2011年3月28日月曜日

商標:【商標の使用…否定】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(ネ)第10084号販売差止等請求控訴事件))






商標:【商標の使用…否定】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(ネ)第10084号販売差止等請求控訴事件))





知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」


平成22(ネ)10084 販売差止等請求控訴事件 商標権 民事訴訟
平成23年03月28日 知的財産高等裁判所



(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(ネ)第10084号販売差止等請求控訴事件))

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【商標の使用…否定】「事実認定」


(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(ネ)第10084号販売差止等請求控訴事件))

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判示




第2 事案の概要

1 原審の経緯等

以下,略語については,当裁判所も原判決と同一のものを用いる。

本件は,別紙「原告登録商標目録」記載の本件商標権を有する原告が,別紙「被告標章目録」記載1の被告標章1を包装に付した別紙「商品目録」記載の被告商品(クッション)を販売し,又は販売のために展示し,別紙「被告標章目録」記載2の被告標章2を被告商品に関する広告(被告カタログ,被告ウエブサイト)に使用している被告に対し,被告使用の上記被告各標章は,別紙「原告登録商標目録」記載の本件登録商標及び原告の商品等表示として周知又は著名な「ドーナツ枕」の表示とそれぞれ類似する標章(表示)であるから,被告の上記各行為は,原告の本件商標権の侵害行為に当たるとともに,不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項1号又は2号の不正競争行為に当たる旨主張して,商標法36条又は不競法3条に基づいて,被告各標章を包装に付した被告商品の販売等の差止め等を求めるとともに,商標法36条,民法709条又は不競法4条に基づいて,損害金2310万円及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決は,①被告商品の包装箱に付した被告標章1の使用,被告カタログ及び被告ウエブサイトにおける被告標章2の各使用は,いずれも,被告商品が中央部分を取り外すと,中央部分に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識させるものであって,商品の出所を想起させるものではないと認められ,商標としての使用(商標的使用)には当たらないから,「登録商標に類似する商標の使用」(商標法37条1号)に該当することを前提とする商標法36条に基づく差止請求及び民法709条に基づく不法行為損害賠償請求は理由がない,②被告商品の包装箱,被告ウエブサイト及び被告カタログに表示された被告各標章は,同様の理由により,被告の商品であることを示す商品等表示(不競法2条1項1号,2号)には当たらないから,不競法3条に基づく差止請求及び同法4条に基づく損害賠償請求も理由がない旨判断して,原告の請求をいずれも棄却した。

これに対し,原告は,原判決を不服として本件控訴を提起した。



第3 当裁判所の判断


当裁判所も,被告各標章は,被告商品の出所識別表示として使用されているものではないから,その使用が「登録商標に類似する商標の使用」(商標法37条1号)には該当せず,被告の商品であることを示す「商品等表示」(不競法2条1項1号,2号)にも当たらないとした原判決の判断は,正当であると判断する。

その理由は,以下のとおり当審における原告の主張に対する判断を付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第4 当裁判所の判断」(原判決30頁12行~46頁21行)に記載のとおりであるから,これを引用する。

原判決30頁13行目を「1 商標的使用か否か―――事実認定」に改める。

原判決30頁23行目から31頁4行目「そこで,」までを削除する。

原判決31頁18行目から20行目に掛けての「上段の文字部分と下段の文字部分とが一体的に認識され,被告標章1全体から自然に『ドーナツクッション』の称呼が生じるものと認められる」を「上段の文字部分及び下段の文字部分は,一体的なまとまりのある『ドーナツクッション』と認識される。」と改める。

原判決31頁25行目の「被告標章2の各文字」から32頁1行目の「認められる。」までを「被告標章2の各文字は,一体的なまとまりのある『ドーナツクッション』と認識される。」と改める。

原判決32頁4行目から5行目に掛けての「両者が外観上不可分であるとまでは認められないので,」を「判断の便宜上」と改める。

原判決33頁5行目から6行目に掛けての「『ドーナツ椅子』,『ドーナツウォッチ』などの『ドーナツ』の語を商品名に冠した商品が販売されていた」を「『ドーナツ椅子』,『ドーナツチェアー』『ドーナツウォッチ』などの『ドーナツ』の語を先頭に付した商品が,第三者によって販売されていた」に改める。

原判決33頁8行目の「『ドーナツチェア』」を「『ドーナツチェアー』」に改める。

原判決34頁12行目冒頭から23行目末尾までを削除する。

原判決35頁1行目冒頭から35頁17行目末尾までを,以下のとおり改める。

「上記の点と前記アの認定を総合すれば,『ドーナツクッション』の語から,一般的には,中央部分に穴のあいた円形,輪形のクッション,あるいは,このような円形,輪形に似たクッションの観念が生じると認められる。

(イ) これに対し, 原告は,ドーナツの語を冠した複合語から,一般的に『中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似た形状の物』等が想起されることはない旨主張する。しかし,原告の主張は,失当である。

すなわち,前記のとおり,『ドーナツ』には,穴のあいた円形,輪形の形から,そのような形状と結びついた物との観念を生じると解するのが自然である。そして,『ドーナツ盤』,『ドーナツ椅子』等の『ドーナツ』を冠した複合語の用例があることをも勘案すれば,『ドーナツ』を冠した複合語からは,『ドーナツ』とそれに続く語との間の『型』又は『形』の語が省略されていたとしても,『中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似た形状の物』の観念が想起されるものと認められる。なお,原告は,中央部分に穴があるのはLPレコードもEPレコードも同じであるとも主張する。しかし,LPレコードの中心部の穴はEPレコードの中心部の穴に比べて極めて小さく,美観上は,その小さな穴を捨象しても差し支えない程度のものであるのに対して,EPレコードは,中心部に大きな穴があるとの印象を強く与える。そのような点を考慮するならば,EPレコードのみが『ドーナツ盤』と呼ばれることも,上記の結論に反するものではなく,ごく自然な用例といえる。

また,原告は,『ドーナツ椅子』,『ドーナツウォッチ』,『ドーナツスピン』などの用例は,特殊なものであり,このような用例があったとしても,『ドーナツ』から『中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似た形状』との観念が生じると解することはできないと主張する。しかし,原告の上記主張も採用の限りでない。すなわち,ウエブサイト上のインターネット通販『Yahoo!ショッピング』の『ウッディストア・アクア』においては,『ドーナツ椅子』及び『ドーナツイス』が,中心部分に穴のある円形椅子に関して,中央部分に穴のない『丸形椅子』とは区別されて,表示されている(乙15)。また,株式会社ニーズのホームページにおいても,中央部分に穴のある,医療機関用の丸形椅子が『ドーナツチェアー』と表記されている(乙16)。さらに,『ドーナツスピン』についても,フィギアスケートのスピン技の名称として広く知られている(乙40,41)。その他,『ドーナツウォッチ』(乙33),『ドーナツ星雲M57』(乙37,38),『ドーナツターン』(乙42。自動車の運転方法)のような用例は,いずれも,中空部分を有する形状の物を指す語として使用されている。これらの『ドーナツ』を冠した複合語の用例は,『中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似た形状』との観念を有する点において共通する。したがって,原告の上記主張は,理由がない。」

原判決35頁18行目冒頭から37頁16行目の末尾までを,以下のとおり改める。

「ウ 『ドーナツクッション』の語を含んだ宣伝広告,販売等の状況

(ア) 株式会社岸タンス店作成の平成21年9月29日付け証明書(乙43),有限会社シーワン作成の同日付け証明書(乙44),株式会社ユニークポイント作成の同年10月7日付け証明書(乙45),N作成の同日付け証明書(乙46),株式会社インフィストデザイン作成の同日付け証明書(乙47),株式会社幕傳作成の同月9日付け証明書(乙48)及びダブリュー・エンド・ジー・パブリックリレーションズ株式会社作成の同日付け証明書(乙49)中には,上記各事業者が,それぞれ取り扱っているクッションに『ドーナツクッション』という表示を継続的に使用している旨,クッションの取引業界においても,『ドーナツクッション』という表示のうち『ドーナツ』の部分を西洋菓子のドーナツの形状のように中央に切欠き部や窪みを設けた形状を意味するものとして使用している旨の記載部分がある。また,スキャン・グローバル・ロジスティックス株式会社作成の平成21年12月15日付け報告書(乙214)中にも,同社は,『ドーナツクッション』という表示のうち『ドーナツ』の部分を西洋菓子のドーナツの形状のように中央に切欠き部や窪みを設けた形状を意味するものと認識している旨の記載部分がある。

(イ) 乙50ないし90,92ないし111によれば,『ドーナツクッション』の語を付した多数のクッション商品が,中央部分に穴のあいた円形,輪形及び矩形(乙64)の形状のクッションの写真などとともに,宣伝広告され,販売される例が,数多く存在する。これらの商品は特定の製造者,販売者による商品に限られるものではないから,一般需要者において,『ドーナツクッション』の語について,特定の出所を表す記載であると認識することはないと解するのが自然である。

このうち,レハティームジャパン株式会社作成の『reha team 2005福祉用具カタログ』には,中央部に切欠きを設けた形状ではなく,窪みのある形状の『床ずれ予防』商品が,その写真とともに,『ナーシングラッグドーナツパッド』と表記されて,販売に付されている(乙20)。


(ウ) ウエブサイトにおける商品紹介では,例えば,中央部に切欠きを設けた矩形のクッションの写真とともに,姿勢矯正用のクッションの宣伝広告の説明がされているが,その説明文中には,『ドーナツクッションにもなっているので,産後・・お尻の痛いあなたにも』との説明がある(乙64)。同説明中の『ドーナツクッション』の部分は,尻部に負担を与えない中央部に切欠きないし窪みを設けた形状の商品であることを端的に示していると理解される。また,ウエブサイトにおける通信販売の商品紹介では,『セシールおすすめのドーナツクッションです。』との記載があるが,同記載も,特定の『ドーナツクッション』の語を,特有の形状を有することを示すために使用していると理解される(乙85)。さらに,ウエブサイトにおける需要者の意見として,『2日くらいでドーナツクッション無しでも座れる感じでした。』,『退院後もドーナツクッションが手放せなかったそうです。』,『ドーナツクッションなしでも楽勝でした』等の記載があり,同記載例も,前後の文脈から,『ドーナツクッション』の語を,尻部に負担を与えない中央部に切欠きないし窪みを設けた特有の形状を示す意味で使用していると理解される(乙82,83)。

(エ) また,前記のとおり,一般的に,『商品の形状を指す語』と『商品の用途を指す語』とを前後に組み合わせることによって,商品の性質等をわかりやすく表記する工夫は,例えば,『風船の形状をした椅子』を『バルーンチェア』と表記したり,『三日月の形状をした枕』を『クレセントボディピロー』と表記したりするようにしばしば行われることであり,特に,商品の宣伝広告,販売において,通常みられる(乙51)。

(オ) 上記認定した諸事実を総合すれば,『ドーナツクッション』の語は,これに接した需要者等において,中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似たドーナツ様の形状をしたクッションを指すものと認識し,特定の出所を表示するものとして認識することはないと解するのが相当である。この場合に,需要者等において,『ドーナツクッション』から,円形,輪形又はこれに似た形状のみを認識するのか,中央部に切欠きないし窪みを有する形状を認識するかについては,個別具体的な宣伝広告の態様や商品そのものの形態等を総合して,個別具体的に判断される筋合いであるといえる。」

原判決37頁18行目から19行目の「『ドーナツクッション』の称呼が生じる被告標章1全体から」を「被告標章1から」に改める。

原判決37頁23行目の冒頭から24行目の「生じることからすると」までを,「前記(1)イと同様の理由により,」に改める。

原判決38頁18行目の後に,行を改め,以下のとおり加える。

「ウ 原告は,各テンピュール商標は,被告のハウスマークとしての商標にすぎないから,被告各標章についてその出所表示機能を否定する根拠とはならないと主張する。しかし,原告の上記主張は採用の限りでない。すなわち,被告商品の包装箱に接した一般消費者は,被告標章1について,被告商品の本体の形状を示すイメージ図及び包装箱の説明文と相俟って,被告商品が中央部分を取り外すことによって,その中央部分に穴のあいた輪形に似た形状となるクッションであるとの特徴を説明する目的で用いられたものであると認識するものと解される。また,被告ウエブサイト及び被告カタログにおける被告標章2についても,一般消費者は,同様の目的で用いられたものであると認識すると解される。よって,原告の上記主張は採用の限りでない。

また,原告は,テンピュール商標 1 及び3は,テンピュール商標2のように著名な商標であるとまではいえない以上,テンピュール商標 1 及び3の表示をもって,被告各標章の出所表示機能を否定する根拠とすることはできないとも主張する。しかし,原告の上記主張も,採用の限りでない。すなわち,たとえテンピュール商標1 及び3がテンピュール商標2のように著名な商標であるとまではいえないとしても,その図形と文字の組合せには特徴があり,その使用態様からみて需要者の注意を惹くものであることなどからすれば,需要者は,テンピュール商標 1 及び3が,当該商品の出所表示機能を有する部分であると認識すると認められる。したがって,原告の上記主張は採用の限りでない。

また,原告は,ウエブサイトのホームページ左上欄の表示は,当該サイトの通信販売業者が誰であるのかを示すものであるから,被告ウエブサイトのホームページ左上欄にあるテンピュール商標3が出所識別表示に当たるとはいえないと主張する。

しかし,原告の上記主張も採用の限りでない。すなわち,被告ウエブサイトのホームページ(甲6)には,その下段に『テンピュールはテンピュール・ジャパンの登録商標です。』との説明文があること,当該ホームページの最上部には『テンピュール・ジャパン|製品』とのホームページを特定する記載があり,さらに最下部にも『http://www.tempur-japan.co.jp/goods/goods/other/cushion/doughnut.html 』とのホームページを特定する記載があることに照らせば,需要者において当該サイトの通信販売業者が『テンピュール・ジャパン』であって,テンピュール商標3が商品の出所識別表示であると理解するものといえる。したがって,原告の上記主張は採用の限りでない。

さらに,原告は,被告はテンピュール商標2の使用を許諾された者にすぎず,商標権者ではないから(乙298),自らを商標権者であるとするかのような不正確なテンピュール商標2に係る説明文(「テンピュールはテンピュール・ジャパンの登録商標です」)をもって同商標に出所表示機能を認めることはできないと主張する。しかし,原告の上記主張も,採用の限りでない。すなわち,被告は,テンピュール商標2の専用使用権の設定登録を適法に受けた者であって(乙298),『テンピュールはテンピュール・ジャパンの登録商標です』との説明文は,必ずしも被告の専用使用権と矛盾するとはいえないから,原告の上記主張は採用の限りでない。」

原判決38頁21行目の「低反発素材を用いた本体とカバー等からなり,」を「テンピュール社製造に係る低反発素材を用いた,椅子の座部などに載置して使用するもので,腰を下ろしたときに,その弾力性によって衝撃や振動等を和らげるクッションであり,」に改める。

原判決39頁4行目の「(ア)a」を「(ア)」に,22行目の「b」を「(イ)」に,40頁20頁目の「c」を「(ウ)」に,41頁1行目の「d」を「(エ)」に,それぞれ改める。

原判決41頁8行目冒頭から43頁14行目末尾までを削除する。

原判決43頁21行目の②を③に,22行目の③を④に改める。

原判決43頁24行目冒頭から44頁14行目末尾までを削除する。

原判決44頁26行目冒頭から45頁18行目末尾までを削除する。

原判決45頁18行目の次に,行を改め,次のとおりの記載を加える。

「2 商標的使用か否か―――判断

上記の認定事実に基づいて,被告各標章の各表記態様が商標的使用であるか否かについて,判断する。

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(1) 被告商品の包装箱における被告標章1の表記について

ア 被告商品の包装箱の表記態様について

前記のとおり,①被告商品の包装箱には,被告標章1が合計5個(表面,裏面,右側面,上面及び下面(底面)に各1個)表示されているところ,表面,裏面及び右側面の被告標章1は,被告商品の本体について,取り外された楕円筒形の中央部分とその取り外し後に楕円形の穴があいた本体のイメージ図と一緒に表示されていること,②被告商品の包装箱の表面には,テンピュール商標1及び『中央にスーパーソフトな素材を用いてデリケートな部分を優しくサポート お産の後の妊婦さんや痔でお悩みの方などにお薦めのシートクッション。中央部分にはスーパーソフトなテンピュールRを用いて安らげる座りごこちを提供します。』との説明文が,裏面には,テンピュール商標1及び『・・・スーパーソフト部分は着脱が可能となっています。』との説明文が表示されていること,③右側面,上面及び下面(底面)の被告標章1は,テンピュール商標1と一緒に表示されていること,④被告標章1から中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状のクッションあるいはこのような円形,輪形に似た形状のクッションの観念が生じること,⑤各テンピュール商標(テンピュール商標1ないし3)は,被告が販売する商品とともに全国放送のテレビ番組,新聞,雑誌等でたびたび紹介され,『テンピュール』の標準文字からなるテンピュール商標2は,平成20年7月当時までに,被告が販売する商品の商標として著名となっていたことを総合すると,被告商品の包装箱に接した取引者,需要者は,被告商品の包装箱に付されたテンピュール商標1,及び説明文中の『テンピュールR』の表示をもって,被告の出所表示であると認識すると解するのが相当である。

イ 『ドーナツクッション』の語を付したクッション商品に対する認識

前記のとおり,①『ドーナツクッション』の語を付した多数のクッション商品が,中央部分に穴のあいた円形,輪形及び矩形の形状のクッションの写真や図などとともに,宣伝広告され,販売される例が,存在し,これらの商品は特定の製造者,販売者による商品に限られるものではないことから,一般需要者において,『ドーナツクッション』の語について,特定の出所を表す表記であるとは認識されていないこと,②一般消費者においても,ウエブサイト等の書き込みにおいて,『ドーナツクッション』の語を,特有の形状を有するクッションとの意味で使用しており,特定の出所を示すものとして使用していない例が少なくないこと,③『商品の形状等を指す語』と『商品の種類を指す語』とを前後に組み合わせることによって商品をわかりやすく表記することは,一般に行われていることからすれば,被告標章1の出所識別力は極めて弱いといえる。

ウ 以上の経緯を総合するならば,被告商品の包装箱に接した一般消費者は,被告標章1について,被告商品の本体の形状を示すイメージ図及び上記②の説明文と相俟って,被告商品が中央部分を取り外すと,中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し,商品の出所を想起するものではないものと認められる。

そうすると,被告標章1が被告商品の包装箱において商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから,被告商品の包装箱における被告標章1の使用は,商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。

エ これに対し,原告は,以下のとおり主張するが,いずれも理由がない。

(ア) 被告商品の包装箱には,被告標章1以外には,被告商品の商品名に該当する表示は一切ないこと,表面及び裏面の商品の説明文に商品の種類を示す表示として『シートクッション』という語が用いられていることから,被告標章1は,被告商品の出所を表示するものとして使用されていると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,被告商品の包装箱の表面には,『お産の後の妊婦さんや痔でお悩みの方などにお薦めのシートクッション。中央部分にはスーパーソフトなテンピュールRを用いて安らげる座りごこちを提供します。』との説明文,同裏面には,『抜群のコンビネーションが自然な座りごこちを実現 テンピュールRのドーナツクッションは,一見すると通常のシートクッションと変わりませんが,デリケートな部分が触れるところをスーパーソフトのテンピュールRで構成することにより,自然な座りごこちを実現しています。・・・』との説明がされ,『シートクッション』の語は,被告商品が着座して使用するクッションであることを意味するものとして用いられていることが認められる。『シートクッション』の語が,このような文脈で説明的に用いられたからといって,『ドーナツクッション』からなる被告標章1が商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられていることの根拠となるものではない。

(イ) 原告は,被告商品は,四角形に近い形状であるから,『ドーナツクッション』より生じる観念とは一致しないと主張する。

しかし,原告の上記主張も採用の限りでない。すなわち,被告商品は,その外縁がやや四角形に近いとはいえ,その中央部分を取り外した場合には楕円形の穴が中央部分にできるものであって,取り外した状態では全体として,『中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似た形状』であるといえるから(甲5の1,甲5の3),原告の上記主張は採用の限りでない。

(ウ) 原告は,被告商品は,その中央部分を取り外さないで使用することが推奨されている上,たとえ取り外したとしても,その中身は,肌色のデザイン性のない中綿であるので(甲242の3~6),一般消費者としては,被告商品に付属している四角形の穴のないカバーを取り付けて利用するはずであるといえるから(甲242の1~8),被告商品が『中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似た形状』であると理解されるとはいえないと主張する。

しかし,原告の上記主張は採用の限りでない。すなわち,被告商品の包装箱には被告商品の中央部分を取り除いてカバーを取り付ける前の,楕円形の穴が内側にあいている状態が明確に図示されており,その状態はクッションとしては特徴的なものであって,『スーパーソフトの素材を使用した中央部分は取り外し可能。着座にデリケートになっている方におすすめです。』(甲6),『お産の後の妊婦さんや痔でお 悩みの方などにお薦めのシートクッション』(甲44の1,2,甲45の1)との説明文等があることからみても,需要者がそれらの商品特性を理解して,被告商品に付された『ドーナツ』の語句が『中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似た形状』を表現したものであると理解するといえる。

したがって,中央部分を取り外す前の状態又はカバー取付後の状態を強調して上記の理解が生じ得ないとする原告の前記主張は採用の限りでない。

(エ) 原告は,商標が商品の形状を説明する機能を有すると同時に出所表示機能をも果たすことはあり得るから,被告各標章が形状表示機能を有するとしても,そのことが,出所表示機能を否定する根拠とはならないと主張する。

しかし,原告の上記主張は採用の限りでない。すなわち,被告各標章の表記態様,各テンピュール商標の存在や,説明文等をも総合考慮すれば,被告各標章は,出所の表示として使用されているものとはいえない。

したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

(2) 被告ウエブサイトにおける被告標章2の表記について

前記のとおり,被告ウエブサイトの表記態様については,別紙6の写真に示すとおりであり,①中央部に,被告標章2が表示され,その下にカバーが取り付けられた被告商品の写真が掲載されていること,②写真右側に,『スーパーソフトの素材を使用した中央部分は取り外し可能。着座にデリケートになっている方におすすめです。』との説明文が記載されていること,③左側上部に,テンピュール商標3と構成が同一で色彩が異なる標章が掲載されていること,④下部に,『テンピュールはテンピュール・ジャパンの登録商標です』との文章が掲載されていること,⑤被告標章2から中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状のクッションあるいはこのような円形,輪形に似た形状のクッションの観念が生じること,⑥『テンピュール』の標準文字からなるテンピュール商標2は,平成20年7月当時までに,被告が販売する商品の商標として著名となっていたことが認められる。


上記の事実のほかに,前記(1)のイ記載のとおり,『ドーナツクッション』の語を付したクッション商品に対する一般取引者及び需要者の認識に照らすならば,被告標章2の出所識別力は極めて弱いといえることを総合すると,被告ウエブサイトの上記部分に接した一般消費者においては,被告標章2について,上記説明文と相俟って,被告商品が中央部分を取り外すと,中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し,商品の出所を想起するものではないものと認められる。

そうすると,被告標章2が被告商品のウエブサイトにおいて商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから,被告商品のウエブサイトにおける被告標章2の使用は,本来の商標としての使用に当たらないというべきである。

(3) 被告カタログにおける被告標章2の表記について

前記認定のとおり,被告カタログにおける被告標章2の表記は,①表表紙の中央上部に,『テンピュールR総合カタログ』,『2009Autumn-2009Winter』との文字,『TEMPUR』の文字,テンピュール商標3と構成が同一で色彩が異なる標章が記載されていること,②被告商品を紹介している部分において,上から順に,被告標章2と構成が同一で,文字色が黒色の文字標章,被告商品の写真,『スーパーソフトの素材を使用した中央部分は取り外し可能。着座にデリケートになっている方におすすめです。』との説明文が記載されていること,③裏表紙の中央部に,テンピュール商標3と構成が同一で色彩が異なる標章が記載されていること,④また,被告ウエブサイトには,被告販売に係る他の商品も表記されているが,例えば,『座布団』,『トランジットピロー』,『New トラベルピロー』など,他の商品についても,およそ出所識別を有しない一般名詞が用いられていること,⑤被告標章2から中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状のクッションあるいはこのような円形,輪形に似た形状のクッションの観念が生じること,⑥『テンピュール』の標準文字からなるテンピュール商標2は,平成20年7月当時までに,被告が販売する商品の商標として著名となっていたことが認められる。

上記の事実に前記(1)のイ記載のとおり,『ドーナツクッション』の語を付したクッション商品に対する一般取引者及び需要者の認識に照らすならば,被告標章2の出所識別力は極めて弱いといえることを総合すると,被告カタログの上記部分に接した一般消費者においては,上記説明文と相俟って,被告商品が中央部分を取り外すと,中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し,商品の出所を想起するものではないものと認められる。

そうすると,被告標章2と構成が同一で,文字色が黒色の文字標章が被告カタログにおいて商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから,被告カタログにおける被告標章2と構成が同一で,文字色が黒色の文字標章の使用は,本来の商標としての使用に当たらないというべきである。」

原判決45頁19行目の「(6)」を「(4)」に改める。

原判決45頁1行目の「2 争点2-1」を「3 争点2-1」に改める。

原判決46頁22行目の冒頭から,24行目末尾までを,以下のとおり改める。

「4 小括

以上のとおり,①『ドーナツ』の語には,穴のあいた円形,輪形の形をした物の観念が含まれており,『ドーナツ盤』,『ドーナツ椅子』,『ドーナツスピン』,『ドーナツ星雲』等の『ドーナツ』を冠した複合語の用例が存在していることを総合すると,『ドーナツ』を冠した複合語からは,『ドーナツ』とそれに続く語との間の『型』又は『形』の文字が付加されていない場合であったとしても,『中央部分に穴のあいた円形,輪形の形状の物あるいはこのような円形,輪形に似た形状の物』の観念が想 起されること,②被告商品の包装箱,被告ウエブサイト又は被告カタログには,その出所識別表示としては,各テンピュール商標が別に存在しており,被告標章1(ドーナツ/クッション)又は2(ドーナツクッション)については,被告商品の本体の形状を示すイメージ図及び包装箱の説明文等と相俟って,被告商品がその中央部分を取り外すと,中央部分に穴のあいた輪形に似た形状となるクッションであることを説明するために用いられたものであると需要者において認識し,商品の出所を想起するものではないといえることなどに鑑みれば,被告各標章は,被告商品の出所識別表示として使用されているものではないと認められるから,その使用が『登録商標に類似する商標の使用』 (商標法37条1号)には該当せず,被告の商品であることを示す『商品等表示』(不競法2条1項1号,2号)にも当たらないというべきである。

その他,原告は,縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。

5 結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。」

知的財産高等裁判所第3部



裁判長裁判官
飯 村 敏 明



裁判官
齊 木 教 朗



裁判官
武 宮 英 子



「被告標章目録」









「商品目録」


商品名:ドーナツクッション
販売元:被告




「原告登録商標目録」(甲3,4)


登録商標

登録番号 第822951号
出願年月日 昭和42年11月10日
登録年月日 昭和44年6月24日
更新登録日 平成21年1月13日
商品の区分及び指定商品

第20類「クッション,座布団,まくら,マットレス」

第22類「衣服綿,ハンモック,布団袋,布団綿」

第24類「布製身の回り品,かや,敷布,布団,布団カバー,
布団側,まくらカバー,毛布」

24



「被告商標目録」



1 登録番号 第4355267号(乙298,302,303)
出願日 平成11年5月14日
設定登録日 平成12年1月28日
更新登録日 平成21年12月22日
商標権者 ダン-フォーム・アンパルトセルスカプ
専用使用権の設定登録日 平成20年10月31日
専用使用権の範囲 地域 日本
期間 本商標権の存続期間中(平成22年1月28
日まで)
内容 「指定商品 第10類 医療用まくら 医療
用クッション,医療用マットレス,医療用
の補助器具及び矯正器具,その他の医療用
機械器具 第20類 クッション,座布
団,まくら,マットレス」
登録商標


25




2 登録番号 第4566278号(乙299,304)
出願日 平成12年5月1日
設定登録日 平成14年5月10日
商標権者 ダン-フォーム・アンパルトセルスカプ
専用使用権の設定登録日 平成20年10月31日
専用使用権の範囲 地域 日本
期間 本商標権の存続期間中(平成24年5月10
日まで)
内容 「指定商品 第10類・・・,第20類 ・・・
クッション,座布団,まくら,マットレ
ス・・・」
登録商標 テンピュール(標準文字)


3 国際登録番号 第961000号(乙301)
国際登録日 平成20年3月12日(2008年3月12日)
登録日 平成21年12月25日(2009年12月25日)

商標権者 Dan-Foam ApS
登録商標

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【商標の使用…否定】「事実認定」

あてはめ例

イ 『ドーナツクッション』の語を付したクッション商品に対する認識

前記のとおり,①『ドーナツクッション』の語を付した多数のクッション商品が,中央部分に穴のあいた円形,輪形及び矩形の形状のクッションの写真や図などとともに,宣伝広告され,販売される例が,存在し,これらの商品は特定の製造者,販売者による商品に限られるものではないことから,一般需要者において,『ドーナツクッション』の語について,特定の出所を表す表記であるとは認識されていないこと,②一般消費者においても,ウエブサイト等の書き込みにおいて,『ドーナツクッション』の語を,特有の形状を有するクッションとの意味で使用しており,特定の出所を示すものとして使用していない例が少なくないこと,③『商品の形状等を指す語』と『商品の種類を指す語』とを前後に組み合わせることによって商品をわかりやすく表記することは,一般に行われていることからすれば,被告標章1の出所識別力は極めて弱いといえる。

ウ 以上の経緯を総合するならば,被告商品の包装箱に接した一般消費者は,被告標章1について,被告商品の本体の形状を示すイメージ図及び上記②の説明文と相俟って,被告商品が中央部分を取り外すと,中央に穴のあいた輪形に似た形状のクッションであることを表すために用いられたものと認識し,商品の出所を想起するものではないものと認められる。

そうすると,被告標章1が被告商品の包装箱において商品の出所表示機能・出所識別機能を果たす態様で用いられているものと認めることはできないから,被告商品の包装箱における被告標章1の使用は,商標としての使用(商標的使用)に当たらないというべきである。

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H230331現在のコメント


(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(ネ)第10084号販売差止等請求控訴事件))

【商標の使用…否定】「事実認定」の判決です。

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Last Update: 2011-03-31 15:13:00 JST

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特許:【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」,【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用) 等:(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10178号審決取消請求事件))






特許:【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」,【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用) 等:(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10178号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」


平成22(行ケ)10178 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月28日 知的財産高等裁判所


(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10178号審決取消請求事件))


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Last Update: 2011-03-31 13:54:36 JST

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特許:【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」,【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用) 等:(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))






特許:【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」,【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用) 等:(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」


平成22(行ケ)10177 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月28日 知的財産高等裁判所


(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))


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【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」,【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用) 等



(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))


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判示




第2 争いのない事実 1 特許庁における手続の経緯


原告は,発明の名称を「抗ウィルス性置換1,3-オキサチオラン」とする特許第2644357号の特許(平成2年2月8日出願〔優先権主張:平成元年2月8日,米国〕,平成9年5月2日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は12である。)の特許権者である。

原告は,平成17年3月24日,本件特許につき,3年6月10日の特許権の存続期間の延長登録の出願(特許権存続期間延長登録願2005-700029号。以下「本件出願」という。)をし,延長の理由として,平成16年12月24日に次の処分(以下「本件処分」という。)がされたことを主張した。

(1) 延長登録の理由となる処分

平成14年法律第96号(平成17年4月1日施行)による改正前の薬事法14条1項(以下「薬事法」という。)に規定する医薬品に係る同項の承認

(2) 処分を特定する番号

承認番号21600AMZ00653000号

(3) 処分の対象となった物

ラミブジンおよび硫酸アバカビル

(4) 処分の対象となった物について特定された用途

HIV感染症

原告は,本件出願について,平成19年12月26日付けで拒絶査定を受けたので,平成20年4月14日,これに対する不服の審判(不服2008-9247号事件)を請求した。

特許庁は,平成22年1月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,同年2月5日,その謄本を原告代理人に送達した。

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2 特許請求の範囲
本件特許の願書に添付された明細書(設定登録時のもの。甲1)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,これらの請求項に係る発明を項番号に対応して,「本件発明1」などといい,これらをまとめて「本件発明」という。)。

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3 審決の理由


別紙審決書写しのとおりであり,理由の概要は次のとおりである。

本件処分の対象となった物はラミブジン及び硫酸アバカビルであり,本件処分の対象となった物について特定された用途はHIV感染症であるところ,平成12年3月29日,ラミブジンが有効成分として記載されるエピビル錠について,[効能又は効用]を,「下記疾患患者におけるジドブジンとの併用療法 HIV感染症」から「下記疾患患者における他の抗HIV薬との併用療法 HIV感染症」と変更する医薬品製造承認事項一部変更承認(以下「本件先行処分」という。判決注 審決にいう「先の処分」と同じである。)がなされた。本件先行処分は,HIV感染症の治療におけるジドブジンとの併用療法を,有効成分をラミブジンと他の抗HIV薬とする併用療法に変更するものであるから,実質的に,本件先行処分の対象となった物は「ラミブジンおよび他のHIV薬」であり,本件先行処分の対象となった物について特定された用途は「HIV感染症」である。

そして,硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)は,本件先行処分時に既に販売されていた医薬品であり,その効能・効果はHIV感染症であって,用法・用量として,通常,成人には他の抗HIV薬と併用されるものであるところ,本件処分は,ラミブジン(エピビル錠)と抗HIV薬である硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)との併用療法が行われていたが,この2種類の抗HIV薬を合剤とすることに関して審査がなされ,合剤であるカイベクサ錠に対して承認がなされたものである。そうすると,本件先行処分でいうラミブジン(エピビル錠)と併用する「他のHIV薬」には,当時既に販売されていた抗HIV薬であって,他の抗HIV医薬と併用されていた硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)が含まれる。

したがって,本件処分と本件先行処分とは,処分の対象となった物及び処分の対象となった物について特定された用途のいずれにおいても重複し,本件発明の実施に本件処分が必要であったとは認められないから,本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権存続期間の延長登録を受けることができない。

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第4 当裁判所の判断


当裁判所は,本件出願に対し,本件先行処分があったことを理由として,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとした審決の判断には,特許法67条の3第1項1号の解釈・適用の誤り(取消事由1)があり,その誤りは,審決の結論に影響するから,審決を取り消すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

従来,先行処分がされた後に,さらに処分(後行処分)がされ,後行処分があったことを理由とする延長登録の出願の可否が争われた事案においては,仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合(なお,本件においては,先行処分に基づく存続期間の延長はされていない。甲13参照)には,その特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという観点(特許法68条の2)を踏まえて検討されてきた。本件においても,例外ではなく,審決は,特許法67条の3第1項1号の解釈に当たっては,同法68条の2の規定と整合させるべきであるなどとして,結論を導いている。

しかし,仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合に,特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという論点は,特許法67条の3第1項1号の要件の充足性(特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否か)と,常に直接的に関係する事項であるとはいえない。むしろ,本件を含む,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。そこで,この観点から検討する。

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1 取消事由1(特許法67条の3第1項1号の解釈・適用の誤り)について

審決は,前記第2,3のとおり,本件先行処分が本件処分の前にされていたから,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとして,本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権存続期間の延長登録を受けることができないと判断した。

しかし,審決の上記判断には,以下のとおり誤りがある。

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(1) 特許法67条の3第1項1号の趣旨等

ア 特許法67条の3第1項1号の要件

特許法67条の3第1項は,柱書きにおいて,「審査官は,特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは,その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と,1号において,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,それぞれ規定している。

上記規定によれば,特許法の存続期間の延長登録の出願に関し,同条1項1号所定の拒絶査定をするための処分要件は,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」のみであり,また,その主張,立証責任は,拒絶査定をする被告において負担すると解すべきである。

この点,被告は,特許権の存続期間に関する特許法67条2項において,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定されていることから,延長登録をすべき旨の査定をするためには,特許法67条の3第1項1号所定の「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」との要件が充足されるのみならず,さらに「当該処分の目的,手続等からみて,当該処分を的確に行うには,相当の期間を要する処分である(こと)」との,明文には存在しない付加的な要件も充足されるべきであると主張する。さらに,被告は,「当該処分の目的,手続等からみて,当該処分を的確に行うには,相当の期間を要する処分である(こと)」との要件を充足するためには,「薬事法上の承認の場合には,『相当の期間を要する』ものとしての実質を有する新薬に対する承認処分,すなわち,当該医薬品の『有効成分』及び『効能・効果』についての審査をした新薬に対する承認」に該当する場合に限定されるべきであると主張する。


しかし,被告の同主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,特許法67条2項の「当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定める」との部分は,どのような処分を特許権の存続期間の延長の理由とすべきかに関して,特許法が政令に委任するに当たり,処分の目的・手続等の観点から一定の制約を設けた規定にすぎないのであって(なお,特許法施行令3条において,薬事法の承認と農薬取締法の登録が規定されている。),上記の事項が,個別的具体的な事案において,延長登録をすべき旨の査定をするための処分要件になるものではない。

のみならず,特許権の存続期間の延長登録の制度が制定された当初(昭和62年改正法が施行された昭和63年1月1日当時)は,特許発明の実施をすることができなかった期間が2年を超えることを延長登録の要件としていたが,その後,同要件が廃止された(平成11年法律第41号)ことに照らしても,「当該処分を的確に行うには相当の期間を要すること」が,延長登録の要件に含まれるというような解釈が採用できないことは明らかである。また,「薬事法上の承認の場合には,『相当の期間を要する』ものとしての実質を有する新薬に対する承認処分,すなわち,当該医薬品の『有効成分』及び『効能・効果』についての審査をした新薬に対する承認」に限定されるべきであるとの被告の主張も,採用の限りでない。

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イ 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨

特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。

すなわち,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権のすべての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

なお,政令で定められた薬事法の承認や農薬取締法の登録は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明を実施することができなかったすべての期間(5年の限度はさておいて)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった期間,すなわち,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象とするものである。この点については,「その特許発明の実施をすることができない期間」とは,「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちの28いずれか遅い方の日から,当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味するとした判例(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)からも明らかである。(なお,政令で定められた薬事法の承認行為に,安全性等を確認するという公認的な性格があったとしても,承認行為が,一般的抽象的に禁止された法的状態を解消させるという法律効果を有することに対し,何らかの影響を与えるものではない。)。

このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。そうとすると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及び②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。

以上の点を前提として整理する。特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,

②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要があるということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。

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ウ 被告の主張について

被告は,特許権の存続期間延長登録制度が創設された昭和62年法律第27号による法改正の経緯に関する資料等(乙2ないし7)を論拠として,法改正は,「新薬」に対する薬事法所定の承認があった場合に,特許権の存続期間の延長が許されることを予定していた旨主張する。

しかし,被告の主張は失当である。

すなわち,乙2ないし5を検討しても,被告の主張に沿った解釈を根拠づけるような記載は見当たらない。また,乙7は,上記改正法を審議・成立させた当時の国会議事録であるが,これによっても,国会において,被告の解釈を前提とするような審議がされた事実は認められず,むしろ,特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分は,薬事法所定の承認に限らないものであり,後に特許法施行令に追加された農薬取締法などに拡大することについて審議されたことが認められる(10ないし11頁)。

また,通商産業省(当時)及び特許庁の内部資料である「法令審査原案および関係資料」(乙6)には,被告の主張に沿う部分があるが,上記資料に記載された見解は,法案が作成された当時の通商産業省及び特許庁担当職員の認識を示すものにすぎず,上記のとおり,国会の審議が,そのような認識を前提としてされた事実はない以上,上記担当職員の当時の認識に即して,法解釈をしなければならない理由は見いだせない。

したがって,被告の上記主張は採用の限りではない。

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(2) 本件事案について

上記(1) の観点に基づき,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実,すなわち,①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかの立証が尽くされているか否かを検討する。

まず,甲2,5,13,上記第2,1記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件処分の対象である本件医薬品は,本件特許の設定登録日(平成9年5月2日)よりも後である平成13年6月13日に臨床試験が開始され,平成16年12月24日に本件処分を受けたことが認められる。これに対して,被告は,本件処分によっては本件医薬品の製造等に係る禁止が解除されていないことを立証しない。したがって,前記①の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえない」との要件を充足していない。

次に,甲1,2,13,上記第2,1記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・スミスクライン株式会社が本件処分を受けたが,本件処分の対象となった物は「ラミブジンおよび硫酸アバカビル」,処分の対象となった物について特定された用途は「HIV感染症」であり,本件医薬品はラミブジンと硫酸アバカビルの合剤であること,本件発明12は,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物を付加的な活性成分と組み合わせて含む,抗ウイルス用医薬組成物。」であることが認められる。そうすると,文言上,ラミブジンと硫酸アバカビルの合剤は「抗ウイルス用医薬組成物」に該当し,ラミブジンは,本件特許の明細書の請求項5ないし7に記載されるシス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1´-イル)-1,3-オキサチオランであって,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物」に該当し,硫酸アバカビルは活性物質であるから,「付加的な活性成分と組み合わせて含む」という要件も充足することとなり,本件医薬品の製造は,本件発明の実施に該当する行為に含まれると解される(この点につき,被告は明らかに争わない。)。一方,被告は,本件処分によって禁止が解除された行為(本件医薬品の製造)が本件発明の実施に該当する行為に含まれないことを立証しない。したがって,前記②の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれない」との要件も充足しないといえる。

なお,本件処分の前である平成12年3月29日に,本件先行処分が存在し,本件先行処分を受けたのは,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・ウェルカム株式会社(平成18年3月14日にグラクソ・スミスクライン株式会社に表示の変更をした。)である(甲13)。しかし,本件医薬品の製造には,本件先行処分の存在によってもなお,薬事法上,本件処分を受けることが必要であったものであるから,上記の点は結論を左右しない。

したがって,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実があるといえず,本件出願が同号に該当するとしてこれを拒絶した審決には誤りがあり,結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2 小括

以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由があるから,その余の争点について判断するまでもなく,審決は違法として取り消されるべきである。これに対し,被告は,上記以外にも縷々反論するが,いずれも採用の限りでない。

第5 結論

よって,原告の請求は理由があるから,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官飯 村 敏 明



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[特許法67条の3第1項1号の解釈に当たっての同法68条の2の規定との関係]「解釈態度」


「仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合に,特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという論点は,特許法67条の3第1項1号の要件の充足性(特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否か)と,常に直接的に関係する事項であるとはいえない。むしろ,本件を含む,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))


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[特許法67条の3第1項1号の要件]「解釈」


「特許法67条の3第1項は,柱書きにおいて,「審査官は,特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは,その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と,1号において,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,それぞれ規定している。
 上記規定によれば,特許法の存続期間の延長登録の出願に関し,同条1項1号所定の拒絶査定をするための処分要件は,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」のみであり,また,その主張,立証責任は,拒絶査定をする被告において負担すると解すべきである。」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))

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【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用)


「特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。

すなわち,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権のすべての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

なお,政令で定められた薬事法の承認や農薬取締法の登録は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明を実施することができなかったすべての期間(5年の限度はさておいて)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった期間,すなわち,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象とするものである。この点については,「その特許発明の実施をすることができない期間」とは,「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちの28いずれか遅い方の日から,当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味するとした判例(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)からも明らかである。(なお,政令で定められた薬事法の承認行為に,安全性等を確認するという公認的な性格があったとしても,承認行為が,一般的抽象的に禁止された法的状態を解消させるという法律効果を有することに対し,何らかの影響を与えるものではない。)。

このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。そうとすると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及び②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))

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【特許法67条の3第1項1号の基準】


「特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,

①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,

②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要があるということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。 」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))

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ウ 被告の主張について

被告は,特許権の存続期間延長登録制度が創設された昭和62年法律第27号による法改正の経緯に関する資料等(乙2ないし7)を論拠として,法改正は,「新薬」に対する薬事法所定の承認があった場合に,特許権の存続期間の延長が許されることを予定していた旨主張する。

しかし,被告の主張は失当である。

すなわち,乙2ないし5を検討しても,被告の主張に沿った解釈を根拠づけるような記載は見当たらない。また,乙7は,上記改正法を審議・成立させた当時の国会議事録であるが,これによっても,国会において,被告の解釈を前提とするような審議がされた事実は認められず,むしろ,特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分は,薬事法所定の承認に限らないものであり,後に特許法施行令に追加された農薬取締法などに拡大することについて審議されたことが認められる(10ないし11頁)。

また,通商産業省(当時)及び特許庁の内部資料である「法令審査原案および関係資料」(乙6)には,被告の主張に沿う部分があるが,上記資料に記載された見解は,法案が作成された当時の通商産業省及び特許庁担当職員の認識を示すものにすぎず,上記のとおり,国会の審議が,そのような認識を前提としてされた事実はない以上,上記担当職員の当時の認識に即して,法解釈をしなければならない理由は見いだせない。

したがって,被告の上記主張は採用の限りではない。

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【あてはめ部分】


(2) 本件事案について

上記(1) の観点に基づき,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実,すなわち,①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかの立証が尽くされているか否かを検討する。

まず,甲2,5,13,上記第2,1記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件処分の対象である本件医薬品は,本件特許の設定登録日(平成9年5月2日)よりも後である平成13年6月13日に臨床試験が開始され,平成16年12月24日に本件処分を受けたことが認められる。これに対して,被告は,本件処分によっては本件医薬品の製造等に係る禁止が解除されていないことを立証しない。したがって,前記①の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえない」との要件を充足していない。

次に,甲1,2,13,上記第2,1記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・スミスクライン株式会社が本件処分を受けたが,本件処分の対象となった物は「ラミブジンおよび硫酸アバカビル」,処分の対象となった物について特定された用途は「HIV感染症」であり,本件医薬品はラミブジンと硫酸アバカビルの合剤であること,本件発明12は,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物を付加的な活性成分と組み合わせて含む,抗ウイルス用医薬組成物。」であることが認められる。そうすると,文言上,ラミブジンと硫酸アバカビルの合剤は「抗ウイルス用医薬組成物」に該当し,ラミブジンは,本件特許の明細書の請求項5ないし7に記載されるシス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1´-イル)-1,3-オキサチオランであって,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物」に該当し,硫酸アバカビルは活性物質であるから,「付加的な活性成分と組み合わせて含む」という要件も充足することとなり,本件医薬品の製造は,本件発明の実施に該当する行為に含まれると解される(この点につき,被告は明らかに争わない。)。一方,被告は,本件処分によって禁止が解除された行為(本件医薬品の製造)が本件発明の実施に該当する行為に含まれないことを立証しない。したがって,前記②の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれない」との要件も充足しないといえる。

なお,本件処分の前である平成12年3月29日に,本件先行処分が存在し,本件先行処分を受けたのは,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・ウェルカム株式会社(平成18年3月14日にグラクソ・スミスクライン株式会社に表示の変更をした。)である(甲13)。しかし,本件医薬品の製造には,本件先行処分の存在によってもなお,薬事法上,本件処分を受けることが必要であったものであるから,上記の点は結論を左右しない。

したがって,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実があるといえず,本件出願が同号に該当するとしてこれを拒絶した審決には誤りがあり,結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2 小括

以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由があるから,その余の争点について判断するまでもなく,審決は違法として取り消されるべきである。これに対し,被告は,上記以外にも縷々反論するが,いずれも採用の限りでない。

第5 結論

よって,原告の請求は理由があるから,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官飯 村 敏 明


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最縮小版:【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」



「特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,

①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,

②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要があるということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。 」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))




H230331現在のコメント


(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))

【特許法67条の3第1項1号の基準】が判断されています。

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Last Update: 2011-03-31 12:50:13 JST

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