほぼ平行とされている雄ねじ部品

【請求項2】前記頭部の外周が六角形状とされている請求項1記載の雄ねじ部品

(3) 1審原告の行為
1審原告は,平成17年5月ころから平成19年9月30日まで,原告製品(原 判決別紙物件目録記載の各製品)を,ミヤガワ金属販売株式会社(ミヤガワ金属販売)を通じて株式会社ミヤガワ(ミヤガワ)に製造させ,西村鋼業株式会社(西村鋼業)を経由して旭化成建材株式会社(旭化成建材)に販売していた。

(4) 構成要件の充足

原告製品は,本件特許発明の構成要件を全て充足する。

(5) 1審被告の本件告知行為

ア1審被告は,ミヤガワ金属販売に対し,平成19年8月20日付けの書面により,同社が1審原告に販売しているパワーねじ(原告製品)が1審被告の本件特許権を侵害していることが明白であり,原告製品の製造,販売の中止,在庫品の廃棄及び損害賠償を請求する可能性がある旨を告知した(甲3)。

イ1審被告は,ミヤガワ及びミヤガワ金属販売に対し,平成19年9月18日付けの警告書により,ミヤガワが製造し,ミヤガワ金属販売が販売しているパワーねじ(原告製品)が本件特許発明の技術的範囲に属するもので,本件特許権を侵害するものであり,その製造,販売を直ちに停止するよう警告した(甲4)。

(6) その後の経過

平成19年10月以降,本件特許発明の実施品であるねじは,ミヤガワが製造し,ミヤガワ金属販売,1審被告,西村鋼業を経由して,旭化成建材へ販売されている(弁論の全趣旨)。

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4 争点



(1) 先使用による通常実施権〔本訴・反訴事件に関し〕

(2) 特許法104条の3第1項の権利行使の制限〔本訴・反訴事件に関し〕

ア進歩性欠如(特許法29条2項)

イ新規性欠如(特許法29条1項1号)

(3) 不正競争(不競法2条1項14号)の成否及び損害額〔本訴事件に関し〕

(4) 実施料相当額の補償金支払請求の可否及び補償金額,特許権侵害の不法行為の成否及び損害額〔反訴事件に関し〕

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第3 当事者の主張


当事者の主張は,後記のとおり補充するほか,原判決の事実及び理由第3(原判
決6頁4行目~27頁1行目)のとおりであるから,これを引用する。

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1 争点(2)ア(進歩性欠如)について




〔1審原告の主張〕


本件特許は無効である。
(1) 引用発明と本件特許発明との相違
ア甲22刊行物に図示されたネジが,仮に,トリミング加工されたものであっ
たとしても,そのトリミング加工の有無が,本件特許発明の進歩性の判断に影響を
及ぼすとは解し得ない。
すなわち,甲22刊行物は,トリミング加工されたように見えるが,トリミング


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加工技術は,ネジ加工に本質的に必須の技術ではなく,トリミング加工をしても,
トリミング加工をしない圧造加工だけであっても,逆六角錐台のネジは製造できる
から,本件特許発明の進歩性判断の基礎となるかならないかの問題は,生じない。
イまた,甲22刊行物の写真のとおり,仮にトリミング加工されているとして
も,大部分は圧造による逆六角錐台となり,ほんのわずかの部分をトリミングして
いるにすぎない。したがって,このわずかな部分がトリミング加工されていること
を理由に,ネジ頭部の肉の移動量が大きく,本件特許発明のネジが肉の移動量が少
ないというのは,誤りである。
むしろ,本件特許発明のネジは,頭部に大きく深い六角穴を形成するために,肉
の移動量は大きくなる。したがって,これによりコスト低減及び軽量化を図ること
ができることはない。
ウ甲22刊行物には,まさに,逆六角錐台の頭部形状を有するネジが記載され
ており,一見すれば頂部上の六角柱外周部分におけるわずかな幅の問題にすぎない
ことが判明し,同部分のトリミング加工の有無にかかわらず,本件特許発明のよう
な逆六角錐台頭部形状を持つネジを製造できる。
これに対して,仮に,本件特許発明が,従来はトリミング加工でしか製造できな
いものをトリミング加工なしで製造できる製造方法に特徴があるとするならば,そ
の特許請求の範囲には,トリミング加工なしでの圧造で製造する特徴を必須の構成
要件として記載すれば済むだけのことである。特許請求の範囲には,特許出願人が
特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しな
ければならないのであり,特許が成立した後に,製造方法や加工方法に特徴がある
などと主張すること自体,誤りである。
特に,進歩性の判断については,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に
明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であるこ
とが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情が
ない限り,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されず,このよう


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な特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づい
てされるのが原則である(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二
小法廷判決・民集45巻3号123頁)。1審被告の主張は,このような先例の判
断にも反する。
エ本件特許発明の構成の記載のそれぞれから,一義的にその形状が理解でき,
したがって,それらの各構成が結合した特許請求の範囲の請求項1,2の記載のネ
ジ形状も当業者ならば容易に一義的に理解できる範疇のものである。
したがって,本件について,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することは
許されない。原判決が,甲22記載のネジを主引用例としたことに誤りはなく,甲
22刊行物には,構成(A)ないし(D)及び構成(H),(I)が記載されている。
(2) 甲18の2刊行物と本件特許発明について
ア甲18の2刊行物の「レンチに規定以上の回転トルクがかかると,その側面
(D)がレンチを支えきれずに破壊され…本考案は,この様な点に鑑み提案された
…」の記載は,レンチ穴(駆動穴)が破壊された場合を想定したときのものであり,
1審被告の主張は失当である。
イまた,甲18の2刊行物の「従来のレンチを六角穴に嵌挿して使用する」の
記載は,まさに,単独使用があり得ることを前提とし,さらに,「六角柱部を有す
るレンチと係合するための六角穴を頭部に設けると共に,…該レンチとの係合部で
ある第2係合部を設けた」の記載における,「該レンチ」とは,「六角柱部を有す
るレンチ」,すなわち通常の六角柱レンチが係合することを前提に,通常の六角柱
レンチに係合することがあり得ることを意味する。したがって,通常の六角柱レン
チに係合することがあり得る以上,当該第2係合部を単独で使用することがあり得
ると読む方が自然である。通常の六角柱レンチに係合する第2係合部が存在するの
に,わざわざ,この係合部は単独で使用しないなどと読むのは極めて不自然である。
ウさらに,甲18の2刊行物では,当該第2係合部に関して,実際の使用に耐
えないほどの小ささとは記載されていない。むしろ,通常の六角柱レンチに係合す


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る大きさ(又は小ささ)の係合部であり,甲18の2刊行物を普通に読めば,第2
係合部に通常の六角柱レンチを挿通すればこの通常の六角柱レンチでの使用に耐え
得る。
エ本件明細書【0016】【0026】の記載から,両駆動穴の同時使用を否
定するものとは読めないし,各請求項のどこにも,いわゆる単独使用に限定される
記載はなく,同時使用の技術的思想を包含するものである(【0040】)。
オ甲18の2刊行物には,「第2係合部」についても,通常の六角柱レンチに
係合するものであることを意味し,通常の六角柱レンチに係合する以上,駆動穴と
して機能できないとの1審被告の主張は誤りである。
カ1審被告は,るる述べるが,結局は,甲18の2刊行物に「第2係合部に外
接する円の半径を六角穴に内接する円の半径より小さくした構成が開示されてい
る」ことを認めている。形式的にでも構成が一致すれば,一致する構成が開示され
ているのであり,原判決の認定に誤りはない。
(3) 甲19の2刊行物と本件特許発明について
ア1審被告は,甲18の2刊行物の記載を否定する箇所では,小さな駆動穴で
は使用に耐えないと主張し,ここでは,当業者は「大きい駆動穴の方が良い」とい
う認識・指向はないと主張するが,矛盾である。一方では「小さいのはダメ」で,
他方では「大きいのもダメ」というが,ネジが被締結材に捩じ込まれる回転トルク
との関係で適切な大きさの駆動穴を必要とすることは技術常識である。
イ当業者の認識・指向について,客観的裏付けがないことは事実である。また,
全てのネジがJIS規格に掲載されるものでもないから,JIS規格に記載されて
いないからといって,それが存在しなかったという証拠にはならない。JIS規格
と発明の進歩性とは別問題である。
(4) 小括
1審被告の主張は,甲22の開示や甲18の2,甲19の2の開示を曲解するこ
とを前提とするものであり,誤りである。原判決に誤りはない。


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〔1審被告の主張〕


本件特許は有効である。本件特許の進歩性の判断は,ねじの技術に関する基本的
理解を踏まえ,後知恵による判断とならないよう留意してされるべきである。
(1) 引用発明と本件特許発明との違い
ア引用発明のねじは,旧来のトリミングを行う方法により作製されていて,本
件特許発明と同様の作用効果は得られない。
旧来のトリミングを行う方法とは,六角ボルトの頭部について,まず大きな円形
の頭部を圧造により作製した後,六角形状となるように前記円形の頭部の外側部分
を切り落とす(トリミング)作製方法である。この結果,頭部の六角形状の角部が
シャープになり,これに伴い頭部の頂面側の端部の側面(トリミングによる切断
面)が,ねじの軸に対し垂直方向に延びる直線状の幅の狭い帯状の面を有する形状
となる。当業者であれば,甲22刊行物中に存在するねじの写真から,その作製方
法がトリミングを行う方法によっていることは一目瞭然である。この作製方法にお
いては,第1段階において,ねじ頭部をその最終形状である六角形より十分大きな
円形の頭部を圧造する必要があるので,頭部最終形状は六角形状であっても,頭部
を加工する際の材料の移動量が多くなることを避けられない。
イ他方,本件特許発明では,ねじ頭部を圧造(塑性加工)のみにより形成する
ことが前提とされており,このことから,本件特許発明のコスト低減,軽量化とい
う作用効果が導かれる(甲2【0022】【0031】)。
ウ以上のとおり,引用発明と本件特許発明とは,頭部が皿形で沈頭タイプであ
り,外周が多角形状である点で構成が一致しているが,これは形式的一致にすぎず,
作用効果が異なることは明らかである。原判決は,この点を看過して両者を比較し
ているもので,ねじの基本的な技術についての理解認識を欠いている。
(2) 甲18の2刊行物と本件特許発明との違い
ア甲18の2刊行物に記載されているのは,1つの駆動穴に2か所の係合部を
備え,2か所の係合部を同時に使用して駆動するタイプのねじである。2か所の係


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合部を同時に使用しない例外的使用法として開示されているのは,一方(六角穴)
のみを使用する場合であっても当該係合部が破壊されるおそれのない限定された状
況下での使用であって,他方が損傷したときの補完を想定した使用法は開示されて
いない。
また,いずれにしても第2係合部を単独で使用することは全く想定されていない。
さらに,現実に第2係合部は余りに小さくかつ深さも浅いため,単独では駆動穴と
して使用できないことは当業者にとって明白である。
つまり,ここに開示されている技術思想は,六角穴が破壊されないように従来の
六角穴の底部に小さな第2係合部を付加し,原則的には六角穴と第2係合部に専用
のレンチを同時に係合してねじを駆動するが,六角穴の破壊のおそれがないときは,
付加した第2係合部は使用しないで,六角穴だけに従来の汎用のレンチを係合して
ねじを駆動してもよいという技術思想にすぎない。
イこれに対し,本件特許発明には,一方の駆動穴が損傷しても他方の駆動穴を
使用できるネジを得るという点に主たる目的がある(請求項1,甲2【0016】
【0026】)。
ウ以上のとおり,甲18の2刊行物と本件特許発明とは,技術思想の主眼,目
的が異なる。仮に,同時に使用する技術思想を包含していても,主眼,目的におい
て異なるのであれば,両者は異なる。原判決の論理は,主客転倒している。なお,
甲18の2刊行物の「考案が解決しようとする問題点」の記載は,単に,ねじの駆
動穴は条件によっては壊れることがあるといっているにすぎず,甲18の2刊行物
の発明が本件特許発明に至る動機付けにならないことは明白である。
エなお,甲18の2刊行物の,第2係合部に外接する円の半径が六角穴に内接
する円の半径より小さくなっている構成も,形式的に本件特許発明と構成が一致し
ているだけで,本質的には本件特許発明とは全く無関係である。
(3) 甲19の2刊行物と本件特許発明との違い
ア甲19の2刊行物から,駆動穴の外周を頭部の外周近くに及ぼすという技術


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思想は読み取れない。駆動穴のサイズはできるだけ大きい方がよいと判断した原判
決は,何らの証拠にも基づかず,また,ねじの技術に関する基本的認識を欠いた謬
論である。
イすなわち,甲19の2刊行物の第1図に開示されたねじは,外側と内側の両
方から駆動するねじであるところ,このようなねじにおいては,駆動穴の外周を頭
部に外周近くまで及ぼすと強度が不足し外側駆動時に容易に変形してしまう。
また,第1図のような大きく深い六角穴を加工するには大きな機械が必要でコスト
がかかり,外側と内側の両方の駆動を使うために駆動穴外周と頭部外周両方の形状
及び寸法を精度良く加工しなければならないが,このような加工は圧造であれトリ
ミングを行うのであれ,生産技術上不可能といってよい。
ウまた,本件特許発明のように広い多角形状の駆動穴(第1の駆動穴)を設け
る加工自体が,その駆動穴が浅いものであっても,やってはならない加工であった。
このことは,少なくとも皿型の頭部を有するねじにおいて,広い多角形状の駆動穴
を有するものは従来現実に世の中に存在しなかったという客観的な事実に加えて,
JIS規格(B1194,B0143)から明白である。JISも,皿形の頭部を
有するねじにおいて,頭部の強度,加工性,実用度等を考慮して,多角形状の駆動
穴を広くすることを禁じている。原判決の認定は,証拠に基づかないだけでなく,
JIS規格から明白な当業者の認識・指向に反する誤ったものである。
(4) 小括
以上によれば,原判決は,引用発明・甲18の2刊行物・甲19の2刊行物に関
する理解・認定をいずれも誤った上,さらに,当業者の認識・指向についても誤認
した結果,本件特許が無効にされるべきものとの誤認に至ったものである。

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2 争点(3)(不正競争の成否及び損害額)について



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〔1審原告の主張〕


(1) 不正競争の成立
ア1審被告による警告書の送付及びその後の取引の実情に鑑みれば,外形的に


  • 12 -


は権利行使の形式をとっているが,その実質は,商品納入ルートを1審原告から1
審被告へ変更するものであり,競業者である1審原告の取引先に対する信用を毀損
し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的として
されたものであることが明白である。
イ本件特許は無効理由を有することが明らかであるから,権利行使できないも
のであり,本件告知内容は虚偽であり,1審被告は,不正競争行為として責任を負
うべきものである。
そして,この警告を契機として,1審原告の製造・販売ルートが1審被告に変更
されてしまった事実からも明らかなように,この警告が,真に権利行使の一環とし
てされたものではなく,競業者である1審原告の営業上の信用を毀損し,1審被告
が市場における競争において優位に立つことを目的としてされたものであることは,
明らかである。
また,1審被告は,1審原告の元代表者Aに取り入り,Aをそそのかし,同人か
ら入手した情報により,本件特許出願を行ったものであり,同出願によって本件特
許を取得したのである。しかも,その特許の権利行使として1審原告の取引先であ
るミヤガワに本件告知行為をしたこと等の事情を勘案すれば,当該告知が製造・販
売ルートの変更をもくろんで行われたものであることは,明らかである。
(2) 販売数量実績による逸失利益の算定
アパワーねじは,旭化成建材が販売している軽量発砲コンクリート製の住宅用
外壁材「パワーボード」用の接合ねじであり,その用途の特殊性から季節的な需要
の変動は余りなかった。
イまた,各年ごとに順調に販売実績を伸ばして来ており,これが著しく増減す
るということは,過去の販売数量からして予測されなかった。
ウパワーねじは,ネジの軸部の長さの違いにより,60㎜,70㎜,80㎜,
90㎜の4種類あり,その販売開始時期及び販売月数は次のとおりである。
(ア) 60㎜は,平成11年9月からネジⅢが製品化されて製造販売され,それ


  • 13 -


が現行のパワーねじであるネジⅣに切り替わったのは平成19年5月からである
(販売月数33月)。
(イ) 70㎜は,平成18年2月からであり,当初から現行のパワーねじ(ネジ
Ⅳ)として製造販売している(販売月数20月)。
(ウ) 80㎜は,平成19年5月からであり,当初から現行のパワーねじ(ネジ
Ⅳ)として製造販売している(販売月数5月)。
(エ) 90㎜は,平成17年5月からであり,当初から現行のパワーねじ(ネジ
Ⅳ)として製造販売している(販売月数29月)。
エ1審原告のパワーねじの平成17年1月以降の販売実績は,別紙のとおりで
あり,これによれば,季節的な売上変動も見られず,また,順調に売上げが伸びて
おり,各年度ごとの販売数量に著しい差異が見られない。
オよって,平成19年5月分から同年9月分までの5か月間の販売実績に基づ
いて,1審原告の同年10月以降の損害(逸失利益)を算定すべきである。
(3) 損害についての予備的主張
予備的に,パワーねじの平成17年1月1日から平成19年9月30日までの2
年9か月の販売実績に基づき,損害額を次のとおり主張する。
ア販売価格
平成17年1月1日から平成19年9月30日までの販売数量(箱単位)と販売
単価を乗じた販売価格は,以下のとおりである。
(ア) ねじ60㎜ 15,358箱 203,866,400円
(イ) ねじ70㎜ 390箱 6,639,360円
(ウ) ねじ80㎜ 88箱 1,393,920円
(エ) ねじ90㎜ 290箱 4,595,960円
これを販売月数で除して平均月額を算出すると,以下のとおりである。
(ア) ねじ60㎜ 465箱 6,177,770円(33月)
(イ) ねじ70㎜ 20箱 331,968円(20月)


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(ウ) ねじ80㎜ 18箱 278,784円(5月)
(エ) ねじ90㎜ 10箱 158,481円(29月)
イ仕入価格
仕入先のミヤガワから,60㎜,70㎜,90㎜につき平成19年10月分から
仕入単価の価格改定があったため,同月以降の仕入価格の平均月額は,以下のとお
りである。
(ア) ねじ60㎜ 1箱11,600円×465箱=5,394,000円
(イ) ねじ70㎜ 1箱14,640円× 20箱= 292,800円
(ウ) ねじ80㎜ 1箱13,440円× 18箱= 241,920円
(エ) ねじ90㎜ 1箱14,800円× 10箱= 148,000円
ウ粗利益の平均月額(ア-イ)
よって,粗利益の平均月額は,以下のとおりであり,合計額は,87万0283
円となる。
(ア) ねじ60㎜ 783,770円(月額)
(イ) ねじ70㎜ 39,168円(月額)
(ウ) ねじ80㎜ 36,864円(月額)
(エ) ねじ90㎜ 10,481円(月額)
エ販売費用の平均月額は,以下のとおりであり,合計額は,7万9777円と
なる。
(ア) 人件費 22,410円(月額)
(イ) 取扱説明書代 3,367円(月額)
(ウ) 通信費 4,000円(月額)
(エ) 地代家賃 50,000円(月額)
オ純利益(ウ-エ)
粗利益の平均月額の合計額87万0283円から,販売費用の平均月額の合計額
7万9777円を控除すると,純利益の平均月額は79万0506円となる。それ


  • 15 -


に平成19年10月1日(本件告知行為により販売が中止された日)から平成23
年1月31日(控訴審の第1回口頭弁論が開かれる前)までの40か月を乗じると,
合計3162万0243円となる。

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〔1審被告の主張〕


(1) 不正競争の成否について
本件告知行為に注意義務違反はなく,違法性もないから,不競法に違反しない。
ア特許無効理由の有無について検討すべき注意義務違反はない。
(ア) 対象物件が侵害品に該当するか否かの検討は別として,無効理由の有無に
ついて検討すべき高度の注意義務があるとはいえない。無効理由の有無については,
例えば,相手方から具体的無効理由の指摘・主張を受けている,あるいは,登録査
定が誤った特許庁の判断の結果であることを権利者が知っている等の特段の事情が
ない限り,権利者側に検討義務は存在しないというべきである。
(イ) このことは,特許権として登録されるのは,特許庁において登録拒絶理由
の有無について審査を受けた結果であることから明らかである。特許法により適法
に登録された権利を行使するのに,権利者にその権利に瑕疵がないかどうか高度の
注意義務をもって検討しなければならないというのは,法秩序を理解しない謬論で
ある。
(ウ) しかも,本件においては,拒絶理由通知(乙5)に対し,1審原告は出願
人として意見を述べ(乙6),登録査定に至った経緯がある。拒絶理由通知に対し
意見を述べ登録されたという事実は,それこそ,権利者側として「十分な検討」を
したこと,しかもその意見が特許庁によって採用されたことを意味する。
(エ) なお,拒絶理由通知において甲18の2刊行物及び甲19の2刊行物が指
摘されていたことについては,原判決が認定した無効理由について,特許庁では無
効とは判断しないであろうことを意味する。なぜなら,原判決認定の無効理由は,
引用発明と上記2点の刊行物による総合判断であり,このうちどれか1つが欠けて
も無効理由の認定はできない理屈であるところ,上記2点の刊行物の理解において,


  • 16 -


特許庁は出願人の意見を受け入れたからこそ登録査定をしたのであって,原判決の
認定した理解を採用していないからである。引用発明が拒絶理由通知で指摘されて
いないからといって事態が変わることはない。
(オ) 本件において,1審原告は,1審被告に対し,本件特許出願の後,ロイヤ
リティを支払っていた事実はあっても,拒絶理由の存在を指摘・主張した事実は全
くない。登録査定後においても無効理由を指摘・主張した事実はない。取引先に対
してそのような説明を試みた事実もない。本訴請求自体,主位的請求原因は職務発
明であり,予備的に無効理由だったのである。このような経緯は,まさに当業者で
ある1審原告ですら,無効となるべきものとの認識がなかったことを示唆している。
(カ) 以上によれば,本件告知行為について,1審被告には何らの過失もないこ
とが明白である。
イ本件告知行為は正当行為であること
(ア) 特許権者が,独占権を主張することは当然の権利行使である。ミヤガワに
対して特許侵害訴訟を提起していないのは,ミヤガワが当然の権利行使を認め,権
利を尊重する対応を示したからであって,権利者の選択として,当然の判断選択を
したにすぎず,侵害訴訟を提起しなかったことに格別の意味はない。
(イ) 本件告知行為の内容・態様は,社会通念に照らし必要とされる範囲内のも
のである。したがって,注意義務違反が認められないことと併せ考えれば,本件告
知行為に違法性はなく,正当行為というべきである。
(2) 損害額の算定について
ア原判決は,1審原告が得られたであろう粗利額を,1審原告の平成19年9
月時点の実績により算定した。しかし,販売数量を短期間の実績で認定することが
不合理であるのと同様,粗利額についても特定時点の実績によって認定するのは誤
りである。また,純益算定についても,決算書に明記されている販管費を正当に評
価すべきである。
イ本件における逸失利益額の算定は,実績からの算定が難しい本件では,原審


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で1審被告が主張立証した当業界における統計数値によるのが最も合理的というべ
きである。


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第4 当裁判所の判断



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1 争点(2)ア(進歩性欠如)について



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(1) 本件特許発明について(甲2)



ア本件特許発明は,ボルト,タッピンねじ,小ねじ等の雄ねじ部品に係り,特に当該雄ねじ部品を駆動回転させるために使用される駆動穴(recess)を有する雄ねじ部品に関するものである(【0001】)。

従来から,雄ねじ部品を締め付け又は緩めるために回転させる駆動方式としては,(a)雄ねじ部品の頭部の外周形状を六角形状等とし,レンチ,スパナ等の工具をねじ頭部の外周に嵌合して雄ねじ部品を回転させる外側駆動方式,(b)頭部に十字穴等の駆動穴(recess)を設け,これらの駆動穴にドライバービットを嵌合して雄ねじ部品を回転させる内側駆動方式,(c)頭部に該頭部を縦断するスリ割り(一字溝)を設け,このスリ割りにドライバーを嵌合して雄ねじ部品を回転させる駆動方式の3つがあるが(【0002】),各駆動方式の欠点を補完するため,さらには,頭部外周,駆動穴又はスリ割りのいずれかが破損等により駆動が不可能になった場合を考慮し,2以上の駆動方式が同時に組み合わせて用いられることもあった(【0003】)。

しかし,例えば,(イ)十字穴と六角頭の組合せの場合(【0004】)のような,外側駆動方式と他の駆動方式を併用する方式は,沈頭タイプの雄ねじ部品には採用できない(【0008】)。また,(ロ)十字穴とスリ割りの組合せの場合(【0005】)は,スリ割りが十字穴の中心を通過しており,スリ割りと十字穴とが互いに独立して形成されていないので,スリ割りが破損したときは,十字穴は使用し難くなる(【0009】)。(ハ)十字穴と四角穴の組合せの場合(【0006】)は,十字穴が四角の中心を通過しており,十字穴と四角穴とが互いに独立して形成されていないので,十字穴が破損したときは,四角穴は使用し難くなる(【0010】)といった問題があり,こうした事情に鑑み,本件特許発明がされたものである。

イ本件特許発明は,特許請求の範囲請求項1,2に記載された事項を採用したことにより,以下のような作用を奏するものである。

(ア) 第2の駆動穴により締め付けを行う場合に,第2の駆動穴にドライバービットが十分に嵌合しないうちに回転させる等の作業ミスにより,第2の駆動穴が損傷しても,第2の駆動穴に外接する円の半径が第1の駆動穴に内接する円の半径より小さくされているので,第1の駆動穴の方は損傷してしまうことはないし,逆も同様であり,第1及び第2の駆動穴が互いに独立して形成されているので,第1及び第2の駆動穴が同時に損傷してしまうことはなく,一方が損傷しても,損傷していない方の駆動穴で締結又は緩め作業を行うことができる(【0016】~【0018】)。

(イ) より強い回転駆動力を必要とするときは,両方の駆動穴を同時に使用することによって,より強い回転駆動力で駆動することが可能となる(【0019】)。

(ウ) 外側駆動方式は用いないことにより,沈頭タイプの雄ねじ部品にも適用できる(【0020】)。

(エ) 第1の駆動穴の外周をねじの頭部の外周の近くまでに及ばせ,両外周が互いにほぼ平行となるようにしているので,雄ねじ部品の頭部の重量を最大限に減少し,雄ねじ部品をできるだけ軽量化することができる。さらに,第1の駆動穴を使用する際,該駆動穴とドライバービットとの間の接触面積を大きくし,ドライバービットから伝達される駆動トルクを大きくすることができる(【0021】)。

(オ) 雄ねじ部品の頭部の外周を多角形状とされているため,頭部を塑性加工する際に材料の肉の移動量を少なくすることができるので,頭部の加工に用いるヘッダ等の機械として,小型の能力の小さい機械を使用することが可能となる(【0022】)。

ウその結果,①第1又は第2の駆動穴のいずれかが損傷しても,他方の駆動穴が同時に損傷することはなく,損傷してない駆動穴で締結又は緩め作業を完了することができる,②より強い回転駆動力を必要とするときは,第1及び第2の駆動穴を同時に使用することによって,より強い回転駆動力で駆動することができる,③沈頭タイプに適用できる等の優れた効果を得られるものである(【0040】)。
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(2) 甲22刊行物に記載された発明について



ア本件特許出願前に頒布された刊行物である甲22刊行物には,以下の内容が記載されている。

(ア) パワーボードの取付固定ねじである「ステンレスパワーねじ」は,軸部と,当該軸部の後端部に設けられていて軸部より径方向に突出した頭部とを有する雄ねじであること。

(イ) 「ステンレスパワーねじ」の頭部は,その外周が六角形状とされており,頭部の頂面が側面視で平らであり,軸部側が逆六角錐台形状をしていること。

(ウ) 「ステンレスパワーねじ」の頭部には,円形状の凹部が形成されており,当該円形状の凹部の底部からさらに陥没するようにして,8ポイントリセス(ねじ穴)が形成されており,この8ポイントリセスについて,「四角ビットが容易に使えるリセスを採用」,「パワーねじのリセス(ねじ穴)は,8ポイント穴を採用しています。他のビットでは施工できません。」と説明されていること。

(エ) 「ねじ頭は,パワーボードの表面より少し沈み込んだ位置まで打ち込みます」と説明されていること。

イしたがって,甲22刊行物には,以下の(a)ないし(f)の構成を有する雄ねじに関する発明(引用発明)が開示されていると認められる。

(a) 軸部と,

(b) この軸部の後端部に設けられていて前記軸部より径方向に突出し,かつ外周が正六角形とされ,その頂面が側面視で平らで,軸部側が逆六角錐台形状とされた頭部であって,

(c) パワーボードへの締め付け後に前記頭部が被締め付け部材であるパワーボード内に沈み込むタイプの頭部と,

(d) この頭部に設けられた円形状の凹部と,

(e) この円形状の凹部の底部からさらに陥没するようにして前記頭部に設けられた8ポイントリセス(ねじ穴)とを有してなる,

(f) 雄ねじ部品であるステンレスパワーねじ。



(3) 本件特許発明2と引用発明との対比



ア本件特許発明2と引用発明とを対比すると,引用発明の「軸部」,「頭部」,「頂面が側面視で平らで,軸部側が逆六角錐台形状」とされた頭部の形状は,本件特許発明2の「軸部」,「頭部」,「皿形の頭部の形状」にそれぞれ相当する。また,引用発明の「8ポイントリセス(ねじ穴)」は四角ビットをはめて,ステンレスパワーねじを駆動回転させるために使用されるものであるから,本件特許発明2の「駆動穴(recess)」に相当する。さらに,引用発明は,ねじ頭部がパワーボード内に沈み込むものであるから,被締め付け部材内に沈み込む沈頭タイプであると認められる。

イしたがって,本件特許発明2と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

(ア) 一致点:軸部と,この軸部の後端部に設けられていて前記軸部より径方向に突出し,かつ外周が多角形状とされている皿形の頭部であって,締め付け後に前記頭部が被締め付け部材内に沈み込む沈頭タイプの頭部と,この頭部に設けられた駆動穴とを有してなる,雄ねじ部品であり,前記頭部の外周が六角形状とされている雄ねじ部品である点

(イ) 相違点1:本件特許発明2では,駆動穴として,第1の駆動穴と,この第1の駆動穴の底部からさらに陥没するようにして頭部に設けられた第2の駆動穴とを有しており,前記第2の駆動穴に外接する円の半径は前記第1の駆動穴に内接する円の半径より小さくされているのに対して,引用発明においては,駆動穴として8ポイントリセスを有するのみである点

(ウ) 相違点2:本件特許発明2では,第1の駆動穴の外周が頭部の外周の近くまでに及んでおり,両外周が互いにほぼ平行とされているのに対して,引用発明においては,8ポイントリセスを有するのみであって,当該8ポイントリセスの外周が頭部の外周とほぼ平行とされているとはいえない点

ウなお,1審被告は,引用発明のねじは,旧来のトリミングを行う方法により作製されていて,ねじ頭部を圧造(塑性加工)のみにより形成することが前提とされている本件特許発明とは異なり,本件特許発明のコスト低減,軽量化という作用効果が異なる旨主張する。

しかしながら,甲22刊行物には作成方法は記載されておらず,写真からはその作成方法は明らかではない。仮に,トリミングを行ったとしても,その程度は定かではなく,形状に照らして,わずかな部分のトリミングで十分であるとも考えられ,そうだとすると,必ずしも頭部を加工する際の材料の移動量が多くなるとはいえない。また,1審被告の主張は,本件特許発明がねじ頭部を圧造(塑性加工)のみにより形成するものであることを前提としているところ,本件特許発明の特許請求の範囲は,製造方法に関し特定されていないから,上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかないものである。そして,コスト低減,軽量化という作用は,圧造(塑性加工)する場合の効果であって(【0022】),本件明細書(甲2)の効果欄(【0040】)には記載されていないことからしても,本件特許発明の特有の効果とはいえない。よって,引用発明と本件特許発明とが作用効果において異なっているとはいえず,1審被告の上記主張は理由がない。

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(4) 相違点1について



ア甲18の2刊行物の記載

(ア) 甲18の2刊行物には,レンチ係合部を,六角穴と,当該六角穴の下面に凹設した第2係合部とから構成し,六角穴と第2係合部とを同時にレンチに嵌合させて締緩を行うことで,レンチの回転トルクに対するレンチ係合部の耐トルク強度を高めることが開示されている。また,甲18の2(第2図,第3図)において,正六角柱状に凹設された第2係合部の上端部が,当該第2係合部に外接する円状に面取りされており,第2係合部に外接する円の半径が六角穴に内接する円の半径より小さいことが認められ,第2係合部に外接する円の半径を六角穴に内接する円の半径より小さくした構成が開示されているということができる。そして,甲18の2刊行物に記載された発明は,ボルトの頭部に六角穴と第2係合部を設け,レンチの回転トルクを双方にかけるように構成することで,係合する部分が従来のものに比べ第2係合部の分だけ増加することになり,その結果,耐トルク強度を高めた,頭部に六角穴を有するボルトである。

(イ) 1審原告は,甲18の2刊行物の上記記載から,通常の六角柱レンチが第2係合部に係合すること,第2係合部を単独で使用することが読み取れる旨主張する。しかし,上記記載からそのように理解することは困難であり,基本的には,第4図に示されるようなレンチを用い,六角穴と第2係合部を同時に駆動するものである。また,レンチ係合部が破壊されるおそれがないとき,強く締め付ける必要がないとき等は,従来のレンチを六角穴のみに嵌挿して使用できる旨記載されているから,少なくとも,六角穴のみによる駆動を許容しているということができる。

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イ相違点1の容易想到性

(ア) 甲18の2刊行物における角穴を有するボルトとは,六角穴付きボルトや六角穴付き止めビス等を想定しているから,引用発明とは近接する技術である。また,耐トルク強度を高めることは通常想定され得る課題であって,引用発明においても内在している課題ということができる。

よって,引用発明に甲18の2刊行物に記載された発明を適用することは,当業者にとって格別困難とはいえない。したがって,引用発明に甲18の2刊行物記載の発明を適用し,2つの駆動穴を設けることは,当業者が容易に想到することができる。

(イ) そして,その場合に,甲18の2刊行物に記載されたように,第2係合部の形状として,六角穴と相似形をなす正六角柱状であって,外接する円の半径が六角穴に内接する円の半径より小さい形状を選択することは,甲18の2刊行物に接した当業者にとって自然な発想である。そうすると,引用発明において,六角穴と第2係合部とから構成される駆動穴を採用する際に,第2係合部に外接する円の半径が六角穴に内接する円の半径より小さい構成とすることは,当業者が容易になし得たものということができる。

(ウ) 1審被告は,甲18の2刊行物に記載されているのは,一つの駆動穴に2か所の係合部を備え,2か所の係合部を同時に使用して駆動するタイプであって,2か所の係合部を同時に使用しない例外的な使用法として,当該係合部が破壊されるおそれのない限定された状況での六角穴のみの使用を開示しているが,他方が損傷したときの補完を想定した使用法は開示されていないのに対し,本件特許発明では,一方の駆動穴が損傷しても他方の駆動穴を使用できるネジを得るという点に主たる目的があるとして,甲18の2刊行物記載の発明と本件特許発明とは,技術思想の主眼,目的が異なる旨主張する。

しかし,甲18の2刊行物には,少なくとも六角穴の単独使用に関する記載があるから,単独使用を十分に示唆しているところ,係合部が破壊されるおそれがなく,強く締める必要がない場合には,六角穴に合うレンチを嵌挿して六角穴を単独使用するだけでなく,第2係合部に合うレンチを嵌挿入して第2係合部を単独使用することも許容されることは,甲18の2刊行物の記載からそこまで読み取ることはできないとしても,六角穴に合うレンチを用いるか,第2係合部に合うレンチを用いるかの違いにすぎず,前者は可能であるが,後者は不可能ということはないから,当業者であれば容易に理解することができることといわなければならない。そして,2以上の駆動方式を組み合わせて,いずれかが駆動不可能な場合に他方で駆動することは,本件明細書にも記載されているように,従来から知られているところであるから,各駆動穴の単独使用を考慮することも,格別困難な事項とは考えられない。しかも,本件特許発明は,特許請求の範囲の記載上,単独使用が規定されておらず,上記アのとおり,同時駆動も想定しているものである。

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(5) 相違点2について



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ア相違点2の容易想到性

引用発明の頭部外形が六角形であることに鑑みれば,相違点1に関し,引用発明に甲18の2刊行物に記載された発明を適用し,大径の六角穴を設ける場合に,第1の駆動穴の外周と頭部の外周とが平行になるようにすることは,自然な発想である。これをずらした場合には,六角穴の角部の肉厚が極端に薄くなり適切でないことは,技術的に明らかである。

そして,引用発明において,六角穴をより広くすることにより,ビットと係合する部分がより増加する反面,外周に近くなるほど壁の部分の強度が低下することが容易に理解できるところ,どの程度外形に近づけるか,すなわち,どの程度の広さの六角穴を設けるかは,両者の兼ね合いで当業者が適宜に決定できる事項である。そうすると,引用発明において,ねじ頭部に形成する駆動穴として,第1の駆動穴の外周が頭部の外周の近くまでに及んでおり,両外周が互いにほぼ平行とされる構成を採用することは,当業者にとって格別困難なことではなく,当業者は,相違点2に係る本件特許発明2の構成を容易に想到できたものと認められる。

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イ1審被告の主張について

1審被告は,六角穴付き皿ボルトに関するJIS規格において,多角形状の駆動穴を広くすることを禁じられているから,外周の近くまで及ぶようにすることは容易でない旨主張する。しかし,必要性がある限り,JIS規格に合致しない規格のものを試みることがあり得ないとはいえないし,形状や材質,加工方法等に応じ,頭部の強度を調整することができ,駆動トルクとのバランスにおいて適宜の穴を設け得ることは技術的に明らかであるから,必要な強度を確保しつつ,外周近くまで広がる六角穴とすることは,当業者にとって格別困難とはいえない。

なお,1審被告は,甲19の2刊行物に本件特許発明の技術思想に関わる記載がない旨主張する。しかし,前記アのとおり,相違点2については,甲19の2刊行物を適用するまでもなく,当業者が容易に想到できるものであり,甲19の2刊行物の記載については,上記判断を左右しない。

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(6) 小括



以上によれば,本件特許発明2は,引用発明及び甲18の2刊行物記載の発明から容易に発明することができたものであって進歩性を欠き,また,その上位概念である本件特許発明1も,同様に進歩性を欠くといわざるを得ない。

よって,本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,1審被告は,1審原告に対し本件特許権を行使することができない。

したがって,1審原告の本訴請求のうち,差止請求権不存在確認請求は理由がある。

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2 争点(3)(不正競争の成否)について



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(1) 認定事実



証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

ア1審被告は,平成14年4月10日,本件特許出願をした(甲1)。

本件特許の審査過程において,平成19年4月24日付けで,請求項1に係る発明と甲18の2刊行物等に記載された発明との間に明確な構成上の差異がないこと,請求項2に係る発明は甲18の2刊行物等に記載の発明及び甲19の2刊行物に記載された周知技術を適用することに格別の困難性はないことを理由に,拒絶理由が通知された(乙5)。1審被告は,平成19年6月2日付けで,代理人弁理士による意見書を提出するとともに,手続補正書を提出し,請求項1及び2に係る特許請求の範囲及び明細書の記載を補正して,引用された発明との相違を主張した(乙6,7)。

1審被告は,平成19年8月17日,本件特許の設定登録を受けた(甲1)。


イ1審被告は,ミヤガワ金属販売に対し,平成19年8月20日付けの書面(甲3)を送付した。上記書面には,同社が1審原告に販売しているパワーねじ(原告製品)が1審被告の本件特許権を侵害していることが明白であること,原告- 26 -製品の製造,販売の中止,在庫品の廃棄及び損害賠償を請求する可能性があること,最終消費者の迷惑を考慮してなるべく穏便な方法を採用したいので,早急に会談の場を設けて善後策を探りたいこと,担当者に連絡してほしいことが記載されている。ウ1審被告の代理人である對崎俊一弁護士は,ミヤガワ及びミヤガワ金属販売に対し,平成19年9月18日付けの警告書(甲4)を送付した。上記警告書には,ミヤガワが製造し,ミヤガワ金属販売が販売しているパワーねじ(原告製品)が本件特許発明の技術的範囲に属するもので,1審被告の本件特許権を侵害するものであること,原告製品の製造,販売を直ちに停止し,今後の製造販売について1審被告の指示に従うべきこと,両社が本件特許権を尊重する方向を維持する限り,市場が混乱しないよう,友好的な関係を構築して対処したいことが記載されている。エ平成19年9月19日ころ,ミヤガワ金属販売(代表者B),1審被告(代表者C及び関東支社長D)及び株式会社シスコ(A。同年7月20日1審原告を退職)が,1審被告の関東支社において集まり,善後策を協議した。その席上,上記3社間で,本件特許権を確認し,1審被告が弁護士を介して1審原告に対し抗議を行うこと,そのことにより旭化成建材には迷惑をかけないこと,ミヤガワの意向は1審被告又はシスコのいずれか又は両者が窓口になること,旭化成建材が納入窓口をいかようにするかは同社の指示に従うことを合意し,Aが旭化成建材に対し,文書で上記事項を報告した(甲7,42,44の1・6,乙1)。

オ1審被告の代理人である對崎俊一弁護士は,同年9月28日,1審原告に対し,警告書を送付した(甲5)。上記警告書には,原告製品の販売が本件特許権を侵害する行為であること,原告製品の販売を停止すべきこと,誠意ある対応をとるのであれば,在庫分の廃棄を求めず,別途の解決を考慮する余地があるので連絡してほしいことが記載されている。カ1審原告は,旭化成建材から呼び出しを受け,協議したが,平成19年10月22日,同社から,同月1日に遡って1審被告から購入するとの通告を受け(甲42),同年10月以降,本件特許発明の実施品であるねじは,ミヤガワが製造し,ミヤガワ金属販売,1審被告,西村鋼業を経由して,旭化成建材へ販売されるようになった(弁論の全趣旨)。

キ本件特許について特許無効審判は請求されておらず,第1審において,1審原告は,本訴につき,当初,本件特許発明が職務発明であり通常実施権を有する,甲6の存在を根拠に新規性がない等と主張していたが,その後,上記各主張を撤回した。そして,1審原告が,引用発明(甲22刊行物に記載された発明)からの進歩性を初めて主張したのは,本訴提起から5か月以上経過した平成20年12月17日付け準備書面(2)においてである。

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(2) 不競法2条1項14号に基づく損害賠償責任の有無



ア前記1で認定したとおり,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告製品が本件特許発明の技術的範囲に属するものであったとしても,結論として,原告製品の製造販売行為が特許権侵害に当たるとはいえず,本件告知の内容は,結果的にみて,虚偽であったことになる。

イしかしながら,1審被告が有する本件特許権は,特許庁における審査を経て拒絶理由を発見しないとして特許査定に至ったものであり(特許法51条),無効審決がされたわけでもなく,他方,原告製品が本件特許発明の技術的範囲に属することは,明らかであり,当事者間に争いがない。そして,ミヤガワ及びミヤガワ金属販売は,原告製品を製造販売する者であるから,本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるなどの抗弁事由が認められない場合であれば,本件特許権の直接侵害者に相当する立場にある者である。よって,本件特許権を有する1審被告は,原告製品の製造販売行為を行うミヤガワらに対して,特許権者として,ミヤガワらの行為が本件特許権を侵害することを告知したものと解される。なお,1審被告は,最終ユーザで大手の旭化成建材には直接告知しておらず,1審原告の「1審被告は,1審原告の元代表者Aを通じて,旭化成建材に対し,取引先を1審原告から1審被告に変更するように働きかけて,旭化成建材の取引先を,平成19年10月1日から1審被告に変更させた」との主張は,本件全証拠によっても,これを認めるに足りない。

ウそして,本件告知行為の内容は,前記(1)認定のとおりであって,原告製品の製造販売元であって直接侵害者の立場にあるミヤガワらに対する登録された権利の行使として,内容及び態様において社会的に不相当とまではいえないものである。エその後,1審被告は,ミヤガワらとの打合せを行い,1審原告にも同様の通知をした。その上で,1審被告は,反訴としてではあるが,1審原告に対して特許権侵害に基づく損害賠償請求訴訟を提起したものである。

オ加えて,1審原告は当初,職務発明による通常実施権や甲6による新規性欠如といった主張をしていたが,これを撤回したもので,引用発明に基づく進歩性欠如の主張は,提訴から5か月以上経過した後に初めて主張されたものである。しかも,本件特許の無効理由は,前記1のとおりの進歩性欠如であり,引用発明及び甲18の2刊行物の記載に基づき容易に発明することができたというものであって,引用発明とされた甲22刊行物記載の発明と本件特許発明とは,同一の構成のものではなく,前記1(3)のとおりの相違点がある。また,甲18の2刊行物は,特許庁段階で拒絶理由通知に記載されたが,手続補正の結果これをもって拒絶理由を発見しないとされたものである。

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カ以上のように,特許権者である1審被告が,特許発明を実施するミヤガワらに対し,本件特許権の侵害である旨の告知をしたことについては,特許権者の権利行使というべきものであるところ,本件訴訟において,本件特許の有効性が争われ,結果的に本件特許が無効にされるべきものとして権利行使が許されないとされるため,1審原告の営業上の信用を害する結果となる場合であっても,このような場合における1審被告の1審原告に対する不競法2条1項14号による損害賠償責任の有無を検討するに当たっては,特許権者の権利行使を不必要に萎縮させるおそれの有無や,営業上の信用を害される競業者の利益を総合的に考慮した上で,違法性や故意過失の有無を判断すべきものと解される。

しかるところ,前記認定のとおり,本件特許の無効理由については,本件告知行為の時点において明らかなものではなく,新規性欠如といった明確なものではなかったことに照らすと,前記認定の無効理由について1審被告が十分な検討をしなかったという注意義務違反を認めることはできない。そして,結果的に,旭化成建材の取引のルートが1審原告から1審被告に変更されたとしても,本件告知行為は,その時点においてみれば,内容ないし態様においても社会通念上著しく不相当であるとはいえず,本件特許権に基づく権利行使の範囲を逸脱するものとまではいうこともできない。

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(3) 小括



以上によれば,1審被告のミヤガワ及びミヤガワ金属販売に対する告知は,少なくとも故意過失がないというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,1審原告の本訴請求のうち,不競法に基づく請求は理由がないといわなければならない。

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3 争点(4)(補償金支払請求の可否及び特許権侵害の不法行為の成否)について



前記1のとおり,本件特許は無効にされるべきであるから,本件特許権侵害を理由とする補償金請求及び特許権侵害による損害賠償請求は,いずれも理由がない。

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4 結論



以上の次第であるから,①1審原告の差止請求権不存在確認請求は認容されるべきであるが,②不競法に基づく損害賠償請求及び③1審被告の損害賠償請求は,いずれも棄却されるべきものであって,これと異なる原判決は主文のとおり変更されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣- 30 -裁判官 高 部 眞規子裁判官 荒 井 章 光

(以下別紙省略)
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Last Update: 2011-03-01 09:36:41 JST

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