審決には,引用刊行物1発明の認定の誤り及びそれに伴う一致点の認定の誤
り(取消事由1),一致点の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由2),相違
点(イ)(絶縁性支持体の構成,開口部側壁への絶縁性支持体の露出)に係る容易
想到性の判断の誤り(取消事由3),相違点(カ)(BGA用の基板とPGA用の
基板の相違)に係る容易想到性の判断の誤り(取消事由4)があるから,違法
として取り消されるべきである。
1 引用刊行物1発明の認定の誤り及びそれに伴う一致点の認定の誤り(取消事
由1)
審決が,引用刊行物1発明について,「・・・メタライズ層6は・・・アウタ
ーリード4に接続する端子とを配線の一部とした配線パターンを備え,・・・ア
ウターリード4に接続する端子の形成される箇所のベース1にこの端子に達す
るスルホールが穿設され,スルホールの半導体素子3を搭載する面側がメタラ
イズ層6で覆われている半導体素子搭載用基板」とした認定は誤りであり,そ
の認定を前提とした一致点の認定も誤りである。その理由は,以下のとおりで
ある。
(1) アウターリード4に接続する端子の存否
引用刊行物1発明に係る基板において,メタライズ層6は,アウターリー
ド4に接続する端子を備えていない。
すなわち,引用刊行物1には,「上記メタライズ層6と,アウターリード4
とを,ベース1に穿設されたスルホールを介して電気的に接続している。」と
記載されており(甲1,2頁右下欄1ないし3行),この記載からすると,メ
タライズ層6とアウターリード4とは,ベース1に穿設されたスルホールを
介して,すなわち,スルホールを間において,間接的に電気的に接続されて
いるものと解される。
ガラスエポキシ基板を用いたPGA半導体素子搭載用基板の技術分野にお
いて,スルホール表面(「スルホール表面」とは,「スルホールの側壁の表面」
との意味である。)にめっき等の導電層が形成され,ガラスエポキシ基板の表
面に設けられた配線(メタライズ層)とリードピン(アウターリード)が,
スルホール表面に形成された導電層を介して電気的に接続されることは,周
知の技術である(甲44ないし47)。
そうすると,アウターリード4が挿入されていない基板において,スルホ
ール表面に形成されためっき等の導電層が,アウターリード4が挿入されて
外部と接続する端子に該当する。したがって,メタライズ層6は,アウター
リード4に接続する端子を備えていない。
なお,被告は,乙13ないし16には,絶縁性支持体(ベース)の開口部
(スルホール)にピン状のアウターリードを固定する際に,開口部(スルホ
ール)の側面にめっきがされていないことが開示されていると主張するが,
以下のとおり,このような被告の主張に理由はない。
すなわち,乙13は,ピンを貫通孔内で金ろうにより固定し,乙14は,
ピンを貫通孔内で銀ろうにより固定するという特殊な手段を用いたものであ
るところ,甲52の図5.1によれば,金ろうの溶融温度は650℃以上,
銀ろうの溶融温度は600℃以上であるから,耐熱性の点から,乙13,1
4記載の技術事項をガラスエポキシ基板やポリイミドフィルムのような有機
基板に適用することはできない。また,乙15記載の半導体装置のパッケー
ジは,TBAフィルムのスルーホール内に樹脂により導電ピンを固定すると
いう特殊な手段(複数の製造工程を経る構成)を用いたものであり,乙16
記載のピングリッドアレイは,合成樹脂の基板1を成形する際にピンの基部
を基板内に埋入させるものであり,基板1を貫通するスルホールがないもの
である。さらに,乙13ないし16は,引用刊行物1に記載されたような,
リジッドなガラスエポキシ基板のスルホールに,スルホール内径と同じ太さ
のリードピン(アウターリード)を挿入したPGA半導体素子搭載用基板と
は異なるものである。したがって,乙13ないし16が存在するからといっ
て,引用刊行物1発明に適用可能な,開口部(スルホール)の側面にめっき
のない構成が公知であったとはいえず,引用刊行物1の「上記メタライズ層
6と,アウターリード4とを,ベース1に穿設されたスルホールを介して電
気的に接続している。」(甲1,2頁右下欄1ないし3行)との記載に接した
当業者が,アウターリード4が,スルホール表面に形成された導電層を介さ
ず,メタライズ層6と直接電気的に接続していると理解することはない。
(2) 外部接続端子によるスルホールの被覆の有無
引用刊行物1発明に係る基板は,その製造工程に照らし,スルホールの半
導体素子3が搭載される面側がアウターリード4に接続する端子で覆われる
ことはないし,引用刊行物1の第1図に基づいて,スルホールの半導体素子
3が搭載される面側がメタライズ層6で覆われると認定することはできない。
その理由は,以下のとおりである。
ア製造工程について
(ア)a 引用刊行物1には,「ベース1は例えばガラスエポキシ基板により
構成される」(甲1,2頁右上欄15ないし16行),「ベース1には,
第1図にはメタライズ層(配線層)6がメッキ,蒸着などにより設け
られており」(甲1,2頁左下欄16ないし17行),「上記メタライ
ズ層6は,例えばAlより構成される」(甲1,2頁右下欄6ないし
7行)と記載されている。これらの記載によれば,引用刊行物1発明
のメタライズ層6は,ガラスエポキシ基板により構成されるベース1
に,Alをメッキ,蒸着などして設けるものである。
また,引用刊行物1には,「アウターリード4は,ベース1に融点の
高い半田により,半田付される」(甲1,2頁右下欄4ないし5行)と
記載されているが,引用刊行物1発明はベース1がガラスエポキシ基
板であるので,アウターリード4をベース1に直接はんだ(以下,引
用部分以外は,原則として「はんだ」と表記する。)付けすることはで
きない。ベースとしてガラスエポキシ基板を用いたPGA基板の場合,
通常は導電層をガラスエポキシ基板下部表面にも形成し,この導電層
にアウターリードがはんだ付けされる(甲44,49)から,引用刊
行物1発明においても,導電層をガラスエポキシ基板下部表面にも形
成し,この導電層にアウターリードがはんだ付けされる。
そうすると,引用刊行物1発明に係るPGA基板は,ベース1に穴
加工を施し,更にベース1表面にレジストを形成した後,穴内面及び
ベース1の露出した部分にメッキ,蒸着等で導電層,メタライズ層6
を形成する工程で製造されると解され,この場合,穴の開口部上面を
覆うようにメタライズ層6を形成することはできない。
b 一般的なPGA基板は,両面銅箔付き積層板に穴加工を施した後,
穴内面及び銅箔表面にメッキ等で導電層を形成し,最後にエッチング
により配線を形成する工程で製造されるところ(例えば甲50),この
工程によっても,穴の開口部上面を覆うようにメタライズ層6を形成
することはできない。
c 仮に,審決の認定どおりであるとすれば,引用刊行物1に記載され
た基板は,ベース1の一面にAlをメッキ又は蒸着してメタライズ層
を形成し,メタライズ層を貫通することなくベース1のみに穴加工を
施し,このメタライズ層に当接するように,アウターリード4を,形
成された穴に打ち込んで製造することになるが,メタライズ層は数μ
mの薄さであって脆弱なものであるから,このような方法で基板を製
造することは,通常はあり得ない。
d そうすると,引用刊行物1発明は,その製造工程に照らすと,アウ
ターリード4に接続する端子の形成される箇所のベース1に,この端
子に達するスルーホールが穿設されることはなく,また,スルホール
の半導体素子3を搭載する面側がメタライズ層6で覆われることはな
い。
(イ) 有機基板にアルミニウムのメッキを施すことは難しく,蒸着でアルミ
ニウムのメタライズ層を設けた場合,厚みが薄くなるところ,アルミニ
ウムは,その融点が銅などに比べて低く,レーザーの熱に耐えられない
から,メタライズ層形成後に穴加工を行って穴の開口部上面を覆うよう
にメタライズ層を形成することは不可能である。
イ引用刊行物1の第1図について
特許出願に際して願書に添付された図面は,特許を受けようとする発明
の内容を明らかにするための説明図にとどまるから,明細書の記載及び技
術常識に反する発明を図面のみから認定することは許されない。
引用刊行物1の第1図は,図面の簡単な説明において,「本発明の実施例
を示す断面図」とされているが,第1図は,どの部分の断面図であるか明
確でない。
また,コネクタワイヤ7をメタライズ層6に接続する位置と,アウター
リード4をメタライズ層6に取り付ける位置の関係をみると,第1図(第
1図のうち,左右両端の,コネクタワイヤ7 がメタライズ層6の上部に接
続され,アウターリード4がメタライズ層6の下部に取り付けられている
部分)では,両者の位置がほぼ同じであるのに対し,第3図では,両者の
位置がずれており,第1図は,その部材の位置関係を明確に図示していな
い。
さらに,引用刊行物1には,アウターリード4をはんだ付けすることに
ついて明記されているが,そのことは,第1図には図示されていない。
引用刊行物1発明は,アウターリード4の上部にチップを搭載する構成
としたことに特徴があり,第1図は,その構成のみを明確に図示する断面
図であり,その他の部材の位置関係を明確に図示しているとはいえない。
そうすると,引用刊行物1の第1図には,アウターリード4とメタライ
ズ層6の位置関係(接続関係)が明確に図示されているとはいえないから,
引用刊行物1の第1図に基づいて,スルホール上端部がメタライズ層6で
覆われた状態が示されていると認定することはできない。審決が,引用刊
行物1の第1図,第2図のみから,「スルホールの半導体素子3を搭載する
面側がメタライズ層6で覆われている半導体素子搭載用基板」とした認定
は誤りである。
(3) 小括
したがって,審決が,引用刊行物1発明について,「・・・メタライズ層6
は・・・アウターリード4に接続する端子とを配線の一部とした配線パター
ンを備え,・・・アウターリード4に接続する端子の形成される箇所のベース
1にこの端子に達するスルホールが穿設され,スルホールの半導体素子3を
搭載する面側がメタライズ層6で覆われている半導体素子搭載用基板」とし
た認定は誤りである。
また,上記認定を前提として,本件訂正発明2と引用刊行物1発明は,「上
記配線は,・・・外部接続端子とを上記絶縁性支持体上に形成される配線の一
部として備え,・・・上記外部接続端子の形成される箇所の上記絶縁性支持体
に,上記外部接続端子に達する開口部が設けられ,上記開口部の半導体素子
を搭載する面側は,上記外部接続端子で覆われている」で一致するとした審
決の認定は誤りである。
2 一致点の認定の誤り及び相違点の看過(取消事由2)
審決が,引用刊行物1発明の「アウターリード4に接続する端子」,「スルホ
ール」が,それぞれ本件訂正発明2の「外部接続端子」,「開口部」に該当する
として,本件訂正発明2と引用刊行物1発明が,外部接続端子,開口部を備え
る点で一致するとした認定は誤りであり,審決は,本件訂正発明2が外部接続
端子,開口部を備えるのに対し,引用刊行物1発明が外部接続端子,開口部を
備えないとの相違点を看過したものである。その理由は,以下のとおりである。
すなわち,本件訂正発明2は,BGA用の半導体素子搭載用フレキシブル基
板であるから,本件訂正発明2の「外部接続端子」は,はんだボールに接続す
るものである。これに対し,引用刊行物1発明の「アウターリード4に接続す
る端子」は,はんだボールに接続するものではない。そのため,引用刊行物1
発明の「アウターリード4に接続する端子」は,本件訂正発明2の「外部接続
端子」に該当しない。
また,本件訂正発明2は,BGA用の半導体素子搭載用フレキシブル基板で
あるから,本件訂正発明2の「開口部」は,はんだボールが配置され,溶融さ
れるものであり,かつ,外部接続端子で覆われていて,ポリイミドフィルムに
設けられたものであるから,アウターリードを挿入する使い方はできない。こ
れに対し,引用刊行物1発明の「スルホール」は,アウターリードを挿入する
ものである。そのため,引用刊行物1発明の「スルホール」は,本件訂正発明
2の「開口部」に該当しない。
3 相違点(イ)(絶縁性支持体の構成,開口部側壁への絶縁性支持体の露出)に係
る容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
審決が,相違点(イ)に係る本件訂正発明2の構成は容易に想到し得るとした判
断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
(1) 絶縁性支持体の構成について
審決は,絶縁性支持体の構成について,甲2〔審判甲7〕,甲3〔審判甲8〕,
甲5〔審判甲28〕,甲6〔審判甲35〕,甲7〔審判甲36〕,甲8〔審判甲
6〕,甲9〔審判甲29〕の記載によれば,半導体素子搭載用基板において,
絶縁性支持体をポリイミド(フィルム)で構成されるフレキシブル基板とす
ることは,周知又は公知であったものと認められ,当事者が適宜選択し得る
設計的事項であったといえると判断した。この審決の判断は,アウターリー
ドを挿入する半導体素子搭載用基板(いわゆるPGA基板)において,絶縁
性支持体をポリイミドフィルムで構成することは,当業者が適宜選択し得る
設計的事項であるとするものである。
しかし,審決が周知例として例示した刊行物(甲2,3,5ないし9)に
は,アウターリード(リードピン)を挿入する半導体素子搭載用基板(いわ
ゆるPGA基板)において,①絶縁性支持体をポリイミドフィルムで構成す
ること,又は②絶縁性支持体をポリイミドフィルムで構成してもアウターリ
ード(リードピン)を支持できることは,何ら記載されていない。
したがって,上記刊行物(甲2,3,5ないし9)の記載に基づき,アウ
ターリードを挿入する半導体素子搭載用基板(いわゆるPGA基板)におい
て,絶縁性支持体をポリイミドフィルムで構成することは当業者が適宜選択
し得る設計的事項であるとする審決の判断は,誤りである。
(2) 開口部側壁への絶縁性支持体の露出について
審決は,本件訂正発明2では,絶縁性支持体の開口部の側壁に絶縁性支持
体が露出しているのに対し,引用刊行物1発明では,スルホール(開口部)
の側壁にベースが露出しているか否かを明記していない点について,引用刊
行物1の第1図には,スルホールの側壁にベースが露出した状態でアウター
リードが設けられた様子が示されており,また,スルホールの半導体素子を
搭載する面側にメタライズ層があれば,電気的導通のためにスルホールの側
壁を(めっき等で)メタライズする必要もないことから,実質的な相違点と
はいえないと判断した。
しかし,前記1(1)のとおり,引用刊行物1発明においては,スルホールの
側壁の表面に導電層が形成されていることは明らかである。そうすると,本
件訂正発明2では絶縁性支持体の開口部の側壁に絶縁性支持体が露出してい
るのに対し,引用刊行物1発明ではスルホールの側壁の表面に導電層が形成
されている点は,本件訂正発明2と引用刊行物1発明の相違点である。した
がって,本件訂正発明2では絶縁性支持体の開口部の側壁に絶縁性支持体が
露出しているのに対し,引用刊行物1発明ではスルホールの側壁にベースが
露出しているか否かを明記していない点は実質的な相違点とはいえないとし
た審決の判断は,誤りである。
4 相違点(カ)(BGA用の基板とPGA用の基板の相違)に係る容易想到性の判
断の誤り(取消事由4)
審決が,相違点(カ)に係る本件訂正発明2の構成は容易に想到し得るとした判
断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
(1) 審決は,甲17,甲18〔審判周知資料1〕,甲19〔審判周知資料2〕,
甲20〔審判周知資料3〕,甲21〔審判周知資料4〕,甲22〔審判参考資
料12〕,甲23〔審判周知資料5〕,甲24〔審判周知資料6〕,甲25〔審
判周知資料7〕の記載によれば,半導体素子搭載用基板において,引用刊行
物1発明に使用されているようなピンと,はんだボールとが,相互に置換可
能であることは周知又は公知の技術であったものと認められるところ,引用
刊行物1の4頁右上欄20行に,「他のパッケージなどにも適用できる。」と
記載されているのであるから,引用刊行物1発明をBGA用の基板に適用す
ることは,当業者が容易に想到し得たものといえると判断した。また,審決
は,「被請求人は,・・・引用刊行物1発明をBGA用の基板に適用すること
は当業者が容易に想到し得たものではない旨を主張しているが,・・・絶縁性
支持体としてポリイミド(フィルム)で構成されるフレキシブル基板を選択
することが,当業者が適宜選択し得る設計的事項であるから,それに伴って,
引用刊行物1発明に使用されているようなピンをはんだボールに置換するこ
とも,上記周知または公知の技術に基づいて当業者が適宜なし得る設計的事
項の範囲にすぎない。」と判断した。
審決の上記判断は,本件訂正発明2の相違点(イ)に係る構成を容易に想到し
得たことを理由として,本件訂正発明2の相違点(カ)に係る構成を容易に想到
し得たと判断するものである。
しかし,前記3のとおり,本件訂正発明2の相違点(イ)に係る構成を容易に
想到し得たとの判断は誤りである。また,相違点(カ)という一つの相違点につ
いて,二段階の容易想到性の判断を経て容易想到と判断している点も誤りで
ある。
(2) 引用刊行物1発明のメタライズ層6は,アルミニウムをベース1にメッキ,
蒸着して形成されているところ,はんだはアルミニウムに付着しないとされ
ているし(甲53,【0004】参照),有機のフラックスを内蔵する特殊な
アルミニウム用はんだを使用すると煩雑な処理が必要となり,簡便に小型・
高密度の半導体パッケージを製造するとの本件訂正発明2の目的に反するこ
ととなる。そのため,引用刊行物1発明において,アウターリード4がメタ
ライズ層6に直接はんだ付けされることはなく,引用刊行物1発明のアウタ
ーリード4に代えてはんだボールを使用することには阻害要因がある。
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