2011年1月18日火曜日

特許:容易想到性,事実認定の諸要素・具体的判断「事実認定」:(知財高裁平成23年1月18日判決(平成22年(行ケ)第10055号審決取消請求事件))





目 次


特許:容易想到性,事実認定の諸要素・具体的判断「事実認定」:(知財高裁平成23年1月18日判決(平成22年(行ケ)第10055号審決取消請求事件))



top 知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」



縮小版(論理の流れ)




【一般論・一般的定義からの記述】



(3) ところで,動脈硬化とは,「動脈が本来もっている強い血流に対応する「しなやかさ」を失って動脈壁の硬化を引き起こし,組織へ血液を運搬するという機能を失った状態もしくはその過程にある状態をさす。」ものとされ,①中程度の動脈における内膜のコレステロール沈着を主病変とする粥状動脈硬化症,②比較的大きな動脈の中膜のカルシウム沈着を主病変とするメンケベルク型の中膜石灰化症,③直径1mm 以下の動脈の硬化病変である細小動脈硬化症に分類されるが(甲5),「動脈壁の限局的な肥厚,硬化をみとめる病変の総称」(甲34)あるいは「動脈壁が肥厚し弾力性を失う複数の疾患の総称」であるともされ,このうち,粥状動脈 硬化症(アテローム硬化)が,最も頻度の高い重大な血管疾患である(乙1)。しかるところ,引用例においては,引用発明が対象とする動脈硬化症の更なる具体的な特定や,動脈硬化症の分類については触れるところがない。

しかしながら,引用例は,前記のとおり,血管組織の強化作用(血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上)を目的とするものであり(【0006】【0007】),このような血管組織の強化による予防又は治療の必要性は,動脈の有するしなやかさ(弾力性)を喪失しているという点では,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症のみならず,粥状動脈硬化症に対しても等しく妥当するものである。しかも,引用例は,引用発明が対象とする動脈硬化症の前症状として,「血管の肥厚,血管の機械的強度や伸展性,弾力性の低下など」(【0003】)と記載しているところ,このうち特に血管の肥厚は,粥状動脈硬化症の一症状でもある(甲32,34)ばかりか,引用例には,最も頻度の高い重大な血管疾患である粥状動脈硬化症を引用発明による予防又は治療の対象から除外していることを示唆ないし指摘する記載が何ら見当たらない。

→「粥状動脈硬化症を…除外していることを示唆ないし指摘する記載はない。

以上によれば,引用発明が対象とする動脈硬化症には,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症に加えて,粥状動脈硬化症が含まれるものと認めるのが相当である。

→「粥状動脈硬化症」が含まれる

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【一般的な文献からの動機付け】



(1) 本件特許出願当時刊行されていた周知例1には,魚の骨,皮及び鱗等に含まれるコラーゲンを熱水抽出した海洋性コラーゲンペプチドであり,肌に対する美容効果を有するとされる「マリンマトリックス」という商品についての記載があり,そこでは,当該商品がBSE問題を契機に開発されたこと,魚皮等に由来するコラーゲンが人体に対して安全に使用できること及び畜肉由来のコラーゲンペプチドよりも消化性が優れていることがこれを示すグラフ図とともに記載されている。

また,周知例2及び3は,いずれも魚(周知例2においてはタラ目を,周知例3においてはタラ及びカレイを,それぞれ含む。)由来のコラーゲン加水分解物又はコラーゲンペプチドを含有する化粧品等について記載している。

これらがいずれも一般的な文献であることに照らすと,本件特許出願当時,魚由来のコラーゲンが人体に対して安全なものであり,かつ,畜肉由来のコラーゲンよりも消化性が優れていることは,当業者の周知技術であったものと認められるほか,周知例1にも記載のとおりBSE問題が発生していたことから(甲24参照),当業者は,畜肉由来ではなく魚由来のコラーゲンを使用することについて動機付けがあったものといえる。そして,現に,本件補正明細書の【図1】は,周知例1に記載の前記グラフ図と同一のものである。




【記載のされ方と構成の容易想到性】



(2) しかるところ,引用発明は,前記のとおり,その対象とする動脈硬化症に本件補正発明が対象としている粥状動脈硬化症を含んでおり,かつ,ウシ又はブタ由来のコラーゲンに劣後するとしながらも,魚皮由来のコラーゲンを使用することも好例として記載していたのであるから(【0018】【0020】),引用発明に前記周知技術を適用して酵素分解に供するコラーゲンの由来を「タラ目又はカレイ目の皮」である「魚皮由来」と構成することは,当業者が容易に想到することができたものというべきである。

「劣後」「好例」として記載

→容易想到

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【周知の条件の適宜選択】



(3) また,引用例には,前記のとおり,加水分解に用いる酵素はペプチド加水分解酵素であれば特に限定されない旨の記載があり,酵素としてペプシンAないしCも例示されているばかりか(【0027】【0028】),加水分解処理の諸条件が適宜設定できる旨の記載もある(【0029】)。

したがって,引用例に接した当業者は,コラーゲンの酵素分解に当たり,その「分解酵素としてペプシンを用い,pH1.5に調整した後,温度40℃で20分間酵素分解を行」うことも含めて,周知の条件を適宜選択し得ることが明らかである。

(4) 以上によれば,引用発明に周知技術を適用することで本件補正発明の相違点1に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到することができたものいうべきであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。


加水分解に用いる酵素はペプチド加水分解酵素であれば特に限定されない旨の記載があり,

酵素としてペプシンAないしCも例示されているばかりか(【0027】【0028】),

加水分解処理の諸条件が適宜設定できる旨の記載もある

→周知の条件を適宜選択し得る。




【物の発明と,物の観点からの特定】



(1) 引用発明及び本件補正発明は,いずれも物の発明であるところ,相違点3に係る本件補正発明の構成である「血管内膜を減少させる」ことは,発明の作用効果に関する事項であって,本件補正発明を物の観点から特定するものではない。したがって,「血管内膜を減少させる」との記載の有無は,物の発明である引用発明と本件補正発明との実質的な相違点とはいえない。

→発明の作用効果であって(これは,物の発明の不可欠事項ではない論理を前提)

→物の観点から特定するものではない

→「実質的な相違点ではない」

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【明細書記載の試験例の評価】



(2) そして,粥状動脈硬化症は,前記のとおり,中程度の動脈における内膜のコレステロール沈着を主病変とするものである(甲5)から,頸動脈内膜厚の減少及びコレステロールの減少それ自体は,いずれも,粥状動脈硬化症の改善と評価することが可能である(甲32参照)。

(3) しかしながら,前記試験例について更に検討すると,粥状動脈硬化症の危険因子には,喫煙,コレステロール高値,高血圧,糖尿病,肥満,運動不足,血中ホモシステイン高値等が挙げられており(甲32,34,乙1),コレステロールの増減やこれに伴う動脈内膜厚の増減は,喫煙の有無,降圧剤等の他の薬剤の服用の有無,運動量,食事の内容といった被験者の日常の生活の在り方とも関連するところである。しかるに,上記試験例の被験者については,年齢及び性別を別にすると,上記危険因子に関するデータが不明であるばかりか,本件補正発明の経口投与を除くと,試験期間である3か月間に上記日常の生活の在り方に関する諸条件について何らかの規制又は調整がされたと認めるに足りる記載がない。したがって,上記試験例は,コレステロール等の測定値に影響を与える他の諸条件の相違について的確な配慮をしたものとはいえず,その結果の評価は,慎重に行う必要がある。

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【顕著な作用効果の有無】



しかも,引用発明が粥状動脈硬化症を予防又は治療の対象としていることは前記のとおりであるところ,上記試験例は,例えば偽薬を経口投与した群や,あるいは引用発明同様に畜肉由来のコラーゲンを経口投与した群との比較を行っているわけではないから,仮に頸動脈内膜厚の減少等が本件補正発明の経口投与によるものであったとしても,それが特に引用発明との関係で顕著な作用効果を示していることを立証するものとはいい難い。

(4) したがって,本件補正明細書に記載の前記試験例は,本件補正発明に顕著な作用効果があることを立証するに足りるものではなく,他に本件補正発明の効果について当業者が予測し得ない格別顕著なものであるとするに足りる証拠はない。よって,本件補正発明に顕著な作用効果を認めなかった本件審決の判断に誤りはない。


(5) 以上に対して,原告は,本件補正発明のPro-Hyp の含量が低く,他にAla-Hyp,Leu-Hyp 及びPhe-Hyp など多様なペプチドを含有し,腸管での吸収が速やかで吸収効率がよいことから,本件補正発明が粥状動脈硬化症に対して当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏することが明らかである旨を主張する。
しかしながら,腸管での吸収効率がよいことと粥状動脈硬化症に対する効果が顕著であることの因果関係については,推測の域を出るものではなく,何ら具体的な証拠
がない。

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H230120現在のコメント


この判例は,極めて重要です。事実認定の真髄が出ている感じがします。

事実認定は,具体的な流れと論理の組み方,記載の読み方が重要ですので丁寧に追ってみました。



判決原文(引用)




第4 当裁判所の判断



まず,引用発明の内容等を確定した上,原告主張の取消事由について,順次,検討することとする。



1 引用発明の内容等について



(1) 本件審決が認定した引用発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるが,引用例(甲1)には,【特許請求の範囲】として次の記載がある。
【請求項1】コラーゲン及びコラーゲン分解物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする動脈硬化症及び動脈硬化症に起因する疾患の予防又は治療医薬組成物

【請求項3】コラーゲン及びコラーゲン分解物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする血管組織の老化を予防又は改善する作用を有する医薬組成物

【請求項5】コラーゲン分解物が,加水分解処理によって得られることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の組成物

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(2) また,引用例の【発明の詳細な説明】欄には,要旨次の記載がある。

以下,略

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(3) ところで,動脈硬化とは,「動脈が本来もっている強い血流に対応する「しなやかさ」を失って動脈壁の硬化を引き起こし,組織へ血液を運搬するという機能を失った状態もしくはその過程にある状態をさす。」ものとされ,①中程度の動脈における内膜のコレステロール沈着を主病変とする粥状動脈硬化症,②比較的大きな動脈の中膜のカルシウム沈着を主病変とするメンケベルク型の中膜石灰化症,③直径1mm 以下の動脈の硬化病変である細小動脈硬化症に分類されるが(甲5),「動脈壁の限局的な肥厚,硬化をみとめる病変の総称」(甲34)あるいは「動脈壁が肥厚し弾力性を失う複数の疾患の総称」であるともされ,このうち,粥状動脈 硬化症(アテローム硬化)が,最も頻度の高い重大な血管疾患である(乙1)。しかるところ,引用例においては,引用発明が対象とする動脈硬化症の更なる具体的な特定や,動脈硬化症の分類については触れるところがない。

しかしながら,引用例は,前記のとおり,血管組織の強化作用(血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上)を目的とするものであり(【0006】【0007】),このような血管組織の強化による予防又は治療の必要性は,動脈の有するしなやかさ(弾力性)を喪失しているという点では,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症のみならず,粥状動脈硬化症に対しても等しく妥当するものである。しかも,引用例は,引用発明が対象とする動脈硬化症の前症状として,「血管の肥厚,血管の機械的強度や伸展性,弾力性の低下など」(【0003】)と記載しているところ,このうち特に血管の肥厚は,粥状動脈硬化症の一症状でもある(甲32,34)ばかりか,引用例には,最も頻度の高い重大な血管疾患である粥状動脈硬化症を引用発明による予防又は治療の対象から除外していることを示唆ないし指摘する記載が何ら見当たらない。

以上によれば,引用発明が対象とする動脈硬化症には,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症に加えて,粥状動脈硬化症が含まれるものと認めるのが相当である。

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(4) 以上に対して,原告は,原告の医院に来院した患者を対象とした調査の結果(甲35)からも明らかなとおり,引用発明による血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上(PWVの改善。メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症の治療)と,本件補正発明によるプラークの減少及び抑制(IMTの改善。粥状動脈硬化症の治療)との間に相関関係はないから,両者は別物である旨を主張する。しかしながら,PWVとIMTとは,そもそも異なる尺度に基づく測定の結果であって,両者の間の相関関係を論ずる技術的意義に乏しい。しかも,前記のとおり,動脈硬化症とは,動脈がしなやかさを失って動脈壁の硬化を引き起こし,組織へ血液を運搬するという機能を失った状態もしくはその過程にある状態(甲5)又は動脈壁が肥厚し弾力性を失う複数の疾患の総称(乙1)であるとされるから,血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上が,粥状動脈硬化症に対する治療として妥当しないとすることはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用できない。

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2 取消事由1(相違点1の容易想到性についての判断の誤り)について



(1) 本件特許出願当時刊行されていた周知例1には,魚の骨,皮及び鱗等に含まれるコラーゲンを熱水抽出した海洋性コラーゲンペプチドであり,肌に対する美容効果を有するとされる「マリンマトリックス」という商品についての記載があり,そこでは,当該商品がBSE問題を契機に開発されたこと,魚皮等に由来するコラーゲンが人体に対して安全に使用できること及び畜肉由来のコラーゲンペプチドよりも消化性が優れていることがこれを示すグラフ図とともに記載されている。

また,周知例2及び3は,いずれも魚(周知例2においてはタラ目を,周知例3においてはタラ及びカレイを,それぞれ含む。)由来のコラーゲン加水分解物又はコラーゲンペプチドを含有する化粧品等について記載している。

これらがいずれも一般的な文献であることに照らすと,本件特許出願当時,魚由来のコラーゲンが人体に対して安全なものであり,かつ,畜肉由来のコラーゲンよりも消化性が優れていることは,当業者の周知技術であったものと認められるほか,周知例1にも記載のとおりBSE問題が発生していたことから(甲24参照),当業者は,畜肉由来ではなく魚由来のコラーゲンを使用することについて動機付けがあったものといえる。そして,現に,本件補正明細書の【図1】は,周知例1に記載の前記グラフ図と同一のものである。

(2) しかるところ,引用発明は,前記のとおり,その対象とする動脈硬化症に本件補正発明が対象としている粥状動脈硬化症を含んでおり,かつ,ウシ又はブタ由来のコラーゲンに劣後するとしながらも,魚皮由来のコラーゲンを使用することも好例として記載していたのであるから(【0018】【0020】),引用発明に前記周知技術を適用して酵素分解に供するコラーゲンの由来を「タラ目又はカレイ目の皮」である「魚皮由来」と構成することは,当業者が容易に想到することができたものというべきである。

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(3) また,引用例には,前記のとおり,加水分解に用いる酵素はペプチド加水分解酵素であれば特に限定されない旨の記載があり,酵素としてペプシンAないしCも例示されているばかりか(【0027】【0028】),加水分解処理の諸条件が適宜設定できる旨の記載もある(【0029】)。

したがって,引用例に接した当業者は,コラーゲンの酵素分解に当たり,その「分解酵素としてペプシンを用い,pH1.5に調整した後,温度40℃で20分間酵素分解を行」うことも含めて,周知の条件を適宜選択し得ることが明らかである。

(4) 以上によれば,引用発明に周知技術を適用することで本件補正発明の相違点1に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到することができたものいうべきであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

(5) 以上に対して,原告は,引用例及び周知例1ないし3には魚皮由来のコラーゲンが粥状動脈硬化症に対して治療の効果があることについて記載がないから,「血管内膜厚を減少させる」こと,すなわち粥状動脈硬化症の治療のために「タラ目又はカレイ目の皮由来」のコラーゲンを選択することは,当業者が容易に想到できるものではない旨を主張する。

しかしながら,引用例が粥状動脈硬化症をも対象としていることは前記のとおりであることに加えて,本件補正明細書の【図1】が周知例1に記載の前記グラフ図と同一のものであることに照らすと,原告の上記主張は,到底採用できない。

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3 取消事由2(相違点3の容易想到性についての判断の誤り)について



(1) 引用発明及び本件補正発明は,いずれも物の発明であるところ,相違点3に係る本件補正発明の構成である「血管内膜を減少させる」ことは,発明の作用効果に関する事項であって,本件補正発明を物の観点から特定するものではない。したがって,「血管内膜を減少させる」との記載の有無は,物の発明である引用発明と本件補正発明との実質的な相違点とはいえない。

よって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

(2) 以上に対して,原告は,本件補正発明が「血管内膜を減少させる」こと,すなわち粥状動脈硬化症に対する予防及び治療という,引用発明が提供していない医薬用途を提供するものである旨を主張する。

しかしながら,引用例が粥状動脈硬化症をも対象としていることは前記のとおりであるから,原告の上記主張は,「血管内膜を減少させる」ことが引用発明と本件補正発明との相違点たり得ないことを離れてみても,主張自体失当といわなければならない。



4 取消事由3(作用効果についての判断の誤り)について



(1) 本件明細書には,本件補正発明の試験例として要旨次のとおりの記載がある。以下,略

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(2) そして,粥状動脈硬化症は,前記のとおり,中程度の動脈における内膜のコレステロール沈着を主病変とするものである(甲5)から,頸動脈内膜厚の減少及びコレステロールの減少それ自体は,いずれも,粥状動脈硬化症の改善と評価することが可能である(甲32参照)。

(3) しかしながら,前記試験例について更に検討すると,粥状動脈硬化症の危険因子には,喫煙,コレステロール高値,高血圧,糖尿病,肥満,運動不足,血中ホモシステイン高値等が挙げられており(甲32,34,乙1),コレステロールの増減やこれに伴う動脈内膜厚の増減は,喫煙の有無,降圧剤等の他の薬剤の服用の有無,運動量,食事の内容といった被験者の日常の生活の在り方とも関連するところである。しかるに,上記試験例の被験者については,年齢及び性別を別にすると,上記危険因子に関するデータが不明であるばかりか,本件補正発明の経口投与を除くと,試験期間である3か月間に上記日常の生活の在り方に関する諸条件について何らかの規制又は調整がされたと認めるに足りる記載がない。したがって,上記試験例は,コレステロール等の測定値に影響を与える他の諸条件の相違について的確な配慮をしたものとはいえず,その結果の評価は,慎重に行う必要がある。

しかも,引用発明が粥状動脈硬化症を予防又は治療の対象としていることは前記のとおりであるところ,上記試験例は,例えば偽薬を経口投与した群や,あるいは引用発明同様に畜肉由来のコラーゲンを経口投与した群との比較を行っているわけではないから,仮に頸動脈内膜厚の減少等が本件補正発明の経口投与によるものであったとしても,それが特に引用発明との関係で顕著な作用効果を示していることを立証するものとはいい難い。

(4) したがって,本件補正明細書に記載の前記試験例は,本件補正発明に顕著な作用効果があることを立証するに足りるものではなく,他に本件補正発明の効果について当業者が予測し得ない格別顕著なものであるとするに足りる証拠はない。よって,本件補正発明に顕著な作用効果を認めなかった本件審決の判断に誤りはない。

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(5) 以上に対して,原告は,本件補正発明のPro-Hyp の含量が低く,他にAla-Hyp,Leu-Hyp 及びPhe-Hyp など多様なペプチドを含有し,腸管での吸収が速やかで吸収効率がよいことから,本件補正発明が粥状動脈硬化症に対して当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏することが明らかである旨を主張する。
しかしながら,腸管での吸収効率がよいことと粥状動脈硬化症に対する効果が顕著であることの因果関係については,推測の域を出るものではなく,何ら具体的な証拠
がない。

よって,原告の上記主張は,採用できない。



5 本件審決の当否について



(1) 以上のとおり,本件補正発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,その作用効果に格別顕著なものがあるとも認められないから,本件補正発明について特許法29条2項により特許出願の際独立して特許を受けることができないとして本件補正を却下した本件審決の判断に誤りはない。

(2) なお,本願発明は,本件補正発明における「血管内膜厚を減少させる」という特定がないものであって,本願発明の発明特定事項をそのまま含むところ,更なる特定が付された本件補正発明を当業者が容易に想到することができた以上,本願発明もまた,当業者が容易に想到することができたものというべきである。したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。



判決原文(全文)


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平成22(行ケ)10055 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟平成23年01月18日 知的財産高等裁判所


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平成23年1月18日判決言渡同日原本受領裁判所書記官

平成22年(行ケ)第10055号審決取消請求事件

口頭弁論終結日平成22年12月22日

判 決

原 告 X

同訴訟代理人弁理士 吉 田 研 二

同 長 尾 卓 美

同 田 沼 健 一

被 告 特許庁長官

同指定代理人 星 野 紹 英

穴 吹 智 子

豊 田 純 一

唐 木 以知良

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主 文


原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
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第1 請求



特許庁が不服2009-6947号事件について平成21年12月22日にした審決を取り消す。

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第2 事案の概要



本件は, 原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,特許請求の範囲を下記2(1)から(2)へと補正する本件補正を却下した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

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1 特許庁における手続の経緯


(1) 本件出願及び拒絶査定

発明の名称:血管老化抑制剤および老化防止抑制製剤

出願番号:特願2008-131621

出願日:平成20年5月20日(甲6)

拒絶査定日:平成21年2月24日(甲10)

(2) 審判請求及び本件審決

審判請求日:平成21年4月2日

手続補正日:平成21年4月7日(甲8。以下,同日付け手続補正書による補正を「本件補正」という。)

審決日: 平成21年12月22日

審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」

審決謄本送達日:平成22年1月12日

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2 本件補正前後の特許請求の範囲の記載


(1) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載(ただし,平成21年1月19日付け手続補正書(甲7)による補正後のものである。以下「本願発明」という。)
タラ目又はカレイ目の皮を原料とし,分解酵素としてペプシンを用い,pH1.5に調整した後,温度40℃で20分間酵素分解を行い得られた重量平均分子量が3,000の魚皮由来低分子コラーゲンを必須成分とすることを特徴とする血管老化抑制剤

(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載(ただし,下線部分は本件補正(甲8)による補正箇所である。以下「本件補正発明」といい,本件補正発明に係る明細書(甲6~8)を「本件補正明細書」という。)

タラ目又はカレイ目の皮を原料とし,分解酵素としてペプシンを用い,pH1.5に調整した後,温度40℃で20分間酵素分解を行い得られた重量平均分子量が

3

3,000の魚皮由来低分子コラーゲンを必須成分とする,血管内膜厚を減少させることを特徴とする血管老化抑制剤

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3 本件審決の理由の要旨


(1) 本件審決の理由は,要するに,本件補正発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イないしエの周知例1ないし3に記載の周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,独立特許要件を満たさないとして,本件補正を却下し,本件出願に係る発明の要旨を本願発明のとおり認定した上,本願発明は引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,としたものである。

ア引用例:特開2001-31586号公報(甲1)

イ周知例1:「FOOD Style 21,2003.2,Vol.7,No.2」(甲2)

ウ周知例2:特開2003-104833号公報(甲3)

エ周知例3:特開2003-238597号公報(甲4)

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(2) なお,本件審決が認定した引用発明,本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア引用発明:コラーゲンの酵素処理により得られた,平均分子量が1300ないし4000程度の,コラーゲンより分子量が小さいコラーゲン加水分解物を含有する,血管組織の老化を予防又は改善する医薬組成品イ一致点:コラーゲンを原料とし酵素分解を行い得られた低分子コラーゲンを必須成分とする血管老化抑制剤

ウ相違点1:本件補正発明では,酵素分解に供するコラーゲンの由来を「タラ目又はカレイ目の皮」である「魚皮由来」とする旨及び酵素分解の条件を「分解酵素としてペプシンを用い,pH1.5に調整した後,温度40℃で20分間酵素分解を行」うものであるとする旨それぞれ特定しているに対し,引用発明では,コラーゲンの由来及び酵素分解の条件について特定していない点

エ相違点2:酵素分解で得られる低分子コラーゲンについて,本件補正発明で4は,「重量平均分子量が3,000」であると特定しているのに対し,引用発明では「平均分子量が1,300~4,000程度」であると特定している点

オ相違点3:血管老化抑制剤について,本件補正発明では,「血管内膜厚を減少させる」と特定しているのに対し,引用発明ではそのような特定をしていない点



4 取消事由


(1) 相違点1の容易想到性についての判断の誤り(取消事由1)

(2) 相違点3の容易想到性についての判断の誤り(取消事由2)

(3) 作用効果についての判断の誤り(取消事由3)



第3 当事者の主張


1 取消事由1(相違点1の容易想到性についての判断の誤り)について

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〔原告の主張〕


(1) 本件審決は,引用例がコラーゲンの由来を限定しておらず,引用発明の効果を得るためのコラーゲンとして魚類由来のものや皮膚組織に存在するものを選択できることが記載されており,かつ,本件特許出願前においてタラやカレイの皮由来のコラーゲンが人体に影響なく使用できるものとして広く認識されていたことなどから,相違点1を容易に想到することができる旨を判断した。

(2) ところで,動脈硬化症には,①中程度の動脈における内膜のコレステロール沈着を主病変とする粥状動脈硬化症,②内膜のカルシウム沈着を主病変とするが動脈内腔を侵すものではないメンケベルク型の中膜石灰化症,③細動脈硝子化が起きる細小動脈硬化症の3種類が存在するが,これらは,いずれも異なる病変である(甲5,乙1)。

そして,原告(医師)の医院に来院した患者を対象とした調査の結果(甲35)からも明らかなとおり,動脈硬化症患者の血管の膜の厚さの指標であるIMT(粥状動脈硬化症に関連する。)と,同じく血管の硬さの指標であるPWV(メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症に関連する。)との間には,有意な関連がない。したがって,血管内のプラークの減少及び抑制(IMTの改善。粥状動脈硬化症の治療)と血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上(PWVの改善。メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症の治療)は,全く別物である(甲28,31)。

(3) 引用発明は,Hyp を含むペプチドの大部分がPro-Hyp ペプチドである(甲21)牛骨由来及び牛皮由来のコラーゲン加水分解物に関するものであり,「血管の機械的強度,伸展性及び弾力性を向上させる」ものであるから,その医薬用途としては,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症の治療に効果がある蓋然性が高いと思われる。しかしながら,引用発明は,その官能基を考慮すると,血管内膜に形成された粥状硬化性繊維斑を退縮させる生理機能を発現し難く,かつ,ペプチド結合の立体構造上の束縛から体内で分解され難く,体内吸収率が低いことから新陳代謝への寄与も低いことが推察される。現に,引用例には,血管内のプラークの減少及び抑制により血管内膜厚を減少させ,もって粥状動脈硬化症の予防及び治療を行うという効果や医薬用途については何ら記載も裏付けもない。

また,周知例1ないし3にも,本件補正発明のような「タラ目又はカレイ目の皮由来」のコラーゲンが「血管内膜厚を減少させる」こと,すなわち粥状動脈硬化症に対して治療の効果があることについては,何ら記載はない。

(4) 他方,本件補正発明は,Pro-Hyp の含量が低く,他にAla-Hyp,Leu-Hyp 及びPhe-Hyp など多様なペプチドを含有し(甲21),腸管での吸収が速やかで吸収効率がよいタラ目又はカレイ目の魚皮由来の低分子コラーゲンに関するものであり(甲22~24,26,27),「血管内膜厚を減少させる」こと,すなわち血管内のプラークの減少及び抑制により粥状硬化性繊維斑を退縮させるなどして,粥状動脈硬化症の予防及び治療について,当業者が予測し得ない格別顕著な効果があるものと推察されるばかりか(甲5,28,31),現に,人体に対する本件補正発明の臨床実験により,その効果が確認されている(本件補正明細書【0033】~【0036】【表1】,甲36,37)。

(5) したがって,「血管内膜厚を減少させる」こと,すなわち粥状動脈硬化症の治療に効果があるコラーゲンとして,「タラ目又はカレイ目の皮由来」のコラーゲンを選択することは,当業者が容易に想到し得るものではなく,この点を容易に想到することができると判断した本件審決には誤りがある。

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〔被告の主張〕


(1) 動脈壁の肥厚と3種類の動脈硬化症のいずれかとが特定の関係にあるとはいえないばかりか(甲5,乙1),動脈硬化症とは,動脈壁の肥厚という組織学的な病変が動脈壁のしなやかさの喪失という現象になって現れるものである(甲32~34)。現に,原告による調査の結果(甲35)を精査しても,その他の文献(乙3,4)によっても,血管内膜肥厚(IMT)と血管の硬さ(PWV)との間には相関関係が認められる。また,引用例は,血管の細胞外マトリックスの主要な構成要素であるコラーゲンの変成とそれによる機能劣化により,「血管の肥厚,血管の機械的強度や伸展性,弾力性などの低下を引き起こし,動脈硬化症」(【0003】)などの進行に関与していることから,血管内膜又はその周辺の細胞外マトリックスの組織を正常に保つためにコラーゲン由来の成分を用いたところ,これが血管組織の強化作用を有していることを見出したとするもので(【0002】~【0007】),ラットの血管組織の機械的強度という,動脈硬化に関する基本的なデータについてその改善効果を示した旨を記載しているばかりか(【0045】~【0048】),粥状動脈硬化症は,動脈硬化症の中で代表的かつ典型的なものと認識されているから(乙5),引用例に接した当業者ならば,「血管の機械的強度,伸展性及び弾力性を向上させる」こと(引用発明の効果)を血管組織の強化による粥状動脈硬化を含む動脈硬化の各病変に共通した改善効果を意味するものと理解するのが通常である。

(2) しかも,タラ目又はカレイ目の皮由来の低分子コラーゲンが他の由来のものとは構造及び吸収率が異なることは,本件特許出願当時,当業者に知られていたことであり,その結果,魚皮由来のコラーゲンが良好な吸収率を有することは,引用発明の「コラーゲン加水分解物」に代えて魚皮由来の低分子コラーゲンを選択す ることをより志向させる理由にはなり得ても,容易に選択し得なかったとする根拠にはならない。むしろ,魚皮由来のコラーゲンペプチドは,畜肉系コラーゲンペプチドがBSE感染問題に伴う安全性の面で懸念されることが契機となって開発されたものであるから(周知例1~3),引用発明の「コラーゲン加水分解物」に代えて魚皮由来のコラーゲンを採用することには動機付けが十分にある。

さらに,原告は,引用発明のPro-Hyp ペプチドと,本件補正発明のAla-Hyp,Leu-Hyp 及びPhe-Hyp ペプチドとの相違から,粥状動脈硬化症に対する生理活性の違いや新陳代謝への寄与の違いを主張するが,そのような事実を示す証拠は見当たらない。

(3) このように,引用発明が粥状動脈硬化症を含む動脈硬化症の改善について開示しており,かつ,魚皮由来の低分子コラーゲンが安全で良好な吸収率を有することが周知であった以上,引用発明の相違点1について本件補正発明に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たものである。したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

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2 取消事由2(相違点3の容易想到性についての判断の誤り)について




〔原告の主張〕


(1) 本件審決は,本件補正発明がその作用機序を「血管内膜厚を減少させる」ものであると特定したところで,血管老化を抑制し,動脈硬化を予防又は治療するという引用発明のもたらす医薬用途とは異なる新たな医薬用途を提供するものとは認められず,相違点3には実質的な差異がない旨を判断した。

(2) しかしながら,前記のとおり,引用例及び周知例1ないし3には,いずれも,動脈硬化の3つの分類の中で,粥状動脈硬化症に対して治療の効果があることについては,何らの記載も示唆もなく,したがって,引用発明は,本件補正発明が有する血管内膜厚を減少させる効果や粥状動脈硬化に対する予防及び治療という医薬用途をいずれも提供していない。

他方,本件補正発明は,前記のとおり,粥状動脈硬化症の予防又は治療に効果があるものである。

(3) したがって,相違点3について実質的な差異がないとした本件審決には誤りがある。

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〔被告の主張〕


(1) 原告は,「血管内膜厚を減少させる」こと(本件補正発明の効果)は,粥状動脈硬化症の予防又は治療に効果がある旨を主張する。

(2) しかしながら,そもそも,本件補正発明は,「血管内膜厚を減少させる」と特定されているものの,「粥状動脈硬化症の予防又は治療」という医薬用途に対して使用することが請求項において特定されていない。

また,前記のとおり,引用発明は,本件補正発明が有するとされる血管内膜厚を減少させる効果や粥状動脈硬化に対する予防及び治療という医薬用途をいずれも提供している。


したがって,原告の主張は失当である。

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3 取消事由3(作用効果についての判断の誤り)について




〔原告の主張〕


(1) 本件審決は,本件特許出願当時の技術常識に照らせば,引用例にいう血管の「伸展性,弾力性(しなやかさ)」と本件補正発明の「血管内膜厚(動脈壁の肥厚)」とが動脈硬化における現象面と組織学的な側面といういわば裏表の関係にあるから,本件補正発明の効果が,引用発明の効果及び本件特許出願当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著なものであるとすることはできない旨を判断している。

(2) しかしながら,前記のとおり,本件補正発明は,粥状動脈硬化症に対する治療効果という,引用発明がもたらすものとは異なる新たな医薬用途を提供するものであるばかりか,現に,人体に対する本件補正発明の臨床実験により,その格別顕著な効果が確認されている(本件補正明細書【0033】~【0036】【表1】,甲36,37)。

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(3) したがって,本件審決は,本件補正発明の作用効果について判断を誤るものである。



〔被告の主張〕


前記のとおり,粥状動脈硬化症は,引用発明の医薬用途に含まれており,本件補正発明は,新たな医薬用途を提供していないから,原告の主張は,失当である。

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第4 当裁判所の判断


まず,引用発明の内容等を確定した上,原告主張の取消事由について,順次,検討することとする。

1 引用発明の内容等について

(1) 本件審決が認定した引用発明は,前記第2の3(2)アに記載のとおりであるが,引用例(甲1)には,【特許請求の範囲】として次の記載がある。

【請求項1】コラーゲン及びコラーゲン分解物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする動脈硬化症及び動脈硬化症に起因する疾患の予防又は治療医薬組成物

【請求項3】コラーゲン及びコラーゲン分解物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有することを特徴とする血管組織の老化を予防又は改善する作用を有する医薬組成物

【請求項5】コラーゲン分解物が,加水分解処理によって得られることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の組成物

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(2) また,引用例の【発明の詳細な説明】欄には,要旨次の記載がある。

ア血管機能を正常に維持するためには,血管組織のうち最も重要な血管内皮細胞及びその周辺組織の構成物である細胞外マトリックスの組織老化を防ぐ必要があるが(【0001】),細胞外マトリックスの主な構成要素の一つであるコラーゲンは,その変成により機能劣化にとどまらず,「血管平滑筋細胞の増殖性の異常亢進や血管の肥厚,血管の機械的強度や伸展性,弾力性の低下などを引き起こし,動脈硬化症」その他の疾病の症状進行に関与していることが明らかになりつつある

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(【0003】)。そこで,引用発明は,「コラーゲン由来の成分が優れた血管組織の強化作用(血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上)を有していること」(【0007】)から,「血管組織の強化作用を有し,動脈硬化症及び動脈硬化症に起因する疾患の予防又は治療用の医薬及び食品組成物の提供を目的」として発明されたものである(【0006】)。

イコラーゲンは,生体の皮膚組織や骨組織などに広く多量に存在しているが(【0016】),その分子量は,一般に数万ないし30万程度であり,コラーゲン又はこれを加熱して得られる熱変成物を加水分解処理するなどして分子量を小さくしたものをコラーゲン加水分解物という(【0017】)。引用発明において加水分解に用いる酵素は,ペプチド加水分解酵素であれば特に限定されず,例えばアスパラギン酸プロテアーゼ(ペプシンAないしCを含む。)などの酵素を用いた加水分解が好ましい(【0027】【0028】)。また,加水分解処理は,様々な場合に応じて至適条件が異なることから,収率を考慮しながら適宜設定することができる(【0029】)。

ウ引用発明で「使用されるコラーゲンは,その起源生物には限定され」ず,「マグロ,カツオ,フナ,コイ,ウナギ,サメ,エイなどの魚類」も含み(【0018】),魚類の骨組織又は血管組織由来のコラーゲンが好ましいが,特にウシ又はブタの皮膚組織又は血管組織由来のものがより好ましい(【0020】)。そして,牛骨及び牛皮由来のコラーゲンをラットに投与する比較実験によれば,これを摂取した群においては,血管組織の伸展性や機械的強度などの生物学的パラメーメーターを向上させて血管組織を強化する作用が確認された(【0045】~【0049】)。したがって,引用発明は,動脈硬化症の予防又は治療において有用であり,更に,動脈硬化症に起因する疾患の予防又は治療にも有用である(【0061】)。

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(3) ところで,動脈硬化とは,「動脈が本来もっている強い血流に対応する「しなやかさ」を失って動脈壁の硬化を引き起こし,組織へ血液を運搬するという機能を失った状態もしくはその過程にある状態をさす。」ものとされ,①中程度の動脈における内膜のコレステロール沈着を主病変とする粥状動脈硬化症,②比較的大きな動脈の中膜のカルシウム沈着を主病変とするメンケベルク型の中膜石灰化症,③直径1mm 以下の動脈の硬化病変である細小動脈硬化症に分類されるが(甲5),「動脈壁の限局的な肥厚,硬化をみとめる病変の総称」(甲34)あるいは「動脈壁が肥厚し弾力性を失う複数の疾患の総称」であるともされ,このうち,粥状動脈 硬化症(アテローム硬化)が,最も頻度の高い重大な血管疾患である(乙1)。しかるところ,引用例においては,引用発明が対象とする動脈硬化症の更なる具体的な特定や,動脈硬化症の分類については触れるところがない。

しかしながら,引用例は,前記のとおり,血管組織の強化作用(血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上)を目的とするものであり(【0006】【0007】),このような血管組織の強化による予防又は治療の必要性は,動脈の有するしなやかさ(弾力性)を喪失しているという点では,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症のみならず,粥状動脈硬化症に対しても等しく妥当するものである。しかも,引用例は,引用発明が対象とする動脈硬化症の前症状として,「血管の肥厚,血管の機械的強度や伸展性,弾力性の低下など」(【0003】)と記載しているところ,このうち特に血管の肥厚は,粥状動脈硬化症の一症状でもある(甲32,34)ばかりか,引用例には,最も頻度の高い重大な血管疾患である粥状動脈硬化症を引用発明による予防又は治療の対象から除外していることを示唆ないし指摘する記載が何ら見当たらない。

以上によれば,引用発明が対象とする動脈硬化症には,メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症に加えて,粥状動脈硬化症が含まれるものと認めるのが相当である。


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(4) 以上に対して,原告は,原告の医院に来院した患者を対象とした調査の結果(甲35)からも明らかなとおり,引用発明による血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上(PWVの改善。メンケベルク型の中膜石灰化症及び細小動脈硬化症の治療)と,本件補正発明によるプラークの減少及び抑制(IMTの改善。粥状動脈硬化症の治療)との間に相関関係はないから,両者は別物である旨を主張する。しかしながら,PWVとIMTとは,そもそも異なる尺度に基づく測定の結果で あって,両者の間の相関関係を論ずる技術的意義に乏しい。しかも,前記のとおり,動脈硬化症とは,動脈がしなやかさを失って動脈壁の硬化を引き起こし,組織へ血液を運搬するという機能を失った状態もしくはその過程にある状態(甲5)又は動脈壁が肥厚し弾力性を失う複数の疾患の総称(乙1)であるとされるから,血管の機械的強度,伸展性及び弾力性の向上が,粥状動脈硬化症に対する治療として妥当しないとすることはできない。

したがって,原告の上記主張は,採用できない。



2 取消事由1(相違点1の容易想到性についての判断の誤り)について


(1) 本件特許出願当時刊行されていた周知例1には,魚の骨,皮及び鱗等に含まれるコラーゲンを熱水抽出した海洋性コラーゲンペプチドであり,肌に対する美容効果を有するとされる「マリンマトリックス」という商品についての記載があり,そこでは,当該商品がBSE問題を契機に開発されたこと,魚皮等に由来するコラーゲンが人体に対して安全に使用できること及び畜肉由来のコラーゲンペプチドよりも消化性が優れていることがこれを示すグラフ図とともに記載されている。
また,周知例2及び3は,いずれも魚(周知例2においてはタラ目を,周知例3においてはタラ及びカレイを,それぞれ含む。)由来のコラーゲン加水分解物又はコラーゲンペプチドを含有する化粧品等について記載している。

これらがいずれも一般的な文献であることに照らすと,本件特許出願当時,魚由来のコラーゲンが人体に対して安全なものであり,かつ,畜肉由来のコラーゲンよりも消化性が優れていることは,当業者の周知技術であったものと認められるほか,周知例1にも記載のとおりBSE問題が発生していたことから(甲24参照),当業者は,畜肉由来ではなく魚由来のコラーゲンを使用することについて動機付けがあったものといえる。そして,現に,本件補正明細書の【図1】は,周知例1に記載の前記グラフ図と同一のものである。

(2) しかるところ,引用発明は,前記のとおり,その対象とする動脈硬化症に本件補正発明が対象としている粥状動脈硬化症を含んでおり,かつ,ウシ又はブタ由来のコラーゲンに劣後するとしながらも,魚皮由来のコラーゲンを使用することも好例として記載していたのであるから(【0018】【0020】),引用発明に前記周知技術を適用して酵素分解に供するコラーゲンの由来を「タラ目又はカレイ目の皮」である「魚皮由来」と構成することは,当業者が容易に想到することができたものというべきである。

(3) また,引用例には,前記のとおり,加水分解に用いる酵素はペプチド加水分解酵素であれば特に限定されない旨の記載があり,酵素としてペプシンAないしCも例示されているばかりか(【0027】【0028】),加水分解処理の諸条件が適宜設定できる旨の記載もある(【0029】)。
したがって,引用例に接した当業者は,コラーゲンの酵素分解に当たり,その「分解酵素としてペプシンを用い,pH1.5に調整した後,温度40℃で20分間酵素分解を行」うことも含めて,周知の条件を適宜選択し得ることが明らかである。

(4) 以上によれば,引用発明に周知技術を適用することで本件補正発明の相違点1に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到することができたものいうべきであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

(5) 以上に対して,原告は,引用例及び周知例1ないし3には魚皮由来のコラーゲンが粥状動脈硬化症に対して治療の効果があることについて記載がないから,「血管内膜厚を減少させる」こと,すなわち粥状動脈硬化症の治療のために「タラ目又はカレイ目の皮由来」のコラーゲンを選択することは,当業者が容易に想到できるものではない旨を主張する。

しかしながら,引用例が粥状動脈硬化症をも対象としていることは前記のとおりであることに加えて,本件補正明細書の【図1】が周知例1に記載の前記グラフ図と同一のものであることに照らすと,原告の上記主張は,到底採用できない。

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3 取消事由2(相違点3の容易想到性についての判断の誤り)について


(1) 引用発明及び本件補正発明は,いずれも物の発明であるところ,相違点3に係る本件補正発明の構成である「血管内膜を減少させる」ことは,発明の作用効果に関する事項であって,本件補正発明を物の観点から特定するものではない。したがって,「血管内膜を減少させる」との記載の有無は,物の発明である引用発明と本件補正発明との実質的な相違点とはいえない。



よって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。



(2) 以上に対して,原告は,本件補正発明が「血管内膜を減少させる」こと,



すなわち粥状動脈硬化症に対する予防及び治療という,引用発明が提供していない医薬用途を提供するものである旨を主張する。


しかしながら,引用例が粥状動脈硬化症をも対象としていることは前記のとおりであるから,原告の上記主張は,「血管内膜を減少させる」ことが引用発明と本件補正発明との相違点たり得ないことを離れてみても,主張自体失当といわなければならない。



4 取消事由3(作用効果についての判断の誤り)について



(1) 本件明細書には,本件補正発明の試験例として要旨次のとおりの記載がある。すなわち,本件補正発明に係る血管老化抑制剤を,12名の被験者(男10名,女2名であり,年齢は,48歳ないし71歳で,平均60.1歳である。高脂血症薬を内服している者については1か月間その投与を中止してから,試験を開始した。)に対し,1日1回魚皮由来コラーゲン当たり5.0グラムになるように3か月間経口投与した上で,超音波装置を用いて頸動脈内膜厚を測定したところ,12名中10名は,明らかに頸動脈内膜厚が減少し,線維性斑の厚みも減少したほか,12名中4名に総コレステロールの減少を認め,6名にLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)の減少を認めたというものである(【0033】~【0036】【表1】)。

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(2) そして,粥状動脈硬化症は,前記のとおり,中程度の動脈における内膜のコレステロール沈着を主病変とするものである(甲5)から,頸動脈内膜厚の減少及びコレステロールの減少それ自体は,いずれも,粥状動脈硬化症の改善と評価することが可能である(甲32参照)。


(3) しかしながら,前記試験例について更に検討すると,粥状動脈硬化症の危険因子には,喫煙,コレステロール高値,高血圧,糖尿病,肥満,運動不足,血中ホモシステイン高値等が挙げられており(甲32,34,乙1),コレステロールの増減やこれに伴う動脈内膜厚の増減は,喫煙の有無,降圧剤等の他の薬剤の服用の有無,運動量,食事の内容といった被験者の日常の生活の在り方とも関連するところである。しかるに,上記試験例の被験者については,年齢及び性別を別にすると,上記危険因子に関するデータが不明であるばかりか,本件補正発明の経口投与を除くと,試験期間である3か月間に上記日常の生活の在り方に関する諸条件について何らかの規制又は調整がされたと認めるに足りる記載がない。したがって,上記試験例は,コレステロール等の測定値に影響を与える他の諸条件の相違について的確な配慮をしたものとはいえず,その結果の評価は,慎重に行う必要がある。

しかも,引用発明が粥状動脈硬化症を予防又は治療の対象としていることは前記のとおりであるところ,上記試験例は,例えば偽薬を経口投与した群や,あるいは引用発明同様に畜肉由来のコラーゲンを経口投与した群との比較を行っているわけではないから,仮に頸動脈内膜厚の減少等が本件補正発明の経口投与によるものであったとしても,それが特に引用発明との関係で顕著な作用効果を示していることを立証するものとはいい難い。


(4) したがって,本件補正明細書に記載の前記試験例は,本件補正発明に顕著な作用効果があることを立証するに足りるものではなく,他に本件補正発明の効果について当業者が予測し得ない格別顕著なものであるとするに足りる証拠はない。よって,本件補正発明に顕著な作用効果を認めなかった本件審決の判断に誤りはない。

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(5) 以上に対して,原告は,本件補正発明のPro-Hyp の含量が低く,他にAla-Hyp,Leu-Hyp 及びPhe-Hyp など多様なペプチドを含有し,腸管での吸収が速やかで吸収効率がよいことから,本件補正発明が粥状動脈硬化症に対して当業者が予測し得ない格別顕著な効果を奏することが明らかである旨を主張する。

しかしながら,腸管での吸収効率がよいことと粥状動脈硬化症に対する効果が顕著であることの因果関係については,推測の域を出るものではなく,何ら具体的な証拠がない。


よって,原告の上記主張は,採用できない。



5 本件審決の当否について


(1) 以上のとおり,本件補正発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであり,その作用効果に格別顕著なものがあるとも認められないから,本件補正発明について特許法29条2項により特許出願の際独立して特許を受けることができないとして本件補正を却下した本件審決の判断に誤りはない。


(2) なお,本願発明は,本件補正発明における「血管内膜厚を減少させる」という特定がないものであって,本願発明の発明特定事項をそのまま含むところ,更なる特定が付された本件補正発明を当業者が容易に想到することができた以上,本願発明もまた,当業者が容易に想到することができたものというべきである。したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。




6 結論


以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣

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裁判官 高 部 眞規子

裁判官 井 上 泰 人

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Last Update: 2011-01-20 08:58:05 JST


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