2011年2月24日木曜日

特許:【補正適否】【一致点・相違点】【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10193号審決取消請求事件))





目 次


特許:【補正適否】【一致点・相違点】【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10193号審決取消請求事件))




知的財産高等裁判所第2部「塩月秀平コート」



H230228現在のコメント


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10193号審決取消請求事件))

事実認定に関する判決です。結論的には短くて読みやすいのですが,主張書面としては使いにくいでしょうか。

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縮小版なし・判決原文(引用)


(知財高裁平成23年2月24日判決(平成22年(行ケ)第10193号審決取消請求事件))

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1 取消事由1(補正の適否の判断の誤り)について



(1) 審決は,本件補正によって請求項1に加えられた「それにより,」の「そ
れ」を,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアッ
プ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコー
ド手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,」を指すと解した
ものである。指示語である「それ」は,通常,当該指示語より先行して現れる
語句を指すものであるところ,審決は「それにより」の直前に位置する「前記
簡素化された第2のブートコード手順は,・・・実行させ,」を指すと解した
ものであり,補正された請求項1の特許請求の範囲の記載の体裁上,不合理又
は不自然な解釈をしたものでもない。そして,本件補正後の明細書の記載及び
図面からも,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及び
アップグレードされる」ことの原因となるべき事項を見出すことは困難である
から,上記「それにより,」が指す事項につき上記と異なる解釈をすべきもの
であるともいえない。したがって,審決の前記文理解釈に誤りがあるというこ
とはできない。

top (2) この点,原告は,本件補正により請求項1に加えられた事項のうち
「それにより,」は,「補正後の請求項1の構成全体により,」,特に「修正
ブートコードは,ハードドライブに格納されるという構成により,」という意
味に解すべきであり,新規に原因・結果の関係又は構成・効果の関係を追加す
るものではない等と主張する。

しかしながら,本件補正後の明細書の発明の詳細な説明欄や図面には,コン
ピュータのハードドライブの特定の記憶領域であるマスターブートレコード
(master boot record,MBR)に修正されたブートコード
(コンピュータを起動するために実行されるプログラムの一種)である「修正
ブートコード」を格納し,これがコンピュータの起動時にロードされて実行さ
れること(段落【0020】,【0021】,図4~6等)や,コンピュータ
のROM(読み出し専用メモリ)等に格納され,特別の目的に沿うように修正
又は特化されたBIOS(Basic Input Output System。
コンピュータシステム内の各種ハードウェアにアクセスするための実行手続の
プログラムを体系化した特別のソフトウェアの一種。乙1の4頁参照)を実行
(執行)すること(段落【0038】,【0039】,図12,13)は記載
されているものの,補正発明(本件補正後の請求項1の発明)の構成全体や
「修正ブートコード」自体ないし「第2のブートコード」自体の作用によっ
て,「修正ブートコード」ないし「第2のブートコード」が修正ないしアップ
グレードされることは記載されていない。また,「修正ブートコード」や「第
2のブートコード」が修正ないしアップグレードされるかどうかは,「修正ブー
トコード」等のプログラムの作用如何に係るもの,すなわち,「修正ブートコー
ド」等のプログラムが実行されるときに,「修正ブートコード」等自体を修正
ないしアップグレードするようプログラムされているかどうかに係るものであっ
て,「修正ブートコード」自体をコンピュータのハードドライブに格納したこ
とに基づくものでないことは明らかである。したがって,原告の上記主張は採
用することができない。

また,原告は,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスター
トアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブー
トコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させること」と,
「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレー
ドされる」こととの間には原因・結果の関係にはなく,審決のとおりに解する
と補正発明を正確に理解することができない等と主張する。

確かに,本件補正後の明細書及び図面には,「第2のブートコード手順」によっ
て,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグ
レードされる」ことを明示する記載は存しないが,だからといって「それによ
り,」が指示する語句が原告主張のとおりであると解しなければならないこと
になるものではない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3) 前記(1)のように解すると,本件補正により,請求項1には,「前記簡素化
された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブー
ト手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコー
ドセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及
び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という構成(審
決にいう事項(ア))が加えられたことになるが,「前記修正ブートコード及
び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という構成は当
初明細書及び図面中に記載されていない事項である。また,当初明細書の記載
及び図面をすべて参照しても,上記の構成が開示されているとも示唆されてい
るともいえず,補正発明(本願発明)の優先日当時の当業者にとって,当初明
細書の記載及び図面から自明な事項であるともいい難い。したがって,本件補
正は請求項1につき当初明細書及び図面中に記載された範囲内で補正するもの
ではないから,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例
によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項の規定に違反する
ものというべきである。

なお,原告自身が,平成21年11月16日付け回答書(甲12)で,「出願
人もまた,補正後の請求項1における『それにより,前記修正ブートコード及
び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる』という補正は,
出願当初の明細書にも図面にも記載されていないことを認めます。そして,そ
の記載を撤回するため,特許法第17条の2に規定する補正の機会を付与して
くださいますよう希望いたします。」(1頁)としていることは,上記結論を
裏付けるものである一方,本件補正の内容にかんがみれば,上記「それによ
り,・・・」が単なる誤記であるともいい難い。

(4) 結局,本件補正が当初明細書及び図面中に記載された範囲内で補正するも
のではなく許されないとした審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張
する取消事由1は理由がない。

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2 取消事由2(本願発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について



審決がした本願発明(本件補正前の請求項1の発明)と引用発明の一致点及び
相違点の認定の内容は前記第2の3のとおりであるところ,原告は,引用発明
の「オペレーティングシステムブートルーチン」はROMに格納されており,
その修正は不可能で,本願発明の従来技術に相当し,引用発明では,コンピュー
タシステムへ新たに加えられたコンポーネントに適用するという技術的課題を
有していないから,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」
は,本願発明の「修正ブートコード」と相違する等と主張する。

しかしながら,審決は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチ
ン」が「BIOS-ROM内に格納され」ていることを相違点として正しく認
定しているから,原告の上記主張は失当である。

加えて,確かに,引用発明の「オペーレティングシステムブートルーチン」は
コンピュータのBIOS-ROMに格納されるものであるが(引用文献の段落
【0018】等),コンピュータの特定のプログラムであるBIOSを格納す
る「BIOS-ROM」は,一般に,書込みが一回だけ可能で,書込み後は読
み出すことしかできない,いわゆる文字どおりのROM(読み出し専用メモ
リ)ではなく,書換えが可能なフラッシュメモリによって構成され(乙
1~3),「オペレーティングシステムブートルーチン」を
「BIOS-ROM」に格納したことの一事をもって直ちに「オペレーティン
グシステムブートルーチン」が修正不可能なものになるわけではない。また,
引用発明は,複数のオペレーティングシステムを起動させ得るコンピュータに
おいて,第1のオペレーティングシステムを起動させることなく,第2のオペー
レティングシステムを起動することを可能にし,第2のオペレーティングシス
テムの構成次第で,DVDドライブ等の装置のうち必要な装置のみを選択的に
動作可能にできるようにする構成を有しているから(引用文献の段落
【0004】~【0008】,【0021】,【0022】,【0038】
),引用発明が本願明細書(本件補正前の明細書)にいう従来技術に相当する
ものではないし,引用発明が,コンピュータシステムへ新たに加えられたコン
ポーネントに適用するという技術的課題を有していないものでもない。また,
前記1のとおり,本願発明の特許請求の範囲には,「修正ブートコード」が
「修正ブートコード」自体を修正する構成は開示されていないから,本願発明
がかかる構成を有することを前提とする原告の主張は失当である(なお,本願
明細書(本件補正前の明細書)の発明の詳細な説明欄にも,かかる構成は開示
されていない。)。

そして,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」が果たす機
能にかんがみると,これは本願発明の「修正ブートコード」に相当するという
ことができる。

結局,本願発明と引用発明の一致点及び相違点に係る審決の認定に誤りがある
とはいえず,原告が主張する取消事由2は理由がない。


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3 取消事由3(本願発明の容易想到性の判断の誤り)について



林周志著「改訂版プロフェッショナルBSDフォローアップ 第1回 ブートマ
ネージャ」(BSD Magazine 2002,No.11,2002年3
月14日株式会社アスキー発行)168,169頁(甲2)に照らせば,複数
のオペレーティングシステムの中から一つのオペレーティングシステム又はそ
のローダを起動させる機能(引用文献の段落【0025】等)を有する引用発
明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブ(磁気ディ
スク装置)の特定の記憶領域である先頭セクタに,また各オペレーティングシ
ステムのローダ(本願発明にいう「第1のブートコード」及び「第2のブート
コード」)を,それぞれハードドライブ上の異なるパーティション(区画され
た記憶領域)に格納するように構成することは,当業者であれば,適宜なし得
たことであって,そのように構成したことによる作用効果も,引用発明及び甲
第2号証に記載された周知技術に照らして当業者が予測できる範囲のものであ
るということができる。他方,本件全証拠を考慮しても,引用発明の「オペレー
ティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納することを阻害す
るような事情は存せず,引用発明に甲第2号証に記載された周知技術を適用し
て,「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納す
る構成を採用する動機付けに欠けるところはないというべきである。したがっ
て,本願発明と引用発明の相違点に係る構成は,引用発明及び本願発明の優先
日当時の周知技術に基づいて,上記優先日当時,当業者において容易に想到し
得たものであるということができる。

なお,前記2と同様に,本願発明の「修正ブートコード」が「修正ブートコー
ド」自体を修正する構成を有することを前提とする原告の主張は失当である。

結局,審決の本願発明の容易想到性に係る判断に誤りがあるとはいえず,原告
が主張する取消事由3は理由がない。

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判決原文(全文)




平成22(行ケ)10193 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年02月24日 知的財産高等裁判所




平成23年2月24日判決言渡 同日判決原本領収 裁判所書記官平成22年(行ケ)第10193号 審決取消請求事件


口頭弁論終結日 平成23年2月15日

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判決





主文



原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
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事実及び理由



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第1 原告が求めた判決



特許庁が不服2007-26737号事件について平成22年2月2日にした審決を取り消す。


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第2 事案の概要



本件訴訟は,特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟である。争点は,補正の適否及び本願発明の進歩性(容易想到性)の有無である。

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1 特許庁における手続の経緯



原告は,平成17年3月31日,優先日を平成16年9月22日,優先権主張国を米国として,名称を「コンピュータの簡素化スタートアップシステム,その簡素化操作システム,その簡素化操作方法およびその効率的スタートアップシステム」とする発明の特許出願をしたが(特願2005-103899号),平成19年6月25日,特許庁から本件出願につき拒絶査定を受けたので,平成19年10月1日,不服審判請求をするとともに,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載の一部を改める旨の本件補正をした。

上記不服審判請求は,不服2007-26737号事件として係属したが,特許庁は,平成22年2月2日,「平成19年10月1日付けの手続補正を却下する。」との決定とともに「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,この謄本は平成22年2月16日に原告にオンライン送達された。

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2 本願発明の要旨



本願の発明は,コンピュータの起動時間を短縮するための簡素化スタートアップシステムに関する発明で,本件補正後の請求項の数は9であるが,そのうち本件補正の前及び後の請求項1の特許請求の範囲は以下のとおりである。

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【本件補正前の請求項1(平成19年5月28日付け手続補正書に記載のもの,本願発明)】

「コンピュータと,第1のボタンと,第2のボタンと,ロジック手段と,修正ブートコードと,第1のブートコードと,第2のブートコードとを備える,コンピュータの簡素化されたスタートアップ手順を行うシステムであって,

前記ロジック手段は,前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらかに反応して起動して,BIOSルーチンの実行を開始し,

前記修正ブートコードは,前記ロジック手段が前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらに反応して起動されたのかを前記コンピュータに判断させて,前記コンピュータに前記第1のブートコードまたは前記第2のブートコードを実行させ,ここにおいて,それらブートコードは,それぞれハードドライブ上の異なるパーティションに格納され,オペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順の実行内容を定義し,

前記第1のブートコードは,前記第1のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して,第1のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,ここにおいて,第1のブートコード手順は,第1のスタートアップ手順又は第1のブート手順であり,

前記第2のブートコードは,前記第2のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して前記第1のブートコード手順より簡素化された第2のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,

前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させる

ことを特徴とするコンピュータの簡素化スタートアップシステム。」

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【本件補正後の請求項1(平成19年10月1日手続補正書に記載のもので,下線を付した部分が補正された部分である。補正発明)】

「コンピュータと,第1のボタンと,第2のボタンと,ロジックと,修正ブートコードと,第1のブートコードと,第2のブートコードとを備える,コンピュータの簡素化されたスタートアップ手順を行うシステムであって,

前記ロジックは,前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらかに反応して起動して,BIOSルーチンの実行を開始し,ここにおいて,前記BIOSは,少なくとも1つのカスタム化された実行されるブートコードを備え,ROMに格納され,

前記修正ブートコードは,ハードドライブに格納され,前記ロジック手段が前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらに反応して起動されたのかを前記コンピュータに判断させて,前記コンピュータに前記第1のブートコードまたは前記第2のブートコードを実行させ,ここにおいて,それらブートコードは,それぞれハードドライブ上の異なるパーティションに格納され,オペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順の実行内容を定義し,

前記第1のブートコードは,ハードドライブに格納され,前記第1のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して,第1のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,ここにおいて,第1のブートコード手順は,第1のスタートアップ手順又は第1のブート手順であり,

前記第2のブートコードは,ハードドライブに格納され,前記第2のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して前記第1のブートコード手順より簡素化された第2のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,

前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされることを特徴とするコンピュータの簡素化スタートアップシステム。」

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3 審決の理由の要点



補正後の請求項1は,少なくとも,(ア)「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」との事項を含んでいるところ,願書に最初に添付した明細書(以下「当初明細書」という。)の記載からすると,「簡素化された第2のブートコード手順は,・・・前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ものではない。よって,(ア)に記載された事項は,当初明細書又は図面に記載されておらず,かつ,その記載から自明なものでもない。

したがって,本件補正は,当初明細書又は図面に記載された範囲内でされたものではないから,平成18年法律第55号附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項に反し,改正前の特許法159条1項において読み替えて準用される同法53条1項により却下すべきである。

また,本願発明(本件補正前の請求項1の発明)は,特開2000-20285号公報(甲1)に記載された引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明できたもので進歩性を欠く。

なお,審決が認定した引用発明,本願発明と引用発明の一致点及び相違点はそれぞれ下記のとおりであり,審決は,相違点に関する本願発明の構成は,当業者であれば適宜なし得たことであり,相違点は格別なものではないと判断した。

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【引用発明】

「CPUと,『PC1』の選択スイッチと,『CD』の選択スイッチと,電源コントローラと,オペレーティングシステムブートルーチンと,パーソナルコンピュータとして動作させるためのオペレーティングシステムをロードして起動するためのローダ(以下,簡単のため,『第1のローダ』と言う)と,CDプレーヤとして動作させるのに必要な最小限の機能をもつオペレーティングシステムをロードして起動するためのローダ(以下,簡単のため,『第2のローダ』と言う)とを備える,コンピュータの簡素化されたオペレーティングシステムの立ち上げを行うシステムであって,

前記電源コントローラは,前記『PC1』の選択スイッチ又は前記『CD』の選択スイッチのどちらかに反応して電源投入動作して,BIOS初期化ルーチンの実行を開始し,

前記オペレーティングシステムブートルーチンは,前記電源コントローラが前記『PC1』の選択スイッチまたは前記『CD』の選択スイッチのどちらに反応して電源投入動作されたのかを前記CPUに判断させて,前記CPUに前記第1のローダまたは前記第2のローダを実行させるカスタム化されたブートコードであって,ここにおいて,オペレーティングシステムブートルーチン,並びに第1のローダ及び第2のローダは,それぞれBIOS-ROMの記憶領域,並びに磁気ディスク装置上の異なる記憶領域に格納され,オペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順の実行内容を定義し,

前記第1のローダは,前記『PC1』の選択スイッチに反応した前記電源コントローラの電源投入動作に反応して,第1のローダに基づくロード処理を前記CPUに実行させ,ここにおいて,第1のローダに基づくロード処理は,パーソナルコンピュータとして動作させるためのオペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順であり,

前記第2のローダは,前記『CD』の選択スイッチに反応した前記電源コントローラの電源投入動作に反応して前記第1のローダに基づくロード処理より簡素化された第2のローダに基づくロード処理を前記CPUに実行させ,

前記簡素化された第2のローダに基づくロード処理は,CDプレーヤとして動作させるのに必要な最小限の機能をもつオペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順であり,前記CPUに前記第1のローダに基づくロード処理と異なるコードをロードまたは実行させる

ことを特徴とするコンピュータの簡素化スタートアップシステム。」

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【本願発明と引用発明の一致点】

「コンピュータと,第1のボタンと,第2のボタンと,ロジック手段と,修正ブートコードと,第1のブートコードと,第2のブートコードとを備える,コンピュータの簡素化されたスタートアップ手順を行うシステムであって, - 6 -

前記ロジック手段は,前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらかに反応して起動して,BIOSルーチンの実行を開始し,

前記修正ブートコードは,前記ロジック手段が前記第1のボタンまたは前記第2のボタンのどちらに反応して起動されたのかを前記コンピュータに判断させて,前記コンピュータに前記第1のブートコードまたは前記第2のブートコードを実行させ,ここにおいて,それらブートコードは,それぞれ異なる記憶領域に格納され,オペレーティングシステム用のスタートアップ手順又はブート手順の実行内容を定義し,

前記第1のブートコードは,前記第1のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して,第1のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,ここにおいて,第1のブートコード手順は,第1のスタートアップ手順又は第1のブート手順であり,

前記第2のブートコードは,前記第2のボタンに反応した前記ロジック手段の起動に反応して前記第1のブートコード手順より簡素化された第2のブートコード手順を前記コンピュータに実行させ,

前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させる

ことを特徴とするコンピュータの簡素化スタートアップシステム。」

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【本願発明と引用発明の相違点】

「本願発明の修正ブートコード,第1のブートコード,及び第2のブートコードは,それぞれハードドライブ上の異なるパーティションに格納されているのに対し,引用発明のオペレーティングシステムブートルーチンは,BIOS-ROM内に格納され,第1のローダ及び第2のローダは,それぞれ磁気ディスク装置の異なる記憶領域に格納されている点」


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第3 原告主張の審決取消事由


1 補正の適否の判断の誤り(取消事由1)
(1) 補正発明は,従来技術とは異なって,「BIOSはROMに格納され」ているが,「修正ブートコードは,ハードドライブに格納され」ており,「それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」点に特徴があるところ,補正発明によって解決すべき技術的課題及び補正発明の上記特徴(構成及び効果)は,当初明細書(段落【0020】,【0023】,【0038】,【0039】等)及び図5に記載されているか,又は当初明細書及び図面に記載されている事項から当業者にとって自明である。
(2) 本件補正により追加された事項は,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことの一部である「それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という事項のみである。
このうち「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」点については,前記(1)のとおり当初明細書及び図面に記載されているか,当業者に自明な事項にすぎない。
他方,上記の「それにより,」は,「補正後の請求項1の構成全体により,」,特に「修正ブートコードは,ハードドライブに格納されるという構成により,」という意味に解すべきであり,上記の「それにより,」を加えることによって,新規に原因・結果の関係又は構成・効果の関係を追加するものではない。
しかるに,審決は,上記補正事項を正しく理解せず,上記の「それにより,」が,原因・結果の関係又は構成・効果の関係を示すもの,すなわち,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であ


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り,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ」ることと,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」こととが原因・結果の関係又は構成・効果の関係にあるものと誤認し,上記の「それにより,」が新規に原因・結果の関係又は構成・効果の関係を追加するものと誤って評価した。
その結果,審決は本件補正を却下したものであって,審決の補正却下の判断には誤りがある。
なお,平成21年11月16日付け回答書(甲12)における「出願当初の明細書にも図面にも記載されていないことを認めます。」との原告の表明は,補正の機会を得たいと切望するあまり,発明の構成要件と効果との対応関係について判断を誤った結果にすぎず,原告において自己に不利益な「事実」を自白したものではない。
(3) なお,指示語である「それ」が直前の句ではなく,直前の句よりも前方にある句を指すこともあるし,請求項全体を指す場合もある。特に,請求項の末尾において「それにより,○○である,」というように発明の効果を記述する場合には,その効果は請求項に係る発明の構成全体により得られるものと理解されることが多く,それが通常の実務的慣行である。「それ」が請求項のうちのどこの箇所を指すかということは請求項の技術的内容に照らして決定すべきものであって,機械的に直前の句を指すものと決めつけて解釈することは誤りである。
また,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させること」の結果として,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことになるものではない。前者は第2のブートコード手順のコードセグメントを実行させることを意味し,後者はハードドライブ中の修正ブートコード及び第2のブートコードを修正することを意味するにすぎず,両者は,原因・結果の関係にない。前記(2)のとおりに解することは,技術的に合理性を欠くもので,このように解すると


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補正発明を正確に理解することができない。
2 引用発明と本願発明との一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由2)
引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」はROMに格納されており(段落【0018】,図3),その修正は不可能で,本願発明の従来技術に相当する。また,引用発明には,コンピュータシステムへ新たに加えられたコンポーネントに適用するという技術的課題を有しておらず,「オペレーティングシステムブートルーチン」を修正する必要性がない。
一方,本願発明の「修正ブートコード」は,上記技術的課題を解決するために,ハードドライブに格納されており,文字どおりスタートアップ手順ないしブート手順を修正するものである。
したがって,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」は,本願発明の「修正ブートコード」と相違する。
しかるに,審決は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」が本願発明の「修正ブートコード」に相当するとして,本願発明と引用発明の一致点及び相違点を認定しているが,上記相違点を看過したものであり,この認定は誤りである。
3 本願発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由3)
引用発明は「オペレーティングシステムブートルーチン」を修正することを予定しておらず,「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブへ格納する必要がない。したがって,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブへ格納する構成については,引用文献においても甲第2号証においても,開示も示唆もされておらず,かかる構成を採用する動機付けを欠く。むしろ「オペレーティングシステムブートルーチン」は固定的にそのままROM内に格納しておくべきものである。
また,甲第2号証の「ブートマネージャ」が「オペレーティングシステムブートルーチン」に相当する理由も不明である。 - 10 -
しかるに,審決は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納するように構成することは,当業者であれば適宜なし得たことであると判断するが,この判断は誤りである。

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第4 取消事由に関する被告の反論


1 取消事由1に対し
(1) 本件補正で請求項1の特許請求の範囲に「,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」との記載を加える点における「それ」は,直前の句を指すものと解するのが日本語として最も自然な解釈である。原告が主張するように,上記「それ」が隔たった句である「修正ブートコードは,ハードドライブに格納され」を指すと解することは,日本語として通常なされ得る解釈ではない。また,「修正ブートコード」が「ハードドライブに格納され」ることによって直ちに「前記修正ブートコード及び前記第2の修正ブートコードが修正及びアップグレードされる」という効果を奏するものではないから,かかる効果を奏することを根拠に,上記「それ」が「修正ブートコードは,ハードドライブに格納され」を指すと解することも相当でない。
(2) したがって,前記(1)の「それ」は,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させることにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことを指すというべきである。
ここで,当初明細書の段落【0023】の記載は,一般にハードディスクのマスターブートレコードに提供されるものとして周知の「マスタブートコード」を修正したものが本願発明(及び補正発明)にいう「修正ブートコード」であることを示すものであり,上記「修正ブートコード」自体が修正又はアップグレードされることは上記段落中に記載されていない。同様に,当初明細書の段落【0038】,【0


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039】,図5やその他の部分でも,上記「修正ブートコード」自体が修正又はアップグレードされることは記載されていない。
そうすると,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させることにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことは,当初明細書又は図面の記載を総合し,当業者の優先日当時の技術常識を参酌しても,当初明細書又は図面に記載された事項であるということはできないし,当初明細書又は図面に記載された事項から当業者において自明な事項であるということもできない。したがって,上記の「前記・・・により,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことは,本件補正において導入された新たな技術的事項であることが明らかである。
(3) 原告も,平成21年11月16日付け回答書(甲12)で,「出願人もまた,補正後の請求項1における『それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる』という補正は,出願当初の明細書にも図面にも記載されていないことを認めます。」(1頁下から8行~下から6行)としており,前記(2)の事項が新たな技術的事項に当たる点に異を唱えていない。
(4) だとすると,本件補正が当初明細書又は図面に記載された事項の範囲内においてしたものではないとした審決の判断に誤りはない。したがって,審決が平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項の規定に違反するので,上記改正前の特許法159条1項において読み替えて準用する53条1項の規定により却下した点に何ら誤りはない。
2 取消事由2に対し
前記1と同様に,本件補正前の明細書(本願明細書)にも図面にも,本願発明にいう「修正ブートコード」が修正及びアップグレードされることは記載されていな


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いから,本願発明にいう「修正ブートコード」が修正されることを前提とする原告の主張は失当である。
また,「BIOS-ROM」は,一般に書換えが可能なフラッシュメモリによって構成されるものであって(乙1~3),「オペレーティングシステムブートルーチン」が「BIOS-ROM」に格納されたからといって,「オペレーティングシステムブートルーチン」が修正不可能なものになるわけではない。
したがって,本願発明にいう「修正ブートコード」が引用発明にいう「オペレーティングシステムブートルーチン」に相当するとした審決の評価に誤りはなく,本願発明と引用発明の一致点及び相違点に係る審決の認定に誤りはない。
3 取消事由3に対し
前記2と同様に,本願発明において「修正ブートコード」が修正及びアップグレードされることは記載されていないから,本願発明にいう「修正ブートコード」が修正されることを前提とする原告の主張は失当である。
引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」も,甲第2号証の「ブートマネージャ」も,1台の情報処理装置の磁気ディスク装置(ハードドライブ)に格納された複数のオペレーティングシステムを,起動時に必要に応じて切り替えることを実現するためのプログラムであるから,引用発明にいう「オペレーティングシステムブートルーチン」は甲第2号証にいう「ブートマネージャ」に相当する。
そして,甲第2号証の「ブートマネージャ」の例のように,1台の情報処理装置のハードディスク装置に格納された複数のオペレーティングシステムを,必要に応じて起動時に切り替えることを実現するプログラムを,磁気ディスク装置の先頭セクタすなわちマスターブートレコード(MBR)に格納することは,当業者にとって常識的・基礎的事項といえる事柄である。他方,引用発明において,「オペレーティングシステムブートルーチン」を磁気ディスク装置に格納することを阻害するような事情は存しない。
そうすると,引用発明における「オペレーティングシステムブートルーチン」を,


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BIOS-ROM内に格納することに替え,磁気ディスク装置の先頭セクタに格納するように構成することは,本願発明の優先日当時,当業者において容易に想到し得たものである。
したがって,この旨判断する審決の容易想到性の判断に誤りはない。

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第5 当裁判所の判断





1 取消事由1(補正の適否の判断の誤り)について



(1) 審決は,本件補正によって請求項1に加えられた「それにより,」の「それ」を,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,」を指すと解したものである。指示語である「それ」は,通常,当該指示語より先行して現れる語句を指すものであるところ,審決は「それにより」の直前に位置する「前記簡素化された第2のブートコード手順は,・・・実行させ,」を指すと解したものであり,補正された請求項1の特許請求の範囲の記載の体裁上,不合理又は不自然な解釈をしたものでもない。そして,本件補正後の明細書の記載及び図面からも,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことの原因となるべき事項を見出すことは困難であるから,上記「それにより,」が指す事項につき上記と異なる解釈をすべきものであるともいえない。したがって,審決の前記文理解釈に誤りがあるということはできない。

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(2) この点,原告は,本件補正により請求項1に加えられた事項のうち「それにより,」は,「補正後の請求項1の構成全体により,」,特に「修正ブートコードは,ハードドライブに格納されるという構成により,」という意味に解すべきであり,新規に原因・結果の関係又は構成・効果の関係を追加するものではない等と主張する。

しかしながら,本件補正後の明細書の発明の詳細な説明欄や図面には,コンピュータのハードドライブの特定の記憶領域であるマスターブートレコード(master boot record,MBR)に修正されたブートコード(コンピュータを起動するために実行されるプログラムの一種)である「修正ブートコード」を格納し,これがコンピュータの起動時にロードされて実行されること(段落【0020】,【0021】,図4~6等)や,コンピュータのROM(読み出し専用メモリ)等に格納され,特別の目的に沿うように修正又は特化されたBIOS(Basic Input Output System。コンピュータシステム内の各種ハードウェアにアクセスするための実行手続のプログラムを体系化した特別のソフトウェアの一種。乙1の4頁参照)を実行(執行)すること(段落【0038】,【0039】,図12,13)は記載されているものの,補正発明(本件補正後の請求項1の発明)の構成全体や「修正ブートコード」自体ないし「第2のブートコード」自体の作用によって,「修正ブートコード」ないし「第2のブートコード」が修正ないしアップグレードされることは記載されていない。また,「修正ブートコード」や「第2のブートコード」が修正ないしアップグレードされるかどうかは,「修正ブートコード」等のプログラムの作用如何に係るもの,すなわち,「修正ブートコード」等のプログラムが実行されるときに,「修正ブートコード」等自体を修正ないしアップグレードするようプログラムされているかどうかに係るものであって,「修正ブートコード」自体をコンピュータのハードドライブに格納したことに基づくものでないことは明らかである。したがって,原告の上記主張は採用することができない。

また,原告は,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させること」と,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」こととの間には原因・結果の関係にはなく,審決のとおりに解すると補正発明を正確に理解することができない等と主張する。

確かに,本件補正後の明細書及び図面には,「第2のブートコード手順」によって,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」ことを明示する記載は存しないが,だからといって「それにより,」が指示する語句が原告主張のとおりであると解しなければならないことになるものではない。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

(3) 前記(1)のように解すると,本件補正により,請求項1には,「前記簡素化された第2のブートコード手順は,第2のスタートアップ手順又は第2のブート手順であり,前記コンピュータに前記第1のブートコード手順と異なるコードセグメントをロードまたは実行させ,それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という構成(審決にいう事項(ア))が加えられたことになるが,「前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる」という構成は当初明細書及び図面中に記載されていない事項である。また,当初明細書の記載及び図面をすべて参照しても,上記の構成が開示されているとも示唆されているともいえず,補正発明(本願発明)の優先日当時の当業者にとって,当初明細書の記載及び図面から自明な事項であるともいい難い。したがって,本件補正は請求項1につき当初明細書及び図面中に記載された範囲内で補正するものではないから,平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第3項の規定に違反するものというべきである。

なお,原告自身が,平成21年11月16日付け回答書(甲12)で,「出願 人もまた,補正後の請求項1における『それにより,前記修正ブートコード及び前記第2のブートコードが修正及びアップグレードされる』という補正は,出願当初の明細書にも図面にも記載されていないことを認めます。そして,その記載を撤回するため,特許法第17条の2に規定する補正の機会を付与してくださいますよう希望いたします。」(1頁)としていることは,上記結論を裏付けるものである一方,本件補正の内容にかんがみれば,上記「それにより,・・・」が単なる誤記であるともいい難い。

(4) 結局,本件補正が当初明細書及び図面中に記載された範囲内で補正するものではなく許されないとした審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由1は理由がない。

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2 取消事由2(本願発明と引用発明の一致点及び相違点の認定の誤り)について



審決がした本願発明(本件補正前の請求項1の発明)と引用発明の一致点及び相違点の認定の内容は前記第2の3のとおりであるところ,原告は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」はROMに格納されており,その修正は不可能で,本願発明の従来技術に相当し,引用発明では,コンピュータシステムへ新たに加えられたコンポーネントに適用するという技術的課題を有していないから,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」
は,本願発明の「修正ブートコード」と相違する等と主張する。

しかしながら,審決は,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」が「BIOS-ROM内に格納され」ていることを相違点として正しく認定しているから,原告の上記主張は失当である。

加えて,確かに,引用発明の「オペーレティングシステムブートルーチン」はコンピュータのBIOS-ROMに格納されるものであるが(引用文献の段落【0018】等),コンピュータの特定のプログラムであるBIOSを格納する「BIOS-ROM」は,一般に,書込みが一回だけ可能で,書込み後は読み出すことしかできない,いわゆる文字どおりのROM(読み出し専用メモリ)ではなく,書換えが可能なフラッシュメモリによって構成され(乙1~3),「オペレーティングシステムブートルーチン」を「BIOS-ROM」に格納したことの一事をもって直ちに「オペレーティングシステムブートルーチン」が修正不可能なものになるわけではない。また,引用発明は,複数のオペレーティングシステムを起動させ得るコンピュータにおいて,第1のオペレーティングシステムを起動させることなく,第2のオペーレティングシステムを起動することを可能にし,第2のオペレーティングシステムの構成次第で,DVDドライブ等の装置のうち必要な装置のみを選択的に動作可能にできるようにする構成を有しているから(引用文献の段落【0004】~【0008】,【0021】,【0022】,【0038】),引用発明が本願明細書(本件補正前の明細書)にいう従来技術に相当するものではないし,引用発明が,コンピュータシステムへ新たに加えられたコンポーネントに適用するという技術的課題を有していないものでもない。また,前記1のとおり,本願発明の特許請求の範囲には,「修正ブートコード」が「修正ブートコード」自体を修正する構成は開示されていないから,本願発明がかかる構成を有することを前提とする原告の主張は失当である(なお,本願 明細書(本件補正前の明細書)の発明の詳細な説明欄にも,かかる構成は開示
されていない。)。

そして,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」が果たす機能にかんがみると,これは本願発明の「修正ブートコード」に相当するということができる。結局,本願発明と引用発明の一致点及び相違点に係る審決の認定に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由2は理由がない。


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3 取消事由3(本願発明の容易想到性の判断の誤り)について



林周志著「改訂版プロフェッショナルBSDフォローアップ 第1回 ブートマネージャ」(BSD Magazine 2002,No.11,2002年3月14日株式会社アスキー発行)168,169頁(甲2)に照らせば,複数のオペレーティングシステムの中から一つのオペレーティングシステム又はそのローダを起動させる機能(引用文献の段落【0025】等)を有する引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブ(磁気ディスク装置)の特定の記憶領域である先頭セクタに,また各オペレーティングシステムのローダ(本願発明にいう「第1のブートコード」及び「第2のブートコード」)を,それぞれハードドライブ上の異なるパーティション(区画された記憶領域)に格納するように構成することは,当業者であれば,適宜なし得たことであって,そのように構成したことによる作用効果も,引用発明及び甲第2号証に記載された周知技術に照らして当業者が予測できる範囲のものであるということができる。他方,本件全証拠を考慮しても,引用発明の「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納することを阻害するような事情は存せず,引用発明に甲第2号証に記載された周知技術を適用して,「オペレーティングシステムブートルーチン」をハードドライブに格納する構成を採用する動機付けに欠けるところはないというべきである。したがって,本願発明と引用発明の相違点に係る構成は,引用発明及び本願発明の優先日当時の周知技術に基づいて,上記優先日当時,当業者において容易に想到し得たものであるということができる。

なお,前記2と同様に,本願発明の「修正ブートコード」が「修正ブートコード」自体を修正する構成を有することを前提とする原告の主張は失当である。

結局,審決の本願発明の容易想到性に係る判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由3は理由がない。

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第6 結論



以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官塩 月 秀 平裁判官真 辺 朋 子 - 19 -- 20 -裁判官田 邉 実
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Last Update: 2011-02-28 17:59:25 JST

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……………………………………………………判決末尾top
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