2011年3月10日木曜日

著作権:【職務著作性「法人等の発意に基づくこと」】「基準」(最高裁判決引用):(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(ネ)第10081号 損害賠償等請求控訴事件))






著作権:【職務著作性「法人等の発意に基づくこと」】「基準」(最高裁判決引用):(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(ネ)第10081号 損害賠償等請求控訴事件))





知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(ネ)10081 損害賠償等請求控訴事件 著作権 民事訴訟
平成23年03月10日 知的財産高等裁判所

(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(ネ)第10081号 損害賠償等請求控訴事件))

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【職務著作性「法人等の発意に基づくこと」】「基準」(最高裁判決引用)


(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(ネ)第10081号 損害賠償等請求控訴事件))



判示


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第2 事案の概要

1 本判決の略称は,「各執筆担当従業員」を「各執筆担当者」に改め,「(仮
題)病院の新経営管理項目読本」と題する書籍原稿(甲1。ただし,Aが執筆した
「第5編 院内IT化と情報管理・プライバシー保護」の部分は除く。)を「本件
著作物」と,アーバンプロデュースによる病院の経営管理に関する書籍の執筆依頼
を「本件執筆依頼」といい,原判決の「本件書籍」を,特に断らない限り「本件著
作物」と読み替えるほかは,当事者の呼称を含め,審級に応じて読み替え,改める
ほかは,原判決に従う。
2 本件は,控訴人が,本件著作物について著作権法15条1項(職務著作)に
基づき著作権を有すると主張し,被控訴人が本件著作物に依拠して被控訴人書籍を
作成し,出版,販売及び頒布する行為が,控訴人の本件著作物の複製権を侵害する
として,同法112条1項に基づき被控訴人書籍の出版,販売及び頒布の差止め並
びにその廃棄を求め,また,不法行為に基づく損害賠償として,671万円及びこ
れに対する訴状送達の日の翌日である平成20年12月13日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は,本件執筆依頼は,被控訴人書籍を出版したアーバンプロデュースから
控訴人に対してされたものと認めることはできず,かえって,アーバンプロデュー
スから被控訴人個人に対して依頼されたものであり,各執筆担当者は被控訴人から
の個人的な依頼に基づき執筆を行ったものと認めるのが相当であるから,本件執筆
依頼の以上のような執筆過程で作成された本件著作物は,控訴人の発意に基づき,
職務上作成されたものであるということはできず,したがって,本件著作物は,職

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務著作としての要件を満たさず,控訴人の著作物とは認められないとして,控訴人
の請求をいずれも棄却したため,控訴人が,これを不服として控訴に及んだ。

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第4 当裁判所の判断

1 争点(1)(本件著作物が控訴人の職務著作(著作権法15条1項)に該当す
るか)について
当裁判所も,本件著作物がいわゆる「職務著作」として控訴人の著作物であると
認めることはできないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1) 認定事実
以下のとおり付加訂正するほか,原判決8頁18行目ないし11頁23行目を引
用する。
ア 原判決8頁22行目「本件書籍の執筆について依頼を受けた。」を「本件執
筆依頼を受けた。」に改める。
イ 原判決9頁1行目「Aにも本件書籍の執筆について」を「Aにも,本件執筆
依頼に係る書籍について,ITや情報管理に関する分野に関し,」に改める。
ウ 原判決9頁3行目,同10行目,同16行目,同19行目,同22行目,同
10頁1行目,同2行目,同6行目,同16行目の「本件書籍」を,それぞれ「本
件執筆依頼に係る書籍」に改める。
エ 原判決9頁6行目「予定された」の次に,「ほか,実際には4か月間で作成
する予定であることが確認された。」を加える。
オ 原判決11頁12行目の「本件書籍を,被告の著作名義の被告書籍として出
版した。」を「被控訴人書籍を,被控訴人の著作名義で出版した。」に改める。

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カ 原判決11頁17行目「Aに対し,」の次に,「第4章「院内IT化と情報
管理」に関し,」を加える。
(2) 争点1(本件著作物が控訴人の職務著作(著作権法15条1項)に該当す
るか)について
ア 職務著作について
(ア) 前提事実,証拠(甲1,13,14,原審における証人B)及び弁論の全
趣旨を総合すれば,本件著作物は,被控訴人及び各執筆担当者が,控訴人の取締役
又は従業員として勤務していた当時,遅くとも平成18年7月ころまでに各執筆担
当箇所について執筆した原稿を合わせたものであることが認められるところ,控訴
人は,本件著作物が控訴人の職務著作(著作権法15条1項)に該当し,控訴人が
その著作権を有すると主張するので,以下,検討する。
(イ) 著作権法15条1項は,法人等において,その業務に従事する者が指揮監
督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し,これが法
人等の名義で公表されるという実態があることに鑑みて,同項所定の著作物の著作
者を法人等とする旨を規定したものである(最高裁平成13年(受)第216号同
15年4月11日第二小法廷判決・裁判集民事209号469頁参照)。
そして,同法15条1項が定める「法人等の発意に基づくこと」については,法
人等が著作物の作成を企画,構想し,業務に従事する者に具体的に作成を命じる場
合,あるいは,業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合には,
法人等の発意があると認められるが,さらに,法人等と業務に従事する者との間に
雇用関係があり,法人等の業務計画や法人等が第三者との間で締結した契約等に従
って,業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には,法人等の具体的な
指示あるいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作
成が予定又は予期される限り,「法人等の発意に基づくこと」の要件を満たすもの
と解すべきである。
イ 検討

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(ア) これを本件についてみると,本件執筆依頼は,アーバンプロデュースから
直接被控訴人に対して行われたものであり,平成19年に控訴人が被控訴人書籍の
出版を知るまで,被控訴人以外に,控訴人内部において,本件執筆依頼に関し,ア
ーバンプロデュースと連絡を取った者はいない。
この点につき,控訴人は,アーバンプロデュースから,本件執筆依頼を,被控訴
人を通じて受けた,すなわち,被控訴人は控訴人のために,控訴人の業務として,
本件執筆依頼を受けたものである旨主張する。
しかしながら,控訴人とアーバンプロデュースとの間において,本件執筆依頼に
関する契約書は作成されておらず,控訴人内部において,控訴人がアーバンプロデ
ュースから本件執筆依頼を受けたことを示す業務依頼書(甲10参照)や業務受託
報告書(甲11参照)等の書類も作成されていないことについては,当事者間に争
いがない。
また,控訴人は,平成16年1月の控訴人の医療経営指導部部会において,同部
部長である被控訴人が,部下である控訴人の従業員らに対し,アーバンプロデュー
スからの本件執筆依頼について同部内で対応したい旨説明したと主張し,Cの陳述
書(甲15)及び原審における証人Bの証言中には,これに沿う部分がある。
しかしながら,同部会の議事録(詳細版)(甲9)中には本件執筆依頼について
の記載が一切なく(同議事録の他の記載内容に照らすと,同依頼について記載を省
略すべき事情はうかがわれない。),他に同部会で上記説明がされたことを裏付け
る客観的な証拠はない。甲15及び原審における証人Bの証言中の上記部分は,こ
れを裏付ける客観的証拠がなく,これに反する被控訴人の陳述書(乙13,14)
及び原審における被控訴人本人の供述に照らし,採用することができず,控訴人の
上記主張を認めることはできない。
さらに,控訴人は,各執筆担当者の打合せ議事録には,各執筆担当者が本件著作
物の執筆を控訴人の業務として認識している旨の記載があるなどと主張する。
確かに,平成16年9月16日の打合せの議事録(甲6の3)には,「例えば…

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結果を送ってきてくれば当社でレーダーチャートにして評価し結果をだしますよ。
(まとめてかける記入シートをつけて,それを送ってきてもらう。コメントは各担
当者)窓口はアーバンさんに…(点数集計はアーバンさん。コメントは当社)無料
でする」という記載があるが,当該記載は,各執筆担当者の中に,本件執筆依頼に
係る書籍の読者を対象としたサービスを控訴人が提供することを提案した者がいた
ことを示すにすぎず,そのことをもって,直ちに各執筆担当者が本件著作物の執筆
について業務性を認識していたものであるとか,本件著作物が控訴人の発意に基づ
くものであることを裏付けるものである,ということはできない。
控訴人がそのほかるる指摘する議事録などに関する各指摘は,同様に,いずれも
採用することはできない。
(イ) 前記のとおり,B以外の各執筆担当者が控訴人を退職後,本件著作物の執
筆作業が他の控訴人従業員に命じられたことはなく,さらに,被控訴人が控訴人を
退職する際,控訴人内部において本件著作物の執筆作業の今後の取扱いについて何
らの決定もされておらず,その後,執筆作業は一切行われていない。また,控訴人
とアーバンプロデュースとの間で連絡が取られたこともなかったものである。
この点について,控訴人は,アーバンプロデュースと面識のある被控訴人が連絡
担当者である以上,控訴人において,アーバンプロデュースと連絡を取らなかった
としても不自然ではなく,そのほか,控訴人の社内における取扱いについても,本
件著作物の職務著作該当性を否定するものではないなどと主張する。
しかしながら,前記認定事実によると,当初の予定では,平成16年7月30日
の各執筆担当者との打合せにおいて,約4か月で執筆し,遅くとも平成17年1月
初旬にアーバンプロデュースに対して入稿することが予定されていたのであるから,
各執筆担当者のうち,Bが最も遅く原稿を最終的に被控訴人に提出した平成18年
5月の時点では,当初の予定より大幅に入稿が遅滞していたものである。
それにもかかわらず,同年8月31日,被控訴人が控訴人を退職後,被控訴人書
籍が出版されるまで,控訴人において,本件執筆依頼に関する後任者が決定されず,

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アーバンプロデュースに対して連絡すらしなかったことは,本件執筆依頼が控訴人
に対する依頼であったとする控訴人主張と明らかに矛盾するものである。仮にアー
バンプロデュースが控訴人に対して本件執筆依頼をしたのであれば,いかに被控訴
人がアーバンプロデュースとの連絡窓口を担当していたとしても,アーバンプロデ
ュースから控訴人に対し,督促が行なわれることもなく,また,アーバンプロデュ
ースと控訴人との間で,全く協議もされなかったということは不自然といわざるを
得ない。控訴人は,被控訴人がBに対し,出版することができないなどと話してい
たことを,アーバンプロデュースに対して連絡をしなかった理由として主張するが,
原審において,Bは,被控訴人から,「日常会話の中で,ちょっともうこれじゃ出
版できないな,そういった発言を聞いた」「もうだいぶ当初の期限というところか
ら過ぎていたことと,…Y統括がちょっとこれだったらちょっと出版できないかな
というような発言をされていたので,このままなくなってしまうのかなというよう
に感じておりました。」などと供述しているにすぎず,被控訴人のかかる発言は,
出版に適する時機を逃したのではないかとの危惧を表明する程度の発言であるもの
と推測され,被控訴人がかかる発言をしたことをもって,控訴人がアーバンプロデ
ュースに対して連絡をしなかった合理的な理由とはならないことは明らかである。
しかも,Bが,各執筆担当者から被控訴人に提出されたデータを保管していた(甲
1,13,原審における証人B)というのであるから,当該データを用いて本件著
作物の執筆を継続することは可能であったにもかかわらず,B自身も,本件執筆依
頼に係る書籍は実際に出版されないまま終わってしまうのではないかと考え,上司
に相談することなく,被控訴人書籍発行を契機として本件の紛争が生じるまで,忘
れてしまっていた(原審における証人B)というのである。
控訴人は,そのほか,被控訴人の退職と被控訴人書籍出版時期との関連について
も主張するが,同主張は客観的裏付けを欠くものというほかない。
(ウ) 証拠(丙1ないし7)及び弁論の全趣旨によれば,本件執筆依頼は,アー
バンプロデュースの出版する「管理項目完全チェックリスト集」のシリーズの一冊

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として企画されたものであり,このシリーズは,いずれも個人の著作名義で公表さ
れていることが認められる。
(エ) 本件執筆依頼によって執筆された被控訴人書籍は,最終的に被控訴人の著
作名義で公表され,被控訴人書籍の原稿料はアーバンプロデュースから被控訴人個
人に対して支払われている。アーバンプロデュースが控訴人に本件執筆依頼をした
と認識していたのであれば,控訴人の意向を確認することなく,上記のような取扱
いをすることは,通常では考え難いことである。
この点について,控訴人は,被控訴人が,若手の部下に対し,有償で執筆協力を
求めるはずがなく,A以外には対価を支払っていない点や各執筆担当者が退職後に
執筆作業を継続していない点などに関する合理的な説明はされていないなどと主張
する。
しかしながら,被控訴人が,職務を離れて若手の部下に対して執筆協力を依頼す
るのであれば,控訴人から支給される給与とは別に,被控訴人自らその対価を支払
うことを提案したとしても何ら不自然なことではない。各執筆担当者が退職後,被
控訴人に対して提出した原稿の修正作業を行わなかったことも,退職に伴い被控訴
人との間の職場における上司と部下という関係が切断されたことから疎遠となり,
修正作業についても具体的に進展することなく,事実上放置されることも十分あり
得ることであるから,同様に不自然であるとまでいうことはできない。
また,被控訴人が,Aに対し,既に対価を支払ったことは,被控訴人及び各執筆
担当者が十分知識を有しないIT関係に係る項目について,被控訴人の部下ではな
く,控訴人とは無関係の会社を経営するAに依頼したという経緯からすると,不合
理とはいえないし,各執筆担当者には被控訴人から原稿料が支払われていない点に
ついては,むしろ被控訴人と各執筆担当者との間における問題であって,そのこと
をもって,本件著作物の職務著作該当性を決することはできない。
さらに,控訴人は,被控訴人書籍と同一シリーズの書籍について,アーバンプロ
デュースが法人に対して原稿料を支払った事実もあるなどと主張するが,過去にお

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いて,個人名義の出版物について,執筆者の指定により,当該個人の所属する法人
に対して原稿料を支払ったことがあるとしても,それは,本件著作物の職務著作該
当性に係る判断とは関係がないというほかなく,むしろ,控訴人に対する依頼であ
ったのであれば,先に指摘したとおり,アーバンプロデュースが,控訴人に無断で,
被控訴人個人に対して原稿料を支払うようなことは通常では考えられないことであ
り,被控訴人個人に対する原稿料の支払もまた,本件著作物の執筆が控訴人に対す
る依頼ではなかった証左といわなければならない。
(オ) 以上説示したところによれば,本件執筆依頼がアーバンプロデュースから
控訴人に対し依頼されたものと認めることはできず,かえって,同依頼は,アーバ
ンプロデュースから被控訴人個人に対し依頼されたものであり,各執筆担当者は被
控訴人からの個人的な依頼に基づき執筆を行ったものと認めるのが相当である。
したがって,本件著作物は,控訴人が被控訴人及び各執筆担当者に対し,その作
成を企画,構想し,具体的に作成を命じた場合とも,被控訴人及び各執筆担当者が
控訴人の承諾を得て著作物を作成した場合とも,控訴人の業務計画や第三者である
アーバンプロデュースとの間で締結した契約等に従って,所定の職務の遂行として
執筆した場合とも,いうことはできないから,控訴人の発意に基づくものであると
評価することはできない。
なお,各執筆担当者が控訴人の業務時間内に本件執筆依頼に係る打合せのために
控訴人の会議室を使用していたこと,各執筆担当者の中に,就業時間中に控訴人か
ら貸与されたパソコン及びソフトウェアを用いて執筆を行った者や,控訴人の負担
で本件著作物を執筆するための参考図書を購入した者がいたこと,被控訴人がアー
バンプロデュースを訪問した際の交通費を控訴人が負担したことがあったことなど
が認められ,控訴人は,この点から,被控訴人がアーバンプロデュースを訪問した
際の交通費を控訴人から支払を受けた事実及び訪問の時期などについては,被控訴
人の供述は不自然・不合理であるなどと強調する。
しかしながら,仮に,被控訴人がアーバンプロデュースを訪問した際の交通費を

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控訴人から支払を受けた事実及び訪問の時期が控訴人の主張のとおりであったとし
ても,そのこともって,本件著作物が控訴人の発意に基づくものとする根拠となる
ものではない。そのほかの各事実も,同様に,被控訴人が個人的に本件執筆依頼を
受けたとの前記認定を覆すに足るものではない。
ウ 小括
したがって,本件著作物は,控訴人の発意に基づくものではなく,職務著作とし
ての要件を満たすものではないから,控訴人の著作物とは認められない。
2 結論
以上の次第であるから,控訴人が,本件著作物を含む被控訴人書籍の全部につき,
その差止め等を求める請求の趣旨の適否はさておき,控訴人の請求を棄却した原判
決は相当であって,本件控訴は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣




縮小版


(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(ネ)第10081号 損害賠償等請求控訴事件))

「著作権法15条1項は,法人等において,その業務に従事する者が指揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し,これが法人等の名義で公表されるという実態があることに鑑みて,同項所定の著作物の著作者を法人等とする旨を規定したものである(最高裁平成13年(受)第216号同15年4月11日第二小法廷判決・裁判集民事209号469頁参照)。

 そして,同法15条1項が定める「法人等の発意に基づくこと」については,法人等が著作物の作成を企画,構想し,業務に従事する者に具体的に作成を命じる場合,あるいは,業務に従事する者が法人等の承諾を得て著作物を作成する場合には,法人等の発意があると認められるが,さらに,法人等と業務に従事する者との間に雇用関係があり,法人等の業務計画や法人等が第三者との間で締結した契約等に従って,業務に従事する者が所定の職務を遂行している場合には,法人等の具体的な指示あるいは承諾がなくとも,業務に従事する者の職務の遂行上,当該著作物の作成が予定又は予期される限り,「法人等の発意に基づくこと」の要件を満たすものと解すべきである。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(ネ)第10081号 損害賠償等請求控訴事件))



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H230315現在のコメント


職務著作性に関して「法人等の発意」について最高裁判決を引用した判断基準をしめし,結論として否定したあてはめをしている知財高裁判決です。

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Last Update: 2011-03-15 10:47:54 JST

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特許:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10170号 審決取消請求事件))






特許:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10170号 審決取消請求事件))






知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10170 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月10日 知的財産高等裁判所

(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10170号 審決取消請求事件))

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【容易想到性】「事実認定」


(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10170号 審決取消請求事件))

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縮小版なし・判示


(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10170号 審決取消請求事件))
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第4 当裁判所の判断

1 本件補正発明について
(1) 本願明細書の記載


4 引用発明1に引用発明2及び3を組み合わせることについて
(1) 本件優先日当時,遺伝子治療は,遺伝病に対する原因療法として有力な手
段であり,かつ,成功治験例が存在することは周知であったところ,引用例1には,
遺伝病の一種であるLPL欠損による家族性高カイロミクロン血症症候群について,
遺伝子治療の可能性が示唆されているのであるから,引用例1に接した当業者は,
当然,かかる疾患について遺伝子治療を試みるものということができる。
そして,家族性高カイロミクロン血症症候群の原因であるLPLをコードする核
酸配列も,本件審決が指摘するとおり,引用例1において参照文献として記載され
た甲20文献や,昭和62年(1987年)登録のデータベース(甲21)に収録
されていること,引用例2には,ADA欠損症の遺伝子治療のために,欠陥レトロ
ウイルスベクターを使用する方法に関する知見が,引用例3には,遺伝子を体内に
送達する方法における遺伝子治療のために,複製欠陥アデノウイルスを使用し,目
的とする遺伝子(β−gal)を体細胞に導入する方法に関する知見がそれぞれ開
示されていること,欠陥レトロウイルスや欠陥アデノウイルスを使用して,目的と
する遺伝子を体細胞に導入する方法も公知技術であったことからすると,引用例1
に接した当業者が,家族性高カイロミクロン血症症候群の遺伝子治療の実現のため
に,引用例2及び3により開示された知見を組み合わせて,相違点の構成,すなわ
ち「リポタンパク質リパーゼ(LPL)をコードする核酸配列を含んでなる欠陥組
換えウイルス」の創製を着想し,具体化に向けた努力を行うことは,当業者におけ
る通常の創作能力の発現というべきである。
したがって,本件補正発明は,引用例1ないし3に基づいて,当業者が容易に想
到し得るものということができる。
(2) この点について,原告は,引用例1は,遺伝子治療に関する将来の可能性
を示唆するにとどまり,本件優先日当時,LPL欠損症の遺伝子治療は時期尚早と

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されていたのであるから,引用例1の記載からは,LPL遺伝子を遺伝子治療に用
いようとすることを動機付けられるものではない,本件優先日当時,遺伝子治療は
予測できない分野であり,いかなる遺伝子治療による処置が有効であるのか等につ
いては予測困難であった,本件優先日当時,種々の疾患の遺伝子治療が仮定されて
はいたが,本件補正発明を基礎として開発された本件製品のように実際に成功する
ことは画期的であった,本願明細書の実施例7は,本件補正発明の遺伝子治療の効
果が実際に確認されたことを実質的に示すものであるところ,従来技術からは,本
件補正発明に係る欠陥組換えウイルスを使用した遺伝子治療が成功するという効果
は予測できないなどと主張する。
しかしながら,確かに引用例1の文言自体は,「未来の遺伝子治療の可能性の基
礎を与えるであろう」とするにとどまるもので,短期間において遺伝子治療に係る
技術が確立することが期待できないかのように解する余地はあるものの,先に指摘
したとおり,本件優先日当時,欠陥組換えウイルスを用いた遺伝子治療の研究が進
められており,一部の遺伝病(血友病B,家族性高コレステロール血症,ADA欠
損症)においては,人間を対象にした成功治験例が報告されていたのであるから,
かかる技術水準を前提とすると,引用例1に接した当業者が,上記文言から,将来
における実現に係るLPL遺伝子を使用した遺伝子治療の実現可能性を期待するも
のということができるから,引用例1の上記文言自体は,LPL遺伝子を遺伝子治
療に用いることの阻害要因となるものではない。
同様に,本件優先日当時,遺伝子治療による有力な対象として遺伝病が指摘され
ており,人間に対する成功治験例が複数報告されていた以上,引用例1において治
療の可能性が指摘されているLPL欠損による家族性高カイロミクロン血症症候群
は遺伝病の一種であることから,いかなる遺伝子治療による処置が有効であるのか
等については予測困難であったものということはできない。
また,本件補正発明は,欠陥組換えウイルスに係る発明であるところ,本願明細
書の実施例7においては,同ウイルスの使用例として,同ウイルスをマウスに注射

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する方法が記載されてはいるが,実施例7には,LPLの活性型の発現については,
実施例5に記載の条件において確認することができる旨が記載されているにすぎず,
マウスの体内で目的とする遺伝子が発現したか否かすら,明らかではない。したが
って,同ウイルスを人間に用いた場合に治療効果が発揮されるか否かについても,
当然不明であるから,同実施例において,本件補正発明の遺伝子治療の効果が実際
に確認されたことを実質的に示すものであるということもできない。本件補正発明
に係る欠陥組換えウイルスは,先に述べたとおり,本願明細書において,その製造
方法及び使用方法については開示されているものの,当該ウイルスを具体的に製造
できたこと及び当該ウイルスが遺伝子治療に使用するウイルスベクターとして有用
であることを示す具体的な結果も記載されていない以上,本件補正発明は,LPL
が関与する疾患の遺伝子治療のウイルスベクターとして使用するために,自己複製
できないように改変されたウイルスにLPLをコードする核酸配列を導入するとい
う着想を示したにすぎないものであって,同発明が,従来技術からは予測不可能な
効果を有するものであるということもできない。
なお,本件製品については,その詳細が明らかではなく,本件補正発明の実施品
であるか否か自体,不明であるし,本件各文献についても,本件補正発明との関連
性は不明である。しかも,本願明細書には,特定の有効な効果を発揮する欠陥組換
えウイルスが具体的に製造されたことに関する記載がない以上,本件製品は,本件
優先日後に判明した特定の欠陥組換えウイルスが存在する可能性をうかがわせるも
のにすぎない。したがって,本件優先日後の研究開発によって製品化が実現し,ま
た,本件優先日後の文献に,欠陥組換えウイルスに関連する記載があったとしても,
そのことをもって,直ちに本件補正発明が顕著な効果を有していることが裏付けら
れるものではない。原告の主張は採用できない。
5 本件審決の当否について
(1) 以上のとおり,本件補正発明は,引用発明1ないし3に基づいて,当業者
が容易に想到し得るものというべきである。




H230315現在のコメント



(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10170号 審決取消請求事件))

容易想到性に関する事実認定判決です。

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Last Update: 2011-03-15 10:28:01 JST

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特許:【一致点・相違点】【容易想到性】【複数請求ある場合の審理】「解釈」(最高裁判決引用):(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))





目 次


特許:【一致点・相違点】【容易想到性】【複数請求ある場合の審理】「解釈」(最高裁判決引用):(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10121 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月10日 知的財産高等裁判所 

(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))


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【一致点・相違点】【容易想到性】【複数請求ある場合の審理】「解釈」(最高裁判決引用)


(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))





判示


(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))
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第2 事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,本願発明の要旨を下記2とする原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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3 本件審決の理由の要旨

(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明1は,下記の引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許を受けることができない,というものである。

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4 取消事由

(1) 本願発明の認定の誤り(取消事由1)

(2) 引用発明の認定の誤り(取消事由2)

(3) 本願発明の進歩性に係る判断の誤り(取消事由3)

(4) 審判における審理不尽(取消事由4)

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第4 当裁判所の判断

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1 取消事由1(本願発明の認定の誤り)について



(1) 本願発明を一体的に認定しなかった誤りについて


ア 特許法36条は,特許出願をする者が提出すべき書類の記載事項等について定めるものであるところ,同条2項は,「願書には,明細書,特許請求の範囲,必要な図面及び要約書を添付しなければならない。」と規定し,さらに,同5項は,特許請求の範囲について,「各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定している。


したがって,各請求項には,特許出願人自身が自らの決定に基づいて選択した事項が当該出願により保護を求める発明を特定するための事項として記載されているものであって,各請求項に記載された発明は,それぞれ個別に特定された発明として,審査の対象となることが予定されているのである。

そうすると,特許要件の審査において,そのように各請求項ごとに個別に特定された発明を複数の請求項を一体とした発明として把握し,これを審査の対象とすることは,上記特許法36条の文理に反するものであって,もとより特許法にそのような審査を義務付ける規定もない。しかも,出願人において,そもそも複数の請求項を一体とした発明として審査の対象としたいのであれば,同条5項の規定に従い,複数の請求項に記載していた各構成を一体として,1つの請求項にまとめて記載すれば足りたものである。

以上からすると,本願発明1ないし4は,いずれも納豆製品に係る発明を特定したものであるが,原告が保護を求めようとする発明を「各請求項ごとに」特定したものであるから,技術的にみて相互に関係するものであったとしても,審査に当たり,これらを一体不可分のものとして取り扱うことは許されず,本願発明1について審査を行った手続に誤りはない。

イ なお,本件審決は,別紙審決書において,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1の発明について「本願発明1」と,また,同請求項1ないし4の発明を総称して「本願発明」とそれぞれ略称しているが,かかる方法は,その判断内容を正確に伝達する方法として慣用されているところであって,「本願発明1」という用語自体が原告提出の出願書類に記載されていなかったからといって,そのような慣用が否定されるべき理由はない。

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(2) 補正指導を行わなかった点について

ア 特許出願においては,出願人が自らの決定に基づいて,特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項の全てを,各請求項ごとに記載しなければならないのであるから,自ら定めた請求項の記載が本来の意図と異なったとしても,それは,出願人の責任によるものというほかはない。

特許法50条は,審査官に対し,特許出願について拒絶理由があれば,出願人に通知し,意見を述べる機会を与えるように求めているから,特許出願について,特許性に係る不備,すなわち拒絶理由がある場合には,これを指摘する義務を負うものというべきであるが,出願人の本来の意図と,請求項の記載との間に齟齬がないことは予定されているものであって,仮に,その間に齟齬があったとしても,それは,前記のとおり,本来,出願人の自己責任において処置されるべき問題であるから,審査官がその間に齟齬があるか否かを調査し,齟齬がある場合に,そのような出願の不備・欠陥を指摘する義務まで負うものではない。

イ 本件出願について,審査官は,拒絶理由通知を発し,本願発明の特許性に係る不備については,これを指摘しているから,特許法により定められた義務を果たしているところ,原告は,その通知に対して意見を述べ,通知された拒絶理由や拒絶査定を解消するため,自らの自由意思及び責任により,補正を行う機会を有していたのである。しかも,本件出願の特許請求の範囲の請求項1ないし4の各記載それ自体は,いずれも特許法及び同法施行規則の定める形式的要件を充足するものであった。

以上からすると,本件出願について,審査官が適切な補正指導を行わなかったとして,その対応を非難する原告の主張は失当というほかない。

なお,原告は,本願明細書の各記載(【0002】【0006】【0010】【0011】【0017】)から,審査官は,発明者の意図と各請求項の記載が合致していないことが理解できたはずであると主張するが,【0002】は,現在の納豆の販売形態について,【0006】は,本願発明の課題解決手段について,【0010】は,本願発明の納豆は,包装形態や原料等に制約がないことについて,【0011】は,納豆と生麹の混ぜ方について,【0017】は,干し昆布の包装について,それぞれ記載したものにすぎず,上記各記載をもって,審査官が「発明者の意図」に気付いたはずであるという原告の主張それ自体が採用し得ないところであって,これをもって,審査官が補正指導を行うべきであったという余地はない。

(3) 小括

以上からすると,本件審決の本願発明の認定には誤りはなく,原告主張の取消事由1は,理由がない。

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2 取消事由2(引用発明の認定の誤り)について

(1) 新聞記事の一部を恣意的に引用している点について
特許法29条2項における進歩性に係る判断において,同条1項3号に定める特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」というためには,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それをもって足りる。

引用例には,4通りの新ショウガの食べ方が紹介されているところ,その中に,本件審決が認定した「栄養納豆」それ自体が記載されており,また,引用例には,納豆,塩昆布,甘酒コウジとその他の食材を混ぜ合わせることによって「栄養納豆」が完成することが開示されているのであるから,引用例の記載から,引用発明を認定した本件審決の判断に誤りはない。

この点について,原告は,引用例の新聞記事を執筆した記者の意図や,その他の記載を無視して恣意的な引用をすることは,読者に誤解を与えるおそれがあるなどと主張する。

しかしながら,引用発明の認定は,進歩性の有無という特許要件の審査を目的と して,特許発明等の内容との対比に必要な限度においてされるものであるから,原告指摘の執筆記者の意図(ショウガ料理の新しい作り方の紹介,新ショウガの消費拡大という願い)が,引用例により開示されている技術思想とは関係を有さない以上,これを考慮する必要はないし,本願発明とは無関係のショウガ料理に関する記載が存することをもって,引用発明を認定する障害とはならないことも明らかである。また,本件審決においては,進歩性の有無に関する判断に係る本願発明との対比において,引用例の記載から引用発明を認定しているのであるから,記事の一部を引用したことをもって「読者」に誤解を与える余地もない。

原告の主張は採用できない。

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(2) 引用発明は未完成であることについて


先に述べたとおり,進歩性の判断に係る引用発明については,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りるのである。


原告が指摘する最高裁判決は,旧特許法1条の定める工業的発明というためには,当業者が反覆実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければ,発明としては未完成であると判示するものであり,進歩性の判断に係る引用発明について,判示したものではない。また,「塩昆布」に各種商品が存在し,また,料理の味付けが作り手によって異なることは,引用例の記載から,「昆布」の一種である「塩昆布」をその構成に有する引用発明を認定する障害となるものでもない。

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(3) 発明に係る二重の基準を用いる誤りについて


進歩性の判断に係る引用発明における「発明」の認定が,特許出願当時の技術水準を基礎として,特許出願に係る発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りるというのに対し,特許性の判断における当該出願に係る「発明」の認定が,当業者が反復継続して目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要するというべきところ,両者における「発明」の認定について,同一の判断基準に拠っていないとしても,認定の目的及び対象が異なる以上,当然というべきであって,これを不合理であるということはできない。

したがって,被告が,同種事案について,特定の出願人に対して異なる基準を適用した場合に平等原則違反となることは格別,原告の主張をもって,被告が二重の基準に基づく不平等な取扱いをしているとはいえないことは明らかである。



(4) 小括


以上からすると,引用例から引用発明を認定した本件審決に,誤りはなく,原告主張の取消事由2は,理由がない。

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3 取消事由3(本願発明の進歩性に係る判断の誤り)について

(1) 一致点の認定の誤りについて

ア 引用例について

引用例(甲4)は,ショウガ料理を紹介する新聞記事であるところ,「栄養納豆」に関する記載を要約すると,以下のとおりである。

(ア) 栄養納豆は,ごはんが進む一品。千切りにした新ショウガとニンジンを甘酒コウジ,納豆,塩昆布と混ぜ合わせる。焼酎,薄口しょうゆ,みりん,白ゴマ,はちみつを加え,さらに混ぜる。一晩置いて,コウジが水分を吸って軟らかくなったら出来上がりである。


(イ) 栄養納豆の材料は,ショウガ60g,甘酒コウジ150g,納豆3パック, ニンジン(中)1本,焼酎1/2カップ,薄口しょうゆ1/2カップ,みりん1/2カップ,塩昆布1袋(120ないし150g),白ゴマ15g,はちみつ少々である。

(ウ) 以上の引用例の記載からすると,引用例には,ショウガ,甘酒コウジ,納豆,ニンジン,焼酎,薄口しょうゆ,みりん,塩昆布,白ゴマ,はちみつを混ぜ合わせることによって得られる栄養納豆に係る技術的知見(引用発明)が開示されているということができる。

イ 「生麹」と「甘酒コウジ」について

本願発明1は,「生麹」をその構成に含んでいるところ,引用発明においては,「甘酒コウジ」が用いられている。

もっとも,本願明細書【0004】において,麹は,米,麦,大豆等にコウジカビ等のカビを生やしたもので,そのカビの作り出す酵素がデンプン,タンパク質をそれぞれ糠やアミノ酸に分解するという特性を利用して,酒類,みそ,しょうゆ等の醸造や漬物,菓子等の製造に用いられるとされており,「生麹」と「甘酒コウジ」は,いずれも「麹」であることは明らか(甲19,乙2)であるから,「麹」を本願発明1と引用発明との一致点とした本件審決の認定に,誤りはない。

この点について,原告は,「生麹」と違い,「甘酒コウジ」は,製造工程の相違により表面が一面のカビ状態となるものであり,しかも,「袋詰めにされた生麹」と「袋詰めにされた甘酒コウジ」とでは,開封時における麹菌の周辺への飛散性という観点から大きく異なるものであるから,本件審決が,「生麹」と「甘酒コウジ」がともに麹の一種であることを一致点と認定したことは誤りであると主張する。しかしながら,本願発明1は,袋詰めにされた状態を構成に含むものではないから,袋詰め状態を前提とする飛散性に係る原告主張は,本願発明1の構成に基づかない主張であるし,本件審決は,本願発明1が「生麹」を,引用発明が「甘酒コウジ」を用いている点について,相違点2として認定しているのであるから,仮に,「生麹」と「甘酒コウジ」に,原告指摘の相違が存するとしても,上記結論を左右するものではない。原告の主張は採用できない。

ウ 「干し昆布」と「塩昆布」について

本願発明1は,「干し昆布」をその構成に含んでいるところ,引用発明においては,「塩昆布」が用いられている。

もっとも,昆布の原藻を素干しした製品を「干し昆布」と,マコンブの肉厚の部分を正方形又は短冊形に切り,しょうゆ,たまり,砂糖,みりんなどを合わせた調味液の中で長時間煮詰め,汁を切って乾燥機にかけ,グルタミン酸ナトリウム,リンゴ酸ナトリウム,食塩などを調合した粉末調味料をまぶしたものを「塩昆布」というところ(乙5),「干し昆布」と「塩昆布」とは,いずれも「昆布」からなるものであることは明らかであるから,「昆布」を本願発明1と引用発明との一致点とした本件審決の認定に,誤りはない。

この点について,原告は,塩昆布は「佃煮」商品であり,原材料状態の「干し昆布」と字面だけを取り上げて同一視することは許されない,塩昆布においては,加工により昆布に染み込ませた味や風味,外観,手触りなどが多種多様に存在することこそ,重視されなければならないなどと主張する。

しかしながら,塩昆布に多種多様な商品が存在し,塩昆布にとって,味や風味が 大切であるからといって,塩昆布が昆布を原料としている事実それ自体はこれに左右されるものではない。原告の主張は,昆布には,干して原材料状態とされた「干し昆布」や,佃煮としての「塩昆布」という複数の状態が存在することを強調するものにすぎず,そのことをもって一致点の認定が誤りということはできない。原告の主張は採用できない。

エ 納豆をベースとする納豆食品である点について

引用例は,ショウガに関する4通りの料理を紹介する新聞記事であるところ,同記事は,引用発明について,「栄養納豆」として紹介しており,本件審決が,「納豆をベースとする納豆食品」を一致点として認定したことに,誤りはない。


この点について,原告は,引用例は,新ショウガを紹介する記事であり,「栄養」とは,「塩昆布」を意味するものである,引用発明は,甘粕コウジ150g,納豆3パック132ないし168g,塩昆布120ないし150g の主材料に,ショウガ,ニンジンのほか,多量の調味料が加えられるのであるから,納豆ベースの料理と解することはできない,引用発明は,納豆に麹と塩昆布を混合させた一体不可分状態の「納豆に麹と昆布を混合させてある納豆食品」というべきであるところ,本願発明は,「袋詰めされた生麹」と「袋詰めされた干し昆布」を,「一つの包装容器である納豆パックに詰め合わせた状態」で,製造・販売する商品であるから,「混合」と「混在」とでは,その意味が全く異なるなどと主張する。

しかしながら,一致点の認定においては,引用例に開示された技術思想として,いかなる発明を認定できるかが重要であって,引用例が「ショウガ」を紹介する意図を有していることや,紹介されている料理の各材料の重量比を過度に重視することは相当ではないし,「栄養」が塩昆布を意味するとの主張の当否はともかくとして,かかる文言によって,一致点の認定が左右されるものではない。納豆の用量が,他の材料と比較して,極端に少ないなどの事情があるのであれば格別,引用発明においては,相当量の納豆が使用されているのであるから,「栄養納豆」との標題どおり,一致点を認定した本件審決の判断に誤りはない。

また,本願発明を,「一つの包装容器である納豆パックに詰め合わせた状態」の製品をいうとする原告の主張は,取消事由1において指摘したとおり,その前提自体が誤りである。原告の主張は採用できない。



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(2) 相違点2に係る判断の誤りについて


ア 本願発明1の「生麹」について

本願明細書(甲2)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

(ア) 本願発明は,納豆が従来から有する健康維持あるいは促進の効能を一層増強,向上させることができる納豆食品に係る発明である。納豆は,血流をさらさらとさせることが認証されており,優良なタンパク源としても知られている。


他方,麹は,米,麦,大豆等にコウジカビ等のカビを生やしたもので,そのカビの作り出す酵素がデンプン,タンパク質をそれぞれ糠やアミノ酸に分解する特性を利用して,酒類,みそ,しょうゆ等の醸造や漬物,菓子等の製造に用いられている。


本願発明は,納豆の有する健康維持あるいは促進の効能を一層増強,向上させ,納豆をさらに食べやすく,従来にない食感を出す付随効果を得ることができる。

(イ) 本願発明に係る納豆食品は,納豆をベースとし,その納豆に生麹と刻んだ干し昆布を混合させてあることを特徴とする。干し昆布は塩をまぶしたものとし,ほぼ5mm四方に刻んであり,混合の割合は,納豆1に対して生麹をほぼ重量%で3分の1,干し昆布は10枚前後とする。生麹と干し昆布は各々袋詰めされ,納豆パックに添付されており,使用時に開封し,納豆に混合させることを特徴としている。

(ウ) 本願発明に係る納豆食品は,納豆に混合される生麹が作用して,納豆に含有されるデンプン,タンパク質を分解して糖やアミノ酸も生成することになり,単なる納豆よりも吸収力が高められ,血行を増進するうえ,血圧降下にも良好な効果を得ることができる。また,単に生麹を混合するのみでは,生麹特有の臭いが強く,食に適さないが,干し昆布も同時に混合することで,臭いを消すことができるのみならず,独特の昆布の香りが得られ,しょうゆの吸収効果を有するほか,今までにない食感をも得ることができる。塩をまぶした干し昆布を使用すると,食感として非常に好ましい。

(エ) 本願発明に係る納豆食品は,従来の単体の納豆と比較して,一層血行を良好なものとし,その血行の良好性が肌の老化を抑え,美肌を得ることができ,加えて,高血圧の人に対して血圧降下の効果も発揮し,発明者自らは数値として10ないし15の血圧降下を得ることができた。生麹や刻んだ干し昆布は,現在市販されている納豆の包装に対して,ビニール等の袋に適量を詰め,添付した状態で販売されることが望ましく,使用に際しての至便性が向上することとなり,商品としての納豆に大きな付加価値がつけられることともなる。生麹や干し昆布の混合割合は記載した数値に限定されるものではなく,各自の好みに応じて採択でき,また,その他の一般的な刻みネギやシラス干し等の混合を同時に行なうことも可能である。

以上の(ア)ないし(エ)の本願明細書の記載からすると,本願発明1において,生麹は,納豆に含有されるデンプン,タンパク質を分解して糖やアミノ酸を生成することにより,単なる納豆よりも吸収力が高められ,血行を増進し,血圧降下にも良好な効果を及ぼす目的で添加されるものということができる。

イ 麹に関する知見について

また,麹に関する知見として,以下のようなものがある。

(ア) 昭和51年3月発行の総合食品事典第三版(乙2)には,麹の使用目的として,デンプン糖化や大豆のタンパク質分解があること,我が国で一般に用いられているのは黄麹であることが指摘されている。

(イ) 平成10年2月発行の雑誌「食品と開発」に掲載された紅麹の食品素材としての機能と利用と題する論文(乙3)には,紅麹ほどではないが,黄麹に血圧降下作用があることが指摘されている。

(ウ) 平成12年6月発行の雑誌「ニューフードインダストリー」に掲載された紅麹とその効用についてと題する論文(乙4)には,中国から伝来した紅麹には,我が国において,みそ,しょうゆ,清酒等の麹として使用されている黄麹と比較して,強い血圧降下作用が存することが指摘されている。

以上の(ア)ないし(ウ)の各文献の記載からすると,本件出願当時,麹が血圧降下作用を有することは,周知事項であったものということができる。

ウ 「甘酒コウジ」に代えて「生麹」を用いることについて

生麹と,甘酒コウジとは,原告の主張を前提とすると,乾燥状態であるか否かについて相違するにすぎず,原告は,生麹と甘酒コウジが,麹として有する血圧降下作用について,両者に差が存すると主張するものではない。

本件出願当時,麹が血圧降下作用を有することが周知事項であったことからすると,生麹を使用するか,甘酒コウジを使用するかについては,麹を使用する者の要望に応じて適宜選択できる事項にすぎず,引用発明の甘酒コウジを生麹に代えて適用することは,当業者にとって容易に想到し得るものというべきである。

この点について,原告は,カビが表面に目立たず,ぬめりけのない生麹に代えて,表面にカビが覆われている甘酒コウジを使用することはできない,当業者ではない一般消費者である発明者だからこそ,「納豆と麹は決して,一緒に取り扱ってはならない。」というタブーを破り,本願発明を想到することができたものである,本願発明と同様,納豆を主材料とする塩納豆が山形県に存在し,社会的にも認められており,本願発明のように,「1つの包装容器である発泡スチロールなどの納豆パック」に「袋詰めされた生麹」と「袋詰めされた干し昆布」を一緒に入れた商品は, 当業者が容易に想到し得るものではない,机上の空論によって,「誰でも容易に発明できる」などと批判することは容易であるが,本願発明まで,同様の商品は存在していなかったという事実は否定できないなどと主張する。しかしながら,本願明細書には,生麹が「初めからカビが表面に目立たない」状態であることについて記載されておらず,甘酒コウジの表面にカビが目立ち,生麹と比較して食用に適さないことを認めるに足りる証拠もない。また,麹に関する知見(乙2)によると,生麹の形態として「初めからカビが表面に目立たない」ものであることは,本願明細書の記載から自明の事項ということもできず,原告の主張は,本願明細書の記載に基づくものではない。

また,原告が提出したタブーに関する書証は,麹菌及び酵母菌を使用する日本酒の製造において,雑菌である納豆菌の混入を防止することが求められていること(甲30),納豆の製造において,納豆菌以外の菌は,麹菌を含めて雑菌として排除されるべきであること(甲31,32)が開示されているにすぎず,特定の発酵 食品の製造工程において,有用菌のみを取り入れ,他の菌は可能な限り雑菌として製造工程から除外するという,食品製造における当然の管理手法を示したものにすぎない。したがって,食品業界一般において,原告指摘のタブーが存在するわけではなく,実際,引用発明のほか,五斗納豆(粒納豆又はひきわり納豆を麹と食塩を加えて漬け込んだもの。乙11),塩納豆(納豆に米麹,塩,昆布などを加えて製造したもの。甲24∼26)など,納豆と麹とが一緒に取り扱われる例が他に存在するものである。

さらに,進歩性に係る判断においては,当業者が容易に発明をすることができたか否かが検討されるものであって,本願発明の発明者が当業者であるか否かは,進歩性の判断において考慮されるべき事項ではないから,発明者が一般消費者であることを強調し,本件審決の判断の当否を非難することは相当ではない。

なお,本願発明のような一体化した製品は存在しなかった旨の原告主張は,本願発明1の構成を前提としない主張であるし,塩納豆が社会的に認められていたからといって,本願発明1の進歩性を肯定する事情とすることはできない(塩納豆は,納豆に米麹,昆布などを加えて製造するものであるから,むしろ,引用発明と同様,本願発明1の進歩性を否定する事情として指摘されるべきものである。)。原告の主張は採用できない。

エ したがって,乾燥麹である甘酒コウジに代えて,生麹を適用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとした本件審決の判断に誤りはない。

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(3) 相違点3に係る判断の誤りについて


ア 本願発明1の「干し昆布」について

前記(2)アの本願明細書の各記載によると,本願発明1において,干し昆布は,生麹特有の臭いを消し,さらに,独特の昆布の香りと今までにない食感を得るために加えられるものということができる。

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イ 昆布に関する知見について

また,昆布に関する知見として,以下のようなものがある。

(ア) 平成4年1月発行の新・食品事典5 野菜・藻類(乙5)には,昆布には血圧降下物質であるラミニンが含まれるほか,アルギン酸,カリウム,ヨウ素,食物繊維などの様々な作用によって,血圧降下作用が発揮されることが記載されている。

(イ) 特開平11−276109号公報(乙6)は,昆布納豆の製造方法及び装置に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,昆布片を混合させた納豆は,いわゆる納豆臭が格段に減少すること,健康に良いことなどが指摘されている。

(ウ) 特開昭61−43977号公報(乙7)は,野菜ジュースの消臭方法に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,昆布を野菜ジュース中に浸漬させることにより,野菜ジュース特有の臭気を顕著に低下させるのみならず,昆布中に含まれる種々の成分が付加されることにより,栄養学的にも大きな効果が得られることができることなどが記載されている。


(エ) 特開昭61−43963号公報(乙8)は,酵素含有複合製剤の消臭方法に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,各種酵素及び水を含む液状の複合酵素製剤中に昆布を浸漬することにより,酵素含有複合製剤の臭気を顕著に低下させるのみならず,昆布中に含まれる種々の成分が付加されることにより,栄養学的にも大きな効果が得られることなどが記載されている。

(オ) 特開平10−165114号公報(乙9)は,フコイダンを添加した食品に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,褐藻類(昆布等)の藻体中に存在する特有の成分であるフコイダンには,芳香を損なうことなくいやな臭いを除去する特性や,食味向上活性を有することなどが記載されている。


以上の(ア)ないし(オ)の各文献の記載からすると,本件出願当時,昆布が消臭作用を有することは周知事項であったものということができる。

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ウ 「塩昆布」に代えて「干し昆布」を用いることについて

塩昆布と,干し昆布とは,原告の主張を前提とすると,原材料の状態であるか,佃煮等として加工された状態であるかについて相違する(乙5)にすぎず,原告は,塩昆布と干し昆布が昆布として有する消臭作用について,両者に差が存すると主張するものではない。

本件出願当時,昆布が消臭作用を有することが周知事項であったことからすると,干し昆布を使用するか,塩昆布を使用するかについては,昆布を使用する者の要望に応じて適宜選択できる事項にすぎず,引用発明の塩昆布を干し昆布に代えて適用することは,当業者にとって容易に想到し得るものというべきである。

この点について,原告は,「塩昆布」は,多種多様な商品が存在するものであるし,塩昆布は加工昆布であり,干し昆布は未加工の原材料であるから,干し昆布も塩昆布もともに昆布を主成分とするものであることを理由に,同列に扱う本件審決の判断は不当である,引用発明においては,塩昆布自体を食べることを目的として塩昆布が加えられているが,本願発明においては,干し昆布の有する消臭作用に期待して干し昆布が加えられたものであり,両者には価格差もあるから,かかる使用目的や価格の相違を考慮することなく,塩昆布を干し昆布に換えることが容易であるとすることはできないなどと主張する。

しかしながら,昆布それ自体の有する消臭効果を前提として,昆布の各種形態である塩昆布か干し昆布のいずれかを選択することが,当業者にとって容易である以上,塩昆布について多種多様な商品が存在することは,塩昆布を選択した場合の選択肢が多数存在することを意味するにすぎず,相違点3の構成が容易に想到し得るものであるとの判断を左右するものではない。

また,引用発明において,塩昆布自体を食べることを目的として加えられたものであるか否かは不明であるが,仮に原告主張のとおりであったとしても,引用発明の塩昆布に代えて,干し昆布を選択すること自体が阻害されるものということもできない。価格差についても同様である。原告の主張は採用できない。

エ したがって,塩昆布に代えて,干し昆布を適用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとした本件審決の判断に誤りはない。


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(4) 格別顕著な効果を要求した誤りについて

ア 本件審決は,相違点1は実質的な相違点とはならず,相違点2及び3についても,当業者が容易に想到し得るものということができるから,本願発明1の構成自体は,当業者が容易に想到し得るものであるとした上で,引き続き,本願発明1に,格別顕著な効果を認めることができるかについて検討しているものである。


したがって,本件審決は,本願発明1について,進歩性を肯定する要件として,その構成が容易に想到し得るものであるか否かに関わらず,格別顕著な効果を奏することを求めているものではない。

イ 本願明細書には,本願発明1の効果として,従来の単体の納豆と比較して,一層血行を良好なものとし,その血行の良好性が肌の老化を抑え,美肌を得ることができ,加えて,高血圧の人に対して血圧降下の効果も発揮し,発明者自らは数値として10ないし15の血圧降下を得ることができたなどと記載している。

もっとも,本願明細書には,血圧降下作用について,いかなる条件で測定し,効果を特定したかについて全く開示されておらず,その他の作用についても,抽象的な記載がされるのみで,それを裏付けるに足りる記載はない。発明者の陳述書(甲27)には,自宅において食事の内容を同一に設定し,さらに,生活リズム,生活荷重を極力近い環境にして,納豆を全く食べない場合,市販の納豆のみを食事に加えた場合,本願発明に係る納豆を加えた場合の血圧値測定を1年間実施した旨の記載があるが,かかる測定方法により,血圧降下作用が客観的に裏付けられるものではないことは明らかである。

しかも,本願明細書に記載されたその他の各作用については,納豆,麹,昆布自体,血圧降下作用,健康増進作用,血栓溶解作用や,血行促進作用に伴う美肌作用(甲24,26,乙2ないし13)を有するものであって,本願発明1が,それ以上の格別な相乗効果を奏していること等については,これを認めるに足りる証拠はない。したがって,本願明細書記載の本願発明1の効果をもって,本願発明1に格別顕著な効果が存在するものとして,進歩性を認めることもできない。

ウ なお,原告は,市販の商品(甲29)の血圧降下作用と比較して,本願発明の血圧降下作用はさらに優れたものであるなどとも主張するが,本願発明の血圧降下作用が実際に発現したことについて,本願明細書にこれを裏付ける記載がない以上,原告の主張は採用することができない。

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(5) 小括

以上からすると,本願発明1は,当業者が引用発明に基づいて容易に想到し得るものとした本件審決の判断に,誤りはなく,原告主張の取消事由3は,理由がない。

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4 取消事由4(審判における審理不尽)について


(1) 取消事由1において先に述べたとおり,本件出願の特許請求の範囲には4個の請求項が記載されており,これらの請求項1ないし4は,個別に記載されたものであるから,本件出願については,請求項1に係る発明の特許性の存否についてまず検討したことについて,本件審決に誤りはない。

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(2) 特許法は,1つの特許出願に対し,1つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて1つの特許が付与され,1つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。そして,このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)第318号同20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)ということができる。

本件においては,前記3のとおり,請求項1に係る本願発明1が特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである以上,特許庁がその余の請求項に係る発明について検討しなかったとしても,本件出願全体として拒絶を免れないものであったといわざるを得ないから,本件審決が,審判請求不成立の判断をした点に,結論に影響を及ぼすべき違法はない。

この点について,原告は,本願発明を一体的に把握せず,本願発明1のみを審理した本件審決は,少なくとも本願発明2ないし4について全く審理をしていない,特許出願する対象が大掛かりなものである場合,請求項の数字が大きくなるに従い,全体の実態が明確になる説明がされることが通常であるから,特許にすることができない請求項が1個でも存在するときは,その特許出願について拒絶査定をするという取扱いによると,あたかも新聞記事に掲載された土蔵の発明に基づいて姫路城を造る工法全体が拒絶されるという不当な結果となるなどと主張する。

しかしながら,取消事由1において先に述べたとおり,本願発明の請求項1ないし3は,請求項4と一体であるとする原告主張は,その前提自体が誤りである。

また,特許出願においては,出願人自らの責任と選択に基づいて,特許請求の範囲の請求項について記載することができ,また,特許出願の分割や補正等によって,出願全体を拒絶されることによる不利益を免れる手段を有しているのであるから,上記取扱いが,格別不当であるということもできない。

(3) 小括

以上からすると,本件審決が,本願発明2ないし4について審理をすることなく,審判請求不成立の判断をした点に,結論に影響を及ぼすべき違法はなく,原告主張の取消事由4も,理由がない。

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5 結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣



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(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

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【「複数の請求項を一体とした発明として把握し,これを審査の対象とすること」の可否】「解釈」


「特許法36条は,特許出願をする者が提出すべき書類の記載事項等について定めるものであるところ,同条2項は,「願書には,明細書,特許請求の範囲,必要な図面及び要約書を添付しなければならない。」と規定し,さらに,同5項は,特許請求の範囲について,「各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定している。

 したがって,各請求項には,特許出願人自身が自らの決定に基づいて選択した事項が当該出願により保護を求める発明を特定するための事項として記載されているものであって,各請求項に記載された発明は,それぞれ個別に特定された発明として,審査の対象となることが予定されているのである。

 そうすると,特許要件の審査において,そのように各請求項ごとに個別に特定された発明を複数の請求項を一体とした発明として把握し,これを審査の対象とすることは,上記特許法36条の文理に反するものであって,もとより特許法にそのような審査を義務付ける規定もない。しかも,出願人において,そもそも複数の請求項を一体とした発明として審査の対象としたいのであれば,同条5項の規定に従い,複数の請求項に記載していた各構成を一体として,1つの請求項にまとめて記載すれば足りたものである。」 (知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

【あてはめ】

以上からすると,本願発明1ないし4は,いずれも納豆製品に係る発明を特定したものであるが,原告が保護を求めようとする発明を「各請求項ごとに」特定したものであるから,技術的にみて相互に関係するものであったとしても,審査に当たり,これらを一体不可分のものとして取り扱うことは許されず,本願発明1について審査を行った手続に誤りはない。


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【審査官の補正指導の義務】「解釈」

「特許出願においては,出願人が自らの決定に基づいて,特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項の全てを,各請求項ごとに記載しなければならないのであるから,自ら定めた請求項の記載が本来の意図と異なったとしても,それは,出願人の責任によるものというほかはない。

 特許法50条は,審査官に対し,特許出願について拒絶理由があれば,出願人に通知し,意見を述べる機会を与えるように求めているから,特許出願について,特許性に係る不備,すなわち拒絶理由がある場合には,これを指摘する義務を負うものというべきであるが,出願人の本来の意図と,請求項の記載との間に齟齬がないことは予定されているものであって,仮に,その間に齟齬があったとしても,それは,前記のとおり,本来,出願人の自己責任において処置されるべき問題であるから,審査官がその間に齟齬があるか否かを調査し,齟齬がある場合に,そのような出願の不備・欠陥を指摘する義務まで負うものではない。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

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【「特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」」】「解釈」

「特許法29条2項における進歩性に係る判断において,同条1項3号に定める特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」というためには,特許出願当時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それをもって足りる。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

【あてはめ】

引用例には,4通りの新ショウガの食べ方が紹介されているところ,その中に,本件審決が認定した「栄養納豆」それ自体が記載されており,また,引用例には,納豆,塩昆布,甘酒コウジとその他の食材を混ぜ合わせることによって「栄養納豆」が完成することが開示されているのであるから,引用例の記載から,引用発明を認定した本件審決の判断に誤りはない。

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【進歩性判断にかかる引用発明の記載の程度】「解釈」

「進歩性の判断に係る引用発明については,特許請求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りるのである。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

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【「発明に係る二重の基準を用いる」ことの可否「解釈」

「進歩性の判断に係る引用発明における「発明」の認定が,特許出願当時の技術水準を基礎として,特許出願に係る発明等の内容との対比に必要な限度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり,かつ,それで足りるというのに対し,特許性の判断における当該出願に係る「発明」の認定が,当業者が反復継続して目的とする技術効果を上げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることを要するというべきところ,両者における「発明」の認定について,同一の判断基準に拠っていないとしても,認定の目的及び対象が異なる以上,当然というべきであって,これを不合理であるということはできない。 」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

【あてはめ】

したがって,被告が,同種事案について,特定の出願人に対して異なる基準を適用した場合に平等原則違反となることは格別,原告の主張をもって,被告が二重の基準に基づく不平等な取扱いをしているとはいえないことは明らかである。

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【一致点の認定】「解釈」


「一致点の認定においては,引用例に開示された技術思想として,いかなる発明を認定できるかが重要」である(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))。


【あてはめ】
引用例が「ショウガ」を紹介する意図を有していることや,紹介されている料理の各材料の重量比を過度に重視することは相当ではない

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【「発明者が当業者であるか否か」の進歩性判断の影響「解釈」

「さらに,進歩性に係る判断においては,当業者が容易に発明をすることができたか否かが検討されるものであって,本願発明の発明者が当業者であるか否かは,進歩性の判断において考慮されるべき事項ではないから,発明者が一般消費者であることを強調し,本件審決の判断の当否を非難することは相当ではない。」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

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【複数請求項あるばあいの審理】「解釈」(最高裁判決引用)


「特許法は,1つの特許出願に対し,1つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて1つの特許が付与され,1つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。そして,このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)第318号同20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)ということができる。」 (知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

「本件においては,前記3のとおり,請求項1に係る本願発明1が特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである以上,特許庁がその余の請求項に係る発明について検討しなかったとしても,本件出願全体として拒絶を免れないものであったといわざるを得ないから,本件審決が,審判請求不成立の判断をした点に,結論に影響を及ぼすべき違法はない。 」(知財高裁平成23年3月10日判決(平成22年(行ケ)第10121号審決取消請求事件))

【あてはめ】

したがって,「本件出願の特許請求の範囲には4個の請求項が記載されており,これらの請求項1ないし4は,個別に記載されたものであるから,本件出願については,請求項1に係る発明の特許性の存否についてまず検討したことについて,本件審決に誤りはない。」とした前記知財高裁と同じく,その判断に何ら誤りはない。
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H230315現在のコメント


「容易想到性」に関して,かなり細かく基本の要件論,解釈を述べています。

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Last Update: 2011-03-15 10:04:55 JST

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