2010年11月30日火曜日

特許:特許法29条2項所定の要件の判断方法「基準」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))





top

目 次


特許:特許法29条2項所定の要件の判断方法「基準」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))





知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」



top



縮小版




特許法29条2項所定の要件の判断方法



「特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。」(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))



H221221現在のコメント



特許法29条2項所定の要件判断方法について判示しています。原則論をいいながら,これにしたがっていないからといって必ずしも違法でないことを判示しました。

ただ,審決を救ったものといえますから,これに従うべきだ!という強い意思がある判決です。



判決原文(引用)



top



第2 事案の概要





1 特許庁における手続の経緯



被告は,発明の名称を「ショーツ,水着等の衣料」とする発明について,平成11年5月26日,国際特許出願(特願2000-620828号)をし,平成15年1月17日,特許権の設定登録を受けた(特許第3389573号。甲15。以下「本件特許」といい,同特許に係る発明を「本件発明」という。)。原告は,平成21年6月23日,本件特許について特許無効審判を請求し(甲14。無効2009-800134号),審判手続中に証拠として甲1ないし8を提出した。特許庁は,平成22年2月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同年3月5日原告に送達された。

2 本件特許の一部譲渡

共同訴訟参加人(以下「参加人」という。)は,被告から本件特許の一部を譲り受けたとして,平成22年3月31日付けで,特許庁に対し,移転登録申請を行い登録がされた(乙1,丙1)。参加人は,平成22年5月15日,本訴について,適法に参加の申立てをした。

3 特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(なお,構成要件の各分説及びその符号は,審判におけるものである。また,本件特許に係る願書に添付された図面1,2,5は,順に別紙図面1ないし3のとおりである。)

以下,略



4 審決の理由



本件発明は,以下のとおり,登録実用新案第3022949号公報(甲1),特開昭62-141101号公報(甲2),特開昭50-83153号公報(甲3),特開平9-316708号公報(甲4)及び特公平4-40441号公報(甲5)に記載された発明によって,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件特許を無効とすることはできない。以下,略

(2) 一方,構成要件C,E及びFを兼ね備えることは,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていない。甲2の第6図(判決注・別紙図面4),及び甲5の第4図(判決注・別紙図面5)は,縫合線が後部ウエスト部を通るものではないから構成要件Fと異なるし,また,後身頃が下方窄まりの形状であるから構成要件Cとも異なる。さらに,甲4の図6(判決注・別紙図面6)に示されたもので,布辺部1A1,1A2,1B1,1 B2を縫合したものが,後身頃に相当すると解した場合には,構成要件E及びFを兼ね備えたということができるが,構成要件Cは備えていない。と,判断した(別
紙審決書写し参照)。



第5 当裁判所の判断



当裁判所は,原告が主張する取消事由には,理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。



1 はじめに


(1)特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。

top

(2)ところで,審決は,前記第2の4のとおり,本件発明と先行技術とを対比し,相違点を認定することなく,「1」本件明細書に基づいて,本件発明の技術的意義について検討し,同意義を,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点にあるとした上で,「2」構成要件C,E及びFを兼ね備えた技術は,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていないと判断して,本件発明は,原告の主張に係る各引用発明から容易に想到することができないとの結論を導いている。この点,特許法29条2項所定の容易想到性の有無を判断するに当たり,特定の引用発明と対比して,相違点を認定することをせずに,先に,当該発明の技術的意義なるものを設定した上で,各引用発明に当該発明の技術的意義が記載されているか否かを判断する手法は,判断の客観性を担保する観点に照らし疑問が残るといえる。

しかし,本件においては,原告(無効審判請求人)は,無効審判手続において,甲1の図1,2には構成要件AないしEが記載又は示唆され,甲1の図4(A)には構成要件Fが示唆され,甲2には構成要件Fが示唆され,甲4の図2には構成要件D及び構成要件Bが示唆され,甲5には構成要件Fが示唆されているなどとの主張はするものの,特定の先行技術を主たる引用発明として挙げた上で,本件発明との相違点に係る構成を明らかにし,従たる引用発明等を組み合わせることによって,本件発明に至ることが容易であるとする論理的な主張を明確にしているわけではない。このような無効審判手続における原告の無効主張の内容に照らすならば,本件における審決の判断手法が,直ちに違法であるとまではいえない(なお,このような場合であっても,審判体としては,「1」原告に対して釈明を求めて,本件発明が容易想到であるとの原告の主張(論理)を明確にさせた上で判断するか,あるいは,「2」原告に対する釈明を求めることなく,原告の挙げた引用発明を前提として,それらの引用発明との相違点を認定した上で,本件発明の相違点に係る構成が容易想到であるか否かを,個別具体的に判断するか,いずれかの審理を採用するのが望ましいといえる。)。


top



2 取消事由2について



先に,取消事由2について,判断する。

(1)原告は,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,縫合線が後部ウエスト部からヒップ頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成(構成要件F)が示唆されていると主張する。

・・・略・・・

以上のとおり,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,構成要件Fが示唆されているとはいえない。したがって,上記各証拠に構成要件Fが示唆されているとする原告の上記主張は採用することができない。そして,本件全証拠によるも,前記刊行物に記載された技術及びその他の技術を組み合わせることによって,構成要件F(縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成)を備えることが容易であると判断するに足りる証拠はない。

(2)なお,原告は,本件審判手続中に,大手衣料メーカーのショーツの実測結果であるとして甲6ないし8を提出する。しかし,上記各証拠には,本件特許出願日前に存在したショーツの実測結果が記載されているか否かは明らかでなく,上記各証拠をもって本件発明の容易想到性を判断することはできない。また,原告は,本訴において,審判手続において提出されていなかった甲9ないし13を提出し,これに基づき,構成要件Cを備えることが,容易である旨主張する。しかし,上記各証拠は,本件特許出願日当時における技術常識の内容及びその存在を立証するための証拠を追加するものとは認められず,新たな無効理由を主張するものであるから,上記各証拠に基づく原告の主張は許されない。

以上のとおりであり,原告の取消事由2に係る主張は,失当である。

top



3 取消事由1について



次いで,取消事由1について判断する。

原告は,審決には,本件発明の技術的意義の認定に当たり,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがあると主張する。

しかし,原告の主張は,第3の1で注記したとおり,採用の限りでない。

まず,審決は,本件発明の技術的意義との概念を使用して,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fを同時に併せ持つものであるとした上で,甲号各証には,同構成要件を同時に併せ持つものを記載ないし示唆したものは存在しないとの判断をしている。これに対して,原告が,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fに加えて,構成要件Aをも併せ持つものと認定すべきであると主張することは,審決の論理を前提とする限り,より多くの技術的要素を同時に備えていることが必須であると主張することとなり,原告にとっては,むしろ不利益な主張であって,審決の判断に影響を与えるものとはいえない。原告の主張を前提としても,審決が,本件発明の容易想到性を判断するに当たり,構成要件C,E,Fを取り上げて判断したことに誤りがあるとの結論を導くこともできず,原告の上記主張は採用することができない。


top



判決原文(全文)




平成22(行ケ)10096等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成22年11月30日 知的財産高等裁判所 



top

1

平成22年11月30日判決言渡

平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件

平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件

平成22年10月26日口頭弁論終結

top



判 決


原 告 株式会社山忠

訴訟代理人弁理士 庄 司 建 治

被 告 Y

共同訴訟参加人 トラタニ株式会社

両名訴訟代理人弁理士 鈴 江 正 二

同 木 村 俊 之

top



主 文


1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

top



事実及び理由




第1 請求


特許庁が無効2009-800134号事件について平成22年2月23日にした審決を取り消す。



第2 事案の概要




1 特許庁における手続の経緯


被告は,発明の名称を「ショーツ,水着等の衣料」とする発明について,平成11年5月26日,国際特許出願(特願2000-620828号)をし,平成15年1月17日,特許権の設定登録を受けた(特許第3389573号。甲15。以下「本件特許」といい,同特許に係る発明を「本件発明」という。)。原告は,平成21年6月23日,本件特許について特許無効審判を請求し(甲14。無効2009-800134号),審判手続中に証拠として甲1ないし8を提出した。特許庁は,平成22年2月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同年3月5日原告に送達された。

top



2 本件特許の一部譲渡


共同訴訟参加人(以下「参加人」という。)は,被告から本件特許の一部を譲り受けたとして,平成22年3月31日付けで,特許庁に対し,移転登録申請を行い登録がされた(乙1,丙1)。参加人は,平成22年5月15日,本訴について,適法に参加の申立てをした。

top




3 特許請求の範囲の記載


本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(なお,構成要件の各分説及びその符号は,審判におけるものである。また,本件特許に係る願書に添付された図面1,2,5は,順に別紙図面1ないし3のとおりである。)

【請求項1】

A 下方開放状の足口(15)を左右対称に形成した伸縮性を有する前身頃(11)の左右端縁(16,16)の各下端部を,左右の足口内周のヒップ裾ライン(15a,15a)の下端部と交差させ,かつ,前記左右端縁(16,16)の各上下方向中間部から下端部までの間の部分を外方へ凸型の曲縁(16a)でつなぐ形に裁断し,

B 該曲縁(16a)の上下方向中間部より下方部(16b)は直線または曲線状に形成してあり,

C 伸縮性を有する後身頃(12)はこれの左右端縁(19,19)の各上下方向中間部から下端部までの間の部分(19a)が下方拡がりの形に裁断してあり,

D しかも,後身頃(12)の左右端縁(19,19)の下端部間の幅(P)は上記前身頃(11)の左右端縁(16,16)の下端部間の幅(H)に対して0.6倍以上で6倍以下に設定され,

E これら後身頃(12)の左右端縁(19,19)と前身頃(11)の左右端縁(16,16)とは縫合され,

F この縫合線(L)が後部ウエスト部(24,25)からヒップの頂部(T)より外側に迂回してヒップ裾ライン(15a)に至るように形成していることを特徴とするショーツ,水着等の衣料。

top



4 審決の理由


本件発明は,以下のとおり,登録実用新案第3022949号公報(甲1),特開昭62-141101号公報(甲2),特開昭50-83153号公報(甲3),特開平9-316708号公報(甲4)及び特公平4-40441号公報(甲5)に記載された発明によって,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件特許を無効とすることはできない。すなわち,

(1) 本件発明は,前記構成要件AないしFを備えることにより,着用時には激しく腰を曲げるなどして動いてもヒップ裾ラインのずり上がりを防止でき,直立姿勢時にヒップ下部,臀溝部に「弛みじわ」,及び「だぶつき」が発生することが殆ど無く美しいヒップ裾ラインを出すことができ,座り姿勢でも縫合線による違和感がほとんど無く,またタイトな薄い外衣を着用したときにもその縫合線に沿ったラインが外衣に目立ちにくくなるという作用効果を奏するものである。そして,本件明細書の記載を総合すると,本件発明においては,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点に技術的意義があるといえる。

(2) 一方,構成要件C,E及びFを兼ね備えることは,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていない。甲2の第6図(判決注・別紙図面4),及び甲5の第4図(判決注・別紙図面5)は,縫合線が後部ウエスト部を通るものではないから構成要件Fと異なるし,また,後身頃が下方窄まりの形状であるから構成要件Cとも異なる。さらに,甲4の図6(判決注・別紙図面6)に示されたもので,布辺部1A1,1A2,1B1,1B2を縫合したものが,後身頃に相当すると解した場合には,構成要件E及びFを兼ね備えたということができるが,構成要件Cは備えていない。と,判断した(別紙審決書写し参照)。

top



第3 取消事由に関する原告の主張



本件発明は,以下のとおり,発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者ならば,刊行物等に基づき容易に着想することができる発明であり,これと異なる判断をした審決は誤りである。

top



1 取消事由1


審決は,本件発明においては,構成要件C,E,Fを兼ね備える点に技術的意義があると認定している。しかし,本件発明は,共に限定された形状をもって裁断される前身頃(構成要件A)及び後身頃(構成要件C)の縫合線がヒップ頂部より外側に迂回すること(構成要件E,F)が兼ね備わることに技術的意義があり,共に限定形状の前身頃と後身頃を縫合させないと縫合線をヒップ頂部より外側に迂回させることができない。

審決は,本件発明の技術的意義の認定において,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがある。

(判決注当裁判所は,原告の取消事由に係る主張は,自己に不利な主張であり,その主張自体失当であると解するが,その点はさておいて,原告の主張するとおり,摘示した。)

5 top



2 取消事由2


構成要件C,E,Fを兼ね備えることは,次のとおり,刊行物に示唆されている。



(1) 構成要件Cに関する示唆の有無について


甲1には,図1(別紙図面7),図2(別紙図面8)に示す実施例について,「1は下方拡がりの形状の後身頃片(半折して図示)」,「図1の記号1と下方拡がりの端縁(6a)」との記載があり,後身頃が下方拡がりの形に裁断してあること(構成要件C)が記載ないし示唆されている。また,甲9ないし13にも,上記構成要件Cに近似した構成が示されている。

top



(2) 構成要件Eに関する示唆の有無について


甲1には,図1(別紙図面7)に示す実施例について,「2は左右後身頃片に縫合される側部片(左右一対),3は側部片と縫合されて前身頃を構成する前身頃片(半折して図示)」と記載され,甲4には,図2(別紙図面9)において,前身頃に当たる布片(1A),(1B)の端縁と下方拡がりの後身頃片が縫合されている実施例が示されており,前身頃と後身頃が縫合されること(構成要件E)が示唆されている。

top



(3) 構成要件Fに関する示唆の有無について


甲1には,図4(A)(別紙図面10)において,立体ショーツの後身頃と前身頃の左右対称の縫合線が,臀部の頂部より外側に迂回する構成が示されている。また,甲2には,第6図(別紙図面4)に示す実施例について,「そうして臀部充当片aの臀部縫合辺2は臀部のトップ付近またはその外寄りを通過する」と記載されている。さらに,甲4には,図6(別紙図面6)に示す実施例について,「図6は本発明に係るヒップ体形をシェープアップする衣類として適用したパンティ型のショートガードルの他の実施の形態を示す背面図であり,この場合は,上記左右二枚の布片1A,1Bのうち,上記裏面側縫合線3Bの両側のウエストライン部5から左右の臀部の外周を通って上記股布4の上端縁4eよりも上部位置の裏面側縫合線3Bに至るほぼ円弧状縫合線8A,8Bを形成して,・・・」と記載されている。上記刊行物においては,縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至るように形成していること(構成要件F)が示唆されている。



(4) したがって,本件発明の構成要件C,E,Fを兼ね備えた構成に着想することは容易であった。



top



第4 被告及び参加人の反論



以下のとおり,原告の主張には理由がなく,審決に誤りはない。



1 取消事由1に対し



審決は,構成要件C,E,Fを兼ね備えることの容易想到性について検討し,それに想到することが容易ではないから,構成要件Aについて検討するまでもなく,本件発明の容易想到性を否定しているのであって,構成要件Aに技術的特徴があることを看過したものではない。

また,原告の主張は,構成要件C,E,Fの相互関係を断ち切り,それらを別々に把握した上,個々の構成要件が,別個の文献又は同一文献でも別個の箇所に別個の技術的思想として記載されていることを指摘するものにすぎず,本件発明が容易想到であるとする根拠を示していない。

さらに,甲9ないし13は,審判段階で提出されておらず,本訴において追加したものであり,審理の対象とすることは許されない。

top



2 取消事由2に対し


甲1には,図4(A)(別紙図面10)に示す実施例の縫合線がヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されているとは記載されていない。仮にこれが認められるとしても,甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例の後身頃は,下方窄まりの形状であるから,構成要件Cを備えていない。甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例が,本件発明の構成要件C,E,Fを兼ね備えているとはいえない。


以上のとおり,取消事由2に関する原告の主張は,失当である。

top



第5 当裁判所の判断



当裁判所は,原告が主張する取消事由には,理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

top



1 はじめに


(1)特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。


(2)ところで,審決は,前記第2の4のとおり,本件発明と先行技術とを対比し,相違点を認定することなく,①本件明細書に基づいて,本件発明の技術的意義について検討し,同意義を,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点にあるとした上で,②構成要件C,E及びFを兼ね備えた技術は,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていないと判断して,本件発明は,原告の主張に係る各引用発明から容易に想到することができないとの結論を導いている。この点,特許法29条2項所定の容易想到性の有無を判断するに当たり,特定の引用発明と対比して,相違点を認定することをせずに,先に,当該発明の技術的意義なるものを設定した上で,各引用発明に当該発明の技術的意義が記載されているか否かを判断する手法は,判断の客観性を担保する観点
に照らし疑問が残るといえる。

top

しかし,本件においては,原告(無効審判請求人)は,無効審判手続において,甲1の図1,2には構成要件AないしEが記載又は示唆され,甲1の図4(A)には構成要件Fが示唆され,甲2には構成要件Fが示唆され,甲4の図2には構成要件D及び構成要件Bが示唆され,甲5には構成要件Fが示唆されているなどとの主張はするものの,特定の先行技術を主たる引用発明として挙げた上で,本件発明との相違点に係る構成を明らかにし,従たる引用発明等を組み合わせることによって,本件発明に至ることが容易であるとする論理的な主張を明確にしているわけではない。このような無効審判手続における原告の無効主張の内容に照らすならば,本件における審決の判断手法が,直ちに違法であるとまではいえない(なお,このような場合であっても,審判体としては,①原告に対して釈明を求めて,本件発明が容易想到であるとの原告の主張(論理)を明確にさせた上で判断するか,あるいは,②原告に対する釈明を求めることなく,原告の挙げた引用発明を前提として,それらの引用発明との相違点を認定した上で,本件発明の相違点に係る構成が容易想到であるか否かを,個別具体的に判断するか,いずれかの審理を採用するのが望ましいといえる。)。


top



2 取消事由2について



先に,取消事由2について,判断する。

(1)原告は,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,縫合線が後部ウエスト部からヒップ頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成(構成要件F)が示唆されていると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり,採用の限りでない。すなわち,甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例においては,縫合線が,後部ウエスト部から形成されていない上,ヒップの頂部より外側を迂回しているか否かも判然としない(なお,後身頃が下方拡がりの形に裁断されておらず,構成要件Cも有していない。)。

また,甲2には,第6図(別紙図面4)に示す実施例について,「臀部充当片aの臀部縫合辺2は臀部のトップ付近またはその外寄りを通過する・・・」(3頁右上欄13~14行)との記載があるが,縫合線(縫合辺)が後部ウエスト部から出発していない上,ロングガードルに関する発明であって,縫合線(縫合辺)が裾ぐり辺16にまで達しており,ヒップ裾ラインに至るように形成されていない(なお,後身頃が下方拡がりの形に裁断されておらず,構成要件Cも有していない。)。

さらに,甲4には,図6(別紙図面6)に示す実施例について,「・・・左右二枚の布片1A,1Bのうち,上記裏面側縫合線3Bの両側のウエストライン部5から左右の臀部の外周部を通って上記股布4の上端縁4eよりも上部位置の裏面側縫合線3Bに至るほぼ円弧状縫合線8A,8Bを形成して,・・・」(4欄44~48行)との記載があるところ,布片部1A1,1A2,1B1及び1B2の各縫合線(縫合辺)は,後部ウエスト部からヒップ裾ラインに至るように形成されていない(仮に,甲4の図6(別紙図面6)の布片部1A1,1A2,1B1及び1B2を縫合したものが本件発明の後身頃に相当するものだとしても,これが下方拡がりの形に裁断されているとは認められず,構成要件Cを有していない。)。

以上のとおり,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,構成要件Fが示唆されているとはいえない。したがって,上記各証拠に構成要件Fが示唆されているとする原告の上記主張は採用することができない。そして,本件全証拠によるも,前記刊行物に記載された技術及びその他の技術を組み合わせることによって,構成要件F(縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成)を備えることが容易であると判断するに足りる証拠はない。

(2)なお,原告は,本件審判手続中に,大手衣料メーカーのショーツの実測結果であるとして甲6ないし8を提出する。しかし,上記各証拠には,本件特許出願日前に存在したショーツの実測結果が記載されているか否かは明らかでなく,上記各証拠をもって本件発明の容易想到性を判断することはできない。また,原告は,本訴において,審判手続において提出されていなかった甲9ないし13を提出し,これに基づき,構成要件Cを備えることが,容易である旨主張する。しかし,上記各証拠は,本件特許出願日当時における技術常識の内容及びその存在を立証するための証拠を追加するものとは認められず,新たな無効理由を主張するものであるから,上記各証拠に基づく原告の主張は許されない。

以上のとおりであり,原告の取消事由2に係る主張は,失当である。

top



3 取消事由1について



次いで,取消事由1について判断する。

原告は,審決には,本件発明の技術的意義の認定に当たり,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがあると主張する。

しかし,原告の主張は,第3の1で注記したとおり,採用の限りでない。まず,審決は,本件発明の技術的意義との概念を使用して,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fを同時に併せ持つものであるとした上で,甲号各証には,同構成要件を同時に併せ持つものを記載ないし示唆したものは存在しないとの判断をしている。これに対して,原告が,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fに加えて,構成要件Aをも併せ持つものと認定すべきであると主張することは,審決の論理を前提とする限り,より多くの技術的要素を同時に備えていることが必須であると主張することとなり,原告にとっては,むしろ不利益な主張であって,審決の判断に影響を与えるものとはいえない。原告の主張を前提としても,審決が,本件発明の容易想到性を判断するに当たり,構成要件C,E,Fを取り上げて判断したことに誤りがあるとの結論を導くこともできず,原告の上記主張は採用することができない。

top



4 結論



以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官

飯 村 敏 明

裁判官

中 平 健

裁判官

知 野 明

(別紙)図面1 図面2
図面3 図面4
図面5 図面6
13
図面7 図面8
図面9 図面10

top

Last Update: 2011-01-20 20:42:19 JST


top
……………………………………………………
知財高裁のまとめ公式サイトiPad用(GAE利用サイト)携帯サイト

test:特許:特許法29条2項所定の要件の判断方法「基準」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))





top


特許:特許法29条2項所定の要件の判断方法「基準」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))




知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」




縮小版




特許法29条2項所定の要件の判断方法


「特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。」(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件,平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件))

top



H221221現在のコメント


特許法29条2項所定の要件判断方法について判示しています。原則論をいいながら,これにしたがっていないからといって必ずしも違法でないことを判示しました。

top



判決原文(引用)


top


第2 事案の概要


1 特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「ショーツ,水着等の衣料」とする発明について,平成11年5月26日,国際特許出願(特願2000-620828号)をし,平成15年1月17日,特許権の設定登録を受けた(特許第3389573号。甲15。以下「本件特許」といい,同特許に係る発明を「本件発明」という。)。原告は,平成21年6月23日,本件特許について特許無効審判を請求し(甲14。無効2009-800134号),審判手続中に証拠として甲1ないし8を提出した。特許庁は,平成22年2月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同年3月5日原告に送達された。

2 本件特許の一部譲渡

共同訴訟参加人(以下「参加人」という。)は,被告から本件特許の一部を譲り受けたとして,平成22年3月31日付けで,特許庁に対し,移転登録申請を行い登録がされた(乙1,丙1)。参加人は,平成22年5月15日,本訴について,適法に参加の申立てをした。

3 特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(なお,構成要件の各分説及びその符号は,審判におけるものである。また,本件特許に係る願書に添付された図面1,2,5は,順に別紙図面1ないし3のとおりである。)以下,略

top



4 審決の理由


本件発明は,以下のとおり,登録実用新案第3022949号公報(甲1),特開昭62-141101号公報(甲2),特開昭50-83153号公報(甲3),特開平9-316708号公報(甲4)及び特公平4-40441号公報(甲5)に記載された発明によって,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件特許を無効とすることはできない。以下,略

(2) 一方,構成要件C,E及びFを兼ね備えることは,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていない。甲2の第6図(判決注・別紙図面4),及び甲5の第4図(判決注・別紙図面5)は,縫合線が後部ウエスト部を通るものではないから構成要件Fと異なるし,また,後身頃が下方窄まりの形状であるから構成要件Cとも異なる。さらに,甲4の図6(判決注・別紙図面6)に示されたもので,布辺部1A1,1A2,1B1,1 B2を縫合したものが,後身頃に相当すると解した場合には,構成要件E及びFを兼ね備えたということができるが,構成要件Cは備えていない。と,判断した(別紙審決書写し参照)。

top



第5 当裁判所の判断


当裁判所は,原告が主張する取消事由には,理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

top



1 はじめに


(1)特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のうち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。

(2)ところで,審決は,前記第2の4のとおり,本件発明と先行技術とを対比し,相違点を認定することなく,「1」本件明細書に基づいて,本件発明の技術的意義について検討し,同意義を,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点にあるとした上で,「2」構成要件C,E及びFを兼ね備えた技術は,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていないと判断して,本件発明は,原告の主張に係る各引用発明から容易に想到することができないとの結論を導いている。この点,特許法29条2項所定の容易想到性の有無を判断するに当たり,特定の引用発明と対比して,相違点を認定することをせずに,先に,当該発明の技術的意義なるものを設定した上で,各引用発明に当該発明の技術的意義が記載されているか否かを判断する手法は,判断の客観性を担保する観点に照らし疑問が残るといえる。

しかし,本件においては,原告(無効審判請求人)は,無効審判手続において,甲1の図1,2には構成要件AないしEが記載又は示唆され,甲1の図4(A)には構成要件Fが示唆され,甲2には構成要件Fが示唆され,甲4の図2には構成要件D及び構成要件Bが示唆され,甲5には構成要件Fが示唆されているなどとの主張はするものの,特定の先行技術を主たる引用発明として挙げた上で,本件発明との相違点に係る構成を明らかにし,従たる引用発明等を組み合わせることによって,本件発明に至ることが容易であるとする論理的な主張を明確にしているわけではない。このような無効審判手続における原告の無効主張の内容に照らすならば,本件における審決の判断手法が,直ちに違法であるとまではいえない(なお,このような場合であっても,審判体としては,「1」原告に対して釈明を求めて,本件発明が容易想到であるとの原告の主張(論理)を明確にさせた上で判断するか,あるいは,「2」原告に対する釈明を求めることなく,原告の挙げた引用発明を前提として,それらの引用発明との相違点を認定した上で,本件発明の相違点に係る構成が容易想到であるか否かを,個別具体的に判断するか,いずれかの審理を採用するのが望ましいといえる。)。

top



2 取消事由2について


先に,取消事由2について,判断する。

(1)原告は,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,縫合線が後部ウエスト部からヒップ頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成(構成要件F)が示唆されていると主張する。

・・・略・・・

以上のとおり,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,構成要件Fが示唆されているとはいえない。したがって,上記各証拠に構成要件Fが示唆されているとする原告の上記主張は採用することができない。そして,本件全証拠によるも,前記刊行物に記載された技術及びその他の技術を組み合わせることによって,構成要件F(縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成)を備えることが容易であると判断するに足りる証拠はない。

(2)なお,原告は,本件審判手続中に,大手衣料メーカーのショーツの実測\ 結果であるとして甲6ないし8を提出する。しかし,上記各証拠には,本件特許出願日前に存在したショーツの実測結果が記載されているか否かは明らかでなく,上記各証拠をもって本件発明の容易想到性を判断することはできない。また,原告は,本訴において,審判手続において提出されていなかった甲9ないし13を提出し,これに基づき,構成要件Cを備えることが,容易である旨主張する。しかし,上記各証拠は,本件特許出願日当時における技術常識の内容及びその存在を立証するための証拠を追加するものとは認められず,新たな無効理由を主張するものであるから,上記各証拠に基づく原告の主張は許されない。

以上のとおりであり,原告の取消事由2に係る主張は,失当である。

top



3 取消事由1について


次いで,取消事由1について判断する。

原告は,審決には,本件発明の技術的意義の認定に当たり,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがあると主張する。

しかし,原告の主張は,第3の1で注記したとおり,採用の限りでない。

まず,審決は,本件発明の技術的意義との概念を使用して,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fを同時に併せ持つものであるとした上で,甲号各証には,同構成要件を同時に併せ持つものを記載ないし示唆したものは存在しないとの判断をしている。これに対して,原告が,本件発明の技術的意義は, 構成要件C,E,Fに加えて,構成要件Aをも併せ持つものと認定すべきであると主張することは,審決の論理を前提とする限り,より多くの技術的要素を同時に備えていることが必須であると主張することとなり,原告にとっては,むしろ不利益な主張であって,審決の判断に影響を与えるものとはいえない。原告の主張を前提としても,審決が,本件発明の容易想到性を判断するに当たり,構成要件C,E,Fを取り上げて判断したことに誤りがあるとの結論を導くこともできず,原告の上記主張は採用することができない。

top



判決原文(全文)


top


平成22(行ケ)10096等 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成22年11月30日 知的財産高等裁判所


1

平成22年11月30日判決言渡

平成22年(行ケ)第10096号審決取消請求事件

平成22年(行ケ)第10161号共同訴訟参加事件

平成22年10月26日口頭弁論終結

判 決

原 告 株式会社山忠

訴訟代理人弁理士 庄 司 建 治

被 告 Y

共同訴訟参加人 トラタニ株式会社

両名訴訟代理人弁理士 鈴 江 正 二

同 木 村 俊 之

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

top



第1 請求


特許庁が無効2009-800134号事件について平成22年2月23日にした審決を取り消す。

top



第2 事案の概要


1 特許庁における手続の経緯

被告は,発明の名称を「ショーツ,水着等の衣料」とする発明について,平成11年5月26日,国際特許出願(特願2000-620828号)をし,平成15年1月17日,特許権の設定登録を受けた(特許第3389573号。甲15。以下「本件特許」といい,同特許に係る発明を「本件発明」という。)。 原告は,平成21年6月23日,本件特許について特許無効審判を請求し(甲14。無効2009-800134号),審判手続中に証拠として甲1ないし8を提出した。特許庁は,平成22年2月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同年3月5日原告に送達された。

2 本件特許の一部譲渡

共同訴訟参加人(以下「参加人」という。)は,被告から本件特許の一部を譲り受けたとして,平成22年3月31日付けで,特許庁に対し,移転登録申請を行い登録がされた(乙1,丙1)。参加人は,平成22年5月15日,本訴について,適法に参加の申立てをした。

3 特許請求の範囲の記載

本件特許の特許請求の範囲は,次のとおりである(なお,構成要件の各分説及びその符号は,審判におけるものである。また,本件特許に係る願書に添付された図面1,2,5は,順に別紙図面1ないし3のとおりである。)

【請求項1】

A 下方開放状の足口(15)を左右対称に形成した伸縮性を有する前身頃(11)の左右端縁(16,16)の各下端部を,左右の足口内周のヒップ裾ライン(15a,15a)の下端部と交差させ,かつ,前記左右端縁(16,16)の各上下方向中間部から下端部までの間の部分を外方へ凸型の曲縁(16a)でつなぐ形に裁断し,

B 該曲縁(16a)の上下方向中間部より下方部(16b)は直線または曲線状に形成してあり,

C 伸縮性を有する後身頃(12)はこれの左右端縁(19,19)の各上下方向中間部から下端部までの間の部分(19a)が下方拡がりの形に裁断してあり,

D しかも,後身頃(12)の左右端縁(19,19)の下端部間の幅(P)は上記前身頃(11)の左右端縁(16,16)の下端部間の幅(H)に対して0.6倍以上で6倍以下に設定され,

E これら後身頃(12)の左右端縁(19,19)と前身頃(11)の左右端縁(16,16)とは縫合され,

F この縫合線(L)が後部ウエスト部(24,25)からヒップの頂部(T)より外側に迂回してヒップ裾ライン(15a)に至るように形成していることを特徴とするショーツ,水着等の衣料。

top



4 審決の理由


本件発明は,以下のとおり,登録実用新案第3022949号公報(甲1),特開昭62-141101号公報(甲2),特開昭50-83153号公報(甲3),特開平9-316708号公報(甲4)及び特公平4-40441号公報(甲5)に記載された発明によって,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件特許を無効とすることはできない。すなわち,(1)本件発明は,前記構成要件AないしFを備えることにより,着用時には激しく腰を曲げるなどして動いてもヒップ裾ラインのずり上がりを防止でき,直立姿勢時にヒップ下部,臀溝部に「弛みじわ」,及び「だぶつき」が発生することが殆ど無く美しいヒップ裾ラインを出すことができ,座り姿勢でも縫合線による違和感がほとんど無く,またタイトな薄い外衣を着用したときにもその縫合線に沿ったラインが外衣に目立ちにくくなるという作用効果を奏するものである。そして,本件明細書の記載を総合すると,本件発明においては,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点に技術的意義があるといえる。

(2) 一方,構成要件C,E及びFを兼ね備えることは,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていない。甲2の第6図(判決注・別紙図面4),及び甲5の第4図(判決注・別紙図面5)は,縫合線が後部ウエスト部を通るものではないから構成要件Fと異なるし,また,後身頃が下方窄まりの形状であるから構成要件Cとも異なる。さらに,甲4の図6(判決注・別紙図面6)に示されたもので,布辺部1A1,1A2,1B1,1B2を縫合したものが,後身頃に相当すると解した場合には,構成要件E及びFを兼ね備えたということができるが,構成要件Cは備えていない。と,判断した(別紙審決書写し参照)。

top



第3 取消事由に関する原告の主張


本件発明は,以下のとおり,発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者ならば,刊行物等に基づき容易に着想することができる発明であり,これと異なる判断をした審決は誤りである。

1 取消事由1

審決は,本件発明においては,構成要件C,E,Fを兼ね備える点に技術的意義があると認定している。しかし,本件発明は,共に限定された形状をもって裁断される前身頃(構成要件A)及び後身頃(構成要件C)の縫合線がヒップ頂部より外側に迂回すること(構成要件E,F)が兼ね備わることに技術的意義があり,共に限定形状の前身頃と後身頃を縫合させないと縫合線をヒップ頂部より外側に迂回させることができない。審決は,本件発明の技術的意義の認定において,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがある。(判決注当裁判所は,原告の取消事由に係る主張は,自己に不利な主張であり,その主張自体失当であると解するが,その点はさておいて,原告の主張するとおり,摘示した。)

5

2 取消事由2

構成要件C,E,Fを兼ね備えることは,次のとおり,刊行物に示唆されている。

(1) 構成要件Cに関する示唆の有無について

甲1には,図1(別紙図面7),図2(別紙図面8)に示す実施例について,「1は下方拡がりの形状の後身頃片(半折して図示)」,「図1の記号1と下方拡がりの端縁(6a)」との記載があり,後身頃が下方拡がりの形に裁断してあること(構成要件C)が記載ないし示唆されている。また,甲9ないし13にも,上記構成要件Cに近似した構成が示されている。

(2) 構成要件Eに関する示唆の有無について

甲1には,図1(別紙図面7)に示す実施例について,「2は左右後身頃片に縫合される側部片(左右一対),3は側部片と縫合されて前身頃を構成する前身頃片(半折して図示)」と記載され,甲4には,図2(別紙図面9)において,前身頃に当たる布片(1A),(1B)の端縁と下方拡がりの後身頃片が縫合されている実施例が示されており,前身頃と後身頃が縫合されること(構成要件E)が示唆されている。

(3) 構成要件Fに関する示唆の有無について

甲1には,図4(A)(別紙図面10)において,立体ショーツの後身頃と前身頃の左右対称の縫合線が,臀部の頂部より外側に迂回する構成が示されている。また,甲2には,第6図(別紙図面4)に示す実施例について,「そうして臀部充当片aの臀部縫合辺2は臀部のトップ付近またはその外寄りを通過する」と記載されている。さらに,甲4には,図6(別紙図面6)に示す実施例について,「図6は本発明に係るヒップ体形をシェープアップする衣類として適用したパンティ型のショートガードルの他の実施の形態を示す背面図であり,この場合は,上記左右二枚の布片1A,1Bのうち,上記裏面側縫合線3Bの両側のウエストライン部5から左右の臀部の外周を通って上記股布4の上端縁4eよりも上部位置の裏面側縫合線3Bに至るほぼ円弧状縫合線8A,8Bを形成して,・・・」と記載されている。上記刊行物においては,縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至るように形成していること(構成要件F)が示唆されている。

(4) したがって,本件発明の構成要件C,E,Fを兼ね備えた構成に着想することは容易であった。

top



第4 被告及び参加人の反論


以下のとおり,原告の主張には理由がなく,審決に誤りはない。

1 取消事由1に対し

審決は,構成要件C,E,Fを兼ね備えることの容易想到性について検討し,それに想到することが容易ではないから,構成要件Aについて検討するまでもなく,本件発明の容易想到性を否定しているのであって,構成要件Aに技術的特徴があることを看過したものではない。

また,原告の主張は,構成要件C,E,Fの相互関係を断ち切り,それらを別々に把握した上,個々の構成要件が,別個の文献又は同一文献でも別個の箇所に別個の技術的思想として記載されていることを指摘するものにすぎず,本件発明が容易想到であるとする根拠を示していない。

さらに,甲9ないし13は,審判段階で提出されておらず,本訴において追加したものであり,審理の対象とすることは許されない。

2 取消事由2に対し

甲1には,図4(A)(別紙図面10)に示す実施例の縫合線がヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されているとは記載されていない。仮にこれが認められるとしても,甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例の後身頃は,下方窄まりの形状であるから,構成要件Cを備えていない。甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例が,本件発明の構成要件C,E,Fを兼ね備えているとはいえない。

7

以上のとおり,取消事由2に関する原告の主張は,失当である。

top



第5 当裁判所の判断


当裁判所は,原告が主張する取消事由には,理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。



1 はじめに


(1)特許法29条2項所定の要件の判断,すなわち,その発明の属する分野における通常の知識を有する者(当業者)が同条1項各号に該当する発明に基づいて容易に発明をすることができたか否かの判断は,通常,先行技術のう ち,特許発明の構成に近似する特定の先行技術(以下「主たる引用発明」という場合がある。)を対比して,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を認定し,主たる引用発明に,それ以外の先行技術(以下「従たる引用発明」という。),技術常識ないし周知技術(その発明の属する技術分野における通常の知識)を組み合わせ,特許発明と主たる引用発明との相違する構成を補完ないし代替させることによって,特許発明に到達することが容易であったか否かを基準として判断すべきものである。

(2)ところで,審決は,前記第2の4のとおり,本件発明と先行技術とを対比し,相違点を認定することなく,①本件明細書に基づいて,本件発明の技術的意義について検討し,同意義を,構成要件C(後身頃の上下方向中間部から下端部までの間を下方拡がりの形にする点)と,構成要件E及びF(後身頃と前身頃との縫合線が,後部ウエスト部からヒップの頂部より外側に迂回してヒップ裾ラインに至る点)とを兼ね備える点にあるとした上で,②構成要件C,E及びFを兼ね備えた技術は,甲1ないし甲5のいずれにも記載されておらず,示唆もされていないと判断して,本件発明は,原告の主張に係る各引用発明から容易に想到することができないとの結論を導いている。

この点,特許法29条2項所定の容易想到性の有無を判断するに当たり,特定の引用発明と対比して,相違点を認定することをせずに,先に,当該発明の技術的意義なるものを設定した上で,各引用発明に当該発明の技術的意義が記載されているか否かを判断する手法は,判断の客観性を担保する観点に照らし疑問が残るといえる。

しかし,本件においては,原告(無効審判請求人)は,無効審判手続において,甲1の図1,2には構成要件AないしEが記載又は示唆され,甲1の図4(A)には構成要件Fが示唆され,甲2には構成要件Fが示唆され,甲4の図2には構成要件D及び構成要件Bが示唆され,甲5には構成要件Fが示唆されているなどとの主張はするものの,特定の先行技術を主たる引用発明として挙げた上で,本件発明との相違点に係る構成を明らかにし,従たる引用発明等を組み合わせることによって,本件発明に至ることが容易であるとする論理的な主張を明確にしているわけではない。このような無効審判手続における原告の無効主張の内容に照らすならば,本件における審決の判断手法が,直ちに違法であるとまではいえない(なお,このような場合であっても,審判体としては,①原告に対して釈明を求めて,本件発明が容易想到であるとの原告の主張(論理)を明確にさせた上で判断するか,あるいは,②原告に対する釈明を求めることなく,原告の挙げた引用発明を前提として,それらの引用発明との相違点を認定した上で,本件発明の相違点に係る構成が容易想到であるか否かを,個別具体的に判断するか,いずれかの審理を採用するのが望ましいといえる。)。

top



2 取消事由2について


先に,取消事由2について,判断する。

(1)原告は,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,縫合線が後部ウエスト部からヒップ頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成(構成要件F)が示唆されていると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり,採用の限りでない。すなわち,

甲1の図4(A)(別紙図面10)に示す実施例においては,縫合線が,後部ウエスト部から形成されていない上,ヒップの頂部より外側を迂回しているか否かも判然としない(なお,後身頃が下方拡がりの形に裁断されておらず,構成要件Cも有していない。)。

また,甲2には,第6図(別紙図面4)に示す実施例について,「臀部充当片aの臀部縫合辺2は臀部のトップ付近またはその外寄りを通過する・・・」(3頁右上欄13~14行)との記載があるが,縫合線(縫合辺)が後部ウエスト部から出発していない上,ロングガードルに関する発明であって,縫合線(縫合辺)が裾ぐり辺16にまで達しており,ヒップ裾ラインに至るように形成されていない(なお,後身頃が下方拡がりの形に裁断されておらず,構成要件Cも有していない。)。

さらに,甲4には,図6(別紙図面6)に示す実施例について,「・・・左右二枚の布片1A,1Bのうち,上記裏面側縫合線3Bの両側のウエストライン部5から左右の臀部の外周部を通って上記股布4の上端縁4eよりも上部位置の裏面側縫合線3Bに至るほぼ円弧状縫合線8A,8Bを形成して,・・・」(4欄44~48行)との記載があるところ,布片部1A1,1A2,1B1及び1B2の各縫合線(縫合辺)は,後部ウエスト部からヒップ裾ラインに至るように形成されていない(仮に,甲4の図6(別紙図面6)の布片部1A1,1A2,1B1及び1B2を縫合したものが本件発明の後身頃に相当するものだとしても,これが下方拡がりの形に裁断されているとは認められず,構成要件Cを有していない。)。

以上のとおり,甲1の図4(A)(別紙図面10),甲2の第6図(別紙図面4),甲4の図6(別紙図面6)に示す実施例において,構成要件Fが示唆されているとはいえない。したがって,上記各証拠に構成要件Fが示唆されているとする原告の上記主張は採用することができない。そして,本件全証拠によるも,前記刊行物に記載された技術及びその他の技術を組み合わせることによって,構成要件F(縫合線が後部ウエスト部からヒップの頂部より外側を迂回してヒップ裾ラインに至るように形成されるとの構成)を備えることが容易であると判断するに足りる証拠はない。

top

(2)なお,原告は,本件審判手続中に,大手衣料メーカーのショーツの実測結果であるとして甲6ないし8を提出する。しかし,上記各証拠には,本件特許出願日前に存在したショーツの実測結果が記載されているか否かは明らかでなく,上記各証拠をもって本件発明の容易想到性を判断することはできない。また,原告は,本訴において,審判手続において提出されていなかった甲9ないし13を提出し,これに基づき,構成要件Cを備えることが,容易である旨主張する。しかし,上記各証拠は,本件特許出願日当時における技術常識の内容及びその存在を立証するための証拠を追加するものとは認められず,新たな無効理由を主張するものであるから,上記各証拠に基づく原告の主張は許されない。

以上のとおりであり,原告の取消事由2に係る主張は,失当である。

top



3 取消事由1について


次いで,取消事由1について判断する。原告は,審決には,本件発明の技術的意義の認定に当たり,構成要件Aを看過し,構成要件C,E,Fに限定して容易想到性の判断をした誤りがあると主張する。

しかし,原告の主張は,第3の1で注記したとおり,採用の限りでない。まず,審決は,本件発明の技術的意義との概念を使用して,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fを同時に併せ持つものであるとした上で,甲号各証には,同構成要件を同時に併せ持つものを記載ないし示唆したものは存在しないとの判断をしている。これに対して,原告が,本件発明の技術的意義は,構成要件C,E,Fに加えて,構成要件Aをも併せ持つものと認定すべきであると主張することは,審決の論理を前提とする限り,より多くの技術的要素を同時に備えていることが必須であると主張することとなり,原告にとっては,むしろ不利益な主張であって,審決の判断に影響を与えるものとはいえない。原告の主張を前提としても,審決が,本件発明の容易想到性を判断するに当たり,構成要件C,E,Fを取り上げて判断したことに誤りがあるとの結論を導くこともできず,原告の上記主張は採用することができない。

top



4 結論


以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官

飯 村 敏 明

裁判官

中 平 健

裁判官

知 野 明

12

(別紙)図面1 図面2

図面3 図面4

図面5 図面6

13

図面7 図面8

図面9 図面10

top







……………………………………………………
知財高裁のまとめ公式サイトiPad用(GAE利用サイト)携帯サイト

特許:特許法29条2項の解釈,効果の顕著性立証「解釈」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件))

** 特許:特許法29条2項の解釈,効果の顕著性立証「解釈」:(知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件))

知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」

*** 縮小版「解釈」
**** 特許法29条2項の解釈

「特許法29条2項は,特許を受けることができないための要件として,当業者が,出願
前に公知の技術に基づいて容易に想到することができたことを規定するが,出願前に周知
の技術に基づいて容易に想到することができたことを規定するものではない。」(知財高
裁平成22年11月30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件))

したがって,相違点に係る技術事項が,「発明を適用することによって,容易に想到し得
たかのみが争点であって,」「それに加えて,」開示された発明の内容が,技術常識ない
し技術的一般知識に至っていたか否かは,争点であると解されない場合」は,仮に,審決
に技術常識と記載されていても結論には影響を与えない((知財高裁平成22年11月
30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件)同旨)

**** 効果の顕著性立証

効果の顕著性については,たとえば,「異なる製法間の低温特性を比較するためには,繊
維径や電池活物質,電解液組成,充放電レートなどにおける同一条件の下での対比が必要
となる」が,具体的な立証がなければ効果の顕著性は認められない(知財高裁平成22年
11月30日判決(平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件))

*** H221221現在のコメント

容易想到性の認定基準を事実認定の中で示したものです。参考例として挙げました。

*** 判決原文(引用)
**** 第4 当裁判所の判断

当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はない
ものと判断する。その理由は以下のとおりである。

**** 1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り)について



**** 2 取消事由2(刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り)について

原告は,審決が,刊行物2,特開昭51-60773号公報(甲3)の記載から,「蓄電
池用セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸法(エレクトロスピニン
グ法,つまり,電荷誘導紡糸法と同じ意)で作製した繊維を用いる手法は,本願出願前に
おいて周知である。」とした認定には誤りがあると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。

特許法29条2項は,特許を受けることができないための要件として,当業者が,出願前
に公知の技術に基づいて容易に想到することができたことを規定するが,出願前に周知の
技術に基づいて容易に想到することができたことを規定するものではない。

本件においては,当業者が,本願発明における刊行物1発明との相違点に係る技術事項,
すなわち「電荷誘導紡糸法によって製造された」との相違点に係る技術事項が,甲2,甲
3に開示された発明を適用することによって,容易に想到し得たかのみが争点であって,
それに加えて,甲2,甲3に開示された発明の内容が,技術常識ないし技術的一般知識に
至っていたか否かは,争点であると解されない場合であるといえる。確かに,審決の「理
由」では,「本願出願時において周知であった静電紡糸法(エレクトロスピニング法,つ
まり,電荷誘導紡糸法)を適用することは,当業者にとって何ら困難なことではない。」
と述べられているが,本願出願前公知の電荷誘導紡糸法が周知であった点の認定の当否
が,審決の結論に影響を与えるものではない。したがって,この点を審決の認定の誤りと
する原告の主張は,審決の結論を左右するものではない。



以上のとおりであり,蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡
糸法で作製した繊維を用いる手法が,本願出願前において周知であるとした審決の認定に
誤りがあるとする原告の主張は採用できない。

**** 3 取消事由3(容易想到性判断の誤り)について



(2) 原告は,刊行物2及び甲3に記載される水系二次電池用のセパレータに関する知見を
非水系二次電池(リチウムイオン電池)用のセパレータに適用することには阻害要因があ
ると主張する。


・・・阻害要因はない。
この点の原告の主張は失当である。

(3) 原告は,本願発明は,刊行物1発明と対比すると,「低温特性」及び「サイクル特性」
の向上効果が顕著であると主張する。

しかし,原告は,本願発明における上記各特性の優位性について,具体的な立証をしてい
ない以上,原告の主張を採用することはできない。すなわち,異なる製法間の低温特性を
比較するためには,繊維径や電池活物質,電解液組成,充放電レートなどにおける同一条
件の下での対比が必要となるが,原告が本願発明との効果の比較対象としている本願明細
書の実施例5と刊行物1の実施例4は,条件の同一性が確認できず,本願発明と刊行物1
発明の製法上の相違による低温特性の優劣を客観的に比較することはできない。サイクル
特性についても,原告が主張の根拠とする数値は,本願明細書の図3の充放電特性のグラ
フに基づいているが,同グラフから具体的数値を正確に読み取ることは困難であり,本願
発明について,100サイクル目の電気容量と1サイクル目の電気容量の比を約96%~
約108%と算定することには疑問がある。したがって,本願発明の効果が,刊行物1発
明に比べて格別に顕著であるとは認められない以上,この点の原告の主張は採用できない。

*** 判決原文(全文)

平成22(行ケ)10033 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成22年11月30日 知的財産高等裁判所
1
平成22年11月30日判決言渡
平成22年(行ケ)第10033号審決取消請求事件
平成22年10月26日口頭弁論終結
判 決
原 告 コリアインスティテュート
オブサイエンスアンド
テクノロジー
訴訟代理人弁理士 津 国 肇
同 齋 藤 房 幸
同 伊 藤 佐保子
同 安 藤 雅 俊
被 告 特許庁長官
指定代理人 植 前 充 司
同 吉 水 純 子
同 唐 木 以知良
同 小 林 和 男
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
2
事実及び理由
第1 請求
特許庁が不服2007-31809号事件について平成21年9月7日にし
た審決を取り消す。
第2 争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成12年5月19日,発明の名称を「超極細繊維状の多孔性高分
子セパレータフィルムを含むリチウム二次電池及びその製造方法」とする発明
について,特許出願(特願2001-585344。同日を国際出願日とする
国際出願。以下「本願」という。)をし,平成19年1月30日付けで拒絶理
由通知を受け,同年7月6日付けで手続補正書(甲7)を提出したが,同年8
月16日付けで拒絶査定を受け,同年11月26日,これに対する不服の審判
(不服2007-31809号事件)を請求した。
特許庁は,平成21年9月7日,「本件審判の請求は成り立たない。」との
審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月29日に原告代理人に
送達された。
2 特許請求の範囲
平成19年7月6日付け手続補正により補正された特許請求の範囲(請求項
1)の記載は次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。また,
同補正後の明細書を「本願明細書」という。)。(甲5,7)
「【請求項1】正極活物質,負極活物質,多孔性高分子セパレータフィルム
及びリチウム塩が溶解した有機電解液を含むリチウム二次電池であって,
前記多孔性高分子セパレータフィルムが,電荷誘導紡糸法によって製造さ
れた,1~3000nmの直径を有する超極細繊維状の高分子で構成されて
いるものであり,
前記多孔性高分子セパレータフィルムを形成する高分子が,セルロース,
3
セルロースアセテート,セルロースアセテートブチレート,セルロースアセ
テートプロピオネート,ポリビニルピロリドンビニルアセテート,ポリ〔ビ
ス(2-(2-メトキシエトキシエトキシ))ホスファゲン〕,ポリエチレ
ンイミド,ポリエチレンオキシド,ポリエチレンスクシネート,ポリエチレ
ンスルフィド,ポリ(オキシメチレンオリゴオキシエチレン),ポリプロピ
レンオキシド,ポリビニルアセテート,ポリアクリロニトリル,ポリ(アク
リロニトリルコメチルアクリレート),ポリメチルメタクリレート,ポリ
(メチルメタクリレートコエチルアクリレート),ポリビニルクロリド,ポ
リ(ビニリデンクロリドコアクリロニトリル),ポリビニリデンフルオリド,
ポリ(ビニリデンフルオリドコヘキサフルオロプロピレン)及びこれらの混
合物からなる群から選択されることを特徴とするリチウム二次電池。」
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平8-25
0100号公報(甲1。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以
下「刊行物1発明」という。)及び特開平3-220305号公報(甲2。
以下「刊行物2」という。)に記載された周知技術(以下「刊行物2技術」
という。)に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるか
ら,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないと判断し
た。
(2) 上記判断に際し,審決が認定した刊行物1発明の内容並びに本願発明と刊
行物1発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア刊行物1発明の内容(審決書5頁12~17行)
正極活物質,負極活物質,ポリマーからなる不織布セパレータ及びリチ
ウム塩が溶解した有機溶媒を含む非水電解質二次電池であって,
前記不織布セパレータが,20~5000nmの径を有する超極細繊維
のポリマーで構成されているものであり,
4
前記不織布セパレータを形成するポリマーがポリアクリロニトリルから
なる非水電解質二次電池。
イ一致点(審決書5頁29~34行)
正極活物質,負極活物質,多孔性高分子セパレータフィルム及びリチウ
ム塩が溶解した有機電解液を含むリチウム二次電池であって,
前記多孔性高分子セパレータフィルムが,超極細繊維状の高分子で構成
されているものであり,
前記多孔性高分子セパレータフィルムを形成する高分子が,ポリアクリ
ロニトリルであることを特徴とするリチウム二次電池。
ウ相違点(審決書6頁2~7行)
本願発明では,多孔性高分子セパレータフィルムが,「電磁誘導紡糸法
(判決注電荷誘導紡糸法の誤記と認められる。)によって製造された,
1~3000nmの直径を有する超極細繊維状の高分子で構成されてい
る」のに対し,刊行物1発明では,多孔性高分子セパレータフィルムを構
成する超極細繊維状のポリマーの直径が「20~5000nm」であるも
のの,その製造方法の特定はなされていない点。
第3 当事者の主張
1 審決の取消事由に係る原告の主張
審決は,(1) 刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り(取
消事由1),(2) 刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り(取消事由2),
(3) 容易想到性の判断の誤り(取消事由3)がある。
審決のした,一致点,相違点の認定に誤りがないことは認める。
(1) 刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り(取消事由1)
審決は,「刊行物1発明において,布(不織布セパレータ)の製造方法は
限定されるものではないのであるから,刊行物1発明において不織布セパレ
ータを作製するにあたり,本願出願時において周知であった静電紡糸法(エ
5
レクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法)を適用することは,当業
者にとって何ら困難なことではない。」と判断する。
しかし,審決の上記判断は,刊行物1発明の認定の誤りに基づくものであ
り,誤りである。
審決は,刊行物1発明のセパレータは厚さ100μm以下の布であり,こ
のような布を作るためには極細繊維を用いることが好ましいこと,0.01
μm程度の超極細繊維が開発されこれを用いると好ましいこと,これらの超
極細繊維の製造法は公知であり,産業用繊維材料ハンドブック(繊維学会編,
日刊工業新聞社刊,1994年)(甲12)などに記載されていると判断し
た。しかし,当業者の技術常識を示すものである甲12は,超極細繊維の製
法に関し,本願発明のようにフィルム状に直接製造できる「電荷誘導紡糸
法」とは異なる方法である分割法(一度太デニールの繊維を製造してから分
割する工程を含む繊維の製造方法)についての記載はあるが,「電荷誘導紡
糸法」(静電紡糸法)によって製造された超極細繊維状の高分子で構成され
るセパレータについての記載はない。また,甲12は,紡糸と同時にフィル
ム状に形成できる紡糸直結型不織布の製造方法として,メルトブロープロセ
スを挙げ,電池セパレータをこの製法の用途例として紹介するが,メルトブ
ロープロセスで製造する不織布には他の不織布よりも強度が劣るという問題
があることを示唆する。さらに,甲12の索引には,「電荷誘導紡糸」,
「静電紡糸」,「エレクトロスピニング」などの用語は掲載されていない。
そうすると,甲12には,本願発明の特徴である「電荷誘導紡糸法」が繊維
材料の製造方法として記載されているとはいえず,「電荷誘導紡糸法」が技
術常識であったとは認められない。
そうすると,審決は,刊行物1発明の内容について,「布(不織布セパレ
ータ)」の限定されない製造方法として,周知の「電荷誘導紡糸法(静電紡
糸法)」が含まれると解釈した上で認定したことになり,これを前提として,
6
刊行物1発明に静電紡糸法を適用することに困難はないとした判断にも,誤
りがあるといえる。
(2) 刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り(取消事由2)
審決は,刊行物2,特開昭51-60773号公報(甲3)の記載から,
「蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸法
(エレクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法と同じ意)で作製した
繊維を用いる手法は,本願出願前において周知である。」と認定,判断する。
しかし,審決の認定,判断は,以下のとおり,誤りである。
刊行物2に記載される静電紡糸法を用いて製造された繊維は非水系電池の
例ではない。また,繊維の直径及び水系二次電池用のセパレータの孔径,厚
みに対する一般的な要求からしても,刊行物2に記載される繊維から,非水
系二次電池であるリチウムイオン電池に用いられるセパレータを想定するこ
とはできない。
また,本願出願日以前に公開された文献において,静電紡糸法で製造され
る繊維状フィルムを二次電池(蓄電池)のセパレータに適用する可能性につ
いて記載するものは,刊行物2,甲3,及び,SU646924(甲13)
であるが,甲13はソビエト連邦にのみ特許出願され,発明者は甲3記載の
発明者と同一であること,刊行物2と甲3の記載は酷似し,それらの発明の
出願人は同一の企業グループに属することから,実質的には甲3のみである。
そして,甲3は,実施例として多孔性シート状製品の「電解電池用隔膜」と
しての用途に関する記載はあるが,「蓄電池用セパレータ」の用途の具体的
態様の記載はない。そうすると,本願出願時において,「蓄電池用セパレー
タに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸法で作製した繊維を用い
る手法」は,周知技術であったとはいえない。
したがって,刊行物2技術について,「蓄電池用セパレータに関し,セパ
レータの作製原料として,静電紡糸法で作製した繊維を用いる手法」である
7
とし,この技術が本願出願前において周知であるとした審決の認定及びこれ
に基づく容易想到性の判断には誤りがある。
(3) 容易想到性判断の誤り(取消事由3)
ア以下のとおり,刊行物1発明には,不織布の製造方法として「電荷誘導
紡糸法(静電紡糸法)」を採用する示唆等はない。
すなわち,刊行物1には,本願発明で規定する繊維径の最大値に該当す
る3μmのポリエチレン合糸を用いサーマルボンド法(低融点の繊維どう
しを熱で溶着させることによる不織布の製造方法)で作った不織布に関す
る記載はあるが(段落【0046】),原料である低融点の繊維の製造
(紡糸)工程の記載はない。また,刊行物1が公知の文献として引用する
産業用繊維材料ハンドブック(甲12)には,静電防止法の記載はなく,
「電池セパレータ」に適用することができる不織布の製造方法として記載
されるメルトブロー法では,製造された不織布に問題があることが示唆さ
れており,刊行物1にも,甲12にもメルトブロー法の問題点を解決する
方法についての記載及び示唆はない。そうすると,刊行物1でいう超極細
繊維の公知の製造方法として,本願発明の電荷誘導紡糸法によるセパレー
タの製造方法を想定することはできない。
以上のとおり,刊行物1発明に,本願発明の特徴部分である「電荷誘導
紡糸法(静電紡糸法)」を不織布用の超極細繊維の製造方法として採用す
ることの示唆はない。
イ上記(2) のとおり,刊行物2及び甲3の記載から,蓄電池用セパレータ
の作製原料として,静電紡糸法により得られる繊維状物質を用いる手法が
周知とはいえない。
すなわち,静電紡糸法により作製した繊維状物質を「蓄電池用セパレー
タ」に使用する可能性に言及する文献は,刊行物2及び甲3の2つのみで
ある。甲3が開示されてから,刊行物2が開示されるまで,10年以上に
8
もわたって静電紡糸法により作製した繊維状物質を「蓄電池用セパレー
タ」に使用することを記載する文献が存在しなかったことは,蓄電池用セ
パレータの技術分野において「静電紡糸法で製造される繊維状物質を二次
電池(蓄電池)のセパレータに使用する可能性」の技術的思想が当業者に
広がっていなかったことを裏付けるものである。
したがって,静電紡糸法により作製した繊維を「蓄電池用セパレータ」
に用いる手法が,当業者に周知であったとはいえない。
なお,被告は,本件訴訟において,新たに乙1及び乙2を提出し,静電
紡糸法により,超極細繊維のポリマーで構成される布状物(マット・ウェ
ブ・不織布状物)が得られることは,特開平3-161502号公報(乙
1),特開昭59-204957号公報(乙2)からも,本願優先権主張
日前において周知の事項であると主張する。刊行物2及び甲3からは,静
電紡糸法により製造された繊維を「蓄電池セパレータ」に用いる手法が周
知とはいえないから,乙1及び乙2は周知技術を補強したことになり得ず,
被告の上記主張は,乙1及び乙2に基づく新たな理由の追加に該当し,認
められるべきでない。
ウ以下のとおり,刊行物1発明と,刊行物2技術及び甲3の記載に基づい
て,本願発明を容易に想到することはできない。すなわち,
(ア) 刊行物1には,セパレータとして用いられる布の製造において超極細
繊維が好ましいことの記載はあるが,「超極細繊維」及び「不織布」の
製造方法についての記載は乏しく,繊維をフィルム状に直接製造するこ
とができる本願発明の電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)を解決すべき課題
として認識・把握することはできない。
刊行物1において「不織布の製造方法は限定されるものではない」と
記載されていても,同記載が「電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」を示唆
するものとはいえない。
9
(イ) 刊行物2及び甲3には,静電紡糸法により得られる多孔質シート状製
品の用途として,「蓄電池用セパレータ」と記載されているが,具体的
に実施可能なように示されていない。また,刊行物2及び甲3が対象と
する「蓄電池用セパレータ(水系二次電池用のセパレータ)」は,「非
水系リチウム二次電池用のセパレータ」とは,要求される特性(セパレ
ータの厚さ,孔径など)が異なるから,水系二次電池用のセパレータに
関する知見を非水系二次電池(リチウムイオン電池)用のセパレータに
適用することはできない。
したがって,刊行物2及び甲3記載の技術と,非水系リチウム二次電
池が記載された刊行物1発明とを組み合わせることは困難であるし,組
み合わせたとしても,本願発明の構成に容易に想到するとはいえない。
(ウ) 本願発明は,製造工程を簡略化することのみを課題とするのではなく,
良好な電極との接合性,機械的強度,低温及び高温特性,リチウム二次
電池用の有機電解液との融和性などの電池性能の向上を達成することを
も課題とするものであるが,これらの課題は,刊行物1,刊行物2及び
甲3のいずれにも記載がない。
したがって,当業者にとって,製造工程と電池性能の向上を同時達成
するという課題を解決するために,刊行物1と,刊行物2及び甲3の記
載を結びつけて,本願発明の構成に想到することは容易ではない。
エ本願発明には,刊行物1発明と比較して「低温特性」及び「サイクル特
性」の向上との点において顕著な効果がある。
(ア) 「低温特性」について
本願明細書に,「50μmの厚さを有する多孔性高分子セパレータフ
ィルム」を用いた実施例5のリチウム二次電池の低温及び高温特性がテ
ストされており,容量に対する放電電圧の関係は,25℃における2.
7Vでの容量を100%とした場合に,本願発明のリチウム二次電池は,
10
特に,-10℃でも91%程度の優れた特性を有することが示されてい
る(甲5の段落【0052】,図4a)。
他方,刊行物1の実施例4では,厚さ35μmの不織布セパレータS
-2を使用した電池D-2,厚さ60μmの不織布セパレータS-10
を用いた電池D-10,厚さ90μmのセパレータS-11を用いた電
池D-11について,25℃に対する0℃の放電容量が,それぞれ6
3%(D-2),42%(D-10),25%(D-11)であること
が記載されている(甲1の段落【0050】)。
これらによれば,刊行物1においてセパレータの厚みが小さくなれば
放電容量が大きくなるが,本願明細書の実施例5に記載されたセパレー
タの厚さ(50μm)よりも薄い厚さ35μmの不織布セパレータS-
2を用いた電池でも,放電容量は63%であり,本願発明の電荷誘導紡
糸法により製造された多孔性高分子セパレータフィルムを用いたリチウ
ム二次電池は,刊行物1の不織布をセパレータとして用いた非水二次電
池に対して,顕著な低温特性の向上効果を奏することが示される。
(イ) 「サイクル特性」について
本願明細書の実施例9において,実施例1~8のリチウム二次電池を
使用して充放電特性を測定されており,サイクル数と電気容量の関係は,
1サイクルにおける放電容量が約120~125(mAhg-1)であり,
100サイクルにおける放電容量が約120~130(mAhg-1)で
あることから,100サイクル目の電気容量と1サイクル目の電気容量
の比は,約96%(120÷125)~約108%(130÷120)
であることが示されている(甲5の段落【0051】,図3)。
他方,刊行物1には,直径3μmのポリエチレン合糸を用いた厚さ3
5μmの不織布をセパレータS-2として用いた電池D-2について,
100サイクル目の電気容量と第1回目の電気容量の比が89%である
11
ことが示されている(甲1の段落【0048】)。
これらによれば,刊行物1に記載された不織布セパレータを用いたリ
チウム二次電池の効果と比較して,本願発明のリチウム二次電池はサイ
クル特性が顕著に優れていることが示される。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り)
に対し
原告は,審決には,甲12の記載からは「電荷誘導紡糸法(静電紡糸
法)」が超極細繊維の周知の製造法とはいえないにもかかわらず,刊行物1
に記載された「布(不織布セパレータ)」の限定されない製造方法として,
周知の「電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」が含まれると認定したものである
から,刊行物1発明の認定には誤りがあり,したがって,静電紡糸法を適用
することに困難はないとした判断にも誤りがある旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
審決は,刊行物1発明について,「多孔性高分子セパレータフィルムを構
成する超極細繊維のポリマーの直径が「20~5000nm」であるものの,
その製造方法の特定はなされていない」と認定しているが,超極細繊維状の
高分子を「電荷誘導紡糸法により製造する」ものとの認定はしていない。
原告の主張は,刊行物1発明の内容に係る審決の認定を正確に理解しない
ことに基づく主張であって,その主張自体失当である。容易想到性判断の誤
りに関する原告の主張に対する主張は,取消事由3に対する反論欄記載のと
おりである。
(2) 取消事由2(刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り)に対し
原告は,刊行物2技術が周知であるとした審決の認定には誤りがあると主
張するが,同主張は,以下のとおり失当である。
ア原告は,刊行物2の記載から,リチウムイオン電池に用いられる非水系
12
二次電池用セパレータを想定することはできないから,審決の認定は誤り
であると主張する。
しかし,原告の主張は,審決の認定判断を正確に理解しないことに基づ
く主張であって,その主張自体失当である。
すなわち,審決は,相違点についての検討において,「刊行物2の摘示
(2a)~(2c),特開昭51-60773号公報(特許請求の範囲,
公報第1頁右下欄第2~4行を参照)に記載されているように,蓄電池用
セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸法(エレクト
ロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法と同じ意)で作製した繊維を用
いる手法は,本願出願前において周知である。」とした上で,刊行物2,
甲3の記載から,「蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料と
して,静電紡糸法(エレクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法と
同じ意)で作製した繊維を用いる」ことが導かれることを認定,判断した
が,「刊行物2に記載された繊維からリチウムイオン電池として用いられ
るセパレータを想定し得る」ことは,認定,判断していない。
したがって,この点の原告の主張は,主張自体失当である。
イまた,原告は,本願出願日以前に公開された文献において静電紡糸法で
製造する繊維状フィルムを,二次電池(蓄電池)のセパレータに適用する
可能性について記載するものが少数であり,同技術は周知ではないと主張
する。
しかし,刊行物2,甲3は,いずれも公知である。2つの文献は,10
年以上も時期を違えて公開されているから,10年以上にわたり,当業者
に対して,静電紡糸法で製造される繊維状フィルムを二次電池(蓄電池)
のセパレータに適用する可能性を示唆しているといえる。本願出願前,1
0年以上も時期を違えて,静電紡糸法で製造される繊維状フィルムを二次
電池のセパレータに適用することの可能性を示唆する2つの文献があるか
13
ら,蓄電池用セパレータの作製原料として静電紡糸法で作製した繊維を用
いる手法は,本願出願前において周知であるとした審決の認定に誤りはな
い。
(3) 取消事由3(容易想到性判断の誤り)に対し
ア原告は,刊行物1発明には,不織布の製造方法として「電荷誘導紡糸法
(静電紡糸法)」を採用する示唆等はないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
すなわち,刊行物1発明は,非水電解質二次電池(リチウムイオン電池,
非水系二次電池)の不織布セパレータが,「20~5000nmの径を有
する超極細繊維のポリマーで構成されている」のであって,その製造法は
限定されない。他方,「静電紡糸法」により,超極細繊維のポリマーで構
成される布状物(マット・ウェブ・不織布状物)が得られることは,刊行
物2,甲3のほか,特開平3-161502号公報(乙1),特開昭59
-204957号公報(乙2)に記載されており,本願出願前において周
知の事項である。また,蓄電池用セパレータとして,静電紡糸法で作製し
た繊維ポリマーから構成される多孔性シート状製品(この「多孔性シート
状製品」が「不織布状物」であることは,刊行物2,甲3,乙1の記載か
ら明らかである。)を用い得ることも,本願出願前において周知である
(上記(2) )。そうすると,刊行物1発明において,不織布セパレータを
作製するに当たり,超極細繊維のポリマーで構成される不織布状物の作製
方法として周知の静電紡糸法を採用することは,刊行物1における不織布
の製造方法に関する示唆の有無にかかわらず,当業者であれば,容易に採
用し得る。
したがって,原告の主張は失当である。
イまた,原告は,刊行物2及び甲3の記載から,蓄電池用セパレータの作
製原料として,静電紡糸法により得られる繊維状物質を用いる手法が周知
14
とはいえないと主張する。
しかし,原告の同主張も,以下のとおり理由がない。
刊行物2,甲3には,静電紡糸法で製造される繊維状フィルムを二次電
池のセパレータに適用する可能性が記載されており(上記(2) ),両文献
は,本願出願前において,10年以上も時期を違えて公開されているもの
であるから,その間,当業者に対して,静電防止法で製造される繊維状フ
ィルムを二次電池(蓄電池)のセパレータに適用する可能性は示唆されて
いる。
また,静電紡糸法により,超極細繊維のポリマーで構成される布状物
(マット・ウェブ・不織布状物)が得られることは,刊行物2,甲3に記
載されるほか,乙1,2からも,本願出願前において周知の事項である。
したがって,原告の主張は失当である。
ウ原告は,刊行物1発明と刊行物2技術に基づいて,本願発明を容易に想
到することはできないと主張する。
しかし,原告の主張は失当である。すなわち,
(ア) 本願発明は,「良好な電極との接合性,機械的強度,低温及び高温特
性,リチウム二次電池用の有機電解液との融和性を有するリチウム二次
電池を提供すること」を解決すべき課題とし(本願明細書の段落【00
12】,【0013】),その課題の達成は,「超極細繊維状で形成さ
れた多孔性高分子セパレータフィルムを提供する」ことによりなされ
(段落【0014】),「本発明の多孔性高分子セパレータフィルムの
高い空隙率により,含浸された電解液の量が高く,イオン伝導度も高く,
また大きな表面積により,高い空隙率にもかかわらず電解液との接触面
積を増加させることができ,電解液の漏出を最小にすることができる」
との効果を奏する(段落【0016】)から,本願発明は,「リチウム
二次電池用の有機電解液との融和性を有するリチウム二次電池を提供す
15
ること」という課題に対して,セパレータを「超極細繊維状で形成され
た多孔性高分子セパレータフィルム」とするものといえる。
一方,刊行物1発明について,その解決課題は,「前記不織布セパレ
ータが,20~5000nmの径を有する超極細繊維のポリマーで構成
されている」ことにより解決されることが示されている。
したがって,本願発明の主たる課題は,刊行物1発明の課題と共通し,
その解決手段も共通する。そして,刊行物1発明は,超極細繊維で構成
される不織布セパレータの製造方法について何ら特定していないから,
刊行物1発明の超極細繊維で構成される不織布セパレータの製造方法と
して,刊行物2,甲3,乙1,乙2に記載され周知である電荷誘導紡糸
法を採用することに阻害要因はない。
この点,原告は,本願発明の解決課題は,紡糸とフィルム化とを同時
又は連続的に行うという「製造工程の簡略化」であって,「電荷誘導紡
糸法」の採用により上記の課題が解決されるとするが,「製造工程の簡
略化」は,物品の製造における普通の課題であり,「リチウム二次電池
用の有機電解液との融和性を有するリチウム二次電池を提供すること」
という課題と必ずしも関連しない。そして,電荷誘導紡糸法が超極細繊
維の紡糸とフィルム化とを同時に又は連続的に行い得る紡糸方法である
ことは周知の事項である(甲2,3,乙1,2)から,刊行物1発明に
おける超極細繊維のポリマーで構成される不織布セパレータの製造にお
いて,「製造工程の簡略化」という課題に照らして,周知の電荷誘導紡
糸法を採用することは容易である。
(イ) 原告は,「刊行物2及び甲3に記載される水系二次電池用のセパレー
タに関する知見を非水系二次電池(リチウムイオン電池)用のセパレー
タに適用することには阻害要因があると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり理由がない。
16
電池に用いるセパレータを超極細繊維のポリマーで構成することを検
討している当業者にとって,刊行物2及び甲3の記載により,静電紡糸
法の「蓄電池用セパレータ」への適用可能性が示唆されるから,静電紡
糸法を採用することは,超極細繊維のポリマーで構成されるセパレータ
を得るための契機となる。
仮に,刊行物2記載の「蓄電池用セパレータ」は「水系二次電池」用
のセパレータであると理解したとしても,刊行物2記載の電荷誘導紡糸
法により作製される多孔性シート状製品を非水系二次電池用のセパレー
タに適用することに,阻害要因はない。「水系二次電池」と「非水系二
次電池」とでは,電解液がそれぞれ「水系」,「非水系」と異なるから,
電解液とのマッチングにおける要求は異なるものの(甲10),セパレ
ータに求められる基本機能のうち,電気絶縁性や,機械的,熱的な物理
的耐久性,薄膜化において共通する。そして,電池用セパレータは,電
池の系が異なっても適用可能なものであり,あるいは,電池系を異にす
るものに対して適用可能か検討することが行われているから,水系二次
電池用のセパレータに関する知見を非水系二次電池(リチウムイオン電
池)用のセパレータに適用することに阻害要因はない(乙3の段落【0
001】,【0102】,乙4の段落【0001】,【0039】,乙
5の段落【0001】,【0073】,乙6の段落【0001】,【0
009】)。
(ウ) 原告は,本願発明の製造工程と電池性能の向上を達成する課題は,刊
行物1,刊行物2及び甲3のいずれにも記載がないと主張する。
しかし,刊行物1発明は,本願発明と同じく,リチウム二次電池のセ
パレータとして,超極細繊維状のポリマーで構成された不織布を用いる
ことが記載されていると認められ,かつ,刊行物1発明は,公知の製造
法により製造できるから(甲1の段落【0006】),刊行物1発明を
17
具体化するに当たり,電池系が異なっていても,刊行物2及び甲3に記
載される超極細繊維のポリマーからなる多孔性シート状物(不織布状
物)の作製方法を適用することは,当業者が容易になし得る。
エ原告は,本願発明には,刊行物1発明と比較して「低温特性」及び「サ
イクル特性」の向上との点において顕著な効果があると主張する。
しかし,原告の主張は理由がない。すなわち,
(ア) 「低温特性」について
製法上の効果を比較するに当たっては,繊維径や電池活物質,電解液
組成などの諸条件が同じであって,製法が異なるものを対比しなければ
その効果を把握することはできない。本願明細書の実施例5と刊行物1
の実施例4については,刊行物1の実施例4はセパレータの繊維径が本
願発明の「1~3000nm」の上限である3μmであるのに対して,
本願明細書の実施例5は繊維径を特定していないから1~3000nm
(3μm)のいずれかである。また,電池活物質や電解液組成について
も諸条件が異なる。これらの活物質や電解液組成等は,電池の低温特性
に影響するから,刊行物1の実施例4と本願明細書の実施例5の記載を
基に,本願発明の製法上の効果と刊行物1発明の製法上の効果を比較す
ることはできない。
(イ) 「サイクル特性」について
本願明細書には,図3に示されている実施例1ないし8について,そ
の電気容量の具体的な記載はなく,「100サイクル目の電気容量と第
1サイクル目の電気容量の比」(以下「電気容量比」という。)につい
ても具体的な記載はない。また,図3を見ても,特定の実施例と対応し
て,個々の電気容量を読み取ることも困難であるから,本願発明の電気
容量比が,約96%~約108%と算出できたのか,その具体的な根拠
は不明である。仮に,原告主張の電気容量比であるとしても,本願明細
18
書の実施例1~8と刊行物1記載の電池D-2とは,本願発明の製法上
の効果と刊行物1発明の製法上の効果を比較するものではなく,不適切
な比較対象を基にする原告の主張には根拠がない。
そして,刊行物1発明の非水電解質二次電池の不織布セパレータは,
繊維径が「20~5000nmの径」と,本願発明の繊維径と重複する
径を有する繊維で構成されるから,刊行物1発明においても本願発明と
同じ効果を奏するものといえる。
第4 当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべ
き違法はないものと判断する。その理由は以下のとおりである。
1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤りに基づく容易想到性判断の誤り)に
ついて
原告は,審決は,甲12の記載からは「電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」が
超極細繊維の周知の製造法とはいえないにもかかわらず,刊行物1に記載され
た「布(不織布セパレータ)」の限定されない製造方法として,周知の「電荷
誘導紡糸法(静電紡糸法)」が含まれると認定したものであるから,刊行物1
発明の認定には誤りがあり,したがって,静電紡糸法を適用することに困難は
ないとした判断にも誤りがある旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
審決では,刊行物1発明について,「多孔性高分子セパレータフィルムを構
成する超極細繊維のポリマーの直径が「20~5000nm」であるものの,
その製造方法の特定はなされていない」と認定されているが,超極細繊維状の
高分子を「電荷誘導紡糸法により製造する」との認定はされていない。そうす
ると,審決が,刊行物1発明について,「布(不織布セパレータ)」の製造方
法として「電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」が含まれると認定したことになる
として,これを前提とする原告の上記主張は,その主張自体失当である(なお,
19
刊行物1発明について,不織布セパレータを作製するに当たり,本願出願時に
周知であった静電紡糸法を適用することが,当業者にとって容易と解すべき点
については,後記3のとおりである。)。
したがって,原告の主張は採用できない。
2 取消事由2(刊行物2技術が周知であるとした認定の誤り)について
原告は,審決が,刊行物2,特開昭51-60773号公報(甲3)の記載
から,「蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料として,静電紡糸
法(エレクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡糸法と同じ意)で作製した
繊維を用いる手法は,本願出願前において周知である。」とした認定には誤り
があると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。
特許法29条2項は,特許を受けることができないための要件として,当業
者が,出願前に公知の技術に基づいて容易に想到することができたことを規定
するが,出願前に周知の技術に基づいて容易に想到することができたことを規
定するものではない。
本件においては,当業者が,本願発明における刊行物1発明との相違点に係
る技術事項,すなわち「電荷誘導紡糸法によって製造された」との相違点に係
る技術事項が,甲2,甲3に開示された発明を適用することによって,容易に
想到し得たかのみが争点であって,それに加えて,甲2,甲3に開示された発
明の内容が,技術常識ないし技術的一般知識に至っていたか否かは,争点であ
ると解されない場合であるといえる。確かに,審決の「理由」では,「本願出
願時において周知であった静電紡糸法(エレクトロスピニング法,つまり,電
荷誘導紡糸法)を適用することは,当業者にとって何ら困難なことではな
い。」と述べられているが,本願出願前公知の電荷誘導紡糸法が周知であった
点の認定の当否が,審決の結論に影響を与えるものではない。したがって,こ
の点を審決の認定の誤りとする原告の主張は,審決の結論を左右するものでは
20
ない。
のみならず,審決の「理由」において,周知技術であると述べた点に,原告
主張に係る誤りはない。
すなわち,甲2(刊行物2)は,本願出願日の約9年前に公開された公開特
許公報であり,静電紡糸法による,直径が0.5μm未満の繊維状物質の製造
方法に関する技術を開示し,多孔性シート状製品が応用できる例として蓄電池
用セパレータを挙げていること,甲3は,本願出願日の20年以上前に公開さ
れた公開特許公報であり,静電紡糸法による多孔性シート製品の製法に関する
技術を開示し,多孔性シートが用いられる代表的な用途として蓄電池用セパレ
ータを挙げていることに照らすならば,蓄電池用セパレータとの技術分野にお
いて,セパレータの作製原料として,静電紡糸法で作製した繊維を用いる方法
は,周知技術であるといって差し支えない。
以上のとおりであり,蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作製原料と
して,静電紡糸法で作製した繊維を用いる手法が,本願出願前において周知で
あるとした審決の認定に誤りがあるとする原告の主張は採用できない。
3 取消事由3(容易想到性判断の誤り)について
(1) 原告は,刊行物1発明には,不織布の製造方法として「電荷誘導紡糸法
(静電紡糸法)」を採用するという示唆等がないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。
刊行物1(甲1)は,その解決課題について「薄膜で電解液の浸透性の高
いセパレーターを開発し,高容量かつ製造のし易い非水二次電池を得るこ
と」であり(段落【0005】),その解決手段について,「セパレーター
が厚さ50μm以下の布であることを特徴とする非水電解質二次電池」によ
り達成することができ,その布(不織布を含む。)は,「好ましくは3μm
以上で100μm以下の厚みを持つもので,より好ましくは5μm以上で6
0μm以下の厚みの布」であり,好ましくは60μm以下の布を作るために,
21
原料となる糸は超極細繊維を用いることが好ましく,「糸の径は好ましくは
0.01μmから10μm,より好ましくは0.02μmから7μm,特に
好ましくは0,02μmから5μm」である(段落【0006】,【000
7】)ことが記載されている。なお,刊行物1は,超極細繊維で構成される
不織布セパレータの製造方法については公知であると記載し,その製造方法
の特定はしていない(段落【0007】)。
他方,甲2,甲3によれば,蓄電池用セパレータに関し,セパレータの作
製原料として,静電紡糸法(エレクトロスピニング法,つまり,電荷誘導紡
糸法と同じ意)で作製した繊維を用いる手法が,本願出願前に周知であった
ことが認められる(上記2のとおり)。そして,刊行物2(甲2)は,①静
電紡糸法による,直径が0.5μm未満の繊維状物質の製造方法に関する技
術であること,②その解決課題として,不織布材料に極めて適した直径0.
5μm未満の,クロップ(直径1μm以上の粒子)を含まない繊維状物質の,
安定した,より安易な製造方法を提供することを目的としていること,③応
用例の1つとして多孔性シート状製品を蓄電池用セパレータに使用すること
が記載されている。また,甲3は,①多孔性シート製品の製法に関する技術
であること,②重合体を含む紡糸液を静電紡糸条件に付することよりなる不
活性重合体材料製品の製造法を提供するものであること,③このような製品
の代表例の1つが蓄電池用セパレータであること,④静電紡糸法で作られる
繊維は細く,通常は直径0.1~25μmのオーダー,好ましくは0.5~
10μm,さらに好ましくは1~5μmであり,この方法は大きく経験則に
基づき,繊維直径により用うべき広範なコントロールを可能にすることが記
載されている。
以上を総合すれば,当業者が,刊行物1発明において,刊行物2記載の技
術である「不織布の製造方法として電荷誘導紡糸法(静電紡糸法)」を採用
して本願発明とすることに,困難な点はないというべきである。
22
(2) 原告は,刊行物2及び甲3に記載される水系二次電池用のセパレータに関
する知見を非水系二次電池(リチウムイオン電池)用のセパレータに適用す
ることには阻害要因があると主張する。
しかし,刊行物2及び甲3には,静電紡糸法による「蓄電池用セパレー
タ」への適用可能性が示唆されている以上,当業者にとって,静電紡糸法の
採用が困難であるとはいえない。「水系二次電池」と「非水系二次電池」と
では,電解液とセパレータとのマッチングのための要求性能において相違す
るが(甲10),電池用セパレータにおいて,電池の系が異なっても,その
適用に,何らの困難性はなく(乙3ないし6),同事実に照らすならば,静
電紡糸法により作製される水系二次電池用の多孔性シート状製品(セパレー
タ)を,非水系二次電池用(リチウムイオン電池)のセパレータに適用する
ことに阻害要因はない。この点の原告の主張は失当である。
(3) 原告は,本願発明は,刊行物1発明と対比すると,「低温特性」及び「サ
イクル特性」の向上効果が顕著であると主張する。
しかし,原告は,本願発明における上記各特性の優位性について,具体的
な立証をしていない以上,原告の主張を採用することはできない。すなわち,
異なる製法間の低温特性を比較するためには,繊維径や電池活物質,電解液
組成,充放電レートなどにおける同一条件の下での対比が必要となるが,原
告が本願発明との効果の比較対象としている本願明細書の実施例5と刊行物
1の実施例4は,条件の同一性が確認できず,本願発明と刊行物1発明の製
法上の相違による低温特性の優劣を客観的に比較することはできない。サイ
クル特性についても,原告が主張の根拠とする数値は,本願明細書の図3の
充放電特性のグラフに基づいているが,同グラフから具体的数値を正確に読
み取ることは困難であり,本願発明について,100サイクル目の電気容量
と1サイクル目の電気容量の比を約96%~約108%と算定することには
疑問がある。したがって,本願発明の効果が,刊行物1発明に比べて格別に
23
顕著であるとは認められない以上,この点の原告の主張は採用できない。
4 小括
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消す
べき違法は認められない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも採用の限
りでない。
第5 結論
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判
決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
裁判官
齊 木 教 朗
裁判官
武 宮 英 子

……………………………………………………
知財高裁のまとめ公式サイトiPad用(GAE利用サイト)携帯サイト

特許:法184条の4第3項が適用される場合における法184条の5第2項を適用する余地(否定)「解釈」: (知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行コ)第10003号手続却下処分取消請求控訴事件))

** 特許:法184条の4第3項が適用される場合における法184条の5第2項を適用する余地(否定)「解釈」

知財高裁平成22年11月30日判決(平成22年(行コ)第10003号手続却下処分取消請求控訴事件)


知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」

*** 縮小版
**** 法184条の4第3項が適用される場合における法184条の5第2項を適用する余地

「法184条の4第3項は,「国内書面提出期間(・・・)内に第一項に規定する明細書
の翻訳文及び前二項に規定する請求の範囲の翻訳文の提出がなかつたときは,その国際特
許出願は,取り下げられたものとみなす。」と規定しており,国内書面提出期間内に翻訳
文の提出がなかったときは,その国際特許出願は取り下げられたものとみなされ,事件が
特許庁に係属していなかったことになるから,その後に手続の補正を行うことはできず,
法184条の5第2項に基づいて特許庁長官が手続の補正を命じたり,同条第3項により
その国際特許出願を却下したりする余地はない。したがって,法184条の4第3項が適
用される場合には,法184条の5第2項を適用する余地がなく,これと異なる前提に立っ
た原告の主張は,採用の限りでない。」(知財高裁平成22年11月30日判決(平成
22年(行コ)第10003号手続却下処分取消請求控訴事件))

*** H221221現在のコメント

解釈を示しています。みなし取下げ後は補正命令,出願却下の余地はないことを示しました。


*** 本文
**** 第2 事案の概要等

本件は,控訴人(第一審原告。以下「原告」という。)が千九百七十年六月十九日にワシ
ントンで作成された特許協力条約(以下「特許協力条約」という。)に基づいて行った国
際特許出願について,日本国特許庁長官に対し,国内書面及び明細書等の翻訳文を提出し
たところ,特許庁長官から,特許法(以下「法」という。)184条の4第1項に規定す
る国内書面提出期間経過後の提出であること(国内書面提出期間内に明細書等の翻訳文が
提出されなかったことにより国際特許出願が取り下げられたものとみなされること)を理
由に,国内書面に係る手続の却下処分をされたことから,当該却下処分の取消しを求める
事案である。

第一審は,原告の請求を棄却したので,原告が控訴した。

・・・略・・・

**** 第3 当裁判所の判断

原告は,「1」国際特許出願について瑕疵ある国内移行手続がされた場合に,特許庁長官
がその国際特許出願を法184条の5第3項により却下するためには,その前提として,
同条2項により補正を命じておかなければならないこと,「2」特許庁長官が法184条
の5第2項により補正を命じないのは,「手続の不備が軽微で当該手続全体を総合的に検
討すると,客観的に手続者の合理的意思が判断できる場合」や「手続の不備につき補正を
する実益がない場合」といった補正を命ずる必要性を欠く場合に限られているから,特許
庁長官は,補正を命ずることを原則的に強いられていること,を理由として,法184条
の4第3項を適用することによって法184条の5第2項の適用を排除するのは誤りであ
ると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。法184条の4第3項は,「国内書面
提出期間(・・・)内に第一項に規定する明細書の翻訳文及び前二項に規定する請求の範
囲の翻訳文の提出がなかつたときは,その国際特許出願は,取り下げられたものとみな
す。」と規定しており,国内書面提出期間内に翻訳文の提出がなかったときは,その国際
特許出願は取り下げられたものとみなされ,事件が特許庁に係属していなかったことにな
るから,その後に手続の補正を行うことはできず,法184条の5第2項に基づいて特許
庁長官が手続の補正を命じたり,同条第3項によりその国際特許出願を却下したりする余
地はない。したがって,法184条の4第3項が適用される場合には,法184条の5第
2項を適用する余地がなく,これと異なる前提に立った原告の主張は,採用の限りでな
い。」




*** 全文(原文)
平成22(行コ)10003 手続却下処分取消請求控訴事件 その他 行政訴訟
平成22年11月30日 知的財産高等裁判所
1
平成22年11月30日判決言渡
平成22年(行コ)第10003号手続却下処分取消請求控訴事件
(原審東京地方裁判所平成21年(行ウ)第590号)
平成22年10月26日口頭弁論終結
判 決
控訴人 ポリアイシーゲーエムベーハーウント
コーカーゲー
訴訟代理人弁護士 松 田 純 一
同 大 橋 君 平
同 森 田 岳 人
同 伊 藤 卓
同 西 村 公 芳
補佐人弁理士 清 水 善 廣
被控訴人 国
処分行政庁 特許庁長官
訴訟代理人弁護士 大 西 達 夫
指定代理人 千 葉 智 子
同 市 川 勉
同 大 江 摩弥子
同 天 道 正 和
2
主 文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定
める。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 特許庁長官が特願2008-531579について平成20年12月1
2日付けで原告に対してした平成20年3月24日付け提出の国内書面に係
る手続の却下の処分を取り消す。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第2 事案の概要等
本件は,控訴人(第一審原告。以下「原告」という。)が千九百七十年六月
十九日にワシントンで作成された特許協力条約(以下「特許協力条約」という。)
に基づいて行った国際特許出願について,日本国特許庁長官に対し,国内書面
及び明細書等の翻訳文を提出したところ,特許庁長官から,特許法(以下「法」
という。)184条の4第1項に規定する国内書面提出期間経過後の提出であ
ること(国内書面提出期間内に明細書等の翻訳文が提出されなかったことによ
り国際特許出願が取り下げられたものとみなされること)を理由に,国内書面
に係る手続の却下処分をされたことから,当該却下処分の取消しを求める事案
である。
第一審は,原告の請求を棄却したので,原告が控訴した。
3
1 争いのない事実等
原判決2頁16行目ないし4頁1行目のとおりであるから,これを引用する。
2 争点及び争点に対する当事者の主張
次のとおり付加するほかは,原判決4頁3行目ないし14頁3行目のとおり
であるから,これを引用する。
(1) 原判決5頁16行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。
「後記のとおり,条約規則49.6(a)ないし(e)の規定は,国内法
令に適合するから,特許協力条約の要請は,同条約22条及び24条だけ
ではなく,条約規則49.6(a)ないし(e)の規定を含めて導き出す
べきであり,これらの規定を考慮することなく,同条約22条及び24条
の文言だけを拾って,同条約が翻訳文の提出期間の緩和を我が国に求めて
いないと解することはできない。
また,条約規則49.6(a)ないし(e)の規定は,国内法令に適合
するから,同規則49.6(b)の時期的要件が満たされる場合には,出
願人に権利の回復の機会が与えられるべきであるところ,本件では,国内
書面提出期間の末日から8日後に,出願人の日本での権利取得の意思が明
らかになっており,同規則49.6(b)の時期的要件は満たされている。
したがって,出願人に権利の回復の機会を与えずに直ちに取下擬制したこ
とは,特許協力条約に違反する。」
(2) 原判決6頁9行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。
「仮に,条約規則49.6(a)ないし(e)を適用して,外国語特許出
願につき,翻訳文の提出を優先日から最大で42か月まで可能とすること
によって,出願審査の請求がされてから最大6か月の間,明細書等の翻訳
文が提出されない事態が生じ,その間における審査ができないこととなっ
たとしても,特許庁や第三者に何ら実害が生じないし,法の規定との不整
合も生じない。
4
そもそも,法の規定と不整合が生ずるというためには,審査官の審査(着
手)時期を拘束するような法の規定があることを要するところ,法は,出
願審査の請求の期間を出願日から3年とするだけで,審査時期については
何ら定めていないから,法の規定と不整合を生ずることはない。ちなみに,
出願日から3年以内に出願審査の請求をしなければならないとするイン
ドネシア,ウクライナ,オマーン,カザフスタン,スロバキア,タジキス
タン,チェコ,ブラジル,ベラルーシ及びロシアの各国は,法の規定との
不整合を理由とする条約規則49.6の留保を行っていない。
また,審査請求がされてから審査に着手するまで6か月をはるかに超え
るという日本国特許庁における審査の実情に照らせば,条約規則49.6
(a)ないし(e)を適用しても審査の実情に反せず,審査は国内法令に
則って行われているから,審査の実情に反しないということは,国内法令
に適合していることを意味する。」
(3) 原判決8頁19行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。
「国際特許出願について瑕疵ある国内移行手続がされた場合に,特許庁長
官がその国際特許出願を法184条の5第3項により却下するためには,
その前提として,同条2項により補正を命じておかなければならない。そ
して,特許庁長官が同条2項により補正を命じないのは,「手続の不備が
軽微で当該手続全体を総合的に検討すると,客観的に手続者の合理的意思
が判断できる場合」や「手続の不備につき補正をする実益がない場合」と
いった補正を命ずる必要性を欠く場合に限られているから,特許庁長官は,
補正を命ずることを原則的に強いられている。したがって,法184条の
4第3項を適用することによって法184条の5第2項の適用を排除する
のは誤りである。」
(4) 原判決12頁22行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。
「条約規則49.6(a)ないし(e)の規定は国内法令に適合しないか
5
ら,それらが国内法令に適合することを前提とする原告の主張は,理由が
ない。
法47条1項,48条の2によれば,出願審査が請求されたときは,審
査官をして速やかに審査に着手させなければならないというのが法の本
来の趣旨であり,条約規則49.6(a)ないし(e)の規定を適用する
ことにより,出願審査の請求がされてから最大6か月の間,明細書等の翻
訳文が提出されず,審査に着手できないという事態が生じ,法の本来の趣
旨と相反することになるのであれば,上記条約規則の規定は,国内法令と
の不整合があるといえる。
ベラルーシは,当初,国内法令との不適合を理由として条約規則49.
6(f)に規定する通告を国際事務局に行っており(その後,2003年
7月1日に上記通知の取下げが有効となった。),中国は,出願審査の請
求の期間を出願日から3年と定め,かつ国内法令との不適合を理由として
条約規則49.6(f)に規定する通告を行っており,これらの国々の対
応は,条約規則49.6(f)に規定する通告を行った日本国特許庁の対
応に合理性があることを裏付けている。
出願審査が請求されたときは,審査官をして速やかに審査に着手させな
ければならないというのが法の本来の趣旨であり,条約規則49.6(a)
ないし(e)が国内法令に適合するか否かは,このような趣旨の法に適合
するかどうかという問題であって,審査請求されてから審査の着手までに
6か月を超える実情が存在するとしても,それによって法の本来の趣旨が
変わるわけではないから,そのような実情が存在することを根拠として,
条約規則49.6(a)ないし(e)が国内法令に適合するということは
できない。」
(5) 原判決14頁3行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。
「確かに,法184条の5第2項の規定により,同項各号に掲げる手続の不
6
備がある場合は,その手続の補正をすべきことを命じなければ,同条3項の
規定により,その国際特許出願を却下することができない。しかし,法18
4条の4第1項の規定により提出すべき明細書,請求の範囲,図面(図面の
中の説明に限る。)及び要約の日本語による翻訳文のうち,明細書及び請求
の範囲の翻訳文が,同項に規定する国内書面提出期間内に提出されないとき
は,その国際特許出願は,取り下げられたものとみなす旨同条3項に規定さ
れている。そうである以上,明細書及び請求の範囲の翻訳文が国内書面提出
期間内に提出されていない国際特許出願は,取り下げられたものとみなされ,
既にその国際特許出願に係る事件が特許庁に係属していないのであるから,
そもそも手続の補正の対象とはなり得ず(法17条1項本文参照),法18
4条の5第2項1号の規定による補正命令の対象にもなり得ないものであ
り,同条3項の規定により却下することもできないから,手続の不備がある
国際特許出願が不備を補正されないまま残存し続けるという事態は生じな
い。
したがって,法184条の5第2項の規定が補正命令について特許庁長官
の裁量を認めた規定であることを前提としても,明細書及び請求の範囲の翻
訳文が国内書面提出期間内に提出されていない国際特許出願については,法
184条の4第3項の規定が適用される結果,法184条の5第2項の規定
による手続補正の対象とはなり得ない。」
第3 当裁判所の判断
次のとおり付加,訂正するほかは,原判決14頁5行目ないし20頁13行
目のとおりであるから,これを引用する
(1) 原判決17頁24行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。
「原告は,条約規則49.6(a)ないし(e)の規定が国内法令に適合
することを前提として,『特許協力条約の要請は,同条約22条及び24
条だけではなく,条約規則49.6(a)ないし(e)の規定を含めて導
7
き出すべきであり,これらの規定を考慮することなく,同条約22条及び
24条の文言だけを拾って,同条約が翻訳文の提出期間の緩和を我が国に
求めていないと解することはできない』,『条約規則49.6(b)の時
期的要件が満たされる場合には,出願人に権利の回復の機会が与えられる
べきであるところ,本件では,国内書面提出期間の末日から8日後に,出
願人の日本での権利取得の意思が明らかになっており,同規則49.6(b)
の時期的要件は満たされており,したがって,出願人に権利の回復の機会
を与えずに直ちに取下擬制したことは,特許協力条約に違反する』と主張
する。
しかし,後記のとおり,条約規則49.6(a)ないし(e)の規定は
国内法令に適合しないから,原告の上記主張は,その前提において採用す
ることができない。」
(2) 原判決19頁1行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。
「原告は,『条約規則49.6(a)ないし(e)を適用して,外国語特
許出願につき,翻訳文の提出を優先日から最大で42か月まで可能とする
ことによって,出願審査の請求がされてから最大6か月の間,明細書等の
翻訳文が提出されない事態が生じ,その間における審査ができないことと
なったとしても,特許庁や第三者に何ら実害が生じないし,法の規定との
不整合も生じない』,『法の規定と不整合が生ずるというためには,審査
官の審査(着手)時期を拘束するような法の規定があることを要するとこ
ろ,法は,出願審査の請求の期間を出願日から3年とするだけで,審査時
期については何ら定めていないから,法の規定と不整合を生ずることはな
い』と主張する。
しかし,法47条1項は「特許庁長官は,審査官に特許出願を審査させ
なければならない。」と規定し,法48条の2は「特許出願の審査は,そ
の特許出願についての出願審査の請求をまつて行う。」と規定しており,
8
出願審査の請求がされたにもかかわらず審査に着手しなくてよい旨を定め
た規定がないことからすれば,特許庁長官は,出願審査の請求がされたと
きには,審査官をして速やかに審査に着手させなければならないというの
が法の趣旨であると解される。そうすると,条約規則49.6(a)ない
し(e)を適用し,翻訳文の提出を優先日から最大で42か月まで可能と
することによって,出願審査の請求がされてから最大6か月の間,明細書
等の翻訳文が提出されず,その間における審査ができないという事態を招
くことは,上記の法の趣旨に反し,法の規定との不整合を生ずるというべ
きであり,条約規則49.6(a)ないし(e)は,我が国の国内法令に
適合しないというべきである。したがって,原告の上記主張は,採用する
ことができない。
また,原告は,『出願日から3年以内に出願審査の請求をしなければな
らないとするインドネシア,ウクライナ,オマーン,カザフスタン,スロ
バキア,タジキスタン,チェコ,ブラジル,ベラルーシ及びロシアの各国
は,法の規定との不整合を理由とする条約規則49.6の留保を行ってい
ない』,『審査請求がされてから審査に着手するまで6か月をはるかに超
えるという日本国特許庁における審査の実情に照らせば,条約規則49.
6(a)ないし(e)を適用しても審査の実情に反せず,審査は国内法令
に則って行われているから,審査の実情に反しないということは,国内法
令に適合していることを意味する』と主張する。
しかし,諸外国の対応は,条約規則49.6(a)ないし(e)が我が
国の国内法令に適合することの直接の根拠とはなり得ないし,その点を措
くとしても,ベラルーシは,当初,国内法令との不適合を理由として条約
規則49.6(f)に規定する通告を国際事務局に行っており(その後,
2003年7月1日に上記通知の取下げが有効となった。),中国は,出
願審査の請求の期間を出願日から3年と定め,かつ国内法令との不適合を
9
理由として条約規則49.6(f)に規定する通告を行っており(乙4の
1,2,弁論の全趣旨),審査請求期間を3年とする国の中には,日本と
同様に条約規則49.6(f)に規定する通告を行った国もあるので,そ
のようなことも考慮すると,通告を行わない国が存在することから,通告
をしたことが不合理であるということはできない。
また,仮に日本国特許庁において,審査請求がされてから審査に着手す
るまで6か月をはるかに超えるという審査の実情があったとしても,前記
のとおり,特許庁長官は,出願審査の請求がされたときには,審査官をし
て速やかに審査に着手させなければならないというのが法の趣旨であると
解され,審査請求から審査の着手まで6か月を超えるという審査の実情は,
法の趣旨に沿うものとはいえないし,そのような審査の実情があることに
よって法の趣旨が変わることもない。そうすると,条約規則49.6(a)
ないし(e)がそのような審査の実情に反しないとしても,そのような審
査の実情に反しないことを根拠として,同条約規則が国内法令に適合して
いるとはいえない。」
(3) 原判決19頁23行目の後に,行を改めて,次のとおり挿入する。
「エ補正命令との関連について
原告は,①国際特許出願について瑕疵ある国内移行手続がされた場合に,
特許庁長官がその国際特許出願を法184条の5第3項により却下するた
めには,その前提として,同条2項により補正を命じておかなければなら
ないこと,②特許庁長官が法184条の5第2項により補正を命じないの
は,「手続の不備が軽微で当該手続全体を総合的に検討すると,客観的に
手続者の合理的意思が判断できる場合」や「手続の不備につき補正をする
実益がない場合」といった補正を命ずる必要性を欠く場合に限られている
から,特許庁長官は,補正を命ずることを原則的に強いられていること,
を理由として,法184条の4第3項を適用することによって法184条
10
の5第2項の適用を排除するのは誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。法184条の4第3
項は,「国内書面提出期間(・・・)内に第一項に規定する明細書の翻訳
文及び前二項に規定する請求の範囲の翻訳文の提出がなかつたときは,そ
の国際特許出願は,取り下げられたものとみなす。」と規定しており,国
内書面提出期間内に翻訳文の提出がなかったときは,その国際特許出願は
取り下げられたものとみなされ,事件が特許庁に係属していなかったこと
になるから,その後に手続の補正を行うことはできず,法184条の5第
2項に基づいて特許庁長官が手続の補正を命じたり,同条第3項によりそ
の国際特許出願を却下したりする余地はない。したがって,法184条の
4第3項が適用される場合には,法184条の5第2項を適用する余地が
なく,これと異なる前提に立った原告の主張は,採用の限りでない。」
(4) 原判決19頁24行目の「エ」を「オ」と改める。
(5) 原判決20頁13行目の後に,行を改めて,次のとおり付加する。
「4 結論
原告は,これまで摘示した他にも細部にわたり縷々主張するが,独自
の見解に立った上での主張であり,いずれも理由がない。
よって,原告の請求は理由がなく,原告の請求を棄却すべきものとし
た原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。」
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯 村 敏 明
11
裁判官
中 平 健
裁判官
知 野 明

……………………………………………………
公式サイトGAEサイト携帯サイト