2011年1月25日火曜日

特許:分割要件充足性「事実認定」認めず,容易想到性「事実認定」認める,無効審判取消し認める:(知財高裁平成23年1月25日判決(平成22年(行ケ)第10034号審決取消請求事件))





目 次


特許:分割要件充足性「事実認定」認めず,容易想到性「事実認定」認める,無効審判取消し認める:(知財高裁平成23年1月25日判決(平成22年(行ケ)第10034号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」



縮小版(なし)(判決原文(引用)と同じ)




H230126現在のコメント


かなり慎重に記載して分割要件を充たす旨いいました。



判決原文(引用)






分割要件の充足性



したがって,本件構成要件により,コラム式のダブルアーム型ロボットにおけるコラム,旋回中心及び基端の関節部(肩関節部)についての位置関係を定める本件発明1の技術思想は,原出願明細書及び図面に記載されたものということができる。イこの点について,原告は,原出願明細書には,台座の旋回中心からのアーム基端関節部の回転中心の偏心方向が,①二組のアームの伸縮方向と直交する方向であること,②二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づける方向であることが開示されているにすぎない,原出願発明7は,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成を有することを前提としており,本件構成要件は,それ以外の構成も含むものである,原出願発明1は,原出願発明7の上位概念とはいえないから,原出願発明7が原出願発明1の従属項であることを理由に,原出願明細書において,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配置される構成以外の構成も記載されているとすることはできない,略一直線上に配置される構成のみ「旋回半径を小さくする」という効果を達成することができるものであり,原出願発明7及び原出願発明1のいずれも,少なくとも基端の関節部はアームの肘関節部の張り出し方向へオフセットさせることはできないことを前提とした発明であるというべきであって,本件発明1のように,「R>r」であればよいとする発明を開示するものではないなどと主張する。


しかしながら,原出願発明7及び本件発明1は,いずれもロボットの旋回半径を小さくするという共通の課題を前提として,旋回半径の増大をもたらす可能性がある各部材(コラム,ワーク,基端の関節部等)の配置や位置関係を各種設定することにより,課題の解決を図るものであって,基端の関節部の回転中心軸,台座の旋回中心軸,基端以外の関節部に着目して,その位置関係を規定したものである。原出願明細書のうち,原告が指摘する「台座の旋回中心からのアーム基端関節部の回転中心の偏心方向が,①二組のアームの伸縮方向と直交する方向であること,②二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づける方向であること」との記載は,原出願発明7に係る技術思想の説明にすぎず,原出願明細書の記載がこれに尽きるものではない。実際,同明細書図2には,本件構成要件と同一の構成が開示されているものである。


また,原告が主張するとおり,原出願発明7は,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成を有する場合でなければ,ロボットの旋回半径を小さくするという目的を達成することは想定し難いことから,当業者が原出願発明7の構成を有するロボットを設計する際は,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成を前提として設計するものと解されるが,原出願発明7の特許請求の範囲においては,かかる構成を前提とするものではなく,基端の関節部はアームの肘関節部の張り出し方向へオフセットさせることはできないことを前提としているものということはできない。



さらに,本件発明1においては,原告が主張するとおり,「R>r」の要件を満たす場合であっても,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配置される構成以外では,ロボットの旋回半径を小さくするという作用効果が発揮されない場合も想定されるものであるが,当業者であれば,原告が前提とする極端な設計は採用しないことが通常であるし,特許請求の範囲が,作用効果を有しない構成を含むからといって,必ずしも常に分割要件を欠くものということはできない。

結局のところ,原出願発明7においては,台座の旋回中心からのアーム基端関節部の回転中心の偏心方向が,①二組のアームの伸縮方向と直交する方向であり,②二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づける方向であるとの構成を規定しているにすぎず,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成のみを開示しているものではないが,基端の関節部(肩関節)の回転中心が支持部材上に配置されていることに伴い,基端関節部(肩関節)の回転中心を台座の旋回中心から偏心させる方向については,支持部材の形状から,実際上において,原告主張の設計上の制約を伴うものにすぎない。

これに対し,本件発明1においても,同様に,「R>r」の要件を満たす場合であれば,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配置される構成にのみ限定されるものではないが,基端の関節部(肩関節)の回転中心が支持部材上に配置されていることに伴い,基端の関節部の回転中心を台座の旋回中心からオフセットさせる方向については,支持部材の形状から,実際上において,原告主張の設計上の制約を伴うものにすぎないのであるから,原出願発明7は,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配置される構成に限定されるとの原告の主張は,その前提に誤りがあるといわなければならない。

原告の主張は採用できない。


(4) 小括以上からすると,本件発明は,原出願明細書に包含されているものというべきであるから,本件出願は,平成18年法律第55号による改正前の特許法44条の定める分割要件を満たすものとした本件審決の判断に誤りはない。



容易想到性「事実認定」容易想到性認める





イ引用発明と周知技術との組合せについて


以上によると,仮に本件審決のとおり,「縮み位置においてワークを二組のアームの基端の関節部の間に位置させる」構成が一致点であるとは認められないとしても,当業者が,引用発明において,アーム部とハンド部とを支持部材を介してコラム式の上下昇降機構に組み合わせる際,アームを折りたたんだ縮み位置の状態において,省スペース化の観点から,周知技術である「縮み位置においてワークを二組のアームの基端の関節部の間に位置させる」構成を採用することは容易であるというべきである。


また,二組のアームを支持部材に配置する際,支持部材がコラムに取り付けられている付近に配置すると,アームとコラムとが干渉するおそれがあることは明らかであるから,アームの基端の関節部を,「前記支持部材の前記コラムに取り付けられている側とは反対の自由端である先端部」に配置することは,設計事項にすぎないというべきである。シングルアーム型ロボットに関してではあるが,周知例4(甲6)の図1においても,同様の構成が開示されているものである。

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ウ本件構成要件について


甲14文献(甲14)は,重量物搬送装置に関する発明についての文献であるところ,省スペース化を図るという目的が記載され,第4図には,回転テーブルの旋回中心に関して,第1アームの基端の関節部の回転中心軸よりも移動機構が外側を旋回するように配置される構成が開示されている。

また,周知例1(甲3)の図2,周知例2(甲4)の図3にも,同様の構成が開示されているから,かかる構成は,原出願発明に係る特許の出願当時,周知技術であったものということができる。

したがって,当業者が,引用発明に当該周知技術を組み合わせることは,容易であるということができる。


この点について,被告は,引用発明において,省スペース化を図る場合,直ちに当該構成を採用する動機は見いだせないなどと主張する。


しかしながら,引用発明も甲14文献も,省スペース化という課題は共通しており,引用発明において,支持部材におけるコラムが取り付けられた側の反対側の自由端にアームの基端部を配置した場合,コラムの旋回領域の内側にアーム部の旋回領域を確保するために,当該構成を採用することは,むしろ当業者における合理的な設計手法であるということができる。被告自身も,取消事由1において,本件発明1の特許請求の範囲内であっても,当業者は,省スペース化を実現することができないような設計を選択することはなく,通常,コラムの旋回領域の内側に向かって支持部材を伸ばすのであって,その結果として,肩関節部もコラムの旋回領域の内側に位置することとなるなどと主張しているところである。


被告の主張は採用できない。




判決原文(全文)




平成22(行ケ)10034 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年01月25日 知的財産高等裁判所 


1



平成23年1月25日判決言渡同日原本領収裁判所書記官平成22年(行ケ)第10034号審決取消請求事件



口頭弁論終結日平成22年12月22日



判 決





主 文



1 特許庁が無効2009-800096号事件について平成21年12月21日にした審決を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。



事実及び理由




第1 請求


主文1項と同旨

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第2 事案の概要



本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告が有する下記2の本件発明に係る本件特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が,本件訂正を認めた上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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1 特許庁における手続の経緯


(1) 本件特許(甲15)
本件特許は,特願2000―82983号(甲1。出願日:平成12年3月23
日。以下「本件原出願」といい,同出願に係る明細書を「原出願明細書」と,同出
願に係る特許請求の範囲の請求項1ないし7の発明を,順に「原出願発明1」ない
し「原出願発明7」といい,各発明を総称して,「原出願発明」という。)の分割
出願(出願日:平成18年4月12日)として,特許出願されたものてある。
発明の名称:ダブルアーム型ロボット
登録日:平成19年6月22日
特許番号:第3973048号
(2) 審判手続及び本件審決
審判請求日:平成21年5月15日(無効2009-800096号)
訂正請求日:平成21年11月30日(本件訂正。なお,本件訂正に係る明細書
を「本件明細書」という。)
審決日:平成21年12月21日
審決の結論:本件審判の請求は成り立たない。
審決謄本送達日:平成22年1月6日(原告に対する送達日)

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2 本件発明の要旨


本件審決が対象とした発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし9
に記載された発明(以下,順に「本件発明1」ないし「本件発明9」といい,各発
明を総称して,「本件発明」という。)であって,その要旨は,次のとおりである。
3
【請求項1】関節部により回転可能に連結されて回転駆動源による回転力を伝達し
ハンド部に所望の動作をさせるアームを二組備えたダブルアーム型ロボットにおい
て,前記二組のアームがその基端の関節部を介して取り付けられると共に,互いに
上下に異なる高さで前記コラムに配置された第1及び第2の支持部材と該第1及び
第2の支持部材を上下方向へ移動可能に保持するコラムとからなる移動部材と,前
記移動部材が取り付けられる旋回可能な台座部とを備え,前記二組のアームは複数
の関節部を有し,水平多関節型ロボットであり,前記ハンド部は前記第1及び第2
の支持部材の移動方向及び前記支持部材が前記コラムから延びる方向に関して直交
する方向であって,前記アームを伸ばしきった伸長位置と前記アームを折り畳み前
記ハンドを引き込んだ縮み位置との間を移動するようになされ,前記コラムは,前
記台座部が旋回するときの前記台座部の旋回中心に関して,前記第1及び第2の支
持部材に前記アームの前記基端の関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように
配置されるとともに,前記アームの前記基端の関節部は,前記支持部材の前記コラ
ムに取り付けられている側とは反対の自由端である先端部に,前記二組のアームを
挟んで配置され,前記ハンド部はワークを載置して前記伸長位置と前記縮み位置の
間を移動するものであって,前記縮み位置に移動したときに前記ワークを前記二組
のアームの前記基端の関節部の間に位置させるものであることを特徴とするダブル
アーム型ロボット
【請求項2】前記アームを縮み位置に移動したとき,前記ハンド部が前記基端の関
節部の間に位置し,前記ハンド部により保持されるワークの中心が台座の回転中心
と一致するものである請求項1記載のダブルアーム型ロボット
【請求項3】前記二組のアームが縮み位置に移動するに際し,前記アームの肘関節
部がハンド部の移動方向の側方で且つ互いに同方向に突出するものである請求項1
または2記載のダブルアーム型ロボット
【請求項4】前記アームの基端の関節部の回転中心軸は,前記台座部の旋回中心軸
から,前記二組のアームの伸縮方向と直交する方向で偏心させ,前記二組のアーム
4
の伸縮動作に伴い移動する前記アーム基端の関節部以外の関節部の位置を前記旋回
中心軸に近づけるものである請求項1から3のいずれか1つに記載のダブルアーム
型ロボット
【請求項5】前記二組のアームは,前記第1及び第2の支持部材の間に配置される
ものである請求項1から4のいずれか1つに記載のダブルアーム型ロボット
【請求項6】前記二組のアームは,前記第1及び第2の支持部材の間に互いに干渉
することなく上下方向に対称に配置されるものである請求項1から5のいずれか1
つに記載のダブルアーム型ロボット
【請求項7】前記二組のアームがそれぞれ対面するように配置されることを特徴と
する請求項1から6のいずれか1つに記載のダブルアーム型ロボット
【請求項8】前記二組のアームの基端の関節部の回転中心軸が同軸方向に重なるよ
うに取り付けられたことを特徴とする請求項1から7のいずれか1つに記載のダブ
ルアーム型ロボット
【請求項9】前記二組のアームの基端の関節部の回転中心軸が同軸に重ならないも
のである請求項1から7のいずれか1つに記載のダブルアーム型ロボット
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明は,分割要件に反するものではな
く,また,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下
記イないしサの周知例1ないし10に記載された周知技術(以下,順に「周知技術
1」ないし「周知技術10」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をするこ
とができたものということはできないとして,本件発明に係る本件特許を無効にす
ることができない,というものである。
ア引用例:特開平4-87785号公報(甲2)
イ周知例1:特開平10-278789公報(甲3)
ウ周知例2:特開平10-278790号公報(甲4)
エ周知例3:特開昭58-109284号公報(甲5)
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オ周知例4:特開平10-297714号公報(甲6)
カ周知例5:特開平11-333768号公報(甲7)
キ周知例6:特開平9-162257号公報(甲8)
ク周知例7:特開平10-279050号公報(甲9)
ケ周知例8:特開平10-12699号公報(甲10)
コ周知例9:特開平9-314485号公報(甲11)
サ周知例10:特開平10-92917号公報(甲12)

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(2) なお,本件審決が認定した引用発明並びに本件発明1と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。


ア引用発明:第1駆動軸,ボス部,軸部により回転可能に連結されて,第1,
第2モータによる回転力を伝達しハンド部に所望の動作をさせるアームを二組備え
たダブルアーム型ロボットにおいて,前記二組のアームが第1駆動軸を介して取り
付けられると共に,互いに上下に異なる高さで搬送チャンバに配置された搬送チャ
ンバの上板及び下板とを備え,前記ハンド部は,前記アームを伸ばしきった伸長位
置と前記アームを折り畳み前記ハンドを引き込んだ縮み位置との間を移動するよう
になされ,前記アームの前記第1駆動軸は前記二組のアームを挟んで配置され,前
記ハンド部はワークを載置して前記伸長位置と前記縮み位置との間を移動するもの
であるダブルアーム型ロボット
イ一致点:関節部により回転可能に連結されて回転駆動源による回転力を伝達
しハンド部に所望の動作をさせるアームを二組備えたダブルアーム型ロボットにお
いて,前記二組のアームがその基端の関節部を介して取り付けられると共に,互い
に上下に異なる高さで保持部分に配置された第1及び第2の支持部分とを備え,前
記ハンド部は,前記アームを伸ばしきった伸長位置と前記アームを折り畳み前記ハ
ンドを引き込んだ縮み位置との間を移動するようになされ,前記アームの前記基端
の関節部は,前記二組のアームを挟んで配置され,前記ハンド部はワークを載置し
て前記伸長位置と前記縮み位置の間を移動するものであるダブルアーム型ロボット
6 top
ウ相違点1:本件発明1は,二組のアームは「コラムに配置された第1及び第
2の支持部材」に取り付けられ,「該第1及び第2の支持部材を上下方向へ移動可
能に保持するコラムとからなる移動部材」を有し,「移動部材が取り付けられる旋
回可能な台座部」とを備え,ハンド部は「第1及び第2の支持部材の移動方向及び
前記支持部材が前記コラムから伸びる方向に関して直交する方向」に伸縮するが,
引用発明では,二組のアームは,「搬送チャンバの上板及び下板」に取り付けられ,
ハンド部の伸縮方向は明らかでない点
エ相違点2:本件発明1は,「コラムは,前記台座部が旋回するときの前記台
座部の旋回中心に関して,前記第1及び第2の支持部材に前記アームの前記基端の
関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように配置され」,前記アームの前記基
端の関節部は,「前記支持部材の前記コラムに取り付けられている側とは反対の自
由端である先端部」に配置され,前記ハンド部は「縮み位置に移動したときに前記
ワークを前記二組のアームの前記基端の関節部の間に位置させる」ものであるが,
引用発明は,明らかではない点

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4 取消事由




(1) 分割要件に係る判断の誤り(取消事由1)




(2) 進歩性に係る判断の誤り(取消事由2)




ア一致点の認定の誤り




イ相違点1及び2についての判断の誤り



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第3 当事者の主張


1 取消事由1(分割要件に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 原出願明細書により開示される事項
ア原出願発明7について
(ア) 原出願発明7は,原出願発明1ないし5を択一的に引用するが,その構成
は,ロボットがアーム基端関節部の回転中心軸と平行な旋回中心軸を中心に旋回可
7
能であることと,旋回中心軸に対するアーム基端関節部の偏心配置とを規定するも
のであって,この偏心配置は,ダブルアーム型ロボットに限らず,シングルアーム
型ロボットにも適用できる構成であるから,原出願発明7は,原出願発明1ないし
5とは異なる技術的手段により課題を解決することを意図するものである。
(イ) 原出願発明7は,ロボットの平面内の位置関係について,「基端の関節部
の回転中心軸と平行な旋回中心軸を中心に旋回可能として,さらに基端の関節部の
回転中心軸は,旋回中心軸から,二組のアームの伸縮方向と直交する方向で,二組
のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づけ
るように偏心する」構成によって,ロボットの旋回半径を小さくするものである。
特に,同発明は,ロボットの旋回中心からのアーム基端関節部の回転中心の偏心
方向が,①二組のアームの伸縮方向と直交する方向であること,②二組のアームの
伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づける方向であ
ることとされているところ,②「二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外
の関節部」は,典型的には,縮み位置で外向きに折れ曲がる「肘関節部」であり,
その偏心方向は,「肘関節部」で代表される基端以外の関節部を旋回中心軸に近づ
ける方向である。さらに,上記①は,当該偏心方向が二組のアームの伸縮方向と直
交する方向であることからすると,コラム型ロボットにおいては,基端の関節部の
回転中心軸とロボットの旋回中心軸との位置関係は,ロボットの旋回中心と,アー
ム基端関節部と,コラムとが,この順で一線に並んだ配置を意味するものと解され
る。
原出願明細書において,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心及びコラムの平面
内における位置関係に関する記載は,【0021】,【0022】,【0034】,
【0039】,【0053】及び図2にすぎず,これらの記載からは,台座の旋回
中心からのアーム基端関節部の回転中心の偏心方向が,①二組のアームの伸縮方向
と直交する方向であること,②二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の
関節部の位置を旋回中心軸に近づける方向であることが開示されているにすぎない。
8
(ウ) 原出願発明7は,ロボットの旋回中心に対するアーム基端関節部の偏心方
向を規定することにより,ロボットの旋回半径を小さくするものであるが,原出願
発明1は,二つのアームを上下方向に配置することにより,旋回半径を小さくする
ものであり,両者は全く異なる課題を解決する発明である。すなわち,同発明1は,
上下のアームの基端関節部が同軸状態から偏心されることを対象としているが,同
発明7は,アーム基端関節部のロボット旋回中心に対する偏心を対象としているの
であって,各発明における「偏心」とは,全く異なる部材間のものである。
(エ) 原出願発明1は,基端の関節部の中心軸とロボットの旋回中心軸との間の
平面内の位置関係とは全く関係がなく,原出願発明7の上位概念とはいえない。
したがって,原出願発明7が原出願発明1の従属項であることを理由に,原出願
明細書において,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配
置される構成以外の構成も記載されているとする本件審決の認定は誤りである。
実際,略一直線上に配置される構成のみ「旋回半径を小さくする」という効果を
達成することができるものである。本件発明1の構成を有しないロボットの方が,
原出願発明1の構成を有するロボットと比較して,旋回半径が狭い場合もあり,こ
れは,原出願明細書が,上記配置を前提に記載されているにもかかわらず,本件特
許の分割出願の際,その記載を逸脱して出願してしまったため,「ロボットの旋回
半径を小さくする」という目的を達成できない構成にまで拡張されてしまったもの
である。
(オ) 被告は,原出願発明1が原出願発明7の上位概念であることを前提として,
同発明1には,同発明7で開示された限定のない構成,すなわち,基端関節部が旋
回中心と一致する場合や,基端以外の関節部を旋回中心に近づかない程度に偏心さ
せている場合も当然含まれると主張するが,「基端以外の関節部を旋回中心に近づ
かない程度に偏心させている場合」とは,ロボットの旋回半径(R)がアーム基端
の関節部の回転中心軸の旋回半径(r)より大きいことを意味するようである。
しかしながら,原出願発明1において,基端の関節部を肘関節部の張り出し方向
9 top
へオフセットさせた場合,「R>r」の条件を充足するものの,ロボットの旋回半
径は,従来技術よりむしろ大きくなってしまうものであり,課題を全く解決するこ
とができなくなるものである。
したがって,原出願明細書において,基端の関節部の位置関係を規定している原
出願発明7及び原出願発明1のいずれも,少なくとも基端の関節部はアームの肘関
節部の張り出し方向へオフセットさせることはできないことを前提とした発明であ
るというべきであって,「R>r」であればよいとする発明を開示するものではな
い。被告の主張は誤りである。
イ本件発明が原出願明細書に開示されていない事項を含むことについて
(ア) 本件発明1において,基端の関節部の回転中心軸,台座の旋回中心及びコ
ラムの位置関係を定める部分は,「前記コラムは,前記台座部が旋回するときの前
記台座部の旋回中心に関して,前記第1及び第2の支持部材に前記アームの前記基
端の関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように配置される」との構成(以下
「本件構成要件」という。)のみであるが,かかる記載によれば,例えば,肩関節
部の回転中心が,台座の旋回中心からアームの伸縮方向と直交する方向でない方向
に偏心している場合や,基端以外の関節部が突出する方向と同一方向に偏心してい
る場合も含まれることになるから,本件構成要件には,台座の旋回中心,肩関節部
の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成以外の構成も含まれ
ることになる。このように,本件発明1及びこれに従属する本件発明2ないし9は,
本件構成要件をも含む発明である。
(イ) これに対して,原出願明細書等には,台座の旋回中心,肩関節部の回転中
心,コラムが略一直線上に配置される構成以外の構成が開示されていると解するこ
とはできないから,本件発明は,原出願明細書等に開示されていない内容を含むこ
とになる。また,先に指摘したとおり,本件構成要件を充足しない配置の方が,ロ
ボットの旋回半径が小さくなる場合があるから,本件構成要件は,本件発明の課題
である「旋回半径を小さくする」効果を達成できない範囲を含むものである。
10 top
(ウ) したがって,本件特許の分割出願は,分割要件に違反してされたものであ
ることは明らかであって,これを適法として出願日の遡及を認めた本件審決の認定
は誤りである。
(2) 特許法29条1項3号違反
本件特許の出願日は,本件原出願の出願日に遡及しないから,本件特許の出願日
は平成18年4月12日となるところ,本件原出願の公開公報(特開2001―2
74218号公報。以下「原出願公開公報」という。甲1)が公知文献となる。
そして,原出願公開公報には,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,
この順で略一直線上に配置される構成が開示されているところ,本件構成要件は,
かかる構成を含む広い概念で記載されており,また,本件発明1のほかの構成が同
公報に開示されていることは明らかである。
本件発明2ないし9も,原出願公開公報の記載に基づいたものであるから,これ
らも同公報に開示されていることは,同様に明らかである。
よって,本件発明は,原出願公開公報に係る発明と同一であって,本件特許は,
新規性を有しないというべきである。



〔被告の主張〕


(1) 原出願明細書により開示される事項
ア原出願発明7について
(ア) 原出願発明7は,原出願発明1ないし5のダブルアーム型ロボットについ
て,特定の一形態に限定する従属請求項であって,同発明7が異なる技術的手段に
より異なる課題を解決する発明であるとの原告の主張は誤りである。
(イ) 原出願発明7の構成は,原出願発明の最良の一形態を示したものにすぎず,
その効果は,従来と比較してより旋回半径を小さくすることにあるから,ロボット
(台座)の旋回中心と,肩関節部の回転中心と,コラムが,この順に略一直線上に
配置される構成は,実施例にすぎず,かかる構成に限定されるものではない。
原出願明細書の図2では,二組のアームの基端関節部の回転中心は同軸上とされ
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ているが,他方,【0042】では,上下アーム間の基端関節部の中心軸が互いに
偏心していること,すなわち,上記各要素が一直線線上に配置されない構成を明記
しているから,原出願明細書には,台座の旋回中心と,肩関節部の回転中心と,コ
ラムが,この順に略一直線上に配置されない構成も含まれることは明らかである。
(ウ) 原告は,コラムの旋回半径(R)が肩関節部の旋回半径(r)よりも大き
い場合(本件発明1の技術的範囲)であっても,基端の関節部が肘関節の張り出し
方向にオフセットすると,従来技術と同様に,旋回半径を小さくするという課題を
解決できず,また,コラムの旋回半径Rが肩関節部の旋回半径rよりも小さい場合
の方がロボットの旋回半径が小さくなる場合があるなどと主張するが,これは,本
件発明における,旋回半径を小さくするとの目的に照らし,当業者の技術常識であ
る設計手順に反した設計例を前提とする主張であって,失当である。
すなわち,当業者は,従来技術のロボットと同じサイズのワークを搬送対象とし
て,旋回半径を小さくするという目的に沿ってロボットを設計する場合,ワークの
中心をできる限りコラムの旋回中心に近付くように設計するものである。肩関節部
が取り付けられる支持部材をコラムから旋回中心の外側に向かって伸ばすことは,
旋回半径を小さくするという目的に反するので,当業者であればコラムの旋回領域
の内側に向かって支持部材を伸ばすのが当然である。
したがって,支持部材は,旋回中心に向かって伸ばされることになり,その結果
として,肩関節部もコラムの旋回領域の内側に位置することとなる。
原告が主張する,基端の関節部が肘関節の張り出し方向にオフセットする場合が
あるとすれば,それは,従来技術のロボットのような,比較的小さなワークよりも
相当程度大きなサイズのワークを搬送する場合に限られるものである。その場合に
おいても,ワーク同士の干渉を避けるため,コの字型コラムは,必ずその一端がワ
ークの角部の外周より外側に飛び出すことになるから,従来技術と比較して,旋回
半径が小さくなるという作用効果を有するものである。
イ本件発明が原出願明細書に開示されていない事項を含むことについて
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(ア) 先に指摘したとおり,原出願発明7には,少なくとも上下二組のアームの
いずれかの「基端関節部の回転中心」が「台座の旋回中心」とコラムを結ぶ直線上
以外の位置に存在する構成も含まれることは明らかであるから,原出願明細書には,
ロボット(台座)の旋回中心と,肩関節部の回転中心と,コラムとが,この順に略
一直線上に配置される構成以外の構成についても開示されているものである。
(イ) 原出願明細書における図2(原出願発明の実施例の概略平面図)には,ア
ームの伸縮方向と直行する線上で,コラムと台座の旋回中心の間に肩関節部が配置
される構成が開示されており,原出願発明7における「偏心」の前提となる,旋回
中心と肩関節部の中心とが一致する場合は,同発明7の上位概念である同発明1に
当然含まれるものである。
原出願明細書【0034】には,肩関節部の回転中心は,旋回中心からアームの
伸縮方向と直交する一つの直線上にあることに限定されるものではなく,図2にお
ける肘関節部と反対側,すなわち,ワークの取り出し・供給方向の左半分のいずれ
かに位置することが開示されており,【0041】,【0042】には,肩関節部
の回転中心が肘関節部と反対側に位置しない構成も含まれること,上下の肩関節部
が同軸ではない構成も含まれることが開示されている。
もっとも,原出願発明の目的は,【0012】に記載されているとおり,旋回半
径が小さく,装置の大型化・複雑化を伴わない上下移動機構により構成可能なダブ
ルアーム型ロボットの実現にあるから,当業者であれば,旋回半径を小さくするた
めに,コラムの旋回領域の内側に向かって支持部材を伸ばすものであって,その結
果,肩関節部もコラムの旋回領域の内側に存在することになる。
そうすると,原出願明細書における肩関節部の位置に関する開示は,図2の実施
形態や原出願発明7の特許請求の範囲に限定されるものではないことは明らかであ
る。
(ウ) したがって,本件発明1の構成は,原出願明細書に開示されているものと
いうべきであって,分割要件を欠くものではない。
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(2) 特許法29条1項3号違反
この点に関する原告の主張は,分割要件違反を前提とするものであるが,その前
提を欠く以上,主張自体失当である。



2 取消事由2(進歩性に係る判断の誤り)について




〔原告の主張〕


(1) 一致点の認定の誤り
ア本件審決は,引用例には,縮み位置において,基板が二組のアームの基端の
ボス部,第1駆動部の間に位置する点が明示されていないとする。
しかしながら,引用例の第1図には,第1のアームの基端部側関節部がアーム部
の搬送チャンバへの取付部分である駆動部の中心に重なるように配置されるともに,
アーム部が想像線で示す待機姿勢をとったときのハンドの位置が部分的に示されて
いる。また,ハンドの基板載置部の位置は,第1図に実線で示されるハンドの記載
から合理的に推定できるから,基板と第1のアームの基端側関節部との位置関係が
理解できる。
したがって,同図に示されるサイズの基板であっても,ハンドが待機位置に引き
込まれたときには,少なくとも後端部分が「基端の連結中心A」の間に位置するこ
とになるから,当業者は,ハンドが縮み位置に移動したときに,ハンドに載置され
ている基板が2本の第1のアームの基端側関節の間に配置される構成が開示されて
いると理解できることは明らかである。
イ以上からすると,本件審決は,本件発明と引用発明との一致点を過小に認定
し,誤った一致点及び相違点の認定に基づいて本件発明の進歩性を判断しているか
ら,そのこと自体を理由に取消しを免れない。
(2) 相違点1及び2についての判断の誤り
ア引用例により開示された技術的事項について
引用発明は,ロボット2台を配置する場合,2台が同時に動作できない死角の発
生に伴う搬送時間の増大及び配置スペースが横長になることによる大型化を解決課
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題とするために,ロボットのアームを上下方向に相対向させた構成を特徴とする基
板搬送装置に関する発明であり,特許請求の範囲も搬送チャンバ内に設置されるこ
とを必須の構成とするものではない。引用発明は,実施例の構成に限定されるもの
ではなく,引用例には,上下に配置された2組のロボットのアーム及びハンドが上
下方向に昇降する構成としてもよいと明記されている。ロボットのアームを搬送チ
ャンバの天井と床に設ける構成は,引用発明の実施態様の1つにすぎない。
イ相違点1についての判断の誤りについて
(ア) 本件審決は,引用発明が搬送チャンバ内の物品搬送という特別な用途に用
いられる技術であることを前提とし,「一つのアーム」についての周知技術を引用
発明に適用することについて,搬送チャンバの内部容積が大きくなる欠点や,「二
組のアーム」を有する「特別な用途」のものである引用発明に適用する「特別な動
機」が必要であるなどとするが,その前提自体が誤りである。
(イ) 引用発明の課題は,基板処理装置が横方向に大型化することによって,高
価なクリーンルーム内に占める面積が増大することを解決することにあり,旋回半
径の縮小という本件発明の課題と同一である。
そして,引用発明は,多段アーム型ロボット2つを上下に配置することにより,
並列配置した従来技術の搬送装置の問題点を解消するというものであるから,引用
例におけるアーム部及びハンド全体が昇降する機能を有する構成に関する記載に接
した当業者であれば,アームのための上下移動機構として従来周知の構造,すなわ
ちコラム型かテレスコピック型を採用することは明らかである。そして,周知技術
1ないし4によれば,コラム型機構の方が,テレスコピック型機構よりも上下移動
ストロークを大きくできることもまた,自明である。
そうすると,当業者は,設置スペースを小さくするためにアーム部及びハンド部
を上下に配設した引用発明において,アーム部の上下移動機構として従来周知の構
造であったコラム型の上下移動機構を同発明に組み合わせて,旋回半径を小さくす
るために上下に二組のアームを配設する構成を有する本件発明に容易に想到するこ
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とは明らかである。
(ウ) したがって,本件審決の相違点1についての判断は誤りである。
ウ相違点2についての判断の誤りについて
(ア) 一致点の認定の誤りについて先に指摘したとおり,「ハンド部が縮み位置
に移動したときにワークをアームの基端の関節部に位置させる」点について,本件
審決が相違点として認定したこと自体,誤りであるし,仮にこの点が相違点である
としても,当業者が,コラム型の上下移動機構を採用するに当たり,アーム部及び
ハンド部を縮み位置に移動した際にハンド部やハンド部に載置したワークとコラム
とが交差しないような構成を適宜採用することは当然であり,かかる点は設計事項
にすぎない。
(イ) 本件審決は,相違点2のうち「コラムは,前記台座部が旋回するときの前
記台座部の旋回中心に関して,前記第1及び第2の支持部材に前記アームの前記基
端の関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように配置される」点について,引
用発明において「省スペース化」を図る場合,直ちに当該構成を採用する動機を見
出せないとする。
しかしながら,周知技術1ないし4のみならず,実願昭62-64194号(実
開昭63-173107号)のマイクロフィルム(甲14。以下「甲14文献」と
いう。)のように,コラム型ロボット装置において,かかる配置を採用することは
極めて普通であって,当業者が,引用発明にコラム型の上下移動機構を採用する際,
かかる配置を採用することは当然である。
(ウ) したがって,引用発明に,コラム式の上下移動機構を組み合わせるに当た
り,相違点2の構成を採用することは周知であって,これを容易でないとする本件
審決の認定は誤りである。
エ小括
以上からすると,本件発明1について,当業者が容易に想到し得るものではない
とした本件審決の判断は誤りである。
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したがって,本件発明1は,進歩性を欠くものというべきであるところ,本件発
明2ないし9は,いずれも本件発明1に従属するものであるから,同様に,進歩性
を欠くものというほかない。



〔被告の主張〕


(1) 一致点の認定の誤り
引用例には,待機姿勢とは,ハンドを駆動部側に後退させた状態であり,各アー
ムとハンドとによって三角形が作られる姿勢のことを意味するとの記載があるのみ
であるから,縮み位置において,基板が二組のアームの基端のボス部,第1駆動部
の間に位置する点が明示されていないとした本件審決の判断は相当である。
(2) 相違点1及び2についての判断の誤り
ア引用例により開示された技術的事項について
引用発明は,ロボットを横方向に2台並べると,基板処理装置が横方向に大型化
し,高価なクリーンルーム内において占める面積が増大するという課題を解決する
ために,ロボットのアームを搬送チャンバの天井と床にそれぞれ対向するように設
けたものにすぎず,これを越えて,支持部材を上下に移動させてチャンバ以外にお
いて使用することを,同発明から想起することは困難である。
イ相違点1についての判断の誤りについて
引用発明は,アームの水平方向の移動に障害物がなく,天井と床自体が上下に大
きく移動することのない搬送チャンバ内の装置だからこそ,天井と床にそれぞれア
ームを配置する構成を採用したものであって,ロボットのアームが支持部材と共に
上下に移動するような構成は全く想定も示唆もしていないのであるから,アームの
支持部材がコラムによって上下移動する機構と組み合わせることはできない。
本件審決の相違点1についての判断は相当である。
ウ相違点2についての判断の誤りについて
本件審決が認定するとおり,引用発明において,省スペース化を図る場合,直ち
に,「コラムは,前記台座部が旋回するときの前記台座部の旋回中心に関して,前
17 top
記第1及び第2の支持部材に前記アームの前記基端の関節部の回転中心軸よりも外
側を旋回するように配置」される構成を採用する動機付けは見出せない。
原告は,かかる構成は,コラム型のロボット装置においては極めて当然であるな
どと主張するが,その根拠として指摘する周知例1ないし4には,外見的に類似す
る構成が示されているにすぎず,各発明の目的及び効果を無視した当該主張は相当
ではない。
相違点2についての本件審決の判断は相当である。
エ小括
以上からすると,本件発明1について,引用発明に周知技術を適用することによ
っては,容易に想到し得るものではないとした本件審決の判断は相当であり,本件
発明2ないし9についての判断も,同様に相当である。


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第4 当裁判所の判断





1 取消事由1(分割要件に係る判断の誤り)について





(1) 原出願明細書の記載



原出願明細書(甲1)における台座の旋回中心と肩関節部の回転中心及びコラムの位置関係に関する記載を要約すると,以下のとおりとなる。

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ア特許請求の範囲について



【請求項1】関節部により回転可能に連結されて回転駆動源による回転力を伝達し所望の動作をさせるアームを二組備えたダブルアーム型ロボットにおいて,上記二組のアームに設けられる基端の関節部の回転中心軸を上下(または軸方向)に配置することを特徴とするダブルアーム型ロボット

【請求項2】上記二組のアームは上下軸方向に移動可能な移動部材に設けられてなることを特徴とする請求項1記載のダブルアーム型ロボット

【請求項3】上記移動部材はコラム形を成し,上記アームの伸縮方向の側部に位置してなることを特徴とする請求項2記載のダブルアーム型ロボット

【請求項7】上記基端の関節部の回転中心軸と平行な旋回中心軸を中心に旋回可能であり,さらに上記基端の関節部の回転中心軸は,上記旋回中心軸から,上記二組のアームの伸縮方向と直交する方向で,上記二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を上記旋回中心軸に近づけるように偏心してなることを特徴とする請求項1から5までのいずれかに記載のダブルアーム型ロボット

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イ発明の詳細な説明について





(ア) 本発明は,ワークの取り出し及び供給を行うダブルアーム型ロボットに関するものである。



従来のダブルアーム型ロボットは,両アームが縮んだ際,両肘関節部が左右対称に突出して,ロボットの旋回領域が大きくなってしまうという問題点がある。さらに,2つのハンド部が接触することがないように,コの字型コラムが基台上部の旋回中心の外側に向かって突出しており,ロボットの旋回半径がさらに大きなものとなってしまうという問題点等もあった。

そのため,他の装置にぶつかることがないように,ロボットの周囲に十分なスペースを設ける必要が生じ,クリーンルーム内の占有スペースの増大化によるコスト高,レイアウトの自由度低下という支障が生じる。

また,近年,液晶用ガラス基板の大型化により,ガラス板の撓みも大きくなり,それに伴い,ストッカの各段の間隔を大きくする必要が生じるため,ロボットの上下方向のストロークを大きくする必要がある。

従来のダブルアーム型ロボットでは,アームの縮み動作に伴い,両肘関節部が左右対称に突出するため,設置スペースを考慮すると,アームの移動機構はアームの下側に配置する必要があるが,上下移動機構として従来採用されている多段テレスコピック構造では,上下方向のストロークを大きくするほど複雑大型化するなどの問題が生じる。

本発明は,旋回半径が小さく,また,装置の大型化・複雑化を伴わない上下移動機構により構成可能なダブルアーム型ロボットを提供することを目的とする。

(イ) かかる目的を達成するため,原出願発明1は,ダブルアーム型ロボットにおいて,二組のアームに設けられる基端の関節部の回転中心軸を上下(または軸方向)に配置するようにしており,二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の各関節部の位置が,左右対称に位置することなく,上下(または軸方向)に重なるように移動することが可能となるため,アームの伸縮方向の側方に突出する関節部によるダブルアーム型ロボットの占有スペースを減らすことができ,その分だけダブルアーム型ロボットが旋回する際の旋回半径を小さくすることができる。また,コの字型コラムを設ける必要はなく,その分だけさらに旋回半径が小さくなる。

原出願発明2は,原出願発明1のダブルアーム型ロボットにおいて,二組のアームを上下軸方向に移動可能な移動部材に設けることにより,二組のアームの上下方向の位置を調整可能としたものである。

原出願発明3は,原出願発明1又は2のダブルアーム型ロボットにおいて,移動部材はコラム形を成し,アームの伸縮方向の側部に位置するようにすることにより,アームの最下位置を下げ,アームの作業可能範囲を広げることができるほか,機構を複雑化・大型化することなく上下移動方向のストロークを大きくし,さらに,設置スペースを小さくすることができるものである。

原出願発明7は,原出願発明1ないし6のダブルアーム型ロボットにおいて,基端の関節部の回転中心軸と平行な旋回中心軸を中心に旋回可能として,さらに基端の関節部の回転中心軸は,旋回中心軸から,二組のアームの伸縮方向と直交する方向で,二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づけるように偏心するようにしており,基端の関節部の回転中心軸をダブルアーム型ロボットの旋回中心軸からオフセットさせることによって,アームの伸縮方向の側方に突出する関節部がダブルアーム型ロボットの旋回中心軸に近づいて,ダブルアーム型ロボットの旋回半径を小さくすることができるものである(【0001】,【0009】~【0017】,【0021】,【0022】)。


(ウ) 原出願発明の実施例におけるダブルアーム型ロボットでは,アームの縮み位置において,ハンド部により保持されるワークの中心が,台座の回転中心と一致するように設計されている。図2中の2点鎖線の円は,ワークの角部の軌跡を表すとともに,台座を回動させる際にダブルアーム型ロボットの周囲に必要となる最小限領域を示すものである。
二組のアームをスライダに取り付ける位置を,肩関節部の回転中心が,台座の回転中心の偏心位置で肘関節部と反対側かつワークの取り出し・供給方向と直交する方向にあるようにオフセットすることによって,ハンド部が縮み位置にある場合においても,台座を回動させる際にダブルアーム型ロボットの周囲に必要となる最小領域円から肘関節部やハンド部が突出することがないようにしている。

さらに,肩関節部の回転中心と台座の回転中心とをオフセットすることで,台座を回動させる際,ダブルアーム型ロボットの周囲に必要となる最小領域円から肘関節部やハンド部が突出することがないようにして,ロボットの旋回半径を小さくすることができる(【0031】,【0034】,【0039】)。


(エ) 原出願発明7のダブルアーム型ロボットでは,基端の関節部の回転中心軸と平行な旋回中心軸を中心に旋回可能として,さらに基端の関節部の回転中心軸は, 旋回中心軸から,二組のアームの伸縮方向と直交する方向で,二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づけるように偏心するようにしているので,ダブルアーム型ロボットの旋回半径を小さくすることができる(【0053】)。




(オ) 原出願明細書図2は以下のとおりである。





ウ原出願明細書により開示されている技術思想について



以上の記載によると,原出願発明7は,基端の関節部の回転中心軸をダブルアーム型ロボットの旋回中心軸からオフセットさせることによって,アームの伸縮方向の側方に突出する関節部がダブルアーム型ロボットの旋回中心軸に近づき,それにより,ロボットの旋回半径を小さくすることができるとともに,台座を回動させる際にダブルアーム型ロボットの周囲に必要となる最小領域円から肘関節部やハンド部が突出することがないようにして,ロボットの旋回半径を小さくするという技術思想が開示されているものということができる。

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(2) 本件明細書の記載事項






ア本件明細書について




本件明細書の記載を要約すると,以下のとおりとなる。なお,本件明細書の従来技術及び本件発明の解決課題に関する記載は,原出願明細書と同旨であるので,記載は適宜省略する。

(ア) 本発明は,ワークの取り出し及び供給を行うダブルアーム型ロボットに関するものである。

本発明は,旋回半径が小さく,また,装置の大型化・複雑化を伴わない上下移動機構により構成可能なダブルアーム型ロボットを提供することを目的とする(【0001】,【0013】)。


(イ) かかる目的を達成するため,本件発明1は,ダブルアーム型ロボットにおいて,二組のアームがその基端の関節部を介して取り付けられるとともに,互いに上下に異なる高さでコラムに配置された第1及び第2の支持部材と第1及び第2の支持部材を上下方向へ移動可能に保持するコラムとからなる移動部材と,移動部材が取り付けられる旋回可能な台座部とを備え,ハンド部は第1及び第2の支持部材の移動方向及び支持部材がコラムから延びる方向に関して直交する方向であって,アームを伸ばしきった伸長位置とアームを折り畳みハンドを引き込んだ縮み位置との間を移動するようにされ,コラムは,台座部が旋回するときの台座部の旋回中心に関して,第1及び第2の支持部材にアームの基端の関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように配置されるとともに,アームの基端の関節部は,支持部材のコラムに取り付けられている側とは反対の自由端である先端部に,二組のアームを挟んで配置され,ハンド部はワークを載置して伸長位置と縮み位置の間を移動するものであって,縮み位置に移動したときにワークを二組のアームの基端の関節部の間に位置させるようにしている(【0014】)。

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(ウ) 本件発明1のダブルアーム型ロボットによると,コラムに沿って昇降可能な一体若しくは別体の第1及び第2の支持部材を介して二組のアームを互いに上下に異なる高さで支持し,旋回台の旋回によりアームの向きを変更できるので,アームの作業可能範囲を広げることができ,さらに,機構を複雑化・大型化することなく上下移動方向のストロークを大きくできる。


また,ロボットの旋回半径に関して,コラムの旋回領域の内側にアーム基端の関
節部を位置させるようにオフセットしているので,アームの基端の肩関節の回転中心からコラムまでの支持部材の長さにコラムの厚み寸法分を加えた長さにほぼ対応する分のロボットの旋回作動領域を小さくすることができる。すなわち,ロボットが旋回する際,コラム旋回領域の内側に折り畳んだ状態のアームが旋回する領域を確保できるため,ロボット作動領域の省スペース化が実現できるものであって,高価なクリーンルームや工場スペースの利用効率を大幅に高めることができる。



さらに,本件発明1によると,コラムから離れた位置(支持部材のコラム側とは反対の端部)にアームの基端の関節部を設けたので,上下の基端関節部の間に基板(ワーク)を引き込む動作(縮み動作)において,旋回半径に関してコラムよりも内側にワークの縁の移動軌跡が配置されることにより,ワークとコラムが干渉してワークが壊れることを防止できるほか,ハンド部の高さを互いに変えているため,コの字型コラムを設ける必要がないことから,旋回半径の径方向外側への突出物が減少し,さらに旋回半径を小さくできる。しかも,支持部材がコラムに対し異なる高さで設置されているために,アームを縮め位置に引き込んだ際にアームの基端の関節部即ち肩関節部の間にハンド部を収容させて旋回中心近傍にハンド部ひいてはワークを配置することができるので,旋回半径の最小化が可能となる(【0026】~【0030】)。

top



イ本件明細書により開示されている技術思想について




以上の記載によると,本件発明1は,ロボットの旋回半径に関して,コラムの旋回領域の内側にアーム基端の関節部を位置させるようにオフセットすること及びコラムから離れた位置(支持部材のコラム側とは反対の端部)にアームの基端の関節部を設けることにより,ロボットの旋回半径を小さくする技術思想に基づく発明ということができ,特許請求の範囲における「前記コラムは,前記台座部が旋回するときの前記台座部の旋回中心に関して,前記第1及び第2の支持部材に前記アームの前記基端の関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように配置される」という構成によって,コラム式のダブルアーム型ロボットにおけるコラム,旋回中心及び基端の関節部(肩関節部)についての位置関係を定める発明であるということができる。

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(3) 分割要件の充足性




ア原出願明細書において,コラム,旋回中心及び基端の関節部(肩関節部)の位置関係に関しては,図2において,以下の図2修正図のとおり,台座を回動させる際にダブルアーム型ロボットの周囲に必要となる最小限領域を示した円の中心としての旋回中心(図2修正図における台座13の旋回中心)と,同旋回中心に対し,コラムが基端の関節部(肩関節部。同修正図における基端関節部3の回転中心軸)の外側にあること(ロボットの旋回半径(上記最小限領域を示した円の半径)R>基端の関節部の回転中心軸の旋回半径(台座13の旋回中心と基端関節部3の回転中心軸とを結んだ直線)r)が図示されており,同図における旋回中心,コラム及び基端関節部の回転中心軸の位置関係は,本件発明1の「前記コラムは,前記台座部が旋回するときの前記台座部の旋回中心に関して,前記第1及び第2の支持部材に前記アームの前記基端の関節部の回転中心軸よりも外側を旋回するように配置される」との構成(本件構成要件)を満たすものである。

図2修正図


また,原出願発明7も,本件発明1も,いずれもロボットの旋回半径を小さくするという技術思想に基づく発明であり,原出願発明7は,上記原出願明細書図2について,基端の関節部の回転中心軸,台座の旋回中心軸,基端以外の関節部の位置関係に着目し,特許請求の範囲として規定しているところ,本件発明1は,コラム,台座の旋回中心軸,基端の関節部の回転中心軸の位置関係に着目し,特許請求の範囲として規定しているものである。


したがって,本件構成要件により,コラム式のダブルアーム型ロボットにおけるコラム,旋回中心及び基端の関節部(肩関節部)についての位置関係を定める本件発明1の技術思想は,原出願明細書及び図面に記載されたものということができる。イこの点について,原告は,原出願明細書には,台座の旋回中心からのアーム基端関節部の回転中心の偏心方向が,①二組のアームの伸縮方向と直交する方向であること,②二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づける方向であることが開示されているにすぎない,原出願発明7は,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成を有することを前提としており,本件構成要件は,それ以外の構成も含むものである,原出願発明1は,原出願発明7の上位概念とはいえないから,原出願発明7が原出願発明1の従属項であることを理由に,原出願明細書において,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配置される構成以外の構成も記載されているとすることはできない,略一直線上に配置される構成のみ「旋回半径を小さくする」という効果を達成することができるものであり,原出願発明7及び原出願発明1のいずれも,少なくとも基端の関節部はアームの肘関節部の張り出し方向へオフセットさせることはできないことを前提とした発明であるというべきであって,本件発明1のように,「R>r」であればよいとする発明を開示するものではないなどと主張する。


しかしながら,原出願発明7及び本件発明1は,いずれもロボットの旋回半径を小さくするという共通の課題を前提として,旋回半径の増大をもたらす可能性がある各部材(コラム,ワーク,基端の関節部等)の配置や位置関係を各種設定することにより,課題の解決を図るものであって,基端の関節部の回転中心軸,台座の旋回中心軸,基端以外の関節部に着目して,その位置関係を規定したものである。原出願明細書のうち,原告が指摘する「台座の旋回中心からのアーム基端関節部の回転中心の偏心方向が,①二組のアームの伸縮方向と直交する方向であること,②二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づける方向であること」との記載は,原出願発明7に係る技術思想の説明にすぎず,原出願明細書の記載がこれに尽きるものではない。実際,同明細書図2には,本件構成要件と同一の構成が開示されているものである。


また,原告が主張するとおり,原出願発明7は,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成を有する場合でなければ,ロボットの旋回半径を小さくするという目的を達成することは想定し難いことから,当業者が原出願発明7の構成を有するロボットを設計する際は,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成を前提として設計するものと解されるが,原出願発明7の特許請求の範囲においては,かかる構成を前提とするものではなく,基端の関節部はアームの肘関節部の張り出し方向へオフセットさせることはできないことを前提としているものということはできない。



さらに,本件発明1においては,原告が主張するとおり,「R>r」の要件を満たす場合であっても,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配置される構成以外では,ロボットの旋回半径を小さくするという作用効果が発揮されない場合も想定されるものであるが,当業者であれば,原告が前提とする極端な設計は採用しないことが通常であるし,特許請求の範囲が,作用効果を有しない構成を含むからといって,必ずしも常に分割要件を欠くものということはできない。

結局のところ,原出願発明7においては,台座の旋回中心からのアーム基端関節部の回転中心の偏心方向が,①二組のアームの伸縮方向と直交する方向であり,②二組のアームの伸縮動作に伴い移動する基端以外の関節部の位置を旋回中心軸に近づける方向であるとの構成を規定しているにすぎず,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが,この順で略一直線上に配置される構成のみを開示しているものではないが,基端の関節部(肩関節)の回転中心が支持部材上に配置されていることに伴い,基端関節部(肩関節)の回転中心を台座の旋回中心から偏心させる方向については,支持部材の形状から,実際上において,原告主張の設計上の制約を伴うものにすぎない。

これに対し,本件発明1においても,同様に,「R>r」の要件を満たす場合であれば,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配置される構成にのみ限定されるものではないが,基端の関節部(肩関節)の回転中心が支持部材上に配置されていることに伴い,基端の関節部の回転中心を台座の旋回中心からオフセットさせる方向については,支持部材の形状から,実際上において,原告主張の設計上の制約を伴うものにすぎないのであるから,原出願発明7は,台座の旋回中心,肩関節部の回転中心,コラムが略一直線上に配置される構成に限定されるとの原告の主張は,その前提に誤りがあるといわなければならない。

原告の主張は採用できない。


(4) 小括以上からすると,本件発明は,原出願明細書に包含されているものというべきであるから,本件出願は,平成18年法律第55号による改正前の特許法44条の定める分割要件を満たすものとした本件審決の判断に誤りはない。

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2 取消事由2(進歩性に係る判断の誤り)について



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(1) 相違点1について事案の内容に鑑み,一致点の認定の誤りについての判断に先立ち,まず相違点についての判断の誤りについて判断する。


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ア引用例の記載について



引用例(甲2)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。

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(ア) 引用発明の特許請求の範囲は,「駆動部と該駆動部の一側面に沿って動作するアーム部とよりなるロボットを備え,前記アーム部の先端に設けられたハンドに基板を載せて移動させる基板搬送装置であって,前記一側面が相対向するようにして上下に前記ロボットが配設されていることを特徴とする基板搬送装置」である。


(イ) 引用発明は,半導体基板等に対してエッチング等の処理を施す処理装置における基板の搬送装置に関するものである。

半導体基板等にエッチング処理を施す装置において,基板を載せるハンドが先端に設けられたアーム部を有するロボットを有する搬送装置が用いられているところ,かかる搬送装置は,従来,ロボットを1台しか搭載しておらず,基板の搬送に要する時間が長く,処理装置のスループット(単位時間当たりの基板処理枚数)が低下するという問題があった。



(ウ) ロボットを2台並べて搬送装置を構成すると,ロボット相互の干渉により,スループットを向上させることができないのみならず,基板処理装置が横方向に大型になり,高価なクリーンルームにおいて占める面積が増大する。


(エ) 本発明の基板処理装置は,各ロボットのそれぞれのアーム部がどの方向に動作しても,アーム部,ハンドあるいはハンドに載せた基板が互いに干渉することはなく,しかも,上下のロボットのハンドを相互に重ねるようにして同時に処理室へ挿入することができる。ロボットは上下に配設するので,設置スペースは少なくとも従来と同様に小さく維持できる。


(オ) 本発明のロボットは,ハンドが二次元的にしか動作できないものに限られず,例えば,ハンドがアーム部に対して昇降する機能を有していたり,アーム部及びハンド全体が昇降する機能を有していてもいい。


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イ周知例3及び4について




(ア) 周知例3(甲5)は,ロボット装置に関する発明についての文献であるところ,従来のロボットにおいては,設置専有空間を広く確保する必要があり,特に,ロボットの後部空間では全く作業ができないという課題が指摘され,また,第7図には,シングルアーム型ロボットにおいて,コラム型の昇降機構と台座の旋回機構を有する構成が開示されている。

(イ) 周知例4(甲6)は,自動荷格納用のロボット装置に関する発明についての文献であるところ,図1には,シングルアーム型ロボットにおいて,コラム型の昇降機構と台座の旋回機構を有する構成が開示されている。


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ウ引用例並びに周知例3及び4における技術思想の開示について





(ア) 周知例3及4において,シングルアーム型ロボットではあるものの,コラム型の昇降機構と台座の旋回機構を有する構成が開示されており,かかる構成は,原出願発明に係る特許の出願当時,周知技術であったものということができる。


(イ) 引用例においては,引用発明の実施例として,一対のロボットを搬送チャンバ内に配置する構成について開示しており,かかる実施例においては,チャンバ内の床と天井が,アームが取り付けられる支持部材に相当するものということができる。


また,引用発明の特許請求の範囲においては,アーム部やハンド全体が上下移動する構成を排除されているものではなく,引用例にも,ハンドがアーム部に対して昇降する機能や,アーム部及びハンド全体が昇降する機能が明示されているものである。


そうすると,当業者が,引用例の記載から,引用例の実施例において開示された搬送チャンバ内に上下一対に配設されたロボットにつき,「ハンドがアーム部に対して昇降する機能や,アーム部及びハンド全体が昇降する機能」を有する構成として,搬送チャンバとは無関係に,アーム部とハンド部とを,支持部材を介して周知技術であるコラム型の上下昇降機構に組み合わせることは,容易であるということができる。


この点について,被告は,引用発明は,ロボットを横方向に2台並べることによる基板処理装置の大型化という課題を解決するために,ロボットのアームを搬送チャンバの天井と床とにそれぞれ対向するように設けたにすぎず,支持部材を上下に移動させてチャンバ以外において使用することを想起することは困難であるなどと主張する。


しかしながら,本件明細書及び引用例における課題に関する具体的表現が相違するとしても,本件発明及び引用発明は,いずれも産業用ロボットにおいて普遍的な課題というべき省スペース化や可動範囲の拡大を目的とするものである。


また,周知例3においても,同様の課題が明示されており,シングルアーム型ロボットであっても,ダブルアーム型ロボットであっても,かかる課題は共通であるから,本件審決のように,引用発明について,「二組のアームを有する特別な用途」のものと理解し,シングルアーム型ロボットに適用するための「特別な動機」が必要となるものではない。


さらに,先に指摘したとおり,引用例にも,ハンドがアーム部に対して昇降する機能や,アーム部及びハンド全体が昇降する機能が明示されている以上,被告の主張はその前提を欠くものである。

被告の主張は採用できない。


エハンド部の伸縮方向について引用発明においては,各ロボットのそれぞれのアーム部がどの方向に動作しても,アーム部,ハンドあるいはハンドに載せた基板が互いに干渉することはないとされていることから,ハンドの伸縮方向に制限はない。


また,本件明細書には,本件発明1において,ハンド部の伸縮方向を「第1及び第2の支持部材の移動方向及び前記支持部材が前記コラムから延びる方向に関して直交する方向」とする構成の有する技術的意義が明示的には記載されていない。そして,支持部材はコラムにより保時されているのであるから,ハンド部がコラムと干渉するおそれがあるコラム方向に伸縮することは想定できないし,本件発明1及び引用発明は,いずれも二組のアームの突出方向に干渉が生じることを防止することが共通の課題とされているのであるから,二組のアーム同士及びコラムなどとの干渉を回避するために,ハンド部の伸縮方向を「第1及び第2の支持部材の移動方向及び前記支持部材が前記コラムから延びる方向に関して直交する方向」とする構成を採用することは,設計事項にすぎないものということができる。

オ小括

以上からすると,相違点1の構成は,引用発明に周知例3及び4を組み合わせることにより,当業者にとって容易に想到し得るものであるというべきであるから,相違点1に関する本件審決の判断は誤りである。


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(2) 相違点2について





ア周知例5ないし10について



(ア) 周知例5(甲7)は,多関節ロボットに関する発明についての文献であるところ,従来のロボットにおいては,アームを折りたたんだ状態のまま回転する際,基台から突出している領域が大きくなるという課題が指摘され,また,図4には,ダブルアーム型ロボットにおいて,「縮み位置においてワークを二組のアームの基端の関節部の間に位置させる」構成が開示されている。


(イ) 周知例6(甲8)は,薄型基板の搬送装置に関する発明についての文献であるところ,従来のセンタリング装置を廃止し,省スペース化を図るという目的が記載され,また,図5には,「縮み位置においてワークを基端の関節部の間に位置させる」構成が開示されているほか,ダブルアーム型ロボットにも当該発明は適用できる旨の記載がある。

(ウ) 周知例7(甲9)は,非接触式ガラス基板ズレ検知装置に関する発明についての文献であるところ,機械的構造の簡素化及び省スペース化を図るという目的が記載され,図1には,「縮み位置においてワークを基端の関節部の間に位置させる」構成が開示されている。


(エ) 周知例8(甲10)は,真空作業装置に関する発明についての文献であるところ,真空作業装置において,常時,薄型基板の有無が検出可能で,ロボットの動作を迅速に制御することを可能にするという目的が記載され,図2には,「縮み位置においてワークを基端の関節部の間に位置させる」構成が開示されている。

(オ) 周知例9(甲11)は,真空作業装置に関する発明についての文献であるところ,真空作業装置において,常時,薄型基板の有無が検出可能で,ロボットの動作を迅速に制御することを可能にするという目的が記載され,図2には,「縮み位置においてワークを基端の関節部の間に位置させる」構成が開示されている。


(カ) 周知例10(甲12)は,半導体ウエハ搬送用ロボットのハンドに関する発明についての文献であるところ,半導体ウエハを高精度でハンドの所定位置に固定させる目的等が記載され,図2には,「縮み位置においてワークを基端の関節部の間に位置させる」構成が開示されている。

(キ) したがって,原出願発明に係る特許の出願当時,シングルアーム型ロボット又はダブルアーム型ロボットにおいて,「縮み位置においてワークを基端の関節部の間に位置させる」構成あるいは「縮み位置においてワークを二組のアームの基端の関節部の間に位置させる」構成は,周知技術であったということができる。


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イ引用発明と周知技術との組合せについて



以上によると,仮に本件審決のとおり,「縮み位置においてワークを二組のアームの基端の関節部の間に位置させる」構成が一致点であるとは認められないとしても,当業者が,引用発明において,アーム部とハンド部とを支持部材を介してコラム式の上下昇降機構に組み合わせる際,アームを折りたたんだ縮み位置の状態において,省スペース化の観点から,周知技術である「縮み位置においてワークを二組のアームの基端の関節部の間に位置させる」構成を採用することは容易であるというべきである。


また,二組のアームを支持部材に配置する際,支持部材がコラムに取り付けられている付近に配置すると,アームとコラムとが干渉するおそれがあることは明らかであるから,アームの基端の関節部を,「前記支持部材の前記コラムに取り付けられている側とは反対の自由端である先端部」に配置することは,設計事項にすぎないというべきである。シングルアーム型ロボットに関してではあるが,周知例4(甲6)の図1においても,同様の構成が開示されているものである。

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ウ本件構成要件について



甲14文献(甲14)は,重量物搬送装置に関する発明についての文献であるところ,省スペース化を図るという目的が記載され,第4図には,回転テーブルの旋回中心に関して,第1アームの基端の関節部の回転中心軸よりも移動機構が外側を旋回するように配置される構成が開示されている。

また,周知例1(甲3)の図2,周知例2(甲4)の図3にも,同様の構成が開示されているから,かかる構成は,原出願発明に係る特許の出願当時,周知技術であったものということができる。

したがって,当業者が,引用発明に当該周知技術を組み合わせることは,容易であるということができる。


この点について,被告は,引用発明において,省スペース化を図る場合,直ちに当該構成を採用する動機は見いだせないなどと主張する。


しかしながら,引用発明も甲14文献も,省スペース化という課題は共通しており,引用発明において,支持部材におけるコラムが取り付けられた側の反対側の自由端にアームの基端部を配置した場合,コラムの旋回領域の内側にアーム部の旋回領域を確保するために,当該構成を採用することは,むしろ当業者における合理的な設計手法であるということができる。被告自身も,取消事由1において,本件発明1の特許請求の範囲内であっても,当業者は,省スペース化を実現することができないような設計を選択することはなく,通常,コラムの旋回領域の内側に向かって支持部材を伸ばすのであって,その結果として,肩関節部もコラムの旋回領域の内側に位置することとなるなどと主張しているところである。


被告の主張は採用できない。

エ小括

以上からすると,相違点2の構成は,引用発明に周知技術1,2,5ないし10及び甲14文献により開示された知見を組み合わせることにより,当業者にとって容易に想到し得るものであるというべきであるから,仮に一致点の認定に関する本件審決の判断に誤りがないとしても,本件審決の相違点2についての判断は誤りである。


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3 本件審決の当否について





(1) 本件発明1について



以上の検討結果によると,本件発明1について,引用発明に周知技術等を適用することによって,当業者が容易に想到し得るものではないとした本件審決の判断は誤りである。

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(2) 本件発明2ないし9について



本件審決は,本件発明1に従属する本件発明2ないし9についても,本件発明1が,当業者にとって容易に想到し得るものではないことを前提として,本件発明1と同様に進歩性を認めている。

しかしながら,前記(1)のとおり,本件発明1についての進歩性に係る判断が誤りである以上,本件発明2ないし9の進歩性に係る本件審決の前記結論を直ちに是認することはできない。

(3) 小括

以上からすると,原告主張の取消事由2は理由がある。

4 結論

以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣35裁判官 本 多 知 成裁判官 荒 井 章 光
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Last Update: 2011-01-26 22:14:55 JST

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特許:【「等温変化」明細書における技術上用語の意味】,【実施可能性と実施条件】「事実認定」:(知財高裁平成23年1月25日判決(平成22年(行ケ)第10105号審決取消請求事件))






特許:【「等温変化」明細書における技術上用語の意味】,【実施可能性と実施条件】「事実認定」:(知財高裁平成23年1月25日判決(平成22年(行ケ)第10105号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第2部「塩月秀平コート」


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縮小版


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【「等温変化」明細書における技術上用語の意味】


「●●」の意味は,●●と解すべきである。

この点,知財高裁は,「等温変化」について,

「内燃機関の燃焼作動は動的変化であって「等温変化」を行うために必要な「準静変化」という条件が備えられていない。また,内燃機関の燃焼作動においては,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩擦損失等により失われてしまうものであり,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わるものでないことは技術常識であることからしても,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わることを意味する「等温(燃焼)プロセス」は起こり得ないと認められる。これらのことからすれば,内燃機関において,熱力学における理論としての「等温変化」を実現することはできないことは技術常識である。」

「そして,上記のとおり,熱力学における理論としての「等温変化」を現実の熱機関において実現することができないことは技術常識であること,本願明細書の段落【0026】には「燃料容積Bの燃焼は,ほぼ一定の温度すなわち等温的に行われ,パワーと効率の双方を増す。」との記載からすれば,本願明細書における「実質的等温プロセス」とは現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程のことを意味していると解するのが相当である。」(知財高裁平成23年1月25日判決(平成22年(行ケ)第10105号審決取消請求事件))

と解しており,本件明細書の●●という記載からは,●●と解するのは当然である。

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【実施可能性と実施条件】「事実認定」



「(2) 原告が主張するように本願発明の燃焼サイクルの各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が計算できたとしても,依然として,各プロセスを生じさせる燃焼噴射タイミングや,各噴射タイミングにおける燃料噴射量をどのように決定するのかが不明である。なぜならば,噴射された燃料が燃焼して熱が生じるには時間的なずれが生じており,燃料噴射タイミングと各プロセスの発生タイミングとは必ずしも一致しないことから,各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が決まっても,各プロセスを行うための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することはできないからである。

すなわち,本願発明の各プロセスでの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)については,所望する値を算出することは窺い知ることができたとしても,そのような値となる各プロセスを実現するための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することについては,当業者に過度の試行錯誤を強いる。

(3) 以上より,発明の詳細な説明に当業者が容易に本願発明を実施をすることができる程度に発明の構成が記載されているとはいえないとした審決の判断に誤りはない。」(知財高裁平成23年1月25日判決(平成22年(行ケ)第10105号審決取消請求事件))

と知財高裁が判示するように,「発明の詳細な説明に当業者が容易に本願発明を実施をすることができる程度に発明の構成が記載されているとはいえない」というべきであり,特許は無効であると考えるべきである。

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H230126現在のコメント


重要度★★というところでしょうか。

事実認定「常温変化」の方は,色々使えそうです。

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判決原文(引用)




【「等温変化」明細書における技術上用語の意味】




内燃機関の燃焼作動は動的変化であって「等温変化」を行うために必要な「準静変化」という条件が備えられていない。また,内燃機関の燃焼作動においては,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩擦損失等により失われてしまうものであり,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わるものでないことは技術常識であることからしても,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わることを意味する「等温(燃焼)プロセス」は起こり得ないと認められる。これらのことからすれば,内燃機関において,熱力学における理論としての「等温変化」を実現することはできないことは技術常識である。

しかし,熱力学における理論としての等温変化が現実的なものではないとしても,現実の熱機関を扱う技術分野において,現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程を「等温変化」と呼んでいることが認められる。例えば,文献(山下巌ほか「スターリングエンジンの理論と設計」,乙3)には,「等温モデル,理想等温モデルおよびSchmidtモデルは,基本熱サイクルとしてスターリングサイクルを考えることに相当している。そのため,2.1.4項に述べたように,これらのモデルは,必ずしも現実的なものではないが,特性の計算が容易に行なえる利点があるため,エンジンの概念設計の段階などでしばしば用いられる。」(37頁12行~16行)との記載がある。また,803特許(甲13の1)には内燃機関の一例としてガスタービンに関する発明が開示されているところ,「Suitable means keep constant the above gas temperature in the combustion chamber during theexpansion phase.(原告訳:適切な手段は,拡張段階の間,燃焼室の上記のガス温度を一定に保つ。)」との記載(第1段落47行-49行)との記載があり,975特許(甲14の1)には内燃機関の一例としてロータリーエンジンの発明が開示されているところ,「An isothermal heating of the engine can be attained bythe choice of the fuel, i.e., by taking into account its reaction rate, by controlling the heat supply, by selecting the type and quantity of the fuel entirely or partially in accordance with the mathematical function forthe isotherm, as well as by the chosen arrangement, number and size of the individual inlet or injection openings.(原告訳:エンジンの等温ヒートは,燃料の選択によって,即ち,個々の入口または注入開口部の選ばれた配列,数及びサイズによって,等温線の数学的関数に従って完全に又は部分的に燃料のタイプ及び量を選択することによって,かつ熱源の制御によってその反応速度を考慮することによって,達成される。)」との記載(第3段落45行~52行)があり,700特許(甲15の1)には,ガスタービンの発明が開示されているところ,「whereby temperature of the gas or equipment is controlled at substantially isothermal conditions.(原告訳:「それによって,ガスまたは器材の温度は,実質的に等温状況で制御される。)」(概要4行~6行),「The present inventioninvolves a method and system for producing power in gas turbines wherein fuel is combusted directly in the gas turbine under substantially isothermal conditions.(原告訳:本発明は,燃料が実質的に等温状況の下でガスタービンにおいて直接燃焼するガスタービンの力を発生するための方法とシステムを含む。)」(第2段落6行~9行)といった記載があり,282特許(甲16の1)には,「The invention is directed to improvements in furnaces. A method and apparatus for conducting a substantially isothermal combustion processin a combustor 2 is disclosed(原告訳:本発明は炉の改良に関する。燃焼室2の実質的に等温燃焼プロセスを実行するための方法と装置は,開示される)」要約1行~4行)や「Accordingly, it is a purpose and object of the present invention to approximate a substantially isothermal combustion process for burning combustible products in a combustor.(原告訳:したがって,本発明の用途及び目的は,燃焼室の可燃性の製品の燃焼を実質的な等温燃焼方法に近づけることである。)」(2段落1行~4行)との記載がある。


そして,上記のとおり,熱力学における理論としての「等温変化」を現実の熱機関において実現することができないことは技術常識であること,本願明細書の段落【0026】には「燃料容積Bの燃焼は,ほぼ一定の温度すなわち等温的に行われ,パワーと効率の双方を増す。」との記載からすれば,本願明細書における「実質的等温プロセス」とは現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程のことを意味していると解するのが相当である。

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【実施可能性と実施条件】



そこで進んで取消事由2について判断するに,取消事由2は,審決の理由の要点(2)の認定判断の誤りをいうものである。

(1) 原告は,本願明細書に記載されている「『実質的等容積プロセス』の後に『等温(燃焼)プロセス』を行うもの」として最高燃焼温度3300°Rとするものが具体的に開示されているので,その変形例として等容積燃焼プロセスにおける最大シリンダー圧力を80%や90%の圧力に設定して,「実質的等容積プロセス」の後に,次にその圧力を維持して最高燃焼温度3300°Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300°Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うものにつき,「実質的等容積プロセス」を終了して「定圧力プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角),並びに,「定圧力プロセス」を終了して「等温(燃焼)プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)具体的な条件が一意的に設定することができるなどと主張する。

しかし,そもそも,本願明細書の「発明の詳細な説明」における「発明を実施するための最良の形態」の項において,発明を具体的に説明している段落【0016】ないし【0052】及び全8図の図面のうち,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明に関して具体的に記載している部分は明細書の段落【0050】と図8のみであって,それ以外の部分は「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことを前提としたものについて記載したものであり,本願発明の実施例とはできないものである。そして,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものと,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものとでは,燃焼プロセスが異なるものであって,燃料の導入タイミング及び導入量等の条件は当然異なるものになるから,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものについての条件を,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものに用いることはできないと考えられる。

また,本願明細書の段落【0050】には「最大シリンダー圧力を制限することを重んじるような使用法もある。この場合,本発明は別の実施例,すなわち定容積燃焼と定圧力燃焼と定温度燃焼との組み合わせを活用できる。・・・」との記載があるところ,この記載から本願発明が定容積燃焼と定圧力燃焼と定温度燃焼との組み合わせからなることは理解することができたとしても,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行う過程に「定圧力プロセス」を組み込み,組み込みに際しては「実質的等容積プロセス」の終了点における圧力を80%あるいは90%に下げることについては記載も示唆もないし,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行う過程に「定圧力プロセス」を組み込むことや組み込みに際して「実質的等容積プロセス」の終了点における圧力を80%あるいは90%に下げることが技術常識であったとも認められない。そうすると,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことの変形例として等容積プロセスの終了点における圧力に対する80%や90%の圧力を設定して,本願明細書に開示されている実質的等容積プロセスの後に等温(燃焼)プロセスの燃焼サイクルに用いられている条件や式を用いて,上記圧力を維持して最高燃焼温度3300゜Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300゜Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うための導入タイミングや導入燃料量,各プロセスの開始前,終了後のT(温度),圧力(P),V(容積)といった具体的な条件を設定することが,本願明細書に開示されているということはできない。

(2) 原告が主張するように本願発明の燃焼サイクルの各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が計算できたとしても,依然として,各プロセスを生じさせる燃焼噴射タイミングや,各噴射タイミングにおける燃料噴射量をどのように決定するのかが不明である。なぜならば,噴射された燃料が燃焼して熱が生じるには時間的なずれが生じており,燃料噴射タイミングと各プロセスの発生タイミングとは必ずしも一致しないことから,各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が決まっても,各プロセスを行うための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することはできないからである。

すなわち,本願発明の各プロセスでの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)については,所望する値を算出することは窺い知ることができたとしても,そのような値となる各プロセスを実現するための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することについては,当業者に過度の試行錯誤を強いる。

(3) 以上より,発明の詳細な説明に当業者が容易に本願発明を実施をすることができる程度に発明の構成が記載されているとはいえないとした審決の判断に誤りはない。

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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10105 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年01月25日 知的財産高等裁判所 



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平成23年1月25日判決言渡同日元本領収裁判所書記官平成22年(行ケ)第10105号審決取消請求事件


口頭弁論終結日平成23年1月13日



判決




主文



原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

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事実及び理由





第1 原告が求めた判決



特許庁が不服2008-24196号事件について平成21年11月24日にし-た審決を取り消す。



第2 事案の概要



本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,本願発明が平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項(実施可能要件)の要件を満たすかである。



1 特許庁における手続の経緯



原告は,1992年(平成4年)7月27日の優先権(アメリカ合衆国)を主張し,平成5年7月26日になした原出願(特願平6-504739)からの分割出願として,平成17年12月6日,名称を「内燃機関およびその作動方法」とする発明について本件特許出願(特願2005-352686号,公開公報は特開2006-112434号〔甲4〕)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。

特許庁は,上記請求を不服2008-24196号事件として審理し,その中で原告は平成20年10月22日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正(請求項の数12。甲9)をしたが,特許庁は,平成21年11月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日附加),その謄本は平成21年12月8日原告に送達された。




2 本願発明の要旨(請求項1~12の記載)


【請求項1】
「(1)少なくとも一つのシリンダーと,これと連動し,上死点位置を有し,燃
焼チャンバを形成するためのピストンと,(2)吸気ストローク,圧縮ストローク
および膨張ストロークを含む作動サイクルと,(3)燃料導入システムとを有する,
制限された温度燃焼を行うための膨張チャンバピストン式内燃機関を作動する方法
であって,
燃焼チャンバ内でプロセス空気を完全燃焼するのに必要な総燃料のうちの所定第


  • 3 -


1部分を導入することにより,所定の燃料-空気混合気を形成する工程と,
ピストンがほぼ上死点になった際に前記燃料-空気混合気を点火する工程と,
完全燃焼に必要な総燃料の第2部分を,膨張ストロークのほぼ開始点で且つ上記
点火する工程の後で,導入する工程とを含み,
導入された燃料の第1部分から生じた燃料-空気混合気の燃焼が,容積の小さな
変化と共に圧力の増大及び温度の上昇を含む実質的等容積プロセスであり,
燃料の第2部分の第1の部分の導入の結果行われる燃焼が実質的定圧力プロセス
からなり,燃料の第2部分の第2の部分の導入の結果行われる燃焼が実質的等温プ
ロセスからなり,
燃料の第1部分の燃焼が第1熱入力であり,燃料の第2部分の燃焼が第2熱入力
であり,第2熱入力は熱解放レートの増加を含む,膨張チャンバピストン式内燃機
関を作動する方法。」
【請求項2】
「膨張ストロークのほぼ開始点で行われる燃料の第2部分の導入は,上死点から
少なくとも約60度までに噴射される,請求項1記載の方法。」
【請求項3】
「前記等温プロセスは膨張チャンバの容積が増大する際に行われる,請求項1記
載の方法。」
【請求項4】
「実質的等容積燃焼プロセスから成る第1段階の熱入力を生成せしめる第1段階
の燃料噴射と,その後に実行される,第2段階の熱入力を生成せしめる,前記第1
段階の燃料噴射から遅れて遂行される第1の部分と第2の部分とに分かれた第2段
階の燃料噴射とを含み,前記第2段階の熱入力は前記第2段階の燃料噴射を第1の
部分と第2の部分とに分割することにより生み出され,ここで,前記第2段階の燃
料噴射の第1の部分は前記第1段階の熱入力の割合と相違する熱入力割合を生じる
割合で導入され,前記第2段階の第2の部分の熱入力は,圧力の減少及び容積の増


  • 4 -


大を含む実質的等温燃焼プロセスを生じ,前記第1段階の燃焼と前記第2段階の燃
焼との間の遅れの間には減少された熱入力段階が行われる,燃焼チャンバを備えた
スパーク点火式内燃機関。」
【請求項5】
「(1)少なくとも一つのシリンダーと,これと連動し,上死点位置を有し,燃
焼チャンバを形成するためのピストンと,(2)圧縮ストロークおよびパワースト
ロークを含む作動サイクルと,(3)燃料導入システムとを有する,高熱効率の膨
張チャンバピストン式内燃機関を作動する方法であって,
燃焼チャンバ内でプロセス空気を完全燃焼するのに必要な総燃料のうちの所定第
1部分を導入することにより,所定の燃料-空気混合気を形成する工程と,
前記燃料-空気混合気を自動点火に至らない状態に圧縮する工程と,
ピストンがほぼ上死点になった際に前記燃料-空気混合気を点火して第1熱入力
を生成する工程と,
完全燃焼に必要な総燃料の第2部分の第1の部分を,膨張ストロークのほぼ開始
点で導入し,この部分の燃焼によって第1部分とは別個の熱入力レートを生成する
工程と,
膨張ストロークの間の所定時に完全燃焼に必要な総燃料の第2部分の第2の部分
を導入し,この部分の燃焼によって第2部分の第1の部分とは別個の熱入力レート
を生成する工程とを含み,
導入された燃料の第1部分から生じた燃料-空気混合気の燃焼が実質的等容積プ
ロセスであり,
等容積プロセスの間のプロセス圧力は所定値より小さく,
等容積プロセスの間のプロセス温度は所定値より小さくが増大し,
燃料の第2部分の第1の部分の導入の結果行われる燃焼が実質的定圧力プロセス
からなり,
前記圧力と温度とが変化するプロセスの間のプロセス温度は所定温度より低く維



持され,
燃料の第2部分の第2の部分の導入によって生成される燃焼は等温プロセスであ
り,
等温プロセスの間のプロセス温度は所定温度より低く維持され,
前記所定温度は燃焼チャンバ内の燃料-空気混合気の火炎温度より低く,
燃料の第1部分の導入および蒸発は実質上圧縮ストロークの間であり,その結果
として圧縮の仕事量が減少される,膨張チャンバピストン式内燃機関を作動する方
法。」
【請求項6】
「更に,燃料の第1部分を導入する工程と燃料の第2部分を導入する工程との間
に遅れを生成する工程を含む,請求項5記載の方法。」
【請求項7】
「燃料の第2段階の第2の部分を導入する工程は,上死点から約60度まで続く,
請求項5記載の方法。」
【請求項8】
「ディーゼル燃焼原理で作動する内燃機関であって,少なくとも1個のシリンダ
ボアと,シリンダボアの片端を閉じるシリンダヘッドと,シリンダボア内を往復動
し,シリンダボアおよびシリンダヘッドと共に燃焼チャンバを規定するピストンと,
燃焼チャンバに直接的に燃料を噴射する燃料噴射システムとを含み,燃料噴射シス
テムは,燃料の少なくとも第1部分および第2部分を噴射して,燃料の第1部分の
噴射によってピストンが上死点近傍にある時に第1段階の熱解放を生成する燃焼が
生じて,ピストンが上死点近傍にある時に第1段階の熱解放の燃焼の少なくとも一
部が発生し,これによって燃焼チャンバ内のガスの温度がピーク温度に上昇し,そ
して燃料の第2の部分の噴射によって第1段階の熱解放の後に第2段階の熱解放を
生成する燃焼が生じ,第2段階の熱解放は,始めの実質的に定圧力である第2段階
の第1の部分の燃焼と,これに続く圧力の減少および容積の増大を含む実質的等温



燃焼プロセスとしての第2段階の第2の部分の燃焼チャンバ内のガスの燃焼とで
あって,燃料の第1部分の噴射と燃料の第2部分の噴射との間には遅れが存在する,
内燃機関。」
【請求項9】
「燃料の第2部分は少なくとも上死点から60度まで噴射させる,請求項8記載
の内燃機関。」
【請求項10】
「噴射のタイミングおよび量は燃焼の間の最大温度を1600℃(3300°
R)以下に制限する,請求項8記載の内燃機関。」
【請求項11】
「噴射のタイミングおよび量は燃焼の間の最大温度を1950℃(4000°
R)以下に制限する,請求項8記載の内燃機関。」
【請求項12】
「噴射のタイミングおよび量は燃焼の間の最大温度を2100℃(4300°
R)以下に制限する,請求項8記載の内燃機関。」
3 審決の理由の要点
(1) 「等温プロセス」や「等温燃焼プロセス」(まとめて「等温(燃焼)プロセ
ス」と表記する」)は,熱力学において一般的に知られている「等温変化」に相当
するものと認められる。そして,この「等温変化」が,少しぐらいの熱のやり取り
があっても温度が変化しないほどの大きな物体と接触させて,十分ゆっくりな変化
である準静変化をさせることで達成されることは熱力学分野における通常の技術常
識である。本願明細書の発明の詳細な説明には,一見,「等温(燃焼)プロセス」
を可能とするための条件が記載されているかのようであるが,内燃機関の燃焼作動
は動的変化であって,「十分ゆっくりな変化である準静変化」でないことは通常の
技術常識より明らかであるし,発明の詳細な説明をみても,内燃機関を「十分ゆっ
くりな変化である準静変化」により燃焼作動させることは読み取れない。そして,



内燃機関において「等温変化」を行うための必要条件である「十分ゆっくりな変化
である準静変化」が行われない以上,上記記載の条件を設定しても,内燃機関にお
いて「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を達成することはでき
ない。
したがって,発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することが
できる程度に発明の構成が記載されているとはいえない。
(2) 仮に「等温(燃焼)プロセス」が発明の詳細な説明に記載された条件に基づ
いて実施できるものであったとしても,ここで記載されている条件は,燃料の第1
部分による燃焼を等容積プロセスとし,燃料の第2部分による燃焼を等温プロセス
とするためのものであり,本願発明のように,燃料の第2部分の第1の部分の導入
の結果行われる燃焼を定圧力プロセスとし,燃料の第2部分の第2の部分の導入の
結果行われる燃焼を等温プロセスとするための条件ではなく,燃焼を定圧力プロセ
スの後に等温プロセスを行うための具体的な条件等が一切記載されていないため,
発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に発
明の構成が記載されているとはいえない。

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第3 原告主張の審決取消事由




1 取消事由1(実施可能要件欠如に関する従来技術認定の誤り)


(1) 審決は,従来技術につき,「内燃機関において『等温変化』を行うための
必要条件である『十分ゆっくりな変化である準静変化』が行われない以上,いくら
上記段落【0026】,【0040】等に記載されるような条件を設定しても,内
燃機関において『等温変化』すなわち『実質的等温(燃焼)プロセス』を達成する
ことはできないものといえる。」(審決11頁7行~15行)と認定した(審決の
理由の要点(1))。
しかし,米国3,218,803号特許明細書(甲13の1,以下「803特
許」という。),米国3,518,975号特許明細書(甲14の1,以下「97



5特許」という。),米国4,197,700号特許明細書(甲15の1,以下
「700特許」という。),米国4,728,282号特許明細書(甲16の1,
以下「282特許」という。),特許第3629879号(甲24),特開200
2-97960号(甲25)及び本願明細書等の記載事項を参照すれば,内燃機関
において「十分ゆっくりな変化である準静変化」が行われなくても,「等温変化」
を達成することは可能である。
よって,審決の「内燃機関において『等温変化』すなわち『実質的等温(燃焼)
プロセス』を達成することはできない」との認定は,誤りである。
(2) 審決は,「本件出願後にも現実的に実現可能であることを示すものがな
い。」(審決11頁19行~20行)と認定した。
しかし,RUDOLF DIESEL「THEORY AND CONSTRUCTION OF A RATIONAL HEAT MOTO
R」(甲18,1894年発行),Matthew Rice「SIMULATION OF ISOTHERMAL COMBU
STION IN GAS TURBINES」(甲17,2004年発行)の記載事項を参照すれば,
等温燃焼プロセスを行うことについて,いわゆる当業者が現実的に実施可能な程度
の記載がある。
よって,審決の「本件出願後にも現実的に実現可能であることを示すものがな
い。」との認定は,誤りである。
(3) 被告の主張に対する反論
ア「等温変化」(以下「広義の等温変化」という。)は,「準静変化を必
要とする等温変化」(以下「要準静変化の等温変化」という。)と「準静変化を必
要とするものではない等温変化」(以下「その他の等温変化」という。)とに区別
される。そして,本願発明は,十分ゆっくりな変化である準静変化という条件を備
えていない内燃機関に関する発明なので,本願発明の等温変化は「その他の等温変
化」に該当するところ,被告の主張は「要準静変化の等温変化」のみに求められる
要件を「広義の等温変化」全体の要件とするものであり,さらに本願発明に該当す
る「その他の等温変化」の要件にも適用しようとするものであり,誤りである。



イすなわち,広辞苑第4版(甲19)によれば,「等温変化」は「熱力学
で,温度を一定に保ちながら行われる系の状態変化。⇔断熱変化」であり,「断熱
変化」は「熱力学で,ある系が外部との間に全く熱の出入りを伴わずに行う状態変
化。⇔等温変化」)と記載されている。科学大辞典(財団法人国際科学振興財団編,
昭和60年3月5日発行,乙1)に記載の「等温変化」の定義と広辞苑に記載の
「等温変化」の定義とを比較すると,前者は「準静変化」を必要条件としているが,
後者は「準静変化」を必要条件としていない点で異なる。広辞苑に記載の「等温変
化」の定義では,「熱力学で,温度を一定に保ちながら行われる系の状態変化」と
「準静変化」を要件としていないので,「広義の等温変化」に該当する。また,科
学大辞典に記載の「等温変化」の定義では,系と外部との熱のやり取りの1つの手
法である「温度一定のもの(熱容量の十分大きなもので近似される)に熱的に接触
させての準静変化」に限定して,「準静変化」を要件としているので,「要準静変
化の等温変化」に該当する。そして,被告が主張する「等温変化」は「要準静変化
の等温変化」であって,「広義の等温変化」ではない。つまり,被告の「準静変化
は『等温変化』の必要条件であることが分かる。」との主張は,「要準静変化の等
温変化」のみの要件を「その他の等温変化」(準静変化を必要とするものではない
等温変化)を含む「広義の等温変化」全体の要件に適用しようとするものであり,
誤りである。また,同様に,被告の「『十分ゆっくりな変化である準静変化』が
『等温変化』の必要条件であることが分かる。」との主張も,「要準静変化の等温
変化」のみの要件を「その他の等温変化」(準静変化を必要とするものではない等
温変化)を含む「広義の等温変化」全体の要件に適用しようとするものであり,誤
りである。
ウまた,被告は「等温変化」の物理学的意味として,基礎物理学ハンドブ
ック(乙2)の「熱力学の第1法則」を参照して,「以上より,『等温変化』は,
『十分ゆっくりな変化である準静変化』を必要条件とし,与えられた熱量が100
%仕事に変わる現象であることが分かる。」と主張する。



しかし,基礎物理学ハンドブック(乙2)によれば,「等温変化」であれば「熱
力学の第1法則」に従った「与えられた熱量が100%仕事に変わる熱力学的な系
の状態変化」であることを示しているだけであり,「十分ゆっくりな変化である準
静変化」に関する記載及びそれを示唆する記載はない。
したがって,被告の「以上より,『等温変化』は,『十分ゆっくりな変化である
準静変化』を必要条件とし,」との主張は,誤りである。
なお,基礎物理学ハンドブック(乙2)に記載の「等温変化」は,「十分ゆっく
りな変化である準静変化」を要件としていないので,「広義の等温変化」に該当す
る。
2 取消事由2(実施可能要件に関する認定の誤り)
(1) 審決は,実施可能要件欠如の判断として,審決の理由の要点(2)のとおり,
認定判断した(11頁32行~12頁3行)。
しかし,本願明細書には「等容積プロセスのために供給される燃料は,ほぼ4000
゜R(ランキン)の作動流体の温度を発生する量となり得るが,この4000゜Rの温
度はほぼ等温燃焼を発生する」(段落【0042】)と明記されている。そして,
等温燃焼プロセスを実行するための前工程の条件(高温の形成条件)については,
803特許(甲13),975特許(甲14),700特許(甲15),282特
許(甲16号証)の記載を見ても特に限定されていないことからすれば,等温燃焼
プロセスを実行するための条件には,その等温燃焼プロセスの前段階の燃焼状態の
限定はないというべきである。すなわち,等温燃焼プロセスを実行するためには,
その等温燃焼プロセスの前段階の燃焼状態が,等容積燃焼プロセス,定圧力燃焼プ
ロセス,又はそれらのプロセス以外であってもよい。したがって,例えば「4000゜
Rの温度」が事前に形成され,その温度が実質的に維持するように燃料の反応速度
を制御することにおいて,等容積プロセス(第1部分)の後か,定圧力プロセス
(第2部分の第1の部分)の後かにかかわらず,等温燃焼が可能である。



より詳細に説明すれば,燃料の第1部分及び第2部分の第1の部分の燃焼によっ
て「所定の最高燃焼温度に達する」と,燃料が自発的に燃焼する状態が整っている
ので,第2部分の第2の部分が導入されるとその後速やかに点火する。このため,
所望のパワーレベルに応じて,燃料の第2部分の第2の部分の量を適宜設定すれば
よい。また,燃料の第2部分の第2の部分において,等温燃焼を生成するためには,
燃料の導入タイミング及び導入量を適宜設定すればよい。ここで,導入タイミング
は,例えば「ソレノイド制御ユニット式噴射器」及び「ピエゾ電気式アクチュエー
タ」(段落【0046】)を使用することで設定できることが開示されており,ま
た,導入量は導入タイミングにおける「パワーストローク中の容積増加に比例」
(段落【0042】)させればよいことが開示されているので,当業者が容易に調
節できる。そして,導入量の範囲は,本願明細書の図6を参照しながら好ましい作
動温度を選択することで容易に決定でき,この導入量が決定されれば,本願明細書
の図5のフローチャートに基づいて導入タイミングを決定できる。
よって,内燃機関において,定圧力プロセスの後に等温燃焼プロセスを行うこと
ができるので,本願明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実
施することができる程度に発明の構成が記載されているというべきである。
(2) 被告の主張に対する反論
被告は,内燃機関の内訳,すなわち,容積V,圧力P,温度及びタイミング(ク
ランク角)等が特定されていなければ実施できない旨主張する。
しかし,本願発明は「実質的等容積プロセスの後に行う定圧力プロセスの後に等
温(燃焼)プロセス」を行うものであるが,これは本願明細書に記載されている
「実質的等容積プロセスの後に等温プロセスを行うもの」の変形例に相当する。す
なわち,「実質的等容積プロセスの後に等温プロセスを行うもの」が所定の最高燃
焼温度に達するまでの経路として1段階(所定の最高燃焼温度に達するまでの定容
積燃焼プロセス)のみであるのに対し,本願発明は,最大シリンダー圧力を制限す
ることを重んじて,2段階(「所定の最大シリンダー圧力に達するまでの定容積燃



焼プロセス〔到達温度は所定の最高燃焼温度以下〕及び「所定の最高燃焼温度に達
するまでの定圧力燃焼プロセス」であるように変形されたものである。そして,本
願明細書の段落【0032】~【0035】,【0050】及び【図5】~【図
8】等を参照すれば,燃料の第1部分の導入の結果行われる燃焼を「等容積プロセ
ス」とし,燃料の第2部分の第1の部分の導入の結果行われる燃焼を「定圧力プロ
セス」とし,燃料の第2部分の第2の部分の導入の結果行われる燃焼を「等温(燃
焼)プロセス」とするための具体的な条件である各プロセスにおいて導入すべき燃
料量,各プロセスの開始前,終了後のT(温度),圧力(P),V(容積)及びタ
イミングが明らかであるので,当業者が「『実質的等容積プロセス』の後に行う
『定圧力プロセス』の後に『等温(燃焼)プロセス』を行う」という本件発明を容
易に実施することができる程度に,発明の構成が記載されているといえる。具体的
には,本件明細書に記載されている「『実質的等容積プロセス』の後に『等温(燃
焼)プロセス』を行うもの」として最高燃焼温度3300°Rとするものにおいて,
「『実質的等容積プロセス』の後に行う『定圧力プロセス』の後に『等温(燃焼)
プロセス』を行うもの」という変形例として,最高燃焼温度3300°Rに達する
のに,先ず例えば最大シリンダー圧力を80%や90%に制限した「定容積燃焼プ
ロセス」を行い,次にその圧力を維持して最高燃焼温度3300°Rまで増加させ
る「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300°Rにおける「等温(燃
焼)プロセス」を行うものにつき,その容積V,圧力P,及び温度Tの変化を求め
たものである。
このように,「実質的等容積プロセス」を終了して「定圧力プロセス」に移行す
るときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角),及び「定圧力
プロセス」を終了して「等温(燃焼)プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,
温度T,及びタイミング(クランク角)を一意的に定めることができる。また,
「実質的等容積プロセス」,「定圧力プロセス」,「等温(燃焼)プロセス」の各
燃焼%も一意的に定めることができる。





第4 被告の反論



1 取消事由1に対し
(1) 「等温変化」の意義とこれを行うための条件
ア科学大辞典(財団法人国際科学振興財団編,昭和60年3月5日発行,
乙1)には,「等温変化」について「系の温度を一定にして行う変化.温度一定の
もの(熱容量の十分大きなもので近似される)に熱的に接触させての準静変化でな
ければならない.」と記載されており,「準静変化」は「等温変化」の必要条件で
ある。
また,物理学ハンドブック(戸田盛和・宮島龍興編,昭和38年3月30日発行,
甲1,181頁7行~10行)には「熱力学的平衡にある物体は,その外的条件を
変化させることにより,異なった状態に変化するが,この外的条件の変化を十分
ゆっくり行なうときは,変化の途中においてもその物体の熱力学的平衡を破ること
がないようにできる.このような変化を準静変化とよぶ.」と記載されており,
「準静変化」は「十分ゆっくりな変化」である。
したがって,「十分ゆっくりな変化である準静変化」が「等温変化」の必要条件
である。
イ「等温変化」の物理学的意味
「熱力学の第1法則」は,「系に伝えられた熱量はその内部エネルギーの変化と
外力にさからって系が行う仕事に費やされる」というものであって,次式により示
される。
Q(系に伝えられた熱量)=ΔU(内部エネルギーの変化)+A(系が行う仕
事)
そして,「等温変化」においては,ΔU(内部エネルギーの変化)が0であるか
ら,次式が成立する。
Q(系に伝えられた熱量)=A(系が行う仕事)



これは,「等温変化」においては,与えられた熱量が100%仕事に変わること
を意味する。
以上より,「等温変化」は,「十分ゆっくりな変化である準静変化」を必要条件
とし,与えられた熱量が100%仕事に変わる現象であることが分かる。
(2) 内燃機関において「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」
を行うことができるかにつき
内燃機関の燃焼作動は動的変化であって,「十分ゆっくりな変化である準静変
化」ではないことは技術常識より明らかであり,「等温変化」を行うために必要な
「十分ゆっくりな変化である準静変化」という条件を備えていない内燃機関におい
ては「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を行うことはできない。
また,内燃機関の燃焼作動においては,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩
擦損失等により失われてしまうものであり,与えられた熱量が実質的に100%仕
事に変わるものでないことは技術常識より明らかであるから,与えられた熱量が実
質的に100%仕事に変わることを意味する「実質的等温(燃焼)プロセス」は起
こり得ない。
(3) 文献(甲13の1~甲16の1)に記載された「等温(燃焼)プロセス」
につき
アスターリングエンジンは理論的な作動プロセスに「等温変化」を備える
熱機関であって実用化されているものであるが,「理想等温モデルで仮定されてい
る等温変化の実現は伝熱上の理由から難しい」(乙3の14頁4行~5行),「等
温モデル,理想等温モデルおよびSchmidtモデルは,基本熱サイクルとしてスター
リングサイクルを考えることに相当している。そのため,2.1.4項に述べたよ
うに,これらのモデルは,必ずしも現実的なものではないが,特性の計算が容易に
行なえる利点があるため,エンジンの概念設計の段階などでしばしば用いられ
る。」(乙3,37頁12行~16行),「一般に再生スターリングサイクルがス
ターリングエンジンの基本サイクルと見なされることが多い。しかし,例えば図1.



1のように熱交換をヒータ,クーラで行なう実際的なエンジンでは,シリンダ内の
状態変化は等温変化よりも断熱変化に近いと見なすべきである。したがって,これ
に対応するのは,むしろ,・・・(中略)・・・再生オットーサイクルと見なす方
がより現実に近いと考えられる。」(乙3,30頁20行~31頁6行)ことから
すると,熱機関における「等温変化」は理論上のものであって現実的なものではな
く,熱機関において「等温変化」と呼ばれているものは,実際には「等温変化」以
外の変化であることが分かる。理論的な作動プロセスに「等温変化」を備える熱機
関であるスターリングエンジンでさえ,「等温変化」はあくまで理論上のもので
あって,実際に起こっているとはいえないのであるから,一般的に「等温変化」以
外の作動プロセスを理論的な作動プロセスとして備える熱機関である文献(甲13
の1~甲16の1)に記載されている装置における「等温変化」である「等温(燃
焼)プロセス」は,なおさらあくまで理論上のものであって,実際に起こっている
とはいえない。
イ文献(甲13の1~16の1)に記載されている「等温(燃焼)プロセ
ス」が,あくまで理論上のものでしかないことは,上記文献に記載されている装置
が「等温変化」の必要条件である「十分ゆっくりな変化である準静変化」を行うも
のではなく,また,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩擦損失等により失われ
てしまうものであって,「等温変化」特有の,与えられた熱量が100%仕事に変
わる現象を生じるものでないことからも明らかである。
したがって,文献(甲13の1~16の1)の記載事項を参照しても,内燃機関
において「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を達成することが
できるとはいえない。
ウなお,「ボッシュ自動車ハンドブック」(ロバート・ボッシュGmbH
著,甲2)には,「等温(燃焼)プロセス」に相当する「等温膨脹」が「技術的に
実現不可能」であると記載されている。
(4) 本件出願後の事情につき



文献(甲17の1,甲18の1)に記載されている「等温(燃焼)プロセス」も,
上記と同様の理由により,理論上のことであって実際には起こっていないといえる。
なお,文献(甲18の1)は,本件出願前に公知となったものであるから,そも
そも審決の「本件出願後にも現実的に実現可能であることを示すものがない。」と
の認定を覆す証拠とはなり得ない。
(5) 小括
以上より,内燃機関において「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセ
ス」を達成することはできないことは明らかである。よって,審決の「内燃機関に
おいて「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を達成することはで
きない」との認定は誤りではない。
2 取消事由2に対し
(1) 原告の主張は,つまるところ,発明の詳細な説明又は図面を見れば,「燃
料の第1部分,及び第2部分の第1の部分の導入の燃焼によって等温(燃焼)プロ
セスを開始するための最高燃焼温度である「例えば4000゜Rの温度」を形成するこ
と」ができ,また,「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行う
ために用いられる,燃料の第2部分の第2の部分の導入タイミング及び導入量を設
定すること」ができるから,発明の詳細な説明又は図面には,当業者が,「定圧力
プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明を容易に実施す
ることができる程度に発明の構成が記載されている,というものである。
そして,原告は,「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分の導入の燃焼に
よって等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度である「例えば
4000゜ Rの温度」を形成すること」については,明細書の段落【0042】にお
ける「等容積プロセスのために供給される燃料は,ほぼ4000° R(ランキン)の
作動流体の温度を発生する量となり得るが,この4000°Rの温度はほぼ等温燃焼を
発生する」という記載を根拠とし,「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)



プロセスを行うために用いられる,燃料の第2部分の第2の部分の導入タイミング
及び導入量を設定すること」については,明細書の段落【0042】における「パ
ワーストローク中の容積増加に比例して供給される残りの燃料」という記載並びに
「導入タイミング」を決定するための図5の記載及び「導入量の範囲」を決定する
ための図6の記載を根拠としている。
そこで,これらの段落【0042】並びに図5及び図6の記載が,「定圧力プロ
セス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための具体的な根拠となり得るか否
かについて,以下に検討する。
(2) そもそも,本願明細書の「発明の詳細な説明」における「発明を実施する
ための最良の形態」の項において,発明を具体的に説明している段落【0016】
ないし【0052】及び全8図の図面のうち,「等容積プロセス」を経た後の「定
圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明に関して具
体的に記載している部分は明細書の段落【0050】と図8のみであって,それ以
外の部分は「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことを前提
としたものについて記載したものであり,本願発明と直接関係のないものである。
そして,本願明細書の段落【0050】及び図8には「等容積プロセス」を経た
後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための燃料の導入
タイミング及び導入量等の具体的な条件は,何ら記載されていない。
また,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後
に「等温(燃焼)プロセス」を行うものと,「等容積プロセス」の後に「等温(燃
焼)プロセス」を行うものとでは,燃焼プロセスが異なるものであって,燃料の導
入タイミング及び導入量等の条件は当然異なるものになるから,「等容積プロセ
ス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものについての条件を,本願発明のよ
うな「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロ
セス」を行うものに用いることはできない。
したがって,発明の詳細な説明又は図面には,当業者が,「等容積プロセス」を



経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発
明を容易に実施することができる程度に発明の構成が記載されているとはいえない。
(3) 原告は,段落【0042】並びに図5及び図6等の記載を根拠に,発明の
詳細な説明には,当業者が「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後
に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明を容易に実施することができる
程度に発明の構成が記載されている旨主張しているので,これらが具体的な根拠と
なり得るか否かについて,以下個別に検討する。
ア段落【0042】の「等容積プロセスのために供給される燃料は,ほぼ
4000°R(ランキン)の作動流体の温度を発生する量となり得るが,この4000°R
の温度はほぼ等温燃焼を発生する」という記載は,「等容積プロセス」のために供
給される量の燃料の燃焼によって,「等温(燃焼)プロセス」を開始するための所
定の最高燃焼温度である「ほぼ4000°R」を形成し得ることを示すのみであって,
「等容積プロセス」を経た後に「定圧力プロセス」を発生させるために供給される
量である「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量の燃焼によって,
「等温(燃焼)プロセス」を開始するための所定の最高燃焼温度である「ほぼ4000
°R」を形成し得ることを示すものではない。よって,段落【0042】の記載は,
「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセ
ス」を行うための具体的な根拠となり得ない。
また,仮に「等容積プロセス」を経た後に「定圧力プロセス」を発生させるため
に供給される「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量の燃焼によって
「等温(燃焼)プロセス」を開始するための所定の最高燃焼温度である「ほぼ4000
° R」を形成し得るとしても,「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」
の量を具体的にどのように設定するのかが発明の詳細な説明又は図面を参酌しても
不明である。
イ図6は「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」を設定するための
もの,すなわち,1燃焼サイクルにおける全体の燃料供給量のうちの「所定の最高



燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる燃料の量」の割
合を設定するためのものと認められるから,「所定の最高燃焼温度を維持して等温
(燃焼)プロセスを行うために用いられる燃料の量」を設定するためには1燃焼サ
イクルにおける全体の燃料供給量を設定する必要があるところ,「等容積プロセ
ス」,「定圧力プロセス」及び「等温(燃焼)プロセス」を含む1燃焼サイクルに
おける全体の燃料供給量を具体的にどのように設定するのかが発明の詳細な説明又
は図面を参酌しても不明である。よって,図6を参照しても,「等容積プロセス」
を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものにおけ
る「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる
燃料の量」である「燃料の第2部分の第2の部分」の量を設定することはできない。
仮に,図6を参照して「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを
行うために用いられる燃料の量」である「燃料の第2部分の第2の部分」を設定す
ることができても,「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度
を形成する」ための「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量を設定す
ることができない。すなわち,前記のとおり,図6は「定温度燃焼のために供給さ
れる燃料百分率」を設定するためのもの,つまり,1燃焼サイクルにおける全体の
燃料供給量のうちの「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行う
ために用いられる燃料の量」の割合を設定するためのものであり,また1燃焼サイ
クルは,「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度を形成する
ための燃料の量」と「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行う
ために用いられる燃料の量」の合計であると認められるから,1燃焼サイクルにお
ける全体の燃料供給量から,この「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」分
の燃料の量を引き算すると,「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高
燃焼温度を形成するための燃料の量」が求まるものである。また,図6については,
明細書の段落【0043】において「図6は8:1から24:1の幅の圧縮比の関
数として定温度燃焼のために供給される燃料百分率の2つの最高燃焼温度(3300゜



Rおよび4000゜R)のグラフである。」と記載されているところ,段落【004
3】の上記記載における最高燃焼温度の「4000゜R」については段落【0042】
に記載されており,また,段落【0043】の上記記載における最高燃焼温度の
「3300゜R」については段落【0044】に記載されており,これら段落【004
2】の「等容積プロセスのために供給される燃料は,ほぼ4000°R(ランキン)の
作動流体の温度を発生する量となり得るが,この4000°Rの温度はほぼ等温燃焼を
発生する」という記載及び段落【0044】の「図7は,(上記第1実施例の)3
300゜Rの最高燃焼温度に対するエンジンクランク角の関数としての熱解放レート
のグラフである。このグラフの第1部分70は低容積プロセス(被告注:「定容積
プロセス」の誤記と認められる。)(図4におけるパス2-3)に対する熱解放レ
ートを示す。グラフの第2部分72は等温プロセス(図4のうちのパス3-4)に
対する熱解放レートを示す。」という記載は,「等容積プロセス」である「定容積
プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものについて説明するものであ
るから,図6は「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための
「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」を示すものと解するのが自然である。
してみると,図6を参照して,1燃焼サイクルにおける全体の燃料供給量からこ
の「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」分の燃料の量を引き算することで
求められる残りの燃料の量は,「等容積プロセス」において「等温(燃焼)プロセ
スを開始するための所定の最高燃焼温度を形成するための燃料の量」であって,
「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」において「等温(燃焼)プロセ
スを開始するための所定の最高燃焼温度を形成し得る燃料の量」,すなわち,「燃
料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量ではない。
よって,図6を参照しても,「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最
高燃焼温度を形成する」ための「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の
量を設定することができない。
したがって,図6の記載は,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」



の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための具体的な根拠となり得ない。
ウ段落【0029】に「パス1-2は18:1の等エントロピー圧縮であ
り,パス2-3および2-3’は,第1の実施例におけるプロセス空気の完全燃焼
に必要な燃料の56%を用いる定容積燃焼プロセスである。パス3-4および3’
-4’は,第1の実施例における燃料の残りの44%を使用する等温プロセスであ
る。パス4-5および4’-5’は,等エントロピー膨張プロセスであり,パス5
-1および5’-1は定容積排気プロセスである。」と記載されているように,
「パス2-3」,「パス3-4」は,それぞれ「等容積プロセス」,「等温(燃
焼)プロセス」であるところ,図5には,「パス2-3」の後に「パス3-4」が
続くフローチャート,すなわち「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセ
ス」が続くフローチャートが記載されているだけであって,「等容積プロセス」を
経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」が続くフローチャー
トは記載されていないから,図5を参照しても「等容積プロセス」を経た後の「定
圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための諸条件を決定するこ
とはできない。
また,そもそも図5には,燃料の導入タイミングに関する作動パラメータは見当
たらず,図5のどの記載に基づいて,等温(燃焼)プロセスにおける燃料の導入タ
イミングを決定するのかが不明である。
そして,「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分の導入の燃焼によって等
温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度が形成されるタイミン
グ」は特定のタイミングであって,そのタイミングに合わせて「所定の最高燃焼温
度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる,燃料の第2部分の第
2の部分」の導入を開始することが,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロ
セス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うために重要であるところ,どのよう
にして「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分の導入の燃焼によって等温
(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度が形成されるタイミング」



を判断して,そのタイミングに合わせて「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃
焼)プロセスを行うために用いられる,燃料の第2部分の第2の部分」の導入を開
始することができるのか,図5を参照しても不明である。
したがって,図5の記載は,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」
の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための燃料の導入タイミングを決定するた
めの具体的な根拠とはなり得ない。
エ以上より,原告が「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の
後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための具体的な根拠として挙げている段落
【0042】並びに図5及び図6等の記載は,具体的な根拠となり得ないから,
「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセ
ス」を行うことの具体的な条件等は依然として不明瞭であり,原告が主張するよう
に,「甲13の1ないし16の1号証の記載に基づけば,つまり,等温燃焼プロセ
スを実行するための条件には,その等温燃焼プロセスの前段階の燃焼状態の限定は,
ないというべき」であったとしても,発明の詳細な説明又は図面には,当業者が
「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセ
ス」を行うという本願発明を容易に実施することができる程度に,発明の構成が記
載されているとはいえない。したがって,原告の主張に理由はない。

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第5 当裁判所の判断





1 取消事由1について



取消事由1は,審決の理由の要点(1)の判断誤りをいうものである。

(1) 「等温変化」の意義

「等温変化」とは,系の温度を一定にして行う変化であり,温度一定のもの(熱容量の十分大きなもので近似される)に熱的に接触させての準静変化でなければならない(科学大辞典,財団法人国際科学振興財団編,昭和60年3月5日発行,乙1)。

また,熱力学的平衡にある物体は,その外的条件を変化させることにより異なった状態に変化するところ,この外的条件の変化を十分ゆっくり行なうときは,変化の途中においてもその物体の熱力学的平衡を破ることがないようにでき,このような変化が準静変化である(物理学ハンドブック,戸田盛和・宮島龍興編,昭和38年3月30日発行,甲1,181頁7行~10行)。

そして,「熱力学の第1法則」は,「系に伝えられた熱量はその内部エネルギーの変化と外力にさからって系が行う仕事に費やされる」というものであって,

Q(系に伝えられた熱量)=ΔU(内部エネルギーの変化)+A(系が行う仕事)

という式で示されるものであるところ,等温変化においては,ΔU(内部エネルギーの変化)が0であるから,

Q(系に伝えられた熱量)=A(系が行う仕事)


という式が成立し,これは,「等温変化」においては,与えられた熱量が100%仕事に変わることを意味する。したがって,熱力学における等温変化は,準静変化を必要条件とし,与えられた熱量が100%仕事に変わる現象であると認められる。

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(2) 内燃機関における「等温変化」の実現可能性



内燃機関の燃焼作動は動的変化であって「等温変化」を行うために必要な「準静変化」という条件が備えられていない。また,内燃機関の燃焼作動においては,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩擦損失等により失われてしまうものであり,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わるものでないことは技術常識であることからしても,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わることを意味する「等温(燃焼)プロセス」は起こり得ないと認められる。これらのことからすれば,内燃機関において,熱力学における理論としての「等温変化」を実現することはできないことは技術常識である。

しかし,熱力学における理論としての等温変化が現実的なものではないとしても,現実の熱機関を扱う技術分野において,現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程を「等温変化」と呼んでいることが認められる。例えば,文献(山下巌ほか「スターリングエンジンの理論と設計」,乙3)には,「等温モデル,理想等温モデルおよびSchmidtモデルは,基本熱サイクルとしてスターリングサイクルを考えることに相当している。そのため,2.1.4項に述べたように,これらのモデルは,必ずしも現実的なものではないが,特性の計算が容易に行なえる利点があるため,エンジンの概念設計の段階などでしばしば用いられる。」(37頁12行~16行)との記載がある。また,803特許(甲13の1)には内燃機関の一例としてガスタービンに関する発明が開示されているところ,「Suitable means keep constant the above gas temperature in the combustion chamber during theexpansion phase.(原告訳:適切な手段は,拡張段階の間,燃焼室の上記のガス温度を一定に保つ。)」との記載(第1段落47行-49行)との記載があり,975特許(甲14の1)には内燃機関の一例としてロータリーエンジンの発明が開示されているところ,「An isothermal heating of the engine can be attained bythe choice of the fuel, i.e., by taking into account its reaction rate, by controlling the heat supply, by selecting the type and quantity of the fuel entirely or partially in accordance with the mathematical function forthe isotherm, as well as by the chosen arrangement, number and size of the individual inlet or injection openings.(原告訳:エンジンの等温ヒートは,燃料の選択によって,即ち,個々の入口または注入開口部の選ばれた配列,数及びサイズによって,等温線の数学的関数に従って完全に又は部分的に燃料のタイプ及び量を選択することによって,かつ熱源の制御によってその反応速度を考慮することによって,達成される。)」との記載(第3段落45行~52行)があり,700特許(甲15の1)には,ガスタービンの発明が開示されているところ,「whereby temperature of the gas or equipment is controlled at substantially isothermal conditions.(原告訳:「それによって,ガスまたは器材の温度は,実質的に等温状況で制御される。)」(概要4行~6行),「The present inventioninvolves a method and system for producing power in gas turbines wherein fuel is combusted directly in the gas turbine under substantially isothermal conditions.(原告訳:本発明は,燃料が実質的に等温状況の下でガスタービンにおいて直接燃焼するガスタービンの力を発生するための方法とシステムを含む。)」(第2段落6行~9行)といった記載があり,282特許(甲16の1)には,「The invention is directed to improvements in furnaces. A method and apparatus for conducting a substantially isothermal combustion processin a combustor 2 is disclosed(原告訳:本発明は炉の改良に関する。燃焼室2の実質的に等温燃焼プロセスを実行するための方法と装置は,開示される)」要約1行~4行)や「Accordingly, it is a purpose and object of the present invention to approximate a substantially isothermal combustion process for burning combustible products in a combustor.(原告訳:したがって,本発明の用途及び目的は,燃焼室の可燃性の製品の燃焼を実質的な等温燃焼方法に近づけることである。)」(2段落1行~4行)との記載がある。


そして,上記のとおり,熱力学における理論としての「等温変化」を現実の熱機関において実現することができないことは技術常識であること,本願明細書の段落【0026】には「燃料容積Bの燃焼は,ほぼ一定の温度すなわち等温的に行われ,パワーと効率の双方を増す。」との記載からすれば,本願明細書における「実質的等温プロセス」とは現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程のことを意味していると解するのが相当である。

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(3) 小括



そうすると,熱力学における理論としての「等温変化」は実現不可能であることを理由に,「発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に,発明の構成が記載されているとはいえない。」とした審決の判断部分は是認することができない。



2 取消事由2について



そこで進んで取消事由2について判断するに,取消事由2は,審決の理由の要点(2)の認定判断の誤りをいうものである。

(1) 原告は,本願明細書に記載されている「『実質的等容積プロセス』の後に『等温(燃焼)プロセス』を行うもの」として最高燃焼温度3300°Rとするものが具体的に開示されているので,その変形例として等容積燃焼プロセスにおける最大シリンダー圧力を80%や90%の圧力に設定して,「実質的等容積プロセス」の後に,次にその圧力を維持して最高燃焼温度3300°Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300°Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うものにつき,「実質的等容積プロセス」を終了して「定圧力プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角),並びに,「定圧力プロセス」を終了して「等温(燃焼)プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)具体的な条件が一意的に設定することができるなどと主張する。

しかし,そもそも,本願明細書の「発明の詳細な説明」における「発明を実施するための最良の形態」の項において,発明を具体的に説明している段落【0016】ないし【0052】及び全8図の図面のうち,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明に関して具体的に記載している部分は明細書の段落【0050】と図8のみであって,それ以外の部分は「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことを前提としたものについて記載したものであり,本願発明の実施例とはできないものである。そして,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものと,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものとでは,燃焼プロセスが異なるものであって,燃料の導入タイミング及び導入量等の条件は当然異なるものになるから,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものについての条件を,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものに用いることはできないと考えられる。

また,本願明細書の段落【0050】には「最大シリンダー圧力を制限することを重んじるような使用法もある。この場合,本発明は別の実施例,すなわち定容積燃焼と定圧力燃焼と定温度燃焼との組み合わせを活用できる。・・・」との記載があるところ,この記載から本願発明が定容積燃焼と定圧力燃焼と定温度燃焼との組み合わせからなることは理解することができたとしても,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行う過程に「定圧力プロセス」を組み込み,組み込みに際しては「実質的等容積プロセス」の終了点における圧力を80%あるいは90%に下げることについては記載も示唆もないし,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行う過程に「定圧力プロセス」を組み込むことや組み込みに際して「実質的等容積プロセス」の終了点における圧力を80%あるいは90%に下げることが技術常識であったとも認められない。そうすると,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことの変形例として等容積プロセスの終了点における圧力に対する80%や90%の圧力を設定して,本願明細書に開示されている実質的等容積プロセスの後に等温(燃焼)プロセスの燃焼サイクルに用いられている条件や式を用いて,上記圧力を維持して最高燃焼温度3300゜Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300゜Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うための導入タイミングや導入燃料量,各プロセスの開始前,終了後のT(温度),圧力(P),V(容積)といった具体的な条件を設定することが,本願明細書に開示されているということはできない。

(2) 原告が主張するように本願発明の燃焼サイクルの各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が計算できたとしても,依然として,各プロセスを生じさせる燃焼噴射タイミングや,各噴射タイミングにおける燃料噴射量をどのように決定するのかが不明である。なぜならば,噴射された燃料が燃焼して熱が生じるには時間的なずれが生じており,燃料噴射タイミングと各プロセスの発生タイミングとは必ずしも一致しないことから,各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が決まっても,各プロセスを行うための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することはできないからである。

すなわち,本願発明の各プロセスでの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)については,所望する値を算出することは窺い知ることができたとしても,そのような値となる各プロセスを実現するための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することについては,当業者に過度の試行錯誤を強いる。

(3) 以上より,発明の詳細な説明に当業者が容易に本願発明を実施をすることができる程度に発明の構成が記載されているとはいえないとした審決の判断に誤りはない。

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第6 結論



以上のとおり,原告が主張する取消事由1は理由があるものの,取消事由2における検討のとおり,発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に発明の構成が記載されているとはいえないので,本件出願を拒絶すべきものとした審決の結論に誤りはない。

よって原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 - 29 - 塩月秀平裁判官真辺朋子裁判官田邉実
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Last Update: 2011-01-26 21:45:43 JST

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