2011年3月23日水曜日

特許:【訂正の可否,新たな技術事項の導入】(基準)(判断),【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月23日判決(平成22年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件(特許)))






特許:【訂正の可否,新たな技術事項の導入】(基準)(判断),【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月23日判決(平成22年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件(特許)))





知的財産高等裁判所第1部「中野哲弘コート」


平成22(行ケ)10234 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月23日 知的財産高等裁判所 

(知財高裁平成23年3月23日判決(平成22年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件(特許)))


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【訂正の可否,新たな技術事項の導入】(基準)(判断),【容易想到性】「事実認定」


(知財高裁平成23年3月23日判決(平成22年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件(特許)))

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判示




第2 事案の概要

1 本件は,被告両名が権利者であり名称を「無水石膏の製造方法及び無水石膏焼成システム」とする発明についての特許第4202838号(出願日 平成15年6月25日,登録日 平成20年10月17日,請求項の数5。以下「本件特許」という。)の請求項1ないし5(以下「本件発明1」などといい,全体を「本件各発明」という。)に対し,原告が特許無効審判請求をし,被告らが平成22年1月22日付けで訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)をして対抗したところ,特許庁が,上記訂正請求を認めた上,請求不成立の審決をしたことから,これに不服の原告が取消しを求めた事案である。

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2 争点は,

①特許請求の範囲の減縮を理由とする本件訂正請求を認めたことが適法か,
②本件訂正後の請求項1ないし5記載の発明(以下「訂正後発明1」などという。)が下記引用例との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),
である。

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第4 当裁判所の判断

1 請求原因(1) (特許庁における手続の経緯),(2) (訂正前発明の内容),
(3) (本件訂正の内容),(4) (審決の内容)の各事実は,当事者間に争いが
ない。


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2 取消事由1(本件訂正の適否に関する判断の誤り)に対する判断

審決は,本件訂正は願書等に記載されている事項の範囲内の訂正であり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものでもないから適法であるとし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。

(1) 本件各発明の意義
ア 当初明細書(本件特許公報,甲10)には,次の記載がある。
・ 特許請求の範囲としての【請求項1】ないし【請求項5】は前記第3,
1(2) のとおり。
・【発明の詳細な説明】
【発明の属する技術分野】
「本発明は,石膏廃材を焼成して無水石膏,特にⅡ型無水石膏を焼成す
る焼成システム及び無水石膏の製造方法に関する。」(段落【0001】)

・【従来の技術】
「近年の石膏製品の需要の増加とともに,建築物の解体等に伴う石膏廃
材の発生量が増加している。特に,建築現場等で発生する廃石膏ボード
については,解体時の分別が困難であったり,リサイクル市場が不足し
ているため,そのほとんどが埋立処分されている。」(段落【0002】)

・「廃石膏ボードを埋め立てる場合には,管理型の産業廃棄物最終処分場
で処分することとされている。そのため,処理コストの増大を招くとと
もに,最終処分場の涸渇化の問題があり,石膏廃材の有効利用が期待さ
れている。」(段落【0003】)
・「そこで,本出願人は,ロータリーキルンを用い,炉内温度を焼点温度
500~1200℃及び窯尻温度300~950℃に制御して石膏廃
材を焼成することにより,Ⅱ型無水石膏の含有量が80重量%以上,半
水石膏とⅢ型無水石膏の合計含有量が10重量%以下,CaOの含有量
が10重量%以下,及び全有機炭素量0.3重量%以下の無水石膏類を


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製造する技術を提案した(特許文献1参照)。」(段落【0004】)
・「また,石膏廃材の有効利用に関する技術ではないが,特許文献2は,
無孔の底,材料のための入口及び出口,並びに逆円錐形の容器の底に隣
接して開いた熱ガス用の少なくとも1個の下方に向かって延設された
管を有する容器を含む粒状材料熱処理装置において,底を管の近くの底
で材料を制限するように形成し,ここで管から出る熱ガスが材料を加熱
し,循環させるようにした装置,いわゆるコニカルケトル炉を用いて無
水石膏を生成することの可能性に言及している。」(段落【0005】)

・【発明が解決しようとする課題】
「しかし,原料に石膏廃材を用いて無水石膏を製造する場合には,従来
のロータリーキルン等を用いて焼成すると,局所的に過剰に加熱される
部分が生じ,石膏廃材に高性能減水剤として混和されているナフタレン
スルホン酸基が分解されて硫黄酸化物が発生するおそれがあるという
問題があった。また,石膏自体も,1000℃以上に加熱すると,石膏
が熱分解して大量に硫黄酸化物が発生するおそれがあるという問題が
あった。」(段落【0007】)
・「さらに,ロータリーキルン,コニカルケトル炉等,使用する炉の種類
に関わらず,製品として得られるⅡ型無水石膏の純度を高く維持すると
ともに,燃費を低減することも要請されていた。」(段落【0008】)

・「そこで,本発明は,上記従来の技術における問題点に鑑みてなされた
ものであって,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制することができるととも
に,高純度のⅡ型無水石膏を得ることができ,燃費も低い無水石膏の製
造方法及び無水石膏焼成システムを提供することを目的とする。」(段
落【0009】)
・【課題を解決するための手段】
「上記目的を達成するため,本発明は,無水石膏の製造方法であって,


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内筒の内部で燃料を燃焼させて該内筒の下部の開口部から燃焼ガスを
噴出させ,前記内筒を囲繞し,下部が逆円錐状に形成された本体に石膏
廃材を供給し,該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840℃以下
に加熱しながら,前記燃焼ガスによって流動化させ,生じた無水石膏を
前記本体の内部から外部に排出することを特徴とする。」(段落【00
10】)
・「本発明にかかる無水石膏の製造方法は,粉粒体を流動化状態として,
高温の燃焼ガスを接触させて加熱する間接加熱方式を採用し,粉粒体層
は完全混合状態となり,全体として略々均一な温度となり,局所的に過
剰に加熱されることはないため,原料としての石膏廃材粉末が,石膏自
体の分解温度(1000℃以上)や,混和剤として含有されるナフタレ
ンスルホン酸基の分解温度(850℃以上)に加熱されることを避ける
ことができる。これによって,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制すること
ができる。ここで,石膏廃材粉末による粉粒体層温度を330℃~84
0℃に制御し,20分以上の滞留時間を与えることで,硫黄酸化物をほ
とんど発生させずに,石膏廃材中の2水石膏を完全にⅡ型無水石膏化す
ることができる。」(段落【0011】)
・「前記内筒及び本体を備える無水石膏焼成炉から排出される燃焼ガスを
集塵して捕集されるダストの70質量%以上を,該無水石膏焼成炉に戻
すことが好ましい。これによって,Ⅱ型無水石膏純度の低い飛散ダスト
を製品に混入することがなくなり,製品Ⅱ型無水石膏の高純度(95質
量%以上)が確保される。」(段落【0012】)
・「前記集塵を2段階で行い,前段の集塵を集塵効率90%以上のサイク
ロンで行うことが好適である。サイクロンで可能な限り高温でダストを
回収することにより,Ⅱ型無水石膏製造の熱量原単位を低減することが
できる。」(段落【0013】)


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・「また,前記前段の集塵を行うサイクロンを,前記無水石膏焼成炉の直
上に配置し,該サイクロンにて集塵したダストを輸送機を介さずに直接
該無水石膏焼成炉に戻すこともできる。これによって,集塵したダスト
を無水石膏焼成炉に戻す経路を最短とすることができ,熱量原単位をさ
らに低減することができる。」(段落【0014】)
・「さらに,本発明は,無水石膏焼成システムであって,下部に開口部を
備えた内筒と,該内筒を囲繞し,下部が逆円錐状に形成された本体とを
備え,前記内筒の内部で燃料が燃焼するとともに,前記開口部より燃焼
ガスが噴出し,前記本体の内部に供給された石膏廃材が該本体の内部で
加熱されながら,前記燃焼ガスによって流動化し,前記本体の内部から
外部に無水石膏として排出される無水石膏焼成炉と,該無水石膏焼成炉
から排出される燃焼ガスが導入され,該燃焼ガスに含まれるダストを第
一段階で集塵する,該無水石膏焼成炉直上に配置されたサイクロンと,
該サイクロンの排気を第二段階で集塵する集塵機とを備え,該サイクロ
ン及び該集塵機で捕集したダストを該無水石膏焼成炉に戻す経路を有
することを特徴とする。これによって,上述のように,硫黄酸化物の発
生を大幅に抑制しながら,石膏廃材から高純度のⅡ型無水石膏を低燃費
で製造することができる。」(段落【0015】)
・【発明の実施の形態】
・「次に,上記構成を有する無水石膏焼成システムの運転要領について,
図1乃至図3を参照しながら説明する。」(段落【0028】)
*【図1】(本件発明の無水石膏焼成システムの一実施の形態を示すフ
ローチャート)


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*【図3】(図1の無水石膏焼成システムの無水石膏焼成炉の断面図)


・「内筒12の内部に燃焼用空気管19を介して,ルーツブロワ7から燃
焼用空気Aを,燃料供給管11を介して燃料としての都市ガスGを供給
する。都市ガスGが内筒12の内部で燃焼し,内筒12の内部は,約1
200℃に維持される。一方,ホッパ8,スクリューフィーダ9,スク


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リューコンベア10から,原料供給管16を介して本体13の内部に石
膏廃材Mが供給される。本体13の内部は,通常,460℃程度に制御
されるが,石膏廃材または製品の種類に応じて330℃乃至840℃の
範囲で変化させることができる。」(段落【0029】)
・「内筒12の内部で都市ガスGが燃焼して発生した燃焼ガスは,スリッ
ト15から本体13の最下部に噴出する。この噴出した燃焼ガスにより
石膏廃材Mが本体13の下部3aにおいて流動化し,燃焼ガスと熱交換
する。熱交換が完了すると,石膏廃材Mは,製品としての無水石膏Pに
変化し,エアーランス14を介して導入されたコンプレッサ6からの圧
縮空気Cにより流動化され,開口部13dから製品排出管23を介して
系外に排出される。」(段落【0030】)
・「まず,実施例1~3及び比較例1で用いる試験装置について,図5を
参照しながら説明する。この試験装置は,無水石膏焼成炉31の本体3
3に燃焼用空気Aを供給するためのルーツブロワ41と,本体33に石
膏廃材Mを供給するための原料ホッパ42,スクリューフィーダ43,
及びスクリューコンベア44と,本体33に圧縮空気Cを供給するコン
プレッサ40と,本体33からの燃焼ガス中のダストを集塵して集塵し
たダストDを本体33または製品ホッパ45に戻すためのサイクロン
35,バグフィルタ36,及びスクリューコンベア38,39と,集塵
後の燃焼ガスを大気に放出するファン37とを備える。」(段落【00
33】)
*【図5】(本件発明の無水石膏焼成システムの試験装置を示すフロー
チャート)


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・「無水石膏焼成炉31は,下部のコーン部分の有効容積が1.5m3 で,
上部円筒部分の内径が1,850mmの試験用焼成炉である。また,無
水石膏焼成炉31からの排気経路に設けられたサイクロン35は,集塵
効率が93%であって,これによって排気ガスの第一段集塵を行い,さ
らにバグフィルタ36にて第二段集塵を行った後,ファン37を介して
排気ガスを大気に放出した。サイクロン35及びバグフィルタ36の捕
集ダストDは,合流した後,所定の割合をスクリューコンベア39を介
して無水石膏焼成炉31に戻し,残部を製品に混入した。無水石膏焼成
炉31の運転条件は,炉出口粉粒体温度が460℃,炉出口ガス温度が
410℃であり,時産0.70t-無水石膏/hを目標とした。」(段
落【0034】)
・「次に,実施例4で用いる試験装置について説明する。この試験装置の
全体構成は,図1に示したシステムと同様であって,無水石膏焼成炉1
は,上述の図5に示した無水石膏焼成炉31と同じものを用いた。無水
石膏焼成炉1の直上に集塵効率が93%のサイクロン2を設け,炉排気


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ガスの第一段集塵を行い,さらにバグフィルタ3にて第二段集塵を行っ
た後,ファン4を介して排気ガスを大気に放出した。サイクロン2の捕
集ダストDは,輸送機を介さず直接無水石膏焼成炉31に全量戻した。
また,バグフィルタ3の捕集ダストDも,スクリューコンベア5を介し
て全量無水石膏焼成炉31に戻した。無水石膏焼成炉1の運転条件は,
炉出口粉粒体温度が460℃,炉出口ガス温度が410℃であり,時産
0.70t-無水石膏/hを目標とした。」(段落【0035】)
・【表2】(段落【0041】)







・【発明の効果】
「以上説明したように,本発明にかかる無水石膏の製造方法及び無水石
膏焼成システムによれば,石膏廃材を焼成して無水石膏,特にⅡ型無水
石膏を焼成するにあたって,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制することが
でき,高純度のⅡ型無水石膏を低燃費で焼成することができる。」(段
落【0043】)
イ 上記記載によると,本件各発明は,石膏廃材を焼成して製造されるⅡ型
無水石膏の製造方法に関し,従来のロータリーキルン等を用いて焼成する
と局所的に過剰に加熱される部分が生じ,石膏廃材に高性能減水剤として
混和されているナフタレンスルホン酸基が分解されて硫黄酸化物が発生
したり,また,1000℃以上に加熱すると,石膏自体も熱分解して大量


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に硫黄酸化物が発生するおそれがあるという問題があったことに対し,硫
黄酸化物の発生を大幅に抑制することができるとともに,高純度のⅡ型無
水石膏を得ることができ,燃費も低い無水石膏の製造方法及び無水石膏焼
成システムを提供するために,内筒の内部で燃料を燃焼させて該内筒の下
部の開口部から燃焼ガスを噴出させ,前記内筒を囲繞し,下部が逆円錐状
に形成された本体に石膏廃材を供給し,該本体の内部で該石膏廃材を33
0℃以上840℃以下に加熱しながら,前記燃焼ガスによって流動化さ
せ,生じた無水石膏を前記本体の内部から外部に排出するという間接加熱
方式を採用することによって,原料としての石膏廃材粉末が,石膏自体の
分解温度(1000℃以上)やナフタレンスルホン酸基の分解温度(85
0℃以上)に加熱されることを避けることができ,それによって,硫黄酸
化物の発生を大幅に抑制しながら,石膏廃材中の二水石膏を完全にⅡ型無
水石膏化することができる無水石膏の製造方法及び無水石膏焼成システ
ム,という発明であることが認められる。

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(2) 本件訂正の内容
平成22年1月22日付けでなされた本件訂正は,訂正事項aないしdを
内容とするものであり,その内容は前記第3,1(3) のとおりである。
(3) 訂正事項aの適否について
ア 訂正事項aは,審決が認定するとおり,訂正事項(ⅰ)ないし(ⅵ)(審決
4頁17~32行)を含むものであるが,(ⅰ),(ⅲ),(ⅳ)及び(ⅵ)の訂
正については当事者間に争いがないので,訂正事項a(ii)の適否について
検討する。
イ(ア) 訂正事項a(ii)は,「『該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上8
40℃以下に加熱しながら』とあるのを,『該本体の内部で該石膏廃材
を,該本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になる
ように加熱しながら』に訂正する。」というものである。


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当該訂正事項は,本体の内部での石膏廃材の加熱に関し,「該本体の
内部で該石膏廃材を330℃以上840℃以下に加熱」とあるのを「該
本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるよう
に加熱」というように温度の測定位置と設定温度の範囲を限定するもの
であるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものと認められる。

(イ) ところで,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,
願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲
内においてしなければならず(特許法134条の2第5項,126条3
項),また,上記規定中,「願書に添附した明細書又は図面に記載した
事項の範囲内」とは,明細書又は図面のすべての記載を総合することに
より導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術
的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであると
きは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」におい
てするものということができるというべきである(なお,平成6年改正
前の特許法17条2項にいう「明細書又は図面に記載した事項」に関す
る知財高裁平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日特
別部判決参照)。そして,上記明細書又は図面のすべての記載を総合す
ることにより導かれる技術的事項は,必ずしも明細書又は図面に直接表
現されていなくとも,明細書又は図面の記載から自明であれば,特段の
事情がない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認めるの
が相当である。

(ウ) そこで,訂正事項a(ii)が「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」
でなされたか否かについて検討する。

a まず,訂正前の「該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840
℃以下に加熱しながら」との事項は,本体内部における石膏廃材の加
熱温度を330℃以上840℃以下という範囲に数値を限定するも


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のであるところ,上記当初明細書の記載(本件特許公報,甲10)に
よれば,上記数値限定の意味は,原料としての石膏廃材粉末からⅡ型
無水石膏を生成するために必要とされる温度(330℃以上)を下限
とし,石膏自体の分解温度(1000℃以上)や石膏廃材に混和剤と
して含有されるナフタレンスルホン酸基の分解温度(850℃以上)
に加熱されることを避けるための温度(840℃以下)を上限とする
ことによって,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制するための数値限定で
あると認められる(段落【0011】参照)。したがって,上記数値
限定事項は,本件各発明において,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制す
るという効果を奏するために「明細書又は図面によって開示された技
術的事項」であると認められる。

そこで,このような技術的事項を,訂正事項a(ii)の「該本体の内
部で該石膏廃材を,該本体出口における粉粒体温度が330℃以上5
00℃以下になるように加熱しながら」と訂正することが,上記技術
的事項との関係において,「新たな技術的事項を導入しないものであ
る」と認められるか否かが問題となる。

b ところで,本体内部の温度限定を「出口における粉粒体温度」と限
定することは,本体内部の温度限定を上位概念と捉えれば,当初明細
書等の実施例で記載されるとおり,本体内部に属する出口における粉
粒体温度に限定するものにすぎず,もともと当初明細書等の実施例に
おいては,【表2】において炉出口粉粒体温度で結果が表示されてい
るように,本体内部の温度の特定は炉出口における粉粒体温度でなさ
れていることを考慮すると,「出口における粉粒体温度」で限定する
ことは,当初明細書等の記載から自明である技術的事項と認められる
から,上記訂正をもって,「新たな技術的事項を導入しないもの」と
認めるのが相当である。


  • 49 -


c この点に関し,原告は,前記第3,1(5) ア(ア) aのとおり,当初
明細書等には,炉の本体内部の温度が本体出口部の温度と実質的に同
じとする記載は一切ないことや当初明細書等の段落【0030】の記
載を根拠に,石膏廃材の加熱温度を本体内部で規定することと,炉本
体出口の温度で規定することとは技術的な意味が異なると主張する。
しかし,当初明細書等に記載された実施例においては,炉出口粉粒
体温度が460℃になることを目標とした旨記載され(段落【003
4】,【0035】),当初明細書等の【表2】には,実施例におけ
る「炉出口粉粒体温度(℃)」が,「460℃」(実施例1),「4
70℃」(実施例2),「450℃」(実施例3),「470℃」(実
施例4)であったことが記載されていることから,本件各発明を具体
的に実施する際には,炉出口(本体出口)での粉粒体温度によって設
定温度を特定して運転条件を調整しているものと認められ,訂正前の
「本体内部で・・・以下に加熱しながら」との記載も必ずしも炉出口
以外の本体内部における最高温度領域の温度を測定することに限定
していると解することはできないこと,当初明細書等に記載された実
施例の加熱炉の炉出口とは,例えば,図3の記載によれば,「33 本
体」から「23 製品排出管」に通じる「13d 開口部」として図
示された箇所に相当すると認められるところ,本件各発明において
は,その構造上当該箇所が「23 製品排出管」の中にあって外気に
直接さらされる所ではないこと,石膏廃材Mは,噴出した燃焼ガスに
より本体13の下部3aにおいて流動化し,燃焼ガスと熱交換し,熱
交換が完了すると製品としての無水石膏Pに変化し,エアーランス1
4を介して導入されたコンプレッサ6からの圧縮空気Cにより流動
化されて,開口部13dから製品排出管23を介して排出されること
(段落【0030】)も考慮すれば,エアーランス14を介して導入


  • 50 -


されたコンプレッサ6からの圧縮空気Cによって,炉出口付近の石膏
廃材の温度が多少低くなることを考慮しても,本体出口において測定
される温度は,本体内部での加熱温度と実質的には変わらないとみる
ことが可能であるから,新たな技術的事項を導入したものとはいえ
ず,この点に関する原告の主張は採用することができない。

(エ) 次に「330℃以上500℃以下になるように加熱しながら」と訂正
する点について検討する。
a 訂正事項a(ii)の「・・・該石膏廃材を,・・・粉粒体温度が33
0℃以上500℃以下になるように加熱しながら」という事項は,本
体内部での石膏廃材の加熱に関し,粉粒体温度を330℃以上500
℃以下になるように数値範囲を限定するものであるから,訂正前の数
値限定の範囲の上限値を「840℃以下」から「500℃以下」に変
更するものである。
ところで,上記「500℃」という値は当初明細書等に明示的に表
現されているものではない。そこで,上記「500℃」という値が,
当初明細書等に記載された事項から自明であるといえるかどうかが
問題となる。

しかし,「500℃」という特定温度は,もともと訂正前の「33
0℃以上840℃以下」の温度の範囲内にある温度であるから,上記
「500℃」という温度が当初明細書等に明示的に表現されていない
としても,硫黄酸化物の発生抑制のための温度として分解温度以下で
ある以上他の温度と異なることはなく,実質的には記載されているに
等しいと認められること,当初明細書等に記載された実施例において
は,炉出口粉粒体温度が460℃になることを目標とした旨が記載さ
れ(段落【0034】,【0035】),当初明細書等の【表2】に
は,実施例における「炉出口粉粒体温度(℃)」が,「460℃」(実


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施例1),「470℃」(実施例2),「450℃」(実施例3),
「470℃」(実施例4)であったことが記載されていることからす
れば,具体例の温度自体にも開示に幅があるといえること,したがっ
て,具体的に開示された数値に対して30℃ないし50℃高い数値で
ある近接した500℃という温度を上限値として設定することも十
分に考えられること,また,訂正後の上限値である「500℃」に臨
界的意義が存しないことは当事者間に争いがないのであるから,訂正
前の上限値である「840℃」よりも低い「500℃」に訂正するこ
とは,それによって,新たな臨界的意義を持たせるものでないことは
もちろん,500℃付近に設定することで新たな技術的意義を持たせ
るものでもないといえるから,「500℃」という上限値は当初明細
書等に記載された事項から自明な事項であって,新たな技術的事項を
導入するものではないというべきである。

b この点に関し,原告は,前記第3,1(5) ア(ア) bのとおり,当初
明細書等の記載によると,実施例1ないし4の炉出口粉粒体温度は目
標値である460℃を中心に,上下に10℃の変動があることを示し
ているにすぎないにもかかわらず,審決の判断に基づくならば,炉出
口粉粒体温度を460℃を目標として本体炉内で加熱する場合,「5
00℃」という測定値は,目標温度に対し少なくとも上方に40℃程
度変動することもあり得る解釈となること,本件各発明の無水石膏の
製造方法における石膏廃材を加熱焼成してⅡ型無水石膏が得られる
反応は発熱反応ではなく吸熱反応であり,外部から熱を加えて石膏廃
材を処理する場合,通常,運転目標値に対して実測温度が目標値を中
心に平均的に上下にばらつくか低くなる傾向を示すのであって,実測
温度が若干高くなることが多くなるという技術的根拠はないから,運
転目標値に対して実測温度が若干高くなることが多くなることを根


  • 52 -


拠とした「500℃」の訂正は,特許明細書等の記載事項に新たな技
術的事項を導入するものである旨主張する。

しかし,新たな技術的事項を導入しないものか否かを判断するに際
しては,「500℃」という特定の温度が当初明細書等を総合した場
合に自明といえるか否かが問題となるのであって,本件各発明におい
ては,もともと「500℃」という特定の温度には何ら技術的意義は
ないのであるから,「500℃」という特定の温度が当初明細書等に
記載された実施例の目標温度や実測値と比較して多少高めの温度で
あったとしても,臨界的意義はもちろん技術的意義の面でも実質的な
差はない当初明細書等の「330℃以上840℃以下」という数値の
範囲内である限り,「500℃」の訂正は,特許明細書等の記載事項
に新たな技術的事項を導入するものとはいえないというべきであり,
この点に関する原告の主張は採用することができない。

(オ) 小括
以上のとおり,訂正事項a(ii)は,当初明細書等に記載した事項の範
囲内であって,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するもの
と認めることはできない。

ウ 訂正事項a(ⅴ)は,請求項5において上記訂正事項a(ii)と同様の訂
正をするものである。
したがって,訂正事項a(ii)と同様の理由により,訂正事項a(ⅴ)は,
請求の範囲を減縮するものであり,当初明細書等に記載した事項の範囲内
の訂正であって,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するもの
とは認められない。
(4) 訂正事項bの適否について
訂正事項bは,当初明細書等の段落【0010】において本件訂正事項a
と同様の訂正をするものである。


  • 53 -
    したがって,訂正事項bは,訂正事項aと同様の理由により,当初明細書


等に記載した事項の範囲内の訂正であって,かつ,実質上特許請求の範囲を
拡張し又は変更するものと認めることはできない。

(5) 訂正事項cの適否について
訂正事項cは,当初明細書等の段落【0011】において訂正事項aと同
様の訂正をするものである。
したがって,訂正事項cは,訂正事項aと同様の理由により,当初明細書
等に記載した事項の範囲内の訂正であって,かつ,実質上特許請求の範囲を
拡張し又は変更するものと認めることはできない。
(6) 訂正事項dの適否について
訂正事項dは,当初明細書等の段落【0015】において訂正事項aと同
様の訂正をするものである。
したがって,訂正事項dは,訂正事項aと同様の理由により,当初明細書
等に記載した事項の範囲内の訂正であって,かつ,実質上特許請求の範囲を
拡張し又は変更するものと認めることはできない。
(7) まとめ
以上のとおり,訂正事項aないしdの訂正はいずれも適法であって,同旨
の審決の判断に誤りはない。

top



3 取消事由2(訂正後発明についての進歩性に関する判断の誤り)に対する判


(1) 訂正後発明1について
ア(ア) 甲1発明の意義
a 甲1(特公昭60-9852号公報)には,次の記載がある。
・「特許請求の範囲
1 粉末化されたあるいは粒状の石膏,または他の粒状材料を熱処
理するための装置であって,使用に際しての前記材料により接触さ


  • 54 -


れる無孔底を有する容器,熱処理されるべき前記材料のための入
口,熱処理された材料のための出口,および少なくとも一本の下方
に延びて熱ガスを通すようになされて前記底に隣接して容器の内
側に開口した加熱管を具備し,前記容器は前記出口によって決まる
材料の高さでの容器の横断面積よりも小さな面積の底を提供すべ
く少なくとも使用中の材料で占められる区域の側壁が傾斜せしめ
られており,前記容器の前記底は前記底における粒状材料を前記開
口の近傍に制限すべく前記加熱管の前記開口に関して形状づけら
れ,寸法づけられかつ配置されておりそして前記容器の前記底は前
記加熱管の前記開口の底端より下に設けられた少なくとも一個の
内部突起を有し,しかして,操作中前記加熱管の下方部分から出る
熱ガスが熱処理された材料の堆積を阻止すべく前記底を横切って
連続的に前記材料を掃引するようになしたことを特徴とする粉末
化されたあるいは粒状の石膏,または他の粒状材料を熱処理するた
めの装置。
2 <略>
3 使用中の材料によって占められる容器の前記区域は逆円錐形
であり,かかる容器の垂直軸線に実質的に沿って前記加熱管が配置
されている特許請求の範囲第1項または第2項に記載の粉末化さ
れたあるいは粒状の石膏,または他の粒状材料を熱処理するための
装置。4 前記加熱管はその下方部分の側壁に付加的に複数のガス
分配孔を有する特許請求の範囲第1項から第3項のいずれか一項
に記載の粉末化されたあるいは粒状の石膏,または他の粒状材料を
熱処理するための装置。
5 前記加熱管は上方部分で燃料供給源および酸素含有ガス源に
接続されうるものであり,かつ前記加熱管は燃料バーナーを含む特


  • 55 -


許請求の範囲第1項から第4項のいずれか一項に記載の粉末化さ
れたあるいは粒状の石膏,または他の粒状材料を熱処理するための
装置。」
・【発明の詳細な説明】
・「本発明は粒状材料特に鉱物を熱処理するための,特に石膏(水和
硫酸カルシウム)を煆焼するための装置に関する。」(第3欄22
~24行)
・「本発明によれば,使用中容器含有物によって接触せしめられる無
孔底および熱処理される材料の入口,熱処理された材料の出口,お
よび底に隣接して容器の内面に向いて開いた,熱ガスの通路のため
に設けられた少なくとも一つの下方に向って延びた加熱管を有す
る容器からなる粒状材料を熱処理するための装置を提供し,この容
器の底は管開口近くで底で材料を制限させるように形作り,これに
よって使用中加熱管の下方部分から出る熱ガスは,底で材料を加熱
と同時に循環させ,これによって容器の内容物全部を実質的に攪拌
し加熱するようにする。」(第4欄18~29行)
・「容器を連続式で運転するとき,材料例えば硫酸カルシウム二水和
物のためのバルブ付入口を設け,熱処理された材料のためのバルブ
付出口または溢流装置を設けるのが好ましい。容器への材料の供給
または容器からの材料の放出を制御するため,適切な任意の方法を
使用できる。」(第7欄4~9行)
・「本発明の装置中での処理材料の流動化は,それが主として流入ガ
スによるにしろあるいは放出された蒸気による自己流動化による
にしろ,内容物の急速かつ効率的な混合に寄与し,熱伝達に寄与す
る,そしてまた連続運転中生成物の放出さえも容易にする。この使
用のために容器には機械的攪拌機を備える必要はない。」(第7欄


  • 56 -



34~40行)
・「主として有効煆焼温度を制御することによってこの装置で半水プ
ラスターおよび無水プラスターまたはその混合物の製造を行うこ
とができる。例えば処理すべき硫酸カルシウムの温度を約140~
170℃に保つならば,硫酸カルシウム二水和物からの主たる煆焼
生成物は半水石膏である,十方(判決注:「一方」の誤記と認めら
れる。)更に高い温度,約350℃以上の温度では主生成物は無水
硫酸カルシウムである。」(第8欄14~21行)
・「燃料ガス例えば天然ガスはパイプ16を介して,容器中の材料の
高さ10に近い所で管6内に配置したノズル混合形のガスバーナ
ー17に供給する。空気はファン19から空気パイプ18を通って
このバーナーに別々に供給する。ノズル混合バーナー17を通る燃
料/空気混合物はスパーク針20で点火され,燃焼による熱いガス
状生成物は管中を下方に向って通過し,その開放端13および孔1
4を通って出る。」(第9欄27~35行)
・ 第1図(本発明による円錐煆焼容器の略図)


  • 57 -


b 上記記載によると,甲1発明は,石膏を煆焼するための装置に関し,
主として有効煆焼温度を制御することによってこの装置で半水プラ
スター及び無水プラスター又はその混合物の製造を行うために,加熱
管内に配置した燃料バーナーを通る燃料/空気混合物に点火し,該加
熱管の下方部分の開口及びガス分配孔から燃焼による熱ガスを出し,
該加熱管は容器の垂直軸線に実質的に沿って配置された少なくとも
一本の下方に延びて熱ガスを通すようになされて容器の底に隣接し
て容器の内側に開口したものであり,該容器は熱処理された材料のた
めの出口によって決まる材料の高さでの容器の横断面積よりも小さ
な面積の底を提供すべく,少なくとも使用中の材料で占められる区域
が逆円錐形であり,該容器へ熱処理されるべき材料としての石膏を供
給し,前記石膏を約350℃以上の温度に保つように,加熱管の下方
部分から出る熱ガスで容器の底で加熱と同時に循環させて前記石膏
の流動化を起こさせ,前記熱処理された材料として生じた無水石膏を
容器の内部から外部に排出する無水石膏の製造方法という発明であ
ると認められる。
(イ) 甲2発明の意義
a 甲2(特開2002-86126号公開公報)には,次の記載があ
る。
・「【特許請求の範囲】
【請求項1】 セメントクリンカ焼成用のサスペンションプレヒー
タに石膏ボード廃材を給養し,下部から400~850℃の熱風を
吹き込むことにより,石膏ボード廃材の石膏と石膏に付着している
紙とを同時に焼成する方法。」
・【発明の詳細な説明】
・【発明の属する技術分野】


  • 58 -
    「本発明は,石膏ボード廃材の焼成方法に関するものである。」(段


落【0001】)
・【従来の技術】
「石膏ボード廃材は,石膏ボードおよびセメント原料への再利用が
期待されているが,ボード表面をおおう質量比7~10%の紙の混
入が問題となる。この紙の混入を防ぐ手段として,石膏ボード廃材
の紙と石膏を機械的に分離し,石膏を回収する方法および石膏ボー
ド廃材を焼成して石膏を回収する方法がある。」(段落【0003】)

・「前者の方法で回収した二水石膏は,セメント用の二水石膏として
使用した場合,セメントの強度低下および凝結時間が遅延し,分離
した紙の処分が問題となる。後者は,通常の手段で焼成すると,石
膏の分解によるSOxの発生と,紙の燃焼によるSOxの発生が問
題となる。」(段落【0004】)
・【発明が解決しようとする課題】
「石膏ボード廃材から石膏を回収するために,石膏ボード廃材に含
まれる紙を除去する手段として,焼成による方法が考えられるが,
ロータリーキルンとグレードクーラの組合せでは,石膏微粉の存在
のため温度コントロールが難しく,石膏の分解が起こらない温度ま
で加熱し,紙を完全燃焼させることは困難である。したがって,本
発明の目的は,石膏ボード廃材からリサイクル石膏を得る方法を提
供することである。」(段落【0005】)
・【課題を解決するための手段】
「上述した本発明の目的は,セメントクリンカ焼成用のサスペンシ
ョンプレヒータに石膏ボード廃材を給養し,下部から400~85
0℃の熱風を吹き込むことにより,石膏ボード廃材の石膏と石膏に
付着している紙とを同時に焼成し,焼成された石膏をロータリーキ


  • 59 -


ルンで冷却することにより達成される。」(段落【0006】)
・【発明実施の形態】
「石膏ボード廃材に含まれる紙を完全燃焼させるために必要な温度
は,紙の形態,粒度および燃焼時間によって異なるが,400~7
00℃の範囲であり,紙の耐火度が低い程,粒度の細かい程,燃焼
時間が長い程,低温で完全燃焼させることができる。」(段落【0
008】)
・「一方,加熱による石膏の分解は,約950℃から起こることが知
られており,石膏ボード廃材を石膏の分解が起こらない温度まで加
熱し,紙を完全に焼成するためには,石膏ボード廃材焼成時の温度
を400~850℃の範囲に維持する必要がある。」(段落【00
09】)
・「本発明における石膏ボード廃材の焼成方法は,ロータリーキルン
以外の熱風源において発生させた400~850℃の熱風をサス
ペンションプレヒータ下部に導入し,石膏ボード廃材をサスペンシ
ョンプレヒータに給養することにより,紙を完全に燃焼させると共
に,石膏の分解によるSOxの発生を抑制し,かつロータリーキル
ンにおいて回収物の冷却を行うものである。」(段落【0010】)
・「実施例および比較例の焼成品を粉末X線回折で確認したところ,
実施例1~3および比較例1,3の石膏の形態は,全て無水石膏で
あり,比較例2については,その殆どが無水石膏であったが,極微
量の半水石膏も含まれていた。焼成品の粉末X線回折の結果より,
上記表1における焼成品の強熱減量は,未燃焼の紙分の炭化に伴う
ものであると考えられ,強熱減量の値は,焼成品に含まれる不完全
燃焼の紙の割合を知る目安になるものと考えられる。」(段落【0
018】)


  • 60 -


b 上記記載によると,甲2発明は,石膏ボード廃材からリサイクル石
膏を得る方法として,石膏を通常の手段で焼成すると石膏の分解によ
るSOxが発生するため,石膏ボード廃材を石膏の分解が起こらない
温度まで加熱し,紙を完全に焼成するためには,石膏ボード廃材焼成
時の温度を400ないし850℃の範囲に維持する必要があるとの
認識の下,その解決手段として,セメントクリンカ焼成用のサスペン
ションプレヒータに石膏ボード廃材を給養し,下部から400ないし
850℃の熱風を吹き込むことにより,石膏ボード廃材の石膏と石膏
に付着している紙とを同時に焼成し,その結果,無水石膏を得ること
ができるという発明であることが認められる。
(ウ) 甲5発明の意義
a 甲5(特開平10-230242号公開公報)には,次の記載があ
る。
・【特許請求の範囲】
「【請求項1】 石膏ボード用原紙が付着している石膏ボード廃材
を間接加熱処理して,SOxを発生させることなく石膏ボード用原
紙を灰化させるとともに,該廃材から発生する排煙を燃焼用空気と
して用い臭気を除去することを特徴とする石膏ボード廃材の処理
方法。
【請求項2】 間接加熱処理温度が300~800℃である請求項
1に記載の石膏ボード廃材の処理方法。」
・【発明の詳細な説明】
・「以上の燃焼処理における温度及び時間について説明する。廃材の
加熱温度としては原紙部分を灰化させ得て,且つ石膏が熱分解して
亜硫酸ガス(SOx)を発生しない温度であればよい。その温度は
加熱処理する廃材量や滞留時間によっても異なるが,焼成品の出口


  • 61 -


温度として通常は300~800℃,好ましくは500~600℃
である。300℃に達しない温度では回収される石膏はⅢ型無水石
膏であるために再利用には好都合であるが,原紙部分を灰化させる
のに長時間を要するために全体としての処理効率が悪い。」(段落
【0015】)
・「これに比べて500~600℃の温度では,回収される石膏は,
Ⅲ型無水石膏とⅡ型無水石膏との混合物となるが,比較的短時間で
原紙部分を灰化することができるので好ましい。一方,熱処理温度
が800℃を超える温度では,石膏が熱分解して亜硫酸ガスが発生
し始め,回収される石膏はⅡ型無水石膏と生石灰の混合物となるの
で好ましくない。尚,加熱時間は上記の加熱温度や装置の処理容量
等との関係によって変化するが,例えば,加熱時間が500~60
0℃である場合には,約5~10分間程度で十分である。」(段落
【0016】)
・【実施例】
「次に実施例及び比較例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。
石膏ボード廃材・・・を,図1のAの粗粉砕機及び圧縮機にかけ・
・・。次にそれらをBの振動篩にかけて・・・比較例試料1を得た。
・・・又,上記比較例試料1を高速衝撃粉砕機Bにかけて原紙部分
を解繊し,・・・比較例試料2を得た。
これらの比較例試料1及び比較例試料2を,図2に示したような
傾斜(度)のあるステンレス製2重管の内筒側に仕込み(内筒径3
00mmφ,内筒回転速度2~3rpm,仕込量300kg/H),
排煙を燃焼用空気として回収しながら,内筒外面をLNGバーナー
を用い,回収石膏出口の石膏温度が550±50℃となるように加
熱して,実施例試料1を得た。この時の各試料の内筒内滞留時間は


  • 62 -


それぞれ約3分間であった。・・・
・・・同様に仕込量600kg/Hで,回収石膏出口の石膏温度
が750±50℃となるように加熱し,内筒内滞留時間約1分30
秒で,Ⅲ型無水石膏が約20重量%,Ⅱ型無水石膏が約80重量%
の実施例試料3を得た。・・・実施例試料2~3を得る際,いずれ
も排気にはいわゆる煙は見られず,亜硫酸ガス臭もなかった。又,
回収石膏にも生石灰は確認されなかった。」(段落【0025】~
【0027】)
b 上記記載によると,甲5発明は,石膏ボード用原紙が付着している
石膏ボード廃材を間接加熱処理して石膏ボード用原紙を灰化させる
ことを特徴とする石膏ボード廃材の処理方法に関し,SOxを発生さ
せることなく処理するために,間接加熱処理温度を300ないし80
0℃,好ましくは500ないし600℃に設定して焼成した結果,Ⅱ
型無水石膏が約80重量%の無水石膏を得ることができる,という発
明であるこが認められる。
(エ) 周知例につき
a 甲14発明
(a) 甲14(特開平6-142633号公報)には,次の記載がある。

・【特許請求の範囲】
「【請求項1】 石膏ボード芯の少なくとも一部に石膏ボード用
原紙が付着してなる石膏ボードの廃材を加熱して石膏ボード用
原紙を炭化させることを特徴とする石膏ボード廃材から石膏を
回収する方法。」
・【発明の詳細な説明】
・「また,得られる石膏を単に増量材として,或はアルカリ剤の存
在下で水和させて再利用する場合には,石膏ボードの廃材を36


  • 63 -


0℃以上で,好ましくは360~600℃で加熱して原紙を炭化
させ脱水した石膏の殆どがⅡ型無水石膏とすることもできるし,
原紙を燃焼させて石膏をⅡ型無水石膏とすることもできる。」
(段落【0006】)
・「実施例1
石膏ボードの廃材(厚さ12mm の石膏ボードの端材,原紙は全
体の約7%)を破砕機により破砕し,9mm 目篩をパスした石膏ボ
ードの破砕品を得た。この破砕品10kg(原紙の量約700g )
を撹拌機付き間接伝熱竪釜石膏加熱装置により加熱し原紙を炭
化させた。このときの加熱時間は180分で焼き上げ温度は30
0℃であった。この加熱品の石膏部分をX線回析で確認したとこ
ろ,二水石膏及びⅡ型無水石膏はなく全てⅢ型無水石膏であっ
た。」(段落【0008】)
(b) 上記記載によると,甲14発明は,石膏ボード廃材から石膏を回
収する方法に関し,石膏ボードの廃材を,間接伝熱竪釜石膏加熱装
置により,好ましくは360ないし600℃で加熱して原紙を炭化
させ脱水した石膏のほとんどをⅡ型無水石膏とする,という発明で
あることが認められる。
b 甲11ないし甲13
(a) 甲11(特開平5-293350号公報)には,次の記載がある。

・「従来,石膏-水スラリー用分散剤として高度な分散性を示すナ
フタレンスルホン酸ホルムアルデヒド縮合物(以下ナフタレン系
と称す)が知られている。」(段落【0002】)
(b) 甲12(特開平6-127994号公報)には,次の記載がある。

・「従来,石膏-水スラリー用分散剤として高度な分散性を示すナ
フタレンスルホン酸ホルムアルデヒド縮合物(以下ナフタレン系


  • 64 -


と称す)が知られている。」(段落【0002】)
(c) 甲13(特開2002-68820号公報)には,次の記載があ
る。
・「従来,石膏ボード等に用いられる石膏スラリーの製造には,分
散剤としてリグニンスルホン酸塩やナフタレンスルホン酸塩ホ
ルムアルデヒド縮合物,・・・等が使用されている・・・。」(段
落【0002】)

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イ 相違点aに関する判断について
(ア) 審決は,訂正後発明1と甲1発明とは,「内筒の内部で燃料を燃焼さ
せて該内筒の下部の開口部から燃焼ガスを噴出させ,前記内筒を囲繞
し,下部が逆円錐状に形成された本体に石膏を供給し,該本体の内部で
該石膏を,加熱しながら,前記燃焼ガスによって流動化させ,生じた無
水石膏を前記本体の内部から外部に排出する無水石膏の製造方法」の点
で一致し,下記の点で相違しているとした上,相違点aについては甲1
ないし甲9,甲11ないし甲17のいずれによっても当業者が容易に想
到し得たということはできない,としている。

相違点a:訂正後発明1では,本体に供給する石膏が「ナフタレンス
ルホン酸基を含む石膏廃材」であるのに対し,甲1発明で
は,石膏(硫酸カルシウム二水和物)であるものの,ナフ
タレンスルホン酸基を含む石膏廃材であるとの特定がさ
れていない点。
相違点b:訂正後発明1では,本体の内部で材料を「本体出口におけ
る粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように」
加熱するのに対し,甲1発明では,「約350℃以上の温
度に保つように」加熱している点。


  • 65 -
    相違点c:訂正後発明1では,加熱により生じた無水石膏を「Ⅱ型無


水石膏」と特定するのに対して,甲1発明では,単に「無
水石膏」であって型を特定していない点。
(イ) まず,前記甲2,甲5及び甲14の記載からすれば,石膏廃材のよう
な石膏製品の二水石膏を加熱脱水することで半水石膏や無水石膏を再
製できることは当該技術分野における周知技術であると認められる。
したがって,石膏を加熱して無水石膏を得る技術が開示されている甲
1発明において,加熱する石膏として「石膏廃材」を用いることは容易
に想到し得ることである。
次に,前記甲11ないし甲13の記載によれば,ナフタレンスルホン
酸基を含むナフタレンスルホン酸ホルムアルデヒド縮合物は石膏ボー
ドに含有させる成分として周知であること,甲2,甲5及び甲14発明
においては,石膏廃材を加熱すると硫黄酸化物が発生するため,その加
熱温度の上限をそれぞれ850℃及び800℃と設定していることが
認められる。
そうすると,ナフタレンスルホン酸基の分解温度である850℃以下
において石膏廃材を加熱して無水石膏を焼成することは出願当時周知
技術であったと認められるから,甲1発明において,このような周知技
術を前提として,「ナフタレンスルホン酸基を含む石膏廃材」を供給す
る石膏として用いることは容易に想到し得ると認めるのが相当である。
(ウ) この点に関して被告らは,前記第3,3(2) ア(ア) cないしfのとお
り,石膏の分解温度より低い850℃でナフタレンスルホン酸基が分解
して硫黄酸化物が発生してしまうという訂正後発明1に示された課題
認識は相違点aを判断する上で重要な要素であるところ,上記課題を指
摘した文献はなく,甲2ないし甲5にも上記課題認識について記載もな
ければ示唆もないから,そのような課題認識のない状況で「ナフタレン


  • 66 -


スルホン酸基を含むものと含まないものもある多様な石膏廃材」から
「ナフタレンスルホン酸基を含むもの」を特定することはできない旨主
張する。
確かに,本件訂正明細書(甲20)の段落【0011】には「本発明
にかかる無水石膏の製造方法は,粉粒体を流動化状態として,高温の燃
焼ガスを接触させて加熱する間接加熱方式を採用し,粉粒体層は完全混
合状態となり,全体として略々均一な温度となり,局所的に過剰に加熱
されることはないため,原料としての石膏廃材粉末が,石膏自体の分解
温度(1000℃以上)や,混和剤として含有されるナフタレンスルホ
ン酸基の分解温度(850℃以上)に加熱されることを避けることがで
きる。これによって,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制することができる。
ここで,本体出口の粉粒体温度を330℃以上500℃以下に制御する
ことで,硫黄酸化物をほとんど発生させずに,石膏廃材中の2水石膏を
完全にⅡ型無水石膏化することができる。」(下線は訂正部分)との記
載があり,上記記載によれば,訂正後発明1においては,石膏の分解温
度(1000℃)より低い850℃でナフタレンスルホン酸基が分解し
て硫黄酸化物が発生してしまうという課題認識のもとに,ナフタレンス
ルホン酸基の分解温度(850℃以上)に加熱されることを避けるため
に,本体出口の粉粒体温度を330℃以上500℃以下に制御すること
で,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制する技術的事項が記載されていると
認められる。
しかし,上記(イ) のとおり,甲2及び甲5発明においては,石膏廃材
のような石膏製品の二水石膏を加熱すると硫黄酸化物が発生するため,
その加熱温度の上限をそれぞれ850℃及び800℃と設定しており,
その上限温度は訂正後発明1の課題認識に基づく上限温度850℃以
下であるから,上記課題認識の有無にかかわらず,甲1発明に適用され


  • 67 -


る周知技術において既に上記課題解決のための手段が達成されている
ばかりか,甲2及び甲5発明で示されている技術を用いる限り,「石膏
の分解温度より低い850℃でナフタレンスルホン酸基が分解して硫
黄酸化物が発生してしまう」という課題自体が発生しないのであって,
それでも訂正後発明1と同じ作用効果を達成しているのであるから,甲
1,甲2,甲5,甲11ないし甲14に上記課題認識について記載や示
唆がないことは当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知
識を有する者)が訂正後発明1を想到することの妨げとなるものではな
いというべきである。
また,被告らは,上記課題認識のない状況で「ナフタレンスルホン酸
基を含むものと含まないものもある多様な石膏廃材」から「ナフタレン
スルホン酸基を含むもの」を特定することはできない旨主張するが,上
記課題自体がそもそも発生しない状況で訂正後発明1と同じ課題解決
手段を有する周知技術を適用するに当たり,「ナフタレンスルホン酸基
を含むものと含まないものもある多様な石膏廃材」から「ナフタレンス
ルホン酸基を含むもの」を特定することは,単なる材料の選択の問題に
すぎないというべきである。
したがって,この点に関する被告らの主張は採用できない。
(エ) 以上のとおり,相違点aについて容易想到ではないとした審決の判断
は誤りである。

top
ウ 相違点bに関する判断について
(ア) 相違点bは,前記のとおり,訂正後発明1では,本体の内部で材料を
「本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるよ
うに」加熱するのに対し,甲1発明では,「約350℃以上の温度に保
つように」加熱している点,というものである。
ここで,本体の内部で材料を「本体出口における粉粒体温度が330


  • 68 -


℃以上500℃以下になるように」加熱すると特定することは,前記2
(3) イ(ウ) のとおり,本体内部での材料の加熱温度を特定することと実
質的に変わらないとみることができる。そうすると,訂正後発明1と甲
1発明とは,相違点bに関し,本体内部で石膏を加熱する温度範囲を特
定する点では共通するものであるが,加熱温度範囲の下限値が,前者で
は「330℃」であるのに対し後者では「350℃」と異なる点,及び
上限値が前者では「500℃以下」であるのに対し,後者では上限値を
特定していない点で相違しているとみることができる。

(イ) そこで検討するに,まず下限値が異なる点であるが,訂正後発明1及
び甲1発明のいずれにおいても,下限値はもともと石膏廃材等の二水石
膏からⅡ型無水石膏を焼成するために必要な温度が少なくとも330
℃以上であることによって設定される数値であるから,下限値を「33
0℃」に設定することと「350℃」に設定することには実質的な差違
はないと認められる。
次に,訂正後発明1では上限値を「500℃以下」と定めているのに
対し,甲1発明では上限値を設定していない点であるが,前記イ(ウ) の
とおり,本件訂正明細書(甲20)の段落【0011】の記載によれば,
訂正後発明1においては,石膏の分解温度(1000℃)より低い85
0℃でナフタレンスルホン酸基が分解して硫黄酸化物が発生してしま
うという課題認識のもとに,ナフタレンスルホン酸基の分解温度(85
0℃以上)に加熱されることを避けるために,本体出口の粉粒体温度を
330℃以上500℃以下に制御することで,硫黄酸化物の発生を大幅
に抑制するという技術的事項が記載されていると認められるものの,訂
正後発明1において上限値として臨界的意義を有しているのはナフタ
レンスルホン酸基の分解温度(850℃以上)以下で加熱することであ
って,前記2(3) イ(エ) で認定したとおり,もともと上限値を「500


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℃以下」と設定した点については臨界的意義はもちろんのこと何らの技
術的意義も存しないのであるから,「500℃」という特定の温度を設
定することについては格別の創意工夫を要しないこと,さらに,甲2,
甲5及び甲14の各記載によれば,石膏廃材を加熱すると硫黄酸化物が
発生するという課題認識の下にそれを抑制するために,加熱温度の範囲
をそれぞれ,甲2では「400~850℃」,甲5では「300~80
0℃,好ましくは500~600℃」,甲14では「360~600℃」
と設定していることからすれば,甲1発明において,硫黄酸化物の発生
を極力抑制することを念頭に置いて甲2,甲5及び甲14に記載された
周知技術を用いて,上限を「500℃以下」と設定することは,当業者
が容易に想到し得ることであると認めるのが相当である。
(ウ) この点に関して,被告らは,前記第3,3(2) ア(イ) のとおり,訂正
後発明1において「本体出口における粉粒体温度が330℃以上500
℃以下になるように加熱」することで,本体の内部で石膏廃材を330
℃以上840℃以下に加熱することができるのであるから,「500
℃」という上限温度は「ナフタレンスルホン酸基の分解温度(850℃
以上)」以上に加熱しないという技術的意義を有しているとし,「50
0℃」という温度設定に技術的意義があることを前提として縷々主張す
るが,上記(イ)のとおり,「500℃」という温度設定には何らの技術
的意義もないのであって,仮に被告らの主張を前提としても,「500
℃」という温度と「850℃」というナフタレンスルホン酸基の分解温
度を結びつける記載もないのであるから,「500℃」という温度設定
に被告らの主張するような技術的意義を認めることはできない。したが
って,「500℃」という温度設定に技術的意義があることを前提とす
る被告らの主張はいずれも採用することができない。
(エ) よって,相違点bについて容易想到ではないとした審決の判断も誤り


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である。
エ なお,審決は,訂正明細書等の段落【0011】の記載や【表2】の実
施例を指摘して,訂正後発明1では,上限値を「500℃」と特定するこ
とによって,95質量%を超える高純度のⅡ型無水石膏が得られるという
効果があるとし,これは,甲1,甲2,甲5及び甲14にはみられない顕
著な効果である旨と判断しているが(審決24頁23行~26頁23行),
このような純度の向上に関する効果は,訂正明細書等の段落【0011】,
【0012】,【0042】によれば,集塵手段を用いて捕集ダストを循
環させることによって生じているものであって,決して,本体出口におけ
る粉粒体温度の上限値を「500℃」と設定したことによって生じる効果
ではないから,この点に関する審決の判断も誤りである。
オ 以上のとおり,訂正後発明1は,甲1発明及び甲2,甲5,甲11ない
し14に記載された周知技術によって,当業者が容易に想到しうるものと
いうべきであるから,審決には訂正後発明1に関する進歩性の判断を誤っ
た違法がある。
(2) 訂正後発明2ないし4について
訂正後発明2ないし4は訂正後発明1についてさらに特定事項を加えた
ものと認められるから,訂正後発明1が容易想到である以上,これらの発明
についても当業者が容易に発明することができたものというほかない。した
がって,審決には訂正後発明2ないし4に関する進歩性の判断を誤った違法
がある。
(3) 訂正後発明5について
訂正後発明5は訂正後発明1ないし4を実施するためのシステムに関す
る発明であって,訂正後発明1の特定事項と実質的に同じ特定事項を有する
ものであって,訂正後発明1について述べた相違点aないしcと実質的に同
じ相違点が含まれると認められるから,訂正後発明1が容易想到である以


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上,訂正後発明5についても当業者が容易に発明することができたものとい
うほかない。したがって,審決には訂正後発明5に関する進歩性の判断を誤
った違法がある。
4 結論
以上のとおりであるから,原告の取消事由1の主張は理由がないが,取消事
由2は理由があるので,審決は違法として取り消しを免れない。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所 第1部

裁判長裁判官 中 野 哲 弘

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【訂正の可否,新たな技術事項の導入】(基準)(判断)


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「基準」

「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は, 願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならず(特許法134条の2第5項,126条3項),また,上記規定中,「願書に添附した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」とは,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」においてするものということができるというべきである(なお,平成6年改正前の特許法17条2項にいう「明細書又は図面に記載した事項」に関する知財高裁平成18年(行ケ)第10563号平成20年5月30日特別部判決参照)。そして,上記明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項は,必ずしも明細書又は図面に直接表現されていなくとも,明細書又は図面の記載から自明であれば,特段の事情がない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認めるのが相当である。」(知財高裁平成23年3月23日判決(平成22年(行ケ)第10234号 審決取消請求事件(特許)))

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「判断」「あてはめ」例

(ウ) そこで,訂正事項a(ii)が「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」でなされたか否かについて検討する。

a まず,訂正前の「該本体の内部で該石膏廃材を330℃以上840 ℃以下に加熱しながら」との事項は,本体内部における石膏廃材の加熱温度を330℃以上840℃以下という範囲に数値を限定するものであるところ,上記当初明細書の記載(本件特許公報,甲10)によれば,上記数値限定の意味は,原料としての石膏廃材粉末からⅡ型無水石膏を生成するために必要とされる温度(330℃以上)を下限とし,石膏自体の分解温度(1000℃以上)や石膏廃材に混和剤として含有されるナフタレンスルホン酸基の分解温度(850℃以上)に加熱されることを避けるための温度(840℃以下)を上限とすることによって,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制するための数値限定であると認められる(段落【0011】参照)。したがって,上記数値限定事項は,本件各発明において,硫黄酸化物の発生を大幅に抑制するという効果を奏するために「明細書又は図面によって開示された技術的事項」であると認められる。

そこで,このような技術的事項を,訂正事項a(ii)の「該本体の内部で該石膏廃材を,該本体出口における粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱しながら」と訂正することが,上記技術的事項との関係において,「新たな技術的事項を導入しないものである」と認められるか否かが問題となる。

b ところで,本体内部の温度限定を「出口における粉粒体温度」と限定することは,本体内部の温度限定を上位概念と捉えれば,当初明細書等の実施例で記載されるとおり,本体内部に属する出口における粉粒体温度に限定するものにすぎず,もともと当初明細書等の実施例においては,【表2】において炉出口粉粒体温度で結果が表示されているように,本体内部の温度の特定は炉出口における粉粒体温度でなされていることを考慮すると,「出口における粉粒体温度」で限定することは,当初明細書等の記載から自明である技術的事項と認められるから,上記訂正をもって,「新たな技術的事項を導入しないもの」と認めるのが相当である。


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c この点に関し,原告は,前記第3,1(5) ア(ア) aのとおり,当初明細書等には,炉の本体内部の温度が本体出口部の温度と実質的に同じとする記載は一切ないことや当初明細書等の段落【0030】の記載を根拠に,石膏廃材の加熱温度を本体内部で規定することと,炉本体出口の温度で規定することとは技術的な意味が異なると主張する。

しかし,当初明細書等に記載された実施例においては,炉出口粉粒体温度が460℃になることを目標とした旨記載され(段落【0034】,【0035】),当初明細書等の【表2】には,実施例における「炉出口粉粒体温度(℃)」が,「460℃」(実施例1),「470℃」(実施例2),「450℃」(実施例3),「470℃」(実施例4)であったことが記載されていることから,本件各発明を具体的に実施する際には,炉出口(本体出口)での粉粒体温度によって設定温度を特定して運転条件を調整しているものと認められ,訂正前の「本体内部で・・・以下に加熱しながら」との記載も必ずしも炉出口以外の本体内部における最高温度領域の温度を測定することに限定していると解することはできないこと,当初明細書等に記載された実施例の加熱炉の炉出口とは,例えば,図3の記載によれば,「33 本体」から「23 製品排出管」に通じる「13d 開口部」として図示された箇所に相当すると認められるところ,本件各発明においては,その構造上当該箇所が「23 製品排出管」の中にあって外気に直接さらされる所ではないこと,石膏廃材Mは,噴出した燃焼ガスにより本体13の下部3aにおいて流動化し,燃焼ガスと熱交換し,熱交換が完了すると製品としての無水石膏Pに変化し,エアーランス14を介して導入されたコンプレッサ6からの圧縮空気Cにより流動化されて,開口部13dから製品排出管23を介して排出されること(段落【0030】)も考慮すれば,エアーランス14を介して導入されたコンプレッサ6からの圧縮空気Cによって,炉出口付近の石膏廃材の温度が多少低くなることを考慮しても,本体出口において測定される温度は,本体内部での加熱温度と実質的には変わらないとみることが可能であるから,新たな技術的事項を導入したものとはいえず,この点に関する原告の主張は採用することができない。

(エ) 次に「330℃以上500℃以下になるように加熱しながら」と訂正する点について検討する。

a 訂正事項a(ii)の「・・・該石膏廃材を,・・・粉粒体温度が330℃以上500℃以下になるように加熱しながら」という事項は,本体内部での石膏廃材の加熱に関し,粉粒体温度を330℃以上500℃以下になるように数値範囲を限定するものであるから,訂正前の数値限定の範囲の上限値を「840℃以下」から「500℃以下」に変更するものである。

ところで,上記「500℃」という値は当初明細書等に明示的に表現されているものではない。そこで,上記「500℃」という値が,当初明細書等に記載された事項から自明であるといえるかどうかが問題となる。

しかし,「500℃」という特定温度は,もともと訂正前の「330℃以上840℃以下」の温度の範囲内にある温度であるから,上記「500℃」という温度が当初明細書等に明示的に表現されていないとしても,硫黄酸化物の発生抑制のための温度として分解温度以下である以上他の温度と異なることはなく,実質的には記載されているに等しいと認められること,当初明細書等に記載された実施例においては,炉出口粉粒体温度が460℃になることを目標とした旨が記載され(段落【0034】,【0035】),当初明細書等の【表2】には,実施例における「炉出口粉粒体温度(℃)」が,「460℃」(実施例1),「470℃」(実施例2),「450℃」(実施例3),「470℃」(実施例4)であったことが記載されていることからすれば,具体例の温度自体にも開示に幅があるといえること,したがって,具体的に開示された数値に対して30℃ないし50℃高い数値である近接した500℃という温度を上限値として設定することも十分に考えられること,また,訂正後の上限値である「500℃」に臨界的意義が存しないことは当事者間に争いがないのであるから,訂正前の上限値である「840℃」よりも低い「500℃」に訂正することは,それによって,新たな臨界的意義を持たせるものでないことはもちろん,500℃付近に設定することで新たな技術的意義を持たせるものでもないといえるから,「500℃」という上限値は当初明細書等に記載された事項から自明な事項であって,新たな技術的事項を導入するものではないというべきである。

b この点に関し,原告は,前記第3,1(5) ア(ア) bのとおり,当初明細書等の記載によると,実施例1ないし4の炉出口粉粒体温度は目標値である460℃を中心に,上下に10℃の変動があることを示しているにすぎないにもかかわらず,審決の判断に基づくならば,炉出口粉粒体温度を460℃を目標として本体炉内で加熱する場合,「500℃」という測定値は,目標温度に対し少なくとも上方に40℃程度変動することもあり得る解釈となること,本件各発明の無水石膏の製造方法における石膏廃材を加熱焼成してⅡ型無水石膏が得られる反応は発熱反応ではなく吸熱反応であり,外部から熱を加えて石膏廃材を処理する場合,通常,運転目標値に対して実測温度が目標値を中心に平均的に上下にばらつくか低くなる傾向を示すのであって,実測温度が若干高くなることが多くなるという技術的根拠はないから,運転目標値に対して実測温度が若干高くなることが多くなることを根拠とした「500℃」の訂正は,特許明細書等の記載事項に新たな技術的事項を導入するものである旨主張する。

しかし,新たな技術的事項を導入しないものか否かを判断するに際しては,「500℃」という特定の温度が当初明細書等を総合した場合に自明といえるか否かが問題となるのであって,本件各発明においては,もともと「500℃」という特定の温度には何ら技術的意義はないのであるから,「500℃」という特定の温度が当初明細書等に記載された実施例の目標温度や実測値と比較して多少高めの温度であったとしても,臨界的意義はもちろん技術的意義の面でも実質的な差はない当初明細書等の「330℃以上840℃以下」という数値の範囲内である限り,「500℃」の訂正は,特許明細書等の記載事項に新たな技術的事項を導入するものとはいえないというべきであり,この点に関する原告の主張は採用することができない。

(オ) 小括
以上のとおり,訂正事項a(ii)は,当初明細書等に記載した事項の範囲内であって,かつ,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更するものと認めることはできない。


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H230328現在のコメント


訂正を認め,容易想到性を否定して,審決取消を認めた判決です。

容易想到性の事実認定判決でもあります。

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Last Update: 2011-03-28 17:06:11 JST

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……………………………………………………判決末尾top
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