2011年3月17日木曜日

商標:【登録出願経緯と「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号,46条1項1号)該当性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10342号審決取消請求事件))






商標:【登録出願経緯と「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号,46条1項1号)該当性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10342号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10342 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟
平成23年03月17日 知的財産高等裁判所

(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10342号審決取消請求事件))


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【登録出願経緯と「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号,46条1項1号)該当性】「事実認定」


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10342号審決取消請求事件))

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判示・縮小版なし


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第2 事案の概要

本件は,原告が,被告の下記1の本件商標に係る商標登録を無効にすることを求める原告の下記2の本件審判請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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第4 当裁判所の判断


認定事実

SPC工法について

SPC工法は,工場において製作されたプレキャストコンクリート版(パネ
ル)をPC鋼棒により順次積み上げて,気泡混合軽量材の自立型枠を形成する工法
である(甲3の1)。SPC工法は,平成16年2月時点で,SPC研究会の集計
10
によると,合計60件の施工実績があった(甲3の2)。

原告とA及び基礎地盤コンサルタンツ株式会社(Bが在籍していた。以下
「基礎地盤コンサルタンツ」という。)は,平成11年10月1日,SPC工法に
係る権利及びノウハウに関する専用実施権を原告に対して設定する旨の契約を締結
した(乙3)。同契約には,SPC工法について,「SPC工法」という名称を原
告が使用する旨の条項がある。また,平成16年1月1日,同様の契約が締結され
たが,同契約には,SPC工法について,「SPC工法」「SPCウォール工法
(覆工工法)」等の名称を原告が使用する旨の条項がある(乙4)。
SPC研究会について
SPC研究会は,平成11年11月7日,SPC工法の公共事業採択の拡大,研
究会の開催,基礎実験の計画・実行等の事業計画を前提として設立されたようであ
り,平成12年4月13日,熊本市において平成12年度第1回研究会を開催して
おり,原告及び被告は,いずれも同研究会に所属していた(甲4の1,乙18)。
同研究会は,熊本SPC工法研究会と称したこともあったようである(甲4の2及
び3)。
また,平成16年9月3日,九州各地において,県単位でSPC工法に係る複数
の研究会が活動していたことを踏まえ,これを統合してSPC研究会九州本部が設
立された。当時,正会員が36社など,会員数は合計52社であり,原告及び被告
も正会員であった(乙2)。

N−SPC工法の開発及びN−SPC研究会について

SPC研究会九州本部は,平成13年以降,九州で2件,四国で1件,SP
C工法に係る工事が施工された現場においてパネルの転倒事故が発生したため,パ
ネルの改良などを行い,N−SPC工法を開発した。N−SPC工法は,平成16
年11月ないし17年3月までの間に施工された,熊本県内における国道工事にお
いて採用された(乙5,7)。また,N−SPC工法(覆工方式・道路構築方式・
気泡混合軽量盛土)は,平成16年7月16日,NETIS登録されているが,その際
11
の担当窓口は被告であり,N−SPC研究会と同一の名称(代表者A)が使用され
ていることからすると,SPC研究会九州本部は,そのころから当該名称の使用を
開始していたようである(乙9)。被告及びN−SPC研究会は,平成17年2月,
N−SPC工法に係るパネルの実物大強度試験を行うなどした(乙8)。

被告は,平成18年10月13日付けで,味岡建設株式会社及び丸昭建設株
式会社に対し,原告が,SPC工法に関して大きな事故を3件発生させたが,事故
対応については,研究会として被告が行っていることなどから,今後,SPC工法
に係る専用実施権は放棄し,原告とは別個に活動すること,原告とは別個に道路橋
梁工法等を統一した研究会としてN−SPC研究会を発足させ,N−SPC工法に
ついて新NETIS登録を行ったことなどを通知した。また,被告は,同年11月22
日及び24日,タチバナ工業株式会社に対しても,同様の通知をした(甲5)。

平成19年9月28日開催のN−SPC研究会の平成19年度第3回総会に
おいて,「N−S.P.Cウォール工法」及び「N−S.P.C.合成橋工法」を統合
して1つの研究会として発足させ,SPC研究会を廃止し,「N−S.P.C.工法
構造研究会」と名称変更した上で,新研究会として再出発する旨が定められた。な
お,同総会の議題には,平成19年度(第3期)役員改選に関する件(九州N−S.
P.C.工法構造研究会会則による)があり,平成18年度(第2期)役員(副会
長)として,原告の代表取締役専務(C)の名前が記載されていることからすると,
原告は,それまで「九州N−S.P.C.工法構造研究会」に関与していたようであ
る。また,N−SPC研究会の事務局は,被告が担当するものとされた(乙10)。

N−SPC研究会は,平成19年10月4日,原告に対し,以下の内容の通
知をした(乙11)。なお,同通知には,原告がN−SPC研究会への入会を希望
する場合の相談先が付記されていた。
基礎地盤コンサルタンツ及びAは,平成17年度まで,原告と専用実施権設
定契約を締結し,SPC工法を拡大することで合意をしてきたが,施工ミスなどが
続き,信用が低下し,事故処理対策費用が必要となったことなどから,平成18年
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度以降は,同契約を破棄し,別途に事業を行うこととした。
今般,被告,基礎地盤コンサルタンツ及び黒沢建設株式会社は,工法に係る
構造や橋梁関係の工事についても重要視することとしてSPC研究会を廃止し,N
−SPC研究会を発足させ,SPC工法に係るNETIS登録を廃止し,N−SPC工
法について新たにNETIS登録した。
被告及び基礎地盤コンサルタンツは,原告がN−SPC研究会に入会するこ
とを希望している。

平成20年5月現在のN−SPC研究会の会員数は,61社である。会員の
中には,平成12年度第1回SPC工法研究会(甲4の1)開催時や,平成16年
9月のSPC研究会九州本部設立時において,SPC研究会の会員であり,平成1
9年9月28日開催のN−SPC研究会の平成19年度第3回総会(乙10)にお
けるN−SPC研究会会員を経て,継続して会員として参加している会社が複数存
在する(乙15)。
本件警告について

被告は,平成21年11月2日,原告に対し,本件警告を発し,原告がウェ
ブページの会社概要及び工法一覧において,土木工事の軽量盛土工法として「S.
P.C.ウォール工法」の名称を使用しているが,これは,本件商標に類似するも
のであり,当該名称の使用を直ちに中止するよう求めた。原告は,同月20日付け
で,被告に対し,使用停止等を拒否する回答を送付したため,被告は,平成22年
1月21日,再度の警告を発した(甲2)。
なお,被告は,原告のほか,SPC研究会島根県支部に所属する2社に対し,同
様の警告を行ったようである(甲7)。

原告は,現在においても,SPC工法を施工している(甲6)。また,原告
は,ウェブページにおいて,「軽量盛土工法 SPCウォール工法
表面材をPC
鋼棒で緊張して斜面の前面に組み立て,表面材と斜面地山間に軽量盛土を充 して
擁壁を構築する工法です」との表示をするとともに,SPC工法及びN−SPC工
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法のNETIS登録番号を表示していたことがあった(乙14)。
なお,原告も所属する「S.P.C工法研究会島根県支部」が,平成19年ない
し22年において,定期総会又は臨時総会を開催している(甲4の4∼8)。また,
原告は,平成22年4月2日,特許庁審判長に対し,上申書を提出し,本件警告は,
SPC工法を施工していた複数の企業の死活問題にまで直結する,著しく社会正義
に反する行為であるなどと述べた(甲7)。

2検討
原告は,①SPC工法研究会に関する経緯及び本件商標の登録出願の経緯,②被告による本件警告,③SPC工法の開発者がAではないこと,④本件商標が公益を侵害することを前提に,本件商標は,その登録出願の経緯が著しく社会的妥当性を欠くものであって,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号,46条1項1号)に該当すると主張するので,まず,各事情について検討する。

SPC工法研究会に関する経緯及び本件商標の登録出願の経緯について
本件において,原告及び被告は,いずれもSPC研究会に参加し,SPC工法を
採用して工事を行っていたところ,パネルの倒壊事故などを契機として,被告の積
極的関与によってN−SPC工法が開発されるとともに,SPC研究会が廃止され,
N−SPC研究会が設立されるに至っているものであり,N−SPC研究会の事務
局を担当する被告が,N−SPC工法の名称について,本件商標の登録出願をして,
登録を得たものである。
そして,N−SPC研究会が,SPC研究会九州本部を名称変更したものであり,
N−SPC工法を採用して活動していることは,N−SPC研究会の第3回総会議
事録の各記載や,新研究会の複数の会員が,SPC研究会発足当時からSPC研究
会九州本部を経て,継続して会員として参加していることからも明らかである。
以上からすると,原告と被告との間において,原告が関係したSPC工法に係る
工事において生じた倒壊事故などを契機として,次第に従前の協力関係が解消され,
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被告が本件警告を発するに至ったことを考慮しても,本件商標については,その登
録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり,登録を認めることが到底容
認し得ないような事情があるとは認められない。
この点について,原告は,SPC研究会島根県支部が実在しており,被告は,自
らSPC研究会を離脱し,独立し,SPC研究会を勝手に廃止したと宣言し,その
顧客を収奪しようと企てたものである,SPC工法は,少なくとも平成11年以来
多数の工事実績があり,その名称は,多数の企業が使用していたのであって,被告
は,同工法を中心に営業活動を行っていたにもかかわらず,同工法の名称と類似す
る本件商標について,SPC研究会の会員企業の営業を妨害することを意図して出
願し,登録を受けたものであるなどと主張する。
しかしながら,SPC研究会は,県単位の支部を有していたようであり(乙2),
N−SPC研究会は,九州地区を中心として活動していたSPC研究会九州本部を
中心として設立されたものであるから,N−SPC工法を採用せず,SPC工法を
中心に活動するSPC研究会島根県支部が九州地区以外において実在することをも
ってしても,被告がSPC研究会を無断で廃止したものということはできない。原
告の主張は,その前提自体が欠けるものというほかない。
被告による本件警告について
被告は,N−SPC研究会が新たに開発し,採用したN−SPC工法について,
同研究会の事務局として商標登録した上で,N−SPC研究会に参加せず,N−S
PC工法のNETIS登録番号までウェブページに表示していた原告やそのほかの業者
に対し,本件警告を行ったのであるから,本件警告が,著しく不当であるというこ
とはできない。しかも,原告は,SPC研究会島根県支部について主張するが,同
支部は,N−SPC研究会を脱退した8社を中心として構成されており,同支部の
総会にも原告を含め8社程度が参加しているにすぎず(甲4,7,乙15),その
ほか,現時点において同支部以外にSPC研究会会員が存在するかは不明である。
したがって,被告が本件警告を行ったことをもって,被告による本件商標の登録
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出願が,SPC研究会会員企業の営業を不当に妨害することを意図したものであり,
出願経緯が著しく社会的妥当性を欠くものであるということもできない。
SPC工法の開発者について
原告は,SPC工法の解説書(甲3の1)の記載を根拠に,SPC工法は日本道
路公団により研究開発が進められたものであり,A及びBが開発したとする乙1の
記載は虚偽であるなどと主張するが,原告が指摘する同解説書の記載は,「軽量盛
土工法を利用した方法」に関するものであって,SPC工法に係る記載ではない。
また,原告は,SPC工法に係る技術等について,A及び基礎地盤コンサルタンツ
から専用実施権の設定を受けており,その際,SPC工法については,「SPC工
法」「SPCウォール工法」等の名称を用いることが定められていたのであるから,
A及びBが,SPC工法の開発について,少なくとも中心的な地位を占めていたも
のと推認されるものということができる。したがって,被告が,N−SPC研究会
の事務局として,本件商標について登録出願したことは,このような開発経緯に照
らしても,著しく社会的妥当性を欠くものということはできない。
本件商標が公益性を侵害するかについて
原告は,被告による本件警告によって,SPC工法を採用する多数の企業の死活
問題に発展していることなどをもって,本件商標は公益性を害するものであるなど
と主張するが,本件警告が,公益性を害するものとは認められないことは,先に述
べたとおりである。したがって,原告の主張は,その前提を欠くものである。

小括
以上からすると,本件商標につき,その登録出願の経緯に係る前記各事情から商
標法4条1項7号,46条1項1号に該当するという原告の主張は,当該各事情を
認めることができないから,本件商標は,その登録出願の経緯が著しく社会的妥当
性を欠くものではなく,また,その構成それ自体が公の秩序又は善良の風俗を害す
るおそれがあるとはいえないことは明らかであるから,商標法4条1項7号に掲げ
る商標に該当するものとは認められないとした本件審決の判断に誤りはない。
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結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣


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H230322現在のコメント


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10342号審決取消請求事件))

「本件商標は,その登録出願の経緯が著しく社会的妥当性を欠くものであって,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号,46条1項1号)に該当すると主張」に対する判断です。

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Last Update: 2011-03-22 13:54:17 JST

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……………………………………………………判決末尾top
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商標:【不使用取消,「使用」(商標法2条3項1号)】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10359号審決取消請求事件))






商標:【不使用取消,「使用」(商標法2条3項1号)】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10359号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10359 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟
平成23年03月17日 知的財産高等裁判所

(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10359号審決取消請求事件))


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【不使用取消,「使用」(商標法2条3項1号)】「事実認定」


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10359号審決取消請求事件))

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判示・縮小版なし


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第2 事案の概要

本件は,原告が,原告の下記1の本件商標に係る商標登録に対する不使用を理由とする当該登録の取消しを求める被告の下記2の本件審判請求について,特許庁が同請求を認めた別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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第4 当裁判所の判断


取消事由1(本件商標を使用していると認められないとした判断の誤り)に
ついて
(1)
本件使用商標について
証拠(以下の括弧内に掲記するもの)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認
めることができる。

原告は,昭和17年に創立され,昭和50年に法人設立認可を受けた照明器
具の製造・販売を行う我が国の主要な事業者及び団体を会員として構成する社団法
人であって,照明器具及びその支持・制御装置に関する調査及び研究,情報の収集
及び提供,普及及び啓発,規格等の立案及び推進等を行うことにより,照明器具工
業及び関連産業の健全な発展を図り,もって産業の振興に資するとともに,国民生
活における安全性の確保と生活文化の向上に寄与することを目的とし,エネルギー
の有効利用の促進等の活動を行うとともに,特別事業として,非常用照明器具自主
評定事業や埋込み形照明器具の自主認証等を行っている(甲1,2,20,2


  • 13 -


1)。

上記アのうち,非常用照明器具自主評定事業とは,建築基準法で規定されて
いる非常用照明器具の照明設備のうち,非常用照明器具につき,非常用照明器具自
主評定委員会を組織して,基準の制定,事業者登録,型式評定,事業者立入調査,
買上試験の実施等を行うものであって,原告は,非常用照明器具の自主評定を受け
ようとする製造事業者からの申請を受けると,自主評定委員会において,申請書類
の審査及び実地調査を経た上,登録可とされると事業者登録を行い,さらに,当該
照明器具が原告の非常用照明器具についての規格である「非常用照明器具技術基準
(JIL5501)」(以下「JIL5501」という。)に適合しているかどうかを審議し,評
定可となった場合には,当該製造事業者に対し,評定証を交付するとともに,当該
照明器具が JIL5501 に適合していることを証する標章である本件使用商標1を当該
器具に貼付することを許可し,登録事業者は,本件使用商標1を作成し,その使用
料を原告に支払った上で,当該器具に本件使用商標1を貼付して販売する(甲2,
3,4,50,52,55,56,60,62,63)。

上記アのうち,埋込み形照明器具の自主認証とは,S形ダウンライトを含む
埋込み形照明器具につき,埋込み形照明器具管理委員会を組織して,基準の制定,
事業者登録,型式評定,工場立入調査,製品登録,買上試験等の業務を行うもので
あって,原告は,埋込み形照明器具の製品登録を受けようとする製造事業者からの
申請を受けると,埋込み形照明器具管理委員会において,申請書類の審査及び実地
調査を経た上,登録可とされると事業者登録を行い,さらに,当該照明器具が原告
の埋込み形照明器具についての規格である「埋込み形照明器具(JIL5002)」(以
下「JIL5002」という。)に適合しているかどうかを審議し,登録可となった場合
には,当該製造事業者に対し,製品登録証を交付するとともに,当該照明器具が
JIL5002 に適合していることを証する標章である本件使用商標2ないし4(なお,
本件使用商標2ないし4の区別は,施工方法の違いによる。)を当該器具に貼付す
ることを許可し,登録事業者は,本件使用商標2ないし4を作成し,その使用料を


  • 14 -


原告に支払った上で,当該器具に本件使用商標2ないし4のいずれかを貼付して販
売する(甲2,5,6,51,53,57,61,64,65)。

我が国の主要な照明器具製造販売会社は,原告の会員となっており(甲2
0),原告の非常用照明器具自主評定又は埋込み形照明器具登録を受け,上記イ又
はウの手続によって,その製造販売するこれらの照明器具に本件使用商標1ないし
4のいずれかを貼付している。
例えば,原告の会員である東芝ライテック株式会社は,平成20年製造の非常用
照明器具に本件使用商標1を(甲14),同21年製造の埋込み形照明器具に本件
使用商標2(甲16)をそれぞれ貼付し,そのころ販売していた。原告の会員であ
る岩崎電気株式会社は,平成13年8月から同22年12月まで,製造販売する非
常用照明器具に本件商標1を貼付してきた(甲72)。原告の会員であるオーデリ
ック株式会社は,昭和62年から平成22年12月まで,製造販売する埋込み形照
明器具に本件使用商標2を貼付してきた(甲73)。原告の会員である三菱電機照
明株式会社は,昭和62年11月から平成22年12月まで製造販売する埋込み形
照明器具に本件使用商標3を,同13年8月から同22年12月まで製造販売する
非常用照明器具に本件使用商標1を貼付してきた(甲71)。
(2)
本件使用商標の構成中の「JIL」部分について

上記(1)のとおり,本件使用商標1は原告の規格である JIL5501 に適合して
いる旨の評定を受けた非常用照明器具等に,本件使用商標2ないし4は原告の規格
である JIL5002 に適合している製品登録を受けた埋込み形照明器具に,それぞれ貼
付されるものである。

そして,本件使用商標1についてみると,上部から順に,二重円間に
「(社)日本照明器具工業会」と,二重円の一番内側に「適合」と,二重円間に
「JIL5501」との記載をするものである。
そして,これらのうちの上段の「(社)日本照明器具工業会」は,照明器具の製
造・販売を行う我が国の主要な事業者及び団体を会員として構成する社団法人であ


  • 15 -


って,非常用照明器具自主評定事業や埋込み形照明器具の自主認証等を行っている
原告の名称を示すものと,また,中段の「適合」とは照明器具の何らかの規格等に
適合したことを示すものとみることができるところ,下段の「JIL5501」
は,原告の規格である JIL5501 に係る記載であるが,一般的には必ずしもその意味
が明らかなものとみることができない。また,これらの上,中,下段の各記載は明
瞭に分けられており,かつ,それぞれが関連性を有するものと解することもできな
いから,それぞれが独立したものとしてもみることができる。その上で,下段の
「JIL5501」について改めてみると,何らかの記号であると推測されるとし
ても,上記のとおりの原告の規格である JIL5501 に係る記載であると一見して認識
されるものではなく,必ずしも特定の観念を生ずるものではないところ,これは,
欧文字の「JIL」と算用数字である「5501」とからなるものであるから,こ
れを一体のものとしてみるほかに,「JIL」と「5501」とを区切ってみるこ
とが可能であって,「JIL」との独立した表示も抽出して認識されるものという
ことができる。

また,本件使用商標2ないし4についてみると,いずれも,上部から順に,
二重円間に「(社)日本照明器具工業会」と,二重円の一番内側に太く「S」と,
二重円間に「JIL5002」との記載をし,これらに加え,外側円の右横に太
く,本件使用商標2は「B」を,本件使用商標3は「GI」を,本件使用商標4は
「G」を記載するものである。
そして,これらのうちの上段の「(社)日本照明器具工業会」は,原告の名称を
示すものとみることができるが,中段の「S」との欧文字からは特段の意味を読み
取ることができない。下段の「JIL5002」は,原告の規格である JIL5002 に
係る記載であるが,一般的には必ずしもその意味が明らかなものとみることができ
ない。外側円の右横の「B」,「GI」又は「G」との欧文字からも特段の意味を
読み取ることができない。また,これらの上,中,下段及び外側円右横の各記載は
明瞭に分けられており,かつ,それぞれが関連性を有するものと解することもでき


  • 16 -


ないから,それぞれが独立したものとしてもみることができる。その上で,下段の
「JIL5002」について改めてみると,何らかの記号であると推測されるとし
ても,上記のとおりの原告の規格である JIL5002 に係る記載であると一見して認識
されるものではなく,必ずしも特定の観念を生ずるものではないところ,これは,
欧文字の「JIL」と算用数字である「5002」とからなるものであるから,こ
れを一体のものとしてみるほかに,「JIL」と「5002」とを区切ってみるこ
とが可能であって,「JIL」との独立した表示も抽出して認識されるものという
ことができる。

そして,以上のように本件使用商標の構成中から独立した表示として抽出さ
れる「JIL」の欧文字についてみると,それは,本件商標の指定商品である「電
気機械器具,電気通信機械器具,電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを
除く)電気材料」との関係で何らかの性状等を示すものと認めることもできないか
ら,同部分は,本件商標との関係において,自他商品識別標識としての機能を果た
し得るものということができ,当該部分のみが独立して自他商品識別標識としての
機能を果たし得るとはいい難いとした本件審決の判断は首肯することができない。
また,仮に,取引者・需要者において,「JIL5501」や「JIL500
2」が照明器具の認証に係る標章であることを知っていたとしても,「JIL」部
分が照明器具の認証の部類に係るものであることを,これに続く算用数字部分が具
体的な認証の種類を表すものと理解し得るものであって,「JIL」部分も,独立
して自他商品識別標識としての機能をも有しているものということができる。
(3)
本件商標の使用について

前記(1)によると,本件使用商標は,原告による評定又は認証がされた原告
の規格に適合する照明器具であることを証する標章であって,その上段に原告の名
称が記載されていることが示すように,本件使用商標によってその旨を証している
者は原告ということができる。
もっとも,前記(1)のとおり,実際に本件使用商標を作成し,当該器具に同商標


  • 17 -


を貼付するのは各登録事業者であるが,これは,原告の了承の下,原告に使用料を
支払った上で,原告の名称で行っているものであるから,原告が,各登録事業者を
介して,照明器具に本件使用商標を貼付して使用しているというべきものであっ
て,本件使用商標の構成中に存在する本件商標についても,原告が,各登録事業者
を介して,照明器具に本件商標を貼付して使用しているものであるということがで
きる。
そして,上記(1)エのとおり,少なくとも,原告は,平成20年及び同21年に
おいて原告の会員である東芝ライテック株式会社を介して,同13年8月から同2
2年12月において原告の会員である岩崎電気株式会社を介して,昭和62年から
平成22年12月まで原告の会員であるオーデリック株式会社を介して,昭和62
年11月から平成22年12月まで原告の会員である三菱電機照明株式会社を介し
て,照明器具に本件使用商標を貼付することにより,本件商標の構成である「JI
L」のみでそのまま使用されていないものであったものの,本件商標の指定商品に
本件商標を付していたということができるから,これらは本件商標の使用(商標法
2条3項1号)に該当するものであって,商標権者が,本件に係る審判の請求の登
録(平成22年3月5日)前3年以内に,本件商標を使用していたものと認めるこ
とができる。

また,前記(1)によると,原告は,製造事業者からの申請に基づき,原告の
規格である JIL5501 又は JIL5002 に基づいて審議し,評定可又は登録可となった場
合に,製造事業者から使用料の支払を受けた上で,本件使用商標を照明器具に貼付
して使用することを認めることにより,本件使用商標の構成中に存在する原告が商
標権を有する本件商標についても,照明器具に貼付して使用させているものであっ
て,このようにして使用許可を得た製造事業者は,本件商標の使用についての通常
使用権者ということができる。
そして,上記(1)エのとおり,少なくとも,原告の会員である東芝ライテック株
式会社は平成20年及び同21年において,原告の会員である岩崎電気株式会社は


  • 18 -


同13年8月から同22年12月まで,原告の会員であるオーデリック株式会社は
昭和62年から平成22年12月まで,原告の会員である三菱電機照明株式会社は
昭和62年11月から平成22年12月まで,照明器具に本件使用商標を貼付する
ことにより,本件商標の構成である「JIL」のみでそのまま使用されていないも
のであったものの,本件商標の指定商品に本件商標を付していたということができ
るから,これらは本件商標の使用(商標法2条3項1号)に該当するものであっ
て,通常使用権者が,本件に係る審判の請求の登録(平成22年3月5日)前3年
以内に,本件商標を使用していたものと認めることができる。

結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由1は理由があり,取消事由2につい
て検討するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣




H230322現在のコメント


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10359号審決取消請求事件))

不使用取消の事実認定判決です。審決取消しを認めています。「使用」(商標法2条3項1号)を認めた判決です。
いつもの基準です。基準自体は,固まっています。事実認定が重要です。

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Last Update: 2011-03-22 13:39:30 JST

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特許:【進歩性,引用発明の認定】「解釈」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10237号審決取消請求事件))






特許:【進歩性,引用発明の認定】「解釈」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10237号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10237 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月17日 知的財産高等裁判所

(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10237号審決取消請求事件))


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【進歩性,判断引用発明の認定】「解釈」


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10237号審決取消請求事件))



判示


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第2 事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,特許請求の範囲の記載を下記2(1)から(2)へと補正する本件補正を却下した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である



第4 当裁判所の判断


取消事由1(発明の認定及び一致点の認定の誤り)について
(1)
本願発明
本願明細書には,以下の記載がある(甲6)。

本願発明は,分解処理が困難である有機溶媒を含む産業排水を処理するため
の水処理装置である(【0001】)。


  • 11 -



背景技術として,液体浄化装置の処理能力を向上させた浄化装置の提案とし
て,上部に液体供給口と気体供給口が設けられ,下部に液体排出口が設けられた圧
力容器を備え,液体供給口から被処理水が供給され,圧力容器内に気体供給口から
オゾン等の気体を供給して気体を被処理水に接触させて浄化すると共に,この浄化
した液体を液体排出口から圧力容器の外部に排出する液体浄化装置が知られている
が,トリクロロエチレンなどの有機溶媒を分解する能力が十分でなかったり,汚水
浄化装置が酸素やオゾンを気体供給口から圧力容器内に供給し,圧力容器内の気体
圧力を1㎏/㎠∼3㎏/㎠にして被処理液に溶解させるものであるため,圧力容器
内圧力と比例的に関係する汚水浄化装置の処理能力が,オゾンや酸素の気体発生器
の能力に依存することになる。特にオゾンについては現存のオゾン発生装置の最高
供給圧力が3㎏/㎠に制限されていることから,汚水の処理能力に限界があり,ト
リクロロエチレンなどの有機溶媒の分解処理に対しては十分な能力を有していると
はいえない等の課題があった(【0002】∼【0005】)。

本願発明は,このような課題認識の下で,圧力容器を使用した汚水処理装置
において,気体と汚水の接触面積を大きくし,汚水(被処理水)へのオゾン等の気
体の溶解量を増大させて汚水処理装置の処理能力を向上させるものであり(【00
06】),圧力容器の供給口にオゾン発生装置がエジェクターを介して連結してあ
り,圧力容器内部には噴霧装置が供給口に連結されて設けることで,エジェクター
でオゾンと被処理水を混合し,圧力容器内に気体オゾンを混合した被処理水を噴霧
供給することで,圧力容器内の圧力を高圧にし,更に噴霧によってオゾンと被処理
水の接触面積を大きくしてオゾンを被処理水に溶解させて有機汚染物を分解すると
いう解決手段と作用を有するものである(【0007】)。
本願発明によれば,被処理水供給口から圧力容器内に高圧で供給され,噴霧装置
で霧状に圧力容器内に噴霧された被処理水に,エジェクターで混合されたオゾンが
大きな接触面積で接触して被処理水に効率よく溶解されるという効果を生じるもの
である(【0008】)。


  • 12 -



また,実施例として,トリクロロエチレン及びシス−1,2−ジクロロエチ
レンを含有する被処理水を本願発明の水処理装置を使用して処理試験を実施し,圧
力容器として,内容積240L,被処理水140L・水温12℃を,オゾン発生装
置として,30g/h・濃度100ppm(Vol)のものを,それぞれ使用し,上記2成
分の濃度を測定したこと(【0012】),被処理水を0.6MPaの圧力でエジ
ェクターによりオゾン発生装置からのオゾンガスと混合し,オゾンガスが0.2M
Paの圧力に保持された圧力容器内に噴霧され,圧力容器内が0.4MPaになるま
で内圧を上昇させ,排出口より処理水を排出することで0.4MPaを保持したこ
と,本願発明との比較のため,従来技術についても同様の測定を実施した(圧力容
器0.2MPa,エジェクター及び噴霧装置なし)結果,本願発明ではトリクロロ
エチレンは95%除去され,シス−1,2−ジクロロエチレンは100%の除去率
であり,本願発明の水処理装置が既存の水処理技術に比べて効率的にVOCを分解
することが示されたこと,従来技術ではオゾン供給圧が0.3MPaであるため,圧
力容器内圧は0.3MPaが限界であるが,本願発明の水処理装置はこれに比べて2
倍以上の圧力をかけることが可能であることから,ヘンリーの法則により,オゾン
ガスを2倍以上溶解させることができ,結果として効率が劇的に向上すること,以
上のような測定結果を分析した記載がある(【0013】)。
(2)
引用発明

引用例1には,以下の記載がある(甲1−1)。
(ア)
引用発明は,廃棄物分解,エネルギー生成又は化学物質製造を行うための
水熱反応装置,特に水の超臨界又は亜臨界状態下で水熱反応を行うのに好適な水熱
反応装置に関するものである(【0001】)。
(イ)
従来技術として,水熱反応により被反応物中の有機物を酸化分解する場合,
被反応物,酸化剤及び水を加圧,加熱下の反応器へ供給し,反応させるが,この場
合,被反応物に予め適性量の水を含む場合は,水を供給する必要はなく,反応の結
果,有機物は酸化分解され,水と二酸化炭素からなる高温高圧の流体と,乾燥又は


  • 13 -


スラリー状態の灰分や塩類等の固体を含む反応生成物が得られること(【000
3】),このような水熱反応のプロセスにおいては,分解対象の有機廃液等の被処
理物は高圧ポンプで加圧し,反応器に供給され,反応器における水熱反応を定常状
態に保つために,被処理液は一定流量で供給し,水熱反応が行われるが,水熱反応
が,被反応物の性状が変化すると反応器内の反応状態(燃焼状態)が変わり,定常
状態での反応が困難であるという課題があった(【0004】)。
(ウ)
引用発明は,上記の課題解決のため,反応を停止することなく,実質的に
同じ流量で被反応物を供給して反応を行いながら,容易に定常状態に復帰させるこ
とが可能な水熱反応装置を提案したものである(【0006】)。
(エ)
引用発明において,水熱反応とは,超臨界又は亜臨界状態の高温高圧の水
の存在下に被反応物を酸化反応等させることを意味すること,ここで超臨界状態と
は,374℃以上,22MPa以上の状態であり,また,亜臨界状態とは,例えば
374℃以上,2.5MPa以上22MPa未満あるいは374℃以下,22MPa
以上の状態,あるいは374℃以下,22MPa未満であっても臨界点に近い高温
高圧状態をいうと定義されている(【0008】)。
(オ)
引用発明において,被反応物は水の超臨界又は亜臨界状態で酸化反応,加
水分解反応等の水熱反応の対象となる物質を含むものであり,工場等から排出され
る廃液中の有機物や活性汚泥からの余剰汚泥等の被反応物は,酸化剤と混合した状
態で反応器に導入され,水熱反応を受ける(【0009】)。被反応物が有機物と
酸化剤を含む場合,これらは別々にあるいは混合して反応器に供給して水熱反応が
行われる。このような水熱反応系は被反応物のほかに水が存在し,さらに必要によ
り触媒や中和剤等が添加される場合があるが,これらも被反応物と混合して,ある
いは別々に反応器に供給することができる(【0010】)。
(カ)
引用発明は,被反応物供給路から所定流量で被反応物を供給し,噴射装置
により反応器へ噴射すること(【0018】),噴射流調整装置が所定の位置に設
定された状態で反応を開始し,定常状態に移るが,異常状態が発生したときには噴


  • 14 -


射流調整装置により噴射流の状態を変化させることで(【0019】),反応状態
に異常が生じた場合において,反応を停止することなく,実質的に同じ流量で被反
応物を供給して反応を行いながら,容易に定常状態に復帰させることができるとい
う効果を得たものである(【0022】)。

なお,進歩性の判断に当たり,引用発明の認定をするには,本願発明との対
比に必要な限度で,引用例1の記載から当業者が把握することができる発明を認定
すれば足りるところ,引用例1の記載(【0001】∼【0006】【0014】
【0015】)により本願発明の特許請求の範囲と対比して表現すると,引用例1
には,「上部に工場等から排出される廃液中の有機物と水を混合して反応器に供給
する被反応物供給路及び過酸化水素等の過酸化物等の酸化剤を供給する酸化剤供給
路が連絡する,被反応物を反応器内に,噴射流調整装置により噴射流の霧化度を変
化させて噴射する噴射装置と,下端部に反応物取出部が設けられる耐圧性材料を用
いた反応器を含む水熱反応装置」が記載されているということができる。したがっ
て,本件審決の引用発明の認定自体に誤りはない。
(3)
本願発明と引用発明との対比について

本件審決は,引用発明の「水熱反応装置」は,水熱反応処理を行うから,本
願発明の「水処理装置」と「処理装置」の点で共通すると認定し,処理の内容に関
して実質的に対比することなく,「処理装置」という部分が共通すると判断した。

しかし,本願発明の「水処理装置」は,被処理水を処理する装置であって,
水は処理の対象であるのに対し(【0001】【0006】),引用発明の「水熱
反応装置」は,水熱反応を行う装置であって,水は有機物の酸化分解を促進する水
の超臨界又は亜臨界状態を形成するための媒体であり,水自体は処理の対象とはい
えない(【0003】【0009】【0010】)。
このように,両者は,水の役割という点において,異なるものであり,技術分野
においても異なるものということができる。

また,本願発明の「水処理装置」と,引用発明の「水熱反応装置」とを対比


  • 15 -


すると,本願発明が,従来技術として,オゾンを用いた圧力容器内圧の限界は0.
3MPa(3㎏/㎠)であるという前提の下,エジェクターを用いて,被処理水を
0.6MPaの圧力でオゾン発生装置からのオゾンガスと混合し,従来の2倍以上
の圧力をかけることが可能となり,ヘンリーの法則により,オゾンガスを2倍以上
溶解させることができ,結果として効率が劇的に向上させたもので,圧力容器内は
0. 4MPaになるまで内圧を上昇させ,維持させたと記載しているのに 対 し
(【0005】【0013】),引用発明では,温度に依存するが,少なくとも2.
5M Pa以上の状態で水熱反応を行う反応容器内によるものである(【0 0 0
8】)。
このように,両者は,少なくとも容器内の圧力状態が異なるものである。
加えて,温度の観点からみても,本願発明において,圧力容器内の温度上昇に関
する本願明細書の記載はなく,実施例でも被処理水の水温が12℃とされているの
に対し(【0012】),引用発明では,374℃以上の超臨界状態又は374℃
以下であっても臨界点に近い高温高圧状態をいうと定義されている(【000
8】)。
このように,両者は,容器内の温度状態も異なっている。

よって,引用発明の「水熱反応装置」は,水熱反応処理を行うから,本願発
明の「水処理装置」と「処理装置」の点で共通するということができるとした本件
審決の一致点の認定には,誤りがある。
(4)
被告の主張について

被告は,化学反応メカニズムが異なれば直ちに化学装置が相違するとは限ら
ないし,本願発明と引用発明とは,いずれも化学反応を用いて被処理水に含まれる
有機物を分解して被処理水を清浄にする処理装置であって,そこでは酸化反応とい
う共通する化学反応メカニズムによる処理が行われているから,同様の処理技術に
属する化学装置であることは明らかであると主張する。
しかしながら,「水処理」とは,被処理物である水に関する処理であり,用水処


  • 16 -


理や廃水処理(工業廃水処理及び汚水処理)を含む概念である(乙1)。これに対
し,「水熱反応」とは,超臨界状態(臨界点である375℃,22MPa以上)又
は亜臨界状態(臨界点よりやや低い状態)の高温高圧状態の水の性質を利用した反
応であり,「水熱反応処理」とは,上記のような水熱反応による被処理物の処理で
ある(甲10,11)。
また,本願発明は,化学反応を用いて被処理水に含まれる有機物を分解して被処
理水を清浄にする処理装置であるのに対し,引用発明は,被処理対象としての「被
処理水」という概念が存在しないのであるから,処理結果物として「被処理水」を
清浄にするということを目的にしていない点で,両者は前提から相違している。
さらに,酸化反応の点でメカニズムが共通するというのは,反応機構の共通する
部分を,具体的被処理対象物の状態を検討せずに不適切な上位概念化によって取り
出したものにすぎず,同様の処理技術とはいえない。
なお,汚水処理施設に熱水処理を組み込んで,処理施設で生成された不消化汚水
汚泥を完全に酸化させるという乙6(甲13)を参考にすると,【図1】の熱水装
置は,清浄装置である沈降タンクから処理が終わった濃縮下水汚泥を処理する装置
であり,引用発明の水熱処理装置は,汚泥分離後濃縮された汚泥中の被処理有機物
の分解を目的とする装置であるのに対し,本願発明の水処理装置は,汚泥との分離
前の被処理水の処理装置であって,有機物が酸化分解する現象を伴う点に関連があ
るだけで,両者は実際の有機物の酸化分解が行われる工程や有機物の存在状態が全
く異なっており,共通するとはいえない。
そうすると,本願発明と引用発明とは,「処理装置」という点でも一致している
とはいえない。

被告は,本願発明の圧力容器は,エジェクター及び噴霧装置により得られた
高圧状態を維持するための密閉された格納手段であり,その役割は,通常の圧力容
器の機能と変わるところはなく,引用発明の反応器についても,水熱反応及び酸化
反応を行うに必要な圧力及び温度環境を形成するための密閉容器である点で,通常


  • 17 -


の圧力容器と異なるものではないと主張する。
しかしながら,本願発明の圧力容器は,0.6MPa以下を想定したものであり
(甲6【0001】【0005】【0006】),実施例では,内容積が240L
とかなり大きな容器であり,水温12℃の被処理水を使用し,0.4MPaで保持
することを例示していることから(甲6【0012】【0013】),加圧できる
とはいえ,高温高圧にすることを前提としない圧力容器である。これに対し,引用
発明の反応器は,超臨界又は亜臨界状態で水熱反応を行うように耐熱,耐圧容器で
形成され,超臨界又は亜臨界状態が高温高圧の定義がされているのであって,少な
くとも2.5MPa以上を想定したものと認められ(甲1【請求項1】【000
8】【0011】),容器として重なるものとはいえない。
また,乙6(甲13)の超臨界水酸化反応器においても,超臨界酸化反応で発生
する温度及び圧力に耐えられる材料で小径の細長い管等を例示し,その従来技術で
は,高温では反応混合物の圧力に耐えられなくなるまで反応器の容器材料を脆弱化
させることが開示されている。
このように,高温高圧で使用することを前提としている引用発明の耐圧容器は,
本願発明の圧力容器とは,対象とする圧力・温度が異なり,想定する耐圧・耐熱性
が異なるものである。

被告は,引用発明の処理装置をどのような温度で使用するかは,その装置を
適用する被処理物や酸化剤の種類によって異なり,最適な反応状態で使用するとい
う処理方法や処理条件に包含される事項であり,処理装置の構成が酸化剤の種類に
よって直ちに異なることにはならないと主張する。
しかしながら,引用発明において,水熱反応とは,超臨界又は亜臨界状態の高温
高圧の水の存在下に被反応物を酸化反応等させることを意味すること,超臨界状態
とは,374℃以上,22MPa以上の状態,亜臨界状態とは,例えば374℃以
上,2.5MPa以上22MPa未満あるいは374℃以下,22MPa以上の状態,
あるいは374℃以下,22MPa未満であっても臨界点に近い高温高圧状態をい


  • 18 -


うと定義され(甲1【0008】),一般的にもそのような理解がされており(甲
10,11),被告の上記主張は,前提を欠く。

被告は,引用発明の水熱反応装置は,被処理物中の有機物を分解処理する機
能を有するから,「処理装置」に属するのは明らかであり,また,工業廃水を処理
する手段は「水処理」の技術分野に含まれるところ,引用発明の「工場等から排出
される廃液中の有機物と水を混合して反応器に供給する被反応物」は,本願発明の
「被処理水」に相当し,有機物を含む被処理水として分解処理に供されることから,
引用発明の水熱反応装置は水処理装置の範疇にも含まれると主張する。
しかしながら,「水処理」と「水熱反応処理」の意義は,上記のとおりであり,
引用発明の「水熱反応処理」は,「水処理」の範疇に含まれるとはいえず,そもそ
も,技術分野が離れていることからすると,引用例として適切であったともいえな
い。
(5)
小括
以上によれば,引用発明の「水熱反応装置」と本願発明の「水処理装置」とが
「処理装置」の点で共通するとした本件審決の一致点の認定は,誤りであり,これ
を相違点として判断しなかった本件審決には,結論に影響を及ぼす違法がある。
よって,取消事由1は,理由がある。

取消事由2(相違点2の認定判断の誤り)について
(1)
相違点2について
相違点2は,本願発明は,「水処理」について特定されていないのに対し,引用
発明においては,「水熱処理」に特定する点である。
前記1のとおり,引用発明においては,超臨界状態又は亜臨界状態の高温高圧の
水の存在下に被反応物を酸化反応等させる水熱反応が前提となっているのであるか
ら,引用発明に基づき,0.4MPa程度の容器内圧で処理を行う本願発明の「水
処理装置」に想到することは,引用発明の前提を変更することになり,当業者が容
易に想到し得るとはいえない。また,高温高圧で使用することを前提としている引


  • 19 -


用発明の耐圧容器は,本願発明の圧力容器とは異なるものであるから,オゾンを使
用していることから高温にすることは示唆されているとはいえず,相違点2を容易
に想到することはできない。
(2)
被告の主張について

被告は,引用発明の処理装置が適用される温度圧力条件としては,超臨界又
は亜臨界状態のような高温高圧の範囲に限られることなく,100℃以上の範囲も
可能となるとして,本願発明には,圧力温度条件を特定する事項が記載されていな
いので,引用発明の処理装置を,水熱反応よりも低温低圧の水処理に適用すること
は当業者が容易に想到し得る旨主張し,亜臨界状態の温度圧力範囲に関連して,乙
4ないし6を提出する。
しかし,乙4は,水熱処理に用いる密閉容器であるオートクレーブを用いれば水
を100℃以上にすることができ,反応速度を著しく大きくできることを説明した
もので,その記載の後の有害物質を分解無害化する目的での高温高圧の水溶液系と
はどの範囲の温度圧力範囲を指すのか示されていないし,水熱反応との具体的関係
も不明である。また,乙5は,水熱反応とは,水の存在下高温高圧に保持すること
による反応をいい,0.1ないし8.6MPa,100ないし300℃という条件
範囲が示されるものの,可溶化処理水を得るための水熱反応条件であり,引用発明
と関連する酸化剤による水熱反応としては,4.0MPa以上に加圧し,250な
いし600℃に加熱することが例示され(【0010】【0012】),マイクロ
波を 用いた実施例では,5.1MPa,265℃という条件が例示されて い る
(【0061】∼【0063】)。さらに,乙6の「121∼232℃(250∼
450°F)」の記載は,熱水反応からの熱エネルギーを供給物質の調整及び予熱
に使用するという前提の下,供給混合物を超臨界圧力まで加圧した後,臨界圧力で
亜臨界温度で酸化剤を噴射して,酸化反応熱を利用して超臨界温度まで上昇させる
という文脈の中で亜臨界温度として例示されたものにすぎず,臨界圧力以下での水
熱反応を行う温度を記載したものとはいえない。


  • 20 -


そして,亜臨界状態を定義する場合の温度及び圧力の条件は,両者を併せて論ず
べきところ,温度条件のみを取り出して亜臨界状態の範囲とする本件審決の論理は,
不適切である。
このように,高温高圧で使用することを前提としている引用発明の耐圧容器は,
本願発明の圧力容器とは,必要とされる耐圧性,耐熱性,それに伴う大きさや形状
が異なるものであるから,水熱処理を前提とした引用発明から,本願発明を容易に
想到できるということはできない。また,仮に,水の役割の相違を度外視したとし
ても,オゾンを高濃度で被処理水に可溶させる工夫をしている本願発明において,
オゾンの脱離を伴うことになる高温条件を対象とすることは,本願発明において想
定されているとはいえず,相違点2を容易に想到することはできない。

被告は,原告が本件補正に際し,「圧力容器」を「圧力容器(水の超臨界状
態及び亜臨界状態における水熱反応用の容器を除く)」と補正し,引用発明と技術
分野が異なることを明確にした旨主張したこと,本件審決が本件補正を却下したこ
とについて争っていないことから,本願発明は,超臨界状態及び亜臨界状態を含む
と主張する。
しかし,本件出願過程において,引用例1を引用した拒絶理由通知書(甲1−
3)に対し,原告は,引用発明は,超臨界又は亜臨界状態の高温高圧の状態である
のに対し,本願発明は,水の超臨界状態における反応ではなく,オゾンを利用した
水処理装置であるなどとして,両者が異なることを意見書で説明した(甲9)。し
かるに,その意見書を採用できないとし,本願発明に,超臨界又は亜臨界状態にお
いて反応させる水処理装置を含むとして,拒絶査定を受けたことから(甲1−4),
不服審判請求をするとともに本件補正を行ったものである。このような本件補正の
経過に照らすと,原告は,もともと本願発明には超臨界又は亜臨界状態における反
応は含まないという見解であったが,拒絶査定に対応して,いわゆる除くクレーム
により,これを明確化したにすぎないものと解され,本件補正をしたことや補正却
下の判断を争わなかったことから,直ちに本願発明が超臨界状態及び亜臨界状態を


  • 21 -


含むということはできない。
(3)
小括
よって,取消事由2も,理由がある。

結論
以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣

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縮小版




【進歩性,引用発明の認定】「解釈」


「進歩性の判断に当たり,引用発明の認定をするには,本願発明との対比に必要な限度で,引用例1の記載から当業者が把握することができる発明を認定すれば足りる」(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10237号審決取消請求事件))

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H230322現在のコメント


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10237号審決取消請求事件))

いつもの基準です。基準自体は,固まっています。事実認定が重要です。

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Last Update: 2011-03-22 13:04:59 JST

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商標:【商標の類否判断の対象】「基準」「事実認定」(最高裁判決引用),【商標の類否判断】「基準」,「事実認定」(最高裁判決引用):(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10335号審決取消請求事件))






商標:【商標の類否判断の対象】「基準」「事実認定」(最高裁判決引用),【商標の類否判断】「基準」,「事実認定」(最高裁判決引用):(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10335号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10335 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟
平成23年03月17日 知的財産高等裁判所

(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10335号審決取消請求事件))


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【商標の類否判断の対象】「基準」「事実認定」(最高裁判決引用),【商標の類否判断】「基準」,「事実認定」(最高裁判決引用)


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10335号審決取消請求事件))



判示


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第2 事案の概要

本件は,原告が,原告の下記1の本件商標に係る商標登録を無効にすることを求める被告の下記2の本件審判請求について,特許庁が同請求を認めた別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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第4 当裁判所の判断



1 取消事由1(本件商標の構成に係る判断の誤り)について

(1)
商標の類否判断の対象

本件商標は,「天使のチョコリング」の文字を標準文字で横書きにし,指定
商品を第30類「チョコレートを加味してなるリング状の菓子及びパン」とするも
のであって,漢字による「天使」と片仮名による「チョコリング」とが格助詞
「の」で結び付けられている結合商標である。

ところで,商標法4条1項11号に係る商標の類否判断に当たり,複数の構
成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観
察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認
められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標
と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されないが,他
方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識と
して強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所


  • 7 -


識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部
分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許さ
れるものである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法
廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年
9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行
ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参
照)。
(2)
本件商標に係る語句の意味
そこで,本件商標の構成についてみると,その構成のうち「天使」の語は,「天
使の使。勅使」,「神の使者として派遣され,神意を人間に伝え,人間を守護する
というもの。セラピム(熾天使)・ケルビム(智天使)など。エンゼル。エンジェ
ル」,「比喩的に,やさしく清らかな人」との意味(乙11。「広辞苑第6版」平
成20年1月株式会社岩波書店発行),「ユダヤ教・キリスト教・イスラム教など
で,神の使者として神と人との仲介をつとめるもの。ペルシャに由来する思想とさ
れる。エンジェル」,「やさしい心で,人をいたわる人。女性についていうことが
多い」,「天子の使者。勅使」との意味(「大辞林第3版」平成18年10月株式
会社三省堂発行)とされている。
また,本件商標の構成のうち「チョコ」の語は,「チョコレートの略」との意味
(上記「広辞苑第6版」及び「大辞林第3版」)とされている。
さらに,本件商標の構成のうち「リング」の語は,「輪。環」,「指輪」,「ボ
クシングやプロレスの試合を行う方形の台」との意味(上記「広辞苑第6版」),
「輪。輪状のもの」,「指輪」,「ボクシングやプロレスなどの試合場」の意味
(上記「大辞林第3版」)とされている。
さらにまた,上記によると,「チョコリング」の語は,「チョコレートの輪,
環」の意味となる。
(3)
本件商標から生ずる観念及び称呼


  • 8 -



本件商標の指定商品は「チョコレートを加味してなるリング状の菓子及びパ
ン」であるところ,上記(2)に照らすと,「チョコリング」については,チョコレ
ート成分含有又はチョコレート味という原材料や品質で,かつ,輪状という形状の
菓子又はパンであることを普通に用いられる方法で一般的に表示したものというこ
とができるのであって,このような菓子又はパンの品質,原材料及び形状を普通に
用いられる方法で一般的な文字で表示した本件商標中の「チョコリング」の部分か
らは,商品の出所識別標識としての称呼,観念は生じない。
他方,「天使」との語は,上記(2)のとおりの意味を有するものであって,本件
商標の指定商品である「チョコレートを加味してなるリング状の菓子及びパン」に
ついての性状等を表すものではなく,本件商標の指定商品との関係では商品の出所
識別標識としての機能を発揮し得るものである。また,本件商標の「天使」との部
分は,「チョコリング」との部分と何ら観念的な結び付きも有しないものである。
以上によると,本件商標については,「天使のチョコリング」全体のほかに,
「天使」の部分についての観念及び称呼が生じるものということができる。

したがって,本件商標からは,「天使のチョコレート製又はチョコレート味
の環状の菓子又はパン」,「天使のようなチョコレート製又はチョコレート味の環
状の菓子又はパン」のほかに「天使」という観念が生じ,また,「テンシノチョコ
リング」のほかに「テンシ」との称呼も生じる。
(4)
原告の主張の当否
原告は,「天使」という名称は一般名詞化しており,「天使」との文字が出所識
別標識として強く支配的な印象が与えられるものではないこと,原告は,「天使の
チョコリング」という名称を一体として使用していることから,「天使のチョコリ
ング」を一体のものとして判断すべきであることなどを主張する。
しかしながら,上記説示のとおり,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対
し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる
場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認めら


  • 9 -


れる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのも
のの類否を判断することも,許されるところ,これを本件商標についてみると,
「天使」との語は,本件商標の指定商品である「チョコレートを加味してなるリン
グ状の菓子及びパン」についての性状等を表すものではなく,本件商標の指定商品
との関係では自他商品の識別標識としての機能を十分に発揮し得るものであるのに
対し,「チョコリング」との語は,本願商品の指定商品の品質,原材料及び形状を
普通に用いられる方法で一般的な文字で表示したものにすぎず,自他商品の識別力
を有しないものであるから,本件商標は,「天使のチョコリング」という一連の称
呼及び観念が生じるとしても,さらにまた,その構成中の「天使」の部分としての
称呼及び観念が生じることも否定することができない。そして,このことは,原告
が,製造販売する商品に「天使のチョコリング」との名称を使用しているというこ
とのみをもって影響されるものではない。
(5)
小括
以上によると,本件商標と本件引用商標との類否判断の前提として,本件商標の
うち「天使」の文字部分のみを抽出することができ,これと同旨の本件審決の判断
に誤りはない。
したがって,取消事由1は理由がない。

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2 取消事由2(出所の混同を生ずるおそれがあるとした判断の誤り)について

(1)
商標の類否判断
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商
品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,
それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取
引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商
品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断する
のが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小
法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。


  • 10 -


(2)
本件商標と本件引用商標との類否

前記1のとおり,本件商標のうち「天使」の文字部分を取り出すことがで
き,本件商標からは,「天使」との観念及び「テンシ」との称呼が生ずるものであ
る。

引用商標1は,別紙引用商標目録記載1の商標の構成のとおりのものであっ
て,漢字による「天使」の文字を横書きした構成からなるものであり,引用商標1
からは,「天使」との観念及び「テンシ」との称呼が生ずるものであって,本件商
標と引用商標1とは,同一の観念及び称呼を有するものである。

引用商標2は,同目録記載2の商標の構成のとおりのものであって,平仮名
による「てんし」の文字,漢字による「天使」の文字及び片仮名による「テンシ」
の文字を上下3段に横書きした構成からなるものである。そして,その中段の「天
使」の文字部分は,その上下の「てんし」及び「テンシ」の各文字部分と比較して
格段に大きく書かれていることからすると,上下の「てんし」及び「テンシ」の記
載は,中段の「天使」の記載の読みを記載したものであって,引用商標2の構成中
の「天使」の文字部分が商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるもの
ということができ,引用商標2からは,「天使」との観念及び「テンシ」との称呼
が生ずるものであって,本件商標と引用商標2とは,同一の観念及び称呼を有する
ものである。

また,本件引用商標は,いずれも,その指定商品に第30類「菓子及びパ
ン」を含むものであって,その指定商品は,本件商標の「チョコレートを加味して
なるリング状の菓子及びパン」との指定商品を含むものである。
オ そして,本件引用商標の商標権者である被告は,日本有数の菓子・食品の製
造・販売等の会社であるところ,被告の商品には,「エンゼルパイ」との菓子があ
る(甲1,乙178∼180)ほか,これまでにも,「エンゼルスイーツ」(平成
13年ころ。乙199),「エンゼルレリーフ」(平成8年ころ。乙200),
「エンゼルパティシエ」(平成7年ころ。乙201)などの菓子類を販売してきた


  • 11 -


こと,被告は,明治38年以降,被告の商品に天使(エンゼル)の図柄を採用して
付記し始め,時代の変遷とともに態様を少しずつ変遷させながら,本件商標の登録
査定時に至るまで,同社のロゴマークに「エンゼルマーク」と呼ぶ天使(エンゼ
ル)を象形化した図柄を採用するとともに,多くの自社商品のパッケージに同図柄
を付記し続けてきたこと(甲1,乙62,63,65∼69),被告は,この「エ
ンゼルマーク」に係る多数の商標出願を行って,その保護に努めてきたこと(乙7
3∼153),以上の事実が認められるところ,前記1(2)のとおり,「天使」に
は「エンゼル」の意味があり,「エンゼル」が「天使」の意味を有することは,我
が国における一般的な外来語や英語の理解能力を前提にすると,指定商品の取引者
や需要者のみならず,一般人においても容易に認識し得る程度のものである。

そうすると,本件商標と本件引用商標とは,いずれも同一の称呼及び観念を
生じるものであって,さらに,日本有数の菓子・食品の製造・販売等の会社である
本件引用商標の商標権者である被告が,上記のとおり,本件商標の登録査定時に至
るまで,長年にわたり,自社のロゴマークに「天使(エンゼル)」を使用し,自社
の商品のパッケージに「エンゼルマーク」を付記してきたことなどの実情をも加
え,取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すると,本件商標
を,本件引用商標が指定商品として含む「チョコレートを加味してなるリング状の
菓子及びパン」に使用した場合に,商品の出所につき誤認混同されるおそれがある
ということができる。
(3)
小括
以上によると,本件商標は,商標法4条1項11号に該当するものということが
でき,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
したがって,取消事由2は理由がない。

結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部


  • 12 -
    裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣



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縮小版




【商標の類否判断の対象】「基準」「事実認定」(最高裁判決引用)


「商標法4条1項11号に係る商標の類否判断に当たり,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されないが,他方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものである(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。」(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10335号審決取消請求事件))

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【商標の類否判断】「基準」,「事実認定」(最高裁判決引用)


「商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。」(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10335号審決取消請求事件))

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H230322現在のコメント


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10335号審決取消請求事件))

いつもの基準です。基準自体は,固まっています。事実認定が重要です。

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Last Update: 2011-03-22 12:46:38 JST

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……………………………………………………判決末尾top
メインサイト(Sphinx利用)知財高裁のまとめMY facebook弁護士・弁理士 岩原義則知的財産法研究会ITと法律研究会弁護士・弁理士サービスのフェイスブック活用研究会

特許権:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))






特許権:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10209 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月17日 知的財産高等裁判所

(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))

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【容易想到性】「事実認定」


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))




判示・縮小版なし


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第2 事案の概要


本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,本願発明の要旨を下記2のとおり認定した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。



第4 当裁判所の判断


取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1)

本願発明について
本願発明の要旨は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,その技術的意義
等を明らかにするために本件明細書の発明の詳細な説明欄を参酌すると,同欄には
概要次の記載がある。

一般のコンピュータシステムにおいては,電源が印加されると,中央処理装
置(CPU)は,BIOS(BASIC INPUT OUTPUT SYSTEM)を利用してPOST
(POWER ON SELF TEST)過程等を行ってから(【0002】),メインメモリーにロ
ーディングされたHDD(HARD DISK DRIVE)の起動領域に保存された起動プログ
ラムを読み出してシステムを起動させる(【0003】)。しかし,BIOSがHD
Dの起動領域を読み出すためには,HDDのディスク駆動モーターが所定の回転速
度に達する必要があるが(【0004】),そのためには時間が長くかかるのに加え
て,BIOSがHDDの起動領域を読み出すのにも時間がかかるので,システムの
起動に長時間を要するという問題がある(【0005】)。

OSを始めとする全てのプログラムは,メインメモリーにローディングされ
なければCPUがこれを解読して実行することができないが(【0013】),本願
発明は,前記第2の2に記載の構成を採用し,HDDが所定の回転速度に達する前
に,起動プログラムを本体に転送することができる非揮発性メモリ(フラッシュメ
モリー)を設けることで,電源の印加後,HDDの駆動モーターが定常速度になる
時まで待つ必要がなく,HDDの起動時間を短縮することが可能なコンピュータシ
ステムを提供する目的を達成するものである(【0006】∼【0008】【001
0】【0011】【0027】)。
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本願発明のHDDは,HDDを全体的に制御する制御部として機能するマイ
コンを備えている(【0014】【0020】)。マイコンは,OS(オペレーティン
グシステム)をインストールする時に起動プログラムをディスクの起動領域に保存
してから,これをフラッシュメモリーに保存させ(【0020】【0024】【00
25】),システムが起動される時には,駆動モーターが定常速度になったか否かを
判断して,定常速度にならないと判断すると,フラッシュメモリーに保存された起
動プログラムをシステムバスを通じてシステム本体に伝送してメインメモリーにロ
ーディングさせる(【0021】【0026】【0027】)。そして,マイコンは,
駆動モーターが定常速度になれば,ディスクから必要なプログラム及びデータを読
み出してシステム本体に伝送する。このようにして,本願発明では,電源が印加さ
れてから起動プログラムを読み出すのにかかる時間を短縮することができる(【0
028】)。
(2)
引用発明について
他方,引用発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるが,引用例1には,
引用発明について概要次の記載がある。

従来の不揮発性記憶装置では,ハードディスクドライブなどの磁気記憶装置
を使うと速度が遅いなどの問題がある一方,フラッシュメモリーなどの不揮発性半
導体装置を使うと書換え回数に限度があるなどの問題があり,また,これらの各装
置が別々のドライブユニットとして実現されているので,別々のデータ管理が必要
となり,これらのドライブユニットにまたがって1つのソフトを記憶することが実
際上困難であった(【0011】)。なお,フラッシュメモリーでは,1つのメモリ
セルあたりの書換え可能な回数は,100万回程度である(【0005】)。また,
従来のコンピュータでは,不揮発性記憶装置として,フロッピーディスクドライブ,
ハードディスクドライブ及びフラッシュメモリードライブが用いられている(【0
006】【0007】【図9】)。

そこで,引用発明は,単一のドライブ番号で割り当てられる1つのドライブ
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ユニットの中にフラッシュメモリーなどの半導体ディスク装置と磁気ディスク装置
とを設け,両者に選択的にアクセスできるようにすることで,各装置の互いの欠点
を補えるようになると共に,1つのディスクドライブと同様に両者のデータ管理を
行うことが可能とするものである(【0013】∼【0015】)。例えば,あるプ
ログラムを構成するファイル群の中でそのプログラム起動時に使用されるファイル
が書き込み対象ファイルであれば,それを半導体ディスク装置に格納することで,
高速アクセスが可能となる(【0019】)。

引用発明の実施形態としては,ハードディスクとフラッシュメモリーが1つ
のドライブ番号が割り当てられた統合ドライブユニットとして実現され(【002
0】),フロッピーディスクドライブとは別に名付けられるが(【0021】【図
1】),例えば1つのソフトウェアをハードディスクドライブとフラッシュメモリー
とにまたがって格納する場合には,データ読み出し速度の早いフラッシュメモリー
にはそのプログラム起動時に使用されるファイルが格納され,それ以外のファイル
については記憶容量の大きいハードディスクドライブに格納される。これにより,
そのプログラムの起動を高速に行うことが可能となる(【0025】【0035】)。

引用発明のフラッシュメモリーコントローラは,フラッシュメモリーを制御
してそれを半導体ディスク装置として動作させるためのエミュレーションを行うも
のであり,ハイブリッドコントローラを介してCPUから受け取ったディスクアド
レスやディスクコマンドのアドレス変換やコマンド変換等を行う(【0029】)。
また,引用発明のハードディスクコントローラは,ハードディスクドライブに設け
られているディスク,モータ及びヘッドなどの機械的な機構を制御するためのもの
であり,通常,ハードディスクドライブの一部として設けられている(【003
0】)。そして,引用発明のハイブリッドコントローラは,CPUにより指定される
単一のドライブ番号に応答してハードディスクコントローラとフラッシュメモリー
コントローラの双方を統合制御するものであり,CPUから発行されるディスクア
ドレス及びディスクコマンドを選択的にハードディスクコントローラとフラッシュ
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メモリーコントローラに渡すほか,ハードディスクドライブとフラッシュメモリー
のそれぞれの記憶領域の管理や記憶領域間のファイルの移動などの機能が設けられ
ている(【0031】)。
(3)
一致点の認定について

本件審決が認定した本願発明と引用発明との一致点は,前記第2の3(2)イ
に記載のとおりであるところ,原告は,まず,引用発明の「不揮発性記憶装置」が
フロッピーディスクドライブも含んでいることから,これと本願発明の「ハードデ
ィスクドライブ」とが対応していない旨を主張する。
しかしながら,前記(2)に認定のとおり,引用発明は,単一のドライブ番号で割
り当てられる1つのドライブユニットの中に,いずれも不揮発性記憶装置である半
導体ディスク装置(フラッシュメモリー)と磁気ディスク装置(ハードディスク)
とを設け,両者に選択的にアクセスできるようにすることで,各装置の互いの欠点
を補えるようにするなどしたものであって,引用例1に記載の実施例において磁気
ディスク装置の一種であるフロッピーディスクドライブを統合ドライブユニットと
別に設けたからといって,フラッシュメモリー及びハードディスクが不揮発性記憶
装置ではなくなるというものではない。したがって,統合ドライブユニットを構成
するフラッシュメモリーとハードディスクの総体を「不揮発性記憶装置」と認定し,
これが,磁気記憶装置であるハードディスクと半導体記憶装置であるフラッシュメ
モリーとを備える本願発明の「ハードディスクドライブ」に対応するとした本件審
決の認定に誤りはない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。

原告は,プログラムとOSとは一致しないから,引用発明の「あるプログラ
ムを構成するファイル群」と本願発明の「OS」とが対応しておらず,また,保存
される対象を異にするから,引用発明の「フラッシュメモリ」と本願発明の「フラ
ッシュメモリー」とが対応していない旨を主張する。
しかしながら,前記(2)イに認定のとおり,引用例1には,あるプログラムを構
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成するファイル群の中でそのプログラム起動時に使用されるファイルが半導体ディ
スク装置に格納される旨の記載がある(【0019】)ことに照らすと,引用発明の
「あるプログラムを構成するファイル群」は,所定のプログラムを構成するファイ
ルの集合を意味する一方,前記(1)イに認定のとおり,本件明細書には,OSを始
めとする全てのプログラムは,メインメモリーにローディングされなければCPU
がこれを解読して実行することができない旨の記載がある(【0013】)ことに照
らすと,本願発明の「OS」もまた,プログラムであることが明らかである。また,
引用発明の「フラッシュメモリ」と本願発明の「フラッシュメモリー」とでは,そ
の格納する対象が,いずれも所定のプログラムを起動させるものであるという点で
機能が共通しているばかりか,本件審決は,相違点1において,本願発明において
格納されるプログラム(ソフトウェア)が「OS」である旨を別途認定しているか
ら,一致点の認定に当たって,上記機能の共通性に基づき,引用発明の「あるプロ
グラムを構成するファイル群」が本願発明の「OS」に,引用発明の「フラッシュ
メモリ」が本願発明の「フラッシュメモリー」に,それぞれ対応するとした本件審
決に誤りはない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。

原告は,引用発明の「ハードディスクコントローラ」,「フラッシュメモリコ
ントローラ」及び「ハイブリッドコントローラ」には本願発明の「制御部」のよう
な記載や示唆がないから,これらが本願発明の「制御部」に対応していない旨を主
張する。
しかしながら,前記(2)イ及びエに認定のとおり,引用発明の「ハードディスク
コントローラ」等は,いずれも,CPUにより単一のドライブ番号でハードディス
クドライブの記憶領域とフラッシュメモリーの記憶領域を選択的にアクセスするこ
とができるようにするものである一方,本願発明の特許請求の範囲に記載のとおり,
本願発明の「制御部」は,「前記駆動モーターが定常速度になる前は,前記フラッ
シュメモリーから前記OSの起動プログラムを読み出して前記メインメモリにロー
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ディングし,前記駆動モーターが定常速度になったか否かを判断し,前記駆動モー
ターが定常速度になった後は,前記ディスクから必要なプログラムを読み出して前
記メインメモリにローディングする」機能を備えたものであるから,両者は,いず
れもディスク及びフラッシュメモリーに記憶されたプログラムを読み出すための制
御に関するものであるという点で機能が共通しているばかりか,本件審決は,駆動
モーターが定常速度になる前はフラッシュメモリーからOSの起動プログラムを読
み出している点及び駆動モーターが定常速度になったか否かを判断し,駆動モータ
ーが定常速度になった後はディスクから必要なプログラムを読み出している点を,
それぞれ別途相違点2及び3として認定している。したがって,一致点の認定に当
たって,上記機能の共通性に基づき,引用発明の「ハードディスクコントローラ」
等が本願発明の「制御部」に対応するとした本件審決に誤りはない。
よって,原告の上記主張は,採用できない。

取消事由2(相違点を看過した誤り)について
(1)
原告は,本願発明のディスクに保存される「OS」にはOSの起動プログ
ラムが含まれることが自明である一方,引用発明のフラッシュメモリーに保存され
るプログラム起動時に使用されるファイルがハードディスクには保存されず,この
点で本願発明と引用発明とが相違する旨を主張する。
(2)
そこで検討すると,本願発明の特許請求の範囲の記載には,ディスクに保
存される対象としては「OS」と記載されるにとどまり,OSのうちの起動プログ
ラムを積極的に排除する記載がないばかりか,前記1(1)ウに認定のとおり,本件
明細書には,本願発明のマイコンが,OS起動プログラムをディスクの起動領域に
保存してからこれをフラッシュメモリーに保存させる旨を記載している(【002
0】【0024】【0025】)ことに照らすと,本願発明の特許請求の範囲の記載
及び本件明細書の発明の詳細な説明欄は,いずれも,HDDのディスクに保存され
る「OS」にその起動プログラムが含まれる実施形態を開示しているということが
できる。
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(3)
しかしながら,原告は,本件の分割出願以来,本願発明の請求項の記載に
おいてフラッシュメモリーの保存対象としてコンピュータシステム又はOSの起動
プログラムを特定している一方,分割出願当時の本願発明の請求項の記載ではディ
スクの保存対象について特定をしていなかったところ(甲1【請求項3】),その後,
ディスクの保存対象を「コンピュータシステムのOS」と特定し(甲9【請求項
4】),更に「コンピュータシステムのOSと前記OSの起動プログラム」と特定し
直したものであって(甲12【請求項3】),以後,これを踏襲していたものである
が(甲15【請求項2】,甲18【請求項2】,甲22【請求項2】),拒絶理由通知
書において,起動プログラムが不揮発性保存部(フラッシュメモリー)に保存され
るのであれば技術常識から見れば起動プログラムをディスクに保存する必要はない
と考えられるし,本件明細書には「OSの起動プログラムを保存するディスク」と
の発明特定事項の必要性やその作用効果についての説明が見当たらない旨を指摘さ
れるや(甲23),本願発明の特許請求の範囲から,「OSの起動プログラムを保存
するディスク」との発明特定事項を自ら削除したものである(甲25【請求項2】)。
(4)
また,原告は,本件の原出願以来,本願発明の特許請求の範囲の記載にお
いて,駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディスクから読み出される対
象について何ら触れておらず,当初明細書の発明の詳細な説明欄では,「必要なプ
ログラム及びデータを読み出してシステム本体に伝送する」旨の記載があるにとど
まっていた(乙1【0027】)。そして,原告は,本件の分割出願後,本願発明の
特許請求の範囲の記載として,「前記駆動モーターが定常速度になった後に,前記
ディスクに保存された前記起動プログラムが前記メインメモリにローディングされ
るようにする」旨の付加したものの(甲12【請求項3】),拒絶理由通知書におい
て,明細書には上記の記載があるだけで当該付加部分に係る事項が記載されておら
ず,当該事項を読み出すことを導き出すことができないから,分割の要件を満たさ
ず,出願日の遡及を認めない旨の指摘を受けるや(甲16),当該付加部分のうち
「起動プログラム」との文言を「必要なプログラム」に自ら変更したものである
21
(甲18【請求項2】)。なお,被告は,これを受けて,同年3月5日の拒絶査定の
備考欄において,出願日の遡及を認める旨を記載している(甲19)。
(5)
以上の手続経過に鑑みると,原告は,拒絶査定を避けるべく,本願発明の
特定に当たりディスクに保存される対象からOSの起動プログラムを排除した(前
記(3))ほか,分割出願の要件を満たして出願日を遡及させるべく,駆動モーター
が定常速度になった後に制御部がディスクから読み出す対象からOSの起動プログ
ラムを除外した(前記(4))ものと認められる。
そして,他に本願発明の特許請求の範囲の記載中にはディスクの保存対象として
OSの起動プログラムが含まれると解するに足りる記載が見当たらないことも併せ
考えると,本願発明の解釈に当たり,ディスクにOSの起動プログラムが保存され
ていないものと認定し,引用発明との関係で相違点を認定しなかった本件審決に誤
りがあるとまではいえない。
(6)
また,本願発明は,前記1(1)イに認定のとおり,OSの起動プログラムを
フラッシュメモリーに格納して読み出すことで,駆動モーターが定常速度になる時
まで待たずに,HDDの起動時間を短縮するものである(本件明細書【0006】
∼【0008】【0010】【0011】【0027】)一方,引用発明も,前記1
(2)ウに認定のとおり,データ読み出し速度の速いフラッシュメモリーにプログラ
ム起動時に使用されるファイルを格納することで,そのプログラムの起動を高速に
行うものである(引用例1【0025】【0035】)。したがって,本願発明及び
引用発明は,いずれもプログラム起動時に使用される実行ファイルがフラッシュメ
モリーに保存されていることで起動時間を短縮するという効果が得られる点で共通
するから,仮に本願発明においてOSの起動プログラムが,フラッシュメモリーの
ほか,ハードディスクに保存されていたからといって,このことが引用発明との相
違点となり,更には容易想到性の判断に影響するものではない。
したがって,原告の前記主張は,採用できない。
(7)
なお,原告は,本願発明の「マイコンは,フラッシュメモリーに起動プロ
22
グラムが保存されたか否かを確認してフラッシュメモリーに起動プログラムが保存
されない場合,ディスクに保存された起動プログラムをフラッシュメモリーに保存
する」(本件明細書【0025】)ものであるのに,本件審決がこの点を相違点とし
て認定していない誤りがある旨も主張する。
しかしながら,この点は,本願発明の特許請求の範囲に記載されていないから,
原告の上記主張は,それ自体失当である。

取消事由3(相違点2及び3についての判断の誤り)について
(1)
原告は,本願発明ではフラッシュメモリーには消去・書き込み可能回数に
制限があることを前提として,駆動モーターが定常速度になればディスクに保存さ
れているOSの起動プログラムを「必要なプログラム」として読み出すことにより,
フラッシュメモリーの不具合に対応できるものであり,引用例1ないし5に記載の
発明とは全く異なるものであり,本件審決がこの点についての判断を誤っている旨
を主張する。
(2)
しかしながら,前記2(4)に認定のとおり,原告は,分割出願の要件を満た
して出願日を遡及させるべく,駆動モーターが定常速度になった後に制御部がディ
スクから読み出される対象からOSの起動プログラムを除外したものであって,現
に,本件明細書にも,「必要なプログラム」にOSの起動プログラムが含まれると
認めるに足りる具体的な記述はない。
次に,前記1(2)アに認定のとおり,フラッシュメモリーの書換え可能な回数に
は制限があることが技術常識である(引用例1【0005】)としても,本件明細
書には,本願発明の作用効果としてこのようなフラッシュメモリーの不具合に対応
する旨に関する記載がない。
なお,原告は,本件明細書【0007】には,この点についての示唆がある旨を
主張するが,本件明細書の当該箇所は,本願発明(前記第2の2)の記載それ自体
を上回るものではなく,原告の主張するような示唆は,見当たらない。
したがって,原告の前記主張は,その前提を欠く。
23
(3)
むしろ,引用例1は,前記1イ及びウに認定のとおり,データ読み出し速
度の速いフラッシュメモリーにあるプログラム起動時に使用されるファイルを格納
することで,当該プログラムの起動を高速化するものであるばかりか,引用例2は,
「データ記憶システム及び同システムに適用するキャッシュ制御方法」という名称
の発明に関する公開特許公報であるが,そこには,磁気ディスク装置(HDD)と
半導体ディスク装置(フラッシュメモリー)とからなるコンピュータシステムのデ
ータ記憶システムにおいて(【0001】),OSの起動に必要な起動情報を半導体
ディスク装置の恒久的保存領域に保存し(【0009】),OSの起動時に当該起動
情報にアクセスすることにより,OSの起動が高速化できることが開示されている。
そして,駆動モーターが定常速度になる前には,HDDからプログラムを読み出す
ことができないことは,技術常識であるから,引用例1及び2には,フラッシュメ
モリーにOSの起動プログラムを保存することで,駆動モーターが定常速度になる
前からその読み出しを行い,もってOSの起動を高速化することについて示唆があ
るといえる。
したがって,当業者は,引用発明に基づき,引用例2の記載を参照することで,
本願発明の相違点2に係る構成を採用することを容易に想到することができたもの
といえる。
(4)
また,引用例3は,「ディスク記憶装置の起動およびデータ読み書き方法」
という名称の発明に関する公開特許公報であるが,そこには,計算機の起動方法に
おいて,電源投入後,ディスク記憶装置は,ディスクの回転数が正規の値に整定し
たことを確かめ,ディスクに記憶された設定データを読み取った上で,計算機に準
備完了を報告し,計算機は,報告を受けた後,ディスク記憶装置にアクセスしてO
S等の基本プログラムを読み取ること(【0003】【0005】)及びディスク記
憶装置に不揮発性メモリを組み込み,そこに設定データをあらかじめ格納しておき
(【0012】【0019】),ディスクの起動完了を待つ動作と平行して設定データ
を読み込むことにより,計算機の起動時間を大幅に減少させること(【0012】
24
【0021】【0022】)が記載されている。そして,引用例5は,「ディスク装
置」という名称の発明に関する公開特許公報であるが,そこには,ハードディスク
装置(HDD)において,電源が立ち上げられた後,HDDが記録再生可能な回転
速度に立ち上がったか否かを判断し,回転速度が定常の回転速度に立ち上がるのを
待ってデータの読み出しを開始すること(【0043】【0044】)が記載されて
いる。
このように,ディスクからのプログラム等の読み出しは,駆動モーターが定常速
度になった後でなければならないことは,技術常識であって,そのために駆動モー
ターの回転速度が定常速度になったか否かを判断することについては,複数の公開
特許公報に記載があるように,当業者の周知技術であるといえる。
したがって,当業者は,引用発明に基づき,引用例3及び5の記載を参照するこ
とで,本願発明の相違点3に係る構成を採用することを容易に想到することができ
たものといえる。
(5)
さらに,引用発明について本願発明の相違点2及び3に係る構成を採用し
たことによる効果が格別に顕著であると認めるに足りる証拠はない。
(6)
よって,相違点2及び3について当業者が容易に想到できるとした本件審
決の判断に誤りはない。

結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求
は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣



H230322現在のコメント


(知財高裁平成23年3月17日判決(平成22年(行ケ)第10209号審決取消請求事件))

「容易想到性」に関する事実認定判決です。
判断(事実認定の妥当性をいうのではない)自体は,オーソドックスな対応です。

相違点認定について分割経緯を重視しているとはいえます。


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Last Update: 2011-03-22 12:27:15 JST

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