2011年3月24日木曜日

特許:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月24日判決(平成22年(行ケ)第10268号審決取消請求事件))






特許:【容易想到性】「事実認定」:(知財高裁平成23年3月24日判決(平成22年(行ケ)第10268号審決取消請求事件))





知的財産高等裁判所第4部「滝澤孝臣コート」


平成22(行ケ)10268 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
平成23年03月24日 知的財産高等裁判所


(知財高裁平成23年3月24日判決(平成22年(行ケ)第10268号審決取消請求事件))


top




【容易想到性】「事実認定」


(知財高裁平成23年3月24日判決(平成22年(行ケ)第10268号審決取消請求事件))

top



判示・縮小版なし【容易想到性】「事実認定」





第2 事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。



第4 当裁判所の判断

1 本願発明について
(1) 本願発明の構成
本願発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりであり,本願明細書
(甲5)の発明の詳細な説明の記載によれば,従来,水酸化金属セルやリチウムイ
オン・セル等を用いたセル(電池)である「エネルギー貯蔵装置」における過少充
電や過大充電による破損や破裂を防止するための,残実行時間や充電時間の決定の
ためのチャージ・レベルのゲージング,充放電処理の管理及びホスト・デバイス等


  • 14 -


との通信等を行う電気的アプライアンスに関して,セルを直列に接続した場合の個
々のセル電圧がセル間において平衡のままでない場合があることから,セルを監視
して電流を停止したり,最初にフル・チャージに達したセルからフル・チャージ以
下の電圧にあるセルにエネルギーを転送するための平衡回路を設ける例が存在した
(【0002】~【0005】)。本願発明は,このような従来技術を改良するた
めに,「セル間でエネルギーを転送するための電流ポンプ回路」が「直列電気イン
ターフェイス」によって直列に接続された「エネルギー貯蔵装置コントローラ」に
より制御され,この「エネルギー貯蔵装置コントローラ」がさらに「直列電気イン
ターフェイス」により接続された「中央コントローラ」により制御されるようにす
るとともに,この「中央コントローラ」を「測定機能」と「測定機能から分離され
たチャージ移動機能」とを有することによって「エネルギー貯蔵装置の不均衡を事
前に予測可能な」ものとして構成したものであることが認められる(【0022】
【0035】~【0044】【0052】~【0058】)。
(2) 「測定機能」と「前記測定機能から分離されたチャージ移動機能」の技術
的意義について
ア 本願発明の特許請求の範囲の記載においては,「測定機能」と「前記測定機
能から分離されたチャージ移動機能」は,「中央コントローラ」が有するものであ
り,これにより「エネルギー貯蔵装置の不均衡を事前に予測可能な」ものであるこ
とが示されているものの,これらの機能の具体的な技術内容は記載されていない。
イ 本願明細書の発明の詳細な説明の記載には,エネルギー貯蔵装置コントロー
ラによって2つのエネルギー貯蔵装置間の平衡回路においてエネルギー貯蔵装置電
圧を等しくするために用いられるアルゴリズムである負荷適応ポンピング平衡アル
ゴリズムにおいて「測定フェーズ」と「平衡フェーズ」が反復され,測定フェーズ
の間は平衡電流が許されず,平衡フェーズの間は測定が許されないこと,この測定
フェーズの間,エネルギー貯蔵装置コントローラは,先の平衡期間中のチャージ移
動の方向を示す転送の方向ビットを貯蔵しつつ,二つのエネルギー貯蔵装置のそれ


  • 15 -


ぞれの瞬時エネルギー貯蔵装置電圧(Vn,meas)を測定すること,他方,平衡フェ
ーズの間,測定期間の結果,すなわち,貯蔵された転送の方向ビットに応じてエネ
ルギー貯蔵装置1からエネルギー貯蔵装置2に,あるいはエネルギー貯蔵装置2か
らエネルギー貯蔵装置1に電荷を転送することが記載されている(【0035】~
【0044】)。また,平衡アルゴリズムがエネルギー貯蔵装置コントローラ間に
分配された例のみならず,平衡アルゴリズムを集中化するに当たって,例えば,エ
ネルギー貯蔵装置の電圧をエネルギー貯蔵装置コントローラと連通する中央コント
ローラのようなマスター・コントローラにおいて利用可能にすることができること
が記載されている(【0052】~【0054】)。
ウ そうすると,特許請求の範囲の記載における「測定機能」及び「チャージ移
動機能」を「中央コントローラ」が有することは,エネルギー貯蔵装置コントロー
ラのみならずエネルギー貯蔵装置の電圧を利用可能な中央コントローラが制御を行
う集中化された負荷適応ポンピング平衡アルゴリズムを実施するに当たって,この
「中央コントローラ」が「測定フェーズ」における電圧の測定及び「平衡フェー
ズ」における電荷の転送に係る機能を担うことを意味しているものであり,また,
「チャージ移動機能」が「測定機能から分離された」ものであることは,測定フェ
ーズの期間中は平衡電流すなわち電荷の転送を行わず,逆に平衡フェーズの期間中
は測定を行わないという関係にあることを表現したものと解される。
なお,原告は,本願明細書に「測定機能」についての記載がある旨を主張する。
しかしながら,本願明細書(【0033】)は,本願発明の「エネルギー貯蔵装置
コントローラ」に対応する「貯蔵装置コントローラ604」の構成に関する記載で
あるから,この記載が「中央コントローラ」が有する機能である「測定機能」を裏
付けるとすることはできない。むしろ,上記のとおり,本願発明にいう「測定機
能」とは,中央コントローラを用いて集中化された負荷適応ポンピング平衡アルゴ
リズムにおいて中央コントローラが「測定フェーズ」において行う測定の機能に対
応するものである。


  • 16 -


(3) 「エネルギー貯蔵装置の不均衡」の技術的意義について
ア 本願発明の特許請求の範囲の記載においては,「エネルギー貯蔵装置の不均
衡を事前に予測可能な」との文言の「不均衡」の具体的な内容が記載されていない。
とりわけ,この文言がエネルギー貯蔵装置のキャパシティの不均衡のみを意味する
ことの記載はなく,文言の上では,キャパシティ以外の不均衡を含んでいる。
イ そして,本願明細書の発明の詳細な説明の記載においても,この文言がエネ
ルギー貯蔵装置のキャパシティの不均衡のみを意味することは示されていない。
すなわち,「均衡」と「平衡」とは同義であってこれらを区別する理由がなく,
このことから,発明の詳細な説明における「不均衡」には,上記(2)の「負荷適応
ポンピング平衡アルゴリズム」における平衡フェーズにおいて転送される電荷によ
って是正されるエネルギー貯蔵装置間の不均衡が含まれており,具体的には,各エ
ネルギー貯蔵装置間の「電圧値」や「負荷電流変化による電圧エクスカーション」
(【0036】)の不均衡が含まれていると解すべきである。
2 取消事由1(引用発明の認定の誤り及び対比の誤り)について
(1) 制御回路について
ア 本願発明
本願発明の「電流ポンプ回路」は,特許請求の範囲に記載のとおり,「エネルギ
ー貯蔵装置コントローラの少なくとも1つによって制御され」るものであり,か
つ,1つの「エネルギー貯蔵装置」と他の「エネルギー貯蔵装置」との間でエネル
ギーを転送するためのものである。
イ 引用発明
引用例1(甲1)の課題を解決するための手段の記載には,引用発明の電池管理
装置は,「電子モジュール」が含む「電池要素」の「端子」における「電圧を調節
する」ように「意図されている」「電子回路」を含むことが記載されている(【0
007】【0013】【0020】)。
そして,電池要素は直列に接続されており(【0007】【図1】),このこと


  • 17 -


から,両端の電池要素を除けば,電池要素の端子はその電池要素の一方の極とこれ
と直列に接続された他の電池要素の他方の極との間の等電位の導体上,すなわち電
池要素の間に位置している。
また,制御ユニットから伝送されたコマンドを受けた管理モジュールは,そのコ
マンドを制御信号に変換して,電圧を調節するように意図された回路に出力するこ
とによって,この回路を制御している。
以上によると,本件審決が,引用発明について,「電池要素の間でその端子にお
ける電圧を調節するように意図された電子回路」が管理モジュールにより制御され
るものと認定したことに誤りはない。
ウ 対比
本願発明の「前記エネルギー貯蔵装置コントローラの少なくとも1つによって制
御され,前記エネルギー貯蔵装置の各個々の1つと前記エネルギー貯蔵装置の他の
個々の1つとの間でエネルギーを転送するための電流ポンプ回路」と,引用発明の
「複数の電池要素の管理モジュール4の少なくとも1つによって制御されて,電池
要素2の間でその端子における電圧を調節するように意図されている電子回路」と
を対比すると,「エネルギー貯蔵装置コントローラの少なくとも1つによって制御
された回路」である点において,両者は一致する。
そして,この回路が,本願発明では「エネルギー貯蔵装置の各個々の1つと前記
エネルギー貯蔵装置の他の個々の1つとの間でエネルギーを転送するための電流ポ
ンプ回路」であるのに対し,引用発明では「その端子における電圧を調節するよう
に意図されている電子回路」である点において,相違する。
エ 小括
以上によれば,本件審決の制御回路に係る引用発明の認定と対比及び相違点1の
認定に,誤りはない。
オ 原告の主張に対する判断
(ア) 原告は,引用例1では,引用発明の1つの管理モジュールは,1つの電池


  • 18 -


要素の出力電圧を調節するものであり,「複数の電池要素の間でその端子における
電圧を調節するように意図されている」とした本件審決は誤りであると主張する。
しかしながら,本件審決は,相違点1において,引用発明が複数の電池要素間で
エネルギーを転送するものでないことを前提とした判断をしている。よって,本件
審決は,電池の全体の動作を調節するために(【0013】)複数の電池要素の間
に位置する端子における電圧を調節することを「各電池要素2の間でその端子にお
ける電圧を調節する」と表現したものであり,引用発明が複数の電池要素間でエネ
ルギーを転送すると認定したわけではない。
(イ) 原告は,「制御ユニット」が「電池要素の電圧を調節する手段」を有する
のであれば,「電子回路」が管理モジュールによって制御されるとは意味不明であ
り,管理モジュールのどの部分が「電子回路」を制御するのか不明であり,また,
引用例1の同じ構成を根拠として「電子回路」と制御ユニットが有する「電池要素
2の電圧を調節する手段」という2つの別個の構成を認定した本件審決では,認定
に矛盾が生じると主張する。
しかしながら,引用例1の記載(【0020】)によると,引用発明において
は,制御ユニット5から管理モジュール4へという方向に,電池要素の動作を調節
するために用いられるアナログ信号に変換されるコマンドが伝送され,そうして伝
送されたコマンドを受けた管理モジュールがコマンドをアナログ制御信号に変換し
これを出力して電圧を調節している。このことから,本件審決は,このうちの制御
ユニットが担う,電池要素の動作を調節するためにコマンドを伝送する機能を「電
池要素2の電圧を調節する手段」と認定し,他方,制御ユニットからのコマンドを
受けた管理モジュールの機能を踏まえて,「電池要素」の「端子における電圧を調
節するように意図されている電子回路」が管理モジュールによって制御されること
を認定したものである。
また,引用発明は,本願発明と対比できるように認定されるべきであるから,本
願発明の「電流ポンプ回路」が「エネルギー貯蔵装置コントローラの少なくとも1


  • 19 -


つ」により制御されることと対比するに当たっては,引用発明の「電圧を調節する
ように意図された電子回路」が「電子モジュール」により制御されることが認定さ
れれば十分であり,電子モジュールのどの部分により制御されるかが特定される必
要はない。
(2) 中央コントローラについて
ア 本願発明
原告は,本件審決の引用発明の「管理モジュール」が本願発明の「エネルギー貯
蔵装置コントローラ」に相当するとした本件審決の認定を争っておらず,また,取
消事由1は,「電池要素の状態とその時間的な進展に関する多くのパラメータを監
視する手段及び電池要素の電圧を調節する手段」を「制御ユニット」ではなく「管
理モジュール」が有することを根拠としているから,原告の主張は,本願発明の
「測定機能」及び「チャージ移動機能」を「中央コントローラ」が有すること,そ
して,この「中央コントローラ」は,引用発明の「管理モジュール」ではなく「制
御ユニット」に対応することを前提とするものである。
そして,本願発明の「測定機能」と「チャージ移動機能」が,エネルギー貯蔵装
置コントローラと中央コントローラとを用いた平衡アルゴリズムを実施するに当た
って「測定フェーズ」における電圧の測定及び「平衡フェーズ」における電荷の転
送に係る「中央コントローラ」が担う機能を意味することは,前記1(2)のとおり
である。
イ 引用発明
引用例1(甲1)には,管理モジュールから制御ユニットへという方向に,各電
池要素に接続された管理モジュールが電圧測定回路を用いて電池要素の電圧を測定
してこれをデジタル化した電池要素の物理的な動作パラメータが伝送されているこ
と,これとは逆方向となる,制御ユニットから管理モジュールへという方向に,電
池要素の動作を調節するために用いられるアナログ信号に変換されるコマンドが伝
送されていること,制御ユニットが電池の全体の動作を最適にするように全ての管


  • 20 -


理モジュールの動作を調整し電池の端子における電圧を調節することが記載されて
いる(【0013】【0015】【0016】【0020】【0021】)。
そうすると,引用例1の制御ユニットは,管理モジュールからパラメータとして
伝送され測定された電圧を受け取ってこれに基づき電池の全体の動作を最適にすべ
く電池要素の端子の電圧を調節するようにコマンドを伝送するのであるから,伝送
された電圧を受け取る機能と,電池の全体の動作を最適にすべく電池要素の端子の
電圧を調節する機能とを担うものである。
なお,物理的な動作パラメータの伝送方向とコマンドの伝送方向とが逆方向であ
るから,引用例1のコマンドは,パラメータが伝送されている間は伝送されず,ま
た,パラメータは,コマンドが伝送されている間は伝送されない。
ウ 対比
以上によると,引用発明の「パラメータとして伝送された電圧を受け取る機能」
は,測定された電圧が中央コントローラに伝送される間,すなわち,上記アの「測
定フェーズ」において,中央コントローラが担う機能であり,本願発明の「測定機
能」に相当するものである。
そして,引用発明の「コマンドを伝送して電池の全体の動作を最適にすべく電池
要素の端子の電圧を調節する機能」は,この測定フェーズでない期間に「中央コン
トローラ」が担う機能,すなわち,測定機能から分離された機能であり,かつ,電
池の動作をより望ましく調節する機能である点で,本願発明の「測定機能から分離
されたチャージ移動機能」に対応する。
よって,中央コントローラが測定機能と測定機能から分離された電池の動作をよ
り望ましく調節する機能を有する点では,両者は一致している。
そして,この測定機能から分離された機能が本願発明では「チャージ移動機能」
であるのに対し,引用発明では「コマンドを伝送して電池の全体の動作を最適にす
べく電池要素の端子の電圧を調節する機能」である点において相違する。また,本
願発明の「中央コントローラ」が「エネルギー貯蔵装置の不均衡を事前に予測可


  • 21 -


能」であるのに対し,引用発明の「中央コントローラ」が「エネルギー貯蔵装置の
不均衡を事前に予測可能」であるか否かは不明である点において,相違するもので
ある。
エ 小括
以上によれば,本件審決の中央コントローラに係る引用発明の認定と対比及び相
違点2の認定に,誤りはない。
オ 原告の主張に対する判断
原告は,引用発明における電池要素の状態とその時間的な進展に関する多くのパ
ラメータを監視する手段及び電池要素の電圧を調節する手段は,制御ユニットが有
するのではなく,管理モジュールが有すると主張する。
しかし,本願発明の「中央コントローラ」は,引用発明の「管理モジュール」で
はなく「制御ユニット」に対応する構成であるから,「測定機能」及び「チャージ
移動機能」に相当する構成を引用発明の「制御ユニット」が有するか否かが問題で
あって,「管理モジュール」が有する機能は,この点の対比と無関係である。
そして,本願発明の「測定機能」と「チャージ移動機能」とが,エネルギー貯蔵
装置コントローラと中央コントローラとを用いた平衡アルゴリズムにおける「測定
フェーズ」における電圧の測定及び「平衡フェーズ」における電荷の転送に係る
「中央コントローラ」が担う機能を意味するところ,引用発明の制御ユニットは,
測定された電圧を示すパラメータが伝送されることによって測定されて伝送された
電圧を参照する機能とコマンドを伝送することによって電池要素の端子間の電圧を
調節する機能を担っていることは,上記アのとおりである。
(3) エネルギー均衡手段について
ア 本願発明
本願発明の「電圧絶縁双方向の通信を提供するエネルギー貯蔵装置コントローラ
間の直列電気インターフェイス」は,さらに,一のエネルギー貯蔵装置コントロー
ラを「中央コントローラ」を接続するとともに,「エネルギー貯蔵装置間でエネル


  • 22 -


ギーを転送するためにエネルギー貯蔵装置コントローラを制御する」ためのもので
ある。
イ 引用発明
引用例1(甲1)には,キャパシタによって直流電気の絶縁が得られた上での情
報の交換のために管理モジュールを直列に接続するデジタル連絡装置であって,さ
らに,最後の管理モジュールを制御ユニットに接続するものが記載されている
(【0015】【0016】【図1】)。また,このデジタル接続装置は,「両方
向」ラインであり,ここの「情報の交換」には,「制御ユニット」からの「コマン
ド」の伝送が含まれており,このコマンドは,これを受けた管理モジュールが電圧
を調節するように意図された回路を制御するためのものである(【0013】【0
020】)。
ウ 対比
以上によると,引用発明の「キャパシタによって直流電気の絶縁が得られた」,
「両方向」及び「コマンドの伝送を含む情報の交換」は,本願発明の「電圧絶
縁」,「双方向」及び「通信を提供」に相当し,引用発明の管理モジュールを直列
に接続する「デジタル連絡装置」は,「エネルギー貯蔵装置コントローラ間の「電
圧絶縁双方向の通信を提供」し,さらに,一のエネルギー貯蔵装置コントローラを
「中央コントローラ」に接続する点において,本願発明の「直列電気インターフェ
イス」に対応するということができる。
そして,この「直列電気インターフェイス」による通信の提供が,本願発明では
「エネルギー貯蔵装置間でエネルギーを転送するためにエネルギー貯蔵装置コント
ローラを制御する」ためであるのに対し,引用発明では管理モジュールが電圧を調
節するように意図された回路を制御するためである点において相違する。
エ 小括
以上によれば,本件審決のエネルギー均衡手段に係る引用発明の認定と対比及び
相違点3の認定に,誤りはない。


  • 23 -


オ 原告の主張に対する判断
(ア) 原告は,引用発明の管理モジュールは,電池要素から他の電池要素へ電荷
を転送し得る構成を有するものでないとして,引用例1は,管理モジュールがデジ
タル連絡装置で直列に接続されて2進情報の交換が可能であるものの,電池要素の
端子における電圧を調節するために異なる管理モジュールの間で情報を交換するた
めにデジタル連絡装置を直列に接続することを記載していないと主張する。
しかしながら,本件審決が,引用発明として「前記電池要素2の端子における電
圧を調節するために異なる管理モジュール4の間で情報を交換するために…デジタ
ル連絡装置で直列に接続され」と認定したのは,引用発明の管理モジュールを直列
に接続する「デジタル接続装置」におけるコマンドの伝送を含む情報の交換が,管
理モジュールが電池の全体の動作を調節するために(【0013】)電圧を調節す
るように意図された回路を制御するためであることをいう趣旨と解される。そし
て,相違点1として,「エネルギー貯蔵装置コントローラの少なくとも1つによっ
て制御された回路」が,本願発明のような「エネルギー貯蔵装置の各個々の1つと
前記エネルギー貯蔵装置の他の個々の1つとの間でエネルギーを転送するための電
流ポンプ回路」でないことを認定していることからすれば,本件審決は,引用発明
が電池要素から他の電池要素へ電荷を転送し得る構成を有しないことを前提として
おり,上記認定が電池要素間の電荷の転送を行わせるためという趣旨でないことは
明らかである。
(イ) 原告は,引用例1(【0015】)が,管理モジュールが制御ユニットに
対して他の管理モジュールを介して情報を送受信することを記載したのであり,管
理モジュールの間で情報を交換することを意味するわけではないと主張する。
しかしながら,そもそも本願発明における直列電気インターフェースも「エネル
ギー貯蔵装置コントローラ」間を接続することを特定するものの,これらの間で情
報が交換されることまでは特定されていない。本願発明が「エネルギー貯蔵装置」
間での「エネルギーを転送」することは情報の交換の態様と関係がないから,エネ


  • 24 -


ルギー貯蔵装置コントローラ」間で情報を交換することまでを意味するものではな
い。
(4) 小括
以上のとおり,取消事由1は,理由がない。
3 取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について
(1) 相違点1及び3について
ア 米国特許第5631534号明細書(乙1)には,配列(直列接続)された
バッテリ(電池)間の充電をバランスさせるために全てのバッテリの相対的な充電
状態を認識すべく個別のバッテリの電圧を監視する旨の記載がある。また,特開平
11-103534号公報(乙2)には,満充電でない場合においても電圧の均衡
化を行う旨の記載がある(【0003】)。
このように,「直列接続された二次電池を充電する回路」において「各二次電池
の電圧を同じにするように制御する」ことは周知の課題である。そうすると,直列
接続された二次電池の充電に当たって各二次電池の電圧が同じである方がより望ま
しいことは,そのような充電のための回路を設計する当業者が当然に考慮すべき事
項である。
したがって,直列接続された二次電池の充電に関する引用発明において各二次電
池の電圧が同じである方がより望ましいことは自明な課題であるとの本件審決の認
定に誤りはない。
イ また,引用発明に引用例2に記載された技術の適用を阻害する要因の記載
は,見当たらない。
上記アのとおり,引用発明においても,各二次電池の電圧が同じである方がより
望ましいのであり,各二次電池の電圧を同じにすべきでないという理由で同じにす
る制御を行っていないわけではない。
よって,引用発明がこのような制御を行っていないからといって,引用例2に記
載された技術の適用が阻害されるとはいえない。


  • 25 -


ウ 以上のとおり,各二次電池の電圧が同じである方がより望ましい引用発明に
おける「その端子における電圧を調節するように意図されている電子回路」に換え
て,引用例2に記載された複数の電池要素間でエネルギーを転送する平衡回路を採
用することは,当業者が容易に想到し得たことである。
エ よって,本件審決の相違点1及び3の判断に誤りはない。
(2) 相違点2について
ア 相違点2のうち,まず,「(中央コントローラが有する)測定機能から分離
された電池の動作をより望ましく調節する機能」が,本願発明では「チャージ移動
機能」であるのに対し,引用発明では「コマンドを伝送して電池の全体の動作を最
適にすべく電池要素の端子の電圧を調節する機能」である点は,相違点1に付随す
るものである。すなわち,相違点1の判断において,各二次電池の電圧が同じであ
る方がより望ましい引用発明における引用例2に記載された複数の電池要素間でエ
ネルギーを転送する平衡回路に伴って,引用発明の「電池の動作をより望ましく調
節する機能」も「エネルギーを転送する機能」,すなわち,「チャージ移動機能」
となるものである。
イ 次に,相違点2のうち,本願発明の「中央コントローラ」が「エネルギー貯
蔵装置の不均衡を事前に予測可能」であるのに対し,引用発明の「中央コントロー
ラ」が「エネルギー貯蔵装置の不均衡を事前に予測可能」であるか否かは不明であ
る点について検討する。
(ア) まず,制御工学の技術分野において,被制御要素の状態の観測を通してそ
の状態を事前に予測することは一般的に行われている制御手法であり,当業者にお
いて自明なことである(甲3,4)。
(イ) 本願明細書には,電荷の状態が異なる理由として,キャパシティが同じで
あるが初期電荷が異なる場合とキャパシティに差がある場合とがあり得ることが記
載され(【0052】),「平衡アルゴリズム」がエネルギー貯蔵装置コントロー
ラ間に分配された例のみならず,平衡アルゴリズムを集中化するに当たって,例え


  • 26 -


ば「エネルギー貯蔵装置の電圧」を「エネルギー貯蔵装置コントローラと連通する
中央コントローラ」のようなマスター・コントローラにおいて利用可能にすること
ができること等が記載されている(【0053】)。これらの記載を受けて,【0
053】記載の構成による作用として,「特有の事態」,すなわち,直列接続され
た複数のエネルギー貯蔵装置の1つが充電限界に達し,他のエネルギー貯蔵装置と
の間で充電状態が異なってしまうという事態が発生する可能性があることが記載さ
れている(【0054】)。そして,この記載が,特許請求の範囲の「不均衡が事
前に予測可能である」との抽象的かつ作用的な文言に対応しているものである。こ
のことから,このように対応させた場合の「不均衡」には,【0052】において
明示されているように,キャパシティ自体に差がある場合すなわち不均衡がある場
合のみならず,キャパシティ自体は同じであるが不均衡が生じている場合が含まれ
ていることになる。
このように,本願発明における「エネルギー貯蔵装置の不均衡を事前に予測可能
な」とは,直列接続された複数のエネルギー貯蔵装置の1つが充電限界に達し,他
のエネルギー貯蔵装置との間で充電状態が異なってしまうという事態が発生する可
能性があることを抽象的かつ作用的に記載したものである。そもそも,どのような
制御も,その目的に向けてその対象の状態を把握しつつ行われるものであるから,
反映するか否かを含め予測結果を制御に反映する態様を問わないのであれば,制御
の目的に向けた何らかの予測を伴っているといえるのであり,その意味において
も,被制御要素の状態を事前に予測することは,常套手段といって差し支えない。
(ウ) そして,上記(1)のとおり,引用発明においても,各二次電池の電圧が同じ
である方がより望ましいものである。

(エ) そうすると,引用発明の各二次電池の電圧が同じである方がより望ましい
という課題に対し,上記のような常套手段を用いて,各二次電池の電圧の不均衡を
事前に予測可能なものとすることは,当業者が適宜想到し得たことというべきであ
る。


  • 27 -


(オ) よって,本件審決の相違点2の判断に誤りはない。
ウ 原告の主張に対する判断
(ア) 原告は,常套手段との概念が不明であり,また,常套手段として示された
甲3,4は本願発明と全く異なる技術分野に属するものであり,これを本願発明に
適用する理由がないし,また,エネルギー貯蔵装置の不均衡を事前に予測するとい
う思想は今までに考えられなかった斬新なことであり,分野に特有の課題が解決さ
れ,分野に特有の効果がもたらされると主張する。

しかしながら,引用発明において各二次電池の電圧が同じでない場合があり得た
ことは前記のとおりであり,このことから,引用発明において状態を予測しつつよ
り望ましいものへと制御することは十分に動機付けられていたものであるし,これ
を採用した効果も予測の範囲内のものである。

そもそも本願発明は,予測に関して「エネルギー貯蔵装置の不均衡を事前に予測
可能」である旨を抽象的かつ作用的な文言により特定するのみであってエネルギー
貯蔵装置の分野に特有な予測結果を制御に反映する態様を特定していないのである
から,分野の違いにより被制御要素の状態を事前に予測することができなくなると
いうような事情はないし,分野に特有の効果もない。

(イ) 原告は,本願発明におけるエネルギー貯蔵装置の「不均衡」については,
エネルギー貯蔵装置の端子電圧のみならず,エネルギー貯蔵装置のキャパシティの
差を包含すること,また,全体のエネルギー貯蔵装置の充電が終了するときに各エ
ネルギー貯蔵装置がフル充電となるように,エネルギー貯蔵装置のキャパシティの
不均衡又は差を予測することができるという顕著な作用効果を奏する旨主張する。
しかしながら,直列接続された複数のエネルギー貯蔵装置の1つが充電限界に達
し,他のエネルギー貯蔵装置との間で充電状態が異なってしまうという事態が発生
する可能性がある旨の記載が,特許請求の範囲の「不均衡が事前に予測可能であ
る」との抽象的かつ作用的な文言に対応しており,このように対応させた場合の
「不均衡」には,キャパシティ自体に差がある場合すなわち不均衡がある場合のみ


  • 28 -


ならず,キャパシティ自体は同じであるが不均衡が生じている場合が含まれている
ことになることは,前記のとおりである。
さらに,本願明細書の「電荷移動の制御は,それが実際に発生するより前に不均
衡を予測することができる頑強(ロバスト)スキームに対するセル電圧から分離さ
れる。この例示的実施形態の簡略化した説明は,以下の通りである」との記載
(【0055】)は,全体としてみると,「電荷移動の制御」が「セル電圧」から
分離されること及びそれ以降に「電荷移動の制御」が「セル電圧」から分離された
技術の「例示的実施形態の簡略化した記載」が説明されていることを示したものと
解される。そして,「例示的な実施形態」である「負荷適応ポンピング平衡アルゴ
リズム」を変形した例が記載されている(【0056】~【0062】,図7)。
ここでは,「予測」の文言を「キャパシティを適応的に学習」する意味であると定
義して(【0058】),「エネルギー貯蔵装置キャパシティにおける少しの差」
が「共通デバイス電流の関数として個々のエネルギー貯蔵装置平衡電流を決定する
ために用いられる」(【0056】)等と記載されているから,上記変形した例に
おいては,予測つまり学習されたキャパシティの差によって平衡電流が決定される
ことが記載されている。
これに対して,特許請求の範囲の「測定機能と前記測定機能から分離されたチャ
ージ移動機能とを有することにより,エネルギー貯蔵装置の不均衡を事前に予測可
能な」との記載は,チャージ移動機能を有する結果として「不均衡を事前に予測可
能」であるという関係を特定している。
原告の主張する解釈によれば,特許請求の範囲の「チャージ移動機能」がエネル
ギー貯蔵装置のキャパシティの差に基づき平衡電流を決定する機能を意味するもの
で,平衡電流が決定されたことによってキャパシティの差が予測可能であるという
関係を特定していることになり,これに対して,発明の詳細な説明の該当箇所の上
記記載は,これとは逆の予測されたキャパシティの差によって平衡電流が決定され
るという関係を記載していることになる。よって,原告の主張は,特許請求の範囲


  • 29 -


及び発明の詳細な説明の記載内容と整合しないものである。
以上を総合すれば,発明の詳細な説明は,「測定フェーズ」と「平衡フェーズ」
を有する「負荷適応ポンピング平衡アルゴリズム」を記載した上で,【0055】
以降の【0056】~【0062】及び図7においては,「例示的実施形態」とし
て,学習されて予測されたキャパシティの差をも考慮して平衡電流を決定するよう
に「負荷適応ポンピング平衡アルゴリズム」を変形した変形例を記載したものであ
るところ,特許請求の範囲は,「測定フェーズ」と「平衡フェーズ」を有する「負
荷適応ポンピング平衡アルゴリズム」を特定して記載したものであって,キャパシ
ティの差による平衡電流を決定する上述の変形例のみが特定されるように記載した
ものではない。
原告の主張は,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載内容と整合しておら
ず,これを正解していないものである。

(3) 小括
よって,取消事由2は,理由がない。

4 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由は理由がなく,原告の請求は棄却さ
れるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣




H230328現在のコメント


(知財高裁平成23年3月24日判決(平成22年(行ケ)第10268号審決取消請求事件))
【容易想到性】「事実認定」判決です。

top

Last Update: 2011-03-28 21:16:18 JST

top
……………………………………………………判決末尾top
メインサイト(Sphinx利用)知財高裁のまとめMY facebook弁護士・弁理士 岩原義則知的財産法研究会ITと法律研究会弁護士・弁理士サービスのフェイスブック活用研究会

0 件のコメント:

コメントを投稿