2011年1月13日木曜日

特許:一致点・相違点認定「事実認定」: (知財高裁平成23年1月13日判決(平成22年(行ケ)第10091号審決取消請求事件))






特許:一致点・相違点認定「事実認定」:(知財高裁平成23年1月13日判決(平成22年(行ケ)第10091号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第2部「塩月秀平コート」


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一致点・相違点認定に関する「事実認定」論です。本文を読めば(短いし)分かるので省略します。

「本願発明の「調整」が原告の主張するような構成で限定されたものと読み取ることはできない。したがって,原告の上記主張は,本願発明の構成に基づく主張とはいえず,これを採用することはできない。」

主張が構成に基づく主張でないことが大きな理由となっています。


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判決原文(引用)





第5 当裁判所の判断





1 本願発明について



上記第2,2の【請求項1】の記載,本願明細書(甲6,7)の段落【0001】~【0011】,【0014】,【0015】等の記載によれば,本願発明は,次のとおりのものと認められる。

本願発明は,高純度半導体ガスを高流量で送出するための方法等に関するものであって,液化圧縮ガスの温度制御法とされている。液化ガスの貯蔵容器から蒸気となったガスを送出すると,圧力の低下を補うために液化ガスが蒸発し,液化ガスの温度が低下するため,外部の装置を介して液化ガスにエネルギーを供給する(加熱等を行う)必要があるが,従来技術では,既存の圧縮ガス貯蔵源に適応することができず,追加的な装置を必要とするなどの欠点があることから,本願発明は,①貯蔵容器からの蒸気(ガス)の抜出しを容易にし,②貯蔵容器壁から液化ガスへの最適な熱伝達を可能にする制御戦略を提供し,③プロセスラインにおける液滴の形成を最小限にしながら高い蒸気流量を送出する方法を開発することを解決すべき課題とするもので,課題解決の手段として,液化圧縮ガスの貯蔵容器に接近させた加熱手段を設け,貯蔵容器の壁に温度測定手段を配置して容器内の圧縮ガスの温度を測定し,また,貯蔵容器の出口に圧力測定手段を配置して容器圧を測定し,測定した温度及び圧力に基づいて加熱手段の出力を調整するものである。


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2 引用発明について



引用例(甲1)の特許請求の範囲【請求項1】,【請求項11】,発明の詳細な説明段落【0001】,【0002】,【0013】~【0017】,【0023】,【0029】,【0056】,【0077】,【0078】等の記載によれば,引用例には,半導体製造工業等において用いられる,液化状態から高純度ガスを制御配給するシステムに関するものであって,シリンダーに貯えられた液化状態の高純度ガスを,ヒーター等の伝熱速度増加手段により加熱して処理ツールに供給するが,その際,シリンダー出口の圧力を圧力センサーで読み取り,これに基づいて伝熱速度増加手段の出力を調整し,また,シリンダー過熱センサーを設けて,所定の温度リミットを超えたときに圧力に基づく調整を無視するようにすることで,液化状態のガスの温度がシリンダー周辺の温度より高くならないように制御することができる発明が記載されているものと認められる。

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3 取消事由1(引用発明の認定の誤り,これに伴う一致点・相違点の認定の誤り)について



(1) 原告は,引用例においては,ガスシリンダーと直接接触するように置かれた加熱/冷却ジャケットを使用しないとされていることを根拠として,引用発明の伝熱速度増加手段は,貯蔵容器に直接接触することを避けるものなので,「貯蔵容器に接近させて…配置」されるものではなく,したがって,審決が「c. 貯蔵容器に接近させて少なくとも1個の加熱手段を配置し,」を一致点として認定したことは誤りである旨主張する。

しかし,引用例の「伝熱速度増加手段は,シリンダーの下に置かれたヒーターを備えた請求項1に記載のガス配給システム。」(特許請求の範囲【請求項11】),「…ヒーター100は,重量測定スケール用のカバーの形をとっており,…加熱されるスケールカバーを使用する時,シリンダーは,カバーされたスケール上に直接置かれる。」(発明の詳細な説明段落【0057】)等の記載によれば,引用発明の伝熱速度増加手段(ヒーター)がガスシリンダーに接近して配置されていることは明らかである。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

(2) 原告は,温度測定手段によって得られる容器表面の温度と,圧力測定手段によって得られる容器圧との両方に基づいて加熱手段の出力を調整し,これにより,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にするものであるという本願発明に関する主張を前提として,引用発明のシリンダー過熱センサーは本願発明の温度測定手段に相当せず,加熱手段の出力を調整するために使用されるものでもないと主張する。

しかし,上記第2,2のとおり,本願発明の【請求項1】では,「温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される」と特定されているにとどまり,「加熱手段の出力の調整により,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にする」ことに関する特定はない。また,本願明細書には,原告が主張するような「加熱手段の出力の調整により,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にする」ための制御戦略を提案する旨の記載はあるが,他方で,赤外表面温度センサーで測定したトンコンテナ(貯蔵容器)の壁温度が設定した温度に達したときには圧力制御プロセスを無視し,ヒーターへの動力を停止する旨の記載(段落【0063】),すなわちリミッターに関する記載もあるから,本願明細書の記載を斟酌したとしても,本願発明の「調整」が原告の主張するような構成で限定されたものと読み取ることはできない。したがって,原告の上記主張は,本願発明の構成に基づく主張とはいえず,これを採用することはできない。

また,原告は,引用発明のシリンダー過熱センサーについて,安全の観点から設置され,加熱手段の運転を非常停止するための装置であるから,伝熱速度増加手段の出力を調整するためのものではないなどとも主張する。

しかし,引用例の記載によれば,引用発明においては,制御手段がシリンダーの圧力と温度とを制御するものとされ(段落【0077】),その制御手段は公知であって,伝熱速度増加手段を調整するコントローラーが,圧力センサーで読み込んだ圧力に基づき調整を行い,選択的に,シリンダー過熱センサーを設けて,所定の温度リミットを超えたときにコントローラーを無視するようにすることもできる(段落【0078】)というものであることが認められる。これらの記載からすると,シリンダー過熱センサーはシリンダーの温度を測定するものであるといえる。また,「制御手段」は温度についても制御対象としているのであるから,引用発明においては,シリンダー過熱センサーによって測定された温度が所定の値を超えたときにコントローラーを無視する,すなわち圧力に基づく調整(加熱)を行わないものとすることも,制御手段による制御の一環として位置付けられているものといえる。

さらに,シリンダー過熱センサーは,上記のとおり,温度が所定の値(リミット)を超えたときに加熱を止めるものであるが,技術常識に照らすと,温度が低下した場合にはコントローラーによる制御に復帰するものと解されるから,測定した温度に基づきコントローラーを介した伝熱速度増加手段の調整が行われているといえる。したがって,引用発明においても,測定した温度に基づく調整は行われているといえるし,この調整は圧力に基づく調整とも関連し,コントローラーを介して行われているということができるのであって,審決における引用発明の認定,これと本願発明との対比,一致点・相違点の認定に原告主張の誤りはない。

以上のとおり,取消事由1には理由がない。



4 取消事由2(相違点に関する判断の誤り)について



原告は,取消事由1においてした主張,すなわち,本願発明が,測定した圧力及び温度に基づいて加熱手段の出力を調整し,これにより,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にするものであるという主張や,引用発明のシリンダー過熱センサーは伝熱速度増加手段の出力を調整する手段ではないという主張を前提として,これらの点を考慮すると,相違点1及び2に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易とはいえない旨主張する。しかし,上記3で説示したとおり,原告が前提とする上記主張はいずれも採用することができない。なお,相違点1については,実願平3-47965号(実開平4-132300号)のマイクロフイルム(甲3),特開平8-21560号公報(甲4)及び特開平10-26298号公報(甲5)の記載に照らし,容器の温度測定の技術分野において「貯蔵容器の壁に温度測定手段を配置して温度を測定すること」は,周知技術であると認められるから,これを引用発明に適用して,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易であったといえる。

また,相違点2についても,上記特開平8-21560号公報及び特開平10-26298号公報の記載に照らし,容器の温度測定の技術分野において「貯蔵容器内の物質の温度を測定する」ことは,周知技術であると認められるから,これを引用発明に適用して,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易であったといえる。したがって,相違点1及び2に関する審決の判断に誤りはない。

また,原告は,審決が認定した相違点1及び2以外にも,取消事由1で主張した点が相違点として認定されるべきであり,これらの点についても当業者にとって想到容易とはいえないと主張するが,審決における相違点の認定に誤りがないことは上記3で説示したとおりである。

したがって,取消事由2についても理由がない。



第6 結論



以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。




判決原文(全文)




平成22(行ケ)10091 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年01月13日 知的財産高等裁判所



平成23年1月13日判決言渡同日原本領収裁判所書記官

平成22年(行ケ)第10091号審決取消請求事件

口頭弁論終結日平成22年12月22日



判決





主文



原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。



事実及び理由




第1 原告の求めた判決



特許庁が不服2007-32630号事件について平成21年11月4日にした審決を取り消す。



第2 事案の概要



本件は,国際特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,容易推考性の存否である。


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1 特許庁における手続の経緯


原告は,平成13年(2001年)1月5日(米国)の優先権を主張して,平成13年12月19日,名称を「高流量でのガス送出」とする発明について国際特許出願(PCT/US2001/051618,日本国における出願番号は特願2002-592163号)をし,平成15年9月4日に特許庁に翻訳文を提出し(甲6,国内公表公報は特表2004-527712号),平成18年11月16日付けで特許請求の範囲等を変更する補正をしたが,拒絶査定を受けたので,不服の審判請求をした。

特許庁は,この請求を不服2007-32630号事件として審理し,平成21年11月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成21年11月17日原告に送達された。



2 本願発明の要旨


平成18年11月16日付け補正による請求項の数は10であるが,そのうち【請求項1】は,次のとおりである(本願発明)。

「貯蔵容器において液化圧縮ガスの温度を制御する方法において,

a. 液化圧縮ガスを貯蔵容器に送り,

b. 圧縮ガス貯蔵容器の壁に温度測定手段を配置し,

c. 貯蔵容器に接近させて少なくとも1個の加熱手段を配置し,

d. 貯蔵容器内の圧縮ガスの温度を温度測定手段で監視し,

e. 貯蔵容器内の出口に圧力測定手段を配置して容器圧を監視し,そして

f. 加熱手段の出力を調整して貯蔵容器内の液化圧縮ガスを加熱する,

ことを含み,

温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される液化圧縮ガスの温度制御法。」


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3 審決の理由の要点



引用例(特開平10-277380号公報,審決では「引用例1」と表記,甲1)には,次のとおりの引用発明(審決では「引用発明1」と表記)が記載されていると認められる。

「ガスシリンダーにおいて液化ガスの温度を制御する方法において,

a. 液化ガスをガスシリンダーに送り,

b. ガスシリンダーにシリンダー過熱センサーを配置し,

c. ガスシリンダーに接近させて少なくとも1個の伝熱速度増加手段を配置し,


d. ガスシリンダーの温度を過熱センサーで監視し,

e. ガスシリンダー内の出口に圧力センサーを配置して容器圧を監視し,そして

f. 伝熱速度増加手段を調整してガスシリンダー内の液化ガスを加熱する,ことを含み,

シリンダー過熱センサー及び圧力センサーは,伝熱速度増加手段の出力を調整するために使用される液化ガスの温度制御法。」

本願発明と引用発明とは,次のとおりの一致点で一致し,相違点1及び2で相違するが,相違点1に係る本願発明の構成は,周知技術(実願平3-47965号(実開平4-132300号)のマイクロフイルム(甲3),特開平8-21560号公報(甲4)及び特開平10-26298号公報(甲5)参照)であって,そのような周知技術を引用発明に適用することは当事者が容易になし得たことであり,相違点2に係る本願発明の構成についても,周知技術(特開平8-21560号公報(甲4)及び特開平10-26298号公報(甲5)参照)であって,そのような周知技術の構成を引用発明に適用することは当業者が容易になし得たことであるから,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

【一致点】

「貯蔵容器において液化圧縮ガスの温度を制御する方法において,

a. 液化圧縮ガスを貯蔵容器に送り,

b. 圧縮ガス貯蔵容器に温度測定手段を配置し,

c. 貯蔵容器に接近させて少なくとも1個の加熱手段を配置し,

d. 貯蔵容器の温度を温度測定手段で監視し,

e. 貯蔵容器内の出口に圧力測定手段を配置して容器圧を監視し,そして

f. 加熱手段の出力を調整して貯蔵容器内の液化圧縮ガスを加熱する,

ことを含み,

温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される液化圧縮ガスの温度制御法。」

【相違点1】

本願発明の温度測定手段が貯蔵容器の壁に温度測定手段を配置して圧縮ガスの温度を測定しているのに対して,引用発明のシリンダー過熱センサー(温度測定手段)をどのように配置しているのかが不明な点

【相違点2】
本願発明の温度測定手段が貯蔵容器内の圧縮ガスの温度を測定しているのに対して,引用発明のシリンダー過熱センサー(温度測定手段)が,液化ガス(圧縮ガス)の温度を測定しているのか貯蔵容器等の温度を測定しているかが不明な点


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第3 原告主張の審決取消事由



1 取消事由1(引用発明の認定の誤り,これに伴う一致点・相違点の認定の誤り)

(1) 審決は,引用発明の「伝熱速度増加手段」が本願発明の「加熱手段」に相n当するとした上,「c. 貯蔵容器に接近させて少なくとも1個の加熱手段を配置し,」を一致点として認定している。

本願発明では,加熱手段は,加熱手段と貯蔵容器間で絶縁体として作用する空気ギャップを極力排除して熱伝達を高めるため,貯蔵容器に接近して配置される。

これに対し,引用例には,従来技術及び解決課題として,ガスシリンダーと直接接触するように置かれ,シリンダー回りを被覆する加熱/冷却ジャケットを使用すると,シリンダーの温度が環境温度よりも高くなり,あるいは,過熱に伴う再濃縮の欠点があるため,その使用は好ましくなく,そのような加熱/冷却ジャケットを使用することのない方法を提供する旨の記載がある。このような記載事項からすると,引用発明では,貯蔵容器内の液体温度が環境温度を超えないようにするため,伝熱速度増加手段として,貯蔵容器に直接接触したり,貯蔵容器を被覆するものは避けられるものであり,したがって,伝熱速度増加手段は貯蔵容器に接近させて配置するものではないことは明らかである。

したがって,審決における引用発明と本願発明との対比及び一致点の認定には誤りがあり,上記の点を相違点として挙げなかったことも誤りである。

(2) 審決は,引用発明について,「シリンダー過熱センサー316がコントローラーを介して伝熱速度増加手段308の出力を調整していることは明らか」とした上,この「シリンダー過熱センサー」が本願発明の「温度測定手段」に相当し,したがって,「温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される」点を一致点として認定している。
しかし,本願発明は,圧縮ガス貯蔵容器の壁に配置した温度測定手段によって得られる容器表面の温度と,貯蔵容器の出口に配置した圧力測定手段によって得られる容器圧との両方に基づいて加熱手段の出力を調整し,これにより,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にするものである。
これに対し,引用発明では,主に圧力センサー310によって得られるシリンダー312の出口の圧力に基づいてコントローラー314が伝熱速度増加手段308を制御(調整)している。シリンダー過熱センサーについては,引用例に「…選択的に,シリンダー過熱センサー316をも設けて,所定の温度リミットを越えたときにコントローラーを無視するようにすることもできる。」(段落【0078】)と記載されるように,単なる温度に関するリミッターである。温度リミッターは,安全の観点から設置される装置であって,コントローラーによる制御を遮断してヒーターなどの加熱手段の運転を非常停止するために設置される装置であり,引用発明が目的とする「ガスシリンダー内の液体温度が環境温度を超えないで,環境とガスシリンダーとの間の伝熱速度を増加する」(【請求項1】)という正しい状態にすることはできないから,シリンダー過熱センサーが伝熱速度増加手段の出力を「調整」しているということはできない。また,シリンダー過熱センサーは,容器圧とは無関係に機能するものであって,温度と圧力の双方に基づく調整ではない。さらに,シリンダー過熱センサーは,所定の温度リミットを越えたときにコントローラーを無視するような制御を行っているのであるから,この制御は圧力情報を取り扱うコントローラーを介しては行われていない。

以上のとおり,引用発明の「シリンダー過熱センサー」は,本願発明の「温度測定手段」には相当せず,引用発明では,温度測定手段による容器温度と圧力測定手段による容器圧との両方に基づく加熱手段の圧力制御は行われておらず,審決における引用発明の認定,引用発明と本願発明との対比・一致点の認定には誤りがあり,上記の点を相違点として挙げなかったことも誤りである。
なお,被告は,本願明細書(翻訳文(甲6),手続補正書(甲7))にもリミッターに関する記載がある旨主張するが,この記載は,本願発明における「温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される」の具体例ではない。


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2 取消事由2(相違点に関する判断の誤り)



本願発明では,上記1(2)のとおり,温度測定手段を圧縮ガス貯蔵容器の壁に配置して測定した容器表面温度と,圧力測定手段で測定した容器圧との両方に基づいて,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達が最適になるように加熱手段の出力を調整する。このような点は,審決が周知技術の記載された文献として掲げる実願平3-47965号(実開平4-132300号)のマイクロフイルム(甲3),特開平8-21560号公報(甲4)及び特開平10-26298号公報(甲5)には記載されていない。また,引用発明における「シリンダー過熱センサー316」は,上記1(2)で述べたように単なる温度リミッターであり,圧力情報を取り扱うコントローラー314を介しての制御は行われていない。そのため,引用発明のシリンダー過熱センサー316をガスシリンダ ーの壁に配置して温度を測定し,相違点1及び2のように構成することは,当業者が容易になし得たものではない。

さらに,上記1のとおり,引用発明は,相違点1及び2以外にも,本願発明における,「c.貯蔵容器に接近させて少なくとも1個の加熱手段を配置し」,及び「温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される」の構成を欠いているため,実願平3-47965号(実開平4-132300号)のマイクロフイルム(甲3),特開平8-21560号公報(甲4)及び特開平10-26298号公報(甲5)を参照しても,当業者は本願発明を容易に想到し得ない。


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第4 被告の主張



1 取消事由1に対し

(1) 引用例には,伝熱速度増加手段である「ヒーター」がガスシリンダーに接して配置され,ガスシリンダーを加熱していることを示す記載がある。

したがって,引用発明は,ガスシリンダーに接近させて少なくとも1個のヒーター,すなわち伝熱速度増加手段を配置する構成を具備しており,本願発明における「貯蔵容器に接近させて少なくとも1個の加熱手段を配置し」に相当する構成を具備しているといえる。

(2) 引用例には「…選択的に,シリンダー過熱センサー316をも設けて,所定の温度リミットを越えたときにコントローラーを無視するようにすることもできる」(段落【0078】)と記載されているように,シリンダー過熱センサーは,シリンダーの温度が所定温度を越えたときに伝熱速度増加手段による加熱を止め,シリンダー温度が所定温度を越えないようにすることが示されている。つまり,引用発明の「シリンダー過熱センサー」は,本願発明と同様にガスシリンダーの温度を測定するという機能若しくは作用を奏するものであるから,本願発明の「温度測定手段」に相当するものであるし,シリンダー過熱センサーにより測定されるシリンダーの温度が所定温度を越えないように伝熱速度増加手段の出力を調整するものであるといえる。したがって,引用発明における「シリンダー過熱センサー」は「伝熱速度増加手段の出力を調整するために使用される」との構成は,本願発明における「温度測定手段」は「加熱手段の出力を調整するために使用される」との構成に相当するから,引用発明は,本願発明の「温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される」に相当する構成を具備しているといえる。

なお,原告が主張するように,引用発明のシリンダー過熱センサーが温度に関するリミッターであるとしても,本願明細書には,これと同様に,トンコンテナの温度を制限するリミッターとして用いられる赤外表面温度センサーが示されている。すなわち,赤外表面温度センサーによりトンコンテナ(貯蔵容器)の温度を測定し,この温度と連動するトンコンテナ(貯蔵容器)内の圧縮ガスの温度が所定温度を越えないようにヒーター(加熱手段)の出力を調整する構成が示されており,引用発明が,本願発明の「温度測定手段」は,「加熱手段の出力を調整するために使用される」に相当する構成を具備していることに変わりはない。

以上のとおり,審決における引用発明の認定,本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定に誤りはない。



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2 取消事由2に対し



原告は,本願発明では,温度測定手段で測定した容器表面温度と,圧力測定手段で測定した容器圧との両方に基づいて,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達が最適になるように加熱手段の出力を調整する旨を主張しているが,本願発明において,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限するための構成は特定されていない(なお,本願明細書を参照しても,自由対流及び核沸騰型に制限するための具体的手法は何ら記載されておらず,どのようなものであるか不明である。)から,原告の上記主張は,本願発明の構成に基づくものではない。

また,原告は,引用発明における「シリンダー過熱センサー316」は,単なる温度リミッターであり,圧力情報を取り扱うコントローラー314を介しての制御は行われていないことから,引用発明のシリンダー過熱センサー316をガスシリンダーの壁に配置して温度を測定し,相違点1及び2のように構成することは,当業者が容易になし得たものではない旨を主張している。しかし,上記1で主張したとおり,引用発明の「シリンダー過熱センサー」は,本願発明の「温度測定手段」に相当するものであって,引用発明は,本願発明の「温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される」に相当する構成を具備している。また,本願発明においても「シリンダー過熱センサー及び圧力センサーは,伝熱速度増加手段の出力を調整するために使用される」と特定されているのみで,圧力情報をどのように取り扱って制御するかは何ら特定されていないから,原告の主張は本願発明の構成に基づかない主張である。そして,相違点1について,審決は,容器の温度測定の技術分野において「貯蔵容器の壁に温度測定手段を配置して温度を測定する」ことは周知技術であることから,これを引用発明に用いて,引用発明のシリンダー過熱センサー(温度測定手段)をガスシリンダー(貯蔵容器)の壁に配置し,本願発明の相違点1に係る構成のようにすることは当業者にとり格別な困難性のないものであり,容易になし得たものであると判断したものであって,この審決の相違点1の判断に誤りはない。

さらに,原告は,相違点1及び2以外にも相違点がある旨主張するが,上記1で主張したとおり,審決の一致点・相違点認定に誤りはない。

以上のとおり,審決の相違点に関する判断に誤りはない。




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第5 当裁判所の判断





1 本願発明について


上記第2,2の【請求項1】の記載,本願明細書(甲6,7)の段落【0001】~【0011】,【0014】,【0015】等の記載によれば,本願発明は,次のとおりのものと認められる。

本願発明は,高純度半導体ガスを高流量で送出するための方法等に関するものであって,液化圧縮ガスの温度制御法とされている。液化ガスの貯蔵容器から蒸気となったガスを送出すると,圧力の低下を補うために液化ガスが蒸発し,液化ガスの温度が低下するため,外部の装置を介して液化ガスにエネルギーを供給する(加熱等を行う)必要があるが,従来技術では,既存の圧縮ガス貯蔵源に適応することができず,追加的な装置を必要とするなどの欠点があることから,本願発明は,①貯蔵容器からの蒸気(ガス)の抜出しを容易にし,②貯蔵容器壁から液化ガスへの最適な熱伝達を可能にする制御戦略を提供し,③プロセスラインにおける液滴の形成を最小限にしながら高い蒸気流量を送出する方法を開発することを解決すべき課題とするもので,課題解決の手段として,液化圧縮ガスの貯蔵容器に接近させた加熱手段を設け,貯蔵容器の壁に温度測定手段を配置して容器内の圧縮ガスの温度を測定し,また,貯蔵容器の出口に圧力測定手段を配置して容器圧を測定し,測定した温度及び圧力に基づいて加熱手段の出力を調整するものである。



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2 引用発明について



引用例(甲1)の特許請求の範囲【請求項1】,【請求項11】,発明の詳細な説明段落【0001】,【0002】,【0013】~【0017】,【0023】,【0029】,【0056】,【0077】,【0078】等の記載によれば,引用例には,半導体製造工業等において用いられる,液化状態から高純度ガスを制御配給するシステムに関するものであって,シリンダーに貯えられた液化状態の高純度ガスを,ヒーター等の伝熱速度増加手段により加熱して処理ツールに供給するが,その際,シリンダー出口の圧力を圧力センサーで読み取り,これに基づいて伝熱速度増加手段の出力を調整し,また,シリンダー過熱センサーを設けて,所定の温度リミットを超えたときに圧力に基づく調整を無視するようにすることで,液化状態のガスの温度がシリンダー周辺の温度より高くならないように制御することができる発明が記載されているものと認められる。



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3 取消事由1(引用発明の認定の誤り,これに伴う一致点・相違点の認定の誤り)について



(1) 原告は,引用例においては,ガスシリンダーと直接接触するように置かれた加熱/冷却ジャケットを使用しないとされていることを根拠として,引用発明の伝熱速度増加手段は,貯蔵容器に直接接触することを避けるものなので,「貯蔵容器に接近させて…配置」されるものではなく,したがって,審決が「c. 貯蔵容器に接近させて少なくとも1個の加熱手段を配置し,」を一致点として認定したことは誤りである旨主張する。


しかし,引用例の「伝熱速度増加手段は,シリンダーの下に置かれたヒーターを備えた請求項1に記載のガス配給システム。」(特許請求の範囲【請求項11】),「…ヒーター100は,重量測定スケール用のカバーの形をとっており,…加熱されるスケールカバーを使用する時,シリンダーは,カバーされたスケール上に直接置かれる。」(発明の詳細な説明段落【0057】)等の記載によれば,引用発明の伝熱速度増加手段(ヒーター)がガスシリンダーに接近して配置されていることは明らかである。


したがって,原告の上記主張は理由がない。

(2) 原告は,温度測定手段によって得られる容器表面の温度と,圧力測定手段によって得られる容器圧との両方に基づいて加熱手段の出力を調整し,これにより,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にするものであるという本願発明に関する主張を前提として,引用発明のシリンダー過熱センサーは本願発明の温度測定手段に相当せず,加熱手段の出力を調整するために使用されるものでもないと主張する。

しかし,上記第2,2のとおり,本願発明の【請求項1】では,「温度測定手段及び圧力測定手段は,加熱手段の出力を調整するために使用される」と特定されているにとどまり,「加熱手段の出力の調整により,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にする」ことに関する特定はない。また,本願明細書には,原告が主張するような「加熱手段の出力の調整により,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にする」ための制御戦略を提案する旨の記載はあるが,他方で,赤外表面温度センサーで測定したトンコンテナ(貯蔵容器)の壁温度が設定した温度に達したときには圧力制御プロセスを無視し,ヒーターへの動力を停止する旨の記載(段落【0063】),すなわちリミッターに関する記載もあるから,本願明細書の記載を斟酌したとしても,本願発明の「調整」が原告の主張するような構成で限定されたものと読み取ることはできない。したがって,原告の上記主張は,本願発明の構成に基づく主張とはいえず,これを採用することはできない。

また,原告は,引用発明のシリンダー過熱センサーについて,安全の観点から設置され,加熱手段の運転を非常停止するための装置であるから,伝熱速度増加手段の出力を調整するためのものではないなどとも主張する。

しかし,引用例の記載によれば,引用発明においては,制御手段がシリンダーの圧力と温度とを制御するものとされ(段落【0077】),その制御手段は公知であって,伝熱速度増加手段を調整するコントローラーが,圧力センサーで読み込んだ圧力に基づき調整を行い,選択的に,シリンダー過熱センサーを設けて,所定の温度リミットを超えたときにコントローラーを無視するようにすることもできる(段落【0078】)というものであることが認められる。これらの記載からすると,シリンダー過熱センサーはシリンダーの温度を測定するものであるといえる。また,「制御手段」は温度についても制御対象としているのであるから,引用発明においては,シリンダー過熱センサーによって測定された温度が所定の値を超えたときにコントローラーを無視する,すなわち圧力に基づく調整(加熱)を行わないものとすることも,制御手段による制御の一環として位置付けられているものといえる。

さらに,シリンダー過熱センサーは,上記のとおり,温度が所定の値(リミット)を超えたときに加熱を止めるものであるが,技術常識に照らすと,温度が低下した場合にはコントローラーによる制御に復帰するものと解されるから,測定した温度に基づきコントローラーを介した伝熱速度増加手段の調整が行われているといえる。したがって,引用発明においても,測定した温度に基づく調整は行われているといえるし,この調整は圧力に基づく調整とも関連し,コントローラーを介して行われているということができるのであって,審決における引用発明の認定,これと本願発明との対比,一致点・相違点の認定に原告主張の誤りはない。

以上のとおり,取消事由1には理由がない。



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4 取消事由2(相違点に関する判断の誤り)について


原告は,取消事由1においてした主張,すなわち,本願発明が,測定した圧力及び温度に基づいて加熱手段の出力を調整し,これにより,液体の沸騰を自由対流及び核沸騰型に制限して貯蔵容器壁から液体への熱伝達を最適にするものであるという主張や,引用発明のシリンダー過熱センサーは伝熱速度増加手段の出力を調整する手段ではないという主張を前提として,これらの点を考慮すると,相違点1及び2に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易とはいえない旨主張する。しかし,上記3で説示したとおり,原告が前提とする上記主張はいずれも採用することができない。なお,相違点1については,実願平3-47965号(実開平4-132300号)のマイクロフイルム(甲3),特開平8-21560号公報(甲4)及び特開平10-26298号公報(甲5)の記載に照らし,容器の温度測定の技術分野において「貯蔵容器の壁に温度測定手段を配置して温度を測定すること」は,周知技術であると認められるから,これを引用発明に適用して,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易であったといえる。

また,相違点2についても,上記特開平8-21560号公報及び特開平10-26298号公報の記載に照らし,容器の温度測定の技術分野において「貯蔵容器内の物質の温度を測定する」ことは,周知技術であると認められるから,これを引用発明に適用して,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易であったといえる。したがって,相違点1及び2に関する審決の判断に誤りはない。

また,原告は,審決が認定した相違点1及び2以外にも,取消事由1で主張した点が相違点として認定されるべきであり,これらの点についても当業者にとって想到容易とはいえないと主張するが,審決における相違点の認定に誤りがないことは上記3で説示したとおりである。

したがって,取消事由2についても理由がない。


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第6 結論


以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官塩月秀平裁判官清水節裁判官古谷健二郎
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Last Update: 2011-01-25 01:23:56 JST

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特許:発明要旨認定,容易想到性,記載要件充足性判断: (知財高裁平成23年1月13日判決(平成22年(行ケ)第10063号審決取消請求事件))

** 特許:発明要旨認定,容易想到性,記載要件充足性判断:
(知財高裁平成23年1月13日判決(平成22年(行ケ)第10063号審決取消請求事件))


知的財産高等裁判所第2部「塩月秀平コート」


*** 縮小版「事実認定」

**** 「事実認定」
………………………………………………………………………………

しかしながら,審決引用文献の2頁5欄1ないし12行では,鋼材の炭素含有
率が高いとほうろう被膜の欠陥である「つま飛び」や発泡が生じる等の不都合
があることを指摘した上で,この不都合を回避するために例えば
「0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼」をフインの材料として用い
ることが記載されていることにかんがみると,審決引用文献が「ほうろう用極
低炭素鋼」や「0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼」をフインの材
料として用いるべき炭素鋼の例として挙げているとしても,炭素含有率が
0.003%よりも相当高い炭素鋼がフインの材料として用いられることが想
定されているとはいい難い。

そうすると,審決引用文献においては,フインの材料として,通常の炭素鋼に
比して炭素含有率が低い炭素鋼をすべて含むとの構成が開示されているもので
はなく,原告の上記主張を採用することはできない。なお,審決引用発明にい
うフインの材料に炭素含有率が0.003%よりも若干高い炭素鋼が含まれ得
るとしても,審決引用文献の記載に照らしたときにこれが許容される限度が明
らかでないから,一定値の炭素含有率をもって審決引用発明の要旨を認定した
審決の認定に誤りがあるものではない。

………………………………………………………………………………
(知財高裁平成23年1月13日判決(平成22年(行ケ)第10063号審決取消請求事件))

………………………………………………………………………………

**** 容易想到性「事実認定」

「確かに,原告が上記技術常識等の裏付けとして提出する甲第4号証中には,
母材に丸棒等を溶接するスタッド溶接においては,母材が急熱,急冷されるた
めに溶着部や熱影響部が硬化することがあるが,鋼の炭素含有率を0.2%以
下にすれば亀裂が生じない旨,スタッドの材料に低炭素鋼を用いるのが好まし
い旨がそれぞれ記載されているものの,スタッドの材料の低炭素鋼の炭素含有
率がさらに小さければ小さいほど溶接接合部(溶着部)等の亀裂(溶接割れ)
が生じにくくなる旨まで開示ないし示唆されているとは必ずしもいえない。」
(知財高裁平成23年1月13日判決(平成22年(行ケ)第10063号審
決取消請求事件))
のように,容易想到性は,「開示ないし示唆」されているかどうかで判断されるべきである。

**** 記載要件充足性の判断「事実認定」

………………………………………………………………………………

これらの記載からみて,発明の詳細な説明に,ピンを約0.05未満の炭素含
有量を有する炭素鋼とする点,その実施例として,ピンを約0.03%の炭素
含有量を有する特種鋼材とする点が記載されていることは明らかであっ
て,『0.03~0. 05%』の数値範囲も発明の詳細な説明に記載されてい
るといえることから,いわゆるサポート要件に違反するとはいえない。」

………………………………………………………………………………

なお,訂正明細書には前記のとおり,ピンの材料である炭素鋼の炭素含有率の
数値範囲の技術的意義ないし臨界的意義が示されているところ,これは本件発
明が属する技術分野における通常の知識を有する者,すなわち当業者が容易に
その実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載さ
れているといえる。したがって,本件発明は前記改正前の特許法36条4項に
も反しない。

………………………………………………………………………………
(知財高裁平成23年1月13日判決(平成22年(行ケ)第10063号審
決取消請求事件))


*** H230116現在のコメント

面白い判示の仕方です。塩月コートの特色といえるでしょうが,オーソドックスな理論を前提に,事実認定で推し進めるスタイルです。
特徴的な判示を挙げてみましたが,なかなか準備書面等には使いにくいスタイルともいえます。

*** 判決原文(引用)
第5 当裁判所の判断

**** 1 取消事由1(審決引用発明の要旨の認定の誤り)について

(1) 審決は審決引用発明の要旨につき前記のとおり認定し,原告はこのうち表面
積を拡大し,熱交換の効率を改善するためのフインを構成する鋼の組成,ことに炭
素含有率に係る部分の認定の点に誤りがある旨を主張するところ,熱交換器に用い
られるフインチューブの発明に係る審決引用文献中には,フインの炭素含有率につ
き次のとおりの記載がある(甲29)。

・「本発明によるフインチユーブの特徴は,・・・チユーブ(11)およびフイン
(12)の外表面にほうろう被膜(13)が施されていることであり,チユーブ(1
1)およびフイン(12)の材料としては安価な炭素鋼を用いることができる。さ
らに好ましくは,チユーブ(11)の材質は通常の炭素鋼であつても良いが,フイ
ン(12)の材料としては炭素含有率の低い低炭素鋼,例えばほうろう用極低炭素
鋼が用いられる。」(2頁4欄7~15行)

・「両面にほうろう被膜を施す場合には炭素鋼の炭素含有率が高いと,ほうろう被
膜に所謂『つま飛び』現像ママなる欠陥や,焼成中に発泡が生じ,ほうろう被膜の性能
を損うのみでなく,被膜の生成さえも難しくなる。母材たる炭素鋼の両面にほうろ
う被膜を施すには例えば0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼を用いると
両面に良好なほうろう被膜が形成される。・・・フインにはその両面にほうろう被膜
が施されるので,前記のように低炭素鋼が用いられるのが好ましい。」(2頁5欄1
~12行)

(2) 上記(1)のとおり,審決引用文献中にはフインの材料として炭素含有率が0.
003%である低炭素鋼を用いることが開示されているから,審決による審決引用
発明の要旨の認定に誤りがあるとはいえない。

(3) この点,原告は,審決引用発明においてフインの材料として開示されている
ものには通常の炭素鋼に比して炭素含有率が低い炭素鋼がすべて含まれる等と主張
する。

確かに,審決引用文献の2頁4欄7ないし15行,5欄1ないし12行の記載
においては,「ほうろう用極低炭素鋼」や「0.003%程度の炭素含有率の
低い低炭素鋼」は,フインの材料として用いるべき通常の炭素鋼に比して炭素
含有率が低い炭素鋼の例として挙げられている。

しかしながら,審決引用文献の2頁5欄1ないし12行では,鋼材の炭素含有
率が高いとほうろう被膜の欠陥である「つま飛び」や発泡が生じる等の不都合
があることを指摘した上で,この不都合を回避するために例えば
「0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼」をフインの材料として用い
ることが記載されていることにかんがみると,審決引用文献が「ほうろう用極
低炭素鋼」や「0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼」をフインの材
料として用いるべき炭素鋼の例として挙げているとしても,炭素含有率が
0.003%よりも相当高い炭素鋼がフインの材料として用いられることが想
定されているとはいい難い。

そうすると,審決引用文献においては,フインの材料として,通常の炭素鋼に
比して炭素含有率が低い炭素鋼をすべて含むとの構成が開示されているもので
はなく,原告の上記主張を採用することはできない。なお,審決引用発明にい
うフインの材料に炭素含有率が0.003%よりも若干高い炭素鋼が含まれ得
るとしても,審決引用文献の記載に照らしたときにこれが許容される限度が明
らかでないから,一定値の炭素含有率をもって審決引用発明の要旨を認定した
審決の認定に誤りがあるものではない。

(4) 結局,原告が主張する取消事由1は理由がない。

**** 2 取消事由2(審決引用発明と本件発明との相違点の認定の誤り)について

前記1のとおり,審決の審決引用発明の要旨認定に誤りがあるとはいえないから,
これを前提とした相違点3の認定に誤りがあるとはいえない。

したがって,原告が主張する取消事由2は理由がない。

**** 3 取消事由3(審決引用発明に基づく本件発明の容易想到性の判断の誤り)について

(1) 審決引用発明に基づく本件発明の容易想到性に関し,審決は,本件発明の優
先日において,相違点1及び2は,当業者において周知技術を適用することにより
容易に想到し得るが,相違点3は容易に想到し得ないと判断した。原告は相違点3
に係る部分を争うので,以下相違点3に関して判断する。

この点,原告は,本件発明の優先日当時,当業者においては,「母材の成分がいず
れであっても溶着金属部または熱影響部がある程度硬化するが,低炭素鋼は高炭素
鋼に比して溶接部または熱影響部の硬度が低く,亀裂発生を防止する観点から好ま
しい」ことが認識されており,また溶接割れの要因がマルテンサイト生成による硬
化及び拘束応力であること,炭素含有率が小さい低炭素鋼でも溶接割れが生じるこ
と,上記要因を緩和し,溶接割れを防止するためには炭素含有率が小さければ小さ
いほどよいこと,クリープ強度をも考慮し,溶接割れを防止するためには,一般的
な低炭素鋼の炭素含有率を下回る0.03ないし0.15%の炭素含有率にする必
要があることはいずれも当業者の技術常識であったところ,審決は本件発明の優先
日当時の技術水準,技術常識の理解を誤った結果,本件発明の容易想到性の判断を
誤ったものであるなどと主張する。

確かに,原告が上記技術常識等の裏付けとして提出する甲第4号証中には,母材
に丸棒等を溶接するスタッド溶接においては,母材が急熱,急冷されるために溶着
部や熱影響部が硬化することがあるが,鋼の炭素含有率を0.2%以下にすれば亀
裂が生じない旨,スタッドの材料に低炭素鋼を用いるのが好ましい旨がそれぞれ記
載されているものの,スタッドの材料の低炭素鋼の炭素含有率がさらに小さければ
小さいほど溶接接合部(溶着部)等の亀裂(溶接割れ)が生じにくくなる旨まで開
示ないし示唆されているとは必ずしもいえない。

また,原告が同様の趣旨で提出する甲第10号証中にも,ボイラに冷間加工性や
溶接性が良好で,繰り返し加熱冷却を受けた場合にも集中応力の発生が少ない炭素
含有率0.2%以下の低炭素鋼を使用する旨(B4-32頁。なお,表21では,
炭素含有率0.16%の低炭素鋼の構成が開示されている。)や,溶接金属割れの多
くは金属の凝固時に発生する高温割れであるが,母材の溶接熱影響部割れのうち低
温割れは溶接時に侵入した水素,拘束応力,溶接熱影響部(Heat Affect
ed Zone)の硬化組織が主たる原因である旨(B4-23頁)が記載されてい
るものの,母材に低炭素鋼を採用し,さらにその炭素含有率が小さければ小さいほ
ど集中応力の発生等の不都合が生じにくくなる旨まで開示ないし示唆されていると
は必ずしもいえない。

そして,甲第4号証のスタッドや甲第10号証のボイラ用鋼の炭素含有率の上限
が0.2%であって,本件発明のピンの炭素含有率の上限0.05%の4倍,下限
0.03%の約7倍にもそれぞれ当たる点にかんがみれば,溶接接合部等の溶接割
れを防止する観点から,スタッド等の材料の炭素含有率を0.03ないし0.15%
の範囲とすることや0.03ないし0.05%の範囲とすることが示唆されている
ともいえない。

原告が同様の趣旨で提出する甲第11号証中にも,炭素鋼の溶接性は炭素含有量
によって決定され,低炭素鋼は溶接性が良好である旨,溶接部近くの母材は溶接時
の急熱,急冷作用によって溶接熱影響部を生成し,溶接金属直下部分は結晶粒が粗
大化したマルテンサイト組織になって最も硬化し,溶接割れが発生しやすくなる旨,
溶接に伴う母材の熱影響部の変態終了後に発生する低温割れは,マルテンサイトの
生成に伴う熱影響部の硬化,拘束応力及び水素が原因となっており,母材の炭素含
有率の増大は,前2者の要因を増大させ,低温割れを助長する旨,母材に低炭素鋼
を用いる場合でも,拘束が大きく溶接割れの発生の危険性がある場合には,溶接割
れの防止のために母材を予熱する必要がある旨が記載されているものの(852,
854,858頁。なお,図2・12からは,炭素含有率が0%に近い範囲ではグ
ラフの曲線が切れており,完全マルテンサイト地質の硬さとの関係についてみても,
炭素含有率0.05%程度の範囲では,上記の硬さと炭素含有率との間の相関関係
を判読することができない。),低炭素鋼のうちでも鋼の炭素含有率が小さければ小
さいほど,例えば鋼の炭素含有率を0.03ないし0.05%としたときに溶接割
れの発生等の不都合が生じにくくなる旨まで開示ないし示唆されているとは必ずし
もいえない。

また,原告が同様の趣旨で提出する特開平5-320753号公報(甲26)は,
本件発明の優先日より11日前に公開された(公開日は平成5年12月3日。なお
出願日は平成4年5月21日。)ものであるところ,発電用ボイラなどの鉄皮の材料
として使用される高温強度に優れ,溶接性が劣らない炭素鋼として,炭素含有率を
0.03ないし0.15%とする構成が開示されており(特許請求の範囲),また溶
接割れを生じないためには0.15%以下の炭素含有率とすることが必要であり,
一定の強さの力を継続してかけて破断したときの強度であるクリープ強度を大きく
するためには炭素含有率が上記数値範囲内にあることが必要であるので,溶接割れ
を防止し,クリープ強度の向上を図るために炭素含有率の数値範囲を上記のとおり
に設定した旨の記載(段落【0005】)がある。

しかしながら,これらの記載は発明特定事項に係るものであって,発明者が従
来技術にない新規性を有する事項として記載した事項であるから,上記公報の
公開日と本件発明の優先日との近接性にもかんがみれば,本件発明の優先日当
時に,溶接割れ防止とクリープ強度の向上を両立する見地から,炭素含有率を
0.03ないし0.15%とする炭素鋼をボイラの材料とすることが当業者の
技術常識であったとまでは到底いうことができない。結局,本件全証拠に照ら
しても,審決引用発明等に組み合わせるべき本件発明の優先日当時の当業者の
技術常識として,熱交換チューブの表面拡大要素(表面積拡大要素)の材料
に,炭素含有率を0.03ないし0.15%とする低炭素鋼や炭素含有率を
0.03ないし0.05%とする低炭素鋼を採用する構成が存在したとは認め
ることができない。

審決も上記結論を前提にして,審決引用発明との対比における本件発明の容易想
到性の判断を行ったものと解されるから,審決が本件発明の優先日当時の技術水準,
技術常識の理解を誤ったとはいえないというべきである。


(2)アところで,審決引用文献の発明の詳細な説明中には,従来技術による課題
と審決引用発明による解決手段に関し,次のとおりの記載(1頁2欄3行~2頁3
欄15行)がある。

「ボイラーの燃焼排ガスなどのように硫黄分の多い排ガスから熱回収する多管式
熱交換器の場合,酸露点腐食,すなわち排ガス中に含まれる硫黄酸化物がフインチ
ユーブに接触し,酸露点温度以下になるとフインチユーブの表面に硫酸となつて付
着し,その硫酸がフインチユーブを腐食する現象が生じ,そのため多管式熱交換器
の耐用年数を著しく短縮する問題があつた。

このような酸露点腐食の問題に対処するため従来はフインチユーブにチタン等の
高級材料を使用して熱交換器の寿命を延長するような努力がなされてきたが,これ
らの材料は高価でしかも加工性が悪く,その上熱交換性能が悪いためこの種の用途
に用いられる熱交換器としては好適なものとは言えなかつた。また,酸露点腐食の
防止のため安価な材料,例えば炭素鋼からなるフインチユーブの表面に耐食性およ
び耐熱性のある塗料をコーテイングすることも行われてきたが,冷却と加熱の繰り
返しによつて被膜の剥離が生じ,コーテイングの不完全な部分が酸露点腐食によつ
て著しく浸食され,熱交換器の品質安定化が計れず,充分な耐用年数が得られない
等の欠点があつた。

それ故,本発明の目的は比較的安価に製作し得ると共に耐熱性にすぐれ,酸露点
腐食に対し充分に耐え得るフインチユーブを提供することである。

本発明によるフインチユーブの特徴は酸露点腐食に耐え得るようにするため金属
製のチユーブ及びフインの外表面にほうろう被膜が施されていることであつ
て,・・・」

イそうすると,審決引用発明において解決すべき課題は,硫黄分の多い排ガス
から熱を回収する多管式熱交換器に使用される,外側に表面拡大要素たるフインを
設けた熱交換チューブにおいて,排ガス中の硫黄酸化物が冷却され,酸露点以下に
なった結果,生じた硫酸が熱交換器に付着してこれを腐食する事態を防止し得る耐
久性を有するとともに,安価で熱交換性能に優れた熱交換チューブを提供する点に
あるものであり,上記課題を解決するための手段として,熱交換チューブ及びフイ
ンの双方の外表面にほうろう被膜を施す等の構成(特許請求の範囲,1頁1欄5~
14行)が採用されたものである。

そして,2頁5欄1ないし12行の記載も合わせ考慮すると,審決引用発明が炭
素含有率の小さい炭素鋼を熱交換チューブ外側(外周)に設けられたフインの材料
に選択した趣旨は,熱交換性能(熱伝導率)を損なわないことを前提に,ほうろう
被膜の欠陥等の発生を防止し,上記の耐久性を発揮することができるようにする点
にあるということができる。

ウ他方,訂正明細書(甲22)の発明の詳細な説明には,従来技術による課題
と本件発明による解決手段に関し,次のとおりの記載がある。

・「従来は,ピンとチューブ本体間の溶接接合部或いはピンの隣接部分において亀
裂形成の傾向を免れなかった。この傾向は,通常,ピンがチューブ本体に溶接され
た後で冷間屈曲加工される場合に殊に著しい。しかしながら,この傾向は別のピン
と関連しても発生される。・・・このため,最初は極めて小さくても,この小さな最
初の亀裂が熱交換チューブの構成の間に次第に大きな亀裂に成長してピンを脆弱化
し,ついにはこのピンが,例えば熱交換チューブが装着されている排気ガスチュー
ブの煤除去に際して実質的な機械荷重にさらされると,チューブ本体から破断され
るに至っていた。(段落【0003】)

・「そこで,本発明の目的は,前記種類の亀裂形成のリスクを全て実質的に減少す
ることができる前記形式の改良された熱交換チューブを提供することにある。」(段
落【0004】)

・「本発明によれば,前記目的のために,ピンが,チューブ本体を構成する材料よ
りは実質的に低い炭素含有量を有する材料から構成されていることを主要特徴とす
る,前記形式の熱交換チューブが提供される。」(段落【0005】)

エそうすると,本件発明において解決すべき課題は,ボイラ等に用いられる,
外表面に表面拡大要素たるピンを設けた熱交換チューブにおいて(段落【0002】),
ピンとチューブとの間の溶接接合部やピンの溶接接合部に隣接する部分等に亀裂が
生じる結果(溶接割れ),ピンがチューブから破断,脱落する事態を防止するという
点にあるものであり,上記課題を解決するための手段として,ピンの材料である炭
素鋼の炭素含有率を,チューブ本体の材料である炭素鋼の炭素含有率よりも小さく
する等の構成が採用されたものである。

したがって,本件発明と審決引用発明とは,当該発明によって解決すべき技術的
課題が,前者では溶接接合部等の亀裂防止にあり,後者では酸腐食に対する耐久性
の向上等にあって,両者は耐久性の向上というごく抽象的な観点で共通するにすぎ
ず,技術的には相違するものというべきである。

また,審決引用発明では表面拡大要素にほうろう被膜を施すことが大きな要点と
なっているが,本件発明では表面拡大要素にほうろう被膜を施すことは予定されて
いない。

そして,審決引用発明においてフィンの材料に炭素含有率が小さい炭素鋼が採用
された趣旨も,前記のとおり熱交換性能を損なわないことを前提に,ほうろう被膜
の欠陥等の発生を防止し,熱交換チューブの耐久性を発揮することができるように
する点にあるものであって,本件発明でピンの材料の炭素鋼の炭素含有率がチュー
ブ本体の材料の炭素鋼の炭素含有率よりも小さくされた趣旨である溶接接合部等の
亀裂防止の点は,審決引用文献においては開示も示唆もされていない。

なお,訂正明細書の段落【0006】では,熱交換チューブの溶接接合部等の亀
裂発生の原因が,炭素鋼から成るピンをチューブ本体に溶接する際に不可避的に生
じる,ピンの溶接接合部分の加熱及び冷却によって,当該部分を意図せずに硬化し
てしまう点にあるとされているから,本件発明と審決引用発明とでは,熱交換チュ
ーブの耐久性の低下をもたらす原因として着目されている事由(審決引用発明では
酸腐食)が異なるし,上記のとおり表面拡大要素の材料に炭素含有率が小さい炭素
鋼を採用した趣旨も,本件発明(溶接割れの防止)と審決引用発明(ほうろう被膜
の欠陥等の発生)とで異なるものである。

そして,相違点3のとおり,本件発明のピンの炭素含有率は審決引用発明のフイ
ンの炭素含有率の10倍程度にもなるのであって,審決が説示するとおり,両者の
炭素鋼(低炭素鋼)としての性格は本質的に異なるとも評し得るものである。

そうすると,本件発明と審決引用発明とでは,解決すべき技術的課題も異なる
し,表面拡大要素の材料に炭素含有率が小さい炭素鋼を採用した趣旨も両者で
異なるから,本件発明の優先日当時,当業者にとって,ピンの材料に炭素含有
率0.03ないし0.05%の低炭素鋼を採用することが通常の創作能力の発
揮にすぎないということはできず,また当業者において審決引用発明に基づき
相違点3に係る構成に容易に想到できたということもできない。

なお,原告は,本件発明の特許請求の範囲にいう「0.03乃至0.05%」の
炭素含有率の数値範囲は臨界的意義を有しない等として,本件発明には進歩性がな
い旨を主張するが,その主張内容は上記数値範囲を採用することは当業者の通常の
創作能力の範囲にすぎないというに帰し,上記に判断したところからして理由がな
い。

(3) 以上のとおり,本件発明の優先日当時,当業者において,審決引用発明に周
知技術ないし技術常識を組み合わせることにより,相違点3に係る構成に容易に想
到できたとはいえないところ,審決はこの旨の判断をするものであって,審決の判
断に誤りがあるとはいえない。

したがって,原告が主張する取消事由3は理由がない。

**** 4 取消事由4(甲第1号証発明に基づく本件発明の容易想到性の判断の誤り,無効理由2”に対する判断の誤り)について

(1) 甲第1号証発明に基づく本件発明の容易想到性に関し,審決は,本件発明の
優先日において,相違点4は実質的な相違点とはいえないが,相違点5は当業者に
おいて容易に想到し得ないと判断した。原告は相違点5に係る部分を争うところ,
審決は相違点5に係る容易想到性に関して,次のとおり説示する(26,27頁)。

「甲第4-5,10-11号証の記載事項からみて,『低炭素鋼は,溶接性に優れ
ている』点,及び,『熱伝導度は炭素量の増加に伴って減少する』点は,炭素鋼の炭
素含有量により決定される一般的な性質として,溶接技術,機械材料技術の周知技
術であるといえる。

また,甲第4-5号証(甲第10-11号証)は,炭素鋼の一般的な性質として,
中炭素鋼または高炭素鋼との比較において,低炭素鋼の有利な点が記載されたもの
であって,言い換えれば,『溶接性に優れ,熱伝導度をよくする』ためには,低炭素
鋼であれば足りるとこと
ママ
を示しているといえる。

しかしながら,一般に,低炭素鋼と種別される炭素鋼の炭素含有量は,0.08
~0.30%(『溶接・接合便覧』,社団法人溶接学会,1990年9月30日,8
49ページ表2・2参照)であるのに対し,本件発明は,約0.1%の(低)炭素
鋼を用いたとしても発生する亀裂形成のリスクを減少させるとともに,熱効率を改
善するために,表面拡大要素であるピンを『0.03乃至0.05%の炭素含有量
を有する材料』から構成するものである。

さらに,甲第4-5号証(甲第10-11号証)には,炭素鋼を熱交換チューブ
の表面拡大要素とする場合の炭素含有量についての記載はなく,熱交換チューブの
表面拡大要素における炭素鋼の炭素含有量について,好適な数値範囲を示唆するも
のでもない。

そして,A36炭素鋼について,甲第13号証(参考資料)に炭素含有量が『最
大0.25~0.29%』の炭素鋼が示されているとしても,甲第1号証には,A
36炭素鋼の炭素含有量についての具体的な記載も示唆もなく,さらに,ピンの亀
裂形成のリスクを減少させ,熱効率を改善させるといった課題を解決するために,
A36炭素鋼の炭素含有量を限定することの記載も示唆もされていない。」

(2) 甲第11号証によれば,炭素鋼,とりわけ炭素含有率が0.4%以下の炭素
鋼においては,鋼の熱伝導率が炭素含有率が大きくなるに従って急速に減少するこ
とが認められるが(852頁,図2・6。なお,甲第5号証にも同趣旨の記載があ
る。),これは審決が説示するように,本件発明の優先日当時における当業者の技術
常識ないし周知技術であるということができる。

また,甲第4,10,11号証中には,低炭素鋼は溶接性が良好である旨の記載
があり,これも審決が説示するように,本件発明の優先日当時における当業者の技
術常識ないし周知技術であるということができる。

しかしながら,前記3のとおり,甲第4,10,11号証のいずれにおいても,
表面拡大要素あるいは溶接母材一般の炭素含有率が例えば0.2%よりさらに小さ
ければ小さいほど溶接接合部(溶着部)等の亀裂(溶接割れ)が生じにくくなる旨
まで開示ないし示唆されているとは必ずしもいえないし,溶接接合部等の溶接割れ
を防止する観点から,表面拡大要素あるいは溶接母材一般の炭素含有率を0.03
ないし0.15%の範囲とすることや0.03ないし0.05%の範囲とすること
が示唆されているともいえない。

また,前記3のとおり,特開平5-320753号公報(甲26)も,本件発明
の優先日当時に,溶接割れ防止とクリープ強度の向上を両立する見地から,炭素含
有率を0.03ないし0.15%とする炭素鋼をボイラの材料とすることが当業者
の技術常識であったことまで示すものではない。

そして,これらのほかに,本件発明の優先日当時に,溶接接合部等の溶接割れを
防止する観点から,表面拡大要素の炭素含有率を0.03ないし0.15%の範囲
とすることや0.03ないし0.05%の範囲とすることが,既に当業者の技術常
識ないし周知技術であったことを裏付けるに足りる証拠は存しない。

(3) 他方,甲第6号証中には,熱交換チューブの表面拡大要素の材料に低炭素鋼
を使用することが記載されているのみで,それ以上に,上記材料の炭素含有率の具
体的数値を限定する構成は開示も示唆もされていない。

また,甲第7号証中にも,熱交換チューブの表面拡大要素たるスタッド状のフィ
ンのうちチューブ本体近傍部の材料に低炭素鋼を採用することが記載されているの
みで,それ以上に,上記材料の炭素含有率の具体的数値を限定する構成は開示も示
唆もされていない。

したがって,甲第6,7号証においては,表面拡大要素の材料の炭素含有率をさ
らに小さくし,例えば0.03ないし0.05%の炭素含有率の炭素鋼のものとす
ることは,開示も示唆もされていないというべきである。

また,甲第2,3号証は鋼材の規格を示したものにすぎないし,甲第4,5号証
も,単に低炭素鋼が溶接性が良好である旨を開示するのみで,表面拡大要素の材料
の炭素含有率を0.03ないし0.05%とすることは,開示も示唆もされていな
いというべきである(甲第10,11号証も同様)。

また,甲第8号証中には,炭素含有率が0.08%以下の鋼線材が記載されてい
るところ(表2,SWRCH6R,SWRCH6A),審決が説示するとおり,上記
鋼線材を熱交換チューブの表面拡大要素であるピンの材料として使用する構成を開
示ないし示唆する証拠は存せず,仮に上記鋼線材を甲第1号証発明のスタッドの材
料として使用するとしても,前記のとおり,さらに炭素含有率を小さくして,例え
ば0.03ないし0.05%の範囲とすることが,本件発明の優先日当時の当業者
の技術常識ないし周知技術であったかは疑問である。

(4) そして,前記3のとおり,審決が本件発明の優先日当時の技術水準,技術常
識の理解を誤ったとはいうことができないし,前記3と同様に,本件発明の特許請
求の範囲にいう「0.03乃至0.05%」の炭素含有率の数値範囲の限定は,本
件発明と甲第1号証発明等との技術的課題の相違や作用効果の異質性等にかんがみ
れば,本件発明の進歩性の結論に影響を及ぼすものではないものである。

(5) ところで,甲第1号証によれば,従来の流動床燃焼ボイラーに使用される熱
交換管(熱交換チューブ)では,流動床粒子による腐食に対する耐久性が不十分で
あったので,この耐久性を向上させることが,甲第1号証発明において解決すべき
技術的課題であることが認められる(2頁右下欄下から1行~4頁左下欄下から3
行)。

また,甲第1号証発明が上記課題を解決するために採用した手段は,熱交換管の
内表面積を変えずに,外表面にフィンを設けて,外表面積を大きくし,熱交換管の
流動床粒子からの保護面積を大きくすることであった(4頁左下欄下から1行~5
頁左上欄上から3行)。なお,甲第1号証の「発明の好適な実施態様の説明」欄では,
熱交換管本体及びフィンに炭素鋼を用いるが,フィンの材料には,熱交換管本体に
用いる材料(SA178炭素鋼管,炭素含有率は最も小さいもので0.06~0.
18%)よりも炭素含有率が小さいA36炭素鋼(炭素含有率は板材で0.25~
0.29%,棒材で0.26~0.29%)を用いる旨が記載されている(5頁右
下欄上から4行~7行等,甲1ないし3)。

そうすると,本件発明と甲第1号証発明とは,当該発明によって解決すべき技術
的課題が,前者では溶接接合部等の亀裂防止にあり,後者では流動床粒子による腐
食の防止にあって,両者は耐久性の向上というごく抽象的な観点で共通するにすぎ
ず,技術的には相違するというべきである。のみならず,熱交換チューブ(熱交換
管)の損傷をもたらす原因の点でも,両者は大きく異なるものである。

したがって,本件発明の優先日当時,当業者にとって,熱交換チューブの表面拡
大要素の材料として,炭素含有率が0.25%強であるA36炭素鋼に代えて,炭
素含有率が0.03ないし0.05%の低炭素鋼を採用することが通常の創作能力
の発揮にすぎないということはできず,また当業者において甲第1号証発明に基づ
き相違点5に係る構成に容易に想到できたということもできない。

(6) 結局,甲第11号証中の記載等を勘案しても,本件発明の優先日当時,甲第
1号証発明自体に基づくことはもちろん,甲第1号証発明に周知技術(技術常識)
を適用することや,甲第1号証発明に甲第6号証発明及び周知技術を適用すること
や,甲第1号証発明に甲第7号証発明及び周知技術を適用することや,あるいはさ
らに甲第8号証に記載された事項等を勘案することによって,当業者において相違
点5に係る構成に容易に想到できたとはいうことができず,この旨判断する審決の
判断に誤りがあるとはいえない。

したがって,原告が主張する取消事由4は理由がない。

**** 5 取消事由5(記載要件の充足判断の誤り,無効理由3’に関する判断の誤り)について

(1) 本件発明におけるピンの炭素含有率を「0.03乃至0.05%」とするこ
との技術的意義ないし臨界的意義が訂正明細書に記載されているか否かにつき,審
決は次のとおり判断する(23,24頁)。

「『ピン(18)は0.03~0.05%の炭素含有量を有する材料から構成され
ている』について,その範囲を特定する数値限定の臨界的意義について訂正明細書
に何ら開示されていないとはいえず,発明が不明瞭であるとはいえない。

また,訂正明細書には,次の記載事項がある。

ア.『極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンに使用することは,亀裂形成の前
記リスクを減少するばかりでなく,更に別の好結果をももたらすことが判明した。
すなわち,更に詳細には,低減された炭素含有量はピンの熱電
ママ
導率を増大し,これ
によりピンの熱効率が改善され,ひいては熱交換チューブの全体的熱効率が全般的
に増大される。円筒ボイラに実際に適用した実施例に係わる熱交換チューブの熱伝
達係数の計算によれば,0.11%の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素
鋼からなるピンに代えて,僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特種鋼材
からなるピンを使用することにより,前記係数を約4%増大できることが判明し
た。』(段落【0009】)

イ.『ピン18を構成する材料は,好適には約0.05%未満の炭素含有量を有し
なければならない。しかしながら,若しピンが,図2におけるピン18’に関して説
明したようにチューブ本体に溶接された後で冷間屈曲される場合には,これらのピ
ンは,好適には僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する材料から構成されな
ければならない。』(段落【0016】)

これらの記載からみて,発明の詳細な説明に,ピンを約0.05未満の炭素含有
量を有する炭素鋼とする点,その実施例として,ピンを約0.03%の炭素含有量
を有する特種鋼材とする点が記載されていることは明らかであって,『0.03~0.
05%』の数値範囲も発明の詳細な説明に記載されているといえることから,いわ
ゆるサポート要件に違反するとはいえない。」

(2) 審決が説示するとおり,訂正明細書の段落【0009】には炭素含有率0.
03%の炭素鋼をピンの材料に用いると熱交換チューブの熱伝達係数(熱伝導係数)
が約4%大きくなる旨が,段落【0016】には本件発明の作用効果を奏する上で
炭素含有率0.05%未満の炭素鋼をピンの材料に用いるのが好適である旨がそれ
ぞれ記載されている。

また,訂正明細書の段落【0015】には,ピンの材料を熱交換チューブ本体の
材料よりも実質的に低い炭素含有率の炭素鋼で構成することによって,溶接接合部
等に亀裂が生じるリスクが相当程度小さくなり,ピンの熱伝達効率,ひいては熱交
換チューブ全体の熱伝達効率が増大する旨が記載されているから,ピンの炭素含有
率を「0.03乃至0.05%」の数値範囲とすることによる作用効果が訂正明細
書に記載されていることは明らかである。

したがって,特許を受けようとする発明が訂正明細書の発明の詳細な説明欄に記
載されているものであって,平成6年改正法(同年法律第116号)附則6条2項
によりなお従前の例によるとされる同改正法による改正前の特許法36条5項1号
に反しない。

そして,本件発明の特許請求の範囲にいう「ピン(18)は0.03乃至0.0
5%の炭素含有量を有する材料から構成されている」との記載がそれ自体明瞭であ
ることは明らかである。

(3) したがって,本件発明はその特許請求の範囲中に前記(2)のとおりの記載を含
むとしても,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」以外の
事項が記載されていることになるものではなく,本件発明は前記改正前の特許法3
6条5項2号に反しない。

なお,訂正明細書には前記のとおり,ピンの材料である炭素鋼の炭素含有率の数
値範囲の技術的意義ないし臨界的意義が示されているところ,これは本件発明が属
する技術分野における通常の知識を有する者,すなわち当業者が容易にその実施を
することができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているといえ
る。したがって,本件発明は前記改正前の特許法36条4項にも反しない。

(4) よって,原告が主張する取消事由5は理由がない。

**** 第6 結論

以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから,主文のとお
り判決する。


*** 判決原文(全文)
平成22(行ケ)10063 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年01月13日 知的財産高等裁判所 

- 1 -
平成23年1月13日判決言渡同日判決原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10063号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年12月15日
判決
原告 江林重工業株式曾社
訴訟代理人弁理士 高橋昌久
松本廣
石橋克之
被告 アールボルグインダストリーズ
アクティーゼルスカブ
訴訟代理人弁理士 浜田治雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と
定める。
事実及び理由
第1 原告が求めた判決
特許庁が無効2008-800192号事件について平成21年10月14日に
した審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,原告による無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟であり,被告が
特許権者である。
- 2 -
争点は,本件発明が,当業者において本件出願前に頒布された刊行物に基づいて
容易に発明することができたか否かである。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,特許第3567000号の特許権者である。本件特許は,平成6年12
月13日,優先日を1993年(平成5年)12月14日とし,優先権主張国をス
ウェーデンとして,名称を「熱交換チューブ」とする発明について特許出願された
ものであり(請求項の数3),平成16年6月18日に特許権の設定登録がされた。
原告は,平成20年10月1日,本件特許権につき無効審判請求をしたところ,
特許庁はこれを無効2008-800192号事件として審理した。
被告は,平成21年6月5日,上記無効審判請求事件において,請求項1の特許
請求の範囲の記載を一部改めた上で請求項2及び3を削除する訂正を行った(本件
訂正)。
特許庁は,平成21年10月14日,上記訂正を認めると共に,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成21年10月27日に原告に送
達された。
2 本件発明の要旨(本件訂正後の請求項1の記載であり,下線部分が訂正によ
るもの)
「チューブ本体(17)とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からな
る熱交換チューブ(16)であって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に
溶着されてチューブ本体から外向きに延在する多数のピン(18)から構成されて
おり,前記チューブ本体と前記ピンとが共に炭素鋼から構成されている熱交換チュ
ーブ(16)において,
チューブ本体(17)は少なくとも0.1%の炭素含有量を有する炭素鋼から構
成され,
ピン(18)は,0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から構成さ
れていることを特徴とする熱交換チューブ。」
- 3 -
3 原告が審判で提出した証拠方法及び主張した無効理由
【証拠方法】
[甲第1号証]特開昭63-187002号公報
[甲第2号証]「Standard Specification for Electric-Resistance-Welded Carbon Steel
and Carbon-Manganese Steel Boiler Tubes(ASTM A178/A178M-90
aの写し)」
[甲第3号証]「Standard Specification for Structural Steel(ASTM A36/A
36M-92の写し)」
[甲第4号証]「理論實技溶接工學」(韓国,源和出版社発行,1980年(昭
和55年)2月20日)241,242頁
[甲第5号証]「機械材料」(韓国,普成文化社発行,1986年(昭和61年)
3月20日)179,180頁
[甲第6号証]特表平4-500717号公報
[甲第7号証]米国特許第3731738号公報
[甲第10号証]「機械工学便覧」(社団法人日本機械学会編,1987年(昭和
62年)4月15日)B4-32頁
[甲第11号証]「溶接・接合便覧」(社団法人溶接学会編,1990年(平成2
年)9月30日)852頁
(甲第8,9,12,13号証は省略)
【無効理由】
無効理由1ないし3は審判請求書記載のものであり,無効理由2’は口頭審理陳述
要領書記載のものである。原告は,平成21年6月5日付け訂正請求に対する弁駁
書で本件訂正は訂正要件に反すると主張し,合わせて無効理由2”及び3’を主張し
た。
・無効理由1
訂正前の請求項1の発明は,その出願前に日本国内において頒布された甲第1号
- 4 -
証に記載された発明であるから,特許法29条1項3号の規定により特許を受ける
ことができない。
・無効理由2
訂正前の請求項1の発明は,その出願日当時,①甲第1号証に記載された発明に
基づいて,又は,②甲第1号証に記載された発明に甲第4,5号証に記載された周
知技術を適用することにより,又は,③甲第1号証に記載された発明に甲第6号証
に記載された発明を適用することにより,又は,④甲第1号証に記載された発明に
甲第7号証に記載された発明を適用することにより,当業者において容易に想到す
ることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けること
ができない。
また,訂正前の請求項2の発明の「ピン(18)は,約0.05%以下の炭素含
有量を有する材料から構成されている」点及び訂正前の請求項3の発明の「ピン(1
8)は,約0.03%の炭素含有量を有する材料から構成されている」点はいずれ
も設計的事項であって,上記請求項2,3の発明は,いずれも,その出願日当時,
訂正前の請求項1の発明と同様に当業者において容易に想到することができたもの
であるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
・無効理由2’
訂正前の請求項1の発明は,その出願日当時,甲第1号証に記載された発明に甲
第2ないし5,10,11号証に記載された発明を適用することにより,当業者に
おいて容易に想到することができたものであるから,特許法29条2項の規定によ
り特許を受けることができない。
・無効理由2”
訂正後の請求項1の発明(本件発明)は,その出願日当時,甲第1号証等に基づ
いて当業者において容易に想到できたものであるから,特許法29条2項の規定に
より独立して特許を受けることができない。
・無効理由3
- 5 -
訂正前の請求項1の「ピン(18)が,チューブ本体(17)を構成する材料よ
り実質的に低い炭素含有量」との記載は明瞭でなく,請求項2の「約0.05%以
下」との記載,請求項3の「約0.03%」との記載も,数値限定の臨界的意義に
ついて発明の詳細な説明欄に記載がないから,技術的に明瞭でない。したがって,
訂正前の請求項1ないし3は,いずれも当業者において容易に実施することが可能
な程度に当該発明の目的,効果が明細書の発明の詳細な説明欄に記載されていない
ものであるか,特許請求の範囲に特許を受けようとする発明の構成に欠くことがで
きない事項以外の事項を含むもので,改正前の特許法36条4項,5項2号により
特許を受けることができない。
・無効理由3’
訂正後の請求項1の発明(本件発明)は,特許を受けようとする発明が明細書の
発明の詳細な説明欄に記載されていないものであるか,特許請求の範囲に特許を受
けようとする発明の構成に欠くことができない事項以外の事項を含むもので,改正
前の特許法36条5項1,2号により独立して特許を受けることができない。
4 審決の理由の要点等
(1) 平成21年6月5日付け訂正請求に先立って通知した審判手続における無
効理由通知で引用した【特開昭57-60194号公報(審決引用文献)】(甲29)
との対比についてみると,訂正された本件発明は,審決引用文献に記載された発明
(審決引用発明)に周知技術を組み合わせることにより当業者が容易に想到できた
ものではない。
(2) 本件訂正は特許法の関連法規に適合するので,当該訂正を認める。
(3) 本件発明は,甲第1号証に記載された発明(甲第1号証発明)ではなく,新
規性を欠くものではない。したがって,無効理由1の主張は採用することができな
い(26頁21~23行)。
(4) 本件発明は,その出願当時,①甲第1号証発明に基づいて,又は,②甲第1
号証発明に甲第4,5号証に記載された周知技術を適用することにより,又は,③
- 6 -
甲第1号証発明に甲第6号証に記載された発明(甲第6号証発明)を適用すること
により,又は,④甲第1号証発明に甲第7号証に記載された発明(甲第7号証発明)
を適用することにより,当業者において容易に想到することができたものではない。
また,本件発明は,その出願当時,甲第1号証発明に甲第2,3号証に記載され
た規格を基に甲第4,5,10,11号証に記載された周知技術を適用しても,当
業者において容易に想到することができたものではない。
また,「ピン(18)は,0.03乃至0.05%の炭素含有量を有する材料から
構成されている」点は設計的事項であるとはいえない。
したがって,無効理由2及び2’の主張は採用することができない(30頁の末尾
2行)。
(5) 訂正明細書の発明の詳細な説明欄には,当該発明が属する技術分野における
通常の知識を有する者(当業者)が容易にその実施をすることができる程度に,当
該発明の目的,構成及び効果が記載されているから,改正前の特許法36条4項に
反するものではない。
また,本件発明の特許請求の範囲にいう「ピンは0.03乃至0.05%の炭素
含有量を有する材料から構成される」点の数値限定の技術的意義は明瞭であって,
特許を受けようとする発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されている
から,改正前の特許法36条5項2号に反するものではない。
したがって,無効理由3の主張は採用することができない(31頁の下から3行)。
(6) 本件訴訟において,原告は本件訂正の適法性及び本件発明の新規性に係る判
断(上記(2),(3))につき争っていない。
上記(3)ないし(5)のとおり,審決は無効理由1,2,2’及び3についての原告の
主張を採用できないものとしたが,その判断の実質は,本件発明(訂正後のもの)
についてのものである。無効理由1は訂正前の発明についての新規性欠如の主張な
ので,その判断は本件訂正を認めることにより判断の必要がないことに帰したのに
判断したものである。無効理由2,2’及び3の主張については,訂正後の本件発明
- 7 -
に対する無効理由である2”及び3’に置き換わったものとして判断しなければなら
ないのに,その整理がないまま判断を進めているが,当裁判所としては,判断の内
容からみて,その実質を上記のように理解するものである。
(7) 審決が認定した審決引用発明及び甲第1号証発明の要旨,本件発明と審決引
用発明の一致点及び相違点,本件発明と甲第1号証発明の一致点及び相違点はそれ
ぞれ下記のとおりである。相違点に関して審決がした容易想到性の有無の判断内容
は,後記原告主張の審決取消事由の項及び当裁判所の判断の項で引用する。
【審決引用発明の要旨】
「チューブとこのチューブに設けられたの
ママ
表面拡大要素からなるフインチューブ
であって,この表面拡大要素は,チューブの外側に溶接されてチューブから外向き
に延在する多数のフインから構成されており,前記チューブおよび前記フインの外
表面にほうろう被膜が施され,前記チューブと前記フインとが共に炭素鋼から構成
されているフインチューブにおいて,
チューブは通常の炭素鋼から構成され,フインは,0.003%程度の低炭素鋼
から構成されていることを特徴とするフインチューブ。」
【審決引用発明と本件発明の一致点】
「チューブ本体とこのチューブ本体上に設けられた表面拡大要素からなる熱交換
チューブであって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に溶着されてチュー
ブ本体から外向きに延在する多数の表面拡大部材から構成されており,前記チュー
ブ本体と前記表面拡大部材とが共に炭素鋼から構成されている熱交換チューブ」で
ある点
【審決引用発明と本件発明の相違点】
・相違点1
「表面拡大部材について,本件発明では『ピン』であるのに対して,審決引用発
明では『フイン』である点。」
・相違点2
- 8 -
「チューブ本体について,本件発明では『少なくとも0.1%の炭素含有量を有
する炭素鋼』から構成されているのに対して,審決引用発明では,『通常の炭素鋼』
ではあるものの,炭素含有量についての数値限定がなされていない点。」
・相違点3
「表面拡大部材について,本件発明では『0.03%乃至0.05%の炭素含有
量を有する材料』から構成されているのに対して,審決引用発明では『0.003%
程度の低炭素鋼』から構成されている点。」
【甲第1号証発明の要旨】
「熱交換管とこの熱交換管に設けられた表面拡大要素からなる熱交換器であって,
この表面拡大要素は,熱交換管の外側に浸透溶接されて熱交換管から外向きに延在
する多数のスタッドから構成されており,前記熱交換管と前記スタッドとが共に炭
素鋼から構成されている熱交換管(に)おいて,
熱交換管はSA178炭素鋼管から構成され,スタッドは,A36炭素鋼から構
成されていることを特徴とする熱交換器。」
【甲第1号証発明と本件発明との一致点】
「チューブ本体とこのチューブ本体に設けられてた
ママ
表面拡大要素からなる熱交換
チューブであって,この表面拡大要素は,チューブ本体の外側に溶着されてチュー
ブ本体から外向きに延在する多数のピンから構成されており,前記チューブ本体と
前記ピンとが共に炭素鋼から構成されている熱交換チューブ」である点
【甲第1号証発明と本件発明との相違点】
・相違点4
「チューブ本体の炭素含有量について,本件発明では『少なくとも0.1%』で
あるのに対して,甲第1号証発明では,SA178炭素鋼管ではあるものの,炭素
含有量について数値限定がなされていない点。」
・相違点5
「表面拡大要素について,本件発明では『0.03乃至0.05%の炭素含有量
- 9 -
を有する材料』から構成されているのに対して,甲第1号証発明では,A36炭素
鋼ではあるものの,炭素含有量についての数値限定がなされていない点。」
第3 原告主張の審決取消事由
1 審決引用発明の要旨の認定の誤り(取消事由1)
審決は,前記のとおり審決引用発明の要旨を認定したものであるが,審決引用文
献には「さらに好ましくは,チューブ(11)の材質は通常の炭素鋼であつても良
いが,フイン(12)の材料としては炭素含有率の低い低炭素鋼,例えばほうろう
用極低炭素鋼が用いられる。」との記載(2頁4欄11~15行)があるし,審決引
用文献の請求項2には「前記フインチユーブの材質は通常の炭素鋼でありかつ各前
記フインの材質は炭素含有率の低い低炭素鋼である」との記載があるから,審決引
用発明においてフインの材料として開示されているものには通常の炭素鋼(甲2,
9)に比して炭素含有率が低い炭素鋼がすべて含まれるというべきであり,ほうろ
う用極低炭素鋼や0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼はその具体例の一
つにすぎない。
したがって,審決が審決引用発明の要旨の認定につき,フインを「0.003%
程度の低炭素鋼から構成されている」ものに限定したのは誤りである。
2 審決引用発明と本件発明との相違点の認定の誤り(取消事由2)
前記1のとおり,審決引用発明においてフインの材料として開示されているもの
には通常の炭素鋼に比して炭素含有率が低い炭素鋼がすべて含まれるから,審決引
用発明と本件発明の相違点3に関して,審決引用発明の構成を「『通常の炭素鋼より
も低い炭素含有率の低炭素鋼』から構成されている」と認定すべきものであった。
しかし,審決は前記のとおりの内容で相違点3に関して審決引用発明を認定して
おり,誤りである。
3 審決引用発明に基づく本件発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
(1) 審決は,相違点3に関する審決引用発明に基づく容易想到性につき,次のと
- 10 -
おり判断する(20,21頁)。
「本件発明は,『極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンすなわち表面拡大要素
に使用することにより,亀裂形成のリスクを減少するばかりでなく,軽減された炭
素含有量がピンの熱電
ママ
導率を増大し,これによりピンの熱効率が改善され,ひいて
は熱交換チューブの全体的熱伝達効率を全般的に増大する。』という課題を解決する
ためのものであり,極めて低い炭素含有量を有する鋼材からなるピンとして,従来
の0.11%の炭素含有量を有する炭素鋼に代えて,0.03乃至0.05%の炭
素含有量を有する材料(特殊鋼材)からなる炭素鋼を用いるものである。
これに対し,審決引用発明は,『酸露点腐食の防止のため安価な材料,例えば炭素
鋼からなるフインチユーブの表面に耐食性および耐熱性のある塗料をコーテイング
することも行われてきたが,冷却と加熱の繰り返しによつて被膜の剥離が生じ,コ
ーテイング不完全な部分が酸露点腐食によって著しく浸食され,熱交換器の品質安
定化が計れず,充分な耐用年数が得られない等の欠点があつた。』という課題を解決
するためのものであり,フインチューブの表面にコーティングとしてほうろう被膜
を施すにあたり,所謂『つま飛び』現象なる欠陥や焼成中に発泡が生じ,ほうろう
被膜の性能を損なうのみでなく,被膜の生成さえも難しくなることを防止し,良好
なほうろう被膜を形成するために,フインの材料として,『0.003%程度』の低
炭素鋼を用いるものである。
つまり,審決引用発明は,フインの両面にほうろう被膜を施すことは,必須の構
成であり,フインの炭素含有量は,良好なほうろう被膜を形成することができる範
囲である『0.003%程度』に限定されるといえ,さらに,一般に炭素鋼とは,
炭素含有量が通常0.02%~約2%の範囲の鋼のことをいうことからみて,審決
引用発明における『0.003%程度』の低炭素鋼と,本件発明の『炭素鋼』とは
本質的に異なるものと認められる。
そして,審決引用文献には『両面にほうろう被膜を施す場合には炭素鋼の炭素含
有量が高いと,所謂『つま飛び』現象なる欠陥や焼成中に発泡が生じ,ほうろう被
- 11 -
膜の性能を損なうのみでなく,被膜の生成さえも難しくなる』と記載されており,
フインに用いる炭素鋼の炭素含有量を『0.003%』よりも増加させて,本件発
明の『0.03乃至0.05%』の数値範囲とすることは,記載も示唆もされてお
らず,また,表面拡大要素に用いる炭素鋼の炭素含有量を『0.03乃至0.05%』
とすることは,本件の優先日前周知の技術事項でもない。
したがって,本件発明は,審決引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易
に発明をすることができたものとは認められない。」
(2) しかしながら,本件発明の優先日当時,当業者においては,「母材の成分が
いずれであっても溶着金属部または熱影響部がある程度硬化するが,低炭素鋼は高
炭素鋼に比して溶接部または熱影響部の硬度が低く,亀裂発生を防止する観点から
好ましい」ことが認識されており,また溶接割れの要因がマルテンサイト生成によ
る硬化及び拘束応力であること,炭素含有率が小さい低炭素鋼でも溶接割れが生じ
ること,上記要因を緩和し,溶接割れを防止するためには炭素含有率が小さければ
小さいほどよいこと,クリープ強度をも考慮し,溶接割れを防止するためには,一
般的な低炭素鋼の炭素含有率を下回る0.03ないし0.15%の炭素含有率にす
る必要があることはいずれも当業者の技術常識であった。
なお,訂正明細書の記載及び技術常識に照らしても,ピンの炭素含有率を従来の
炭素鋼の炭素含有率よりも小さいものとしたことによって溶接割れ(亀裂形成)の
リスクが低減されたと解するのが自然であって,チューブ本体とピンとの間で炭素
含有率に差を設けることによるものか否かは不明である。
加えて,本件発明の特許請求の範囲にいう「0.03乃至0.05%」の炭素含
有率の数値範囲は臨界的意義を有せず,通常の炭素鋼よりも小さい炭素含有率の低
炭素鋼の中から「0.03乃至0.05%」の炭素含有率のものを選択することは,
当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。
したがって,本件発明は,審決引用発明に周知技術を組み合わせることで,当業
者において容易に想到できたものにすぎず,審決は本件発明の優先日当時の技術水
- 12 -
準,技術常識の理解を誤った結果,上記容易想到性の判断を誤ったものである。
なお,前記のとおり,溶接割れ防止のためには炭素含有率が小さければ小さいほ
どよいところ,審決引用発明のフイン(12)の炭素含有率は本件発明のピンの炭
素含有率よりも小さいから,審決引用発明のフイン(12)の炭素含有率「0.0
03%」に代えて本件発明のピンの炭素含有率「0.03乃至0.05%」を採用
することは,ピンとチューブ間の溶接接合部及びピンの隣接部分における亀裂防止
の観点からは,何ら有利な効果を奏するものではなく,むしろ退歩である。
4 甲第1号証発明に基づく本件発明の容易想到性の判断の誤り(無効理由2”
に対する判断の誤り,取消事由4)
(1) 本件発明の優先日当時,溶接割れを防止するためには炭素鋼の炭素含有率が
小さければ小さいほどよいことは当業者の技術常識であり,0.03ないし0.1
5%の炭素含有量の炭素鋼を用いてボイラを製作することも実際に行われていた。
また,鋼中の炭素含有率が小さくなれば小さくなるほど熱伝導度は高くなるから,
熱交換効率を向上するために,炭素含有率のより小さい低炭素鋼を採用することは
当業者において容易であった。
そうすると,より確実に溶接割れを防止する見地等から,甲第1号証発明におい
て,A36炭素鋼に代えて「0.03乃至0.05%」の炭素含有率の炭素鋼を用
いてスタッドを構成することは,本件発明の優先日当時,当業者の通常の創作能力
の発揮にすぎない。
前記3のとおり,審決は本件発明の優先日当時の技術水準,技術常識の理解を誤
った結果,上記容易想到性の判断を誤ったものである。
なお,本件発明の優先日当時,溶接性及び熱伝導性を良好なものとするためには,
低炭素鋼を採用すれば足りることが当業者の技術常識ではなかった。上記当時,低
炭素鋼であっても,溶接割れが生じ得ること,溶接性が不十分であることが当業者
の間で認識されていた。
(2) 訂正明細書には,ピンの炭素含有率につき単に「0.03%」という数値が
- 13 -
記載されているのみで,ピンの炭素含有率を「0.03乃至0.05%」とした場
合に,上記含有率が0.03%未満の場合に比してどのような作用効果があるのか
について全然記載がない。
また,炭素鋼においては炭素含有率を小さくするにつれて溶接性が改善していく
ものであって,一定の炭素含有率を境に劇的に溶接性が改善するものではないから,
「0.03乃至0.05%」との炭素含有率の数値範囲(特に下限値の0.03%)
には臨界的意義はない。
(3) したがって,本件発明の優先日当時,甲第1号証発明に基づいて,相違点5
に係る構成に想到することは当業者にとって容易であったというべきである。
5 記載要件の充足判断の誤り(無効理由3’に関する判断の誤り,取消事由5)
(1) ピンの炭素含有率を「0.03乃至0.05%」とすることの技術的意義は
訂正明細書に記載されていない。
したがって,本件発明はその特許請求の範囲中に不明瞭な記載を含むものであっ
て,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」以外の事項が記
載されているものであるから,平成6年改正法による改正前の特許法36条5項2
号に違反する。
(2) 前記のとおり,ピンの炭素含有率を「0.03乃至0.05%」とすること
の技術的意義は訂正明細書に記載されておらず,ピンの炭素含有率が上記の範囲内
のいずれかの数値である場合に,その作用効果が得られることが裏付けられていな
いから,いわゆるサポート要件を欠くもので,本件発明は平成6年改正法による改
正前の特許法36条5項1号に違反する。
第4 取消事由に関する被告の反論
1 取消事由1に対し
審決引用文献においては,フインに用いるべき「低炭素鋼」として「ほうろう用
極低炭素鋼」や「0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼」しか開示されて
- 14 -
おらず,その十倍以上の割合である炭素含有率が「0.03乃至0.05%」の炭
素鋼は開示されていない。
したがって,審決引用発明においてフインの材料として開示されているものには
通常の炭素鋼に比して炭素含有率が低い炭素鋼がすべて含まれるということはでき
ず,審決の審決引用発明の要旨認定に誤りはない。
2 取消事由2に対し
前記のとおり,審決の審決引用発明の要旨認定に誤りはなく,同認定に基づく相
違点3の認定判断に誤りはない。
3 取消事由3に対し
(1) 熱交換チューブの表面拡大要素に用いる炭素鋼の炭素含有率を0.03ない
し0.05%とすることは,本件発明の優先日当時における当業者の技術常識ない
し周知事項ではなかった。
原告が提出する甲第4号証,第10号証の2,第11号証の2のいずれにも,ピ
ンの炭素含有率が「0.03乃至0.05%」であればよいことや,その技術的効
果及び臨界的意義は開示も示唆もされていない。
したがって,本件発明の優先日当時の当業者の技術常識(技術水準)について,
審決が誤った理解の下に本件発明の容易想到性を判断したとはいえない。
なお,本件発明では,炭素含有率を小さくしても起こり得る溶接割れのリスクを
少しでも減少させようとして,チューブ本体の炭素含有率を0.1%とし,ピンの
炭素含有率を0.03ないし0.05%としたのであって,単にピンの炭素含有率
を小さくしたというものではない。
(2) 審決引用発明においては,フインに用いるべき「低炭素鋼」として,「ほう
ろう用極低炭素鋼」及び「0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼」のみを
開示しているにすぎず,フインに「0.03乃至0.05%」の炭素含有率の「低
炭素鋼」を用いることは開示も示唆もされていない。
また,訂正明細書の段落【0009】,【0016】,【0018】では,ピンの材
- 15 -
料を「0.03乃至0.05%」の炭素含有率の炭素鋼とすること(数値限定)の
臨界的意義が示されている。
そして,本件発明は,亀裂形成のリスクを低減するとともに,ピンの熱効率,熱
交換チューブの全般的な熱伝達効率の改善という課題を解決するためのものである
一方,審決引用発明は,フインチューブの表面にほうろう被膜を施す際の欠陥等の
発生を防止し,熱交換器の耐用年数を延ばすという課題を解決するためのものであ
って,両発明は解決すべき課題が異なる。審決引用発明のフインの炭素含有率の設
定は,フインの両面に良好なほうろう被膜を施すことが前提になっており,ほうろ
う被膜を施さない本件発明のピンとはその前提が異なる上,審決引用発明のフイン
に用いる低炭素鋼は一つの範疇に分類されるものではない。
そうすると,本件発明は,優先日当時,審決引用発明に周知技術を組み合わせる
ことで,当業者において容易に想到できたものであるとはいえず,審決の容易想到
性の判断に誤りはない。
4 取消事由4に対し
前記3のとおり,本件発明の優先日当時の当業者の技術常識(技術水準)につい
て,審決が誤った理解の下に本件発明の容易想到性を判断したとはいえない。
また,ピンの炭素含有率を「0.03乃至0.05%」とすることには臨界的意
義がある。
そうすると,本件発明は,優先日当時,甲第1号証発明に周知技術を組み合わせ
ることで,当業者において容易に想到できたものであるとはいえず,審決の容易想
到性の判断に誤りはない。
5 取消事由5に対し
ピンの炭素含有率を「0.03乃至0.05%」とすることの臨界的意義は訂正
明細書の段落【0006】ないし【0009】,【0016】,【0018】で示され
ているし,本件発明の特許請求の範囲の記載に不明瞭な点は存しない。
したがって,訂正明細書には記載要件違反は存せず,審決の判断に誤りはない。
- 16 -
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(審決引用発明の要旨の認定の誤り)について
(1) 審決は審決引用発明の要旨につき前記のとおり認定し,原告はこのうち表面
積を拡大し,熱交換の効率を改善するためのフインを構成する鋼の組成,ことに炭
素含有率に係る部分の認定の点に誤りがある旨を主張するところ,熱交換器に用い
られるフインチューブの発明に係る審決引用文献中には,フインの炭素含有率につ
き次のとおりの記載がある(甲29)。
・「本発明によるフインチユーブの特徴は,・・・チユーブ(11)およびフイン
(12)の外表面にほうろう被膜(13)が施されていることであり,チユーブ(1
1)およびフイン(12)の材料としては安価な炭素鋼を用いることができる。さ
らに好ましくは,チユーブ(11)の材質は通常の炭素鋼であつても良いが,フイ
ン(12)の材料としては炭素含有率の低い低炭素鋼,例えばほうろう用極低炭素
鋼が用いられる。」(2頁4欄7~15行)
・「両面にほうろう被膜を施す場合には炭素鋼の炭素含有率が高いと,ほうろう被
膜に所謂『つま飛び』現像
ママ
なる欠陥や,焼成中に発泡が生じ,ほうろう被膜の性能
を損うのみでなく,被膜の生成さえも難しくなる。母材たる炭素鋼の両面にほうろ
う被膜を施すには例えば0.003%程度の炭素含有率の低い低炭素鋼を用いると
両面に良好なほうろう被膜が形成される。・・・フインにはその両面にほうろう被膜
が施されるので,前記のように低炭素鋼が用いられるのが好ましい。」(2頁5欄1
~12行)
(2) 上記(1)のとおり,審決引用文献中にはフインの材料として炭素含有率が0.
003%である低炭素鋼を用いることが開示されているから,審決による審決引用
発明の要旨の認定に誤りがあるとはいえない。
(3) この点,原告は,審決引用発明においてフインの材料として開示されている
ものには通常の炭素鋼に比して炭素含有率が低い炭素鋼がすべて含まれる等と主張
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する。
確かに,審決引用文献の2頁4欄7ないし15行,5欄1ないし12行の記載に
おいては,「ほうろう用極低炭素鋼」や「0.003%程度の炭素含有率の低い低炭
素鋼」は,フインの材料として用いるべき通常の炭素鋼に比して炭素含有率が低い
炭素鋼の例として挙げられている。
しかしながら,審決引用文献の2頁5欄1ないし12行では,鋼材の炭素含有率
が高いとほうろう被膜の欠陥である「つま飛び」や発泡が生じる等の不都合がある
ことを指摘した上で,この不都合を回避するために例えば「0.003%程度の炭
素含有率の低い低炭素鋼」をフインの材料として用いることが記載されていること
にかんがみると,審決引用文献が「ほうろう用極低炭素鋼」や「0.003%程度
の炭素含有率の低い低炭素鋼」をフインの材料として用いるべき炭素鋼の例として
挙げているとしても,炭素含有率が0.003%よりも相当高い炭素鋼がフインの
材料として用いられることが想定されているとはいい難い。
そうすると,審決引用文献においては,フインの材料として,通常の炭素鋼に比
して炭素含有率が低い炭素鋼をすべて含むとの構成が開示されているものではなく,
原告の上記主張を採用することはできない。なお,審決引用発明にいうフインの材
料に炭素含有率が0.003%よりも若干高い炭素鋼が含まれ得るとしても,審決
引用文献の記載に照らしたときにこれが許容される限度が明らかでないから,一定
値の炭素含有率をもって審決引用発明の要旨を認定した審決の認定に誤りがあるも
のではない。
(4) 結局,原告が主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(審決引用発明と本件発明との相違点の認定の誤り)について
前記1のとおり,審決の審決引用発明の要旨認定に誤りがあるとはいえないから,
これを前提とした相違点3の認定に誤りがあるとはいえない。
したがって,原告が主張する取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(審決引用発明に基づく本件発明の容易想到性の判断の誤り)に
- 18 -
ついて
(1) 審決引用発明に基づく本件発明の容易想到性に関し,審決は,本件発明の優
先日において,相違点1及び2は,当業者において周知技術を適用することにより
容易に想到し得るが,相違点3は容易に想到し得ないと判断した。原告は相違点3
に係る部分を争うので,以下相違点3に関して判断する。
この点,原告は,本件発明の優先日当時,当業者においては,「母材の成分がいず
れであっても溶着金属部または熱影響部がある程度硬化するが,低炭素鋼は高炭素
鋼に比して溶接部または熱影響部の硬度が低く,亀裂発生を防止する観点から好ま
しい」ことが認識されており,また溶接割れの要因がマルテンサイト生成による硬
化及び拘束応力であること,炭素含有率が小さい低炭素鋼でも溶接割れが生じるこ
と,上記要因を緩和し,溶接割れを防止するためには炭素含有率が小さければ小さ
いほどよいこと,クリープ強度をも考慮し,溶接割れを防止するためには,一般的
な低炭素鋼の炭素含有率を下回る0.03ないし0.15%の炭素含有率にする必
要があることはいずれも当業者の技術常識であったところ,審決は本件発明の優先
日当時の技術水準,技術常識の理解を誤った結果,本件発明の容易想到性の判断を
誤ったものであるなどと主張する。
確かに,原告が上記技術常識等の裏付けとして提出する甲第4号証中には,母材
に丸棒等を溶接するスタッド溶接においては,母材が急熱,急冷されるために溶着
部や熱影響部が硬化することがあるが,鋼の炭素含有率を0.2%以下にすれば亀
裂が生じない旨,スタッドの材料に低炭素鋼を用いるのが好ましい旨がそれぞれ記
載されているものの,スタッドの材料の低炭素鋼の炭素含有率がさらに小さければ
小さいほど溶接接合部(溶着部)等の亀裂(溶接割れ)が生じにくくなる旨まで開
示ないし示唆されているとは必ずしもいえない。
また,原告が同様の趣旨で提出する甲第10号証中にも,ボイラに冷間加工性や
溶接性が良好で,繰り返し加熱冷却を受けた場合にも集中応力の発生が少ない炭素
含有率0.2%以下の低炭素鋼を使用する旨(B4-32頁。なお,表21では,
- 19 -
炭素含有率0.16%の低炭素鋼の構成が開示されている。)や,溶接金属割れの多
くは金属の凝固時に発生する高温割れであるが,母材の溶接熱影響部割れのうち低
温割れは溶接時に侵入した水素,拘束応力,溶接熱影響部(Heat Affect
ed Zone)の硬化組織が主たる原因である旨(B4-23頁)が記載されてい
るものの,母材に低炭素鋼を採用し,さらにその炭素含有率が小さければ小さいほ
ど集中応力の発生等の不都合が生じにくくなる旨まで開示ないし示唆されていると
は必ずしもいえない。
そして,甲第4号証のスタッドや甲第10号証のボイラ用鋼の炭素含有率の上限
が0.2%であって,本件発明のピンの炭素含有率の上限0.05%の4倍,下限
0.03%の約7倍にもそれぞれ当たる点にかんがみれば,溶接接合部等の溶接割
れを防止する観点から,スタッド等の材料の炭素含有率を0.03ないし0.15%
の範囲とすることや0.03ないし0.05%の範囲とすることが示唆されている
ともいえない。
原告が同様の趣旨で提出する甲第11号証中にも,炭素鋼の溶接性は炭素含有量
によって決定され,低炭素鋼は溶接性が良好である旨,溶接部近くの母材は溶接時
の急熱,急冷作用によって溶接熱影響部を生成し,溶接金属直下部分は結晶粒が粗
大化したマルテンサイト組織になって最も硬化し,溶接割れが発生しやすくなる旨,
溶接に伴う母材の熱影響部の変態終了後に発生する低温割れは,マルテンサイトの
生成に伴う熱影響部の硬化,拘束応力及び水素が原因となっており,母材の炭素含
有率の増大は,前2者の要因を増大させ,低温割れを助長する旨,母材に低炭素鋼
を用いる場合でも,拘束が大きく溶接割れの発生の危険性がある場合には,溶接割
れの防止のために母材を予熱する必要がある旨が記載されているものの(852,
854,858頁。なお,図2・12からは,炭素含有率が0%に近い範囲ではグ
ラフの曲線が切れており,完全マルテンサイト地質の硬さとの関係についてみても,
炭素含有率0.05%程度の範囲では,上記の硬さと炭素含有率との間の相関関係
を判読することができない。),低炭素鋼のうちでも鋼の炭素含有率が小さければ小
- 20 -
さいほど,例えば鋼の炭素含有率を0.03ないし0.05%としたときに溶接割
れの発生等の不都合が生じにくくなる旨まで開示ないし示唆されているとは必ずし
もいえない。
また,原告が同様の趣旨で提出する特開平5-320753号公報(甲26)は,
本件発明の優先日より11日前に公開された(公開日は平成5年12月3日。なお
出願日は平成4年5月21日。)ものであるところ,発電用ボイラなどの鉄皮の材料
として使用される高温強度に優れ,溶接性が劣らない炭素鋼として,炭素含有率を
0.03ないし0.15%とする構成が開示されており(特許請求の範囲),また溶
接割れを生じないためには0.15%以下の炭素含有率とすることが必要であり,
一定の強さの力を継続してかけて破断したときの強度であるクリープ強度を大きく
するためには炭素含有率が上記数値範囲内にあることが必要であるので,溶接割れ
を防止し,クリープ強度の向上を図るために炭素含有率の数値範囲を上記のとおり
に設定した旨の記載(段落【0005】)がある。しかしながら,これらの記載は発
明特定事項に係るものであって,発明者が従来技術にない新規性を有する事項とし
て記載した事項であるから,上記公報の公開日と本件発明の優先日との近接性にも
かんがみれば,本件発明の優先日当時に,溶接割れ防止とクリープ強度の向上を両
立する見地から,炭素含有率を0.03ないし0.15%とする炭素鋼をボイラの
材料とすることが当業者の技術常識であったとまでは到底いうことができない。
結局,本件全証拠に照らしても,審決引用発明等に組み合わせるべき本件発明の
優先日当時の当業者の技術常識として,熱交換チューブの表面拡大要素(表面積拡
大要素)の材料に,炭素含有率を0.03ないし0.15%とする低炭素鋼や炭素
含有率を0.03ないし0.05%とする低炭素鋼を採用する構成が存在したとは
認めることができない。
審決も上記結論を前提にして,審決引用発明との対比における本件発明の容易想
到性の判断を行ったものと解されるから,審決が本件発明の優先日当時の技術水準,
技術常識の理解を誤ったとはいえないというべきである。
- 21 -
(2)アところで,審決引用文献の発明の詳細な説明中には,従来技術による課題
と審決引用発明による解決手段に関し,次のとおりの記載(1頁2欄3行~2頁3
欄15行)がある。
「ボイラーの燃焼排ガスなどのように硫黄分の多い排ガスから熱回収する多管式
熱交換器の場合,酸露点腐食,すなわち排ガス中に含まれる硫黄酸化物がフインチ
ユーブに接触し,酸露点温度以下になるとフインチユーブの表面に硫酸となつて付
着し,その硫酸がフインチユーブを腐食する現象が生じ,そのため多管式熱交換器
の耐用年数を著しく短縮する問題があつた。
このような酸露点腐食の問題に対処するため従来はフインチユーブにチタン等の
高級材料を使用して熱交換器の寿命を延長するような努力がなされてきたが,これ
らの材料は高価でしかも加工性が悪く,その上熱交換性能が悪いためこの種の用途
に用いられる熱交換器としては好適なものとは言えなかつた。また,酸露点腐食の
防止のため安価な材料,例えば炭素鋼からなるフインチユーブの表面に耐食性およ
び耐熱性のある塗料をコーテイングすることも行われてきたが,冷却と加熱の繰り
返しによつて被膜の剥離が生じ,コーテイングの不完全な部分が酸露点腐食によつ
て著しく浸食され,熱交換器の品質安定化が計れず,充分な耐用年数が得られない
等の欠点があつた。
それ故,本発明の目的は比較的安価に製作し得ると共に耐熱性にすぐれ,酸露点
腐食に対し充分に耐え得るフインチユーブを提供することである。
本発明によるフインチユーブの特徴は酸露点腐食に耐え得るようにするため金属
製のチユーブ及びフインの外表面にほうろう被膜が施されていることであつ
て,・・・」
イそうすると,審決引用発明において解決すべき課題は,硫黄分の多い排ガス
から熱を回収する多管式熱交換器に使用される,外側に表面拡大要素たるフインを
設けた熱交換チューブにおいて,排ガス中の硫黄酸化物が冷却され,酸露点以下に
なった結果,生じた硫酸が熱交換器に付着してこれを腐食する事態を防止し得る耐
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久性を有するとともに,安価で熱交換性能に優れた熱交換チューブを提供する点に
あるものであり,上記課題を解決するための手段として,熱交換チューブ及びフイ
ンの双方の外表面にほうろう被膜を施す等の構成(特許請求の範囲,1頁1欄5~
14行)が採用されたものである。
そして,2頁5欄1ないし12行の記載も合わせ考慮すると,審決引用発明が炭
素含有率の小さい炭素鋼を熱交換チューブ外側(外周)に設けられたフインの材料
に選択した趣旨は,熱交換性能(熱伝導率)を損なわないことを前提に,ほうろう
被膜の欠陥等の発生を防止し,上記の耐久性を発揮することができるようにする点
にあるということができる。
ウ他方,訂正明細書(甲22)の発明の詳細な説明には,従来技術による課題
と本件発明による解決手段に関し,次のとおりの記載がある。
・「従来は,ピンとチューブ本体間の溶接接合部或いはピンの隣接部分において亀
裂形成の傾向を免れなかった。この傾向は,通常,ピンがチューブ本体に溶接され
た後で冷間屈曲加工される場合に殊に著しい。しかしながら,この傾向は別のピン
と関連しても発生される。・・・このため,最初は極めて小さくても,この小さな最
初の亀裂が熱交換チューブの構成の間に次第に大きな亀裂に成長してピンを脆弱化
し,ついにはこのピンが,例えば熱交換チューブが装着されている排気ガスチュー
ブの煤除去に際して実質的な機械荷重にさらされると,チューブ本体から破断され
るに至っていた。(段落【0003】)
・「そこで,本発明の目的は,前記種類の亀裂形成のリスクを全て実質的に減少す
ることができる前記形式の改良された熱交換チューブを提供することにある。」(段
落【0004】)
・「本発明によれば,前記目的のために,ピンが,チューブ本体を構成する材料よ
りは実質的に低い炭素含有量を有する材料から構成されていることを主要特徴とす
る,前記形式の熱交換チューブが提供される。」(段落【0005】)
エそうすると,本件発明において解決すべき課題は,ボイラ等に用いられる,
- 23 -
外表面に表面拡大要素たるピンを設けた熱交換チューブにおいて(段落【0002】),
ピンとチューブとの間の溶接接合部やピンの溶接接合部に隣接する部分等に亀裂が
生じる結果(溶接割れ),ピンがチューブから破断,脱落する事態を防止するという
点にあるものであり,上記課題を解決するための手段として,ピンの材料である炭
素鋼の炭素含有率を,チューブ本体の材料である炭素鋼の炭素含有率よりも小さく
する等の構成が採用されたものである。
したがって,本件発明と審決引用発明とは,当該発明によって解決すべき技術的
課題が,前者では溶接接合部等の亀裂防止にあり,後者では酸腐食に対する耐久性
の向上等にあって,両者は耐久性の向上というごく抽象的な観点で共通するにすぎ
ず,技術的には相違するものというべきである。
また,審決引用発明では表面拡大要素にほうろう被膜を施すことが大きな要点と
なっているが,本件発明では表面拡大要素にほうろう被膜を施すことは予定されて
いない。
そして,審決引用発明においてフィンの材料に炭素含有率が小さい炭素鋼が採用
された趣旨も,前記のとおり熱交換性能を損なわないことを前提に,ほうろう被膜
の欠陥等の発生を防止し,熱交換チューブの耐久性を発揮することができるように
する点にあるものであって,本件発明でピンの材料の炭素鋼の炭素含有率がチュー
ブ本体の材料の炭素鋼の炭素含有率よりも小さくされた趣旨である溶接接合部等の
亀裂防止の点は,審決引用文献においては開示も示唆もされていない。
なお,訂正明細書の段落【0006】では,熱交換チューブの溶接接合部等の亀
裂発生の原因が,炭素鋼から成るピンをチューブ本体に溶接する際に不可避的に生
じる,ピンの溶接接合部分の加熱及び冷却によって,当該部分を意図せずに硬化し
てしまう点にあるとされているから,本件発明と審決引用発明とでは,熱交換チュ
ーブの耐久性の低下をもたらす原因として着目されている事由(審決引用発明では
酸腐食)が異なるし,上記のとおり表面拡大要素の材料に炭素含有率が小さい炭素
鋼を採用した趣旨も,本件発明(溶接割れの防止)と審決引用発明(ほうろう被膜
- 24 -
の欠陥等の発生)とで異なるものである。
そして,相違点3のとおり,本件発明のピンの炭素含有率は審決引用発明のフイ
ンの炭素含有率の10倍程度にもなるのであって,審決が説示するとおり,両者の
炭素鋼(低炭素鋼)としての性格は本質的に異なるとも評し得るものである。
そうすると,本件発明と審決引用発明とでは,解決すべき技術的課題も異なるし,
表面拡大要素の材料に炭素含有率が小さい炭素鋼を採用した趣旨も両者で異なるか
ら,本件発明の優先日当時,当業者にとって,ピンの材料に炭素含有率0.03な
いし0.05%の低炭素鋼を採用することが通常の創作能力の発揮にすぎないとい
うことはできず,また当業者において審決引用発明に基づき相違点3に係る構成に
容易に想到できたということもできない。
なお,原告は,本件発明の特許請求の範囲にいう「0.03乃至0.05%」の
炭素含有率の数値範囲は臨界的意義を有しない等として,本件発明には進歩性がな
い旨を主張するが,その主張内容は上記数値範囲を採用することは当業者の通常の
創作能力の範囲にすぎないというに帰し,上記に判断したところからして理由がな
い。
(3) 以上のとおり,本件発明の優先日当時,当業者において,審決引用発明に周
知技術ないし技術常識を組み合わせることにより,相違点3に係る構成に容易に想
到できたとはいえないところ,審決はこの旨の判断をするものであって,審決の判
断に誤りがあるとはいえない。
したがって,原告が主張する取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(甲第1号証発明に基づく本件発明の容易想到性の判断の誤り,
無効理由2”に対する判断の誤り)について
(1) 甲第1号証発明に基づく本件発明の容易想到性に関し,審決は,本件発明の
優先日において,相違点4は実質的な相違点とはいえないが,相違点5は当業者に
おいて容易に想到し得ないと判断した。原告は相違点5に係る部分を争うところ,
審決は相違点5に係る容易想到性に関して,次のとおり説示する(26,27頁)。
- 25 -
「甲第4-5,10-11号証の記載事項からみて,『低炭素鋼は,溶接性に優れ
ている』点,及び,『熱伝導度は炭素量の増加に伴って減少する』点は,炭素鋼の炭
素含有量により決定される一般的な性質として,溶接技術,機械材料技術の周知技
術であるといえる。
また,甲第4-5号証(甲第10-11号証)は,炭素鋼の一般的な性質として,
中炭素鋼または高炭素鋼との比較において,低炭素鋼の有利な点が記載されたもの
であって,言い換えれば,『溶接性に優れ,熱伝導度をよくする』ためには,低炭素
鋼であれば足りるとこと
ママ
を示しているといえる。
しかしながら,一般に,低炭素鋼と種別される炭素鋼の炭素含有量は,0.08
~0.30%(『溶接・接合便覧』,社団法人溶接学会,1990年9月30日,8
49ページ表2・2参照)であるのに対し,本件発明は,約0.1%の(低)炭素
鋼を用いたとしても発生する亀裂形成のリスクを減少させるとともに,熱効率を改
善するために,表面拡大要素であるピンを『0.03乃至0.05%の炭素含有量
を有する材料』から構成するものである。
さらに,甲第4-5号証(甲第10-11号証)には,炭素鋼を熱交換チューブ
の表面拡大要素とする場合の炭素含有量についての記載はなく,熱交換チューブの
表面拡大要素における炭素鋼の炭素含有量について,好適な数値範囲を示唆するも
のでもない。
そして,A36炭素鋼について,甲第13号証(参考資料)に炭素含有量が『最
大0.25~0.29%』の炭素鋼が示されているとしても,甲第1号証には,A
36炭素鋼の炭素含有量についての具体的な記載も示唆もなく,さらに,ピンの亀
裂形成のリスクを減少させ,熱効率を改善させるといった課題を解決するために,
A36炭素鋼の炭素含有量を限定することの記載も示唆もされていない。」
(2) 甲第11号証によれば,炭素鋼,とりわけ炭素含有率が0.4%以下の炭素
鋼においては,鋼の熱伝導率が炭素含有率が大きくなるに従って急速に減少するこ
とが認められるが(852頁,図2・6。なお,甲第5号証にも同趣旨の記載があ
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る。),これは審決が説示するように,本件発明の優先日当時における当業者の技術
常識ないし周知技術であるということができる。
また,甲第4,10,11号証中には,低炭素鋼は溶接性が良好である旨の記載
があり,これも審決が説示するように,本件発明の優先日当時における当業者の技
術常識ないし周知技術であるということができる。
しかしながら,前記3のとおり,甲第4,10,11号証のいずれにおいても,
表面拡大要素あるいは溶接母材一般の炭素含有率が例えば0.2%よりさらに小さ
ければ小さいほど溶接接合部(溶着部)等の亀裂(溶接割れ)が生じにくくなる旨
まで開示ないし示唆されているとは必ずしもいえないし,溶接接合部等の溶接割れ
を防止する観点から,表面拡大要素あるいは溶接母材一般の炭素含有率を0.03
ないし0.15%の範囲とすることや0.03ないし0.05%の範囲とすること
が示唆されているともいえない。
また,前記3のとおり,特開平5-320753号公報(甲26)も,本件発明
の優先日当時に,溶接割れ防止とクリープ強度の向上を両立する見地から,炭素含
有率を0.03ないし0.15%とする炭素鋼をボイラの材料とすることが当業者
の技術常識であったことまで示すものではない。
そして,これらのほかに,本件発明の優先日当時に,溶接接合部等の溶接割れを
防止する観点から,表面拡大要素の炭素含有率を0.03ないし0.15%の範囲
とすることや0.03ないし0.05%の範囲とすることが,既に当業者の技術常
識ないし周知技術であったことを裏付けるに足りる証拠は存しない。
(3) 他方,甲第6号証中には,熱交換チューブの表面拡大要素の材料に低炭素鋼
を使用することが記載されているのみで,それ以上に,上記材料の炭素含有率の具
体的数値を限定する構成は開示も示唆もされていない。
また,甲第7号証中にも,熱交換チューブの表面拡大要素たるスタッド状のフィ
ンのうちチューブ本体近傍部の材料に低炭素鋼を採用することが記載されているの
みで,それ以上に,上記材料の炭素含有率の具体的数値を限定する構成は開示も示
- 27 -
唆もされていない。
したがって,甲第6,7号証においては,表面拡大要素の材料の炭素含有率をさ
らに小さくし,例えば0.03ないし0.05%の炭素含有率の炭素鋼のものとす
ることは,開示も示唆もされていないというべきである。
また,甲第2,3号証は鋼材の規格を示したものにすぎないし,甲第4,5号証
も,単に低炭素鋼が溶接性が良好である旨を開示するのみで,表面拡大要素の材料
の炭素含有率を0.03ないし0.05%とすることは,開示も示唆もされていな
いというべきである(甲第10,11号証も同様)。
また,甲第8号証中には,炭素含有率が0.08%以下の鋼線材が記載されてい
るところ(表2,SWRCH6R,SWRCH6A),審決が説示するとおり,上記
鋼線材を熱交換チューブの表面拡大要素であるピンの材料として使用する構成を開
示ないし示唆する証拠は存せず,仮に上記鋼線材を甲第1号証発明のスタッドの材
料として使用するとしても,前記のとおり,さらに炭素含有率を小さくして,例え
ば0.03ないし0.05%の範囲とすることが,本件発明の優先日当時の当業者
の技術常識ないし周知技術であったかは疑問である。
(4) そして,前記3のとおり,審決が本件発明の優先日当時の技術水準,技術常
識の理解を誤ったとはいうことができないし,前記3と同様に,本件発明の特許請
求の範囲にいう「0.03乃至0.05%」の炭素含有率の数値範囲の限定は,本
件発明と甲第1号証発明等との技術的課題の相違や作用効果の異質性等にかんがみ
れば,本件発明の進歩性の結論に影響を及ぼすものではないものである。
(5) ところで,甲第1号証によれば,従来の流動床燃焼ボイラーに使用される熱
交換管(熱交換チューブ)では,流動床粒子による腐食に対する耐久性が不十分で
あったので,この耐久性を向上させることが,甲第1号証発明において解決すべき
技術的課題であることが認められる(2頁右下欄下から1行~4頁左下欄下から3
行)。
また,甲第1号証発明が上記課題を解決するために採用した手段は,熱交換管の
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内表面積を変えずに,外表面にフィンを設けて,外表面積を大きくし,熱交換管の
流動床粒子からの保護面積を大きくすることであった(4頁左下欄下から1行~5
頁左上欄上から3行)。なお,甲第1号証の「発明の好適な実施態様の説明」欄では,
熱交換管本体及びフィンに炭素鋼を用いるが,フィンの材料には,熱交換管本体に
用いる材料(SA178炭素鋼管,炭素含有率は最も小さいもので0.06~0.
18%)よりも炭素含有率が小さいA36炭素鋼(炭素含有率は板材で0.25~
0.29%,棒材で0.26~0.29%)を用いる旨が記載されている(5頁右
下欄上から4行~7行等,甲1ないし3)。
そうすると,本件発明と甲第1号証発明とは,当該発明によって解決すべき技術
的課題が,前者では溶接接合部等の亀裂防止にあり,後者では流動床粒子による腐
食の防止にあって,両者は耐久性の向上というごく抽象的な観点で共通するにすぎ
ず,技術的には相違するというべきである。のみならず,熱交換チューブ(熱交換
管)の損傷をもたらす原因の点でも,両者は大きく異なるものである。
したがって,本件発明の優先日当時,当業者にとって,熱交換チューブの表面拡
大要素の材料として,炭素含有率が0.25%強であるA36炭素鋼に代えて,炭
素含有率が0.03ないし0.05%の低炭素鋼を採用することが通常の創作能力
の発揮にすぎないということはできず,また当業者において甲第1号証発明に基づ
き相違点5に係る構成に容易に想到できたということもできない。
(6) 結局,甲第11号証中の記載等を勘案しても,本件発明の優先日当時,甲第
1号証発明自体に基づくことはもちろん,甲第1号証発明に周知技術(技術常識)
を適用することや,甲第1号証発明に甲第6号証発明及び周知技術を適用すること
や,甲第1号証発明に甲第7号証発明及び周知技術を適用することや,あるいはさ
らに甲第8号証に記載された事項等を勘案することによって,当業者において相違
点5に係る構成に容易に想到できたとはいうことができず,この旨判断する審決の
判断に誤りがあるとはいえない。
したがって,原告が主張する取消事由4は理由がない。
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5 取消事由5(記載要件の充足判断の誤り,無効理由3’に関する判断の誤り)
について
(1) 本件発明におけるピンの炭素含有率を「0.03乃至0.05%」とするこ
との技術的意義ないし臨界的意義が訂正明細書に記載されているか否かにつき,審
決は次のとおり判断する(23,24頁)。
「『ピン(18)は0.03~0.05%の炭素含有量を有する材料から構成され
ている』について,その範囲を特定する数値限定の臨界的意義について訂正明細書
に何ら開示されていないとはいえず,発明が不明瞭であるとはいえない。
また,訂正明細書には,次の記載事項がある。
ア.『極めて低い炭素含有量を有する鋼材をピンに使用することは,亀裂形成の前
記リスクを減少するばかりでなく,更に別の好結果をももたらすことが判明した。
すなわち,更に詳細には,低減された炭素含有量はピンの熱電
ママ
導率を増大し,これ
によりピンの熱効率が改善され,ひいては熱交換チューブの全体的熱効率が全般的
に増大される。円筒ボイラに実際に適用した実施例に係わる熱交換チューブの熱伝
達係数の計算によれば,0.11%の炭素含有量を有する一般工業用ベースの炭素
鋼からなるピンに代えて,僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する特種鋼材
からなるピンを使用することにより,前記係数を約4%増大できることが判明し
た。』(段落【0009】)
イ.『ピン18を構成する材料は,好適には約0.05%未満の炭素含有量を有し
なければならない。しかしながら,若しピンが,図2におけるピン18’に関して説
明したようにチューブ本体に溶接された後で冷間屈曲される場合には,これらのピ
ンは,好適には僅かに約0.03%だけの炭素含有量を有する材料から構成されな
ければならない。』(段落【0016】)
これらの記載からみて,発明の詳細な説明に,ピンを約0.05未満の炭素含有
量を有する炭素鋼とする点,その実施例として,ピンを約0.03%の炭素含有量
を有する特種鋼材とする点が記載されていることは明らかであって,『0.03~0.
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05%』の数値範囲も発明の詳細な説明に記載されているといえることから,いわ
ゆるサポート要件に違反するとはいえない。」
(2) 審決が説示するとおり,訂正明細書の段落【0009】には炭素含有率0.
03%の炭素鋼をピンの材料に用いると熱交換チューブの熱伝達係数(熱伝導係数)
が約4%大きくなる旨が,段落【0016】には本件発明の作用効果を奏する上で
炭素含有率0.05%未満の炭素鋼をピンの材料に用いるのが好適である旨がそれ
ぞれ記載されている。
また,訂正明細書の段落【0015】には,ピンの材料を熱交換チューブ本体の
材料よりも実質的に低い炭素含有率の炭素鋼で構成することによって,溶接接合部
等に亀裂が生じるリスクが相当程度小さくなり,ピンの熱伝達効率,ひいては熱交
換チューブ全体の熱伝達効率が増大する旨が記載されているから,ピンの炭素含有
率を「0.03乃至0.05%」の数値範囲とすることによる作用効果が訂正明細
書に記載されていることは明らかである。
したがって,特許を受けようとする発明が訂正明細書の発明の詳細な説明欄に記
載されているものであって,平成6年改正法(同年法律第116号)附則6条2項
によりなお従前の例によるとされる同改正法による改正前の特許法36条5項1号
に反しない。
そして,本件発明の特許請求の範囲にいう「ピン(18)は0.03乃至0.0
5%の炭素含有量を有する材料から構成されている」との記載がそれ自体明瞭であ
ることは明らかである。
(3) したがって,本件発明はその特許請求の範囲中に前記(2)のとおりの記載を含
むとしても,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項」以外の
事項が記載されていることになるものではなく,本件発明は前記改正前の特許法3
6条5項2号に反しない。
なお,訂正明細書には前記のとおり,ピンの材料である炭素鋼の炭素含有率の数
値範囲の技術的意義ないし臨界的意義が示されているところ,これは本件発明が属
- 31 -
する技術分野における通常の知識を有する者,すなわち当業者が容易にその実施を
することができる程度に,その発明の目的,構成及び効果が記載されているといえ
る。したがって,本件発明は前記改正前の特許法36条4項にも反しない。
(4) よって,原告が主張する取消事由5は理由がない。
第6 結論
以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩 月 秀 平
裁判官
真 辺 朋 子
裁判官
田 邉 実

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