2011年3月28日月曜日

特許:【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」,【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用) 等:(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))






特許:【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」,【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用) 等:(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第3部「飯村敏明コート」


平成22(行ケ)10177 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月28日 知的財産高等裁判所


(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))


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【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」,【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用) 等



(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))


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判示




第2 争いのない事実 1 特許庁における手続の経緯


原告は,発明の名称を「抗ウィルス性置換1,3-オキサチオラン」とする特許第2644357号の特許(平成2年2月8日出願〔優先権主張:平成元年2月8日,米国〕,平成9年5月2日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は12である。)の特許権者である。

原告は,平成17年3月24日,本件特許につき,3年6月10日の特許権の存続期間の延長登録の出願(特許権存続期間延長登録願2005-700029号。以下「本件出願」という。)をし,延長の理由として,平成16年12月24日に次の処分(以下「本件処分」という。)がされたことを主張した。

(1) 延長登録の理由となる処分

平成14年法律第96号(平成17年4月1日施行)による改正前の薬事法14条1項(以下「薬事法」という。)に規定する医薬品に係る同項の承認

(2) 処分を特定する番号

承認番号21600AMZ00653000号

(3) 処分の対象となった物

ラミブジンおよび硫酸アバカビル

(4) 処分の対象となった物について特定された用途

HIV感染症

原告は,本件出願について,平成19年12月26日付けで拒絶査定を受けたので,平成20年4月14日,これに対する不服の審判(不服2008-9247号事件)を請求した。

特許庁は,平成22年1月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,同年2月5日,その謄本を原告代理人に送達した。

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2 特許請求の範囲
本件特許の願書に添付された明細書(設定登録時のもの。甲1)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,これらの請求項に係る発明を項番号に対応して,「本件発明1」などといい,これらをまとめて「本件発明」という。)。

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3 審決の理由


別紙審決書写しのとおりであり,理由の概要は次のとおりである。

本件処分の対象となった物はラミブジン及び硫酸アバカビルであり,本件処分の対象となった物について特定された用途はHIV感染症であるところ,平成12年3月29日,ラミブジンが有効成分として記載されるエピビル錠について,[効能又は効用]を,「下記疾患患者におけるジドブジンとの併用療法 HIV感染症」から「下記疾患患者における他の抗HIV薬との併用療法 HIV感染症」と変更する医薬品製造承認事項一部変更承認(以下「本件先行処分」という。判決注 審決にいう「先の処分」と同じである。)がなされた。本件先行処分は,HIV感染症の治療におけるジドブジンとの併用療法を,有効成分をラミブジンと他の抗HIV薬とする併用療法に変更するものであるから,実質的に,本件先行処分の対象となった物は「ラミブジンおよび他のHIV薬」であり,本件先行処分の対象となった物について特定された用途は「HIV感染症」である。

そして,硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)は,本件先行処分時に既に販売されていた医薬品であり,その効能・効果はHIV感染症であって,用法・用量として,通常,成人には他の抗HIV薬と併用されるものであるところ,本件処分は,ラミブジン(エピビル錠)と抗HIV薬である硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)との併用療法が行われていたが,この2種類の抗HIV薬を合剤とすることに関して審査がなされ,合剤であるカイベクサ錠に対して承認がなされたものである。そうすると,本件先行処分でいうラミブジン(エピビル錠)と併用する「他のHIV薬」には,当時既に販売されていた抗HIV薬であって,他の抗HIV医薬と併用されていた硫酸アバカビル(ザイアジェン錠)が含まれる。

したがって,本件処分と本件先行処分とは,処分の対象となった物及び処分の対象となった物について特定された用途のいずれにおいても重複し,本件発明の実施に本件処分が必要であったとは認められないから,本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権存続期間の延長登録を受けることができない。

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第4 当裁判所の判断


当裁判所は,本件出願に対し,本件先行処分があったことを理由として,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとした審決の判断には,特許法67条の3第1項1号の解釈・適用の誤り(取消事由1)があり,その誤りは,審決の結論に影響するから,審決を取り消すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

従来,先行処分がされた後に,さらに処分(後行処分)がされ,後行処分があったことを理由とする延長登録の出願の可否が争われた事案においては,仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合(なお,本件においては,先行処分に基づく存続期間の延長はされていない。甲13参照)には,その特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという観点(特許法68条の2)を踏まえて検討されてきた。本件においても,例外ではなく,審決は,特許法67条の3第1項1号の解釈に当たっては,同法68条の2の規定と整合させるべきであるなどとして,結論を導いている。

しかし,仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合に,特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという論点は,特許法67条の3第1項1号の要件の充足性(特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否か)と,常に直接的に関係する事項であるとはいえない。むしろ,本件を含む,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。そこで,この観点から検討する。

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1 取消事由1(特許法67条の3第1項1号の解釈・適用の誤り)について

審決は,前記第2,3のとおり,本件先行処分が本件処分の前にされていたから,本件発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとして,本件出願は特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権存続期間の延長登録を受けることができないと判断した。

しかし,審決の上記判断には,以下のとおり誤りがある。

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(1) 特許法67条の3第1項1号の趣旨等

ア 特許法67条の3第1項1号の要件

特許法67条の3第1項は,柱書きにおいて,「審査官は,特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは,その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と,1号において,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,それぞれ規定している。

上記規定によれば,特許法の存続期間の延長登録の出願に関し,同条1項1号所定の拒絶査定をするための処分要件は,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」のみであり,また,その主張,立証責任は,拒絶査定をする被告において負担すると解すべきである。

この点,被告は,特許権の存続期間に関する特許法67条2項において,「特許権の存続期間は,その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があつたときは,5年を限度として,延長登録の出願により延長することができる。」と規定されていることから,延長登録をすべき旨の査定をするためには,特許法67条の3第1項1号所定の「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」との要件が充足されるのみならず,さらに「当該処分の目的,手続等からみて,当該処分を的確に行うには,相当の期間を要する処分である(こと)」との,明文には存在しない付加的な要件も充足されるべきであると主張する。さらに,被告は,「当該処分の目的,手続等からみて,当該処分を的確に行うには,相当の期間を要する処分である(こと)」との要件を充足するためには,「薬事法上の承認の場合には,『相当の期間を要する』ものとしての実質を有する新薬に対する承認処分,すなわち,当該医薬品の『有効成分』及び『効能・効果』についての審査をした新薬に対する承認」に該当する場合に限定されるべきであると主張する。


しかし,被告の同主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,特許法67条2項の「当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定める」との部分は,どのような処分を特許権の存続期間の延長の理由とすべきかに関して,特許法が政令に委任するに当たり,処分の目的・手続等の観点から一定の制約を設けた規定にすぎないのであって(なお,特許法施行令3条において,薬事法の承認と農薬取締法の登録が規定されている。),上記の事項が,個別的具体的な事案において,延長登録をすべき旨の査定をするための処分要件になるものではない。

のみならず,特許権の存続期間の延長登録の制度が制定された当初(昭和62年改正法が施行された昭和63年1月1日当時)は,特許発明の実施をすることができなかった期間が2年を超えることを延長登録の要件としていたが,その後,同要件が廃止された(平成11年法律第41号)ことに照らしても,「当該処分を的確に行うには相当の期間を要すること」が,延長登録の要件に含まれるというような解釈が採用できないことは明らかである。また,「薬事法上の承認の場合には,『相当の期間を要する』ものとしての実質を有する新薬に対する承認処分,すなわち,当該医薬品の『有効成分』及び『効能・効果』についての審査をした新薬に対する承認」に限定されるべきであるとの被告の主張も,採用の限りでない。

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イ 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨

特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。

すなわち,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権のすべての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

なお,政令で定められた薬事法の承認や農薬取締法の登録は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明を実施することができなかったすべての期間(5年の限度はさておいて)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった期間,すなわち,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象とするものである。この点については,「その特許発明の実施をすることができない期間」とは,「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちの28いずれか遅い方の日から,当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味するとした判例(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)からも明らかである。(なお,政令で定められた薬事法の承認行為に,安全性等を確認するという公認的な性格があったとしても,承認行為が,一般的抽象的に禁止された法的状態を解消させるという法律効果を有することに対し,何らかの影響を与えるものではない。)。

このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。そうとすると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及び②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。

以上の点を前提として整理する。特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,

②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要があるということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。

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ウ 被告の主張について

被告は,特許権の存続期間延長登録制度が創設された昭和62年法律第27号による法改正の経緯に関する資料等(乙2ないし7)を論拠として,法改正は,「新薬」に対する薬事法所定の承認があった場合に,特許権の存続期間の延長が許されることを予定していた旨主張する。

しかし,被告の主張は失当である。

すなわち,乙2ないし5を検討しても,被告の主張に沿った解釈を根拠づけるような記載は見当たらない。また,乙7は,上記改正法を審議・成立させた当時の国会議事録であるが,これによっても,国会において,被告の解釈を前提とするような審議がされた事実は認められず,むしろ,特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分は,薬事法所定の承認に限らないものであり,後に特許法施行令に追加された農薬取締法などに拡大することについて審議されたことが認められる(10ないし11頁)。

また,通商産業省(当時)及び特許庁の内部資料である「法令審査原案および関係資料」(乙6)には,被告の主張に沿う部分があるが,上記資料に記載された見解は,法案が作成された当時の通商産業省及び特許庁担当職員の認識を示すものにすぎず,上記のとおり,国会の審議が,そのような認識を前提としてされた事実はない以上,上記担当職員の当時の認識に即して,法解釈をしなければならない理由は見いだせない。

したがって,被告の上記主張は採用の限りではない。

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(2) 本件事案について

上記(1) の観点に基づき,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実,すなわち,①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかの立証が尽くされているか否かを検討する。

まず,甲2,5,13,上記第2,1記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件処分の対象である本件医薬品は,本件特許の設定登録日(平成9年5月2日)よりも後である平成13年6月13日に臨床試験が開始され,平成16年12月24日に本件処分を受けたことが認められる。これに対して,被告は,本件処分によっては本件医薬品の製造等に係る禁止が解除されていないことを立証しない。したがって,前記①の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえない」との要件を充足していない。

次に,甲1,2,13,上記第2,1記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・スミスクライン株式会社が本件処分を受けたが,本件処分の対象となった物は「ラミブジンおよび硫酸アバカビル」,処分の対象となった物について特定された用途は「HIV感染症」であり,本件医薬品はラミブジンと硫酸アバカビルの合剤であること,本件発明12は,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物を付加的な活性成分と組み合わせて含む,抗ウイルス用医薬組成物。」であることが認められる。そうすると,文言上,ラミブジンと硫酸アバカビルの合剤は「抗ウイルス用医薬組成物」に該当し,ラミブジンは,本件特許の明細書の請求項5ないし7に記載されるシス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1´-イル)-1,3-オキサチオランであって,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物」に該当し,硫酸アバカビルは活性物質であるから,「付加的な活性成分と組み合わせて含む」という要件も充足することとなり,本件医薬品の製造は,本件発明の実施に該当する行為に含まれると解される(この点につき,被告は明らかに争わない。)。一方,被告は,本件処分によって禁止が解除された行為(本件医薬品の製造)が本件発明の実施に該当する行為に含まれないことを立証しない。したがって,前記②の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれない」との要件も充足しないといえる。

なお,本件処分の前である平成12年3月29日に,本件先行処分が存在し,本件先行処分を受けたのは,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・ウェルカム株式会社(平成18年3月14日にグラクソ・スミスクライン株式会社に表示の変更をした。)である(甲13)。しかし,本件医薬品の製造には,本件先行処分の存在によってもなお,薬事法上,本件処分を受けることが必要であったものであるから,上記の点は結論を左右しない。

したがって,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実があるといえず,本件出願が同号に該当するとしてこれを拒絶した審決には誤りがあり,結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2 小括

以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由があるから,その余の争点について判断するまでもなく,審決は違法として取り消されるべきである。これに対し,被告は,上記以外にも縷々反論するが,いずれも採用の限りでない。

第5 結論

よって,原告の請求は理由があるから,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官飯 村 敏 明



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[特許法67条の3第1項1号の解釈に当たっての同法68条の2の規定との関係]「解釈態度」


「仮に先行処分を理由として存続期間が延長された場合に,特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという論点は,特許法67条の3第1項1号の要件の充足性(特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否か)と,常に直接的に関係する事項であるとはいえない。むしろ,本件を含む,特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を検討することが必須である。」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))


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[特許法67条の3第1項1号の要件]「解釈」


「特許法67条の3第1項は,柱書きにおいて,「審査官は,特許権の存続期間の延長登録の出願が次の各号の一に該当するときは,その出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」と,1号において,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,それぞれ規定している。
 上記規定によれば,特許法の存続期間の延長登録の出願に関し,同条1項1号所定の拒絶査定をするための処分要件は,「その特許発明の実施に第六十七条第二項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認められないとき」のみであり,また,その主張,立証責任は,拒絶査定をする被告において負担すると解すべきである。」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))

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【特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨】「解釈態度」(最高裁判決引用)


「特許権の存続期間の延長登録の制度が設けられた趣旨は,以下のとおりである。

すなわち,「その特許発明の実施」について,特許法67条2項所定の「政令で定める処分」を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権のすべての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものである。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,一般の開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせるため,そのような不都合を解消させて,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。

なお,政令で定められた薬事法の承認や農薬取締法の登録は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによってはじめて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明を実施することができなかったすべての期間(5年の限度はさておいて)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった期間,すなわち,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象とするものである。この点については,「その特許発明の実施をすることができない期間」とは,「政令で定める処分」を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちの28いずれか遅い方の日から,当該「政令で定める処分」が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味するとした判例(最高裁判所平成10年(行ヒ)第43号平成11年10月22日・民集53巻7号1270頁参照)からも明らかである。(なお,政令で定められた薬事法の承認行為に,安全性等を確認するという公認的な性格があったとしても,承認行為が,一般的抽象的に禁止された法的状態を解消させるという法律効果を有することに対し,何らかの影響を与えるものではない。)。

このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長するという方法を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。そうとすると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと,及び②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))

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【特許法67条の3第1項1号の基準】


「特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,

①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,

②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要があるということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。 」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))

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ウ 被告の主張について

被告は,特許権の存続期間延長登録制度が創設された昭和62年法律第27号による法改正の経緯に関する資料等(乙2ないし7)を論拠として,法改正は,「新薬」に対する薬事法所定の承認があった場合に,特許権の存続期間の延長が許されることを予定していた旨主張する。

しかし,被告の主張は失当である。

すなわち,乙2ないし5を検討しても,被告の主張に沿った解釈を根拠づけるような記載は見当たらない。また,乙7は,上記改正法を審議・成立させた当時の国会議事録であるが,これによっても,国会において,被告の解釈を前提とするような審議がされた事実は認められず,むしろ,特許権の存続期間の延長登録の理由となる処分は,薬事法所定の承認に限らないものであり,後に特許法施行令に追加された農薬取締法などに拡大することについて審議されたことが認められる(10ないし11頁)。

また,通商産業省(当時)及び特許庁の内部資料である「法令審査原案および関係資料」(乙6)には,被告の主張に沿う部分があるが,上記資料に記載された見解は,法案が作成された当時の通商産業省及び特許庁担当職員の認識を示すものにすぎず,上記のとおり,国会の審議が,そのような認識を前提としてされた事実はない以上,上記担当職員の当時の認識に即して,法解釈をしなければならない理由は見いだせない。

したがって,被告の上記主張は採用の限りではない。

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【あてはめ部分】


(2) 本件事案について

上記(1) の観点に基づき,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実,すなわち,①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかの立証が尽くされているか否かを検討する。

まず,甲2,5,13,上記第2,1記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件処分の対象である本件医薬品は,本件特許の設定登録日(平成9年5月2日)よりも後である平成13年6月13日に臨床試験が開始され,平成16年12月24日に本件処分を受けたことが認められる。これに対して,被告は,本件処分によっては本件医薬品の製造等に係る禁止が解除されていないことを立証しない。したがって,前記①の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえない」との要件を充足していない。

次に,甲1,2,13,上記第2,1記載の事実及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・スミスクライン株式会社が本件処分を受けたが,本件処分の対象となった物は「ラミブジンおよび硫酸アバカビル」,処分の対象となった物について特定された用途は「HIV感染症」であり,本件医薬品はラミブジンと硫酸アバカビルの合剤であること,本件発明12は,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物を付加的な活性成分と組み合わせて含む,抗ウイルス用医薬組成物。」であることが認められる。そうすると,文言上,ラミブジンと硫酸アバカビルの合剤は「抗ウイルス用医薬組成物」に該当し,ラミブジンは,本件特許の明細書の請求項5ないし7に記載されるシス-2-ヒドロキシメチル-5-(シトシン-1´-イル)-1,3-オキサチオランであって,「請求項1から9のいずれかに記載の式(Ⅰ)で表される化合物」に該当し,硫酸アバカビルは活性物質であるから,「付加的な活性成分と組み合わせて含む」という要件も充足することとなり,本件医薬品の製造は,本件発明の実施に該当する行為に含まれると解される(この点につき,被告は明らかに争わない。)。一方,被告は,本件処分によって禁止が解除された行為(本件医薬品の製造)が本件発明の実施に該当する行為に含まれないことを立証しない。したがって,前記②の要件,すなわち「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれない」との要件も充足しないといえる。

なお,本件処分の前である平成12年3月29日に,本件先行処分が存在し,本件先行処分を受けたのは,本件特許の登録された通常実施権者であるグラクソ・ウェルカム株式会社(平成18年3月14日にグラクソ・スミスクライン株式会社に表示の変更をした。)である(甲13)。しかし,本件医薬品の製造には,本件先行処分の存在によってもなお,薬事法上,本件処分を受けることが必要であったものであるから,上記の点は結論を左右しない。

したがって,本件出願について,特許法67条の3第1項1号の要件に該当する事実があるといえず,本件出願が同号に該当するとしてこれを拒絶した審決には誤りがあり,結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2 小括

以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由があるから,その余の争点について判断するまでもなく,審決は違法として取り消されるべきである。これに対し,被告は,上記以外にも縷々反論するが,いずれも採用の限りでない。

第5 結論

よって,原告の請求は理由があるから,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官飯 村 敏 明


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最縮小版:【特許法67条の3第1項1号の基準】「基準」



「特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,

①「政令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと,又は,

②「『政令で定める処分』を受けたことによって禁止が解除された行為」が「『その特許発明の実施』に該当する行為」に含まれないことのいずれかを論証する必要があるということになる(なお,特許法67条の2第1項4号及び同条2項の規定に照らし,「政令で定める処分」の存在及びその内容については,出願人が主張,立証すべきものと解される。)。換言すれば,審決において,そのような要件に該当する事実がある旨を論証しない限り,同号所定の延長登録の出願を拒絶すべきとの判断をすることはできないというべきである。 」(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))




H230331現在のコメント


(知財高裁平成23年3月28日判決(平成22年(行ケ)第10177号審決取消請求事件))

【特許法67条の3第1項1号の基準】が判断されています。

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Last Update: 2011-03-31 12:50:13 JST

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