2011年2月10日木曜日

特許:【実施可能要件】【サポート要件]「事実認定」:(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10153号審決取消請求事件))





目 次


特許:【実施可能要件】【サポート要件]「事実認定」:(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10153号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」



H230214現在のコメント


(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10153号審決取消請求事件))

一部(下位請求項)のみ無効と判断された事例です。結構珍しいものとおもいます。



最縮小版





一般的な測定条件によって測定されたものと理解できない



以上からすると,本件明細書には,本件カラム及びTHFを使用したか否かを含め,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が開示されておらず,また,本件明細書の記載から,当業者が一般的な通常の測定条件によって測定されたものと理解することができるものということもできない。

そして,原告も,GPC測定において,一般的な通常の測定条件によって実験が行われない場合,測定結果が異なること,すなわち,GPC測定においては,測定条件が異なれば測定結果が異なること自体は争わないところ,シランカップリング剤のGPC測定において,溶媒を変更した場合(THF,トルエン,DMF),測定結果が有意に異なることは,甲5証明書から明らかである。


したがって,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合の測定条件が明らかではない本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1ないし5及び9について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。

よって,本件審決の実施可能要件に係る判断に誤りはない。



効果とサポート要件



ウ以上からすると,本件発明1の効果,すなわち,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されること及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたことについては,いずれも比較例と実施例との対照において具体的に開示されているということができる。


ア本件審決は,本件発明1の課題について,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されたこと及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたこと認定しており,本件発明1の課題に関する認定については,何らの誤りはない。

しかしながら,本件審決は,サポート要件の判断において,②接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供という課題についてのみ,当業者が認識することができるか否かについて判断を行い,①の「高接着力で信頼性が高い接着剤」の提供なる解決課題が解決できるか否かについての判断を行っていない。

また,先に指摘したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に係る接着剤の接着力について,その効果が実施例として具体的に開示されているのであるから,本件審決のサポート要件の判断には,本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容に関する認定自体に誤りがあるものというほかない。

top
イ本件審決は,本件発明1について説示した理由と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10がサポート要件に違反すると判断しているところ,本件審決における本件発明1のサポート要件に係る判断が誤りである以上,本件発明6ないし8及び10についても,本件審決のサポート要件に係る判断が誤りであることは明らかである。

なお,原告の主張に鑑み付言すると,本件審決は,サポート要件の判断について,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」の点について判断をするとした上で,本件発明は,サポート要件を欠くものと判断しているところ,本件発明6ないし8及び10は,いずれも「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」について何らかの特定を有する発明ではないから,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」についてのみ検討した上で,本件発明1ないし5及び9と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10についてもサポート要件を満たさないとした本件審決の判断は,それ自体誤りであるというべきである。


  • 28 -



(4) 小括

以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明に関するサポート要件に係る本件審決の判断は誤りであるところ,取消事由1において先に述べたとおり,本件発明1ないし5及び9にかかる特許は,実施可能要件を欠き無効にすべきであるとの本件審決の判断は,サポート要件に係る本件審決の判断の誤りとは関係がなく,相当であるから,サポート要件に違反するとした本件審決の判断は,本件発明6ないし8及び10に係る部分についてのみ,相当でなく,取消しを免れない




縮小版(「論理の流れ」)


(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10153号審決取消請求事件))

top


第4 当裁判所の判断



top



1 取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について






(1) 実験成績証明書(甲5)を前提とした判断の誤りについて



原告は,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定に用いられたGPCカラム及びその溶媒として,本件カラム及びTHFが使用されたことが開示されていると解されることを前提として,取消事由1を主張する。

そこで,まず,本件明細書におけるGPC測定に係る記載について検討する。

top
ア本件明細書の記載について

本件明細書のGPC測定に関する記載を要約すると,以下のとおりである。

top
(イ) 本件発明の実施例として,以下の調製例を示す。

top



イ本件明細書におけるGPC測定に関する開示事項



(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明におけるGPC測定に関する記載は,前記アのとおりであるところ,GPC測定に用いられたカラムについては,合成実験例1において,フィルム形成材の合成について,フェノキシ樹脂の分子量をGPC測定した際,本件カラムが用いられたことが記載されている。

しかしながら,シランカップリング剤の作製については,調製例1及び2並びに比較調製例1において,シランカップリング剤の調製例が記載されているところ,かかる調製例では,いずれもシランカップリング剤をGPC測定したことが記載されているものの,その際に使用されたGPC及び当該GPC測定に用いられたカラムについては,いずれもその製造メーカーすら,特定されていない。

したがって,本件明細書には,シランカップリング剤のGPC測定が原告主張のように本件カラムにより行われたことを直接示す記載は存在しないといわなければならない。

(イ) 原告は,合成実験例1で本件カラムが用いられていることから,調整例1及び2並びに比較調整例1においても,本件カラムが用いられていると解するのが当然であるかのように主張するが,本件明細書の調製例1のシランカップリング剤(γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン)に含まれる物質の分子量は,2分子が縮合した分子でも500以下であるところ,合成実験例1に記載されたフェノキシ樹脂の分子量は,ポリスチレン換算でMn=12,500,Mw=30,300であり,両者はその分子量において大きく異なるものであるし,分子構造自体も異なるものであって,原告の主張を採用するのは困難である。

top
(ウ) しかも,本件明細書において,シランカップリング剤におけるGPC測定と,フェノキシ樹脂に関するGPC測定について,同一の条件で実施したことに関する明示の記載はない。

また,本件明細書の記載順についても,シランカップリング剤の調製例に関する記載(【0028】~【0030】)においては,GPC測定におけるカラムに関する記載がされず,しかも,GPCに関する記載も,測定の結果としてのA-1とA-2との面積比が記載されている(シランカップリング剤のオリゴマーを作成した比較調製例1を除く)のみであるが,その後に記載されたフェノキシ樹脂の合成実験例(【0031】)においては,測定条件(使用機器,流速,本件カラム)についても記載されているものである。

(エ) したがって,測定内容(面積比・分子量),測定対象(シランカップリング剤・フェノキシ樹脂)の分子量及び分子構造の相違を捨象し,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定が,フェノキシ樹脂におけるGPC測定と同一の条件で実施されたものと開示されているとまで,いうことはできない。

(オ) この点について,原告は,前記主張のほか,本件カラムは,GPCにおいて周知のカラムである,一般的な通常の測定条件により測定が行われる限り,測定結果は異なるものではないから,本件発明において,GPCに関する個別事項の詳細について記載する必要はない,本件明細書において,GPCの測定条件を調製例等ごとに変更した旨の記載はないなどと主張する。

しかしながら,GPCは,高分子物質の各種平均分子量及び分子量分布が同時に測定でき,しかも測定可能な分子量範囲が,数百ないし数千万と広いという特徴を有するところ(甲18),GPCを含む高速液体クロマトグラフィーにおいては,近年,高い機能と効率を有する充 剤の開発により,金属イオンから生体高分子まで分離対象が広がっており,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされている(乙1)から,本件明細書において,当業者が,シランカップリング剤をGPC測定した際に使用したカラムが,フェノキシ樹脂をGPC測定した際のカラムと同じであると直ちに理解するものということはできない。

また,本件カラムが,GPC測定における周知のカラムであったとしても,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合におけるカラムとして,当業者において周知であったことを裏付けるに足りる的確な証拠はない。本件明細書においては,原告が強調する「一般的な通常の測定条件」により測定が行われたか否か自体が不明であり,仮にフェノキシ樹脂の分子量の測定と同様の条件が,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合における「一般的な通常の測定条件」であるならば,むしろ本件明細書において,同一の測定条件を用いたことを明記すべきものというべきである。

原告の主張は採用できない。

top



(2) GPCカラムの溶媒が記載されていないとした判断の誤りについて



前記(1)のとおり,本件明細書において,シランカップリング剤のGPCにおける測定条件が開示されていない以上,本件明細書において,GPCカラムの溶媒についても開示されているものではないことは明らかである。

この点について,原告は,当業者にとって,カラムの出荷時の封入溶媒と同じものを溶離液として用いる場合は問題ないとされていること,本件明細書に記載された本件カラムの溶媒がTHFであることは周知であること,GPCの溶媒として最もよく用いられる溶媒はTHFとされていること,THFがシランカップリング剤を溶解させ,GPCの溶媒として用いられることが周知であることなどからすると,本件発明において,本件カラム出荷時の溶媒であるTHFについて,本件明細書に記載しなかったことが,記載不備であるということはできないなどと主張する。

しかしながら,仮にシランカップリング剤のGPC測定について,本件カラムを用いたとしても,同カラムの取扱説明書(甲15)には,交換可能な有機溶媒として,ベンゼン,トルエン,キシレン,CHCl3,ジクロロメタン,ジクロロエタンが記載されており,出荷時の溶媒であるTHF以外にも,一定範囲の溶媒について選択が可能である。また,各種文献(甲20,乙2)においても,THF以外の溶媒を用いることが可能であることが明記されている。

また,先に指摘したとおり,GPCを含む高速液体クロマトグラフィーでは,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされている(乙1)ものであるから,当業者は,目的対象に適する測定条件(溶媒,流速,試料,測定機器等)を選択するものということができる。

したがって,原告が指摘する,THFがGPCにおける溶媒として用いられていること,カラム出荷時における溶媒を変更しないことが好ましいことをもってしても,なお,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が明示されていない本件明細書において,THFをカラムの溶媒として用いたものと開示されているとまではいうことができない。原告の主張は採用できない。



(3) 小括



以上からすると,本件明細書には,本件カラム及びTHFを使用したか否かを含め,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が開示されておらず,また,本件明細書の記載から,当業者が一般的な通常の測定条件によって測定されたものと理解することができるものということもできない。

そして,原告も,GPC測定において,一般的な通常の測定条件によって実験が行われない場合,測定結果が異なること,すなわち,GPC測定においては,測定条件が異なれば測定結果が異なること自体は争わないところ,シランカップリング剤のGPC測定において,溶媒を変更した場合(THF,トルエン,DMF),測定結果が有意に異なることは,甲5証明書から明らかである。


したがって,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合の測定条件が明らかではない本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1ないし5及び9について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。

よって,本件審決の実施可能要件に係る判断に誤りはない。

top



2 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について





(1) 本件明細書の記載について



本件明細書(甲3)の記載を要約すると,以下のとおりである。


top



(2) 本件発明の課題及び効果について




ウ以上からすると,本件発明1の効果,すなわち,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されること及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたことについては,いずれも比較例と実施例との対照において具体的に開示されているということができる。

エこの点について,被告は,本件発明における(A-1):(A-2)のGPCの面積比と実施例における面積比の上限はかけ離れていること,本件発明の構成が定める面積比とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことなどから,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A-1):(A-2)=100:1~100」の全ての範囲について,本件発明の課題を解決できるとは認識できないなどと主張する。


しかしながら,本件明細書には,数値範囲の下限及び上限について,数値範囲の意義((A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。)が記載されており,その範囲内の効果についても,「A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。」と指摘し,さらに,上記数値内における適宜の構成を選択した実施例において,接着強度等の効果についての試験結果が明示されているのであるから,被告が指摘する実施例による開示が少ない点は,上記結論を左右するものではない。被告の主張は採用できない。

top



(3) 本件審決のサポート要件に係る判断について



ア本件審決は,本件発明1の課題について,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されたこと及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたこと認定しており,本件発明1の課題に関する認定については,何らの誤りはない。

しかしながら,本件審決は,サポート要件の判断において,②接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供という課題についてのみ,当業者が認識することができるか否かについて判断を行い,①の「高接着力で信頼性が高い接着剤」の提供なる解決課題が解決できるか否かについての判断を行っていない。

また,先に指摘したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に係る接着剤の接着力について,その効果が実施例として具体的に開示されているのであるから,本件審決のサポート要件の判断には,本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容に関する認定自体に誤りがあるものというほかない。

top
イ本件審決は,本件発明1について説示した理由と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10がサポート要件に違反すると判断しているところ,本件審決における本件発明1のサポート要件に係る判断が誤りである以上,本件発明6ないし8及び10についても,本件審決のサポート要件に係る判断が誤りであることは明らかである。

なお,原告の主張に鑑み付言すると,本件審決は,サポート要件の判断について,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」の点について判断をするとした上で,本件発明は,サポート要件を欠くものと判断しているところ,本件発明6ないし8及び10は,いずれも「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」について何らかの特定を有する発明ではないから,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」についてのみ検討した上で,本件発明1ないし5及び9と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10についてもサポート要件を満たさないとした本件審決の判断は,それ自体誤りであるというべきである。


  • 28 -




(4) 小括



以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明に関するサポート要件に係る本件審決の判断は誤りであるところ,取消事由1において先に述べたとおり,本件発明1ないし5及び9にかかる特許は,実施可能要件を欠き無効にすべきであるとの本件審決の判断は,サポート要件に係る本件審決の判断の誤りとは関係がなく,相当であるから,サポート要件に違反するとした本件審決の判断は,本件発明6ないし8及び10に係る部分についてのみ,相当でなく,取消しを免れない。

top



3 結論



以上の次第であるから,原告の請求は,主文1項掲記の限度で,認容されるべきものである。





判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10153号審決取消請求事件))
top


第4 当裁判所の判断



top



1 取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について






(1) 実験成績証明書(甲5)を前提とした判断の誤りについて



原告は,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定に用いられたGPCカラム及びその溶媒として,本件カラム及びTHFが使用されたことが開示されていると解されることを前提として,取消事由1を主張する。

そこで,まず,本件明細書におけるGPC測定に係る記載について検討する。

top
ア本件明細書の記載について

本件明細書のGPC測定に関する記載を要約すると,以下のとおりである。

(ア) 本件発明1は,シランカップリング剤をGPC測定した際,A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことをその構成に含む発明である。

本件発明のシランカップリング剤中の縮合物の量はGPC測定で確認できる。あらかじめ原液のシランカップリング剤(A)を測定し,続いてシランカップリング剤(SCO)を測定すると,シランカップリング剤(A)に帰属されるピークの短時間側にオリゴマーのピークが観察される。

top
(イ) 本件発明の実施例として,以下の調製例を示す。


【調製例1】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-1)の作製蒸留水1gとメチルエチルケトン99gを計りとり,混合して均一溶液(B-1)を作製した。(B-1)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-1)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は0.33重量部となる。シランカップリング剤(SCO-1)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:1.6であった。

【調製例2】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-2)の作製蒸留水5gとメチルエチルケトン95gを計りとり,混合して均一溶液(B-2)を作製した。(B-2)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-2)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は1.66重量部となる。シランカップリング剤(SCO-2)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:29.4であった。

【比較調製例1】シランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)の作製蒸留水9gとアセトン16gを計りとり,混合して均一溶液(B-2’)を作製した。(B-2’)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,50℃で1日加熱してシランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は12重量部となる。シランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子のピークは検出されず,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子や,それ以上縮合したオリゴマーのピークが検出された。

【合成実験例1】フィルム形成材(C)の合成

フェノキシ樹脂(Ph-1)の合成

4,4-(9-フルオレニリデン)-ジフェノール45g,3,3',5,5'-テトラメチルビフェノールジグリシジルエーテル50gをN-メチルピロリジオン1000mlに溶解し,これに炭酸カリウム21gを加え,110℃で攪拌した。3時間攪拌後,多量のメタノールに滴下し,生成した沈殿物をろ取してフェノキシ樹脂(Ph-1)を75g得た。分子量を東ソー株式会社製GPC8020,本件カラム,流速1.0ml/minで測定した結果,ポリスチレン換算でMn=12,500,Mw=30,300,Mw/Mn=2.42であった。

top



イ本件明細書におけるGPC測定に関する開示事項



(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明におけるGPC測定に関する記載は,前記アのとおりであるところ,GPC測定に用いられたカラムについては,合成実験例1において,フィルム形成材の合成について,フェノキシ樹脂の分子量をGPC測定した際,本件カラムが用いられたことが記載されている。

しかしながら,シランカップリング剤の作製については,調製例1及び2並びに比較調製例1において,シランカップリング剤の調製例が記載されているところ,かかる調製例では,いずれもシランカップリング剤をGPC測定したことが記載されているものの,その際に使用されたGPC及び当該GPC測定に用いられたカラムについては,いずれもその製造メーカーすら,特定されていない。

したがって,本件明細書には,シランカップリング剤のGPC測定が原告主張のように本件カラムにより行われたことを直接示す記載は存在しないといわなければならない。

(イ) 原告は,合成実験例1で本件カラムが用いられていることから,調整例1及び2並びに比較調整例1においても,本件カラムが用いられていると解するのが当然であるかのように主張するが,本件明細書の調製例1のシランカップリング剤(γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン)に含まれる物質の分子量は,2分子が縮合した分子でも500以下であるところ,合成実験例1に記載されたフェノキシ樹脂の分子量は,ポリスチレン換算でMn=12,500,Mw=30,300であり,両者はその分子量において大きく異なるものであるし,分子構造自体も異なるものであって,原告の主張を採用するのは困難である。

top
(ウ) しかも,本件明細書において,シランカップリング剤におけるGPC測定と,フェノキシ樹脂に関するGPC測定について,同一の条件で実施したことに関する明示の記載はない。

また,本件明細書の記載順についても,シランカップリング剤の調製例に関する記載(【0028】~【0030】)においては,GPC測定におけるカラムに関する記載がされず,しかも,GPCに関する記載も,測定の結果としてのA-1とA-2との面積比が記載されている(シランカップリング剤のオリゴマーを作成した比較調製例1を除く)のみであるが,その後に記載されたフェノキシ樹脂の合成実験例(【0031】)においては,測定条件(使用機器,流速,本件カラム)についても記載されているものである。

(エ) したがって,測定内容(面積比・分子量),測定対象(シランカップリング剤・フェノキシ樹脂)の分子量及び分子構造の相違を捨象し,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定が,フェノキシ樹脂におけるGPC測定と同一の条件で実施されたものと開示されているとまで,いうことはできない。

(オ) この点について,原告は,前記主張のほか,本件カラムは,GPCにおいて周知のカラムである,一般的な通常の測定条件により測定が行われる限り,測定結果は異なるものではないから,本件発明において,GPCに関する個別事項の詳細について記載する必要はない,本件明細書において,GPCの測定条件を調製例等ごとに変更した旨の記載はないなどと主張する。

しかしながら,GPCは,高分子物質の各種平均分子量及び分子量分布が同時に測定でき,しかも測定可能な分子量範囲が,数百ないし数千万と広いという特徴を有するところ(甲18),GPCを含む高速液体クロマトグラフィーにおいては,近年,高い機能と効率を有する充 剤の開発により,金属イオンから生体高分子まで分離対象が広がっており,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされている(乙1)から,本件明細書において,当業者が,シランカップリング剤をGPC測定した際に使用したカラムが,フェノキシ樹脂をGPC測定した際のカラムと同じであると直ちに理解するものということはできない。

また,本件カラムが,GPC測定における周知のカラムであったとしても,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合におけるカラムとして,当業者において周知であったことを裏付けるに足りる的確な証拠はない。本件明細書においては,原告が強調する「一般的な通常の測定条件」により測定が行われたか否か自体が不明であり,仮にフェノキシ樹脂の分子量の測定と同様の条件が,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合における「一般的な通常の測定条件」であるならば,むしろ本件明細書において,同一の測定条件を用いたことを明記すべきものというべきである。

原告の主張は採用できない。

top



(2) GPCカラムの溶媒が記載されていないとした判断の誤りについて



前記(1)のとおり,本件明細書において,シランカップリング剤のGPCにおける測定条件が開示されていない以上,本件明細書において,GPCカラムの溶媒についても開示されているものではないことは明らかである。

この点について,原告は,当業者にとって,カラムの出荷時の封入溶媒と同じものを溶離液として用いる場合は問題ないとされていること,本件明細書に記載された本件カラムの溶媒がTHFであることは周知であること,GPCの溶媒として最もよく用いられる溶媒はTHFとされていること,THFがシランカップリング剤を溶解させ,GPCの溶媒として用いられることが周知であることなどからすると,本件発明において,本件カラム出荷時の溶媒であるTHFについて,本件明細書に記載しなかったことが,記載不備であるということはできないなどと主張する。

しかしながら,仮にシランカップリング剤のGPC測定について,本件カラムを用いたとしても,同カラムの取扱説明書(甲15)には,交換可能な有機溶媒として,ベンゼン,トルエン,キシレン,CHCl3,ジクロロメタン,ジクロロエタンが記載されており,出荷時の溶媒であるTHF以外にも,一定範囲の溶媒について選択が可能である。また,各種文献(甲20,乙2)においても,THF以外の溶媒を用いることが可能であることが明記されている。

また,先に指摘したとおり,GPCを含む高速液体クロマトグラフィーでは,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされている(乙1)ものであるから,当業者は,目的対象に適する測定条件(溶媒,流速,試料,測定機器等)を選択するものということができる。

したがって,原告が指摘する,THFがGPCにおける溶媒として用いられていること,カラム出荷時における溶媒を変更しないことが好ましいことをもってしても,なお,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が明示されていない本件明細書において,THFをカラムの溶媒として用いたものと開示されているとまではいうことができない。原告の主張は採用できない。



(3) 小括



以上からすると,本件明細書には,本件カラム及びTHFを使用したか否かを含め,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が開示されておらず,また,本件明細書の記載から,当業者が一般的な通常の測定条件によって測定されたものと理解することができるものということもできない。

そして,原告も,GPC測定において,一般的な通常の測定条件によって実験が行われない場合,測定結果が異なること,すなわち,GPC測定においては,測定条件が異なれば測定結果が異なること自体は争わないところ,シランカップリング剤のGPC測定において,溶媒を変更した場合(THF,トルエン,DMF),測定結果が有意に異なることは,甲5証明書から明らかである。


したがって,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合の測定条件が明らかではない本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1ないし5及び9について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。

よって,本件審決の実施可能要件に係る判断に誤りはない。

top



2 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について





(1) 本件明細書の記載について



本件明細書(甲3)の記載を要約すると,以下のとおりである。

ア本件発明は,接着剤,それを用いた回路接続構造体及びその製造方法に関する。

近年,半導体や液晶ディスプレイなどの分野で電子部品を固定したり,回路接続を行うために各種の接着材料が使用されているが,かかる用途では,接着剤にも高い接着力や信頼性が求められている。

しかしながら,従来の接着剤及び回路接続用接着剤である異方導電性接着剤は,各種基板に対する接着力が不十分で,十分な接続信頼性が得られない,各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し,高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があるなどの課題を有していた。

本件発明は,高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し,さらにロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供し,さらには回路接続用接着剤及びそれを用いた回路接続構造体を提供するのみならず,接着剤の保管時,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与えるとともに,接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤,接着剤の製造方法,接続構造体を提供する。

イ本件発明1は,アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(ただし,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリ ング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことを特徴とする接着剤に関し,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであるとともに,当該接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供するものである。

ウ前記シランカップリング剤(SCO)におけるA-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。(A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,(A-1):(A-2)=100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。

エ本件発明の接着剤において,実施例1ないし4では,全サンプルで良好な接続抵抗を示し,かつ接着強度も高く,さらに耐湿試験後でもその接着強度は低下せず,耐湿試験後の接着面の外観も良好であったが,比較例では,耐湿試験後の接続抵抗が悪化し,一部のサンプルで耐湿試験後の接着面の外観が悪化した。

このように,本件発明1は,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供することができる。

top



(2) 本件発明の課題及び効果について



ア本件明細書によれば,本件発明が前提とする従来技術の問題点は,電子部品を固定したり,回路接続を行うための各種接着剤においては,高い接着力や信頼性が求められるところ,従来の接着剤は,各種基板に対する接着力が不十分であり,十分な接続信頼性が得られず,また,各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し,高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があったという点にある。

そして,本件発明は,かかる従来技術の問題点に対し,①高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し,さらにロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供すること及び②接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与えるとともに,接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤を提供することを,その目的として指摘している。

また,本件発明1の効果は,A-1とA-2との面積比が,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であれば,オリゴマーの効果,すなわち,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤,保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の製造が可能となり,かつ,接着剤の接着強度低下,保存安定性の低下は生じないというものである,

イ本件明細書において,本件発明の接着剤を用いた実施例1ないし4に対する初期及び耐湿後の接続抵抗,接着強度並びに耐湿後外観検査の結果が比較例と対照しつつ具体的に示されており,また,本件発明1の効果として,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供と記載されている。


ウ以上からすると,本件発明1の効果,すなわち,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されること及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたことについては,いずれも比較例と実施例との対照において具体的に開示されているということができる。

エこの点について,被告は,本件発明における(A-1):(A-2)のGPCの面積比と実施例における面積比の上限はかけ離れていること,本件発明の構成が定める面積比とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことなどから,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A-1):(A-2)=100:1~100」の全ての範囲について,本件発明の課題を解決できるとは認識できないなどと主張する。


しかしながら,本件明細書には,数値範囲の下限及び上限について,数値範囲の意義((A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。)が記載されており,その範囲内の効果についても,「A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。」と指摘し,さらに,上記数値内における適宜の構成を選択した実施例において,接着強度等の効果についての試験結果が明示されているのであるから,被告が指摘する実施例による開示が少ない点は,上記結論を左右するものではない。被告の主張は採用できない。

top



(3) 本件審決のサポート要件に係る判断について



ア本件審決は,本件発明1の課題について,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されたこと及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたこと認定しており,本件発明1の課題に関する認定については,何らの誤りはない。

しかしながら,本件審決は,サポート要件の判断において,②接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供という課題についてのみ,当業者が認識することができるか否かについて判断を行い,①の「高接着力で信頼性が高い接着剤」の提供なる解決課題が解決できるか否かについての判断を行っていない。

また,先に指摘したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に係る接着剤の接着力について,その効果が実施例として具体的に開示されているのであるから,本件審決のサポート要件の判断には,本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容に関する認定自体に誤りがあるものというほかない。

top
イ本件審決は,本件発明1について説示した理由と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10がサポート要件に違反すると判断しているところ,本件審決における本件発明1のサポート要件に係る判断が誤りである以上,本件発明6ないし8及び10についても,本件審決のサポート要件に係る判断が誤りであることは明らかである。

なお,原告の主張に鑑み付言すると,本件審決は,サポート要件の判断について,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」の点について判断をするとした上で,本件発明は,サポート要件を欠くものと判断しているところ,本件発明6ないし8及び10は,いずれも「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」について何らかの特定を有する発明ではないから,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」についてのみ検討した上で,本件発明1ないし5及び9と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10についてもサポート要件を満たさないとした本件審決の判断は,それ自体誤りであるというべきである。


  • 28 -




(4) 小括



以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明に関するサポート要件に係る本件審決の判断は誤りであるところ,取消事由1において先に述べたとおり,本件発明1ないし5及び9にかかる特許は,実施可能要件を欠き無効にすべきであるとの本件審決の判断は,サポート要件に係る本件審決の判断の誤りとは関係がなく,相当であるから,サポート要件に違反するとした本件審決の判断は,本件発明6ないし8及び10に係る部分についてのみ,相当でなく,取消しを免れない。

top



3 結論



以上の次第であるから,原告の請求は,主文1項掲記の限度で,認容されるべきものである。




判決原文(全文)




平成22(行ケ)10153 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年02月10日 知的財産高等裁判所



  • 1 -




平成23年2月10日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成22年(行ケ)第10153号審決取消請求事件


口頭弁論終結日平成23年1月18日



判 決





主 文



1 特許庁が無効2009-800104号事件について平成22年4月6日にした審決中,特許第4165065号の請求項6ないし8及び10に係る部分を取り消す。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の,その余を被告の各負担とする。



事実及び理由



top



第1 請求



特許庁が無効2009-800104号事件について平成22年4月6日にした審決を取り消す。

top



第2 事案の概要



本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の有する下記2の本件発明に係る本件特許に対する被告の特許無効審判請求について,特許庁が,本件訂正を認めた上,本件特許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

top



1 特許庁における手続の経緯



(1) 本件特許(甲1,3)

発明の名称:接着剤,接着剤の製造方法及びそれを用いた回路接続構造体の製造方法

出願日:平成13年12月27日

登録日:平成20年8月8日

特許番号:第4165065号

(2) 審判手続及び本件審決

審判請求日:平成21年5月20日(無効2009-800104号)

訂正請求日:平成21年8月17日(甲3。以下「本件訂正」という。なお,本件訂正に係る明細書を「本件明細書」という。)

審決日:平成22年4月6日

審決の結論:訂正を認める。特許第4165065号の請求項1ないし10に係る発明についての特許を無効とする。

審決謄本送達日:平成22年4月14日(原告に対する送達日)

top



2 本件発明の要旨



本件審決が対象とした発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された各発明(以下,順次,「本件発明1」ないし「本件発明10」といい,総称して,「本件発明」という。)であって,その要旨は,次のとおりである。


  • 3 -



【請求項1】アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーと,で構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(但し,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC(ゲル透過クロマトグラフィー)測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことを特徴とする接着剤

【請求項2】前記シランカップリング剤(SCO)が,メタクリロイル基またはアクリロイル基とアルコキシシラン構造を有するシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーを含んでいることを特徴とする請求項1に記載の接着剤

【請求項3】さらに,フィルム形成材(C),シランカップリング剤(SCO)以外のラジカル重合性化合物(D),ラジカル発生剤(E)を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれか一項に記載の接着剤

【請求項4】さらに,フィルム形成材(C),エポキシ樹脂(G),潜在性硬化剤(H)を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれか一項に記載の接着剤

【請求項5】さらに,導電性粒子(F)を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の接着剤

【請求項6】あらかじめ水(B)と溶媒(I)を混合して水溶液を調整し,これにアルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)を混合して(但し,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されシロキサン(Si-O-Si)結合を含むシランカップリング剤(SCO)を調整し,このシランカップリング剤(SCO)と,フィルム形成材(C),シランカップリング剤(SCO)以外のラジカル重合性化合物(D),ラジカル発生剤(E)を混合することを特徴とする接着剤の製造方法

【請求項7】あらかじめ水(B)と溶媒(I)を混合して水溶液を調整し,これにアルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)を混合して(但し,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されシロキサン(Si-O-Si)結合を含むシランカップリング剤(SCO)を調整し,このシランカップリング剤(SCO)とフィルム形成材(C),エポキシ樹脂(G),潜在性硬化剤(H)を混合することを特徴とする接着剤の製造方法

【請求項8】さらに,導電性粒子(F)を混合することを特徴とする請求項6または請求項7に記載の接着剤の製造方法

【請求項9】接着剤を相対向する回路電極を有する基板間に介在させ,相対向する回路電極を有する基板を加圧して加圧方向の電極間を電気的に接続した接続構造体であって,接着剤が請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の接着剤である回路接続構造体の製造方法

【請求項10】請求項6ないし請求項8のいずれか一項に記載の方法で得られた接着剤を相対向する回路電極を有する基板間に介在させ,相対向する回路電極を有する基板を加圧して加圧方向の電極間を電気的に接続した回路接続構造体

top



3 本件審決の理由の要旨



本件審決の理由は,要するに,①本件発明1ないし5及び9については,本件明細書の発明の詳細な説明の記載はいわゆる実施可能要件に違反し,また,②本件特許の特許請求の範囲の記載がいわゆるサポート要件に違反するものであるから,本件発明に係る本件特許は無効とすべきものである,というものである。

なお,本件審決は,上記①については,実験成績証明書(甲5)における実験結果を参酌すると,単一のシランカップリング剤のオリゴマー組成物につきGPC測定する場合であっても,展開溶媒の種別なる1つの測定条件の変化により有意にモノマー:ダイマーの面積比が変化するものと解するのが自然であるとし,カラム,展開溶媒等のGPCに係る測定条件が具体的に記載されていない以上,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,本件発明1ないし5及び9を当業者が実施しようとする場合において,当該モノマー:ダイマーの面積比により「シランカップリング剤(SCO)を選択することが困難であるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載はいわゆる実施可能要件に違反するとしている。

また,上記②については,本件明細書の発明の詳細な説明には,「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合につき,「(A-1):(A-2)=100:1~100」の範囲とすることを発明特定事項とする訂正後の請求項に係る技術事項を具備するものが全て本件発明が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識することができるように記載されているものとはいえず,出願時の当業界の技術常識に照らして当業者が検討しても,本件発明が上記解決すべき課題を解決することができると認識することができるものということができないとして,本件特許の特許請求の範囲の記載はいわゆるサポート要件に違反するとしている。

top



4 取消事由



(1) 実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由1)

(2) サポート要件に係る判断の誤り(取消事由2)

top



第3 当事者の主張



top



1 取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について



top



〔原告の主張〕


(1) 実験成績証明書(甲5)を前提とした判断の誤りについて
ア本件審決は,被告作成に係る実験成績証明書(甲5。以下「甲5証明書」と


  • 6 -


いう。)について,その実験手法及び結果を相当なものであるとして採用し,同証
明書の記載に基づいて,本件発明1ないし5及び9に係る本件特許は,実施可能要
件を欠き,無効とすべきであるとした。
しかしながら,本件明細書【0031】において,シランカップリング剤のGP
C(Gel Permeation Chromatography。ゲル浸透クロマトグラフィー。甲18)測
定(以下,単に「GPC」ということがある。)の際に用いられたGPCカラムと
して,東ソー株式会社製の商品名「TSKgelG3000HXL及びTSKge
lG4000HXL」のカラム(以下「本件カラム」という。)が明記されている
ものである。そして,当該カラムは,GPCにおいて周知のカラムであり,出荷当
時の展開溶媒が,THF(テトラヒドロフラン)であることも,取扱説明書等(甲
15,16)において明示されているとおり,当業者に周知の事項である。
また,本件カラムの取扱説明書(甲15)には,溶媒を交換すると,カラムの性
能低下の原因となること等から,出荷時の溶媒(THF)を用いることが望ましい
との注意がされているところ,本件明細書には,本件カラムについて,その溶媒を,
出荷時の状態であるTHFから,他の溶媒に交換した旨の記載はない。
しかも,THFが,シランカップリング剤を溶解し,そのGPCにおける溶媒と
して通常使用されることは,本件特許出願前から当業者に周知である(甲17)。
したがって,本件カラムを用いてシランカップリング剤の分析を行う場合,出荷
時のTHFに代えて,他の溶媒に変更する必要はないものである。
イGPCにおいて,そのピーク面積は,通常,各成分のピークとベースライン
との間の面積に比例するから,当業者が通常行う条件で測定が行われる場合,サン
プルの調整方法や濃度などの測定条件の全てについて常に逐一記載する必要はない。
また,対象物質の分子量や測定目的に応じて,GPCの溶媒を常に変更しなけれ
ばならない必然性があるものでもない。GPCでは,試料を溶かす溶媒を選定する
ことが重要であり,試料を溶かすことができるならば,試料の分子量や測定目的が
変わる毎に,溶媒を変更する必要はない(甲20)。


  • 7 -


したがって,GPCの測定条件に関する個別事項の詳細まで,常に逐一明細書に
記載する必要はなく,実際,被告出願に係るものも含め,GPCについて,溶媒や
測定条件の詳細が格別記載されていない明細書も多い(甲10~13,19)。
通常の測定条件と異なる特殊な条件においてGPC測定がされた場合,測定結果
が異なることはあり得るものの,一般的な通常の測定条件により測定が行われる限
り,結果は異なるものではないから,当該技術分野における慣用のGPC面積比を
構成要件とする本件発明において,殊更,特許請求の範囲ないし発明の詳細な説明
に,GPCに関する個別事項の詳細について記載する必要はない。もちろん,本件
明細書において,特殊な条件においてGPCを行ったことを示唆する記載もない。
ウ本件明細書には,合成実験例1(【0031】)について,フェノキシ樹脂
を本件カラムによりGPC測定した旨が記載されているのみならず,そのほかにも
GPC測定を行った旨が記載されているから,シランカップリング剤のGPCにお
いても,本件カラム及びTHFが使用されたことは,当業者にとって明らかである。
GPCは,低分子から高分子に至る化合物を測定対象とし得る測定方法であるこ
と,本件カラムの標準的な出荷時溶媒がTHFであること,THFがシランカップ
リング剤及びその縮合物を溶解し,シランカップリング剤及びその縮合物のGPC
溶媒として周知であること等に照らすと,フェノキシ樹脂とシランカップリング剤
の分子量の差異に関わらず,本件発明に係るシランカップリング剤及びその縮合物
のGPCについても,フェノキシ樹脂と同様に,本件カラムを用いたことは,本件
明細書に接した当業者が容易かつ自然に理解できることである。
エ甲5証明書は,本件カラムの展開溶媒を,THFのみならずトルエン等を用
いて実験しており,その実験手法は明らかに誤りであるし,その測定結果も,当業
者が通常用いない溶媒であるトルエン及びDMFを用いた場合,THFを用いた場
合の高効率かつ精緻な測定結果と比較して,低質な測定結果しか得られていない。
特に,本件審決が引用するトルエンは,疎水性溶媒であって,THFのような油
水親和性ではないことから,たとえGPC測定前に一定の水除去処理をしたとして


  • 8 -


も,シランカップリング剤の加水分解反応の原料水及びシランカップリング剤の縮
合反応時の副生水が共雑する危険性があるため,シランカップリング剤及びその縮
合物のGPC溶媒として,トルエンは通常用いられないものである。
したがって,甲5証明書のように,THFに代えて,トルエンないしDMFを溶
媒とすることは技術常識に反するものであり,当業者が行なう通常の測定手法に依
拠したものということはできない。
以上からすると,甲5証明書を前提として,本件明細書について実施可能要件を
欠くものとした本件審決の判断は誤りである。
(2) GPCカラムの溶媒が記載されていないとした判断の誤りについて
本件審決は,本件明細書には,GPCの展開溶媒についての測定条件が具体的に
記載されていない点を,記載不備であるとする。
しかしながら,当業者にとって,本件明細書に記載された本件カラムの溶媒がT
HFであることは,先に指摘したとおり,自然かつ容易に理解できる自明の事項で
あり,同明細書に記載されているに等しい事項である。
また,GPCの溶媒として最もよく用いられる溶媒はTHFとされていること,
文献(甲20)において,カラムの出荷時の封入溶媒と同じものを溶離液として用
いる場合は問題ないとされていること,THFがシランカップリング剤を溶解させ,
GPCの溶媒として用いられることが周知であることを考慮すると,本件発明にお
いて,本件カラム出荷時の溶媒であるTHFについて,本件明細書に記載しなかっ
たことが,記載不備であるということはできない。
(3) 小括
以上からすると,本件明細書について実施可能要件を欠くものとして,本件発明
1ないし5及び9に係る特許を無効とすべきであるとした本件審決の判断は誤りで
あって,取消しを免れない。

top



〔被告の主張〕


(1) 実験成績証明書(甲5)を前提とした判断の誤りについて


  • 9 -


ア本件明細書【0031】には,フィルム形成材(フェノキシ樹脂)について,
本件カラムによりGPCを行った旨を記載しているにすぎず,シランカップリング
剤の面積比について,GPCを行った旨を記載しているものではない。
【0031】には,非常に高分子量(Mn=12,500,Mw=30,300)の
フェノキシ樹脂の分子量を測定した旨の記載があるものの,「シランカップリング
剤(A)の単分子(A-1。以下,単に「A-1」ということがある。)と,シラ
ンカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2。以下,単に「A-2」
ということがある。)のGPCの面積比の測定方法」は,分子量ではなく,その面
積比を測定するものであるし,本件明細書の調製例1(【0028】)で開示され
ているシランカップリング剤(γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン)
は,上記フェノキシ樹脂と比較すると,はるかに低分子量である。
また,フェノキシ樹脂とシランカップリング剤及びその2分子が縮合した縮合物
の分子構造は,全く異なるものである。
以上からすると,上記各測定は,目的(面積比・分子量),測定対象(シランカ
ップリング剤・フェノキシ樹脂),測定対象の分子量(低分子量・高分子量),分
子構造等が大きく異なるものであるから,測定に用いるカラムが同じであるという
ことはできず,本件明細書にフェノキシ樹脂の分子量測定におけるGPCについて
開示されていることをもって,シランカップリング剤の単分子と2分子が縮合した
分子との面積比測定におけるGPCについても,同様に行われたものとして開示さ
れているということはできない。
イ本件明細書には,シランカップリング剤の面積比に関するGPCを,本件カ
ラムを用いて行ったことは,一切記載されていない。
確かに,本件カラムはGPCに用いられるカラムではあるものの,GPCに用い
られるカラムは多種多様であり,本件明細書に何ら記載されていない本件発明のシ
ランカップリング剤のGPC面積比の測定を本件カラムで行ったとする原告の主張
は,明らかにその根拠に欠けるものである。


  • 10 -


また,原告は,取扱説明書等(甲15~17)の記載を断片的に取り上げて,本
件カラムによりGPC測定する際の溶媒がTHFであることは当業者の技術常識で
あるなどと主張するが,かかる主張は誤りである。
確かに,取扱説明書(甲15)には,出荷時の溶媒がTHFであることが記載さ
れているが,同説明書には,溶媒交換可能な有機溶媒として,甲5証明書で使用さ
れたトルエンのほか,ベンゼン,キシレン,CHCl3,ジクロロメタン,ジクロ
ロエタンが記載されているから,本件カラムは,試料,分離目的により,有機溶媒
を自由に選択できるものということができる。
また,GPCを含む高速液体クロマトグラフィーにおいては,目的対象に適する
分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされており(乙1),当業者は,分
離カラム決定後も,目的対象に適する分離モード(溶媒,流速,試料の調製,検出
器等)を適宜選択するものであるから,必ずしも出荷時の溶媒を使用するものでは
ない。
実際,シリコーンのGPCにおいて,展開溶媒としてトルエン,クロロホルム,
THFを用いることを明記する文献もある(乙2)。シランカップリング剤がトル
エン等の有機溶剤に溶解し,かつシランカップリング剤との反応性がないのである
から,シランカップリング剤又はその加水分解縮合物のGPC面積比の測定に用い
る展開溶媒として,トルエン等の有機溶媒を用いることに,何ら矛盾はない(乙4
等)。だからこそ,本件カラムの取扱説明書(甲15)にも,展開溶媒としてトル
エンが明記されているのである。
ウ甲5証明書において明らかなとおり,本件発明のGPC面積比は,トルエン
で測定した場合と,THFで測定した場合とでは,全く異なるものである。
数値限定された特許請求の範囲について,複数の測定法が知られており,いずれ
の方法を用いるのかが当業者において明らかとはいえず,しかも測定方法によって
数値に有意の差が生じる場合,数値限定の意味が失われるから,当該明細書の記載
は不十分であるというべきである。


  • 11 -


以上からすると,甲5証明書を前提として,本件明細書について実施可能要件を
欠くものとした本件審決の判断に誤りはない。
(2) GPCカラムの溶媒が記載されていないとした判断の誤りについて
先に指摘したとおり,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定
を,本件カラムを用いて行ったことは一切記載されていないのであるから,原告の
主張は,その前提を欠くものである。
本件明細書が実施可能要件を充足しない以上,原告指摘の各種特許文献(甲10
等)において,GPCの測定条件が明示されていないことは,上記結論を左右する
ものではない。
したがって,本件審決が,本件明細書には,シランカップリング剤のGPCに係
る測定条件について具体的に記載されていないとした判断に誤りはない。
(3) 小括
以上からすると,本件明細書について実施可能要件を欠くものとして,本件発明
1ないし5及び9に係る特許を無効とすべきであるとした本件審決の判断に誤りは
ない。

top



2 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について





〔原告の主張〕


(1) 本件発明の効果についての認定及び判断の誤りについて
ア本件審決は,本件発明が「(A-1):(A-2)=100:1~100」
とした点について,シランカップリング剤とオリゴマーとの割合が特定されていな
いとして,サポート要件に欠けるとするが,その前提として,本件明細書には,接
着剤の保存安定性に係る技術的事項や,長期保存安定性を与える接着剤の提供とい
う課題を当業者が解決できると認識する程度の記載が認められないとする。しかし
ながら,本件審決が,本件発明の解決課題ないし効果を接着剤の保存安定性等に限
定して認定し,その認定に基づいて,サポート要件を判断したことは,誤りである。
イ本件明細書には,高接着力で信頼性が高い接着剤を提供する等の課題に対し,


  • 12 -


GPC面積比を「(A-1):(A-2)=100:1~100」と特定すること
により,オリゴマーの効果が発現するという技術的意義が記載されるとともに,実
施例において,初期及び耐湿後の接続抵抗,初期及び耐湿後の接着強度並びに耐湿
後外観検査の結果が開示されている。
このように,本件発明の解決すべき課題は,接着剤の保存安定性等のみに限定さ
れるものではなく,本件審決は,本件発明のGPC面積比を特定したことに基づく
上記各効果を看過したことにより,判断を誤ったものである。
ウシランカップリング剤は,使用時における加水分解性を有効に機能させるた
め,従前から,使用前は,極力水分との接触を避けて保存するのが通常であった。
本件発明は,かかる知見とは反対に,使用前の接着剤中のシランカップリング剤
に水を混合し,一定量の2分子縮合分子(A-2)を存在させることにより,シラ
ンカップリング剤の接着力等(接着力,長期間の接着強度,保存安定性,ロット間
のばらつき)を向上させることをその技術的思想とするものである。
そして,接着剤中に含まれるA-2の好適量について検討した結果,A-2を含
有させたことによる接着力等の向上効果は,A-1とA-2との量比が,GPC面
積比で100:1から顕著となること,100:100に至るまで有効であること
を見いだし,本件明細書においては,その量比について,「(A-1):(A-
2)=100:1~100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=10
0:1.1~80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:
1.2~60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.
3~40であることが最も好ましい。」(【0005】)と明記して,A-2の量
的範囲を段階的に説明し,さらに,本件発明では,GPC面積比で「(A-1):
(A-2)=100:1~100」と特定した。
すなわち,本件発明は,接着剤に含まれるシランカップリング剤中に,一定量の
A-2を存在させることを課題解決手段の本質とした発明であり,GPC面積比の
上限値及び下限値の数値そのもののみを課題解決手段とした発明ではない。


  • 13 -


GPC面積比の具体的な数値は,接着剤中のA-2の好適量を,基本的なシラン
カップリング剤成分であるA-1の量との関係で,特許請求の範囲において,客観
的に明確化して表現し,記載したものであって,本件明細書の実施例は,発明の詳
細な説明に記載した上記範囲のうち,出願人が最良と判断したものを具体的に示し
たにすぎず,当該実施例のみにより本件発明の技術範囲が限定されるものではない。
エ本件発明のとおり,シランカップリング剤中のモノマーが縮合して2量体を
形成し,接着剤中にシランカップリング剤のモノマーのみならず一定量の2量体が
共存するに伴い,シランカップリング剤全体の活性基濃度が減少し,接着剤中のシ
ランカップリング剤の加水分解等の反応性が抑制されることから,環境中の水によ
る加水分解等に起因するシランカップリング剤の劣化が抑制されるとともに,接着
剤の保存安定性が向上することは,当業者が容易に理解し得ることである。
また,本件明細書の記載(【0005】等,実施例1~4)並びにシランカップ
リング剤及び接着剤の技術常識に鑑みれば,本件発明のGPC面積比の「100:
1~100」の範囲の全域で,本件発明の課題解決の効果が発揮されることは,当
業者が容易に理解し得ることである。
他方,シランカップリング剤のオリゴマー化が進行するにつれて,シランカップ
リング剤のA-2の割合が増加し,A-1の割合が減少すると,シランカップリン
グ剤のシラノール基等の官能基が縮合反応で消費されて減少し,接着に寄与する官
能基が減少するから,上限範囲(100:100)を超えると,徐々に接着剤とし
ての機能が低下することも,同様に,当業者が技術常識に基づいて容易に理解し得
ることである。
さらに,上記GPC面積比(100:1~100)の全域における「シランカッ
プリング剤の劣化」の抑制及びシランカップリング剤を含有した「接着剤の保存安
定性」向上の点についても,同様に,シランカップリング剤の加水分解反応性等か
ら,本件明細書に接した当業者が容易に理解し得ることである。
したがって,本件特許の特許請求の範囲の記載がいわゆるサポート要件に違反す


  • 14 -


るものではないことは明らかである。
(2) 本件審決の判断手法及び条文適用の誤りについて
ア本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明には,シランカップリング剤と
オリゴマーとの割合につき,「(A-1):(A-2)=100:1~100」の
範囲とすることについて,発明が解決しようとする課題を解決できると当業者が認
識することができるように記載されているものとはいえず,出願時の当業界の技術
常識に照らして当業者が検討しても,本件発明が上記解決すべき課題を解決するこ
とができると認識することができるものということができないとした。
イしかしながら,パラメータ等の特異な形式で記載された発明であれば,本件
審決のように,サポート要件を厳格に判断すべきであるが,本件発明は,GPC面
積比についての数値限定発明であり,特異な形式で記載された発明ではないから,
本件審決のような,いわば実施可能要件をサポート要件の判断に取り込んだ,厳格
な判断手法を用いるのは相当ではない。
パラメータ等の特異な形式で記載された発明ではない場合には,サポート要件に
関する判断と実施可能要件に関する判断とは同一視できず,峻別すべきものである
から,本件審決は,本件特許についての判断手法及び適用条文を誤り,サポート要
件違反であると判断した点で,重大な誤りがあり,取消しを免れない。
なお,本件明細書の記載について,実施可能要件を充足することは,取消事由1
について先に指摘したとおりである。
(3) 小括
以上からすると,オリゴマーの効果が発現する点にも本件発明の技術的意義があ
るから,シランカップリング剤とオリゴマーとの割合に係る本件特許の特許請求の
範囲の記載がサポート要件に違反するものではなく,本件審決は,その技術的意義
を誤り,その結果として,本件発明に係る本件特許がサポート要件を欠き無効とす
べきであるとしたものであって,取消しを免れない。

top



〔被告の主張〕



  • 15 -


(1) 本件発明の効果についての認定及び判断の誤りについて
ア本件審決は,本件発明の効果として,高い歩留まりで良品を量産可能となる
接着剤を提供するものであるとともに,長期の保存安定性を与える接着剤を提供す
ることを解決課題とするものとしており,本件発明の解決課題ないし効果を,接着
剤の保存安定性に限定して,認定,判断したものではない。
本件審決は,その上で,「(A-1):(A-2)=100:1~100」の範
囲まで,本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるように記載されている
か否かの判断において,本件発明の解決課題ないし効果の中から,本件明細書にお
いて,上記比率について唯一言及されている「接着剤の保存安定性」を選択したに
すぎない。
イ本件発明は,「A-1とA-2が,GPCの面積比で(A-1):(A-
2)=100:1~100」との構成を開示するところ,本件明細書において実施
例として記載されているのは,「(A-1):(A-2)のGPCの面積比が10
0:1.6~29.4」の範囲にすぎず,両者の上限はかけ離れている。
本件発明の上記構成の実施例が存在しない範囲について,本件明細書に,これに
代わる技術思想が記載されているものではなく,また,関連する技術常識が存在す
るわけでもないから,本件明細書の記載によっては,本件発明の上記範囲とするこ
とにより,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するとともに,長期
の保存安定性を与える接着剤を提供できるか否か,不明である。
したがって,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A-
1):(A-2)=100:1~100」の全ての範囲について,本件発明の課題
を解決できるとは認識できないものである。
原告は,上限範囲(100:100)を超えると,徐々に接着剤としての機能が
低下することは,当業者が技術常識に基づき容易に理解できることであるなどと主
張するが,かかる主張は,単に,シランカップリング剤の単分子(A-1)に対す
る2分子縮合分子(A-2)の相対的な比率が増大するに伴って,接着剤としての


  • 16 -


機能が徐々に低下していくという一般的傾向を説明しているにすぎず,本件明細書
には,上記範囲に限定される理由及び上限範囲を超えると接着剤の接着強度の低下
や,接着剤の保存安定性が低下する理由,すなわち,上記比率とその効果との因果
関係や技術的意義が全く記載されていないことを正当化し得るものではない。
したがって,本件明細書の記載によっては,GPCの面積比(A-1):(A-
2)が100:29.4を超えて100に至るまでの範囲について,当業者は本件
発明の課題を解決できるとは認識できない。
さらに,原告は,本件発明のとおり,シランカップリング剤中のモノマーが縮合
して2量体を形成し,接着剤中にシランカップリング剤のモノマーのみならず一定
量の2量体が共存すると,シランカップリング剤の劣化が抑制され,接着剤の保存
安定性が向上することは,当業者が容易に理解できることであるとも主張する。
しかしながら,仮に原告主張のとおりであれば,接着剤として周知のシランカッ
プリング剤に,シランカップリング剤の2量体を形成させることにより,環境中の
水による加水分解等に起因するシランカップリング剤の劣化を抑制し,接着剤の保
存安定性を向上させるという本件発明自体が,当業者が容易に想到し得たものとい
うことになる。原告の主張は,相当ではない。
(2) 本件審決の判断手法及び条文適用の誤りについて
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求
の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された
発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当
業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,
その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解
決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると
ころ,サポート要件の存在は,特許出願人が証明責任を負うものである。
したがって,本件発明が,パラメータ等の特異な形式で記載された発明ではなく,
数値限定発明であるからといって,サポート要件の判断手法自体は変わらない。


  • 17 -


原告は,本件発明が特異な形式で記載された発明に該当しない点を強調するが,
数値限定発明であっても,特許請求の範囲が,発明の詳細な説明に示された発明の
課題が解決できると当業者が認識できる範囲を超える場合には,サポート要件違反
となることは明らかである。
特異な形式で記載された発明ではない場合,サポート要件に関する判断と実施可
能要件に関する判断とは同一視できず,峻別すべきものであるとの原告主張も,同
様に誤りであるというほかない。
(3) 小括
以上からすると,サポート要件に関する本件審決の判断には,何らの誤りはない。

top



第4 当裁判所の判断



top



1 取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について






(1) 実験成績証明書(甲5)を前提とした判断の誤りについて



原告は,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定に用いられたGPCカラム及びその溶媒として,本件カラム及びTHFが使用されたことが開示されていると解されることを前提として,取消事由1を主張する。

そこで,まず,本件明細書におけるGPC測定に係る記載について検討する。

top
ア本件明細書の記載について

本件明細書のGPC測定に関する記載を要約すると,以下のとおりである。

(ア) 本件発明1は,シランカップリング剤をGPC測定した際,A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことをその構成に含む発明である。

本件発明のシランカップリング剤中の縮合物の量はGPC測定で確認できる。あらかじめ原液のシランカップリング剤(A)を測定し,続いてシランカップリング剤(SCO)を測定すると,シランカップリング剤(A)に帰属されるピークの短時間側にオリゴマーのピークが観察される。

top
(イ) 本件発明の実施例として,以下の調製例を示す。


【調製例1】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-1)の作製蒸留水1gとメチルエチルケトン99gを計りとり,混合して均一溶液(B-1)を作製した。(B-1)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-1)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は0.33重量部となる。シランカップリング剤(SCO-1)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:1.6であった。

【調製例2】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-2)の作製蒸留水5gとメチルエチルケトン95gを計りとり,混合して均一溶液(B-2)を作製した。(B-2)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-2)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は1.66重量部となる。シランカップリング剤(SCO-2)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:29.4であった。

【比較調製例1】シランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)の作製蒸留水9gとアセトン16gを計りとり,混合して均一溶液(B-2’)を作製した。(B-2’)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,50℃で1日加熱してシランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は12重量部となる。シランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子のピークは検出されず,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子や,それ以上縮合したオリゴマーのピークが検出された。

【合成実験例1】フィルム形成材(C)の合成

フェノキシ樹脂(Ph-1)の合成

4,4-(9-フルオレニリデン)-ジフェノール45g,3,3',5,5'-テトラメチルビフェノールジグリシジルエーテル50gをN-メチルピロリジオン1000mlに溶解し,これに炭酸カリウム21gを加え,110℃で攪拌した。3時間攪拌後,多量のメタノールに滴下し,生成した沈殿物をろ取してフェノキシ樹脂(Ph-1)を75g得た。分子量を東ソー株式会社製GPC8020,本件カラム,流速1.0ml/minで測定した結果,ポリスチレン換算でMn=12,500,Mw=30,300,Mw/Mn=2.42であった。

top



イ本件明細書におけるGPC測定に関する開示事項



(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明におけるGPC測定に関する記載は,前記アのとおりであるところ,GPC測定に用いられたカラムについては,合成実験例1において,フィルム形成材の合成について,フェノキシ樹脂の分子量をGPC測定した際,本件カラムが用いられたことが記載されている。

しかしながら,シランカップリング剤の作製については,調製例1及び2並びに比較調製例1において,シランカップリング剤の調製例が記載されているところ,かかる調製例では,いずれもシランカップリング剤をGPC測定したことが記載されているものの,その際に使用されたGPC及び当該GPC測定に用いられたカラムについては,いずれもその製造メーカーすら,特定されていない。

したがって,本件明細書には,シランカップリング剤のGPC測定が原告主張のように本件カラムにより行われたことを直接示す記載は存在しないといわなければならない。

(イ) 原告は,合成実験例1で本件カラムが用いられていることから,調整例1及び2並びに比較調整例1においても,本件カラムが用いられていると解するのが当然であるかのように主張するが,本件明細書の調製例1のシランカップリング剤(γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン)に含まれる物質の分子量は,2分子が縮合した分子でも500以下であるところ,合成実験例1に記載されたフェノキシ樹脂の分子量は,ポリスチレン換算でMn=12,500,Mw=30,300であり,両者はその分子量において大きく異なるものであるし,分子構造自体も異なるものであって,原告の主張を採用するのは困難である。

top
(ウ) しかも,本件明細書において,シランカップリング剤におけるGPC測定と,フェノキシ樹脂に関するGPC測定について,同一の条件で実施したことに関する明示の記載はない。

また,本件明細書の記載順についても,シランカップリング剤の調製例に関する記載(【0028】~【0030】)においては,GPC測定におけるカラムに関する記載がされず,しかも,GPCに関する記載も,測定の結果としてのA-1とA-2との面積比が記載されている(シランカップリング剤のオリゴマーを作成した比較調製例1を除く)のみであるが,その後に記載されたフェノキシ樹脂の合成実験例(【0031】)においては,測定条件(使用機器,流速,本件カラム)についても記載されているものである。

(エ) したがって,測定内容(面積比・分子量),測定対象(シランカップリング剤・フェノキシ樹脂)の分子量及び分子構造の相違を捨象し,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定が,フェノキシ樹脂におけるGPC測定と同一の条件で実施されたものと開示されているとまで,いうことはできない。

(オ) この点について,原告は,前記主張のほか,本件カラムは,GPCにおいて周知のカラムである,一般的な通常の測定条件により測定が行われる限り,測定結果は異なるものではないから,本件発明において,GPCに関する個別事項の詳細について記載する必要はない,本件明細書において,GPCの測定条件を調製例等ごとに変更した旨の記載はないなどと主張する。

しかしながら,GPCは,高分子物質の各種平均分子量及び分子量分布が同時に測定でき,しかも測定可能な分子量範囲が,数百ないし数千万と広いという特徴を有するところ(甲18),GPCを含む高速液体クロマトグラフィーにおいては,近年,高い機能と効率を有する充 剤の開発により,金属イオンから生体高分子まで分離対象が広がっており,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされている(乙1)から,本件明細書において,当業者が,シランカップリング剤をGPC測定した際に使用したカラムが,フェノキシ樹脂をGPC測定した際のカラムと同じであると直ちに理解するものということはできない。

また,本件カラムが,GPC測定における周知のカラムであったとしても,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合におけるカラムとして,当業者において周知であったことを裏付けるに足りる的確な証拠はない。本件明細書においては,原告が強調する「一般的な通常の測定条件」により測定が行われたか否か自体が不明であり,仮にフェノキシ樹脂の分子量の測定と同様の条件が,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合における「一般的な通常の測定条件」であるならば,むしろ本件明細書において,同一の測定条件を用いたことを明記すべきものというべきである。

原告の主張は採用できない。

top



(2) GPCカラムの溶媒が記載されていないとした判断の誤りについて



前記(1)のとおり,本件明細書において,シランカップリング剤のGPCにおける測定条件が開示されていない以上,本件明細書において,GPCカラムの溶媒についても開示されているものではないことは明らかである。

この点について,原告は,当業者にとって,カラムの出荷時の封入溶媒と同じものを溶離液として用いる場合は問題ないとされていること,本件明細書に記載された本件カラムの溶媒がTHFであることは周知であること,GPCの溶媒として最もよく用いられる溶媒はTHFとされていること,THFがシランカップリング剤を溶解させ,GPCの溶媒として用いられることが周知であることなどからすると,本件発明において,本件カラム出荷時の溶媒であるTHFについて,本件明細書に記載しなかったことが,記載不備であるということはできないなどと主張する。

しかしながら,仮にシランカップリング剤のGPC測定について,本件カラムを用いたとしても,同カラムの取扱説明書(甲15)には,交換可能な有機溶媒として,ベンゼン,トルエン,キシレン,CHCl3,ジクロロメタン,ジクロロエタンが記載されており,出荷時の溶媒であるTHF以外にも,一定範囲の溶媒について選択が可能である。また,各種文献(甲20,乙2)においても,THF以外の溶媒を用いることが可能であることが明記されている。

また,先に指摘したとおり,GPCを含む高速液体クロマトグラフィーでは,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされている(乙1)ものであるから,当業者は,目的対象に適する測定条件(溶媒,流速,試料,測定機器等)を選択するものということができる。

したがって,原告が指摘する,THFがGPCにおける溶媒として用いられていること,カラム出荷時における溶媒を変更しないことが好ましいことをもってしても,なお,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が明示されていない本件明細書において,THFをカラムの溶媒として用いたものと開示されているとまではいうことができない。原告の主張は採用できない。



(3) 小括



以上からすると,本件明細書には,本件カラム及びTHFを使用したか否かを含め,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が開示されておらず,また,本件明細書の記載から,当業者が一般的な通常の測定条件によって測定されたものと理解することができるものということもできない。

そして,原告も,GPC測定において,一般的な通常の測定条件によって実験が行われない場合,測定結果が異なること,すなわち,GPC測定においては,測定条件が異なれば測定結果が異なること自体は争わないところ,シランカップリング剤のGPC測定において,溶媒を変更した場合(THF,トルエン,DMF),測定結果が有意に異なることは,甲5証明書から明らかである。


したがって,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合の測定条件が明らかではない本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1ないし5及び9について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。

よって,本件審決の実施可能要件に係る判断に誤りはない。

top



2 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について





(1) 本件明細書の記載について



本件明細書(甲3)の記載を要約すると,以下のとおりである。

ア本件発明は,接着剤,それを用いた回路接続構造体及びその製造方法に関する。

近年,半導体や液晶ディスプレイなどの分野で電子部品を固定したり,回路接続を行うために各種の接着材料が使用されているが,かかる用途では,接着剤にも高い接着力や信頼性が求められている。

しかしながら,従来の接着剤及び回路接続用接着剤である異方導電性接着剤は,各種基板に対する接着力が不十分で,十分な接続信頼性が得られない,各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し,高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があるなどの課題を有していた。

本件発明は,高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し,さらにロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供し,さらには回路接続用接着剤及びそれを用いた回路接続構造体を提供するのみならず,接着剤の保管時,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与えるとともに,接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤,接着剤の製造方法,接続構造体を提供する。

イ本件発明1は,アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(ただし,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1~18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリ ング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1~100を満たすことを特徴とする接着剤に関し,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであるとともに,当該接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供するものである。

ウ前記シランカップリング剤(SCO)におけるA-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。(A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,(A-1):(A-2)=100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。

エ本件発明の接着剤において,実施例1ないし4では,全サンプルで良好な接続抵抗を示し,かつ接着強度も高く,さらに耐湿試験後でもその接着強度は低下せず,耐湿試験後の接着面の外観も良好であったが,比較例では,耐湿試験後の接続抵抗が悪化し,一部のサンプルで耐湿試験後の接着面の外観が悪化した。

このように,本件発明1は,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供することができる。

top



(2) 本件発明の課題及び効果について



ア本件明細書によれば,本件発明が前提とする従来技術の問題点は,電子部品を固定したり,回路接続を行うための各種接着剤においては,高い接着力や信頼性が求められるところ,従来の接着剤は,各種基板に対する接着力が不十分であり,十分な接続信頼性が得られず,また,各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し,高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があったという点にある。

そして,本件発明は,かかる従来技術の問題点に対し,①高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し,さらにロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供すること及び②接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与えるとともに,接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤を提供することを,その目的として指摘している。

また,本件発明1の効果は,A-1とA-2との面積比が,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であれば,オリゴマーの効果,すなわち,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤,保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の製造が可能となり,かつ,接着剤の接着強度低下,保存安定性の低下は生じないというものである,

イ本件明細書において,本件発明の接着剤を用いた実施例1ないし4に対する初期及び耐湿後の接続抵抗,接着強度並びに耐湿後外観検査の結果が比較例と対照しつつ具体的に示されており,また,本件発明1の効果として,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供と記載されている。


ウ以上からすると,本件発明1の効果,すなわち,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されること及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたことについては,いずれも比較例と実施例との対照において具体的に開示されているということができる。

エこの点について,被告は,本件発明における(A-1):(A-2)のGPCの面積比と実施例における面積比の上限はかけ離れていること,本件発明の構成が定める面積比とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことなどから,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A-1):(A-2)=100:1~100」の全ての範囲について,本件発明の課題を解決できるとは認識できないなどと主張する。


しかしながら,本件明細書には,数値範囲の下限及び上限について,数値範囲の意義((A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。)が記載されており,その範囲内の効果についても,「A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。」と指摘し,さらに,上記数値内における適宜の構成を選択した実施例において,接着強度等の効果についての試験結果が明示されているのであるから,被告が指摘する実施例による開示が少ない点は,上記結論を左右するものではない。被告の主張は採用できない。

top



(3) 本件審決のサポート要件に係る判断について



ア本件審決は,本件発明1の課題について,①高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されたこと及び②保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたこと認定しており,本件発明1の課題に関する認定については,何らの誤りはない。

しかしながら,本件審決は,サポート要件の判断において,②接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供という課題についてのみ,当業者が認識することができるか否かについて判断を行い,①の「高接着力で信頼性が高い接着剤」の提供なる解決課題が解決できるか否かについての判断を行っていない。

また,先に指摘したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に係る接着剤の接着力について,その効果が実施例として具体的に開示されているのであるから,本件審決のサポート要件の判断には,本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容に関する認定自体に誤りがあるものというほかない。

top
イ本件審決は,本件発明1について説示した理由と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10がサポート要件に違反すると判断しているところ,本件審決における本件発明1のサポート要件に係る判断が誤りである以上,本件発明6ないし8及び10についても,本件審決のサポート要件に係る判断が誤りであることは明らかである。

なお,原告の主張に鑑み付言すると,本件審決は,サポート要件の判断について,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」の点について判断をするとした上で,本件発明は,サポート要件を欠くものと判断しているところ,本件発明6ないし8及び10は,いずれも「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」について何らかの特定を有する発明ではないから,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」についてのみ検討した上で,本件発明1ないし5及び9と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10についてもサポート要件を満たさないとした本件審決の判断は,それ自体誤りであるというべきである。


  • 28 -




(4) 小括



以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明に関するサポート要件に係る本件審決の判断は誤りであるところ,取消事由1において先に述べたとおり,本件発明1ないし5及び9にかかる特許は,実施可能要件を欠き無効にすべきであるとの本件審決の判断は,サポート要件に係る本件審決の判断の誤りとは関係がなく,相当であるから,サポート要件に違反するとした本件審決の判断は,本件発明6ないし8及び10に係る部分についてのみ,相当でなく,取消しを免れない。

top



3 結論



以上の次第であるから,原告の請求は,主文1項掲記の限度で,認容されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣裁判官 本 多 知 成裁判官 荒 井 章 光
top

Last Update: 2011-02-14 20:05:55 JST

top
……………………………………………………判決末尾top
メインサイト(Sphinx利用)GAE利用サイト知財高裁のまとめjimdoサイト携帯サイト

特許:【進歩性(容易想到性)】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10212号審決取消請求事件))





目 次


特許:【進歩性(容易想到性)】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10212号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」



H230214現在のコメント


(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10212号審決取消請求事件))

判断の論理の流れを追ってみました。



縮小版(「論理の流れ」)


(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10212号審決取消請求事件))
top


第4 当裁判所の判断



本件審決は,本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められないとして本件補正を却下するに際して,本件補正のうちの請求項1に係る「巻上ロープの直径」の追加について,本願発明の発明特定事項のいずれかを概念的に下位にしたものではなく,法17条の2第4項2号にいう「限定的減縮」を目的とするものではないと判断しているが,同判断の誤りをいう取消事由1に対する検討はひとまずおき,本件審決は,以上の判断に続け,本件補正発明が独立特許要件を満たさないとも判断して,本件補正を却下しているので,まず,その判断の誤りをいう取消事由2から検討することとする。

top



1 取消事由2(本件補正発明が独立特許要件を満たさないとした判断の誤り)について


top



(1) 引用発明2について




top



(2) 引用例1と引用例2との組合せ


ア相違点1について


(イ) 上記(1)によると,引用例2に記載の巻上ロープについて,「円形及び/又は非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部」に相当するものであり,また,引用例2には,巻上ロープを構成する鋼線の断面積が約0.071㎟,鋼線の強度が1612ないし3235N/㎟以上のものを使用することが例示されており,この断面積と強度との組合せによるワイヤロープは,相違点1に係る本件補正発明の構成を満たすものということができる。

そして,引用例2には,ワイヤロープの用途としてエレベータ吊持用のロープが記載されているから,この引用例2を,同じエレベータの技術分野に属する引用例1に適用し,相違点1に係る本件補正発明の構成とすることは,当業者にとって容易に想到することができるものということができる。

イ相違点2について

(ア) 本件補正発明について

a 本件補正明細書によると,本件補正発明の技術的意義は,以下のとおりのものと認められる。



しかるところ,本件補正明細書には,エレベータの吊下げ比に関する規定はなく,また,巻上ロープの直径を2.5ないし5mm や5ないし8mm にすることについては,好ましいなどとされているだけであって,臨界的意義をもって記載されているものでもない。

(イ) 周知事項の存在

そして,甲24ないし26によると,エレベータにおいては,かご重量に合わせて,巻上ロープの直径が適宜決定されるものであって,これは,周知の事項ということができる。

(ウ) 以上によると,相違点2に係る本件補正発明の構成は,当業者において,その使用するエレベータに応じて適宜採用することができる設計的事項にすぎないといわざるを得ない。


top



(4) 小括



したがって,本件引用発明1と本件周知技術との組合せの是非について検討するまでもなく,本件補正発明は進歩性を有するものではなく,本件補正は独立特許要件を欠くものとして不適法なものである。

よって,本件補正が限定的減縮を目的とするものとは認められないとして本件補正を却下した本件審決の判断の誤りをいう取消事由1について改めて検討するまでもなく,取消事由2に理由がない以上,本件補正は却下されるべきものであるから,本件審決の結論それ自体に誤りはないといわなければならない。

top



2 取消事由3(本願発明が進歩性を有しないとした判断の誤り)について



(1) 本願発明は,本件補正発明から,「前記巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては2.5~5mm であり,公称負荷が1000kgより大きいエレベータにおいては5~8mm である」との事項が除かれたものである。

(2) この点について,原告は,本件補正発明と同じく,本件発明1及び2並びに本件周知技術に基づいて,当業者は本願発明を容易に想到することができないものであると主張する。

しかしながら,上記1のとおり,本願発明の発明特定事項を全て含む本件補正発明は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができる。

(3) したがって,本願発明は進歩性を有するものではない。

以上によれば,取消事由3は理由がない。





判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月10日判決(平成22年(行ケ)第10212号審決取消請求事件))



第4 当裁判所の判断



本件審決は,本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められないとして本件補正を却下するに際して,本件補正のうちの請求項1に係る「巻上ロープの直径」の追加について,本願発明の発明特定事項のいずれかを概念的に下位にしたものではなく,法17条の2第4項2号にいう「限定的減縮」を目的とするものではないと判断しているが,同判断の誤りをいう取消事由1に対する検討はひとまずおき,本件審決は,以上の判断に続け,本件補正発明が独立特許要件を満たさないとも判断して,本件補正を却下しているので,まず,その判断の誤りをいう取消事由2から検討することとする。



1 取消事由2(本件補正発明が独立特許要件を満たさないとした判断の誤り)について





(1) 引用発明2について



ア引用例2によると,引用発明2は,通常,重量物を牽引したり,吊持ちするために用いられ,具体的な用途としては,エレベータの吊持用,織機の綜絖駆動用等(【0006】)としての,多くの細線をより合わせることによって得られるワイヤロープの構造に関するものであること(【0001】),このワイヤロープでは,プーリやローラの直径は,ワイヤロープがたわんで形成される円弧の直径(シーブ直径)に設定されているところ,シーブ直径とワイヤロープの直径との比率は,ワイヤロープの寿命に大きな関係があり,安全面でも重要な事項であるため,各分野において安全性を考慮して規定されていること(【0007】),例えば,織機の分野において,生産性の向上を図るために,ワイヤロープによって吊持ちされた綜絖枠の上下動を高速化すると,ワイヤロープの耐用年数が減少し(【0008】【0009】),その不都合をなくそうとして,ワイヤロープのたるみの度合いを小さくするために,プーリの直径を従来より大きくしようとすると,織機の部品コストが増加するとの問題があり(【0010】),このような問題は,織機以外の分野においても,ワイヤロープをプーリに架設して使用する限り同様に存在するものであること(【0011】),ワイヤロープとしては,直径0.3mm 前後の高張力硬鋼線などの各種グレードの硬鋼線を用いた素線からなるワイヤロープ構造とすることができること(【0002】【0003】【0025】【0026】),発明の具体例の1つとして,織機の分野における綜絖枠の吊持用に適用することができる単位ロープは,直径0.12ないし0.17mm の細い素線を合計75本使用して形成され,1本当たり280kgf 以上の引っ張り強度を有していること(【0039】【0043】)の発明であると認めることができる。

イそして,上記の直径0.3mm の鋼線の断面積は約0.071㎟(=π×( 0 . 3 ㎟ )2)である。

また,上記の1本当たり280kgf の引っ張り強度を有する直径0.12mm ないし0.17mm の素線の強度は約1612N/㎟(直径0.17㎟につき,=280kgf×9.8N/(π×(0.17mm/2)2×75 本))ないし約3235N/㎟(直径0.12㎟につき,=280kgf×9.8N/(π×(0.12mm/2)2×75 本))となるから,1 本当たり280kgfの引張り強度を有すること,かつ,ワイヤロープをより合わせた場合に「より減り率」によって強度が低下すること(甲9)をも合わせ考慮すると,引用例2には,素線の強度が1612ないし3235N/㎟以上の素線の使用が想定されているということができる。



(2) 引用例1と引用例2との組合せ



ア相違点1について

(ア) 引用発明1は,前記第2の3(2)アのとおりのトラクションシーブエレベータに係る発明である。

(イ) 上記(1)によると,引用例2に記載の巻上ロープについて,「円形及び/又は非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部」に相当するものであり,また,引用例2には,巻上ロープを構成する鋼線の断面積が約0.071㎟,鋼線の強度が1612ないし3235N/㎟以上のものを使用することが例示されており,この断面積と強度との組合せによるワイヤロープは,相違点1に係る本件補正発明の構成を満たすものということができる。

そして,引用例2には,ワイヤロープの用途としてエレベータ吊持用のロープが記載されているから,この引用例2を,同じエレベータの技術分野に属する引用例1に適用し,相違点1に係る本件補正発明の構成とすることは,当業者にとって容易に想到することができるものということができる。

top
イ相違点2について

(ア) 本件補正発明について

a 本件補正明細書によると,本件補正発明の技術的意義は,以下のとおりのものと認められる。

エレベータ開発作業における目的の1 つとして,空間の効率的かつ経済的な利用を達成することが求められているところ(【0002】),本件の発明は,小さなトラクションシーブにより,小型で経済的に設計されたエレベータとエレベータ機械とを実現し,また,建物及びエレベータ昇降路における空間利用を以前よりも更に効果的にするような機械室やエレベータを開発することなどを目的とするものである(【0006】【0009】)。

そのために,本件補正発明は,前記第2の2(別紙2の【請求項1】)のとおりの構成を備えるものであって,特に,トラクションシーブを解して巻上機とかみ合う巻上ロープの鋼線の断面積は,約0.015㎟より大きく,約0.2㎟より小さく,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を超える強度を有し,巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては2.5ないし5mm であり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5ないし8mm であることを特徴とするものである。

そして,このような巻上ロープの構成とすることによって,トラクションシーブの直径を小さく設計できることから,機械のサイズ及び重さを減らし,エレベータの取付け時間及びコストも減らすことができるなど,様々な利点がある(【0009】【0019】)。

b しかしながら,他方,巻上ロープの直径については,本件補正によって,請求項1において「公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては2.5~5mmであり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5~8mm」と追加されたものの,本件補正明細書の発明の詳細な説明において,「軽くて細いロープは,取り扱いが容易であり,取付けをかなり早くする。たとえば,1000kg より下の公称負荷および2m/s より下の速度向けのエレベータでは,本発明の細くて強い鋼線ロープの直径は,ほんの3~5mm ていどである。約6mm もしくは8mm の直径のロープにより,本発明によるかなり大きくて早いエレベータが達成できる。」(【0009】),「強くて,通常よりもかなり細い巻上ロープを使用することにより,トラクションシーブとローププーリの直径と大きさを,通常の大きさのロー プを使用したときよりもかなり小さく設計できる。このためまた,エレベータの駆動モータとして,より小さなサイズとより少ないトルクを持ったモータの使用が可能になり,その結果,モータの購入コストが低減する。たとえば,1000kg より少ない公称負荷用に設計された本発明のエレベータでは,トラクションシーブの直径は120~200mm が好ましいが,トラクションシーブの直径は,これより小さいものすらよい。トラクションシーブの直径は,使用する巻上ロープの太さに依存する。」(【0019】),「エレベータで通常使われるロープの場合,ロープは,金属ロープ溝と接触するように設計され,8~10mm の太さであり,このように太さが決まると,被覆は少なくとも1mm の厚さとなる。…細いワイヤの使用により,ロープそれ自体をより細くすることが可能である。なぜならば,細い鋼製ワイヤは,より太いワイヤよりも強い材料から製造できるからである。たとえば,0.2mm のワイヤを用いると,かなりよい構造の太さ4mm のエレベータ巻上ロープを製造できる。」(【0022】),「図5aおよび5bに示すロープは,直径が約4mm の鋼線ロープである。たとえば2:1吊下げ比を用いるとき,本発明の細くて強い鋼線ロープの直径は,公称負荷が1000kg より少ないエレベータにおいては2.5~5mm が好ましく,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5~8mmが好ましい。原理的にこれより細いロープを使うことができるが,この場合は,ロープの数を多くする必要がある。さらに,吊下げ比を増やすと,上述のものより細いロープが使用可能であり,同時により小さくてより軽いエレベータ機械を実現できる。」(【0023】)などと記載されるのみである。

しかるところ,本件補正明細書には,エレベータの吊下げ比に関する規定はなく,また,巻上ロープの直径を2.5ないし5mm や5ないし8mm にすることについては,好ましいなどとされているだけであって,臨界的意義をもって記載されているものでもない。

(イ) 周知事項の存在

そして,甲24ないし26によると,エレベータにおいては,かご重量に合わせて,巻上ロープの直径が適宜決定されるものであって,これは,周知の事項ということができる。

(ウ) 以上によると,相違点2に係る本件補正発明の構成は,当業者において,その使用するエレベータに応じて適宜採用することができる設計的事項にすぎないといわざるを得ない。



(3) 原告の主張について



ア原告は,建築基準法施行令に基づくエレベータの安全基準(甲29)や欧州における昇降機の構造及び据付けに関する安全基準EN81-1(甲28)によると,エレベータ吊持用ロープの直径は8mm 以上でなければならないとされているところ,引用発明2におけるロープの直径が約4.5mm と安全基準の半分程度であるこ とや,ロープの強度が開示されていないことからすると,引用発明2におけるロープがエレベータ吊持用であるということはできないと主張する。

しかしながら,前記(1)のとおり,引用例2には,ワイヤロープをエレベータ吊持用のロープとして用いることが記載され,また,本件補正発明における巻上ロープの鋼線と同様の強度を有する硬鋼線を用いることが開示されており,他方,上記(2)イ(ア)のとおり,本件補正発明における巻上げロープの直径については臨界的意義を持つものとして記載されているものでないことからすると,原告主張に係る安全基準として,本件補正発明が,甲2発明に比して特別の意味を有していると認めることはできず,原告の主張は理由がない。

なお,原告は,上記安全基準を挙げて,エレベータ吊持用のロープの直径は8mm以上でなければならず,これを下回る場合には,これらの安全基準で定めた安全性を確保するため,ロープを構成するワイヤの強度が重要となると主張するところである。しかしながら,本件補正発明の巻上ロープの直径である2.5ないし5mm 又は5ないし8mm については,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおける直径の- 22 -上限値8mm のみが上記安全基準の8mm 以上に該当するだけであって,それ以外は,この安全基準を満たさないものであり,また,原告は,巻上ロープの直径が8mm を下回る場合にはロープを構成するワイヤの強度が重要となると主張するが,このワイヤの強度については,引用発明2と同程度のものであって,この点からも,原告の主張は理由がない。

イ原告は,本件審決が引用した引用例2のロープは,織機の綜絖枠吊持用ロープであって,エレベータのロープと比べてロープに掛かる張力が著しく低いこと,エレベータ用ロープでは,乗員の安全性確保のために要求される条件がはるかに厳しいこと,エレベータ用ロープには,引っ張りや曲げなどについて,織機ロープと著しく異なる機械的特性が要求されることから,織機用ロープをワイヤを使って作られたロープが,エレベータ用ロープに要求される機械的特性を満たすかどうか推定することが不可能であることなどを主張する。

しかしながら,引用例2には,本件補正発明と同様の性能を有する鋼線を使用することが記載され,この鋼線を用いたロープをエレベータ吊持用ロープとして使用することができることが記載されていること,ロープ全体としての引っ張り強度,曲げ疲労等については,本件補正発明にもその対策のための具体的な構成が特定されているものではなく,実際のロープを製造するに当たって適宜勘案すべきものと解することができること,そして,本件補正発明と同様の,巻上機がトラクションシーブを解して1組の巻上ロープとかみ合い,この1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,このロープが負荷保持部を有し,この巻上ロープが軌道上を移動するカウンタウエイト及びエレベータカーを支持するエレベータとの構成を有する引用発明1に,本件補正発明の鋼線と同様の強度を有するワイヤを使用するものである引用発明2を組み合わせることにより,本件補正発明と同様の機械的特性を導くことができるものであること,引用発明1に引用発明2を適用することについての特段の阻害事由も認められないことからすると,原告が本件補正発明の特性等として主張するところをもって,引用発明1に引用発明2を適用することが容易に想到し得ないとすることはできない。

top



(4) 小括



したがって,本件引用発明1と本件周知技術との組合せの是非について検討するまでもなく,本件補正発明は進歩性を有するものではなく,本件補正は独立特許要件を欠くものとして不適法なものである。

よって,本件補正が限定的減縮を目的とするものとは認められないとして本件補正を却下した本件審決の判断の誤りをいう取消事由1について改めて検討するまでもなく,取消事由2に理由がない以上,本件補正は却下されるべきものであるから,本件審決の結論それ自体に誤りはないといわなければならない。
top



2 取消事由3(本願発明が進歩性を有しないとした判断の誤り)について



(1) 本願発明は,本件補正発明から,「前記巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては2.5~5mm であり,公称負荷が1000kgより大きいエレベータにおいては5~8mm である」との事項が除かれたものである。

(2) この点について,原告は,本件補正発明と同じく,本件発明1及び2並びに本件周知技術に基づいて,当業者は本願発明を容易に想到することができないものであると主張する。

しかしながら,上記1のとおり,本願発明の発明特定事項を全て含む本件補正発明は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができる。

(3) したがって,本願発明は進歩性を有するものではない。

以上によれば,取消事由3は理由がない。

top



3 結論


以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣裁判官 本 多 知 成裁判官 荒 井 章 光


  • 25 -


top



判決原文(全文)




平成22(行ケ)10212  特許権 行政訴訟平成23年02月10日 知的財産高等裁判所 



  • 1 -




平成23年2月10日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成22年(行ケ)第10212号審決取消請求事件



口頭弁論終結日平成23年1月25日



判 決





主 文



1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

top



第1 請求



特許庁が不服2008-14472号事件について平成22年2月22日にした審決を取り消す。


top



第2 事案の概要



本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,補正後の特許請求の範囲の記載を下記2の別紙2のとおりとする本件補正を却下し,発明の要旨を下記2の別紙1の本件補正前の特許請求の範囲のとおりと認定した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。



1 特許庁における手続の経緯



(1) 本件出願(甲4)及び拒絶査定

発明の名称:エレベータ巻上ロープの細い高強度ワイヤ

出願番号:特願2002-547828号

国際出願日:平成13年12月7日

パリ条約による優先権主張日:平成12年(2000年)12月8日及び平成13年(2001年)6月21日(フィンランド共和国)

拒絶査定日:平成20年3月5日(甲17)

(2) 審判請求及び本件審決

審判請求日:平成20年6月9日(不服2008-14472号事件)

手続補正日:平成20年7月9日付け(甲20。以下,同日付けの補正を「本件補正」といい,本件補正前の明細書(甲4,5,16)を「本願明細書」,本件補正後の明細書(甲4,5,16,20)を「本件補正明細書」という。)

審決日:平成22年2月22日

審決の結論:本件審判の請求は,成り立たない。

審決謄本送達日:平成22年3月9日



2 本件補正前後の特許請求の範囲の記載



本件補正前及び本件補正後の各特許請求の範囲は,別紙1「本件補正前の特許請 求の範囲」及び別紙2「本件補正後の特許請求の範囲」記載のとおりである。以下,本件補正前の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本願発明」,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本件補正発明」という。

なお,別紙2の下線部分は,本件補正による補正箇所である。 - 3 -
top



3 本件審決の理由の要旨



(1) 本件審決の理由は,要するに,①本件補正は,請求項の削除,特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正及び明瞭でない記載の釈明のいずれをも目的とするものではなく,平成14年法律第24号による改正前の特許法17条の2第4項(以下「法17条の2第4項」という。)各号のいずれの事項にも該当しないから却下を免れない,②仮に本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的としたものであったとしても,本件補正発明は,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)並びに下記ウの周知例に記載された周知技術(以下「本件周知技術」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項に該当するものであるから,本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第5項において準用する特許法126条5項の規定に違反するものとして却下すべきものである,③本願発明も,引用発明1及び2並びに本件周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,同法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

ア引用例1:特開平7-10434号公報(甲1)

イ引用例2:特開平9-21084号公報(甲2)

ウ周知例:ワイヤロープハンドブック編集委員会編「ワイヤロープハンドブック初版」日刊工業新聞社平成7年3月30日発行(甲18)(ただし,754ないし759頁)

(2) なお,本件審決が認定した引用発明1並びに本件補正発明と引用発明1との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア引用発明:巻上げ機械装置がトラクションシーブを介して1組のロープとかみ合い,該1組のロープは,実質的に円形の断面のロープを含み,該ロープは,負荷を保持する部分を有し,前記ロープは,カウンタウエイト案内レール及びエレベータ案内レールに案内されるカウンタウエイト並びにエレベータカーを支持するトラクションシーブエレベータ

イ一致点:巻上機がトラクションシーブを介して1組の巻上ロープとかみ合い,該1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,該ロープは,負荷保持部を有し,前記巻上ロープは,軌道上を移動するカウンタウエイト及びエレベータカーを支持するエレベータであるとの点

ウ相違点1:本件補正発明では,巻上ロープは,円形及び/又は非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を有し,前記巻上ロープの鋼線の断面積は,約0.015㎟より大きく,約0.2㎟より小さく,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を超える強度を有しているのに対し,引用発明1では,巻上ロープがそのような鋼線から構成されているか明らかではない点

エ相違点2:本件補正発明では,巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg未満のエレベータにおいては2.5ないし5mm であり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5ないし8mm であるのに対して,引用発明1では,巻上ロープの直径がそのようになっているか明らかではない点

top



4 取消事由


(1) 本件補正を却下した判断の誤り

ア本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められないとした判断の誤り(取消事由1)

イ本件補正発明が独立特許要件を満たさないとした判断の誤り(取消事由2)

(2) 本願発明が進歩性を有しないとした判断の誤り(取消事由3)

top



第3 当事者の主張





1 取消事由1(本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められないとした判断の誤り)について



top



〔原告の主張〕


(1) 限定的減縮について
ア本件審決は,本願発明に「前記巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg


  • 5 -


未満のエレベータにおいては2.5~5mm であり,公称負荷が1000kg より大き
いエレベータにおいては5~8mm である」との発明特定事項を新たに追加する本件
補正は,本願発明を特定するために必要な事項を限定するものとは認められず,法
第17条の2第4項第2号に該当するものとは認められないとした。
イところで,法17条の2第4項2号に規定する「特許請求の範囲の限定的減
縮」に該当するためには,①特許請求の範囲の減縮であること,②発明を特定する
ための事項の限定であること,③補正前と補正後の発明の解決しようとする課題と
産業上の利用分野が同一であること,との3要件を満たさなければならないとされ
る。
まず,本件補正が上記①及び③の要件を満たすことは明らかである。
次に,上記②についてみると,「巻上ロープの直径」が発明を特定するための事
項であるか否かが検討されるべきところ,この「発明を特定するための事項」は,
補正前の請求項の記載に基づき,明細書及び図面の記載を考慮して,その作用と対
応して把握されるべきものである。
本願発明では,例えば,本願明細書【0006】には,エレベータシャフト内の
空間利用効率を向上させることを目的とすることが記載され,【0009】には,
ワイヤを用いることにより,本件補正発明のとおりの,直径を有するロープをエレ
ベータに使用することができ,それによってエレベータシャフト内の空間利用効率
を向上させることができることが記載されていたもので,本願発明に係る請求項1
では,本件補正発明における直径を有するロープを実現するためのワイヤの断面積
を規定していたものである。
また,本願明細書【0022】の「ワイヤの断面積は,円形ワイヤと実質的に同
じ,すなわち0.015㎟~0.2㎟の範囲であることが好ましい。この太さの範囲
のワイヤを用いると,ワイヤ強度が約2000N/㎟以上で,ワイヤの断面積が0.0
15㎟~0.2㎟,そして鋼鉄材料の断面積がロープの断面積に対して大きい鋼線ロ
ープを製造することが容易になる」との記載によると,「断面積が約0.015㎟よ


  • 6 -


り大きく,約0.2㎟より小さく,強度が約2000N/㎟以上」という条件が,本願
発明を特定する際,ロープの断面積を小さくするという作用効果のために付加され
たものであって,巻上ロープの直径をより小さくすることができるという作用効果
は,本願発明にもあったことが分かる。
さらに,引用例2【0003】には,直径略1.5mm のストランド6本からなるロ
ープの直径が被覆層を含めて直径略4mm であることが記載されているように,通常,
ワイヤの断面積は,ロープの直結に直接結びつくものであることが分かる。
ウ以上のとおり,本願発明のロープと本件補正発明のロープとは,その作用が
同一であり,「巻上ロープの直径」は,本願発明を特定するための事項であったと
いうことができる。
(2) 公衆の利益,出願間の取扱いの公平性の観点について
本願発明は,強度の高いワイヤを利用して細い巻上ロープをエレベータに利用可
能とすることを目的とするものであって,このことは,本願明細書に明記されてい
る。
強度の高いワイヤを使用することは,本願発明の特徴として,本願発明に係る特
許請求の範囲にも規定されていた。
被告は,本件補正発明の特定事項が本願発明の特定事項の限定に該当するか否か
の判断に際して,本願発明にない新たな作用効果が付加されたことを理由として,
発明を特定するための事項の限定ではないとしたと思われるが,特許請求の範囲の
補正が発明特定事項の限定に該当するか否かの判断に対して,その作用との対応性
を求めることは,出願人の特許を受ける権利を不当に制限するものである。
本件補正発明は,本願発明の特定事項である巻上ロープの性状(鋼線の断面積と
強度)を更なるロープの性状(ロープの直径)で限定したものであり,このように,
巻上ロープの性状を更なる性状で限定することは,本願発明に係る特許請求の範囲
に記載の構成を更に減縮する補正であって,仮に本願発明にない新たな作用効果が
付加されたものであったとしても,何ら公衆の利益及び出願間の取扱いの公平性を


  • 7 -


害するものではなく,発明特定事項を限定的に減縮するものであるということがで
きる。
したがって,巻上ロープの直径を限定する本件補正は,何ら公衆の利益を害する
ものではなく,出願間の取扱いの公平性を害するものでもなく,このような補正を
認めないことは,不合理であり,出願人の利益を著しく害することになるから,本
件補正は認められるべきものである。

top



〔被告の主張〕


(1) 限定的減縮について
ア本件補正前の請求項1には,巻上げロープに関して,「巻上機がトラクショ
ンシーブを介してかみ合い,軌道上を移動するカウンタウエイトおよびエレベータ
カーを支持すること」,「断面が実質的に円形であること」,「円形および/また
は非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を有していること」及び「巻上
ロープの鋼線は,その断面積が,約0.015㎟より大きく,約0.2㎟より小さ
く,約2000N/㎟を越える強度を有すること」が特定されているが,「巻上ロ
ープの直径」に関連する記載はないこと,また,原告の主張によると,本件補正後
の「巻上ロープの直径」に関する事項により,従来の巻上ロープの直径をより小さ
くすることができ,場合によっては巻上ロープの本数を減らすこともできるという
本件補正前の発明にはない新たな作用効果が付加されるものであることからして,
上記の特定事項の下位概念となるものでもない。
さらに,ロープは,複数本のワイヤがより合わされ,場合によっては被覆が施さ
れることによって構成されるものであることからすると,ワイヤの断面積は直ちに
はロープの直径に結びつかず,ワイヤの断面積を規定するだけでは,ロープの直径
を規定したことにはならない。
イしたがって,本件補正発明の「巻上ロープの直径」に関する事項は,本願発
明の発明を特定するための事項の限定ということができず,原告の主張は理由がな
い。


  • 8 -


(2) 公衆の利益,出願間の取扱いの公平性の観点について
法17条の2第4項の規定は,迅速・的確な権利付与を確保する審査手続を確立
するために,最後の拒絶理由通知に対する補正は,既に行った審査結果を有効に活
用できる範囲内で行うこととする趣旨で設けられたものである。
したがって,補正が,同項2号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするも
のに該当するか否かを判断するに当たり,公衆の利益を害するかどうかを判断する
必要性はなく,原告の主張は失当である。

top



2 取消事由2(本件補正発明が独立特許要件を満たさないとした判断の誤り)


について



〔原告の主張〕


(1) 引用発明2の認定の誤り
ア本件審決は,引用発明2はエレベータの技術分野に属するものであるとし,
引用発明1の巻上ロープに引用発明2の巻上ロープの鋼線の構成を採用することが
できるとした。そして,確かに,引用例2【0006】には,ロープの用途として,
「エレベータの吊持用」との記載がある。
イしかしながら,引用例2【0002】には,ロープを形成するストランドの
直径が約1.5mm であると記載されていること,【図6】にロープの直径がストラン
ドの直径の約3倍であることが示されていることからすると,ロープの直径は約4.
5mm ということが分かる。
しかるところ,建築基準法施行令に基づくエレベータの安全基準(甲29)や欧
州における昇降機の構造及び据付けに関する安全基準EN81-1(甲28)によ
ると,エレベータ吊持用ロープの直径は8mm 以上でなければならないとされ,これ
を下回る場合には,これらの安全基準で定めた安全性を確保するため,ロープを構
成するワイヤの強度が重要とされる。
このように,引用発明2におけるロープの直径が約4.5mm と安全基準の半分程度
であることや,ロープの強度が開示されていないことからすると,引用発明2にお


  • 9 -


けるロープがエレベータ吊持用であるということはできない。
ウまた,引用例2【0039】【0043】記載のロープは,織機の綜絖枠吊
持用ロープであって,エレベータ吊持用ロープではない。
エしたがって,引用発明2は,エレベータの技術分野に属するものであるとし
た本件審決の認定判断には誤りがある。
(2) 容易想到性の判断の誤り
ア引用発明2の適用について
(ア) 上記(1)のとおり,引用発明2はエレベータの技術分野に属するものではな
いので,引用発明1の巻上ロープに引用発明2の巻上ロープのワイヤ(鋼線)に関
する構成を適用することはできない。
エレベータ用ロープとは,エレベータの乗員の安全性を確保することができるロ
ープである。エレベータの安全性が確保されない場合には,乗員の生命をも脅かす
というエレベータ特有の性質によって,エレベータには厳しい安全基準が設けられ
ている。したがって,エレベータ用ロープとは,エレベータの安全基準に定められ
た水準で安全性を確保することができるロープであり,その選択は困難を極めるも
のであって,公知のロープやワイヤをもって,エレベータ用ロープを想到すること
が容易であるとすることは,是認することができない。
(イ) また,上記(1)ウのとおり,引用例2【0039】【0043】記載のロー
プは,「織機の綜絖枠吊持用ロープ」であって,「エレベータ吊持用ロープ」では
ない。そして,①ロープの機械的特性は,使用条件によって変わるものであるとこ
ろ,織機におけるロープのたわみ回数(600回/分ないし1000回/分)や,
織機のロープに掛かる張力の方がエレベータのロープに掛かる張力に比べて著しく
低いはずであることからすると,織機とエレベータとでは,ロープの使用条件が著
しく異なること,②織機用ロープには,乗員の安全性を確保しなければならないと
いう事情がないのに対し,エレベータの場合,乗員の安全性を確保するため,安全
基準に定められた安全率を満たさなければならず,エレベータ用ロープに要求され


  • 10 -


る条件は,はるかに厳しいものであること,③引用例2【0007】に「シーブ直
径Dとワイヤロープ100の直径dとの比率(D/d)は,ワイヤロープ100の寿
命に大きな関係があり,安全面でも重要な事項であるため,各分野において安全性
を考慮して規定されている」との記載は,織機の分野において綜絖枠吊持用として
使用されるロープを,他分野であるエレベータの分野においてエレベータ吊持用の
ロープとして使用することができないことを裏付けていることなどに鑑みると,引
用例2記載の織機用ロープをエレベータ用ロープとして使用することはできないも
のである。
したがって,引用例2記載の織機用ロープから,エレベータ用ロープを容易に想
到することができるものでもない。
(ウ) さらに,①ロープ化したために,引っ張り,曲げ,金属疲労などの強度的
行動が素線の場合よりも複雑になるとされている(甲18の764頁)ように,ワ
イヤの機械的特性からロープの機械的特性を推定することが不可能であること,②
エレベータ用ロープには織機ロープとは著しく異なる機械的特性が要求されること
から,織機用ロープのワイヤを使って作られたロープが,エレベータ用ロープに要
求される機械的特性を満たすかどうかを推定することが不可能であること,③エレ
ベータでは,トラクションシーブやプーリも重要な支持部材として機能するところ,
強度の高いワイヤは硬度も高いため,強度の高いワイヤを使用すると,トラクショ
ンシーブやプーリの摩耗を促進させることになって,エレベータの安全性を損なう
ことになること,④強度の高いワイヤを使用するとロープの硬度も高くなり,ロー
プの柔軟性が低下することになるため,ロープが曲げ疲労に耐えるように,トラク
ションシーブやプーリの直径を大きくする必要が生じ,省スペース化の目的に反す
ることに鑑みると,引用例2記載のロープのワイヤから,エレベータ用ロープを容
易に想到することができるものでもない。
イ本件周知技術の適用について
(ア) 本件審決は,周知例に,円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を


  • 11 -


有するワイヤロープであって,その鋼線の断面積が約0.015㎟から約0.2㎟
までの間の値とし,その鋼線の強度につき約2000N/㎟を超える値とする技術が
記載されており,引用発明1における巻上ロープに本件周知技術であるワイヤロー
プの構成を採用すると,相違点1に係る本件補正発明の発明特定事項とすることに
各別の困難はないとした。
(イ) しかしながら,周知例には,一般的なワイヤロープの構成が記載されてい
るだけであって,エレベータ用ロープとして使用可能なワイヤロープの構成が開示
されているわけではなく,また,開示されたワイヤが,エレベータ用ロープに使用
可能かどうかは記載されていない。
そうすると,前記ア(ウ)のとおり,引用例2記載のロープのワイヤからエレベー
タ用ロープを容易に想到することができないことと同様に,周知例記載のワイヤか
らエレベータ用ロープを容易に想到することもできないものである。
ウ本件補正発明の利点について
エレベータにおいては,厳しい安全基準を満たしながら,狭いエレベータシャフ
ト内にエレベータカー,カウンタウエイト,トラクションシーブ,プーリ,巻上機,
ガイドレール,その他の電気系統や安全装置等を設置し,ロープの通り道も確保し,
さらには,カーとシャフト壁との空間の幅などについても安全基準が定められてお
り,エレベータシャフト内では,僅かな空間を確保するためにも様々な制約が伴う。
このような制約の下で,本件補正発明は,①ロープの直径の小さなロープを使用
することができ,場合によってはロープの本数を減らすこともできるため,トラク
ションシーブやプーリの厚みが増すことがなく,また,強度の高いワイヤを使用し
ているにもかかわらず,細いワイヤを用いることでロープの柔軟性を確保すること
ができるため,従来のロープに比べ,直径の小さいトラクションシーブやロープを
用いることができ,トラクションシーブ及びプーリの体積を減少することができる
こと,②直径の小さなトラクションシーブを用いることができるため,要求される
トルクが少なくなり,トラクションシーブのモータの体積を減少することができる


  • 12 -


こと,③機械の重さを,機械室なしエレベータで現在一般的に使われている機械の
重さの半分程度にまで減らすことができること,④断面が円形のロープを使用する
ため,エレベータシャフト内におけるプーリや他の要素の配置の制限を少なくする
ことができること,⑤小さなトラクションシーブやプーリを用いることができるこ
とから,トラクションシーブやプーリを介して隣り合うロープ部分とロープ部分と
の間隔を狭めることができ,エレベータシャフト内におけるロープの占有空間を減
らすことができること,このようにして,空間利用効率の向上を図ることができる。
また,空間利用効率の向上以外にも,細いワイヤを使用し,ロープとトラクショ
ンシーブやプーリとの接触面積が増えることにより双方の摩耗を抑えることができ,
ワイヤの硬度が高くてもトラクションシーブの摩耗を抑えることができ,さらに,
細いワイヤを用いることでロープの柔軟性を確保することができるため,ロープそ
のものも疲労に強くなるとの利点が生ずる。
(3) 小括
以上によると,本件補正発明は,引用発明1及び2並びに本件周知技術から容易
に想到することができないものであって,特許法29条2項により独立して特許を
受けることができないものであるとした本件審決には誤りがある。



〔被告の主張〕


(1) 引用発明2の認定の誤り
ア建築基準法施行令(昇降機関係)や欧州における昇降機の構造及び据付けに
関する安全基準は,その施行や発行の時点で製品として要求される安全基準として,
エレベータ吊持用ロープの直結が8mm 以上であることを求めるものであるが,これ
をもって,エレベータ吊持用ロープの直径が8mm 未満のエレベータ吊持用ロープが
使用できないとしても,これは,法的規制との関係で,そのような形での利用がさ
れないということにすぎない。
発明に係る技術思想という次元でみた場合には,「エレベータ吊持用ロープの直
径を定める」ために,その直径が8mm を下回る範囲の直径を当業者において実験的


  • 13 -


に求めることそれ自体が困難になるものではない。
現に,上記のとおりの法的規制があるにもかかわらず,本件補正発明においては,
「前記巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては
2.5~5mm であり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5~
8mm である」と特定し,そのロープの直径は,「公称負荷が1000kg より大きい
エレベータ」において,8mm の一点のみでしか,上記の安全基準を満たしておらず,
それ以外の範囲において安全基準を満たさないエレベータ吊持用ロープを用いたも
のが発明とされている。
以上のとおり,引用例2に記載された「ロープ」が,エレベータ吊持用ロープで
あるということはできないとすることに合理的根拠がなく,原告の主張は失当であ
る。
イまた,引用例2【0039】【0043】に記載のロープについて,その用
途として記載されているのは,「綜絖枠の吊持用」であって,「エレベータの吊持
用」ではない。
しかしながら,引用例2【0006】に記載のとおり,ワイヤロープは,通常,
重量物を牽引したり吊持するために用いられ,エレベータの吊持用としてその用途
も挙げられている。そして,ワイヤロープは,通常,重量物を牽引したり吊持する
ために用いられるものであって,その一実施例として,【0039】【0043】
には,織機の分野における綜絖枠の吊持用ロープが記載されているのであり,【0
006】の記載を併せてみれば,【0039】【0043】に記載のワイヤロープ
は,綜絖枠の吊持用ロープのみに限定されるものではなく,その用途としてエレベ
ータの吊持用が含まれているというべきである。
ウしたがって,引用例2記載のワイヤロープは,エレベータカー吊持用ロープ
でもあるから,引用発明2はエレベータの技術分野に属するものであるとした本件
審決の認定判断に誤りはない。
(2) 容易想到性の判断の誤り


  • 14 -


ア引用発明2の適用について
(ア) 上記(1)のとおり,引用発明2がエレベータの技術分野に属するものではな
いとすることができず,引用発明1の巻上ロープに引用発明2のロープに関する構
成を適用することができるものである。
(イ) 上記(1)のとおり,引用例2記載のワイヤロープは,その用途としてエレベ
ータの吊持用としても用いられるものであるところ,引用例2【0039】には,
直径が0.12~0.17mm の素線を75本用いた単位ロープが記載され,【00
43】には,この素線を用いた単位ロープの引っ張り強度が280kgf 以上である
ことが記載されていることから,「ロープ強度=素線の断面積×素線の本数×素線
の強度」によって,直径が0.12ないし0.17mm である素線の強度を計算する
と,素線の強度は約1612~3235N/㎟(なお,ワイヤロープ技術分野におい
て一般的に知られている「より減り率」(甲9)を考慮すると,当該数値より2な
いし3割大きな数値となる。)となり,引用例2には,ロープの素線が約2000
N/㎟を超える強度を有する技術が開示されていると理解できる。
そうすると,引用発明1と引用発明2とは,いずれも,「巻上ロープは,実質的
に円形の断面の巻上ロープを含み,該ロープは,負荷保持部を有するエレベータ」
という同一の技術分野に属するものであるから,引用発明1における巻上ロープに,
引用発明2における「巻上ロープは,円形および/または非円形断面の鋼線からよ
り合わされた負荷保持部を有し,前記巻上ロープの鋼線の断面積は,約0.071
㎟である」構成を採用し,その際,引用例2に記載された技術である「ロープの素
線が約2000N/㎟を超える強度を有する技術」を付加して,相違点1に係る本件
補正発明の発明特定事項とすることに格別な困難性はなく,そのように判断した本
件審決の判断に誤りはない。
イ本件周知技術の適用について
(ア) 周知例には,ワイヤロープ材として硬鋼線材であるSWRH62 が使用されるこ
とが記載され,その硬鋼線材であるSWRH の線径として0.08ないし0.2mm(断


  • 15 -


面積は約0.005ないし0.031㎟),引っ張り強さとして2.50ないし3.
14GPa(2500ないし3140N/㎟)であることが記載されており,これは,ワ
イヤロープの鋼線の断面積を約0.005㎟から約0.031㎟までの間の値とし,
その鋼線の強度を約2500N/㎟から約3140N/㎟までの間の値としたものが示
されているものであり,また,「ミニロープ」の応用分野として,「自動化機器,
情報化機器,輸送機器,医療機器,…その他産業機械一般」との記載がある。
そして,「エレベータ」は「輸送機器」に含まれるものであるから,周知例には,
ワイヤロープの鋼線の断面積は約0.005㎟から約0.031㎟までの間の値と
し,その鋼線の強度を約2500N/㎟から約3140N/㎟までの間の値としたワイ
ヤロープを,エレベータに使用することが示されているということができる。
(イ) そうすると,周知例には,「巻上ロープの鋼線の断面積は,約0.015
㎟より大きく,約0.2㎟より小さく」との事項と重複し,「巻上ロープの鋼線は,
約2000N/㎟を超える強度を有している」との事項に包含されている技術が示
されていることになるから,相違点1に係る本件補正発明の発明特定事項は,本件
周知技術に示されているということができる。
したがって,引用発明1に本件周知技術を採用することは,当業者であれば容易
に想到し得たことである。
ウ本件補正発明の利点について
上記ア及びイのとおり,本件補正発明は,引用発明1及び2並びに本件周知技術
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,原告主張に係
る本件補正発明の効果も,当然,引用発明1及び2並びに本件周知技術から,当業
者が予測し得る範囲のものである。
(3) 小括
以上によると,本件補正発明が特許法29条2項により独立して特許を受けるこ
とができないものであるとした本件審決に誤りはない。

top



3 取消事由3(本願発明が進歩性を有しないとした判断の誤り)について



  • 16 -




〔原告の主張〕


本件審決は,本願発明は引用発明1及び2並びに本件周知技術に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものであるとした。
しかしながら,本件補正発明と同じく,本件発明1及び2並びに本件周知技術に
基づいて,当業者は本願発明を容易に想到することができないものである。
したがって,本願発明は特許法29条2項により特許を受けることができないと
した本件審決は取り消されるべきものである。



〔被告の主張〕


本願発明は,本件補正発明から,「前記巻上ロープの直径は,公称負荷が100
0kg 未満のエレベータにおいては2.5~5mm であり,公称負荷が1000kg よ
り大きいエレベータにおいては5~8mm である」との事項を省いたものである。
そして,上記2の〔被告の主張〕のとおり,本願発明の発明特定事項を全て含む
本件補正発明が,引用発明1及び2並びに本件周知技術に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであるから,本願発明も,同じく,引用発明1及び2
並びに本件周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって,本願発明は特許法29条2項により特許を受けることができないと
した本件審決に誤りはない。

top



第4 当裁判所の判断



本件審決は,本件補正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものとは認められないとして本件補正を却下するに際して,本件補正のうちの請求項1に係る「巻上ロープの直径」の追加について,本願発明の発明特定事項のいずれかを概念的に下位にしたものではなく,法17条の2第4項2号にいう「限定的減縮」を目的とするものではないと判断しているが,同判断の誤りをいう取消事由1に対する検討はひとまずおき,本件審決は,以上の判断に続け,本件補正発明が独立特許要件を満たさないとも判断して,本件補正を却下しているので,まず,その判断の誤りをいう取消事由2から検討することとする。



1 取消事由2(本件補正発明が独立特許要件を満たさないとした判断の誤り)について



(1) 引用発明2について

ア引用例2によると,引用発明2は,通常,重量物を牽引したり,吊持ちするために用いられ,具体的な用途としては,エレベータの吊持用,織機の綜絖駆動用等(【0006】)としての,多くの細線をより合わせることによって得られるワイヤロープの構造に関するものであること(【0001】),このワイヤロープでは,プーリやローラの直径は,ワイヤロープがたわんで形成される円弧の直径(シーブ直径)に設定されているところ,シーブ直径とワイヤロープの直径との比率は,ワイヤロープの寿命に大きな関係があり,安全面でも重要な事項であるため,各分野において安全性を考慮して規定されていること(【0007】),例えば,織機の分野において,生産性の向上を図るために,ワイヤロープによって吊持ちされた綜絖枠の上下動を高速化すると,ワイヤロープの耐用年数が減少し(【0008】【0009】),その不都合をなくそうとして,ワイヤロープのたるみの度合いを小さくするために,プーリの直径を従来より大きくしようとすると,織機の部品コストが増加するとの問題があり(【0010】),このような問題は,織機以外の分野においても,ワイヤロープをプーリに架設して使用する限り同様に存在するものであること(【0011】),ワイヤロープとしては,直径0.3mm 前後の高張力硬鋼線などの各種グレードの硬鋼線を用いた素線からなるワイヤロープ構造とすることができること(【0002】【0003】【0025】【0026】),発明の具体例の1つとして,織機の分野における綜絖枠の吊持用に適用することができる単位ロープは,直径0.12ないし0.17mm の細い素線を合計75本使用して形成され,1本当たり280kgf 以上の引っ張り強度を有していること(【0039】【0043】)の発明であると認めることができる。

イそして,上記の直径0.3mm の鋼線の断面積は約0.071㎟(=π×( 0 . 3 ㎟ )2)である。

また,上記の1本当たり280kgf の引っ張り強度を有する直径0.12mm ないし0.17mm の素線の強度は約1612N/㎟(直径0.17㎟につき,=280kgf×9.8N/(π×(0.17mm/2)2×75 本))ないし約3235N/㎟(直径0.12㎟につき,=280kgf×9.8N/(π×(0.12mm/2)2×75 本))となるから,1 本当たり280kgfの引張り強度を有すること,かつ,ワイヤロープをより合わせた場合に「より減り率」によって強度が低下すること(甲9)をも合わせ考慮すると,引用例2には,素線の強度が1612ないし3235N/㎟以上の素線の使用が想定されているということができる。

(2) 引用例1と引用例2との組合せ

ア相違点1について

(ア) 引用発明1は,前記第2の3(2)アのとおりのトラクションシーブエレベータに係る発明である。

(イ) 上記(1)によると,引用例2に記載の巻上ロープについて,「円形及び/又は非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部」に相当するものであり,また,引用例2には,巻上ロープを構成する鋼線の断面積が約0.071㎟,鋼線の強度が1612ないし3235N/㎟以上のものを使用することが例示されており,この断面積と強度との組合せによるワイヤロープは,相違点1に係る本件補正発明の構成を満たすものということができる。

そして,引用例2には,ワイヤロープの用途としてエレベータ吊持用のロープが記載されているから,この引用例2を,同じエレベータの技術分野に属する引用例1に適用し,相違点1に係る本件補正発明の構成とすることは,当業者にとって容易に想到することができるものということができる。

top
イ相違点2について

(ア) 本件補正発明について

a 本件補正明細書によると,本件補正発明の技術的意義は,以下のとおりのものと認められる。

エレベータ開発作業における目的の1 つとして,空間の効率的かつ経済的な利用を達成することが求められているところ(【0002】),本件の発明は,小さなトラクションシーブにより,小型で経済的に設計されたエレベータとエレベータ機械とを実現し,また,建物及びエレベータ昇降路における空間利用を以前よりも更に効果的にするような機械室やエレベータを開発することなどを目的とするものである(【0006】【0009】)。

そのために,本件補正発明は,前記第2の2(別紙2の【請求項1】)のとおりの構成を備えるものであって,特に,トラクションシーブを解して巻上機とかみ合う巻上ロープの鋼線の断面積は,約0.015㎟より大きく,約0.2㎟より小さく,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を超える強度を有し,巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては2.5ないし5mm であり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5ないし8mm であることを特徴とするものである。

そして,このような巻上ロープの構成とすることによって,トラクションシーブの直径を小さく設計できることから,機械のサイズ及び重さを減らし,エレベータの取付け時間及びコストも減らすことができるなど,様々な利点がある(【0009】【0019】)。

b しかしながら,他方,巻上ロープの直径については,本件補正によって,請求項1において「公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては2.5~5mmであり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5~8mm」と追加されたものの,本件補正明細書の発明の詳細な説明において,「軽くて細いロープは,取り扱いが容易であり,取付けをかなり早くする。たとえば,1000kg より下の公称負荷および2m/s より下の速度向けのエレベータでは,本発明の細くて強い鋼線ロープの直径は,ほんの3~5mm ていどである。約6mm もしくは8mm の直径のロープにより,本発明によるかなり大きくて早いエレベータが達成できる。」(【0009】),「強くて,通常よりもかなり細い巻上ロープを使用することにより,トラクションシーブとローププーリの直径と大きさを,通常の大きさのロー プを使用したときよりもかなり小さく設計できる。このためまた,エレベータの駆動モータとして,より小さなサイズとより少ないトルクを持ったモータの使用が可能になり,その結果,モータの購入コストが低減する。たとえば,1000kg より少ない公称負荷用に設計された本発明のエレベータでは,トラクションシーブの直径は120~200mm が好ましいが,トラクションシーブの直径は,これより小さいものすらよい。トラクションシーブの直径は,使用する巻上ロープの太さに依存する。」(【0019】),「エレベータで通常使われるロープの場合,ロープは,金属ロープ溝と接触するように設計され,8~10mm の太さであり,このように太さが決まると,被覆は少なくとも1mm の厚さとなる。…細いワイヤの使用により,ロープそれ自体をより細くすることが可能である。なぜならば,細い鋼製ワイヤは,より太いワイヤよりも強い材料から製造できるからである。たとえば,0.2mm のワイヤを用いると,かなりよい構造の太さ4mm のエレベータ巻上ロープを製造できる。」(【0022】),「図5aおよび5bに示すロープは,直径が約4mm の鋼線ロープである。たとえば2:1吊下げ比を用いるとき,本発明の細くて強い鋼線ロープの直径は,公称負荷が1000kg より少ないエレベータにおいては2.5~5mm が好ましく,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5~8mmが好ましい。原理的にこれより細いロープを使うことができるが,この場合は,ロープの数を多くする必要がある。さらに,吊下げ比を増やすと,上述のものより細いロープが使用可能であり,同時により小さくてより軽いエレベータ機械を実現できる。」(【0023】)などと記載されるのみである。

しかるところ,本件補正明細書には,エレベータの吊下げ比に関する規定はなく,また,巻上ロープの直径を2.5ないし5mm や5ないし8mm にすることについては,好ましいなどとされているだけであって,臨界的意義をもって記載されているものでもない。

(イ) 周知事項の存在

そして,甲24ないし26によると,エレベータにおいては,かご重量に合わせて,巻上ロープの直径が適宜決定されるものであって,これは,周知の事項ということができる。

(ウ) 以上によると,相違点2に係る本件補正発明の構成は,当業者において,その使用するエレベータに応じて適宜採用することができる設計的事項にすぎないといわざるを得ない。

(3) 原告の主張について

ア原告は,建築基準法施行令に基づくエレベータの安全基準(甲29)や欧州における昇降機の構造及び据付けに関する安全基準EN81-1(甲28)によると,エレベータ吊持用ロープの直径は8mm 以上でなければならないとされているところ,引用発明2におけるロープの直径が約4.5mm と安全基準の半分程度であるこ とや,ロープの強度が開示されていないことからすると,引用発明2におけるロープがエレベータ吊持用であるということはできないと主張する。

しかしながら,前記(1)のとおり,引用例2には,ワイヤロープをエレベータ吊持用のロープとして用いることが記載され,また,本件補正発明における巻上ロープの鋼線と同様の強度を有する硬鋼線を用いることが開示されており,他方,上記(2)イ(ア)のとおり,本件補正発明における巻上げロープの直径については臨界的意義を持つものとして記載されているものでないことからすると,原告主張に係る安全基準として,本件補正発明が,甲2発明に比して特別の意味を有していると認めることはできず,原告の主張は理由がない。

なお,原告は,上記安全基準を挙げて,エレベータ吊持用のロープの直径は8mm以上でなければならず,これを下回る場合には,これらの安全基準で定めた安全性を確保するため,ロープを構成するワイヤの強度が重要となると主張するところである。しかしながら,本件補正発明の巻上ロープの直径である2.5ないし5mm 又は5ないし8mm については,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおける直径の- 22 -上限値8mm のみが上記安全基準の8mm 以上に該当するだけであって,それ以外は,この安全基準を満たさないものであり,また,原告は,巻上ロープの直径が8mm を下回る場合にはロープを構成するワイヤの強度が重要となると主張するが,このワイヤの強度については,引用発明2と同程度のものであって,この点からも,原告の主張は理由がない。

イ原告は,本件審決が引用した引用例2のロープは,織機の綜絖枠吊持用ロープであって,エレベータのロープと比べてロープに掛かる張力が著しく低いこと,エレベータ用ロープでは,乗員の安全性確保のために要求される条件がはるかに厳しいこと,エレベータ用ロープには,引っ張りや曲げなどについて,織機ロープと著しく異なる機械的特性が要求されることから,織機用ロープをワイヤを使って作られたロープが,エレベータ用ロープに要求される機械的特性を満たすかどうか推定することが不可能であることなどを主張する。

しかしながら,引用例2には,本件補正発明と同様の性能を有する鋼線を使用することが記載され,この鋼線を用いたロープをエレベータ吊持用ロープとして使用することができることが記載されていること,ロープ全体としての引っ張り強度,曲げ疲労等については,本件補正発明にもその対策のための具体的な構成が特定されているものではなく,実際のロープを製造するに当たって適宜勘案すべきものと解することができること,そして,本件補正発明と同様の,巻上機がトラクションシーブを解して1組の巻上ロープとかみ合い,この1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,このロープが負荷保持部を有し,この巻上ロープが軌道上を移動するカウンタウエイト及びエレベータカーを支持するエレベータとの構成を有する引用発明1に,本件補正発明の鋼線と同様の強度を有するワイヤを使用するものである引用発明2を組み合わせることにより,本件補正発明と同様の機械的特性を導くことができるものであること,引用発明1に引用発明2を適用することについての特段の阻害事由も認められないことからすると,原告が本件補正発明の特性等として主張するところをもって,引用発明1に引用発明2を適用することが容易に想到し得ないとすることはできない。

top
(4) 小括

したがって,本件引用発明1と本件周知技術との組合せの是非について検討するまでもなく,本件補正発明は進歩性を有するものではなく,本件補正は独立特許要件を欠くものとして不適法なものである。

よって,本件補正が限定的減縮を目的とするものとは認められないとして本件補正を却下した本件審決の判断の誤りをいう取消事由1について改めて検討するまでもなく,取消事由2に理由がない以上,本件補正は却下されるべきものであるから,本件審決の結論それ自体に誤りはないといわなければならない。
top



2 取消事由3(本願発明が進歩性を有しないとした判断の誤り)について



(1) 本願発明は,本件補正発明から,「前記巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては2.5~5mm であり,公称負荷が1000kgより大きいエレベータにおいては5~8mm である」との事項が除かれたものである。

(2) この点について,原告は,本件補正発明と同じく,本件発明1及び2並びに本件周知技術に基づいて,当業者は本願発明を容易に想到することができないものであると主張する。

しかしながら,上記1のとおり,本願発明の発明特定事項を全て含む本件補正発明は,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,引用発明1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができる。

(3) したがって,本願発明は進歩性を有するものではない。

以上によれば,取消事由3は理由がない。

top



3 結論


以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣裁判官 本 多 知 成裁判官 荒 井 章 光


  • 25 -


top



(別紙1) 本件補正前の特許請求の範囲(甲16)


【請求項1】巻上機がトラクションシーブを介して1組の巻上ロープとかみ合い,
該1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,該ロープは,円
形および/または非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を有し,前記巻
上ロープは,軌道上を移動するカウンタウエイトおよびエレベータカーを支持する
エレベータにおいて,前記巻上ロープの鋼線の断面積は,約0.015㎟より大き
く,約0.2㎟より小さく,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を越える強
度を有することを特徴とするエレベータ
【請求項2】請求項1に記載のエレベータにおいて,前記巻上ロープの鋼線の強度
は,約2300N/㎟より大きく,約2700N/㎟より小さいことを特徴とするエレ
ベータ
【請求項3】請求項1または2に記載のエレベータにおいて,該エレベータの巻上
機の重量は,該エレベータの公称負荷の重量の約1/5 以下であることを特徴とする
エレベータ
【請求項4】請求項1から3までのいずれかに記載のエレベータにおいて,該エレ
ベータの巻上機によって駆動される前記トラクションシーブの外側直径は約250mm
以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項5】請求項1から4までのいずれかに記載のエレベータにおいて,該エレ
ベータの巻上機の重量は,約100kg 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項6】請求項1から5までのいずれかに記載のエレベータにおいて,調速器
ロープの直径は,前記巻上ロープより太いことを特徴とするエレベータ
【請求項7】請求項1から6までのいずれかに記載のエレベータにおいて,調速器
ロープの直径は,前記巻上ロープと同じであることを特徴とするエレベータ
【請求項8】請求項1から7までのいずれかに記載のエレベータにおいて,該エレ
ベータの巻上機の重量は,公称負荷の約1/6 以下であることを特徴とするエレベー


  • 26 -


【請求項9】請求項8に記載のエレベータにおいて,該エレベータの巻上機の重量
は,公称負荷の約1/8 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項10】請求項8に記載のエレベータにおいて,該エレベータの巻上機の重
量は,公称負荷の約1/10 より少ないことを特徴とするエレベータ
【請求項11】請求項1から10までのいずれかに記載のエレベータにおいて,エ
レベータ機械とその支持要素の全重量は,公称負荷の約1/5 以下であることを特徴
とするエレベータ
【請求項12】請求項11に記載のエレベータにおいて,前記エレベータ機械とそ
の支持要素の全重量は,公称負荷の約1/8 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項13】請求項1から12までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記カーを支持するプーリの直径は,該カーを支持する構体に含まれる水平ビームの
高さ以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項14】請求項1から13までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記プーリは,少なくとも部分的に前記ビームの内部に配置されることを特徴とする
エレベータ
【請求項15】請求項1から14までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記エレベータカーの軌道はエレベータ昇降路内にあることを特徴とするエレベータ
【請求項16】請求項1から15までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記巻上ロープのストランド間および/またはワイヤ間の空間の少なくとも一部は,
ゴム,ウレタン,もしくは他の実質的に非流体性の媒体により充 されていること
を特徴とするエレベータ
【請求項17】請求項1から16までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記巻上ロープは,ゴム,ウレタン,もしくは他の非金属材料からなる表面コンポー
ネントを有することを特徴とするエレベータ
【請求項18】請求項1から17までのいずれかに記載のエレベータにおいて,少
なくとも前記トラクションシーブのロープ溝は,非金属材料で被覆されていること


  • 27 -


を特徴とするエレベータ
【請求項19】請求項1から18までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記トラクションシーブは,少なくともロープ溝を含むリム部において,非金属材料
から作られていることを特徴とするエレベータ
【請求項20】巻上機がトラクションシーブを介して1組の巻上げロープとかみ合
い,該1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,該ロープは,
円形および/または非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を有し,前記
巻上ロープは,軌道上を移動するカウンタウエイトおよびエレベータカーを支持す
るエレベータにおいて,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を超える強度を
有し,前記エレベータの巻上機によって駆動される前記トラクションシーブの外側
直径は約250mm 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項21】巻上機がトラクションシーブを介して1組の巻上ロープとかみ合い,
該1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,該ロープは,円
形および/または非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を有し,前記巻
上ロープは,軌道上を移動するカウンタウエイトおよびエレベータカーを支持する
エレベータにおいて,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を超える強度を有
し,前記鋼線ロープのワイヤの太さは,0.15mm と0.5mm との間であることを
特徴とするエレベータ
【請求項22】請求項1から21までのいずれかに記載のエレベータにおいて,該
エレベータは,機械室のないエレベータであることを特徴とするエレベータ


  • 28 -


(別紙2) 本件補正後の特許請求の範囲(甲20)
【請求項1】巻上機がトラクションシーブを介して1組の巻上ロープとかみ合い,
該1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,該ロープは,円
形および/または非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を有し,前記巻
上ロープは,軌道上を移動するカウンタウエイトおよびエレベータカーを支持する
エレベータにおいて,前記巻上ロープの鋼線の断面積は,約0.015㎟より大き
く,約0.2㎟より小さく,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を越える強
度を有し,前記巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにお
いては2.5~5mm であり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいて
は5~8mm であることを特徴とするエレベータ
【請求項2】請求項1に記載のエレベータにおいて,前記巻上ロープの鋼線の強度
は,約2300N/㎟より大きく,約2700N/㎟より小さいことを特徴とするエレ
ベータ
【請求項3】請求項1または2に記載のエレベータにおいて,該エレベータの巻上
機の重量は,該エレベータの公称負荷の重量の約1/5 以下であることを特徴とする
エレベータ
【請求項4】請求項1から3までのいずれかに記載のエレベータにおいて,該エレ
ベータの巻上機によって駆動される前記トラクションシーブの外側直径は約250
mm 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項5】請求項1から4までのいずれかに記載のエレベータにおいて,該エレ
ベータの巻上機の重量は,約100kg 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項6】請求項1から5までのいずれかに記載のエレベータにおいて,調速器
ロープの直径は,前記巻上ロープより太いことを特徴とするエレベータ
【請求項7】請求項1から6までのいずれかに記載のエレベータにおいて,調速器
ロープの直径は,前記巻上ロープと同じであることを特徴とするエレベータ
【請求項8】請求項1から7までのいずれかに記載のエレベータにおいて,該エレ


  • 29 -


ベータの巻上機の重量は,公称負荷の約1/6 以下であることを特徴とするエレベー

【請求項9】請求項8に記載のエレベータにおいて,該エレベータの巻上機の重量
は,公称負荷の約1/8 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項10】請求項8に記載のエレベータにおいて,該エレベータの巻上機の重
量は,公称負荷の約1/10 より少ないことを特徴とするエレベータ
【請求項11】請求項1から10までのいずれかに記載のエレベータにおいて,エ
レベータ機械とその支持要素の全重量は,公称負荷の約1/5 以下であることを特徴
とするエレベータ
【請求項12】請求項11に記載のエレベータにおいて,前記エレベータ機械とそ
の支持要素の全重量は,公称負荷の約1/8 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項13】請求項1から12までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記カーを支持するプーリの直径は,該カーを支持する構体に含まれる水平ビームの
高さ以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項14】請求項1から13までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記プーリは,少なくとも部分的に前記ビームの内部に配置されることを特徴とする
エレベータ
【請求項15】請求項1から14までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記エレベータカーの軌道はエレベータ昇降路内にあることを特徴とするエレベータ
【請求項16】請求項1から15までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記巻上ロープのストランド間および/またはワイヤ間の空間の少なくとも一部は,
ゴム,ウレタン,もしくは他の実質的に非流体性の媒体により充 されていること
を特徴とするエレベータ
【請求項17】請求項1から16までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記巻上ロープは,ゴム,ウレタン,もしくは他の非金属材料からなる表面コンポー
ネントを有することを特徴とするエレベータ


  • 30 -


【請求項18】請求項1から17までのいずれかに記載のエレベータにおいて,少
なくとも前記トラクションシーブのロープ溝は,非金属材料で被覆されていること
を特徴とするエレベータ
【請求項19】請求項1から18までのいずれかに記載のエレベータにおいて,前
記トラクションシーブは,少なくともロープ溝を含むリム部において,非金属材料
から作られていることを特徴とするエレベータ
【請求項20】巻上機がトラクションシーブを介して1組の巻上げロープとかみ合
い,該1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,該ロープは,
円形および/または非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を有し,前記
巻上ロープは,軌道上を移動するカウンタウエイトおよびエレベータカーを支持す
るエレベータにおいて,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を超える強度を
有し,前記巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいて
は2.5~5mm であり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5
~8mm であり,前記エレベータの巻上機によって駆動される前記トラクションシー
ブの外側直径は約250mm 以下であることを特徴とするエレベータ
【請求項21】巻上機がトラクションシーブを介して1組の巻上ロープとかみ合い,
該1組の巻上ロープは,実質的に円形の断面の巻上ロープを含み,該ロープは,円
形および/または非円形断面の鋼線からより合わされた負荷保持部を有し,前記巻
上ロープは,軌道上を移動するカウンタウエイトおよびエレベータカーを支持する
エレベータにおいて,前記巻上ロープの鋼線は,約2000N/㎟を超える強度を有
し,前記巻上ロープのワイヤの太さは,0.15mm と0.5mm との間であり,前記
巻上ロープの直径は,公称負荷が1000kg 未満のエレベータにおいては2.5~
5mm であり,公称負荷が1000kg より大きいエレベータにおいては5~8mm であ
ることを特徴とするエレベータ
【請求項22】請求項1から21までのいずれかに記載のエレベータにおいて,該
エレベータは,機械室のないエレベータであることを特徴とするエレベータ
top

Last Update: 2011-02-14 19:25:04 JST

top
……………………………………………………判決末尾top
メインサイト(Sphinx利用)GAE利用サイト知財高裁のまとめjimdoサイト携帯サイト