2011年2月28日月曜日

特許:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月28日判決(平成21年(行ケ)第10430号審決取消請求事件(特許)))





目 次


特許:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月28日判決(平成21年(行ケ)第10430号審決取消請求事件(特許)))




知的財産高等裁判所第1部「中野哲弘コート」



H230302現在のコメント


(知財高裁平成23年2月28日判決(平成21年(行ケ)第10430号審決取消請求事件(特許)))

容易想到性に関する事実認定判決です。事実認定判決については,facebookページなり,知財高裁のまとめのコメントで気づいたら追加していくことにします。




縮小版なし・判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月28日判決(平成21年(行ケ)第10430号審決取消請求事件(特許)))



(4) 取消事由1(甲1発明からの容易想到性判断の誤り)について



top



ウ検討



top
(ア) 前記(2)のとおり,甲1発明においては,芯球の表面層の硬化を調整し,表面層を柔軟化する目的で「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」「元素イオウ」のような「硬化調整剤」が使用され,この場合の硬化の調整とは,芯球の中心部よりも表面部を柔軟化させることであるから,甲1発明で使用されている芯球を形成するためのエラストマー組成物,すなわち,高シス含有のポリブタジエン,α,βエチレン不飽和モノカルボン酸の亜鉛塩,少量の酸化亜鉛及び過酸化物からなるエラストマー組成物の硬化反応を抑制するものであるといえる。ただし,甲1には,「起きている反応はよくわからない」と記載されているように,「硬化調整剤」使用下での芯球の硬化の具体的な反応機構は明らかではない。

一方,前記イ(オ)ないし(キ)からすると,ペプタイザー(素練り促進剤)とは,ゴムの素練り加工時に使用される薬剤であって,ゴムを加熱し,素練りした際の酸素による可塑化作用を強めるものであるところ,ペンタクロロチオフェノール(PCTP)はペプタイザーとして知られているものといえる。

また,前記イ(ア),(コ)からすれば,PCTPは,「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」の範疇に一応入る化合物であるといえるが,「チオール」とは「-SH基を持つ有機化合物のことで,メルカプタンともいう。」とされるとおり,非常に広範な化合物を含む概念であって,「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」であれば,いかなる化合物でもゴムの硬化反応を抑制するとの技術常識があるとは認められず,PCTPが硬化を抑制する化合物であることを認めるに足りる証拠もない。

むしろ,前記イ(ク)のとおり,甲19には,同じく硫黄含有物質の範疇に入るメルカプトベンツチアゾールやテトラアルキルチウラムジスルフィドなどが,ゴムの加硫促進剤(硬化を促進する薬剤)であることが記載されている。

そして,前記イ(カ)のとおり,PCTPがペプタイザーとして使用されるゴムの素練り加工(可塑化)工程は,ゴムの加工において初期段階の工程であって,ゴムの硬化工程とは,その段階において大きく異なるものである。

以上からすれば,当業者(その発明の属する技術の分野における通常 の知識を有する者)が,甲1発明において硬化調整剤として使用される「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」につき,PCTPという特定の化合物を用いることを容易に想到できるとはいえない。したがって,相違点に係る「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を含有する点は,甲1発明,甲2,甲3及び甲21に記載の技術並びに当該技術分野における技術常識を参酌しても,当業者が容易に想到することができたものであるとは認められないとした審決の結論に誤りはない。

top




(5) 取消事由2(甲4発明からの容易想到性判断の誤り-その1)について



ア審決は,本件発明と甲4発明との相違点につき,前記のとおり「ゴム組成物に関し,本件発明では,『ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩』を含有するのに対し,甲4発明では,『ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体』を含有している点。」と認定した。

top



イところで,証拠によれば,以下の事実が認められる。



すなわち,甲32(特開昭59-228866号公報,発明の名称「ソリツドゴルフボール」,公開日昭和59年12月22日),甲33(特開昭59-228867号公報,発明の名称「ソリツドゴルフボール」,公開日昭和59年12月22日)には,甲4と同様に,それぞれ「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」,「4,4'-ジチオ-ビス-ジモルフォリン及び/又はその誘導体」をグラフト鎖の分子量調整剤として用い,適度の硬さと耐久性があり,反発性能が向上したソリッドゴルフボールを製造することが記載されている。

top



ウ検討



(ア) 前記(3)のとおり,甲4発明においては,ソリッドゴルフボールの組成物に添加されたα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩モノマーが遊離開始剤によってポリブタジエン主鎖にグラフトされるが,このグラフト鎖が長すぎると,ボールの反発性能が低下するので,DPTTがグラフト鎖の分子量調整剤として用いられ,グラフト鎖の長さを調整するものである。

このように,甲4には,DPTTがグラフト鎖の分子量調整剤であり,グラフト鎖の長さを調整することによって,ボールの反発性能が向上することは記載されているが,DPTTが具体的にどのような反応機構でグラフト鎖の長さを調節するかについての記載はなく,DPTT以外の他の化合物を同様の目的で使用することに関しても何ら記載されていない。

同様に,甲32,甲33にも,反応機構や,「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」,「4,4'-ジチオ-ビス-ジモルフォリン及び/又はその誘導体」以外の薬剤を使用することは記載されていない。

そうすると,当業者が,甲4や甲32,甲33の記載から,甲4発明におけるDPTTと同等に機能する化合物がどのようなものであるかを理解することは困難である。

なお,前記(4)イ(イ)ないし(ケ)からすれば,ペプタイザー(素練り促進剤)は,ゴムの素練り工程において,素練りで切断されたゴム分子鎖に形成されるラジカル(化学的に活性な遊離基)と反応し,切断されたゴム分子鎖同士の再結合を抑制し,可塑化を促進することを目的として添加されるものであり,ペンタクロロチオフェノール(PCTP)が,本件特許出願当時,ペプタイザーとしてのラジカル捕獲剤の機能を有することが当業者に認識されていたものと認められる。

しかし,本件特許出願当時(平成元年5月11日),PCTPが,グラフト鎖の長さを調節する化合物であると知られていたことを認めるに足りる証拠はない。

また,甲4には,ラジカルの捕獲については何ら言及がない上,ラジカル捕獲剤であればすべてがグラフト鎖の長さを調節する機能を有する旨の技術常識や証拠は示されていないから,たとえDPTTがラジカル捕獲剤であることが理解できたとしても,当業者にとって,甲4発明においてDPTTに代えて他の化合物を使用して同等の効果を得ることが容易想到とはいえない。

したがって,当業者が,甲4発明において,DPTTに代えてPCTPを用いることが容易想到であったとはいえず,審決の,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を含有する点は,甲4発明,甲9ないし甲11に記載の技術,甲14及び甲15に記載の技術及び当該技術分野における技術常識を参酌しても当業者が容易に想到することができたものであるとは認められないとした結論に誤りはない。

このように,本件発明は,その構成において甲4発明等から容易想到ではないから,効果の顕著性について検討するまでもない。

top



(イ) 原告の主張に対する判断



a 原告は,甲4記載の解決手法は,ラジカル捕獲剤としての一般的な作用機序に基づくものであり,ポリブタジエンを主成分とするゴム分子主鎖を有する「ゴム組成物」において,「α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩」という特定の構成を有するグラフト鎖に対して作用することは,ラジカル捕獲剤としての一般的な作用機序の適用にすぎないことが明記されている旨主張する。

しかし,前記(ア)のとおり,甲4に記載されているのは,DPTTがグラフト鎖の長さを調節するという点のみであって,「ラジカル捕獲剤としての一般的な作用機序」は記載されてはいない。

また,原告は,甲4の出願人が甲4の出願日と同日に,異なるラジカル捕獲剤に関して,特許出願を2件行っている(甲32,甲33)ことを根拠として,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」以外のラジカル捕獲剤により同等の効果を得ることができるのは明らかであると主張するが,甲32,甲33は,甲4と同様に,「ラジカル捕獲剤としての一般的な作用機序」を記載するものではないから,甲32及び甲33を併せて検討しても,当業者にとって,DPTT,「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」,「4,4'-ジチオ-ビス-ジモルフォリン及び/又はその誘導体」以外の,グラフト鎖の長さを調節する具体的な化合物が明らかであるとはいえない。

b このほか,原告は,被告が,広く有機硫黄化合物一般につきPCTPと同様の効果があるという前提で本件特許につき出願していたものであるから,これと矛盾する主張をすることは許されないとも主張するが,前述のとおり,PCTPを含有する本件発明につき甲4発明等から容易想到でないといえる以上,現時点で,出願当初の本件特許の内容等について主張しても意味がなく,原告の上記主張は理由がない。

top





(6) 取消事由3(甲4発明からの容易想到性判断の誤り-その2)について



ア前記(3)のとおり,甲4発明は,α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の金属塩を含有するゴム組成物にジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体(DPTT)をグラフト鎖の分子量調整剤として用い,グラフト鎖の長さを調節することによって,適度の硬さと耐久性があり,同時に反発性能が向上した優れた性能を有するソリッドゴルフボールを提供するものである。

そして,審決は,本件発明と甲4発明との相違点につき,「ゴム組成物に関し,本件発明では,『ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩』を含有するのに対し,甲4発明では,『ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体』を含有している点。」と認定した。

top
イところで,証拠によれば,以下の事実が認められる。




ウ検討



(ア) 甲4において,DPTTがポリブタジエンとα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩を含有するゴム組成物という特定の反応系においてグラフト鎖の長さを調整することによって,ボールの反発性能を向上させることは記載されているが,DPTTが具体的にどのような反応機構でグラフト鎖の長さを調節しているかについては記載はなく,DPTT以外の他の薬剤を同様の目的で使用することに関しても何ら記載されていない。

また,前記イのとおり,甲16には,チオールが連鎖移動剤であること,甲18の1にはチオフェノールやクロロチオフェノール類がハロゲン-2-ブタジエンを重合する際の重合調整剤であること,甲18の2には,チオフェノールがクロロプレンを重合する際の重合調整剤であること,甲18の3には,p-クロルメチルチオフェノールがスチレン-ブタジエンゴム製造の際の連鎖移動剤であること,甲18の5には,ブタジエン-アクリロニトリル共重合体の分子量調節剤の例としてチオフェノールがあること,甲18の6には,チオフェノールがポリクロロプレン重合の際の重合調節剤であること,甲18の7には,チオフェノールが共役ジオレフィン系重合体製造の際の分子量調節剤であること,甲18の8には,メルカプタン類が共役ジオレフィン重合体製造の際の分子量調節剤であること,甲19には,硫黄化合物がビニルやジエンモノマーの重合開始剤,連鎖移動剤および停止剤として用いられることがそれぞれ記載されている。また,甲18の4の記載からすれば,「連鎖移動剤」,「重合体分子量調節剤」,「重合体連鎖調節剤」,「調節剤」は,ほぼ同等の意味を表す用語であるものと解される。

しかし,PCTP自体については,上記掲記の証拠には具体的に記載されていない。そして,前記(4)イ(コ)のとおり,PCTPは,チオフェノールにつき5つの塩素で置換したものであるのに対し,クロロチオフェノールは,チオフェノールにつき1つの塩素で置換した化合物を指すところ,塩素で置換した個数によって当該有機化合物が大きく異なる性質を示す可能性があることは技術常識ともいうべきであって,前記甲18の1に記載されている「クロロチオフェノール類」に,塩素の置換個数が全く異なるPCTPが包含されるとはいえない。

しかも,これらの証拠に示されているのは,共役ジエンモノマーを主な単量体とし,高分子量の重合体を重合する際に使用される薬剤に関する事項であり,これらの証拠上の記載が,甲4発明におけるグラフト反応,すなわち単量体の種類も,重合して得られる重合体鎖の長さも異なる反応について,示唆を与えるものとはいえない。このように,これらの証拠には,PCTPがα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩のポリブタジエンに対するグラフト重合を調節することが示唆されているとはいえない。

したがって,当業者にとって,甲16,甲18の1ないし3,同5ないし8,甲19において「重合調整剤」「連鎖移動剤」「分子量調節剤」などと呼ばれる薬剤が,甲4発明におけるDPTTと同様に,グラフト鎖の長さを調節するものであることが明らかとはいえない。

なお,甲18の4は,ジエンゴム重合体の存在下でオレフィン系不飽和ニトリルとオレフィン系不飽和カルボン酸エステル又は低級モノオレフィンを重合することに関する技術を開示するものであって,これは,甲4発明のグラフト重合反応に類似するものといえるが,甲18の4には,「連鎖移動剤」として多数の硫黄含有化合物が列挙されているにもかかわらず,PCTPは記載されていないことから,むしろ,ポリブタジエンに他のモノマーをグラフト重合する際に,PCTPを分子量調整剤として用いることは知られていなかったことが窺われる。

以上のとおり,甲4発明において,DPTTに代えてPCTPを使用することは,当業者が容易に想到し得ることではないというべきであり,審決が,相違点に係る「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を含有する点について,甲4発明並びに甲3,甲9,甲16,甲18の1ないし8及び甲19に記載の技術及び当該技術分野における技術常識を参酌しても,当業者が容易に想到することができたものであるとは認められないとした点に誤りはない。

このように,本件発明は,その構成において甲4発明等から容易想到ではないから,効果の顕著性について検討するまでもない。

top
(イ) 原告の主張に対する判断

a 原告は,甲4においてDPTTを分子量調整剤として添加することにより,分子量が調整されて「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボール」を得るという課題が達成されるところ,分子量調整剤であることが周知であるクロロチオフェノール類のうちPCTPを選択することは当業者であれば容易であるから,甲4発明から出発して本件発明の特徴点に到達できることは明らかである旨主張する。

しかし,前記(ア)のとおり,甲4には,DPTT以外の化合物が使用できることの示唆はなく,甲4発明のものとは異なる種類の単量体や反応系における分子量調整剤が甲4発明のDPTTに代えて使用できるとはいえない。しかも,前述のとおり,クロロチオフェノールとPCTPとは,塩素の置換個数において全く異なる化合物であるから,仮にクロロチオフェノールが分子量調整剤として知られていても,そこから直ちにPCTPが分子量調整剤として知られているとはいえない。

b また,原告は,甲4の出願人が甲4の出願日と同日に特許出願を2件行っている(甲32,甲33)ことを根拠として,甲4に示された解決手法により,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」(DPTT)以外の分子量調整剤により,同等の効果を得ることができるのは明らかである旨主張するが,前記(5)ウ(イ)aのとおり,当業者にとって,甲4,甲32及び甲33に開示された化合物以外に,グラフト鎖の長さを調節する具体的な化合物が明らかであるとはいえない。

c このほか,原告は,甲4発明の「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」(DPTT)は,分子量調整剤としての一般的な作用機序が記載されているだけで,特定のグラフト鎖であることの特殊性は一切記載されていない旨主張するが,既に検討したとおり,実際には,甲4において記載されているのはDPTTがグラフト鎖の長さを調節するという点のみであって,「分子量調整剤としての一般的な作用機序」は記載されていない。

top




判決原文(全文)




平成21(行ケ)10430 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年02月28日 知的財産高等裁判所



  • 1 -




平成21年(行ケ)第10430号審決取消請求事件(特許)


口頭弁論終結日平成23年2月16日



判決





主文



1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

top



事実及び理由





第1 請求



特許庁が無効2009-800049号事件について平成21年9月14日にした審決を取り消す。

top



第2 事案の概要



1 本件は,原告が,被告が特許権(請求項の数1)を有し,名称を「ソリッドゴルフボール」とする発明について特許無効審判請求をしたところ,特許庁で請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

2 争点は,上記発明が,下記の引用例1又は2に記載された発明及び周知技術から容易想到であったか(特許法29条2項),である。


・引用例1:米国特許第4650193号明細書(以下,訳文による)(発明の名称「ゴルフボール」,特許日1987年[昭和62年]3月17日,甲1。以下これに記載された発明を「甲1発明」という。)

・引用例2:特開昭59-228868号公報(発明の名称「ソリッドゴルフボール」,公開日昭和59年12月22日,甲4。以下これに記載された発明を「甲4発明」という。)

top



第3 当事者の主張


1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
ア株式会社ブリヂストン(以下「訴外会社」という。)は平成元年5月1
1日に,名称を「ソリッドゴルフボール」とする発明につき特許出願(特
願平1-118460号,請求項の数1)をし,訴外会社から特許を受け
る権利の譲渡を受けた被告は,平成9年7月4日に特許第2669051
号としてその設定登録を受けた(請求項の数1。以下「本件特許」という。)。
イ本件特許の特許請求の範囲の請求項1は,平成19年6月8日になされ
た審決(無効審判請求不成立審決[無効2006-80172号]におけ
る訂正認容)及び平成20年4月30日になされた訂正認容審決[訂正2
008-390031号]により変更されたが,原告は,平成21年2月
26日,上記各訂正後の本件特許(請求項1)につき下記理由に基づき特
許無効審判請求をし,これを受けた特許庁は,同請求を無効2009-8
00049号事件として審理をした上,平成21年9月14日,上記各無
効理由はいずれも理由がないとして「本件審判の請求は,成り立たない。」


  • 3 -


旨の審決をし,その謄本は同年9月29日原告に送達された。

・無効理由1:甲1発明に基づく進歩性欠如(特許法29条2項)
・無効理由2:甲4発明と甲10発明及び甲11発明との組み合わせによ
る進歩性の欠如
<注>甲10発明:H.FRIES et.al, ”MASTICATION OF RUBBER”〔訳
:ゴムの素練り〕(以下,略)
甲11発明:S.N.CHAKRAVARTY et.al,”Effect of Rubber
C o m p o u n d i n g I n g r e d i e n t s o n t h e
Peptization Efficiency of Activated
Pentachlorothiophenol”〔訳:活性ペンタク
ロロチオフェノールの素練り効率における
ゴム構成要素の効果〕(以下,略)
・無効理由3:甲4発明と甲16発明の組み合わせによる進歩性欠如
<注>甲16発明:アリンジャー「有機化学(下))」(以下,略)
(2) 発明の内容
前記平成20年4月30日付け訂正認容審決後の本件特許の請求項1の内
容は,以下のとおりである。
「カバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの
芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩と,ペンタクロロチオフェ
ノール又はその金属塩とを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とする
ソリッドゴルフボール。」(以下「本件発明」という。)
(3) 審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本件発明には
前記無効理由1ないし3をいずれも認めることができない,というものであ
る。


  • 4 -


なお,審決が認定した甲1発明と甲4発明の各内容,本件発明との一致点
及び相違点は,上記審決写し記載のとおりである。
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるような誤りがあるから,違法とし
て取り消されるべきである。
ア取消事由1(甲1発明からの容易想到性判断の誤り)
(ア) 本件発明は,公知例である甲1発明の「チオールやメルカプタンなど
のような硫黄含有物質」という構成要件を,その下位概念である「ペン
タクロロチオフェノール又はその金属塩」に限定したものであり,いわ
ゆる選択発明に該当する。
そして,選択発明の特許性は,先行発明を記載した刊行物に開示され
ていない顕著な効果を有するかどうかにより判断されるものであり,先
行発明から本件発明に特定することの困難性,及びこの点に関して当業
者が容易に想到することができたかどうかという点は問題とならないも
のである。
審決は,本件発明が甲1発明からの選択発明であることを看過し,誤
った基準によりその進歩性を判断したものであり,その誤りは明白であ
る。
なお,被告は,本件発明と甲1発明とでは,硫黄含有物質の含有箇所
が相違する旨主張する。しかし,これは審決が一致点として認定してい
る点の誤りを主張するものであり,かかる主張は,形式的当事者訴訟と
しての性格を有する審決取消訴訟において,処分庁である特許庁に代わ
って当事者適格が認められている者が,特許庁で判断された事項の誤り
を主張するものであって,背理であり,許されないことは明白である。
そして,審決取消訴訟は,取消事由の当否を判断するものであり,被
告が主張する一致点の認定の誤りは,取消事由を構成するものではなく,


  • 5 -


主張自体失当である。
なお,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決(民集30巻2号79
頁)は,「審決の取消訴訟においては,抗告審判の手続において審理判
断されなかった公知事実との対比における無効原因は,審決を違法とし,
またはこれを適法とする理由として主張することができない」と判示す
るにすぎず,被告の主張事項については何ら判断していない。
また,「含有」とは,「含みもつこと。成分として含んでいること。」
(広辞苑第6版651頁)という意味であり,一義的に明白であり,本
件特許明細書の記載を参酌しても,「含有」という意味を上記の国語的
な意味と異なって解釈する余地は存在しない。
そして,被告が自認するように,本件発明のペンタクロロチオフェノ
ール(以下「PCTP」ということもある。)は,ゴルフボールの芯球
のどこの場所にあっても,成分として含んでいれば,すべて本件発明の
構成要件を充足するものであり,甲1発明が本件発明の一実施態様であ
ることは明白である。
以上のとおり,本件発明と甲1発明との唯一の相違点は,審決指摘の
相違点のみであり,被告の主張は,硫黄含有物質の含有場所という,本
件発明とは無関係の構成要件を付加して,相違点を主張するものであり,
失当である。
(イ) 判例(東京高裁昭和62年9月8日判決,昭和60年(行ケ)第51
号)や特許庁の審査基準(第2部第2章2.進歩性2.5(3)③)から
明らかなとおり,選択発明は,先行発明の上位概念の構成要件を下位概
念に限定した発明である。本件発明は,上述のとおり,公知例である甲
1発明の「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」という
構成要件を「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」に限定した
ものであり,選択発明に該当することは明白である。


  • 6 -


そして,選択発明は,先行発明に対して顕著な効果を奏する場合に限
って特許性を認められるのである。顕著な効果は,単に先行発明との間
で,顕著な作用効果があるというだけでは足りず,選択発明が主張され
る明細書中に,先行発明との具体的な作用効果上の顕著な差異が直接明
瞭に記載されていることが必要であるとされている。
顕著な効果の判断基準の適用に関する知財高裁平成14年7月2日判
決(平成13年(行ケ)第464号)の判示から明らかなとおり,①単
に明細書中に「好ましい」と記載されているだけでは,選択したことの
技術的意義を記載したことにはならず,②明細書中の実施例,比較例の
記載が,選択発明として先行発明から選択した構成を有するもの(実施
例)と先行発明に含まれるそれ以外のもの(比較例)とを比較したもの
でない場合には,そこから選択したことの技術的意義を認めることはで
きず,③この点を出願後に作成した実験報告書で補うことはできないと
理解される。
以上を前提に,本件発明に,甲1発明との対比において,顕著な効果
を認めることができるかについて論じてみる。
(ウ) 本件発明は「更に飛び性能の向上したソリッドゴルフボールを提供す
ること」を目的としてされたものであり,「ポリブタジエンゴム等の基
材ゴムに共架橋剤として不飽和カルボン酸の金属塩を配合したゴム組成
物に対し,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩を添加すること
により,・・・優れた飛び性能を示すソリッドゴルフボールが得られる
ことを見い出し,本発明を完成したものである。」とされる。
そして,実験例において,ペンタクロロチオフェノールの亜鉛塩を添
加した実施例がこれを添加しない実施例に比べて初速度が増加すること
が示されており,これにより「本発明のソリッドゴルフボールは,上述
した構成としたことにより,飛び性能の更なる向上を達成することがで


  • 7 -


きる。」とされている。
本件特許明細書においては,甲1発明の「チオールやメルカプタンな
どのような硫黄含有物質」という構成要件を「ペンタクロロチオフェノ
ール又はその金属塩」に限定した技術的意義は一切記載されていない。
また,実験例においても,単に,ペンタクロロチオフェノール亜鉛塩を
添加する場合としない場合が示されているだけで,甲1発明と本件発明
の具体的な作用効果上の顕著な差異が直接明瞭に記載されていない。
すなわち,本件特許明細書には,「ペンタクロロチオフェノール又は
その金属塩」を含むゴルフボールと,「ペンタクロロチオフェノール又
はその金属塩」以外の硫黄含有物質を含むゴルフボールとの作用効果の
差異については何ら記載がなく,客観的にも,甲1発明と本件発明の作
用効果の差異は認められるものではない。
また,本件特許出願の経過及び出願後の状況をみても,出願当初明細
書においては,本件発明の硫黄含有物質は「ペンタクロロチオフェノー
ル又はその金属塩」には限定されておらず,「有機硫黄化合物及び/又
は金属含有有機硫黄化合物」というものであり(甲5),発明の詳細な
説明において,広汎な有機硫黄化合物が本件発明に使用でき,これらの
化合物を添加すれば本件発明の効果を奏する旨記載されていた。
以上からすれば,被告自ら,広く有機硫黄化合物であれば,ポリブタ
ジエンを主成分とするゴム分子主鎖及び「α,β-エチレン系不飽和カ
ルボン酸の金属塩」という特定構成のグラフト鎖からなるソリッドゴル
フボールに対して作用することを前提としていたものであり,被告の主
張は,自らの特許出願の経緯と矛盾するものであって,許されないこと
は当然である。
そして,本件発明が,出願当初の「有機硫黄化合物及び/又は金属化
合物」から「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」へ補正,訂


  • 8 -


正されたのは,単に出願後に提示された公知例を回避するためのもので
あり,そもそも本件特許出願時において選択発明がされたものではなく,
明細書の記載を云々するまでもなく,選択発明としての特許性が認めら
れるものではない。
このように,本件特許出願人の出願時点の認識においても,本件発明
が甲1発明に比して顕著な効果を奏するというものではなく,同等の効
果しか有しないと認識されていたものである。
また,甲33(特開昭59-228867号公報)のゴルフボールに
「4,4’-ジ-チオ-ビス-モルフィリン」を添加した発明は,審決
が認定する「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」を含
有している「カバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造
ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩とを含
有するゴム組成物で形成したソリッドゴルフボール。」の一実施例に位
置付けられるものであり,これが本件特許出願前に公知である以上,こ
れとの比較において,本件特許は,同等以下の効果しか有しないことは
明らかである。
このほか,甲31(特開平4-109970号公報)に記載された発
明は,特許請求の範囲の記載から明らかなとおり,本件発明の改良発明
として位置付けられるものであるが,同公報の記載から明らかなとおり,
出願後においても,出願人は「ペンタクロロチオフェノール又はその金
属塩」だけではなく,広く有機硫黄化合物を添加すれば,本件発明の効
果を奏すると認識していたのである。
以上述べたとおり,本件発明が甲1発明に対して顕著な効果を奏しな
いことは,本件特許出願の経過及び改良発明の明細書の記載からみて明
らかである。
そして,本件発明は,甲1発明に対して選択発明となるものであり,


  • 9 -


甲1発明に対して顕著な効果を有しない限り無意味である。
以上述べたとおり,本件発明は甲1発明に対して顕著な効果を有さず,
進歩性を認めた審決は明らかに誤りである。
(エ) 本件発明の「コア性能(打撃初速度)が向上する」という効果は,飛
距離を有するゴルフボールという効果と実質的に同じ効果であり,本件
発明は異質な効果を奏するものではない。
また,甲1の記載から明らかなとおり,甲1発明の実施形態であるゴ
ルフボールは,従来のツーピースゴルフボールよりも,内部芯球をより
固く,弾力性のあるものとすることにより,USGA(全米ゴルフ協会)
が定める飛距離,初速度の規格の最大限により接近することが記載され
ている。つまり,甲1発明は,従来のツーピースゴルフボールよりも,
飛距離,初速度を向上させることができることが明記されており,本件
発明の初速度の向上という効果も明記されているのである。
被告は,甲1発明は,糸巻きボールのような打ち心地と操作性を発現
するという効果を奏するものであるから,本件特許とは別異の効果が奏
される旨主張する。
しかし,被告の上記主張は,甲1発明が奏する複数の効果のうち,単
に本件発明と異質な効果をことさらに選び出して主張するだけである
上,甲1明細書の「・・・従来のツーピースボールの芯球よりも内部芯
球を硬く,より弾力のあるものとする,それゆえ,・・・USGAの最
長飛距離および初速度規格に接近することができる」との記載を無視す
るものであり,失当である。
甲1発明の原文をみれば,「飛距離」,「耐久性」,「ツーピースボール
の製造の容易さ」,「糸巻きボールのような競技特性」という4つの語句
が並列的に記載されていることが明らかであり,「飛距離」「耐久性」の
語句が「ツーピースボール」に係るという被告の主張は,甲1発明を都


  • 10 -


合良く翻訳したものである。
このほか,被告は,本件特許明細書の比較例として記載されたゴルフ
ボールが,甲1発明のゴルフボールよりも飛距離が優れていることを前
提とした主張をするが,そのようなことを示す証拠も技術常識もなく,
被告の主張は,その前提において誤りである。
また,被告は,ゴルフボールの芯球に硫黄含有物質を含有すれば,芯
球が柔らかくなり,ゴルフボールの初速度,飛距離が落ちるということ
を前提にしているが,そのような事実はない。
甲4明細書の記載からすれば,甲4発明は,共架橋された際に生ずる
グラフト鎖が長くなると,ゴルフボールの反発性能の低下を招くとして,
これに硫黄含有化合物を添加し,グラフト鎖の分子量を調整することに
より,飛距離性能をアップするものであり,「甲1発明の硫黄含有物質
は,芯球の外層を柔らかくすれば,反発性能が低下し,マイナスに働く
ことは常識である」との被告の主張は全く誤りである。
イ取消事由2(甲4発明からの容易想到性判断の誤り-その1)
(ア) 近時の知財高裁判決(知財高裁平成20年(行ケ)第10096号,
同平成20年(行ケ)第10153号,同平成20年(行ケ)第102
61号等)からすれば,引用例から出発して,後知恵を排除して,本件
発明の特徴に到達したであろうという示唆等が存在すれば,容易想到と
判断されるものである。
(イ) 甲4発明は,「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボー
ル」を得ることが課題である。
そして,甲4発明には,モノマーが遊離開始剤によってポリブタジエ
ン主鎖にグラフトされ,グラフト重合により,グラフト鎖が長くなり,
分子量を増大するのを,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド
及び/又はその誘導体」(以下「DPTT」ということもある。)という


  • 11 -


ラジカル捕獲剤を添加することによって,分子量が調整されるという作
用機序が記載されている。したがって,甲4発明においては,「ジペン
タメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」をラジカ
ル捕獲剤として添加すれば,分子量が調整されて「より優れた反発係数
および耐久性を有するゴルフボール」を得るという課題が達成されるの
である。
そして,甲4発明と同様の解決手段により,甲4の出願人は,甲4の
出願日と同日に,「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾー
ル」,「4-4’-ジチオ-ビス-ジモルフォリン」という有機硫黄化合
物をラジカル捕獲剤として添加することにより,「より優れた反発係数
および耐久性を有するゴルフボール」を得るという課題が達成されると
いう「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導
体」とは異なるラジカル捕獲剤に関して,特許出願を2件行っている(甲
32[特開昭59-228866号公報],甲33[特開昭59-22
8867号公報])。このことから明らかなとおり,甲4に示された解決
手法により,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又は
その誘導体」以外のラジカル捕獲剤によって同等の効果を得ることがで
きるのは明らかであり,審決の認定は誤りである。
しかも,甲4に記載されている解決手法は,ラジカル捕獲剤としての
一般的な作用機序が記載されているのであり,ポリブタジエンを主成分
とするゴム分子主鎖を有する「ゴム組成物」において,「α,β-モノ
エチレン系不飽和カルボン酸の金属塩」という特定の構成を有するグラ
フト鎖に対して作用するというのは,ラジカル捕獲剤としての一般的な
作用機序の適用にしかすぎないことが明記されている。
審決も認定するように,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属
塩」がラジカル捕獲剤であることは周知であり,かかる周知技術を使用


  • 12 -


すれば,甲4発明から出発して,本件発明の特徴点に到達できることは
明らかである。
なお,甲4の記載中,「遊離開始剤」はラジカルを生成する開始剤を
意味し,「グラフト」とは「接ぎ木」の意味で,幹となる高分子に枝と
なる高分子を結合させることを意味し,枝となる高分子をグラフト鎖と
いう。したがって,甲4記載の従来技術は「遊離開始剤」によりポリブ
タジエン主鎖にラジカルを生成させて,これにグラフト鎖をグラフトし,
共架橋するというものである。
これに対して,甲4発明においては,DPTTを添加剤として添加す
ることによって,α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の共架橋に際し
て生じるグラフト鎖の長さを調節することにより,分子量調整剤として
機能することが記載されており,これは正にラジカル反応を調整して,
高分子鎖のラジカルを適度に捕獲し,グラフト鎖の長さを調整すること,
すなわち,ラジカル捕獲剤としての機能を説明したことは明らかである。
(ウ) 審決は,甲4発明において「より優れた反発係数および耐久性を有す
るゴルフボール」を得るという目的及び効果は,「ジペンタメチレンチ
ウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」という特定の物質によ
ってもたらされるものと判断せざるを得ないと認定し,その根拠として,
①甲4において,上記目的及び効果を達成するために「ゴム組成物」に
含有される物質は,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び
/又はその誘導体」のみであり,他の「ラジカル捕獲剤」を含有させる
ことに関する記載も示唆もないこと,②甲4発明の「ジペンタメチレン
チウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」は,ポリブタジエン
を主成分とするゴム分子主鎖を有する「ゴム組成物」において,「α,
β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩」という特定の構成を有
するグラフト鎖に対して作用することにより,上記効果を生じるもので


  • 13 -


あると推察されることを挙げている。
しかし,当業者であれば,ラジカル捕獲剤により,分子量が調整され
て「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボール」を得るこ
とは,簡単に理解できるものであり,「ジペンタメチレンチウラムテト
ラスルフィド及び/又はその誘導体」以外のラジカル捕獲剤を添加すれ
ば,同等の効果が得られるものと示唆を受けるものである。
また,前述のとおり,甲4発明の「ジペンタメチレンチウラムテトラ
スルフィド及び/又はその誘導体」は,ラジカル捕獲剤としての一般的
な作用機序が記載されているだけで,特定のグラフト鎖であることの特
殊性は一切記載されていないのであり,審決の上記認定は誤りである。
なお,甲1の「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」
が作用される組成物は,①ポリブタジエン,②アクリル酸亜鉛,③フリ
ーラジカル開始剤触媒,④過酸化物であり,甲4発明の組成物及び本件
発明の組成物と同じである。
このように,硫黄含有化合物がポリブタジエンを主成分とするゴム分
子主鎖を有するゴム組成物において「α,β-エチレン系不飽和カルボ
ン酸の金属塩」という特定の構成を有するグラフト鎖に対して作用する
ことは,本件特許出願当時(平成元年5月11日)においては公知であ
り,チオールの一種であるPCTPが,ポリブタジエンを主成分とする
ゴム分子主鎖を有するゴム組成物において「α,β-エチレン系不飽和
カルボン酸の金属塩」という特定の構成を有するグラフト鎖に対して作
用することも,当業者であれば当然に知っていることである。
また,原告は,PCTPをはじめとする硫黄化合物が,ゴム組成物に
おいてラジカル捕獲剤として分子量調節剤,連鎖移動剤として機能する
ことは,古くから用いられている周知慣用技術であり(甲16,甲19),
DPTTに代えてPCTPを添加することは極めて容易であると主張す


  • 14 -


るものであり,ラジカル捕獲剤一般に関して主張するものではない。
このほか,本件特許明細書においては,ポリブタジエンを主成分とす
るゴム分子主鎖を有するゴム組成物において「α,β-エチレン系不飽
和カルボン酸の金属塩」という特定の構成を有するグラフト鎖からなる
ソリッドゴルフボールに対して,PCTPの亜鉛塩しか実施例はなく,
実験的に確かめられているのはPCTP亜鉛塩だけである。
それにもかかわらず,当初,本件では,特許請求の範囲に関して,広
く有機硫黄化合物一般を添加剤として添加するというものであった。つ
まり,本件特許は,出願当時において,PCTPの亜鉛塩のみに関して,
ポリブタジエンを主成分とするゴム分子主鎖を有するゴム組成物におい
て「α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の金属塩」という特定の構成
を有するグラフト鎖からなるソリッドゴルフボールに対して実験的に確
認できれば,その他の有機硫黄化合物は同等の効果があるという前提で
されたものである。
被告は,自ら本件特許出願において,広く有機硫黄化合物であれば,
ポリブタジエンを主成分とするゴム分子主鎖を有するゴム組成物におい
て「α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の金属塩」という特定の構成
を有するグラフト鎖からなるソリッドゴルフボールに対して作用するこ
とを前提に出願していながら,これと全く矛盾する主張をすることは許
されない。
(エ) 審決は,「ラジカル捕獲剤」の機能を有する物質は,本件特許出願時
において非常に数多く知られていることを根拠に,甲4発明の「ジペン
タメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」に代えて
「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を採用することは,甲
4発明の「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその
誘導体」が任意の「ラジカル捕獲剤」に置換可能であるとともに,任意


  • 15 -


の「ラジカル捕獲剤」の中から,積極的に「ペンタクロロチオフェノー
ル又はその金属塩」を選択して採用するための動機付けがあって,初め
て当業者が容易になし得た事項となるものと判断せざるを得ないと判断
している。
しかし,前述のとおり,進歩性の有無は,引用例から出発して,後知
恵を排除して,本件発明の特徴に到達したであろうという示唆等が存在
すれば,容易想到と判断されるものである。「ラジカル捕獲剤」の機能
を有する物質が本件特許出願時において非常に多く知られていても,そ
のうちの一つを選択すること自体は,当業者にとって容易であり,進歩
性を基礎付ける根拠となるものではない。
また,審決は,「ペンタクロロチオフェノール」を「ゴム組成物」に
含有させた際に,「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボ
ール」を得るという作用効果を有するものであるという知見が,本件特
許出願前に当業者が認識していたと認めるに足る根拠は,甲各号証のい
ずれにも記載も示唆もされていないとする。
しかし,「ペンタクロロチオフェノール」を「ゴム組成物」に含有さ
せた際に,「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボール」
を得るという作用効果を有するという知見があれば,本件特許は新規性
を欠くのであり,進歩性の判断において,このような知見までを必要と
するのは,新規性の判断手法と進歩性の判断手法とを混同するものであ
り,失当である。
しかも,審決は,進歩性の判断基準として,「動機付け」や「積極的
動機付け」が必要であるとするが,進歩性の判断に当たっては「動機付
け」や「積極的動機付け」までは必要ではなく,示唆等があれば足りる
とされており,かかる点においても,審決は,進歩性の判断手法を誤っ
たものである。


  • 16 -


(オ) 審査基準において「明細書又は図面の記載から当業者がその引用発明
と比較した有利な効果を推認できる」と記載されているとおり,本件特
許明細書から,甲4発明と比較した有利な効果を推認できる場合にのみ,
意見書等において主張立証できるものである。
そして,前述のとおり,本件特許明細書においては,ペンタクロロチ
オフェノール亜鉛塩を添加した場合とこれを添加しなかった場合の実験
例しかなく,本件特許出願当時に既に公知となっていた「ジペンタメチ
レンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」(甲4発明)等
の有機硫黄化合物との比較において,有利な効果を示すものではない。
したがって,本件は,上記審査基準に照らしても,意見書等で作用効
果を主張立証できる場合には当たらない。
なお,審決は,甲20の実験成績証明書に関して,以下の3点を挙げ
て,進歩性の根拠を否定するものではないとする。
a 甲20は,そもそも本件特許出願後において,本件発明において新
たに奏される効果とした事項について実験をしたものであるから,本
件発明が奏する効果を否定する根拠とはなり得ない。
b 甲20には,何回の試行により初速度を求めたものであるのか,幾
つのボールを用いたのか,等の実験の条件について何ら開示されてい
ないため,実験成績証明書として十分な信憑性を有するものとはいえ
ない。
c テスト番号1において,「ペンタクロロチオフェノール又はその金
属塩」を配合したゴルフボールの芯球を用いたゴルフボールの打撃初
速度が,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はそ
の誘導体」を配合したゴルフボールの芯球を用いたゴルフボールの打
撃初速度よりも大きくなることが示されている。
しかし,まず,上記aについては,特許権者に関しては,特許出願後


  • 17 -


にされた実験結果によって,明細書に記載されていない技術的意義や効
果を補うことは,出願後にされた知見により,特許性を基礎付けること
になるので許されることはないが,かかる理は,特許権の有効性を争う
側に妥当しない。この点,判例(知財高裁平成20年12月22日判決,
平成20年(行ケ)第10047号)上も,出願後の実験報告書により,
対象となる特許の効果を否定することは当然に許されているものであ
る。
また,上記bについては,本件特許明細書の実験例においても,何回
の試行により初速度を求めたものであるのか,幾つのボールを用いたの
か等の実験の条件は開示されていないのであるから,失当である。
上記cについて,テスト番号1において,「4,4’-ジチオ-ビス
-ジモルフォリン」(甲4発明の解決手法により見出された公知の有機
硫黄化合物の一種)は,本件発明と同等の効果を示し,テスト番号2に
おいて,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド」,「2-(4-
モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール」(甲4発明の解決手法によ
り見出された公知の有機硫黄化合物の一種)は,本件発明より優れた効
果を示しているのであり,本件特許出願当時の公知の有機硫黄化合物よ
りも有利な効果を奏するものではない。
ウ取消事由3(甲4発明からの容易想到性判断の誤り-その2)
(ア) 前述のとおり,甲4発明は,「より優れた反発係数および耐久性を有
するゴルフボールが要請されている」と記載されているとおり,「より
優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボール」を得ることが課題
である。
そして,甲4発明の解決手段として,「ジペンタメチレンチウラムテ
トラスルフィド及び/又はその誘導体」を分子量調整剤として添加すれ
ば,分子量が調整されて「より優れた反発係数および耐久性を有するゴ


  • 18 -


ルフボール」を得るという課題が達成されるのである。
審決も認定するように,クロロチオフェノール類が分子量調整剤であ
ることは周知であり,クロロチオフェノール類のうち,ペンタクロロチ
オフェノールを選択することは当業者であれば容易であるから,甲4発
明から出発して本件発明の特徴点に到達できることは明らかである。
(イ) 審決は,「甲4発明と,甲16,甲18の1~8及び甲19に記載さ
れた技術に基づいても,甲4発明における『ジペンタメチレンテトラス
ルフィド及び/又はその誘導体』を,任意の『ジスルフィド類』又は『チ
オール類(特にクロロチオフェノール類)』と置換して用いようとする
動機付けは希薄なものであると認めざるを得ない。」と認定し,その根
拠として,①甲4には,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド
及び/又はその誘導体」以外の「ジスルフィド類」を含有させることに
ついての記載はないこと,②「ジスルフィド類」及び「チオール類」が
一般に分子量調整剤としての機能を有するとしても,任意の「ジスルフ
ィド類」及び「チオール類」が,甲4発明の「ジペンタメチレンチウラ
ムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」と同様に,「α,β-不飽
和モノエチレン系カルボン酸の金属塩」より構成された特定のグラフト
鎖の分子量を適切なものに調整できるか否かについては,甲4,甲16,
甲18の1~8及び甲19のいずれにも記載も示唆もないことを挙げて
いる。
しかし,①については,甲4発明において,「ジペンタメチレンチウ
ラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」を分子量調整剤として添
加すれば,分子量が調整されて「より優れた反発係数および耐久性を有
するゴルフボール」を得るという解決手法が示されていることを無視す
るものであって,失当である。当業者であれば,分子量調整剤により,
分子量が調整されて「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフ


  • 19 -


ボール」を得ることは,簡単に理解できるものであり,「ジペンタメチ
レンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」以外の分子量調
整剤を添加すれば,同等の効果が得られるものと示唆を受けるものであ
る。
しかも,前述のとおり,甲4発明と同様の解決手段により,甲4の出
願人は,甲4の出願日と同日に,「ジペンタメチレンチウラムテトラス
ルフィド及び/又はその誘導体」とは異なる「2-(4-モルフォリニ
ルジチオ)ベンゾチアゾール」,「4,4’-ジチオ-ビス-ジモルフォ
リン」という有機硫黄化合物としての分子量調整剤に関し,特許出願を
2件行っている(前記甲32,甲33)。
このことから明らかなとおり,甲4に示された解決手法により,「ジ
ペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」以外
の分子量調整剤によって同等の効果を得ることができるのは明らかであ
り,審決の認定は誤りである。
また,②に関しては,前述のとおり,甲4発明の「ジペンタメチレン
チウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」は,分子量調整剤と
しての一般的な作用機序が記載されているだけで,特定のグラフト鎖で
あることの特殊性は一切記載されておらず,かかる審決の理解は失当で
ある。
(ウ) 審決は,無効理由2における認定と同様に,「ペンタクロロチオフェ
ノール」を「ゴム組成物」に含有させた際に,「より優れた反発係数お
よび耐久性を有するゴルフボール」を得るという作用効果を有するもの
であるという知見が,本件特許出願前に当業者が認識していたと認める
に足る根拠は,甲各号証のいずれにも記載も示唆もされていないとする。
しかし,「ペンタクロロチオフェノール」を「ゴム組成物」に含有さ
せた際に,「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボール」


  • 20 -


を得るという作用効果を有するという知見があれば,本件特許は新規性
を欠くのであり,進歩性の判断において,このような知見までを必要と
するのは,新規性の判断手法と進歩性の判断手法とを混同するものであ
り,失当である。
しかも,審決は,進歩性の判断基準として,「動機付け」や「積極的
動機付け」が必要であるとするが,進歩性の判断に当たっては「動機付
け」や「積極的動機付け」までは必要ではなく,示唆等があれば足りる
とされており,かかる点においても,審決は,進歩性の判断手法を誤っ
たものである。
進歩性の判断においては,引用例から出発して,後知恵を排除して本
件発明の特徴に到達したであろうという示唆等が存在すれば,容易想到
と判断されるのであり,本件特許は明らかに進歩性を欠如している。
(エ) 前述のとおり,本件特許明細書においては,ペンタクロロチオフェノ
ール亜鉛塩を添加した場合とこれを添加しなかった場合の実験例しかな
く,本件特許出願当時に既に公知となっていた「ジペンタメチレンチウ
ラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」(甲4発明)等の有機硫
黄化合物との比較において,有利な効果を示すものではない。
本件特許の原出願明細書の記載及び本件特許出願後の改良発明の明細
書の記載から明らかなとおり,本件特許は,「ジペンタメチレンチウラ
ムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」(甲4発明)をはじめとす
る有機硫黄化合物と同程度の効果しか有さず,進歩性の根拠となる効果
は有しないものである。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。


  • 21 -


(1) 取消事由1に対し
ア本件発明は甲1発明の下位概念発明に当たらない
(ア) 甲1発明は,ツーピースボールの芯球の中に,「硬く,弾力があり,
通常の芯球調合物を型に入れることにより形成することができる球状の
中心部分」と「柔軟で,比較的容易に変形し,中心部分と一体となる外
層」という硬度の異なる2つの層を設ける構成により,飛距離,耐久性,
製造の容易性といったツーピースボールが元来一般的に有している特徴
を維持したまま(損なうことなく),糸巻きボールのような打ち心地と
操作性を付加しようとするものであり,柔軟な外層を形成する一つの方
法として,「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」を芯
球の外層に限定して使用することを開示するものである。
(イ) 一方,本件発明は,「芯球を,基材ゴムと不飽和カルボン酸の金属塩
とペンタクロロチオフェノール又はその金属塩とを含有するゴム組成物
で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボール」に関するもので,
「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を添加して芯球を形成
することにより,ボール打撃時の初速度が向上し,優れた飛び性能を示
すという作用効果が認められるものであるが,「ペンタクロロチオフェ
ノール又はその金属塩」という硫黄含有物質の存在場所は,芯球の表面
層(外層)に限定されていない。
(ウ) 本件発明と甲1発明の構成を対比すれば明らかなように,甲1発明で
開示されているのは,「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有
物質」を芯球の外層部分のみに存在させて,芯球を「75以上のShore
C硬度を有する中心部分」と「80以下のShore A硬度を有する外層」
という硬度の異なる2つの層としたゴルフボールであるのに対し,本件
発明では,芯球に関し,その硬度の限定はもちろんのこと,芯球が特定
の異なる硬度を有する二層からなること,硫黄含有物質である「ペンタ


  • 22 -


クロロチオフェノール又はその金属塩」が含有されるのが芯球の外層部
分のみであるといった限定もない。
すなわち,ゴルフボールの構成に関し,本件発明は,甲1発明の下位
概念ではなく,むしろ上位概念で表現されているともいえるものである。
原告が引用する東京高裁昭和53年(行ケ)第20号判決,東京高裁
昭和54年(行ケ)第107号事件判決,東京高裁平成14年(行ケ)
第465号事件判決からも明らかなように,選択発明とは,引用発明に,
その下位概念として全部包摂されるようなもので,許されれば二重特許
となってしまう発明であることを前提とし,それでも例外的に特許する
場合の発明をいうものである。
甲1発明と本件発明がこのような関係にないことは明らかであり,本
件発明と甲1発明との関係で選択発明が議論される余地はない。
本件発明の構成要件の一部である「ペンタクロロチオフェノール又は
その金属塩」が,甲1発明で開示された「チオールやメルカプタンなど
のような硫黄含有物質」に対する下位概念に形式的に該当するとしても,
それでもって直ちに,本件発明と甲1発明とが,発明として上位下位の
関係にあるということにはならない。
(エ) 審決は,原告(審判請求人)が選択発明の主張をしていることは理解
しつつ,「第6 当審の判断」では「選択発明」に関して全く言及せず,
一致点・相違点の認定を行い,相違点判断を行うという,通常の手法で
進歩性の判断をしている。これは,本件においては,選択発明を議論す
る余地はないと判断したためと解される。
なお,前述のとおり,甲1の「チオールやメルカプタンなどのような
硫黄含有物質」は,存在するとしても,その場所は外層部分に限定され
ているから,審決の「該被覆の真下にあるツーピースボールの固形芯球
を」との部分は「該被覆の真下にあるツーピースボールの固形芯球の外


  • 23 -


層を」とでも表現するのがより適切である。
また,審決で認定する本件発明と甲1発明の相違点1も,同様の理由
で若干不正確であり,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」
と「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」という含有物
質の相違のほか,これらの物質の含有箇所が,甲1発明では芯球の外層
に限定されているが,本件発明ではそのような限定がないことも相違点
である。
なお,審決が一致点として認定しているのは「カバー材で直接もしく
は中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,
不飽和カルボン酸の金属塩とを含有するゴム組成物で形成したソリッド
ゴルフボール。」であり,原告が主張するように硫黄含有物質の含有箇
所についてまで一致しているとは認定していない。
審決は,通常の進歩性の判断手法を採っており,上位概念発明か下位
概念発明かなど,選択発明として成立するか否かを判断してはいない。
仮に,本件発明が選択発明として成立するか否かを判断しようとするな
ら,本件発明と甲1発明とで対比すべきはソリッドゴルフボールという
全体の構成であるべきであり,被告は,その観点で硫黄含有物質の含有
箇所も相違点であると主張するものである。
このほか,最高裁昭和51年3月10日大法廷判決を前提としても,
特定の公知技術(引用例)からの発明の進歩性の判断過程における個々
の認定判断については,審決取消訴訟の原告が審決取消事由として誤り
があると主張した個々の認定判断以外のものも審理の対象となっている
から,被告は,審決の結論を維持するために,他の認定判断に誤りがな
いこと(正当であること)を主張立証でき,裁判所もこれについて審理
判断することができる。さらに,被告は,審決の結論を維持するために,
審決が判断しなかった事由であっても,これについて判断するならば審


  • 24 -


決の結論が維持されるものであることを主張立証でき,裁判所もこれに
ついて審理判断することができるのである。
(オ) 以上のとおり,本件発明は,甲1発明の下位概念で表現された発明で
はないので,審決が,本件発明が甲1発明に対して選択発明であること
を看過し,誤った基準によりその進歩性を判断したものであるとの原告
の主張は,その前提から誤っている。
イ仮に本件発明について選択発明を議論したとしても,本件発明には顕著
な作用効果があり,特許性が認められる
(ア) 本件特許明細書に記載されるように,本件発明では,基材ゴムに「ペ
ンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を添加することにより「こ
れを加硫して得られるゴム弾性体の反溌弾性が向上し」「ボール打撃時
の初速度が向上し,優れた飛び性能を示す」ゴルフボールが得られると
いうもので,「本発明のソリッドゴルフボールは,上述した構成とした
ことにより,飛び性能の更なる向上を達成することができる。」という
効果が奏されるものである。
他方,甲1発明では,「チオールやメルカプタンなどの硫黄含有物質」
は,「比較的柔軟で,弾力のある,容易に変形する芯球表面層」を得る
ために添加されるものであり,「打球時に被覆がより変形するのを可能
とし,クラブフェースとボール被覆の間の接触面積を増加させ,その結
果,より多くのスピンがボールに与えられるのを可能とする。」もので,
それによって糸巻きボールのような打ち心地と操作性を発現するという
効果が奏されるものであるから,本件発明とは別異の効果が奏されるも
のである。すなわち,選択発明に特許性を認める要件として判決や審査
基準で示されている,先行発明によって奏される効果とは「異質の効果」
を奏しているものである。
なお,審決が,甲1発明の目的及び作用効果が「『柔軟かつ比較的非


  • 25 -


晶質で,比較的低いストレッチモジュールを有する外層』を形成するこ
とにより『飛距離,耐久性』を有するゴルフボールを得ること」である
としたのは,正確性に欠ける。
甲1の目的及び作用効果は,ツーピースボールの芯球(コア)に,「柔
軟かつ比較的非晶質で,比較的低いストレッチモジュールを有する外層」
を形成することにより,元来一般的に「飛距離,耐久性,製造の容易さ」
といった特徴を有するツーピースボールに,糸巻きボールのような競技
特性(スピン性能,打球感等)を付加することにある。甲1の中に「飛
距離,耐久性を有する」という文言が出てくるが,これは,甲1発明の
構成によって飛距離,耐久性の向上が見られたということではなく,ツ
ーピースボールであるが故に「飛距離,耐久性」という糸巻きボールと
比較した場合の利点を有している(失ってはいない)という趣旨の記載
にすぎない。
甲1発明が飛距離,耐久性の向上を目的としたものでないことは,甲
1の中に,飛距離,耐久性に関連する具体的な数値等が全く記載されて
いないことからも理解できる。
このように,甲1の目的及び作用効果は,飛距離(や初速度)のアッ
プではなく,ツーピースボールの芯球(コア)に柔らかい外層を形成す
ることにより,元来一般的に「飛距離,耐久性,製造の容易さ」といっ
た特徴を有するツーピースボールに,糸巻きボールのような競技特性(ス
ピン性能,打球感等)を付加することにあり,飛び性能(打撃初速度)
のアップを目的及び作用効果とする本件発明とは,全く技術的意義が異
なるものである。
審決の認定にはやや短絡はあるが,硫黄含有物質を含有させる柔軟な
外層によって,飛距離やコア性能(打撃初速度)の向上が得られている
のではないことを結局は正しく認定しているからこそ,正しい判断に至


  • 26 -


っているのである。
(イ) 最初から先行発明の選択発明として特許出願するケースばかりでな
く,特許庁における審査段階で提示された先行発明に対して選択発明を
主張する場合もあり,このような場合には,出願当初の明細書に,予期
していない先行発明を明示した上で先行発明と比較した技術的意義を明
確に記載することなど不可能である。
特許庁における審査・審判の実務でも,当初明細書に該先行発明と対
比した技術的意義が具体的に明記されていないケースであっても,先行
発明からの新規性又は進歩性欠如の拒絶理由等を回避するために,特許
請求の範囲を限定して,先行発明の効果と比較した技術的意義を実験成
績証明書などで立証して選択発明として認められた例は,数多く存在す
る。
そして,選択発明が認められるためには「先行発明との具体的な作用
効果上の顕著な差異が直接明瞭に記載されていることが必要である」と
の裁判例も,選択発明と主張される発明の明細書に,先行発明自体を具
体的に引用・明示していなければならないとするものではなく,選択発
明と主張される発明の明細書に記載された作用効果と,後に発見されて
その内容が検討されるに至った先行発明の作用効果を比較した場合に,
顕著な作用効果の差異(異質な効果,又は同質だが際立って優れた効果)
が,選択発明と主張される発明の明細書において,客観的に認められれ
ばよいのである。
この点,本件発明が,基材ゴムに「ペンタクロロチオフェノール又は
その金属塩」を添加することにより,優れた飛び性能を示すゴルフボー
ルを得るものであることは,本件特許明細書に明瞭に記載されている。
また,特許法施行規則には,明細書の【発明の詳細な説明】の記載に
関して,「必要があるときは,当該発明の構成が実際上どのように具体


  • 27 -


化されるかを示す実施例を記載する。その実施例は,特許出願人が最良
の結果をもたらすと思うものをなるべく多種類掲げて記載し,必要に応
じ具体的数字に基づいて事実を記載する。」(特許法施行規則様式29備
考14ロ)と規定されている。
本件発明の「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」は,出願
人がその技術的意義を認識していたからこそ,「出願人が最良の結果を
もたらすと思うもの」として出願当初から明細書に実施例として記載さ
れているものであり,出願当初からペンタクロロチオフェノール又はそ
の金属塩が最も優れているものとしてその技術的意義が認識されて明細
書に記載されていることは明らかである。
本件特許明細書は,ツーピースボールが元来有する一般的性質を維持
しつつ糸巻きボールのような打ち心地と操作性も付加するという甲1発
明については何ら触れていないが,本件発明が甲1発明とは全く別異の
作用効果を奏するものであることは,本件特許明細書の記載から明らか
であるから,原告が指摘する裁判例の考え方からしても,選択発明の成
立が否定されることはない。
(ウ) 仮に,本件発明が,「飛び性能」(飛距離)に関して,甲1発明との比
較で顕著な効果が認められなければならない,さらに,それが本件特許
明細書に記載されていなければならないという,原告の主張に従ったと
しても,本件発明の飛び性能が際立って優れたものであることは明らか
であり,それは,本件特許明細書に記載されているといえる。
すなわち,前述のように,甲1発明の硫黄含有物質は,芯球の外層を
柔らかくして糸巻きボールのような競技特性を得るために添加されるも
のであり,「飛び性能」という観点のみからすれば,甲1のように外層
を柔らかくすれば,反発性能が低下し,マイナスに働くことは常識であ
る。甲1のように外層を柔らかくしたものより,外層を柔らかくせず,


  • 28 -


中心部分を構成する組成だけで形成された芯球の方が飛び性能が高いか
らこそ,甲1発明も,外層を柔らかくすることによる飛距離の低下を,
内部芯球をより硬く弾力のあるものとすることによって回避しようとし
ているのである。
したがって,本件発明の飛び性能に関して,甲1発明のボール(外層
を柔らかくしたボール)との対比が記載されていなくても,甲1発明の
ボールよりも飛び性能に優れた,甲1の中心部分を構成する組成だけで
形成された芯球との対比において顕著な効果があることが記載されてい
れば,甲1発明のボールの飛び性能との対比においても顕著な効果があ
ることは自明である。
本件特許明細書では,飛び性能という観点から当時最も優れていると
考えられていた配合系のコアに,ペンタクロロチオフェノールの亜鉛塩
を添加することにより,これを添加しないコアと比べて,初速度,飛び
性能が格段に向上したことが明確に記載されており,先行発明(甲1発
明)と比較した本件発明の作用効果は,本件特許明細書において直接明
瞭に記載されているといえる。
なお,甲1発明が,芯球の外層を柔らかくし,操作性と打ち心地を改
善する目的で硫黄含有物質を含有させているのに対し,甲4発明では適
度な硬度と耐久性を付与しながら同時に反発性能を向上させる目的でD
PTTが添加されているのであり,両者の添加目的は全く異なり,その
作用効果も異質なものであるから,甲4発明から甲1発明を議論するこ
とは無意味である。
また,原告は,甲4発明の硫黄含有物質(DPTT)も,甲1発明の
硫黄含有物質(柔らかくするという機能を有する硫黄含有物質。最も好
ましくは粉末の元素硫黄。)も,本件発明の硫黄含有物質(PCTP)
も,すべて「硫黄含有物質」として一緒に扱い同じ作用効果を奏するこ


  • 29 -


とを前提として主張するが,このような主張が成立しないのは,各明細
書を対比すれば明らかである。
(2) 取消事由2に対し
ア「進歩性の判断手法に関する判例」につき
原告が引用する知財高裁判決では,「当該発明が容易想到であると判断
するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に
到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではな
く,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存
在することが必要であるというべきであるのは当然である。」と述べ,容
易想到と判断するためには,原告がいう「したであろう示唆」では十分で
はなく,より積極的な「したはずであるという示唆」が必要であるとして
いる。
審決における進歩性の判断手法は,原告引用の上記知財高裁判決が述べ
ているのと同旨であり,審決の進歩性の判断に何ら誤りはない。
イ「甲4発明の示唆(課題,解決手法)」につき
甲4には,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はそ
の誘導体」は,分子量調整剤として記載されているのであって,どこにも
ラジカル捕獲剤として添加するという記載はないのであるから,「ジペン
タメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」の機能をラ
ジカル捕獲剤と置き換える旨の原告の主張は,甲4の記載を自らに都合よ
く拡張するものであり,失当である。
また,原告が主張するように,「ジペンタメチレンチウラムテトラスル
フィド及び/又はその誘導体」以外のラジカル捕獲剤によっても一般的に
同等の効果を得ることができるのが明らかであれば,甲4,甲32,甲3
3の出願人は,わざわざ特定の化合物で,それぞれ別個に特許出願したり
はせず,「ラジカル捕捉剤」として特許出願したはずである。特定の化合


  • 30 -


物ごとに3件に分けて特許出願したのは,多数のグラフト鎖の分子量調整
剤につき実験を行った結果,特定の化合物についてのみ作用効果が確認で
きたからであることは明らかである。
このように,特定の化合物に関して,同日に,甲4,甲32,甲33と
いう3件の特許出願が行われていることは,むしろ,「『ジペンタメチレン
チウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体』以外の化合物でも甲4
に示された解決手法により同等の効果を得ることができる」という原告の
主張が成り立たないことの証左である。
そして,分子量調整機能がラジカル捕獲機能の一種として奏されること
があるとしても,ラジカル捕獲剤の種類及び機能は多種多様であり(酸化
防止剤,重合禁止剤,光安定剤など),ラジカル捕獲剤でありさえすれば,
ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体と同等
の機能・作用効果を奏するはずであるという原告の主張はあまりに飛躍し
ている。
また,甲4記載の作用機序が,どのようなラジカル捕獲剤でも成立する
ような一般的なものでないことは,審決が正しく認定しているとおりであ
る。
以上のとおり,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」がラジ
カル捕獲剤であることが周知であったとしても,甲4には,「ジペンタメ
チレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」に代えて「ペン
タクロロチオフェノール又はその金属塩」を使用したはずという積極的な
示唆があるとはいえず,甲32,甲33の存在も,「ジペンタメチレンチ
ウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」に代えて「ペンタクロロ
チオフェノール又はその金属塩」を使用したはずという積極的な示唆には
ならない。
よって,甲4発明では,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド


  • 31 -


及び/又はその誘導体」により初めてポリブタジエンを主成分とするゴム
分子主鎖を有するゴム組成物において「α,β-モノエチレン系不飽和カ
ルボン酸の金属塩」という特定の構成を有するグラフト鎖に対して作用す
ることができたのであるから,審決の認定に誤りはない。
なお,甲4の従来技術に関する「遊離開始剤」によりグラフト鎖をグラ
フトすること(主鎖に枝を付けること)と,グラフト鎖の長さを調節する
こととは,全く異なる反応であるから,本件発明も甲4発明もラジカル捕
獲剤としての機能で一括して,本件発明が甲4発明から容易であるとする
原告の主張は成り立たない。
また,甲1には,硫黄含有物質が「α,β-エチレン系不飽和カルボン
酸の金属塩」を含むポリブタジエンを,比較的柔軟で,弾力のある,容易
に変形するように作用することが記載されているだけで,原告が主張する
ように,グラフト鎖に作用することなどどこにも記載されていない。
原告の主張は,甲1発明と甲4発明と本件発明とで,そのゴルフボール
を構成する基本組成(ポリブタジエンとアクリル酸金属塩とを含む組成で
あること)が共通していることのみを基に,いずれの硫黄含有物質も「グ
ラフト鎖に対して作用することは,実験等で確かめるまでもなく,当業者
であれば当然に知っていることである」と主張するもので,暴論であるこ
とは明らかである。
ウ「甲4発明の示唆(課題,解決手法)の認定の誤り」につき
原告は,審決が,甲4発明において「ジペンタメチレンチウラムテトラ
スルフィド及び/又はその誘導体」を含有させることによる「より優れた
反発係数および耐久性を有するゴルフボール」を得るという目的及び効果
は,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」
という特定の物質によってもたらされるものと判断せざるを得ないと認定
したのに対し,甲4発明において,「ジペンタメチレンチウラムテトラス


  • 32 -


ルフィド及び/又はその誘導体」をラジカル捕獲剤として添加すれば,分
子量が調整されて「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボー
ル」を得るという解決手法が示されていることを無視するもので,失当で
ある旨主張する。
しかし,甲4発明が「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び
/又はその誘導体」という特定の化合物を使用することを特徴点とするも
のであって,ラジカル捕獲剤一般に拡張できる発明でないことは前述のと
おりであり,原告の上記主張は理由がない。
エ「進歩性の判断手法の誤り」につき
原告は,審決は進歩性の判断手法を誤った旨主張するが,「本件発明の
特徴に到達したであろうという示唆等が存在すれば,容易想到と判断され
る」との原告の主張が,近時の知財高裁判決の趣旨を誤解したものである
ことは,前述のとおりである。
甲4発明が「ラジカル捕獲剤」一般についての作用機序を開示するもの
ではなく,甲32,甲33の存在も,甲4に示された解決手法により,「ジ
ペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体」以外の
ラジカル捕獲剤により,同等の効果を得ることができるという結論を導く
ものでない以上,甲4や甲32,甲33には「ジペンタメチレンチウラム
テトラスルフィド及び/又はその誘導体」に代えて「ペンタクロロチオフ
ェノール又はその金属塩」を採用したはずという示唆がないというべきで
あり,原告が引用する近時の知財高裁判決に照らしても明らかに進歩性は
肯定されるものであって,審決の進歩性判断手法に誤りはない。
オ「格別な効果の認定の誤り」につき
原告は,本件特許明細書においては,本件特許の「ペンタクロロチオフ
ェノール又はその金属塩」が本件特許出願当時公知の有機硫黄化合物より
も優れているという技術的意義も,それを示す実験例も示されておらず,


  • 33 -


これらと同等の効果を有するという認識しか示されていない以上,進歩性
を基礎付けるものではないと主張し,さらに,審決が甲20の実験成績証
明書に関し進歩性の根拠を否定するものではないとした判断は誤りである
とも主張する。
しかし,公知技術に対する作用効果の優位性は,構成が容易想到であっ
ても効果が顕著である場合に進歩性を認めるために参酌すべきものであ
る。
前述のとおり,審決において,本件発明は,その構成自体が甲4発明に
基づく容易想到性がないことをもって既に進歩性が認められているのであ
るから,甲20の原告による実験結果の採否は,審決の結論に影響を与え
るものではない。
また,本件特許明細書には,ペンタクロロチオフェノール又はその金属
塩を添加するのが好ましいことが実施例により裏付けられ,ペンタクロロ
チオフェノール添加の技術的意義が明確に記載されているのであるから,
甲26のような実験報告書も参酌した上で,甲4発明に対する進歩性の判
断をすることに何ら誤りはない。
この点に関し,審査基準には,引用発明と比較した有利な効果が明記さ
れていない場合であっても,明細書又は図面の記載から当業者がその引用
発明と比較した有利な効果を推認できるときは,意見書等において主張・
立証(実験結果等)された効果を参酌できることが明記されている。
なお,ペンタクロロチオフェノールがゴルフボールの初速性能に関し優
れていることは,本件特許出願後に,原告自身がペンタクロロチオフェノ
ールを使用したゴルフボールに関する特許出願を多数行っていることから
も明らかである。
(3) 取消事由3に対し
原告は,取消事由2における「ラジカル捕獲剤」を「分子量調整剤」に置


  • 34 -


き換えて,取消事由2と同様の主張を展開する。
しかし,甲4発明における「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド
及び/又はその誘導体」が「分子量調整剤」として作用しているとしても,
甲4発明は,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその
誘導体」を使用することにより発明の目的が達成されるものであり,他のい
かなる「分子量調整剤」を使用しても同様な作用効果が奏されることを開示
するものではない。
そして,前述のとおり,甲4の出願人が同日付けで甲32,甲33の特許
出願をしていることは,むしろ,他の「分子量調整剤」を使用しても同様な
作用効果が奏されるであろうというような推測は到底成り立たないことを示
すものといえる。
さらに,原告が引用する近時の知財高裁判決の進歩性の判断基準によれば,
「当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に
当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測
が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにした
はずであるという示唆等が存在することが必要」であるが,甲4や甲32,
甲33には,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその
誘導体」に代えて「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を採用し
たはずという示唆等が存在しないことは,審決が正しく認定するところであ
る。

top



第4 当裁判所の判断





1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。



top



2 容易想到性の有無



審決は,本件発明は甲1発明又は甲4発明及び周知技術から容易に想到できるものではない等とし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。

top



(1) 本件発明の意義



ア本件特許に係る明細書(平成20年4月30日付け訂正認容審決後のもの。甲30[全文訂正明細書])には以下の記載がある。

・【産業上の利用分野】

本発明は,飛び性能に優れたソリッドゴルフボールに関する。

・【従来の技術及び発明が解決しようとする課題】

ソリッドゴルフボールには,完全一体成形のワンピースゴルフボールと芯球をカバーで被覆したツーピースゴルフボールと,更には芯球とカバー層との間に1層又は2層以上の中間層を有する多層構造ゴルフボールとがある。

これらのソリッドゴルフボールは,ゴム組成物を加硫成型して得られる弾性部分をその一部(多層構造ボールの芯球)又は全部(ワンピースゴルフボール)に有している。

(略)

しかしながら,ゴルフプレーヤーのゴルフボールの飛び性能に対する要求は非常に強く,従って飛び性能の更なる向上が望まれている。

本発明は,上記事情に鑑みなされたもので,更に飛び性能の向上したソリッドゴルフボールを提供することを目的とする。

・【課題を解決するための手段及び作用】

本発明者は,上記目的を達成するため鋭意検討を行なった結果,ポリブタジエンゴム等の基材ゴムに共架橋剤として不飽和カルボン酸の金属塩を配合したゴム組成物に対し,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩を添加することにより,これを加硫して得られるゴム弾性体の反溌弾性が向上すること,またこのゴム組成物を用いて多層構造ソリッドゴルフボールの芯球を形成することにより,ボール打撃時の初速度が向上し,優れた飛び性能を示すソリッドゴルフボールが得られることを見い出し,本発明を完成したものである。

従って,本発明は,カバー材で直接もしくは中間層を介して被覆した多層構造ゴルフボールの芯球を,基材ゴムと,不飽和カルボン酸の金属塩と,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩とを含有するゴム組成物で形成したことを特徴とするソリッドゴルフボールを提供する。

(略)

本発明ソリッドゴルフボールの製造に用いられるゴム組成物は上記基材ゴム,共架橋剤に加えてペンタクロロチオフェノール又はその金属塩を配合したものである。

(略)

本発明のソリッドゴルフボールは,上記ゴム組成物を加熱等により加硫し,成型して,多層構造ソリードゴルフボールの芯球を製造するものであるが,この場合,その製造法,条件等は通常の方法,条件とすることができる。

・【発明の効果】

本発明のソリッドゴルフボールは,上述した構成としたことにより,飛び性能の更なる向上を達成することができる。

以下,実施例及び比較例を示し,本発明を具体的に説明するが,本発明は下記の実施例に制限されるものではない。

(略)

〔実験例〕

第1表に示す配合成分を混合して6種のゴム組成物を調製した。これを金型を用い,155℃で20分間加硫して直径38.0mmのツーピースゴルフボール用ソリッドコアを製造した。次に,これらをUSGA方式に従い,フライホイール式の打撃試験機を用い,ヘッドスピード38m/secで打撃したときの初速度を測定した。結果を第1表に示す。第1表に示した結果より,ゴム組成物中にペンタクロロチオフェノールの金属塩であるペンタクロロチオフェノールの亜鉛塩を配合することにより,コア性能(打撃初速度)が向上することが確認された。

イ以上の記載によれば,本件発明は,ソリッドゴルフボールの飛び性能の向上を課題とする発明であり,ポリブタジエンゴム等の基材ゴムに共架橋剤として不飽和カルボン酸の金属塩を配合したゴム組成物に対し,ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩を添加することにより,これを加硫して得られるゴム弾性体の反発弾性が向上すること,またこのゴム組成物を用いて多層構造ソリッドゴルフボールの芯球を形成することにより,ボール打撃時の初速度が向上し,優れた飛び性能を示すソリッドゴルフボールが得られることを見い出し,「飛び性能の更なる向上」との効果を得たものである。

top



(2) 甲1発明の意義



ア引用例1(甲1・以下,訳文による)には,以下の記載がある。

・「発明の背景

本発明は,ゴルフボールに関するものであり,特にショートアイアンその他による競技特性に優れたツーピースボールを製造するのに有用な,改善されたゴルフボールの芯球に関する。

多年に亘り,最高品質のゴルフボールは,バラタ,トランス・ポリイソプレイン,トランス・ポリブタジエン,または,そのようなエラストマーを含む様々な組成物を可塑性の糸巻き芯球の周りに成型することにより作製されてきた。熟練したプレイヤーは,ボールが飛行中にフェードあるいはドローするように,あるいはショートアイアンで打ったときグリーン上で急停止するのに必要なバックスピンを持つように,バラタ被覆された糸巻きボールにスピンを与えることができる。これらの競技特性は,ショートアイアンのプレイにおいて最も重要であり,比較的熟練したプレイヤーによってのみ有意義に利用可能であった。

バラタおよび現在のその人工代替品は,基本的に新素材により取って代わった。プロショップを通してプロゴルファーおよび彼等を真似する者達に販売される数種のゴルフボールを除き,新規の合成ポリマーは好適な被覆材料であった。

新たな合成品のうち,最も一般に使用されるものは商標SURLYN を付したE.I.Dupont de Nemours & Company が販売するイオノマーの製品ラインであった。これらの材料は,オレフィン,典型的にはエチレンと,メタアクリル酸のようなα,βエチレン化不飽和カルボン酸との共重合体を含む。ナトリウムまたは亜鉛のような金属イオンは,コスト利益等,バラタを上回る幾つかの利点を有する熱塑性樹脂となる共重合体の酸性基部分を中性化するために使用される。イオノマーは,ゴルフボールの被覆中で,破断抵抗,引裂き抵抗,一般耐久性および弾力に影響する広範囲な特性を有するよう製造されうる。」(訳文4頁3行~24行)

・「かかるボールは典型的には別に成型された,固形の弾性芯球を有している。前記芯球は例えば,合衆国特許番号第4,464,075,第4,169,599,第4,165,877 または第4,141,599 に開示された架橋エラストマー組成物のスラグを圧縮成型して製造される。合衆国で販売されている最高品質のツーピースボールは,高シス含有のポリブタジエン,α,βエチレン不飽和モノカルボン酸の亜鉛塩,例えば亜鉛ジまたはモノアクリル酸またはメタアクリル酸,および少量の酸化亜鉛をからなる芯球を有し,伝統的なフリーラジカル開始剤型触媒,典型的には過酸化物により硬化される。

バラタ被覆された糸巻きボールは,容易に切断されかつ非常に高価であるが,ショートアイアン競技特性においては顕著に優位である。ツーピースボールにスピンをかけるのは非常に難しく,従って,フェードまたはドローさせ,正確にチップするのがより難しくなる。しばしば経験あるプレイヤーは,イオノマー被覆ツーピースボールは,それはウッドおよびアイアンでも遠く飛ぶが,不満足な「感じ」を有することを指摘する。

ツーピースボール,即ち固形の,成型された,弾力のある芯球と被覆から構成されるボールは,より高価な糸巻きボールを超える多くの顕著な利点を有している。従って,糸巻きバラタゴム被覆ボールに匹敵する,ショートアイアン競技特性を有するツーピースボールが必要とされている。かかる性質を有するボールは,イオノマー配合被覆ツーピースボールの「距離」も有し,ゴルファーには魅力的であろう。」(訳文5頁3行~19行)

・「発明の要約

バラタ被覆糸巻きボールに類似した特徴のショートアイアン特性および他の競技特性を有するツーピースボールを製造する鍵は,被覆真下に,柔軟で,弾力のある層を有するボールを構成することであることが,これまで見出されている。柔軟な下層は,打球時に被覆がより変形するのを可能とし,クラブフェースとボール被覆の間の接触面積を増加させ,その結果,より多くのスピンがボールに与えられるのを可能とする。下層部分は,本発明においては,圧縮成型中に芯球の表面層の硬化を調整することにより形成することが好ましい。これは,成型前に,架橋可能なエラストマー組成物のスラグ表面を硬化調整剤に暴露することにより達成できる。芯球の中心部分は,硬化すると弾力で硬くなり,75以上のShore C硬度を有し,慣用的な方法で硬化する。表面層は異なった方法で架橋され,より柔軟な弾力層で,通常80以下のShore A硬度と,1インチの1/32 の厚さ有している。本発明の実施態様である現在好ましいボールは,1/16 インチ以上の外層,例えば約0.072 インチを有し,75以下の,例えば74のShore A 硬度を有している。その中心部分は82またはそれ以上Shore C硬度を有している。架橋を調整するための好ましい試薬は,チオールやメルカプタン等の硫黄含有物質であり,最も好ましくは元素イオウである。」(訳文5頁20行~6頁5行)

・「本発明の現在好ましい芯球は,モノまたはジアクリル酸またはメタアクリル酸の亜鉛塩,および酸化亜鉛を混合した,シス含有量の高いポリブタジエンを含む。芯球はその中心部分で,1つまたはそれ以上の慣用される過酸化水素,フリーラジカル開始触媒,および所望によりジイソシアネートで架橋される。外層において,過酸化物架橋は,硫黄含有物質の存在により調整され,その結果,比較的柔軟で,弾力のある,容易に変形する芯球表面層となる。」(訳文6頁26行~31行)

・「本発明の好ましい芯球を製造するため,チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質,または最も好ましくは粉末の元素イオウを使用して,上記のタイプの組成物の硬化を変化させる。組成物は,シス含有量の高いポリブタジエン,モノまたはジアクリル酸またはメタアクリル酸の金属塩,好ましくは亜鉛塩,最も好ましくはジアクリル酸亜鉛,少量の酸化亜鉛,およびフリーラジカル開始剤触媒,好ましくは過酸化物を含む。」(訳文9頁25行~29行)

・「起きている反応は良くわからないが,配合剤の不飽和組成物間の架橋の複合ネットワークが,硬化調整剤の影響を受けない芯球の中心部分で形成されると思われる。硬化中に芯球の表面層は硫黄含有物質と相互作用する。」(訳文10頁17行~19行)

・「特許請求されるものは以下のとおりである。

1.成型された被覆および別個に成型された,弾力のある,球体の芯球を有スルゴルフボールであって,前記芯球が:

75以上のShore C硬度を有する中心部分,および

前記中心部分と一体となり,そこから外側に放射状に配置された,

80以下のShore A硬度および1/32 インチ以上の厚みを有する外層,

を含むことを特徴とするゴルフボール。

(略)

5.前記芯球が架橋ポリブタジエンを含む,請求項1記載のボール。

6.前記芯球がα,βエチレン不飽和モノカルボン酸金属塩を含む,請求項5記載のボール。

7.前記芯球が亜鉛ジアクリレート,亜鉛ジメタアクリレート,亜鉛モノアクリレート,亜鉛モノメタアクリレートおよびその混合物よりなる群から選択された亜鉛塩を含む,請求項6記載のボール。

8.前記芯球が過酸化物硬化ポリブタジエンを含む,請求項7記載のボール。

(略)

10.前記外層が硫黄により部分的に架橋されたものである,請求項5記載のボール。」(訳文12頁8行~30行)

top
イ以上の記載によれば,甲1発明の背景技術として,従来から使用されてきたバラタを被覆した糸巻きボールは,ショートアイアン競技特性に優れているが,高価であり,また耐久性に問題があること,一方,バラタに代えてイオノマーの被覆を設けたツーピースボールのような合成品は,破断抵抗,引裂き抵抗,一般耐久性に優れているが,ショートアイアン競技特性においては劣ること,イオノマーの被覆を持つツーピースボールの芯球は,高シス含有のポリブタジエン,α,βエチレン不飽和モノカルボン酸の亜鉛塩,少量の酸化亜鉛及び過酸化物からなるエラストマー組成物を硬化したものであることがわかる。

また,甲1発明の課題は,上記従来のツーピースボールの問題点である「ショートアイアン競技特性が劣ること」を解決することであり,その解決手段は,「芯球の成型前に,架橋可能なエラストマー組成物のスラグ表面を硬化調整剤に暴露することにより,芯球の表面層の硬化を調整し,ツーピースボールのイオノマー被覆の真下にある芯球の表面部分に,(芯球の中心部よりも)柔軟で,弾力のある層を設けること」である。

top



(3) 甲4発明の意義



ア引用例2(甲4)には,以下の記載がある。

・「特許請求の範囲


  1. ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体を含有するゴム組成物から形成されるソリッドゴルフボール。


  2. ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体をゴム成分の0.1~5重量%含有する第1項記載のゴルフボール。


  3. ゴム成分がポリブタジエンゴムを全ゴム成分の90重量%以上含有する第1項記載のゴルフボール。」(1頁左下欄4行~13行)



・「発明の詳細な説明

本発明は新規なソリッドゴルフボールに関する。ソリッドゴルフボールには1つの構成物からなるワンピースゴルフボールとソリッドコアをカバーで被覆したツーピースゴルフボールおよびソリッドコアとカバーとの間に適当な1ないし複数の中間層を有する多層構造のゴルフボールがある。これらのソリッドゴルフボールとして,その反発係数を向上させ,かつ耐衝撃性を向上させるために,α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩等の不飽和結合を有するモノマーを共架橋剤として配合したものが知られている。これらのソリッドゴルフボールは,それ自体かなり優れた性能を有しているが,より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボールが要請されている。

従来,ソリッドゴルフボールの組成物に添加されるα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩モノマーを添加したソリッドゴルフボールは,これらのモノマーが遊離開始剤によってポリブタジエン主鎖にグラフトされ,共架橋剤として働き,これによりボールに適度の硬さ(コンプレッション圧縮比)と耐久性を与えるものと考えられていた。然しながら,この共架橋された際に生ずるグラフト鎖が長くなると,ポリブタジエンゴムに他のポリマーを配合したのと同様の結果,即ちゴルフボールの反発性能の低下をきたす事となる。

本発明者らは前記α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の共架橋に際して生ずるグラフト鎖の長さを調節する事により,適度の硬さと耐久性を付与しながら,同時に反発性能を著しく向上させる事を試みる内,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体がグラフト鎖の分子量調整剤として非常に優れた性能を有する事を見出し,本発明を完成した。即ち,本発明はジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体を含有するゴム組成物から形成したゴルフボールを提供する。」(1頁左下欄14行~2頁左上欄13行)

イ以上の記載によれば,甲4発明の課題として,α,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩モノマーを添加したソリッドゴルフボールは,これらのモノマーが遊離開始剤によってポリブタジエン主鎖にグラフトされ,共架橋剤として働き,これによりボールに適度の硬さ(コンプレッション圧縮比)と耐久性を与えるが,この共架橋された際に生ずるグラフト鎖が長くなると,ゴルフボールの反発性能の低下をきたすことが挙げられている。

そして,甲4発明は,ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体(DPTT)をグラフト鎖の分子量調整剤として用い,グラフト鎖の長さを調節することによって上記課題を解決したものであり,適度の硬さと耐久性があり,同時に反発性能が向上した優れた性能を有するソリッドゴルフボールを提供するものである。

top



(4) 取消事由1(甲1発明からの容易想到性判断の誤り)について



ア審決は,本件発明と甲1発明との相違点につき,前記のとおり「ゴム組成物に関し,本件発明では,『ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩』を含有するのに対し,甲1発明では,『チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質』を含有している点。」と認定した。

top
イところで,証拠によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 甲2(社団法人日本ゴム協会「ゴム用語辞典」初版・昭和53年7月10日発行)には,「チオール」につき「-SH基を持つ有機化合物のことで,メルカプタンともいう。メルカプタン類はSBR製造における調節剤として及び加硫促進剤として用いられる。」との記載がある。

(イ) 甲3(株式会社東京化学同人「化学大辞典」第1版第7刷・2005年7月1日発行)には,以下の各記載がある。

・「遊離基開始反応[free radical initiation] 遊離ラジカルが付加重合を開始する反応のことで,開始剤の分解などによって生じたラジカルが単量体に付加し,連鎖重合のきっかけとなる素反応を指す。」


・「連鎖移動剤[chain transfer agent] 重合度を調節する目的で重合系に加える連鎖移動を起こしやすい物質。連鎖移動定数CSが1以上のものは移動反応がたいへん起こりやすく,したがって重合体の分子量を調節するのに有効である。」

(ウ) 甲9(社団法人日本ゴム協会「ゴム用語辞典」初版・1997年9月30日発行)には,「ペプタイザー」(peptizer)につき,「(別)素練促進剤,しゃく解剤原料ゴムの可塑化を早め,素練り作業時間を短縮する目的でゴムに加える薬剤。素練りで切れた分子鎖ラジカルと反応して再結合を抑制し,可塑化を促進するもの。」との記載がある。

(エ) 甲10(H.Fries and R.R.Pandit「MASTICATION OF RUBBER」(日本語訳:ゴムの素練り)と題する論文,1981年11月発行)には,「酸素の存在にかかわらず,チオフェノール類又は芳香族ジスルフィド類は,鎖フラグメントのフリーラジカルを安定化させるためのラジカル受容体として使用することができる」(原文310頁20行~22行の訳)との記載がある。

(オ) 甲11(S.N.Chakravarty and R.R.Pandit「Effect of RubberCompouding Ingredients on the Peptization Efficiency of ActivatedPentachlorothiophenol」(日本語訳:活性ペンタクロロチオフェノールの素練り効率におけるゴム構成要素の効果)と題する論文,1976年発行)には,「PCTPは,酸素のない低温素練りにおいて,ラジカルアクセプターとして機能する」(原文676頁右欄11行~13行の訳)との記載がある。

(カ) 甲14(横山勇「アクチベーター,リターダー,ペプタイザー」と題する論文,1977年発行)には,以下の記載がある。

・「ペプタイザーには芳香族メルカプタン類,ジスルフィド類並びにそれらの亜鉛塩などがある。

(略)

芳香族メルカプタン類には,キシレンチオール,ペンタクロロチオフェノール(以下,PCTPと略記する)などがあり,・・・。」(687頁右欄21行~下4行)

・「その他ペプタイザーはゴム加工の最初に加えられる薬品であるので,その後のすべての工程や物性に影響のないことが望ましい。」(688頁左欄6行~8行)

(キ) 甲15(金子東助「素練り促進剤」と題する論文,ポリマーダイジェスト1986年6月発行)には,以下の記載がある。

・「ゴムの素練りとは,原料ゴムの弾性を減らし,一定の可塑度をもたせ,混合以降の加工操作を容易にする操作である。」(78頁上欄3行~5行)

・「素練り促進剤(peptizer)は主に高温素練りに使用され,素練り時間を短縮し,または低粘度(高可塑化)ゴムを必要とするとき利用される。」(78頁上欄8行~11行)

・「(6) 素練り促進剤は酸素の可塑化作用を強める(熱酸化素練り作用の促進)。酸素が存在しないと,素練り促進剤はほとんど作用せず,逆に架橋を起こしてゴムをゲル化することがある。」(78頁下欄13行~17行)

(ク) 甲19(大津隆行「ジチオカルバメート系化合物を用いる高分子合成」と題する論文,日本ゴム協会誌59巻12号,1986年発行)には,以下の記載がある。

「メルカプトベンツチアゾールやテトラアルキルチウラムジスルフィドなどの硫黄化合物は,ゴムの加硫促進剤などゴム薬品として広く用いられている。それは,これらチオール及びジスルフィド類が容易にラジカル分解し,ゴム分子の開裂などの反応に関与するためである。」(658頁左欄2行~6行)

(ケ) 甲21(社団法人日本ゴム協会編「ゴム技術入門」,平成16年3月10日発行・丸善株式会社)には,「過酸化物架橋」につき以下の記載がある。

「パーオキサイド架橋ともよばれ,硫黄架橋についで多く採用されています。図8.7に示すように架橋剤の有機過酸化物がゴム中で熱分解し,生じたラジカル(化学的に活性な遊離基)がゴムの炭化水素を脱水素し,ラジカル化されたゴム分子どうしが結合し架橋が形成されます。」(76頁下4行~下1行)

(コ) 甲29(株式会社朝倉書店「高分子辞典」第3版・昭和49年7月30日発行)の「参考資料」には,次の記載がある。

「・化学名ペンタクロロチオフェノール(PCTP)

・構造式


top



ウ検討



top
(ア) 前記(2)のとおり,甲1発明においては,芯球の表面層の硬化を調整し,表面層を柔軟化する目的で「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」「元素イオウ」のような「硬化調整剤」が使用され,この場合の硬化の調整とは,芯球の中心部よりも表面部を柔軟化させることであるから,甲1発明で使用されている芯球を形成するためのエラストマー組成物,すなわち,高シス含有のポリブタジエン,α,βエチレン不飽和モノカルボン酸の亜鉛塩,少量の酸化亜鉛及び過酸化物からなるエラストマー組成物の硬化反応を抑制するものであるといえる。ただし,甲1には,「起きている反応はよくわからない」と記載されているように,「硬化調整剤」使用下での芯球の硬化の具体的な反応機構は明らかではない。

一方,前記イ(オ)ないし(キ)からすると,ペプタイザー(素練り促進剤)とは,ゴムの素練り加工時に使用される薬剤であって,ゴムを加熱し,素練りした際の酸素による可塑化作用を強めるものであるところ,ペンタクロロチオフェノール(PCTP)はペプタイザーとして知られているものといえる。

また,前記イ(ア),(コ)からすれば,PCTPは,「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」の範疇に一応入る化合物であるといえるが,「チオール」とは「-SH基を持つ有機化合物のことで,メルカプタンともいう。」とされるとおり,非常に広範な化合物を含む概念であって,「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」であれば,いかなる化合物でもゴムの硬化反応を抑制するとの技術常識があるとは認められず,PCTPが硬化を抑制する化合物であることを認めるに足りる証拠もない。

むしろ,前記イ(ク)のとおり,甲19には,同じく硫黄含有物質の範疇に入るメルカプトベンツチアゾールやテトラアルキルチウラムジスルフィドなどが,ゴムの加硫促進剤(硬化を促進する薬剤)であることが記載されている。

そして,前記イ(カ)のとおり,PCTPがペプタイザーとして使用されるゴムの素練り加工(可塑化)工程は,ゴムの加工において初期段階の工程であって,ゴムの硬化工程とは,その段階において大きく異なるものである。

以上からすれば,当業者(その発明の属する技術の分野における通常 の知識を有する者)が,甲1発明において硬化調整剤として使用される「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」につき,PCTPという特定の化合物を用いることを容易に想到できるとはいえない。したがって,相違点に係る「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を含有する点は,甲1発明,甲2,甲3及び甲21に記載の技術並びに当該技術分野における技術常識を参酌しても,当業者が容易に想到することができたものであるとは認められないとした審決の結論に誤りはない。

top



(イ) 原告の主張に対する判断



a 原告は,本件発明につき,公知例である甲1発明の「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」という構成要件を,その下位概念である「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」に限定したものであり,いわゆる選択発明に該当する旨主張する。いわゆる「選択発明」とは,先願発明の構成要件が上位概念で表現されており,その先願発明の実施例として示されていない下位概念を構成要件とする後願の発明が,その構成要件である下位概念のものによって奏される作用効果が異質のものであるとき,又は同質の効果であっても,格段の差異がある場合に認められる。

しかし,前記(ア)のとおり,甲1発明における「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」との用語は,高シス含有のポリブタジエン,α,βエチレン不飽和モノカルボン酸の亜鉛塩,少量の酸化亜鉛及び過酸化物からなるエラストマー組成物の硬化反応を抑制する作用を有する化合物を総称する用語として使用されているもので,これが,前述のとおり非常に広範な化合物を含む「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」に形式的に該当するすべての化合物を指すものとは解されない。

しかも,甲1において,硬化調整剤として具体的に示されているのは粉末の元素イオウのみであり,硬化調整剤としての「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」に該当する具体的な化合物については何ら記載されていない上,甲1には「起きている反応は良くわからない」と記載されていること,硫黄含有化合物の中にはゴムの加硫促進剤となるものもあること(甲19)からすれば,当業者にとって,甲1の記載から,芯球の表面層の柔軟化に有効な化合物がいかなるものであるのか明らかであったとはいえない。

このほか,前記(2)アのとおり,甲1発明では,ゴルフボールの芯球内部の硬度が中心部分と外層とで異なっている上,硫黄(含有物質)の含有箇所が「外層」に限定されており,これらの点において本件発明と相違するというべきである。

以上によれば,そもそもPCTPが甲1発明の「チオールやメルカプタンなどのような硫黄含有物質」の下位概念であるとは直ちにはいえず,いずれにしても,本件発明が甲1発明に対して選択発明であるとはいえない。

b また,原告は,本件特許出願当初の明細書(特許願,甲5)では,硫黄含有物質は「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」に限定されておらず,広汎な有機硫黄化合物が本件発明に使用でき,本件発明の効果を奏する旨が記載されていたから,本件特許出願人(被告)の出願当時の認識においても,本件発明が甲1発明に比して顕著な効果を奏するものではなく,同等の効果しか有しないと認識していたものである旨主張する。

このほか,原告は,甲1の記載からしても,甲1発明は,現に,飛距離や初速度の向上という本件発明と同様の効果を奏する旨主張する。

しかし,既に検討したとおり,本件発明は,その構成において甲1発明等から容易想到ではないから,効果の顕著性について検討するまでもなく,原告の主張は理由がない。

top



(5) 取消事由2(甲4発明からの容易想到性判断の誤り-その1)について



ア審決は,本件発明と甲4発明との相違点につき,前記のとおり「ゴム組成物に関し,本件発明では,『ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩』を含有するのに対し,甲4発明では,『ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体』を含有している点。」と認定した。

top



イところで,証拠によれば,以下の事実が認められる。



すなわち,甲32(特開昭59-228866号公報,発明の名称「ソリツドゴルフボール」,公開日昭和59年12月22日),甲33(特開昭59-228867号公報,発明の名称「ソリツドゴルフボール」,公開日昭和59年12月22日)には,甲4と同様に,それぞれ「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」,「4,4'-ジチオ-ビス-ジモルフォリン及び/又はその誘導体」をグラフト鎖の分子量調整剤として用い,適度の硬さと耐久性があり,反発性能が向上したソリッドゴルフボールを製造することが記載されている。

top



ウ検討



(ア) 前記(3)のとおり,甲4発明においては,ソリッドゴルフボールの組成物に添加されたα,β-エチレン系不飽和カルボン酸金属塩モノマーが遊離開始剤によってポリブタジエン主鎖にグラフトされるが,このグラフト鎖が長すぎると,ボールの反発性能が低下するので,DPTTがグラフト鎖の分子量調整剤として用いられ,グラフト鎖の長さを調整するものである。

このように,甲4には,DPTTがグラフト鎖の分子量調整剤であり,グラフト鎖の長さを調整することによって,ボールの反発性能が向上することは記載されているが,DPTTが具体的にどのような反応機構でグラフト鎖の長さを調節するかについての記載はなく,DPTT以外の他の化合物を同様の目的で使用することに関しても何ら記載されていない。

同様に,甲32,甲33にも,反応機構や,「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」,「4,4'-ジチオ-ビス-ジモルフォリン及び/又はその誘導体」以外の薬剤を使用することは記載されていない。

そうすると,当業者が,甲4や甲32,甲33の記載から,甲4発明におけるDPTTと同等に機能する化合物がどのようなものであるかを理解することは困難である。

なお,前記(4)イ(イ)ないし(ケ)からすれば,ペプタイザー(素練り促進剤)は,ゴムの素練り工程において,素練りで切断されたゴム分子鎖に形成されるラジカル(化学的に活性な遊離基)と反応し,切断されたゴム分子鎖同士の再結合を抑制し,可塑化を促進することを目的として添加されるものであり,ペンタクロロチオフェノール(PCTP)が,本件特許出願当時,ペプタイザーとしてのラジカル捕獲剤の機能を有することが当業者に認識されていたものと認められる。

しかし,本件特許出願当時(平成元年5月11日),PCTPが,グラフト鎖の長さを調節する化合物であると知られていたことを認めるに足りる証拠はない。

また,甲4には,ラジカルの捕獲については何ら言及がない上,ラジカル捕獲剤であればすべてがグラフト鎖の長さを調節する機能を有する旨の技術常識や証拠は示されていないから,たとえDPTTがラジカル捕獲剤であることが理解できたとしても,当業者にとって,甲4発明においてDPTTに代えて他の化合物を使用して同等の効果を得ることが容易想到とはいえない。

したがって,当業者が,甲4発明において,DPTTに代えてPCTPを用いることが容易想到であったとはいえず,審決の,「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を含有する点は,甲4発明,甲9ないし甲11に記載の技術,甲14及び甲15に記載の技術及び当該技術分野における技術常識を参酌しても当業者が容易に想到することができたものであるとは認められないとした結論に誤りはない。

このように,本件発明は,その構成において甲4発明等から容易想到ではないから,効果の顕著性について検討するまでもない。

top



(イ) 原告の主張に対する判断



a 原告は,甲4記載の解決手法は,ラジカル捕獲剤としての一般的な作用機序に基づくものであり,ポリブタジエンを主成分とするゴム分子主鎖を有する「ゴム組成物」において,「α,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩」という特定の構成を有するグラフト鎖に対して作用することは,ラジカル捕獲剤としての一般的な作用機序の適用にすぎないことが明記されている旨主張する。

しかし,前記(ア)のとおり,甲4に記載されているのは,DPTTがグラフト鎖の長さを調節するという点のみであって,「ラジカル捕獲剤としての一般的な作用機序」は記載されてはいない。

また,原告は,甲4の出願人が甲4の出願日と同日に,異なるラジカル捕獲剤に関して,特許出願を2件行っている(甲32,甲33)ことを根拠として,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」以外のラジカル捕獲剤により同等の効果を得ることができるのは明らかであると主張するが,甲32,甲33は,甲4と同様に,「ラジカル捕獲剤としての一般的な作用機序」を記載するものではないから,甲32及び甲33を併せて検討しても,当業者にとって,DPTT,「2-(4-モルフォリニルジチオ)ベンゾチアゾール及び/又はその誘導体」,「4,4'-ジチオ-ビス-ジモルフォリン及び/又はその誘導体」以外の,グラフト鎖の長さを調節する具体的な化合物が明らかであるとはいえない。

b このほか,原告は,被告が,広く有機硫黄化合物一般につきPCTPと同様の効果があるという前提で本件特許につき出願していたものであるから,これと矛盾する主張をすることは許されないとも主張するが,前述のとおり,PCTPを含有する本件発明につき甲4発明等から容易想到でないといえる以上,現時点で,出願当初の本件特許の内容等について主張しても意味がなく,原告の上記主張は理由がない。

top



(6) 取消事由3(甲4発明からの容易想到性判断の誤り-その2)について



ア前記(3)のとおり,甲4発明は,α,β-エチレン系不飽和カルボン酸の金属塩を含有するゴム組成物にジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体(DPTT)をグラフト鎖の分子量調整剤として用い,グラフト鎖の長さを調節することによって,適度の硬さと耐久性があり,同時に反発性能が向上した優れた性能を有するソリッドゴルフボールを提供するものである。

そして,審決は,本件発明と甲4発明との相違点につき,「ゴム組成物に関し,本件発明では,『ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩』を含有するのに対し,甲4発明では,『ジペンタメチレンチウラムテトラスルフィド及び/又はその誘導体』を含有している点。」と認定した。

top
イところで,証拠によれば,以下の事実が認められる。


(ア) 甲16(株式会社東京化学同人「アリンジャー有機化学(下)」第1版・1976年9月1日発行)には,「・・・チオールは非常に有効な連鎖移動剤であり,このような反応では高分子化はほとんど,あるいは全然起こらない。」との記載がある(870頁9行~10行)。

(イ) 甲18の1(英国特許出願公告明細書第497638号,発明の名称「ハロゲン-2-ブタジエン-1,3の重合方法」,受付日1938年12月19日)には(以下,訳文による),「好ましい重合調整剤は,芳香族メルカプト化合物およびメルカプトカルボン酸類である。適した芳香族メルカプタンの例は,チオフェノールおよびその同族体,およびチオクレゾール類,ニトロチオフェノール類およびクロロチオフェノール類などの置換生成物である;チオナフトール類および例えばベンジルメルカプタンのようなメルカプト基が炭化水素の側鎖に含まれる化合物も使用可能である。」との記載がある(訳文2頁下6行~下2行)。

(ウ) 甲18の2(特許第154676号公報,発明の名称「『クロール(2)ブタヂエン(4)・(3)』ヨリ耐久性大ナル『ゴム』 物質ヲ製造スル方法」,公告日昭和17年9月25日)には,「調整劑トシテハ・・・『チオフエノール』,『チオナフトール』等モ用ヒ得ベシ」(1頁目下欄7行~13行),「『特許請求ノ範囲』本文ニ詳記セル如ク『チオール』化合物の鹽類又ハ其酸化型化合物『モノサルフアイド』『ヂサルフアイド』『テトラサルフアイド』及『チオフエノール』,『チオナフトール』ノ存在ノ下ニ金属板ヲ押入シテ重合スルコトヲ特徴トスル『クロロプレン』ノ重合方法」(2頁目上欄19行~下欄3行)との記載がある。

(エ) 甲18の3(特公昭43-12823号公報,発明の名称「スチレン-ブタジエンゴムの改良製造法」,公告日昭和43年5月30日)には,「今回本発明者らは,・・・特定の連鎖移動剤・・・の存在下にスチレンとブタジエンを乳化共重合させることにより,加硫した場合優れた性質を有するSBRを製造することができることを見い出した。」(1頁右欄下14行~下7行),「本発明におけるこれら特定の連鎖移動剤の例としては・・・p-クロ, ルメチルチオフエノール・・・等が挙げられる。」(1頁右欄下6行~下1行)との記載がある。

(オ) 甲18の4(特開昭46-1340号公報,発明の名称「オレフイン性ニトリルとジエンラバーの耐衝撃性重合体の製造法」,公開日昭和46年9月20日)には,「本発明の方法に於ては,重合体分子量調節剤の初期添加を遅延させ,大部分のオレフイン系不飽和ニトリル例えばアクリロニトリルと,小部分のオレフイン系不飽和カルボン酸エステル例えばアクリル酸エチル又は低級モノオレフイン例えばイソブチレンとを水性媒質中で,共役ジエン単量体のホモポリマー又は共重合体である予備形成したジエンゴムの存在下で重合させる。」(2頁左上欄13行~20行),「本発明に於て『連鎖移動剤』,『重合体分子量調節剤』,『重合体連鎖調節剤』,及び『調節剤』と称するは同様な意味を有する。」(3頁左上欄12行~14行)との記載がある。また,同様に,「本発明に有用な他の連鎖移動剤としては次のものがある:」(3頁右上欄8行以下)として硫黄含有物質を含む多数の連鎖移動剤が列記されているが,その中に「ペンタクロロチオフェノール」の記載はない。

(カ) 甲18の5(特公昭49-33111号公報,発明の名称「交互共重合体の分子量調節方法」,公告日昭和49年9月4日)には,ブタジエン~アクリロニトリル共重合体に関し,「・・・交互共重合触媒の存在下に分子量調節剤として(I)メルカプタン化合物類・・・から選ばれた少なくとも1つの化合物を加えた場合・・・低い分子量を持つ重合体が得られることを見出し,本発明に到達した。」(3頁左欄13行~23行),「メルカプタン化合物類としてはメルカプト基を持つ化合物一般である。その具体例としては,・・・チオフエノール,・・・」(3頁左欄41行以下)との記載がある。

(キ) 甲18の6(特開昭51-124145号公報,発明の名称「ポリクロロプレン組成物」,公開日昭和51年10月29日)には,「メルカプタン化合物は重合調節剤として用いられ,・・・チオフエノール・・・などが使用できる。」(2頁右上欄18行~同左下欄3行)との記載がある。

(ク) 甲18の7(特開昭52-151380号公報,発明の名称「共役ジオレフイン系重合体の製造方法」,公開日昭和52年12月15日)には,特許請求の範囲に「アルフイン触媒による共役ジオレフインまたは共役ジオレフインとビニル芳香族炭化水素の(共)重合において,分子量調節剤として・・・(C)・・・メルカプタン類・・・よりなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物の混合物を反応系に存在させることを特徴とする共役ジオレフイン系重合体の製造方法。」(1頁左下欄5行~17行)と記載されているほか,発明の詳細な説明として,「メルカプタン類とは,一般式R-SH・・・で表わされる化合物であり,その具体例としては,・・・フエニルメルカプタン(チオフエノール)などが挙げられる。」(3頁右下欄下1行~4頁左上欄14行)との記載がある。

(ケ) 甲18の8(特開昭52-151381号公報,発明の名称「共役ジオレフイン系重合体の製造法」,公開日昭和52年12月15日)には,その特許請求の範囲に「アルフイン触媒による共役ジオレフインまたは共役ジオレフインとビニル芳香族炭化水素の(共)重合において,分子量調節剤として,・・・(C)不飽和エーテル,・・・およびメルカプタン類よりなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物の混合物を反応系に存在させることを特徴とする共役ジオレフイン系重合体の製造法。」(1頁左下欄5行~17行)との記載がある。

(コ) 甲19(大津隆行「ジチオカルバメート系化合物を用いる高分子合成」と題する論文,日本ゴム協会誌59巻12号,1986年発行)には,「一般に,これら硫黄化合物が比較的高温あるいは光照射下で容易にラジカル開裂することは古くより知られており,ビニルやジエンモノマーの重合開始剤,連鎖移動剤及び停止剤として用いられてきた。」(658頁左欄7行~10行)との記載がある。

top



ウ検討



(ア) 甲4において,DPTTがポリブタジエンとα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩を含有するゴム組成物という特定の反応系においてグラフト鎖の長さを調整することによって,ボールの反発性能を向上させることは記載されているが,DPTTが具体的にどのような反応機構でグラフト鎖の長さを調節しているかについては記載はなく,DPTT以外の他の薬剤を同様の目的で使用することに関しても何ら記載されていない。

また,前記イのとおり,甲16には,チオールが連鎖移動剤であること,甲18の1にはチオフェノールやクロロチオフェノール類がハロゲン-2-ブタジエンを重合する際の重合調整剤であること,甲18の2には,チオフェノールがクロロプレンを重合する際の重合調整剤であること,甲18の3には,p-クロルメチルチオフェノールがスチレン-ブタジエンゴム製造の際の連鎖移動剤であること,甲18の5には,ブタジエン-アクリロニトリル共重合体の分子量調節剤の例としてチオフェノールがあること,甲18の6には,チオフェノールがポリクロロプレン重合の際の重合調節剤であること,甲18の7には,チオフェノールが共役ジオレフィン系重合体製造の際の分子量調節剤であること,甲18の8には,メルカプタン類が共役ジオレフィン重合体製造の際の分子量調節剤であること,甲19には,硫黄化合物がビニルやジエンモノマーの重合開始剤,連鎖移動剤および停止剤として用いられることがそれぞれ記載されている。また,甲18の4の記載からすれば,「連鎖移動剤」,「重合体分子量調節剤」,「重合体連鎖調節剤」,「調節剤」は,ほぼ同等の意味を表す用語であるものと解される。

しかし,PCTP自体については,上記掲記の証拠には具体的に記載されていない。そして,前記(4)イ(コ)のとおり,PCTPは,チオフェノールにつき5つの塩素で置換したものであるのに対し,クロロチオフェノールは,チオフェノールにつき1つの塩素で置換した化合物を指すところ,塩素で置換した個数によって当該有機化合物が大きく異なる性質を示す可能性があることは技術常識ともいうべきであって,前記甲18の1に記載されている「クロロチオフェノール類」に,塩素の置換個数が全く異なるPCTPが包含されるとはいえない。

しかも,これらの証拠に示されているのは,共役ジエンモノマーを主な単量体とし,高分子量の重合体を重合する際に使用される薬剤に関する事項であり,これらの証拠上の記載が,甲4発明におけるグラフト反応,すなわち単量体の種類も,重合して得られる重合体鎖の長さも異なる反応について,示唆を与えるものとはいえない。このように,これらの証拠には,PCTPがα,β-モノエチレン系不飽和カルボン酸の金属塩のポリブタジエンに対するグラフト重合を調節することが示唆されているとはいえない。

したがって,当業者にとって,甲16,甲18の1ないし3,同5ないし8,甲19において「重合調整剤」「連鎖移動剤」「分子量調節剤」などと呼ばれる薬剤が,甲4発明におけるDPTTと同様に,グラフト鎖の長さを調節するものであることが明らかとはいえない。

なお,甲18の4は,ジエンゴム重合体の存在下でオレフィン系不飽和ニトリルとオレフィン系不飽和カルボン酸エステル又は低級モノオレフィンを重合することに関する技術を開示するものであって,これは,甲4発明のグラフト重合反応に類似するものといえるが,甲18の4には,「連鎖移動剤」として多数の硫黄含有化合物が列挙されているにもかかわらず,PCTPは記載されていないことから,むしろ,ポリブタジエンに他のモノマーをグラフト重合する際に,PCTPを分子量調整剤として用いることは知られていなかったことが窺われる。

以上のとおり,甲4発明において,DPTTに代えてPCTPを使用することは,当業者が容易に想到し得ることではないというべきであり,審決が,相違点に係る「ペンタクロロチオフェノール又はその金属塩」を含有する点について,甲4発明並びに甲3,甲9,甲16,甲18の1ないし8及び甲19に記載の技術及び当該技術分野における技術常識を参酌しても,当業者が容易に想到することができたものであるとは認められないとした点に誤りはない。

このように,本件発明は,その構成において甲4発明等から容易想到ではないから,効果の顕著性について検討するまでもない。

top
(イ) 原告の主張に対する判断

a 原告は,甲4においてDPTTを分子量調整剤として添加することにより,分子量が調整されて「より優れた反発係数および耐久性を有するゴルフボール」を得るという課題が達成されるところ,分子量調整剤であることが周知であるクロロチオフェノール類のうちPCTPを選択することは当業者であれば容易であるから,甲4発明から出発して本件発明の特徴点に到達できることは明らかである旨主張する。

しかし,前記(ア)のとおり,甲4には,DPTT以外の化合物が使用できることの示唆はなく,甲4発明のものとは異なる種類の単量体や反応系における分子量調整剤が甲4発明のDPTTに代えて使用できるとはいえない。しかも,前述のとおり,クロロチオフェノールとPCTPとは,塩素の置換個数において全く異なる化合物であるから,仮にクロロチオフェノールが分子量調整剤として知られていても,そこから直ちにPCTPが分子量調整剤として知られているとはいえない。

b また,原告は,甲4の出願人が甲4の出願日と同日に特許出願を2件行っている(甲32,甲33)ことを根拠として,甲4に示された解決手法により,「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」(DPTT)以外の分子量調整剤により,同等の効果を得ることができるのは明らかである旨主張するが,前記(5)ウ(イ)aのとおり,当業者にとって,甲4,甲32及び甲33に開示された化合物以外に,グラフト鎖の長さを調節する具体的な化合物が明らかであるとはいえない。

c このほか,原告は,甲4発明の「ジペンタメチレンチウラムテトラスルフイド及び/又はその誘導体」(DPTT)は,分子量調整剤としての一般的な作用機序が記載されているだけで,特定のグラフト鎖であることの特殊性は一切記載されていない旨主張するが,既に検討したとおり,実際には,甲4において記載されているのはDPTTがグラフト鎖の長さを調節するという点のみであって,「分子量調整剤としての一般的な作用機序」は記載されていない。

top



3 結論



以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決の結論に誤りはない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第1部裁判長裁判官中野哲弘- 62 -裁判官東海林保裁判官矢口俊哉
top

Last Update: 2011-03-02 11:26:57 JST

top
……………………………………………………判決末尾top
メインサイト(Sphinx利用)知財高裁のまとめMY facebook知的財産法研究会ITと法律研究会フェイスブック活用法研究会(実践編)

0 件のコメント:

コメントを投稿